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「百八十度回頭」
 トォニィがそう命じた声に、問い返したツェーレン。「地球を後にするの?」と。
 それに応えてトォニィは言った、「そうだ」と。
 「もう、ぼくらに出来ることは何もない」と。
 フィシスも話した、カナリヤの子たちに。「ここ、何処なの?」と尋ねた子供に。
 「あなたたちを連れてゆく箱舟の中」と。
 「何処へ?」と問われて、「清らかな大地へ」と。
 そしてシャングリラは旅立って行った、地球を離れて遠い宇宙へ。
 …人の未来へ。


 残されたものは揺れ動く地球で、其処に人影は見えないけれど。
 何一つ見えはしないのだけれど、去って行った船が見落としたもの。
 トォニィもフィシスも、他の誰もが、気付かないままで行ってしまったもの。
「箱の最後には…」
 希望が残っているものなのに、とジョミーが呟くパンドラの箱。
 禍をもたらすパンドラの箱は開いたけれども、箱の底には希望があると。
「そうだな…。あんな地球でもな」
 しかし、気付けと言う方が無理だ、とキースが零した深い溜息。
 人は目に見えるものが全てで、見えないものは信じないから。
 壊れ、滅びゆこうとしている地球の姿が全てだから。


 地球の地の底、最期まで共に戦ったからこそ分かること。
 この星も、人も、これからだと。
 どんなに無残に壊れようとも、人も大地も、また立ち上がると。
 今直ぐには、とても立てなくても。
 立ち上がる術さえ見付からなくても、人は必ず歩き出すから。
 二本の足が使えなくとも、先へと進む力があるから。


 人だけが持ち得る、パンドラの箱に残った希望。
 それは未来を夢見る力。
 明けない夜など無いということ、夜の先には光があること。それこそが希望。
 今は見えなくても、希望は誰もが持っているもの。
 自分自身が気付かなくても、箱の中を覗くことが無くても。
 いつか希望は顔を出すもの、人が未来を目指したならば。
 災いの箱が開いた後でも、また立たねばと思う時が来たなら。


 だからシャングリラも、いつか戻って来るだろう。
 母なる地球へ、人を生み出した水の星へと。
 清らかな大地が其処に無くとも、その上にそれは戻る筈だと。
 人が希望を持っていたなら、母なる地球を忘れなければ、いつか未来は訪れるから。
 パンドラの箱は開いたけれども、人の未来はきっと来るから。
 今は揺れ動く地球の大地に、裂けてしまった地面の上に。
 惨く引き裂かれた星の上にも、希望は残っているのだから。


「キース、どのくらいかかると思う?」
 人は強いと思うけれども、というジョミーの問い。
「彼らの心次第だろう。…立ち上がるのも、未来を築き始めるのも」
 だが、見えるような気がするな…、と語り合う間にも地球は揺れるのだけれど。
 崩れゆこうとするのだけれど。
 パンドラの箱の底には必ず、希望があるもの。
 人も、大地も、また立ち上がる。
 そして其処には、緑の丘が、人々の笑顔が蘇る筈。
 人だけが持ち得る、未来への思い。
 誰の心にも在る希望の光が、人の未来を掴み取るから。
 今は闇しか見えないとしても、明けない夜など、何処にもありはしないのだから…。

 

        地球の緑の丘・了

※4月14日の熊本地震と、4月16日の地震と。
 「地球へ…」のラストに重ねて応援、熊本も九州も、一日も早く立ち直りますように。
 只今、16日の午後4時です。これ以上酷くならないように、と祈りながらUP。





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(パルテノン入りは、願ったり叶ったりではあるのだが…)
 元老も悪くはないのだが、とキースが零した大きな溜息。
 初の軍人出身の元老、国家騎士団総司令からの華麗な転身。強力な指導者を必要とする今の時代にピッタリの地位で、いずれは長年空席のままの国家主席に、とは思うけれども。
(どうにも性に合わんのだ…)
 デスクワークというヤツが、と愚痴りたくなる自分の現状。
 国家騎士団総司令の頃は、制服は軍人らしいもの。それに相応しく動き回れた、トレーニングの場所にも困らなかった。
 「少し出て来る」と言いさえすれば。
 射撃だろうが、プールで泳いでいようが、走り続けようが、筋トレだろうが。
 ところが、パルテノン入りを果たして元老の地位に就いた途端に…。
(此処にはジムの一つも無いのか…!)
 どおりでメタボが多いわけだ、と元老どもの顔と姿を思い浮かべる。ハゲのアドスはメタボそのもの、着任前の暗殺計画で拘束したのもメタボな元老。
 他にもメタボな面子は多くて、ようやっと理解した理由。
 彼らは元からデスクワークな人間ばかりで、軍人とは違う世界の住人。同じエリートでも、自分とは別の人種だと。人類とミュウが別物なように、生え抜きの元老たちと自分は違う、と。
 彼らの私服はスーツにネクタイ、トレーニングに向いてはいない。ストレッチだって。
(足を大きく広げた途端に、ズボンがビリッと裂けるのだろうな)
 あれでは蹴りも繰り出せまい、と呆れるスーツの機能性。
 よくもあんな服を着ていられるものだと、この元老の制服も大概だが、と。
(こんな格好では戦えないぞ…)
 王子様か、と言いたくなるような制服、これではロクに動けもしない。戦いの場では。
 お伽話の王子よろしく、剣を握ってのチャンバラくらいが限界だろう。そういった感じ。


