「ソルジャー。…ジョミーのパワーは強大ですが…」
集中力が持続しません、とヒルマンが今日も嘆く青の間。他の長老たちも同じで、ブルーの所で愚痴る毎日。愚痴った所で、アレしかいないと彼らも分かっているけれど。
「パワーだけでは駄目なんじゃ! 集中力じゃ!」
じゃが、あやつにはソレが無いわい、とゼルが怒るのも何度目だろうか。
毎日こうなるわけだからして、ブルーの方でも考えはする。早くジョミーが使える人材になって欲しいのは、彼とても同じことだから。
(…集中力…)
どうしたものか、と悩むけれども、こればかりは本人の気持ちが大切。やるぞ、とジョミーが思わない限り、いい結果などは出ないだろう。
無いと困るのが集中力とはいえ、当のジョミーはパワーはあるから、行け行けゴーゴー。
押して駄目なら引いてみるどころか、当たって砕けて押し通れるのが困った所。
(もっと繊細なコントロールというヤツが…)
必要な場面に出くわさない限り、学習してはくれないだろう。
けれど、人類にシャングリラの存在がバレている今、悠長に構えてはいられない。ジョミーが学習するよりも先に、シャングリラが沈められたら元も子もない。
(こう、切実に…)
集中力が必要だ、とジョミーが自覚しそうなこと。それがあれば、と考えていて…。
アレだ、と不意に閃いた案。
如何なジョミーでも、これなら真面目にやるだろう。長老たちに「どう思う?」と提案したら、皆、盛大に吹き出した。散々笑って笑い転げて…。
「いいんじゃないかね、それに賛成だよ」
あの坊やも性根を入れ替えるさ、とブラウがケタケタと笑い、エラだって。
「少し可哀相な気もしますが…。嘘も方便と言いますから」
「そうじゃ、そうじゃ。薬はちょいと効きすぎるくらいが丁度いいんじゃ」
お灸をすえてやるが良かろう、とゼルもニンマリ。
「実にいい案だと言えますな。まさにソルジャーならではです」
現場におられた方は違いますな、とヒルマンが絶賛したアイデア。それは本当にブルーしか思い付かない代物、ついでにジョミーが必死に訓練しそうな名案。
「では、この方向で進めてみよう。君たちの方もよろしく頼むよ」
訓練の件で質問されたら、口裏を合わせてくれたまえ、とブルーが念を押すまでもない。長老たちは「承知しております」と揃って青の間を出て行った。
いつになく軽い足取りで。通路に出た途端にスキップしそうな、晴れ晴れとした顔で。
そんなこととも知らないジョミーは、今日も今日とて愚痴りに来た。長老たちとは鉢合わせないよう、キッチリ時間をずらして夜に。
「聞いて下さい、ブルー!」
ヒルマンたちときたら、と始まった愚痴を、「待ちたまえ」と制したブルー。
「君の訓練の成果については、ぼくも報告を聞いている。結果は出せているようだね」
「そうなんです! なのに、集中力が足りないだとか、持続しないとか!」
いざとなったら出来るんです、がジョミーの持論で、実際、そうかもしれないけれど。
もしもの時に「駄目でした」では済まされないのが実戦なるもの、その前にきちんと身につけておいて欲しいものだから…。
「君の成績は認めよう。今のレベルなら、君は充分、戦える。ただ…」
それ以外の時が問題で…、とブルーは顔を曇らせた。この先、上手くやって行けるか、と。
「何ですか、それ? 戦闘の他に何があるんです?」
戦って倒せばいいんでしょうが、とジョミーが言うから、「戦いならね」と返してやった。
「人類が相手なら、それでいい。でも、君のようなミュウの仲間はどうするんだい?」
「仲間?」
「そう、仲間。ぼくが君の成人検査を妨害したように、新しい仲間を助けに行くとか…」
でなければ思念体で抜け出す時だとか、と例を挙げたブルー。
集中力が無いとマズイことになると、今の君だと非常にマズイ、と。
「マズイって…。どうマズイんですか?」
その訓練ならやっています、とジョミーは心外そうだけれども、此処からが勝負。ブルーは息をスウッと吸い込み、「思い出してみたまえ」と切り出した。
「成人検査の時だよ、ジョミー。…あの時、君は服をきちんと着ていたかい?」
「服…?」
そういえば、とジョミーが見回した身体。テラズ・ナンバー・ファイブの前では、スッポンポンになっていたのがジョミー。
「思い出したようだね、あの姿が君の実力だ。注意していないと、君は裸だ」
思念体になって抜け出した時は、と指摘されたジョミーはムッとした顔で。
「そんなことないです! ぼくはいつだって、服を着てます!」
訓練中に裸だったことはありません、とムキになるから、「そうだろうね」と頷いた。
「分かるよ、君が言いたいことは。君は確かに服を着ているとは思う」
でもそれは、君の願望が入っているからで…。着ていると思い込んでいるだけだ。
傍から見たなら、君の身体に服などは無い。「裸の王様」みたいなものだね、誰も君には注意しないだけだ。言っても無駄だし、放っておこうと。
ヒルマンたちは匙を投げているから…、と溜息をついたら、ジョミーはサーッと青ざめた。
「本当ですか、ブルー!?」
