「殺しちゃおっか」
この船、乗っ取っちゃおう、とナスカの子たちが始めた相談。巨大なシャングリラの一角で。
他のミュウたちから「化け物」呼ばわり、それが気に入らない子供たち。
今や人類軍にも恐れられている戦闘機だって、「彼ら」しか乗りこなすことは出来ない。虚弱なミュウはGに耐えられなくて、どうにもこうにもならないだけに。
それなのに、露骨に叩かれる陰口。もはや陰口とも言えないレベルで、「また育った」とか、「あの化け物が」だとか、視線まで向けてヒソヒソと。
そういう日ばかり続くからして、「殺しちゃおっか」という話になった。このシャングリラに我が物顔で乗っている「使えない」ミュウたち。彼らを一掃、自分たちだけの船にしようと。
トォニィが崇めるジョミーにしたって、その実態は「へなちょこジョミー」で、きっと敵ではないだろうから。
「ねえねえ、何処から制圧する?」
「ブリッジを狙えば一発だろうと思うけどさ…」
今日も盛り上がる物騒な相談、ところがどっこい、聞いていた者が一人いた。
(……なんて恐ろしい相談を……!)
後でソルジャーに御注進だ、と壁の向こうでガクガクブルブル。彼は、メンテナンス用の通路を使って移動中だった。いつもの定期点検のために。
たまたま「ナスカの子たち」がいる部屋の側を通ったわけで、「殺しちゃおっか」という聞き捨てならない言葉で耳をそばだてた。「殺すって、誰をだ?」と。
てっきり「人類」だと思っていたのに、「殺す」相手は船のミュウたち。それも皆殺しで、ソルジャー・シンまで殺すつもりの相談だから…。
(……立ち聞きがバレたら、俺の命も……)
この場で消える、と腰が抜けそうになっているのを「こらえて」逃げた。ありったけのサイオンを使って気配を殺して、「三十六計逃げるに如かず」と一目散に。
そうやって、無事に逃げおおせた彼。
メンテナンスの仕事は他の仲間にバトンタッチで、大慌てで駆けて行った青の間。ソルジャーは長老たちと会議で、其処にいる筈だと聞かされたから。
「そ、ソルジャー! 大変です!」
大変なことになっております、と彼は青の間に飛び込んで行った。入室許可を得るのも忘れて、それこそ転げ込むかのように。
「なんだ、どうした?」
ジョミーは即座に振り向いたけれど、同時にエラが叱り飛ばした。
「無礼でしょう! 今は会議中で、許可の無い者は入室不可なのですよ!?」
「それどころではありません! もう、この船の一大事で!」
放っておいたら、きっと取り返しがつきません、と「彼」は必死の形相。流石に「おかしい」と感じたものか、ハーレイが先を促した。
「何事だ? お前は機関部の者ではないが…」
エンジントラブルでも発生したか、とキャプテンは冷静なのだけれども。
「いえ、エンジンなら、まだマシな方で…! ソルジャー、革命でございます!」
「「「革命?」」」
なんのこっちゃ、とソルジャー・シンも、長老たちも、目が真ん丸。革命と言われてもピンと来ないし、第一、何を革命するのか。
「…革命だって? 人類の世界で起こったのか?」
誰かが反旗を翻したか、と尋ねたジョミー。まあ、普通だったら、そうなるだろう。ただでも機械に押さえ付けられたSD体制、反乱軍だの、海賊だのもいたりするから。
「そ、それが、人類の世界ではなくて…! 革命の舞台はシャングリラです!」
「なんだって!?」
何故、そうなる…、というジョミーの問いに、「彼」は震えながらも一部始終を話した。革命を企てているのは、ナスカの子たち。船のミュウもソルジャー・シンも殺して、乗っ取る気だ、と青ざめた顔で。
「壁の向こうで話しているのを聞いたんです! 殺しちゃおっか、と…!」