 厄介な制服もさることながら、ジムが無いのが辛かった。
 同じジムでも「事務」の方なら、デスクワークなら満載だけれど。来る日も来る日も、ひたすら座業。座り仕事で終わる毎日、出勤前後に家で筋トレ、それが精一杯の運動。
(執務室で下手に運動したなら…)
 不意の来客の時に困るし、それを狙っての訪問もある。引き摺り降ろそうと企む面々、アドスや他の元老たち。「アニアン閣下は御在室かな?」と。
 其処でウッカリ運動中なら、格好の餌を与えてしまう。「これだから軍人出身の奴は」と。他の者とは不釣り合いだし、早々に降りて頂きたいと。
 ゆえに出来ない、日々の運動。
 国家騎士団総司令ならば、颯爽と走ってゆけるのに。
 「少し出て来る」と言いさえしたなら、運動も射撃も、思いのままに出来たのに。
(…まったく…)
 誰がパルテノンなぞを考え出したのだ、と溜息しか出ない座業の日々。
 思えば、あの頃が自分の頂点だった、と懐かしく思い出すジルベスター星系。
(ミュウの長どもと、派手にやり合って…)
 奴らの船では、下っ端に蹴りを山ほど食らわせたし、とアクティブだった日々に思いを馳せる。なんだって元老になったのだろうと、最前線の方が向いていたのに、と。
(…必要なことだと分かってはいるが…)
 辛いものだな、と苦痛な座業。デスクワークをやっているより、最前線、と。
 そんな具合で、心に愚痴を溜め込み続けるものだから…。


「…アニアン閣下のことなんだが…」
 お前、何か気付いていないか、とセルジュが呼び止めたキースの側近。実はミュウなマツカ。
「何かって…。どういう意味ですか?」
 振り返ったマツカが訊き返したら、「こう、何か…」と言い淀むセルジュ。普段はハキハキ、嫌味の類も遠慮なく吐くのがセルジュなのに。
(………???)
 何事だろう、と訝しむのがマツカだけれども、此処で心を読めもしないし、突っ立っていたら。
「…あえて言うなら、お身体だろうか」
 肩が凝ったとか、目が霞むだとか、そういったことを…。
 仰っておられないだろうか、と問われてハタと気付いたこと。そういえば…、と。
「何も聞いてはいませんが…。辛そうに見える時はありますね…」
 デスクワークが嫌いなのでしょう、と答えたマツカ。たまにキースの深い溜息を耳にするから。盗み聞きするつもりはなくても、聞こえる時があるものだから。
「やっぱり、そうか…」
 マズイな、と呟いているセルジュ。「パスカルも心配してるんだが」と。
「何をです?」
 まるで分からない「マズイ」の意味。キースに危険が迫っていたなら、ミュウの自分には分かる筈。暗殺計画だって阻止し続けて今に至るわけだし、どんな危機でも…、と考えたのに。
「…アニアン閣下の側近のくせに、お前、全く気付いていないな」
 閣下の危機に、とセルジュはフウと溜息をついた。「考えてもみろ」と。


 曰く、国家騎士団に在籍していた頃とは、ガラリと変わったキースの生活。ろくに運動も出来ないどころか、椅子に座りっ放しの日々。
 部下の自分たちは以前と同じに、立ち働いているけれど。呼ばれて走って、伝言を伝えに飛び出して行きもするけれど。
「…閣下はそういうわけにはいかない。元老だからな」
 トイレくらいにしか立てないだろう、と言われてみれば、そういう毎日。立っているキースをまるで見ないし、いつも机に向かって座っているわけで…。
「それが閣下のお仕事ですから…」
 当然なのでは、と口にした途端、「馬鹿野郎!」と罵声が飛んで来た。
「だから、お前は駄目なんだ。コーヒーを淹れるしか能の無い、ヘタレ野郎のままなんだよ!」
 閣下の危機にも気付かないのか、とセルジュの拳が震えている。「お前は馬鹿か」と。
「で、でも…。閣下は今は元老ですから…」
 以前のようにはいかないでしょう、と控えめながらも意見を述べたら、「役立たずめ!」と怒りゲージが更に上がった。「よく側近が務まるよな」と。
「いいか、閣下は椅子に座るのが辛いんだ!」
「そ、それは…。そうでしょうけど、元老という今の立場では…」
「分かっていないな、問題は椅子だ!」
 座り心地を良くして差し上げるのが側近だろうが、と怒鳴られても困る。元老用の椅子は執務室に備え付けの物だし、座り心地はいい筈だから。
 あれよりもいい椅子があったとしたって、ポケットマネーで買うのは厳しそうだから。
 それともセルジュやパスカルたちが、椅子代をカンパするのだろうか、とマツカはポカンと口を開けたままでいたのだけれども…。


「ヘタレに多くは期待していない。だが、買うくらいは出来るだろう!」
 サッサと出掛けて買って来ないか、とセルジュが命じるものだから。
「と、とても買えません…! ぼくには無理です!」
「当然だろうな、俺だって嫌だ。パスカルもきっと嫌がるだろう」
 喜んで買いに行くような奴はいない筈だ、と迫られても買えはしないのが椅子。元老御用達の椅子よりも立派な高級椅子など、マツカの給料ではとても買えない。
 だから…。
「それじゃ、カンパをしてくれませんか…?」
 ぼくのお金じゃ足りませんから、と頼もうとしたら、「カンパだって?」と見開かれた瞳。
「お前、そこまで金に困っているというのか、たかが円座も買えないくらいに…?」
 いったい何処で使ったんだ、と驚くのがセルジュ、それに負けない勢いで仰天したのがマツカ。
「円座…ですか?」
 なんですか、と真面目に訊いた。円座というのを知らなかったし、どうやら安い物らしいから。
「…円座も知らないヘタレ野郎じゃ、閣下の危機には気付かないよな…」
 忠告に来た甲斐があった、とセルジュは説明してくれた。珍しく、とても親切に。
 座業ばかりの日々が続くと、襲ってくるのが「痔」という病。
 痔を患うと、座るだけでも辛くなる。更に進めば歩行困難、お尻が痛い病だから。
 そんな病を患った人を称する言葉が「痔主」なるもの。
 円座は痔主の必須アイテム、ドーナツみたいに穴が開いているクッションだ、と。
 「アニアン閣下の痔が軽い内に、円座を買え」と、「閣下は自分では仰らないぞ」と。
 なにしろキースは我慢強いし、痔を患っても忍の一字で耐えるから。そうこうする内に進むのが痔で、放っておいたら手術するしか治療方法が無くなるから。