訓練中のぼくを見たんですか、と慌てているから、「少しだけね」と浮かべてみせた苦笑い。本当はまるっと嘘だけれども、嘘も方便。
「裸の王様の話の方だと、正直者は子供だけれど…。一番の年寄りが正直者でもいいだろう」
思念体になっている時の君は、見事なまでに素っ裸だ。服を着たつもりでいるだけなんだ。
今のままだと、思念体はずっと裸のままだね。それに…。
思念体だけならいいけれど、と零してみせた溜息、「まだあるんですか?」とジョミーの悲鳴。
「他にも何か問題があるって言うんですか、ブルー!?」
「思念体と同じで、集中していないと服を置き去りにしかねないのが瞬間移動で…」
君は短距離しかやっていないから、今の所は服もマントもついて来てくれる。
それが長距離を飛ぶとなったら、いったいどれを落として行くやら…。
最悪、君が飛び立った後には、全部残っているかもしれない。服もマントも、ブーツだってね。
そして目的地に着いた君は…、と最後まで言う必要は無かった。
ジョミーはブルブルと震え始めて、顔面蒼白というヤツで。
「つまり、瞬間移動をしたって、素っ裸で行ってしまうんですか!?」
「そうなるね…。集中力の有無は大きいんだよ」
よく聞きたまえ、とジョミーの顔をまじっと見詰めた。ぼくと君との能力の差を、と。
「いいかい、ジョミー。…君のサイオンが爆発した時、君は衛星軌道まで飛んで昇って…」
連れ戻しに行ったぼくは意識を失くして、君が助けてくれたことは認める。
ただ、そうやって戻って来た時、君の服は殆ど燃えてしまっていたそうじゃないか。
ぼくの服は少しも焦げていないのに、君の服だけが。
あれもね、君が完全に目覚めていたなら、服は残った筈なんだ。ぼくの服と同じに。
ぼくは意識を失っていても、無意識の内に「服を着た自分」を守れるだけの能力がある。だから服をそのまま着て戻れた。
君の場合は、服がすっかり燃えてしまって、素っ裸でもおかしくなかったけれど…。
火事場の馬鹿力と言うだろう?
あの時だけは、集中力が高くなっていた。それで辛うじて燃え残ったんだよ、君の服は。
大事な部分だけが焼け残ってはいなかったかい、と突っ込んでやったら、ジョミーは今にも倒れそうな顔で。
「…じゃ、じゃあ…。今のぼくだと、下手に瞬間移動をしたら…」
パンツだけでも履いていられたら上等ですか、と震えている声。してやったり、と思いながらも、顔には出さずに「そうだ」と答えた。
「正直な所、パンツも危うい。訓練の距離が倍になったら、パンツは無いと思いたまえ」
その時になって後悔しても、もう遅い、と溜息を一つ。長老たちがパンツを届けに来てくれるまでは素っ裸だろうと、移動先が公園などでなければいが、と。
ガタガタと震えまくっているジョミー。思念体の時は裸の王様、瞬間移動も距離が伸びたら、服もパンツも置き去りなどと言われて平気なわけがない。
「そ、そんな…。だったら、ぼくはどうしたら…!」
このままではシャングリラ中の笑い物です、と焦っているから、「集中力だと言っただろう」と瞳をゆっくり瞬かせた。「それだけだよ」と。
「ヒルマンたちがうるさく言うのも、このままでは君が赤っ恥だからだ」
君ばかりじゃない、教育係の彼らも笑われることになる。次のソルジャーは裸のソルジャーだ、と船中に噂が流れてね。
君に注意をしたいけれども、言っても君は聞きはしないし…。匙を投げたくもなるだろう?
ただ、それでは君が可哀相だし、後継者が裸のソルジャーなのでは、ぼくも悲しい。
だからハッキリ言わせて貰った。今のままでは駄目なんだ、とね。
それでも集中力は要らないのかい、と見詰めてやったら、ジョミーは半分泣きそうな顔で。
「いいえ、要ります! 裸のソルジャーなんて嫌です!」
頑張りますから、これからも本当のことを教えて下さい、とガバッと頭を下げたジョミー。
長老たちが黙っていたって、裸だった時は隠さずに言って下さい、と。
「頑張ろうという気になったかい?」
それなら、ぼくも遠慮なく言おう。此処から訓練を見せて貰って、本当のことを。
約束するよ、とブルーはジョミーを送り出して…。
次の日からは、今までの日々が嘘だったように、ジョミーの集中力が上がり始めた。長老たちも思わず褒めたくなるほど、急カーブを描いて急上昇で。
「ブルー! どうでしたか、今日の訓練は?」
裸のソルジャーは卒業でしょうか、と息を弾ませるジョミーに、「まだまだ」とブルーは笑ってみせた。「途中からマントが脱げていったよ」と、「最後はやっぱり…」と。
「分かりました…。もっと頑張ります!」
瞬間移動で裸になったら悲惨ですから、と努力を誓うソルジャー候補。
かくして訓練はガンガン続いて、集中力もアップしていったけれど、及第点には遠いから。
(また叱られた…)
へこんでても何も変わらないよな、とジョミーは今日も自主トレに励む。
(今日は思念の導く所まで行ってみよう)
思念体になって身体を離れて、服があるかどうかを指差し確認。マント良し、服良し、ブーツも良し、と。
そうやって飛んで出掛けた先で、ジョミーはシロエに出会うのだけれど。
(うん、大丈夫だ…!)
