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(ソルジャー・ブルー…。今はあなたを信じます)
 ぼくにはもう、それしかない、と決意したジョミー。
(これ以上、ぼくのような子供を出さないために、ぼくはミュウとして生きよう)
 そう決断して、気持ちを切り替えたつもりだったのに。
 「ぼくへの印象も変えてみせる」と、立派な覚悟を固めたのに。
 いきなりズッコケたのが三日後、そう、ソルジャー・ブルーに後継者として指名されてから。
 目覚まし時計のアラームで起きて、颯爽とベッドから飛び出したまではいいけれど…。
(顔を洗ったら、着替えて食堂で朝御飯…)
 その朝食も、長老たちに囲まれて食べることになる。
 なにしろ今の自分への風当たりは最悪、同じ年頃のミュウたちからは総スカン。
 まさにハブられていると言った所で、誰も側には来てくれない。前に喧嘩したキムはもちろん、そのお取り巻きも、女子たちも。
(…いいんだけどね…)
 今に認めて貰うんだから、とシャカシャカ歯磨き、顔も洗った。パジャマを脱いだら、ミュウの誰もが着ている制服、それに着替えて食堂だけれど…。
(……あれ?)
 ぼくの服は、と見回した。
 昨夜、確かに制服を此処に置いた筈、と眺めた椅子にあったのは…。
(…なんで女子用?)
 見間違いだろうか、とゴシゴシ擦った両目。
 けれども、それは女性用の服。間違えようもない色とデザイン、手に取ってみても。
(……寝ぼけてるとか?)
 しっかりしろ、と叩いた頬っぺた。朝っぱらから夢を見るようでは、と。
 それから改めて見直してみても、制服はやっぱり女性用だから。
(…えーっと…?)
 他の服は、とクローゼットを開けた途端に出た悲鳴。
 「ギャッ!」だか、「どわっ!?」だか、「うぎゃあ!?」だか。


 この船で生きる、と決心した時、ソルジャー・ブルーが届けて寄越した制服。
 着替え用も含めて数はドッサリ、クローゼットにドンと山盛り。
 なんと言ってもソルジャー候補で、日々の訓練も大変だからというわけで。…汗をかいたら日に何回でも、着替えオッケーという心配りで。
 だからクローゼットの中にはドッサリ、替えの制服がある筈なのに…。
「…な、なんで…?」
 空っぽなわけ、と疑ってしまった自分の目。「これは嘘だ」と。
 クローゼットはまるっと空っぽ、制服は一着も入ってはいない。あんなにドッサリあったのに。
「も、もしかして…」
 盗まれちゃった? と頭に浮かんだキムたちの顔。
(ぼくがソルジャー候補だなんて、って…)
 キムたちが向けて来る露骨な敵意。
 他のミュウたちも「ソルジャー・ブルーが倒れたのは、あの子のせいだ」と視線が冷たい。
 そういう立場にいるのだからして、こういったことも有り得るだろう。
(……これって、イジメ…?)
 アタラクシアの学校だったら、イジメは厳重注意になる。場合によってはカウンセリングルーム送り、それが鉄則なのだけれども。
(……ミュウの船だと……)
 大手を振ってまかり通ることもあるかもしれない。ミュウ同士だったらやらないとしても、元は人類くずれな自分が相手なら。


 イジメなのかも、と愕然とした今の状況。
 長老たちとの朝食の時間が迫っているのに、何処にも見当たらない制服。
(…そんな……)
 ヤバイ、と慌てまくっている間に、シュンと開いたのが扉。
「ジョミー・マーキス・シン!」
 今、何時だと思っとるんじゃ、と仁王立ちしたゼル機関長。頭からシュンシュン湯気が出そうな勢いで。今にも蹴りを繰り出しそうな表情で。
「…そ、それが…。ぼ、ぼくの服が…」
 無いんです、とガバッと頭を下げた。無いものは無いし、どうにもならないから。
 もう明らかに女性用の制服、それが一着あるだけだから。
「服なら、其処にあるじゃろうが!」
 早く着替えんか、と顎をしゃくってから、ゼル機関長が「ん…?」と引っ張った髭。しげしげと椅子の上のを眺めて、「女性用じゃな」と。
「そうなんです…! ぼくが起きたら、こうなっていて…!」
 クローゼットもすっかり空で、とジョミーは懸命に訴えた。
 服が無いのでは着替えられないし、食堂にだって行ける筈がない。パジャマで行ったら非常識の極み、だから此処から出られないのだ、と。
「ふむ…。分かった、待っておるがいい」
 仕方ないのう、と頭を振り振り、出て行ったゼル。
(……助かった……)
 叱られなかった、とホッとついた息。
 きっとその内、消えた制服が届くのだろう。「誰が盗んだんじゃ!」というゼルの一喝で。
 何処かのトイレやゴミ箱とかに、放り込まれていなければ。…一着でも無事に帰ってくれば。


 服が戻るまで待っていよう、とパジャマ姿で腰掛けたベッド。特にすることも無いものだから。
(…イジメだなんて…)
 ミュウもけっこうキツイよね、と泣きそうなキモチ。
 まさか着て行く服が消えるとは思わなかった。全部盗られて、代わりに女性用のが一着なんて。
(…でも、ゼルが来たし…)
 じきに制服が戻って来るよ、と涙を堪えていたら、扉が開いたのだけど。
「おはよう、ジョミー。…災難だってねえ?」
「制服が消えたと聞いたのですが…。ええ、ゼルから」
 そう言いながら入って来たのは、ブラウとエラ。長老たちの中の女性陣。
 なんでこの二人、と思う間も無く、彼女たちは椅子の上の服を見下ろして頷いた。
「安心しな。これでもブラウ様は女だよ?」
「私もです。服のことなら任せなさい」
 さあ、とエラが手にした制服。「まずは、これです」と。
「…え?」
 そう言って差し出されても困る。
 女性用の服の知識はサッパリだけれど、エラが差し出して来たズボンもどきだか、タイツだか。
「いいから、早く着替えて下さい。ズボンを脱いで」
「そうだよ、ヒルマンとゼルが待ってるんだしさ」
 早く着替えな、とブラウの方も容赦なかった。「それを履いたら、次はコレだ」と。
(…ちょ、ちょっと…!)
 ソレを着るのか、と慌てたけれども、エラとブラウの目がマジなオチ。
 つまりいつもの制服の代わりに、女性用を着ろと言っている二人。
(……嘘だ……)
 こっちも充分、イジメじゃないか、と唖然呆然。
 けれど、長老の二人に逆らったら後が無いのも本当だから…。


