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カテゴリー「突発ネタ」の記事一覧

「半年も経てば、恐らく全員、マザー牧場の羊だ」
 そう言ったことは確かだけれど、とシロエが抱えている頭。まさか本当に羊だなんて、と。
 周りを取り囲むモコモコの羊、どっちを向いても羊の群れ。夜だからパチパチ燃えている焚火、それを囲んで羊の番。なにしろ羊飼いだから。羊の番が仕事だから。
「…恐らくお前のせいだぞ、シロエ」
 あの台詞は忘れていないからな、とキースにジロリと睨まれた。あれから長年経ったけれども、私の記憶に間違いはない、と。
「そうだぜ、俺も聞いていたしよ…。お前、確かに羊と言ったぜ」
 サムまでキッチリ覚えているから、なんとも立場がマズかった。羊飼いの仲間は多いけれども、誰も覚えが無いらしいから。彼らが生きた歳月の中で、羊絡みの発言なぞは。
「アニアン閣下…! やはり、こいつのせいですか?」
 牧場で羊と言ったのなら、と不愉快そうなのがセルジュというヤツ。かつてキースの部下だった一人、中でも一番偉そうな態度。
「確証はないが…。他に羊と牧場と言った者が無いなら、シロエなのだろう」
 言霊というものがあるらしい、と声をひそめるキース。迂闊な言葉を口にしたから、皆に呪いがかかったようだ、と。
「ぼくは呪いなんか、かけてませんから!」
 そんな力もありませんから、と叫んだけれども、「甘い」と切って捨てられた。言霊とやらは、言った本人の能力とはまるで無関係だ、と。
「お前があれを言った時に、だ…。呪いがかかっていたのだろう。だからこうなった」
 ミュウのヤツらが一人も混ざっていないのが証拠、とキースが見回す羊飼いたち。キースの部下やら、グレイブやらと多彩な面子が揃っているのに、ミュウは一人もいなかった。
 キースの部下として生きた、変わり種のマツカを除いては。それと自分も、一応はミュウ。この二人だけが辛うじてミュウで、とはいえ人類の世界で生きて死んだ者。


 キースが言うには、マザー牧場の羊として生きていた面子。それが集められて羊飼いの群れで、こんな所で羊の番をしているらしい。モコモコの羊の群れに囲まれ、焚火をして。
(ぼくのせいで…?)
 それで羊、とシロエは泣きたい気分。ピーターパンと行くネバーランドなら嬉しいけれども、羊飼い。夜に羊の番だなんて、と。
「ぼくたち、これからどうなるんですか…!」
 一生、羊の番でしょうか、と叫んでからハタと気が付いた。全員、とっくに人生終了、一生も何もこれが結末。ハッピーエンドを迎える代わりに、羊飼い。ずっとこうして羊の番。
(…酷すぎるかも…)
 あんな台詞を吐かなきゃ良かった、と俯いていたら、「諦めるな」と肩を叩いたキース。
「まるで救いが無いということもないだろう。…羊飼いだからな」
「どういう意味です?」
「知らんのか、聖書。羊飼いが夜に羊の番なら、救い主キリストの降誕だぞ」
 可能性の一つに過ぎないが…、とキースが語ったキリスト降誕。もしも聖書の通りだったら、天の御使いが現れる。神の栄光に照らされて。
 それに夥しい天の軍勢、神を賛美して歌うという。
 「いと高き所には、栄光が神にあるように。地の上に住む人々に、平和があるように」と。
 そのメッセージを受け取ったならば、ベツレヘムという町に行けばいい。クリスマスの夜に馬小屋で生まれたキリスト、救い主の赤子を拝むために。
「ああ、なるほど…。そしたら、羊飼いの役目は終了というわけですか…」
「上手く行けばな。我々は人類代表なのだ」
 聖書の羊飼いたちもそうだ、と言われてみればその通り。救い主の誕生を知らせる使いは、羊飼いの所に現れるから。
「時空が捩れているわけですね。…キリストが生まれた時代辺りに」
「お前の迷惑な台詞のせいでな!」
 それを忘れるな、とループした話。周りの視線がとても痛いから、羊の中へと逃げ込んだ。モコモコの群れに隠れていたなら、さほど視線は刺さらないから。


 そうやってシロエは羊に隠れて、キースたちが続けた羊の番。早く天使がやって来ないかと、神の栄光が辺りを照らさないかと。焚火を囲んで待っている内に…。
「キース、何か来ます!」
 ミュウだけあって勘の鋭いマツカが指差した方。モコモコの羊の群れの向こうは真っ暗な闇で、誰が見たって何も見えない。キースも、セルジュも、グレイブたちも目を凝らすけれども…。
「何も見えんぞ?」
 天の使いなら光り輝く筈だが、とキースが首を捻った時。
「なんか聞こえねえか?」
 変な音が、とサムが言い出して、間もなく誰もが耳にした音。テケテン、テケテンと妙にリズミカルで、まるで太鼓でも叩いているよう。
「アニアン閣下…。天使は太鼓を叩くんですか?」
 おまけに変な節回しですが、とセルジュが指摘するテケテンな音。天の軍勢なら、もっと荘厳な音楽の方が似合うのに。太鼓でテケテン、テケテンやるより、ハープなんかが似合うだろうに。
(((テケテン、テケテン…?)))
 天の軍勢のセンスは良くないようだ、と誰もが思ったBGM。テケテン、テケテン、テレツク、テレツクと小太鼓が鳴って、テレツクテンテン。
 あまりのことにシロエも羊の群れから出て来て、目をパチクリとさせている始末。これに関しては責任は無いと、ぼくの責任は羊飼いまで、と。
 テンテンテレツク、テケテン、テケテン。
 天の軍勢は光り輝きもぜすに、テレツクテレツク近付いて来て…。


「なんだ、貴様は!」
 どうしてお前がその立ち位置に、と怒鳴ったキース。
 テレツクテンテンと小太鼓を打ち鳴らす天の軍勢、その先頭に立っていたのは、あろうことかミュウの長だった。それも忌々しいアルビノの方の。
 なんだってヤツが天の御使い、そんな素敵な立ち位置に…、とキースは歯噛みしたのだけれど。
「どうしても何も…。我々は進化の必然だからね」
 天の御使いとも思えない台詞を吐いてくれたのが、ソルジャー・ブルー。もう少しオブラートに包んだ物言いをして欲しいものだ、と誰もが思った。
 人類はミュウに破れたのだし、この配役は諦めよう。あちらが天の軍勢になって、自分たちの方が羊飼いでも。
 けれども、天の御使いたちはキリストの誕生を告げに来たわけで、いわば救いの神というヤツ。これからベツレヘムの馬小屋に行って、キリストを拝めばお役目終了。きっと時空の捩れも直って、羊の群れとはオサラバだから…。
(((もうちょっと優しい言葉遣いで…)))
 喋れないものか、と羊飼いたちが見詰めたソルジャー・ブルー。天の御使いな役どころならば、もっとソフトに喋って欲しい、と。
 そうしたら…。
「…天の御使い?」
 このぼくが、とソルジャー・ブルーは目を丸くした。それにキリストと言われても…、と。
「違うのか?」
 これはそういう話だろうが、と食ってかかったキースだけれど。
「…まるで間違ってはいないかな…。ぼくたちが来ないと年が明けないし」
「「「はあ?」」」
 紀元が切り替わるという意味だろうか、と首を傾げた羊飼いたち。確かキリストの誕生を境に暦が変わっていたかと、紀元前とその後だったような、と。


