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(……シロエ……)
 暗澹たる思いでキースが戻ったステーション。
 シロエの船を撃墜した後、E-1077に降り立ったけれど。
 Mの精神攻撃の余波がまだ残る其処に、シロエを知る者はもういない。
 少なくとも、候補生の中には。
 セキ・レイ・シロエという名は消されたから。
 最初は「居る」ことを消されてしまって、今はもう、その存在ごと。
 宇宙の何処にも、いなくなったシロエ。
 自分がこの手で撃ち落としたから、彼が乗った船を。
 武装してさえいなかった船を、ただ逃げてゆくだけの練習艇を。
 マザー・イライザの命令のままに、レーザー砲でロックオンして…。
(……撃ったんだ……)
 そしてシロエは消えてしまった。
 髪の一筋さえ残すことなく、光に溶けて。
 レーザー砲の閃光の中で、一瞬の内に蒸発して。
 何も残っていなかったことを、この目で確認して来たから。
 シロエの船が在った場所には、残骸が散らばるだけだったから。


 自分はこうして戻ったけれども、シロエは二度と戻りはしない。
 皮肉に満ちた彼の言葉も、この耳にけして届きはしない。
(…ピーターパンの本を抱えた時の…)
 あどけない子供のようだった顔も、もう見ることは叶わない。
 魂ごと宇宙(そら)へと飛び立った者は、別の世界の住人だから。
 いつか自分が其処へ逝くまで、行き方さえも分からないから。
(……シロエは自由に……)
 なれたのだろうか、彼の望み通りに?
 機械の言いなりになって生きる人生、意味などは無いとシロエは言った。
 それならば彼は、自分の望みを叶えたろうか。
 生きる意味の無い生を終わらせ、果ても見えぬ空へ飛び去ったから。
 漆黒の宇宙の向こうにはきっと、まだ見ぬ空があるのだろう。
 テラフォーミングされた星の空やら、母なる地球を取り巻く空や。
 昼には光で青く染まって、夜は宇宙の色になる空。
 そういった空より、もっと自由で果ての無い空。
 シロエは其処へと行ったのだろう、生ある者には持ち得ない翼、それを広げて。
 きっと誰よりも自由に羽ばたき、何処までも飛んでゆける世界へ。
 …そんな気がする、彼は勝ったと。
 真の自由を勝ち取ったのだと、誰も彼を追えはしないのだと。


 そう思うけれど、シロエの勝ちだと感じるけれど。
 これは自分の逃げなのだろうか、シロエを殺してしまったから。
 連れ帰る代わりに船ごと撃って、この世から消してしまったから。
(…シロエが自由になれたのなら…)
 それがシロエの意志だったならば、悔やむことなど何一つ無い。
 シロエは自分を利用しただけ、撃たせて空へと飛び去っただけ。
 そう思ったなら、楽になれるから。
 レーザー砲を撃った罪の手、その手を真っ赤に染めた血潮も流れ去るから。
 だからそちらへ向かうのだろうか、自分の思いは?
 あれはシロエが選んだ道だと、自分はそれを助けたのだと。
 何も罪など犯していないと、悔やまなくてもいいのだと。
(……卑怯者め……)
 認めたくないのか、己の罪を。
 罪だと心に刻み付けつつ、まだ逃げようと足掻くのか。
 自分は何もやっていないと、ただ従っただけに過ぎないと。
 シロエの意志に、マザー・イライザの命令に。
 全てはそうしたことの結果で、シロエも、マザー・イライザも勝った。
 シロエはマザー・イライザに。
 自らを捨てて、自由な道へ。
 マザー・イライザも勝ちを収めた、シロエという反逆者を消して。
 …自分は彼らに使われただけで、いいように使い捨てられただけ。
 一人きりで消えない罪を抱えて、この左手を血染めにされて。


 その通りだと認められたら、思い込むことが出来たなら。
 どれほど楽になれるのだろうか、せめてシロエのせいに出来たら。
 彼を自由に飛ばせてやったと、鳥籠から出してやったのだと。
(鳥籠から出してやった途端に…)
 鋭い爪に捕えられても、鷹にその身を引き裂かれても。
 それでも鳥は本望だろうか、自由に焦がれた籠の中の鳥は。
 一瞬だけ自由に羽ばたいた空を、永遠に駆けてゆくのだろうか。
 引き千切られた羽根が血まみれになって、空の鳥籠の側に散らばり、鳥は消えても。
 籠の中で空を夢見て歌った、その声が絶えてしまっても。
(……シロエ、お前は……)
 本当にそれで良かったのか、と尋ねても返らない答え。
 きっと永遠に分からないから、たとえシロエの勝ちだとしても…。
(…ぼくがシロエを殺したことは…)
 存在さえも消し去り、葬ったことは、もう間違いなく罪なのだろう。
 シロエの口から「違いますよ」と聞けないのなら。
 彼が自分で此処に出て来て、心を解いてくれないのなら。


(……誰もシロエを知らなくても……)
 このステーションに存在したこと、それさえ忘れてしまっていても。
 自分がシロエを忘れないこと、きっとそれだけが出来る贖罪。
 なんとも皮肉な話だけれども、自分だけが彼を覚えているから。
 セキ・レイ・シロエを殺した自分が、彼の存在を消してしまった人間が。
(…一生、シロエを忘れないこと…)
 たとえシロエが自分を利用したのだとしても。
 果ての無い空へと飛んでゆくために、この肩を蹴って去ったとしても。
 飛び去ったシロエを忘れないこと、自分の罪を背負ってゆくこと。
 友に成り得た可能性さえ、シロエは秘めていたのだから。
 一つピースが違っていたなら、きっと良き友だったのだろう。
 サムやスウェナと一緒に笑って、四人でテーブルを囲みもして。
 スウェナが去って行った後には、三人で。
 卒業の時も、此処を出てゆく船の中から、窓に向かって手を振ったろう。
 シロエの姿は遠すぎてどれか分からなくても、其処にいるだろう窓に向かって。
 「先に行くから、また会おう」と。
 いつか地球でと、その日を待っているからと。


 本当にきっと、ほんの僅かなすれ違い。
 それがシロエと自分とを分けて、隔ててしまって、置いてゆかれた。
 シロエは自由な空へ飛び去り、自分に残されたものは罪の手。
 友だったかもしれないシロエを、彼を乗せた船をこの手で撃った。
 永遠に消えはしない烙印、左手に刻まれた罪の刻印。
 誰の目にも、それは見えなくても。
 セキ・レイ・シロエを知っている者、それさえ誰もいなくなっても。
(……忘れない……)
 彼を生涯、忘れはしない、と誓った左手。
 見る度にそれを思い出そうと、この手の罪をと睨んだ左手。
 レーザー砲の照準を合わせ、発射ボタンを押したことを自分は知っているから。
 他に知る者が誰もいなくても、自分の心は誤魔化せないから。
(…シロエが自由になったのだとしても…)
 そう思うことを、けして自分に許しはしない。
 自分が正しいことをしたと思うなど、それは逃げでしかないのだから。
 シロエの口から「今まで知らなかったんですか?」と聞かない限りは、逃げでしかない。
 「気付かなかったなんて、機械の申し子も大したことはないんですね」と。
 「キース先輩も、その程度でしたか」と、あの笑い声がしない限りは。
 そういう声が聞こえたならば、と思う自分がいる内は。


