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(危険だ、あいつは…!)
 ナスカに降ろしてたまるものか、とジョミーが引き摺り落とした船。
 それに乗っていた男ごと。「知っている感じ」がする人間ごと。
 真横を掠めて落ちたからして、「くたばったのか?」と確認に出掛けた操縦席。覗いたら空で、後ろで聞こえた呻き声。
 しぶとく生存していた人類、身元を確かめなければならない。その目的も。
『お前は、何者だ…!』
 答えろ、お前は何者だ…!
 そう送った思念、男の意識が戻って来たから畳み掛けた。
 「何処から来た」と「目的は何だ」と、「誰に命じられた」と。その答えは…。
(メンバーズ・エリート…)
『人類統合軍の犬というわけか。マザーの勅命でミュウを倒しに…!』
 この野郎、と睨み付けた犬。「テメエ、ただではおかないからな」とばかりに闘志満々で。
 ガチで勝負で、負けるつもりはまるで無かったジョミーだけれど…。
「えっと…? 此処は何処ですか?」
 ぼくはいったい、と起き上がったのが野犬、いやいや人類統合軍の犬。
 しきりに頭を振っている上、なんともボケている雰囲気。マザーの勅命は何処へ行ったか、その欠片すらも全く無い感じ。
(えっと…?)
 なんだか変だ、とジョミーの方でも訊きたい気分。「どちら様ですか?」と。
 綺麗サッパリ消えている敵意、さっきまでガンガンしていたのに。船がナスカに落ちる時まで、危険も敵意も満載だった筈なのに。
(いったい何があったんだ…?)
 こいつ、とポカンと犬を眺めたジョミーだったけれど…。


 犬の方でも、まるで分かっていなかった。自分が置かれた状況が。
 墜落した時に頭をぶつけて、飛んでしまった記憶というヤツ。それはもう綺麗にサッパリと。
 教育ステーションを卒業してからの十二年分ほどが、ものの見事に。
 そんなわけだから…。
「ぼくは事故に…?」
 遭ったんですか、と訊かれて唖然としたジョミー。事故も何も、と。
(…ぼくが墜落させたのに…!)
 何も覚えていないのか、と観察した犬、本当に記憶が無いらしい。自分は消していないのに。
(……記憶喪失……)
 きっと打ち所が悪かったんだな、と把握した人類統合軍の犬の現状。
 そういうことなら、色々と役に立つかもしれない。なにしろ犬は記憶を失くして、リセット状態らしいから。…メンバーズになる寸前くらいで。
 だったら、まずは信頼関係。其処が大切、これが今後を左右する筈。
 もうとびきりの営業スマイル、そして右手を差し出した。
「落ちるのを見たから、救助に来たんだ。…君は?」
 ぼくはジョミー・マーキス・シンだ、と名乗ったら。
「ありがとうございます。…キース・アニアンです」
 E-1077に所属しています、と犬は友好的だった。記憶が飛んだ後だから。
 マザーの勅命もミュウを倒すことも、何も覚えていなかったから。


 其処へ折よくやって来たリオ、どうやらハーレイが寄越したらしい。「様子を見て来い」と。
 丁度いいから、シャングリラに連れて行くことにしたキース、犬から昇格した男。
 格納庫には長老たちが、「危険じゃ」と諫めに来たけれど…。
「はじめまして。…此処が皆さんの船ですか?」
 こういう船は初めて見ます、と礼儀正しいのがキース。学生時代の終盤辺りにリセットだから、少しも大きくない態度。
「なんじゃ、こいつは?」
 どうなっとるんじゃ、とゼルが指差すから、思念で説明したジョミー。「記憶喪失だ」と。
『今のキースは、メンバーズだが、メンバーズだったキースじゃない』
 こちら次第でどうとでもなる、とニッと笑った。「何も覚えていないから」と。
『では、ソルジャー…。彼をどうすると?』
 ハーレイが訊くから、「友達から始めてみようかと…」と思念で返答、キースを皆に紹介した。
「ナスカに墜落した客人だ。E-1077所属のキース・アニアン」
「キースです。…よろしくお願いします」
 お世話になります、とキースがやったものだから、一気に和んだ場の雰囲気。本当にただの学生らしいと、少なくとも中身は学生だな、と。
「ようこそ、シャングリラへ。…私が船長のハーレイだ」
「わしは機関長のゼルじゃ」
「あたしは航海長のブラウさ。まあ、家だと思って寛いでくれれば…」
 歓迎するよ、と迎えられてしまった、元は犬だったキース・アニアン。なりゆきだけで。
 記憶がサッパリ消えているなら、役に立つ知識が満載なだけの学生だから。


 そんなこんなで拾われたキース、学生時代はサムとも仲良くやっていた男。…不器用なりに。
 彼から見ればジョミーは命の恩人なのだし、年だって近いわけだから…。
「…この船だけで生きているのか、君たちは?」
 大変そうだな、とキースが同情したミュウの境遇。なんとも不自由そうなのだが、と。
「いや、慣れてしまえばそれほどでも…。済めば都とも言うからね」
 それにナスカも多少は使える、と応じたジョミー。「ただ、問題が幾つか…」とも。
「問題…。それはテラフォーミングの関係か?」
 上手くいかないのか、とキースが尋ねるから、「そっちはまだしも…」と濁した言葉。
「野菜だったら色々育つし、長い目で見ればいけると思う。だが…」
「何かあるのか?」
「出て行け、と言わんばかりの連中がいてね…」
 我々の存在が邪魔らしいんだ、と切り出した核心、キースは「何故だ?」と驚いた。
「この船の他には、あの星だけしか無いんだろう? なのに出て行けと?」
「ああ。…よほど邪魔なんだろうな、ミュウというのが」
 人類は、とフウとついた溜息、「そんなことは…」と顔を曇らせたキース。
「ぼくも、その…人類だというのに、君は救助をしてくれたわけで…」
 きっと誤解があるのだろう、とキースの瞳にキリッと浮かんだ使命感。
 人類の世界に戻った時には、自分が誤解を解いてみせると。命の恩人には礼をせねば、と。
「…それをやったら、君も大変だと思うんだが…」
 いいんだろうか、と言いつつ、内心ホクホクのジョミー、「上手くいった」と。キースの方は、もう大真面目で、「任せてくれ」と拳を握った。
「まだ学生だが、いずれはメンバーズになるわけで…。その時は、必ず」
 恩を返す、とガッチリ握手。「男と男の約束だ」と。


