(……サム……)
やはり一生、あのままなのか、とキースが一人、零した溜息。
首都惑星ノアの、国家騎士団総司令の部屋で。
部下たちは皆、下がった夜更けに、執務用の机の前で。
今日、病院に出掛けてサムを見舞った。
「赤のおじちゃん!」と嬉しそうだったサム。
すっかり子供に戻っているから、両親の話などをして。
「父さんに叱られた」だとか、「母さんがオムレツ作ってくれるんだよ」だとか。
そういうサムにも慣れたけれども、もう一度会いたい、かつてのサム。
E-1077で、他愛ない話をしていた頃の。
「元気でチューか?」と、たった一言だけでもいいから。
(…なのに、覚えていないんだ…)
サムは何一つ覚えていない、と会う度に思い知らされる。
成人検査を受けた後のサムは、もはや何処にもいないのだ、と。
アルテメシアで暮らしていたサム、子供時代のサムしか残っていない、と。
(……どんな治療を受けさせても……)
無駄に終わった、と今日までに流れた月日を数える。
ジルベスター・セブンから後、此処まで出世して来た年月、それが治療に費やした日々。
最初は普通の病院にいたのを、出世するに従って転院させた。
地位が上がれば上がってゆくほど、いい病院に入れる世界。
つまり、其処への紹介も出来る。
自分が入院するのでなくても、友達のサムを。
「私の親しい友人だから」と一言告げれば、何処も断わることは出来ない。
心が壊れてしまう前のサムが、一介のパイロットであろうとも。
E-1077にはいたというだけ、メンバーズに選ばれていなかろうとも。
そうやって長い歳月が経って、今のサムは最高の病院にいる。
最高の治療もさせているのに、一向に良くなる気配さえも無い。
(…治る見込みは無い、としか…)
どの病院の医者も言わなかったし、今の主治医も同じことを言った。
心を治すことは不可能、せめて体力の維持だけでも、と。
壊れた精神に引き摺られて弱くなりがちな身体、それを管理するのが精一杯だ、と。
(……サムが、ミュウどものせいで壊れたのならば、と……)
同じミュウなら、治す手立てがあるのかも、と、密かにマツカに試させてもみた。
病室に伴い、サムの心を読ませてみて。
「お前ならば、何か分かるのでは」と、殆ど縋るような気持ちで。
(しかし、それでも…)
何も起こりはしなかった。
マツカが「見た」のは、子供に戻ってしまったサム。
E-1077にいた頃のサムも、パイロットをしていたサムも「いなかった」。
もしも「いた」なら、手の打ちようもあったのに。
サムとは直接話せなくても、マツカを介して、「表には出られないサム」と話すとか。
あるいは「キースからの伝言」を伝えて貰って、徐々に正気に戻すだとか。
(……私の声さえ、伝えられたら……)
きっと、どうにかなったのだろうに、伝えようにも、そのサムが「いない」。
アルテメシアで暮らしていたサム、彼はキースを「知らない」から。
どれほど言葉を尽くしてみたって、「赤のおじちゃん」でしかない「キース」。
今の病院でも駄目だと言うなら、本当に一生、会えないのだろう。
友達だった頃のサムには。
「元気でチューか?」と笑っていたサム、あの懐かしい笑顔にさえも。
(……こんなことになってしまうのなら……)
どうしてサムに会わなかった、と何回、悔いたことだろう。
E-1077を卒業した後、機会はいくらでもあったのに。
(メンバーズになった私はともかく、サムは普通のパイロットだから…)
時間の都合は、どうとでもなった筈だった。
「メンバーズのキース」が連絡したなら、サムの上司は便宜を図ってくれたろう。
サムが「キース」に会いに行けるように。
メンバーズ・エリート直々の呼び出しとなれば、一般人には光栄の至り。
(たとえ休暇を、何日も与えることになろうとも…)
サムの上司も、サムの代わりに勤務する者も、喜んで送り出したと思う。
「行って来いよ」と、「メンバーズの友達によろしくな」と。
運が良ければ、それを切っ掛けに、自分たちにも幸運が巡って来るかもしれない。
「メンバーズ・エリートの御指名」を受けて、何処かへお供するだとか。
ごくごくプライベートな用事で、民間船を利用する時などに。
(なのに、私は……)
自分自身の任務に追われて、サムをすっかり忘れていた。
たまに思い出す時があっても、「今頃は、何処にいるのだろう」という程度。
放っておいても、「いつか会える」と思っていたから。
サムはパイロットで、自分はメンバーズで軍人。
どちらも宇宙を飛び回るのだし、広い宇宙で、いつか出会える。
わざわざ機会を作らなくとも、偶然に。
辺境で会うのか、首都惑星の周辺なのかは謎だけれども。
(……会えたら、一緒にコーヒーでも飲んで……)
時間があったら食事などもして、「またな」と再び別れてゆく。
そんな出会いを、勝手に思い描いていた。
「友達だから」と。
何処でバッタリ会ったとしたって、前と同じに仲良くやれる、と。
それなのに、サムは壊れてしまった。
友達だったサムは何処にもいなくて、「キース」に懐いているサムがいる。
(…それでも、サムはサムだから……)
会えば自分も嬉しくなるのに、それと同じだけ悲しくもなる。
「どうしてなのだ」と。
「あの頃のサムは何処へ行った」と、「何故、こうなる前に会わなかった」と。
悔いても、時は戻らないのに。
「いつか会えるさ」と楽天的に構えていた頃、動かなかった自分が悪いのに。