 泣く泣く履いた、ピッタリと足にフィットするタイツ。
 お次はワンピース風の上着で、長い手袋もはめて、ブーツを履いて…。
「…イマイチだねえ…」
 どうにも此処が落ち着かないよ、とブラウがチョンとつついた胸元。
 本来あるべき膨らんだバスト、それが無いから締まらない感じ。
「サイズはピッタリなのですが…。きっとマリーの制服でしょう」
 このサイズなら、と頷き合っている女性陣。
 マリーが誰だか知らないけれども、いくら背丈が同じにしたって、バストは無理。
(余ってるのが当然だから…!)
 ぼくに着せる方が間違ってるから、と叫びたくても勇気が出ない。エラとブラウの機嫌を損ねてしまった時には、もっと恐ろしいことになりそうだから。
(…ぼくにバストは絶対、無理…!)
 無いものは無い、と突っ立っていたら、「そうだ!」とポンと手を打ったブラウ。
「詰め込んじまえばいいんだよ。此処のトコにさ」
「そうですね。何か詰めるものは…」
 あったでしょうか、とエラがキョロキョロ、「ハンドタオルがあるだろ?」とブラウがニヤリ。
「丁度いい筈だよ、あれを丸めて突っ込んだらさ」
「ええ、そうしましょう。でも…」
 型崩れしては困りますし、とエラは部屋から出て行った。「アレも要るわ」と。
 そして戻って来た時には…。
(…あれって、ブラジャー…!?)
 そこまでですかい! とブワッと溢れた涙。
 ブラジャーまで着けて女性用の制服なのかと、「これって、女装と言うんじゃあ?」と。


 そんなこんなで、着せられてしまった女性用。
 多分、マリーとかいう女性が着ている制服、それをキッチリ着る羽目になった。
 あまつさえ、バストがきちんと膨らんだ途端に…。
「それじゃ、行こうか。…ヒルマンたちが待ってるからね」
「そうですよ、ジョミー。朝食の後の、今日のカリキュラムは…」
 これとこれと、と指を折るエラとブラウの二人に引き出された通路。
「ちょ、この格好で歩くわけ…!?」
「当たり前でしょう、何のために制服を着たのです?」
「とっとと歩きな、遅いんだから」
 今日は思いっ切り遅刻じゃないか、とブラウがズンズン歩いてゆく。エラだって。
(…そ、そんな…!)
 マジですかい! と泣きの涙で踏み出したジョミー。女性用の制服、バストつきで。
 その日は素敵に視線が痛くて、行く先々で感じる笑いの思念。
(……茨道だよ……)
 なんだって、ぼくがこんな目に、と嘆いてみたって、「修行不足」の一言で切って捨てられた。
 きちんとサイオンを使えていたなら、盗人の侵入に気付く筈。
 無様に制服を盗られはしないし、女性用を着るようなことにもならなかった、と。
(……修行しないと……)
 こういう日々が続くんだ、と思い知らされたジョミー。
 女装が嫌なら特訓あるのみ、と今日も頑張るソルジャー候補。
 長老たちはイジメを容認、「これも上達への早道じゃ」などと言うものだから。
 誰も助けてくれはしなくて、ソルジャー・ブルーにも「頑張りたまえ」と励まされたから。


(…このイジメって…)
 まさかブルーが一枚噛んでいないよね、と思うけれども、読めない心。
 ソルジャー・ブルーが仕掛けたかどうか、あるいは長老たちなのか。
(とにかく努力…)
 でないと永遠に女装なんだよ、とジョミーは今日も頑張り続ける。
 自分の制服はまだ戻って来ないし、ソルジャー候補の制服も出来てこないから。
 このとんでもない女装人生、それを抜け出すには、とにかく努力あるのみだから…。

 

          盗られた制服・了

※女装ネタで書こう、と思ったわけではなかった話。空からストンと降って来ただけ。
 書こうと思って考えたんなら、女装するのはブルーの筈。…自分の頭が真面目に謎だわ。






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(E-1077…)
 此処での暮らしに何の意味が、とシロエの心に蟠る疑問。
 何もかも全部、嘘ばかりだから。
 機械は平気で嘘をつくから、それに従う人間だって。
(いい成績を取れる奴しか来ないって…)
 そう教わったのが、このE-1077。
 エリートを育てる最高学府と言われるけれども、果たして本当にそうなのか。
 好成績を収めたならば、メンバーズへの道が開かれるのか。
(卒業生の中から、メンバーズは選ばれているけれど…)
 本当に最高学府なのかどうか、疑わしい気にもなってくる。
 もっと他にも優れた教育ステーションがあって、メンバーズが養成されているとか。
 社会に出たなら、同じメンバーズでも、他のステーションの者に劣るとか。
(絶対に無いとは…)
 言い切れないよね、と疑問は残るし、解けさえもしない。
 この世界は嘘で出来ているから、偽りに満ちた世界だから。


 身をもって思い知らされたこと。
 機械は嘘をつくということ、機械に従う人間たちも。
(…パパとママだって…)
 結果的には、自分に嘘をついていた。
 自分が生まれて来た時から。
 セキ・レイ・シロエという名を貰って、両親の子供になった時から。
(…ぼくは何人目の子供だったの?)
 それさえも分からない自分。
 両親は何も語らなかったし、自分の方でも疑わなかった。
 育ての親だと知っていたって、「ぼくのパパだ」と。
 自分を産んではいないと知った母でも、「ぼくのママ」。
 生まれた時から一緒だったし、家の中には沢山の写真があったから。
 赤ん坊の頃に撮った写真も、多分、初めて歩いた日に写したのだろう写真も。
(…きっと、そうだよね?)
 記憶はぼやけてしまったけれども、そういう記念の日の写真。
 バースデーケーキを前にした写真もあったろう。
 両親は自分を愛してくれたし、写真が溢れていたのだから。
 思い出せなくても、沢山の写真が家のあちこちにあったから。


