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カテゴリー「突発ネタ」の記事一覧

(えーっと…?)
 こういう時には…、とジョミーが探ってゆく記憶。
 アルテメシアは陥落させたし、この先はどういう道を進んで戦うべきか、と。
 今は亡きブルーが「遺した」記憶装置は、実に頼りになるアイテム。三世紀以上にも及ぶ、長として生きた「ソルジャー・ブルー」の「全て」が詰まっているだけに。
(…地球の座標を手に入れたからには、一刻も早くアルテメシアを…)
 後にするのがベストだろうか、と「ブルー」の考え方を確認。「それでいいよね」と頷いた。
 もしもブルーが「生きていた」なら、そういう道を選ぶ筈だし、「ジョミー」は間違ってはいない。自信を持って仲間たちにも宣言できる、と自室で「明日の予定」を立ててゆくけれど…。
(…あれ?)
 ちょっと待って、と頭に引っ掛かったこと。
 今、迷わずに決めた方針。「ブルーがやっても、こうなるんだから」と自信に溢れて。
 ナスカがメギドに滅ぼされた後、「アルテメシアへ戻ろう」と、天体の間で大演説をぶった時にも、こうだった。「ぼくが正しい」と、「ブルーだって、同じことをする」と確固たる信念もあったのだけども…。
(その根拠って…)
 コレじゃないか、と思わず指差した、頭に装着している補聴器。
 元々はブルーの「補聴器」だったモノで、フィシスが託されていた「ジョミーへの形見」。
(ただの形見だと思ってたのに…)
 青の間でフィシスから受け取った時は、そう考えた。「ただの補聴器」と。
 けれどブルーが「遺して行った」のなら、一応、頭に着けてみるべき。聴力には何の問題もなくて、補聴器なんかは不要な身でも。
(そうするのが、ブルーへの礼儀だと思って…)
 装着したら、膨大な量の記憶が流れ込んで来た。ソルジャー・ブルーの「生き様」が全て。
 まるでブルーが「直接、語り掛けてくる」かのように。
 補聴器をフィシスに託す直前、ブルーが遺した「最後の思い」。
 『俯くな、仲間たち。…ぼくの死を乗り越え、生きて地球を目指せ』。
 そのメッセージを受け取ったから、「地球に行こう」と決心した。まずはアルテメシアを落として、其処を足掛かりに地球を目指す、と。


(……俯くな、仲間たち……)
 アルテメシア行きを宣言した時の、演説の出だしは「ソレ」だった。
 今から思えば「ブルーの遺言」そのまま、まるっとパクッたような「アレ」。
(…ブルーがそう言っていたんだから、って…)
 背中を押して貰ったキモチで、太鼓判を押して貰った気分でもあった。
 それ以来、「ミュウの未来」を考える時は、「記憶装置の中身」を探るのが習慣。「ブルーだったら、どうするんだろう?」と、「ぼくの考え方で、合っているのか?」と、今みたいに。
(それはいいんだけど…)
 とっても頼りになるんだけれど…、と思う一方、気になる「空白」。
(…すっぽりと抜けているんだよね…)
 十五年分、と溜息をつく。
 アルテメシアを追われるように脱出した後、ブルーは間もなく、深い眠りに就いてしまった。それきり一度も目覚めることなく、ナスカの惨劇の直前に「再び目覚めた」ブルー。
 その間の記憶は何一つなくて、ただの「空白」。
 ブルーが「深く眠っていた」なら、そうなるのも仕方ないとはいえ…。
(……誰も気付かなかったわけ!?)
 眠り続けるブルーの頭に「あった」補聴器、その正体は「記憶装置を兼ねた」ブツ。
 持ち主が「深く眠ったまま」なら、その記憶装置が「記録すべきこと」は全く無い。ブルーは眠っているだけなのだし、何も「考えてはいない」だけに。
(…だったら、ぼくに貸してくれれば…)
 良かったんじゃないか、と今頃になって気が付いた。
 あの時、「コレ」が「ジョミーの頭に」くっついていたら、どれほど頼りになったろう。ナスカを見付けて、降りるまでの長い年月に。
(…みんなの心が疲れ果てて、日に日に荒んでいっても、あの頃のぼくには…)
 どうすればいいのか、まるで分かりはしなかった。「どう導けばいい」のかも。
 それでは、ブリッジに顔を出すのも辛い。他の仲間たちの視線も痛い。
(…だから、ヒッキー……)
 ほぼ引きこもりの日々だったわけで、「ジョミー」の評価はダダ下がりだった。
 けれど、あの時、「記憶装置」があったなら…。
(絶対、引きこもっていなかったし!)
 とても頼もしい相談役がついているのだから、自信に溢れた「ソルジャー」になって、評価も上がっていたのだと思う。「流石は、ソルジャー!」と、皆に絶賛されて。


 そういうことじゃん、とジョミーが受けた衝撃。
 十五年もに及んだ「引きこもり」生活、それは「導き手がいなかった」せい。
 ブルーは眠り続けていたって、記憶装置さえ借りられたならば、何もかもが違っていただろう。ナスカに降りるまでの放浪、その期間だって短くなって。
(…ぼく一人だと、思い付きさえしないけど…)
 ブルーだったら、きっと気付いた。「今は、休息が必要だ」と、フィシスの占いに頼るまでもなく、「取るべき道」に。
 早くにナスカに着いていたなら、あの星はもっと、豊かになったに違いない。
(…初めての自然出産だって…)
 皆の気持ちに余裕があったら、当然、何処かから「そういう声」が上がっただろう。ミュウの子供が船に来ないのなら、「作ればいい」と前向きに。
(最初の間は、人工子宮を作れないか、とか、旧態依然とした考え方しか…)
 無かったとしても、いずれ誰かが思い付く。ミュウのパラダイスのようなナスカで、ゆったりと日々を送っていれば。
(満ち足りた生活、っていうヤツは…)
 いろんな発想を生み出すよね、と思うものだから、「あんまりなんじゃあ…?」と声も無い。
 ブルーの記憶装置さえ貸して貰えていたなら、ドツボにはまりはしなかった。ヒッキーなんかは「してもいなくて」、ナスカでも「良き指導者」として立っていただろう。
(キースが、ナスカに来た時だって…)
 後手後手に回ってしまった「あれこれ」。
 そちらも「ブルーの記憶」があったら、もう完璧に乗り越えられた。ブルー自身が「そうした」ように、「地球の男」の退路を断って、「逃がしはせずに」。
(それでも逃げて行ったとしたって…)
 ジョミーに「指導者としての」力があったら、「ナスカ脱出」は鶴の一声。
 「直ちに、ナスカを離れて逃げる!」と撤収命令を出しさえすれば、皆、粛々と従っただろう。
 「ソルジャーが逃げろと言うんだったら、本当に危ないに違いない」と納得して。
(…逃げていたなら、メギドが来たって…)
 ナスカは空っぽ、被害はゼロ。
 そしてブルーが「目覚めなくても」、「ジョミー」は「思い付いた」と思う。ナスカまで滅ぼそうとする人類を相手に、「何をすべきか」を。


(うーん…)
 誰も教えてくれなかったし、と愕然とさせられる「補聴器」のこと。
 まさかブルーが「自作した」とも思えないから、その存在を「知っていた」者が、きっと、船にいる筈。メカには強いゼル機関長とか、シャングリラを纏めるキャプテンだとか。
(ぼくに、説教を垂れるより前に…!)
 コレを教えて欲しかった、と痛切に思う「補聴器の真実」。ソレに詰まった「ブルーの記憶」。
 今現在、こうして「使っていても」オッケーならば、あの頃だって同じこと。今よりもずっと「頼りなかった」、初心者マークの「ジョミー」が頼って、何故、悪いのか。
(教えてくれなかった、ハーレイたちも酷いけど…)
 ひょっとしたら、ブルーの許可が無いと、補聴器は「貸し出せなかった」ろうか?
 それなら「黙っていた」のも仕方ないことで、無理もない。そうなってくると、悪いのは…。
(…万一の時には、ジョミーに渡せ、って…)
 言っておかなかった「ブルー」が、諸悪の根源なのかもしれない。
 「ぼくはもうすぐ燃え尽きる」などと言っていたから、「ポックリ逝く」可能性は充分あった。
(死んだ時には、渡せって言っていたかもだけど…)
 それ以外の事態も、想定しておいて欲しかった…、と記憶装置を探っていったら、見付けた記憶。恐らくブルーが、繰り返し抱いていた「イメージ」。
(……はい、はい、はい……)
 ソレしか「考えていなかった」んですね、とジョミーは地味にブチ切れた。
 記憶装置にあったイメージ、其処でブルーは「青の間のベッドで」大往生を遂げていた。大勢の仲間や長老たちに見守られながら、赤い瞳を静かに閉ざして。
 その直前に「ジョミーに補聴器を渡して」、これで全ては終わったとばかりに。
(……こんな夢ばかり、何度も見ていなくっていいから……!)
 もっと現実を見て欲しかった、と心の中で絶叫したって、後の祭りというヤツでしかない。
 ブルーにとっては、「大往生」以外の「最期」なるものは、「想定外」だっただけに。
(…昏睡状態になったまま、十五年間というシナリオは…)
 この人の中には無かったわけね、とジョミーがギリギリと噛み締める奥歯。
 「やってられっか!」と、「この人のドリームのせいで、ぼくは十五年間もヒッキーで…!」と怒り心頭、何もかも全部、「ブルーが悪い」。
 ヒッキー人生を送らされたのも、ナスカの惨劇も、無駄に遠回りさせられた地球への道も。


