忍者ブログ

(ぼくの故郷…)
 エネルゲイア、とシロエが手繰った自分の記憶。
 一日の講義を終えた後の部屋で、「大丈夫」と、「まだ覚えている」と。
 成人検査を受けた時から、おぼろに霞んでいる故郷。
 それが怖くて、こうして辿る。
 「まだ大丈夫」と、「忘れていない」と。
 大好きだった故郷は、ちゃんと心の中にあるから。
 どんなに霞んでしまっていたって、消えたわけではないのだから。
(パパとママがいて、ぼくの家があって…)
 たったそれだけ、その程度しか確かなことが無かったとしても。
 家が在った場所を示す住所を、まるで書くことが出来なくても。
(でも、覚えてる…)
 あそこがぼくの故郷だった、と思い出す「エネルゲイア」という名前。
 アルテメシアという星の上に、エネルゲイアは在ったのだと。
 自分は其処で暮らしていたと、毎日が幸せだったのだと。


 けれど、全てを奪われた。
 忌まわしいテラズ・ナンバー・ファイブに、あの憎らしい成人検査に。
 ピーターパンの本だけを残して、何もかもを。
 両親も家も、エネルゲイアという場所も。
 気付けば消されていた記憶。
 あんなに「嫌だ」と抵抗したのに、機械が消してしまった記憶。
 大人になるには、必要無いと。
 両親も家も、故郷も要りはしないのだと。
(…だけど、忘れてやるもんか…)
 こうして残っている分は。
 今も自分の中に残った、大切な故郷の記憶の欠片。
 顔さえ思い出せない両親、住所が分からなくなった家。
 それでも記憶は残っているから、好きだったことは忘れないから。


 穴だらけだろうが、欠けていようが、自分は自分。
 こういう記憶を持っている者、それが自分でセキ・レイ・シロエ。
 エネルゲイアの家で育って、ネバーランドを夢見た子供。
 両親がくれたピーターパンの本が宝物、今でも持っているほどに。
 成人検査を終えた後にも、此処まで持って来たほどに。
(ぼくは決して忘れやしない…)
 機械が何をしたのかも。
 記憶を消されてしまってもなお、自分を構成しているものも。
 両親が、故郷が好きだった自分。
 故郷の家も、風も光も。
 エネルゲイアの映像を見ても、何処か現実味が無いけれど。
 自分が確かに其処に居たこと、その実感が湧かないけれど。
 あそこが大好きだったのに。
 あの故郷から、故郷の空から、ネバーランドへ飛ぼうと何度も夢を見たのに。


(ぼくの好きな所が、一杯あって…)
 パパやママと一緒に行ったっけ、と思った所で途切れた記憶。
 いきなりプツリと切られたように。
 せっせと辿った道しるべの糸、その糸が消えてしまったように。
(…これは、何…?)
 どうして、と手繰ろうとした続き。
 両親と一緒に何度も出掛けた、大好きだった思い出の場所。
 お気に入りの場所は、と手繰った糸には先が無かった。
 鋭い刃物でブツリと切られて、あるいはハサミでチョキンと切られて。
 糸の先には、もう無かった道。
 お気に入りの場所は何処だったのかが、まるで記憶に無かったから。
 ただ「好き」としか、「好きだった」としか。
 其処がいったい何処にあるのか、それが分からないなら、まだいいけれど…。


 嘘だ、と見詰めた記憶の穴。
 心にぽっかり開いた空洞、何も覚えていない自分。
 両親と何処へ行ったのか。
 胸を高鳴らせて出掛けた先には何があったか、何を見たのか。
(……そんな……)
 そんな馬鹿な、と背中に流れた冷たい汗。
 いくら霞んでしまったとはいえ、故郷の記憶はある筈なのに。
 お気に入りの場所が何処にあったか、それはハッキリしなくても…。
(好きだったものは覚えている筈…)
 そう思うのに、糸はプツンと切れたまま。
 両親と何をしていたのか。
 どうして其処が気に入っていたか、何をするための場所だったのか。
 多分、子供が喜びそうな場所なのに。
 とても気に入って、何度も出掛けていた筈なのに。


(あれは何処…?)
 幼い頃から何度も行った。
 両親の手をキュッと握って、大はしゃぎして。
 自分一人では、上手く帽子も被れなかったほどの頃から。
 母が被せて、父が直してくれたりしていた頭の帽子。
(…帽子なんだし…)
 日よけの帽子で、それならば外。
 屋外の何処か、気に入りの場所はそういう所。
(…海とか、山とか…?)
 それだろうか、と思うけれども、記憶には穴が開いたまま。
 何も返ってこない反応、「それだ」とも、「それじゃない」とさえ。
 消された記憶を、自分は持っていないから。
 機械にすっかり奪い去られて、手掛かりさえも掴めないから。
(…海でも山でもないのなら…)
 公園だとか、と自分に向かって尋ねるけれど。
 他に子供が好きそうな場所は、と次から次へと挙げてゆくけれど。


 幾つ挙げても、「これだ」と思えない答え。
 他には、もう思い付かないのに。
 ピーターパンの本を広げて、端から拾っていったって。
 これだろうか、と指で言葉を指したって。
(…好きだった場所を…)
 ぼくは忘れた、と足元が崩れ落ちるよう。
 大好きな両親と何度も出掛けた、お気に入りの場所が出て来ない。
 いったい何を好んでいたのか、好きだった場所は何処だったのか。
 それの答えが何と出るかで、きっと何通りもある組み合わせ。
 海が大好きな子供だったら、泳ぎがとても好きだったとか。
 山が好きなら、木登りが得意だったとか。
(…遊園地に出掛けて行ったって…)
 好きだった遊具で変わるのだろう。
 セキ・レイ・シロエの子供時代というものは。
 今の自分が出来た切っ掛け、自分を構成しているものは。


(……酷い……)
 酷い、と失くしてしまった言葉。
 自分では「自分」を掴んでいるつもりだったのに。
 記憶がおぼろになっていたって、セキ・レイ・シロエは自分だと。
 此処にいるのだと、これがセキ・レイ・シロエだと。
 それなのに欠けている記憶。
 大切なものが、とても大切だった筈の部分が。
 今のシロエを築き上げたもの、幹とも言うべき自分の根幹。
 大好きで興味を示していた場所、其処で自分がやっていたこと。
 それを丸ごと忘れてしまって、何も残っていないだなんて。
 幼い頃から好きだった場所も、その場所でしか出来ないことも。
(…ぼくは、いったい…)
 誰なんだろう、と揺らぐ足元。
 今の自分を築いた記憶は、何も残っていなかったから。
 プツリと途切れた糸の先には、何もくっついてはいなかったから。


