- 2015.12.15 厨房から地球へ ~頑張ったおせち~
- 2015.12.05 師走の奇跡
「みんなで行こう…。地球へ」
ぼくは自由だ。自由なんだ。いつまでも、何処までも、この空を自由に飛び続けるんだ…!
ピーターパンだ、とシロエが思った光。
それに包まれてネバーランドへ飛び立ったのだ、と信じた身体が軽くなった瞬間。
(えーっと…?)
何処だろうか、とシロエは辺りを見回した。
ピーターパンもティンカーベルも誰もいなくて、さっきの光も消え失せていて。
「仕事納め…?」
墨でドドーン! と書かれた四文字、もちろんシロエに読めるわけがない日本語なるもの。
けれども、何故だかストンと分かった。「仕事納め」と書いてあるのだ、と。ただ、仕事納めとは何のことかが分からない。首を捻って考え込んでいたら。
「あーーーっ!!?」
嘘だ、と思わず叫んでしまった。「仕事納め」の四文字が黒々と書かれた、いわゆる掛軸。それが画面のように変わって、流れ始めたエンドロール。
(ぼくの本…)
宇宙空間に散らばる残骸、其処に紛れたピーターパンの本。自分の持ち物だった本。
それから走馬灯のように映し出される自分の人生、これがエンドロールだということは…。
(…死んだわけ!?)
そんな、と愕然としたのだけれども、終わったらしい自分の人生。仕事納めとはこういう意味か、と遅まきながら理解した。人生という仕事が終わってしまったようだ、と。
(うーん…)
ピーターパンはいなかったのか、とガックリさせられた人生の終わり。どうやら此処はネバーランドでも地球でもなくて…。
(なんだか謎だ…)
強いて言うならキッチンだろうか、と眺め回しているシロエは知らない。そのキッチンを遠い昔の日本人が見たら、「ああ、料亭とか割烹の…」と即座に理解するだろうことを。彼らにとっては馴染んだ代物、料理ドラマでもありがちな厨房。
ただし、それしか無いけれど。キッチンと、壁の「仕事納め」の掛軸だけで全部だけれど。
ネバーランドも地球も無かった、と残念だった上、キッチンに来てしまったシロエ。
(ママのブラウニー…)
それも此処では作れそうにないな、と何度も見回し、チェックしてみた。何の材料も無いキッチンだけでは、ブラウニーなど作れはしない。他の料理も絶対に無理で、けれど飢え死にするわけでもなくて。
(まあ、死んでるし…)
仕事納めになっちゃったから、とキッチンの光景に馴染んで来た頃、いきなり人が降って来た。そう文字通りに、何処からか。やたらと偉そうな紫のマント、おまけにアルビノだったから。
「誰ですか!?」
驚いて叫んだら、向こうもポカンと目を丸くして。
「…君は?」
「…えっと…」
果たして名乗っていいのだろうか、と悩んでいる内に、例の掛軸にエンドロールが流れ始めた。自分が此処に来た時のように、アルビノの人の人生色々かと思ったけれど。
(…なんかスペシャル…)
雨で始まり、天蓋付きの立派なベッドに、アルビノの人のアップが次々、雨を纏って。締めには青い地球まで出て来た、この人は大物かもしれない。そう思ったから、素直に名乗った。
「シロエ。…セキ・レイ・シロエと言います」
「ああ、君が…! ジョミーに聞いたよ、君の名前は」
ジョミーは君のピーターパンでね、とアルビノの人は説明してくれた。自分の名前はブルーだとも教えてくれたけれども、その直ぐ後に気の毒そうに。
「…それでは、君は死んでしまったのだね。ジョミーが助け損なったから…」
「いえ、いいんです。…ぼくが大人しく一緒に行ってたら…」
仕事納めにはならなかったんですから、と壁の掛軸を指差した。「仕事納め」の文字に戻っているヤツを。
「そうなのかい? なら、いいけどね…」