あの連中は本気ですよ、と「彼」の震えは止まらない。ナスカの子たちは、本当に力が半端ないだけに、「シャングリラの乗っ取り」は充分、可能な展開なのだから。
「革命じゃと…?」
若造どもが、とゼルが自慢の髭を引っ張ったけれど、彼の顔色も優れない。「殺しちゃおっか」がマジネタだったら、ゼルも間違いなく殺される。
「…どっちかと言えば、クーデターだと思うけどねえ?」
ブラウがツッコミを入れてはみても、状況は何も変わりはしない。革命だろうが、クーデターだろうが、「皆殺し」になる結末は同じ。たとえ始まりは「テロ」だったとしても。
ジョミーは震えまくっている「御注進に来た仲間」に、もう一度、ナスカの子たちの「相談」の件を確認してから、「思念で頼む」と注文をつけた。思念だったら、何もかもが瞬時に伝わるわけだし、長老たちにも「彼が聞いたこと」がキッチリ伝達される。
けれども、思念で「聞いた」結果は、「殺しちゃおっか」で、皆殺しのフラグ。
「…どうやら本気で言ってるようだな…。ありがとう、君は下がっていい」
後は、ぼくたちが対応する、とジョミーは「彼」に退室許可を出し、見送ってから、長老たちの方を振り返った。「どう思う?」と緑の瞳で見詰めて。
「どうもこうもないわい! 革命もクーデターも、論外じゃて!」
あんなガキどもにやられてたまるか、とゼルが怒鳴っても、まるで無いのが説得力。ゼルはもちろん、長老たちが束になっても、ナスカの子たちには敵わない。シャングリラ中のミュウたちが一丸となって立ち向かおうとも、歯が立たないのが「ナスカの子たち」。
「ソルジャー、このままでは殲滅されてしまうのでは?」
もう明日にでも、とハーレイが眉間の皺を深くする。なにしろ相手は子供なだけに、「思い立ったが吉日」とばかりに行動に移すことだろう。
「…分かっている。だが、この船にタイプ・ブルーは、彼らの他には、ぼくしかいない」
分が悪すぎる、とジョミーの顔も沈痛だった。
「ジョミー命」のトォニィが味方してくれたとしても、二対六。多勢に無勢で、勝算なんぞは無いに等しい。挑んでみたって、まず勝てはしない。
「で、では…。殺されるのを待つしかないのですか!?」
エラが悲痛な叫びを上げたけれども、それ以外に道は無さそうな感じ。ナスカの子たちが、本気で革命だのテロだの、クーデターだのを起こした時には、「皆殺し」エンド。
船の仲間は全員殺され、シャングリラは「彼ら」のものになる。ナスカの子たちだけの船で、言わば彼らのパラダイス。何処へなりとも、気の向くままに旅をして行って。
エライことになった、と青の間に降りる重い沈黙。
革命が起こるのは明日になるのか、今日にでも何処かでドカンと爆発があって、クーデターだかテロが始まり、アッと言う間に船中が制圧されるのか。
「くそっ…! この船を今日まで、誰が守って来たと思っているのだ、奴らは…!」
私の指揮が無ければ、とっくに宇宙の藻屑だったかもしれないものを…、と怒るキャプテン。その隣では、ヒルマンも深い溜息をついていた。
「私は教育を間違えたようだ…。恩知らずな子たちに育てた覚えは無いのだが…」
「ちょいと、アンタが教えてない子も混じってるだろ?」
ツェーレンなんかは赤ん坊だったじゃないか、とブラウが混ぜっ返したけれども、だからと言って解決策など何も無い。ナスカの子たちが「やろう」と決めたら、問答無用で殺されて終わり。
「……ぼくに、もう少し力があれば……」
それにブルーが生きていれば…、とジョミーが「補聴器の中の記憶」を探ってみても、いいアイデアは何も無かった。ソルジャー・ブルーの時代は至って安泰、革命もクーデターも「まるで起こりはしなかった」だけに。
(……ソルジャー・ブルー……。ぼくは、どうしたら…?)
