悔いが残る過去
(E-1077か…)
随分と気楽に生きていたな、とキースがフッと漏らした苦笑。
首都惑星ノアの、国家騎士団総司令に与えられた個室で、一人きりで。
とうに夜は更けて、側近のマツカも下がらせた後。
マツカが淹れて行ったコーヒー、それも、その内に冷めるだろう。
考え事をしている間に、空気に熱さを奪われていって。
(…あの頃の私は、何も知らずに…)
ただ、勉学に勤しんでいた。
メンバーズ・エリートに選ばれるために、懸命に。
マザー・イライザに言われなくとも、自ら進んで、優秀なトップエリートとして。
(あれも青春と言えるのだろうな、サムに言わせれば、つまらなくとも)
サムに何回、叱られたことか。
「お前も、もっと色々なことを楽しんでみろよ」と。
勉強や訓練ばかりの日々では、生きている意味が無いとばかりに。
(…あいつは決して、優秀な方ではなかったが…)
友としては、とても素晴らしかった。
様々なことを教えてくれたし、人の生き方を説いてもくれた。
「お前、そんなじゃ、友達だって作れねえぜ」と。
そう、「友達」というものも、サムの口から初めて聞いたようなもの。
「友達? それは重要なものなのか?」と、間の抜けたことを質問した時に。
友達とは何か分かっていなくて、「当たり前のこと」を、まるで馬鹿のように。
(それでも、サムは呆れる代わりに…)
きちんと相手に分かる言葉で、その質問に答えてくれた。
そうして出来た最初の友達、それがサム。
サムがスウェナを連れて来たから、お蔭で一人、増えた友達。
(私が失敗したせいで…)
スウェナはステーションを去ったけれども、「友達」ではいてくれたのだろう。
後にシロエの思い出を持って、自分の前に現れたから。
ジャーナリストとしての取材であっても、目的はモビー・ディックでも。
E-1077で出来た友達。
親友のサムと、それから、スウェナ。
(…サムは子供に戻ってしまって…)
昔のサムではなくなったけれど、今でも友だと思っている。
サムの目から見た今の自分は、「赤のおじちゃん」に過ぎなくても。
もう「キース!」とは呼んでくれなくて、E-1077のことさえ忘れていても。
(…そして、シロエも…)
出会いの形が違っていたなら、間違いなく友になれただろう。
マザー・イライザが「選んで与えた」者でなければ。
「キース・アニアン」を育てるために、選び出されたミュウでなければ。
(…シロエが、マツカと同じように…)
ただ「紛れ込んだ」ミュウだったならば、全ては違っていたのだろうか。
目的を持って連れて来られた、生贄のミュウでなかったならば。
(……そうかもしれんな……)
あそこでは「起こり得なかった」ろうが、と思いはする。
エリートを育てる最高学府が、当時のE-1077。
其処で育成される生徒は、厳しい基準で選んでいた筈。
ミュウ因子などを持っていないか、徹底的に、事前に調べて。
(…とはいえ、ミュウ因子は排除不可能なのだし…)
成人検査までを無事に過ごして来た者だったら、あるいは通過したかもしれない。
優秀な者には違いないから、もしも因子が目覚めなければ、将来を期待出来るから。
(そうなると、その形でシロエがやって来ることも…)
あるいは、起こり得たかもしれない。
そういう形でシロエが来たなら、友達になれていたのだろうか。
シロエ自身は、全く同じに、システムに反抗していても。
マザー・イライザをとことん憎んで、SD体制を嫌悪していても。
(…それでも、友になれただろうな…)
私もシステムを妄信してはいなかったから、と遠い昔に思いを馳せる。
シロエと同じに疑問を感じて、「何処かおかしい」と思ってもいた、と。
(…しかし、私は…)
何も行動しなかった、と不意にゾクリと凍えた背筋。
シロエのようには動かなかったし、システムに逆らいもしなかった、と。
(……逆らおうとさえ……)
実は思っていなかったのでは、と恐ろしくなる。
批判的ではあったけれども、あの頃の自分が口にしたのは、あくまで「皮肉」。
それ以上のことは言わなかったし、マザー・イライザにも逆らっていない。
「いいえ、なんでもありません」と躱しはしても、歯向かうことはしなかった。
シロエは真っ向から、それをしたのに。
何度、イライザにコールされても、少しも懲りずに、更に憎悪を募らせていって。
(…挙句に、私の過去を暴いて…)
マザー・イライザに囚われた末に、暗い宇宙に飛び出したシロエ。
そうした先には、死が待つことを承知の上で。
ピーターパンの本だけを持って、武装していない練習艇で。
(…シロエは、そこまでしたというのに…)
自分はといえば、シロエが掴んだ秘密でさえも、直視してなどいなかった。
