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ゆく年くる年

「半年も経てば、恐らく全員、マザー牧場の羊だ」
 そう言ったことは確かだけれど、とシロエが抱えている頭。まさか本当に羊だなんて、と。
 周りを取り囲むモコモコの羊、どっちを向いても羊の群れ。夜だからパチパチ燃えている焚火、それを囲んで羊の番。なにしろ羊飼いだから。羊の番が仕事だから。
「…恐らくお前のせいだぞ、シロエ」
 あの台詞は忘れていないからな、とキースにジロリと睨まれた。あれから長年経ったけれども、私の記憶に間違いはない、と。
「そうだぜ、俺も聞いていたしよ…。お前、確かに羊と言ったぜ」
 サムまでキッチリ覚えているから、なんとも立場がマズかった。羊飼いの仲間は多いけれども、誰も覚えが無いらしいから。彼らが生きた歳月の中で、羊絡みの発言なぞは。
「アニアン閣下…! やはり、こいつのせいですか?」
 牧場で羊と言ったのなら、と不愉快そうなのがセルジュというヤツ。かつてキースの部下だった一人、中でも一番偉そうな態度。
「確証はないが…。他に羊と牧場と言った者が無いなら、シロエなのだろう」
 言霊というものがあるらしい、と声をひそめるキース。迂闊な言葉を口にしたから、皆に呪いがかかったようだ、と。
「ぼくは呪いなんか、かけてませんから!」
 そんな力もありませんから、と叫んだけれども、「甘い」と切って捨てられた。言霊とやらは、言った本人の能力とはまるで無関係だ、と。
「お前があれを言った時に、だ…。呪いがかかっていたのだろう。だからこうなった」
 ミュウのヤツらが一人も混ざっていないのが証拠、とキースが見回す羊飼いたち。キースの部下やら、グレイブやらと多彩な面子が揃っているのに、ミュウは一人もいなかった。
 キースの部下として生きた、変わり種のマツカを除いては。それと自分も、一応はミュウ。この二人だけが辛うじてミュウで、とはいえ人類の世界で生きて死んだ者。


 キースが言うには、マザー牧場の羊として生きていた面子。それが集められて羊飼いの群れで、こんな所で羊の番をしているらしい。モコモコの羊の群れに囲まれ、焚火をして。
(ぼくのせいで…?)
 それで羊、とシロエは泣きたい気分。ピーターパンと行くネバーランドなら嬉しいけれども、羊飼い。夜に羊の番だなんて、と。
「ぼくたち、これからどうなるんですか…!」
 一生、羊の番でしょうか、と叫んでからハタと気が付いた。全員、とっくに人生終了、一生も何もこれが結末。ハッピーエンドを迎える代わりに、羊飼い。ずっとこうして羊の番。
(…酷すぎるかも…)
 あんな台詞を吐かなきゃ良かった、と俯いていたら、「諦めるな」と肩を叩いたキース。
「まるで救いが無いということもないだろう。…羊飼いだからな」
「どういう意味です?」
「知らんのか、聖書。羊飼いが夜に羊の番なら、救い主キリストの降誕だぞ」
 可能性の一つに過ぎないが…、とキースが語ったキリスト降誕。もしも聖書の通りだったら、天の御使いが現れる。神の栄光に照らされて。
 それに夥しい天の軍勢、神を賛美して歌うという。
 「いと高き所には、栄光が神にあるように。地の上に住む人々に、平和があるように」と。
 そのメッセージを受け取ったならば、ベツレヘムという町に行けばいい。クリスマスの夜に馬小屋で生まれたキリスト、救い主の赤子を拝むために。
「ああ、なるほど…。そしたら、羊飼いの役目は終了というわけですか…」
「上手く行けばな。我々は人類代表なのだ」
 聖書の羊飼いたちもそうだ、と言われてみればその通り。救い主の誕生を知らせる使いは、羊飼いの所に現れるから。
「時空が捩れているわけですね。…キリストが生まれた時代辺りに」
「お前の迷惑な台詞のせいでな!」
 それを忘れるな、とループした話。周りの視線がとても痛いから、羊の中へと逃げ込んだ。モコモコの群れに隠れていたなら、さほど視線は刺さらないから。