 ぼくは誰なの、と問い掛けてみても分からない。
 どうやって今のセキ・レイ・シロエが出来たのか。
 スポーツが好きな子供だったか、スポーツより読書が好きだったのか。
 そんな単純なことさえも。
 もしや、と記憶の糸を辿ったら、それも途切れて消えていたから。
 機械が消してしまったから。
(パパ、ママ…)
 教えて、と奈落の縁に立って震える。
 ぼくはどうやって育って来たのと、何処へ連れてってくれていたの、と。
 それの答えで、シロエが誰かが変わるから。
 お気に入りの場所に全てがあるのに、何も覚えていないから。
(……お願い、ママ、パパ……)
 ぼくに教えて、と零れ落ちる涙。
 自分が誰だか分からないよと、本物のシロエは何処にいるの、と…。

 

         ぼくは誰なの・了

※シロエの記憶の欠けっぷりからして、多分、こういう記憶も消えてるんだろう、と。
 どういう風に育って来たかは、大切だと思うんですけどね…。ごめんよ、シロエ。





拍手[0回]

PR

(ぼくは腰抜けの裏切り者なんだ…)
 だから今だってこんな所に、とマツカが噛んだ自分の唇。「臆病者だ」と。
 国家騎士団が開発中のAPDスーツ。
 アンチ・サイオン・デバイス・スーツ。…装着者を超能力から防御するもの。
 これが完成してしまったなら、今まで以上の危機に晒されるミュウ。自分と同じ力を持つ者。
(…ぼくがキースを助けたから…)
 どんどん悪い方に行くんだ、と分かっているのがミュウの運命。
 一番最初は、ジルベスター・セブンからキースを救い出したこと。行方不明のキースを捜して、降下中だった時に呼び掛けられた。「あなたはミュウか?」と。
(…あの時、ぼくが応えていれば…)
 呼び掛けた声に応じていたなら、全ては変わっていたのだろう。
 キースは生きて戻ることなく、ジルベスター・セブンも滅びなかった。あの星にいたミュウたちだって。
 きっと一人も欠けたりはせずに、地球を目指していたのだろう。…今と同じに。
(…ソルジャー・ブルー…)
 ミュウの前の長、彼も自分が見殺しにした。キースが撃つのを止めもしないで。
 何もかも全部、自分の罪。
 メギドの炎がジルベスター・セブンを滅ぼしたことも、ソルジャー・ブルーが斃れたことも。


 取り返しのつかない、大きすぎる罪。
 けれど詫びさえ口にしないで、人類の中で生きている自分。しかもキースを守りながら。
(…襲撃も、爆破も…)
 キースを狙った暗殺計画、どれも成功したことはない。セルジュたちの存在も大きいけれども、一番役立つ化け物が自分。
 …銃の弾さえ、受け止めることが出来るから。キースの食事に盛られている毒、それも察知して密かに処分してしまうから。
(…ぼくがキースを守る度に…)
 消えてゆくのがミュウの命で、今だってそう。
 APDスーツが完成したなら、全軍きってのゴロツキどもが集められるのだろう。命知らずで、金さえ貰えば何でもする者。…ミュウを端から残らず虐殺することだって。
(この間だって…)
 キースが無表情に見ていたモニター、それの向こうで無残に撃ち殺されたミュウたち。
 開発中のAPDスーツを纏った部隊に、あどけなさが残る女性までもが。
 あんな調子で、子供たちも殺してゆくのだろう。ミュウの子供なら、それは敵だと。
 生まれたばかりの赤ん坊さえ、銃で頭を吹き飛ばして。


(…だけど、ぼくには…)
 止める術が無い、そんな力を持ってはいない。
 もしも力を持っていたなら、とうの昔に逃げ出していることだろう。ミュウの船へと。
 何処かから小型艇を一隻奪って、ミュウの船がいる宙域へ。
 通信回線を使うことなく、思念波で彼らに呼び掛けたなら…。
(きっと迎えて貰えるんだ…)
 モビー・ディックに、ミュウの母船に。
 これまでに犯した罪も問われず、「よく逃げたな」と労われて。
 「国家騎士団にいたなら、知っている限りの情報を頼む」と、好待遇で。
 けれど出来ない、離れられないキースの側。
 最初に命を助けられたから、本当のキースを知っているから。
(でも、それだって…)
 ミュウたちから見れば、ただの言い訳。
 腰抜けだから逃げることさえ出来ないのだと、「お前はただの臆病者だ」と。


 そう言われても仕方ない…、と零れる溜息。
 自分は此処から逃げる気も無いし、これからもキースを守るから。
 そのつもりだから、裏切り者。
 APDスーツを纏った部隊がミュウを残らず殺す日が来るのを、知っていて知らぬふりだから。
(…あれが完成したら、ミュウたちは…)
 今度こそ滅ぼされるのだろう、一人残らず。
 キースはそういうつもりなのだし、開発を急がせているのだから。
(ぼくには、それをどうすることも…)
 出来ないんだ、と俯いた所へ、入って来たのがまだ若い兵士。国家騎士団の制服の。
「アニアン大佐のお食事をお持ちしました」
 お願いします、と渡されたトレイ。側近の自分が運ぶべきもの。
 受け取ってキースに持ってゆく前に…。
(…この食事は…)
 安全だろうか、とサイオンで探る。
 毒を察知する力は無くても、それを誰かが入れていたなら、分かるから。
 人類でも思念は残るものだし、良からぬ企てをしていたのならば、それを自分が防ぐから。