「閣下のことだし、薬だって使っておられないだろう」
 座薬や塗り薬もあるんだが…、とセルジュが眉間に寄せた皺。本当だったら、それを用意するのも側近の仕事なのだけれども、痔の薬には相性もあるようだし…、と。
「相性…ですか?」
「俺だと効いても、お前では効き目がイマイチだとか、そういうことだな」
 だから薬は閣下が自分で調達なさるしか…、とセルジュは何度目だか分からない溜息を一つ。
 薬を用立てることは無理だし、せめて円座を閣下に買って差し上げろ、と。
「分かりました。…円座ですね?」
「ああ。店に行ったら、直ぐ分かるだろう」
 俺やパスカルは、恥ずかしいから買いたくもないが…。痔主だと思われるからな。
 だが、お前なら…、と言われなくても、マツカの覚悟は出来ていた。
 ダテに長年、キースに仕えていないから。…キースに命を救われたのだし、「恥ずかしい病」の痔主なのだと勘違いされたって気にしない。それがキースのためになるなら。
「買って来ます。もう、今日にでも」
 キリッと思わず敬礼したら、「なら、行って来い」と応じたセルジュ。
「閣下の御用は、俺が代わりに伺っておく」
 お前は他の用事で出掛けている、と言っておくから、急いで円座を買って来い!
 店で一番いいヤツをな、と促されたマツカは、マッハの速さでパルテノンから飛び出した。店に出掛けて、急いで円座。キースが快適に座れるようにと、痔の進行を食い止められるように、と。


 かくしてマツカが買って来た円座、それがキースの椅子に置かれた。パルテノンの執務室の椅子はもちろん、家の椅子にも。
 マツカが出掛けた店で一番快適だという評判の円座、痔主の必須アイテムが。
(…………)
 何か勘違いをされているような、とキースは円座を眺めたけれど。
 自分は痔など患っていないし、どう考えても余計なお世話な物体だけれど。
(…あいつなりに気を回しているのか…)
 マツカの心配りは分かるし、あえて怒鳴ることもないだろう。それにいつかは…。
(…本当に痔になりかねないしな、今のままでは)
 座業の日々が続くんだ、と唸るキースは、とうに覚悟を決めていた。もう二度と最前線に戻れはしないし、ジムや運動の日々ともお別れ。国家主席になっても座業で、一生、座業、と。


 そんなわけだから、キースの椅子には行く先々で置かれる円座。それがマツカの心配りで、何処に行っても必ず円座。
 そういう日々が長く続いて、ある日、マツカは突然に逝ってしまったけれど。
 友だったサムが「あげる」とくれた大切なパズル、それも壊れてしまったけれど…。
(…円座は残っているんだな…)
 大事にせねば、とキースが見詰めた円座。これがマツカの形見になった、と。
 だからキースは地球に降りる日、忘れずに部下に円座を持たせた。「運んでおけ」と。
 わざわざキースが命令せずとも、セルジュもパスカルも、他の者たちも、痔主には円座が必要なことを充分に理解していたから…。
「諸君。…今日は一個人、キース・アニアンとして話をしたい」
 そう始まった、キースがスウェナ・ダールトンに託したメッセージ。
 カメラ目線で話し続けるキースの姿は、上半身しか映っていなかったけれど。下半身は机の下になっていたけれど、彼の椅子には円座があった。
 マツカの形見になった円座が。…誰もがキースを痔主なのだと思ったばかりに、買われた品が。
 そしてキースは伝説になった、円座に座っての大演説で。
 地球の地の底でミュウの長と共に戦った末に、幾つかの円座を彼が座っていた場所に残して…。

 

         主席の必需品・了

※ウチに痔主はいないんですけど、薬局で貰った円座が一個。たまたま床に転がっていて…。
 踏んづけてバランスを崩した途端にポンと浮かんだネタ。自分の頭が真面目に謎です。





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「出て来い! ぼくの呼び掛けに応えろ、ソルジャー・ブルー!!」
 そう叫んで闇雲に走りまくったジョミー。
 何処かにいる筈の諸悪の根源、奴を倒すといった勢いで。それは乱暴な足音を立てて。
 出て来やがれと、喧嘩上等だと突っ走っていたら…。
『ジョミー…』
 いきなり来たのが「頭の中に声」、迷惑極まりないミュウの特徴。思念波とかいうヤツ。
 しかし来たのは違いないわけで…。
(キターーー!!!)
 来やがったぞ、と立ち止まったら、続きが届いた。
『今、初めて自分の意志で、ぼくの心を読んでいる。…分かるか?』
 そう言われても、こっちが困る。そもそも心を読めはしないし、ミュウでもないから。
「…何処にいる!?」
 訊いているのに沈黙した相手、綺麗サッパリ無視された。売った喧嘩を華麗にスルーで、何処にいるかも喋らないのがソルジャー・ブルー。
(…あの野郎…!)
 真面目に上等、とガンガン走った、「多分、こっち」と思った方へ。
 何故だかそういう気分がするから、野生の勘が告げているから。「こっちですよ」と。
(馬鹿にしやがって…!)
 あのタコが、と走ってゆくジョミーはまるで知らない、きちんと心を読んでいることを。喧嘩の相手と目した相手の、「あのタコが」というソルジャー・ブルーの。