(…私という人間は、いつもこうなんだ…)
シロエの時もそうだった、と過ぎ去った時の彼方を思う。
E-1077を卒業する前、この手で自分が殺したシロエ。
彼が乗っている船を追い掛け、レーザー砲の照準を合わせて、ボタンを押して。
マザー・イライザの命令のままに、撃墜して。
(……ああなる前に、もっと話していたなら……)
違う道もあっただろうか、と今でも時々、考えてしまう。
シロエとの出会いが「仕組まれたもの」であった以上は、違う道など有り得ないのに。
あそこで撃墜するしかないのに、それでも「もしも」と悔やまれる過去。
そういう別れになったとしたって、もう一人、友を得られたかも、と。
サムのように失くしてしまうとしたって、セキ・レイ・シロエという名の友を。
(…シロエが嫌った、SD体制…)
機械が統治している世界を、自分も今は嫌悪している。
いや、当時から「そうだった」。
「何かが違う」という気がして。
人間を機械が管理するなど、何処かおかしいように思えて。
(あの時、シロエと、もっと親しくしていたら…)
夜を徹してでも話せただろうか、歪んだ仕組みの世界について。
「SD体制は間違っている」と、「変えるべきだ」と議論が白熱して。
そうだったろう、と思うけれども、もう、あの時に戻れはしない。
シロエが生きていた時代には。
E-1077があった頃には、サムと友達だった時には。
(いつもこうして、悔やむばかりで…)
どうにも出来ない、「失った」痛み。
友達だったサムは戻らず、友になれただろうシロエは消えた。
そういう巡り合わせの自分は、この先も、何かを失くすのだろうか。
失くすような友はいないけれども、心当たりは一つだけある。
(……マツカ……)
誰が見たって、恐らくマツカ本人でさえも、まるで気付いていないだろう。
「キース」が唯一、心にかけている存在であることを。
ただの便利な側近だとしか、誰も考えてはいない筈のマツカ。
けれども、マツカを失ったならば、恐らくは、またも後悔する。
「どうして、こうなってしまったのだ」と。
「まだ何一つ話せていない」と、「話したいことが山ほどあったのに」と。
ジルベスター・セブンから、ずっと「キース」に仕えるマツカ。
彼に命を救われたことは、本当に数え切れないほど。
自分の方では、一度きりしか、命を救っていないのに。
ペセトラ基地での出会いの時に、殺さずに助けてやったというだけ。
(…それなのに、何故…)
今も私の側にいるのだ、と訊きたいけれども、出来ないでいる。
いつもいつも、悔やむだけだから。
元気だった頃のサムに連絡しなかったことも、シロエと話をしなかったことも。
(……こんな調子で……)
またしても失うくらいだったら、いっそ「痛み」など無ければいい。
機械が無から作った生命、それならば、それに相応しく。
感情さえもプログラムされた、アンドロイドのような人間。
(いっそ、そうなら、楽だったものを…)
どうして感情などがあるのだ、と唇を強く噛み締める。
人類を統治してゆくためだけなら、プログラムされたものでいいのに。
機械が感情を与えなければ、今の歪んだSD体制、それを疑問にも思わないのに。
なんとも悔しい限りだけれども、このままで生きてゆくしかない。
計算ずくで与えられたものでも、感情を持っているのだから。
失った痛みに苛まれようと、それが「キース」の心だから。
(……いつか、後悔するがいい)
私に感情を与えたことを…、とマザー・イライザを思い浮かべる。
マザー・イライザにそれを命じた、地球の地下にあるグランド・マザーも。
こうして失い続けた痛みは、いつの日か、爆発するだろうから。
その時、キースが味方するのは、SD体制に反旗を翻したミュウ。
そうなることが分かっているから、今は冷たく微笑むだけ。
いつか来るだろう、その時に向けて。
(…その時までに、もう一人…)
失くさなければいいのだがな、と恐ろしい予感を振り払う。
サムを、シロエを失くしたように、失うかもしれない者がいるから。
失くしたら悔やむ者がいるから、それなのに何も、彼と話せてはいないのだから…。
いつも失くす者・了
※記憶を機械が処理できるのなら、感情も消してしまえるかも、と思った所から出来たお話。
原作にしても、アニテラにしても、キースが感情を持っていなければ、展開は別物かと。
(行きたかったな、ネバーランド……)
本当に行きたかったのに、とシロエの唇から零れた溜息。
E-1077の夜の個室でベッドに腰掛け、ピーターパンの本を広げて。
挿絵に描かれた、夜空を駆けてゆくピーターパンたちを眺めて。
幼い頃から夢に見ていた、憧れの世界がネバーランド。
いつか行けると思っていたのに、何処で失敗したのだろうか。
(……ピーターパンは、来てくれなくて……)
夢の国へと旅立つ代わりに、このステーションに連れて来られた。
しかも記憶を奪われて。
大好きだった両親の顔も、故郷の景色もおぼろになって。
(…いったい、何がいけなかったの?)
ちゃんと準備もしてたのに、と忘れてはいない「準備したこと」。
中身はすっかり忘れたけれども、そうしていたことは覚えている。
(……ピーターパンが、いつ迎えに来てもいいように……)
幼かった自分は「準備していた」。
何の準備をしたのだろうか、持ってゆくための荷物だろうか。
それとも夜空を駆けてゆく時、あまりの高さに身が竦んだりしないように…。
(心の準備をしていたのかな?)
