「ぼくは、ミュウじゃない!」
そう言い放った、怒れるジョミー・マーキス・シン。
誰もが敬うミュウの長など、知ったことかという勢いで。ソルジャー・ブルーに。
「成人検査を邪魔したお前が悪い」と、「お前さえ来なければ、通過していたかもしれない」と睨み付けて。
此処で引いたら後が無いから、と初対面の「ソルジャー」とやらに怒りをぶつけたら…。
「では、どうしたい?」
思いがけずも返った質問、選べるかもしれない今後の進路。「どうしたい?」と言うのだから。
「この勢いなら、言える」と考えたわけで、もう思いっ切り怒鳴ってやった。
「ぼくをアタラクシアに、家に帰せ!」
これでどうだ、と本音で注文、どうせ「駄目だ」と止めるだろうと思ったのに。
「…分かった」
驚いたことに答えは「イエス」で、家に帰して貰えるらしい。
(ラッキー!!!)
当たって砕けた甲斐があった、と喜んだけれど、「じゃあ」と踵を返そうとしたら。
「アタラクシアまでは、リオに送らせるが…。その前に、一つ訊いておきたい」
そう言ったのがソルジャー・ブルーで、何を訊くのかは知らないけれど…。
(…家に帰してくれるんなら…)
こっちも出血大サービスで、真面目に答えてやってもいい。憎たらしいミュウの長が相手でも。
家に帰してくれるんだしね、と浮かべたスマイル。このくらいは、とサービス精神旺盛に。
「訊きたいって、何を?」
「別に大したことじゃない。…好きな花は何かと思ってね」
どういう花が好みだろうか、と斜めなことを口にしたのがソルジャー・ブルー。好きな花の色は何色かだとか、「王道だったら白なんだが」とも。
「えっと…?」
どうして花、と意味が不明でサッパリ謎。何故、王道なら白なのかも。
とはいえ、これが最後のサービス。
シャングリラとかいうミュウの船には今日でオサラバ、二度と戻って来はしない。懐かしい家に帰れるからして、許してくれたソルジャー・ブルーに御礼くらいはすべきだろう。
(年のせいで、ちょっとボケてるとか…?)
花の好みを訊くなんて。…それとも、年寄りだけあって…。
(年寄りっぽく、趣味が園芸だったりする…?)
もうアクティブな趣味は無理だ、と花を育てているだとか。
無理やり拉致った「ミュウではなかった」少年の思い出、そのために何か育てたいとか…?
(そういうことなら…)
答えなくちゃね、と考えたけれど、生憎、ジョミーは根っから「少年」。花を愛する趣味などは無くて、「これが好きだ」という花も無かった。ピンと来るようなものは一つも。
(…第一、花の名前が怪しいってば…)
薔薇とか百合とか、そんなのは分かる。夏にパアアッと咲くヒマワリとかも。
けれど、育ててくれた母がせっせと飾っていた花、それを頭に思い浮かべても…。
(アレって、何の花だったっけ…?)