 消えない罪の意識と後悔、明かせる相手もいないのが自分。
 誰もシロエを知らないのだから、語っても意味を成さないこと。
(…サムに言っても…)
 返る言葉はもう分かっている、サムの姿を見なくても。
 きっと、あの時より酷い。
 幼馴染だと聞いたミュウの少年、ジョミー・マーキス・シンのこと。
 あんなに動揺したというのに、サムは覚えていなかった。
 かつて語った幼馴染を、鮮明だった筈の姿を。
 あれよりもずっと、空しい結果が自分を待っているのだろう。
 「シロエを殺してしまったんだ」と打ち明けたなら。
 サムはキョトンと目を見開いてから、「それ、誰だよ?」と尋ねるのだろう。
 そんな名前は知らないと。
 「きっと夢だぜ」と、「そういや、前にも変だったよな?」と。
 訓練飛行の日を間違えていなかったか、と。
 しっかりしろよと、あの笑顔で。
(……どうせ、そうなる……)
 そうなるのだと分かっているから、今はサムにも会いたくはない。
 夕食の時間も皆とずらした方がいい。
 シロエはいないと思い知るから、またしても罪を負わされるから。
 本当だったら食堂に一人、生徒は多い筈なのだから。
 シロエが今もいたならば。
 皆が名前を、姿を覚えていた頃ならば。


 後にしよう、と思った食事。
 サムにも会うまいと考えかけた夕食の時間。
 けれども、心を不意に掠めていった声。
(…シナモンミルク…)
 何度も食堂で耳にしていた、シロエがそれを頼むのを。
 彼の好物だったのだろうか、意識し始めたら不思議なほどに聞いていたから…。
(……逃げないのならば……)
 シロエを殺した己の罪を、一生、背負ってゆくのなら。
 誰も分かってくれない苦しみ、それを生涯、負ってゆくなら…。
(…あれを頼むか…)
 きっとサムなら、「何だよ、それ?」と驚いてトレイを見るだろうけれど。
 「お前、コーヒーじゃなかったのかよ?」と、「どうしたんだよ?」と訊くだろうけれど。
(…ちょっと興味があっただけだ、と言えたなら…)
 自分の罪をきちんと罪だと受け止められるし、シロエのことも忘れないだろう。
 これを好んだ人を殺したと、友だったかもしれない者を、と。
 一度も飲んだことのない味、それと一緒に。
 どういう味かは分からないけれど、食堂であれを頼んでみよう。
 かつてシロエがそうしたように。
 何度も耳にしていたように。


 「シナモンミルク、マヌカ多めに」、それがシロエに捧げる挽歌。
 自分はシロエを忘れないから。
 これから食堂で初めて口にする味、それと一緒に心に刻む。
 セキ・レイ・シロエ、自分が殺した少年の名を。
 友に成り得た筈の少年、彼の姿を、死の瞬間まで自由に焦がれた鳥の名前を…。

 

         飛び去った鳥に・了

※シロエの存在、誰もが忘れていましたからね…。キース以外は、もう全員が。
 鳥籠から逃げた鳥の名前は「セキレイ」、そういうイメージ。日本語な上に野鳥ですけど。





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 アルフレートが用意してくれたティーセット。彼の退室を待って白磁のカップに紅茶を注ぐ。シュガーポットの蓋を開け、銀のティースプーンで砂糖を掬ってサラサラと…。最初に一杯、そして。
「…フィシス?」
 手を止めたフィシスにブルーが「どうしたんだい?」と微笑みかける。
「いえ…。なんでもありませんわ」
 ふふ、と微かに笑って更にティースプーン半分の砂糖を紅茶に加えると、それをブルーに。自分のカップに砂糖を入れるフィシスをブルーの赤い瞳が見詰めた。
「…本当に? それにしては楽しそうだね、フィシス」
「昔のことを…。少し」
 私が此処に来た頃のことを、とフィシスはクスッと小さく笑った。


 紫のマントの王子様。
 シャングリラに来る前の記憶はブルーが消してしまったために無かったけれども、ブルーはフィシスの王子様だった。
 何処とも知れない恐ろしくも悲しい世界から救い出してくれた王子様。
 フィシスがシャングリラでの生活に馴染んでいるか、何か不自由はしていないかと一日に何度も訪ねて来てくれる優しい人。
 自分よりも遙かに背が高く、軽々と抱き上げてくれるけれども、ミュウたちの中では年若い部類に入るであろうスラリとした立ち姿の美しい人。
 その王子様が外見通りの年齢ではなく、王子様ならぬ王様だったと気付くまでにはかなりかかった。そのくらいにブルーはフィシスの所に入り浸っていたし、それを止める者も無かったから。
 今にして思えば王様だったからこそ、そんな自由があったのだけれど。


「ハーレイ。ソルジャーはまた、あのお嬢ちゃんの所かい?」
「…そのようだ。地球を見に行くと仰っていた」
 ハーレイがブラウの問いに答える。彼らの居る場所はブリッジではなく、専用の休憩室だった。
「フィシスの地球は鮮やかだ。ソルジャーが夢中になっておられるのも無理はない」
「どうだかねえ…。地球はオマケで、お嬢ちゃんの御機嫌を取りたいだけだと思うけどねえ?」
 いつ行ったって二人で仲良くお茶を飲んだり遊んだりだよ、とブラウが言えば、ゼルが重々しく同意した。
「その通りじゃ。ぼくの女神だとか言っておるがの、何処から見ても惚れ込んだとしか思えんわい」
「地球にだろう? ソルジャーの憧れの星を抱く女神だ」
 あのような神秘の力は並みの者には持ち得ない、と至極真面目に返すハーレイにゼルが苦笑する。
「相変わらずの堅物じゃのう。それじゃから未だに恋人の一人も出来んのじゃ」
「まったくだよ。…分からないかねえ、ブルーが恋をしてるってことも」
 ちょいと次元が違うけどね、とブラウが軽く片目を瞑る。
「色恋沙汰ってヤツとブルーは無縁さ、そういう世界に住んでるヤツだ。それでも見付けちまったんだよ、運命の相手というヤツを」
「…あのフィシスが?」
 そうなのか、と驚くハーレイの姿にブラウとゼルが大きな溜息を吐き出した。
「ホントに気付いていなかったのかい…。まあ、お嬢ちゃんが育った所で進展することは無いんだけどね。おままごとの夫婦ごっこがせいぜいさ」
「うむ。…幸か不幸か、ブルーには欠落しておるからのう。その手の感情というものが」
 あったらあったで大変じゃったろうが、というゼルの言葉は決して大袈裟なものではなかった。
 ブルーはミュウを束ね導くソルジャーであり、ただ一人だけの戦える者。
 それに加えて人並み外れた美しい容姿を持っているとなれば周りのミュウたちが放っておかない。しかしブルーは女性にも、ましてや男性にも一切の興味を示さず、誰もを等しく愛し続けた。かけがえのない仲間、同じシャングリラに住む家族として。
 そんなブルーが幼く小さな少女に恋をし、女神と呼んで慈しんでいる。
 それは喜ぶべきことであったが、アルタミラからの長い長い時を共に過ごしてきた者たちからすれば、些か寂しい気持ちが芽生えてくるのも仕方なく無理のないことで…。