幼いシロエは、窓の外を指差して「あそこに誰かいる」と不思議がっただけで、ピーターパンだと勘違いをしてくれたから。「裸だった」とは言わなかったから。
(裸の王様の話でも、子供は正直…)
訓練を頑張った甲斐があった、と快哉を叫ぶジョミーはまだ知らない。
裸のソルジャーがどうのこうのは、ブルーが嘘をついただけだと。いい感じに危機感を煽るだろうと、嘘八百を並べたことを。
本当の所は全部偶然、ブルーの服だけ燃えなかったのも、素材のせいだということを。
とはいえ、訓練は結果が全て。
裸のソルジャーは今日も頑張る、「合格だよ」という言葉を目指して。アルテメシアから宇宙へ逃げ出した後も、「裸のソルジャー」と呼ばれないよう、日々、根性で…。
裸のソルジャー・了
※ギャグ担当がキースばかりだよな、と思っていたら空から落ちて来たネタ。雪と一緒に。
ブルーが大嘘ついてますけど、実際、裸のジョミーが存在したから仕方ないっす!
(くだらんな…)
皆の真似をして出て来てはみたが、とキースがついた溜息。
メンバーズ・エリートとして歩み出してから、まだ日は浅くて。
たまの休暇をどう過ごすべきか、それさえ思い付かない有様。
他の者たちは、ここぞとばかりに羽を伸ばしに出掛けてゆくのに。
(…一人の食事は慣れてるんだが…)
周りの雑音が鬱陶しい。
なまじ普通の街の中だけに、どのテーブルにも一般人ばかり。
どうでもいいような話題ばかりで、聞いていたって役に立たない。
軍人ばかりが集まる場所なら、得ることだって多いのに。
耳に挟んだほんの一言、其処からヒントを得られる時もあるというのに。
(飯が美味いだの、これから何処に行くかだの…)
ロクな話をしない奴らばかりだ、と黙々とランチを頬張っていたら。
「好きな子ってさあ、妙に苛めたくならなかったか?」
ずっと昔な、と聞こえて来た声。
自分よりも幾らか年上だろうか、そういう男性たちのグループ。
仕事仲間か、昔馴染みか、趣味で知り合った者同士なのかは知らないけれど。
(女の話か…)
ありがちだな、と聞くともなしに耳を傾けたものの。
(なんだって…?)
自分は持たない、成人検査を受ける前の記憶。
故郷も両親も友人の顔も、まるで覚えていないのだけれど。
どうやら覚えているのが普通で、彼らの話は思い出話。
故郷にいた頃、好きな女の子をついつい苛めていたのだという。
「好きだ」と言えずに、髪を引っ張ったり、足を引っ掛けて転ばせたり。
それをやる度に教師に呼ばれて、何度も叱られたものだった、と。
妙なことをする、と最初は思った。
好きなのだったら、素直に口にすればいいのに。
そうすれば相手も応えてくれる筈だから。
運が良ければ、いわゆる「彼女」。
以前、シロエに言われた時には首を傾げたものだったけれど、今なら分かる。
あの後、ちゃんと調べたから。「彼女」とは何か、どういうものか。
(スウェナは違ったんだがな…)
彼女なんかは今もいないな、と頬張るランチ。
これから先もいないだろうと、女などには興味も無いし、と。
だから余計に不思議な行動。
好きな女性がいたのだったら、苛めたのでは意味が無いから。
嫌われるだけで、側に寄れさえしないのだから。
(…謎だな…)
なんとも謎だ、と腑に落ちないから、聴き続けた。彼らの話を。
どういう理由で苛めていたのか、サッパリ謎だ、と。
そうしたら…。
(あれなのか!?)