 これは…、と調べてゆくトレイ。載せられた皿を一つずつ。
(…これは大丈夫で、この皿も…)
 何も怪しい所はないな、とチェックしていった最後の皿。其処で止まってしまった視線。
(……誰かが入れた……)
 盛られたシチューに、有り得ないものを。調味料ではないものを。
 おまけに毒でもなかったそれ。
 使いようによっては、毒になるかもしれないけれど。…それを狙って入れたのだけれど。
(……物凄く頑固な……)
 便秘用だ、と分かった下剤。
 一週間どころか十日ほども出ないで困っている人、そういう人間の御用達。
 入れた人間の心を感じる、「アニアン大佐なら、さぞ効くだろう」と。
 日々の運動を欠かさないキース、食生活にも抜かりはない。便秘などとは無縁な人物、いつでも快食快眠な人。…ついでに快便。
 そんなキースに、これほどの効き目を秘めた下剤を飲ませたら…。


(もう絶対に…)
 腹を壊して、ピーピーになることだろう。下痢止めだって効きはしなくて、もはや離れられないトイレの個室。
 どうしても個室を出ると言うなら、個室の前にベッドを置かねばならないくらい。
 催して来たら、直ぐにトイレに駆け込めるように。ベッドを出たなら五秒でトイレ、とズボンを下ろす間に飛び込めるトイレ、そういう場所に置くべきベッド。
 最高に気の利く側近ならば。
 キースがトイレの個室に立てこもることを、良しとしないで出て来るのなら。
(…強烈すぎる下剤だけれど…)
 このままシチューを持って行ったら、もう大惨事になるのだけれど。
 恐らくキースは三日間ほどトイレと友達、APDスーツの出来を確かめるどころではない。彼の仕事は止まってしまって、チェックするキースがいないのならば…。
(…APDスーツの開発は…)
 きっと遅れるに違いない。キースが指揮をしているのだから、指揮官不在になるわけだから。


 ならば、と見詰めたシチューの皿。
 これをキースに運んで行ったら、後は下剤の出番になる。キースは食事を残しはしないし、空になるだろうシチューの皿。…中に仕込まれた下剤ごと。
(十日も出ないで困っている人と、キースだと…)
 まるで違う、と自分でも分かる。シチューに下剤を仕込んだ人物、そちらの方でも百も承知で。
(…キースの足を引っ張りたい誰か…)
 それに間違いないのだけれども、毒の代わりに強力な下剤。場合によっては薬になるもの、酷い便秘に苦しむ人なら救世主と言っていいくらい。
(キースが飲んだら、とんでもないことになるだけで…)
 人によっては大喜びだ、と見詰めるシチュー。
 飲めば頑固な便秘が解消、スッキリするだろう辛かった腹。いきみすぎた時は、見舞われる悲劇だってある。とてもお尻が痛くなるとか、もう座るのも辛いだとか。
(そういう人には薬なんだし…)
 毒とは違う、と自分に向かって言い聞かせた。これは薬で、良薬は口に苦しだから、と。
 キースの場合は腹に苦しで、腸に苦しかもしれないけれど。
 腸も腸粘膜もまるっとやられて、お尻さえもが悲鳴なのかもしれないけれど。


(…ぼくが届けに行ったなら…)
 三日間ほどは遅れるだろう、APDスーツの開発計画。
 毒ではなくて、薬のせいで。
 キースがトイレに籠ってしまって、其処から出られなくなって。
(出たとしたって、きっと五分と経たない内に…)
 トイレに走ってゆくだろうから、個室の前に置くべきベッド。いざという時、トイレから離れた場所にいたならマズイから。…ズボンを下ろして座る時間が無くなるから。
 その状態では、もう絶対に執れない指揮。
 APDスーツの完成を如何に急がせていても、キース抜きでは進まないのが開発計画。
(…ぼくは裏切り者だけど…)
 ミュウを散々裏切ったけれど、これからも裏切り続けるけれど。
 裏切り者でも、キースを守って生きてゆこうと決めているのが自分だけれど…。
(…三日間だけ…)
 ほんの三日にしかならないけれども、ミュウたちのために時間を稼ごうか。
 これが毒なら運ばないけれど、毒ではなくて薬だから。…頑固な便秘の人には福音なのだから。


 一度だけだ、と決意したマツカ。
 シチューに毒など入っていないし、入っているのは救世主とも呼べる良薬。
 頑固な便秘は、放っておいたら手術なのだと聞いているから。下剤を飲むのが遅すぎたならば、開腹手術になるという話も耳にしたから。
(…良薬は口に苦し、だから…)
 キースの場合は、ちょっと薬が効きすぎるだけで、とマツカが運んだ食事のトレイ。
 APDスーツを巡る報告を見ているキースに、「食事をお持ちしました」と。
 臆病な自分に喝を入れながら、「裏切り者でも、たまには役に立ちたいから」と。
 三日間だけ稼げそうな時間、その間に頑張って欲しいミュウたち。
 APDスーツの開発をそれだけ遅らせるから、少しでも前へ進んで欲しい。
 今日まで重ね続けた裏切り。これからも重ねるだろう裏切り、その罪滅ぼしに三日だけ。
 薬入りのシチューで、キースを足止めしておくから。
 強力すぎる下剤を飲ませて、トイレの側から離れられないようにさせるから。


(…すみません、キース…)
 ぼくが看病しますから、とキースに心で詫びたマツカは頑張った。
 臆病者の裏切り者なりに、なけなしの度胸で届けたシチュー。頑固な便秘の人が飲んだら、狂喜しそうな下剤入り。
 かくしてキースは、三日間ほど現場から姿を消すことになった。
 APDスーツの出来具合を見に出掛けたくても、トイレから離れられないから。たったの五分も離れていたなら、脂汗どころではなかったから。
「マツカ…!」
 トイレットペーパーが切れる前に運んで来ておかないか、と個室で叫んでいるキース。
 もっと紙をと、ありったけ運んで来ておけと。
 「私がトイレに入っている間に、ベッドも快適に整えておけ」と。
 そのベッドはと言えば、個室の前にドカンと据えてあるのだけれど。ベッドから出たら、五秒でトイレな場所に置かれているのだけれど。
(…ぼくはキースを裏切ってなんか…)
 いないと思う、とマツカは甲斐甲斐しく世話を続ける。
 自分が此処で頑張る間に、ミュウたちにも努力して欲しいと。
 APDスーツが出来つつあると気付いてくれと、これが自分の精一杯の罪滅ぼしだから、と…。

 

         裏切り者の薬・了

※マツカはキースに「毒を盛らない」そうですけれど。…毒に気付かないふりなら可能。
 本当の毒なら処分な所が、便秘薬はスルーしたらしいです。切実に欲しい人もいますしねv





