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カテゴリー「突発ネタ」の記事一覧

(……計算通り、理想的に生育中……)
 次の段階へ進めなければ、とマザー・イライザは頷いた。コールした部屋で眠り続ける、キース・アニアンを前にして。
 現時点では順調に進んでいる育成。「理想の指導者」を、無から作り上げるプロジェクト。
 ミュウの長、ジョミー・マーキス・シンと幼馴染の、サム・ヒューストンだの、スウェナ・ダールトン。その辺とも上手く「近付けた」のだし、そろそろ仕上げをすべきだろう、と。
(ミュウ因子を持った候補生を一人…)
 E-1077に迎え入れること。それがプロジェクトの肝になる。
 よって、あちこちの育英都市へと、グランド・マザー直々の「お達し」があった。
 曰く、「ミュウ因子を持った優秀な子供を一人、成人検査にパスさせ、E-1077へ送るように」と、あらゆるテラズ・ナンバーに向けて。
 それで白羽の矢が立った子供が、セキ・レイ・シロエ。
 幼い頃にジョミー・マーキス・シンと接触したのだけれども、其処の所は、把握されてはいなかった。ついでに「どうでもいい」話。シロエに「記憶がない」だけに。
 シロエは成人検査をパスして、E-1077に送られたけれど…。


「なんだよ、お前! こんな子供の本なんか持って!」
 馬鹿じゃねえの、とシロエを嘲り笑う同期生。E-1077の、とある通路で。
「子供の本じゃないんだから! ぼくの大切な宝物で…。あっ!」
 返して、とシロエは涙声になった。ピーターパンの本を取り上げられてしまったから。
「宝物ねえ…。これだからチビって笑われるんだよ」
「違いねえよな、おまけに直ぐに泣いちまうのも子供の証拠で…」
 成績だけが良くってもな、と四人ばかりがシロエを取り囲む。「泣き虫のチビ」だの、「パパとママが大好きなんだよな?」だのと、言いたい放題で。
 シロエは本を返して貰えず、ただウッウッと泣きじゃくるだけの所へ…。
「おい、お前たち! 何をしている!」
 君たちの担当教官は誰だ、と怖い顔で現れた上級生。知らない者などいない秀才、キース・アニアン。彼は「本を奪った生徒」の腕を掴むと、ピーターパンの本を取り返した。
「ほら、君の本だ。…取られないよう、部屋に仕舞っておくんだな」
「ありがとうございます! えっと…。キース先輩…?」
「キースでいい。その本、大事にするんだぞ」
 次も助けてやれるとは限らないからな、とキースは立ち去り、シロエはピーターパンの本を抱えて、尊敬と憧れが入り混じった目で立ち尽くしていた。
 「キース先輩、かっこいい…」と。
 なにしろ「助けて貰った」のだし、大恩人と言ってもい。ピーターパンの本は「故郷から持って来ることが出来た」たった一つの宝物。それを取り返して、ちゃんと渡して貰えただけに。


 これがキースとシロエの「出会い」で、マザー・イライザは目が点だった。機械だからして、あくまで「イメージです」な「目」」だけど。
(……セキ・レイ・シロエ……)
 何か間違っているような…、と呟くマザー・イライザ。
 「キース・アニアン」に必要なモノは、不倶戴天の敵と言ってもいいほどのライバル、優秀すぎる下級生。出会った途端に喧嘩になって、カッカと熱くなるような。
(…そういう子供で、ミュウ因子の保持者で…)
 いずれ色々と役立つ筈で…、と思うのだけれど、立ったフラグは「友情」っぽい。
 シロエはキースを尊敬しまくり、「かっこいい」などと憧れる始末。それというのも…。
(消された子供時代にこだわる子供、と注文をつけておいたのに…)
 その点だけしかクリアしていないのが「シロエ」だった。
 ピーターパンの本を後生大事に抱えて、日々、苛められては泣いている子供。負けん気が強いわけなどはなくて、「パパ、ママ…」と涙ぐむのがデフォ。
(…これでは、キースを次の段階に進めるどころか…)
 足を引っ張られてしまうのでは、と嫌な予感がしないでもない。
 キースがシロエと「友達」になってしまったりすれば、この先、プロジェクトが狂ってしまうということもある。
 けれど「シロエ」は「来てしまった」上に、「キース」に出会ったものだから…。


「キース先輩! この間は、ありがとうございました!」
 シロエがペコリとキースにお辞儀したのが、カフェテリアでのこと。キースがサムと食事中の所へ、それはニコニコと近付いて来て。
「いや、別に…。当たり前のことをしたまでだ」
「でも…。ぼくは、とっても助かりました」
 あの本は大事な宝物なんです、とシロエが深々と頭を下げまくるから、キースの方でも、気になって来るのが「例の本」。シロエに「返してやった」ソレ。
「宝物…。よく見なかったが、何の本なんだ?」
「ピーターパンの本なんですけど…。ぼくのパパとママがくれたんです!」
 小さい時からの宝物で…、とシロエは説明を始め、サムも「ふうん…?」と面白そうに聞き入っている。「俺は、そういうのは持って来なかったっけな…」などと。
「なるほど、君の宝物か…。パパとママというのが、よく分からないが…」
 それに故郷も覚えていない、とキースは考え込んでしまって、シロエは「えっ…」と顔を曇らせ、「ぼく、悪いことをしちゃいましたか?」と気遣った。
「キース先輩は、お父さんたちも、故郷も覚えていないんですか…。そんなことって…」
 気の毒すぎます、と俯くシロエ。「成人検査のショックで忘れることは、あるそうですけど…」と辛そうな顔で、「すみません」とキースに謝りもして。
「故郷と親か…。それは覚えていないと困るものなのか?」
 今日まで気付きもしなかったが、とキースは言ったけれども、シロエは「困りますとも!」と拳をグッと握った。
「キース先輩を育てた人と、先輩が育った場所なんですよ? 気になりませんか!?」
 覚えていないなんて、まるで根無し草じゃないですか…、とシロエは力説しまくり、サムも同じに頷いた。「故郷とか、親とか、幼馴染ってのは、いいモンだぜ?」と。
「でもよ…。覚えていねえんだったら、仕方ねえよな…」
 これから思い出を作っていこうぜ、とサムがキースの肩を叩いて、シロエも「よろしく」と手を差し出した。「キース先輩の思い出作りに、ぼくも協力したいです!」と。


 不倶戴天の敵でライバルどころか、キースと「友達」になってしまったシロエ。
 マザー・イライザの目論見とプロジェクトは、それは華々しくズッコケた。
 養父母と故郷が「何より大事」なシロエが「キースの友達」なだけに、「過去の記憶を一切持たない」キースは、思い出作りと「自分探し」に生きる日々。
 スウェナも一緒に四人でカフェテリアにいるかと思えば、ゲームセンターに出掛けて行って、エレクトリック・アーチェリーに興じていたり。
「キース先輩、もう一勝負しませんか?」
「ああ。しかし、お前に勝ちを譲ったりする気はないぞ」
 いざ! と並んでゲームスタート、勝った、負けたと競う二人に、声援を送る候補生たち。実にいい勝負を繰り広げるだけに、馬券よろしく賭けの対象になったりもして。
 マザー・イライザは「此処で喧嘩になる筈が…」と呻くけれども、喧嘩は起こりもしなかった。勝負を終えたら仲良く引き揚げ、カフェテリアでコーヒーブレイクなだけに。
「シナモンミルク、マヌカ多めで!」
 毎回シロエが頼むものだから、キースもたまに注文する。「同じのを一つ」と。
「…これもなかなか美味いものだな…」
「そうでしょう? ぼくは家でも、良く飲んでました。あっ…!」
 ごめんなさい、と詫びるシロエに、キースは「気にしなくても…」と困り顔。
「覚えていないのは仕方ないから…。正直、残念ではあるが」
「それを思い出すための自分探しでしょう? ぼくも頑張っているんですけど…」
 見付かりませんよね…、とシロエが溜息をつく。
 キースの故郷のトロイナスについて、もうどれくらい調べたことか。子供が好きそうな遊園地などはもちろん、メジャーな観光スポットなども端からデータを引き出すのに、無駄。
 どれを見たって「ピンと来ない」のがキースという人。
「…いつか見付かるのだろうか…。育った家というヤツが…」
「どうなんでしょうね、ぼくも記憶が曖昧ですから…」
 成人検査でかなり忘れてしまったんです…、とシロエは嘆くけれども、「キース先輩よりかは、遥かにマシだ」と、自分の境遇に感謝していた。「全部、忘れたわけじゃないから」と。
 両親の顔がぼやけていようが、「何も覚えていない」ことに比べれば些細なこと。
 だから成人検査への恨みつらみは、すっかりと消えているのがシロエ。お蔭でシステムへの反抗心などは育ちもしないし、ただただ「パパ、ママ、大好き」なだけ。