 こうしてジョミーが友好を深めている間にも、色々と入る有益な情報。
 キースは学生気分だけれども、本当はメンバーズ・エリートだから。おまけに心理防壁の訓練を受ける前の状態までリセットだから…。
(……読み放題……)
 サムとマブダチだったことまで読み取れた。これはなんとも美味しい話。
(…サムは、ぼくと友達だったばかりに…)
 悲しい結末になったけれども、サムの犠牲は無駄にはすまい。代わりにキースと友達になって、ミュウの未来をガッツリ掴もう、と決意したジョミー。
 さりげない風で振った話題がサムの話で、キースは一気に食い付いた。
「そうだったのか、何処かで聞いた名前だとは思っていたんだが…」
 君がサムの、と喜んだキース。「サムとは同級生なんだ」と。
「なんだ、君もサムと知り合いだったのか…!」
 奇遇だよね、と叩き合った肩、ますます深くなった友情。
 キースはすっかり「ミュウと友達」、たとえ記憶が戻ったとしても…。
(…これだけしっかり叩き込んでおけば…)
 もう安心だ、とジョミーが弾いたソロバン、其処へ最強のミュウがやって来た。
 何のはずみか、十五年もの長い眠りから覚めた先代の長で、ひょっこりと顔を覗かせて…。


「話の途中に申し訳ない。…お邪魔するよ」
 ぼくも一緒にいいだろうか、と話に入って来たジジイ、いやソルジャー・ブルー。
 見た目は若いし、キースは全く気にしなかった。「友達が一人増えた」という程度の認識。
 ソルジャー・ブルーは何もかも、とうにお見通しの上に、巧みな話術。
 キースはミュウの迫害の歴史と苦労話に滂沱の涙で、「きっと助ける」と約束した。
「今は一介の学生の身だが、君たちのためにも努力しよう」
 まずはメンバーズで、必要とあらばパルテノン入りして、国家主席も目指すから、という誓い。
 そしてソルジャー・ブルーはといえば…。
(…この男だったら、出来るだろうな…)
 ジョミー以上に長生きしていて知識がある分、気付いたキースの生まれというヤツ。
 機械が無から創った生命、フィシスと同じ身の上だ、と。人類の指導者候補なのだ、と。
(…そうとなったら、念には念を…)
 記憶を取り戻した後も、ミュウとの友情も約束のことも忘れるなよ、とサックリとかけた強力な暗示。たとえ機械が干渉したって消せないレベルとクオリティで。
 ダテに長生きしてはいないと、ソルジャー・ブルーを舐めるんじゃない、と。


 かくして駄目押し、人類統合軍の犬だったキースは、根っからミュウ派になってしまった。
 記憶喪失が治ったとしても、忘れはしないミュウとの友情、それに約束。
 其処へ「アニアン少佐、聞こえますか!」と、彼の部下らしきミュウが来たものだから…。
「…キース、迎えが来たようだ」
 其処まで送ろう、と申し出たジョミー。
「ありがとう。…今日まで世話になった」
 約束のことは忘れないから、とキースはジョミーとしっかり握手で、ソルジャー・ブルーや長老たちとも握手で別れた。「感謝する」と。
 そんなキースを、ジョミーがマツカの船まで送ったわけだから…。
「…アニアン少佐、どうしたんですか!?」
 ぼくを覚えていないんですか、と頑張ったマツカ。なんとか記憶を取り戻させようと。
「あ、ああ…。マツカ、どうした?」
 私は何を…、とキースの記憶は戻ったけれども、その後のことは推して知るべし。
 男と男が交わした約束と熱い友情、それは有効だったから。
 ソルジャー・ブルーが駄目押ししたせいで、グランド・マザーにも手出しは出来なかったから。


 人類の指導者となるべき男が、ガッツリしっかり、ミュウ派な男。
 これでメギドが出るわけがないし、ミュウとの全面戦争だってあるわけがなくて…。
 さほどの時を置かない間に、ミュウは地球まで行ってしまった。
 グランド・マザーもキッチリ止められ、人類とミュウはアッサリ和解。
 だからナスカは滅びもしないで、シャングリラは幼稚園だった。
 トォニィたちの急成長が無かったからして、なんとも賑やかな船の中。
 ソルジャー・ブルーの青の間にまで、遠慮なく走り込む幼児。トォニィを筆頭に、ワイワイと。
 ナキネズミの尻尾を掴んで振り回しながら、「グランパ、いる!?」と叫びながら…。

 

         落とした記憶・了

※キースの打ち所が悪かったら…、と考えてしまったナスカ墜落。ヘルメット無しだから。
 記憶喪失だと案外いいヤツだろうし、本当にこういうオチになりそう。打ち所って大切かも。