 キリストが生まれる前が紀元前、生まれた後は紀元何年、と数えていたのが昔の暦。SD暦に切り替わる前は、そういう暦の筈だから。
 それで天の御使いがやって来ないと、年が明けないのかと思ったら…。
「違うね、君たちが飼っているのは羊。ぼくたちの方は…」
 こういうヤツで、とソルジャー・ブルーが合図をしたら、テケテン、テケテンと始まった音楽。天の軍勢なミュウの面々、彼らが小太鼓でテレツクテンテン。
 その間を縫うように現れたジョミー、トォニィやらキャプテン・ハーレイやらと、それは豪華なメンバーだけれど。
「「「サル!??」」」
 なんでまた、と羊飼いたちも唖然呆然、ミュウのお歴々はサルを連れていた。一人に一匹、二足歩行をしているサル。妙なベストを着ているサルで、それがテケテン、テケテンと…。
(((…踊っている…)))
 小太鼓のリズムに合わせてテケテン、テケテンと踊るサルたち。テンテンテレツク、テケレツテンテン、それはいわゆる猿回しだった。ジョミーやトォニィの合図でテレツク、テケレツ、軽快にサルたちは踊り続ける。二足歩行で、それは楽しげに。
「新しい年はサル年だからねえ…」
 でもって古い年が羊で、とソルジャー・ブルーはフッと笑った。羊飼いのターンはこれで終了、お役御免というヤツだから、と。
「なんだと!? では、我々はどうなるのだ!」
 貴様たちが取って代わるのか、とキースが怒鳴ると、ソルジャー・ブルーは余裕の笑みで。
「そうなるのかな? 干支の引き継ぎに関してはね」
 サルが進化してヒトになったのは有名な話、と言い返されてグッと詰まったキース。それで進化の必然という台詞が出たかと、ミュウの側にサルがつくのか、と。


 干支の引き継ぎと言われた途端に、羊飼いたちは理解した。西暦2015年とやら、自分たちが生きていたのとは少しズレた時空。そこで一年が終わるのだと。未年が去ってゆくのだと。
(((2016年は申年…)))
 サルに関してはミュウに分がある、ミュウは進化の必然だから。ヒトの進化を語る上では、サルは欠かせない存在だから。
「シロエ、どうしてサルと言わなかった!?」
 何故、羊だと言ったのだ、とキースがキレても、普通、牧場でサルは飼わない。サルと言ったらモンキーパークで、牧場と言ったら羊とか。
「シロエを苛めないで欲しいね、彼の責任ではないと思うから」
 たまたま羊と言っただけだし、とソルジャー・ブルーが言うのも事実。そうこうする間にテケレツテンテン、猿回しのサルたちが焚火の周りで暖を取り始めた。動物は火を恐れるのに。
「どういうことだ!?」
 このサルどもは、とキースも羊飼いたちも驚いたけれど。
「未年の最後を締め括るホットなニュースと言うべきかな? あれは何処だったか…」
 焚火で暖を取るサルたちの群れが現れたそうだ、とソルジャー・ブルーに告げられたニュース。何処かの時空で焚火を恐れないサルたちが現れ、年の瀬の話題になったという。
(((そんなニュースまで…)))
 来てしまったらもう駄目だ、と羊飼いたちが悟った敗北。とりあえず来年はミュウの年、と。
 焚火をミュウたちに譲り渡して、自分たちはこれから流浪の民か、と思ったら…。


「引き継ぎが済んだら、正月とかいうモノらしいけどね?」
 みんなで焚火で餅を焼くのだ、とソルジャー・ブルーがキッパリと言った。
 その内に初日が昇ってくるから、それを見ながら宴会らしい、と。
「「「宴会!?」」」
「そう、宴会。飲んで騒いで、三日間ほど…。箱根駅伝とやらも見てね」
「「「箱根駅伝…」」」
 なんだそれは、と羊飼いたちは思ったけれども、どうやら焚火は譲らなくてもいいらしいから。
「分かった、とにかく宴会なんだな?」
 シロエのせいでババを引いたのではないんだな、と念を押したキース。このまま焚火でかまわないのだなと、羊飼いの役目が終わりなだけで、と。
「そのようだけど? ぼくたちの方も、猿回しは年越しだけだからねえ…」
 干支の引き継ぎが無事に終わるまで、君たちも羊飼いをよろしく、と言われた羊飼いたちは張り切った。役目を終えたら宴会なのだし、此処を去らなくてもいいようだから。
「こらっ、そっちへ行くんじゃない!」
「大人しくしていて下さいよ~!」
 モコモコの羊が逃げないようにと頑張る羊飼いたち、BGMに流れるテレツクテンテン。大勢のミュウたちが鳴らす小太鼓、焚火の周りで踊るサルたち。
 こうして2015年が暮れて、やがて新しい年が来る。未年が去って、サルの年。
 テンテンテレツク、テケレツテンテン、年が明けるまでは羊飼いたちと猿回しのコラボ。干支の引き継ぎをちゃんと済ませて、新しい年が来るように。
 テケテン、テケテンと年は暮れてゆく、そしてもうすぐ2016年になる。
 年が明けたら、人類もミュウも揃って宴会。餅を焼いたり、おせちにお雑煮。
 箱根駅伝なども見ながら、「無事に新しい年を呼べた」と干支の引き継ぎを語り合いながら…。

 

         ゆく年くる年・了

※今年はヒツジ年だったっけな、と漠然と考えただけなんです。来年はサル、と。
 なんだってこんな話になったか、今度こそ自分が分からないかも…!





