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カテゴリー「地球へ…」の記事一覧

「チョロイね。シークレットゾーンのくせに」
 ぼくにかかれば簡単なこと、とシロエが足を踏み入れた部屋。
 E-1077のフロア001、此処にキースの秘密がある筈。
 マザー・イライザのメモリーバンクから盗んだ情報、ME5051C。
 無機質な記号、どうやら、それがキースのことらしいから。
 「キース・アニアン」という名前ではなくて、「ME5051C」と呼ばれるモノ。
 やっと見付けたと躍った心。
 機械の申し子、キースはまさにその名の通りだったから。
 フロア001から作り出される、マザー・イライザの人形そのもの。
 だから確かめにやって来た。
 キースにも真実を見せてやろうと、撮影用のカメラも準備して。
(…アンドロイドの製造室…)
 そういう部屋だと思った場所。
 フロア001でパーツを作って、組み立てるのだと。
 其処にあるのは、精巧な人形を作り上げるための設備だろうと。
 なのに…。
(…これは…?)
 打ち捨てられた部屋かと思った、暗い空間。
 ほのかに青く発光している、何かが入ったガラスケースたち。
(…何なんだ、此処は?)
 見上げた頭上のガラスケース。それは小さめで、奥へゆくほど大きなケース。
 天井ではなくて壁際に並ぶ、幾つものガラスケースの中には…。


 まさか、と思わず見開いた瞳。
 頭上のケースに入っているモノ、それは機械のパーツではなくて。
(……胎児……)
 明らかに人間だと分かる物体、人工子宮で育てられるモノ。
 生育過程を示すかのように、尾のあるモノから尾が消えたモノまで。
 胎児はともかく、其処よりも奥に並んでいるモノ。
(…キース・アニアン…)
 それともME5051Cと呼ぶべきだろうか、彼は此処から生まれたから。
 とうに呼吸を止めている標本、その顔はキースそのものだから。
(機械じゃなかった…)
 幼児から今のキースに瓜二つのモノまで、並んだ標本。
 こういうモノが存在するなら、キースはアンドロイドではない。
 機械仕掛けの人形どころか、もっと精巧だろう物体。
 人間と全く同じ身体で、血だってきっと流れている。
 此処にあるような、標本になっていないなら。
 呼吸して動き回っているなら、キースは人間なのだろう。
 ME5051Cだとしても。
 此処で生まれて、ガラスケースで育ったとしても。
(これがME5051C…)
 ならば、向かい側に並ぶケースは何だろう?
 キースと同じにME5051Cの筈だけれども、そちらは女性。
 二体あるとは思わなかった、とME5051Cを眺める。
 これらはいったい何だろうかと、どういう理由で此処にあるのかと。


 機械だとばかり思っていたから、まるで予想もしなかった胎児。
 その胎児から育つ物体、それがME5051C。
 男だったら、キースになる。
 女性の場合はなんと名付けるのか、全くの謎。
(ステーションでは見掛けない顔…)
 こんな顔をした女性は知らない。
 標本の女性は長い髪だけれど、それをショートに切ってあっても…。
(同じ顔がいれば分かる筈…)
 現にキースに育つ物体、そちらの髪も長いから。
 身長と同じくらいに伸びているから。
 ME5051Cは二種類、男性と女性。
 男性の方はキースだけれども、女性の方は見たことが無い。
 とうに育ってステーションから出て行ったのか、それとも完成していないのか。
(どっちなんだ…?)
 首を捻っても、標本だけでは分からない。
 それに、ME5051C。
 どうやってこれを作り出すのかも、どういう生まれのモノなのかも。
(…多分、クローンだ…)
 男性も女性も、どちらも同じ顔ばかりだから。
 胎児の間は顔の区別もつかないけれども、育ち始めたらハッキリと分かる。
 幼い顔立ちか、もっと大きく育っているかの違いだけ。
 男性の顔は全部キースで、女性の方も同じ顔立ちばかり。
 つまりはクローンなのだろう。
 最初の一体を写し取っては、次のを作ってゆく仕組み。
 そっくり同じなDNAを持つ、男性と、それに女性とを。


 やっと分かったキースの正体。ME5051Cの名を持つ物体。
(…最初の一体が鍵なんだ、きっと)
 恐らく最高に優秀な人間、マザー・イライザが選んだのだろう組み合わせ。
 本来はランダムに行われる筈の、卵子と精子の交配過程で。
 これだと見込んだ卵子を一つ。
 精子も特別に優れたものを。
 きっと機械なら、把握しているだろうから。
 無限大とも言える卵子と精子のデータの全てを、それが育ったらどうなるかを。
(とても優秀になる筈のモノ…)
 男性も女性も、他とは比較にならない能力を持っている筈のモノ。
 最初の一体をそうやって作り、後はコピーを作ってゆくだけ。
 全く同じ遺伝子データのクローンたちを。
 此処のガラスケースの中で育てて、何らかの方法で施す教育。
 キースは此処から作り出された。
 ランダムに交配するのではなくて、明らかな意図で為された交配。
 こうなるだろうと、こう育つと。
(マザー・イライザの最高傑作…)
 それがキースと呼ばれる人間。
 フロア001で作られ、ステーションへと送り出された。
 本当の名前はME5051Cなのに。
 此処で作られたクローンの一つで、申し分なく育った一体。
 だからキースは世に出て来た。
 標本にならずに、候補生として。
 将来を嘱望されるエリート、マザー・イライザが自ら育てた傑作として。