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(…まただ…)
 多分、とマツカがかざした右手。
 さっき運ばれて来た、キースの昼食。「大佐のお食事をお持ちしました」と。
 いつも通りに受け取ったけれど、感じた違和感。手にした途端に。
 けれど顔には出さずに応えた、「ありがとう」と。
 恐らく、彼は何も知らない。食事を運んで来ただけのことで。
(…あんな若い子に…)
 秘密を漏らす筈がないから。それに知ったら、動けなくなってしまうだろうから。
 「お食事が終わった頃に、また伺います」と敬礼して去って行った青年。
 国家騎士団に配属されて間もない新人、そういった感じ。
 他の者と食堂で食べたりはしない、キースのような上級士官。
 彼らの部屋まで食事を届ける、それを仕事にしている青年。
 緊張しながら配って回って、頃合いを見て下げにゆくのが任務の下っ端。
(…でも、彼が…)
 この責任を負わされるんだ、とトレイの上から取った一皿。
 見た目にはただのシチューだけれども、きっと一口、食べただけでも…。


 誰が、と集中してゆくサイオン。
 残留思念を追えはしないかと、いったい誰の仕業なのかと。
 人類はサイオンを持たないけれども、ミュウと同じに思考する生き物。
 だから思念の痕跡は残る。それをサイオンとは呼ばないだけで。
(……薬……)
 これは薬だ、と言い聞かせている誰かの心。
 薬なのだから、問題無いと。
 アニアン大佐の健康のためを思ってしていることなのだから、と。
 その裏側に隠れた冷笑。
 これで大佐も、さぞお元気に…、と。
 日頃の激務をすっかり忘れて、リラックスなさることだろうと。…永遠に。
(……誰?)
 誰の思いだ、と読み取ろうと捉えかけたのに。
 被さって来たのが別の心で、そちらは明らかに好意。
 「お出しする前に、冷めないように」と気遣う心。
 もう一度、温めておくのがいいと。
 鍋に戻せはしないけれども、このままで少し温めようと。


 消えてしまった不穏な思念。
 キースを「永遠に」眠らせる薬、それを入れたのは誰なのか。
 厨房の者か、あるいは「水をくれないか?」と入って行った誰かか。
 階級がかなり上の者でも、その口実なら入れるから。
 まるで気まぐれ、たった今、思い付いたかのように。
 何処かへ移動してゆく途中で、突然に喉が渇いたから、と。
(…厨房だったら、水をくれって言って入っても…)
 言葉そのままに、水を渡しはしないから。
 「本当に水でよろしいのですか?」と確認の言葉、「コーヒーでもお淹れしましょうか?」と。
 それを承知で入ってゆくのが、自分の都合で動く者たち。
 「ああ、頼む」と鷹揚に構えて、コーヒーが入るまでの間は…。
(…誰に遠慮もしないから…)
 興味があるなら、鍋だって開ける。「これは何だ?」と。
 並んだトレイを眺めだってする、「今日の食事はこれなのか」と。
 トレイには名札が添えてあるから、簡単に分かることだろう。
 どれがキースの食事なのかも、毒を入れるのに適した品も。


(…そういうことも…)
 きっとあるんだ、と見詰めるシチュー。
 自分がミュウでなかったならば、ただの人類だったなら…。
(…何も知らずに、キースに渡して…)
 キースの方も、「ご苦労」とさえも言わずに受け取る。
 彼はそういう人だから。
 心では「ご苦労」と思っていたって、けして言葉にしない人。
 もちろん顔にも出しはしないし、部下を労うことなどはしない。
 けれど、充分、伝わる思い。
 キースの心は読めないけれども、「ご苦労」と彼が思ったことは。
(そうやって、ぼくから受け取った後は…)
 仕事でもしながら、黙々と食べてゆくのだろう。
 毒が入っているかどうかも、きっと考えさえせずに。…調べさえせずに。
(…何度も、何度も…)
 暗殺計画が立案されては、キースを襲って来たというのに。
 この瞬間にも誰かが何処かで、次の計画を練っているかもしれないのに。


(不死身のキース…)
 いつの間にやら、キースについていた渾名。
 戦場でついた渾名だけれども、今では更に高まったその名。
 襲撃も爆破も、命を奪えはしなかったから。
 彼を狙って発砲したって、一発も当たりはしなかったから。
(…それでも、懲りずに…)
 こうして毒を入れる者たち。
 それが一番手っ取り早くて、リスクも低いものだから。
 毒入りシチューでキースが死んだら、真っ先に疑われる者は…。
(さっきの青年…)
 最後にトレイに触れた者だし、彼が届けに来たのだから。「お食事をお持ちしました」と。
 キースの部屋まで、「アニアン大佐に」と、毒入りシチューを載せたトレイを。
(…本当は、最後に触れたのは…)
 受け取ってキースに手渡した者は、自分だけれど。
 ジョナ・マツカという名の側近だけれど、側近を疑う者などはいない。
 長い年月、キースに黙々と仕え続けて此処にいるから。
 ジルベスター星系以来の部下だし、キースが自分で選んだ側近なのだから。


 その側近が一番危険なのだと、いったい誰が気付くだろう?
 最初にキースの命を狙った、多分、そういう人間が自分。
 ミュウを人間と呼ぶかはともかく、人類と一緒に扱っていいかは別にしたなら。
(…あの頃のキースは、メンバーズだったというだけで…)
 今ほどに敵は作っていないし、きっと暗殺計画も無い。
 冷徹無比な破壊兵器の異名を取っていたって、キース個人を恨むような者は…。
(戦場で根こそぎ消されてしまって、キースの側へは…)
 きっと来られなかった筈。命を失くせば、キースを殺せはしないから。
 そんな頃にキースと出会った自分。
 身を守ろうとして、キースの命を奪おうとして…。
(…失敗して、殺される筈だったのに…)
 キースに命を救われたから、今日まで彼について来た。
 こうしてミュウの力を使って、何度もキースを守りながら。
 ミュウの母船から逃げ出したキース、彼をサイオン・シールドで包んで救ったのが最初。
(…ミュウたちから見れば、裏切り者で…)
 それ以外の者ではないだろうけれど、それが罪でも、守りたいキース。
 彼の命を救ったせいで、ミュウの血がまた流されても。
 此処でキースが死んでいたなら、何人ものミュウが助かるとしても。