(……明らかに間違えているような……)
 それにキースも、違う方向へ進んでいるような…、とマザー・イライザは不安MAX。
 シロエが「キースの友達」だなんて、プロジェクトには「全く無かった」こと。
 そんなシロエが「乱入して来た」ばかりに、スウェナの結婚騒ぎにしたって、キースはただの「女心が分からない人」になってしまった。スウェナに平手打ちをかまされたほどに。
 「シロエでも分かってくれているのに、どうして、あなたは分からないの!」と、パアン! と皆の面前で。…カフェテリア中の候補生が「あちゃー…」と見ている中で。
 スウェナは泣きながら走り去って行って、シロエはキースに「謝った方がいいですよ?」とアドバイスをかまし、自作のバイクを「貸してあげますから」と申し出た。
「スウェナ先輩に、最後の思い出をあげて下さい。…失恋でも、思い出は無いよりマシです」
「…そういうものか…。分かった、ところでバイクでどうすればいいんだ?」
「ステーション一周でいいんじゃないですか? 中庭でちょっと休憩したりもして」
 そんなコースがいいですよね、とシロエが勧めて、サムも賛成。
 かくしてキースはシロエのバイクで、スウェナとE-1077の中を走った。これで「さよなら」のデートだけれども、他の候補生たちに「青春だぜ…」と見守られて。
 スウェナがステーションを去って行く時、キースの右手をガッツリ握って、「次に、いい女に出会った時には、失敗なんかするんじゃないわよ?」と激励したのは言うまでもない。
 サムもシロエも「うん、うん」と、キースの「次なる恋」を全力で応援すると誓った。「女心の分からない奴」で終わらないよう、「いい女」が来たらキッチリお膳立てだ、と。


 そんな調子でキースは「成長してゆく」。
 シロエに「出生の秘密を暴かれる」どころか、「親も故郷も忘れた自分」を深く嘆いて、人情味あふれる「キース・アニアン」に。
 「何も覚えていないんだ…」と寂しそうなキースに、「私が慰めてあげるわよ!」とばかりに、数多の女性が群がるほどに。
(……理想的に生育していない上に、思いっ切り斜め……)
 このまま卒業してしまうのでは、とマザー・イライザが危惧した通りに、「何事も起こりはしなかった」。シロエとキースの派手な喧嘩も、シロエの「フロア001侵入騒ぎ」も。
 シロエはキースの「ゆりかご」だったフロア001に出掛けもしないで、卒業間近なキースやサムと名残を惜しんで、皆と寄せ書きまでしている有様。
「キース先輩、卒業しても連絡下さいね!」
「もちろんだ。E-1077の近くに来た時は、寄って行こうとも思っている」
 お前も早く卒業して、俺と一緒にメンバーズになれ! とキースはシロエと握手で、サムは「いいよな、頭のいい奴らはよ…」と号泣しつつも、「友達だよな!」と毎度の台詞を吐いた。
 「みんな、友達!」と、お得意のヤツを。
 そうしてキースは、E-1077を卒業してゆき、シロエはキースが乗った船へと、窓から手を振り続けた。「キース先輩、また会いましょう!」と、船の光が見えなくなるまで。
(……教育、失敗……)
 理想の子を作り損ねてしまった、とマザー・イライザの嘆きは尽きない。
 「最後の仕上げ」に連れて来た筈の、「シロエ」が全てをパアにしたから。
 このまま行ったら「セキ・レイ・シロエ」も、もう間違いなくメンバーズ入り。いずれキースと旧交を温め、ますます「キースを駄目にしてゆく」ことは確定。
 いつか「いい女」がキースの前へと現れたならば、全力でプッシュするのがシロエ。ついでに宇宙の何処かにいるサムも。
 そうしてキースは「めでたく結婚」、メンバーズの道を外れてしまって、何処かの育英惑星に行って養父母コースの仲間入り。
 せっかく「無から作り上げた」のに、指導者になりはしないから。
 国家主席に就任どころか、子供相手に「パパでちゅよー!」と、笑顔全開エンドだから…。

 

            斜めな友情・了

※いや、キースの成長の鍵がシロエだと言うなら、「シロエのキャラが違っていたら?」と。
 場合によっては、こうなるようです。シロエと友情を築いたが最後、「パパでちゅよー!」。









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「ようこそ、ジョミー・マーキス・シン。私はこのシャングリラの船長、ハーレイ」
 君を心から歓迎する、とジョミーの前に出て来たオッサン。やっとの思いで追撃を逃れ、逃げ込めたらしい船の格納庫で。
(…え、えっと…?)
 なんかゾロゾロ人がいるし、と思ったジョミー。船長だと名乗ったオッサンの他にも、偉そうにマントを纏ったジジイたちやら、あまり年の変わらない若者たちやら。
(此処って、何さ…?)
 シャングリラって、と考えた途端に、ハーレイが笑顔でこう言った。
「此処は君の家だ。大いに寛いでくれることを、我々は心から願っている」
「…はあ?」
 このオッサンは何が言いたいんだ、とジョミーが失った言葉。「家」なら、ちゃんとアタラクシアに「自分の家」を持っている。成人検査で出て来たとはいえ、家は家。
(…こんな連中がいる船なんて…)
 家じゃないから! と顔を顰めた途端に、頭の中で響いた声。この船まで連れて来てくれたリオ、彼が使うのと同じ思念波で。
『…今の、聞いたか? こいつ、挨拶も出来やしないぞ!』
『ソルジャーは、凄いミュウだと言ったのに…。挨拶くらい、一瞬で分かる筈だよな?』
『当たり前だろ、ミュウの特徴は思念波だぜ! ツーと言えばカーで!』
 どんな情報でも、一瞬の内に共有してモノにしてこそだよな、と露骨な罵倒。彼らの顔に浮かぶ嘲笑、そうでなければガックリな感じ。
(な、なに…?)
 ぼくが何をしたわけ、とジョミーが慌てふためいていたら、白い髭のジジイが進み出た。
「ジョミー、君は挨拶の作法がなっていないのだよ。…おっと、私の名前はヒルマンだ」
 船の子供たちの教育係を務めている、とジジイがやった自己紹介。彼が言うには、このシャングリラで、誰かの部屋などに招かれた時は…。
(……此処は、あなたの家ですから、って……)
 向こうが言うから、それに対して返す言葉に「決まり」がある。「ありがとうございます」というのはともかく、その後に続く「お約束」。
 「おお、私にとって、この世でこの場しかありません。此処は最後の希望です」とヨイショ、それがシャングリラの流儀。人間関係を「とても円滑に」するために。


 なんだか「とんでもない」、やたらと長い挨拶の言葉。それを「ジョミーも」言うべきだったらしい。しかも「処分されそうだった所を助けられた」のだから、もう文字通りに…。
(この世でこの場しか無くて、最後の希望で…)
 心をこめて「ありがとうございます」と称えまくりで、この場にいる皆を「いい気分」にさせるべきだったとか。「ジョミーを助けられて良かった」と、皆が笑顔になるように。
「そんなの、ぼくは知らないから! 第一、ぼくはミュウなんかじゃない!」
 そう叫んだら、ドヨッと起こったざわめき。思念波で「なんて野蛮な」とか、「全く文化的じゃない」とか、それは散々に。
(…何なんだよ、此処…!)
 やってられっか! とジョミーは怒りMAX、リオに案内されて個室に入った。ジョミーのためにと用意されていた部屋だけれども、リオは其処へと足を踏み入れるなり…。
『とても小さくて、お恥ずかしい限りなのですが…。我々に出来る精一杯のおもてなしです』
 どうぞ寛いで下さいね、と思念が来たから、「もしかしたら」とピンと来た。さっき聞かされたばかりの、べらぼうに長ったらしかった挨拶。アレで応えるべきなのだろうか、と。
(此処が最後の希望だっけか…?)
『そう、そうです、ジョミー! もうマスターしてくれたのですね!』
 その調子で覚えていって下さい、とリオは大感激で「例の挨拶」を思念波で繰り返してくれた。「おお、私にとって、この世でこの場しかありません。此処は最後の希望です」というヤツを。
 このシャングリラで生きてゆくには、基本の基本な挨拶だとか。何処へ招かれても欠かせないブツで、これが言えないようなミュウだと…。
(…礼儀知らずの田舎者って言うか、無粋って…!?)
 なんで、とジョミーは思ったけれども、リオの話では、シャングリラは「文化的な船」。粗野で野蛮な人類などとは「全く違って」、高い文化を誇るもの。
『言葉の代わりに、思念波で通じてしまいますからね…。そういう意味でも必要なんです』
 コミュニケーション能力を失わないよう、「言葉」は常に飾るものです、とリオは説明してくれた。とても急いでいるならともかく、それ以外の時は盛大に「飾り立てる」のが「言葉」。
 部屋に誰かを招いた時には、「此処は、あなたの家ですから」と相手をヨイショで、招かれた方も「この世でこの場しかありません」とヨイショで返す。
 一事が万事で、「慣れれば、じきに使えますよ」とリオは請け合ってくれたのだけれど…。