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(…こんな日の何処が目出度いんだ…)
 サッパリ分からん、と顔を顰めたキース。
 今日の日付は十二月二十七日、今日を含めてあと五日ほどで今年も終わる。
 たったそれだけ、それ以上でも以下でもない日。ずっと前から。
 けれども、部屋に山と積まれたプレゼントの箱。
 定番のリボンがかかった箱やら、凝ったラッピングやらと、それは賑やか。
 これを寄越した連中の顔が見えるようだ、と零した溜息。
(国家騎士団、上級大佐…)
 いつの間にやら、アイドルスター並みの人気を誇っていた自分。
 全く自覚は無かったのに。
(冷徹無比な破壊兵器ではなかったのか…?)
 それは軍部の中だけだったろうか、と情けない気持ち。
 軍人だというのに、この大量のプレゼント。
 朝からマツカやパスカルたちが台車で運び込んで来た。
 「全部、大佐にお届け物です」と、「セキュリティーチェックは済んでいます」と。
 つまり爆発しないということ、危険はまるで無いということ。
 中身は菓子の類だろう箱も、こだわりの逸品が入っているらしい箱だって。


 迷惑な、と思うけれども、届いたものは仕方ない。
 今日は自分の誕生日だから、あちらこちらからドッサリと届く。
 前からチラホラ来てはいたものの…。
(昇進して以来、拍車がかかった…)
 画面に姿が映し出されただけで、黄色い悲鳴が上がると聞いた。
 あれはセルジュからの報告だったか、「凄い人気ですよ」と。
 そんなわけだから、今日は朝からプレゼントの山。
 きっとまだまだ増えるのだろう、今日の間に。
(……まったく、何処が目出度いんだか……)
 人工子宮から出されたというだけ、それが世に言う誕生日。
 SD体制が始まる前だったならば、もう少し意味もあっただろうに。
(…そういえばミュウのガキどもがいたな…)
 あの連中には誕生日があるか、と思うけれども、所詮は化け物。
 生身で宇宙空間を飛んで来たミュウの長、ソルジャー・ブルーと変わりはしない。
 第一、トォニィとかいう子供には危うく殺されかけたし…。
(ロクでもないな…)
 誕生日なんぞ、と歪めた唇。
 ついでに自分の誕生日の場合、人工子宮から取り出されるよりも酷いのだが、と。


 マツカだけが知っている、E-1077に向かった任務。
 あそこで処分して来たモノ。
 その正体まではマツカも知るまい、自分そっくりの標本の群れを消して来たとは。
(私もアレと同じに育って…)
 たまたま計算通りに上手く運んだというだけなのだが、と浮かべた自嘲の笑み。
 どうやら自分は人ですらないと、無から作られた人形だから、と。
(あのガラスケースから出された日が、だ…)
 十二月二十七日だっただけで、本当に人工子宮より酷い。
 赤ん坊ではなくて、少年の姿で自分はこの世に出て来たのだから。
 それを誕生日と言っていいのか、実際、とても怪しい所。
 なのにドッサリ、プレゼントの山。
(…後でマツカに処分させるか…)
 自分そっくりの標本の群れを処分するよりは、マシな方法があるだろう。
 食べ物の類は希望者に配ってしまえばいいし、他の物だって。
(利益を出すなら…)
 バザーでもすれば良かろうと思う。
 国家騎士団の名も自分の名も伏せて、何処かでスペースでも借りて。
 上がった利益は、バザー開催に奔走した者たちで分ければいいし、と考えた。
 バザーでなくても、他にも方法は色々と…、と。


 とにかく全部、処分なのだ、とプレゼントの山を苦々しい気持ちで眺めていたら。
「嫌ですねえ…。キース先輩」
 誰のお蔭でプレゼントを貰えると思ってるんです、と声がした。
 振り返ってみたら、立っていたシロエ。
 E-1077にいた頃と同じに制服姿で、少年のままで。
「……シロエ?」
「そうですよ。ぼくが先輩のデータを色々調べましたから…」
 キース先輩の誕生日だけが知られているんです。今日だってことが。
 他の人たちは謎のままです、先輩よりも人気の高い人もね。
「…他の人だと? それに人気とは…」
 何のことだ、と首を捻った。
 一番人気は自分の筈だし、だからこそのプレゼントの山なのだから。
「分かりません? じゃあ、この人なら知ってますよね」
 どうぞ、とシロエが部屋に呼び入れた人物。
 印象的な赤い瞳のアルビノ、メギドと一緒に消え失せた筈のソルジャー・ブルー。
「お、お前は…! 何処から入った!?」
「何処からも何も…。ぼくやシロエに壁や扉が意味を成すとでも?」
 スイと通り抜けるだけだから、とソルジャー・ブルーは不敵に笑った。
 それに君よりも私の方が人気は上だ、と。
「何故、お前が!」
 私より上になるというのだ、と解せないけれども、シロエも可笑しそうに笑っている。
 「本当に何も知らないんですね」と、「キース先輩は幸せですね」と。


 そんなシロエが「これ、知ってます?」と手にしている本。
 表紙に「地球へ…」と書かれた一冊、シロエはパラパラとページをめくって。
「この本の中だと、ぼくたちは登場人物なんですよ」
 お伽話の世界みたいに、一つの世界が入っていて…。
 その世界の話を読んでいる人たちがいるんです。それこそ世界のあちこちにね。
 ソルジャー・ブルーが一番人気で、その次は、さあ…。誰なんでしょう?
 キース先輩もけっこう人気ですけど、さっきも言った通りにですね…。
 誕生日ってヤツが分かっているのは、キース先輩だけなんです。
 ぼくが調べていたからですよ、とシロエは本のページを指した。
 「こういう挿絵になっています」と、お蔭で本を読んだら誰でも分かるんです、と。
「ば、馬鹿な…。私も本の登場人物だと?」
「この本がある世界の人たちにとっては…、ですけどね」
 そうですよね、とシロエが視線を向けると、頷いたアルビノのソルジャー・ブルー。
「世界というのは一つではないよ。…この世界だけが全てではない」
 私や君にとっては、この世界こそが本物だけどね…。
 この世界がお伽話のように見える世界も、また存在する。
 其処では、君の誕生日だけしか分からないことを、今も嘆いている人も多いのだから…。
 大切にしたまえ、そのプレゼント。
 それが言いたくてね、私も、シロエも。


 処分させようなどと罰当たりなことを…、と言われてハタと気が付いた。
 それも真実かもしれない。
 自分の生まれが何であろうと、祝ってくれる人が大勢いるわけで…。
「そうだった…。バザー送りはやめておくか」
 マツカたちと開けて、使い道を真面目に考えるか、とプレゼントの山をじっと見詰めて。
 それでいいか、と向き直ったら…。
(…いない…?)
 ソルジャー・ブルーも、それにシロエもいなかった。
 別の世界へと消えたかのように。
(…夢だったのか…?)
 それにしては妙に生々しい夢で、人としての道まで説かれたような気もするから。
 プレゼントを処分するなど罰当たりな、と言われた声が耳に残っているから。
(…たまには、マツカたちを労うとするか…)
 今日の仕事が終わった後には、皆でプレゼントを開けるとしよう。
 食べ物だったら分けて宴で、他のプレゼントは…。
(クジ引きだな…)
 誰に一番いいのが当たるか、きっと賑やかなことだろう。
(少し早いが…)
 ニューイヤーのパーティーだと思っておくか、と決めたプレゼントの使い道。
 夜までには、もっと増えるだろうから。
 マツカたちが何度も運んで来るだろうから、今夜は宴。
 シロエに、それにソルジャー・ブルーに、諭されたような気がするから。
 標本と同じに処分したのでは、罰当たりな気がして来たから…。

 