「来る日も来る日も、フィシス、フィシス、フィシス。…あたしたちの所に顔を見せても、口を開けば惚気話だ。ちょいと苛めたくならないかい?」
 年甲斐もなく恋に夢中になってるブルーを、とブラウがオッドアイの瞳を煌めかせた。
「あの年の差を考えてごらんよ、ロリコンだなんてレベルじゃないよ? そういう恋じゃないと分かっていてもさ、あてられっ放しの長老としちゃあ一矢報いたくなるってもんだよ」
「何をするんじゃ? そう簡単にブルーはやられはせんぞ」
 わしは命が惜しいんじゃが、と逃げ腰になるゼルの耳にブラウはコソコソと耳打ちをする。聞き終えたゼルは「いけそうじゃの」と髭を引っ張った。
「ハーレイ、早速作戦会議じゃ。ヒルマンとエラの協力が必要じゃでな」
「な、何をする気だ、ブラウ、ゼル! ソルジャーに万一のことがあっては…」
「なーにがソルジャーじゃ、恋にかけては若造じゃ! しかし年寄りには違いないでな」
 その方面から攻めるまでじゃ、と勢いづいたゼルと発案者のブラウの二人がかりの攻撃の前にハーレイは白旗を揚げる羽目になった。ややあって呼び出しを受けたヒルマンとエラが休憩室に現れ、計画が練り上げられてゆく。
 ハーレイもいつしか乗り気になってしまっていたのは、やはりブルーが長老と呼ばれる自分たちよりもフィシスを選んで行ってしまったからだろう。
 ブルーが自分の心と感情に素直になったことは喜ばしくても、寂しさは生まれるものなのだ…。


 その翌朝。
 ブルーが訪ねて来るよりも早い時間に、フィシスはヒルマンとエラの訪問を受けた。
「…いいかね、フィシス。これは大切なことなのだよ」
 よく聞いて理解してくれないと、とヒルマンが真摯な瞳を向ける。
「ブルーが見た目どおりの年でないことは知っているね?」
「……??? はい…」
 それで? と首を傾げるフィシスにエラが応じた。
「私たちミュウは、ソルジャーの御健康に気を配らねばなりません。ソルジャーは毎日、この部屋においでになるようですが…。その度に紅茶をお出していますね?」
「はい。…アルフレートが用意してくれます」
「……やっぱり……」
 私たちが心配したとおりでした、とエラは額に手をやった。
「ソルジャーは紅茶がお好きですから、アルフレートの選択は間違っていません。けれど…」
「砂糖の量が問題なのじゃよ」
 紅茶一杯にスプーンに一杯半じゃろう、とヒルマンが続け、フィシスが「はい」と答える。
「…それがいけない。年寄りが甘いものを摂取し過ぎると病気になるのだ。ソルジャーにしても、そこは変わらない。ブルーの健康を考えるのなら、砂糖はスプーン半分にしなさい」
「…えっ…」
 でも、とフィシスは口ごもった。
 ブルーの好みの砂糖の量は紅茶一杯にスプーン一杯半。なのにスプーンに半分だなんて、それでは甘さが足りなさすぎる。
「いいですか、フィシス。ソルジャーの御健康が第一なのです」
 どうしても一杯半を入れたいのなら、紅茶は三度の御訪問につき一度だけにしておくことです、とエラが厳しい口調で告げた。
「ですが、ソルジャーにお茶を出さないというのも失礼なこと。…お砂糖はスプーン半分にしておきなさい」
「そうだよ、フィシス。…これはブルーの健康のためなのだからね」
 ブルーに長生きして欲しかったら今日から言い付けを守りなさい、とヒルマンに肩に両手を置かれて、フィシスはコクリと頷いた。
 全てはブルーの健康のため。紅茶一杯にスプーン半分の砂糖、砂糖はスプーンに半分だけ…。


 そんなこととも知らないブルーは、いつものようにフィシスの許を訪ねた。小さな手を握って青い地球を眺め、堪能した後に休憩を兼ねて一杯の紅茶。
 まだティーポットを上手く扱えないフィシスの代わりにアルフレートが二人分の紅茶を恭しく注ぐと、一礼して退出していった。
 ここから先はフィシスの役目。シュガーポットを開け、添えられたスプーンで砂糖を掬って…。
「どうぞ、ブルー」
 幼い手つきで差し出されたカップに、ブルーは赤い瞳を見開いた。
「…フィシス? 砂糖が足りないようなんだけど…」
「……あの……。お砂糖の摂りすぎは良くないって……」
 だからスプーンに半分なの、とフィシスは盲いた瞳でブルーを見上げて懸命な口調で訴えた。
「…ブルーはお年寄りだから……。甘いものを食べ過ぎたら病気になるから、いつまでも元気でいて欲しかったら半分にしなくちゃいけないの!」
 美味しくないかもしれないけれど我慢して、という健気な主張に、ブルーは「分かったよ」と降参の印に軽く両手を上げ、渡された紅茶を口に含んだ。
 甘みの足りない、香りだけは高いその味わいに違和感を覚えつつ、それをフィシスには悟られないよう柔らかく笑む。
「美味しいよ、フィシス。…健康にいい紅茶というのも嬉しいものだね、ありがとう」
「本当? 本当に美味しくなかったりしない?」
 甘くないのに、と心配そうなフィシスに「大丈夫」とブルーは重ねて微笑んだ。
「君と一緒に飲めるだけでも何倍も美味しいものなんだよ。それにぼくの身体のことを考えてくれた紅茶となったら不味いなんてことがある筈もない」
 本当に美味しくて素晴らしいよ、とフィシスの不安を消してやりながら、ブルーは彼女の心にそっと思念を滑り込ませる。スプーンに半分だの、年寄りだのと吹き込んだのは誰だろう? ブラウか、はたまたゼルあたりか。…いずれにしても、やってくれたものだ……。


 幼くて純真なフィシスは長老たちの悪戯を真に受け、それから長いことブルーの紅茶に入れる砂糖を減らし続けた。ブルーの苦情を聞かされた長老たちは笑うばかりで訂正をしに行ってはくれず、ブルー自身も真剣な表情で砂糖を入れるフィシスにはどうも真実を告げにくい。
「…フィシス。今日はもう少しだけ、砂糖をおまけしてくれないかな?」
 長老たちには内緒で半分だけ、と懇願すれば「いけません!」と即座に答えが返る。
「半分も入れたらスプーンに一杯分になってしまうわ。それじゃ多いの」
 多すぎるの、とフィシスは一所懸命だ。
「ブルーの身体に悪いのよ? だから絶対、半分だけなの!」
 美味しくないならお紅茶の量を三分の一に減らすとか…、とブルーの好みと健康のバランスを取るべく小さな頭を悩ませるフィシスの姿も、また可愛い。
 本当はスプーン半分どころか二杯入れても身体には全く問題無いのだが、こんな時間も悪くはないか、とブルーは甘さの足りなさすぎる紅茶を口に含んだ。
 この埋め合わせは後で、休憩室で。長老たちの誰が居るかは分からないけれど、居合わせた誰かにうんとたっぷり文句を言って自分のために紅茶を淹れさせよう。
 砂糖は勿論、スプーンにたっぷり一杯と半分。
 捕まえたのがゼルかヒルマンだったら秘蔵のブランデーを出させて少し落として飲むのもいいな、などと考えながら味わう唇に自然と笑みが浮かぶ。
「ブルー、今日のは美味しいの?」
 顔を輝かせるフィシスに「美味しいよ。フィシスがぼくを思ってくれる気持ちがたっぷり入っているから」と言えば、それは嬉しそうに笑みが弾けた。
 可愛い、可愛い、ぼくの女神。
 君が喜んでくれるのだったら、いつでも紅茶を飲みに来よう。
 たとえ一生、甘さが足りない紅茶であっても、君さえいれば其処が最高のティールームだから…。