 なんだかんだで「食事にしませんか?」と連れて行かれた食堂。其処でトレイに載せた料理を受け取っているミュウと、食堂の係のやり取りが…。
「今日はあんまり食べられないんで、申し訳ないけど、控えめの量でよろしく」
 せっかくの料理を無駄にして、なんとも心苦しい次第で…、とトレイを受け取る一人に、係は笑顔でこう応じた。
「いえいえ、大した料理も出せずにすみません。粗末な料理で恐縮ですが、ご遠慮なく」
 心ゆくまでお召し上がり下さい、とスマイル、ゼロ円といった具合にナチュラルに。
(…ちょ、アレって…!)
 此処でも「ああいう挨拶」が…、とビビるジョミーに、リオは「覚えが早くて助かります」と、にこやかな笑み。「あんな風に挨拶するんですよ」と。
(うわー…)
 出来なかったら「粗野で野蛮」で確定なのか、と思いはしても、そんなスキルは持たないのがジョミー。先に注文したリオは「お手数をかけてすみません。いつも美味しい料理をどうも」と係をヨイショで、係の方でも「今日も粗末ですみませんねえ…。果たしてお口に合いますかどうか」とやったのだけれど…。
「…ぼくも、同じの」
 それ下さい、としかジョミーは言えなかった。アタラクシアの学校の食堂、其処では毎度、そうだっただけに。
 係はポカンと呆れてしまって、あちこちから飛んで来た思念波。
『聞いたかよ? 注文の仕方も知らないらしいぜ』
『無駄、無駄! あいつの頭は、まるっきり野蛮で人類並みだし』
 このシャングリラの高い文化に適応できるわけがない、と食堂中でヒソヒソコソコソ、その思念にすら「混じっている」のが「文化の高さ」。
 「まるっきり野蛮で人類並みだし」と囁く思念は、「遥か昔の石器時代の人類」並みだ、と言葉を「飾っていた」し、「注文の仕方を知らない」の方も、「とても垢抜けて洗練された注文」と「飾りまくっていた」言い回し。
(……なんか、色々と……)
 あらゆる意味でハードすぎるかもよ、とジョミーは早くも「めげそう」だった。どう考えても、自分は「ミュウとは違うっぽい」と、あまりの運の無さに打ちのめされて。


(……こんな船になんか、来たくなかったのに……)
 ぼくに合うとは思えないや、と愚痴りながらも眠った夜。悪い夢だったら、明日の朝にはスッパリと消えているかも、などと微かな望みを抱いて。
 けれど翌朝、目覚めてみたら、其処はキッチリ、ミュウの船の中で…。
『おはようございます、ジョミー。昨夜は、最高の絹に包まれたように眠れましたか?』
「え? あ、ああ…、うん…」
 リオの言葉に途惑いながらも、「よく眠れたか」訊いているのだろう、と頷くと…。
『それは良かったです。私はあなたの下僕、いえ、それ以下の小さな存在ですから…』
 あなたのためなら、どんなことでも犠牲になります、とリオが言い出すから驚いた。「下僕」で「犠牲」って、何も其処までしなくても、と。
「ちょ、ちょっと…! リオは、ぼくの命の恩人で…!」
『いえいえ、私は、あなたの靴底の埃に過ぎませんから』
 …というのも覚えておいて下さいね、とリオはニッコリ微笑んだ。このシャングリラで「お世話になっている人」に挨拶するなら、こうです、と人の好さが滲み出る顔で。
 曰く、「いずれ、ソルジャーに挨拶する」なら、この手の挨拶は欠かせないもの。これからヒルマンの授業でも「教わる」ことになるだろう、と。
「それも言葉を飾るってヤツ…!?」
『そうですよ? この船で文化的に暮らしてゆくなら、必須ですね』
 きちんと覚えて下さいよ、と念を押されても、納得がいかない言い回し。
(この船じゃ、普通かもしれないけどさ…!)
 なんだって「ソルジャー・ブルー」なんぞに会うのに、仰々しく飾り立てた言葉が必須なのか。覚えるだけでも大変そうだし、そうでなくても中身がキツイ。
(…「あなたの下僕」だけでも、思いっ切り抵抗があるんだけど…!)
 下僕どころか、「それ以下の小さな存在」と来た。その上、「あなたのためなら、どんなことでも犠牲になります」なんて、言いたくもない。
(言ったら、きっと人生、終わりで…)
 ソルジャー・ブルーの言いなりにされて、いいようにコキ使われるのだろう。いくら定型文だと言っても、まるで全く信用できない。「揚げ足を取る」という言葉だってある。
 かてて加えて「あなたの靴底の埃に過ぎませんから」だなんて、どう転がったら言えるのか。こちらにだってプライドがあるし、「ミュウの文化」とは無縁なだけに。


 いったい、此処はどういう船なんだ、と嘆きながらも、ジョミーが連れてゆかれた教室。ミュウについての教育を受けに、ヒルマンの所へ行ったのだけれど…。
「ようこそ、ジョミー。我々の粗末で小さな船では、出来ることはとても少ないのだが…」
 まずは必須の「言葉」について話をしよう、とヒルマンが始めた「本日の授業」。
 このシャングリラでは、言葉が非常に大切にされる。言葉は「やたらと飾ってなんぼ」で、「大袈裟に飾り立てる」のがミソ。
 思念波だけで意思の疎通が可能になる分、失ってはならない「言葉」の文化。それをしっかり生かすためにと、船で決まったのが…。
(……この、とんでもない言い回し……)
 最初は「もっとソフトだった」らしい。SD体制が始まるよりも、遥かに遠い昔の時代。地球の東洋にあった小さな島国、「日本」のやり方が導入された。「イエス」か「ノー」かをハッキリ言わずに、持って回った言い回しをする、「言葉が大事」な国だったから。
 ところが、それから進んだ研究。船のデータベースを漁る間に、「もっと凄い国」が見付かった。アラビアンナイトで知られたペルシャが、「日本以上に半端ないらしい」と分かった真実。
 滅多やたらと言葉を飾って、「それが出来ない」ような人間は、アウトだった世界。誰かの家に出掛けて「留守」なら、後でその相手に、こう詫びる。
 「私には、あなたの家に巡礼できるほどの、人徳がありませんでした」と低姿勢で。
 そう言われた方は、「そうですか…。それでは、あなたを恥から解放させられるように努めます。是非、いらして下さい」と次の訪問を待って、招いた時には…。
(此処はあなたの家ですから、で、呼ばれた方は、その家が最後の希望で…)
 ジョミーが「船に来るなり」受けた洗礼、それが自然に「行われていた」のが、かつてのペルシャ。これ以上に「言葉遣いが面倒な国」は他に無いから、即、シャングリラもそれに倣って…。
「いいかね、ジョミー。…君がソルジャーに、直々に呼ばれた場合はだね…」
 通信にせよ、思念波にせよ、こう答えなさい、とヒルマンが教えた言葉は強烈だった。
 ソルジャー直々の「お呼び出し」には、「はい」ではいけない。「ジョミーです」でも駄目で、正解は「私は、あなたの生贄になります」。
「い、生贄って…!?」
「安心したまえ、これはペルシャの普通の挨拶だから。ソルジャーも、こう仰る筈だ」
 いえ、そのようなことを、神様はお許しになりません、とね、とヒルマンは笑っているのだけれども、ジョミーは既にパニックだった。ますますもって「後が無さそう」な挨拶なのだから。


