(ジルベスター・セブンか…)
こんなことが無ければ、日の目を見ることも無かったろうに、とキースは思う。
其処へと向かう船の一室で。
けれど、直接ジルベスター星系へと飛ぶ船は無い。軍の船でさえも。
まずはソレイド軍事基地に飛び、ジルベスター星系に向かう船を得ること。
でないと辿り着けないくらいに、その星は遠い。
(百五十年ほど前に、テラフォーミングを断念した星…)
人類は撤退、そしてジルベスター・セブンは破棄された。
入植は二度と試みられずに、今もそのままだという星。
ジルベスター星系の第七惑星。二つの太陽を持つ、赤い星がそれ。
(行ってみないことには分からないが…)
間違いなくMは其処にいる、と確信に近いものがある。
かつては目撃情報が相次いでいた、「宇宙鯨」。
スペースマンたちの間の伝説、暗い宇宙を彷徨う鯨。
異星人の船とも、本物の鯨だとも言われる物体。「見れば願いが叶う」とまで。
(だが、あれは…)
けして本物の鯨ではない。
異星人たちを乗せた船でもない。
その正体はMの母船で、「モビー・ディック」の通り名がある。
軍に所属し、追った経験を持つ者ならば分かる。「あれがそうだ」と。
けれども、絶えた目撃情報。
この四年ばかり、「宇宙鯨」を見た者はいない。
それとピタリと重なるように、ジルベスター星系で事故が頻発するようになった。
グランド・マザーが導き出した答えは「M」。
彼らが其処に潜んでいると、モビー・ディックはジルベスターにいるのだと。
Mと呼ばれる異分子、ミュウ。
彼らは排除すべき存在、だから自分が派遣された。
ジルベスターへと、ミュウの拠点を探しに。
見付け次第、彼らを滅ぼすために。
(奴らが、サムの心を壊した…)
事故に遭った者たちの名簿の中に、見付けた名前。
E-1077で一緒だった友、サム・ヒューストン。
彼の病院を見舞ったけれども、「友達」のサムは「いなかった」。
かつて「友達だろ?」と何度も呼び掛けてくれた、人のいい友は。
(……十二年ぶりに会ったというのに……)
サムは子供に返ってしまって、ステーション時代を忘れていた。
彼は今でも「アルテメシアにいる」つもり。
故郷なのだと語った星に、「成人検査で別れた筈の」父や母と一緒に。
(サムをあんな風にしてしまったのは…)
明らかにミュウで、恐らく彼らの思念波攻撃。
思念波が如何に恐ろしいかは、E-1077にいた時に知った。
ステーション中の人間たちが皆、「一時的に子供に戻った」ほど。
保安部隊の者たちまでもが、無邪気に遊び続けていた。「存在しない」オモチャを持って。
あれと同じに、サムも「壊された」のだろう。
至近距離で思念波を浴びせられたか、あるいは捕らえられたのか。
(船の航行記録は消されて…)
何も残っていなかった。
サムと一緒にいたパイロットは、サムのナイフで殺されていて…。
(…サムが錯乱して、チーフ・パイロットを殺してしまった、と…)
報告書には記載されていた。
自分が知っていたサムだったら、間違っても人は殺さないのに。
たとえ自分が襲われたって、「殺してしまうほど」の反撃などはしないだろうに。
そうは言っても、結果が全て。
サムは「人殺し」で、「正気ではない」から「無罪」なだけ。
(ミュウどもめ…)
よくもサムを、と「人殺し」だという濡れ衣だけでも腹立たしい。
監視カメラの記録も消されて、真相は闇の中なのだけれど…。
(ミュウがサイオンで、サムのナイフを…)
操ったのか、あるいは「サムごと」操ったか。
そんな所だ、と思っている。
「サムは人など殺していない」と、「ミュウの仕業だ」と。
その上、彼らは「サムを壊した」。
操り損ねて壊したものか、最初から「壊す」つもりだったか。
(…いずれにしても…)
サムの仇は取らせて貰う、と右手で触れた「サムの血のピアス」。
左の耳にも「同じもの」がある。
「女のようだ」と嘲られようが、この耳のピアスが決意の証。
何処までも友と共にあろうと、「私はサムを忘れはしない」と。
サムの無念も、E-1077で友だった頃のサムの勇気も、それに限りない優しさも。
(…ミュウどもを皆殺しにしても…)
サムの心は、きっと元には戻らない。
いくらミュウたちの血を流そうとも、異分子どもを贄に捧げようとも。
(それでも、私は…)
今回の任務を果たすまで。
ミュウの拠点を見付けて滅ぼし、サムの仇を取るだけのこと。
サムの血を固めたピアスに誓って、「やるべきこと」をやり遂げるけれど…。
(……Mか……)
彼らは忌むべき異分子なのだ、と分かってはいても、今も心に引っ掛かること。
一つは、訓練の過程で「見せられた」もの。
ミュウの処分を記録した映像、その中で「子供が殺された」。