ぼくは充分、長生きしたから、仕事納めでもいいんだけれど、と苦笑するブルーはミュウの長だったらしい。しかも三百年以上も生きた大物、スペシャルなエンドロールで当然。
そんな大物と知り合ったけれど、やはり周りはキッチンのままで、例の掛軸があるばかり。
「これって、どういうことなんでしょう?」
「さあねえ…。ぼくにもサッパリ分からないよ」
ぼくだって地球に行きたかった、と残念そうなミュウの大物。お互い、地球には行き損なった者同士だから、意気投合して気付けば友達。
材料も無ければ鍋も釜も無い、無い無い尽くしのキッチンで過ごしている内に…。
「「「うわっ!?」」」
またしても人が降って来たわけで、しかもとんでもない面子。やたらと老けた先輩のキース、それから育ったピーターパン。
あちらも仰天しているけれども、こちらもビックリ仰天なわけで。
「キース先輩!?」
「ジョミー!?」
「シロエか!?」
「ブルー!?」
声が飛び交う中、またまた掛軸がエンドロールを映し出した。それは様々な人間模様で、一人用でも二人用でもなさそうで。
「…ジョミー、何があった?」
「キース先輩、どうしたんです?」
ミュウの大物と二人して尋ねたら、ドえらいことになったらしい地球。あまつさえ、キースもピーターパンことジョミー・マーキス・シンも仲良く…。
「「仕事納め…」」
まあ、終わったのは確かだが、とキースが呟き、ジョミーの方も頷いている。けれども、やっぱり分からないのが、何故キッチンかということで…。
「謎だな、シロエが一番の古株のようだが」
そんなに長く居ても分からないのか、と老けたキースが言うから、「ぼくだって散々、考えましたよ!」と怒鳴ってやったら。
「待ちたまえ、シロエ」
何か増えたようだ、とミュウの大物が眺める先にドンと置かれた食材の山に、鍋やら釜やら、その他もろもろ。しかも…。
「「「おせち作り!?」」」
なんだ、と四人で目を剥いたけれど、それが使命というものらしい。本日が仕事納めとやらで、始まったらしいカウントダウン。元旦、すなわちニューイヤーまでに作り上げねばならない料理。
「ぼく、おせちなんて初耳ですよ!」
こんなの無理です、と作るべき大量の料理の品数を見ながら絶叫したら、ミュウの大物も、老けたキースも、育ったピーターパンも同じで。
「どうしろと…。ぼくの三世紀以上の記憶の中にも、おせちなんかは…」
「ブルーが知らないような代物、ぼくも知りませんよ!」
「私も何も知らないのだが…」
マザーからは何も聞いていないし、と国家主席に昇り詰めていたらしいキースもお手上げ。そうは言っても作るのが使命、作らなかったら年が明けない、元旦が来ない。
今更、ニューイヤーなんて、と四人揃って思ったけれど。
とっくの昔に死んでいるのに、元旦も何も、と思うけれども、其処は真面目な面子だから。
「ジョミー、黒豆の方は君に任せた!」
「やってますから、早く作って下さい、田作り!」
「キース先輩、クワイってどうやって煮るんですか!」
「話し掛けるな、昆布巻が煮詰まって焦げるだろうが!」
ああ忙しい、と右へ左へ駆け回る面子、どうにもこうにも手が足りない。
「こんな時にサム先輩がいたら心強いんですけどね…」
「サムか、あいつも死んでたな!」
ついでにマツカも死んでるんだが、と老けたキースが紅白なますと格闘しながら叫んだ途端に、またまた人が降って来た。仕事納めはとうに過ぎたから、例の掛軸は無かったけれど。
「サム先輩! えっと、それから…?」
「マツカだ、ぼくの部下だったんだ!」
ぼくの、と返したキースは何故だか若返っていて、さながらステーション時代のようで。マツカはそんなキースとタメ年くらいの若さで、ついでにサムも若かった。
(…あれ…?)
