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(…ぼくはミュウなんかじゃない…)
 絶対違う、と叫び出したい気持ちのジョミー。
 成人検査を妨害しに来た、ソルジャー・ブルーと名乗った男。彼のせいで連れて来られた、妙な船。ミュウの母船で「シャングリラ」とか言うらしいけれども…。
(この船、不気味すぎだから…!)
 あらゆる意味で、と認めたくない「自分はミュウだ」という事実。
 頭の中に思念波とやらが響いて来たって、船の連中の心が「なんとなく」読めたって。そういう現象はきっと、ナキネズミという動物のせいだろう。
(こいつを見てから、ぼくの人生、狂いっ放し…)
 だから「自分も変だ」と感じるあれこれ、それはナキネズミが原因の筈。どう考えても、自分はミュウではないから。…相容れない上に、有り得ないから。
(…部屋でヒッキーしてる間は、大丈夫だけど…)
 ただの牢獄、忍の一字で耐え忍んでいればいいのだけれど。
 なんとも困るのが食事の時間で、その度に「ぼくは違う」と思う。「ミュウなんかじゃない」と喚き出したくなる。
(あいつらの食事、おかしすぎだよ…)
 それに不気味だ、と恋しくなるのがアタラクシアの家。母が作った美味しい料理。
 今となっては、学校にあった食堂さえもが懐かしい。あそこの料理は普通だったし、間違えてもミュウの船の料理などとは違ったから。


 今日ももうすぐ食事の時間がやってくる。リオが迎えにやって来て。
 朝一番の食事は朝食、そのために食堂に行ったなら…。
(…朝も早くから、立ち食い蕎麦が大繁盛で…)
 自分の持ち場に急ぐ連中、彼らが駆け込む立ち食いコーナー。其処で出される料理が「蕎麦」。アタラクシアでは、ただの一度もお目にかかっていないもの。
(蕎麦なんて…)
 立ち食いだろうが、ザル蕎麦だろうが、まるで目にしたことが無い。そもそも名前も、この船で初めて聞かされたもの。リオの思念波で「蕎麦ですよ」と。
(あそこは立ち食い蕎麦なんです、って…)
 手早く食事を済ませたいなら、立ち食い蕎麦になるらしい。そのコーナーで注文したなら、凄い速さで供される蕎麦。自分の注文通りの品が。
(それを立ったまま、割り箸で食べて…)
 食べ終わったら「御馳走様!」と走り去るのがシャングリラの流儀。立ち食い蕎麦でもメニュー色々、それなりにあるのがバリエーション。
(食堂で座って食べる蕎麦だと…)
 もっと種類が豊富になる上、蕎麦だけではない船がシャングリラ。うどんにラーメン、麺類とかいう食べ物が主食と言ってもいい。
 パンやパスタの代わりにヌードル、汁たっぷりの。フォークではなくて「箸」と呼ばれる二本の棒でかき込むものが。


(…なんで、こういう船なんだよ!)
 有り得ないだろ、と怒鳴りたいけれど、答えはとうに聞かされた。リオからも、それにヒルマンからも。これがシャングリラのやり方なのだと。
(人類とミュウは、相容れないから…)
 SD体制が認めない異分子、それがミュウ。人権さえも持たない生き物。
 だから彼らは考えた。「人類がミュウを忌み嫌うのなら、独自の進化を遂げてやる」と。
 人類と同じ物など食べていられるかと、「ミュウにはミュウの食べ物がある」と。
 そうして生まれた、麺類なるもの。
 スパゲッティに似ているのだけれども、似て非なるものが蕎麦やラーメン。それから、うどん。今の季節は見かけないけれど、「冷やし中華」も人気らしい。
(冷やし中華の季節は、そうめん…)
 うどんよりもずっと細い麺類、そうめんも夏の人気メニューだと教わった。そんな知識は欲しくないのに、ガンガンと叩き込まれたミュウたちの主食。
(パンやパスタもあるけれど…)
 生粋のミュウなら麺類を食え、というのが船に流れる空気。パンやパスタは人類の食べ物、品がよろしくないものだ、と。
 そんな具合だから、この船に無理やり連れて来られて、最初に食堂に出掛けた時も…。
(ミュウだってねえ、蕎麦食いねえ、って…)
 ドンと目の前に置かれたのが蕎麦、有無を言わさず食べさせられた。二本の棒で。シャングリラ自慢の天麩羅蕎麦だか、天ざるだったか、名前がちょっと怪しいけれど。


 今日も今日とて、食堂に行けば、きっと蕎麦。うどんやラーメンなのかもしれない、居心地よく食事したければ。「あいつは根っから人間だ」と棘のある視線を、思念を避けるのならば。
(…でも、ぼくは…)
 ミュウじゃないから、と思っていたって、やってくるのがリオだから。
『おはようございます、ジョミー。よく眠れましたか?』
 今朝の食堂は担々麺が人気らしいですよ、と悪気は全く無いのがリオ。こうして毎日、お勧めのメニューを教えてくれる。ただし麺類限定で。
「…その麺類さあ…。なんとかならない?」
 ぼくはミュウじゃない、と拒否ってみたって、食堂で注文できる度胸は無いものだから…。
(…またリオに注文されちゃって…)
 なんだよ、コレは、と言いたい気分の担々麺。もう何日目になるのだろうか、麺類三昧。
 いい加減、腹が立ってきたから、食事の後で走り回った船の中。
 諸悪の根源、ソルジャー・ブルーを探そうと。見付け出したら殴りつけてでも、アタラクシアの家に帰ってやると。
 そうして首尾よく発見したから、もう思い切り叫んでやった。
 「ぼくをアタラクシアへ、家へ帰せ!」と。
 お蔭で帰れることになったし、リオが操縦する船で意気揚々とトンズラしたのだけれど…。


「ソルジャー。…あれをどうなさるんじゃ」
 逃げおったわい、とソルジャー・ブルーに苦情を述べているゼル。他の長老やキャプテンまでが集っている中、ソルジャー・ブルーは冷静だった。
『…心配いらない。ジョミーはミュウだ』
 目は閉じたままで語り掛ける思念、けれど収まらない面々。
「どの辺がどうミュウなんだい? ラーメンも好きになれない奴がさ」
 無理ってもんだろ、とブラウが苦い表情、エラもヒルマンも顔を顰めているけれど…。
『そうだろうか? 君たちも最初は、ジョミーと同じだったと思うんだが…』
 麺類メインの食生活に馴染むまでに何年かかったんだ、と問われれば誰もがグウの音も出ない。
 「人類と同じものが食えるか」と選んだ麺類、けれど最初は「変な食べ物だ」と思ったから。
「…では、ソルジャー…。ジョミーもミュウだと仰るのですか?」
 ハーレイの問いに、ブルーは思念で『ああ』と答えた。
『いずれ、この船に戻るだろう。…戻れば、彼も麺類に馴染む』
 それから…、と続いたブルーの思念。「ぼくは疲れたから、今日の食事はラーメンで」と。
 ジョミーの追跡も必要になるし、パワーたっぷりのニンニクラーメン、チャーシュー抜きで、と細かい注文。「分かりました」と頷く一同、何処までも麺類が主食を貫くミュウたちの船。