子供だしね、と考えてみる。
高層ビルで暮らしていたから、高さには慣れていたけれど…。
(ピーターパンたちは、もっと高く飛ぶし、おまけに、そんな高さから…)
真っ逆様に墜落したなら、命が無いのは知っていた。
幼い頃から、何度も注意されていたから。
ピーターパンが飛んで来ないか、夜のベランダに出る度に。
「そこから落ちたら、死んでしまう」と、父か母かが声を掛けて。
(…ぼくが背伸びをしていたら…)
肩を押さえに出て来たこともあった両親。
その顔は、もう思い出せないけれど。
とても大きかった父の手のことも、優しかった母の手も、おぼろだけれど。
そうやって待っていたというのに、来てくれなかったピーターパン。
もしも迎えに来てくれていたら、今頃は、此処にいないのに。
いつまでも子供の姿を保って、きっと楽しく暮らせていた筈。
ネバーランドは、そういう国だから。
子供が子供でいられる世界で、ピーターパンだって、永遠に年を取らないから。
(…ぼくの準備が足りなかった?)
夢見るだけでは駄目だったろうか、とも思うけれども、どうなのだろう。
今だって夢は忘れていないし、未来に向けて努力もしている。
機械が治める歪んだ世界に、あるべき姿を取り戻そうと。
SD体制を全て破壊し、成人検査も消し去るのだと。
(ぼくは、そのために選ばれた子で…)
そうするためには、今の世界に暫くは甘んじるしかない。
候補生の身で世界は変えられないから、もっともっと上に行くように。
まずは候補生たちのトップに立って、メンバーズ・エリートに選ばれること。
そして順調に出世してゆき、いつか元老にならなくては。
パルテノン入りして、更に出世し、国家主席の座に昇り詰める。
(…そこまで行ったら、もう機械なんか…)
恐れる必要は何も無いから、隠しておいた牙を剥き出しにして…。
(地球にあるって言う、グランド・マザーに……)
止まってしまえ、と一言、命令すればいい。
SD体制の要はグランド・マザーで、それさえ止めれば全てが止まる。
成人検査を行っているテラズ・ナンバーも、教育ステーションのコンピューターも。
機械の統治が終わってしまえば、人間のための世界が戻る。
記憶を消されることは無くなり、消された記憶も戻って来て。
懐かしい故郷や両親の元に、誰もが帰ってゆくことが出来て。
(……そうするためには……)
今は耐えるしかないし、選ばれたのなら名誉ではある。
ネバーランドに逃げてゆくより、「ネバーランドを勝ち取る」ための勇者の方が…。
(ピーターパンだって、期待してくれているんだし…)
頑張らなくちゃ、と思うけれども、先は長くて険しい道。
途中で挫けてしまったならば、そこで機械に屈するしかない。
(…マザー牧場の、大人しい羊…)
そう呼んで自分が軽蔑している、このステーションの候補生たち。
自分が機械に膝を折ったら、彼らと同じに羊になる。
いいように使われ、洗脳されて。
歪んだ世界を「変だ」と感じることもなくなり、何の疑いも持たなくなって。
(…そんなの、嫌だ!)
ぼくは絶対、そうはならない、と握り締める拳。
ピーターパンの期待に応えるためにも、自分は勇者にならなければ。
「準備していたのに、迎えが来なかった」ことを、誇らしく自分の胸に掲げて。
子供が子供でいられる世界を、ネバーランドを「勝ち取る」のだと。
けして機械に、屈することなく。
どんなに長くて辛い道でも、ただ真っ直ぐに前を見詰めて。
(……真っ直ぐ……)
真っ直ぐといえば、とパラパラとめくった大切なピーターパンの本。
其処に書かれている、ネバーランドに行くための道。
(二つ目の角を右に曲がって、あとは朝まで、ずっと真っ直ぐ……)
そうやって真っ直ぐ進んで行ったら、ネバーランドに行けるという。
同じ「真っ直ぐ」な道と言うなら、断然、そちらの方がいい。
いくら選ばれた勇者の道でも、長くて辛い道よりは。
「選ばれた子」ではなくてもいいから、ネバーランドに行けたらいい。
機械に屈して膝を折る前に、ただ真っ直ぐに歩いて行って。
二つ目の角を右に曲がって、あとは朝まで、ずっと真っ直ぐ。
(……そういう曲がり角があったら……)
きっと自分は、其処を曲がってゆくだろう。
ピーターパンに呆れられてもいいから、勇者の道を投げ捨てて。
「セキ・レイ・シロエ」が挫折したって、新しい勇者が現れる筈。
勇者というのは、何処でも、そうしたものだから。
過酷な試練に何人もの勇者が挑み続けて、乗り越えた者が真の勇者になるのだから。
(…ぼくが勇者になれなくっても…)
誰かが代わりになると言うなら、自分は勇者でなくてもいい。
歩むべき道は、長すぎるから。
気が遠くなるほど辛く長い道で、いつ果てるとさえ見えはしないから。
(……二つ目の角が……)
見付かったんなら、きっと曲がるよ、と本の表紙に目を落とす。
夜空を駆けてゆくピーターパンと、ティンカーベルと、ウェンディたち。
こんな風に飛んでは行けなかったけれど、歩いて行けるなら、それもいい。
二つ目の角を右に曲がって、後は朝まで、ずっと真っ直ぐ。
その曲がり角が、見付かったなら。
何処かで運良く「それ」に出会って、曲がってゆくことが出来たなら。
(…でも、曲がり角…)
いったい何処に在るのだろうか、ネバーランドに続いている道は。
二つ目の角を右に曲がれば、夢の国へと繋がる道は。
(……ネバーランドがあるのは、何処?)