 そうやってシロエは羊に隠れて、キースたちが続けた羊の番。早く天使がやって来ないかと、神の栄光が辺りを照らさないかと。焚火を囲んで待っている内に…。
「キース、何か来ます!」
 ミュウだけあって勘の鋭いマツカが指差した方。モコモコの羊の群れの向こうは真っ暗な闇で、誰が見たって何も見えない。キースも、セルジュも、グレイブたちも目を凝らすけれども…。
「何も見えんぞ?」
 天の使いなら光り輝く筈だが、とキースが首を捻った時。
「なんか聞こえねえか?」
 変な音が、とサムが言い出して、間もなく誰もが耳にした音。テケテン、テケテンと妙にリズミカルで、まるで太鼓でも叩いているよう。
「アニアン閣下…。天使は太鼓を叩くんですか?」
 おまけに変な節回しですが、とセルジュが指摘するテケテンな音。天の軍勢なら、もっと荘厳な音楽の方が似合うのに。太鼓でテケテン、テケテンやるより、ハープなんかが似合うだろうに。
(((テケテン、テケテン…?)))
 天の軍勢のセンスは良くないようだ、と誰もが思ったBGM。テケテン、テケテン、テレツク、テレツクと小太鼓が鳴って、テレツクテンテン。
 あまりのことにシロエも羊の群れから出て来て、目をパチクリとさせている始末。これに関しては責任は無いと、ぼくの責任は羊飼いまで、と。
 テンテンテレツク、テケテン、テケテン。
 天の軍勢は光り輝きもぜすに、テレツクテレツク近付いて来て…。


「なんだ、貴様は!」
 どうしてお前がその立ち位置に、と怒鳴ったキース。
 テレツクテンテンと小太鼓を打ち鳴らす天の軍勢、その先頭に立っていたのは、あろうことかミュウの長だった。それも忌々しいアルビノの方の。
 なんだってヤツが天の御使い、そんな素敵な立ち位置に…、とキースは歯噛みしたのだけれど。
「どうしても何も…。我々は進化の必然だからね」
 天の御使いとも思えない台詞を吐いてくれたのが、ソルジャー・ブルー。もう少しオブラートに包んだ物言いをして欲しいものだ、と誰もが思った。
 人類はミュウに破れたのだし、この配役は諦めよう。あちらが天の軍勢になって、自分たちの方が羊飼いでも。
 けれども、天の御使いたちはキリストの誕生を告げに来たわけで、いわば救いの神というヤツ。これからベツレヘムの馬小屋に行って、キリストを拝めばお役目終了。きっと時空の捩れも直って、羊の群れとはオサラバだから…。
(((もうちょっと優しい言葉遣いで…)))
 喋れないものか、と羊飼いたちが見詰めたソルジャー・ブルー。天の御使いな役どころならば、もっとソフトに喋って欲しい、と。
 そうしたら…。
「…天の御使い?」
 このぼくが、とソルジャー・ブルーは目を丸くした。それにキリストと言われても…、と。
「違うのか?」
 これはそういう話だろうが、と食ってかかったキースだけれど。
「…まるで間違ってはいないかな…。ぼくたちが来ないと年が明けないし」
「「「はあ?」」」
 紀元が切り替わるという意味だろうか、と首を傾げた羊飼いたち。確かキリストの誕生を境に暦が変わっていたかと、紀元前とその後だったような、と。


 キリストが生まれる前が紀元前、生まれた後は紀元何年、と数えていたのが昔の暦。SD暦に切り替わる前は、そういう暦の筈だから。
 それで天の御使いがやって来ないと、年が明けないのかと思ったら…。
「違うね、君たちが飼っているのは羊。ぼくたちの方は…」
 こういうヤツで、とソルジャー・ブルーが合図をしたら、テケテン、テケテンと始まった音楽。天の軍勢なミュウの面々、彼らが小太鼓でテレツクテンテン。
 その間を縫うように現れたジョミー、トォニィやらキャプテン・ハーレイやらと、それは豪華なメンバーだけれど。
「「「サル!??」」」
 なんでまた、と羊飼いたちも唖然呆然、ミュウのお歴々はサルを連れていた。一人に一匹、二足歩行をしているサル。妙なベストを着ているサルで、それがテケテン、テケテンと…。
(((…踊っている…)))
 小太鼓のリズムに合わせてテケテン、テケテンと踊るサルたち。テンテンテレツク、テケレツテンテン、それはいわゆる猿回しだった。ジョミーやトォニィの合図でテレツク、テケレツ、軽快にサルたちは踊り続ける。二足歩行で、それは楽しげに。
「新しい年はサル年だからねえ…」
 でもって古い年が羊で、とソルジャー・ブルーはフッと笑った。羊飼いのターンはこれで終了、お役御免というヤツだから、と。
「なんだと!? では、我々はどうなるのだ!」
 貴様たちが取って代わるのか、とキースが怒鳴ると、ソルジャー・ブルーは余裕の笑みで。
「そうなるのかな? 干支の引き継ぎに関してはね」
 サルが進化してヒトになったのは有名な話、と言い返されてグッと詰まったキース。それで進化の必然という台詞が出たかと、ミュウの側にサルがつくのか、と。