「…ブルー? お茶のお代わりは如何ですか?」
 美しい女神へと成長を遂げたフィシスが白くしなやかな手をティーポットに伸ばす。
「ありがとう。頂くよ」
 白磁のカップに注がれた紅茶は濃くなっていて、フィシスは熱いお湯を入れたポットを手に取り、ブルーの好みの濃さに薄めた。
 長い年月を共に生きる内にそんな所までフィシスは把握し、幼かった頃には持てなかったティーポットをも優雅に扱えるようになっていて。
「お砂糖はいつもどおりですわね?」
「ああ。…でも、たまには昔の味もいいかな」
 スプーン半分でお願いするよ、と懐かしそうな目をしたブルーにフィシスは鈴を転がすような声で笑った。
「まあ、やっぱり…! 酷いわ、読んでいらしたのですね、私の心を」
「そうじゃない。そうじゃないけれど、分かるものだよ」
 どれだけの間、君と一緒にお茶を飲んできたと思っているんだい、とブルーも笑う。
 フィシスの手がシュガーポットを開けた。
 添えられたスプーンで砂糖を半分、きっちり計ってブルーのカップにサラサラと落とす。
「…どうぞ。お身体にいい紅茶ですわ」
「そうだったね。…甘い物の摂り過ぎは厳禁、健康で長生きをしなくてはね」
 君と一緒に青い地球をこの目で見るためにも…、とブルーはカップを掲げてみせた。
「フィシス、青い地球を抱くぼくの女神。君の抱く地球に……。乾杯」
君も、と促されてフィシスも自分のカップを手にする。
 白磁のカップがカチン、と微かな音を立てて触れ合い、持ち主の唇へと運ばれた。
 地球は遠い。
 まだ遠いけれど、いつか二人で青い地球を見ながら、こんな幸せなひと時を………きっと。




           スプーンに一杯半・了

※ハレブル転生ネタを始めるよりも前に書いたブルフィシ。
 何処にも出さずに仕舞っていたというのがね…。





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「どう考えてもヤバイぞ、おい…」
 そうだろうが、とゼルが見回した面子。ちょっと狭苦しい部屋の中で。
 ゼルと言っても若き日のゼルで、他の面子も若かった。飲み友達のハーレイとヒルマン、揃って青年といった面差し。そういう三人。
 場所はシャングリラの中の一室、ただし名ばかりのシャングリラ。後の立派な船と違って、まだ改造の兆しすらも無いといった有様。人類から奪った船に名前をつけただけ。
 早い話が「名前負け」をしている船で、それぞれの部屋も狭かった。ベッドと机と椅子を一脚、もうそれだけでギュウギュウな感じ。
 そのギュウギュウな部屋に詰まった三人、ゼルの部屋だから椅子に座っているのがゼル。残りの二人はベッドが椅子で、小さな机の上に酒瓶。
 幸い、酒は本物だった。人類の船からブルーが奪った物資の一つで、言わば配給。大いに飲んで陽気にやるのが飲み友達の三人だけども、今日は少々、違った事情。
 なにしろ「秘密会議」だから。…そういう名目、それを掲げて集まったから。
 「まあ、飲め」とゼルが注いだ酒。グラスは各自が持ち寄ったもので、つまみもショボイ。要は夕食の残りもの。厨房の者に「何か無いか」と頼んで分けて貰っただけ。


 そういうシケた宴席だけれど、議題の方は深刻だった。秘密会議の名に相応しく。
「…確かにヤバイな、間違いなく」
 我々に危機が迫っている、とハーレイが眉間に寄せた皺。まだ若いのに、やりがちな癖。
 その隣では、ヒルマンも頭を振っていた。「まったく、実にその通りだよ」と。
「…まさか、こんな日がやって来るとは…。今日まで愉快にやって来たのに」
「普通、思いもしないよな。…イケメン三人組と言ったら、俺たち三人だったんだから」
 ずっとそうだと思っていたぜ、とゼルが一息に呷った酒。
 シャングリラのイケメン三人組なら、俺とお前らだったのに、と。
「…単にイケメン四人組になるなら、それで問題ないんだが…」
 面子が増えるのは喜ばしいし、と唸るハーレイ。「しかし、上手くはいかないようだ」と。
「其処なのだよ。…我々だったら、イケメン三人組なのだがね…」
 イケメントリオでやって行けるのに、四人になってもカルテットは…、とヒルマンも濁している言葉。四人目の面子がマズすぎる、と。


 そう、シャングリラのイケメン三人組。
 ゼルにヒルマン、ハーレイの三人、長らくそれで通って来た。アルタミラから脱出した船、名前だけは立派なシャングリラ。
 其処でイケてる顔の男は、この三人しかいなかったから。他の男たちは残念な顔で、女性たちは騒ぎもしなかったから。「なんだ、アレか」と眺める程度で。
 けれど、イケメン三人組だと違った待遇。
 食堂に行けばテーブルの下で肘をつつき合う女性、頬を染めている者だって。
 「隣、いいか?」と訊こうものなら、「は、はいっ!」とパアッと顔を輝かせるのが女性たち。
 頼まなくても、甲斐甲斐しく世話をしてくれる。「お水、取って来ますね!」と届くコップに、食事の後のトレイの返却だって「返しておきます」と嬉しい言葉。
 ちやほやとされて暮らして来たのに、これからだって我が世の春が続くものだと呑気に過ごして来たというのに…。


「…ダークホースってのは、まさしくアレのことだな」
 此処じゃ競馬は無いんだが、とゼルの笑いは乾いていた。競馬も馬券も無いような船に、ダークホースがいたなんて、と。
「まさにソレだな、大外から走って来やがったからな」
 そしてこのままでは抜かれるぞ、とハーレイも露わにしている危機感。ヒルマンも同じに嘆きは深くて、秘密会議の原因はソレ。
 長い年月、このシャングリラに君臨して来たイケメン三人、この部屋に集っている面子。それを激しく追い上げて来る馬が一頭、もうとびきりの…。
「…我々はただの競走馬なのだが、あちらはサラブレッドだからねえ…」
 サイオン・タイプからして違うじゃないかね、とヒルマンがついた大きな溜息。サラブレッドに勝つのは無理だと、ただの馬では、と。
「…イケてる馬だと思ってたのにな…」
 それなりにだが、とゼルが指差す自分の顔。他のヤツらは荷役用でも、俺たち三人は競走馬だと思っていたが、と。
「俺だってそう思ってたさ。だがなあ…」
 競走馬ってだけじゃ、サラブレッドには勝てないぞ、とハーレイも溜息しか出ない。既に血統で負けているのがサラブレッドで、ただ足が速いだけの馬では抜かれて終わりなのだから。