ピーターパンは、と見ればジョミーも若い。面子は増えたし、若さのパワーも手に入ったしで、後は行け行けゴーゴーなわけで…。
「で、出来ましたよ、キース先輩! ピーターパン!」
「いや、だから…。ぼくはジョミーで…。でも…」
おせちはなんとか出来たけれども、どうすれば、と困った様子のピーターパン。ミュウの大物もギッシリ詰められたおせちを前にして、「それで、これを…?」と悩んでいるけれど。
「おっ、見ろよ、キース! なんか変なのが…」
あれは何だろう、とサムが指差す先に掛軸、今度は真っ赤な朝日の絵。でもって、エンドロールの代わりに映し出されたものは…。
「「「地球…」」」
しかも青い、と誰もが呆然、地球は死の星ではなかったか。おせち作りでリーチな間に、何度もそういう話が出ていた。青い地球など幻だったと、ついでに派手に燃え上がったようだ、と。
その地球が何故、と掛軸を眺めている内に…。
「分かりましたよ、キース先輩。ぼくたちが何をやらされたのか…」
「そうだな、おせち作りだとばかり思っていたが…」
「俺たち、地球を作ってたんだな、新しいヤツをよ…」
「そうみたいですね…」
サムも、マツカも分かった様子で、ミュウの大物とピーターパンも涙していた。この時のために慣れない料理を作りまくったのかと、おせち作りで地球を新しく作り直したのか、と。
「やりましたね、ブルー。あなたが見たかった青い地球ですよ」
「…おせちも作ってみるものだね…」
あのお箸には苦労したけれど、とミュウの大物が言う通り。それが一番の難関だった、と皆で笑い合って、それから食べた豪華なおせち。地球が蘇ったなら頑張った甲斐もあったものだ、とワイワイガヤガヤ、若い面子しかいないわけだし、賑やかにやって…。
「あれ? もしかして、地球に行けるんじゃないですか?」
其処の絵の向こう、地球みたいです、とシロエが突っ込んでみた右手。ヒョイと掛軸に入ってしまって、どうやらそのまま行けそうだから。
「行けるみたいです、それじゃ、お先に!」
地球だ、と飛び込んだ掛軸の向こうは本当に本物の青い地球だった。振り返ってみたら、ピーターパンもキースも、ミュウの大物も、サムも、マツカも続いて来るから。
「みんなで行こう…! 地球へ!」
今度こそ本物の地球なんだ、とシロエは飛び立つ、青い地球へと。
ぼくは自由だ、と下りてゆく地球で、きっと新しく生きてゆけると予感がするから、もう嬉しくてたまらない。
頑張って作りまくったおせち。初めて手にしたお箸とやらで頑張った御褒美、自分たちの手で作り直した青い地球。
ピーターパンもミュウの大物も、キースも、サムも、それにマツカも、きっと地球の上でまた会えるだろう。みんな揃って友達になって、幸せな日々が訪れるのに違いない。
新しい地球が出来たから。夢に見ていた青い地球へと、自由に飛んでゆけるのだから…。
厨房から地球へ ~頑張ったおせち~・了
※なんだってこういう話になるのか、もう自分でも分かりませんです。おせちって…。
漠然と「おせち…」と考えただけだったのに、どう間違えたら地球を作り直すわけ!?
「前方を飛行中の練習艇! 停船せよ!」
停船せよ、シロエ!
何度も懸命に呼び掛けているのに、止まらない船。
分かっているのに、とキースが噛んだ唇。シロエは決して止まりはしない、と。
(頼む、止まってくれ!)
船の速度を上げてゆくしかない自分が憎い。このままシロエを追い続けたら、次は…。
(マザー・イライザは…)
なんと命令を下すのだろう、と思った所へ届いた声。「撃ちなさい」と。
「撃ちなさい、キース・アニアン」
(シロエ…!)
セットするしかないレーザー。撃つしかないとは分かるのだけれど。
(停船しろ、シロエ…!)
止まったところで、今更シロエが助かる道は…、と思いつつ、そう呟いた時。
「其処のバイク、止まりなさい!」
いきなり男の声が響いた、それも後ろから。
誰だ、と思う間もなくサイドミラーに映った赤色灯。それは激しく回転していて。
「制限速度オーバー、止まりなさい!」
(なんだ!?)
何事なのだ、と驚くしかなかった自分の現状。
乗っていた筈の小型艇は消えて、大きなバイクに跨った自分。それも旧式、今時こういうバイクが何処にあるだろうか、と思うくらいの。
ついでに自分は追われているらしい、赤色灯を点けた車に。白と黒とのツートンカラーで、凄い音量のサイレンを鳴らしているヤツに。しかも闇の中で。
(どうなってるんだ…!)
此処は何処だ、と慌てたけれども、マザー・イライザの命令が優先。とにかくシロエを追わなければ、と加速させたバイク。上手い具合に、仕組みは理解出来たから。
(くそっ…!)