よく見るんだけど、と馴染んだ花の名前も分からない始末。定番の薔薇とか百合以外には。
そんな具合だから、無いらしいのが「好みの花」。「これが好きだ」という色も。
「…ジョミー?」
遠慮なく言ってくれていいが、と心が広いソルジャー・ブルー。
「この船で調達出来ないようなら、アタラクシアまで人を出すから」などと。
「人を出すって…。なんで其処まで?」
船に無い花なら諦めたら、と半ば呆れた。いくら育ててみたい花でも、無理しなくても、と。
「…ぼくの好みの花だとしたなら、諦めるとも。仲間たちを危険には晒したくない」
しかし…、とソルジャー・ブルーは真顔でのたまった。
「君の弔いとなれば話は別だ」と、「好きな花で送られたいだろう?」と。
「ちょ、弔いって…!?」
何処から葬式、と引っくり返ってしまった声。
自分はこれから家に帰るのだし、葬儀などとは無縁の筈。弔いも、お悔やみも、まるっと全部。
いったいソルジャー・ブルーは何を、とガン見してしまったミュウの長。
(葬式って言うなら、あんたの方が、ぼくより、よっぽど…)
身近で、差し迫った問題だろうが、と言いたい気分。
拉致られる前に見せられた夢で、嫌というほど目にしていた。この年寄りの現状を。
(ぼくはもうすぐ燃え尽きる、って…)
散々アピールしまくっていたのが、寿命が残り少ないこと。
後継者として目を付けられた自分、お蔭で狂ってしまった人生。成人検査を妨害されて。
(…ホントにボケているのかも…)
自分の葬式と、ぼくの葬式がゴッチャになってしまうくらいに…、と憐みの気持ちが少しだけ。恨み骨髄だったけれども、思考のピントが定まらないなら仕方ないよね、と。
(…ぼくを攫ったのも、他の誰かと間違えたのかも…)
そうだとしたなら、気の毒としか言いようがない。
間違えられた「誰か」の方は、成人検査をパスして教育ステーションへと旅立ったのか、または自分がそうなったように、処分の道を歩んだのか。
(…どっちにしたって、このボケた人の後継者には…)
なれないもんね、と同情してしまった、船のミュウたち。
ソルジャー・ブルーがボケていたせいで、期待の星を失ったのなら、無さげな未来。この船も、船で暮らすミュウたちも、いずれ殲滅されるのだろう。…人類軍に。
(……もっと早くに、このソルジャーを……)
退位させるとか、摂政を置くとか、やり方はきっとあった筈。
取り返しのつかないことになるよりも前に。「自分の葬儀と、他人の葬儀」の区別もつかない、頭の中がお花畑な人になる前に。
(…そんなんだから、人類に追われて殺されるんだよ…)
もっとしっかり生きなくちゃ、と喝を入れたくなるミュウたち。
頭がお花畑のソルジャー、そんな人を崇めて生きているようでは滅びるしかない、と。
(…まあ、いいけどね…)
お花畑なことは分かったから、と溜息をついて、放置プレイにしようと決めた。
話していたって噛み合わないから、「帰っていい」と言ってる間に帰ろう、と。
なにしろ相手はボケているから、気が変わったらそれでおしまい。「駄目だ」と方向転換された途端に、船から出られなくなって終わりな結末。
「ぼくの葬式はどうでもいいから、リオを呼んでよ!」
好みの花も特にないし、と凄んでやった。「葬式用の花は適当でいい」と、花輪だろうが、花束だろうが、薔薇でも百合でも、何でもいい、と。
「そう言われても…。ぼくも心が痛むから…」
帰った場合は、君の葬儀は確実だから、と沈痛な顔のソルジャー・ブルー。
「リオは戻って来られるからいいが、君は殺されておしまいだ」と。
「…殺されるって…?」
それは聞き捨てならない話。
いくら相手がボケているにしても、頭がお花畑でも。
どう転がったら、この「ジョミー様」が死亡エンドになると言うのか。アタラクシアに今もある家に帰れば、順風満帆の日々の筈。ミュウの船とは縁が切れるし、成人検査も無事にパスして。
「お花畑でボケているのは、君の方だ。…ジョミー」
ぼくの頭は極めてクリアだ、とソルジャー・ブルーは自分の頭を指差した。
曰く、外見の若さを保っているから、委縮しないのが自慢の脳味噌。姿と同じに若さはMAX、若人たちとも肩を並べるしなやかな思考。
かてて加えて、膨大な量を誇る知識を保管するべく、記憶装置も着けているらしい。次の世代が困らないよう、直ぐに知識を引き出せるように。
(…ヘッドフォンじゃなかったんだ、アレ…)
補聴器で記憶装置なのか、と見詰めた頭に載っているモノ。
そこまで言うなら、ボケてはいないのかもしれない。だったら、彼が言う通り…。
(…ぼくがボケてるわけ?)