 両親に愛されて育った子供。
 そうだと今も信じるけれども、両親は嘘をつき続けた。
 「ただいま、シロエ」と抱き上げてくれた、大きな身体をしていた父も。
 ブラウニーを作るのがとても得意な、お菓子作りが上手な母も。
(…ぼくはパパとママの、一人息子のシロエじゃなくて…)
 きっとセキ・レイ・シロエの前にも、一人息子はあの家にいた。
 一人息子でなかったとしたら、両親の大事な一人娘が。
 そういう子供がきっといた筈、写真さえも残っていなかっただけで。
 両親が一切何も語らず、隠し通していただけで。
(パパとママなら…)
 そうだったのに決まっている、と思わざるを得ない悲しい現実。
 成人検査で記憶を消されて、両親の顔もぼやけて分からないというのに…。
(……どうして……)
 こんなことだけ、自分は覚えているのだろう。
 他の子たちの親に比べたら、両親は年を取っていたと。
 けして若くはなかったのだと、残酷にすぎる現実だけを。
 あの姿ならば、「セキ・レイ・シロエ」は両親の「最初の子供」ではない。
 自分の前にも誰かいた筈で、一人息子か、一人娘か。
 あるいは両方いたというのか、「セキ・レイ・シロエ」は三人目の子で。
 他にも「セキ」と名前がつく子を、両親は育てていた筈で…。


 どうして、と机に叩き付けた拳。
 あんなに優しかった両親、パパとママが嘘をつくなんて、と。
(…でも、本当に…)
 嘘だったんだ、と分かる、懐かしい故郷での暮らし。
 両親の愛がいくら本物でも、あそこでの暮らしは嘘だった。
 成人検査の日を境にして、自分の世界から消える幻。
 もう戻れなくて、帰れない日々。
 故郷の土を踏めはしなくて、住所すらも思い出せない家には…。
(…どう頑張っても、帰れやしない…)
 そうなることを知っていたのが、父と母。
 両親も成人検査を受けたし、どんなものかは知っていた筈。
 学校の教師たちならともかく、両親だったら…。
(…本当のことを…)
 教えてくれても良かったのに、と零れる涙。
 成人検査を受けた後には、どうなるのか。
 目覚めの日を迎えてしまった子供は、どういう道を歩き出すのか。
 機械が監視していたとしても、自分を愛してくれていたなら。
 手放したくないと思ってくれていたなら、一言、伝えて欲しかった。
 「全部忘れてしまうんだよ」と。
 「今の間に、しっかり覚えておくのよ」と。


 そうしてくれたら、頑張ったのに。
(……この本に……)
 ピーターパンの本の文字の間に、色々なことを書き込んだのに。
 自分の記憶が消された後にも、手掛かりになるだろう大切なことを。
 家の住所も、両親の顔の特徴も。
(似顔絵だって…)
 力の限りに頑張って描いたことだろう。
 絵心はあまり無いのだけれども、それでも精一杯の力で。
 「これがパパの顔」と、「ママの顔はこう」と。
 挿絵のページに紛れ込ませて、両親の姿を描き残した筈。
 後で見たなら、「こういう顔だ」と分かるよう。
 機械が記憶を消してしまっても、両親を思い出せるよう。
(…でも、パパもママも…)
 何も話してくれなかったから、こうなった。
 セキ・レイ・シロエは故郷を忘れて、両親の顔も今ではおぼろ。
 家に帰ろうにも分からない住所、「アルテメシアのエネルゲイア」としか。
 機械に全てを消されてしまって、何も残りはしなかった。
(…この本しか…)
 ピーターパンの本しか残らなかったんだ、と溢れて止まらない涙。
 世界は嘘で作られていると、「パパとママも、ぼくに嘘をついてた」と。


 ネバーランドよりも素敵な地球へと、其処へ行こうと頑張ったのに。
 いい成績を取り続けたならば、きっと開ける筈の道。
(…シロエなら行けるさ、って…)
 父が言ったから、頑張った。
 母は笑っていたのだけれども、子供心に「頑張らなくちゃ」と思ったから。
 両親の自慢の息子になろうと、そして素敵な地球に行こうと。
(…そうするつもりだったのに…)
 世界は嘘で出来ていたから、こんな所に連れて来られた。
 エリートを育てるらしい所へ、E-1077へ。
 成人検査で記憶を消されて、故郷も、両親も全部失くして。
 機械が支配している世界へ、マザー・イライザという名のコンピューターが治める場所へ。
(此処でいい成績を取ってれば…)
 メンバーズになれて、地球へ行く道も開けるのだと聞くけれど。
 マザー・イライザも、教官たちもそう言うけれども、世界は全て嘘ばかり。
 両親でさえも嘘をついたし、どうして信じられるだろう?
 マザー・イライザを、それに従う人間たちを。
 地球にいるというグランド・マザーが、全てを統治している世界を。


(…此処でメンバーズになったって…)
 本当にトップに立てるのかどうか、なんとも疑わしいけれど。
 メンバーズになって更に昇進したなら、国家主席になれるというのも怪しいけれど。
(…だけど、それしか…)
 今の自分に行く道は無くて、トップに立たねば変わらない世界。
 嘘だらけの世界を変えるためには、自分がトップになるしかない。
 国家主席の地位を手に入れ、グランド・マザーを止めること。
 「ぼくの記憶を返せ」と命じて、失くした記憶を取り戻すこと。
 そうしたいならば、此処が嘘で出来ている世界でも…。
(…少しでも可能性のある方へ…)
 歩いて行くしかないんだよね、と分かってはいる。
 何度も考えて出した答えで、きっと他には道が無いから。
 進むべき道はただ一つだけで、其処を行くしかなさそうだから。
 それでも、たまに悲しくなる。
 「此処での暮らしに何の意味が」と。
 こんな所に来たくなかったと、人生に意味などありはしないと。
 世界は全て嘘だらけだから、何もかも嘘で出来ているから。
 あの優しかった両親でさえも、赤ん坊の自分を迎えた時から、嘘をつき続けていたのだから…。