捕まってたまるか、と制限速度の三倍くらいで走り始めたキースは知らない。いつの間にやら、時空を飛び越えていたことを。遥か地球まで飛んだ挙句に、日本とやらのローカル都市の公道、其処を走っていることを。
何が何だか分からないままに、ガンガン飛ばし続けたバイク。赤色灯を点けた車は、なんとか振り切ったと思う。それがパトカーだとは、キースは気付いていないけれども。
「止まりなさい」と怒鳴った男が警官なことも、スピード違反をしていたことも。
(逃げ切れたか…?)
何処をどう走って逃げて来たのか、此処はいったい何処なのか。
マザー・イライザの指示は、シロエは…、と真っ暗な中でバイクを飛ばし続けていたら。
「うわぁ…っ!?」
突然、ヘッドライトの向こうに見えた自転車、それに思い切り突っ込んだ。
ガシャーン! と派手な衝突音。バイクも自分も宙を舞ったし、自転車だって。そのまま地面に叩き付けられる、と慌てて取った受け身は…。
(………!!?)
ズボッと背中から埋まった泥。衝撃は全く無かったけれども、ズッポリと泥の中に沈んだ。辛うじて頭は出ているとはいえ、起き上がろうと動かした手も足も泥に沈んでしまう有様。
(どうなったんだ…?)
凍えそうなくらいに冷たい泥と、吹き付けてくる寒風と。見上げれば怖いくらいに澄んだ星空、其処にパチパチと舞っている火の粉。誰かが焚火をしているらしい。こんな泥の上で。
全く掴めもしない状況、シロエは、マザー・イライザは、と冷静に考えようとするよりも前に。
「困るな、兄ちゃん」
なんてことをしてくれるんだ、とノッソリと男が現れた。胴まであるような長靴を履いて、防寒着に身を包んだ男が何人も。
「…ぼくは…?」
此処は、と尋ねたら、呆れた顔付きの男たち。
自分がやらかしたことも分からないのかと、これだから最近の若い者は、と。
「初日の出暴走には早いぜ、兄ちゃん。…ま、警察には電話しといたけどな」
田舎だから来るまでに少し時間はかかりそうだが、と泥の中から引き上げられた。焚火の側へと引き摺って行かれて、「座れ」とポンと叩かれた椅子。それはいわゆるドラム缶だけれど、キースに分かるわけもない。「妙な椅子だ」と思っただけで。
男たちは毛布を被せてくれて、「この時期になると多いんだよな」と溜息をついた。
「何がですか…?」
「調子狂うな、派手にやらかしてくれた割によ。…あんた、何処かの坊ちゃんか?」
それなら分かる、と頷き合っている男たち。
親の金で買って貰ったバイクで好き放題に走りまくって、カーブを曲がり損なったか、と。この辺りは街灯の数が少ないから、池に突っ込むのもよくあるパターン、と。
「池…?」
その割には水が無いようだが、と泥まみれになった手足や服を眺めたら、「冬だからな」と問うまでもなく届いた答え。
「冬の間は池を干すんだよ、ため池だから。ついでに池の魚を売る、と」
「そうそう、丸々と太った鯉をな。夜の間に盗まれないよう、こうして番をしているんだが…」
何年かに一度は車かバイクが落ちてくるよな、と男たち。
「しかしなあ…。勝手に落ちるのはまだいいんだが…」
「人身事故は困るんだよなあ、朝までに片付けばいいけどよ…」
明日は商売が出来るだろうか、と男たちが見上げる堤の上。其処に出来ている人だかり。大勢がガヤガヤ騒ぐ声もする、「地元校の制服じゃないようだ」などと。
(制服…?)
もしや、とガバッと立ち上がった途端に、泥に足を取られて見事に転んだ。けれども、男たちは意図を理解したようで、両脇を抱えて堤へと上がる石段の方へと連れて行ってくれて。
「ちゃんと見とけよ、あんたのバイクが巻き込んだんだし」
救急車が来る前に謝るんだな、と背中を押された。ショックで混乱しているようだし、通じないとは思うんだが、と。
泥まみれの身体で上がった石段。たちまち非難の声が起こった、「なんて酷いことを」と。
「自転車の子をはね飛ばすなんて! こんな時間だ、塾帰りの子だよ」
それも遠くから帰って来た子だ、と見慣れないエプロンを着けたオバチャンに怒鳴られた。キースは知らない割烹着。それがオバチャンのエプロンなるもの。
「この辺の学校の制服じゃないし、街の学校へ行ってる子だね」
「高校受験で頑張ってるんだよ、遅い時間まで塾通いでさ」
あんたのような道楽息子とは違うんだ、と怒りMAXの男女の人垣、その真ん中に…。
(シロエ…!)