 そんな調子だから、アタラクシアの遥か上空まで逃げたジョミーが船に戻った後。
(…ソルジャー・ブルー、今はあなたを信じます…)
 元気が出るのはコレなんですね、とジョミーが食堂で啜るラーメン。もうプンプンとニンニクが匂う代物、チャーシュー大盛り。
(ブルーはチャーシュー抜きらしいけど…)
 「君は若いんだし、チャーシューもドッサリ食べたまえ」というブルーのお勧め、チャーシュー大盛りにして貰った。今日から嫌でもソルジャー候補で、明日から猛特訓だから。
 どんなに「嫌だ」と喚いた所で、もう逃げられはしないから。
(へこんだ時には、ニンニクラーメン、チャーシュー大盛り…)
 もっとへこんだら煮卵もつけて、とジョミーも馴染むしかない麺類。
 開き直って食べたら案外、美味しいように思うから。
 部屋に出前も頼めるらしいし、夜食の時間に気を付けていたら、チャルメラを鳴らしてラーメン屋台が通路を流してゆくそうだから…。

 

        ミュウたちの主食・了

※どうやったらシャングリラで麺類になるのか、自分でもサッパリ分からないオチ。
 「シャングリラに蕎麦が無かった」話なら、ハレブルで書いたんですけどね…。







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(国家騎士団総司令か…)
 肩書きだけは御立派だがな、とキースが歪めた唇。
 異例の出世で国家騎士団のトップに昇り詰めたけれども、その自分は…、と。
 与えられた「御立派すぎる」部屋。
 側近のマツカが控える部屋まで備えられた其処に、今はマツカの影は無い。
 「下がれ」と言っておいたから。
 とうに夜更けで、不審にも思わず下がったマツカ。
(いくらマツカがミュウでも、だ…)
 私の心までは読めまい、と持っている自信。
 けれど、誰にも読めない心。読ませない心の中にあるもの、それが時折、疎ましくなる。
 どうして自分だったのか、と。
 「他のモノ」では駄目だったのかと、どうして自分を選んだのかと。
(…キース・アニアン…)
 そういう名前なのだがな、と眺める自分のパーソナルデータ。
 軍の上層部にいる者だったら、大抵は見ることが出来るだろう。
 ID:076223。
 出身地、トロイナス。
 父の名はフル、母の名はヘルマ。
 生年月日、SD567年12月27日。
 誰のデータにも並ぶ内容、IDに出身地、両親の名前と生年月日。
 そして誰ものデータが「本物」、其処に偽りは入り込めない。
 養父母とはいえ、両親の名は本物だから。
 誰が養父母になっていたかで、名前も変わってくるものだから。
 サム・ヒューストンなら、「サム」と名付けたのはヒューストンの姓を持つ両親。
 シロエだったなら、「セキ」の姓を持っていた両親。


 サムの養父母のことは知っている。
 E-1077にいた頃にではなく、サムが壊れてから知った。
 病院にサムを見舞った時には、子供時代のことばかり話すものだから。
 「父さんが勉強しろって、うるさいんだ」とか、「ママのオムレツは美味しいよ」とか。
 それほどサムが慕うのならば、と知っておきたくなったから。
 いったいどんな養父母だったか、今はどうしているのかと。
(…あいつに似合いの両親だった…)
 データだけしか知らないけれども、そういう印象だった養父母。
 病院でサムが話す通りに、子供を大事にしそうな両親。
(…そしてシロエは…)
 別の方面から見付けた養父母。
 ミュウに関わり、彼らを調べてゆく内に。
 アルテメシアからモビー・ディックを追い出した時に、シロエの父の名があった。
 サイオニック研究所に所属していた「ミスター・セキ」。
 シロエの故郷のエネルゲイアが心に引っ掛かったから、調べた詳細。
(…あれがシロエの父親だった…)
 自分の息子がMとも知らずに、開発したサイオン・トレーサー。
 モビー・ディックはそれに追われて、アルテメシアを離れて行った。
 彼が機械を作らなかったら、あるいはシロエは…。
(…あの船に乗っていたかもしれんな)
 ソルジャー・ブルーか、ジョミー・マーキス・シンか、どちらかに救われ、命を拾って。
 成人検査を受けることなく、それよりも前に。
(…サムもシロエも、データは本物…)
 人類だろうが、シロエのようにミュウと判断されようが。
 どちらも同じに養父母を持って、彼らに繋がる名前がついた。
 サムならば「サム・ヒューストン」。
 シロエだったら「セキ・レイ・シロエ」と。


 自分の場合も、傍から見たならそう見えるだろう。
 「子供時代は覚えていない」というだけのことで、存在している筈の両親。
 トロイナスに出掛けて探してみたなら、きっと彼らは…。
(何処かで事故死か、移住したことにでもなっているのか…)
 調べたことは無いのだけれども、ごくごく自然に姿を消していることだろう。
 父のフルも、母のヘルマの方も。
 彼らが暮らしていた筈の家も、きっと存在しているのだろう。
 ただし、「データの上で」だけ。
 本物の「フル」と「ヘルマ」はいないから。
 「キース・アニアン」を育て上げた筈の、「アニアン」夫妻はいないのだから。
(…アニアンも、それにキースの方も…)
 知っている者は誰もいない、と握り締めた拳。
 今でこそ誰もが知っている名前、国家騎士団総司令。
 エリート中のエリート軍人、キース・アニアンをの名を知らない者などいはしない。
 軍はもちろん、一般人でも。
 何かといえばニュースに出るし、誰もが耳にする名前だから。
 けれども、誰が知るだろう?
 「キース・アニアン」を「知る人間」など、何処にも存在しないこと。
 養父母だった筈の二人は何処にもいなくて、在籍していた学校にさえも…。
(担任の教師の名前はあっても…)
 彼らはきっと覚えていない。
 「キース・アニアン」の名を持つ少年、それを担当したことを。
 今の自分の経歴を誰かが見せたとしたって、その出世ぶりに…。
(素晴らしい子を担当させて貰ったようです、と言いはしてもだ…)
 生憎と記憶に残っていない、と答えるのだろう。
 「当時は忙しかったので」だとか、誰も疑いはしない理由を述べて。