あれがそうか、とドキリと跳ねた心臓。
似たようなことが自分にもあったと、確かに苛めてしまったと。
(…足を引っ掛けて転ばせるどころか…)
殴り飛ばしたんだ、と唖然とした。
「機械仕掛けの操り人形」と罵倒されたから、思わず殴ってしまったシロエ。
今から思えば、欠けてしまっていた冷静さ。
自分らしくもなく覚えた苛立ち、それが高まった挙句に一発殴ってしまったけれど。
(…子供ではなくて、あの年だったから…)
シロエを殴り飛ばしたらしい。
髪を引っ張ったり、足を引っ掛けて転ばせてみたりする代わりに。
(何故あんなことをしたのか、今でも分からないんだが…)
別のテーブルで話をしている男性グループ、彼らの話を聞いたら分かった。
(あいつのことを思い出すと、気持ちが乱れて…)
イライラしたんだ、と今もハッキリ覚えている。
シロエの船を撃墜するために追っていた時も、心の中で考え続けていたから。
恋だったのか、と今頃、気付いた。
自分はシロエに恋をしていて、そのせいで乱れていた感情。
シロエを殴り飛ばしたのだって、「好きな女の子を苛めたくなる」のと似たようなもの。
迂闊に年を重ねていたから、子供よりも派手にやっただけ。
髪を引っ張る代わりに殴った。
足を引っ掛けて転ばせる代わりに、思い切りシロエを殴り飛ばした。
(…それなら分かる…)
やたらシロエが気にかかったのも、部屋に匿ったことだって。
恋していたなら、マザー・イライザの怒りを買ったとしたって匿ったろう。
(好きな子が出来たら、近付きたくなるもので…)
けれど素直になれない子供は、髪を引っ張ったり苛めたりする。
自分もそれと同じレベルで、シロエが指摘していた通りに、人の心に疎いものだから…。
(…恋をしたんだと気付かないままで…)
シロエを殴って、部屋に匿った時も口説く代わりに…。
(マザー・システムの話なんかを…)
滔々とやって、そうしている間に逮捕されたシロエ。
フロア001がどうとか、マザー・イライザの人形だとか、激しく侮辱はされたけれども…。
(あそこで素直になっていたなら…)
好きだと一言打ち明けていたら、後の流れは変わっただろうか。
シロエが同じに逃亡したって、連れ戻すことが出来ただろうか。
(…お前が好きだ、と叫んでいたら…)
「停船せよ」と告げる代わりに、好きだと絶叫していたら。
そしたらシロエは止まっただろうか、船ごと連行出来たのだろうか。
(……止まったのかもしれないな……)
シロエに「好きだ」と打ち明けていたら。
練習艇を追ってゆく時、「お前が好きだ」と絶叫したら。
なんてことだ、と愕然とした。
恋した相手を苛めるどころか、船ごと撃って殺してしまった。
なまじっか年を重ねていたから、やり過ぎて。
「好きな女の子を苛めたくなる」らしい感情とやらが、暴走しすぎて。
(…やはりシロエが言っていた通り…)
自分には欠けていたのだろう。
大切な感情というものが。
人間だったら持っているらしい、とても大切な心の一部が。
(…その報いがこれか…)
初恋の相手を苛めるどころか、殺してしまった愚かしい自分。
きっとシロエが好きだったのに。
シロエに恋をしていたのに。
(…すまない、シロエ…)
許してくれ、と詫びてもシロエは戻って来ない。
初恋の人は死んでしまって、それをやったのは自分だから。
気になるシロエを苛めすぎてしまって、殴った挙句に船ごと撃って殺したから。
(…あれが初恋だったんだ…)
シロエのことは忘れまい、と心に誓った。
苛めすぎたばかりに、失くしてしまった初恋の人。
自分は決して忘れはしないと、これに懲りたら恋はすまいと。
人の心に疎い自分は、きっと学習しないから。
恋をしたって失敗するから、けして女性には近付くまいと。
固く誓ったキースだけれども、彼は此処でも間違えていた。
シロエは決して「女の子」などではなかったから。
普通に男で、ライバル意識の塊だっただけなのだから。
(……シロエ……)
好きだったんだ、と派手に勘違いしているキース。
けしてゲイではない筈なのに。
そんな趣味など持っていないのに、今も「女性に近付くまい」と誓うくらいにノーマルなのに。
けれどもキースは間違えたままで、呆然と座り続けるテーブル。
あれが自分の初恋だったと、シロエのことが好きだったんだ、と。
なのに殺してしまったと。
子供よりも大きくなっていたせいで、苛めすぎてシロエを殺したんだ、と…。
エリートの初恋・了
※シロエの船を追って行く時のキースの独白、聞けば聞くほど入れたくなってしまうツッコミ。
「それって恋だよ」と、「いや、マジで」と。だって、こういうネタになるから…。
(二つ目の角を右へ曲がって…)
後は朝まで、ずうっと真っ直ぐ。
そうすれば行ける筈なのに、とシロエが広げるピーターパンの本。
ネバーランドに行くための方法はこう、と。
いつか行けると信じていた。
きっと行けると、自分もネバーランドへ行くのだと。
ピーターパンが来てくれたら。
空を飛んでゆこうと、子供たちが暮らす楽園へと。
けれど、来てくれなかった迎え。
代わりに此処へと送り込まれた、監獄のような教育ステーションへ。
その上、機械に奪われた記憶。
ネバーランドへ行く方法ならば、本に書かれているけれど。
二つ目の角を右へ曲がって、後は朝までずうっと真っ直ぐ。
そうすれば辿り着けるのだけれど、忘れてしまった家への道。
両親と一緒に暮らしていた家、其処へ帰るにはどうすればいいか。
どの角を曲がって行けばいいのか、幾つ目の角を曲がるのか。
右に曲がるのか、左に曲がるか、それさえも思い出せない自分。
後は真っ直ぐ行けばいいのか、もう一度、角を曲がるのかさえも。
(…それに、ネバーランド…)
このステーションからは旅立てない。
本に書かれた方法では。
此処には朝が来ないから。
本物の朝日は、此処では昇って来はしない。
それに、ずうっと真っ直ぐ歩きたくても、ステーションは弧を描いているから。