(…せっかくだから…)
 データの方も見せて貰おう、とコントロールユニットに繋いだケーブル。
 どういう卵子と精子を使って、ME5051Cを作ったか。
 その卵子たちは、他の人間を生み出すためにも使われているモノなのか。
(交配はあくまでランダムな筈…)
 けれども、マザー・イライザがこだわるからには、選り抜きの卵子と精子がある筈。
 優秀だからと選び出された、ME5051Cを生み出す卵子と精子。
 最初の一体はどう作ったのか、この世界にはME5051Cの兄弟たちもいるのか、と。
 単純に知りたかっただけ。
 キースの「兄弟」や「姉妹」はいるのか、いたのか。
 過去には何人もいた筈だけれど、これから先も生まれるのかと。
 優秀な卵子と精子が残っているのなら。
 普通の人間を生み出すためにと、交配システムに戻されたなら。
(…ぼくがキースの兄弟だったら、最悪だけどね…)
 その可能性もゼロとは言えない。
 卵子か精子か、どちらかがキースと同じだったというケース。
(それだけは勘弁願いたいね)
 キースの情報を抜き取ったならば、簡単に調べがつくだろう。
 自分を生み出した卵子と精子のデータの方も、きっとハッキング出来るから。
(あいつと兄弟だったら最悪…)
 もしもそうだと答えが出たなら、自業自得というものだけれど。
 自分の墓穴を掘るわけだけれど、此処まで入り込んだ以上は、土産にデータ。
 キースは、ME5051Cはどう生まれたか。
 ズラリと並んだ標本たちの、最初の一体はどう作ったのか。


 そう考えただけだったのに。
 興味本位でデータを取ろうとしただけなのに…。
(……そんなことが……)
 愕然と見詰めた、ME5051Cに関するデータ。
 卵子も精子も、提供されてはいなかった。
 マザー・イライザは何も交配しはしなかった。
(…本当に人形だったんだ…)
 正真正銘、マザー・イライザが作った人形。それがME5051C。
 三十億もの塩基対を繋ぎ、DNAという鎖を紡ぐ。
 キースは無から生まれたモノ。
 対になるのだろう女性体の方も、全くの無から作られたモノ。
 どちらにもいない、兄弟たち。いたことすらない、兄弟や姉妹。
 卵子も精子も無いのでは。
 それを提供した、人間すらも存在しないのでは。
(人間でさえもなかったなんてね…)
 機械が無から作ったモノ。
 何度もコピーし、作り続けて、最高傑作としてケースから送り出したキース。
 本当の名前はME5051C、その後に続く記号は作り出された順を示しているもの。
(…これがぼくなら…)
 どうするだろうか、人でさえもないと知ったなら。
 自分は無から作られたのだと、人形だったと知らされたなら。
(…アンドロイドでした、というのも衝撃だけど…)
 こっちの方がもっと酷い、と見回したフロア001。
 人間なのに、人ではないから。
 その肉体は人間なのに、作り出された人形だから。


 きっとガラガラと崩れるだろう存在意義。
 人ですらないと言われたら。
 無から生まれた人形なのだと、恐ろしい真実を突き付けられたら。
(…きっと、キースでも…)
 その衝撃には耐えられないに違いない。
 泣き叫ぶのか、狂ったように笑い続けるのか、声も失くして崩れ落ちるか。
 マザー・イライザの、機械の申し子。
 本当にそうだと知らされたならば、キースはいったいどうするのだろう?
(…楽しみだね…)
 思った以上の収穫があった、と取り出したカメラ。
 これを撮影して、キースに見せる。
 その瞬間のキースの顔を思うと、もう可笑しくてたまらない。
「見てますか、キース・アニアン。此処が何処だか分かります?」
 …フロア001。あなたの「ゆりかご」ですよ。
 そういう言葉で始めた撮影。
(ゆりかご、ね…)
 自分でも言い得て妙だと思う。
 本物の人間の赤ん坊なら、ゆりかごの中で育つのに。
 母の手で優しく揺すって貰って、成長してゆくものなのに。
 キースには無かった、本物のゆりかご。
 見るがいい、と回してゆくカメラ。
 これがお前の正体だ、と。
 マザー・イライザが作ったのだと、真実を知って心ごと壊れてしまうがいいと…。

 

        見付けた真実・了

※何の説明もなくフロア001の中身を知ったら、クローンだと思うのが普通だよな、と。
 シロエにガイドはいなかったしね、とお得意のハッキングをして貰いました~。





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(思った以上の結末だ…)
 醜悪だな、とキースが歪めた唇。
 こんな代物が存在するとは、これが自分の「ゆりかご」だとは。
 とうの昔に廃校になった、ステーションE-1077。
 処分して来るよう、グランド・マザーに命じられた場所。
 過去が眠る墓場。
 その命令が下るよりも前、偶然、手にしたメッセージ。
 長い歳月を越えて再び、現れたピーターパンの本。
 あちこち擦り切れ、破れてはいても、一目で「あれだ」と分かる一冊。
 かつてシロエが持っていた本、とても大切にしていた本。
 それは宇宙で見付かったという、自分がシロエの船を撃墜した後に。
 何故か上層部の監視を免れ、回収されて、今頃になって現れた。
(……シロエ……)
 表紙の内側、シロエが書いた本の持ち主の名前。「セキ・レイ・シロエ」と。
 触れようとしたら、下にチップが隠されていた。
 シロエが残したメッセージ。
 きっと自分の手に渡ると信じて、勝ち誇ったように。
 「見てますか、キース・アニアン」と。
 「此処が何処だか分かります?」と。