 アルタミラ脱出以来の年月、このシャングリラに君臨して来たイケメン三人。
 彼らを追い上げるサラブレッドは、想定外の代物だった。名前はブルーで、名前の通りに唯一のタイプ・ブルーというヤツ。他の仲間とは比較にならない強力なサイオン、それを持つ者。
 けれども、たったそれだけのことで、他に売りなど何も無かった。
 大人ばかりが揃っていた船、なのにブルーはチビだったから。年齢だけは「マジか?」と誰もが思ったくらいに上だったけれど、姿は子供。成人検査を終えたばかりの。
 おまけにガリ痩せ、みすぼらしいといった感じが漂っていたブルー。「馬子にも衣裳」といった言葉も、まるで当て嵌まりはしなかった。
 「これを着てみな」とブラウが服を見立ててやっても、「これはどう?」とエラが色々と選んで着せても、カバー出来ないのが「みすぼらしさ」。
 あれじゃ駄目だな、と鼻で嗤ったシャングリラのイケメン三人組。
 どう転んでも脅威になりはしないと、我々は楽しくやろうじゃないか、と。
 そして長年、この船で陽気に暮らして来たというのに…。


「化けやがって…」
 あれは醜いアヒルの子かよ、とゼルがぼやいたサラブレッド。
 いつの間にやらブルーはガリ痩せのチビを卒業、気付けばスラリと長い手足にしなやかな身体。遠い昔の童話さながら、白鳥に化ける日も近い。それは美しくて気高い鳥に。
 ついこの間まで、みすぼらしくて醜いアヒルの子だったのに。
 サラブレッドに育つなどとは、誰も思っていなかったのに。
「…化けるからこそ、醜いアヒルの子なのだがね…」
 化ける前には醜いわけで、とヒルマンが呷っているグラス。我々の時代の終わりが来そうだと、大外から抜かれる日は目前に迫っていると。
「だからこその秘密会議だぞ?」
 だが、どうする、と呻いたハーレイ。問題のサラブレッドを蹴落とそうにも、ただの競走馬では勝てないから。大外から抜かれると分かっていたって、もうスピードは出せないのだから。


「……それなんだがな……」
 方法は無いこともないだろう、とゼルが声を潜め、他の二人に告げた言葉は…。
「「進化だって!?」」
 なんだそれは、とハモッてしまったヒルマンとハーレイ。
 今、大外から追い上げて来るのはサラブレッドで、最強のタイプ・ブルーというヤツ。その上、醜いアヒルの子という生まれの白鳥なのだし、どう転んでも無いのが勝ち目。
 ただでも勝ち目が無いというのに、サラブレッドだの白鳥だのをぶっこ抜けるような進化の道。あると言うならお目にかかりたいし、もう絶対に無理っぽい。
 だからハーレイも、それにヒルマンも、「正気なのか?」と繰り返したけれど。
「…俺は正気だ。いいか、ブルーが大外から追って来るんなら…」
 俺たちも先へ逃げればいいんだ、とゼルはニヤリと笑みを浮かべた。
 サラブレッドが抜き去れないよう、イケメンも進化すべきだと。ただのイケメンでは、負けしか残っていないから…。


「「ロマンスグレー!?」」
 年を取るのか、と驚いたハーレイとヒルマンだけれど、一理ある。今日まで止めて来た、外見の年。それを先へと進めていったら、いい感じの男になるかもしれない。
 ただのイケメンから、渋い感じのロマンスグレー。
 ちょっと哀愁が漂ったりして、さながら往年のスターのよう。その線で行けば、サラブレッドが追い上げて来ても…。
「恐るるに足らんと俺は思うぞ?」
 ブルーには足止めを食らわせればいい、とゼルの作戦に抜かりは無かった。ブルーは一人きりのタイプ・ブルーなのだし、「頂点の時で年を止めろ」と言えば素直に成長を止める筈だ、と。
「なるほどな…。船を守るには若さが要るというわけか」
 策士だな、とハーレイが嘆息、ヒルマンも「その考えは使えるよ」と頷いた。
「そういうことなら、ブルーには強く言い聞かせるという方向でいこう」
 私に任せておきたまえ、と説得に必要な資料などはヒルマンが揃えることに。ロマンスグレーな世界を目指して、サラブレッドが走り出さないように、と。


 かくして秘密会議は終わって、イケメン三人組はロマンスグレーの道へと走って行った。
 これからも船で目立っていたいし、皆にちやほやされたいから。
 醜いアヒルの子だったブルーが白鳥に変身したって、別のベクトルなら勝機がありそうだから。
 せっせと年を重ね始めて、まだまだいけると、まだこれからだと頑張ったけれど…。
「…すまん、俺はそろそろヤバイようだ」
 最近、抜け毛が増えた気がして、と最初に脱落したのがハーレイ。禿げたらブルーに勝つよりも前に、呆気なく勝負がつくだろうから、と。
「なんだ、あいつは…。付き合いが悪いな」
 スキンヘッドも出来んのか、と悪態をついたゼルも生え際がヤバかったけれど、夢はイケていた時代再び。ロマンスグレーな紳士を極めて、船でちやほやされることだし…。
「まったくだよ。…あれではただの中年だ」
 オッサンというだけじゃないかね、と呆れ顔のヒルマン。私はハーレイを見損なったね、と。
 あんなオッサンは放ってロマンスグレーを極めてゆこうと、我々の時代はこれからだと。


 そうやって出来上がったのが後のゼルとヒルマン、シャングリラでは破格に老けていた二人。
 けれども彼らは、内心、自信たっぷりだった。
 オッサンと化したハーレイはともかく、自分たち二人は、貫禄だったらブルーに勝てるから。
 どんなにブルーが頑張ってみても、「年寄りだから」と主張してみても、勝てない本物。
 「年を重ねた男の魅力というものはだね…」だとか、「男の皺には渋さが滲み出るからのう…」だとか、理屈をつけては語りまくりな年寄りの持ち味。
 それにブルーは勝てはしなくて、どう転がっても大外から抜けはしないから。
 シャングリラの年寄り二人組には、イケてる老人の魅力が満載、輝きまくっているのだから…。

 

         負けられない顔・了

※ミュウは若さを保てる筈なのに、無駄に年を取ってる人がいるよな、と思ったのが始まり。
 ハレブルな聖痕シリーズでは「真っ当な理由」があるんですけど、こっちはネタでv





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(…ぼくって、嫌な奴だ…)
 本当に嫌な奴だよね、とシロエが抱えた自分の膝。
 E-1077の中の個室で、自分の部屋で。
 灯りを控えめに落とした部屋。
 其処のベッドで、まだ制服は着込んだままで。
 着替えようかとも思ったけれども、此処での私服は与えられたもの。
 自分の好みで選べるとはいえ、マザー・イライザが職員に託して寄越すもの。
 制服とあまり変わりはしない。
 どちらも機械が関わって来るし、此処に来る前とは全く違う。
 これが故郷なら、母が選んでくれたのに。
 「こんなのはどう?」と買って来てくれて、「似合うわね」と言ってくれたのに。
 今は顔すら霞んでしまった、はっきりとは思い出せない母。
 けれども、母が買ってくれた服、それは確かで間違いないこと。
 此処では機械が寄越すのに。
 制服も私服も、全て機械が人に命じて、部屋まで届けさせるのに。
 だから大して変わらない。
 制服だろうが、私服だろうが。
(……機械なんか……)
 どれも嫌いだ、と憎くてたまらない機械。
 マザー・イライザも嫌いだけれども、記憶を消してしまった機械。
 「捨てなさい」と命じたテラズ・ナンバー・ファイブも、絶対に許しなどしない。
 成人検査がどんなものかも、まるで知らなかった目覚めの日。
 あの日を境に世界は変わって、子供時代も故郷も消えた。
 大好きだった両親が暮らす、エネルゲイアに在った家。
 其処から引き離されてしまって、何も残りはしなかった。
 子供時代の記憶を奪われ、こんな所に放り込まれて。
 エリート育成のためのステーション、E-1077に連れて来られて。