 そんな具合に「消えている」キース。
 故郷だった筈のトロイナスから、両親が何処かに行ってしまって。
 担任の教師も幼馴染も、誰もが「忘れ去って」しまって。
(…サムがジョミーを忘れたように…)
 E-1077の誰もがシロエを忘れたように、それが「機械の仕業」ならいい。
 機械が記憶を処理した結果で、皆が忘れてしまったのなら。
 それならばそれで、「存在した証」が無いというだけ。
 何処かを探せば、欠片くらいは出てくるもの。
 サムがジョミーを忘れていたって、「ジョミー・マーキス・シン」は存在しているから。
 皆が忘れてしまったシロエも、スウェナが覚えていたのだから。
(完璧に消せはしないのだ…)
 その人間が「本当に」生きていたのだったら、この世界からは。
 死んだ後までデータは残るし、人の記憶に残りもする。
 自分がシロエの父の名前を見たように。…其処からシロエに辿り着けたように。
 E-1077を早くに離れたスウェナが、記憶を消されていなかったように。
(しかし、私は…)
 私の場合はそうではない、と嫌と言うほど知っている。
 かつては自分も信じ込んでいた、「父はフルで、母はヘルマ」ということ。
 アニアン夫妻が育てた子供で、彼らが「キース」と名付けた息子。
 人工子宮から取り出された日は、SD567年の12月27日だと。
 誰のデータもそうだから。
 E-1077からは消されたシロエも、養父母を辿れば其処に残っていた記録。
 生年月日も「セキ・レイ・シロエ」の名も、彼が暮らしていた家も。
 なのに、自分には「無い」それら。
 「消された」わけでも、「忘れ去られた」わけでもないのに、存在しない。
 何処を調べても、その名残さえ。
 意味ありげに残る、わざと仕込まれたデータだけしか。


 なんという皮肉なのだろう、と自分を嘲り笑いたくなる。
 誰もが知っている「キース・アニアン」、その名を真に知る者などは一人もいない。
 何処を探しても、誰に訊いても、「キース・アニアン」を見た者はいない。
(…正確に言えば、あの連中なら…)
 多分、知っている筈なのだがな、と思う記憶の隅に「居る」者。
 E-1077にあった水槽、それの向こうに自分が見ていた研究者たち。
 けれど、彼らも「消された」だろう。
 「キース・アニアン」が完成したなら、彼らは用済みなのだから。
 マザー・イライザが記憶を消したか、あるいはシロエを処分したように…。
(宇宙船の事故にでも見せかけて…)
 存在自体を消しただろうか、念には念を入れねば、と。
 けして秘密が漏れぬようにと、口封じに皆、殺してしまって。
(…そんな所だ…)
 確かめる気にもなれないが、と忌まわしく思う自分の「生まれ」。
 どうして自分を選んだのかと、他のモノでは駄目なのかと。
 フロア001に幾つも並んでいたサンプル。
 かつてシロエが命懸けで見た、「キース・アニアン」と「同じモノ」たち。
 あの中のどれでも良かったろうにと、そして自分はサンプルの方で良かったのに、と。
 今頃になって、真実を知るくらいなら。
 いずれはミュウに敗れるだろうと思う人類、彼らを導く指導者として無から創られたなど。
(もっと意味のある人生だったら、まだマシなものを…)
 時代の流れに抗ってみても、きっと負けるのだろう人類。
 その中で自分に何が出来るか、考えるほどに虚しいから。
 皆が自分を称える度に、虚しさだけが降り積もるから。
(何が国家騎士団総司令様だ…)
 誰も「キース」を知らないくせに、と眺める「キース・アニアン」の名前。
 この名を知るのは機械だけだと、「故郷で私と出会った者など一人もいない」と。
 記号と何も変わりはしないと、育てた時の数字で呼んでも充分なほどの存在なのに、と…。

 

        偽りの生まれ・了

※いや、キースの両親がいないんだったら、誰が「キース・アニアン」と名付けたんだ、と。
 機械が名前を付けたんだよな、と思ったら、こういう展開に。キースには気の毒すぎるけど。






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(…ミュウ因子の排除は不可能ではなかった…)
 それどころか、奴らは進化の必然だった、と呻くことしか出来ないキース。
 ミュウの艦隊を迎え撃つべく、指揮を執っている旗艦ゼウスの指令室で。グランド・マザーから聞いた衝撃の事実。…ミュウは異分子などではなかった。人類が進化するべき姿。
(そう言われてもな…)
 ミュウを滅ぼすように作られたのが自分なのだし、前に進むしかないのだろう。ミュウが望んで来た交渉。それを受諾と見せかけておいて、用意してある六基のメギドで…。
(焼き払うも良し、交渉を受諾するも良し…)
 グランド・マザーに委ねられた判断、それの答えは決まっている。真実を知った今になっても。
 ミュウが進化の必然だろうが、オペレーション・リーヴスラシルは予定通りに実施。それ以外の道など無いのだからな、と椅子の背もたれに身体を預けた。
「マツカ、コーヒーを頼む」
 口にしてからハッとする。…また間違えた、と。
 マツカはとうに死んだのに。ミュウの力で自分を庇って、死の淵からも救い上げて。
(……疲れたな……)
 まだ暫くは時間がある、と閉ざした瞼。コーヒーが無いなら少し眠ろう、と。


 ふと気付いたら、見知らぬ所にいたキース。
(…何処だ?)
 こんな所は知らないが、と見回した周囲はまるで絵に描いた景色のよう。遠い昔の地球の絵画や写真にあるような牧草地に森。それに聳え立つ険しい山々、ついでに高い塀を巡らせた…。
(…これは一種の城塞なのか?)
 よく分からん、と眺めた立派な建物。白い壁が印象的だけれども、どうして自分がそんな建物の前にいるのか。夢にしたって鮮やかすぎる、と思う間に切り替わった場面。
(やはり夢か?)
 切り替わる仕組みがあるようではな、と考えていたら、いつの間にやら目の前に男。ズルズルで足首まで届く白い服、時代錯誤な格好の。…その男性が口を開いて…。
「ようこそ、我々の修道院へ」
(…修道院?)
 なんだ、と耳を疑った。SD体制の時代に修道院など、ある筈がない。辛うじてある神の概念、それが全ての筈なんだが、と。
 けれど男性が続ける話。滔々とではなく、言葉を選ぶようにして。それを聞いていると…。
(…私の立場は修道士なのか!?)
 しかも見習い、これから修道生活に入る立場の新入り。他にも数名いるというからホッとした。いくら夢でも、カッ飛び過ぎた舞台設定。機械が無から作った生命の自分といえども…。
(この状況では、他にも誰か…)
 いてくれた方が心強い、と思うくらいに動揺している現状。「修道士見習いの夢だとは」と。