(…あの人は、死に場所を探してるんだ…)
 どういうわけだか、そんな気がする。
 誰よりも強い心を持つ筈のキース、彼は死に場所を求めていると。
 その時がいつ訪れようとも、きっと悔やみはしないのだろう。
 だから、キースは気にも留めない。
 渡された食事のトレイに誰かが毒を盛ろうが、毒入りシチューを届けられようが。
 何も心に留めはしないで、毒入りシチューを食べるだけ。
 スプーンで掬って、口に運んで、それで命を失おうとも…。
(…キースは、きっと困りもしない…)
 その時が今やって来たか、と血を吐いて倒れ伏すだけで。
 助けを呼ぼうとしさえしないで、一人きりで死んでゆくのだろう。
 「これで終わりだ」と、遠い日にメギドでミュウの長に告げていた言葉。
 赤い瞳を打ち砕いた弾、それを撃った時のキースの言葉。
 それをそのまま、自分自身に向けるのだろう。
 「これで終わりだ」と、「全て終わった」と。
 きっと言葉に出しはしないで、毒で薄れゆく意識の底で、彼の心の中だけで。
 「ご苦労」と口にしないのと同じに、自分だけで一人、納得して。


(…そんな、あなただから…)
 ぼくはあなたを殺せないんだ、と見詰めるシチュー。
 これをキースに運んで行ったら、何人ものミュウを救えるだろうに。
 キースを殺した犯人だって、トレイを運んで来た青年。
 きっとそういうことになるから、自分の身には及ばない危険。
 「今度のことでは大変だったな」と、セルジュたちだって言うのだろう。
 これから先はどうするつもりかと、新しい部署を用意しようかと。
(…そうなった時は、何処か、適当に希望を出して…)
 其処に配属されるまでの間に、何日か貰えるだろう休暇。
 それを使ってノアを離れれば、ミュウの母船へ行くことが出来る。
 国家騎士団の中に隠れていたから、山のような機密を手土産に持って。
 キースの側近だったからこそ得られた情報、国家騎士団や人類軍に纏わるデータ。
 土産を山と持って行ったら、きっと不問に付されるのだろう。
 ジルベスターからキースを救って逃げ出したことも、ミュウの長を見殺しにしたことさえも。
(…そのまま、モビー・ディックに隠れて…)
 彼らと地球を目指せるのだろう、請われるままにアドバイスをして。
 人類軍と国家騎士団、その艦隊とどう戦うべきかを。


 けれど、選べはしない道。…選びたいとも思わない道。
 キースを守って此処にいようと、とうに心に決めているから。
 「役に立つ化け物」と呼ばれていようが、自分はそれでかまわないから。
(…裏切り者でも、化け物でも…)
 ぼくがあなたを死なせない、と手にした毒入りシチューの皿。
 これはキースに渡せないから、後で自分が処理するだけ。
 この執務室に付属のキッチン、いつものように其処へ流して。
 何事も無かったように皿を洗って、トレイに戻しておくだけのこと。
(不死身のキース…)
 また伝説が一つ増えるけれども、それもキースの実力の内。
 ミュウの自分を飼っていることも、裏切られないで心を掴んでいることも。


 食事が一品、欠けてしまった食事のトレイ。
 それをキースの執務室へと運んでゆく。
 扉を軽くノックして。
 「遅くなりました」と、「よろけて、シチューを駄目にしました。すみません」と。
 「かまわん」と背を向けたままでいるキース。
 本当にきっと、彼はどうでもいいのだろう。
 シチューが消えた理由など。
 毒入りだろうが、間抜けな部下がヘマをして駄目にしてしまおうが。
(あなたが、そういう人だから…)
 此処にいなければ駄目だと思う。
 裏切り者でも、化け物でも。
 「ご苦労」とさえ言って貰えなくても、これが自分の生き方だから…。

 

          守りたい人・了

※「ぼくが毒を盛っているかもしれませんよ?」というのがマツカの台詞なわけで。
 誰かが毒を盛ったからこそ、こういう台詞になるんだよな、と。きっと日常茶飯事な世界。





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(えーっと…?)
 まさか此処まで仰々しいとは、とブルーが眺めてしまった衣装。ソルジャー用の。
 シャングリラの改造が無事に済んだら、今度は制服の案が出て来た。言い出しっぺは誰か忘れたけれども、乗り気になったのが船の仲間たち。ついでに長老のヒルマンやエラも。
(…みんな同じデザインだと思ったから…)
 いいだろう、と答えたことは覚えている。仕事の時には誰もが制服、寛ぐ時には私服だろう、と考えたから。日々の暮らしにメリハリがつくし、悪くはないと。
 ところがどっこい、甘かったのがブルーの考え。
(誰も、公私の切り替えなんて…)
 まるで頭に無かったらしい。船の中が世界の全てなのだし、公私のけじめは無いも同然。食事をするのも皆で食堂、休憩するなら休憩室。個人の部屋には寝に帰るだけ。
 つまりは寝る時だけが個人の時間で、そういう意識もイマイチ無かった。ミュウは思念で会話が出来るし、個人の部屋に戻った後にも壁越しに話が出来る生き物。
(壁に耳あり障子に目あり…)
 そんな感じで、まるっと筒抜け。「覗こう」という気になりさえすれば。覗かれる方でも、殆ど気にしていない状態。「流石にトイレは覗かないだろう」という程度の意識。
(…そのトイレだって…)
 思い立ったら、個室からでも思念波で喋りまくるのがミュウ。
 女性は控えているようだけれど、男性の方は遠慮が無かった。「誰か、紙をくれ!」と思念波が飛んで来るのは日常茶飯事、酷い場合は「じきに出るから、席、取っといてくれ!」。
 取っておいてくれ、と個室から叫ぶ席取り、食堂だから始末が悪い。デリカシーも何も、それが個室から言うことかと。時によっては「もうちょっとかかる」だったりするのだから。