何処なんだろう、と顎に手を当て、考えてみた。
幼い頃には、「地球にあるのだ」と思い込んでいたこともある。
何故なら、父がこう言ったから。
「ネバーランドより素敵な所さ」と、宇宙の何処かにある地球のことを。
地球が素敵な星だと言うなら、ネバーランドも、地球の上にあるに違いない。
ピーターパンの本を書いた作者は、ネバーランドを見ただろうから。
作者が本を書いていたのは、地球という星の上なのだから。
(…だけど、作者が生きていた頃の地球は…)
一度、滅びて死んでしまった。
何も棲めない星に成り果て、人類は宇宙に去るしかなかった。
機械が治めるSD体制、そんなシステムに身を委ねて。
青い地球を再び取り戻すために、人の生き方まで改革して。
(……そんな時代も、ネバーランドは……)
滅びることなく命を繋いで、今も何処かに存在している。
だったら、其処は「地球ではない」。
ネバーランドが地球にあるなら、とうに滅びている筈だから。
ピーターパンたちも消えてしまって、この本だって、消えている筈。
夢の国が「無い」というのなら。
ネバーランドが青かった地球と共に滅びて、何処にも存在しないのならば。
(…ということは、ネバーランドは、地球じゃなくって…)
亜空間にあるのだろうか、未だ全貌が分からない世界。
ワープ航法で飛び越えられても、どれほど広いかも謎の空間。
(きっと、其処だよ)
あるとしたなら、とポンと打った手。
ネバーランドが存在するのは、亜空間の中の何処かなのだ、と。
そうだとしたなら、「曲がり角」に出会えるかもしれない。
このステーションを卒業した後、メンバーズ・エリートの道に進んで。
任務で宇宙を旅する間に、何度もワープを繰り返す内に。
(…何処かの星へと、ワープした時に…)
亜空間を越えて飛んでゆく内に、その「曲がり角」が現れる。
二つ目の角を右に曲がって、あとは朝まで、ずっと真っ直ぐ進める道が。
宇宙に角など無さそうだけれど、ある日、バッタリ出くわす「それ」。
(……一つ目の角は、やり過ごして……)
二つ目の角で、舵を大きく右に切る。
右に曲がらねばならないから。
二つ目の角を右に曲がって、あとは朝まで、ずっと真っ直ぐ飛んでゆかねば。
(宇宙船でネバーランドに着いたら、ピーターパンもビックリだよね)
だけど行かなきゃ、という気がする。
勇者の務めは放り出しても、道半ばにして捨てることになっても。
真の勇者になることは出来ず、「ただのシロエ」のままになっても。
(……ついでに、メンバーズのシロエの方も……)
ワープの事故で死亡した、という結末を迎えるわけだけれども、それでもいい。
ネバーランドに行けるなら。
真の勇者の辛い道より、遥かに希望があるだろうから…。
二つ目の角を・了
※「ワープで事故ったら、ネバーランドに行けるのかな?」と思った所から生まれたお話。
もしも二つ目の角があったら、シロエなら、きっと曲がる筈。迷いもしないで舵を切って。
「大佐、昼間はすみませんでした」
途中で抜けてしまうことになって…、とキースに頭を下げた部下。
夜の個室に、いつものようにコーヒーを運んで来たマツカ。
けれど、その顔には怯えたような不安が見える。
「構わん、よくあることだからな。それよりも早く休んでおけ」
明日からも役に立って貰わないと困る、とキースは顎をしゃくった。
「有能な部下に寝込まれたのでは、私の命が危ういからな」と。
「はい! 本当に、申し訳ありませんでした!」
次からは気を付けますから、と詫びて、マツカは下がっていったのだけれど…。
(…まあ、これからも何度もあるだろうさ)
今まで何度もあったのだしな、とキースの口元に苦笑が浮かぶ。
国家騎士団に所属しているとはいえ、マツカは、実は人類ではない。
排除するべき異分子のミュウ、たまたま人類に紛れていただけ。
成人検査を運良くパスして、教育ステーションでも上手くやり過ごして。
ミュウは虚弱な生き物なのだし、こういうことも無理はないのだ、と承知している。
サイオンを使い過ぎた時には、体調不良を起こして倒れる。
(傍目には、ただの貧血だしな…)
他の部下たちは「体調管理がなっていない」と、顔を顰めて呆れるだけ。
「よくもあれで、総司令の側近が務まるものだ」と。
(…あれでなくては、務まらんのだが…)
キース・アニアン総司令の側近などは、と可笑しいけれども、そのことは極秘。
グランド・マザーさえも知らない、「キースだけの秘密」。
「ミュウの部下を持っている」ことは。
マツカが操るサイオンのお蔭で、何度も難を逃れたことも。
(……一番最初は……)
ミュウの巣だった、ジルベスター・セブンからの脱出劇。
もしもマツカがいなかったならば、あの時、死んでいただろう。
モビー・ディックに撃墜されるか、ジョミー・マーキス・シンに船を破壊されて。
あえなく宇宙の藻屑と消えて、それきり、消息不明になって。
ところが自分は、生き残った。
ソレイド軍事基地に戻って、メギドを持ち出し、再びジルベスター・セブンへ向かった。
(そしてミュウどもを焼き払うつもりが…)
伝説のタイプ・ブルー・オリジン、ミュウの前の長、ソルジャー・ブルー。
彼がメギドを沈めに出て来て、自分は、それを狩ろうとして…。