(フロア001…)
 あなたの「ゆりかご」ですよ、とシロエは嗤った。
 遠く遥かな時の彼方で、今も少年のままの姿で。
 なんという皮肉な時の悪戯か、少年のままで現れたシロエ。
 遠い日にサムが口にしたように。
 ジョミーと名乗ったミュウの長の少年、彼の姿は昔のままだと。
 あの時は知らなかったけれども、シロエもミュウの少年だった。
 もしも彼がまだ生きていたなら、あのままの姿だったのだろうか。
 シロエの船を撃たなかったら。
 …ステーションの近くにいたという鯨、ミュウの船がシロエを救っていたら。
 そんなことさえ考えてしまう、この現実を突き付けられたら。
 シロエはとうに目にしていたのに、自分は今日まで知らなかったモノ。
(…ミュウの女と…)
 そして私か、と溜息しか出ない標本たち。
 順に並んだ水槽の中に、ほんの幼子から大人まで。
 自分そっくりのモノが浮いている、命は抜けてしまったものが。
 標本になるまでは生きていたであろう、その時の姿を留めたモノが。


 不意に戻って来た記憶。
 水の壁の向こう、自分を見ていた研究者たち。
 ならば自分も此処に居たのか、並ぶ水槽の中の一つに。
 標本にならずに済んだだけなのか、運良く選ばれた一体として。
「ゆりかごか…。そうか、此処か」
 フッと零れてしまった笑い。
 予想以上に醜い「ゆりかご」、標本だったかもしれない自分。
 そっくりの顔が中にあるから。
 今の自分よりかは若いけれども、それは自分の顔だったから。
 たまたま選ばれただけの一体、水槽から出されて育ったモノ。
 それが自分で、これが「ゆりかご」。
 幾つも並んだ水槽の一つ、其処で自分は育ったのだろう。
 シロエが自分を嘲笑ったのも無理はない。
 どうやら自分は、人間でさえもなさそうだから。
 もしも普通の人間だったら、こんな風には育てないから。
 シロエが言った通りに人形、マザー・イライザが作った人形。


 どうやってこれを創り上げたか、想像はつく、と考えた時。
 姿を現したマザー・イライザ、彼女は誇らしげに告げた。
 三十億もの塩基対を合成し、DNAという鎖を紡ぐ。
 全くの無から創り出された、完全なる生命体なのだと。
 サンプル以外は処分したとも、事も無げに。
(…サムも、スウェナも…)
 ジョミー・マーキス・シンとの接触があった者たちだったから、選ばれた。
 自分の友になるように。
 サムと二人で救出に向かった事故でさえもが、マザー・イライザの差し金だという。
 ミュウ因子を持っていたシロエとの出会い、それにシロエを処分させたことも…。
(全ては私を…)
 育てるためのプログラムだった。
 サムもスウェナも、シロエも機械の都合で集められ、そしてシロエは…。
(…無駄死にだった…)
 そうだったのだ、と震える拳。
 マザー・イライザは自分を「理想の子」と呼ぶけれども、標本たちと何処も変わらない。
 どう違うのかと叫びたいくらい、どれも見分けがつかないのだから。
(こんなモノが…)
 水槽の中に浮かぶ標本、醜悪としか言えない光景。
 自分もその中の一つに過ぎない、たまたま選び出されただけ。
 プログラム通りに育てられただけ、それが成功したというだけ。
(……シロエ……)
 握り締めた拳が震えるのが分かる。
 彼は本当に無駄死にだった、と。


 シロエが秘密を探り当てた時、あのメッセージを残した時。
 追われていたシロエを匿ったから、彼の口から直接聞いた。
 「忘れるな」と、「フロア001」と。
 其処へ行けと叫んでいたシロエ。
 踏み込んで来た警備兵たちに意識を奪われ、連れ去られるまで。
 それから何度試みたことか、フロア001へ行こうと。
 マザー・イライザにも問いを投げ掛けた、其処には何があるのかと。
 けれども、謎は解けずに終わった。
 見えない何かに阻まれるように、開かれないままで終わった道。
 フロア001には近付けないまま、卒業となって送り出された。ステーションから。
 マザー・イライザからも何も聞けずに、閉ざされてしまったシロエに教えられた場所。
(…あのメッセージは受け取ったが…)
 あまりにも時が経ち過ぎていた。
 シロエが其処で何を見たのか、撮影していた動画の中身。
 肝心の画像は劣化していて、何があるのか分からないまま。
 「ゆりかご」とは何のことだろうか、と考えていた所へ命じられた任務。
 E-1077を処分して来いと、「あの実験はもう不要だから」と。