どの辺が、と目を瞬かせていたら、ソルジャー・ブルーは、憐みをこめてこう言った。
「君の処分は、とうに決まっている筈だが」と、「撃たれたことを、もう忘れたのか?」と。
指摘されたら、鮮明に蘇って来た記憶。ドリームワールドで何が起こったか。
(不適格者として処分する、って…)
問答無用で撃たれた所を、小型艇で来たリオに救われた。走って逃げて、船に飛び乗って。
つまり自分は、立派にブラックリスト入り。
(頭の中がお花畑な、ソルジャー・ブルーが悪いんです、って…)
ボケたソルジャーのせいにしてみても、誰も聞く耳を持たないだろう。ミュウに救われて逃げた人間、そんな輩の言うことは。…かなり経ってから、ノコノコ戻った子供なんかの言い訳などは。
(…見付かった途端に処分されるとか…?)
撃たれてそれでおしまいだとか、と怖い考えになった所へ、ソルジャー・ブルーの声がした。
「処分されれば、一瞬で済むが…。楽には死ねないかもしれない」
「それって、何!?」
楽に死ねないとは何事だろうか、何が起こると言うのだろうか…?
「…ミュウに拉致された人間が無事に戻って来たのだ。普通は、誰でも怪しむだろう」
何らかの取引をして逃がして貰ったのでは…、と機械も人類も考える、と冷静な読み。
いわゆるスパイで、ミュウに洗脳されて来たとか、極秘の任務を任されて地上に戻っだだとか。
「そ、そんな…! ぼくは人間で、ミュウのスパイなんかじゃ…!」
「君がそう言っても、誰が信じる? まあ、ぼくはどうでもいいんだが…」
帰りたまえ、とソルジャー・ブルーはクルリと背中を向けた。それは素っ気なく。
「弔いの花の希望が特に無いなら、こちらで適当に選ばせて貰う」と。
「死んだと聞いたら、有志の者と内輪で葬式くらいは」とも。
遺体は無しの葬儀だけれども、「して貰えないよりはマシだろう?」などと、スッパリと。
(…う、嘘……!)
嘘だ、と叫びたい気分になっても、どう聞いたって、それが正論。
ソルジャー・ブルーは極めて正気で、思考は至ってクリアなもの。ボケて頭がお花畑で、自分に都合のいいことばかりを考えるのは…。
(……もしかしなくても、ぼくなんだよね?)
そして、帰ったらその場で処分、と思い知らされた自分の立場。
葬式用の花を注文してから帰るのが似合いで、もう間違いなく死体は無しで葬式だから。
(…ソルジャー・ブルー…)
今はあなたを信じます、とジョミーは宗旨替えをした。
「家に帰せ!」は死亡フラグで、そうした時には確実に死ぬと知ったから。
これからも生きてゆきたかったら、「ぼくはミュウじゃない」と思ってはいても…。
(…流れに任せて、ソルジャーを継いで…)
このシャングリラで暮らすしかない、と決心をした模範囚。
かくしてジョミーは今日も頑張る、ミュウの自覚はまるで無いまま、ソルジャー候補の訓練を。
ソルジャー・ブルーの後継者として、ギッシリ詰まった訓練メニューや講義などを。
(……家に帰ったら、その日が命日……)
そうでなければスパイ容疑で、拷問の日々が待っている。
死ぬのも拷問も御免なのだし、同じ囚われの身になるのなら…。
(この船の方が、よっぽどマシ…)
拷問と死亡エンドだけは絶対、此処には無いんだから、と努力を重ねて精進あるのみ。
「ぼくはミュウじゃない」と思っていても。
自覚はまるでナッシングでも、死亡エンドや拷問よりかは、今の方がずっとマシなのだから…。
お好みの花は・了
※ジョミーを家に帰したソルジャー・ブルーも大概だけれど、帰るジョミーもアレだよね、と。
普通は「処分」を恐れないか、と思ったトコから出来たお話。…こう脅されたら帰れない。