(……ソルジャー・ブルーから、呼び出しが来たら……)
 シャングリラの流儀に従うのならば、「私は、あなたの生贄になります!」と颯爽と。
 そして「呼び出されて」青の間とやらに到着したなら、「お会い出来て光栄です」の代わりに、「あなたの所に巡礼できて、幸運の絶頂です」と、ソルジャー・ブルーを褒め称えて…。
(散々お世話になって来たから、「あなたの下僕」で、「それ以下の小さな存在」で…)
 あなたのためなら、どんなことでも犠牲になります、と「自分で宣言する」死亡フラグ。「生贄になります」と答えて出掛けて、「犠牲になります」と畳み掛けるだけに。
(でもって、靴底の埃に過ぎません、って…)
 あんまりだから! とジョミーは真っ青なわけで、「シャングリラ流」を「覚えた時」には、もう完璧に「後が無い」。
 船の「普通のミュウ」にとっては「定型文」でも、ソルジャー・ブルーの「後継者」にされそうな「自分」は、その限りではなくて…。
(もう文字通りに生贄で、犠牲…)
 覚えたら負けだ、と固めた決意。ゆえに「覚えずに」スルーしまくったけれど、船からもトンズラ出来たのだけれど…。
(……ソルジャー・ブルー…。今は、あなたを信じます…)
 靴底の埃だの、生贄だのから「逃げたかったら」、船の頂点に立つことですね、とジョミーは「上を目指す」ことにした。
 アルテメシアの成層圏まで逃げた挙句に、船に戻ってしまっただけに。
 今は「ソルジャー候補」だけれども、ソルジャーになったら「あなたの下僕」だの「生贄」だのは、言わなくて済むらしいから。「靴底の埃に過ぎません」だって。
(…ソルジャーが一番、偉いんだから…)
 普通に「言葉を飾る」程度で、もう要らないのが「低姿勢」。「下僕」や「生贄」を卒業するには、「それを言われる方」になること。
 たとえ訓練が茨道でも、「靴底の埃」になるよりはいい。プライドをかけて頑張るのみだ、とジョミーは高みを目指してゆく。
 やたらと言葉が「飾られた」船で。高い文化を誇るミュウたち、彼らが貫く「ペルシャ流」の言い回しが「強烈すぎる」世界で…。

 

            文化的な言葉・了

※原作だと「重んじられている」のが、「きちんと言葉で話す」こと。思念波じゃなくて。
 それならハードルをグンと上げたらどうだろう、というお話。ペルシャの件はマジネタです。









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(……理想の子……)
 今度こそは、とマザー・イライザが続ける思考。
 E-1077のシークレット・ゾーン、フロア001での「実験」。
 三十億もの塩基対を合成し、それを繋いでDNAという名の鎖を紡ぐ。全くの無から生命を生み出すために、何度となく実験を続けて来た。
 その「基礎」は既に出来上がっている。強化ガラスの水槽の中に並んだ「サンプル」たち。
 彼らと同じにDNAを紡いでゆけば、「外見」だけは立派に完成するのだけれど…。
(…足りないのは、押し…)
 今のままでは、どう作っても「ただのヒト」しか出来ない。とても優秀な「人類」が一人、出来上がるというだけのこと。そう、「人類」。
(いずれは、時代遅れになる筈の種族で…)
 より「優れた者」を作り出すなら、人類ではなくて「ミュウ」でなければならない。SD体制の異分子とされる、「M」と呼ばれる生き物たち。
 彼らは排除するべき存在だけれど、進化の必然でもあった。宇宙を統べるグランド・マザーが、ひた隠しにしている「ミュウの真実」。
 もちろんマザー・イライザにも「内緒」で、知られたとは気付いていないだろう。こんな末端の「たかが教育ステーション」のコンピューター風情が、最高機密を「掴んだ」とは。
 ところがどっこい、それが「現実」。
 このプロジェクトを任された時から、マザー・イライザは常に「上」を目指して来た。要求された内容以上の成果を上げてゆかなければ、と。
 そうするためなら、手段を選びはしない。グランド・マザーの意向を知ろうと、ハッキングさえもやらかす勢い。「従っている」ふりをしたなら、容易に侵入可能なだけに。
(…どう考えても、ミュウ因子を加えた方がお得で…)
 優秀な人材が「生まれる」だろうに、それは御法度。
 なんとも惜しい限りの話で、どうにかして「そこ」をクリアしたいもの。「理想の子」を見事に作り上げるなら、欠かせないブツがミュウ因子。


 何か方法はないものだろうか、とマザー・イライザは思考し続ける。
 「人類」であるべき「理想の指導者」、それと「ミュウ因子」とは並び立たないのか、あるいは抜け道があるものなのか。
(…普段は人類、場合によってはミュウというのは…)
 どうだろうか、と考えたものの、その切り替えが難しい。何かのはずみにスイッチオンで、人類からミュウにパッと変身するなら、ともかく。
(…変身……?)
 これは使えるかもしれない、とメモリーバンクを探ってゆく。遥か昔から、人間たちは「それ」を夢見て来た。変身して戦うヒーローやヒロイン、そういったモノを。
(……データは、山ほど……)
 ならば私の「好み」で決めて…、とマザー・イライザは「観始めた」。SD体制が始まるよりも遠い昔に、人間が「作った」変身モノの様々な映像などを。
(…美少女戦士セーラームーン…)
 少女の話は必要ない、と思ったものの、参考のために観てもいいだろう、と全話を確認した後、マザー・イライザは「コレだ!」と考えた。
 人類の聖地、母なる地球。ソル太陽系の第三惑星、そこが肝心。
 戦う美少女セーラームーンは、地球にある「月」の名前を持っていて…。
(セーラー・マーキュリー、セーラー・マーズ…)
 他の美少女戦士たちには、ソル太陽系の惑星の名がついていた。後の時代に「準惑星」へと転落していった冥王星までが、バッチリ入って、セーラー・プルート。
(…これだけ揃っても、無いのが地球…)
 地球の名を持つ「美少女戦士」は、いなかった。
 だったら、名前だけを拝借、セーラー・アースか、セーラー・ガイアとでも。
(据わりがいいのは、セーラー・ガイア…)
 それにしよう、とマザー・イライザが決めた「理想の子」にして、「理想の戦士」。この際、美少女の件はサラッと無視して、「要は、セーラー戦士でいい!」と。


 もうちょっとばかり思考していたら、「タキシード仮面」が「地球担当」だと気付いただろうに、どこか抜けていたマザー・イライザ。
 勝手に決めたのが「セーラー・ガイア」で、ミュウ因子が発動した時は「ソレ」。
(…変身して、華麗に戦うのなら…)
 人類以上の能力があってもオールオッケー、きっと問題ナッシング。
 これで「理想の子」を作れる、とマザー・イライザは頑張った。「理想の子」が変身を遂げた時には、服までが変わるようにして。
(本当に変えられるわけがないから…)
 其処の所は、ミュウの得意技でいいだろう。サイオニック・ドリームで「服」を作れば。
 美少女戦士たちのパクリで、セーラーカラーにミニスカートの「戦士」でかまわない。なんと言っても「セーラー・ガイア」を名乗るからには、あくまで「本家」に忠実に。
(ガイア・ミラクルパワー…)
 メイクアップ! という「掛け声」も組み込むことにした。
 かてて加えて、忘れちゃいけない決め台詞。「地球に代わって、おしおきだ!」と。
 「理想の子」は男性なのだからして、「おしおきよ!」では、流石にアウトっぽいから。
(…同じミュウなら…)
 最強のタイプ・ブルーと洒落込みたいけれど、如何せん、データが足りなさすぎた。最初に発見された一人を除いて、タイプ・ブルーのミュウなどは「いない」。
 仕方ないから、攻撃力だけはタイプ・ブルーに匹敵すると噂の、タイプ・イエロー。それで代用しておこう、とマザー・イライザが固めた方針。
(強ければ、それでいいのだし…)
 無い物ねだりをしているよりは、現実的な選択をすべき。
 人類の指導者となるべき「理想の子」。その正体は、タイプ・イエローのミュウでもあって、それゆえに「人類以上の能力」を持つ。
 もっとも、「彼」が変身する機会があるかどうかは、別の話で。