 実験と聞いて想像して来た、様々な答え。
 遺伝子レベルで何かしたかと、DNAを弄りでもしたかと考えたけれど。
(…無から創った…)
 シロエはそれも知っていたろう、此処へ侵入したのだから。
 必要なデータは見ただろうから、その上で嘲笑していたのだろう。
 お人形だと、マザー・イライザが作ったのだと。
 それを自分がもっと早くに知っていたなら…。
(…………)
 様々なことが変わったのだろう、シロエが意図していたよりも、ずっと。
 違う生き方をしたことだろう、大人しくシステムに従う代わりに。
(…しかし、もう…)
 後戻り出来ない所まで来た、前へ進むしかない所まで。
 今さら後へ戻れはしなくて、ただがむしゃらに進むしかない。
 歩いてゆく先が何処であっても、システムと共に滅ぶ道でも。
 ミュウと戦い、滅びるとしても、もう後戻りは許されていない。
 そのように歩いて来てしまったから。
 マザー・イライザのプログラム通りに、自分は作り上げられたから。


 シロエは全てを見たというのに、命を懸けて伝えたのに。
(フロア001…)
 此処へ行くよう言ってくれたのに、彼は本当に無駄死にだった。
 このフロアへと続く扉は、時が来るまで開かれないから。
 どんなに行こうと試みてみても、無駄だった理由を今、知ったから。
 全ては機械が仕組んだこと。
 今日まで自分に知らせないよう、「理想の子」とやらが出来上がるよう。
 シロエは秘密を盗み出したのに、それを生かせはしなかった。
 命を懸けて盗んだ秘密を、自分に伝えようと叫んでいたフロア001のことを。
 機械の方が上だったから。
 時が来るまで明かすべきではないと決めたら、とことん隠し通すのだから。
(シロエを私に接触させて…)
 心の中に入り込ませて、その上で消させるプログラム。
 一番最初に殺さなければならない人間、それが無名の兵士などではないように。
 後々まで記憶に残る人間、そういう者をこの手で殺させるように。
 きっとシロエはうってつけだった、ミュウ因子を持っていたせいで。
 システムに反抗的な所も、負けん気の強さも、何もかもが。


(……シロエ……)
 彼にレクイエムを捧げてやろうと、そのつもりで此処へ来たけれど。
 なんと罪深いものだったことか、自分という醜い存在は。
 人間ですらもなかったモノは。
 シロエとの出会いは、彼が乗った船を撃ち落としたことは、成長のためのプログラム。
 この醜悪な標本の群れと、自分は何も変わらないのに。
 たまたま選ばれた一体だったというだけなのに。
(…私は…)
 なんと詫びればいいと言うのか、無駄死にになってしまったシロエに。
 彼の船を撃つよう命じられた時、見逃しもせずに撃ち落とした自分。
(こんなモノのせいで…)
 これがシロエを殺したも同じ、と操作してゆく「ゆりかご」を維持するコントロールユニット。
 幸いなことに、これは任務だから。
 堂々と全て消せるのだから。
 せめてシロエに捧げてやりたい、標本どもが消えてゆく様を。
 マザー・イライザが上げる悲鳴を、いずれ断末魔へと変わるだろうそれを。
 これがシロエへのレクイエム。
 彼の命を弄んだ者を、自分はけして許しはしない。
 シロエは、多分、友だったから。
 一つ違ったなら、シロエとも多分、友人になれていただろうから…。

 

        ゆりかごのレクイエム・了

※この時点まで、キースはフロア001に行けないんだな、と受け取れるのがアニテラ。
 だったらシロエは無駄死にじゃないか、とキースでなくても思いますよねえ…?





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(二つ目の角を右へ曲がって…)
 後は朝まで、ずうっと真っ直ぐ。
 そうすれば行ける筈なのに、とシロエが広げるピーターパンの本。
 ネバーランドに行くための方法はこう、と。
 いつか行けると信じていた。
 きっと行けると、自分もネバーランドへ行くのだと。
 ピーターパンが来てくれたら。
 空を飛んでゆこうと、子供たちが暮らす楽園へと。
 けれど、来てくれなかった迎え。
 代わりに此処へと送り込まれた、監獄のような教育ステーションへ。
 その上、機械に奪われた記憶。
 ネバーランドへ行く方法ならば、本に書かれているけれど。
 二つ目の角を右へ曲がって、後は朝までずうっと真っ直ぐ。
 そうすれば辿り着けるのだけれど、忘れてしまった家への道。
 両親と一緒に暮らしていた家、其処へ帰るにはどうすればいいか。
 どの角を曲がって行けばいいのか、幾つ目の角を曲がるのか。
 右に曲がるのか、左に曲がるか、それさえも思い出せない自分。
 後は真っ直ぐ行けばいいのか、もう一度、角を曲がるのかさえも。
(…それに、ネバーランド…)
 このステーションからは旅立てない。
 本に書かれた方法では。
 此処には朝が来ないから。
 本物の朝日は、此処では昇って来はしない。
 それに、ずうっと真っ直ぐ歩きたくても、ステーションは弧を描いているから。