 なんてこったい、とジョミーは怒って、「そういうことなら…」と、考え直した「今後」。
 ブルーのような「酷すぎる」独りよがりな発想、ソレが「通る」のなら、ぼくだって、と。
 なにも「理想の指導者」、「良きソルジャー」などでなくたっていい。地球まで、最短で行けるのだったら、「独裁者だって、いいじゃない!」と握り締めた拳。
(繊細なミュウを、導きながら地球に行くなら、まだまだ先は長いけど…)
 人類並みにタフな神経の「ジョミー様」が「好きにしていい」のだったら、劇的に短縮できるだろう時間。「繊細なミュウ」の心情などは、サラッと無視して、ただガンガンと進んでゆけば。
(……よーし……)
 やってやる! と固く心に誓ったジョミー。
 その翌日から、彼は「変わった」。血も涙もない「ソルジャー」に。
 仲間たちの泣き言には、一切耳を貸さないばかりか、降伏して来た人類軍の救命艇さえ、「やれ」と爆破を命じるような、冷血漢。「鬼軍曹」と皆が恐れる、ソルジャー・シンに。
(…ブルーの記憶がどうなっていても、結局は「地球に行け」ってことだし…)
 結果が出せればそれでいいんだ、と「すっかり人が変わった」ジョミーは、地球への道をひた走ってゆく。「地球まで行ければ、誰にも文句は言わせない!」と、ただ一直線に。
(ぼくが変わった原因ってヤツには、誰も気付いてないみたいだけど…)
 知ったら文句も言えなくなるさ、と「鬼のジョミー」は進み続ける。
 「十五年も無駄にさせられたんだ」と、「補聴器のことさえ知っていたら…!」と、個人的な恨み全開、ブルーへの怒りMAXで。
 そうやって、辿り着いた地球。
 グランド・マザーとの戦いの末に、負ってしまった致命傷。
(……畜生……!)
 このジョミー様の「苦悩の生涯」は、誰にも分かって貰えないままで、この地の底で終わるのだろうか…、とジョミーが、半ば覚悟をしていた所へ、トォニィが来たものだから…。
「トォニィ。…お前が次のソルジャーだ」
 ミュウを、人類を導け…! とジョミーは「補聴器」をトォニィに託し、ただ満足の笑みを浮かべた。トォニィが、いつか「ジョミーの記憶」を見てくれたなら…。
(……全てが分かるし、お前は、ぼくの轍を踏むんじゃない……!)
 ついでに、ぼくの名誉も回復して貰えたら…、と夢もちょっぴり見たりする。
 どうして「ジョミー」が「鬼になったか」、それをシャングリラの仲間たちにも、遅まきながら、分かって貰えたならね、と…。

 

             補聴器の盲点・了

※いや、ブルーが昏睡状態だった間は、あの補聴器の記憶を「使えた」んじゃあ、と…。
 わざとなのか、ナチュラルに忘れられていたか。補聴器の記憶さえ「使えていたなら」ね…。









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「やはり、今月も無理だったか…」
 ブルーはフウと溜息をついた。青の間に集った長老たちを前にして。
「はい。…こればかりは、どうにもなりませんようで…」
 皆、努力しておりますが…、とキャプテンが代表で詫びを言うのも、とうの昔にお約束。
 なにしろ問題は「船のこと」だし、ミュウたちの母船、シャングリラはキャプテンが纏め上げるもの。それこそ船の隅から隅まで、ありとあらゆる事象も、喧嘩の仲裁なども。
(……この船では、やはり駄目なのか……?)
 困ったことだ、とブルーが眺める報告書。長老たちが持って来たソレ。
 其処には「全く発見出来ず」と書かれていた。シャングリラ全体の見取り図を添えて、フロアや区域ごとに分かれた詳細な「目撃情報」について。
「ハーレイ。…今月は、どのくらいの数を放した?」
「三千ほどです。成体を五百は放ちましたし、他にも様々な成長段階のものを」
 卵も二百は置いたのですが…、とハーレイの顔色はまるで冴えない。船全体で取り組み始めて、もう何年になることか。なのに成果は全く出なくて、「全く発見出来ず」なだけに。
「三千か…。それに卵を二百も置いても、全て死滅するというのが現状なんだな?」
「そのようです。しかも一ヶ月も持たないくらいに、致命的に環境が合わないらしく…」
 ハーレイが眉間に寄せている皺。そうなるのも無理は無いだろう、とブルーも思う。
 シャングリラ中に三千も放った、「それ」は非常に生命力が強い。水さえ摂取していない状態のものでも、三十日から四十日は「生存する」というデータもある。
 けれど、「シャングリラ」という船は「例外」らしい。
 三千もの数を放ってみても、目撃情報は何処からも出ない。ブリッジだろうが、厨房だろうが、大勢が暮らす居住区だろうが。
 ブリッジはともかく、厨房や居住区は「ソレ」に好まれそうなのに。
 データベースから引き出した情報によれば、お誂え向きと言ってもいいほどの場所。栄養源には事欠かないし、室温などもピッタリだろう。「ソレ」が繁殖できる所も幾つもあって。
 なのに、一向に「増えない」ソレ。
 増えるどころか端から死亡で、見付かるものは死骸だけ。「生きた状態」での目撃情報などは、今日までの日々に一度も無かった。
 「生きている姿」を最後に見た者、それがイコール「放した者」だという勢いで。


(このシャングリラの、何処がいけないというのだろう…?)
 アレさえも生きていられないとは…、とソルジャーであるブルーの悩みは尽きない。
 これが人類の船だったならば、「アレ」はいくらでも生きられる筈。輸送船などの民間船でも、人類軍の戦艦や駆逐艦でも。
(人間が全て死滅した後も、アレは生き残ると、遠い昔から言われたほどで…)
 実際、地球が「滅びた」時に、それは証明されたと伝わる。
 青く輝く水の星、地球。全ての生命の母なる星。
 愚かしい人類たちのせいで汚染され、何も棲めなくなってしまった。有毒の大気に、魚影さえも見えなくなった海。地下には分解不可能な毒素。
 人類は地球を離れるしかなく、SD体制が敷かれた宇宙。
 最後の「人類たち」が乗り込んだ船が地球を去る時、誰もいなくなる寂れた宙港、其処を走ってゆく「ソレ」の姿を見た者たちが何人もいた、と。
 これが最後の別れになる、と見回した人影の消えたロビーや、ラウンジなどで。
 もはや滅びてゆくしかない地球、それでも「ソレ」は「生き残っていた」。いったい何を食べていたのか、何で命を繋いでいたか。宇宙へと去ってゆく人類は「彼ら」で最後だったのに。
(…最後に地球を撤収して行った者は、研究者たちで…)
 民間人とは違っていたから、地球を「去ってゆく」時が来るまで、宙港などに用は無い。
 つまり「宙港を維持する」ライフラインさえ生きていたなら、中の設備は「どうでもいい」。
 広いターミナルなどを掃除しなくても、かつて賑わったレストランなどが廃墟と化してしまっていても。…研究者たちは「地球を離れる日」まで、其処には「行かない」のだから。
(彼らの仕事は、地球再生機構の整備と、グランド・マザーの最終調整などで…)
 それは多忙な日々だった筈で、「彼らだけでの、地球での生活」は一年以上だったとも言われている。彼らを除いた人類が全て、母なる星を離れた後に。
 一年以上も、誰一人として足を踏み入れないまま、放置されていた地球の宙港。
 ライフラインが生きていただけに、夜は自動で明かりが灯って、空調なども効いていた可能性はある。けれど「人間がいない」のだから、水や食料は「無かった」だろう。
(その状態でも、アレは食べられる何かを見付けて…)
 宙港で生きて繁殖を続け、「地球を去ってゆく」者たちの前を走って行った。
 滅びゆく地球などには「我、関せず」と言わんばかりに、カサカサカサと。一目で「アレだ」と誰もが気付く姿を、黒く艶やかに光らせながら。