拍手[0回]

(…このタイミングで処分命令か…)
 E-1077をか、と立ち上がったキース。
 たった今、グランド・マザーから受けた極秘の命令。
 「教育ステーション、E-1077を処分して来い」と。
 とうの昔に、廃校になっているけれど。
 スウェナもそれを知っていたけれど。
(…偶然なのか?)
 この間、これを受け取ったばかり…、と本を手に取り、腰掛けた椅子。
 さっき通信を受けたのとは別の、私的なスペース。
 膝の上、傷んだピーターパンの本。シロエの持ち物だった本。
 見返しの下にシロエが隠していたメッセージ。
 それを自分は見たのだけれども…。
(…肝心の部分は見られず、か…)
 劣化したのか、本と同じにレーザー砲を浴びて破損したのか。
 シロエのサイオンは本を守ったけれども、あちこちが黒く焦げているから。
 破れてしまった箇所も幾つか。
 自分の命を守る代わりに、シロエが守った大切な本。
 あのメッセージを守るためではなかっただろう。
 ただひたすらに、本を守っただけだったろう。
 遠い昔に、両腕で本を抱くのを見たから。
 まるで幼い子供のような表情で。
 あの時に知った、この本はシロエの宝物だと。
 幼い時から持っていたもの、ステーションまで持って来た本。
 だからこそ、シロエは本を守った。
 ミュウの力で、本の周りにシールドを張って。
 自分ごと守れば助かったものを、本のことだけを大切に考え続けて。


 そうやって逝ってしまったシロエ。
 彼が命を懸けて撮影した、フロア001の映像。
 その核心は画像も音声も乱れてしまって、掴めないまま。
 E-1077に出向けば、あのフロアへも行けるのだろう。
 シロエが「忘れるな!」と叫んだ場所へ。
 卒業の日までに、どう頑張っても辿り着けずに終わった場所へ。
(…やっとシロエとの約束を果たせる…)
 十二年もの時が流れたけれども、遺言になったシロエの言葉に従える。
 「自分の目で確かめろ」とシロエは言っていたから。
 フロア001、其処にあるもの、それが何かは分からないけれど。
 グランド・マザーからも聞いてはいないけれども。
(まるで神の手でも働いたような…)
 そんな気がするタイミング。
 シロエの本を手にした途端に、この命令が来たのだから。
 E-1077のことなど、今日まで聞きはしなかったのに。
 廃校になったということでさえも、軍の噂で耳にしていただけなのに。
(…呼んだのか?)
 お前が私を呼んだのか、と心でシロエに語り掛けた。
 来いと言うのかと、今、この時に、と。


 ピーターパンの本を開いて、見詰めたシロエが残したサイン。
 「セキ・レイ・シロエ」と書いてある名前、その下にチップが隠されていた。
 けれど、シロエはチップを守ったわけではない。
 違うと確信している自分。
 シロエが守ったものは本だと、この本だった、と。
 機械の言いなりになって生きる人生に、意味などは無いと言い切ったシロエ。
 きっと命は要らなかったろう、彼が忌み嫌う機械に服従してまでは。
 たとえシロエがミュウでなくとも、あの道を選んで散ったのだろう。
 この本だけを持って、宇宙へと逃げて。
 宝物の本を抱えて飛び去っただろう、宇宙の彼方に広がる空へ。
(…なのに、本だけが…)
 こうして此処に残ってしまった。
 シロエの宝物なのに。
 本当だったら、シロエと共に在る筈なのに。
 無意識の内にシロエが守って、宝物をシールドしていたから。
 どういう結果になるのかも知らず、ミュウの力すらも知らないままで。


 それに気付いて、思ったこと。
 E-1077を処分するなら、そのために自分が出向くなら。
(…これをシロエに返してやろう)
 もしもシロエが自分を呼んだと言うのなら。
 来いと招いていると言うなら、彼が望んでいることは、きっと…。
(口では、フロア001だと言おうとも…)
 本当の思いは、この本のこと。
 宝物の本を返して欲しいと、それが出来るなら届けてくれと。
 彼の魂が何処にいるかは分からないけれど、今もE-1077の辺りにいるのなら…。
(シロエに返してやらないとな…)
 自分が持ったままでいるより、これの本当の持ち主に。
 己の命を守る代わりに、本を守ったほどのシロエに。
 きっと今でも、本を探しているだろうから。
 ピーターパンの本は何処へ行ったかと、誰が奪って行ったのかと。
 あの本が宝物だったのに、とシロエはきっと探している。
 魂になって、今も宇宙にいるならば。
 E-1077の辺りの漆黒の宇宙、其処を飛んでは、「ぼくの本は?」と。


 自分ならこれを返してやれる、と思った本。
 遠い日にシロエが逮捕された時、同じように本を返してやった。
 意識を失くしたシロエを連れてゆこうとしていた、保安部隊の男たちの前に突き付けて。
 シロエが横たえられていたベッド、その上にそっと置いてやって。
(あの時のように、返さないと…)
 この本はシロエの宝物だから。
 保安部隊に連れ去られた後も、皆の記憶から消された後にも、シロエは本と共にいた。
 大切に抱えて、宇宙まで。
 レーザー砲の光に焼かれた時にも、この本だけを守り抜いて。
 だから返してやらねばならない、本の持ち主だったシロエに。
 遠い日と同じに、自分の手で。
 これがシロエの宝物だと知っているから、それを自分が手にしたからには。
 ならば、自分が、今、すべきことは…。


 グランド・マザーからの通信を受けた、さっきの部屋。
 其処に戻ってアクセスしたデータ、今ならば開示される筈。
 パルテノンの管轄下に置かれ、政府関係者ですら立ち入りを制限されている場所。
 E-1077のデータに、恐らくはその殆どに。
(フロア001は無理なのだろうが…)
 試してみて、やはり弾かれた。
 国家機密を示すエラーに、そういうエラーメッセージに。
 けれども、自分が探しているのは、それではない。
 そう簡単に謎が解けるとも思ってはいない。
(…だが、シロエの名は…)
 出るのだろう、と打ち込んでいったシロエの名前。
 「セキ・レイ・シロエ」と、それから彼が在籍していた時期と。
 案の定、其処にいたシロエ。
 候補生たちが皆、忘れ果てていた、セキ・レイ・シロエの名前は在った。
 E-1077を運営していた者たちからすれば、それは必須のデータだから。
 シロエの存在を消し去った後も、データは保存されるから。