 SD体制の要になる者、エリートたちを育てる最高学府。
 それが此処だと聞かされたけれど、教えられても来たのだけれど。
(……来たくなかった……)
 両親や故郷と引き換えにするだけの価値は、自分には見付けられないから。
 同級生たちは「来られて良かった」と口にするけれど、故郷の方がいいと思うから。
 機械に消されて、ぼんやりとなった記憶の中でも懐かしい故郷。
 顔さえ思い出せなくなっても、会いたい気持ちが募る両親。
 あのまま故郷で暮らしたかった。
 エリートなどにはなれなくても。…地球に行く道が閉ざされても。
(…ネバーランドだけで良かったのに…)
 幼い頃から夢に見た国、子供が子供でいられる世界。
 辿り着くことは叶わなくても、ずっと夢見ていたかった。
 …こんな現実が来るのなら。
 機械に記憶を消された上に、監視される世界に来るくらいなら。
(…一生、辿り着けないままでも…)
 ピーターパンと一緒に空を飛ぶ夢、それを持ち続けていたかった。
 いつかはネバーランドへと。
 ピーターパンが迎えに来たなら、高い空へと舞い上がるのだと。
(…二つ目の角を右に曲がって…)
 後は朝までずっと真っ直ぐ。
 そうすれば行けるのがネバーランドで、行き方だけが残った手元。
 ピーターパンの本だけは持って来られたから。
 今も膝の上に乗っているから、膝を抱えれば抱き込めるから。
 「此処にあるよ」と、大切な本を。
 両親に貰った宝物の本を、此処まで一緒に来てくれた本を。


 たった一冊の、古ぼけた本。
 それしか残ってくれはしなくて、それを頼りに思い出す故郷。
 この本を家で読んだ筈だと、両親だっていたのだと。
 何もかも全部本当のことで、けして幻ではなかったのだと。
 …二度と戻れはしない過去でも。
 今の自分には戻れない場所で、手を伸ばすだけ無駄だとしても。
(…それを平気で手放すだなんて…)
 どうして故郷を、家を手放せたのだろう。
 「此処に来られて良かった」と言う者たちは。
 自分と同じに此処へ来た者、エリートを目指す同級生は。
 信じられない思いだけれども、上級生たちを見れば分かること。
 「そちらの方が普通なのだ」と。
 誰も過去にはこだわりが無くて、見ている先は未来だけ。
 地球に行こうと、出来るものならメンバーズ・エリートに選ばれたいと。
 輝かしい道を掴み取ろうと、きっといつかは手に入れようと。
 …過去も故郷も、何もかも捨てて。
 自分を育ててくれた養父母、その記憶さえも捨ててしまって。
(みんな機械の言いなりになって…)
 監視されていても、命令されても、誰も不思議に思いはしない。
 相手はコンピューターなのに。
 人間ではなくて、ただの機械の塊なのに。
(…機械は答えを弾き出すだけ…)
 プログラム通りに計算するだけ、その通りに思考してゆくだけ。
 人間のように生きていないし、感情などもあるわけがない。
 なのに、誰もが懐いてゆく。
 まるで本物の、生きた母親がいるかのように。
 自分を育てた親の代わりに、マザー・イライザが現れたように。


 そうなってゆく者を何人も見たし、こうする間にも増えてゆく。
 一人、また一人と増えてゆくのが「マザー牧場の羊」たち。
 いつから彼らをそう呼んでいたか、呼び始めたかは忘れたけれど。
 それは些細なことだけれども、自分は混ざれない羊たちの群れ。
 マザー・イライザが、機械が与える牧草などは食べられないから。
 とても口には合わないから。
 口に合うどころか、自分にとっては毒草と言ってもいいくらい。
 一度食べたら、きっと全身が麻痺してしまう。
 心も身体も損ねてしまって、きっと自分はいなくなる。
 他の者たちと全く同じに、マザー牧場の羊になって。
 両親も故郷も捨ててしまって、マザー・イライザの望み通りの羊。
 なまじ成績がいいものだから、それは素晴らしいメンバーズ。
 そんな存在、自分でも気付かない内に。
 ピーターパンの本も、両親のことも、故郷もいつしか忘れ果てて。
(……そんなの、嫌だ……)
 絶対になってたまるものか、と噛んだ唇。
 同級生たちのようになりはしないと、何としてでも踏み止まろうと。
 たとえ誰もに背を向けられても、孤立してゆくだけであっても。
 …とうに、そうなり始めているから。
 彼らと同じに歩けはしなくて、行く先々で衝突だから。
(…みんなと同じに考えるなんて…)
 出来はしないし、やりたくもない。
 皆が等しく仲間だろうが、そうだと教えられようが。
 手を取り合えと、全ての者たちが「地球の子」なのだと、背を押されようが。
(…ぼくには、とても出来っこない…)
 皆と同じに生き始めたなら、破滅するしかないのだから。
 機械が与える毒の牧草、それを食べたら、自分は消えてしまうのだから。


 嫌だ、と抱え込んだ膝。…丸めた背中。
 「ぼくは同じになれやしない」と。
 どんなに孤独で独りぼっちでも、自分を失くしたくはない。
 マザー牧場の羊は御免で、選ぶのは皆と逆の生き方。
 機械が「右へ」と命じるのならば、左へと。
 「手を取り合いなさい」と促すのならば、手を振り払う方向へ。
 そうしていないと、流されるから。
 自分でも全く気付かない間に、毒の牧草を食べてしまうから。
(…それが機械のやり口なんだ…)
 成人検査で思い知らされた、機械の手口。
 何も知らなかった自分を捕えて、消してしまった記憶と故郷。…かけがえのない両親さえも。
 たった一冊の本を残して、消えてしまった本当のこと。
 エネルゲイアで生きていた子供、あそこで育ったセキ・レイ・シロエ。
 だから機械は、これからもやる。
 自分が隙を見せたなら。
 マザー牧場の羊たちと一緒に、餌場に姿を現したなら。
 言葉巧みに誘い出すのか、無理やりに口を開けさせるのか。
 どちらにしたって、毒の牧草を食べさせられることだろう。
 …全てを忘れ去らせるために。
 とびきり上等のマザー牧場の羊、メンバーズ・エリートになれる羊を作り出すために。
(…一緒に行ったら、おしまいなんだ…)
 羊になってしまった者と。
 いつか羊になるだろう者や、半分羊になっている者。
 そんな者たちと一緒にいたなら、きっと自分も羊にされる。
 「丁度いい」と機械に捕まえられて。
 機械の手下の羊飼いたち、彼らに餌を食べさせられて。