 辛いけれども、これが現実。
 どんなに行こうと努力してみても、開かないネバーランドへの道。
 おまけに家にも帰れない自分、ピーターパンの本を開けば零れる涙。
 空を飛べたらいいのに、と。
 ネバーランドにも行きたいけれども、その前に家へ。
 ちょっと寄ってから、飛んで行きたい。
 幼い頃から憧れた国へ、ピーターパンと一緒に空に舞い上がって。
(パパとママに会って、話をして…)
 ネバーランドに行きたいよ、と見詰めるピーターパンの本。
 この本は此処へ持って来られたのに、故郷に落として来てしまった記憶。
 育った家も、両親だって。
 全部、落として失くしてしまった。
 頭の中身を、機械にすっかり掻き回されて。
 いいように記憶を消されてしまって、思い出せないことが山ほど。
(だけど…)
 忘れなかった、と読み直すネバーランドへの行き方。
 この本のお蔭で忘れなかったと、ネバーランドを夢見たことも、と。


 此処で暮らす内に気付いたこと。
 誰もが忘れているらしいこと、子供時代に描いた夢。
 何処へ行こうと夢を見たのか、何になりたいと思っていたか。
(…みんな、忘れてしまってる…)
 そして夢見るのは、地球へ行くこと。
 いい成績を収めてメンバーズになること、誰もが同じ夢を見ている。
 その道に向かって走り続ける、此処へ来た皆は。
 エリート候補生のためのステーション、E-1077に来た者たちは。
(地球へ行くことと、メンバーズと…)
 どうやら他には無いらしい夢。
 ネバーランドに行こうと夢見る者も無ければ、家に帰りたい者だっていない。
 機械に飼い慣らされてしまって。
 そうなる前でも、夢も、記憶も機械に消されて失くしてしまって。
(でも、ぼくは…)
 忘れないままで、今でも夢を見続けている。
 いつか行きたいと、ネバーランドに続く道を。
 ピーターパンと一緒に空を飛ぶことを、家に帰ってゆくことを。
 両親に会って、色々話して、それから飛んでゆく大空。
 二つ目の角を右へ曲がって、後は朝までずうっと真っ直ぐ。
 そうすれば行けるネバーランドへ、幼い頃から夢に見た国へ。


 忘れなかったこと、それこそが奇跡。
 それに唯一の希望だと思う、自分はきっと選ばれた子供。
 ネバーランドに行ける子供で、ピーターパンが迎えに来る子。
 そうでなければ、このシステムを変えるためにと生み出された子供。
 機械が統治する歪んだ世界。
 子供から家を、親を取り上げてしまう世界。
 それを正せと、元に戻せと、神は自分を創ったのだろう。
 人工子宮から生まれた子供でも、きっと神の手が働いて。
 世界は本来こうあるべきだと、何度も繰り返し教え続けて。
(…みんなが夢を忘れない世界…)
 子供が子供でいられる世界。
 自分はそれを作らなければ、メンバーズになって、もっと偉くなって。
 ただがむしゃらに出世し続けて、今は空席の国家主席に。
 いつか自分がトップに立ったら、このシステムを変えられるから。
 機械に「止まれ」と命令することも、「記憶を返せ」と命じることも。
 その日を目指して努力することは、少しも苦ではないけれど。
 頑張らなければ、と思うけれども、帰りたい家。
 それに、行きたいネバーランド。
 ピーターパンと一緒に空を飛んで行って、家へ、それからネバーランドへ。


(忘れなかったら…)
 行けるのかな、とピーターパンの本の表紙を眺める。
 ピーターパンと一緒に空を飛ぶ子たち、この子たちのように飛べるだろうか、と。
 子供の心を忘れなかったら、夢を手放さなかったら。
 しっかりと抱いて生きていたなら、いつか迎えが来るのだろうか。
 国家主席への道を歩む代わりに、今も夢見るネバーランドへ。
 子供が子供でいられる世界へ、今からでも飛んでゆけるだろうか。
(…ずっと昔は…)
 ピーターパンの本が書かれた頃には、何処にも無かった成人検査。
 人は誰でも、子供の心を失くさずに育ってゆけたのだろう。
 だからピーターパンの本が書かれて、ネバーランドへの行き方も残っているのだろう。
 この本を書いた人は、きっと大人になっても、ネバーランドへ飛べたのだろう。
 ピーターパンと一緒に空に舞い上がって。
 ネバーランドへはこう行くのだった、と確認しながら旅を続けて。
 二つ目の角を右へ曲がって、後は朝までずうっと真っ直ぐ。
 そう道標を書いて残して、次の時代の子供たちへ、と。
(ぼくは、メッセージを貰えたんだ…)
 遠く遥かな時の彼方で、ピーターパンの本を書いた人から。
 それに、神から。
 子供たちを其処へ連れて行くよう、子供が子供でいられる世界を作るようにと。


(ぼくも行きたいな…)
 ネバーランド、と思うから。
 自分だって飛んでゆきたいから。
 国家主席への道を歩むにしたって、一度は其処へ飛んで行きたい。
 子供の心を忘れずに持ったままでいるから、ピーターパンのことも忘れないから。
 そうして生きていったなら、きっと…。
(…ピーターパンが来てくれるよね…?)
 このステーションにいる間だろうが、メンバーズになった後だろうが。
 子供の心を失くさなければ、家へ帰りたい気持ちや、幼い頃からの夢を決して忘れなければ。
(……ピーターパン……)
 待っているから、と抱き締めたピーターパンの本。
 ぼくはいつまでも待っているからと、ネバーランドへ連れて行って、と。
 その時は少し寄り道をしてと、ママとパパに会って、話をしてから行きたいから、と…。