 

          嘘で出来た世界・了

※シロエが陥る思考の迷路。「パパとママも嘘をついていた」と。優しい両親だったのに。
 そういう嘘をつかせていたのも機械なんですよね、機械嫌いになるわけです。






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(…なんだ?)
 此処は何処だ、と見回したキース。
 昨夜も遅くまでしていた仕事。国家騎士団の総司令ともなれば、半端ではない仕事量。
 けれど…。
(寝ている間に何が起こった?)
 私の部屋ではないようだが…、と途惑っていたら聞こえた声。
「キース先輩!」
 捜しましたよ、と駆けて来たシロエ。「次の講義は大丈夫ですか?」と。
「…講義?」
 何のことだ、と問い返したら。
「嫌ですねえ…。また忘れたんですか、今日はテストがあるんですけど」
 教授が予告していましたよ、とシロエは見上げて来た。
 ついでに広げて見せてくれたテキスト。「ほらね」と、「範囲は此処から此処までですよ」と。
(…テストだと…?)
 それにシロエがいるのは何故だ、と改めて確認した周りの状況。
(E-1077ではないようだが…)
 どちらかと言えば、その後に入ったメンバーズ向けの軍人養成学校。其処に似ている。窓の外は宇宙と違うようだし、何処かの惑星上らしいから。
(だが、テストなら…)
 自分は学生なのだろうか、と思う間もなく、叩かれた肩。背後から「よう!」と。
「キース、今日のもヤバそうだよなあ…」
 コケたら留年が待っているぜ、とサムが笑顔で立っていた。「リーチだよな?」と可笑しそうな口調で、ノートを手にして。
「リーチ…?」
「そうじゃねえかよ、お前、本気で崖っぷちだぜ」
 詰んだって自分で言っていただろ、というサムの言葉で気が付いた。「そうだった」と、今更、自分の危機に。


 すっかり忘れていたのだけれども、素敵にヤバイ自分の成績。テストの度に赤点三昧、平均点は遥か彼方で、どの科目だって…。
(…順位は下から数えた方が早くて…)
 最下位も馴染みの場所だったよな、と思い出した自分の現状なるもの。中でも特にヤバイ科目が亜空間理論、次の時間にある講義。
(…アレを落としたら…)
 進級出来ないんだった、と青ざめた、シロエに言われたテスト。…それにサムからも。
(毎回、毎回、赤点だから…)
 そういう輩を救ってやろう、と教授が企画したのがテスト。定期試験では逃げ切れないド阿呆、もはや救いが無さそうな馬鹿に救済策を、と。
(…仏と名高い教授なんだが…)
 そう、「仏」。優しい教授を指す隠語。
 亜空間理論の教授は仏で、次の講義で行うテストで、そこそこの点を取れたなら…。
(成績を底上げしてくれて…)
 落第しないよう救ってやる、と宣言していた。前回の講義が終わった後に。
(それに賭けた、と思っていたのに…)
 どうやらド忘れしたのが自分で、ノート纏めをするどころか…。
(テキストも読んでいなかったんだが…!)
 もうおしまいだ、と抱えた頭。これで進級もパアになったと、もう確実に留年組だ、と。


 処刑台に向かうような気持ちで入った教室。亜空間理論の講義とテストがある場所だけれど。
「あっ、サム!」
 こっち、こっち、とサムに手を振る金髪の少年。ああ見えて頭がいいジョミー。
(…どうせ、あいつも余裕なんだ…)
 ぼくと違って、とサムと別れて座った席。手遅れとはいえ、少しは勉強、と広げたテキスト。
 ところが相手は「超」がつく苦手、まるで頭に入って来ない。
(……ヤバすぎる……)
 一文字も覚えられないんだが、と焦っていたら、「ヤバイんだって?」と横から覗き込まれた。例の金髪、相当に頭がいいジョミーに。
「サムに聞いたよ、今回、キースが超ヤバイって」
 これを落としたら後が無いって、マジなわけ、と訊かれるままに頷いた。
「…お前みたいに頭が良くはないからな…」
 今もサッパリ分からないんだ、とテキストを前にお手上げのポーズ。「何も分からん」と。
 何処から見たって謎の暗号、そんな風にしか見えないんだ、とも。
 そうしたら…。
「本気でヤバかったんですか…」
 サム先輩に聞いた通りでしたね、と出て来たシロエ。「そうじゃないかと思いましたが」と。
 テストも忘れているくらいだから、かなりヤバイとは思ったらしい。けれども、詰んだとまでは知らなかったそうで、助っ人を連れて来たと言うから…。
「助っ人だと?」
「はい。ブルー先輩に頼るべきですよ」
 こういう時こそ頼って下さい、とシロエがズズイと押し出した人物。
(…こいつ、いったい、どういうコネを…!)
 ブルー先輩は超絶エリートの筈なんだが、と失った声。こんなヒヨッ子のテストなんかに、手を貸してくれるわけがない、と。
 なにしろ本当にエリートだから。ずっと首席を突っ走っている、伝説のような人だから。