辛いけれども、これが現実。
どんなに行こうと努力してみても、開かないネバーランドへの道。
おまけに家にも帰れない自分、ピーターパンの本を開けば零れる涙。
空を飛べたらいいのに、と。
ネバーランドにも行きたいけれども、その前に家へ。
ちょっと寄ってから、飛んで行きたい。
幼い頃から憧れた国へ、ピーターパンと一緒に空に舞い上がって。
(パパとママに会って、話をして…)
ネバーランドに行きたいよ、と見詰めるピーターパンの本。
この本は此処へ持って来られたのに、故郷に落として来てしまった記憶。
育った家も、両親だって。
全部、落として失くしてしまった。
頭の中身を、機械にすっかり掻き回されて。
いいように記憶を消されてしまって、思い出せないことが山ほど。
(だけど…)
忘れなかった、と読み直すネバーランドへの行き方。
この本のお蔭で忘れなかったと、ネバーランドを夢見たことも、と。
此処で暮らす内に気付いたこと。
誰もが忘れているらしいこと、子供時代に描いた夢。
何処へ行こうと夢を見たのか、何になりたいと思っていたか。
(…みんな、忘れてしまってる…)
そして夢見るのは、地球へ行くこと。
いい成績を収めてメンバーズになること、誰もが同じ夢を見ている。
その道に向かって走り続ける、此処へ来た皆は。
エリート候補生のためのステーション、E-1077に来た者たちは。
(地球へ行くことと、メンバーズと…)
どうやら他には無いらしい夢。
ネバーランドに行こうと夢見る者も無ければ、家に帰りたい者だっていない。
機械に飼い慣らされてしまって。
そうなる前でも、夢も、記憶も機械に消されて失くしてしまって。
(でも、ぼくは…)
忘れないままで、今でも夢を見続けている。
いつか行きたいと、ネバーランドに続く道を。
ピーターパンと一緒に空を飛ぶことを、家に帰ってゆくことを。
両親に会って、色々話して、それから飛んでゆく大空。
二つ目の角を右へ曲がって、後は朝までずうっと真っ直ぐ。
そうすれば行けるネバーランドへ、幼い頃から夢に見た国へ。
忘れなかったこと、それこそが奇跡。
それに唯一の希望だと思う、自分はきっと選ばれた子供。
ネバーランドに行ける子供で、ピーターパンが迎えに来る子。
そうでなければ、このシステムを変えるためにと生み出された子供。
機械が統治する歪んだ世界。
子供から家を、親を取り上げてしまう世界。
それを正せと、元に戻せと、神は自分を創ったのだろう。
人工子宮から生まれた子供でも、きっと神の手が働いて。
世界は本来こうあるべきだと、何度も繰り返し教え続けて。
(…みんなが夢を忘れない世界…)
子供が子供でいられる世界。
自分はそれを作らなければ、メンバーズになって、もっと偉くなって。
ただがむしゃらに出世し続けて、今は空席の国家主席に。
いつか自分がトップに立ったら、このシステムを変えられるから。
機械に「止まれ」と命令することも、「記憶を返せ」と命じることも。
その日を目指して努力することは、少しも苦ではないけれど。
頑張らなければ、と思うけれども、帰りたい家。
それに、行きたいネバーランド。
ピーターパンと一緒に空を飛んで行って、家へ、それからネバーランドへ。
(忘れなかったら…)
行けるのかな、とピーターパンの本の表紙を眺める。
ピーターパンと一緒に空を飛ぶ子たち、この子たちのように飛べるだろうか、と。
子供の心を忘れなかったら、夢を手放さなかったら。
しっかりと抱いて生きていたなら、いつか迎えが来るのだろうか。
国家主席への道を歩む代わりに、今も夢見るネバーランドへ。
子供が子供でいられる世界へ、今からでも飛んでゆけるだろうか。
(…ずっと昔は…)
ピーターパンの本が書かれた頃には、何処にも無かった成人検査。
人は誰でも、子供の心を失くさずに育ってゆけたのだろう。
だからピーターパンの本が書かれて、ネバーランドへの行き方も残っているのだろう。
この本を書いた人は、きっと大人になっても、ネバーランドへ飛べたのだろう。
ピーターパンと一緒に空に舞い上がって。
ネバーランドへはこう行くのだった、と確認しながら旅を続けて。
二つ目の角を右へ曲がって、後は朝までずうっと真っ直ぐ。
そう道標を書いて残して、次の時代の子供たちへ、と。
(ぼくは、メッセージを貰えたんだ…)
遠く遥かな時の彼方で、ピーターパンの本を書いた人から。
それに、神から。
子供たちを其処へ連れて行くよう、子供が子供でいられる世界を作るようにと。
(ぼくも行きたいな…)
ネバーランド、と思うから。
自分だって飛んでゆきたいから。
国家主席への道を歩むにしたって、一度は其処へ飛んで行きたい。
子供の心を忘れずに持ったままでいるから、ピーターパンのことも忘れないから。
そうして生きていったなら、きっと…。
(…ピーターパンが来てくれるよね…?)
このステーションにいる間だろうが、メンバーズになった後だろうが。
子供の心を失くさなければ、家へ帰りたい気持ちや、幼い頃からの夢を決して忘れなければ。
(……ピーターパン……)
待っているから、と抱き締めたピーターパンの本。
ぼくはいつまでも待っているからと、ネバーランドへ連れて行って、と。
その時は少し寄り道をしてと、ママとパパに会って、話をしてから行きたいから、と…。
忘れなかった夢・了
※きっとシロエは、ネバーランドにも行きたかった筈。家に帰りたいのと同じくらいに。
あの時代だと消されていそうな子供時代の夢。覚えているだけで、充分、特別。
「…これは…。何なんだ、此処は?」
シロエを驚かせたフロア001。シークレットゾーンの中だけれども。
幾つも並んだガラスケースに、何体もの胎児や子供の標本、もっと成長したものも。
(…キース…)
この顔はキースだ、と一目で分かる男性の方。女性は謎。ステーションでは見掛けない顔。
男性も女性も、何処から見ても機械ではなくて、人間にしか見えないから。
(何か特別な人間だとか…?)