(危うく、道連れにされる所を……)
またもマツカに救われた。
彼が救いに来なかったならば、間違いなく失せていた命。
あそこで死ななかったからこそ、国家騎士団総司令という地位にいる。
ジルベスター・セブンの時には少佐だったのが、二階級特進で、上級大佐。
そこからトントン拍子に出世し、今では国家騎士団のトップ。
そういう「キース」が、邪魔で仕方ない者たちも多い。
パルテノン入りが噂され始めてから、失脚を狙う者たちも増えた。
(……失脚だけでは生温い、と……)
暗殺を企む者もいるわけで、マツカの能力は「そこで」役立つ。
人の心を読むことが出来る特殊能力、いわゆるサイオン。
(その上、並みの人間よりも…)
感覚などが優れているから、危険を察知するのも早い。
「そちらの方に行っては駄目です」と、車のコースを変えさせたり、といった具合に。
マツカのお蔭で「拾った命」は、もう幾つほどになったろう。
(たかが化物…)
そう考えては、意識から弾き出すのだけれども、実際、誰よりも「大切な部下」。
何も知らない他の部下には、「使えない奴だ」と思われていても。
「コーヒーを淹れるしか能のない奴」と、陰口を叩かれてばかりでも。
(……もう少し、身体が丈夫だったら……)
部下たちの評価も違ったろうか、と少しは思わないでもない。
精鋭揃いの国家騎士団、体調不良を起こす者などは…。
(自分の体調も管理出来ない、無能な輩で…)
クビになっても不思議ではないし、事実、そうした前例もある。
国家騎士団に配属された者でも、「飛ばされる」こと。
まずは辺境送りになって、それでも駄目なら、宇宙海軍に行くしかない。
もっとも、そうして転属になれば…。
(…国家騎士団出身のエリートという扱いで…)
海軍では一目置かれるのだから、考えようによっては栄転。
とはいえ、国家騎士団から飛ばされるなどは…。
(不名誉の極みと言えるのだがな)
マツカの場合は、その逆だったが…、とコーヒーのカップを指で弾いた。
ソレイド軍事基地で拾った、宇宙海軍所属だったマツカ。
「宇宙海軍から転属だとは」と、セルジュが敵意を剥き出しにしたほど。
「どれほど使える部下が来たのか」と、身構えて。
「ポッと出の新人に負けてたまるか」と、事あるごとに睨み付けて。
なのにマツカは「無能だった」。
コーヒーを淹れるしか能が無い上、直ぐに倒れる。
まるで全く「使えない」から、敵意は、じきに軽蔑になった。
「あんな野郎に、何が出来る」と。
「他の者の足を引っ張るだけだ」と、「何故、転属にならないのか」と。
国家騎士団から飛ばされる者は、病気が理由になることも多い。
配属された時には欠片も無かった、後に発症した病。
(こればかりは、マザー・システムでさえも…)
完璧に予見出来はしないし、仕方ないことと言えるだろう。
ミュウどもでさえも、「成人検査で初めて」発覚する者が少なくないほど。
まして人類の発病などは、どれほど検査し尽くしてみても…。
(読み切れまいな)
元々の因子だったらともかく、環境などにも、大いに左右されるのだから。
だからこそ、「呆れられている」マツカ。
ジルベスター・セブンで見出された時には、分からなかった「欠点」なのだ、と。
たった数日、共にいただけでは、虚弱かどうかは、分かりにくいもの。
ましてや「ミュウの殲滅」という重大な局面、少しばかり弱い兵士でも…。
(ここぞとばかりに、奮い立って…)
勇んで戦線に出てゆくだろうし、見た目だけでは判断出来ない。
マツカも「それだ」と思う者は多くて、仕方なく受け入れられている。
「運のいい奴だ」と、「バレる前に、お目に留まったとはな」と。
(…それはいいのだが…)
本当に、もう少し丈夫だったら、というのが自分の本音でもある。
マツカが「直ぐに倒れる」ことが分かっているから、ハードな予定は最初から組めない。
もしもマツカが倒れてしまえば、「キース」の周りは「がら空き」だから。
腹心の部下たちが固めていたって、マツカ一人に敵いはしない。
なにしろマツカは、銃の弾さえ、その手で受け止めてしまえるくらい。
他の部下では、暗殺者に向かって「銃撃する」のがせいぜいなのに。
撃たれた後から撃ってみたとて、既に「キース」は倒れた後。
(狙撃手の腕が確かだったら…)
最初の一発、それでキースは死んでいる。
眉間に風穴を開けられるだとか、心臓を撃ち抜かれるとかして。
(……マツカにしか、ああいう輩は防げんからな)
もっと丈夫でいてくれたなら、と願うのは「無い物ねだり」だろう。
ミュウは大概、虚弱だから。
ジョミー・マーキス・シンのようなミュウは、あくまで例外だから。
(……それに、マツカも……)
きっと思いは同じだろうな、と想像がつく。
いじらしいほどに尽くすマツカも、歯痒い思いをしている筈。
「ぼくさえ倒れなかったならば」と、今日のようなことになる度に。
「もっと身体が丈夫だったら」と、「キース」の期待に応えられない「弱さ」を悔やんで。
(…さっきにしても…)
まだまだ身体が辛いだろうに、ちゃんとコーヒーを淹れて来た。
「これは自分の役目だから」と、寝ていた部屋から起きて出て来て。
きちんと騎士団の制服に着替えて、普段と同じに香りの高いコーヒーを。