 

         忘れなかった夢・了

※きっとシロエは、ネバーランドにも行きたかった筈。家に帰りたいのと同じくらいに。
 あの時代だと消されていそうな子供時代の夢。覚えているだけで、充分、特別。





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「違う、ぼくは…!」
 叫んだ声で目が覚めた。真っ暗な部屋で。
(夢…)
 またあの夢だ、と肩を震わせたマツカ。
 こちらを見詰めている瞳。
 青い光の中、射すくめるように。
 相手は何も言いはしないのに、その声が心を貫いてゆく。
 「裏切り者」と、「恥知らずが」と。
 だから「違う」と叫んでいた。ぼくは違う、と。
 けれど、こうして飛び起きてみたら、心の奥から湧き上がる疑問。
 本当に違うのだろうかと。
 あの夢の中で聞こえた声こそ、真実なのではないだろうかと。
(…裏切り者…)
 多分、本当はそうなのだろう。
 キースが前に告げたこと。「お前と同じ化け物だ」と。
 ジルベスター・セブンに潜んでいたもの、それは自分と同じなのだと。
(ぼくが殺した…)
 そう、殺させたようなもの。
 あの星からキースを救い出したから、ジルベスター・セブンは滅ぼされた。
 メギドに砕かれ、あの星にいた者たちも。
 自分と同じ仲間を殺した、その手伝いをしてしまった。
(……知っていたのに……)
 同じものだと。自分と同じ存在なのだと。


 あれから何度、夢を見たろうか。
 夢の中で自分を見詰めてくるのは、いつも、いつだって赤い瞳で。
 それも片方の瞳だけ。
 もう片方は失われていて、閉じた瞼の下だったから。
(…ソルジャー・ブルー…)
 あの時、自分は間違えたろうか。
 キースを助けに駆け込んで行った、青い光が溢れていた部屋。
 退避勧告が出ていたメギドの制御室。
 其処で目にした、ソルジャー・ブルー。
 キースの銃口の向こうにいた者、それが誰かは分かっていた。
 皆が噂をしていたから。
 伝説と言われたタイプ・ブルー・オリジン、ミュウの長だと。
 ミュウの長なら、自分の仲間。
(…ぼくが助けるのは、キースじゃなくて…)
 ソルジャー・ブルーだっただろうか、あの場に居合わせたのならば。
 彼を救って、何処からか船を奪って逃げる。
 それが取るべき道だったろうか、自分も同じミュウならば。
(…でも、ぼくは…)
 考えさえもしなかった。
 救いたかったのは、ただ一人だけ。
 キースだったから、懸命に「飛んだ」。
 まさか出来るとは思いもしなかった、空間を一気に飛び越えること。
 そしてキースを救ったけれども、それは間違いだっただろうか。


(……分からない……)
 誰もぼくには教えてくれない、と膝を抱えたベッドの上。
 あの日、目にしたソルジャー・ブルー。
 片方だけだった赤い瞳が、いつも自分を見詰めてくる。
 青い夢の中で。
 今夜のように責める日もあれば、蔑むように見ている時も。
 憐れみに満ちた瞳の時も、ただ悲しみに濡れている時も。
 夢に出て来た瞳に合わせて、声なき声もまた変わる。
 「可哀相に」と言われる夜やら、「それでいいのか?」と問われる夜や。
 だから自分でも分からない。
 どれが本当の声なのか。
 ソルジャー・ブルーの声は一度も聞いていないし、思念も受けていないから。
(…あの人は、ぼくに…)
 何を言おうとしていただろうか、自分が見たのは驚きに満ちていた瞳。
 ただそれだけで、彼が自分をミュウだと知ったか、そうでないかも分からないけれど。
(…気付かなかった筈がないんだ…)
 皆が噂をしている通りの存在ならば。
 たった一人でメギドを沈めた、あれだけの力の持ち主ならば。
 彼は自分をミュウだと見抜いて、あの時、何を思ったろうか。
 キースを救って逃げ出したミュウに、敵の船に乗っていたミュウに。
(ぼくの心を…)
 読んだだろうか、ソルジャー・ブルーは。
 自分自身でも気付かないほど、奥の奥まで読まれたろうか。


 だとしたら、とても恐ろしいけれど。
 怖くて震えが止まらないけれど、ソルジャー・ブルーが怖いけれども。
 それと同時に、彼に訊きたい。
 自分は裏切り者なのか。
 それとも、ただの腰抜けなのか。
(…ぼくは、いったい…)
 何なのだろうか、こうして此処にいるけれど。
 ミュウを滅ぼす側にいるけれど、キースに仕えているのだけれど。
(…あの瞳…)
 ソルジャー・ブルーは何を見たのか、自分の中に。
 「可哀相に」と夢で自分を見詰めてくる時、赤い瞳の奥に見えるもの。
 憐れみと同時に深い悲しみ、それから包み込むような思い。
 「独りぼっちで可哀相に」と、「本当に後悔していないのか」と。
(…後悔だったら…)
 何度でもした、ジルベスター・セブンが砕かれてから。
 赤い瞳を夢に見る度、何度も何度も、自分を責めた。
 裏切り者だと、「ぼくのせいだ」と。
 仲間たちを殺す手伝いをしたと、きっと地獄に落ちるのだと。
 けれど、同時に思うこと。
(…キースを助けたことだって…)
 後悔などはしていない。
 だから何度も夢にうなされ、こうして飛び起きる羽目になる。
 自分でも答えが出せないから。
 裏切り者なのか、そうでないのか、今も自分が分からないから。