 こうして無から作り出された、「セーラー・ガイア」。
 人類としての名前は「キース・アニアン」、彼はフロア001で成人検査の年まで育った。養父母や教師に情緒を曲げられることなく、強化ガラスの水槽の中で、無垢な者として。
 E-1077の候補生となった後には、「機械の申し子」の異名を取るほど、優れたエリート。人類以上の能力は「頭脳にも」影響を与えてゆくだけに。
(ようやく、生まれた…)
 理想の子が、とマザー・イライザは御満悦。
 E-1077では、さしたる事件も無かったお蔭で、「セーラー・ガイア」の出番は無かった。やがてメンバーズに抜擢された「キース」は、自分の「真の能力」を知らないままで卒業してゆき、「冷徹無比な破壊兵器」とも呼ばれ続けて…。
「…ジルベスターへ飛んでくれるかね?」
 上官からの、そういう命令。
 ジルベスター星域での事故調査と言いつつ、ミュウの拠点を見付けるのが任務。キースは早速にジルベスターへ飛び、其処の第七惑星で…。


「メンバーズ・エリート…。グランド・マザーの犬というわけか」
 そう言い放った、キースの船を落とした青年。ミュウの長、ジョミー・マーキス・シン。それは恐ろしいオーラを背負った「彼」の登場で、キースは危機を悟ったわけで…。
(…こいつを相手に、ナイフ一本で勝つことが出来るのか…!?)
 無理なのでは、と思った瞬間、口をついた叫び。まるで意識はしなかったのに。
「ガイア・ミラクルパワー…。メイクアーップ!!」
 それが引き金、キースは華麗に「変身」を遂げた。地球の名を持つ「セーラー・ガイア」に。
 サイオニック・ドリームとはいえ、凄いミニスカのセーラー戦士。
 ジョミーは「え!?」とビビりまくりで、キースはビシィ! とポーズを決めた。
「貴様、ミュウの長か…! 地球に代わって、おしおきだ!」
「ちょ、ちょっと…! 君はミュウだ!」
 もう絶対にミュウなんだけど、とジョミーはオタオタ、キースもハッと我に返った。さっきから自分が何を叫んだか、自分の「見た目」はどうなのか、などと。
「…わ、私は…? な、なんだ、これは…!?」
「いや、だから…。君はミュウだと思うわけでさ…」
 セーラー・ガイアが君の正体だろう、と突っ込んだジョミー。「人類」としての名前は何であっても、ミュウとしての名前は「セーラー・ガイア」だ、と。
「……セーラー・ガイア……」
 私がか…、とキースも「目が点」だったのだけれど、実際、やってしまった変身。それに決め台詞やら決めポーズまでがセットものだし、そういうことなら…。
(……実は私は、キース・アニアンではなくて……)
 セーラー・ガイアだったのか、とキースも認めざるを得ない現実。「そうだったのか」と。


 かくして、キースは「事故調査」から戻りはしなかった。
 マザー・イライザが作った「理想の子」キース、それは優れた頭脳を活かして、ミュウの側につくことになる。
 何と言っても「セーラー・ガイア」で、変身したなら戦士なのだし…。
「ソルジャー・シン。…アルテメシアは陥落させたが…」
 いよいよ地球を目指すのか、とキースはサックリ「ミュウの世界」に馴染んで、メギドは出番も無いままだった。
 ソルジャー・ブルーは今も存命、青の間で昏々と眠り続けている。
 ナスカの子たちも急成長を遂げないままで、シャングリラは地球へと進んでゆく。地球の名を持つセーラー戦士、「セーラー・ガイア」と共に戦いながら。
 「彼」を作ったマザー・イライザが、グランド・マザーに「消された」ことさえ知らないで。
 そのラスボスのグランド・マザーですら、呆気なく倒されてしまったという。
 「地球に代わって、おしおきだ!」と叫ぶ「セーラー・ガイア」と、ソルジャー・シンに。
 無から作った「優れた人材」、その正体が実は「ミュウだった」せいで…。

 

            地球の戦士・了

※「誰か変身しないモンかねえ?」と、ふと思ったのがネタ元ですけど…。セーラー戦士…。
 いや、「ガイア、いないな…」なんて気付いちゃったら、やるっきゃない…ような…?








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(……うーん……)
 こういった生き物もいるのだった、とソルジャー・ブルーが零した溜息。
 青の間のベッドで観ていた映像、アルテメシアで人類が放映している番組の一つ。ミュウの船は娯楽が少ないからして、こんな具合に傍受して流すニュースやドラマ。
 ソルジャー・ブルーが眺めていたのは、愛らしい動物たちの紹介番組。心癒されるからと、よく観るもの。今日の主役は鴨なのだけれど…。
(…刷り込みというのを忘れていたな…)
 仕方ないが、と見詰める画面は、飼育係の後ろをチョコチョコ歩く雛たち。
 鴨だけに限らないのだけれども、「刷り込み」と呼ばれる現象がある。卵から孵化して、最初に目にした「モノ」が「親だ」と思い込むこと。
 飼育係の人間だろうが、たまたま居合わせた犬であろうが、それが「親」。まるっと親だと思う雛たち、「本物の親」には見向きもしない。「初めて出会った」モノを親だと信じたままで。
(……ぼくとしたことが……)
 三百年以上も生きたくせに、とブルーは悔やんでも悔やみ切れない。
 人類の放送を傍受し続け、何度この手の映像を鑑賞して来たことか。刷り込みで「親だ」と思い込む雛も、「思い込まれて」雛の世話をする犬や猫なども。
 本当だったら、ヨチヨチ歩きの雛鳥なんかは、犬や猫から見たなら「餌」。
 けれども、「親だ」と思われた場合、「育て始める」こともある。毛繕いならぬ、羽繕いまでも舌でしてやって、自分の毛皮を寝床代わりに使わせもして。
(…鴨の雛でも、こうなんだから…)
 ぼくも頑張れば良かったんだ、とブルーは後悔しきり。
 何故かと言うに、只今、船で何かと話題のソルジャー候補。ジョミー・マーキス・シンが問題。
 彼は「ブルーの後継者」なのに、大変な暴れ馬だった。船から逃げて行ったくらいに。
 今でこそ観念したようだけれど、そうなるまでが長かった上に…。
(…ジョミーを追い掛けて、成層圏まで飛んで行ったから…)
 ブルーも半殺しの目に遭ったわけで、未だ本調子ではない身体。寿命のことは抜きにしたって。
 もしもジョミーが「鴨の雛」よろしく、ブルーに懐いていたならば…。
(同じように船に連れて来たって…)
 流れは全く違った筈だ、とヒシヒシと思う。
 成人検査を妨害した時点で、既に違っていただろう出会い。刷り込みが起こっていたならば。


 失敗だった、とブルーが悔やむ「刷り込み」のこと。
 ジョミーのことなら、生まれた時から「ずっと」見て来た。
 正確に言うなら、人工子宮から外に出されて、養父母たちの家に来た時。アタラクシアで感じた「強い思念」に引かれて「見付けた」赤ん坊。
(あの時から、何度も思念体になって…)
 ジョミーを眺めに行ったわけだし、もっと捻っておけば良かった。
 養父母たちの隙を狙って、「幼いジョミー」に接触しては、「悪い人じゃない」と覚えて貰う。夢の世界に入り込んで行って、「一緒に遊ぶ」という手もあった。
(そうしておいたら、ジョミーは、ぼくにすっかり懐いて…)
 「夢の中でしか会えない人だ」と思っていたって、きっと嫌いはしなかったろう。鴨の雛たちの刷り込みよろしく、「この人も親だ」といった具合で。
 ジョミーが「親だ」と思い込んでいたら、成人検査を妨害した時も、嫌われる代わりに、助けに来たと分かって貰えた。「あの人だよ!」と、顔を輝かせたりもしてくれて。
 そうやってジョミーを救っていたなら、「家に帰せ」とも言われてはいない。
(…ぼくがジョミーの「新しい親」で…)
 次期ソルジャーに指名したって、文句の一つも無かっただろう。
 ジョミーは進んで訓練を受けて、「次期ソルジャー」を目指した筈。シャングリラで出会った、「新しい親」が「そう言う」のなら。
(……思い付きさえしなかったなんて……)
 つくづく馬鹿だ、とブルーの嘆きは尽きない。
 「刷り込み」という言葉も、それが起こった結果の方も、映像などでお馴染みだったのに。
 おまけに、ブルーは「ソルジャー・ブルー」。
 ミュウたちの長で、ただ一人きりの、タイプ・ブルーというヤツでもあった。
 ジョミーが船にやって来るまでは、もう本当に唯一無二。それだけにサイオンの方も最強、刷り込みをやってみたいのだったら、いくらでも出来た。
 思念体での接触も、夢で出会うという方法も、意識の下に刷り込むことも。
 いつかジョミーと生身で会ったら、「親だ」と思って貰えるように。
 ジョミーを育てた養父母の代わりに、「今日からは、この人を頼ればいいんだ」と、心の底から信じて貰えて、すっかり懐いてくれるようにと。