調べなくては、とコントロールユニットに繋いだケーブル。幸いなことに、パスワードは此処のと同じだったから、簡単に突破出来てしまって…。
(無から作った…?)
これが、と眺めた男性と女性。キースと、それから別の誰かと。
女性の方にさほど興味は無かったけれども、もっと調べていかなくては。
(キースの方をね…)
覗かせて貰うよ、と探り始めたデータ。
それから間もなく、フロア001に響き渡りそうな勢いで笑い出したシロエ。あまりにもデータが凄すぎたから。
(お人形さんだ…)
マザー・イライザが作った可愛い人形そのものだった、と止まらない笑い。
まさか此処までやらかしたとは、と笑い転げるより他になかった。
(ぼくにゲームで勝てたくらいは、当たり前だよね)
こんなにスキルが高いのでは、と引き出したデータを見ては吹き出す。半端なかった、マザー・イライザの申し子、キースのデータ。彼はまさしく…。
此処で時間を過去に戻そう、五十年ほど。…多分、そのくらい。
E-1077とは違った所で、とある実験が行われていた。無から生命を生み出す実験。
三十億もの塩基対を合成し、DNAという鎖を紡ぐ。そうやって、まずは女性を作った。上手く出来たからガラスケースから出した途端に、ミュウが失敬して行ったけれど。
それがフィシスで、シロエが「知らない顔だ」と思った女性の方。
(ミュウに攫われるとは、ケチがついたものだ)
忌々しい、と舌打ちしたのがグランド・マザー。機械に舌があるかどうかは、ともかくとして。
フィシスは処分の予定だったから、ミュウが攫おうとも実験の方に支障は無い。
そうは言っても、掻っ攫われたら、如何なグランド・マザーもムカつく。
(あそこのセキュリティーは、ザルだったか…)
場所を移せ、と命令した。
今後の実験は宇宙で行うと、E-1077が良かろうと。
エリート育成のために設けた教育ステーションだけに、今後のためにも良さそうだから、と。
こうして実験の続きを任されたのが、マザー・イライザ。
女性の方はもう完成に至っていたから、その遺伝子データを元にして男性を作る。それがマザー・イライザに与えられた使命。
(最高傑作を作らなければ…)
グランド・マザーの期待に応えて、とマザー・イライザは張り切った。同じ作るならイケメンがいいに決まっているから、それが一番最初の課題。
やがてイケメンは出来たけれども、少々困った問題が一つ。
(此処では子供を育てられない…)
フィシスのような年頃の子供は、E-1077の範疇外。研究者だって手を焼くだろう。もっと大きく育ってから、とガラスケースで十四歳まで成長させたら…。
(筋力、それに体力不足…)
そういうブツが出来てしまった、ガラスケースの中に浮いていただけだから。
これでは即戦力にならない、教育ステーションに出してやっても使えはしない。フィシス並みの動きが可能になるまでに必要なリハビリ、それの期間が長すぎた。
駄目だ、とマザー・イライザがついた溜息。フィシスと同じに育てるだけでは、此処では上手くいかないらしい。
(成長過程で、もっと工夫を…)
筋力や体力が落ちないように、と凝らした工夫。幾つも幾つも作る間に、ようやっとコツが掴めて来た。これをアレンジしていったなら…。
(身体能力は、私の思いのまま…)
そうなる筈だ、と繰り返した実験、ハイクオリティのが出来ると確信したものだから。
(今度こそ、私の最高傑作を…)
素晴らしいのを作り出そう、とグランド・マザーに立てたお伺い。「どんな風にも作れます」と伝え、理想のエリート像を尋ねてみたら。
「ご苦労だった。イケメンで秀才、運動が出来れば言うことはない」
他は任せる、という鷹揚な返事。
趣味に走ってもいいであろうと、理想の子供を産み出すがいいと。
(私の理想…)
それから趣味、とマザー・イライザは考えた。グランド・マザーのお許しも出たし、もう本当に趣味に走ってもいいのだろう。イケメンで秀才で、運動能力が高ければ。
だったら、もっと付加価値を。自分の趣味で突っ走って。
(…歌って踊れるのがアイドルスター…)
そういう人種が社会では人気、と知っていたのがマザー・イライザ。
ダテに長年、教育ステーションのマザーをやってはいない。世間の流行りは必須の知識で、俗なことにも通じている。
理想の子供を作るからには、アイドルスターの人気も欲しい。歌って踊れる人材がいい、と確信したから、そのプログラムを組み込んだ。キースを作ってゆくにあたって。
(披露する場所が、あっても無くても…)
アイドルスター並みの歌唱力とダンス、とキースを育てることにした。育て始めたら、軌道に乗ったら、どんどん欲が出て来るから。
(フィギュアスケートも出来た方が…)
もちろん四回転ジャンプは軽々と、とフィギュアスケーターの能力も追加、それをやったら次に目に付いたのがバレエダンサー。
(スポーツの腕はプロ並みに仕込んであるのだし…)
芸術性の方も素晴らしく、と今をときめくバレエの主役も務まるような能力をプラス。
歌って踊れるアイドルスターな、理想の子供。
どうせやるなら徹底的に、とフィギュアスケートもバレエも仕込んで、もうワクワクで。
(持ち歌の方も…)
色々とあった方がいい、と知識を与えて、ギターも弾けるようにした。アコースティックギターも、エレキギターも。どちらもプロのミュージシャン並みに。
歌の方だって、もうガンガンと叩き込んだ。オペラはもとより、ジャズにロックにと。
そうこうする内に、マザー・イライザにも贔屓が出来た。この国の歌がイケている、と遠い昔の日本の歌に惹かれてしまったマザー・イライザ。
それも昭和から平成辺りの歌にハマッたものだから…。
ゲラゲラと笑い続けるシロエ。いくら笑っても、もう可笑しくて涙が出そうで。
(何なんだ、これ…!)