 あの赤い瞳、片方だけだった瞳の奥。
 彼が自分に何を思ったか、それが分かればいいのにと思う。
 蔑みだったか、憐れみだったか、裏切り者への強い憎しみか。
(…でも、どれも…)
 違う、と心が訴えてくる。
 自分が出会った瞳は違うと、夢のそれとは違っていたと。
 ただ、驚いていただけだから。
 「どうしてミュウが」と、彼は自分を見ていたから。
 ソルジャー・ブルーは気付いていたのに、知っていたのに、黙って逝った。
 「裏切り者」と責めもしないで、「逃げるな」と自分を止めもしないで。
 キースの代わりに自分を救えと、命じることさえしようともせずに。
(…あの人は、ぼくに…)
 何かを期待したのだろうか、と思う度にゾクリと冷えてゆく身体。
 彼は自分に託したのかと、「其処にいるならミュウを頼む」と。
 滅ぼす側にいるのだったら、何か手立てがあるだろうと。
 滅びの道からミュウを救えと、そちら側から手を差し伸べろと。
 ミュウを生かせと、ミュウの未来をと。
(……そんなこと、ぼくに……)
 出来る筈がない、と思うけれども、赤い瞳に捕まったから。
 夢の中まで追ってくるから、きっと一生、後悔の中で生きてゆくしかないのだろう。
(…ぼくには、ミュウをどうすることも…)
 出来やしない、と零れる涙。
 あの瞳でいくら見詰められても、どんな思いを託されても。
 彼の思いには応えられない、ソルジャー・ブルーが、そのために自分を行かせたとしても。
 キースを救って逃げる自分を見送っていても。
 自分はただの腰抜けだから。
 キースの後ろについてゆくだけの、臆病な裏切り者なのだから…。

 

        夢の中の瞳・了

※マツカはブルーに会ってるんだな、と思ったばかりにこうなったオチ。
 ブルーの側から書いたことならあったけれども、マツカから見たら怖いよね、ブルー…。






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「停船しろ。…シロエ…!」
 どうか、と祈るような気持ちで口にしたけれど。
 止まってくれ、と叫び出したいけれど。
(マザー・イライザ…)
 撃ちなさい、と冷たく告げて来た声。
 それに逆らえない自分が悔しい、どうして逆らえないのかと。
 何故、とキースは唇を噛む。
 もしも自分に、シロエの強さがあったなら。
 マザー・イライザに、システムに逆らい続けた、彼の強さがあったなら、と。
 けれど出来ない、どういうわけだか。
 けして弱くはない筈なのに。
 気弱でも、腰抜けでもない筈なのに。
 「停船しろ」と願うより他に道の無い自分。
 シロエの船がこのまま飛んでゆくなら、本当に撃つしかないのだから。
 左手の親指で合わせた照準、シロエの船はロックオンされているのだから。


 どうして自分がそれをするのか、そうするより他に術が無いのか。
 自分でもまるで分からないけれど、メンバーズはそうあるべきなのだろうか。
 マザー・イライザが「撃て」と言うなら、そのように。
 自分の心が「否」と叫んでも、撃つのが自分の道なのだろうか。
(シロエ…!)
 どうしようもないと分かっているから、願ってしまう。
 止まってくれと、そうすればシロエの船を連行するだけだから、と。
 けれども、速度を上げてゆく船。
 前をゆく船は止まらないから、また左手で操作したレバー。
 レーザー砲へとエネルギーを回す、此処まで来たら、後は撃つだけ。
 シロエの船が止まらなければ。
 真っ直ぐに飛んでゆくだけならば。


 カチリ、と左手の親指が押し込んだボタン。
 遥か彼方で弾けた閃光。
 星雲のように光が弧を描いてゆく、シロエの船があった辺りに。
(…シロエ…)
 もういないのだ、と心に生まれた空洞。
 たった今、彼はいなくなった、と。
 ついさっきまでは、自分の先を飛んでいたのに。
 シロエの船が見えていたのに、もうレーダーにも映らない機影。
 漆黒の宇宙で船を失くせば、潰えてしまう人間の命。
 まして船ごと撃たれたのなら。
 あの閃光の中にいたなら、シロエは消えてしまっただろう。
 一瞬の内に、光に溶けて。
 船の残骸は残ったとしても、シロエの痕跡は残りはしない。
 レーザーの光に焼き尽くされて。
 瞬時に蒸発してしまって。


 もうこれ以上は見ていたくない、とステーションに船を向けようとしたら。
 「確認なさい」とマザー・イライザからの通信。
 本当にシロエの船を撃ったか、反逆者はこの世から消え失せたのか。
 それを確認して戻るようにと、現場を飛んでくるようにと。
(……マザー・イライザ……)
 あまりにも惨い、と思った命令。
 確認せずとも、シロエは消えていったのに。
 レーダーを見れば分かることなのに、どうして行かねばならないのか。
 他の者でも出来そうな任務、もっと時間が経ってからでも。
 Mの精神波攻撃の余波が、ステーションから消えた後にでも。
 そう思うけれど、また逆らえない。
 シロエのように「否」と言えない、臆病者ではない筈なのに。
 強い精神を持っていなければ、メンバーズになれはしないのに。
(…ぼくは、どうして…)
 こうなるのだろう、と機首を逆さに向けるしかない。
 マザー・イライザが命じたから。
 行くようにと命じられたのだから。