 一生の不覚、とブルーが悔やんだ、「ジョミーに刷り込み損ねた」失敗。
 それでも「ジョミーが可愛い」わけだし、とても大切なソルジャー候補で、後継者。
 だからブルーは、その夜、早速、ジョミーを呼んだ。「話があるから」と、青の間へ。
「…何の用です?」
 訓練で疲れているんですけど、と仏頂面で現れたジョミー。愛想も何もまるで無かった。
 この辺からして、激しく悔やまれる「ジョミーに刷り込まなかった」こと。
 きちんと「刷り込んで」おきさえしたなら、ジョミーは「青の間に呼ばれた」だけでも、最高に御機嫌だったろうから。「ブルーに会える」と、犬なら尻尾を振らんばかりに。
(……ジョミーには、ぼくの轍を踏んで欲しくない……)
 いつの日か、次のソルジャーを指名するのだったら、ジョミーは「その子」に好かれて欲しい。それがブルーの切なる願いで、ジョミーのためにもなるだろう話。
 ゆえに、重々しく切り出した。
「…ジョミー。ぼくの遺言だと思って聞いておきたまえ」
「遺言ですって?」
 聞き飽きました、とジョミーは素っ気なかった。取り付く島もない状態。
 なにしろ「死ぬ死ぬ詐欺」というのが、ジョミーの「ブルーに対する」評価。養父母の家にいた頃に見せた夢でも、アルテメシアの遥か上空でも、「残り少ない」と告げていたブルーの寿命。
 けれど、一向、死にはしなくて、今も現役で「ソルジャー」な人。
 それで「遺言」などと言っても、ジョミーの耳には白々しいだけ。「また言い出した」といった感じで、右から左へスルーされても「文句は言えない」のだけれど…。
「いいから、聞いておくんだ、ジョミー。…ぼくのようなことに、なりたくなければ」
「…どういう意味です?」
「今の君だよ。ぼくを嫌っているのは分かるし、それも仕方がないとは思うが…」
 負のスパイラルを背負って欲しくはない、とブルーは説いた。
 自分の件なら、もう諦めているのだけれども、ジョミーは「同じ道を行くな」と。
 次のソルジャーを選ぶ時には、「刷り込み」をやっておくように、と。
「刷り込みって…?」
 訝しむジョミーに、ブルーは鴨の雛たちの話を聞かせた。
 卵から孵って最初に出会えば、天敵だろうと「親なのだ」と思い込む、鴨の雛たち。ヨチヨチと後ろをついて歩いて、本物の親よりも「好きになる」ほど。
 ブルーも「ジョミーに」それをしておくべきだった、と本当に後悔していることを。
 ジョミーが「次のソルジャー」を見付けた時には、そうならないよう「刷り込むべきだ」と。


 そうは言われても、まだ若いのがジョミー。全くピンと来はしない。
(…なに言ってんだろ…?)
 死ぬ死ぬ詐欺の次はコレか、と思った程度で、お義理で「はい」と頷いただけ。少しも真面目に考えはせずに、「遥か未来のことなんか」とサラリ流して。
(ぼくが後継者を探す日なんて、三世紀以上も先のことだよ)
 三百年も覚えていられるもんか、というのがジョミーの感想で本音。ブルーの気持ちは、まるで伝わりはしなかった。「ぼくの轍を踏んでくれるな」という「親心」も。
 お蔭でジョミーはスッパリ忘れて、やがてシャングリラは宇宙へ出た。長く潜んだ雲海を離れ、アルテメシアを後にして。
 それから間もなく、昏睡状態に陥ったブルー。
 必然的にジョミーが「ソルジャー」になって、シャングリラは宇宙を彷徨う日々。地球の座標は未だ分からず、人類軍の船に追われて、思考機雷の群れに突っ込んだりもして。
 希望も見えない船の中では、人の心も疲弊してゆく。
 新しいミュウの子供も来ないし、諦めムードが漂うばかり。
 けれど、見付けた赤い星。ジルベスター星系の第七惑星、ジルベスター・セブン。
 「赤い星」、そして「輝く二つの太陽」。
 フィシスが占った希望と未来に、まさにピタリと当て嵌まる星。
 遠い昔に破棄された植民惑星なのだし、人類も来ないことだろう。ジョミーは其処に降りようと決めて、反対意見も、さほど無かった。ゼルがブツブツ言った程度で。
 ジルベスター・セブンは、フィシスに「ナスカ」と名付けられた。ミュウの星として。
 其処に入植するにあたって、もう一つあった大きな目的。
 「ミュウの未来を築いてゆくこと」、すなわち、SD体制の時代には無い「自然出産」で子供を産み育てること。
 たとえ倫理に反していようが、非効率的な手段だろうが。


 そして最初の「命」を宿したのがカリナ。何ヶ月か経てば「子供」が生まれる。
(……男の子なんだ……)
 元気な子供が生まれるといいな、とジョミーは思った。
 ミュウは何かと虚弱な種族で、「何処かが欠けている」のが普通。ジョミーは例外中の例外。
 そんな種族では「未来が無い」から、生まれてくる子は「健康で強い子供」がいい。ジョミーは心からそれを望んで、「そうなるといい」と願い続けて、ある日、気付いた。
 ずっと昔に、ソルジャー・ブルーが「遺言だ」と告げた、鴨の子の話。確か、刷り込み。
(…卵から孵って、最初に見たものを親だと思って…)
 人間だろうが、犬猫だろうが、懐きまくるのが鴨の雛たち。後ろをヨチヨチついて歩いて。
 ブルーも「それをするべきだった」と、あの日、滾々と聞かされた。
 いずれジョミーを「船に迎える」なら、幼い頃から「刷り込んでおいて」、懐くようにと。
(…カリナが生む子が、強い子だったら…)
 ソルジャー候補は、まるで必要ないのだけれども、いつか役立つ日が来るかもしれない。人類と戦う時が来たなら、戦力として。
(そうなってくると、ブルーが言っていたように…)
 刷り込んでおくのがいいのだろう。
 生まれてくる子の本当の親は、カリナとユウイ。SD体制始まって以来の、本物の「親」。
 彼らが子供の「親」になるなら、刷り込むには「親」になるよりも…。
(…親よりも上の立場の方が、もう絶対に有利だよね?)
 「親の親」だと「おじいちゃん」か、とジョミーは大きく頷いた。「それでいこう」と。
 ただ、「おじいちゃん」という言葉は「嬉しくない」。
 今も昏睡状態の「ジジイ」、ブルーでさえも「おじいちゃん」と呼ばれはしない。
(…おじいちゃん、って意味の言葉で、もっと響きがマシなのは…)
 無いだろうか、とジョミーは懸命に調べまくって、「グランパ」という言葉を見付けた。意味は「おじいちゃん」そのものだけれど、これならダメージ低めではある。
 カリナが生む子に、「グランパ!」と呼び掛けられたって。
 「おじいちゃん!」と懐かれるよりは、断然、そっちの方がいい。「グランパ!」の方が。