ハッキングしたデータを見れば見るほど、キースが人形だと分かる。マザー・イライザが作った可愛い人形、歌って踊れるアイドルスター。それがキースの正体だった。
(スポーツや戦闘能力だったら、まだ分かるけどね…)
どうしてバレエにフィギュアスケート、と笑うしかないマザー・イライザの趣味。
おまけにギターも弾けるのがキース、アコースティックギターもエレキギターも。ついでに歌って踊れるのだから、もう最高の人形で…。
(この芸、何処で披露するんだか…)
ぼくだって一度も見ていないのに、とケタケタ笑って、笑い転げて、それから始めたガラスケースや部屋の撮影。
「見てますか?」と始めながらも、必死に笑いを噛み殺す有様。
「キース。…ぼくはあなたを人形だと言った」
そのぼくも驚きましたよ、とシリアスにキメてやろうとしたって、どうしても顔から消えてくれない笑い。傑作すぎると、予想以上の収穫だったと。
吹き出したくなるのを堪えて撮影しているシロエだけれども、彼の頭の中にあることは…。
(部屋に戻ったら、調べてみないと…)
マザー・イライザが趣味で仕込んだ、キースの持ち歌。ハマってしまって、昭和から平成辺りに絞って、キースに教えた日本のヒットソングの数々。
(SMAPの「世界に一つだけの花」…)
どんな曲なんだ、とグルグル回るタイトル、うっかりすると意識がそっちに行きそうなくらい。
(坂本九の「上を向いて歩こう」っていうのも…)
知らない曲だから、探さなければ。キースは熱唱出来るのだから。
(藤山一郎の「青い山脈」に、さだまさしの「関白宣言」に…)
いったい何曲歌えるんだか、と思いながらも、早く聴きたくてたまらない。キースが歌える曲というヤツを、マザー・イライザのお気に入りを。
(北島三郎に、それから嵐…)
フィギュアスケートの腕前も知りたいですね、とニヤニヤ笑いが止まってくれない。キースは本当に、文字通りの「人形」だったから。
マザー・イライザが作った可愛い人形、歌って踊れるアイドルスター。そんな芸など、キースも気付いていないだろうに。
(本当にお人形さんだ…)
よく出来ている、と続ける撮影。
早くキースに見せてやりたいと、マザー・イライザの可愛いお人形さんに、と…。
イライザの人形・了
※先日、派手に騒がれていた某SMAPが解散するとか、しないとか。
賑やかなことだ、と思っていたら、何故だか出来てしまった話。歌って踊れるキースです。
「違う、ぼくは…!」
叫んだ声で目が覚めた。真っ暗な部屋で。
(夢…)
またあの夢だ、と肩を震わせたマツカ。
こちらを見詰めている瞳。
青い光の中、射すくめるように。
相手は何も言いはしないのに、その声が心を貫いてゆく。
「裏切り者」と、「恥知らずが」と。
だから「違う」と叫んでいた。ぼくは違う、と。
けれど、こうして飛び起きてみたら、心の奥から湧き上がる疑問。
本当に違うのだろうかと。
あの夢の中で聞こえた声こそ、真実なのではないだろうかと。
(…裏切り者…)
多分、本当はそうなのだろう。
キースが前に告げたこと。「お前と同じ化け物だ」と。
ジルベスター・セブンに潜んでいたもの、それは自分と同じなのだと。
(ぼくが殺した…)
そう、殺させたようなもの。
あの星からキースを救い出したから、ジルベスター・セブンは滅ぼされた。
メギドに砕かれ、あの星にいた者たちも。
自分と同じ仲間を殺した、その手伝いをしてしまった。
(……知っていたのに……)
同じものだと。自分と同じ存在なのだと。
あれから何度、夢を見たろうか。
夢の中で自分を見詰めてくるのは、いつも、いつだって赤い瞳で。
それも片方の瞳だけ。
もう片方は失われていて、閉じた瞼の下だったから。
(…ソルジャー・ブルー…)
あの時、自分は間違えたろうか。
キースを助けに駆け込んで行った、青い光が溢れていた部屋。
退避勧告が出ていたメギドの制御室。
其処で目にした、ソルジャー・ブルー。
キースの銃口の向こうにいた者、それが誰かは分かっていた。
皆が噂をしていたから。
伝説と言われたタイプ・ブルー・オリジン、ミュウの長だと。
ミュウの長なら、自分の仲間。
(…ぼくが助けるのは、キースじゃなくて…)
ソルジャー・ブルーだっただろうか、あの場に居合わせたのならば。
彼を救って、何処からか船を奪って逃げる。
それが取るべき道だったろうか、自分も同じミュウならば。
(…でも、ぼくは…)
考えさえもしなかった。
救いたかったのは、ただ一人だけ。