 名前の下には、欲しかったデータ。
 あそこでシロエが暮らしていた部屋、その所在地と状態と。
(…やはり封鎖か…)
 E-1077が廃校になる前からずっと、閉ざされたままだという情報。
 候補生は誰も立ち入らない部屋、使われることがなかった部屋。
 シロエはMのキャリアだったから。
 ミュウ因子を持った人間を指す、ミュウに詳しくない者たちが使う言い回し。
 此処でもそれが使われていた。
 ミュウとは何かを知らない者たち、E-1077の上層部。
 彼らはMの感染を恐れ、シロエの部屋を封印した。
 誰も近付かないように。
 同じような扉が並んでいたって、誤って入らないように。
 E-1077の居住区の一角、時が止まったままだろう部屋。
 シロエの私物はもう無いけれども、彼が暮らしていた頃のままに。
 新しい住人が入らないまま、シロエと一緒に凍った刻(とき)。


 予想通りか、と頭に叩き込んだ地図。
 シロエの部屋へ行くには何処を通るか、どの通路からが近いのか。
 扉を開くためのパスワードは何か、どうすれば中に入れるのか。
(…フロア001よりは…)
 きっと簡単に行けるだろうさ、と唇に浮かべた自嘲の笑み。
 卒業の日までに何度試みても、其処へは行けなかったから。
 シロエが自分に遺した遺言、それを果たせはしなかったから。
(あのステーションを処分するだけなら…)
 必要のない人工重力、それに照明。
 どちらも復活させねばなるまい、シロエに本を返すなら。
 かつてシロエが向かっていただろう机、その上に本を置いてやるなら。
 頼りなく宙に浮いたままだと、返したことにならないから。
 シロエの机の上に置いてこそ、「返したぞ」と言ってやれるのだから。


(…ステーションの処分と、フロア001だけならな…)
 重力も照明も必要無いが、と鼻先で笑う。
 マザー・イライザが何を言おうが、任務を遂行するだけだから。
 フロア001の内部を確かめ、後はステーションの中枢を破壊してやるだけ。
 それで終わりで、無重力だろうが、暗がりだろうが、自分にとっては容易いこと。
(しかし、シロエに本を返すなら…)
 やはり机に置いてやらねば、シロエがそれを受け取れるように。
 あの日と同じに、本を抱き締めて持ってゆけるように。
 「お前の本だ」と見せてやるには、照明も要る。
 非常灯だけでも点けてやらねば、シロエの部屋にも本が見える灯りが灯るよう。
(……本を隠して持って行くには……)
 宇宙服の中がいいだろう、とも考える。
 マツカしか連れてゆかないけれども、本の存在は隠しておきたいから。
 これはシロエの大切な本で、直接、返しに出掛ける本。
 任務とはまるで無関係だから、自分の心の声に従うだけなのだから…。

 

         返したい本・了

※E-1077を処分しに行った時のキース、あの本を持っているんですよね…。
 シロエに返しに行ったんだろう、という捏造。シロエの部屋だという証拠、掴めず。





拍手[0回]

(うーん…)
 どうにも上手くいかないんだよね、とジョミーがついた大きな溜息。
 今はソルジャー候補だけれど。
 ミュウの母船なシャングリラに来て、そういう立場になったのだけれど…。
 日課になったサイオンの訓練、それの成果が思わしくない。標的を順に破壊は出来ても、纏めてサクッと消すのが無理。
(…集中力が足りないだなんて言われても…)
 頑張ってるつもりなんだけどな、と眺める右手。訓練の後で、自分の部屋でキュッと握って。
 こういう感じ、と訓練の度に繰り出すサイオン。力を溜めて、思いっ切り。
 なのに結果がついて来なくて、一個ずつしか消せない標的。
 やったら出来る筈なのに。やれば出来ると思うのに。
(…ブルーの攻撃、凄かったしね?)
 今もハッキリ覚えている。
 成人検査を邪魔しに出て来て、派手に飛び回っていたソルジャー・ブルー。
 テラズ・ナンバー・ファイブを相手に右へ左へ、上へ下へと。「離れるなよ!」と一声叫んで。
 でもって最後は「でやあぁぁぁーーーっ!!!」と一発…。
(食らわせちゃって、テラズ・ナンバー・ファイブが吹っ飛んで…)
 あれがブルーの実力なのだし、後継者の自分も出来ると思う。あんな具合に。
 ここぞとキメてやりたい時には、それはカッコ良く。
(絶対、出来ると思うんだけどな…)
 でも出来ないし、という悲しい現実。いったい自分の何処が駄目なのか、悲しいキモチ。
 ソルジャー・ブルーはキメたのに。
 もう一撃でぶっ飛ばしたのがテラズ・ナンバー・ファイブで、まさに必殺技だったのに。


 あの技みたいに、ぼくだって…、と描いたイメージ。頭の中で。
 「でやあぁぁぁーーーっ!!!」と一発、それで纏めて消し飛ぶ標的。…訓練用の。
 いけそうな気がするけれど、と思った所で気が付いた。
(えっと…?)
 ブルーがかました、あの必殺技。
 あれと同じに繰り出すのならば、「でやあぁぁぁーーーっ!!!」と叫ぶのだろうか。ブルーはそういう掛け声だったし、あの掛け声が必須だろうか?
(まさかね…?)
 それはなんだか違うんじゃあ…、と子供でも分かる。
 幼い頃から幾つも観て来たヒーローもの。どのヒーローも必殺技を持っているのがお約束で…。
(でもって、技を繰り出す時には…)
 技の名前を叫んだりもする、こう、色々と。ヒーローらしく。
 だからブルーが出した技にだって、本当は名前があるのだろう。テラズ・ナンバー・ファイブに言うのが嫌だっただけで、カッコイイ名が。
(…テラズ・ナンバー・ファイブって、形からしてイケていないし…)
 そんな相手に、必殺技の名前を叫んでキメるだけ無駄。
 「でやあぁぁぁーーーっ!!!」で充分、それでもお釣りが来るくらい。
 きっとそうだ、と考えたから…。


