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厨房から地球へ ~頑張ったおせち~

「みんなで行こう…。地球へ」
 ぼくは自由だ。自由なんだ。いつまでも、何処までも、この空を自由に飛び続けるんだ…!
 ピーターパンだ、とシロエが思った光。
 それに包まれてネバーランドへ飛び立ったのだ、と信じた身体が軽くなった瞬間。
(えーっと…?)
 何処だろうか、とシロエは辺りを見回した。
 ピーターパンもティンカーベルも誰もいなくて、さっきの光も消え失せていて。
「仕事納め…?」
 墨でドドーン! と書かれた四文字、もちろんシロエに読めるわけがない日本語なるもの。
 けれども、何故だかストンと分かった。「仕事納め」と書いてあるのだ、と。ただ、仕事納めとは何のことかが分からない。首を捻って考え込んでいたら。
「あーーーっ!!?」
 嘘だ、と思わず叫んでしまった。「仕事納め」の四文字が黒々と書かれた、いわゆる掛軸。それが画面のように変わって、流れ始めたエンドロール。
(ぼくの本…)
 宇宙空間に散らばる残骸、其処に紛れたピーターパンの本。自分の持ち物だった本。
 それから走馬灯のように映し出される自分の人生、これがエンドロールだということは…。
(…死んだわけ!?)
 そんな、と愕然としたのだけれども、終わったらしい自分の人生。仕事納めとはこういう意味か、と遅まきながら理解した。人生という仕事が終わってしまったようだ、と。
(うーん…)
 ピーターパンはいなかったのか、とガックリさせられた人生の終わり。どうやら此処はネバーランドでも地球でもなくて…。
(なんだか謎だ…)
 強いて言うならキッチンだろうか、と眺め回しているシロエは知らない。そのキッチンを遠い昔の日本人が見たら、「ああ、料亭とか割烹の…」と即座に理解するだろうことを。彼らにとっては馴染んだ代物、料理ドラマでもありがちな厨房。
 ただし、それしか無いけれど。キッチンと、壁の「仕事納め」の掛軸だけで全部だけれど。


 ネバーランドも地球も無かった、と残念だった上、キッチンに来てしまったシロエ。
(ママのブラウニー…)
 それも此処では作れそうにないな、と何度も見回し、チェックしてみた。何の材料も無いキッチンだけでは、ブラウニーなど作れはしない。他の料理も絶対に無理で、けれど飢え死にするわけでもなくて。
(まあ、死んでるし…)
 仕事納めになっちゃったから、とキッチンの光景に馴染んで来た頃、いきなり人が降って来た。そう文字通りに、何処からか。やたらと偉そうな紫のマント、おまけにアルビノだったから。
「誰ですか!?」
 驚いて叫んだら、向こうもポカンと目を丸くして。
「…君は?」
「…えっと…」
 果たして名乗っていいのだろうか、と悩んでいる内に、例の掛軸にエンドロールが流れ始めた。自分が此処に来た時のように、アルビノの人の人生色々かと思ったけれど。
(…なんかスペシャル…)
 雨で始まり、天蓋付きの立派なベッドに、アルビノの人のアップが次々、雨を纏って。締めには青い地球まで出て来た、この人は大物かもしれない。そう思ったから、素直に名乗った。
「シロエ。…セキ・レイ・シロエと言います」
「ああ、君が…! ジョミーに聞いたよ、君の名前は」
 ジョミーは君のピーターパンでね、とアルビノの人は説明してくれた。自分の名前はブルーだとも教えてくれたけれども、その直ぐ後に気の毒そうに。
「…それでは、君は死んでしまったのだね。ジョミーが助け損なったから…」
「いえ、いいんです。…ぼくが大人しく一緒に行ってたら…」
 仕事納めにはならなかったんですから、と壁の掛軸を指差した。「仕事納め」の文字に戻っているヤツを。
「そうなのかい? なら、いいけどね…」
 ぼくは充分、長生きしたから、仕事納めでもいいんだけれど、と苦笑するブルーはミュウの長だったらしい。しかも三百年以上も生きた大物、スペシャルなエンドロールで当然。


 そんな大物と知り合ったけれど、やはり周りはキッチンのままで、例の掛軸があるばかり。
「これって、どういうことなんでしょう?」
「さあねえ…。ぼくにもサッパリ分からないよ」
 ぼくだって地球に行きたかった、と残念そうなミュウの大物。お互い、地球には行き損なった者同士だから、意気投合して気付けば友達。
 材料も無ければ鍋も釜も無い、無い無い尽くしのキッチンで過ごしている内に…。
「「「うわっ!?」」」
 またしても人が降って来たわけで、しかもとんでもない面子。やたらと老けた先輩のキース、それから育ったピーターパン。
 あちらも仰天しているけれども、こちらもビックリ仰天なわけで。
「キース先輩!?」
「ジョミー!?」
「シロエか!?」
「ブルー!?」
 声が飛び交う中、またまた掛軸がエンドロールを映し出した。それは様々な人間模様で、一人用でも二人用でもなさそうで。
「…ジョミー、何があった?」
「キース先輩、どうしたんです?」
 ミュウの大物と二人して尋ねたら、ドえらいことになったらしい地球。あまつさえ、キースもピーターパンことジョミー・マーキス・シンも仲良く…。
「「仕事納め…」」
 まあ、終わったのは確かだが、とキースが呟き、ジョミーの方も頷いている。けれども、やっぱり分からないのが、何故キッチンかということで…。
「謎だな、シロエが一番の古株のようだが」
 そんなに長く居ても分からないのか、と老けたキースが言うから、「ぼくだって散々、考えましたよ!」と怒鳴ってやったら。
「待ちたまえ、シロエ」
 何か増えたようだ、とミュウの大物が眺める先にドンと置かれた食材の山に、鍋やら釜やら、その他もろもろ。しかも…。


