「サム・ヒューストンさんの病状ですが…」
急激に衰弱が進んでいます、と医師に告げられた言葉。
「此処から動かすのは難しいですか」と尋ねたけれども、「責任は負いかねます」と。
(……サム……)
思わず噛みそうになった唇。置いてゆくしかないのか、と。
この星に、友を。…もうすぐ捨てる予定のノアに。
顔には出さずに堪えたけれど。
それは容易いことだったけれど。
医師と別れて、キースが向かった病院の庭。
サムはパズルで遊んでいた。
子供に戻ってしまったサムの、お気に入りのパズル。
こうなったサムと再会した日から、いつでも持っているパズル。
「やあ、サム」
近付けば、サムは顔を上げ、笑顔になった。「赤のおじちゃん!」と。
そう、サムから見た自分は「赤のおじちゃん」。
「キース」とは呼んでくれたことが無い、ただの一度も。
それでも、サムは友だと思っているから。
サムの血を固めて作ったピアスと、今日までずっと一緒だったから。
此処にいる「友」に合わせて微笑む。
「いい子にしてたか、サム」と。
今の友が喜ぶだろう言葉で。
ノアから連れては出られないサム。
置いてゆくしか道が無い友。
この星がミュウの手に落ちたならば、もう会えないかもしれないのに。
(…これが最後になるのだろうか…)
まさか、と振り捨てた弱気な自分。
ノアが落ちても、サムならばきっと大丈夫だから。
癪だけれども、サムを壊してしまったミュウたちの長。それがサムの幼馴染だから。
(…サムの身体さえ、持ち堪えたなら…)
いつか会える日もあるだろう。
その時、世界はどうなっているか謎だけれども。
もしかしたら自分は囚われの身で、宇宙の全てはミュウのものかもしれないけれど。
…それでも自分は進むしかない、そのように創り出されたから。
マザー・イライザが無から自分を、そのように創り出したのだから。
サムに話せるなら、全て話してしまいたい。
自分の生まれも、背負わされた荷も。
けれど今では、叶わない話。
サムが壊れていなかったならば、笑い飛ばしてくれただろうに。
「何やってんだよ」と、「お前らしくもないぜ」と。
(…そうだな、きっとサムなら言うんだ…)
「お前はお前に決まってんだろ」と、「お前が何でも気にしねえよ」と。
マザー・イライザが創り出そうが、皆とは違う生まれだろうが。
何処も少しも変わりはしないと、「俺たち、ずっと友達じゃねえか」と。
けれども、聞ける筈もない。
サムの言葉を聞けはしなくて、隣にはサムという名の子供。
それでもポツリと口にしてみた独り言。
サムを見舞った時の習慣、けして答えが返りはしないと分かっていても。
話せば心が軽くなるから、友に打ち明けた気がするから。
「…パルテノンが私に元老となるよう要請して来た」
そして続ける、いつものように。
サムが応えるわけもないのに、かつての友が隣にいるかのように。
「腑抜けた老人たちも、ようやく強力な指導者の必要性に気付いたわけだ」と。
途端に「凄いや!」と返った答え。
ハッと息を飲んで友を見詰めた、元に戻ってくれたのかと。
なのに違った、サムが「凄い」と眺めているのは万華鏡。
「光がキラキラしながら飛び散ってゆくよ」と。
返ってくる筈もなかった答え。…単なる偶然。
フッと苦笑して、また続けた。
「…SD体制に依存した人類は、もうそれ無しでは生きてゆけなくなってしまった」
自分から檻の中で暮らすことを選んだ者たちの、哀れなる末路だ。
…それでも私は、この体制を守るしかない。
そのために生まれたのだから。
サムには届く筈がない、と紡いだ言葉。
「そうだねえ…」とサムは返した。
まるで分かってくれたかのように。
そのままサムは零したけれど。
「いつもいつも、パパは勉強しろって、うるさいんだ。…嫌んなっちゃうよ」と。
やはり通じてはいなかった話。
けれど、「そうだね」と言ってくれたサム。
きっとサムなら言うだろう言葉、かつての友ならくれた言葉を。
それだけでフッと消え失せた重荷。
サムもそう言ってくれたのだから、と。「そのために生まれたんだよな」と、サムが。
だから、サムへと向けていた笑顔。