        誕生日の訪問者・了

※アニテラの登場人物で誕生日が分かっているのって、キースだけなんですよね…。
 それもシロエが調べたせいだし、と12月27日の記念にちょこっと小ネタ。





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(…売らないと帰れないんだよね?)
 これを全部、とジョミーが眺めるマッチの山。籠に山盛り、それを売らないと家に帰れない。家と言っても、怖い父親が思い切り番を張っているのだけれど。
(…逆らったら酷い目に遭うし…)
 もう散々な目に遭っちゃったから、と思い出すのも情けない気分。父親のブルーは、それは厳しくてキツかったから。頑固ジジイと呼ぶのがピッタリ、そういう感じ。
(今日は大晦日なのに…)
 しかも、とっくに暮れてしまって、街は夜。しんしんと雪が降り積んでゆく。
 こんな夜でも、マッチを売らずに家に帰ったらブルーに張り倒される、と懸命に売ろうとするのだけれど。
「すみません、マッチを買ってくれませんか?」
 ほんの一束でいいんです、と褐色の肌のガッシリした男の袖に縋ったら。
「ブリッジは火気厳禁だ! そんなモノが買えるか!」
 キャプテンの責任問題だからな、と怒鳴り飛ばされた。買ってくれるどころか、大股で歩き去ってしまった男。肩章と緑色のマントまでついた、立派な服を着ているのに。
(…ぼくに怒鳴られても…)
 そういうのはブルーに言って下さい、と心で泣きながら、呼び止めたジジイ。ツルリと禿げた頭だけれども、やたら偉そうなジジイなのだし、きっとお金もあるだろう。
「マッチを買ってくれませんか? 一束だけでいいですから」
「なんじゃと? わしにマッチを持ち込めと言うのか、機関部に!」
 エンジンが火事になったらどうするんじゃ、と激怒したジジイ。機関部にマッチを持ち込んだが最後、エンジンはパアでワープドライブも駄目になるわい、と。
 その上、「縁起でもないわ、この大晦日に!」と突き飛ばされて、派手に転んだ。
(……ジジイ……)
 パワーだけは無駄にあるみたい、と雪の中に突っ伏したままで見送った。今度も駄目、と。


 次に通り掛かった温厚そうな白い髭の爺さん、いけそうだと声を掛けたのに。
「マッチねえ…。子供たちが火遊びをしたら大変だからね」
 船が燃えたらどうするんだね、と諭すような口調になった爺さん。子供たちは何でもオモチャにするから、マッチは危なくて持ち込めないね、と。
(…また売れなかった…)
 雪はどんどん降って来るのに、寒くなってゆく一方なのに。気付けば凍えそうな寒さで、足元は裸足。いつの間にか靴を失くしたらしい。
(あの爺さんに突き飛ばされた時かな…?)
 ブルーに知れたら、また叱られる、と泣きたいキモチ。叱られるだけで、きっと新しい靴などは買って貰えないから。
(これからは裸足でマッチ売りなんだ…)
 冬はまだまだ厳しくなるのに、大晦日に靴まで失くすなんて、と悲しいけれども、全部売らないと帰れないのが籠の中のマッチ。
(でも、寒いし…)
 足も冷たいから一休み、と家と家との隙間に座った。少しだけ軒が張り出しているから、頭の上に屋根がある気分、と。
(寒いよね…)
 まるで売れないマッチだけれども、火気厳禁だの、船が燃えるだのと断りまくられてしまった危険なブツ。つまりは燃やせば火が出るわけで…。
(一本くらい…)
 ちょっと温めるだけだから、と一本シュッと擦ってみた。小さくても火には違いないから。
(暖かい…!)
 いいな、と冷えた手をかざした途端に、目の前に現れた立派なストーブ。温まれそう、と手足を近付けようとしたら…。


(あ…!)
 消えてしまった大きなストーブ。代わりに燃え尽きたマッチが一本。
(…もう一度、ストーブ…)
 暖かかったし、とシュッともう一本マッチを擦ったら、その光で透けた家の壁。大晦日の御馳走が並んだテーブル、それはまるで…。
(ママが作った料理みたいだ…!)
 ブルーとセットのフィシスではなくて、本物のママ。もういなくなってしまったけれど。
 ママの料理だ、と眺める間に、またまた消えてしまったマッチ。もっとしっかり、懐かしいママが作った料理を見たかったのに。
(…もう一度、ママの…)
 料理が見たいよ、とマッチを擦ったら、光の中に浮かんだ家。厳しいブルーに捕まる前に、本物のママと暮らしていた家。パパも一緒で、幸せだった。本物のパパとママがいた家。
 あそこに帰ろう、と駆け出そうとしたら、マッチの炎が消えてしまって…。
(……ママ、パパ……)
 なんで、と見上げた空に流れた星。
「…今、誰かのサイオンが爆発したんだ…」
 きっとそうだ、と思った理由は、前にみんなが言っていたから。
 「あの子のせいで」と責められた自分。ブルーは大変な目に遭ったのだと、勝手に飛び出した挙句に成層圏まで駆け上がるなんて、と。
 誰もが自分に厳しい世界。ブルーは怖いし、マッチも売れない。大晦日なのに、全部売らないと家に帰ってゆけないのに。…怖いブルーが番を張っている家だとしても。


(…もう一本くらい…)
 夢を見たってかまわないよね、と擦ってみたマッチ。一瞬でも夢が見られるなら、と。
 そうしたら…。
「ママ…!」
 明るいマッチの光の中に立っている母。ブルーとセットのフィシスではなくて、本物のママ。
 会いたかった、と喜んだけれど、マッチの炎が消えてしまったら、母だって消えてしまうから。
「待って、ママ…!」
 お願い、ぼくを連れて帰って、とマッチを一束、思い切って擦った。大きな炎が出来るだろうし、ママはずっと側にいてくれるよ、と。
 その炎の向こう、眩い光を纏った母が両手を広げて、「ジョミー!」と呼んでくれたから。
「ぼくも一緒に行くよ、ママ…!」
 家に帰ろう、と抱き付いて、抱き締め返して貰って。そのまま天に昇ろうとしたら…。
「ジョミー・マーキス・シン。…不適格者は処分する!」
 いきなり母の姿が変わった、奇妙に歪んだ顔の化け物に。何処から見たって機械でしかない、不気味な影を纏ったものに。
(……嘘……!)
 テラズ・ナンバー・ファイブ、と悟った母の正体。どうしてこんなことになるのかと、母と一緒に家に帰れるのではなかったのか、と。
 もう本当に泣きたい気分で、どうすればいいかも分からなくて…。