 地球に残った「最後の生命」、その正体はゴキブリだった。
 恐竜よりも古い時代から地球で暮らして、滅びゆく地球の宙港でさえも「目撃された」しぶとい生き物。生命力が強すぎるあまり、遥か昔から人間たちに「激しく忌み嫌われていた」ほどに。
(今もやっぱり、嫌われているとは聞くんだが…)
 何処にでも棲んでいるのがゴキブリ、人類たちも手を焼いている。
 シャングリラが潜む雲海の星、アルテメシアでも、嫌われまくっているのが実情。目覚めの日を迎えていない子供を育てる養父母たちも嫌うし、ユニバーサルの職員たちもゴキブリを嫌う。
(駆除用のアイテムも、山ほど開発されているのに…)
 まるで歯が立たない相手がゴキブリ、どんな場所でも馴染んで増える。
 けれど、シャングリラは「駄目だった」。
 三千ものゴキブリを船に放って、卵を二百個も持ち込んでみても、「全く発見出来ず」な船。
 見付かるものは死骸ばかりで、生きたゴキブリは「目撃されない」。
 この現象が意味する所は、悲しいことに、たった一つだけ。
 「ゴキブリさえも生きてゆけない」船がミュウの母船で、ゴキブリが生きる価値もない。此処で命を繋いでゆくだけ無駄だ、と「神が思っている」ということ。
 いずれ船ごと殲滅されて滅びてゆくのか、ミュウそのものが先細りで消えてゆく種族なのか。
 どちらにしたって、「この船にいても」未来は無い。
 だからゴキブリを放しまくっても、彼らは端から死滅してゆく。繁殖する前に、ひっそりと。
(こんな船では、もう本当に…)
 ミュウには未来が無いのでは、とブルーの憂いは増すばかり。
 遠い昔は、「沈む船からはネズミが消える」と船乗りたちが言っていたらしい。船が出港しない内から、ネズミたちは船を見捨てて逃げた。野生の勘で「滅び」を知って。
(…ネズミの姿が消え失せた船は、必ず沈むという言い伝えで…)
 縁起でもない、と船乗りたちは恐れて、乗船拒否をしたとも言う。
 そのネズミよりも「逞しい」のがゴキブリなのに、シャングリラには「ゴキブリさえいない」。
 これでは「いつか、必ず沈む」と神が予言をしたようなもの。
 そうならないよう、なんとしてでも「ゴキブリが欲しい」。
 誰もが思って、懸命に取り組むプロジェクト。「このシャングリラに、ゴキブリを!」と。


 たかがゴキブリ、されどゴキブリ。
 ソルジャー・ブルーが指示を下しては、毎月、船に放たれまくるゴキブリたち。それでも彼らは一向に増えず、ただ「死んでゆく」だけだった。
 そうする間に、終わりが見えて来た「ブルーの寿命」。まだゴキブリは「船にいない」のに。
(…この船は、やはり沈むのだろうか…)
 ぼくの命が燃え尽きたら…、とブルーは諦めかけていた。其処へ現れた、新しい命。皆が求めるゴキブリではなくて、タイプ・ブルーのサイオンを持った健康な子供。
(…ジョミー・マーキス・シン…)
 この船の未来を彼に託そう、とブルーは決めた。ゴキブリもいない船だけれども。
 ジョミーの成長を見守り続けて、ゴキブリを増やすプロジェクトの方も、せっせと続けて、何年もの時が流れて行って…。
 ようやく船に迎えたジョミー。やはりゴキブリは「いないまま」の船。
 ジョミーは船に馴染もうとせずに、「家に帰せ!」と叫んだ挙句に、それはとんでもない騒ぎになった。ユニバーサルの保安部隊に捕まり、心理探査を受けた末にサイオンを爆発させて。
 衛星軌道上まで「逃げた」ジョミーを、ブルーは残った力をかき集めて追い、尽きるかとさえも思った寿命。なんとか生きて戻れたものの、もうシャングリラの指揮は出来そうもない。
『…ジョミー・マーキス・シン…。彼に私の心を託す』
 船の仲間たちにそう告げた後は、もはやゴキブリどころではなく、ただ横たわるだけだった。
 ソルジャー候補にされたジョミーは、ブルーを継ぐ羽目になったのだけれど…。
「……ゴキブリ?」
 なんで、とジョミーが見開いた瞳。長老たちを前にして。
「この船には一匹もいないからだ。ゴキブリも棲めないような船には、未来など無い」
 ソルジャー・ブルーも以前からそう仰っている、と説いたキャプテン。このままでは、ミュウは滅びてゆくだけ。それを防ぐには、ゴキブリが棲める船にしないと駄目だ、と。
「えっと…。ゴキブリって、黒いヤツだよね?」
 それなら昨日、叩き潰した、とジョミーは困り顔で答えた。
 曰く、風呂上がりに部屋で寛いでいたら、出たものだから、スリッパを脱いで「叩き潰した」。ティッシュで包んで捨てたけれども、「アレは殺しちゃ駄目だったわけ?」などと。
「なんじゃと!?」
 それは本当にゴキブリなのか、とゼルが慌てて、直ぐに調査が始まった。ジョミーがゴキブリを「捨てた」ゴミ箱、そいつが会議室へと運ばれ、中身が引っくり返されて。
 果たしてジョミーが言った通りに、「潰されて死んでいた」のがゴキブリ。ティッシュの中で。
 ジョミーは「ほらね」とゴキブリを指差し、こう続けた。
 「ゴキブリだったら、何度も見てる」と、「連れて来られて直ぐの頃から、いたけれど?」と。


 この「事件」から後、ゴキブリは「目撃され始めた」。最初は厨房、次は居住区、という具合。
 長い年月、あれほど苦労を重ねて来たのに、死んでゆくだけだったのがゴキブリなるもの。
 けれど今では、「出会った」者がチラホラといる。
 ヒルマンは一つの仮説を立てた。「ジョミーのせいではないのかね?」と。
 船の何処にいても「感じ取れる」ほどのジョミーの思念と、その生命力。健康そのものの身体のジョミーは、ゴキブリにも「生きるパワー」を与えているのだろう、というのがヒルマンの説。
 ミュウは虚弱で「何処かが欠けている」ほどだから、ゴキブリも敏感に感じ取る。「こんな人間しかいない船では、生きるだけ無駄」と死んだりもした。
 其処へジョミーがやって来たわけで、船に溢れた生命力。「この船だったら生きてゆける」と、ゴキブリたちは「生きる」ことを決め、シャングリラに定着し始めたのだ、と。
「…ぼくは、ゴキブリにとっても希望なわけ?」
 それって、あんまりだと思う、とジョミーはショックを受けたけれども、ゴキブリは船の希望の虫だし、嘆きは華麗にスルーされた。ブルーもスルーを決め込んだ。
 やがてシャングリラはアルテメシアを追われて、宇宙を彷徨い始めたけれど…。
「ジョミー。信じることから道は開ける」
 このシャングリラは沈みはしない、とブルーはジョミーに伝えた。
 「ゴキブリたちを信じてやりたまえ」と、ゴキブリが棲むようになった船を「信じろ」と。
 ジョミーは半信半疑ながらも、その言葉に縋るしか無かった。ブルーは深い眠りに就いて、もう頼ることは出来なかったから。
 そうして辿り着いた赤い星、ナスカ。…ゴキブリが「時々」現れる船で。
 其処で生まれた、SD体制始まって以来の、初めての自然出産児。オレンジ色の瞳のトォニィ。
 幼いトォニィが「お披露目」でシャングリラを訪れて間もなく、増えたゴキブリ。それまでとは全く違うペースで急増してゆく目撃情報。
(…トォニィが生まれたせいなのか…?)
 あの子は強いし…、とジョミーも、ついに認めた。船の未来とゴキブリたちとの関係を。
 今やゴキブリは「当たり前のように」船にいるもので、所構わずカサカサ走ってゆくだけに。


 そうこうする内、物騒なメンバーズがナスカにやって来た。地球の男、キース。
 上を下への大騒ぎの中、長い眠りから覚めたブルーが見付けたゴキブリ。
 「ナスカに残った仲間たちの説得に行く」と大嘘をついて、船を出ようとしていた時に。
 記憶装置を兼ねた補聴器、それをフィシスに渡した後。
 ジョミーに続いてギブリのタラップを上がる途中で、視界の端をカサカサと掠めて行ったモノ。
(……こんな所にまで、ゴキブリが……)
 普通に出る船になったのか、とブルーは胸を熱くし、「もう大丈夫だ」と未来を信じた。
 だからメギドの炎を一緒に防いだジョミーに、こう語ってから飛び去って行った。
 「この素晴らしい子供たちや、ゴキブリがいる船を見られて良かった。ありがとう」と。
 ブルーは命と引き換えにメギドを沈めて、それから始まった人類軍との全面戦争。その最中も、船のゴキブリは消えることなく、カサカサカサと走り続けて…。
「…トォニィ。お前が次のソルジャーだ」
 ミュウを、人類を導け…、とジョミーがトォニィに託した未来。崩れゆく地球の地の底深くで。
 涙ながらにソルジャーを継いだトォニィの時代に、もうゴキブリは「当たり前すぎた」。
 船の何処でもカサカサ走って、出ようものなら悲鳴を上げる若い女性も多い船。
(……なんだって、ゴキブリなんかが船に出るんだよ……!)
 アレを撲滅できないものか、と「ゴキブリ対策」に頭を悩ますトォニィは、知りもしなかった。そのゴキブリが「いない時代」があった事実も、ブルーたちが重ねていた苦労も。
 なんと言っても「ゴキブリ」なだけに、記憶装置に「情報は入っていなかった」から。
 ブルーの指揮でゴキブリを「増やそうとしていた世代」も、今はすっかり隠居組。
 こうしてトォニィは、今日も「スタージョン大尉」に連絡を取る。
 「ゴキブリ駆除用の新しいアイテムが、出ているなら是非、教えて欲しい」と。
 船のあちこちでカサカサ走ってゆく「黒い虫」は、今では、「ただのゴキブリ」そのもの。
 有難がる者は一人もいなくて、「ゴキブリが出た!」と嫌われるだけの虫に成り果てたから…。

 

           継がれゆく虫・了

※疑ってしまった「自分の正気」。このネタが降って来た途端に。…「ゴキブリかよ!」と。
 ゴキブリとはいえ、何処かシリアスにも見える内容。よってタイトルもシリアスっぽく。駄目?