(絶対に嫌だ…)
 ぼくは羊になんかならない、と抱える膝。
 両親のことを忘れはしないし、育った家も、懐かしい故郷も忘れない。
 ピーターパンの本を抱えて、このまま取り残されたって。
 上等な羊になり損なって、マザー・イライザに嫌われたって。
(…羊になりたくなかったら…)
 けして餌場に近付かないこと。
 「一緒に行こう」と誘う者たち、餌場に行く仲間を作らないこと。
 油断したなら終わりだから。
 誘った仲間に悪気が無くても、結果が全てなのだから。
 「いいよ」と一緒に出掛けたが最後、「シロエ」はいなくなるかもしれない。
 両親が、故郷が、ピーターパンの本が大切だった、今のシロエは。
 何もかも全部捨ててしまった、別のシロエになるかもしれない。
 毒の牧草を食べたなら。
 知らずにウッカリ食べてしまうとか、餌場で無理やり喉の奥へと突っ込まれて。
(そんなの、嫌だよ…)
 自分がいなくなるなんて。
 …別の自分になってしまって、両親も故郷も忘れるなんて。
 その方が正しい道だとしたって、楽に歩いてゆくことの出来る道だって…。
(…ぼくは行かない…)
 羊たちと一緒に行きたくないから、振り払うしかない仲間。
 「みんな嫌いだ」という顔をして。
 友達なんか要りはしないと、欲しいと思っていやしない、と。
 羊と一緒にいたら終わりで、いつか餌場に行くだろうから。
 自分でもそれと気付かないままで、毒の牧草を食べる日が来てしまうから。


 分かっているから、振り払う。
 同級生たちは悪くなくても。
 マザー・イライザに、機械に騙されただけの、ただの善良な羊でも。
(…ぼくを餌場に誘うから…)
 誘いそうだから、嫌いなふりをするしかない。
 「いい奴なんだ」と分かっていても。
 懐かしい故郷にいた頃だったら、友達になれたような者でも。
 羊と一緒に過ごしていたなら、きっと訪れる破滅の時。
 それを避けるには嫌うしかなくて、端から払いのけるしかない。
 「嫌な奴だ」と思われても。
 …「なんて奴だ」と嫌われても。
 自分でも「嫌な奴だ」と思うけれども、そうしないと身を守れない。
 毒の牧草から逃げられない。
(……パパ、ママ……)
 ぼくはみんなに嫌われてるよ、と零れる涙。
 きっとパパたちもビックリだよねと、「シロエはこんな子じゃない」と。
 けれど他には道が無いから、今は鎧を身に纏うだけ。
 羊たちに近付かないように。
 一緒に餌場に出掛けないように、独りぼっちで立ち続けて…。

 

          身を守る鎧・了

※子供時代は可愛かったシロエが、生意気なシロエになってしまった理由。
 今でも中身は同じなのにね、というのを真面目に書いたら、こういう話になっちゃいました。





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(…まだだ。まだ倒れるわけにはいかない…!)
 制御室に辿り着くまでは、と立ち上がったブルー。よろめきながらも、根性で。
 そうやって着いた、青い光が溢れるメギドの制御室。
 再点火まではもう五十秒を切っているらしいから、なんともヤバイ。一刻も早く破壊しないと、ナスカが、ミュウの未来が危うい。
(コントロールユニット…)
 あれか、と見付けて歩み寄ろうとしていたら。
「やはりお前か、ソルジャー・ブルー!」
 嫌すぎる声が聞こえて来たから、振り返った。この声は地球の男だな、と。
 なんとも厄介な展開だけれど、そっちの相手もするしかない。でないとメギドは止まらない上、自分の命もヤバイ状況。此処で死んだら後が無いから…。
(先手必勝…!)
 振り向きざまにブチ殺すまで、と考えた上で振り向いたのに。
(……なんだ?)
 こいつは何を、とポカンと開けてしまいそうになった口。
 なんとか堪えて踏みとどまったけれど、この場合、いったいどう言うべきか。
(…こいつ、思い切り馬鹿だったのか…?)
 まさか、と呆れて眺めたキースの姿。拳銃をこちらに向けているけれど…。


 いくらなんでも撃つわけがない、と思った拳銃。
 ダテにソルジャーを長年やってはいないから。十五年ほど眠りっ放しでも、寝起きでも。
(こんな所で発砲したら…)
 メギドシステムが壊れかねないんだが、というブルーの読みは正しい。
 なにしろメギドの制御室には、精密機器がギッシリ詰まっているから。自分が破壊しようとしているコントロールユニット、それなどは極め付けだから。
(弾の一発でも当たろうものなら…)
 もうバチバチと出るのが火花で、オシャカになるのがメギドシステム。
 たった一発の銃弾で。たかがキースの拳銃一丁、そいつが放った弾の一つで。
(…こういう所では発砲するなと…)
 教えられていないか、と思うけれども、そのキース。
「まったく驚きだな…。此処まで生身でやって来るとは。…まさしく化け物だ」
 本気で向けているらしい銃口、その辺りからして馬鹿っぽい。制御室で発砲しようという段階で既に激しく馬鹿だけれども、それよりも前に…。
(…タイプ・ブルーを相手に拳銃一丁…)
 死亡フラグというヤツだから、と入れたいツッコミ。
 メギドの炎も受け止められるのがタイプ・ブルーで、さっきナスカでやったばかりだから…。
(充分、学習するだけの余地は…)
 あった筈だし時間もあった、と言いたい気分。マジで馬鹿か、と。
(下手に撃ったらメギドは終わりで、こいつの命も綺麗サッパリ…)
 宇宙の藻屑になるわけなんだが、と開いた口が塞がらない状態。辛うじて口は閉じたけれども、言葉も無いとはこのことで…。


(脅しにしたって、タイプ・ブルーに拳銃は…)
 効きはしないと習わなかったか、と心でツッコミ、地球の男は馬鹿かもしれない。メンバーズな上に、フィシスと同じ生まれでも。機械が無から創ったというエリートでも。
(…これで撃ったら、真面目に馬鹿だが…)
 さて、どう出る、とキッと睨んだ。メギドの再点火までは秒読み、時間が惜しい。馬鹿の相手はしていられないし、馬鹿でないなら、それなりに…。
(死んで貰うか、意識を奪って転がしておくか…)
 どっちにしたってメギドと一緒に命は終わり、と考えていたら。
「だが、此処までだ。…残念だが、メギドはもう止められない!」
(…へ?)
 思わず間抜けな声が頭の中で上がった、まるでキャラではないけれど。
 ソルジャー・ブルーが「へ?」などと口に出そうものなら、ミュウの仲間は絶句だけれど。
 なのに「へ?」としか出なかったわけで、そうなったのも…。
(…馬鹿だ、この男…)
 でなければ阿呆、と凄い速さで回転した頭脳、人類ではなくてミュウだから。
 宇宙空間を生身で飛ぶ上、ナスカから此処まで来たほどなのだし、瞳に映ったキースの動きは、もう亀のようにトロイもの。例えて言うならスローモーション、そんな感じで超がつくトロさ。
 だから見切った、キースが引き金を引いたのを。
 発砲禁止の筈の制御室、弾が当たればパアになる場所で撃ったのを。


 そうとなったら、使わなければ損なのが弾。
 自分が根性で破壊するより早いから。ほんの一発ブチ当たったなら、コントロールユニットの心臓とも言える精密機械はパアだから。
(まさに渡りに船…!)
 貰った、と見詰めたキースの銃弾、ちょっと加えた自分のサイオン。弾の軌道は見事に狂って、真っ直ぐに…。
(行って来い…!)
 あそこだ、と命じたコントロールユニットの心臓部。当たればバチッと出るのが火花で、自分が何も手を加えずとも…。
(これで終わりだ!)
 馬鹿が自分で壊すわけで、と嗤っているのに、残念なことにキースは人類。
 ミュウな自分の速度に全くついて来られなくて置き去り状態、笑みなどに気付く筈がない。弾がどっちに向かっているかも、まるで見えてはいないのだから。その上に…。
(有難い…!)
 まだ撃つのか、と頂戴した弾、二発ほど。そいつもコントロールユニットに向けて送ってやったから。念には念をと、トドメを刺せる場所にブチ当ててやったから…。