 嘘だろう、とポカンと見たのに、ブルー先輩は「失礼だな」とも言いはしなかった。
 そうする代わりに「見せて」と一言、亜空間理論のテキストをパラパラと端まで繰って…。
「…山は此処だね、このページの此処。これさえ頭に叩き込んでおけば…」
 今回のテストは大丈夫だよ、という太鼓判。
 ただでも仏と噂の教授で、点の付け方は甘い筈。肝心のことさえ書いておいたら、きっと点数を貰える筈だ、と。
「…この三行でいけるのか?」
「そう。丸覚えすればパーフェクトだね。…他の所は白紙で出してもオッケーだよ」
 心配だったら確認したまえ、とブルー先輩が呼び寄せたジョミー。それからサム。
 シロエにも「山だ」という箇所を見せて、「どう思う?」という質問。
「すっげ…。この三行かよ、確かにそうだぜ」
 肝だよな、とサムが頷き、ジョミーも「うーん…」と感嘆の声。
「此処なんだ…。ぼくでも思い付かなかったな、コレだけ書けばいいなんて…」
「ぼくもです。ブルー先輩にお願いした甲斐がありましたよ」
 これでキース先輩も安心ですね、とシロエも保証してくれた。山は三行、それだけ覚えて挑めば点は貰えるだろう、と。
(有難い…!)
 たった三行、そのくらいなら覚えられるだろう。だから深々と頭を下げた。
「ブルー先輩、感謝します! これで進級出来そうです!」
「それは良かった。でも、覚えるのは君だからね。机に書いたら直ぐにバレるよ?」
 頑張ってそれを覚えたまえ、と手を振って去ったブルー先輩。「健闘を祈る」と。


(…山は教えて貰ったから…)
 ブルー先輩が言うんだったら間違いない、と嬉しいけれど。ジョミーもサムもシロエも、三行でいけると保証をしてくれたけれど…。
(……この三行が……)
 覚えられたら、今、最下位を走っていない、と悲しい気持ちがこみ上げてくる。ダテに赤点ではないのだから。どの科目でも赤点三昧、最下位をひた走る駄目な頭の持ち主だから。
(…サッパリ分からん…)
 亜空間理論の肝な三行、それが肝だけに難しい。たった三行の暗記だけでも。
 単語レベルで怪しい勢い、「何だった?」と前に戻っては、何度も読み返してばかり。サッパリ進んでくれはしないし、一行目から二行目にも行けない。
(マジでヤバイぞ…)
 この三行も覚えられなかったら、と焦る間に講義の時間が来てしまった。
 仏な教授は「予告した通り、今日はテストだ」とテキストやノートを片付けさせて、前から順に配られて来た裏返しのプリント。
(…どうなるんだ…)
 少しでも何か書ければいいが、と「始めっ!」の合図で表返したのに。
(うわー…)
 何も分からん、と思ったはずみにブッ飛んだ記憶。なけなしの一行さえも忘れた。ブルー先輩に教わった山の、三行の内の一行を。
(……もう駄目だ……)
 人生終わった、と何も書けずに、ただ呆然と座っていたら…。


 トン、トン、と軽くつつかれた肘。遠慮がちに。
(…???)
 誰だ、と隣を眺めた瞳に映ったプリント。答えがビッシリ書いてあるもの。
「…どうぞ」
 早く写して、と囁く声。「今の間に」と。
(マツカ…!)
 そういえばいた、と気付いたマツカという名のエリート。あまりにも控えめで引っ込み思案で、友達もいない有様だけれど…。
(頭はべらぼうにいいんだった…!)
 シロエたちにも負けてはいない、と蘇る記憶。いつも黙って座っているのに、教授たちの覚えがめでたいマツカ。とても成績がいいものだから。
(…いずれは第二のブルー先輩だという噂まで…)
 そのマツカが「写して」と寄越したプリント。きっと答えはパーフェクトだから…。
(有難い…!)
 感謝、と頭を下げて写しにかかった。丸ごと写したらヤバイと分かるし、チラ見しながらミスを混ぜ込んで。空白で放置の部分も作って。
(…これでなんとか…)
 赤点は免れるだろう。ブルー先輩に教わった三行の中にあった単語も、バッチリ含んだ解答欄。
(あの三行は本当に山だったんだな…)
 理解出来る頭があったなら、と思うけれども、無いのが現実。
 こうしてマツカに助けて貰って、辛うじて進級出来る程度の頭しかなくて…。


(だが、助かった…!)
 落第せずに済むんだな、と心で快哉を叫んだ所で目が覚めた。…自分のベッドで。
 首都惑星ノア、其処にある国家騎士団総司令のプライベートな部屋で。
(…夢だったのか…?)
 しかし…、と振り返った夢。
 サムがいて、それにシロエもいた。ステーション時代に戻ったような気分だった夢。
(…私の成績はドン底だったが…)
 皆が助けてくれようとした。心配してくれたサムに、ブルー先輩を連れて来たシロエ。マツカは答えを見せてくれたし、ジョミーも気にしてくれていたのだし…。
(……ブルー先輩というのが腹立たしいが……)
 なんであいつがエリートなんだ、と不愉快だけれど、ブルー先輩は親切だった。成績不良で赤点三昧の劣等生でも、ちゃんと教えてくれた山。この三行で大丈夫だ、と。
(健闘を祈るとも言っていたな…)
 あれが本当のミュウの姿か、と思えてくる夢。
 出会いが全く違っていたなら、友になることもあるかもしれん、と。
(…ソルジャー・ブルーか…)
 ブルー先輩でも悪くないな、と浮かんだ笑み。
 たまには、こういう夢の世界に住んでみるのもいいだろう。
 ドン底の成績で赤点だろうと、夢の中では学生気分だったから。
 人類もミュウも無かった世界で、ああいう世界で生きてゆけたら、きっと楽しいだろうから…。

 

        助けられたテスト・了

※キースの成績がドン底だったら面白いよね、と思った途端に浮かんだマツカのシーン。
 「どうぞ」と答えを見せてくれる箇所。制服のデザインは決めていません、お好み次第。




拍手[1回]

(…ミュウどもの版図は拡大してゆく一方か…)
 もう止めようがないのだろうな、とキースが零した深い溜息。
 誰もいない部屋、とうに夜は更けて部下も訪れはしない筈。
 マツカも先に下がらせた。「コーヒーくらい、私でも淹れられる」と。
 言った言葉に嘘は無い。
(…インスタントのコーヒーならな)
 マツカが淹れるようなコーヒー、あの味はとても淹れられない。
 けれど一人でいたかった。
 何故だか酷く疲れた気分で、今日はマツカの気遣いさえも…。
(余計なことを、と思うんだ…)
 自分でもかなり酷いと思った、自分自身の感情のこと。
 普段だったら、苛立ちを覚えることはあっても、それを全く見せずにいられる。
 誰にも本音を知られることなく、心の中だけでする舌打ちも。
 それが出来ない、どうしたわけか。
 日に日に勢力を増してゆくミュウ、今日も一つの惑星が落ちた。
 そのせいだろうか、苛立つのは。
 妙に疲れを覚えるのは。
(…マツカも、所詮はミュウだからな)
 ミュウだから顔を見たくないなら、この感情も理解出来る、と思ったけれど。
 それで部屋から追い払ったのだ、と暫くは納得していたけれど…。