 せっせと勘で走って行ったら、突然、踏み付けた「変な」マンホールの蓋みたいなブツ。
(え?)
 なんだ、と思う暇もなくせり上がったソレ、あれよあれよという内に…。
(何処なんだ?)
 真っ暗なトコに出たんだけれど、と見回した部屋は深海のよう。暗すぎる中に青い光がぼんやり灯って、妙なスロープが伸びていて…。
(…あいつなのか!?)
 ソルジャー・ブルーか、とガン見したのがスロープの先に置かれたベッド。
 その上に誰か寝ているからして、恐らくソルジャー・ブルーだろう。さっきフィシスと名乗った女性が言っていたから。「ソルジャーは、とてもお疲れなのです」と。
(あいつが勝手に疲れたわけで…!)
 頼んでもいないのに、妨害してくれた成人検査。「助けた」も何も、余計なお世話。
 もしも邪魔されなかったならば、「不適格者」にはなっていないから。今頃は成人検査を無事にパスして、大人の仲間入りだったから。
(よくも人生、メチャクチャにしてくれやがって…!)
 この礼はキッチリしてやらないと、とスロープをズンズン歩いていった。「一発、殴る」と。
 疲れていようが、寝込んでいようが、「このジョミー様を、舐めるんじゃねえ!」と。
 そうしたら…。


(へ?)
 なんて奴だ、と見開いた瞳。
 ソルジャー・ブルーは、なんとブーツを履いたままでベッドに寝ていたから。それも半端な長さではない立派なブーツで。
(靴のままでベッド…)
 それは無いだろ、と呆れた行儀。アタラクシアの家で、何度叱られたか分からないから。
 懐かしい家で優しい母から、「靴を履いたままで、ベッドに寝ないで頂戴!」と。
 ブーツではなくて、スニーカーだったのに。…目の前のタコより、よっぽど可愛かったのに。
(それも、いい年こいた大人が…)
 ブーツなんか履いて寝てんじゃねえよ、と一方的に燃やした闘志。やっぱり殴る、と。
 けれども、ソルジャー・ブルーと来たら、「よっこいしょ」といった調子で起き上がって来て、悪びれもしないものだから。
「…あなたが…」
 殴り飛ばす前に確認しよう、と睨み付けたタコ、いやソルジャー・ブルー。
 ブーツで寝るようなタコの方では、まるで気にしていないらしくて、ベッドから下りると平然とこっちに近付いて来た。キモチ年寄りっぽい足取りで。
「…こうして会うのは初めてだね。…ジョミー」
 言い種からして、もう本当に「悪い」とも思っていないタコと分かるから、怒鳴ってやった。
「どうして、ぼくなんだ!」
 …どうして、あんな夢を見せたりしたんだ、ぼくはミュウじゃない!!


 ブチかます、と取ったファイティングポーズ、握り締めた左手の拳。
 なにしろミュウは弱いそうだし、利き手はマズイだろうから。後々の自分の立場を思えば、利き手は封じて、左で殴るのが吉だから。
 「どついたるねん」とばかりにグーで構えて、にっくきタコにガンを飛ばしたけれど。
 どのタイミングで一発かますか、闘志満々だったのだけれど。
(…え?)
 こいつ、いったい…、と「ブーツでベッド」以上に呆れた、目の前のタコの態度なるもの。
 本当に真面目に信じられない、これが初対面の相手に向かってやることか、と。
(……すっげえ態度……)
 ぼくのママでも怒るから、とポカンと眺めたヘッドフォン。…タコが頭に装着している、とても立派でデカイ代物。さぞや音質がいいのであろう、と容易に想像出来るブツ。
(…誰かと喋る時には、外せよ!)
 何を聴いてるのか知らないけれど、とブーツを履いて寝ていた以上にムカつく光景。
 いくら船では一番偉いのがソルジャーとはいえ、どう考えても舐められている。ヘッドフォンを頭にくっつけたままで、「初めてだね」も何もない。
 こうしている間も、ソルジャー・ブルーは、目の前のタコは…。
(…何かガンガン聴いているんだ…)
 こっちの喋りは適当に聞いて、お気に入りの曲か何かに夢中。そうでないなら、ヘッドフォンを外す筈だから。…そのままで客には会わないから。


 ブーツのままで寝ていたことも大概だけれど、ヘッドフォン。もう本当に最悪すぎるのがタコ、これが長だと言うから泣ける。ミュウどもの態度が悪い理由も分かってしまった。
(…トップがこれじゃあ…)
 誰の態度も右へ倣えで、礼儀も何も無いだろう。喧嘩を売って来たミュウの少年、あれも恐らく目の前のタコの日頃の言動、その薫陶を受けて育った結果。
 これは仕方ない、と嫌すぎるけれど理解した。こんな長なら、ああなるよ、と。
 だからMAXな怒りをぶつけた、諸悪の根源なタコ野郎に。ソルジャー・ブルーに。
「成人検査だって、あんたが邪魔しなければ、ちゃんと通過していたかもしれない!」
 そうしたら…。ぼくは、こんな所に来たくはなかった…!
 殴る気力も失せていたから、仰いだ天井。なんてこった、と。
 この期に及んでも、ヘッドフォンを外そうともしないのがタコ、何を言っても無駄すぎる相手。
 馬の耳に念仏だとか、馬耳東風だとか、それを文字通りに体現するタコ。
 「聞く耳なんかは持っていない」と、今も音楽鑑賞中。でなければ落語か野球中継、お笑い番組かもしれない。…そういうコンテンツがSD体制の時代にあるかどうかは、ともかくとして。
 まるで全く聞かないのがタコ、右から左へスルーどころか、「聞きませんよ」なヘッドフォン。
 どんなに怒りをぶつけてみたって、タコの脳内ではBGM以下の扱いだから。
 次の瞬間にもプッと吹き出し、もうケタケタと笑い出すかもしれないから。…聴いているのが、今をときめく最高の漫才とかだったなら。