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「おい、セルジュ。…アニアン大佐のピアスなんだが」
 どう思う、とパスカルがセルジュに投げ掛けた問い。首都惑星ノアの、国家騎士団専用施設の一角で。下士官のための休憩室とでもいった所で。
「どう思うって…。アレには意味があるんだろう。忌々しいが…」
 右耳ピアスはゲイのアピールらしいからな、とセルジュは顔を顰めた。キースの副官を拝命したのに、側近の座を「マツカ」に持って行かれて久しい。ポッと出の、辺境星域出身の奴に。
 そうなったのも、全てキースの隠れた嗜好が原因らしい。実はアニアン大佐は「ゲイ」で、ジルベスター星域へ飛ぶ前に「マツカ」を見付けた模様。多分、下調べの最中に。
(アニアン大佐ほどの方なら、行く先々で使えそうな人材を調べておくというのも…)
 必須だろうと分かってはいる。任務の実行に適した人材、それを選んで使うというのも成功の秘訣。ましてや単身赴任となったら、「使いやすい部下」を選び出さないと…。
(ロクでもないのを与えられてしまって、思うように動けないことも…)
 起こり得るだけに、キースの事前調査は正しい。
 ただ問題は、其処に「マツカ」がいたことだった。キース好みの美青年と言うか、きっと直球ド真ん中。ひ弱な所がツボだったのか、ルックスも含めて何もかもが…。
(…モロに、アニアン大佐の好みで…)
 もう、行く前から目を付けた「マツカ」。ソレイド軍事基地に着いたら、「アレを貰おう」と。ソレイドの指揮官、マードック大佐は、マツカを冷遇していただけに。
(値打ちが分かっていない上官の下にいるなら、貰えて当然…)
 マードック大佐からすれば「使えない部下」が消えるわけだし、止める理由は何処にも無い。ゆえに「貰える」と踏んでいたのが、マツカを欲しいと考えたらしい、アニアン大佐。当時の階級は、少佐だけれど。
(マツカを、貰って帰るとなったら…)
 同じ趣味の輩に奪われないよう、「私のモノだ」とアピールが必要。
 だからキースは、ジルベスター星域へと出発する前、両耳に赤いピアスをつけた。右耳のピアスはゲイの証で、左耳だとノーマルだとか。
(要するに、大佐はバイというわけで…)
 男も女も、どっちもイケる。そういう主張の両耳ピアスで、セルジュには、これが嬉しくない。側近の座をマツカに奪い去られて、自分には「お呼びも掛からない」のが。


(…マツカの野郎…!)
 よくもアニアン大佐の側近なんかに…、と収まらないのがセルジュの怒り。ゲイの趣味などナッシングでも、惚れ込んでいるのが「アニアン大佐」。
 もしも「お声」が掛かったならば、喜んでお側で仕えるまで。…マツカの代わりに、アニアン大佐の夜のお相手を務めまくって。
(…これでも、勉強しているのにだな…!)
 大佐はマツカにしか興味が無くて…、と口惜しい限り。
 「初めて」はキースに捧げるつもりでいるのだからして、現場なんぞは踏んでいなくても、勉強の方は抜かりない。ゲイな「アダルトもの」を鑑賞、その手の雑誌にも目を通す日々。
 なんどき「お呼び」があったとしても、心の準備は出来ている。それに大佐を「悦ばせる」自信もあるというのに、肝心のキースは、そんなセルジュを「スルー」一択。
(……そうなるのも、仕方ないんだが……)
 俺に魅力があったとしたなら、教官時代にお声掛かりがあった筈、と突き付けられるイヤンな現実。キースが教官をやっていた頃、教え子のセルジュに惹かれるものがあったなら…。
(もう間違いなく、部屋に呼ばれて…)
 今のマツカが立っているポジション、それは「セルジュのもの」だったろう。キースの数ある教え子の中でも、一番に目をかけられて。卒業後には、部下にと望まれて。
(ジルベスターにも、もう直々に…)
 ついて行けたに決まっているから、「魅力が無いのだ」と落ち込むばかり。どんなに優れた仕事が出来ても、キースは其処しか評価をしない。セルジュという人材は、それでおしまい。
 これが「マツカ」なら、コーヒーを淹れるしか能の無いヘタレ野郎でも…。
(何処へ行くにも大佐のお供で、俺なんかよりも信頼されていて…!)
 ゲイは身を助けるというヤツだよな、と沸々と煮えくり返るハラワタ。「ゲイ」ではなくて「芸」だけれども、実際にマツカは、ソレで立身出世なだけに。
(クソッタレが…!)
 ジルベスター星域へと向かうキースに、「ピアスをつけさせた」ほどの人材がマツカ。それまでのキースは「ゲイのアピール」をしていなかったし、きっと必要なかったのだろう。
 「コレだ」と思う相手が無いなら、横から誰かが奪い去ろうと、キースは痛くも痒くもない。ところがマツカは「盗られると困る」。そうならないよう、ピアスでアピール。
 「私のモノに手を出した奴は、端から殺す」と言わんばかりに。


 其処までキースに愛される部下が、ヘタレなマツカ。もはやセルジュの天敵なわけで、キースのピアスも「見たくない」ほど。「アニアン大佐のピアス」すなわち、マツカへの「愛」に見えるくらいで、ムカつくことしかない毎日。
 そんなピアスの話題を振ってきたパスカル。「こいつも大概、無神経だ」と苛立つけれども、あまり露骨に知らないふりも出来ないから…。
「大佐のピアスが、どうだと言うんだ。お前、あのピアスを、外させることが出来るのか?」
 そういうことなら、話を聞いてやらないでもない、と睨み付けた。パスカルは、こう見えて頭が切れる。アニアン大佐の「ゲイのアピール」、あの忌々しいピアスを見ずに済むなら、パスカルの話も聞くだけの価値があるだろう。そう思ったのに…。
「いや、逆だ。…あのピアスには、とてつもない価値がありそうだからな」
「はあ? お前まで、マツカの肩を持つのか?」
 奴に惚れたか、とセルジュは呆れ果てたのだけれど、パスカルは「違う」と首を左右に振り、「俺にその趣味は無い」と言い切った。
「俺は、あくまでノーマルだ。価値があるのは、マツカではなくてピアスの方だ」
「ピアスだと?」
「ああ。…お前、あのピアスが何で出来ているかを知ってるか?」
 赤い石の素材を知っているか、という質問。大真面目な顔で、「赤い石だが」と。
「知らないが…。大佐は何も仰らないからな。…それが、どうかしたか?」
「やはりか…。俺たち軍人は、宝石とは縁がない人種だし…。だが…」
 俺は、興味を持った対象はトコトン調べるわけで、とパスカルは眼鏡を押し上げた。「赤い石についても調べたんだ」と、如何にも聞いて欲しそうに。
「赤い石か…。赤い石は高いものなのか?」
「俺が思った以上にな。あの色合いからして、赤サンゴの線が濃いんだが…」
「サンゴだと!?」
 聞くなり、セルジュは目を剥いた。サンゴと言ったらサンゴ礁だけれど、宝石サンゴとサンゴ礁とが「違う」ことくらい、とても有名な話ではある。ついでに今は「どちらも貴重」で、採集禁止が「お約束」。テラフォーミングされた星の上でも、海は少ない。
「分かったか? アレがサンゴなら、値打ちの方は天井知らずというヤツだ」
 俺たちの一生分の給料を出しても買えないだろう、というのが赤いサンゴのピアス。片方だけでも凄い値段で、一生分の給料くらいでは手も足も出ない、破格のブツ。