 不意に心を掠めた言葉。
 「友達だろ?」と。
 遠い遠い昔、サムが何度も口にしていた。
 あのステーションで、今はもう無いE-1077のあちこちで。
(……友達か……)
 それか、と思い至ったこと。
 明らかにミュウに敗れるのだろう、人類という古すぎる種族。
 その日はそれほど遠くないのに、自分は此処から逃げ出せはしない。
 軍人だから、というのは表向きのこと。
 逃れられない本当の理由、それは自分の中にある。
 血にも、髪の毛の一筋にさえも、刻み込まれた恐ろしい呪い。
(…マザー・イライザ……)
 E-1077のメイン・コンピューター。
 あれが自分を作ったから。
 完全な無から作り出された生命、それが自分で、作られた理由そのものが…。
(…もう完全に時代遅れだ…)
 どう考えても分の無い人類、それを統べるよう作られた命。
 だから自分は逃げ出せない。
 軍の全員がミュウに寝返ろうとも、誰一人としてついてくる者はいなくとも。


 いつか、その日が来るのだろう。
 ミュウを忌み嫌う筈の人類さえもが、ミュウたちの肩を持つ時が。
 自分たちまでミュウになったような顔で、彼らに味方する時が。
 そうなった時も、きっと一人だけ…。
(…ついてくるんだ…)
 あのマツカなら、と尋ねなくても分かること。
 宇宙の全てがミュウの側へと転がったとしても、ミュウのマツカは残るのだろう。
 ただ一人きりで、自分の側に。
 もう負け戦で、自分もろとも滅ぼされると分かっていても。
 最後まで残った頑固な人類、そう勘違いされて消される時が来ようとも。
(…自分の命も顧みないで…)
 行動を共にしてくれる人間、それが友達。
 遠い日にサムが教えてくれた。
 サム自身はそうは言わなかったけれど、そういうものだと教えられた。
 マザー・イライザが仕組んだらしい、E-1077での新入生時代に起こった事故。
 スウェナを乗せて入港して来た、宇宙船が見舞われた衝突事故。
 上級生たちさえ行かなかった現場、其処へ救助に向かった自分。
 サムは迷わずついて来てくれた。
 「船外活動は得意だから」と、「しっかり食って、しっかり動く」と、こともなげに。


 そうしてサムに救われた命。
 命綱さえつけることなく、サムは助けに来てくれた。
 一つ間違えたら、サムの命も宇宙の藻屑だったのに。
 制御を失った自分の巻き添え、回転しながら宇宙の彼方へ飛ばされたかもしれないのに。
(…それを平気でやってのけるのが、友達なんだ…)
 サムは実際それをやったし、きっとシロエもそうだったろう。
 死ぬと承知で真っ直ぐに飛んで、宇宙に散ってしまったシロエ。
 自分があの船を落としたけれども、ああいう風にならなかったなら。
 マザー・イライザが選んだ捨て駒、それがシロエでなかったら。
(…マツカのように、上手い具合に…)
 成人検査をパスして来ていたミュウだったのなら、シロエもきっと生き延びた筈。
 マザー・システムを嫌いながらも、エリートとして。
 きっとメンバーズの道を歩んで、何度も喧嘩を繰り返しても…。
(…私に何かあった時には…)
 手を差し伸べてくれたのだろう。
 憎まれ口を叩きながらも、「仕方ないですね」と恩着せがましく。
 「高くつきますよ?」と恩を売ったりもして。
 本当は命を懸けていたって、それさえもきっと…。
(サムと同じに笑い飛ばして…)
 なんでもないのだ、という顔をしていただろう。
 そう、シロエだって、生きていれば、きっと。


 サムとシロエと、いる筈だった二人の友。
 もしも自分の運が良ければ、マザー・イライザが作った命でなかったら。
 けれど、自分が殺したシロエ。
 あの時は他に道などは無くて、マザー・イライザに従わざるを得なかったから。
 今から思えば、助ける道はあったのに。
 シロエの船を見逃がしていれば、シロエはミュウの母船に救われて生きていたのだろうに。
(…サムなら、きっと見逃したんだ…)
 そうだ、と確信できるサム。
 そのサムもまた失った。
 サムは生きてはいるのだけれども、もう覚えてはいてくれない。
 病院まで会いに出掛けて行っても、サムにとっては「赤のおじちゃん」。
 かつてのように話せはしないし、友ではあっても、今の自分と同じ場所には…。
(立っていないし、サムの世界に、友達のキースはいないんだ…)
 今のサムはもう、命懸けでは来てくれない。
 自分が危機に陥っていても、サムには理解出来ないから。
 そしてシロエは死んでしまって、懸ける命すら持ってはいない。
(……もう、友達は……)
 本当の意味でそう呼べる者は、誰も自分の側にはいない。
 だから苛立つ、マツカを見ると。
 最後まで自分の側にいるだろう、気弱なミュウのことを思うと。


(…マツカは、命を捨てるだろうに…)
 命懸けで自分を救おうとさえ、きっとマツカはするのだろうに。
 それなのに、マツカを「友」と呼べない。
 マツカとの出会いが不幸だったせいか、それともマツカが弱すぎるのか。
 ジルベスターまで、たった一人で自分を救いに来たマツカ。
 あの時、マツカは命を懸けたし、メギドでもまた救われた。
(…いったい、何処が違うのだ…)
 自分のために命を懸けてくれたサムや、きっと懸けるだろうシロエ。
 彼らとマツカの何処が違うのか、どうして「友」になれないのか。
(……今更だ……)
 散々マツカを道具のように扱い続けて、今更、友になりたいだなどと。
 彼ならば友になれるだろうにと、なのに何故だと考えるなど。
(…友が欲しいなど…)
 言えた義理か、と自分自身を叱咤する。
 そのように動きはしなかったのだし、これが当然の結果だろうと。
(……私には似合いなのだがな……)
 時代遅れの人類の指導者、そのように作られた命。
 孤独に生きて死んでゆくのが似合いなのだし、それだけの覚悟は出来ている。
 ただ、一つだけ悔いがあるならば…。