 どうせ聞いてはいないんだろう、と諦めの境地で見詰めたタコ。あのゴージャスなヘッドフォンから流れているのは、イケてるロックか、はたまたヘビメタ、あるいはまさかのクラシック、と。
 無駄に美しすぎる顔だし、キャラ的に似合うBGMならクラシック。
 そうは言っても酷すぎる態度、どちらかと言えばパンクとかだよ、とか思っていたら…。
 ゆっくりと赤い瞳を瞬かせたタコ、そして静かに口を開いた。
「では…、どうしたい?」
「えっ?」
 あまりにも意外すぎる展開、一応は聞いていたらしいタコ。
 そういうことなら、とダメ元で大声で喚いてやった。今だってタコが聴き続けている、ロックのビートに負けないように。
「ぼくをアタラクシアに…、家に帰せ!」
 でないと殴る、と再び握った左の拳。此処まで態度の悪いタコなら、殴ってしまえ、と。
 そこで流れた沈黙の時間、タコが聴いているのは、やはりお笑いだっただろうか。丁度いい所に差し掛かったわけで、聴き逃せない山場なのだろうか、と睨んでいたら…。


「…分かった」
「あ?」
 マジで、と見据えたタコの表情、ちゃんと話を聞いていたのか。
 …時々、妙に間が開くけれど。
 今もやっぱり「だんまり」だけれど。BGMだか、お笑いだかに気を取られていると、この間が語っているのだけれど。…それは雄弁に。
(……この野郎……)
 こっちは人生かかってんだよ、と許せない沈黙がちょっと流れて、またタコのターン。
「…行くがいい。…リオ」
 ジョミーを送ってやってくれ、というタコの呼び掛け。「はい」と奥から現れたリオ。
『行きましょう、ジョミー』
 どうやら本当に帰れるらしくて、其処は非常にラッキーだけれど。
 飛び跳ねたいくらいに嬉しいけれども、タコはそれでもいいのだろうか?
(えっと…?)
 ぼくを無理やり連れて来たくせに、と歩きながら後ろを振り返ってみたら…。


(…ヘッドフォン…)
 そっちの方に夢中なわけね、と知りたくもない現状を把握。
 忌々しいタコは、ソルジャー・ブルーは、キッパリ横顔だったから。
 こちらに顔を向けさえしないで、ヘッドフォンごと自分の世界にドップリ浸っている最中。
(…はいはい、ぼくよりロックか、お笑い…)
 もう知るもんか、と船にオサラバすることにした。
(……ぼくは…ミュウなんかじゃない……)
 ブーツを履いたままでベッドに寝ていて、客と話す時もヘッドフォン。
 礼儀作法などあったモンじゃない、という最低なタコが統べているのがミュウだから。
 どんなに顔がイケていたって、肝心の中身がコケまくっているタコがソルジャーなのだから。
 そのタコは今もヘッドフォンを着けて、ベッドサイドで絶賛音楽鑑賞中。
 ヘビメタかパンクか、音楽でなければ落語か漫才、そういった感じ。間違えたって、格調の高いクラシックの線は有り得ない。…教養講座の類だって。


 勝手にしやがれ、と背を向けておいたソルジャー・ブルー。腹立たしいタコ。
(…どうして……こんなことに…)
 礼儀もクソも無いようなタコに、ロックオンされて拉致られたなんて、と泣きたい気持ち。
 なんとか家には帰れそうな具合になってきたけれど、最悪すぎるミュウの船。
 よりにもよってタコがソルジャー、と仏頂面で歩くジョミーは、夢にも思っていなかった。
 ヘッドフォンだと思い込んだブツが、本当は補聴器だったとは。
 記憶装置まで兼ねているヤツで、後に自分が受け継ぐことになるモノだとは。


 そしてジョミーに「行くがいい」と告げたソルジャー・ブルーも、まるで分かっていなかった。
 補聴器が激しく誤解されたことも、「人の話を聞かない奴だ」と思われたことも。
 礼儀知らずなタコ野郎だと、ジョミーが怒っていることも。
 事の起こりは、ほんの些細な勘違い。
 けれども誤解は解けなかったから、ジョミーはサックリ帰って行った。
 ほんの一言、説明したなら、きっと無かったろう悲劇。
 「これは補聴器なんだけれどね」と、ソルジャー・ブルーが頭を指差していたら。
 ブーツでベッドの件はともかく、補聴器だけでも、ヘッドフォンとは違うと言っておいたなら。
 …きっと世の中、こんなモノ。
 誤解の種など落ちまくりだから、ピーナツ入りの「柿の種」にも負けないレベルなのだから…。

 

        誤解された長・了

※アニテラで全くは説明されずに、突っ走っていたのがブルーの補聴器。かなり後まで。
 補聴器なんだと気付かなかったの、視聴者だけではなかったかもよ、という話…。





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(化け物の力も使いようだ)
 マツカは役に立つだろうな、とキースの唇に浮かんだ笑み。
 丁度いいモノが手に入ったと。
 ミュウの調査に出掛けるためには、お誂え向きと言ってもいい。
(可哀相だ、と助けてしまったが…)
 サムが、シロエが重なったから。
 怯え、震えるマツカの上に。
 「そうなれなかった」と叫んだ顔に、その声に。
 単なる気まぐれ、一匹くらいは生かしておいてもいいだろうと。
 ミュウを相手に戦うのならば、きっとマツカは役立つから。
 その辺の兵士などよりも。
 対サイオンの訓練を知らない者よりは、よほど。
 だからマツカを連れてゆこうという心づもり。
 グレイブが何を言って来ようが、あれを連れて、と。