 干支の引き継ぎと言われた途端に、羊飼いたちは理解した。西暦2015年とやら、自分たちが生きていたのとは少しズレた時空。そこで一年が終わるのだと。未年が去ってゆくのだと。
(((2016年は申年…)))
 サルに関してはミュウに分がある、ミュウは進化の必然だから。ヒトの進化を語る上では、サルは欠かせない存在だから。
「シロエ、どうしてサルと言わなかった!?」
 何故、羊だと言ったのだ、とキースがキレても、普通、牧場でサルは飼わない。サルと言ったらモンキーパークで、牧場と言ったら羊とか。
「シロエを苛めないで欲しいね、彼の責任ではないと思うから」
 たまたま羊と言っただけだし、とソルジャー・ブルーが言うのも事実。そうこうする間にテケレツテンテン、猿回しのサルたちが焚火の周りで暖を取り始めた。動物は火を恐れるのに。
「どういうことだ!?」
 このサルどもは、とキースも羊飼いたちも驚いたけれど。
「未年の最後を締め括るホットなニュースと言うべきかな? あれは何処だったか…」
 焚火で暖を取るサルたちの群れが現れたそうだ、とソルジャー・ブルーに告げられたニュース。何処かの時空で焚火を恐れないサルたちが現れ、年の瀬の話題になったという。
(((そんなニュースまで…)))
 来てしまったらもう駄目だ、と羊飼いたちが悟った敗北。とりあえず来年はミュウの年、と。
 焚火をミュウたちに譲り渡して、自分たちはこれから流浪の民か、と思ったら…。


「引き継ぎが済んだら、正月とかいうモノらしいけどね?」
 みんなで焚火で餅を焼くのだ、とソルジャー・ブルーがキッパリと言った。
 その内に初日が昇ってくるから、それを見ながら宴会らしい、と。
「「「宴会!?」」」
「そう、宴会。飲んで騒いで、三日間ほど…。箱根駅伝とやらも見てね」
「「「箱根駅伝…」」」
 なんだそれは、と羊飼いたちは思ったけれども、どうやら焚火は譲らなくてもいいらしいから。
「分かった、とにかく宴会なんだな?」
 シロエのせいでババを引いたのではないんだな、と念を押したキース。このまま焚火でかまわないのだなと、羊飼いの役目が終わりなだけで、と。
「そのようだけど? ぼくたちの方も、猿回しは年越しだけだからねえ…」
 干支の引き継ぎが無事に終わるまで、君たちも羊飼いをよろしく、と言われた羊飼いたちは張り切った。役目を終えたら宴会なのだし、此処を去らなくてもいいようだから。
「こらっ、そっちへ行くんじゃない!」
「大人しくしていて下さいよ~!」
 モコモコの羊が逃げないようにと頑張る羊飼いたち、BGMに流れるテレツクテンテン。大勢のミュウたちが鳴らす小太鼓、焚火の周りで踊るサルたち。
 こうして2015年が暮れて、やがて新しい年が来る。未年が去って、サルの年。
 テンテンテレツク、テケレツテンテン、年が明けるまでは羊飼いたちと猿回しのコラボ。干支の引き継ぎをちゃんと済ませて、新しい年が来るように。
 テケテン、テケテンと年は暮れてゆく、そしてもうすぐ2016年になる。
 年が明けたら、人類もミュウも揃って宴会。餅を焼いたり、おせちにお雑煮。
 箱根駅伝なども見ながら、「無事に新しい年を呼べた」と干支の引き継ぎを語り合いながら…。

 

         ゆく年くる年・了

※今年はヒツジ年だったっけな、と漠然と考えただけなんです。来年はサル、と。
 なんだってこんな話になったか、今度こそ自分が分からないかも…!





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