「嫌だーーーっ!!!」
 こんなの嫌だ、と絶叫したら、パァン! と頬を叩かれた。「いい加減にしろ」と。
「……ブルー……?」
「いい夢だったかい? ジョミー」
 ぼくの力は本当に残り少なくてね、と説教を垂れ始めたソルジャー・ブルー。このシャングリラを束ねている長、寝たきりと言ってもいいほどなのに。
(…こんな時だけ、無駄に元気で…)
 でもって怖い、と頭を抱えるしかない、ブルーのベッドの枕元。青の間の奥。
 来る日も来る日も此処に呼ばれては、昼間の特訓の成果を報告させられ、場合によっては厳しい説教。長ったらしくて終わりもしないし、ついついウトウトしてしまうわけで。
(……あのままママと行っていたなら……)
 シャングリラから無事に逃げられたかな、と思うけれども、オチがあまりに酷すぎたから。
 懐かしい母はテラズ・ナンバー・ファイブに化けてしまったから、あの夢だって…。
(…ぼくには似合いの結末なんだ…)
 ママは迎えに来てくれないんだ、と自分の境遇を嘆くしかない。
 幼かった頃に読んだ童話の通りだったら、母と天国に行けるのに。ハッピーエンドが待っているのに、どうやら自分には無いらしいから。
「ジョミー? 今、ぼくが言ったことを復唱したまえ!」
「えっ? え、えっ、待って下さい、ブルー!」
 もう一回最初からお願いします、と土下座せんばかりのソルジャー候補、ジョミーの未来は大変そうで。マッチ売りの少女みたいな逃げ道さえも用意されていなくて、ただひたすらに…。
(…努力しろって?)
 いつまで続くの、と号泣モードのマッチ売りの少年、いやソルジャー候補。マッチを売る方がずっとマシだ、と夢の中へと戻りたくても、今夜は逃がして貰えそうにない。
 説教の途中で居眠ったから。挙句に素敵な夢を見過ぎて、ブルーに張り飛ばされたから…。

 

       マッチ売りの少年・了

※どう間違えたら、ジョミーがマッチを売るんだか…。本気で自分が分からないです。
 この時代でもマッチはあるんですかね、レトロ趣味な人向けに作ってるかな?





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(…どうして、こういうことになるんだ…)
 来る日も来る日も掃除ばかりで、とキースがついた大きな溜息。この無駄に広くてデカイ家は、と掃除するけれど、どうにもならない。
 床を掃いたり、モップをかけたり。灰まみれになって暖炉の掃除もするのに、一向に終わらない仕事。なにしろ、綺麗に掃除をしたと思ったら…。
「おっと、すまない。手が滑った」
 この床を拭いてくれたまえ、と銀色の髪に赤い瞳の偉そうなヤツが零した紅茶。どう見てもわざとやったというタイミングで、やらかしてくれた義理の兄貴のブルーときたら。
(何が、年寄りと女子供は丁重に扱え、だ…!)
 義理の兄だから、年上ではある。それは当然だと思うけれども、年寄りというのが嘘くさい。おまけに女子供でもないし、丁重に扱う義理などは多分、ない筈なのに。
(…逆らったら後が無いからな…)
 亡くなった母のイライザの代わりにやって来た継母、名はフィシスという。面影が母に似ているからと父が連れて来て、居座った女。デカイ息子を二人も連れて。
 そのフィシスがまたキッツイ女で、父がポックリ亡くなった後はやりたい放題。贅沢三昧に暮らしているのに、自分の連れ子ばかりを可愛がっていて…。
「キース、こっちも掃除してよね!」
 こんな床、ママが見たら怒るよ、と指差している義理の兄貴のジョミー。明るい金髪に緑の瞳のジョミーは人が好さそうなのに、生憎と外面だけだった。彼の兄貴のブルーと同じく。
(…全部、貴様がやったんだろうが…!)
 歩きながらポップコーンを食べるな、と怒鳴りたいけれど、やってしまったら後が無い。継母のフィシスに聞かれたら最後…。
(晩飯は抜きで、今夜のベッドも無しなんだ…)
 暖炉の灰にもぐって寝るしかないし、と嘆くしかない自分の境遇。なんだって父はこんな後妻を迎えたのかと、酷い兄貴を二人も増やしてくれたのかと。
 まったく惨いと、きっと一生、灰にまみれて掃除の日々だ、と。


 顔も思い出せない父を恨んでも仕方ないから、せっせと掃除。来る日も来る日も掃除ばかりで、義理の兄たちとキッツイ母とに苛められまくって過ごしていたら…。
(舞踏会だと?)
 遥か遠くに見えるお城で、舞踏会が開かれるらしい。キッツイ母親はもちろんお出掛け、義理の兄貴も出掛けるという。自分も是非、と考えたのに。
「あらあら、キース。…あなたはブーツを持っていないじゃありませんか」
 そんな靴でお城に行くのはちょっと、と継母のフィシスに笑われた。ブーツも履かずに舞踏会なんて、笑い物になるだけですよ、と。
「そうだろうねえ…。ジョミー、ブーツは大切だよね?」
「うん、ブルー。お城に出掛けて行くんだったら、ブーツが要るよ」
 マントはともかく、ブーツくらいは…、と嘲笑う兄たち、彼らの足には立派なブーツ。銀の縁取りのブーツがブルーで、金の縁取りのブーツがジョミー。
 そう、お城の舞踏会に行くとなったら、欠かせないのが正装なのに…。
(…ブーツどころか…)
 まだ候補生の制服なんだ、と零れた溜息。モノトーンに近い配色の制服、なにしろ候補生だから。世で言う所のヒヨコなるもの、社交界デビューを果たしてはいない。
 ゆえにブーツは履いていなくて、ごくごく普通の靴というヤツ。出世していけば、いつかブーツを履けるのに。二人の兄貴も履いていないような、ニーハイだって。
(…しかし、出世は…)
 あの兄貴どもと、キッツイ母とがいる限り無理、と肩を落とした。一生掃除で終わるのだろうと、舞踏会なぞは夢のまた夢、と。


 そうこうする内、やって来たのが舞踏会の日。継母と義理の兄貴二人は馬車でお出掛け、ポツンと家に取り残された。しっかり掃除をしておくように、と。
(…どうせ、こうなる運命なんだが…)
 あの継母と義理の兄どもがやって来た時から見えていたが、と泣き泣き掃除をしていたら…。
「よう、キース! お前、舞踏会、行かねえのかよ?」
 じきに始まるぜ、と現れた陽気な男。いったい何処から、とポカンとするしかないのだけれど。
「すまん、自己紹介、まだだったよな? 俺はサム。…サム・ヒューストン」
 ちょっと魔法が使えるもんで、と笑顔のサムは、同じ候補生にしか見えないのに…。
「本当ですよ? サム先輩に任せておけば安心ですって!」
 ぼくはシロエと言うんです、とサムよりも小さいのが現れた。セキ・レイ・シロエと名乗ったチビは、サムの手伝いをしているそうで。
「…お前が馬車を曳いてくれると?」
「嫌ですねえ…。ぼくは馬車なんか曳きませんってば、御者ですってば」
 馬車を曳くのはネズミですから、と答えたシロエ。まずは馬車を曳かせるネズミを捕ること、それから馬車にするカボチャ。両方用意して下さい、と。
「…ネズミにカボチャか…」
 よく分からないが、と思いながらも台所に出掛けて捕まえたネズミ。それとカボチャを抱えて行ったら、サムが「よし、いくぜ!」と取り出した杖を一振り。
 アッと言う間に出来上がった馬車、シロエが手綱を握っている。サムがもう一度杖を振ったら、候補生の制服が一瞬の内に…。
(…ニーハイブーツ…!)
 嘘だろう、と眺め回した国家騎士団の制服。これなら立派に舞踏会に…。
「行けるってもんだろ、楽しんでこいよ!」
 ただし、俺の魔法は十二時までな、と手を振るサムに見送られて出発した。いざ、お城へと。