「サムはいつまでも子供のままなんだな」と、今のサムへと掛ける言葉を。
「うん」とサムは笑顔で答えた、「ママのオムレツは美味しいよ」と。
今日は不思議に噛み合う会話。
傍で聞いたなら、少しもそうではないだろうけれど。
自分は独り言を話して、サムも心のままに話して。
それを会話と言いはしなくて、ただ隣り合っているだけのこと。
別の世界の住人同士で、世界はけして交わりはしない。
(…だが、今日は…)
サムと話している気がする。
時の彼方から、かつての友がヒョイと覗いて。
「どうしたんだよ」と、「元気出せよ」と。
そんなことなど、有り得ないのに。
起こる筈もないと、知っているのに。
(……不思議だな……)
何度もサムを見舞ったけれども、今日まで一度も無かったこと。
ほんの偶然の重なりとはいえ、「サムが応えた」と思うようなこと。
夕陽が庭を照らし出す中、偶然でもいいと思えた出来事。
サムは答えてくれたのだから、と。
そうしたら…。
「あっ、小鳥!」
木の枝に三羽、白い小鳥が並んで止まった。
嬉しそうに見上げ、立ち上がったサム。小鳥の方へと歩き出して。
そして数えた、三羽の鳥を。
「キース、スウェナ、ジョミー…」
昔語りか、と自分も同じに白い小鳥を見上げたけれど。
「みんな、元気でチュかー!」
そう叫んだサム。
思わずアッと見開いた瞳、それは本当にサムだったから。
遠い昔に、「元気でチューか?」と、サムは確かに言ったのだから。
教育ステーションで共にいた頃、ナキネズミのぬいぐるみを握りながら。
「元気でチューか?」と。
自分も真似てサムを見舞った、ぬいぐるみを手に。
「元気でチューか?」と、「難しいものだな。サムのようにはなかなか出来ない」と。
あの時、笑ってくれたサム。
「お前、最高!」と、「メチャメチャ癒されるぜ」と。
そう、あのサムでしか有り得ない。
「元気でチューか?」と言えるのは。
たとえ小鳥が相手であっても、サムは確かにサムだったのだ、と。
(……サム……)
お前なんだな、と座ったままで見ていた友。
さっき確かに其処にいたな、と。
それでは自分の言葉に答えていたのもサムだったろうか。
「凄いや!」と、それに「そうだねえ…」と。それから、「うん」と。
神は奇跡を起こしただろうか、サムに会わせてくれたのだろうか。
(……そんなことが……)
ある筈がない、とはもう思わない。
自分はサムを見たのだから。「元気でチューか?」と小鳥に呼び掛けたサムを。
奇跡なのか、と驚く自分の隣で、戻って来たサムが手に取ったパズル。
お気に入りのパズル。
それを「あげる」と差し出したサム。
「みんな友達」と。
サムの笑顔と、貰ったパズル。
「……友達か……」
呟いた言葉に、サムは応えなかったけれども。
自分は答えを得たのだろう。
時の彼方から来てくれたサム。
ほんの僅かな時だったけども、サムは此処まで来てくれたから。「元気でチューか?」と。
サムが友だと言ってくれるなら、「みんな友達」と今でも言ってくれるのならば。
(…キース、スウェナ、ジョミー…)
置いて行っても大丈夫だぜ、とサムは教えてくれたのだろう。
「ジョミーも俺の友達だから」と、「心配しないで置いて行けよ」と。
お前はノアを離れていいぜと、ジョミーも俺の友達だから、と。
(……そうなんだな? サム……)
ならば行こう、とパズルを手にして立ち上がった。
旅立つ自分にサムが贈ってくれた餞、それが大切なパズルだから。
それと一緒にノアを旅立とう、サムは「行けよ」と背中を押してくれたのだから。
そのために自分は生まれて来た。
人類を、SD体制を守るためだけに。
「そうだねえ…」とサムも言ってくれたから。
そのために生まれたことを、使命を、サムは否定はしなかったから。
「元気でチューか?」と、時の彼方から戻って来て。
お前ならきっと大丈夫だぜと、サムは言いに来てくれたのだから…。
友がくれた言葉・了
※いや、これってそういうエピソードだよな、と思うわけですが。…深読みしすぎ?
放映当時は「今回、ミュウ側はスルーですかい!」と呆然だった自分。人生、謎だわ…。