(……アニアン大佐……)
 そんなとんでもない金を何処から…、と愕然としたセルジュだけれども、其処までしたのが、キース・アニアンという人物。自分に似合うピアスはコレだ、と凄い値段の赤サンゴ。
「そ、そうだったのか…。大佐のピアスに、そんな値打ちが…」
「うむ。赤サンゴだった場合はそうなる。もう一つの線でも、半端ないんだが」
 そっちも凄い代物だった、とパスカルは思わせぶりな顔。赤い石について調べた結果は、それほどに強烈だったのだろうか。
「…赤い石というのは、高いのか? ルビーくらいしか思い付かないが…」
「そのルビーだ! そっちも、大佐のピアスほどになると凄くてだな…」
 まず色合いがポイントだぞ、とパスカルは指を一本立てた。「あの赤色は血の色だ」と。
「確かにそうだな。その辺が大佐らしいとは思う。…冷徹無比な破壊兵器と評判だから」
 血の色の赤が相応しいだろう、とセルジュも頷くしかないチョイス。癪だけれども、赤い血の色のピアスは「キース」に似合っていた。瞳の色はアイスブルーなのに、青い石よりも赤い石の方が、見ていてゾクリとするほどに。
「血の色のルビー、そいつが高い。俺も調べるまで知らなかったが、最高級品だそうだ」
 ピジョン・ブラッドという名前まである、とパスカルが披露した知識。ピジョン・ブラッドとは「鳩の血の色」、そういう色合いのルビーを指す言葉。
 これがルビーの色では最高、他の色合いとは比較にならない。値段からして桁違いなのが、血の色の赤をしたルビー。
「なるほど…。しかし、ルビーはサンゴよりも安いだろう? 鉱物だからな」
 何処の惑星でも採れるのでは…、とセルジュは訊いた。惑星の性質によるものとはいえ、海が無いと無理なサンゴとは違う。その分、希少価値も下がってくると思うのだが、と。
「甘いぞ、セルジュ。…鉱物の場合、産地が分かるらしくてな…」
「産地?」
「何処の惑星の何処で採れたか、分析可能だという話だ。そしてルビーという石は…」
 三カラットを超えるとレア物になる、とパスカルは言った。キースのピアスは三カラット超えはガチなサイズで、ピジョン・ブラッド。その上、産地が分析可能な代物だけに…。
「地球産のルビーだと、物凄いのか!?」
「物凄いどころの話じゃない。同じ大きさの赤サンゴなどは、まず足元にも及ばんぞ」
 参考価格すらも分からなかった、とパスカルがついた大きな溜息。地球産の血の赤のルビーなんぞは、オークションにさえも出て来ないほどのレア物だから、と。


「…オークションにも出ないだと!? ならば大佐は、アレを何処から…」
「分からん。だが、大佐なら、そういったルートも御存知だろうと思わんか?」
 目的のためなら手段を選ばない人だからな、とパスカルの読みは鋭かった。軍人は宝石と無縁だけれども、「キース・アニアン」がつけるとなったら、自分に似合いの宝石をチョイス。
 どれほど凄い値段だろうが、どんなに入手困難だろうが、そんなことなど些細なこと。なんとしてでも「ソレ」をゲットで、さりげなく身につけるだろう、と言われてみれば…。
「大佐なら、それも有り得るな…。すると支払いは、出世払いか?」
「恐らく、他には無いだろう。出世なさる自信はおありだろうし、売る方もだ…」
 大佐となったら、未払いになることは無い、と踏むだろうな、というのがパスカルの推理。たとえ「べらぼうな値段」であろうと、アニアン大佐が相手だったら「掛け売りオッケー」と、宝石商の方でも考える。一括払いは無理だとしても、出世払いでかまわない、とさえ。
「……アニアン大佐……。マツカのために、それだけの出費を……」
「間違えるな、セルジュ。あれは大佐のアピール用で、マツカの価値とは違うものだぞ」
「馬鹿野郎! マツカをお側に置くための物なら、其処は同じだ!」
 マツカの値打ちは、俺たちの一生分の給料よりも上だったのか…、とセルジュが受けた更なる衝撃。いくらキースのファッションとはいえ、「マツカのために」払った値段が半端ないだけに。
(……それが俺だと、そんな値打ちは全く無くて……)
 お呼びも掛からず、マツカばかりが可愛がられて…、と落ち込むセルジュに、パスカルは気の毒そうな表情で「仕方ないだろう」と言ってくれただけ。
「お前や俺は、アニアン大佐の好みのタイプじゃないんだからな。どうしようもない」
「くっそぉ…! マツカの野郎は、半端ない値打ち物なのに…!」
 赤い石の値段を超える価格を支払わないと、「ちょっと味見」も出来ないんだろう、とセルジュは愚痴ることしか出来ない。
 キースよりも立場が上の上官、それにパルテノンに集う元老たち。彼らが「マツカを貸せ」と言ったら、キースは薄い笑みを浮かべて値段を提示するのだろう。「これだけ支払って頂けるのなら、一晩、お貸し致しますが」と。
「…そうかもしれんな。それもあって、あの石のチョイスかもしれん」
「言わないでくれ…。自分で言ってて、落ち込んで来た…」
 なんでマツカに、そんな値打ちがあると言うんだ、とセルジュの嘆きは深かった。パスカルが余計な好奇心さえ出さなかったら、こんな情けない思いはせずに済んだのに。


 ドツボにはまったセルジュを他所に、他の面子は、パスカルからの話を聞いて「流石は大佐」と手放しで褒めた。ドえらい値段の赤い石のピアス。そいつを「出世払い」でポンと買えてしまう人が、自分たちの上官なんて、と大感激で。
「マツカの野郎の値打ちはともかく、太っ腹なトコが凄いよな!」
「ゲイのアピールをするためだけに、国家予算も真っ青な値段のピアスかよ…!」
 素晴らしい、と褒めて褒めまくるキースの部下たち。それまで以上にキースに心酔、もう何処までもついて行こうという勢い。
 ピアスの正体、それが「サムの血」とは知らないで。
 「ゲイのアピール」ならぬ「友情の証」、其処の所も気付かないままで。
 片方だけでも、国家予算を上回る値段の赤い石のピアス。そいつをサラッとつけこなす男、デキる男が上官だから。たとえゲイでも、デキる男は素晴らしい。
(((アニアン大佐…!)))
 今日もピアスがお似合いです、と最敬礼のキースの部下たち。
 仏頂面のセルジュを除いて、ピシッと、シャキッと。片耳だけでも国家予算を上回るピアス、それをつけている粋な男に。出世払いで買い物が出来る、デキる男のアニアン大佐に…。

 

          ピアスの値打ち・了

※キースのピアスは「サムの血」なんだと知られてないなら、どう思われていたんだろう、と。
 赤い石にも色々あるし、と考えていたら、このネタに。べらぼうに高いらしいです。









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「殺しちゃおっか」
 この船、乗っ取っちゃおう、とナスカの子たちが始めた相談。巨大なシャングリラの一角で。
 他のミュウたちから「化け物」呼ばわり、それが気に入らない子供たち。
 今や人類軍にも恐れられている戦闘機だって、「彼ら」しか乗りこなすことは出来ない。虚弱なミュウはGに耐えられなくて、どうにもこうにもならないだけに。
 それなのに、露骨に叩かれる陰口。もはや陰口とも言えないレベルで、「また育った」とか、「あの化け物が」だとか、視線まで向けてヒソヒソと。
 そういう日ばかり続くからして、「殺しちゃおっか」という話になった。このシャングリラに我が物顔で乗っている「使えない」ミュウたち。彼らを一掃、自分たちだけの船にしようと。
 トォニィが崇めるジョミーにしたって、その実態は「へなちょこジョミー」で、きっと敵ではないだろうから。
「ねえねえ、何処から制圧する?」
「ブリッジを狙えば一発だろうと思うけどさ…」
 今日も盛り上がる物騒な相談、ところがどっこい、聞いていた者が一人いた。
(……なんて恐ろしい相談を……!)
 後でソルジャーに御注進だ、と壁の向こうでガクガクブルブル。彼は、メンテナンス用の通路を使って移動中だった。いつもの定期点検のために。
 たまたま「ナスカの子たち」がいる部屋の側を通ったわけで、「殺しちゃおっか」という聞き捨てならない言葉で耳をそばだてた。「殺すって、誰をだ?」と。
 てっきり「人類」だと思っていたのに、「殺す」相手は船のミュウたち。それも皆殺しで、ソルジャー・シンまで殺すつもりの相談だから…。
(……立ち聞きがバレたら、俺の命も……)
 この場で消える、と腰が抜けそうになっているのを「こらえて」逃げた。ありったけのサイオンを使って気配を殺して、「三十六計逃げるに如かず」と一目散に。


 そうやって、無事に逃げおおせた彼。
 メンテナンスの仕事は他の仲間にバトンタッチで、大慌てで駆けて行った青の間。ソルジャーは長老たちと会議で、其処にいる筈だと聞かされたから。
「そ、ソルジャー! 大変です!」
 大変なことになっております、と彼は青の間に飛び込んで行った。入室許可を得るのも忘れて、それこそ転げ込むかのように。
「なんだ、どうした?」
 ジョミーは即座に振り向いたけれど、同時にエラが叱り飛ばした。
「無礼でしょう! 今は会議中で、許可の無い者は入室不可なのですよ!?」
「それどころではありません! もう、この船の一大事で!」
 放っておいたら、きっと取り返しがつきません、と「彼」は必死の形相。流石に「おかしい」と感じたものか、ハーレイが先を促した。
「何事だ? お前は機関部の者ではないが…」
 エンジントラブルでも発生したか、とキャプテンは冷静なのだけれども。
「いえ、エンジンなら、まだマシな方で…! ソルジャー、革命でございます!」
「「「革命?」」」
 なんのこっちゃ、とソルジャー・シンも、長老たちも、目が真ん丸。革命と言われてもピンと来ないし、第一、何を革命するのか。
「…革命だって? 人類の世界で起こったのか?」
 誰かが反旗を翻したか、と尋ねたジョミー。まあ、普通だったら、そうなるだろう。ただでも機械に押さえ付けられたSD体制、反乱軍だの、海賊だのもいたりするから。
「そ、それが、人類の世界ではなくて…! 革命の舞台はシャングリラです!」
「なんだって!?」
 何故、そうなる…、というジョミーの問いに、「彼」は震えながらも一部始終を話した。革命を企てているのは、ナスカの子たち。船のミュウもソルジャー・シンも殺して、乗っ取る気だ、と青ざめた顔で。
「壁の向こうで話しているのを聞いたんです! 殺しちゃおっか、と…!」
 あの連中は本気ですよ、と「彼」の震えは止まらない。ナスカの子たちは、本当に力が半端ないだけに、「シャングリラの乗っ取り」は充分、可能な展開なのだから。