 カボチャの馬車で辿り着いたら、誰よりも立派だったニーハイブーツ。
 たちまち、主催の女王陛下に気に入られた。グランド・マザーと呼ばれる大物、周りの王国の王たちもひれ伏すと噂の女傑。
「よく来てくれた。こういう人材が必要なのだよ、私が国を治めてゆくには」
 これからは私の右腕になって欲しいものだね、と陛下はいたくお喜びで。
(…やったぞ、私もついに出世を…!)
 チラと見れば歯軋りしている義理の兄貴たち、アテが外れて怒りMAXといった継母。
 魔法使いのお蔭で開けた出世街道、思わぬ幸運が転がり込んだ。陛下と何度も杯を交わして、国の未来を語り合ったけれど。
(…なんだって?)
 頭の中に、直接響いたシロエの声。「魔法の時間が切れますよ!」と。
 時計を見れば十二時になる前、このままではヤバイことになる。魔法が切れたらブーツも履けない候補生の身で、つまみ出されることは確実で…。
「陛下、失礼いたします!」
 ダッと駆け出したら、またまたシロエの声が聞こえた。「靴を片方、落として下さい」と。
「靴!?」
「ええ、靴です。お約束ですから、靴を片方…!」
 それを落として帰らないと未来が無いんですよ、と言われたけれど。
(…か、片方と言われても…!)
 走りながら脱げるようなモノではないのがニーハイブーツ。早く脱げろと焦るけれども、普通の靴のようにはいかない。そうこうする間に迫る十二時、とうとうブーツを履いたままで…。
「戻りましたか、急ぎますよ…!」
 サム先輩の魔法が切れますからね、と馬車を走らせるシロエ、お城にブーツを残し損ねた。ニーハイブーツは履いたままだし、そのまま魔法は切れてしまって…。


「キース、しっかり掃除するのよ?」
 ブルーもジョミーもお城にお勤めなのですからね、と拍車がかかった継母の苛め。女王陛下のお気に入りだった、ニーハイブーツの男は見付からなかったから。
 代わりに取り立てられてしまったのが義理の兄たち、出世街道を突き進んでいて。
(…ニーハイブーツ…)
 あの時、あれが脱げていたなら、と思うけれども、過ぎてしまったことは仕方ない。魔法使いも呆れてしまって二度と来ないし、部下だったらしいシロエも来ないし…。
(人生、終わった…)
 此処で一生、掃除の日々だ、と嘆いていたら、声が聞こえた。
「何か、お手伝いしましょうか?」
(…魔法使い…!)
 その二というヤツが来てくれたのか、とガバッと暖炉の灰の中から飛び起きたら…。
「どうしたんですか、キース?」
 驚かせてしまったでしょうか、と目を真ん丸にしているマツカ。国家騎士団の制服の部下。
(…ゆ、夢か……!)
 夢だったのか、と見下ろした足元、ちゃんとニーハイブーツがあった。お城で落とし損なったことを嘆き続けていたブーツが。
(…いったい、今のは…)
 何だったんだ、と思うけれども、ビッシリと額にかいている汗。
(とんだシンデレラもあったものだ…)
 あのミュウの長にしてやられたか、とコツンと自分の額を叩いた。ヤツの仕業かと、メギドを沈めたついでにお見舞いされたのか、と。


(……まさかな……)
 時限式のサイオニック・ドリームの類だろうか、と寒くなった背筋。やたらとリアルな悪夢だったし、ブルーとジョミーが義理の兄貴で、ミュウの女が継母だったし…。
(…こんな調子で次があったら…)
 どんな目に遭わされることだろうか、と情けない気持ち。ブーツを持たないシンデレラの次は、白雪姫が来るだとか。眠り続けるオーロラ姫とか、気付けば人魚姫だとか。
(あの野郎…!)
 よくも、と拳を握り締めるけれど、どうにも取れない夢の確認。
 ミュウの元長にしてやられたのか、自分が勝手に見た夢なのかが。
(…マツカに見せたら、分かるんだろうが…)
 それもなんだか情けないから、弱みは見せたくないものだから。
(……頼むから、来るなよ……)
 お伽話シリーズは勘弁してくれ、と呻くキースは、夢が相当に嫌だったらしい。ニーハイブーツを脱ぎ損なって出世街道を転げ落ちるのも、ブルーとジョミーに苛められるのも。
(…あれがサイオニック・ドリームならば…)
 残りは何発あるのだろうか、とキースを怯えさせる悪夢は、自己責任というヤツだった。ミュウの長は何もしてはいないし、時限式も何もないのだけれど。
(…人魚姫よりかは、白雪姫の方が…)
 いくらかマシだ、などと考えているから、自己責任で次が絶対無いとは言い切れない。夢は意のままにならないからこそ、夢だから。
 とんでもないことが起こってしまって、ガバッと起きるのが悪夢だから…。

 

       シンデレラのブーツ・了

※馬鹿ネタも此処に極まったよな、という感がある気がしますけど…。シンデレラのブーツ。
 思い付いたネタは書くのがポリシー、だってホントに、偉い人ほどブーツなんだもの…!




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(メリー・クリスマス…?)
 今更、クリスマスも何も…、と首を捻ったアルビノの人物、実はかなりの有名人。
 名前はソルジャー・ブルーという。今も「ソルジャー」とつくかどうかは、謎だけれども。
 どうして今頃クリスマスカードが、と彼が悩むのも無理はなかった。とっくの昔に死んでいる上、心当たりがゼロの差出人。何故、彼から、と。
(サンタクロース…)
 名前くらいは知っているものの、死後の世界にいそうにはない。きっと何かの間違いだろう、とカードをポイと投げたゴミ箱。間違いにしても、返す先など分からないから。
 とりあえず、ゴミ箱はあるらしい。死後の世界にも。


 ブルーがカードを捨てていた頃、同じく頭を抱える男が約一名。国家主席まで務めた人間、こちらも相当、名高い人物。
(メリー・クリスマスと言われても…)
 死んでからかなり経つのだが、とクリスマスカードを眺めるキース。差出人はサンタクロースで、冗談だとしか思えない。
(地球が滅びてから、何年経つと思っているんだ…!)
 サンタクロースも地球と一緒に滅びた筈だ、と唸るキースは全く知らない。死後の世界に時間なんぞは無いことを。縦、横、斜めと交わりまくりで、カオスになっていることを。
 ついでに言うなら、キースが「滅びた」と言い切った地球。それはコッソリ蘇っていた、青い姿に。昔の話は忘れましたと言わんばかりに、それは美しく。
(…誰がこういう悪ふざけを…)
 知らん、とキースもカードを捨てた。死後の世界でも、健在らしいゴミ箱へ。


