(…なんとも悪趣味な館だな…)
やたらゴテゴテ飾り立てて、とキースが見回した館の中。首都惑星ノアで。
パルテノン始まって以来の、軍人出身の元老に選出される日が近付いている。その日を控えて、挨拶回りが始まった。まずは此処から、と一人目の館にやって来たものの…。
(あんな大きな絵を飾らなくても…)
それに、あそこの壺も要らん、と呆れたくなる。他にも色々、床に敷かれた絨毯だって、軍人の目には無用の長物。別に無くても困りはしないブツだから。
ゆえに館に住まう元老、彼への挨拶が済んだら「では」と辞去した。
次に出掛けた先でも同じで、そのまた次も。「どの館も無駄に飾りが多い」と思っただけで。
けれど、キースを迎えた元老たちの方では、まるで違っていた見解。
「…キース・アニアンが訪ねて来たかね?」
「ああ、来たとも。…どうしようもない奴だったが」
あの絵の値打ちに気付かんようでは…、と一人が愚痴れば、たちまち愚痴祭りになった。彼らの自慢のコレクション。それをキースは一顧だにせず、見事にスルーだったから。
「アニアンは芸術を分かっておらん! ワシの自慢のキリアンの絵をスルーしおったわ!」
「な、なんと…! キリアンと言えば、SD体制始まって以来の画聖ではないか!」
ただの落書きでも、オークションに出れば引く手あまたで…、と元老たちは唖然呆然。欲しいと思っても、買えない人間がドッサリいるのが「画聖・キリアン」の作。
それの値打ちが分からないなど、パルテノンでは「有り得なかった」。
芸術や文化に造詣が深いのが、元老入りの必須の条件。そういう教育を受けて育って、エリート人生まっしぐら。それが元老たちだったから。
そもそも、教育ステーションからして、軍人コースと元老コースは全く違う。
キースが育ったE-1077、そんな所は、パルテノン入りを目指す人間たちからすれば…。
「…これだから、軍人上がりは困るのだ。もう化けの皮が剥がれておるぞ」
「まったくだ。我々と対等に話をしたいと言うのなら…」
審美眼から磨いて貰わないと、というのが総意。
そんな具合だから、キースが元老になった途端に、始まった「いびり」。
何かと言ったら、誰かの館でパーティーなわけで…。
パーティーの度に、披露されるのが書画骨董。皆がやんやと褒め称える中、キースだけが…。
(…こんなガラクタの何処がいいのだ?)
薄汚い鉢にしか見えんが、と理解できない「茶道具」の値打ち。
なんでも「ととや」の茶碗がどうとか、破格の骨董らしいけれども、まるで分からない。薄汚い茶碗の何処がいいのか、どう眺めても。
(分からんな…)
何で飲もうが、味は同じだ、とズズッと啜って終わった抹茶。
「ととやの茶碗」を使った茶会が、そのパーティーの目玉だったのに。他の元老たちの場合は、同じ茶碗を称賛しまくり、「お道具拝見」と拝んでいたほどなのに。
「元老アニアン。…ととやの茶碗は如何ですかな?」
主催の元老が訊くものだから、キースは至極真面目に答えた。「美味い茶でした」と。
たちまちドッと笑いが起こって、もうゲラゲラと笑い転げる者まで。
「ととやをご存じないとみえる」だとか、「いやいや、茶道も分かっておらん」だとか。
(…何が茶道だ…!)
知るか、とキースが叫びたくても、パルテノンの中では新参者。いわゆる下っ端。
グッと叫びを飲み込むしかなく、また別の日には違う館でパーティー。
(……これはキリアンの絵だったか?)
確かそうだな、と「同じ轍は踏まん」と飾られた絵をガン見していたら…。
「おお、流石、お目が高い! もう気付かれたようですな」
館の主が満面の笑みで、他の元老たちも見ている。だからキースは、名誉挽回とばかりに、絵を褒め称えた。「この色使いが素晴らしい」とか、「キリアンの絵は違いますな」などと。
それなのに、何故か大爆笑。「これはこれは…」と、誰もが腹を抱えて。
(………???)
何か可笑しなことを言ったか、と途惑うキースに、館の主はこう告げた。
「やはり、分かっておられなかったようで…。これは真っ赤な贋作ですぞ」
「うむ。キリアンの絵のパクリで知られた、キアランの作と見抜けませんかな?」
まったく元老とも思えぬ話で…、と皆が漏らしている失笑。
早い話が、今日の趣向は「贋作」鑑賞会。贋作といえども、けっこうな値段がする絵ばかりで、価値が高いのを並べたパーティー。…キースをいびるためだけに。
こうしてキースの株は下がってゆく一方。
鳴り物入りで果たしたパルテノン入りも、見る影もないという有様。
挙句に食らってしまった呼び出し、それもグランド・マザーから。もう直々に。
「…手こずっているようだな、キース・アニアン?」
お前ともあろう者がどうした、と紫の瞳がゆっくり瞬く。「私はお前を買い被ったか?」と。
「い、いえ、マザー! ですが、些か、畑が違いすぎまして…」
あの手の教育は受けておりませんので、とキースが眉間に寄せた皺。
なにしろE-1077での候補生時代はもちろん、マザー・イライザに叩き込まれた膨大な量の知識も役立たない。「機械の申し子」は軍人仕様で、そっち方面ならパーフェクトなのに。
「なるほどな…。それならば、学ぶしかあるまい?」
無い知識ならば学べば良かろう、とグランド・マザーが吐いた正論。
パルテノンの輩に馬鹿にされないよう、今から知識を増やしてゆくべき。書画骨董の世界に飛び込んで行って、数多の経験を積んで。
「…経験…ですか?」
「そうだ。あの世界は経験を積むことによってのみ、進むべき道が開かれる」
軍人の道と何ら変わらぬ、とグランド・マザーはのたまった。「学ぶがいい」と、「そのための助力は、我も惜しまぬ」と。
「で、では、どのようにして学べば…?」
教育ステーションの講義を、遠隔で受けられるのでしょうか、と尋ねたキース。
恐らく、それが早道だろうし、グランド・マザーならば、その権限も持っているだろう。講義を受けるのが誰かは隠して、ノアへと配信させる力を。
(…この年になって、候補生とは…)
だが、やむを得ぬ、とキースは腹を括ったのだけれど。
「講義ではない。そのようなことは、するだけ無駄だ。…要は場数だ」
とにかく場数を踏んでゆくことだ、と言われても、まるで見えない進路。場数を踏むなら、恥をかきまくりのパーティーに出るしかないのだろうか?