「革命じゃと…?」
 若造どもが、とゼルが自慢の髭を引っ張ったけれど、彼の顔色も優れない。「殺しちゃおっか」がマジネタだったら、ゼルも間違いなく殺される。
「…どっちかと言えば、クーデターだと思うけどねえ?」
 ブラウがツッコミを入れてはみても、状況は何も変わりはしない。革命だろうが、クーデターだろうが、「皆殺し」になる結末は同じ。たとえ始まりは「テロ」だったとしても。
 ジョミーは震えまくっている「御注進に来た仲間」に、もう一度、ナスカの子たちの「相談」の件を確認してから、「思念で頼む」と注文をつけた。思念だったら、何もかもが瞬時に伝わるわけだし、長老たちにも「彼が聞いたこと」がキッチリ伝達される。
 けれども、思念で「聞いた」結果は、「殺しちゃおっか」で、皆殺しのフラグ。
「…どうやら本気で言ってるようだな…。ありがとう、君は下がっていい」
 後は、ぼくたちが対応する、とジョミーは「彼」に退室許可を出し、見送ってから、長老たちの方を振り返った。「どう思う?」と緑の瞳で見詰めて。
「どうもこうもないわい! 革命もクーデターも、論外じゃて!」
 あんなガキどもにやられてたまるか、とゼルが怒鳴っても、まるで無いのが説得力。ゼルはもちろん、長老たちが束になっても、ナスカの子たちには敵わない。シャングリラ中のミュウたちが一丸となって立ち向かおうとも、歯が立たないのが「ナスカの子たち」。
「ソルジャー、このままでは殲滅されてしまうのでは?」
 もう明日にでも、とハーレイが眉間の皺を深くする。なにしろ相手は子供なだけに、「思い立ったが吉日」とばかりに行動に移すことだろう。
「…分かっている。だが、この船にタイプ・ブルーは、彼らの他には、ぼくしかいない」
 分が悪すぎる、とジョミーの顔も沈痛だった。
 「ジョミー命」のトォニィが味方してくれたとしても、二対六。多勢に無勢で、勝算なんぞは無いに等しい。挑んでみたって、まず勝てはしない。
「で、では…。殺されるのを待つしかないのですか!?」
 エラが悲痛な叫びを上げたけれども、それ以外に道は無さそうな感じ。ナスカの子たちが、本気で革命だのテロだの、クーデターだのを起こした時には、「皆殺し」エンド。
 船の仲間は全員殺され、シャングリラは「彼ら」のものになる。ナスカの子たちだけの船で、言わば彼らのパラダイス。何処へなりとも、気の向くままに旅をして行って。


 エライことになった、と青の間に降りる重い沈黙。
 革命が起こるのは明日になるのか、今日にでも何処かでドカンと爆発があって、クーデターだかテロが始まり、アッと言う間に船中が制圧されるのか。
「くそっ…! この船を今日まで、誰が守って来たと思っているのだ、奴らは…!」
 私の指揮が無ければ、とっくに宇宙の藻屑だったかもしれないものを…、と怒るキャプテン。その隣では、ヒルマンも深い溜息をついていた。
「私は教育を間違えたようだ…。恩知らずな子たちに育てた覚えは無いのだが…」
「ちょいと、アンタが教えてない子も混じってるだろ?」
 ツェーレンなんかは赤ん坊だったじゃないか、とブラウが混ぜっ返したけれども、だからと言って解決策など何も無い。ナスカの子たちが「やろう」と決めたら、問答無用で殺されて終わり。
「……ぼくに、もう少し力があれば……」
 それにブルーが生きていれば…、とジョミーが「補聴器の中の記憶」を探ってみても、いいアイデアは何も無かった。ソルジャー・ブルーの時代は至って安泰、革命もクーデターも「まるで起こりはしなかった」だけに。
(……ソルジャー・ブルー……。ぼくは、どうしたら…?)
 このままでは船がおしまいです、と嘆くジョミーが、ふと思い出したこと。それはブルーの記憶ではなくて、アタラクシアで学校に通っていた頃のこと。
(宿題、反対、って…)
 皆で授業をボイコットした。教室を抜け出し、あちこちに散って。
(…先生が教室に来ても、誰もいなくて…)
 前のボードに「宿題、反対!」の文字が躍っていた筈。「宿題を出さないと約束するなら、皆で授業に戻ります」などと。
(…後でメチャクチャ叱られたけど…)
 もちろん宿題は「増量されて」しまったけれども、もしかしたら、あの手が有効かもしれない。
 シャングリラを制圧しようと企てる、ナスカの子たちを黙らせるには。
 二千人ものミュウの仲間を乗せた箱舟、シャングリラの「デカさ」は桁外れだけに…。
(…あの子たちだけで維持するなんて…)
 絶対に無理だ、と確信できる。「ソルジャーの称号」を賭けてみたって、少しも困らない勢いでもって。「絶対に、無理!」と。
 ゆえに早速、提案した。キャプテンと、四人の長老たちに。「この手でどうだ?」と。


「な、なんと…。ボイコットだと仰るか…!」
 このシャングリラ中でストライキじゃと、と目を剥いたゼル。他の面子も唖然としている。
「そうだ、ボイコットでストライキだ! それ以外に無い!」
 船の仲間たちの有難味を分かって貰うためには、とジョミーはブチ上げた。
 早い話が、シャングリラ中で「あらゆる業務」を皆が放棄し、ボイコットする。ストライキという言い方でもいい。
 ナスカの子たちも利用する施設、ありとあらゆる設備を「放り出す」のが、「皆の重み」をナスカの子たちに思い知らせる絶好のチャンスになるだろう、と。
「で、では…。具体的には、どのように?」
 キャプテンの問いに、ジョミーはニヤリと笑って答えた。
「そうだな…。手始めに、あの子たちの溜まり場を放置でいいだろう」
 一切、掃除をさせるんじゃない、と命じたジョミー。埃が溜まろうが、ゴミ箱からゴミが溢れ出そうが、「誰も、何もする必要は無い」と浮かべてみせた不敵な笑み。
 ナスカの子たちは、とある部屋を溜まり場にしているけれども、その部屋を「徹底的に放置しておけ」というのがソルジャーの指示。
「掃除をさせないということですか…」
 エラがポカンとして、ブラウは「ヒュウ!」と口笛を吹いた。
「それじゃアレかい、あそこのトイレも放置なのかい?」
「当然だ! それは基本中の基本だろう!」
 トイレットペーパーの補充にしたって必要ない、とジョミーは突き放した。ナスカの子たちは瞬間移動が得意技だし、「入ってから紙が無かった」としても…。
「ふうむ…。何処かのトイレから取り寄せればいい、と言うのだね?」
 ヒルマンが思わず漏らした笑い。「確かに、何とかなるだろう」と。
「ああ、紙くらいは何とでもなる。しかし、掃除の係はいない」
 そして彼らは「まだ子供だ」と、ジョミーは唇の端を吊り上げる。「お世辞にも、トイレを綺麗に使えるスキルを、持っているとは思えないな」と、見て来たかのように。
「う、うぬぬ…。そういえば、ハーレイ、あそこのトイレの掃除の回数は…」
 どうじゃったかな、とゼルが首を捻ると、キャプテンの方は即答だった。
「モノが子供用トイレなだけに、他のトイレよりも遥かに多い。一時間に一度の見回りだ」
 汚れていたら、即、掃除だな、と腕組みをするハーレイ。「それを放置か…」と頭を振って。