「ブルー! ソルジャー・ブルー…!!」
 ちょっといいですか、と駆け込んで行ったブルーの居室。いわゆる青の間。
 スロープを一息に走って上って、息を弾ませて立ったブルーの枕元。
「なんだい、ジョミー?」
 何か用でも、とブルーが瞬かせた瞳。「訓練は上手くいっているかい?」とも。
「その訓練です! どうしても上手くいかなくて…」
 集中力の問題らしいんです、と愚痴を零したら、「それで?」と見上げて来たブルー。
「…ぼくにそのコツを教えろとでも?」
 コツは自分で掴まないと、とブルーは言ったけれども、コツはこの際、どうでもいい。訊きたいことは他にあるのだし、それを訊いたらコツだって掴めそうだから。
「えっとですね…。コツは自分で掴みますから、一つ教えて貰えませんか?」
「…何を知りたいと?」
 ぼくたちミュウについてだろうか、とブルーのピントはズレていた。ミュウの長だけに。
「そうじゃなくって、あなたの技です!」
 必殺技を教えて下さい、と切り込んだ核心、キョトンと見開かれたブルーの瞳。
「…ひっさつわざ…?」
 それはどういう、と訊き返されたから、「必殺技です!」と繰り返した。
「テラズ・ナンバー・ファイブ相手に出してたでしょう! 必殺技を!」
 アレの名前を教えて下さい、とガバッと下げた自分の頭。それを教えて貰いに来ました、と。


 頭まで下げて頼んだのだし、教えて貰えると思ったのに。…答えが聞ける筈だったのに。
 ブルーがパチクリと瞬かせた瞳、そして返って来た言葉。
「必殺技って…。ぼくのかい?」
「ええ、そうです! あの時は「でやあぁぁぁーーーっ!!!」って言ってましたけど…」
 本当は何かあるんですよね、と重ねて訊いた。引き下がる気など無いのだから。
 必殺技の名前を訊き出せたならば、自分もかますだけだから。…訓練用の標的へと。
「なるほどね…。必殺技を繰り出すとなれば、集中力が増すというわけか…」
「そうです、そうです! だからですね…」
 あの技の名前を教えて下さい、とズイと迫った。「頑張りますから」と。
 そうしたら…。
「…「でやあぁぁぁーーーっ!!!」では、何か不足だとでも?」
 誤魔化されてしまった必殺技の名。なんともケチなソルジャー・ブルー。
「ぼくには教えられないとでも!? 一子相伝とか言うじゃありませんか!」
 今どき死語かもしれませんけど、と持ち出した「一子相伝」なる言葉。SD体制に入る前には、宇宙に存在した習慣。子供の中から一人選んで、その子にだけ伝える秘法や技術。
「…そう来たか…。だったら、ぼくに明かせと言うのか、必殺技を?」
 ブルー・クラッシュとか、ブルー・アタックだとか、そんな感じで、と見上げるブルー。
「…ブルー・クラッシュ…。それからブルー・アタックですか?」
 必殺技を二つも持っているんですか、と今度はこっちが驚いた。まさか二つもあったとは、と。
「そういうわけでもないんだが…。その時の気分次第かな、うん」
 どっちにするかは気分で決める、とブルーの答えは奮っていた。必殺技を繰り出す時には、先に力を溜めるもの。やるぞ、と自分に気合を入れて「必殺ゥ~~~!」と高めてゆく力。
 それがMAXになった瞬間、叩き出すのが必殺技。渾身の力で、技の名前も叩き付けて。
 「ブルー・クラッシュ!」とやるか、「ブルー・アタック!」といくか。
 どちらにするかは気分次第で、その場のノリだ、と。


(…そうだったんだ…)
 ノリも大切だったのか、と青の間を後にしたジョミー。ずいぶん勉強になったよね、と。
 必殺技を繰り出す時には、「必殺ゥ~~~!」と力を溜めてゆくもの。気合を入れて。
 溜めた力がMAXになったら、其処で繰り出す必殺技。カッコ良く技の名前を叫んで、その場のノリと勢いで。
(ブルー・クラッシュに、ブルー・アタック…)
 どちらも「ブルー」とついているから、其処を「ジョミー」に変えればいい。一子相伝、習ったばかりの必殺技の名、それを生かして。
 とにかく練習、と部屋に戻って構えた両手。こんな感じでどうだろう、と鏡を見ながら。
「必殺ゥ~~~!」
 口にしただけでも、身体に力が漲る感じ。これならいける、と高まる期待。
 部屋でやったら大変だけれど、明日の訓練では上手くやれるに違いない。必殺技で、一撃で。
(ジョミー・クラッシュか、ジョミー・アタック…)
 そっちも練習、と勢いをつけて叫んでみた。部屋は完全防音だから。
「ジョミー・クラーッシュ!!」
 うん、いい感じ、と大満足。ついでに叫んだ「ジョミー・アターック!」だって。
 言葉からして最強な響き、きっと明日から上手くいく。一子相伝の必殺技だし、出来る筈。
 ジョミー・クラッシュにジョミー・アタック、そう叫ぶだけで。
 必殺技を繰り出す前には、「必殺ゥ~~~!」と力を溜めてゆくだけで。


 かくして翌日、ジョミーは初の満点を取った。長老たちも文句を言えない出来栄えで。
 「必殺ゥ~~~!」と取ったキメのポーズで、「ジョミー・アターック!」と。
 その次の日にはジョミー・クラッシュ、もう安定の破壊力。一瞬の内に砕ける標的、先日までの集中力不足が嘘だったように。
(ぼくだって、やれば出来るんだよ…!)
 これで立派なソルジャー候補、とガッツポーズのジョミーは知らない。
 「よくやった」と褒めてくれる長老たち、彼らが知っている真相を。「嘘も方便じゃ」などと、ヒソヒソ語っていることを。
「ブルーもやるねえ、あんな大嘘、よくも言ったよ」
 あたしだって初耳なんだけどね、とブラウも呆れる必殺技。そんな技など存在しない、と。
「それで結果が出ているのだから、問題は無いと思うがねえ…」
 いいじゃないかね、とヒルマンが浮かべている苦笑。アタックだろうが、クラッシュだろうが、結果が出せればオールオッケー、と。
「ダテに三百年以上、生きてはおらんのう…」
 ワシなら直ぐには思い付かんわ、とゼルも頭を振っていた。エラだって「ええ…」と。