このままでは船がおしまいです、と嘆くジョミーが、ふと思い出したこと。それはブルーの記憶ではなくて、アタラクシアで学校に通っていた頃のこと。
(宿題、反対、って…)
皆で授業をボイコットした。教室を抜け出し、あちこちに散って。
(…先生が教室に来ても、誰もいなくて…)
前のボードに「宿題、反対!」の文字が躍っていた筈。「宿題を出さないと約束するなら、皆で授業に戻ります」などと。
(…後でメチャクチャ叱られたけど…)
もちろん宿題は「増量されて」しまったけれども、もしかしたら、あの手が有効かもしれない。
シャングリラを制圧しようと企てる、ナスカの子たちを黙らせるには。
二千人ものミュウの仲間を乗せた箱舟、シャングリラの「デカさ」は桁外れだけに…。
(…あの子たちだけで維持するなんて…)
絶対に無理だ、と確信できる。「ソルジャーの称号」を賭けてみたって、少しも困らない勢いでもって。「絶対に、無理!」と。
ゆえに早速、提案した。キャプテンと、四人の長老たちに。「この手でどうだ?」と。
「な、なんと…。ボイコットだと仰るか…!」
このシャングリラ中でストライキじゃと、と目を剥いたゼル。他の面子も唖然としている。
「そうだ、ボイコットでストライキだ! それ以外に無い!」
船の仲間たちの有難味を分かって貰うためには、とジョミーはブチ上げた。
早い話が、シャングリラ中で「あらゆる業務」を皆が放棄し、ボイコットする。ストライキという言い方でもいい。
ナスカの子たちも利用する施設、ありとあらゆる設備を「放り出す」のが、「皆の重み」をナスカの子たちに思い知らせる絶好のチャンスになるだろう、と。
「で、では…。具体的には、どのように?」
キャプテンの問いに、ジョミーはニヤリと笑って答えた。
「そうだな…。手始めに、あの子たちの溜まり場を放置でいいだろう」
一切、掃除をさせるんじゃない、と命じたジョミー。埃が溜まろうが、ゴミ箱からゴミが溢れ出そうが、「誰も、何もする必要は無い」と浮かべてみせた不敵な笑み。
ナスカの子たちは、とある部屋を溜まり場にしているけれども、その部屋を「徹底的に放置しておけ」というのがソルジャーの指示。
「掃除をさせないということですか…」
エラがポカンとして、ブラウは「ヒュウ!」と口笛を吹いた。
「それじゃアレかい、あそこのトイレも放置なのかい?」
「当然だ! それは基本中の基本だろう!」
トイレットペーパーの補充にしたって必要ない、とジョミーは突き放した。ナスカの子たちは瞬間移動が得意技だし、「入ってから紙が無かった」としても…。
「ふうむ…。何処かのトイレから取り寄せればいい、と言うのだね?」
ヒルマンが思わず漏らした笑い。「確かに、何とかなるだろう」と。
「ああ、紙くらいは何とでもなる。しかし、掃除の係はいない」
そして彼らは「まだ子供だ」と、ジョミーは唇の端を吊り上げる。「お世辞にも、トイレを綺麗に使えるスキルを、持っているとは思えないな」と、見て来たかのように。
「う、うぬぬ…。そういえば、ハーレイ、あそこのトイレの掃除の回数は…」
どうじゃったかな、とゼルが首を捻ると、キャプテンの方は即答だった。
「モノが子供用トイレなだけに、他のトイレよりも遥かに多い。一時間に一度の見回りだ」
汚れていたら、即、掃除だな、と腕組みをするハーレイ。「それを放置か…」と頭を振って。
ナスカの子たちの溜まり場の掃除をボイコット。それが手始め、部屋に備え付けの飲料や食べ物の補充も「やめる」。
飢えた彼らが食堂に来ても、係の行動は「スルー」一択。他の仲間たちには「へい、お待ち!」とばかりに飲み物や食事を提供したって、革命分子だかテロリストだかには、何も出さない。
「なるほどねえ…。そいつは効くかもしれないねえ」
こう、ジワジワと精神的に来そうじゃないか、とブラウが賛成、他の面々も異を唱えなかった。このシャングリラを纏めるキャプテンでさえも。