 ナスカの子たちの溜まり場の掃除をボイコット。それが手始め、部屋に備え付けの飲料や食べ物の補充も「やめる」。
 飢えた彼らが食堂に来ても、係の行動は「スルー」一択。他の仲間たちには「へい、お待ち!」とばかりに飲み物や食事を提供したって、革命分子だかテロリストだかには、何も出さない。
「なるほどねえ…。そいつは効くかもしれないねえ」
 こう、ジワジワと精神的に来そうじゃないか、とブラウが賛成、他の面々も異を唱えなかった。このシャングリラを纏めるキャプテンでさえも。
「ソルジャー、そのご意見に賛成させて頂きます。ところで、彼らの専用機は…」
 整備を如何致しましょうか、とハーレイが訊いて、ジョミーは「放置だ!」と言い放った。
「ヤエにキッチリ言っておけ。今日からストライキに入るようにと」
 彼ら無しでも、このぼくだけで戦える、とジョミーが握り締めた拳。シャングリラの仲間を皆殺しにされるくらいだったら、「彼らの分まで一人でやる!」と固い決意で。
「手厳しいのう…。存在意義まで否定してかかるというんじゃな?」
 じゃが、そのくらいで丁度いいかもしれん、とゼルも「専用機にはノータッチ」と決めた。ヤエが駄目なら「頼られそうな」面子がゼルだけれども、「一切、何もしてやらんわい!」と。
 他にも着々と進む相談、ナスカの子たちの個室の掃除も「放置」となった。彼らが毎日着ている制服、それも下着も「誰も洗濯してやらない」。
 洗濯するのは機械だとはいえ、係以外は持たないスキル。どういった衣類を何処に入れれば、きちんと洗い上がるのか。乾燥させる時間にしたって、「普通の制服」なら自動だけれど…。
「君たちも知っているだろう? トォニィたちの制服は、普通じゃない」
 特別製のアレを洗うには、専門の係がいないと駄目だ、とジョミーは容赦なかった。
 ナスカの子たちへの「ありとあらゆるサービス」、それの提供を「本日付でストップする」と、その場で決定、直ちに通達。「いいか、ストライキでボイコットだ!」と。


 かくして「放置プレイ」が決まった、ナスカの子たち。
 それの効果は、その日の内に早くも現れた。溜まり場でトイレに出掛けたコブの、「紙が入っていない!」という思念で。…タージオンが「紙だって!?」と、他のトイレから瞬間移動で取り寄せたりして、皆が「おかしいなあ…?」と首を傾げて。
 トイレ掃除の係が来ないから、どんどん悪くなってゆくトイレの雰囲気。それじゃ、と気分直しにジュースを飲もうとしたら、スカッと底を尽いたサーバー。
「「「うーん…」」」
 食堂でいいか、と出掛けた「彼ら」を待っていたのは、「無視」だった。まるで存在しないかのように、彼らをスルーで進む注文。他の連中の分ばかりが。
 そうこうする内に響いた警戒警報、専用機で発進しようとしたのに…。
「「「これじゃ、出られない…!」」」
 頼みの機体は全て燃料切れ、補給方法さえ「分からない」始末。普段は、係に任せていたから。その係はヤエと立ち話中で、知らんぷりして楽しげで…。
 ナスカの子たちがパニクる間に、「敵機、全機、撃墜しました!」と艦内放送。飛び出して行ったソルジャー・シンと、サイオン・キャノンで片が付いたらしく…。
「…ぶっちゃけ、あの子たちがいなくても、何とかなるってことよね」
 ヤエの眼鏡がキランと光って、格納庫の係が相槌を打った。
「そういうことだな。あいつらの場合は、俺たちがいないと困るようだけどよ…」
 あの制服を洗う係も持ち場を離れたらしいぜ、と声高な噂。今日から、ナスカの子たちの世話係は一人もいなくなったらしい、と。
「…と、トォニィ…。これって、私たちだけで何とかしろってことなの!?」
 そんなの無理よ、とアルテラが絶叫、他の子たちも真っ青だった。このシャングリラの仲間を全て殺してしまって、船を乗っ取ったとしても…。
(((世話係が一人も残っていなくて、全部、自分たちでやるしかなくて…)))
 この馬鹿デカイ船の奴隷ですかい! と思い知らされ、彼らは心を入れ替えた。船を乗っ取って「働く羽目になる」より、今の方が「かなり良さげ」だから。
 何もかも「自分たちでやる」より、「お世話係が満載の船」の方が何かとお得だから…。

 

            革命を防げ・了

※いや、「殺しちゃおっか」と簡単に言ってくれたのが、ナスカ・チルドレンですけど。
 あんな馬鹿デカイ船を、たった七人でどうするつもりだったんだよ、というツッコミです。









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「やってられるかーっ!!!」
 こんな訓練、とブチ切れたジョミー。
 ソルジャー候補に据えられてからの「日課」で、言わば「お約束」。長老たちのシゴキにキレたら、即、ブチ切れ。講義の内容がウザかった時も。
 でもって、キレた瞬間に…。
『またジョミーかよ…』
『ったく、自覚もクソもねえよな…』
 本当にソルジャー候補なのかよ、とシャングリラ中で囁き交わされる思念。「今のを見たか?」だとか、「お前、聞いたか?」などと。
『ヒデエよなあ…。あいつの頭の中身は』
『何がサボリだよ、サボッてられる御身分か、ってえの!』
 未だに上手く遮蔽が出来ない、「ミュウとも思えぬ」ソルジャー候補。キレたはずみに、船中にバラ撒く自分の思考。「サボリたい」なら、まだマシな方で…。
『ママの料理の方が美味かった、だあ!? この船を馬鹿にしやがって!』
『シャングリラの食堂をコケにするのも、アレだけどよ…』
 マザコンじゃねえの、と誰かが漏らした思念。「何かってえと、ママ、ママ、なんだよ」と。
『あー、マザコン! そういや、船を飛び出して行った時にも…』
『家に帰せってぬかしたんだろ、ママの所に帰りたくってよ…』
 そうか、あいつはマザコン野郎なのか、と一気に纏まった雑多な思念。「ジョミーはマザコンに違いない」という方向で。
 そう決まったなら、なにしろミュウの船だけに…。
『アレも、コレも、こういうのもマザコン…』
『そう言えば、ああいう話もあって…。マザコンなら納得いくよな、うん!』
 船のあちこちで「マザコン談義」で、ブワッと膨れ上がるのが「ジョミーのマザコン疑惑について」語り合う思念。
 これが二十一世紀初頭の日本だったら、「炎上」と言われたことだろう。思念は派手に飛び火しまくり、大勢のミュウを巻き込みまくりで広がってゆく。
 今日は「ジョミーのマザコン」について。昨日だったら、「サボリ根性について」。


 そのシャングリラの心臓とも言える、コアブリッジ。
 公園の上に浮かんでいるようにも見えるブリッジ、それの中枢になる円形の部分。
 其処にドッシリ座ったキャプテン、彼に向かって報告が飛んだ。
「キャプテン! 今日も思念が異常に膨れ上がっています!」
「どうした、原因は何なのだ! またジョミーか!?」
「はい! ジョミーのマザコン疑惑について、凄いスピードとエネルギーで…」
 皆の思念が駆け巡っています、とブリッジクルーが言うものだから、ハーレイは「またか…」と頭を抱えた。「これでは、思念の無駄遣いだ」と。
(……まったく……)
 計器で計測できるくらいの「思念の膨張」。そのエネルギーは、半端ではない。モノが「つまらない」中身でなければ、どれほどのパワーを発揮することか。
(…防御セクションに回してやったら、ステルスモードの維持は楽勝で…)
 サイオン・シールドにしても、素晴らしい出力を保持することだろう。ジョミーの爆発騒ぎの時と同じに、バンカー爆弾でガンガン攻撃されたって…。
(このシャングリラは、ビクともしないぞ!)
 サイオン・キャノンも、斉射何連ブチかませることか。今の船だと、せいぜい三連。
 けれども、異常なまでに膨れ上がって「広がりまくる」思念を転用出来たなら…。
(斉射六連は軽くいけそうで…)
 なおかつ、ステルスモードも、サイオン・シールドも、フルパワーで運用可能と見た。それほどの皆の「思念の統一」、キャプテンの目で見れば、なんとも惜しい。
(…これが下らん思考でなければ…)
 使えるものを、と思ってみたって、「くだらない」思考だからこそ、纏まるパワー。
 命令したのでは、こうはいかない。ジョミーが爆発した時の騒ぎ、あれで充分に学習済み。
(防御セクションは集中を切らすな、と怒鳴ってもだな…!)
 返って来た答えは、「皆、動揺しています! とても思考が纏まりません!」という、実に情けないモノだった。
(爆撃されて、パニックだったら…)
 助かりたいと思う思考を纏めんかい! と怒るだけ無駄。ミュウは繊細な生き物だけに、タフには出来ていないもの。たとえ命の危機であっても、パニクったら終わり。