 つまりはまるっとブルーの大嘘、必殺技など最初から存在しなかった。
 けれどもフルに回転した頭脳、「これは使える」と。
 ヒーローものの観すぎなジョミーは、必殺技さえ教えておいたら頑張るから。ガッツリとコツを掴んだつもりで、集中力を高めてぶつけるから。
(ブルー・クラッシュねえ…)
 あれはそういう名前だったのか、とブルーの顔にも苦笑い。「知らなかった」と。
 テラズ・ナンバー・ファイブにかました一撃、あれは「でやあぁぁぁーーーっ!!!」と叫んでいただけのことで、必殺技ではなかったから。
 必殺技が欲しいと思ったことさえ…。
(ぼくは一度も無いんだけどね…?)
 なのに生まれてしまったようだ、と青の間から眺めるジョミーの訓練。思念を使って。
 今日も炸裂する、ジョミー・クラッシュにジョミー・アタック。「必殺ゥ~~~!」とポーズをキメて、思いっ切り。
(…ジョミーの次のソルジャーがいたら…)
 そっちにも伝わりそうなんだが、というブルーの予感は的中した。
 遥か後の時代、赤いナスカで生まれたトォニィ、彼がやっぱり必殺技をかますことになる。
 「必殺ゥ~~~!」と、大好きなグランパ仕込みの決めポーズで。
 技を繰り出す時は「トォニィ・クラーッシュ!」と、それに「トォニィ・アターック!」と。
 人類とミュウが和解した後の平和な時代に、カナリヤの子たちにせがまれて。
 「ねえねえ、ソルジャー、あれをやって」と、「あれを見せて!」と、おねだりされて…。

 

          出したい必殺技・了

※いや、せっかくだから必殺技があってもいいのに、と思っただけ。こう、カッコ良く。
 そういやブルーが派手にやってたよね、と思い出したらこうなったオチ…。





拍手[2回]

(パパ、ママ…)
 どうして忘れてしまったんだろう、とシロエがギリッと噛んだ唇。
 ピーターパンの本を抱えて、ベッドの上で。
 この本だけしか残らなかった、と強く抱き締める宝物。
 子供時代の持ち物の中で、残ったものは一つだけ。
 両親がくれた大切な本。
 幼かった自分に夢を与えてくれた本。
 いつかはネバーランドに行こうと、広い広い空を飛んでゆこうと。
 ピーターパンと一緒に旅に出るのだと、子供のための国にゆくのだと。
(…もっと素敵な所にだって…)
 行けると父が教えてくれた。
 ネバーランドよりも素敵な地球へ、「シロエだったら行けそうだぞ」と。
 頭がいい子は、いつの日か行けるらしい地球。
 そう聞かされて、素直に夢見た。
 地球に行けるなら、ネバーランドにも必ず行けるだろうから。
 きちんと準備を整えておけば、いつでも旅に出られるから。
 ピーターパンが迎えに来たなら、高い空へと舞い上がって。
 ぐんぐんと飛んで、エネルゲイアを後にして。


 きっと行けると夢見た国。
 ネバーランドにも、もっと素敵な地球にだって。
(…ぼくは行けると思ってたのに…)
 成人検査を好成績で通過したなら。
 頭がいいと認められたら、其処への切符が手に入るのだと。
 けれども、高すぎた代償。
 地球への切符を貰える場所には、どうやら辿り着けたのだけれど。
 皆の憧れの最高学府、E-1077。
 此処で四年を過ごした後に、選出されるメンバーズ。
 それになれたら、開けるらしい地球へ行く道。
 ただ、このE-1077に来るためには…。
(……成人検査……)
 あんなものだとは思わなかった、と後悔したって、もう遅すぎる。
 何もかも奪い取られたから。
 機械がすっかり消してしまって、何一つ残らなかったから。
 ピーターパンの本だけしか。
 両親の記憶も、懐かしい家も、何もかも失くしてしまったから。


 こんな目に遭うくらいだったら、地球には行けないままで良かった。
 ネバーランドがあれば良かった。
 両親と暮らす家の窓から、いつか行けるかもしれない国。
 其処を夢見て暮らしてゆければ、それだけでもう充分だった。
 メンバーズにはなれなくても。
 地球への道が開かなくても、両親と一緒にいられたならば。
 エネルゲイアを離れずに済んで、何も失わなかったなら。
(……どうして、成人検査なんか……)
 あんなシステムが存在するのか、考えるほどに苛立つばかり。
 憎しみが増してゆくばかり。
 他の候補生たちは、まるで気にしていないのに。
 やっと大人の仲間入りだと、むしろ喜んでいるようなのに。
(あれも、機械が…)
 そういう風に仕向けるのだろうか、記憶を消してゆくついでに?
 子供時代の記憶を消し去り、代わりに叩き込むのだろうか。
 このシステムに馴染むべきだと、それが正しい生き方だと。
 社会の仕組みに従うがいいと、そうすれば地球へ行けるのだから、と。
 もしもそうなら、自分にとっては余計なお世話。
 地球など要らない、両親と、故郷と引き換えならば。
 何もかも捨てねば行けない場所なら、行けないままでいいのだから。


 どうして選べないのだろう。
 地球へ行きたいか、地球へは行かずに生きる道がいいか。
 大人になる道を歩き始めるか、子供の世界を離れずにいるか。
(それさえ、自分で選べるんなら…)
 きっと此処には来ていない。
 今も故郷を離れてはいない、両親の家で暮らしている筈。
 メンバーズになるより、地球へ行くより、両親の側にいたかったから。
 故郷の家の窓の向こうに、いつも夢見たネバーランド。
 それだけがあれば、きっと満たされていた。
 こんな空虚な心を抱えて、ベッドに座っているよりも。
 穴だらけになってしまった記憶を、取り戻そうとして苦しむよりも。
(……ピーターパンが来てくれなくたって……)
 ネバーランドは、けして消え失せない。
 夢まで消えてしまいはしない。
 本を開けば、夢の国は其処にあるのだから。
 ピーターパンの本の向こうに、いつも、いつだって見えているから。
 自分の記憶が曖昧になった、今さえも。
 両親の顔さえ忘れ果てても、ネバーランドは消えずに今も在るのだから。