懸命に介抱している人が何人か、それでは自分がはね飛ばした自転車に乗っていたのは…。
(…シロエだったのか…)
けれども、言ったら終わりな気がした。知り合いを事故に遭わせたと知れたら、此処ではマズイという雰囲気。マザー・イライザの命令で、などと言っても通りそうにない。
これはヤバイ、と素直に謝ることにした。シロエは毛布にくるまれたままで、うわ言を言っているけれど。「ピーターパン…」とか、「ネバーランド」だとか、「パパ、ママ」だとか。
「…すまない、ぼくが悪かった」
「…ピーターパン…?」
来てくれたんだね、とシロエの瞳が開いたけれども、ほんの一瞬。瞼は直ぐに閉じてしまって、遥か遠くでサイレンの音。自分が追われていた時のヤツと、それとは違うサイレンと。
「あっ、救急車よ!」
「大丈夫かね、この子…。頭、打ってなきゃいいんだけどねえ…」
「酷いもんだよ、この子が池に落ちてた方がマシだったのにさ」
はね飛ばした方がピンピンしてるだなんて、と非難轟々、身の置き所も無い悲劇。あのサイレンの車が到着したなら、自分は逮捕されるのだろう。此処が何処かも分からないままで、マザー・イライザに連絡すらも取れないで。
そしてやって来た、いわゆるパトカー。救急車も同時に到着したから、シロエは担架で運ばれて行った。救急車の扉がバタンと閉まって、猛スピードで走り去ってゆく。赤色灯を回転させて、サイレンの音を高く響かせて。
(シロエ…)
彼は助かったのだろうか、と見送っていたら、ガチャリと両手にかけられた手錠。「とにかく署まで来て貰おうか」と、「君の親御さんの名前と連絡先は?」と。
(…親…)
父はフルで母はヘルマとだけしか知らない、連絡先など知るわけがない。どうやら此処ではシロエに分がある、自分の立場は限りなくマズイ。
(マザー・イライザ…!)
ぼくはどうしたら、と心で叫びを上げた瞬間、闇の彼方で弾けた閃光。
(……シロエ……?)
気付けば船の中にいた。泥にまみれてなどはいなくて、バイクに乗ってもいなかった。自分はシロエが乗った船を撃って、今の光は…。
(だが、さっきのは…)
夢とは思えなかった光景。シロエを乗せて走り去って行った救急車。
(Mの思念波攻撃のせいで…)
自分も今頃、夢を見たのかもしれないけれど。
あれが本当だったらいい、とステーションに向かって舵を切る。もしも自分を悪と断じる世界が何処かにあるのなら。シロエが其処で生き延びたなら…、と。
一方、シロエがキースのバイクにはねられた世界。日本の何処かのローカル都市。
あれから賑やかなクリスマスが終わって、除夜の鐘が鳴って、新しい年がやって来て。
「シロエ、初詣、気を付けるのよ?」
お友達と一緒に行くのはいいけど、退院したばかりなんだから、と玄関先で見送る女性。
「うん、大丈夫! クリスマスの分、取り戻さなきゃ!」
家でケーキも食べ損なったし、とマフラーを巻いて颯爽と駆けてゆくシロエ。
今の御時世、キラキラネームが流行るほどだし、シロエという名は目立ちもしない。ついでに奇跡か神の悪戯か、シロエは最初から此処に居たことになっていた。
玄関先で見送る母と、「大丈夫さ」と笑っている父、彼らの姿までシロエが好きだった両親たちと何処も変わりはしなかった。
チラホラと白い雪が舞う中、シロエは地球を駆けてゆく。彼が夢見たネバーランドを、行こうと夢に見ていた世界を。
自分は此処で生まれ育ったと、まるで疑わないままで。
マザー・イライザも、キースもいない世界で、日本の何処かのローカル都市で…。
師走の奇跡・了
※こういうネタがスッコーン! と落ちてくるのが管理人の頭。どうなってるのか自分でも謎。
シロエが暮らす、日本の何処かのローカル都市。初詣でタコ焼き食べるのかも?
※半年も経ってから、後日談が出来ました。「奇跡のその後」、よろしくです。