 あと一時間もすれば出発、ジルベスター行きの船にマツカも乗せる。
 誰にも文句を言わせはしないし、マツカの力を役立てるために。
 そういうつもりでいるのだけれども…。
(……違うな……)
 本当の理由は別にあるのだ、と自分でも分かる。
 マザー・システムの目から逃れて、生きていたミュウ。
 劣等生だったと泣いていたマツカ。
 彼の向こうに、どうしても見えるミュウの少年。
 何処もマツカに似ていないのに。
 むしろ逆だと言っていいほど、気性が激しかったのに。
(…シロエ…)
 自分が処分した少年。
 E-1077の卒業間際に、マザー・イライザの命令で。
 「撃ちなさい」という冷たい声で。
 シロエが乗った船を撃ち落とした、自分の手で。
 追われていたのを匿ったほどに、話したいとも思ったシロエを。
 あの時は何も知らなかったけれど、メンバーズになってから聞かされたこと。
 シロエはMのキャリアだったと、ミュウだったのだと。


(偶然、成人検査をパスしただけ…)
 マツカと同じ。
 そうそういない筈の人間、シロエは例外の筈だった。
 二人目、三人目のシロエに出会うことなど、けして無いだろうと思っていた。
 けれど、出会ってしまったマツカ。
 シロエと同じに、成人検査をパスしたミュウ。
 見た目も中身も違うけれども、其処だけは同じ。
 それからマザー・システムが施す教育、それに順応出来ない所も。
(…二人目のシロエ…)
 まるで違うのに、似ているマツカ。
 何処が似ているかと問われたならば、境遇だけしか似ていないのに。
 シロエが辺りを焼く劫火ならば、マツカは消えそうな風の前の灯。
 劇薬のような毒を振りまく者がシロエなら、マツカは湖に落ちた一滴の薬。
 それほどに違う、二つの存在。
 なのに重なる、不思議なほどに。
 マツカの怯えた表情の上に、シロエの皮肉な表情が。
 ただ泣いていたマツカの涙に、勝ち誇ったシロエの笑い声が。


 だから助けた、と本当は分かっている真実。
 マツカを殺さず、生かした理由。
 それはシロエの身代わりなのだと。
 遠い日に自分が殺したシロエ。
 マザー・イライザに逆らえないまま、命を奪ってしまったシロエ。
 あの時、自分が強かったならば、シロエの船を見逃がせた筈。
 何処へなりと行けと、機首を返して。
 船のエネルギーが尽きる所まで、思いのままに飛んでゆくがいいと。
(…放っておいても、シロエの船は…)
 何処へも行けはしなかった。
 練習艇に積まれた燃料、それだけで地球は目指せないから。
 何処の星へも、辿り着くことは不可能だから。
 エネルギーが尽きた時点で、断たれてしまう酸素の供給。
 シロエの命は其処で潰えて、けして何処にも辿り着けない。
 永遠に宇宙を漂い続ける船と一緒に、シロエもまた。
(…なのに、私は…)
 その選択肢を選べなかった。
 あまりにも真面目すぎたから。
 マザー・イライザに、システムに疑問を抱いていたのに、漠然としたものだったから。
 今ならば分かる、今ならば出来る。
 シロエの船を見送ることも。
 何処までも飛べと、撃墜しないで機首を返すことも。


 かつて自分が出来なかったこと。
 思い付きさえしなかったことが、今なら出来る。
 シロエと同じに成人検査をパスして来たミュウ、それを生かしておくことが。
 マザー・システムの監視を振り切り、手元に隠しておくことが。
(私の側が何処よりも安全なんだ…)
 まさかミュウなど、生かすようには見えないから。
 冷徹無比な破壊兵器と、皆が言うような存在だから。
(…私にも情があるなどと…)
 誰も思うまいな、と苦い笑みが浮かぶ。
 「らしくないな」と、「キース、お前は何をしたい?」と。
 答えなら、とうに持っている。
 とうに出ている、「マツカを生かし続ける」こと。
 それが自分のやりたいこと。
 シロエのようにはさせないことが。
 上手く生かして、自分の役に立てて、マツカの評価も上げてゆくこと。
 マザー・システムが、けしてマツカを疑わぬよう。
 誰一人として、彼がミュウだと気付かないよう。
(……私なら出来る)
 マザー・システムを、軍を欺くことも。
 一生、マツカを匿い続けて、人類の世界に置いてやることも。


 もう決まっている自分の道。
 今日から自分はマザーを裏切る、ミュウを側に置いて。
 処分させずに、素知らぬふりで。
(…ミュウの調査に行くのだがな…)
 それとこれとは別の話だ、と自分の中に引いた一本の線。
 自分の側に入ったミュウは殺さない。
 誰にも殺させたりはしないし、命ある限り匿い続ける。
 それがマザー・イライザへの自分の復讐、マザー・システムに対する反抗。
 このくらいしか出来ないから。
 今の自分に出来そうなことは、まだそれだけしか無いのだから。
(…しかし、この線の向こうのミュウは…)
 敵だ、と断じる心もある。
 人類とミュウは相容れないから、ミュウは危険な生き物だから。
 追い詰めて狩り出し、処分すべきモノ。
 それもまた、自分の行くべき道。
 …今の所は。
 天が、歴史がミュウを選ぶまでは、ミュウに与する日が来るまでは。
 ミュウの前に自分が膝を折る日が、首を垂れて跪く時が訪れるまでは。