 二人の人物がクリスマスカードをポイ捨てした頃、やはり同じに悩める少年。僅か十四歳で夭折したシロエ、破格の若さ。
(…メリー・クリスマスって…)
 ピーターパンなら良かったんだけど、とぼやくシロエは若い分だけ夢が大きい。サンタクロースよりもピーターパンの方が良かった、と思う彼にも届いたクリスマスカード。
(どうして、サンタクロースから…?)
 ぼくは北国よりネバーランドが好みで、とガン見してみても、差出人はサンタクロース。
(サンタクロースの国って、思い切り寒くて、雪だらけで…)
 殆ど北極だったんじゃあ…、と彼もポイ捨てしたカード。死後の世界でも、ゴミ箱はアリ。


 これで三人が捨てたけれども、侮るなかれ。クリスマスカードを捨てた人間は、他にも山ほど。そして北極に近い北国、其処でサンタクロースがバンザイしていた。万歳三唱、空に向かって。
 「これでプレゼントを届けられる!」と。
 なにしろ、本当に困った事態だったから。
(せめてクリスマスには、とお願いされても、難しくてねえ…)
 サンタクロースが音を上げたものは、同人誌。薄い本という隠語で呼ばれるブツで、それが欲しいと願う人間がいるわけで。
(本当に本物の子供だったら、神様も力を貸して下さるのに…)
 身体は大人で、中身が子供の場合はちょっと、とサンタクロースはブツブツと。
 夢はたっぷりあるようだけれど、その子供たち。8年も前に放映終了のアニメ、それを未だに追っているのは、永遠の子供な証拠だけれど。
(欲しがるものが半端に大人で…)
 R指定のBL本などと言われても…、と禿げた頭が更にツルリと禿げそうなくらい、悩みまくっていた、この季節。
 ハタと閃いた凄い名案、餅は餅屋と言うのだから。
(本家本元に丸投げすれば…)
 完璧というものじゃないかね、と大きな身体を揺すって笑った。自分が配るのは嫌だけれども、部下を任命すればいい。臨時雇いのサンタクロースを、そのためにだけ。


 かくして、クリスマスカードを山ほど、ホホイのホイ、と配りまくったサンタクロース。
 その正体は、なんと召喚状だった。貰った人間がポイと捨てれば、サンタの国への入口が開く。ポンと開いたら、問答無用。アッと言う間に吸い込まれる仕組み、北の国へと御案内。
 だから…。


「メリー・クリスマス!!!」
 おいでませ、サンタワールドへ! と満面の笑みのサンタクロースに、ハグで歓迎されてしまった面々。8年ほど前に「地球へ…」というアニメにハマった人なら、「マジで!?」と目を剥く、それはゴージャスで、豪華なメンバー。
 ソルジャー・ブルーに、ジョミー・マーキス・シン。キース・アニアンもいれば、シロエに、マツカにトォニィなどなど。登場人物は全員揃っていそうな勢い、北の国へと呼ばれた面々。
 全員をハグしたサンタクロースは、真っ赤な衣装で、ご機嫌で。
「ようこそ、サンタクロースの国へ! 君たちを今日から、サンタクロースに任命しよう!」
 メリー・クリスマス! と、一瞬にして、全員に着せられた真っ赤な衣装。頭の上には真っ赤な帽子で、これぞサンタのコスチュームで。
「おい、オッサン! 何の真似だよ!」
 オレンジ色の髪と瞳の、血気盛んなトォニィが掴みかかろうとしたら。
「ホッホッホッ…。君たちは臨時雇いのサンタクロースで、ちゃんとトナカイの橇もあるから」
 一人に一台用意したから、頑張ってプレゼントを配ってくれたまえ、とボワンと出て来た真っ白な袋。いわゆるサンタの袋が山ほど、中身は入れてあるようで。
「これを君たちが持ってくれれば、中身がプレゼントになるのだよ。萌えのパワーで」
「「「萌え?」」」
 何のことだ、と驚く面々、サンタクロースの方はシラッと。
「薄い本が山ほど入っていてねえ…。貰う人間のニーズに合わせて、萌えも色々…」
 配りに出掛けてみれば分かるよ、とニッコニコ。
 袋を開けて自由に読んでみるも良し、見ないで配って歩くのも良し。クリスマスまでは、まだ充分に日にちがあるから、ご自由にどうぞ、と。


「これの中身が、本なんだって言われても…」
 薄い本って何なんだろう、とサンタ姿のジョミーが悩む、パチパチと燃える暖炉の前。
 「クリスマスまで好きに使っていいよ」と、サンタクロースが案内してくれた、とても居心地のいい館。部屋数は充分、こんな大きな広間まで。
「さあねえ…。三百年以上も生きたぼくの知識にも、入っていないね。…薄い本というのは」
 萌えだって、とブルーが頭を振っている横で、キースが仏頂面で。
「無駄に長生きしたわけか。伝説のタイプ・ブルー・オリジンは」
「そういう君こそ、マザー・イライザの最高傑作…だったと思ったけどねえ?」
 君の知識も大概だねえ、とやっているのを、横目で眺めるシロエやサム。
「…サム先輩。どうなんです、これ?」
「開けて読んだら、分かるんじゃねえかと思うけどなあ…」
 でも…、と腰が引けているサム。自分の袋をチラ見しながら。
 開けて読むのは自由だけれども、開けたら最後。…何故だか誰もが、そう思う袋。
 なんだか不幸になりそうだから、と悩めるサンタクロースの集団。
 自分たちが配る、本の中身は気になるけれど。本当にとても気になるけれども、そこで袋をバッと開いて、読んでみようという勇者。それが一人もいない集団、つまりはチキン。
「…どけーい、ヒヨッコども! …と、私も言いたい所なのだが…」
 メギドに突っ込む勇気はあっても、この袋を開ける勇気はちょっと、とコケた鶏。チキンの中でも期待の鶏、マードック大佐も逃げる有様。そんな袋だから、もう誰一人として開けられなくて。
「そういえば…。どうして、女の人がいないんでしょう?」
 不思議ですね、と見回すマツカ。どういうわけだか、女性が一人もいなかった。ただの一人も。
「それが余計に不安な所じゃ。きっと、ロクでもない中身なんじゃ!」
 開けて読んだら、目が潰れるのに違いない、と大袈裟に震えるミュウの長老。彼の名はゼル。およそBLとは無縁っぽいのに、ゼルの本まであるらしい。萌えは色々、ニーズも色々。
 必要な面子は漏れなく揃える、それがサンタクロースの戦略で…。