(…友達を作り損ねたな…)
 それもまた私らしいのだがな、と浮かべるしかない自嘲の笑み。
 サムの時にも、サムの方から友達になってくれたから。
 自分は何もしなかったから。
(そして、シロエは…)
 この手で殺してしまったのだし、友を作れるわけがない。
 命を懸けてくれるだろうマツカ、彼と二人で最期を迎える日が来ようとも、自分には。
 マツカと自分と二人だけしか、もう戦場にはいなくても。
(きっと最期まで…)
 一人なのだ、と見える気がする自分の最期。
 友を作るには、自分は向いていないから。
 友になり得ただろうシロエも、自分が殺してしまったから。
 たとえマツカが隣にいてくれようとも、最期まで孤独だろう命。
 友を作るには向かない自分は、そのマツカさえも「友」と呼べないだろうから…。

 

         作れない友・了

※マツカがもっと押しの強い人間だったなら。…キースと対等にやり合えたなら。
 きっと友達になれたんだろう、という気がします。立場は部下でも、マブダチにね。





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(こんな格好だけ、させられてもさ…)
 悪目立ちしちゃうだけなんだから、と今日もジョミーは愚痴っていた。心の中で。
 ソルジャー候補に据えられて以来、派手にド目立ちする衣装とマントが必須の日々。
 なのに、伴わない中身。衣装に見合った働きが全く出来ないからして、陰口だって叩かれる。
(馬子にも衣裳、って…)
 船の誰もが思っているから、いたたまれない上に情けない。「格好だけだ」と自覚は充分、陰でコソコソ言われなくても。…思念でヒソヒソやられなくても。
(サイオンの訓練を頑張ったって…)
 悲しいかな、自分はソルジャー候補。
 好成績を叩き出しても「出来て当然」、そういう目線。訓練担当の係はもとより、お目付け役の長老たちだって。
(少しも褒めてくれないし…)
 逆に「やれば出来る」と言われる始末。もっと頑張れと、更なる高みを目指して努力、と。
 何かと言えば、「ソルジャー・ブルーなら、これくらいは…」という評価。まだまだサイオンは伸びる筈だし、タイプ・ブルーの実力を発揮していないとも。


 「褒めて伸ばす」という言葉が無いらしい船。
 シャングリラはなんとも厳しすぎる船で、ソルジャー候補に甘くなかった。子供たちなら、甘いお菓子も優しい言葉も貰えるのに。
(…下手に十四歳だから…)
 成人検査も受けちゃったのが敗因だよね、と分かってはいる。もっと幼い頃に来たなら、少しはマシになっていたろう風当たり。
 けれど身体は縮みはしないし、きっとこのままスパルタ教育。
(…それでソルジャーになったって…)
 ブルーみたいに身体を張って戦う日々で、と悲しい気分。
 目立つ衣装も機能優先、物凄い防御力を誇る代物。ちょっとやそっとで破れはしなくて、耐火性だって抜群と来た。
(どうせだったら、見た目重視で…)
 現場に出る時は、カッコイイ服に着替えられたらいいのにね、と零れる溜息。
 アタラクシアの家にいた頃、ニュースなどで見たメンバーズ。国家騎士団の軍服とかに憧れた。いつかああいうのを着てみたいよね、と。


 そう思ったのに、これが現実。時代錯誤でド派手なマント。
 お伽話の王子様か、と自虐的な見方をしてしまうほど。この服を着て舞踏会かと、船中の女性とワルツを踊れと言うつもりか、と。
(何処から見たって、そっち系だよ…)
 王子様なんてワルツだけだ、と思ったけれど。お姫様とハッピーエンドなんだ、とお伽話の王子たちを順に数えたけれど。
(えーっと…?)
 シンデレラも白雪姫もそうだし、「眠れる森の美女」もそう。人魚姫も、と「王子様」の出番の少なさを嘆きまくっていたのだけども…。
 ちょっと待って、と気付いたこと。
 お伽話の王子様なら、お妃選びに舞踏会。ハッピーエンドな結婚式の添え物、主役はお姫様かもしれない。もしかしなくても、多分、そう。
 けれど、視点を王子の方に絞ったら…。
(…カッコ良くない?)
 ドラゴン退治や冒険の旅。本来、王子はそういうポジション。
 剣を握って戦いまくって、颯爽とマントを靡かせるもの。
(…そっちだったら…)
 この格好でもカッコいいかも、考えた。剣を振るって戦うのならば、絵になりそうだ、と。


 ソルジャーとしての戦いだったら、まるで出番が無さそうな剣。
 けれども、剣の達人となれば、皆の評価も変わるだろう。「出来て当然」ではないのだから。
 サイオンに加えて剣も出来れば、プラスアルファの能力だから。
(うん、剣だよ…!)
 それでカッコ良く戦ってやる、と固めた決意。一人きりでも剣士の道だ、と。
(きっと、ぼくしか戦えないしね?)
 尊敬の視線を浴び放題、と思い立った足で走って行った。青の間まで。
「ブルー! お願いがあるんですけど!」
 長老たちに意見して貰えませんか、と切り出したブルーの枕元。ベッドに横たわったままの青の間の主、ブルーは眠っていなかったから。
「ジョミー…? 君はいったい…」
 何を彼らに頼みたいんだい、と瞬いた瞳。「君では頼みにくいのかい?」と。
「え、ええ…。その…。ちょっと…」
 普通の頼み事じゃないですから、と打ち明けた剣の修行の話。
 このシャングリラで唯一の剣士、その道で名を上げたいと。
 王子みたいな衣装を着るなら、それに相応しくカッコ良く、と。
 そうしたら…。