「な、なんだ!?」
 何が起こった、と慌てたのがキース、自分が発砲したくせに。
 制御室とは初対面なミュウでも、此処で撃ったら馬鹿だと分かっていたというのに。
 キースの弾を三発食らって、火を噴いているのがメギドの心臓。コントロールユニットは派手に壊れて、断末魔の叫びを上げる有様。この状態で発射したって…。
「…壊れるだろうな、このメギドは」
 お前が自分でやったんだろうが、と勝ち誇った笑みを浮かべてやった。
 残り時間は少ないけれども、嫌味を言うには充分すぎる。ついでに自分が生き残るにも。
(こいつは放置で、何処かから船…)
 それを貰って逃げるとするか、と瞬間移動をしかけた所へ二人目の男が飛び込んで来た。
「少佐! 此処は危険です!」
(…こいつの方が優秀らしいな)
 発射直前のメギドシステム、制御室からは離れるに限る。たとえ壊れていなくても。
 そういう意味でも地球の男は「ド」のつく阿呆、とトンズラしかけて気が付いた。優秀な部下は自分と同じでミュウらしいと。


 それなら事情は少し異なる、自分にとっても美味しい話。
 このまま普通にトンズラするより、楽で楽しい方がいい。チョイスメニューで選べるならば。
(…ぼくが自力で逃げ出した場合…)
 船を奪って自分で操縦、何処へ向かったかも謎なシャングリラを追って宇宙で流離いの旅。
 けれども、キースを利用したなら、これまた何もしなくても…。
(…ちゃんとシャングリラを見付けて貰って、お土産も込みで…)
 悠々と凱旋できるじゃないか、と弾いたソロバン、この時代にソロバンは無いけれど。
 カシオミニだって無いのだけれども、サクサク計算、パチンと弾き出した解答。
 よし、とキースを見据えて言った。
「取引をしよう、キース・アニアン」
「…取引だと!?」
 いったい何を、と顔に焦りが見えているから、「落ち着きたまえ」と手で制した。
「どう考えても、このまま行ったら君の命は無いと思うが」
「やかましい! 私には、このマツカがだな…!」
 こいつが私の秘密兵器だ、とマツカと呼ばれたミュウに助けて貰うつもりのようだから…。
「なるほどね…。そのマツカが、ぼくに歯が立つとでも?」
 ぼくだけが逃げて、君とマツカは放置という手も打てるんだが、とニヤリと笑ってみせた。
 「さあ、選べ」と。
 此処でマツカと心中するのか、土下座して自分に助けて貰うか。
 選べる道は二つに一つで、急がないと自分はトンズラすると。
 火を噴きまくりのコントロールユニット、この状態でメギドが発射されたら終わりだな、と。


「ま、待ってくれ…!」
 キースが叫んだ所でジ・エンド、メギドシステムはエネルギー区画を爆発させて炎を吐いた。
 辛うじてナスカを壊せる程度に落ちてしまった照射率。
 当然のようにシステムダウンで、メギド本体の爆発も拡大中で…。
「…それで、どうすると?」
 助かりたいようだから助けてやったが、とブルーは腰に両手を当てた。
 瞬間移動で制御室から飛び移った先のエンデュミオンで。…キースが指揮官な船の通路で。
 キースとマツカは腰が抜けたといった状態、通路にへたり込んでいるものだから…。
「…う、うう…」
 唸るしかないのがキースなわけで、それを見下ろして仁王立ち。
「…取引は成立したようだが? 君とマツカは助かったのだし」
 この代償は払って貰おう、君のエリート生命を賭けて。
 ぼくが逃げるための船の用意と、シャングリラの居場所を探し当てて、その近くでぼくを逃がすこと。もちろん、追ったら君の命はパアになる。…取引は其処で終わりだから。
 それから、ぼくが無事にシャングリラに帰れる時まで、賓客待遇して欲しい。
 とりあえず、三食昼寝付きは確約、午前と午後にはお茶の時間もよろしく頼む。
 これだけのことをしてくれるのなら、君の命を助けよう。嫌だと言ったら…。


 其処の宇宙に放り出すまで、と通路の壁を指差した。
 マツカとセットで宇宙の藻屑になりたくないなら、この条件を飲むがいいと。
「承諾するなら、メギドの件は引き受けよう」
 これは出血大サービスだ、と恩着せがましく浮かべたスマイル、多分、スマイル無料な感じ。
 キースが条件を全て飲むなら、メギドの爆発は自分のせいだということでいい、と。
 大爆発して沈んだメギドは、ミュウの元長が捨て身で破壊活動した結果。
 けしてキースが撃った銃弾、それのせいでは全くないと。
 キースは制御室で発砲してはいないし、ミュウの元長が大暴れをしただけなのだ、と。
「…お前のせいにするというのか…」
 そしてお前は死んだということになるのだろうか、と馬鹿なりに理解したようだから。
「…そうなるが? その方が、ぼくも何かと好都合だし…」
 三食昼寝付きの日々と、お茶の時間と、シャングリラに帰るための船の用意、と凄んでやった。
 全部飲むなら、泥を被ってやってもいい。
 答えがノーなら、ちょっと宇宙に出て貰おうか、と。


「…わ、分かった…! さ、三食昼寝付きなのだな…!」
 お茶の時間に船の用意だな、と慌てふためくキース・アニアン、かくして成立した取引。
 その日からキースの指揮官室には、ミュウがふてぶてしく居座る結末。
 キースが迂闊に撃ったばかりに、勝利を収めたミュウの元長、ソルジャー・ブルーが。
 何かといったら「下手に喋ったら、命は無いと思いたまえ」と決め台詞を吐いて我儘放題、傍若無人な伝説のタイプ・ブルー・オリジンが。
 けれど全ては身から出た錆、キースには何も出来ないから。
 グランド・マザーにバレようものなら、本気で後が無いわけだから…。
(…明日のおやつは、うんと豪華に…)
 マツカに頼んでクレープシュゼット、とソルジャー・ブルーの優雅な日々。
 まだシャングリラは見付からないから、当分は三食昼寝付き。
 午前と午後のお茶は必須で、キースとマツカにかしずかれる日々、二人の命の恩人だから。
 メギドを壊したキースの罪状、それを代わりに引っ被ってやって、恩をたっぷり売ったから。
(…人類の船でも、住めば都で…)
 食事もおやつも実に美味しい、とソルジャー・ブルーは御機嫌だった。
 いつかシャングリラに帰る時には、お土産も貰う予定だから。
 憧れの地球の座標をゲットで、悠々と帰るシャングリラ。
 地球の座標をジョミーに伝えて引き継ぎをしたら、楽隠居の日々が待っているから…。

 

          逆転した立場・了

※いや、制御室で発砲するのはマズイんじゃないか、と思ったわけで…。こうなるから。
 そして本当にこうなったわけで、キースは二階級特進したって、ブルーに顎で使われる日々。





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