(……体調不良か……)
私とは縁が無いのだがな、と小さく笑って、けれど笑いは凍り付いた。
自分の記憶に「そういったこと」が無かったから。
「ここで倒れるわけにはいかない」と、歯を食いしばったことは多くても…。
(…体力や気力の限界だっただけで…)
体調不良というものではない。
そう、E-1077の頃から、そうだった。
厳しい訓練や授業が続く四年間、大抵の者は一度くらいは医務室に行く。
何処か、具合が悪くなって。
(…しかし、私は…)
ただの一度も行きはしなくて、ステーションを卒業した後も同じ。
それだけに、不思議に思いもした。
教官をやっていた頃にしても、第一線に立っていた時も。
(…どうして、こんな大事な時に…)
休めるのだろう、と思ったけれども、体調不良なら仕方ない。
「きっと、たるんでいるからだ」と溜息をついて、それで終わった。
自分の生まれを「全く知らなかった」から。
機械が無から作った生命、「優秀であるよう」作られた身体。
ならば、体調不良を引き起こすような要因は…。
(最初から、取り除かれていて…)
何処にも在りはしないのだろう。
後天的な環境でさえも、病などは忍び寄れないように。
(…きっと、そうだな…)
そうに違いない、と自分の生まれが恐ろしい。
虚弱なマツカの心の内は分かったとしても、他の者たちはどうなのか。
いつか導くだろう人類、彼らの「心」が分かるだろうか。
「ちょっとした病」さえも知らない、これからも「知らないまま」だろう者に。
「体調を崩す」ことなど知らない、機械が作った生命体に。
(……分からないなら、想像するしかないのだが……)
そんな自分が指導者となる、「人類」は不幸なのだと思う。
「他人の痛みが分からない」者は、優れた者ではないと言うから。
それを知るための手掛かりさえをも、持っていないのが「キース」だから…。
持っていない者・了
※「マツカは虚弱だけど、キースは寝込むなんて無さそう」と思った所から生まれたお話。
訓練次第で強くなれても、人間、限界があるわけで…。キースはそれも無いだろうな、と。
(……パパ、ママ……。会いたいよ…)
帰りたいよ、とシロエの瞳から涙が溢れそうになる。
E-1077の夜の個室で、ベッドの端に腰を下ろして。
両親から貰った宝物の本、ピーターパンの本を膝の上に置いて。
懐かしい故郷を奪われた日から、もうどのくらい経っただろうか。
優しかった両親も、エネルゲイアで暮らした家も、どちらも、とうに記憶の彼方。
過ぎた月日の数だけで言えば、さほど遠くはないのだけれど。
半年も経ってはいないけれども、十年も昔のように思える。
(…十四年しか生きていないのに…)
十五歳にもなっていないのに、それほどに故郷の記憶は遠い。
四歳の頃と思しき記憶と、変わらないほどに。
何故なら、「思い出せない」から。
(……全部、機械が奪って、消して……)
忘れさせてしまった、故郷のこと。
両親の顔も、家があった場所も、今の自分は覚えてはいない。
おぼろにぼやけて薄れてしまって、とても「鮮明」とは言えない記憶。
懸命に思い出そうとしたって、浮かんで来るのは「焼け焦げた写真」のような両親の顔。
家の中の部屋は覚えてはいても、扉の向こうは思い出せない。
「高層ビルの中にあった」としか。
玄関の扉を開けて外に出たなら、何処に行けるのか分からない自分。
此処まで薄れてしまった記憶は、本当に「遠い過去」のよう。
四歳の頃の幼い自分が体験したことと、変わらない重さ。
(……それに、そっちの記憶にしたって……)
本物かどうかは怪しいものだ、と疑い始めればきりが無い。
記憶を奪った成人検査は、偽の記憶を植え付けるから。
SD体制のシステムに向いた、機械に都合のいいものを。
それでも機械が奪えないもの。
どんなに消しても、白紙にすることは出来なかったもの。
それを「自分」は持っている。
膝の上のピーターパンの本。
幼かった日に両親がくれた、夢の国へと飛び立てる本。
(二つ目の角を右に曲がって、後は朝までずっと真っ直ぐ…)
そうやって進んで行った先には、ネバーランドがあるという。
子供が子供でいられる世界、成人検査も忌まわしい機械も存在しない夢の国。
いつの日か行きたいと強く憧れ、今でも願い続けて追い続けている、そういう「自分」。
他の者たちは「持ってはいない」過去の「持ち物」を、今も、こうして持っているから。
成人検査の前と後とを、確かに繋いでいるものを。
(……持って来て、良かった……)
成人検査を受ける日の朝、持って出た「荷物」。
「これだけは」と大事に鞄に詰め込み、両親の家を後にした。
(成人検査に、荷物は禁止…)
そう教わってはいたのだけれども、本当に駄目なら、その時のこと。
検査の間だけ、係官にでも預ければいい、と考えていたのが幸運だった。
(係官なんかは、いやしなくって…)
突然、テラズ・ナンバー・ファイブに捕まり、過去の記憶を奪われた。
何処で成人検査を受けたか、それさえも思い出せないほどに。
気が付いた時は宇宙船の中で、故郷の星さえ、もう見えなかった。
けれど、大切に持っていた本。
検査の間も離すことなく、ずっと抱き締めていたのだろうか。