 そんな心を知ってか知らずか、時代錯誤な修道服の男が説明してくれた。修道院での生活を。
(…孤独と沈黙…)
 基本だな、と思ったそれ。腐っても機械の申し子なのだし、知識だけは無駄にあったから。
 いつの時代も修道院なら孤独と沈黙が鉄の掟で、学校や病院を運営しない修道院なら、塀の中で完結する世界。さっき見て来た塀の向こうには出てゆかないで、ひたすら祈る。
(…祈る趣味など無いのだが…)
 沈黙だったら得意技だ、と考えたけれど。元々、口数は少なかったし、メンバーズとして生きた時代も饒舌とは逆なタイプだったから。元老になって、ようやく振るい始めた弁舌。
(…それに孤独も…)
 慣れているしな、と思っていたのに、その先を聞いて抜かれた度肝。
 なんと此処では「個室で生活」、食事も個室で一人で食べる。配られた食材を調理して。他にも仲間はいるというのに、一日に二回しか出会う機会は無いらしい。
(…朝と晩の礼拝だけだって!?)
 一日に七回あるという礼拝、その内の五回は個室で一人。合図の鐘の音を聞いたら、自発的に。
 礼拝を除く個人の時間は、ひたすら孤独と沈黙の中で。
(…配って貰える本を読むとか、個室の隣に貰える畑で何か育てるとか…)
 あとは得意な手仕事があれば、それをやってもいいらしい。作業用の部屋も個室とセット。
 ただし、作業も「単独で」。
 メゾネットタイプで貰える個室の一階が作業部屋やキッチン、二階が居間と寝室だという。構造自体は快適そうでも、部屋に他人は入れられないから…。
(…牢獄のようだと言わないか?)
 流石の私も想定外だ、と強烈すぎる規則にビビッた。牢獄だったら当然とはいえ、生活となれば事情が違う。敵に捕まったわけでもないのに、何故、牢獄に、と。


 そうは思っても、修道士見習いという設定。この世界では逃れられない自分の身分。
(なんということだ…!)
 神と向き合う趣味は無いのに、と思っていたら、聞かされたこと。
 曰く、「多くの見習いが来るが、大抵の者は直ぐに逃げ出す」。最短記録は僅か10分、個室に入って間もなく逃げて行ったという。孤独と沈黙に耐えられなくて。
(……10分くらいなら……)
 いけるだろうな、と自分の心を顧みてみる。祈りの生活の方はともかく、どんな環境でも耐えてゆくのがメンバーズ。最短記録を破ることだけは無いだろう、と。
(…だが、その先は…)
 どうなるのやら、と全く持てない自信。
 他の人間に会える機会は日に二回だけで、オンリー礼拝。私語とはまるで無縁の世界。
 かてて加えて、日曜日と祝日には皆で揃って食事だけれども、其処でもやっぱり私語は厳禁。
(…食事の間は聖書と聖人伝の朗読…)
 それを聞きながら黙々と食べて、ようやく貰える自由時間。他の仲間と自由に話して、散歩などにも行けるとはいえ、それでおしまい。…自由時間が過ぎたら再び沈黙と孤独。
(…その沈黙に意味があったら、まだしもだな…!)
 ひたすら神と向き合うだけでは、何の役にも立たない沈黙。ついでに孤独。
 牢獄だったら、モビー・ディックで捕虜になっていた時と同じで、逃げる機会やルートを探って後に生かせるのだけれど。
 国家主席の部屋で沈黙していたとしても、策を練るとか、有益な時間を過ごせるけれど…。
(この設定で何が出来るというのだ…!)
 神などに祈る趣味は無い上、無益な孤独と沈黙な世界。どうやら不毛すぎる場所。いくら夢でも最悪すぎる、と自分の運命を呪っていたら…。


(どうして、此処にこの連中が…!)
 修道士見習いを迎える儀式に、一緒に参加した見習い。そのメンバーが無駄に豪華すぎた。
 誰もが真っ白なズルズルの服で、お揃いの修道服なのだけど…。
(…ソルジャー・ブルー…)
 それにマツカとシロエまで、と愕然とした自分の同期。彼らも孤独と沈黙の日々に挑むのならば負けられない。最短記録を更新して逃げるコースは言語道断、勝ってこそだと思ったものの…。
(…あの連中は、みんなミュウだった…!)
 ソルジャー・ブルーも、マツカも、シロエも、思念波で意志の疎通が可能。
 たとえ個室で沈黙だろうが、食事中の私語は厳禁だろうが、他の三人にはまるで無い意味。軽く思念を飛ばしさえすれば、いくらでも喋りまくれる私語。牢獄みたいな修道院でも。
(……私だけが孤独というわけか……!)
 ますますもって泣ける境遇、けれど止まってくれない時間。
 儀式が済んだら個室の出番で、有無を言わさず案内された。メゾネットタイプで、作業部屋までくっついた部屋に。
(…幸い、明かりは点くようだが…)
 蝋燭の世界は免れたか、と思っても頼りない照明。窓から入る光が消えたら、限りなく外の闇に近いもの。そうした中で夜の礼拝、私語は全く無かった世界。祈りと聖歌の響きだけで。
(…しかし、奴らは…)
 あそこの三人は喋っているな、とチラ見したミュウの新入りたち。
 神妙な顔で祈っていたって、今だって喋りまくりだろう。「人類なのに、ミュウと一緒に修道院入りした男」について。「まだ生きている」のに、死人と一緒に修道士見習いな男のことを。
(勝手にしやがれ…!)
 これだからミュウは嫌いなんだ、とギリッと奥歯を噛みしめた。
 進化の必然だったのがミュウで、この環境でも大いに有利。私語は駄目でも使える思念波、自由自在に交わせる会話。こんな礼拝の真っ最中でも、個室に籠っている時も。


 そうやって日々は流れてゆくから、なんとも悔しい限りの毎日。
 神と向き合う趣味も無いのに礼拝三昧、やたら真面目な自分の気質が呪わしい。ひたすら孤独と沈黙に耐えて祈りまくりで、読書に手仕事、出来る範囲でちょっとした木工細工とか。
 日曜日になれば自由時間が来るのだけれども、ミュウの連中は楽しげで…。
(皆で揃って散歩に出たって、いつもはしゃいでいやがるからな!)
 「地球はこういう所なのか」と感動しているミュウの三人。自然が豊かで、おまけに静か。この素晴らしい日々に感謝だと、「少しでも長く此処にいたい」と。
(お前たちは好きなだけ喋りまくりで…)
 沈黙も孤独も関係ないしな、と今日も腐っていたけれど。
 あんな奴らと喋ってたまるかと、私にだってプライドが…、と他の修道士たちと並んで牧草地を散歩していたのだけれど。
「…キース先輩、たまにはこっちに来ませんか?」
 せっかくの御縁なんですから、とシロエが声を掛けて来た。お蔭で他の修道士たちも「行け」と促してくれる始末で、ミュウの連中と散歩する羽目に陥ってみたら…。
「…なんだって!?」
 お前たちは喋っていなかったのか、と思わず引っくり返った声。
 ソルジャー・ブルーも、マツカもシロエも、私語は一切、やっていないと言うものだから。日曜だけが喋れる時間で、のびのびと羽を伸ばすという。地球らしき星の自然に触れて。
 彼らだったら、いくらでも喋り放題なのに。
 孤独と沈黙の掟があっても、思念波で自由に話せるのに。なのに何故だ、と尋ねたら…。
「…君一人だけを仲間はずれにしてはおけないよ」
 ぼくたちは一緒に此処に入った仲間だからね、とソルジャー・ブルーが返した答え。他の二人も同じ意見で、だからこそ思念波は封印だ、と。
 ミュウと人類は兄弟なのだし、違う能力を持つからといって優位に立つなど許されない、と。