キースだったから、懸命に「飛んだ」。
まさか出来るとは思いもしなかった、空間を一気に飛び越えること。
そしてキースを救ったけれども、それは間違いだっただろうか。
(……分からない……)
誰もぼくには教えてくれない、と膝を抱えたベッドの上。
あの日、目にしたソルジャー・ブルー。
片方だけだった赤い瞳が、いつも自分を見詰めてくる。
青い夢の中で。
今夜のように責める日もあれば、蔑むように見ている時も。
憐れみに満ちた瞳の時も、ただ悲しみに濡れている時も。
夢に出て来た瞳に合わせて、声なき声もまた変わる。
「可哀相に」と言われる夜やら、「それでいいのか?」と問われる夜や。
だから自分でも分からない。
どれが本当の声なのか。
ソルジャー・ブルーの声は一度も聞いていないし、思念も受けていないから。
(…あの人は、ぼくに…)
何を言おうとしていただろうか、自分が見たのは驚きに満ちていた瞳。
ただそれだけで、彼が自分をミュウだと知ったか、そうでないかも分からないけれど。
(…気付かなかった筈がないんだ…)
皆が噂をしている通りの存在ならば。
たった一人でメギドを沈めた、あれだけの力の持ち主ならば。
彼は自分をミュウだと見抜いて、あの時、何を思ったろうか。
キースを救って逃げ出したミュウに、敵の船に乗っていたミュウに。
(ぼくの心を…)
読んだだろうか、ソルジャー・ブルーは。
自分自身でも気付かないほど、奥の奥まで読まれたろうか。
だとしたら、とても恐ろしいけれど。
怖くて震えが止まらないけれど、ソルジャー・ブルーが怖いけれども。
それと同時に、彼に訊きたい。
自分は裏切り者なのか。
それとも、ただの腰抜けなのか。
(…ぼくは、いったい…)
何なのだろうか、こうして此処にいるけれど。
ミュウを滅ぼす側にいるけれど、キースに仕えているのだけれど。
(…あの瞳…)
ソルジャー・ブルーは何を見たのか、自分の中に。
「可哀相に」と夢で自分を見詰めてくる時、赤い瞳の奥に見えるもの。
憐れみと同時に深い悲しみ、それから包み込むような思い。
「独りぼっちで可哀相に」と、「本当に後悔していないのか」と。
(…後悔だったら…)
何度でもした、ジルベスター・セブンが砕かれてから。
赤い瞳を夢に見る度、何度も何度も、自分を責めた。
裏切り者だと、「ぼくのせいだ」と。
仲間たちを殺す手伝いをしたと、きっと地獄に落ちるのだと。
けれど、同時に思うこと。
(…キースを助けたことだって…)
後悔などはしていない。
だから何度も夢にうなされ、こうして飛び起きる羽目になる。
自分でも答えが出せないから。
裏切り者なのか、そうでないのか、今も自分が分からないから。
あの赤い瞳、片方だけだった瞳の奥。
彼が自分に何を思ったか、それが分かればいいのにと思う。
蔑みだったか、憐れみだったか、裏切り者への強い憎しみか。
(…でも、どれも…)
違う、と心が訴えてくる。
自分が出会った瞳は違うと、夢のそれとは違っていたと。
ただ、驚いていただけだから。
「どうしてミュウが」と、彼は自分を見ていたから。
ソルジャー・ブルーは気付いていたのに、知っていたのに、黙って逝った。
「裏切り者」と責めもしないで、「逃げるな」と自分を止めもしないで。
キースの代わりに自分を救えと、命じることさえしようともせずに。
(…あの人は、ぼくに…)
何かを期待したのだろうか、と思う度にゾクリと冷えてゆく身体。
彼は自分に託したのかと、「其処にいるならミュウを頼む」と。
滅ぼす側にいるのだったら、何か手立てがあるだろうと。
滅びの道からミュウを救えと、そちら側から手を差し伸べろと。
ミュウを生かせと、ミュウの未来をと。
(……そんなこと、ぼくに……)
出来る筈がない、と思うけれども、赤い瞳に捕まったから。
夢の中まで追ってくるから、きっと一生、後悔の中で生きてゆくしかないのだろう。
(…ぼくには、ミュウをどうすることも…)
出来やしない、と零れる涙。
あの瞳でいくら見詰められても、どんな思いを託されても。
彼の思いには応えられない、ソルジャー・ブルーが、そのために自分を行かせたとしても。
キースを救って逃げる自分を見送っていても。
自分はただの腰抜けだから。
キースの後ろについてゆくだけの、臆病な裏切り者なのだから…。
夢の中の瞳・了
※マツカはブルーに会ってるんだな、と思ったばかりにこうなったオチ。
ブルーの側から書いたことならあったけれども、マツカから見たら怖いよね、ブルー…。