(成人検査を考えたヤツは…)
 いったいどうして、こんなシステムを作ろうなどと考えたのか。
 誰も拒否など出来ない検査を、記憶を消してしまう仕組みを。
 子供時代の全てを否定し、握り潰してしまうなら…。
(……最初から、そんな過去なんか……)
 与えないでいて欲しかった。
 両親も故郷も無かったのなら、何も失くしはしないのだから。
 最初からステーションで育っていたなら、両親も家も無かったならば。
(そういう風に育てられたら、そっちが普通なんだから…)
 アンドロイドに育てられても、何の個性も無い暮らしでも。
 右だと言われれば右を眺めて、左だと聞けば左を見る。
 個性の欠片も育たないように教育されたら、成人検査がどんなものでも気にしない。
 過去を失くしても、それに価値など無いのだから。
 自分を育てたアンドロイドが、その後は何処へ行こうとも。
 ステーションでの暮らしがガラリと変わってしまったとしても、それだけのこと。
 「今日からは、こう生きてゆくのだ」と思うだけ。
 過去を失くして悲しむ代わりに、消えた記憶を嘆く代わりに。
 新しい生活パターンに馴染んで、それに相応しく暮らしてゆくだけ。
 懐かしむ過去など、何も持ってはいないから。
 両親も家も、最初から無かったのだから。


 そうだったならば、どんなにいいか。
 どれほどに楽で、幸福だったか。
 失くす過去など持たなかったら、最初から過去が無かったら。
 そういう風に育てられたら、両親も故郷も無かったら。
(…ネバーランドも無いけれど…)
 其処を夢見る自分もいないし、不都合なことは何も無い。
 こうして苦しむシロエはいなくて、優等生のシロエが一人。
 今日は普通に昨日の続きで、明日は今日から続いてゆくだけ。
 成人検査で途切れたことさえ、きっと知らないままの人生。
 何も失くしはしなかったから。
 成人検査の前と後とで、何も変わりはしないのだから。
(どうせ機械が決めるんなら…)
 何もかも機械がやればいい。
 養父母が子供を育てる代わりに、アンドロイドが育てればいい。
 夢も希望も何も与えずに、教育だけを施して。
 故郷の光も風も無い場所、無個性な教育ステーションに住ませて。


 そうすればいいと、何故そうしないと、ただ悔しくて唇を噛む。
 どうして両親を与えたのかと、自分に故郷を持たせたのかと。
 全部失くしてしまうのに。
 どうせ持ってはいられないのに、与えられた甘い砂糖菓子。
 まるで童話のお菓子の家で、食べたばかりに苦しむ自分。
 両親も故郷も知らなかったら、苦しみさえもしないのに。
 成人検査を受けた所で、何も失くしはしないのに。
(いったい、どうして…)
 後で必ず取り上げるくせに、幸せな過去を寄越すのか。
 幸福に満ちた子供時代を、温かな家を、優しい両親に守られる日々を。
 ずっと持たせてくれないのならば、与えなければ良さそうなのに。
 その方がこちらも楽でいいのに、何故、与えてから取り上げるのか。
(…理不尽すぎるし、非効率的…)
 機械が統治してゆくのならば、機械のような人間でいい。
 個性などは無くていい筈なのに、と考えていて気付いたこと。
 もしかしたら、これが狙いだろうかと。
 機械の意図は此処にあるかと、そのための養父母と故郷だろうかと。


(……夢が無ければ……)
 誰も夢など抱かない。
 自分も、きっとそうなった筈。
 ネバーランドを夢見もしないし、地球へ行こうとも思わない。
 ただ淡々と生きてゆくだけ、昨日の続きの今日という日を。
 明日も同じに今日の続きで、其処からは何も生まれては来ない。
 言われた通りに生きてゆくだけで、工夫もしないし、自分で考えることだって。
 けれど、それでは機械が困る。
 優秀な人間が出ては来ないし、これから先も進歩はしない。
 進歩が無いなら、いずれは退化してゆくだけ。
 誰も工夫を凝らさないなら、考えようともしないのなら。
(…退化されたら、機械の世話をする人間も…)
 いつしか消えてしまうのだろう。
 膨大な数の精密機械を相手に、メンテナンスをする人材。
 そうなれば機械は壊れてしまって、誰も修理をしてくれはしない。
(……機械の世話をするためだけに……)
 人間は生かされているのだろう。
 奪い去られる夢の生活、子供時代を与えられて。
 誰もが大きな夢を描いて、考える力や工夫することを覚えるように。
 そうやって培った力を生かして、機械に仕えてゆくように。
 何の疑いも抱くことなく、成人検査で押さえつけられて。
 いいように飼いならされてしまって、機械の言いなりになる人生。


 きっとそうだ、と気付いた成人検査の理由。
 機械が人間を使いこなして、意のままにするために行うもの。
 個性は充分に与えてやったと、夢を持つことも覚えただろうと、消し去る記憶。
 子供時代はもう不要だと、これからは機械のために生きろと。
(…機械にはパパも、ママだって…)
 いるわけがないし、故郷も無い。
 だから機械には分からない苦痛、過去を失うということの意味。
 機械にとっては、過去はデータに過ぎないから。
 別のデータで補えるのなら、何も問題無いのだから。
(……何もかも、全部……)
 機械が与えて奪い去った。
 大好きだった両親も家も、故郷にあった風も光も。
 ピーターパンの本だけが残って、他は何一つ残らなかった。
 最初から機械が仕組んだ人生、それを生きるしかないのだろうか?
 此処まで生きてしまったからには、このまま行くしかないのだろうか…?
(…そんなの、嫌だ…)
 たとえ取り残されることになっても、出来るなら此処に留まりたい。
 機械の手から逃れて生きたい、そうすれば破滅するのだとしても。
 他の者たちと同じようにはなれないから。
 世界が機械のためにあっても、そんな機械に従える心は持たないから…。

 

         機械の思惑・了

※成人検査は何のためにあるのか、シロエが考えなかった筈はないよな、と。
 シロエが出しそうな結論がコレで、実際の所はどうなんだか…。アニテラだと真面目に謎。





拍手[0回]

Copyright ©  -- 気まぐれシャングリラ --  All Rights Reserved

Design by CriCri / Material by 妙の宴 / powered by NINJA TOOLS / 忍者ブログ / [PR]