「…それで黙っていたというのか?」
 こんな孤独と沈黙の日々に、三人とも耐えていたというのか、と見開いた瞳。メンバーズとして鍛え抜かれた自分でさえも辛かった日々に、ミュウの三人が耐えていたなんて。
 それも「一人だけ混じった」人類、ソルジャー・ブルーとシロエにとっては「自分の命を奪った者」。忌み嫌われても仕方ないのに、彼らは自分に合わせてくれた。
 ミュウなら可能な筈の思念波、それをキッチリ封印して。「人類のキースが気の毒だから」と。
「…お前たちは、いったい…」
 どうして其処まで出来るのだ、と数えた此処で流れた日々。幾つ日曜日が過ぎて行ったか、何度太陽が沈んだのかと。季節が移って雪も眺めたし、今は日射しが眩しい夏。
 彼らだけなら、いくらでも会話できたのに。
 礼拝中でも、私語厳禁の日曜の食事の時間中でも、個室で孤独に過ごす時でも。
「…さっきも言った通りだよ。ミュウと人類は兄弟なんだ」
 一緒に暮らしてゆこうというなら、筋は通しておかないと、と話すソルジャー・ブルーの声に、シロエが、マツカが頷いた。「その通りですよ」と。
「キース…。ミュウと人類は本当に相容れないのでしょうか?」
 ぼくにはそうは思えません、と微笑んだマツカ。生きていた頃によく見せた柔らかな表情。
「キース先輩、よく考えてみて下さい。…ぼくたちは分かり合えるんです」
 お互いがきちんと向き合ったなら…、とシロエも笑った。「ぼくは失敗しましたけどね」と。
 「今でもたまに後悔します」と、「でも、遅すぎることなんか無いと思いますけど」と。
 そして彼らの笑みを太陽が照らし出す。
 本物の地球には、今は無い筈の鮮やかな緑の牧草地も。聳え立つ険しい峰に残る雪も、高い塀が囲んだ修道院の白い建物も。
(…人類とミュウは…)
 兄弟だと言ってくれるのか、と不覚にも緩みそうになった涙腺。
 ミュウは進化の必然なのだし、置いてゆかれると思った人類。「劣等種になり下がるのだ」と。
 それを止めるべく、戦おうと決意したのが自分。ミュウを残らず焼き払って。
 そのためのオペレーション・リーヴスラシル、六基のメギドを用意して時を待っていたのに…。


(…我々は、手を…)
 取り合えるのか、と思った所で引き戻されたキースの意識。眠り込んでいた椅子の上へと。
 修道服は消えてしまって、ミュウの三人の姿も無かった。もちろん修道院だって。けれど…。
(…遅すぎることは無いと言ったな…)
 ならば、とキースは手を伸ばした。机の上のコンソールへ。
「スタージョン中尉!」
「はっ、何か?」
 画面の向こうで応えた副官、彼に命じる。「リーヴスラシルは直ちに中止しろ」と。
「そしてミュウどもに通信を繋げ。…私が自分で話をする」
「で、では…」
「交渉は受諾。…会談の場所は地球のユグドラシルだ。お前たちも直ぐに準備に入れ!」
 いいな、と伝えて、それからソルジャー・シンにも直接話した。「地球で待つ」と。
 ミュウの艦隊を焼き払うために用意したメギドは、もう要らない。
 時代遅れのマザー・システムも、必要ない。地球に据えられたグランド・マザーも。
(…判断を私に委ねたのなら、自ら停止して貰おう)
 それが出来る自信が自分にあるから、ミュウたちの船を地球へと招く。ソルジャー・シンも。
 時代はミュウに味方しているし、人類とミュウは分かり合えると信じるから。
 さっき見た夢、その中で自分は答えを得たと思うから。
(……修道士見習いだったのだがな……)
 私も、ソルジャー・ブルーも、マツカも、それにシロエも、と苦笑する夢。
 あれは本当にあった出来事だろうか、地球が滅びる前の時代に魂だけが旅をして行って。
(…ジョミーには、とても話せんが…)
 そんな理由でミュウを信じる気になったとは言えないがな、と思うから今は沈黙しておこう。
 いつか話す気になれるまで。…人類とミュウが手を取り合って共に歩み始める日まで。


 こうしてキースが地球に招いたミュウたちの船。彼らの長のソルジャー・シン。
「…終わったようだな」
 グランド・マザーは止まったからな、とキースが指差す白亜の巨像。
「あ、ああ…。だが、君は何故…」
 考えを変えてくれたんだ、とジョミーが訊くから、「今は言えん」と背を向けたキース。
 「それは掟に反するのでな」と。
「…掟だって?」
「そうだ。…孤独と沈黙、それが我々の掟だった」
 いつか気が向いたら話してやろう、とキースは沈黙の掟を守った。修道士見習いだった夢の中でそうしていたように。ソルジャー・ブルーが、シロエが、マツカが沈黙を守ったように。
 ミュウならば思念波で打ち破れた筈の孤独と沈黙、彼らはそれを守ったから。
 「ミュウと人類は兄弟だから」と、一人だけ混じった人類の自分に合わせ続けてくれたから。
 彼らが守った大いなる沈黙、それを私は忘れまい、とキースは固く心に誓う。
 彼らと過ごした、遠い昔の地球にあったらしい修道院の景色と共に。
 人を寄せ付けない山奥に佇む、白い塀に囲まれた修道院。神はあそこにいたのだろう。
 厳しい孤独と沈黙の世界に生きる修道士たち。
 彼らの祈りは、遥か未来の世界にまでも届いたから。
 人類とミュウは兄弟なのだと、無から生まれた自分にさえも、道を示してくれたのだから…。

 

           大いなる沈黙へ・了

※知る人ぞ知るドキュメンタリー映画、『大いなる沈黙へ』。それに出てくる修道院がモデル。
 ネタが来たから書いたんですけど、キース、管理人が書くイロモノの方だと「お坊さん」。
 書き終わってから「そうだったっけ」と気付いたオチで、狙ったわけじゃないんです…。