 シャングリラはそういう船だったから、制服を作ると決まった途端に「楽でいい」という方向へ転がったのが仲間たち。コーディネートを気にしなくていいし、制服と寝間着でオッケーな日々。
(…寝間着でコンビニ、家ではジャージ…)
 遠い昔に、地球の島国、日本とやらで、大手を振ってまかり通っていた生活。
 そう聞かされても「コンビニにジャージ?」と首を傾げるしかなかったけれども、その日本では楽な生き方でライフスタイル。寝間着でコンビニ、家ではジャージが。
 それと同じに楽なのがいい、とシャングリラの仲間が飛び付いたものが制服だった。昼は制服、夜は寝間着があればオッケー、と。要は制服がジャージ感覚。
 なんだかサッパリ分からないままに、「そういうものか…」と頷いた自分。
 仲間たちにはシャングリラが世界の全てだからして、公私のけじめがどうこう言うより、気楽な船がいいのだろうと。
 「寝間着でコンビニ、家ではジャージ」は謎だけれども、恐らくはアットホームな雰囲気。来る日も来る日も同じ面子で暮らす船だし、制服でピシッとキメるよりかは…。
(…アットホームに、家ではジャージ…)
 このシャングリラを家だと思って、制服を着てジャージな世界。きっとそっちが素敵だろうし、船の仲間たちも喜ぶだろう、と。


 かくして決まった制服なるもの、早い話がシャングリラのジャージ。それさえ着たなら、立派に通路を歩ける代物、コンビニにだって出掛けてゆける。
 シャングリラにコンビニは無いけれど。…スーパーだって無いのだけれども、寝間着でも行ける場所だと言うなら、ジャージだったら無問題。
(…何処へ行くにも、きちんと正装…)
 そういう扱いになるのが制服、本当の所はジャージでも。着ている仲間の感覚としては、自宅で寛ぐための服でも。
(…ジャージというのは知らなかったが…)
 皆が着たいなら、反対する理由は何も無い。船での暮らしが楽になるなら、アットホームな船になるのなら。
 せっかく素晴らしい船が出来たし、同じ船なら「我が家」がいいに決まっている。遠い昔から、「住めば都」とか、「狭いながらも楽しい我が家」と言うそうだから。
(…ジャージと言われても、ぼくにはサッパリ分からないから…)
 任せる、と言った制服のデザイン。
 素人の自分が口を出すより、プロに任せた方がいい。なまじ肩書きがソルジャーなだけに、口を出したらマズイから。ジャージが何かも分からないのに、何も言うべきではないだろうから。
(…どういう服かも謎なんだし…)
 こうした方が、と言ったばかりに、「ソルジャーの御意志だ」と着心地の悪い制服が出来たら、本末転倒。楽に着られるジャージが台無し、皆もガッカリだろうから。


 そう思ったから、放置プレイを決め込んだ。制服の件で何を訊かれても、「任せる」とだけ。
 出来てくるのはジャージなのだし、着心地はいいに決まっているから。それさえ着たなら、船の何処でも堂々と歩いてゆけるのだから。
 その内に決まったらしいデザイン、その段階でも放置した。素人なソルジャーの鶴の一声、何かウッカリ言おうものなら振り出しに戻りそうだから。「やり直しだ」と。
(…放っておいたのは、ぼくなんだが…)
 自業自得と言うんだが、と溜息しか出ない届いた制服。
 「ソルジャーの制服はこちらになります」と、係の者が自身たっぷりに運んで来た。ソルジャー専用の部屋になっている青の間へ。「きっとお似合いになりますよ」と。
(…あの時点で気付くべきだった…)
 皆と揃いのジャージだったら、似合うも何もないということに。誰でも同じデザインだから。
 「ちょっと捻ってあるのだろうか」とチラと思って、「ありがとう」と受け取っておいた制服。同じジャージでも、他の仲間とは色合いを変えてあるだとか。線が一本多いだとか。
 その程度だろうと決めてかかった制服、係の者が去って行った後でケースを開けたら…。
(…マントに、ブーツに…)
 おまけに手袋、どう考えてもジャージではない。「寝間着でコンビニ、家ではジャージ」、その精神とはかけ離れたもの。
 いくらなんでも、自宅でマントは無いだろうから。手袋だって有り得ないから。


 失敗した、と悟った敗北。
 ジャージな制服の仲間はともかく、自分は明らかにババを引かされたクチで、貧乏クジ。
 きっとソルジャーだからだろう。口出ししたなら、ジャージのデザインも変わってしまいそうな立ち位置、それがソルジャー。なんだかんだで「船で一番偉い人」。
 それに相応しくデザインされたのがマントや手袋、ブーツに仰々しい上着。
(…ぼくだけが仲間外れなのか!?)
 仲間たちはジャージな制服なのに。思念で軽く船を探ったら、既に制服を着ている仲間が大勢。
 「これは楽でいい」などと言いながら。「何処へ行くのも、これでオッケーなんだよな?」と。
 男性はもちろん、女性も着ている揃いの制服。男性用と女性用、その二種類だけ。
(…ぼくだけがババだ…)
 やられたんだ、と気付いたけれども、時既に遅し。「任せる」と言った自分が悪い。
 さりとて大仰すぎる制服、何処から見たって「ジャージ」からは遠い代物なのだから…。
『ハーレイ!!』
 なんでもいいからサッサと来い、という勢いで飛ばした思念。
 船の責任者はキャプテンなのだし、幸か不幸か自分の右腕。当たり散らすなら妥当な人材、この際、アレに八つ当たりだと。…他の仲間を怒鳴れない分、アレに向かってブチ切れてやる、と。
 そうしたら…。