「ソルジャー、そのご意見に賛成させて頂きます。ところで、彼らの専用機は…」
整備を如何致しましょうか、とハーレイが訊いて、ジョミーは「放置だ!」と言い放った。
「ヤエにキッチリ言っておけ。今日からストライキに入るようにと」
彼ら無しでも、このぼくだけで戦える、とジョミーが握り締めた拳。シャングリラの仲間を皆殺しにされるくらいだったら、「彼らの分まで一人でやる!」と固い決意で。
「手厳しいのう…。存在意義まで否定してかかるというんじゃな?」
じゃが、そのくらいで丁度いいかもしれん、とゼルも「専用機にはノータッチ」と決めた。ヤエが駄目なら「頼られそうな」面子がゼルだけれども、「一切、何もしてやらんわい!」と。
他にも着々と進む相談、ナスカの子たちの個室の掃除も「放置」となった。彼らが毎日着ている制服、それも下着も「誰も洗濯してやらない」。
洗濯するのは機械だとはいえ、係以外は持たないスキル。どういった衣類を何処に入れれば、きちんと洗い上がるのか。乾燥させる時間にしたって、「普通の制服」なら自動だけれど…。
「君たちも知っているだろう? トォニィたちの制服は、普通じゃない」
特別製のアレを洗うには、専門の係がいないと駄目だ、とジョミーは容赦なかった。
ナスカの子たちへの「ありとあらゆるサービス」、それの提供を「本日付でストップする」と、その場で決定、直ちに通達。「いいか、ストライキでボイコットだ!」と。
かくして「放置プレイ」が決まった、ナスカの子たち。
それの効果は、その日の内に早くも現れた。溜まり場でトイレに出掛けたコブの、「紙が入っていない!」という思念で。…タージオンが「紙だって!?」と、他のトイレから瞬間移動で取り寄せたりして、皆が「おかしいなあ…?」と首を傾げて。
トイレ掃除の係が来ないから、どんどん悪くなってゆくトイレの雰囲気。それじゃ、と気分直しにジュースを飲もうとしたら、スカッと底を尽いたサーバー。
「「「うーん…」」」
食堂でいいか、と出掛けた「彼ら」を待っていたのは、「無視」だった。まるで存在しないかのように、彼らをスルーで進む注文。他の連中の分ばかりが。
そうこうする内に響いた警戒警報、専用機で発進しようとしたのに…。
「「「これじゃ、出られない…!」」」
頼みの機体は全て燃料切れ、補給方法さえ「分からない」始末。普段は、係に任せていたから。その係はヤエと立ち話中で、知らんぷりして楽しげで…。
ナスカの子たちがパニクる間に、「敵機、全機、撃墜しました!」と艦内放送。飛び出して行ったソルジャー・シンと、サイオン・キャノンで片が付いたらしく…。
「…ぶっちゃけ、あの子たちがいなくても、何とかなるってことよね」
ヤエの眼鏡がキランと光って、格納庫の係が相槌を打った。
「そういうことだな。あいつらの場合は、俺たちがいないと困るようだけどよ…」
あの制服を洗う係も持ち場を離れたらしいぜ、と声高な噂。今日から、ナスカの子たちの世話係は一人もいなくなったらしい、と。
「…と、トォニィ…。これって、私たちだけで何とかしろってことなの!?」
そんなの無理よ、とアルテラが絶叫、他の子たちも真っ青だった。このシャングリラの仲間を全て殺してしまって、船を乗っ取ったとしても…。
(((世話係が一人も残っていなくて、全部、自分たちでやるしかなくて…)))
この馬鹿デカイ船の奴隷ですかい! と思い知らされ、彼らは心を入れ替えた。船を乗っ取って「働く羽目になる」より、今の方が「かなり良さげ」だから。
何もかも「自分たちでやる」より、「お世話係が満載の船」の方が何かとお得だから…。
革命を防げ・了
※いや、「殺しちゃおっか」と簡単に言ってくれたのが、ナスカ・チルドレンですけど。
あんな馬鹿デカイ船を、たった七人でどうするつもりだったんだよ、というツッコミです。