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「…これは……」
 なんなんだ、此処は、とシロエが見回した周囲。
 E-1077のシークレットゾーン、フロア001と呼ばれる区画。
 てっきり改造室かと思った。此処へと足を踏み入れる前は。
 すまし顔をしたキース・アニアン、彼を「機械の申し子」と罵倒していた頃は。
(……胎児……)
 それにキースにそっくりなモノ、と信じられない思いで見詰める。
 尻尾が生えているような胎児、其処から少しずつ育った姿。
 赤ん坊の次は幼児といった具合に、並ぶ幾つもの「キース」たち。
 それから「キース」と対を成すように、同じように並ぶ金髪の女性。これも幾つも。
(…あいつ、機械じゃなかったんだ…)
 そうだとばかり思ったのに。
 彼の冷たい皮膚の下には、精巧な機械が隠されていると踏んだのに。
 だから此処までやって来た。
 キースの正体を暴いてやろうと、「自分が何かを知って壊れてしまうがいい」と。
 なのに、いたのは「人間」の群れ。
 かつては「人間」だったモノたち、今はもう息をしていないモノ。
 多分、機械が残したサンプル。
 これを胎児から作り上げた機械、あの憎いマザー・イライザが。
 きっと何かの参考のために、育てる途中で標本にして。…途中で命を奪い取って。
(そうなってくると…)
 キースは「生き延びた」モノなのだろう。
 マザー・イライザに気に入られたか、とびきりの出来の人間なのか。
(まあ、とびきりではあるけどね…)
 優秀には違いないだろうさ、と眺める内に気付いたこと。
 胎児から此処に揃っているなら、キースは此処で「育った」モノ。
 E-1077から出てはいないし、何処からも此処に「来なかった」のだ、と。


 何処からも「来はしなかった」キース。
 そのことは、とうに知っていた。
 彼と同郷の誰に訊いても、皆、「知らない」と答えたから。
 同じ宇宙船で着いた筈の者も、キースを覚えていなかったから。
(…此処にいたんだとは知っていたけど…)
 まさか「育って」いただなんて、と胸にこみ上げる不快感。
 機械仕掛けの人形だったら、「やっぱりね」と、ストンと納得できたのに。
 キースが機械で出来ているなら、高笑いをして済ませたろうに。
 「ほらね」と、「あいつは機械だった」と。
 感情などは無くて当然、あったとしても機械の計算。
 マザー・イライザだって怒るし、そうプログラムしてあるだけ。
 「こういう時には怒るものだ」と、機械の頭脳が弾き出したら怒るだけ。
 そうだとばかり思っていたのに、「人間」だなんて。
 人工子宮から「生まれる」代わりに、その中で「育ち続けた」なんて。
(…ぼくは途中で取り出されたのに…)
 もう充分に生きてゆける、と判断された段階で。
 遠い昔なら母の胎内、其処で育って「月が満ちた」ら、「出産」だっただろう時点で。
 自分は其処で取り出されたから、エネルゲイアに運ばれた。
 養父母の許で育つようにと、「セキ・レイ・シロエ」の名を与えられて。
 もう顔さえも思い出せない両親だけれど、幸せだった子供時代。
 あれは自分の宝物なのに、何もかも機械に奪い取られた。
 懐かしい家も、両親も、全部。
 此処に、E-1077にやって来るには、それは「不要」とされたから。
 成人検査で消されてしまった自分の過去。
 今もその過去を掴み取ろうと、取り戻したいと、日々、苦しんでいるというのに…。


 それとは逆だ、と睨み付ける胎児。それに幼児も、少年だって。
 此処に並んだ「キース」たちの群れは、人工子宮だけしか知らない。
 水槽の中から出ずに育って、途中で成長を止めたサンプル。
 何らかの事情で機械がそう決め、彼らの命を奪ったから。
(でも、こいつらは死んだことさえ…)
 知りやしない、と沸々と湧いてくる憎しみ。
 それともこれは嫉妬だろうか、「何も知らずに」育って、死んだモノたちへの。
 人工子宮から出ていないのなら、きっと自我さえ持たなかった筈。
 彼らの周りには「誰もいない」し、「誰とも触れ合わない」のだから。
 育てていたろうマザー・イライザ、其処から知識を得ていただけ。
 キースが特別優秀なように、「エリートとして生きてゆくための」知識。
 それだけを流し込まれていたなら、彼らは何も「考えはしない」。
 与えられる情報を受け止めるだけで、「そういうものか」と理解するだけ。
(…機械が学習するのと同じで…)
 ヒトの形を持っていたって、まるで伴わない「感情」。
 「此処で終わりだ」と生命を繋ぐ機械と切り離されても、苦痛さえ覚えない生命。
 彼らは「理解する」だけだから。
 自分の命は此処で終わると、「学ぶ日々はもう終わったのだ」と。
 だから彼らに「表情」は無い。
 胎児はともかく、幼児にも、それに少年にも。
 自分が知っている「キース」にそっくり、それほどに育った標本にも。
 水槽の外で生きていたなら、彼らの顔にはきっと恐怖があるのだろうに。
 そうでなければ無念の表情、あるいは苦痛に満ちた表情。
 どれも彼らは持っていなくて、「感情が無い」ということの証拠。
 「キース」は此処から外に出たから、幾らかは感情があるのだろう。
 普通の人間と比べてみたなら、まるで全く足りないけれど。
 いくら感情を持っていたって、所詮は「機械の申し子」だけれど。


(なんて奴らだ…)
 キースも、それに「こいつら」だって、と湧き上がるのは激しい怒り。
 人工子宮の中にいたなら、感情さえ生まれないけれど…。
(…失うものだって何も無いんだ…)
 現に彼らは、死の瞬間さえ、「何も恐れていなかった」から。
 証拠が彼らの顔にあるから、ただ「憎い」としか思わない。
 同じ世界に生まれて来たのに、どうしてこうも違うのか。
 人工子宮から外に出されて「セキ・レイ・シロエ」になった自分と、「キース」とは。
 外の世界を知らないキース。
 ずっと水槽の中で育って、養父母さえも持たないキース。
 彼には「過去が無い」のも当然、最初から「持っていない」のだから。
 誰もキースを「育てなかった」し、機械がせっせと知識を与えただけなのだから。
(……こういう風に生まれて来たなら……)
 ぼくも苦しみはしなかったんだ、と握り締める拳。
 人工子宮の外の世界を知らなかったら、両親も故郷も無かったならば。
 感情さえも持たずに育って、「今日からは外で暮らしなさい」と外へ出されたならば。
 そういう生まれの自分だったら、きっと辛くはなかっただろう。
 苦しいとさえも思いはしなくて、ただ勉学に励んだだろう。
(何も失くしていないんだから…)
 成人検査で過去を消されることも無いから、「生まれた」後には「得るもの」だけ。
 人工子宮から外に出たなら、「外の世界を知ってゆく」だけ。
 何一つ失くさず、失いもせずに。
 「子供時代」という大きすぎた代償、それを一切、払うことなく。
 ただ、のうのうと此処に、E-1077に「生まれ落ちる」だけの生命体。
 それがキースで、「生まれなかった」モノがこの標本たち。
 何故そうなったか、マザー・イライザしか、多分、知らないだろうけど。
 命を絶たれた「彼ら」に訊いても、無表情なままで「終わったから」と言えば上等だけれど。