「お呼びでしょうか?」
 何か御用でも、と駆け付けたキャプテン、彼の制服は振るっていた。他の仲間とはデザインからして別物な感じ、色も違えば形も違う。それにマントで肩章まで。
(…同士発見…!)
 こいつもババだ、と直感したから、零れた笑み。「…なんだ、君もか」と。
「君もそういう制服なのか…。ぼくだけなのかと思ったよ」
 強烈なのは、と衣装ケースの中を指差したら、「お召しにならないのですか?」という返事。
「見た目はともかく、着やすいですよ。…これが意外に」
 「寝間着でコンビニ、家ではジャージ」とは、よく言ったもので…、と笑顔のキャプテン。肩章までがついた制服、それが案外、着やすいらしい。今までの適当な服に比べて。
「…そうなのかい?」
 そんな風には見えないけれど、と上着を引っ張り出して眺めていたら。
「お手伝いしますから、お召し下さい。デザイン係の自信作だそうで…」
 寝間着でコンビニも兼ねたそうです、と着せ付けられたソルジャーの制服。他の仲間たちが着ている制服、それにプラスして上着でマントで、手袋なブツ。
 ついでにブーツもセットなわけで、なんとも御大層な衣装だけれど…。
(…おや?)
 本当に軽い、と思った制服。これを着せられる前に着ていた服が、やたら面倒に思えるほどに。あっちの方が厄介なのでは、と感じたほどに。


「…如何ですか?」
 それは着たまま寝られますよ、とハーレイは自信満々だった。「寝間着でコンビニ、その精神でデザインされた服ですから」と。
 曰く、「寝間着でコンビニ、家ではジャージ」が皆の制服のコンセプト。
 同じ制服を作るのだったら、欲張りに。寝間着もジャージも兼ねるヤツをと、それ一着で両方に使える制服がいい、と。
「…この服のままで寝られると?」
 マントにブーツに手袋付きで、と確認したら。いくらなんでも、ブーツに手袋、マントくらいは外すのだろうと思ったら…。
「ご安心下さい。全部そのままでお休みになれる仕様です」
 仲間たちの制服と同じですよ、という太鼓判。ソルジャーだけに立派なデザインだけれど、服のコンセプトは同じだと。「寝間着でコンビニ、家ではジャージ」の精神だと。
 つまりはマントもブーツも手袋だって、着けたままで楽々と眠れるデザイン。眠って起きたら、そのまま寝起きでコンビニにだって行ける逸品。それがソルジャーの制服らしいから…。
「…なるほどねえ…」
 これがそうか、とベッドにゴロンと転がってみたら、納得の出来。マントもブーツも、まるっと寝間着のような感覚。下手な寝間着より、よっぽど快適な出来だったから…。


 「素晴らしい制服をありがとう」と御礼を言う羽目に陥った。八つ当たりの代わりに、真面目に御礼。「ジャージが何かは知らないけれども、いいものだね」と。
 ソルジャーの制服は立派過ぎても、正体はジャージそのものだった。寝間着でコンビニ、そんなズボラな精神までをも兼ね備えたブツ。
 シャングリラの制服はどれも同じで、船の中なら何処でも「我が家」なミュウの仲間たち。
 そんなわけだから、誰もが愛用した制服。「もう寝間着だって要らないや」と。寝るためだけに着替えているより、制服の方がよっぽど楽だ、と。
 船中がその精神なのだし、誰だって染まる。楽な方へと流れたがるのが人間だから。
 「寝間着でコンビニ、家ではジャージ」な制服があれば、制服一択。みんな揃って制服ライフ。
 やがて船から寝間着は無くなり、頂点に立つソルジャーまでもが…。
(寝る時もこれに限るんだよ)
 明日も起きたらこのままでいいし、と制服のままで寝ることになった。それが一番楽だから。
 ブーツまで履いたままでいたって、下手な寝間着より楽だったから。


 そんなわけだから、後にブルーが十五年もの長い眠りに就いても、寝間着が出ては来なかった。
 ソルジャー・ブルーが好きな寝間着は、例の制服だったから。
 マントにブーツに手袋つきでも、「寝間着でコンビニ、家ではジャージ」。
 どんな寝間着より楽に寝られて、リラックスできるブツだから。
 いつ目覚めたって「寝間着でコンビニ」、そのまま通路を歩いてオッケーなのだから…。

 

         ソルジャーの制服・了

※なんでブルーはソルジャーの服で寝てるんだ、と放映当時から思ってました。見る度に。
 深い理由があるんだろう、と考えてたのに、こうなったオチ。…これもアリかも?





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(なんだかさあ…)
 凄いんだよね、とジョミーが毎回、思うこと。
 ミュウの母船なシャングリラとやらに連れて来られて、今や無理やりソルジャー候補。
 でもって、顔を出さねばならないブリッジ、其処に入って見回す度に。
 とある人物が座っている席、それが目の端を掠める度に。
(……短すぎない?)
 あのスカート丈、と眺めてしまうヤエの制服。
 丸い眼鏡がトレードマークのヤエだけれども、そんなモノより気になるスカート。
 ミュウの船では誰もが制服、男性も女性も制服しかお目にかからない。私服は多分、フィシスとアルフレートくらいだろう。似た服装を他に見掛けないから。
 キャプテンもソルジャーも長老たちも、きっとそれなりに制服な筈。
 それは納得したものの…。