ピーターパンの本は、そうして自分と「一緒に来た」。
過去のものなど「誰も持っていない」、このE-1077まで。
記憶は失くしてしまったけれども、形を持った「思い出」として。
だから自分は「忘れない」。
両親も故郷も、けして忘れてしまいはしない。
必ず記憶を奪い返して、両親の許へと帰ってみせる。
此処で優れた成績を出して、メンバーズ・エリートに選ばれて。
国家主席の座に昇り詰めて、機械に「止まれ」と命令して。
(…パパ、ママ、待ってて…)
ぼくは必ず帰るからね、と記憶の欠片を追っている内に、ハタと気付いた。
自分はこうして「忘れない」けれど、両親の方は、どうだろうか、と。
養父母の内では年配だったし、恐らくは自分が「最後の子供」。
それだけに「強く心に残る子供」だと思うけれども、そうなる保証は何処にも無い。
(……新しい子を、育てることになったなら……)
きっと「シロエ」の記憶は薄れて、新しい子に愛情を注ぐことだろう。
機械もそれを後押しするから、記憶を処理することも有り得る。
もう戻らない「シロエ」などより、新しく育てる子供が大切。
「シロエのこと」を忘れられずに、比べたりするなど、言語道断。
(……それだと、新しい子供は可愛がっては貰えないから……)
機械にとっては「まずい」状態、そんな養父母では話にならない。
ならば、両親に新しい子供を託すより前に…。
(…パパとママから、ぼくの記憶を…)
抜き去り、ゼロにするかもしれない。
あるいは今の自分と同じに、「ぼやけて思い出せない」ように。
子供がいたことは覚えていたって、どんな子だったか、記憶にあるのは名前くらいで…。
(他はすっかり、真っ白になって…)
家に在る筈の「シロエの思い出」も、ユニバーサルが処分するのだろうか。
両親と撮った沢山の写真や、シロエが持っていたものなどを。
アルバムも本も全部纏めて、残らず廃棄してしまって。
(…そういえば…)
自分は、両親の「前の子供」のことを知らない。
成人検査で忘れてしまったわけではなくて、最初から。
エネルゲイアで暮らした頃から、まるで知らない「自分の前に」両親が育てていた子供。
家には「何も無かった」から。
その子の思い出の品などは無くて、両親も話しはしなかった。
本当に、ただの一度でさえも。
年齢からして、「育てていた」のは確かなのに。
名前も知らない兄か姉かが、間違いなく「存在した」筈なのに。
(……ぼくには、話さないにしたって……)
養父母として教わることの一つに、「それ」も含まれているかもしれない。
新しい子供を養育する時、「前の子」のことは話さないこと。
SD体制というシステムにおいて、好ましいとは思えないから。
(子供は、取り替えてゆくものだ、って…)
現に自分は知らなかったし、目にしたという記憶も無い。
成人検査で卒業していった学校の先輩、彼らの両親の「その後」のことも。
(…新しい子を育ててるな、って思ったんなら…)
それで仕組みに気付くだろうから、機械は細工をしていたのだろう。
新しい子供を育てる時には、別の家に引っ越しさせるとか。
あるいは周囲の記憶を処理して、「新しい子供を育てている」事実を隠すだとか。
(……パパとママの時も、そうだったの?)
自分の前に育てていた子の、痕跡さえも残らないように…。
(機械が忘れさせてしまっていたとか、引っ越したとか…)
引っ越しと同時に、前の子供の持ち物も処分したかもしれない。
前の子供が存在したこと、それを「シロエ」が「気付かないまま」育ってゆくように。
両親の子供は「シロエだけだ」と、疑いもせずに信じるように。
そうだとしたなら、両親の家に、新しい子供が来ていたとしたら…。
(…ぼくを育てていたことを…)
両親は忘れてしまっただろうか、「シロエの前の子」を忘れたように。
あるいは「忘れていない」にしたって、自分と同じに記憶が薄れて、おぼろになって…。
(シロエっていう名前だったことだけ…)
覚えているというのだろうか、あれほど優しかったのに。
今も懐かしくてたまらないのに、両親の方では「そうではない」とか。
「シロエの持ち物」も全て処分し、新しい子供に愛を注いでいるのだろうか。
養父母の愛は、ただ一人だけの「子供」に向けられるものかもしれない。
機械が記憶を処理しなくても、そのように教育されていて。
養父母向けの教育ステーションでは、「子供は常に一人きりだ」と考えるように叩き込まれて。
新しい子を迎えた時には、前の子供のことを「忘れる」。
意識して自分の気持ちを切り替え、前の子供の痕跡を家から消し去って。
新しく来た「我が子」たちには、「私たちの子は、お前だけだ」と思い込ませて。
(……どっちにしたって……)
パパもママも忘れてしまうんだよね、と零れた涙。
機械が記憶を処理するにしても、自ら記憶を追い出すにしても。
「新しい子供」を迎えるのならば、その前にいた「シロエ」のことは。
そして家からは「シロエ」という子が存在していた、あらゆる証が全て消え去る。
アルバムも持ち物も、何もかもが。
(…そんなの、嫌だ…)
酷すぎるよ、と思うけれども、現実はきっと、そうなのだろう。
両親が「新しい子」を育てているなら、「シロエ」は消えてしまっただろう。