イライザの手から逃れたシロエを匿い、「フロア001」の名を知らされた後も。
其処へ行こうと何度試みても、辿り着けずに、そのまま終わってしまった時も。
(……シロエが、私の立場だったら……)
なんとしてでも、辿り着こうとしただろう。
どうすれば其処へ行けるものかと、あれこれと策を考えて。
(なのに、私は…)
辿り着けないことに疑問を抱きもしないで、E-1077を卒業して去った。
フロア001に「行けない」理由を、運の悪さで片付けて。
「いずれ行けるさ」と考える内に、卒業の日を迎えてしまって。
(…やはり私は、シロエが言っていた通りに…)
マザー・イライザの人形だったということなのか、と身が竦むよう。
自分ではそうは思わなくても、「そう思わなかった」こと自体が。
システムを根底から疑わないよう、作り上げられていたのだろうか、と。
今では、「そうではない」のだと思う。
SD体制を疑っているし、システムを憎む気持ちもある。
(だが、そういう気持ちを抱くまでには…)
サムを、シロエを失った上に、ジョミー・マーキス・シンにも会った。
そう、ジョミーだけは、「計算されてはいなかった」者。
マザー・イライザが仕組んではいても、ジョミーは「枠の外の者」だから。
グランド・マザーの意向があろうと、彼の言動まで縛れはしない。
(…いくらジョミーの幼馴染を、私の友にと送り込もうと…)
肝心のジョミーを操れなければ、機械にはどうすることも出来ない。
「ジョミー・マーキス・シン」が、どのように成長しようとも。
いつか「キース」に遭遇した時、どんな行動を起こすのかも。
(私とジョミーを戦わせる、という所までは、計算通りだったのだろうが…)
恐らく、機械が考えたことは、其処で「キースがジョミーを倒す」シナリオだったろう。
倒せないまでも、ミュウに致命的な打撃を与えて、人類への脅威を取り除くこと。
けれど機械は、その計算を間違えた。
機械が「間違える」ことは有り得ないから、違うシナリオは想定していなかった。
ヒトだったならば、考えたかもしれないのに。
計算ずくで与えた友でも、ヒトである以上、計算通りにはゆかないのだから。
今もシロエが、「キース」の心にいるように。
壊れてしまったサムが今でも、「キース」の友であるように。
(しかし機械は、ただ計算をするだけで…)
何もかも「その通りになる」と信じているから、未だ誤算に気付いていないことだろう。
ジルベスター・セブンから戻ったキースが、「前のキース」とは違ったことに。
連れて戻った側近のマツカが、「実はミュウだ」ということにさえも。
(その上、私をE-1077に行かせて…)
フロア001を見せた結果も、機械の計算通りではない。
自分の生まれを知った「キース」は、使命こそ自覚したものの…。
(…機械に忠誠を誓う代わりに、呪っていると来たものだ)
全てを仕組んで、サムを、シロエを、壊し、殺してしまったモノを。
そうなるように自分を作った、機械を、システムを、何もかも、全て。
(……過去には、戻れないのだが……)
もしも戻れるものであったら、E-1077から「やり直したい」。
何の疑問も持たないままで過ごしてしまった、「キース」の青春時代から。
シロエが気付いた「不審なこと」を、自分自身で追究して。
どうして過去の記憶が無いのか、「キース」は何処からやって来たのか、と。
マザー・イライザに邪魔されようとも、シロエが、それを「やり遂げた」ように。
(…シロエの場合は、機械が手を貸す形だったろうが…)
彼の行く手を阻む代わりに、都合よく手を抜き、フロア001への道を開いたと思う。
だから「キース」がそれをするなら、卒業前に辿り着けなかった時より…。
(何百倍もの邪魔が入るのだろうが、それを乗り越えて…)
自力で、行きたかったと思う。
真実が隠された場所へ。
「キース・アニアン」が作り出された場所へと、自分の力で。
(…そうしていたなら…)
きっと全ては違ったのだ、という気がするから、過去の自分が、ただ情けない。
システムを口では批判していても、何も行動しなかったから。
そのように「育てられた」としたって、「自分」をしっかり持っていたなら…。
(…シロエと同じに、あの私だって…)
逆らえたのだ、と気付かされたから。
それをしないで生きた自分は、ただ青春を過ごしていた、というだけだから…。
悔いが残る過去・了
※原作のキースは、E-1077時代にフロア001に行っているのに、違うのがアニテラ。
ずいぶん遅くに行ったよね、という視点から書いてみました。何故、行かなかった…。
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