 そうして船を進めた先。
 光がすっかり消えた空間、ポツリ、ポツリと漂い始めた欠片たち。
 さっきまでシロエを乗せていた船、それが砕けた後の残骸。
 ぶつからないよう、間を縫って飛んでゆく内に、増えてゆくそれ。
(……この辺りなのか……)
 多分、爆発の中心は。
 シロエが宇宙に散った辺りは、彼の命が消えたろう場所は。
 髪の一筋も、血の一滴も、残さないままに消え去ったシロエ。
 船の残骸だけを残して、彼だけが高く飛び去ったように。
 自由の翼を強く羽ばたかせ、彼方へと消えて行ったかのように。
(…本当に飛んで行ったなら…)
 シロエが大切に持っていた本、ピーターパンというタイトルの本。
 あの本に書かれた子供たちのように、宇宙を飛んで何処かへ去ったのなら、と。
 そう思うけれど、それは有り得ないこと。
 シロエは空を飛べはしなくて、宇宙などは飛んでゆけなくて。
 今、自分の船が飛んでいる辺り、この辺りで消えて行ったのだろう。
 マザー・イライザに逆らい続けて、システムに抗い続けた末に。
 行き場を失くして消えて行った命、何の欠片も残しはせずに。


 いなくなった、と溢れ出した涙。
 追われていた所を匿ったほどに、話してみたいと思ったシロエ。
 強すぎる意志を持っていたシロエ、違う出会いをしていたのなら…。
(……シロエ……)
 友達になれていただろうか、と彼の死を心から悼んだけれど。
 もっと時間をかけていたなら、友だったろうか、と涙したけれど。
(……ぼくが殺した……)
 殺したんだ、とゾクリと冷えた左手の親指。
 この親指が彼を殺した。
 レーザー砲の発射ボタンを押し込んで。
 シロエの船を撃って殺した、友達だったかもしれない彼を。
 それに、何より…。
(……訓練じゃない……)
 何度も繰り返し練習して来た、手順通りにやったのだけれど。
 その先に人がいたことはなくて、いつも、いつだって遠隔操作の無人機ばかり。
 自分は初めて人を殺した、それも何度も言葉を交わしていた人間を。
 友になれたかもしれなかった人を、部屋に匿ったほどのシロエを。
(…マザー・イライザ…)
 これだったのかと、やっと分かった命令の意味。
 見届けて来いと言われた理由は、人を殺した自分を確認させるため。
 メンバーズたる者、どうあるべきか。
 どのように歩み続けるべきかを、その目で確かめてくるようにと。


(…ぼくが初めて殺した人間…)
 それが友かもしれなかったなど、なんという皮肉なのだろう。
 こうして涙が止まらないほど、その死を痛ましく思う人間。
 生きて戻って欲しかったシロエ、彼をこの手で、自分が殺した。
 「撃ちなさい」という命に従わなければ、シロエは何処かへ飛び去ったろうに。
 あの船のエネルギーが尽きる場所まで、船の酸素が切れる時まで。
(…放っておいても、どうせシロエは…)
 死ぬだろうことは、マザー・イライザも承知だった筈。
 けれど自分に彼を追わせて、「撃ちなさい」と命じ、今はこうして…。
(…血にまみれた手を、見て来るがいいと…)
 血の一滴さえも、シロエは残さず消えたけれども。
 自分の手はもう、人を殺して血に染まった手。
 友になれたかもしれなかったシロエ、彼を最初に殺してしまった。
 人を殺すなら戦場だろうと、ずっと先だと思っていたのに。
 いつか自分が殺す相手は、悪なのだろうと思ったのに。
(……そんなに甘くはないということか……)
 メンバーズならば、友であっても撃てと、殺せというのだろうか。
 それが自分の道なのだろうか、自分は逆らえなかったから。
 シロエの船を撃ってしまったから。


 忘れまい、と心に刻んだ己の罪。
 人を殺したと、友になれたかもしれない者を、と。
 きっと自分は罪人だから。
 いつか、裁かれるだろうから。
 システムがけして正義ではないと、思いながらも逆らえないこと。
 それこそが自分の最大の罪。
(…ぼくは、シロエを…)
 殺したんだ、と噛んだ唇。
 自分で殺して、なのに涙を流し続けて、きっとこれからも逆らえない。
 何故か、そういう人間だから。
 臆病者でも、腰抜けでもないのに、逆らうことが出来ないから。
 だから、いつの日か裁かれるだろう。
 今の自分は、人殺しだから。
 シロエの血で染まった左手の親指、それが罪人の証だから…。

 

         罪人の証・了

※考えてみたら、「冷徹無比な破壊兵器」のキースが、最初に手にかけた人間はシロエ。
 撃墜した後、涙したキース。本来のキースは、冷徹無比より、そっちの方だと思ってます。





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