そう考えると胸が痛くて、本当に消えてしまいたくなる。
「いつか帰りたい」気持ちまでもが、粉々に砕けてしまいそうだから…。
(……パパ、ママ、お願い……)
新しい子を育てないで、と手を組んで、ただ祈るしかない。
どうか自分が「最後の子供」であるように。
両親が「シロエ」を忘れることなく、年を重ねてくれるようにと…。
次の子が来たら・了
※SD体制のシステムからして、こういう話は充分にあると思うのです。忘れ去られる子供。
機械がやるにせよ、自発的にせよ、子供にとっては惨すぎる現実。気付いた子供だけですが。
聞け、地球を故郷とする全ての命よ
私は、かつてソルジャーと呼ばれた男、ブルー
素晴らしい子供たちを見ることが出来た。
ミュウの未来を生きてゆくだろう、七人の子たち。
まさか、出会えるとは思わなかった。
こんな絶体絶命の時に、眩いほどの希望の光に。
だから、未来は必ずある。
今は闇しか見えないようでも、絶望の淵を覗いた先に。
いつか光は差す筈なのだと、ぼくは信じて疑いはしない。
そう、生き抜いて、生きてさえいれば。
けして未来を諦めはせずに、この禍の時を越えて生き延びたなら。
眠れる獅子たちよ
百億の光越え、生きろ、仲間たち
命さえあれば、時と共に先へ進んでゆける。
けれど命を失ったならば、未来を掴むことは出来ない。
どんな未来が訪れようとも、其処に自分が生きていてこそ。
そして「自分」が生きていたなら、変えることもまた、出来るのだから。
未来をも、自分自身の進んでゆく道をも。
長きにわたる私の友よ
そして愛する者よ
ナスカから一刻も早く脱出せよ
ぼくはそのための盾となろう
ナスカへの未練は分かるけれども、今は、縋り付く時ではない。
馴染んだ暮らしも、馴染んだ世界も、それと一緒に自分が滅べば、未来ごと消えてしまうから。
沈みゆく船にしがみついたら、共に沈むしかないのだから。
そう命じたいとは思わないけれど、生き延びるためにナスカを捨てよ。
ぼくが時間を稼ぐ間に。
どうせ、もうすぐ燃え尽きる命。
こういう形で消えてゆくとは、夢にも思いはしなかった。
あの船で仲間たちに囲まれ、眠るように逝くのだと信じていた。
けれども、これで良かったのだろう。
ぼくの命が役に立つなら、仲間たちの盾になれるのならば。
きっと楽には死ねないだろうと、自分でも、ちゃんと分かっている。
メギドの巻き添えで爆死したなら、まだしも楽な方だろう、とも。
ぼくが駆けてゆく宇宙の先には、地球の男が待っているから。
鍛え抜かれたあの男だけは、そう簡単には倒せはしない。
もしも道連れにすることが出来たら、幸運なのだと思っておこう。
そうするためには、ぼくが思っているよりもずっと、払う犠牲が大きいとしても。
(ああ、それなのに…)
逃げ延びたのか、あの男は。
この身を餌に、仕留めるつもりだったのに。
銃を手にしたゲームに興じて、あの男が我を忘れている間に。
それでも、これで良かったと思う。
あの男を連れて逃げた青年、彼は確かにミュウだったから。
ミュウが「あの男」を救ったのなら、そのことに意味はあるだろうから。
ジョミー
みんなを頼む
ぼくに出来るのは、此処までだから。
これから先は、君が、ただ一人きりのソルジャーだから。
あの子供たちも乗っている船で、皆と未来へ旅をするのが、君の大切な役目で、使命。
ナスカを失くした禍の先で、未来を掴み取ることが。
君が行くだろう遠い未来には、ぼくが見たかった地球もある筈。
其処から、きっとミュウの未来が、遥か先へと開け、続いてゆくだろうから。
良きことだけを選べる人生など、ありはしない
人間も、ミュウも、それは皆、同じ
ぼくは、フィシスにそう言った。
ナスカを失う予感に怯えて、自らを責めていたフィシスに。
良きことだけを選べる人生など、ありはしないし、ぼくの最期は、この通りだ。
傍で見ている者があったら、無残だとしか思わないだろう。
惨めに撃たれて、ボロ屑のように死んでゆくだけ。
だからこそ、ぼくは最後に祈る。
悪しきことは全て、ぼくが持って逝こう。
そうしたならば、皆の未来には、良きことだけが残るから。
この禍が過ぎ去った先に、輝く未来が訪れるように。
ぼくは先には行けないけれども、君たちは生きて、闇の中でも先へと進め。
人間も、ミュウも。
「あの男」をミュウが救ったからには、いつの日か、手を取り合えるだろう。
その日は、まだまだ遠い先でも。
今、皆の目に映る世界は、絶望の暗い淵であっても。
悪しきことは、ぼくが持って逝くから、生きろ、全ての命あるものよ。
人間も、ミュウも、命ある限り。
良きことだけを遺して、ぼくは逝くから、君たちは生きて、先の未来へ…。
全ての命へ・了
※「ブルー追悼は、もう書かない」と言った筈ですが…。転生ネタやってるんですが…。
アニテラ放映から既に13年、本来なら今頃は東京オリンピックで、お祭り騒ぎだった筈。
ところが、やって来たのがコロナで、終息どころか、どえらいことになっているという。
「やっぱり、今年も書いておくか」というわけで、2020年7月28日記念作品。
ここだけの話、コロナ禍へのメッセージを兼ねていますが、通じたら御の字。