 これがキースの正体だなんて、と抑え切れない怒りの感情。
 彼の正体が機械だったら、何も思いはしないのに。
 「やっぱりそうだ」と勝ち誇るだけで、証拠を撮影して帰るのに。
(…どうして、あいつが…)
 人間なんだ、と考えるだけで腹が立つ。
 それも過去など持たない人間、「何も失くしはしなかった」モノ。
 マザー・イライザが「お行きなさい」と此処から出すまで、人工子宮で育った人間。
 故郷も両親も持ちはしないで、持っていないから「失くさない」。
 成人検査で奪うものなど何も無いから、きっとキースは成人検査も…。
(通過してなんかいないんだ…)
 あの憎むべき成人検査を知らないのならば、どれほど幸福な人生だろう。
 何一つ機械に奪われもせずに、この場所に「生まれ落ちた」なら。
 過去という対価を支払うことなく、E-1077に来られたのなら。
(……幸福なキース……)
 あいつはなんて幸せなんだ、と噴き上げるような憎しみと怒り。
 「何も失くしていないなんて」と、「ぼくは全てを失ったのに」と。
 水槽を端から叩き割りたい、この幸福な「人形」たちを。
 マザー・イライザが育てた人形、人工子宮から出しもしないで、このステーションで。
(…あいつが機械だったなら…)
 こんな思いはしなかったのに、と唇を噛んで、気を取り直す。
 まだ終わりではないのだから。
 キースを育てた「ゆりかご」は此処で目にしたけれども、まだ足りない。
 どういう意図で育てて来たのか、それを暴いてやらないと…。
(キースという名のお人形さんを…)
 叩き壊せはしないからね、と自分自身を叱咤する。
 「こんな所で、打ちのめされている場合か」と。
 キースの全てを暴くのだろうと、「そのために此処に来たんだから」と…。

 

        過去を持たぬモノ・了

※シロエが言っていた「幸福なキース」。どの段階でそう考えたのか、と思ったわけで。
 正体を知る前だろうな、と書いてみた話。「無から作った」と知ったら別の思考になりそう。







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(早く大きくならないと…)
 とにかく早く、と急ぐトォニィ。子供のままではジョミーの役に立てないから。
 ナスカでそれを痛感した。「まだ駄目なんだ」と、「このままじゃ駄目だ」と、子供なことを。
 ソルジャー・ブルーが防ごうとしたメギドの劫火。
 ジョミーも飛び出して行ったけれども、トォニィもまた飛び出した。他のナスカの子供たちと。
 それなのに救い損ねたナスカ。足りなかった力。
(あの時、ブルーが…)
 こう言ったのを覚えている。「こんな小さな身体で、あんな力を使ったんだ。無理もない」と。
 つまり、小さすぎた自分たち。ブルーや、大好きなグランパよりも。
(もっと大きく育っていたら…)
 力だって強くなっていた筈。ブルーやジョミーに匹敵するほど、もしかしたら、それ以上にも。せっかく急いで成長したのに、全部で七人もいたというのに…。
(子供だったから…)
 守れなかったんだ、と悔しくなる赤いナスカのこと。自分が生まれ育った星。
 ミュウの仲間も大勢死んだし、ジョミーは人が変わったかのよう。アルテメシアに向かうと皆に告げた後には、笑顔も封印してしまって。
 ジョミーが決意を固めたのなら、今度こそ自分も役に立ちたい。大きくなって、それに似合いの強いサイオンを手に入れて。
(今日も育った…)
 昨日よりも、と眺めた「合わなくなった」制服。
 「ナスカの子たちは特別だから」と、大好きなグランパが命じて作らせた。他の仲間とは、全く違う制服を。色も、もちろんデザインだって。
 日に日に大きくなってゆくから、すぐにサイズが合わなくなる。自分のも、他の子供たちのも。
(じきに大人になるんだから…)
 もう少しだよ、と思うけれども、そこでハッタと気付いたこと。身体はともかく、脳味噌の方はどうだろう。ちゃんと育っているのだろうか?


(えっと…)
 サイオンはぐんぐん強くなるから、育っているのは間違いない。そう、脳味噌は。
 ただ、問題はその中身。実年齢はまだ三歳なわけで、ツェーレンなんかは一歳にもなっていない現実。見た目は立派に少年少女で、大人になる日も近そうだけれど…。
(…養育部門の言葉で言ったら、幼稚園児の団体で…)
 まだそれだよね、と愕然とした。
 シャングリラの中に幼稚園は無いのだけれども、赤いナスカにも無かったけれど。色々な知識を教えるためにと、ヒルマンがナスカに降りて来ていて…。
(君たちは幼稚園児だね、って…)
 穏やかな笑顔で何度も言った。まだまだ子供で、「学校」に行くなら六歳だ、とも。
 人類の世界にはある「学校」。
 シャングリラでも、昔は真似ていたという。自然出産で生まれた子供ではなくて、救出して来たミュウの子供たち。彼らを養育する時に。
(六歳になるまでは幼稚園児で、勉強も無くて…)
 集団生活を学んでいただけらしい。ナスカで育った自分も同じで、興味のあることだけを教えて貰った。「この字は、なんて読むの?」だとか。「この絵の動物の名前は何?」とか。
(…あれっきり、勉強していないんじゃあ?)
 もしかしなくても、そうなんじゃあ…、と遅まきながら悟った現状。
 他のミュウたちは弱すぎるから、と頭から馬鹿にしていたお蔭で、ヒルマンの所にも一度も顔を出してはいない。「あんな爺さん、何の役にも立たないんだから」と。
 けれど、ヒルマンの頭の中身。「教授」と渾名がつくほどなのだし、博識なのは間違いない。
(…ヤバイ…)
 あの爺さんと比べたら自分の知識は無いも同然、他のミュウとでも雲泥の差。なにしろ、誰もが教育を受けて来たのだから。このシャングリラで、出来る限りの教育を。


 とってもマズイ、と思った頭。自分の知識。
(力ばっかり強くったって…)
 ぼくは子供だ、と眺めた自分の部屋の中。其処はまるっきり子供な雰囲気、ベッドの上には他の子供たちもお気に入りの携帯ゲーム機だって。
(うーん…)
 ゲームくらいは大人の仲間もやっているけれど、自分は大人と言えるだろうか。なんと言っても中身は三歳、人類の世界の成人検査の年には十一歳も足りない。
(それに学校、行っていないし…)
 だけど今更行けないし、というのがツライ。
 船の仲間たちも、「教授」なヒルマンも、「あんな奴ら」と散々小馬鹿にしまくった後。デカイばかりで何の役にも立ちやしない、と。
 それをやった後で、どの面さげて「教えて下さい」と言えるだろう?
 上から目線で「爺さんかよ」と、嘲り笑ったヒルマンに。養育部門のスタッフたちに、あるいは密かに頭がいいと噂のヤエに。
(…絶対、無理だ…)
 頼んでも却下されそうな上に、こちらにだってプライドがある。「アンタたちより、遥かに船の役に立つんだ」と自負する強いサイオン。とても頭は下げられない。
 そうは言っても放置のままだと、このまま身体だけ大人になって…。
(ドキュンだっけ?)
 前に誰かが叩いた陰口。こちらの方をチラリと眺めて、思念波でコソコソ囁き合って。
 確か「DQN」とかいうブツ。そう書いて「ドキュン」と読むらしい。
(思いっ切り馬鹿で、救いようのないド阿呆で…)
 その「DQN」だと言われた理由がやっと分かった。今のままだと間違いなくドキュン一直線。身体ばかりが大きく育って、自分もアルテラも、タージオンたちも、みんな纏めて…。
(ドキュンの集団…)
 それになるんだ、と覚えた恐怖。その日は遠くないんじゃあ、とも。