(なんでヤエだけ…)
 生足なんだろ、と思ってしまう、短すぎるスカートから覗く足。
 他の女性は全員、タイツを着用だった。女性の服には詳しくないから、スパッツだとかレギンスなのかもしれないけれど。
 とはいえ、タイツだろうがスパッツだろうが、レギンスだろうが、足は隠れる。まるっと隠れて見えないのが肌、透視でもしない限りは無理。
(…透視も出来ない仕様かもね?)
 試したことは無かったけれども、なにしろミュウの船だから。
 その気になったら透視が出来る人材多数で、服だって透視しかねない。スケベな男が船に紛れていたら、だけれど。
 だから素材にも気を配りそうなミュウたちの制服、特に女性は。
 間違っても下着を見られないよう、細心の注意を払っていそうな船なのに…。


 配慮たっぷりな女性の制服、それに真っ向から挑むのがヤエ。
 いつ見ても短すぎるスカート、きっと屈んだらパンツが見えるに違いない。屈まなくても何かのはずみで見えそうなパンツ、どう考えてもスレスレだから。
(…立ってるトコ、滅多に見ないけど…)
 自信満々で立っているヤエ、そのスカートは非常に短い。何処から見たってスレスレなライン、あとほんの少し短かったらパンツが覗くスカート丈。
 あまりにも微妙なラインだからして、当然、ブリッジで座っていたら…。
(…目のやり場ってヤツに困るんだよね…)
 ウッカリ正面に回り込んだら、その時にヤエが踏ん張っていたら。…そう、両方の足を。
 彼女は非常に男前な性格、何かと言ったら踏ん張る両足。おしとやかに足を揃えて斜めに座ればいいと思うのに、足をドカンと開いたままで。
 彼女の前にはモニター画面もあるのだけれども、それは彼女の足を隠しはしないから…。


(……パンツ、丸見え……)
 初めて現場に出くわした時は、目を剥いた。「あれは、パンツと言うんじゃあ?」と。
 それは潔く見えていたパンツ、ヤエの両足の間にバンッ! と。
 「このパンツ様に文句があるか」と、そうでなければ「このパンツ様が目に入らぬか」。
 そういう感じで堂々とパンツ、ヤエは隠しもしなかった。
 少年とはいえ、男の自分が前を通ってゆくというのに。足を広げて座っていたなら、スカートの下の「おパンツ様」が丸見えなのに。
 なんて人だ、と度肝を抜かれたパンツな一撃、パンチではなくてパンツな一発。
 マトモに食らって受けた衝撃、「どうしてパンツ」と、「なんで生足?」と。
 ヤエがタイツを履いていたなら、パンツは見えはしないから。
 スパッツだろうがレギンスだろうが、女性用の制服に足を隠すモノはあるのだから。


 けれど、凄すぎた「おパンツ様」。
 うっかりチラリなら、まだ分かるけれど、御開帳とも言っていいほどの「足を開いて」丸見えなパンツ。普通だったら有り得ない。
 だから、一瞬、目を剥いたけれど、「勘違い」だと考えた。
 育英都市とは縁が薄いものの、フィギュアスケーターという職業の女性。そういうプロの女性が華麗にリンクを滑る映像、そっちの方なら何度も見ていた。「あんな世界もあるんだな」と。
 彼女たちの衣装は実に大胆、肌の露出が凄いけれども…。
(あれって、見た目だけっていうヤツなんだよね…)
 厳しい規則があると言うのか、それともスケートリンクの気温が低いからだろうか。
 露出が凄いと見せかけておいて、実の所は肌色の衣装だったりする。手足をまるっと覆う肌色、場合によってはスケート靴まで。
 ヤエの足だって、それだと思った。
 おパンツ様から覗く両足、生足に見えてホントはタイツ、と。
 なのに…。


 タイツだよね、と眺めた足は、思いっ切りの生足だった。
 アタラクシアの家で母が履いていたような、ストッキングさえ無い有様。肌色の部分はキッパリ生肌、そういう言葉があるのなら。
 足が綺麗に生足だったら、パンツも当然、本音でパンツ。…きっと。
 フィギュアスケーターの女性の服なら、パンツも衣装の一部なのに。タイツとセットで。
(…あれって、パンツ…)
 真面目にパンツ、と思わず見てしまったわけで、お蔭でしっかり理解した。見せパンツですらも無いことを。凝ったフリルがついているとか、レースとかではなかったから。
 男前の極みな飾り無しのパンツ、実用本位としか言えないパンツ。
(……テニスの人なら、見えても可愛いパンツだから……)
 ファッション用語には疎いけれども、テニス選手の女性が履くのは「見えてもオッケー」という仕様。やたらゴージャスにフリルだったり、オシャレだったり。
 けれどもヤエのパンツはと言えば、そんな気配さえ無いわけだから…。


 本物のパンツ、と唖然呆然、其処へ「なにか?」と射るような視線。
 おパンツ様の持ち主のヤエが、眼鏡の向こうからガン見していた。目を丸くしたままで、ヤエのパンツを見ていた自分を。
 「アンタ、文句があるわけ?」と。
 「私のパンツに文句があるなら、アンタが消えたらいいじゃないの」と。
 それは恐ろしかったのが視線、「すみませんでした!」とばかりにダッシュで逃げた。
 「パンツを拝んでごめんなさい」と、「本当に、ぼくが悪かったです」と。
 きっとヤエには、あのスタイルがデフォだから。
 ブリッジで足を踏ん張った時は、燦然と輝く「おパンツ様」。
 その光景に文句があるなら此処に来るなと、「私の前に立つんじゃねえ!」と。