(……ったく、あの時はサッパリだったくせに……)
 どうして、こんな所で無駄にパワーを使うのだ、とキャプテン・ハーレイの苦悩は尽きない。たかがジョミーの「くだらない思考」、それをネタにして盛り上がれるのなら…。
(…ミュウの未来というヤツをだな…!)
 もっと、しっかり考えんかい! と今日も眉間に皺を寄せつつ、「少し外す」と立ち上がった。そろそろ青の間に行かねばならない。寝込んだままのソルジャー・ブルーに、報告をしに。
(…ソルジャー・ブルーが、今のようになってしまわれたのも…)
 ジョミーのせいというヤツで…、とハーレイは心で愚痴りながら船内を歩いてゆく。ジョミーは無駄なエネルギーばかり「使わせる」馬鹿で、どうにもならない、と。
(せめて、ソルジャー候補らしく、だ…)
 ブチ切れるのをやめて、大人しく訓練に励んでくれれば…、と青の間に足を踏み入れ、スロープを上がって、「ソルジャー」と声を掛けた。ベッドの上にいる人に。
「本日の報告に参りました。…特に変わりはございません」
「分かっている。だが、今日もジョミーは噂の的だな」
 ゆっくりと開いた、ソルジャー・ブルーの赤い瞳が瞬きをした。「また炎上か」と。
「…は? 何処も燃えてはおりませんが…?」
 事故の報告は入っておりません、と律儀に答えたキャプテン・ハーレイ。機関部はもちろん、厨房でさえも炎上騒ぎは起こってはいない。ほんの小さなボヤさえも。
「そういう火事の話ではない。ずっと昔の俗語のようなものだろうか」
「…俗語ですか?」
「ああ。元ネタはくだらない話だったり、失言だったり、原因の方は色々なのだが…」
 燎原の火のように、アッと言う間に広がりまくって、騒ぎになるのを「炎上」と呼んでいたのだそうだ、とソルジャー・ブルーは博識だった。
 今のジョミーを巡って、船内を騒がせまくる思考の渦。それはまさしく炎上だろう、と。
「炎上という言葉があったのですか…。確かに厄介ではあります」
 無駄にパワーを使うばかりで…、とハーレイは顔を顰めたのだけれど。
「その件なんだが…。ものは考えようとも言う。馬鹿と鋏は使いよう、だとも」
「はあ…?」
「後で、ゼルたちを集めてくれ。ぼくが直接、話をしよう」
 この件について…、とブルーは静かに瞳を閉じた。「続きは、其処で話すことにする」と。


 かくして、青の間に呼び集められた長老たち。その日のジョミーの訓練が終わって、夕食なんかも済ませた後に。
 キャプテンを先頭にして集まった五人、ブルーはベッドに上半身だけを起こして…。
「ジョミーの件で話がある。炎上騒ぎには、気付いているな?」
「そりゃまあ、ねえ…? あたしも、初めて聞く言葉だったけどさ」
 炎上とは上手く言ったもんだ、とブラウは感心しきりだった。他の面子も、ハーレイから既に聞いてはいる。「炎上」とは何を指しているのか。
「知っているなら、話は早い。…ゼル、君はあの件をどう思う?」
 船中を巻き込む炎上騒ぎについて…、とブルーの瞳が見据えた先。機関長のゼルは、メカにはめっぽう強い。このシャングリラを改造した時も、陣頭指揮を執っていた。
「…エネルギーの無駄遣いじゃな! あれだけの思考が出来るんじゃったら、もう少し…」
 マシな使い方が出来んものか、とゼルも「無駄遣い派」に属する一人。ハーレイが、そうであるように。
「やはり、君の意見もハーレイと同じか…。実は、ぼくもだ」
 あの「炎上」を上手く使えはしないだろうか、とブルーの口から飛び出した言葉。この先も炎上は続くだろうから、今の間に思考を転用する方法の検討を、と。
「ソルジャー!? あの、くだらない思考を使うと仰るか!」
 今日のテーマはマザコンですぞ、とゼルはワタワタしているけれども、ブルーの方はマジだった。無駄にエネルギーを使うよりかは、活用する方が前向きだ、などと大真面目な顔で。
「たとえ中身が何であろうと、強力な思考には違いない。…そうではないのか?」
「それはそうですが…。しかし、ソルジャー…!」
 マザコン疑惑のような炎上騒ぎを、どうお使いになると仰るので…、とハーレイも慌てるしかない状況。「マザコンで船が守れるのか?」と眉間の皺を深くして。
「使い道は色々あるだろう? 現に、君だって考えた筈だ。…今日も、ブリッジで」
 サイオン・シールドにサイオン・キャノン斉射六連ではなかったのか、とソルジャー・ブルーは全てをお見通しだった。炎上騒ぎのエネルギーで「何が可能か」を。
「…ふうむ…。確かに凄いエネルギーなんじゃが…」
 しかしじゃな…、とゼルは後ろ向き。「くだらない思考」で船を守るというのはどうか、と潔癖症なエラさながらに。
「そういう場合じゃないだろう? 我々の悲願は、何だったのだ?」
 地球に行くことではなかったのか、とブルーは何処までも鋭い瞳。ミュウの未来を手に入れるためには、手段は選んでいられない、とも。
「……そうかもしれん……。ならば、あの炎上のエネルギーをじゃな……」
 他の方向に向けられるように、ちと研究をしてみるわい、とゼルが引っ張った髭。ヒルマンと共に研究を重ね、シャングリラのために使ってみよう、と。
「それでいい。…よろしく頼む」
 たかが炎上でも無駄にするな、とソルジャー・ブルーが重々しく頷いたものだから…。


 ゼルやヒルマンたちは、頑張った。ジョミーの訓練を続ける傍ら、くだらない思考を「別の方へと」転用させる研究を。
 そうして、ついに完成したシステム。どんな「くだらない思考」だろうが、皆の思考が纏まりさえすれば、防御セクションだの、攻撃セクションだのに、そのエネルギーを向けるというもの。
「ソルジャー、なんとか出来上がりましたぞ!」
 ゼルが報告に飛び込んで来た時、またもジョミーがブチ切れた。「やってられるか!」と、それはゴージャスに。…他の長老たちは、訓練に行っていたものだから。
『またジョミーだぜ? 飯が不味いってよ』
『ママの料理が食べたいです、って? マザコン野郎が…!』
 あんなマザコンがソルジャー候補とは、世も末だよな、とブワッと膨れ上がってゆく思考。いつもの炎上騒ぎだけれども、即、ブリッジから青の間に入って来た通信。
「ソルジャー! サイオン・シールド、只今、出力最大です!」
 サイオン・キャノンも斉射六連いける勢いです、と興奮した声のキャプテン・ハーレイ。ここまでのパワーは未だかつて無いと、「今のシャングリラは無敵です!」とも。
「どうじゃ、ソルジャー? いい感じに出来たと思うんじゃが…」
「そのようだ。このシステムは、今後、大いに役に立ってくれることだろう」
 ミュウは弱いが、炎上したなら無敵になれる、とニンマリと笑んだソルジャー・ブルー。
 そしてシステムは、それから間もなく出番を迎えた。雲海に潜むシャングリラの位置を特定され、衛星兵器で超航空から攻撃を食らった時のこと。
「この非常時に、ジョミーは何をしておるんじゃ…!」
 サボリか、とゼルが詰った、ジョミーの不在。それはたちまち船中に知れて、「いないだなんて、クズ野郎が!」と一気に炎上。
 なまじ攻撃でパニックなだけに、怒りのエネルギーは凄まじかった。「あのボケが!」だとか、「死んで詫びやがれ!」だとか、シャングリラ中を巻き込んで。
 よってシステムはエネルギーMAX、完璧に張れてしまったシールド。サイオン・キャノンも斉射六連、衛星兵器は木っ端微塵に破壊されてしまい…。


「え、えっと…? ぼくがいない間に、何かあったわけ…?」
 オタオタと船に戻ったジョミーは、もはや誰からも期待されてはいなかった。ジョミーがいなくても船は守れたし、この勢いなら地球に行くのも夢ではないだけに。
『ジョミー。君は今まで通りでいい』
 炎上要員として頑張りたまえ、とのブルーの通達。思念で、船の全員に向けて。
『我々は弱い。だが、今、最強のエネルギー源を手に入れた!』
 ワープしよう、というブルーの命令。「今こそ、地球に旅立つ時だ」と力強く。
 シャングリラは「惑星上からの直接ワープ」でアルテメシアを離れ、宇宙へと出てもジョミーは炎上要員。皆の「くだらない思考」で叩かれる度に、シャングリラは「より強く」なってゆく。叩かれるジョミーも、フルボッコに遭う度、少しずつ強くなるものだから…。
 より増してゆく「炎上」エネルギー。ひたすらジョミーを叩くためにだけ、ジョミーが「強く」なればなるほど。炎上が激しくなってゆくほど、シャングリラは強さを増す一方で…。
「ソルジャー・ブルー! 間もなく地球です!」
 まさか炎上だけで、こんな所まで来られるとは…、と感無量なキャプテンや長老たち。
 其処へ現れた「地球」は青くなくて、誰もが失望、そして炎上。「なんてこった!」と、青くなかった地球を相手に、過去最大のエネルギーで。
「サイオン・キャノン、斉射千連! てーっ!!!」
 攻撃目標、ユグドラシル! というハーレイの号令、ユグドラシルは轟音と共に崩れていった。地下のグランド・マザーもろとも、呆気なく。
 ブルーはと言えば、青の間から「その光景」を生中継で眺めた後に…。
『百八十度回頭。…もう、この星に出来るようなことは、何も無い』
 無駄足だったような気がする…、と深い溜息をついて、ソルジャー・ブルーは地球への憧れを捨て去り、皆と宇宙へ旅立って行った。
 今や無敵のシャングリラで。「炎上」だけで地球まで辿り着いた船、SD体制までもブチ壊したという、それはとんでもない勢いの船で…。

 

           船と炎上・了

※ミュウが「精神の生き物」だったら、「炎上」した時のパワーも半端ないんだろう、と。
 それだけで船を守れそうだ、と考えたら無敵のシャングリラに。ブルー生存ED、幾つ目…?









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