「「「おせち作り!?」」」
 なんだ、と四人で目を剥いたけれど、それが使命というものらしい。本日が仕事納めとやらで、始まったらしいカウントダウン。元旦、すなわちニューイヤーまでに作り上げねばならない料理。
「ぼく、おせちなんて初耳ですよ!」
 こんなの無理です、と作るべき大量の料理の品数を見ながら絶叫したら、ミュウの大物も、老けたキースも、育ったピーターパンも同じで。
「どうしろと…。ぼくの三世紀以上の記憶の中にも、おせちなんかは…」
「ブルーが知らないような代物、ぼくも知りませんよ!」
「私も何も知らないのだが…」
 マザーからは何も聞いていないし、と国家主席に昇り詰めていたらしいキースもお手上げ。そうは言っても作るのが使命、作らなかったら年が明けない、元旦が来ない。
 今更、ニューイヤーなんて、と四人揃って思ったけれど。
 とっくの昔に死んでいるのに、元旦も何も、と思うけれども、其処は真面目な面子だから。
「ジョミー、黒豆の方は君に任せた!」
「やってますから、早く作って下さい、田作り!」
「キース先輩、クワイってどうやって煮るんですか!」
「話し掛けるな、昆布巻が煮詰まって焦げるだろうが!」
 ああ忙しい、と右へ左へ駆け回る面子、どうにもこうにも手が足りない。
「こんな時にサム先輩がいたら心強いんですけどね…」
「サムか、あいつも死んでたな!」
 ついでにマツカも死んでるんだが、と老けたキースが紅白なますと格闘しながら叫んだ途端に、またまた人が降って来た。仕事納めはとうに過ぎたから、例の掛軸は無かったけれど。
「サム先輩! えっと、それから…?」
「マツカだ、ぼくの部下だったんだ!」
 ぼくの、と返したキースは何故だか若返っていて、さながらステーション時代のようで。マツカはそんなキースとタメ年くらいの若さで、ついでにサムも若かった。
(…あれ…?)
 ピーターパンは、と見ればジョミーも若い。面子は増えたし、若さのパワーも手に入ったしで、後は行け行けゴーゴーなわけで…。


「で、出来ましたよ、キース先輩! ピーターパン!」
「いや、だから…。ぼくはジョミーで…。でも…」
 おせちはなんとか出来たけれども、どうすれば、と困った様子のピーターパン。ミュウの大物もギッシリ詰められたおせちを前にして、「それで、これを…?」と悩んでいるけれど。
「おっ、見ろよ、キース! なんか変なのが…」
 あれは何だろう、とサムが指差す先に掛軸、今度は真っ赤な朝日の絵。でもって、エンドロールの代わりに映し出されたものは…。
「「「地球…」」」
 しかも青い、と誰もが呆然、地球は死の星ではなかったか。おせち作りでリーチな間に、何度もそういう話が出ていた。青い地球など幻だったと、ついでに派手に燃え上がったようだ、と。
 その地球が何故、と掛軸を眺めている内に…。
「分かりましたよ、キース先輩。ぼくたちが何をやらされたのか…」
「そうだな、おせち作りだとばかり思っていたが…」
「俺たち、地球を作ってたんだな、新しいヤツをよ…」
「そうみたいですね…」
 サムも、マツカも分かった様子で、ミュウの大物とピーターパンも涙していた。この時のために慣れない料理を作りまくったのかと、おせち作りで地球を新しく作り直したのか、と。
「やりましたね、ブルー。あなたが見たかった青い地球ですよ」
「…おせちも作ってみるものだね…」
 あのお箸には苦労したけれど、とミュウの大物が言う通り。それが一番の難関だった、と皆で笑い合って、それから食べた豪華なおせち。地球が蘇ったなら頑張った甲斐もあったものだ、とワイワイガヤガヤ、若い面子しかいないわけだし、賑やかにやって…。
「あれ? もしかして、地球に行けるんじゃないですか?」
 其処の絵の向こう、地球みたいです、とシロエが突っ込んでみた右手。ヒョイと掛軸に入ってしまって、どうやらそのまま行けそうだから。
「行けるみたいです、それじゃ、お先に!」
 地球だ、と飛び込んだ掛軸の向こうは本当に本物の青い地球だった。振り返ってみたら、ピーターパンもキースも、ミュウの大物も、サムも、マツカも続いて来るから。


「みんなで行こう…! 地球へ!」
 今度こそ本物の地球なんだ、とシロエは飛び立つ、青い地球へと。
 ぼくは自由だ、と下りてゆく地球で、きっと新しく生きてゆけると予感がするから、もう嬉しくてたまらない。
 頑張って作りまくったおせち。初めて手にしたお箸とやらで頑張った御褒美、自分たちの手で作り直した青い地球。
 ピーターパンもミュウの大物も、キースも、サムも、それにマツカも、きっと地球の上でまた会えるだろう。みんな揃って友達になって、幸せな日々が訪れるのに違いない。
 新しい地球が出来たから。夢に見ていた青い地球へと、自由に飛んでゆけるのだから…。

 

      厨房から地球へ ~頑張ったおせち~・了

※なんだってこういう話になるのか、もう自分でも分かりませんです。おせちって…。
 漠然と「おせち…」と考えただけだったのに、どう間違えたら地球を作り直すわけ!?





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