 ありとあらゆる、萌えなキャラたち。受けだの攻めだの、総受けだのと、それは色々。薄い本が欲しい人の数だけ、萌えの数だけ、BL本が詰まった袋。カップリング乱舞、そういう感じ。
 サンタの衣装を着込んだ面子は、一人残らず、自分を描いたBL本を背負って配る運命だった。サンタクロースに託された袋、それへと注ぎ込まれた萌えを。
 「食料に困らないのは有難いが…」とキャプテンらしい台詞を吐くハーレイも、こんな時にも気配りのリオも、サンタに袋を任されている。薄い本がドッサリ入ったヤツを。
 とはいえ、衣食住には困らないのがサンタワールド。
 ちょっと気の早い、クリスマス料理が食べ放題。ホットワインも飲み放題だし、外は大雪でも、館の中には温かい暖炉。
 袋の中身を気にしないのなら、至極快適。サンタワールドは、そういう所。
 サンタクロースは気前が良かった、けしてケチりはしなかった。臨時雇いのサンタクロースでも、トナカイなんぞは初対面だという面子でも。


 そう、トナカイ。たまに窓の向こうを通ってゆくから、面通しだけは済んでいるものの。
「トナカイの橇か…。そんな乗り物は未経験だが」
 メンバーズの訓練メニューにも無かった、とキースが愚痴れば、「落ちても別に死なないし」とジョミーがマジレス、そういう暮らし。
 かつての敵は今日の友達、サムが言わずとも「みんな友達」、ワイワイやっているけれど。
 サンタクロースの服を纏って、クリスマスを待つ日々だけれども。
「あの袋…」
 何が入っているんでしょうか、と口にしかけたマツカに、「シーッ!」と「黙れ」の嵐。覗きたいなら止めはしないが、中身は決して口にするなと。嫌な予感がするから、と。
「そ、そうですね…。サンタクロースは、とにかく配ればいいんですしね」
 どうせ臨時雇いのサンタクロースなんですから、とマツカは疑問をブン投げた。窓の向こうの雪の中へと、エイッと、消えろと。
 もうサックリと捨てたマツカが、担当しているサンタの袋。中を覗けば後悔は必至、ギッチリ詰まったマツカ受けの本。ひっそりとマツカ攻めなどもあった、相手はドMなキースだとかで。
 他の面子の袋も同じで、凄すぎるラインナップだけれど。どんなニッチなカップリングも見事にカバーで、R指定のレベルも色々なのだけど…。
 誰も袋を開けてみようとしなかった。体当たりが売りのマードック大佐も、命なんぞはメギドに捨てた、なミュウの元長も。


 見るな触るな、口にするなとサンタの袋を避けまくる内に、ついに来た出番。サンタクロースが走るクリスマス・イブで、ボスな上司がやって来て。
「では、君たち。メリー・クリスマス!」
 頑張って配って回りたまえ、と激励されたプレゼントの山。薄い本とやらが詰まった袋。
 配り終わったら、君たちにもクリスマスプレゼント! とサンタクロースが約束したのは、夢のハッピーエンドというヤツ。
 トナカイの橇が、運んで行ってくれる地球。青い地球での新しい人生、それが御褒美。
「そうだったのか…。地球に行けるのか」
 頑張らないと、とブルーが担いで橇に乗り込む袋。それの中身は強烈だった。ブルー総受けからブルー攻めまで、ギッシリ詰まっている袋。本人は何も知らないけれども、エロすぎる中身。
「ふん、ようやっと行けるようになったか。有難いと思うんだな、ソルジャー・ブルー」
 私も仕事を頑張らねば、とキースも乗り込むトナカイの橇。これまた凄い中身の袋を背負って、颯爽と。「アドスが一番、サンタクロースが様になるのが…」癪だな、などと言いながら。
 元老アドスまでがサンタの衣装で、トナカイの橇でスタンバイ。彼が背負った袋の中にも、凄い本が溢れているらしい。アドスの相手はキースはもちろん、ブルーだったり、ジョミーだったり。
「何なんだろうね、この面子…」
 まあ、楽しくはあったんだけどさ、とジョミーが別れを惜しむサム。それにシロエも。それぞれトナカイの橇に乗り込み、後は出発を待つばかり。誰もが凄い中身の袋を背負って、本人は中身を知らないままで。
「「「メリー・クリスマス!!」」」
 サンタクロースのボスの合図で、一斉に飛び立つトナカイの橇。地球で会おう、を合言葉に。
 シャンシャンと賑やかに鈴を鳴らして、サンタクロースな面々を乗せて。サンタワールドの雪景色を後に、クリスマス・イブの空に向かって。


 そんなわけだから、「地球へ…」でBL萌えな人の枕元には、クリスマスの朝にプレゼント。
 目覚めた時には、きっと一冊、薄い本。御贔屓のキャラが夜の間に、そっと届けてくれるから。
 ただし、彼らは初めて開ける袋だから。初めて目にする本だから。
 「見ては駄目だ」と思っていたのに、枕元で読むかもしれないけれど。どういう本が欲しかったのかと、ちょっと開いてビックリ仰天、腰を抜かすかもしれないけれど。


 そうなった時は捕獲のチャンス。サンタクロースの服を纏った、御贔屓のキャラをゲットかも。萌えが詰まった薄い本もセットで、ウハウハと。
 御贔屓のキャラの腰が抜けるような、それは強烈なBL本。そこまでのブツを妄想できたら、腰を抜かしたサンタクロースが手に入るという凄い幸運。試すだけの価値は、きっとある。
 今からクリスマスまでに妄想、受けでも攻めでも、思いのままに。萌えの限りに。
 妄想しまくって、御贔屓キャラに腰を抜かさせて、ゲットするのは自由だけれど。捕獲したならアレもコレもと、考えるのもいいけれど。
 きっと彼らが捕まったならば、助けに来るのがサンタクロース。大ボスと呼ぶか、ラスボスと呼ぶか、彼らの上司がやって来る。約束が「青い地球」だから。彼らは地球にゆくのだから。


 サンタクロースに勝てはしないから、妄想の方はほどほどに。
 一度捕まえた御贔屓キャラに、「ああいう人か」と呆れられたくなかったら。
 逃げられた上に赤っ恥というオチが嫌なら、彼らが腰を抜かさないよう控えめに。あるいは、腰を抜かした彼らは放置で、黙って本だけ貰っておこう。そっと薄目で拝んでおいて。
 いい子の所に、プレゼントはきっと届くから。御贔屓キャラが一冊届けてくれるから。
 クリスマス・イブの夜の間に、それはピッタリの一冊を。
 どんなにニッチなカップリングでも、受けでも攻めでも、思いのままの薄い一冊を。
 臨時雇いのサンタクロースが、素敵な仕事をしてくれるから。
 シャンシャンと賑やかに鈴を鳴らして、トナカイの橇で来てくれるから…。

 

       聖夜に一冊 ~薄い本を貴女に~ ・了

※どうしようもなく馬鹿だ自分、と思ってしまった酷いお話。BLなんか書けないのに。
 サンタクロースと同じくお手上げ、本の中身はご自由にどうぞv





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