「ととやも分からん」と馬鹿にされても、「画聖・キリアン」だか、贋作名人キアランだかで、赤っ恥をかき続けても…?
それは虚しい、と思ったキース。いくら場数が必要にしても、情けない、とも。
そうしたら…。
「奴らを相手にせよとは言わぬ。…同じ道を行けと言っておるのだ」
書画骨董に親しむがいい、とグランド・マザーは鷹揚に言った。何かと金がかかりまくるのが、その世界。「ととやの茶碗」を求めるにしても、「画聖・キリアン」の名画を手に入れるにも。
並みの者なら、アッと言う間に破産なコースで、「入るな、危険」な世界だけれど…。
「マザーが支払って下さると!?」
書画骨董の代金をですか…、とキースは目を剥いた。あまりにも太っ腹すぎるから。
「どうかしたのか、キース・アニアン?」
私が誰だか忘れたのか、と瞬く紫の大きな瞳。此処には目しか無いのだけれども、本体は地球にあるのがグランド・マザー。SD体制の世界の頂点に立っている機械。
グランド・マザーが命じさえすれば、国家予算規模の金だって動く。それも一瞬で。
全宇宙規模での国家予算と、「ととやの茶碗」や「画聖・キリアン」の名画だったら、どっちが高いかは明々白々。
つまりキースが書画骨董で道楽しようと、バックボーンは揺るぎもしない。
来る日も来る日も茶碗を買おうが、名画を端から買いまくろうが。
もちろん壺を集めてもいいし、絨毯を床に敷きまくっても…。
「…いいと仰るのですか、マザー?」
とんでもない金がかかりますが…、とキースが確認しても、返事は変わりはしなかった。大きな瞳が瞬いただけで、「私が勧めているのだからな?」と。
「存分に買って、買いまくるがいい。…そうでなければ、目は肥えぬものだ」
ととやの茶碗で始めるのも良し、絵の世界から入るも良し…、とグランド・マザーのお墨付き。
パルテノン入りを果たしたものの、「冴えない」キースを鍛えるために。
他の元老たちから馬鹿にされない、押しも押されぬ「理想の指導者」を創り上げるために。
キースは「ハハーッ!」と礼を取ったわけで、進むべき道は書画骨董を買いまくる道。
とにかくそういう世界へダイブで、目を肥やすしか道は無いものだから…。
「…聞いたかね? 元老アニアンが、日々、カモられているという話だが…」
「骨董屋が列をなしているそうだな…。何を届けても、即、お買い上げだとかで」
昨日もキリアンの絵が売れたと聞いておるぞ、と元老たちは噂話に花を咲かせる。一朝一夕には磨けないのが「物を見る目」で、キースはいったい、どのくらい散財するのだろうか、と。
「じきに破産と見ておるが…。そうすれば目障りな奴が消えるぞ」
「いいことだ。我々も、これまで以上にだね…」
アニアンをいびりまくろうではないかね、とパーティーの計画も次々に。
芸術音痴のキースをいびって、赤っ恥をかかせるためだけに。「負けてたまるか」と骨董三昧の道に走って、破産して消えて貰おうと、捕らぬ狸の皮算用で。
まさかキースが使っている金、それが「無尽蔵」だとは誰も思わないから。
グランド・マザーが「いくらでも好きに使うがいい」と、言ったなどとは気が付かないから。
そしてキースは、今日も自分を鍛えていた。
「キリアンの絵は私が貰おう! これだけだ!」
オークションハウスでブチ込む大金、何処から見たって贋作なのに。キリアンのパクリで有名な画家の、キアランの方の作品なのに。
会場の人々はヒソヒソ、コソコソ、「これだから、素人さんは困る」とクスクス笑い。
それでもキースを煽る入札、値段を吊り上げて遊んでやろうと。
「待った、これだけ!」
「では、これだけを支払おう!」
もうガンガンとヒートアップで、会場の隅ではマツカが溜息をついていた。
(…贋作ですよ、と言っても聞きやしないんだから…)
もっと見る目を養って下さい、と「人の心が読める」ミュウゆえの悩みは尽きない。
いくら本当のことを告げてみたって、キースは聞く耳を持たないから。
「お前に何が分かるというのだ!」と怒鳴りまくりで、カモられまくりの日々なのだから…。
カモられる元老・了
※いや、「初の軍人出身の元老」がキースだったわけで、それなら元老とメンバーズは別。
ステーションからして違うんじゃあ…、と思ったトコから出て来たネタ。芸術音痴なキース。