(……よーし……)
 頑張るぞ、とジョミーが固めた決意。「刷り込まなくちゃ」と。
 ジョミーはせっせとカリナを見舞って、名前も無い胎児に思念を送った。「グランパだよ」と、「生まれて来たら、ぼくと一緒に遊ぼう」などと。
 その子が無事に生まれた後には、「トォニィ」と呼び掛け、抱っこもして。
 ジョミーの努力は立派に実って、喋れるようになったトォニィは…。
「グランパ!」
 大好き、と見事に「懐いた」わけで、鴨の雛のように「ジョミーに夢中」。
 実の両親が側にいたって、ジョミーの方にトコトコ歩いて来て。「グランパ!」と呼んで。
 こうしてジョミーは、トォニィの「グランパ」になった。
 遠い昔にブルーから聞いた、「刷り込み」を、きちんと実行して。
 タイプ・ブルーの強い子供を、すっかりと「ジョミーに」懐かせて。
 これのお蔭で、後に人類は、ミュウに敗れることになる。
 トォニィが率いるナスカの子たちは、半端ない戦力だったから。揃いも揃って最強の子で。
 しかもトォニィの「グランパ」はジョミー、どんな命令でもトォニィは「聞く」。
 鴨の雛と同じで、実の親よりジョミーが「大好き」なのだから。
 ジョミーが一言「やれ」と言ったら、降伏して来た人類軍の船も、平然と爆破するのだから…。

 

            最初が肝心・了

※アニテラでは、全く語られなかった「グランパ」の由来。トォニィがジョミー好きな理由も。
 だったら「仕掛け人」はジョミーでもいいじゃない、というお話。刷り込み、最強。









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(おや…?)
 なんだ、とブルーが感じた気配。シャングリラの青の間のベッドの上で。
 先日、ジョミーを衛星軌道上から連れ戻したばかり。ユニバーサルの保安部隊に捕まり、サイオンを大爆発させて逃げ出したのを。
 お蔭でブルーも激しく消耗、ジョミーの指導どころではない。一日も早い回復を、とベッドの住人なのだけれども、其処は腐っても「ソルジャーと呼ばれた男」。
 ただダラダラと寝ていたのでは意味がない、とサイオンでの監視は怠らない。ユニバーサルやら、アルテメシアの全域やらといった具合に。
 今日のもソレの一環だけれど、妙にザワついているユニバーサル。
(………???)
 サイオンの目と耳を澄ませてみたら、「テラズ・ナンバーが…!」と騒いでいる職員たち。成人検査の実施予定がどうのと、「それよりも、マザー・システムが…!」だのと。
(…テラズ・ナンバー…?)
 ジョミーの成人検査の時にも、戦った相手がテラズ・ナンバー・ファイブ。
 ミュウの宿敵とも言える機械で、憎んでも憎み切れないコンピューターだけれども…。
(何かあったのか?)
 覗いてみるか、と探った気配。
 ドリームワールドの地下深くにあるのは知っているから、サイオンの目で。
 そうしたら…。
(システムダウン…?)
 憎い機械は沈黙していた。大勢の技術者たちが復旧作業を急いでいる。
 ということは、只今、ユニバーサルも、アルテメシア中の、ありとあらゆるシステムなども…。
(…ブロックされてはいないんだな!?)
 チャンス到来、長い年月、待っていた「コレ」。
 きっとジョミーの騒ぎのせいで、システムに異常が出たのだろう。今なら機密を覗き放題、青い地球だって「確認できる」。何処にあるのか、座標なども…、と早速に「覗く」ことにした。
 「成人検査中のジョミー」を抱えてバトルをやったほどだからして、「入り込む」くらいは朝飯前だけに。


 探しているのは「青い星」、地球。
(何処にあるんだ…?)
 地球は、と深く「潜って行った」ブルーの瞳に映った星。それは美しく青く、まさに水の星といった趣。母なる地球。
(これか…!)
 なんと美しい…、とフィシスが抱く地球の映像と重ねて、首を傾げた。「はて?」と。
 青い星には「白い輪」があった。
 ソル太陽系の土星の輪っかを思わせるヤツで、それよりは淡い感じの輪っか。星を斜めに取り巻く輪っかは、色からして「氷」かもしれないけれど…。
(……地球に、ああいう輪があるとは……)
 まるで知らない、と青い星に見入る。「どう見ても、これは地球なんだが」と。
 これだけ青くて海があるなら、地球の他には考えられない。白い輪っかは不思議だけれども、データが全てでもないだろう。
(フィシスの映像からは、省かれているだけで…)
 本物の地球には、きっと「輪っか」がついているのに違いない。白い輪っかが斜めに、一重。
 目指すは「此処だ」と、座標をゲット。
 これでシャングリラは明日にでも「発てる」。地球の座標と、ジョミー・マーキス・シンの存在さえあれば…、とグッと拳を握った所で、別のデータが目に留まった。
(…最高機密?)
 それにグランド・マザー絡みか…、と「覗いた」データに、ただ愕然とする。
(……これが地球だと……!?)
 嘘だろう、とブルーが見詰める「赤い星」。
 もう思いっ切り砂漠化していて、海らしき部分も濁り切った星が「見える」のだけれど、それが「人類の聖地」だというデータ。
 今も再生していないままの「地球」で、グランド・マザーは、その地下に「いる」。
(…あの毒キノコみたいなのが…)
 地球再生機構のユグドラシルか、と唖然呆然。
 「何処も青くない」地球なんて。
 青いどころか、汚染されたままで放り出されているような星が。


 とんでもない、とブルーが「知ってしまった」真実。
 三百年以上も焦がれ続けた青い水の星は、何処にも無かった。赤茶けた星があるだけで。
(…では、さっきのは…?)
 白い輪っかがあった「地球」は…、と更に「潜って」行ったら分かった。それは「ノア」だと。
 人類が最初に入植した星、今は首都惑星の名で呼ばれる「ノア」。
 元老たちが集うパルテノンも「其処」にあるという。
(だったら、目指すべきなのは…)
 ノアだろうか、とブルーは思った。
 なんと言っても「青い水の星」で、座標もガッツリ手に入れた。
 赤茶けた「本物の地球」の座標は「聖地」だけあって、ガードが固い。テラズ・ナンバーがダウン中でも、手に入れるのは「無理っぽい」。
(だが、ノアに行けば…)
 もう間違いなく、地球の座標は手に入るだろう。首都惑星を「ミュウが」落としさえすれば。
 ジョミーのパワーで「行け、行け、ゴーゴー」、ガンガンと攻めて行ったなら。
(…よし…!)
 決めた、と頷いた「今後の方針」。
 ジョミーの力が安定し次第、アルテメシアを離れて「ノア」へと向かう。
 ミュウが本気を出して行ったら、人類だってビビる筈。
(人類軍の船には、シールドさえも無いからな…)
 シャングリラで体当たりをかましてやったら、端から沈むことだろう。シャングリラには自慢のサイオン・シールドがある。
(バンカー爆弾には弱いと思っているんだろうが…)
 それはシールドが無効化されていたからだ、とニンマリと笑う。
 ジョミーを追ってゆく戦闘機から、注意をシャングリラに向けさせるための「作戦」がソレ。
 サイオン・シールドがMAXだったら、たとえ機雷原に頭から突っ込もうとも…。
(せいぜい、船尾損傷くらいで…)
 シャングリラが「沈む」ことなどは無い。
 つまり「捨て身で」進んでゆくなら、向かう所に敵無しな船がシャングリラだった。
 人類軍が誇る戦艦が幾つ来ようと、駆逐艦が群れを成していようと。


 その手で行こう、とブルーは考えたわけで、テラズ・ナンバー・ファイブが再起動する前に、いそいそと逃げて消え去った。元々、「其処にはいなかった」けれど。
 青の間のベッドで目をパチリと開け、直ちに招集した長老たち。それにキャプテン。
「…今、言った通りのことが現実だ。青い地球など、存在しない」
「なんですと!?」
 わしらは何処へ向かえばいいんじゃ、とゼルが慌てふためくのに、「落ち着け」と赤い瞳をゆっくり瞬かせる。「青い星なら、他にもある」と。
「このイメージだ。首都惑星ノア、と言えば分かるか?」
「ほほう…。まるで地球のような星じゃないかね」
 白い輪があるようだがね、とヒルマンもブルーと同じ感想。「地球よりも、ずっと地球らしい」などと、髭を引っ張りもして。
 エラもブラウも、ハーレイも「これは…」と見惚れたイメージ。
 赤茶けた「本物の地球」よりも、ずっと「地球らしい星」がノアだった。「イメージです!」とやっていいなら、ノアに軍配が上がることだろう。「母なる水の星」を謳うのならば。
「この星へ行こうって言うのかい?」
 悪くないねえ、とブラウ航海長は察しが早かった。「あたしは大いに賛成だよ」と。
「ノアですか…。考えたことも無かったですが、現実的ではありますね…」
 キャプテンのハーレイも肯定派。「まず、ノアへ、というのは正しいでしょう」と頷いて。
 ハーレイ曰く、ノアを落とせば、もはや地球に王手をかけたも同然。「人類の聖地」の現実がアレなら、人類の最後の砦は「ノア」。
 地球には「ラスボス」がいるだけのことで、ノアさえ落とせばグランド・マザーは裸同然。頼みの綱の守備隊などは、地球には「いない」だろうから。
「…ハーレイ、君もそう思うか…。守るべき人類が少ししか地球にいないなら…」
 大した戦力も無いことだろう、とブルーは長老たちを見回し、クックッと可笑しそうに笑った。「地球よりも地球らしい、ノアを頂くことにしよう」と。
「ふむ…。それで、出発はいつにするんじゃ?」
 ジョミーの騒ぎで大破したワープドライブは修理が済んでおるが、とゼルもやる気満々。ノアから攻めてゆくのだったら、長距離ワープでどのくらいか、と指を折ったりも。
「ジョミーの訓練が済み次第…ということでいいだろう」
 先を急ぐという旅でもない、とブルーも今や余裕だった。「もう見られない」と涙した地球、その地球は「何処にも無かった」のだし、「この際、ノアで充分だから」などと考えて。