 なりたくはないドキュンなるもの。「DQN」と皆に指される後ろ指。
(でも、学校には行けないし…)
 どうすれば、と頭を抱えた所で閃いた。「そうだ、頭だ!」と。
 大好きなグランパが着けているもの、ソルジャー・ブルーが遺した補聴器。
 何故、聴力は普通の筈のジョミーがあんな補聴器を、と不思議に思っていたのだけれども、謎はある時、綺麗に解けた。補聴器だけれど、記憶装置を兼ねているのがアレらしい。
(アレを借りたら、ソルジャー・ブルーの記憶が全部…)
 ぼくのものに、と見えた光明。
 三世紀以上も生きていたのがソルジャー・ブルーで、知識の量は半端ない筈。そいつをまるっとコピーしたなら、ドキュンどころかもう最高の…。
(凄い頭が手に入るんだ…!)
 自分がそれをゲット出来たら、後は簡単。
 ミュウは思念波で一瞬の内に知識を伝達できる生き物、アルテラたちにも伝えればいい。自分が優位に立ちたかったら、伝達量、ちょっと控えめにして。
(ぼくがリーダーなんだから…)
 やっぱり一番賢くないと、と子供ながらに考えた。「全部教えたらマズイよね?」と。
 ソルジャー・ブルーの膨大な知識をパクるのだったら、その使い方も分かるだろう。仲間を導く立場に立つなら、どれが重要な知識なのかも。
(とにかく、ブルーの記憶をコピーで…)
 後は出たトコ勝負でいいや、と立てた作戦。今夜ジョミーが眠りに就いたら実行だ、と。
 眠る時には補聴器を外すだろうし、その間にチョイと借りればいい。でもって中身を自分の頭に叩き込んだらオールオッケー、と。


 そして訪れた決行の時。虎視眈々と自分の部屋から狙う間に、眠ったジョミー。思った通りに、あの補聴器を外してくれた。ベッドサイドのテーブルに置いて。
(よし、今だ…!)
 貰ったあ! と瞬間移動で補聴器ゲットで、すぐに装着した頭。「善は急げ」と。
 たちまち流れ込むジョミーの記憶と、それよりも前のブルーの分と。なんとも美味しい、直ぐに賢くなれるモノ。一人前の大人の考え、それから知識。
 けれど…。
(…これ、ぼくだ…!)
 ブルーがぼくを助けた時だ、と出くわした記憶。時系列に沿って遡るから。
 話には聞いていたのだけれども、ブルーは思念も紡げないくらいに弱った身体で、ナキネズミの力を借りて助けを求めていた。「子供が一人、仮死状態だ」と。
 ブルーだって、とても苦しいのに。死にそうなほどに弱っているのに、仮死状態の子供優先。
 そうだったのか、と思う間もなく、その前の記憶が降って来た。
 キース・アニアンがブン投げた子供、仮死状態になっていた自分。それが床へと叩き付けられる前にキャッチしようと、身体を張ったソルジャー・ブルー。もう本当に、文字通りに。
(体力なんか無かったくせに…)
 それなのにぼくを助けたんだ、と見開いた瞳。「なんて人だ」と、「優しすぎる」と。
 身体ごと飛び出して行かなくたって、サイオンで止めれば良かったのに。そうすればブルーも、ダメージ低めだったのに。
 けれど「子供が危ない」と思った途端に、動いていたのがブルーの身体。後先考えたりせずに。
 「これがソルジャーの務め」とばかりに、何も考えないままで。
(…ソルジャー・ブルー…)
 ちゃんと御礼を言えば良かった、と瞳から溢れた滂沱の涙。
 記憶装置の中身を抜こうとしたのもすっかり忘れて、ただ優しかった人を思って。
 そうしたら…。


「トォニィ。…学問に王道なんかは無い」
 此処までだな、と聞こえたジョミーの声。頭から奪い去られた補聴器、グランパの手で。
「グランパ…!」
「お前の考えくらいは分かる。だが、ブルーがお前を救った時の記憶は…」
 いつかお前の役に立つから、と補聴器を自分で着けるジョミーは、何もかも全てお見通し。何が目当てて盗み出したか、何を計画していたのかも。
「グランパ、ぼくは…!」
 ちゃんと賢くなりたくて…、と食い下がったら、「王道は無いと言っただろう」と返った返事。
「知識が欲しいなら、まず学ぶことだ。お前だけでもいい、勉強しろ」
 ぼくが暇を見て教えてやろう、と大好きなグランパからの言葉で、それに異存は無かったから。
「じゃあ、お願い…。ぼくは本当に、まだ子供だから…」
 教えて、と頼んだ「勉強」のことで、トォニィは後悔することになる。
 人類軍に容赦しないジョミーは、身内にも容赦しなかったから。もう鬼のように出される宿題、課題にレポートてんこ盛り。「他の子たちにも教えてやれ」と。
 来る日も来る日も激しくしごかれ、鬼軍曹で鬼コーチ。「さっさと覚えろ!」と飛ぶ罵声。
 それでもグランパのことは好きだし、歯を食いしばって頑張りまくるトォニィだけれど。
(…ブルーは優しい人だったよね…)
 もしもブルーが先生だったら、もっと優しく教えるよね、と見てしまう夢。もういない人に。
 ソルジャー・ブルーが教えてくれたら、きっと優しい先生だよ、と。
 そんな具合だから、後にキースを殺しに殴り込んだ時、ナチュラルに口にしていた言葉。
 「ブルーは優しい人だった」と。
 グランパのことも大好きだけれど、ブルーは優しかったから。
 もしも生き延びてくれていたなら、鬼のグランパより、ずっと優しい先生になった筈だから。
 宿題を忘れても殴りもしないで、ただ微笑んで。
 「次からは気を付けようね」と。
 今日は此処から勉強だよ、と宿題のことは責めもしないで、笑顔で教科書を広げてくれて…。

 

         パクりたい頭脳・了

※原作トォニィだと、フィシスの知識をパクって成長するんですけど、アニテラだと謎。
 いったい誰の教育なんだ、と思ったトコから降って来たネタ。鬼教師、ジョミー。







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