 けれど、自分はもう決めた。
 マザー・システムへの裏切りを。
 遠い日に「撃ちなさい」と命じたマザー・イライザ、あの機械への復讐を。
 弱いマツカを生かしておくこと、それが自分の一生の使命。
 システムにマツカを殺されたならば、また同じことの繰り返しだから。
 二人目のシロエを失くしてしまって、深い後悔に苛まれるだけ。
 だから負けない、この戦いには負けられない。
(…マツカが最後のミュウになろうが…)
 生かすのだから、と誓う相手は自分の心。
 マザー・システムに忠誠を誓った、同じ心に違う誓いを。
(私が生きている限り…)
 マツカは誰にも殺させない、と固めた決意。
 二人目のシロエは、もう沢山だと。
 それをこの目で見るくらいならば、ミュウをいくらでも殺してみせる。
 心の中に引いた一本の線の、向こう側にいるミュウならば。
 端から殺して焼き払ってみせる、それも自分の行く道だから。
 たとえ、矛盾していようとも。
 マツカを生かし続ける隣で、何万のミュウが死のうとも。


 線の向こうと、こちらの側と。
 恨み言なら、線を越えてから言うがいい。
 こちら側へと渡り、踏み越えて。
 それから責める言葉を浴びせて怒り狂うがいい、そう出来るミュウがいるのなら。
 この線を越えるミュウがいるなら。
 こちら側へと踏み越えたならば、そう、そのミュウは殺さない。
 自分自身に誓ったから。
 二人目のシロエは見たくないから。
(…本当に越えて来たならな…)
 そのミュウもまた、生かしておく。
 マザー・システムを裏切り、騙し、欺いて。
 「実に役立つ、いい部下です」と涼しい顔をし、軍の者もまた欺いてやる。
 そうすると、もう決めたから。
 遠い昔に出来なかったこと、それが出来るだけの強さを自分は持っているから…。

 

        生かしたいミュウ・了

※キースがマツカを見逃がした理由。どうしてマツカを生かしておくのか、ちょっと捏造。
 本当はもっと単純でしょうけど、せっかくシロエがミュウなんだから、と。…ダメ?





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「ママもブルーも…優しい人だった」
 ジョミーまで殺させはしない!
 そう言ってキースを攻撃したのがトォニィ、瞳がキラリと光ったけれど。
 容赦なくサイオンでキースの首を絞め上げながら、「苦しいか?」などと凄んでいるけれど。
 「お前は、簡単には死なせない」と決め台詞よろしくやっているのだけれども、ちょっと考えて頂きたい。
 いや、トォニィが考えるわけではなくて。
 もちろんキースの方でもなくって、考えるのはそう、其処の「あなた」で…。


 トォニィのママはカリナだからして、「優しい」はデフォ。
 SD体制始まって以来の自然出産児、トォニィを産んだくらいなのだし、優しくて当然。それに看護師だってやっていたから、「優しい人」で間違いはない。
 たまに「このクソガキャー!」とキレることが仮にあったとしたって、基本は優しいのが母親。
 我が子に向かって「クソガキ」だろうが、「ボケ!」だろうが。
 子供を小脇にガバッと抱えて、お仕置きにお尻パンパンだろうが。
 母親はそういうものだから。
 我が子可愛さで叱るものだし、時には手だって上げたりもする。
 言うことを聞かないクソガキだったら、「このクソガキャー!」と。
 そのクソガキがオンオン泣こうが、躾とばかりにお尻パンパン、それが母親。
 思い切り叱って叱り倒したら、「いい子ね」と涙を拭いたりして。「もうしないのよ?」と頭を撫でてやったりもして、ギュッと愛情たっぷりのハグ。


 ゆえに、カリナは優しいだろう。
 トォニィがキースに言った通りに、「優しい人」で合っている。
 幼かった日のトォニィがお尻を叩かれていても、「このクソガキャー!」とやられていても。
 その件については、誰も入れられないツッコミ。
 母親というのは優しいものだし、トォニィもそう感じて大きくなっただろうから。
 ところが此処に問題が一つ、カリナとセットで挙がったブルー。
 「ママもブルーも」とトォニィは言って、「優しい人」だと言い切ったわけで。
 つまりは、ブルーもカリナとどっこい、そのくらいにトォニィにとっては「優しかった人」。
 わざわざ仇を取りに行くくらい、「殺させはしない」と叫んだジョミーと並ぶくらいに、大切な人で「優しい人」。
 それがトォニィにとってのブルーで、注意すべきは其処だったりする。
 どうしてブルーが、カリナと肩を並べるくらいに「優しい人」になっているのか。
 グランパなジョミーに負けない勢い、それほど大事に思われているか。


 よく考えたら、誰もが気付く。
 「いったい、何処でトォニィは、ブルーに可愛がって貰いましたっけ?」と。
 誰もが突っ込む、「ブルーは優しい人かもですけど、トォニィに優しくしてましたっけ?」と。
 もちろん、接点だったら幾つか。
 キースの脱走騒ぎの時には、身体を張ってトォニィをキャッチしたのがブルー。
 お次はナスカがメギドの炎に襲われた時で、最初にシールドしたのがブルー。そのシールドを強化したのがトォニィたちで、共に戦った戦友ではある。
 最後は「この子たちを連れて行くのか?」と、「ぼくが時間を作る」と、ブルーが単身、メギドに向かって飛び去った時。
 その三つだけで、他には全く無いのがブルーとの接点なるもの。
 たったの三つで、それ以上でも以下でもないのが、トォニィにとってのブルーの筈で。
 三つだけしか無かった接点、どう転がったら「優しい人」が出来上がるのか。
 母親のカリナと並ぶくらいに、グランパなジョミーと同等に扱われるような人物に。