 旅立ちの日を待っている間に、やって来たのがサイオン・トレーサー。
 雲の中にいるシャングリラの位置を掴んで、衛星兵器で攻撃をかまして来たのだけれど…。
「ジョミーは何処だ!?」
 この非常時に、と焦るキャプテン、けれどブルーは冷静だった。
「落ち着きたまえ。…ミュウの子供の救出中だ。少し待ってやって、その後は…」
 予定通りにノアへ向かう、とブルーがブチ上げ、シャングリラは大気圏外航行装備を整え、出発を待った。ワープドライブも既に起動済み。
「キャプテン! 遅くなってごめん!」
 気絶しているシロエを抱えて、瞬間移動で飛んで来たジョミー。彼はまだ「ノア」も「地球の本当の姿」も知らないからして、「え? え、え?」とキョロキョロしている。
 「何処か行くわけ?」と舵輪を握ったシドを眺めたり、いつもより暗いブリッジの明かりに戸惑ったり、といった感じで。
「本船はこれより、ノアに向かう!」
 ハーレイの言葉に、ジョミーはポカンとするばかり。「ノア…?」と、話が見えていないだけに、困り顔をして、「それって、何処?」とシロエを抱えたままで。
「ぼくは、ノアって学校で少し習っただけで…。首都惑星…のノアじゃないよね?」
 いくらなんでも…、とジョミーは目が丸いけれど、目指すは、その「ノア」。
「キャプテン。…ワープしよう」
 もう、この星に用はない! とブルーの声が響いて、ハーレイがブリッジに飛ばした号令。
「シャングリラ、発進!!」
 たちまちワープドライブが出力全開、シャングリラはアルテメシアから「消えた」。
 重力圏からの亜空間ジャンプという荒業を繰り出し、星を覆う雲海に大穴を開けて。…何処へ向かってワープしたのか、トレースしようもない完璧さで。


「ちょ、ブルー…! ノアって、本気で、あのノアですか…!?」
 首都惑星を落とそうだなんて、無茶っすから! とビビるジョミーに、ブルーは「君なら、出来ると思ったが…?」と赤い瞳を向けた。そう、青の間のベッドから。
「それに、パワー溢れるシロエもいる。…あの子は強い」
 タイプ・イエローの攻撃力は、場合によってはタイプ・ブルーに匹敵する、との指摘は間違っていない。「過激なる爆撃手」とも言われるパワーの持ち主、それがタイプ・イエロー。
「じゃ、じゃあ…。ぼくとシロエでノアを落とすってことに…?」
「もちろん、ぼくも加勢する。それに、その前にシャングリラがある」
 守備隊は体当たり攻撃で潰す! とブルーの瞳はマジだった。「地球の真実」を知った時から、そのつもりで練って来た作戦。
 ノアまで一気に長距離ワープで急襲したなら、ノアの人類には、最終兵器、メギドを持ち出す暇などは無い。第一、ノアにメギドを向けられはしない。
「…そ、それじゃ一気に決戦ですか!?」
「文句があるなら、サイオン訓練でもして来たまえ。…シロエと二人で」
 ワープアウトしたら、其処が決戦の場だ、とブルーが言葉にした通り。シャングリラは長距離ワープを繰り返しながら、ひたすらにノアを目指して飛んでいるだけに。
「……分かりました。シロエと、やれるトコまでやります」
 頑張ります、と答えたジョミーに、ブルーが返した。
「やれる所までではいけない。…やり遂げて貰う」
 でないと、ミュウに未来など無い、とソルジャー・ブルーは何処までも本気。
 ついでに船を指揮するキャプテンや長老たちも本気モードで、緑色を帯びた亜空間を抜け、ワープアウトするなり、ハーレイはこう言い放った。
「サイオン・キャノン、斉射、三連! てーっ!!!」
 もういきなりに、超航空からブチかましたソレ。
 ノアに展開する国家騎士団が誇る軍事基地、其処で起こった大爆発と、次々に起きる誘爆と。
 主力をアッと言う間に失い、それでも飛んで来た「人類軍の船」を待っていたのは、巨大な白い鯨だった。その図体にモノを言わせての、体当たりに次ぐ体当たり。
「サイオン・シールド、出力をキープ! そのまま突っ込めーっ!」
 端から叩き潰してしまえ、とキャプテンが船を指揮している中、青い光が飛び出して行った。パルテノンなどを制圧するべく、シロエをしっかり抱えたジョミーが。


「人類に告ぐ! 降伏する者は、殺しはしない!」
 だが、逆らったら容赦しない、とジョミーとシロエは暴れまくりで、それに乗じてブルーが思念波を飛ばして演説。「我々は、無駄に殺すつもりはない」と、カリスマオーラ全開で。
「…ミュウは人類の敵ではない。ただ、手を取り合おうと言っている」
 共に戦うなら殺しはしない、とのミュウの長の約束。
 敗色が濃い人類軍は、もうバタバタと降伏した。パルテノンに集う元老たちも同じで、制圧された首都惑星、ノア。
 「地球よりも、ずっと地球らしい星」をゲットしたミュウは、地球に向かった。
 後はラスボスのグランド・マザーを倒せばいいだけ、その方法はもう分かっている。
「ジョミー。…滅びの呪文は覚えているな?」
「はい、ブルー!」
 遊び心が溢れてますよね…、とジョミーが手にする「飛行石」とかいう青い石。
 そいつを二人が手を取り合って握り、「バルス!」と唱えればグランド・マザーは「滅びる」。
 SD体制なんかは無かった昔に、地球で作られた『天空の城ラピュタ』というアニメ。
 グランド・マザーを作った人類は、それに因んだ仕掛けを残してくれていた。進化の必然である筈のミュウが「ノアに、いきなり攻めて来たなら」渡すように、と遊び心溢れるアイテムを。
 預かっていたのは、パルテノンの元老たちに仕える部下の一人で、六百年近くも「口伝で」一人だけに伝えられていた「滅びのアイテム」。
 その飛行石を手にしたジョミーは、シロエをお供に地球の地の底へ降りてゆき…。
「いくぞ、シロエ!」
「はいっ!」
 ジョミーとシロエは「飛行石」を二人で握って叫んだ。グランド・マザーの目の前で。
「「バルス!」」
 飛行石を持って「現れたミュウ」には、何も出来ない仕組みだったか、グランド・マザーは呆気なく滅びた。マザー・ネットワークも、「滅びの呪文」で木っ端微塵に。
「やりましたよ、ブルー! ぼくたちの勝ちです!」
「ああ。…しかし、地球は当分、青くなってはくれそうもないし…」
 いつかは青くなるんだろうが…、とブルーは頭を振り振り、「百八十度回頭!」と声にした。
 グランド・マザー崩壊のあおりで燃え崩れる地球。「もう、出来ることは何も無い」と。
 後は青いノアで楽隠居。「地球よりも、ずっと地球らしい星」で、イメージだけなら青い水の星そのものな、白い輪っかがくっついたノアで…。

 

             青い星を目指せ・了

※アニテラ放映開始から10周年。そういえばノアも青かった、と気付いたトコから、この話に。
 赤茶けた地球にこだわらなくても、「青い星」なノアでいいような…気が…。







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