それも幼くて、「自分自身が何者なのか」も、分からないほどの小さな子が。
今でもたまに夢を見る度、夢の中で声を上げている。
「待て!」と、「そんな子供を!」と、制止しようとする声を。
メンバーズならば、率先して殺すべきなのだろうに。
「ミュウは成人検査をパス出来ない」から、「幼い間に」処分するのは「当然」なのに。
(…だが、あれほどに…)
幼い子供を殺すというのは、どうなのだろう。
ミュウというだけで「命を奪う」のは、「ヒトとして」やっていいことかどうか。
今も答えは出せないまま。
「ミュウの子供」に出会ったことは無いから、「答えを出さずに」来てしまったと言うべきか。
幸いにして、ミュウの母船が最後に潜んでいた星は…。
(アルテメシアで、それ以降は…)
育英惑星での目撃情報はゼロで、目撃されていないのならば「子供」もいない。
彼らが船に乗せた「子供」は、赤ん坊の時に迎え入れたとしても…。
(とうに成人検査の年を迎えているからな…)
だから、今度の「拠点探し」でも、「子供に出会う」心配は無い。
「殺すべきか」、それとも「見逃すべきか」で悩む必要など、まるで無い。
任務と関係が無いのだったら、また先延ばしにすればいい。
子供の件に関しては。
けれど、もう一つ、気にかかること。
(…シロエ……)
自分が殺したセキ・レイ・シロエ。
「初めて」人を殺した瞬間。
あのシロエもまた、「Mだった」という。
「Mのキャリアが生徒にいたから」、E-1077は廃校になったという噂。
巷では「噂」に過ぎないけれども、メンバーズならば「知っている」こと。
「それは事実だ」と、「Mのキャリアを処分した者は、キース・アニアンだ」と。
これが頭を悩ませる。
自分は「シロエを殺した」わけで、あの時、どれほど涙したことか。
今日までの日々に、何度自分に問い掛けたことか。
「本当にあれで良かったのか」と、「シロエを見逃すべきだったのでは」と。
どうせ、あの船では「地球には着けない」。
地球はもとより、他の星にも、どんな小さな基地にさえも。
練習艇には、それだけの燃料が積まれてはいない。
シロエは何処かに辿り着く前に、燃料不足になった船の中で死んだだろう。
酸素の供給が止まってしまって、酸欠で眠るように死んだか。
それよりも先に空調が止まり、絶対零度の宇宙の寒さで凍え死んだか。
(…あの時、シロエを見逃していても…)
結果は変わらなかった筈。
船と一緒に爆死していたか、あの船の中で死んでいたかの違いだけ。
どう転がっても「シロエは死ぬ」なら、船を行かせてやれば良かった。
撃ち落とさないで、シロエの望みのままに。
彼が焦がれた「自由」に向かって、暗い宇宙を一直線に。
そうして自分は戻れば良かった、「シロエの船を見失った」と偽って。
マザー・イライザに真実を見抜かれたとしても、「大きな失点」になったとしても。
(…サムなら、きっとそうしていたな…)
シロエを見逃し、エリートの道を踏み外しても。
せっかく選ばれたメンバーズの道に、二度と戻れないことになっても。
「サムだったら」と考える度に、自分を責めた。
シロエの船を落とした自分を、「見逃さなかった」愚か者を。
そうやって今も心に刺さったままの棘。
「シロエを殺した」と、「シロエを追ったのが、サムだったなら」と。
何度も考え続けるけれども、シロエは「Mのキャリア」だという。
ならばシロエは「ミュウだった」わけで、自分は「すべきことをした」だけ。
異分子のミュウを「処分した」だけ。
けれど、この手は「シロエを殺した」。
友になれたかもしれないシロエを、彼の船ごと撃ち落として。
いくら繰り返し考えてみても、「正しかった」と思えはしない選択。
シロエがミュウなら、あれで「正解」だったのに。
「Mのキャリアだった」と知った途端に、心が軽くなっただろうに。
なのに心に棘は残って、だから余計に「M」が気になる。
「彼らは、いったい何者なのか」と、「本当に殺すべき存在なのか」と。
これの答えは出るのだろうか、自分は出さねばならないのに。
「ミュウの子供」はいない場所でも、「ミュウ」は必ずいるのだから。
(…サムの仇は、必ず取るが…)
そうしなければ、と思ってはいても、今はまだ弾き出せない答え。
きっと答えは「行けば見付かる」から、ジルベスターへと向かうだけ。
「ミュウは何か」を知るために。
殺すべきなのか、見逃すべきか、それとも他に道があるのか、答えを見付け出すために…。
Mの拠点へ・了
※ジルベスターに向かうキースの胸中、それを書こうと思ったまではいいんですけど。
「凄くいい人」なキースになっちゃったわけで、でも、キースって「いい人」だよね、と。