 どう考えても、「無いでしょ?」なのに。
 ブルーはトォニィを育てていないし、ジョミーよろしく懐かれてもいない。
 本当だったら、此処でトォニィが言うべき台詞は…。
 「ママは優しい人だった」なわけで、ブルーの名前は出て来ない筈。
 「優しい人」という括りでは。
 なんとしてでも、名前を出そうと言うのだったら、「強い人」とか、そういった感じ。
 ミュウの未来を守って散ったし、その言い方なら、多分、変ではないだろう。
 それとも「大いなる愛」でミュウを守って散ったからして、「優しい人」で押し通すか。
 もうゴリゴリと押し通すならば、それでなんとか通りはする。
 ミュウを守った優しい人だと、さながら聖母のような人だ、と。
 聖母だったら、実の母親ともガチで勝負が出来るから。
 ガチンコ勝負で負けはしないし、場合によっては母親に勝つ。


 けれど、本当にそれでいいのか、その論法で正解なのか。
 「ママもブルーも…優しい人だった」というトォニィの言葉、それを正しく読み解くには。
 カリナとガチでやっても負けない、「優しい人」というブルー。
 トォニィの大切なグランパのジョミー、彼ともタイマンを張れるほど大切に思われるブルー。
 「ミュウの未来を守った」聖母だったら、カリナと並んで立てるのか。
 トォニィを産んだ実の母親、「このクソガキャー!」とお尻パンパン、そんなカリナとブルーが同等の地位に就けるのか。
 「優しい人だった」と仇を討ちにゆくほど。
 ジョミーを同じに殺させはしないと、キースの首をジワジワと締めにかかるほど。


(…ブルーは優しい人だったんだ…!)
 なのに優しいブルーもママも、とキースの首を締めているトォニィ。
 こいつが殺してしまったんだと、ママも、ブルーも、と。
 未だに「ブルー」を連呼なわけで、ママと並んでブルーの名前。
 まるで接点は無い筈なのに。
 せいぜい三回、それだけしか会っていないのに…、と考えた「あなた」は間違っている。
 大切なことをサラッと忘れて、ケロリと忘れてしまったオチ。
 あれから八年以上経ったし、それも仕方がないけれど。
 毎日の萌えにリアルの生活、色々なことがあるのだからして、忘れても仕方ないけれど。


 DVDをお持ちだったら、最終話を観て頂きたい。
 それの終盤、お絵描きをするトォニィを。
 ソルジャーを継いだらしいトォニィ、彼が回想しているシーン。
 まだ幼かった頃のトォニィ、呼び掛ける「優しい母親」のカリナ。
「トォニィ、トォニィ…」
「ん?」
 トォニィは其処で振り返るわけで、「何やってるの?」とカリナの声。
「まあ…。上手に描けたわね」
 「パパ、ママ、ぼく…」と、順に絵を指してゆくトォニィ。
「グランパ!」
 そう得意そうに差し出した絵には、ジョミーが大きく描かれていて…。
 ジョミーの左側、後ろに「有り得ない」人物。
 どう見ても「笑顔」で寝ているのがブルー、恐らくは青の間のベッド。そこ以外には、ブルーのベッドは無いのだから。
 でもって、ブルーは「笑顔」で寝ていて、トォニィにとっては…。


(本当に優しかったんだ…!)
 ママもブルーも、と絶賛キースの首締め中のトォニィ、本当に優しかったのがブルー。
 まだ幼かったトォニィを連れて、ジョミーが青の間に出掛けた時に。
 「ブルー、この子が分かりますか?」と。
 昏々と眠り続けるブルーに、「母親のお腹から生まれた子供ですよ」と。
 そうやってジョミーが抱いていたトォニィ、ようやく「おむつ」が外れたばかり。
 「こんなに大きくなったんですよ」と、ジョミーはトォニィを差し出したわけで。
 「見えますか?」と両腕で抱いて近付けたブルーの胸元、悲劇は其処で起こってしまった。
 なんと言っても、子供だから。
 先日「おむつ」が取れたばかりの、本物の幼児だったから。
 ジョバーッとやってしまった「お漏らし」、それもブルーの胸元で。
 慌てたジョミーが引き戻す前に、もうジョバジョバと。
 ブルーの顔にもかかる勢い、上掛けだって、華々しく濡れてしまったわけで…。


(あの時、ブルーは…!)
 ママと同じに優しく許してくれたんだ、とトォニィは忘れていなかった。
 幼かった日の大失態を、その時に感じたブルーの思念を。
 ほんの微かなものだったけれど、「泣かないで」と。
 「子供なんだし、仕方ないよ」と、「ぼくは怒っていないから」と。
 ジョミーはオロオロしていたけれども、ブルーの思念に気付いてさえもいなかったけれど…。
(ぼくは確かに聞いたんだ…!)
 深い眠りの底にいたブルー、その人が紡いだ優しい声を。
 まるで母親のカリナさながら、それは優しく心に届いた思念波を。
 ブルーの思念は「いい子だね」と微笑んでいた。
 「このクソガキャー!」と怒鳴る代わりに、「泣かないで」と。


 それを確かに耳にしたから、感じたのだから、忘れない。
 「ブルーは優しい人だった」と。
 顔にかかるほど激しい「お漏らし」、上掛けどころか、ブルーの服まで濡れたのに。
 あの後、係が着替えさせるのを、泣きじゃくりながら見ていたのに。
(…あんなに優しかったブルーを…)
 こいつが殺した、とギリギリと締めるキースの首。
 ママもブルーも優しかったと、大切な人たちを殺した男、と。
 ジョミーまで同じ目に遭わせはしないと、その前にぼくが殺してやる、と。
 カリナもブルーも、誰よりも優しかったから。
 幼かった自分が「お漏らし」したって、二人とも怒りはしなかったから…。

 

        優しかった人・了

※いや、トォニィに「優しい人だった」と、言われるようなブルーでしたっけ、と。
 こっちの方が自然だよな、と浮かんで来たのが「お漏らし」事件。青の間に行ったならね!



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