「…いいだろう。君の覚悟は良く分かった」
「え?」
 覚悟って、と言い終わらない内に、「頑張りたまえ」と握られた右手。「嬉しいよ」とも。
「君にはソルジャーを継いで貰えれば、それで充分だと思ったけれど…」
 剣の道まで継いでくれるとは、とブルーが浮かべた歓喜の表情。
 「ぼくの代で終わりだと思っていたよ」と、「是非、シャングリラ一の剣士に」とも。
「ま、待って下さい…!」
 あなたって剣士だったんですか、とビビッたけれども、「そうだとも」と頷いたブルー。
 曰く、「若い頃には船で一番の剣士だった」と、「誰もぼくには勝てなかった」。
「君に其処まで要求するのは悪いと思って…。でも、君が望んでくれるなら…」
 ぼくの剣を君にプレゼントしよう、と起き上がったブルー。「この下に…」と。
 青の間に置かれたデカすぎるベッド、それの下から引っ張り出された革張りの箱。中から本当に剣が出て来た、まさしく王者といった風情の。
「…ブ、ブルー…?」
 これって、と腰が引けているのに、「ほら」と譲られてしまった剣。「持ってごらん」と。
 剣は素晴らしく重かった。
 オモチャの剣とは違うらしくて、刃の部分を潰してあるというだけ。研ぎさえしたなら、本物の剣になるという。ドラゴンだって倒せるような。…伝説の勇者に相応しいような。


 なんだって船にそんなものが、と驚いたけれど、答えは娯楽。
 シャングリラの中でしか生きられないミュウ、体力作りと憂さ晴らしを兼ねて始めた遊び。
 どうせやるなら本格的に、と本物志向の剣を作って。
 旅の剣士やら女剣士やら、皆が好みの役どころで。
「修行するなら、ハーレイに頼んであげるから」
 ぼくの次に強いのがハーレイだから、とブルーは笑顔で思念を飛ばした。「直ぐに来るよ」と。
 間もなく来たのがキャプテン・ハーレイ、「分かりました」と引き受けた指導。
「私だけでは、ジョミーもつまらないでしょう。…ブラウたちにも声を掛けます」
 彼らも達人ですからね、と聞かされたジョミーが悟ったドツボ。
 サイオンの訓練の日々に加えて、これからは剣の修行まで、と。
(…なんで、こういうことになるわけ…?)
 ぼくはカッコ良くキメたいと思っただけなのに、と叫びたくても、もはや手遅れ。
 ブルー愛用の剣を譲られたし、ハーレイも喜んでいるようだから。「良かったですね」と。
 シャングリラ一の剣士の跡継ぎ、それが生まれるとは素晴らしいです、と。


 かくしてジョミーが背負う羽目になった、想定外だった剣の練習。
 けれども、始めてみたら意外に…。
(面白いかも…?)
 サイオンよりかは性に合うよね、とハーレイやゼルやブラウを相手にチャンチャンバラバラ。
 その内に噂を聞いた若手も加わったけれど、ジョミーは筋が良かったらしい。
(これなら勝てる…!)
 もうこの船の誰にでも、と向かう所に敵は無かった。
 ただし…。
(…もしもブルーが現役だったら…)
 まだ勝てない、とブルーの剣を知る誰もが言うから、懸命に磨き続けた腕。
 ブルーが眠ってしまっても。
 赤いナスカが燃えてしまって、ブルーがいなくなった後にも。
(負けられない…!)
 人類なんかに負けてたまるか、と氷のような瞳で戦う地球までの道も、憂さ晴らしの友は自分の剣。ブルーに貰った剣を握って、ただひたすらに振るい続けた。
 「かかって来い!」とハーレイを、リオを相手にして。
 時には一度に何十人だって、切って切り結んで、倒しまくって。


 そうやって戦い続けた剣士。シャングリラ一の剣士のジョミー。
 けれども、まさかプロとは思わないのが人類だから。…機械の申し子、キースにだって、分かるわけなど無かったから。
 地球の地の底で、いきなり剣を向けられたジョミーが取った反応、それは…。
「貰ったーーーっ!!!」
 一瞬で見切ったキースの剣。サッと引くなり握ったのが剣、キィン! と響いた金属音。
 キースの剣は一撃で弾き飛ばされ、思い切り宙を舞うことになった。
 勝負は瞬時についてしまって、「私の負けだ」と認めたキース。
 黙っていないのがグランド・マザーで、裏切ったキースを粛正するべく、山ほどの剣を降らせたけれど。文字通り剣の雨だったけれど、相手はジョミー。
「させるかぁーーーっ!!!」
 端から叩いて弾き返して、その勢いで高めたサイオン。もう頭から突っ込んで行って、デッカイ目ごとグランド・マザーを貫いた。「この機械め!」と。
 瓦礫と化したグランド・マザーの最後の攻撃、飛んで来た剣も…。
「フン!」
 こんなのでぼくが倒せるか、と素手でピシャリと叩き落とした。殺気に気付けば簡単なこと。


(…まったく…)
 世の中、何が役に立つやら、とマントの埃を払ってキースに差し出した右手。
 「帰ろうか」と。
「あ、ああ…。しかし、お前は…」
 いったい何処でこんな技を、とキースが呆然と座り込んだままで尋ねるから。
「ぼくたちの船だ。…あそこには大勢、師匠がいたから」
 そして最強の剣士はブルーらしい、と浮かべた笑み。
 ジョミーに他意は無かったけれども、キースの腰は見事に抜けた。
 何故なら、ブルーと戦ったことがあったから。…メギドで拳銃で撃ちまくったから。
(…あの時、あそこに剣があったら…)
 私は切り殺されていたのか、というキースの認識、それは間違ってはいない。
 グランド・マザーをも倒した剣士ジョミーは、今もブルーに勝てないから。
 三百年以上もシャングリラ一の剣士だったブルー、彼が現役なら、どう戦っても敗北だから…。

 

          最強の剣士・了

※アニテラの最終話、なんだって剣で戦う必要があったのか、未だに分からないのが管理人。
 単なるビジュアルだけなんじゃあ、と思ったトコからこういうネタに。…剣士ジョミー。






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