 もう本当に怖かったから、それ以来、ヤエの前を通る時にはガクガクブルブル。
 間違ってもパンツを見ませんようにと、ヤエが両足を踏ん張っていたら、そっちを向くなと。
(…あれから長く経つんだけれど…)
 ブリッジクルーは、誰も気にしていないらしい。ヤエの股間の「おパンツ様」の方はもちろん、激しく短いスカート丈も。
 ヤエがキリッと立っていようが、足を踏ん張って座っていようが、挙動不審な人間はゼロ。
 早い話が「普通の光景」、おパンツ様でも気に留めないのがブリッジクルー。
 いつ目にしたって、ヤエの両足は生足なのに。
 足をガバッと開いて踏ん張っていたら、おパンツ様が丸見えなのに。
(キムも、ハロルドも…)
 やたらと口うるさそうなゼルも、厳格そうなキャプテンだって、スルーしているヤエの生足。
 ついでに「おパンツ様」もスルーで、「足を閉じろ」と注意もしない。
(…あそこまで行ったら、凄すぎて…)
 チラリズムも何も無いんだけどね、と思うけれども、気になるヤエの「おパンツ様」。
 その原因のスカート丈だって、どうにも気になるものだから…。


「えーっと…。ブルー…?」
 ちょっと訊いてもいいでしょうか、と思い切って訊いてみることにした。
 青の間のベッドに横たわる人に、シャングリラのトップなソルジャー・ブルーに。
「…なんだい?」
 サイオン訓練のことだろうか、と赤い瞳が瞬きするから、「すみません…」と謝った。
 生憎、そんな高尚な質問ではなくて、モノが「おパンツ様」だから。ヤエのスカート丈だから。
「えっとですね…。前から気になっていたんですけど…」
 どうしてヤエのスカートだけが、と単刀直入、「短いのには理由があるんですか?」と。
 あるのだったら教えて欲しい、と赤い瞳を見詰めたら…。
「…ヤエのスカートねえ…」
 ずいぶんと古い話になるが、とブルーは昔語りを始めた。
 「これはヤエが若かった頃の話で」と、「今も姿は若いけどね」と。


 まだヤエの年齢が外見と一致していた若き日、シャングリラは今より弛んでいた。
 制服はきちんとあったけれども、改造が流行っていた時代。若人の間で、それは色々と。
「…長いスカートが流行る時やら、短い時やら、もうコロコロと変わってねえ…」
 男の方だとそれほど目立たなかったけれどね、とブルーが瞬きしているからには、男性だって、多分、改造したのだろう。…何らかの形で、制服を。
 けれども、分かりやすいのが女性。スカート丈がグンと伸びたり、縮んだりと。
 その状態にキレたのが「風紀の鬼」と呼ばれたエラ女史、ついでにゼル。
 二人が船中に出した通達、「制服の改造はまかりならぬ」という代物。
 そしてギリギリの丈に縮めたスカート丈。今の女性の制服がソレで、強制されたタイツの着用。
 丁度、短くするのが流行っていた時期だったから。
 「こんなに短くしてやったのだし、文句を言うな」という姿勢。
 パンツが見えては困るのだったら、タイツを履いてカバーすべし、と。


「…それでタイツが出来たんですか…」
 スカートも短くなったんですね、と頷いたけれど、それならヤエの生足は…?
 いったい何故、と思うまでもなく、ブルーは疑問の答えをくれた。
「ヤエは当時から男前でねえ…。今もだけれど…。だから…」
 短いスカート丈も上等、履いてやろう、と颯爽と生足でデビューした次第。
 他の女性たちが「タイツを履いても、見えそうよね…」と、恥じらったりもしたスカート丈を、まるで全く気にも留めずに。
 「こういうスカート丈の服だし、パンツは見えて当然だから」と。
 そしてブリッジでもドカンと座った、いつもの自分のポジションに。
 お上品に足を揃えるどころか、大股開きで、男前に。
「…じゃ、じゃあ…。あのヤエの服は…」
 本当に生足で、本物のパンツだったんですか、と震える声で確認したら、「そうだ」と重々しい返事。「ヤエはそういうスタンスだから」と、「ヤエのカラーだと思いたまえ」と。


 かくして謎は解けたけれども、余計に意識するパンツ。それに生足。
(……男前なのは分かるけど……)
 アレはやっぱりどうかと思う、と溜息を漏らすジョミーの考え、それは間違ってはいなかった。
 惜しげもなく晒されたヤエの生足、燦然と輝く「おパンツ様」。
 うっかりチラリならマシだけれども、いつでも全開、色気も何も無いものだから…。


 後に人類との本格的な戦闘の最中、ヤエは格納庫で泣くことになる。
 トォニィが乗る機体の調整、それをしていた時のこと。
 「あいつら、青春してんじゃん…」とヤエが眺める先に、トォニィ。それにアルテラ。
 トォニィにちょっかいをかけに来たアルテラ、追い払おうとするトォニィ。
 何処から見たって似合いの二人で、ヤエにだって分かる「いい雰囲気」。
 だからガックリ項垂れて泣いた、もう目の幅の涙を流して。
「…私だって、若さを保って八十二年…。何がいけないの、何が…」
 何が、と泣きの涙のヤエには、未だに分かっていなかった。
 短すぎるスカートから覗く生足、それに「おパンツ様」のせいだと。
 男前は大いに結構だけれど、肝心の男はそれでドン引き、けして近付いては来ないことなど。
 何かのはずみにチラリとは、まるで違うから。
 「おパンツ様」では、色気も見事に飛んでしまって、目のやり場に困るだけなのだから…。

 

          ヤエのスカート・了

※シャングリラの女性たちが着ている制服。どういうわけだか、タイツ無しのヤエ。
 当時から不思議に思ってましたが、ネタになる日が来るとは予想もしませんでした…。
 東北応援な大河ドラマが「八重の桜」だから、熊本応援に「ヤエのスカート」。
 馬鹿ネタですけど。




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(あいつら…)
 何も分かっていないくせに、とシロエがギリッと噛んだ唇。
 講義が終わって帰った部屋で。
 ピーターパンの本を抱えて、ベッドの上に座り込んで。
(パパとママの本…)
 この本をくれた両親のこと。
 とても身体の大きかった父と、優しかった母と。
 それは間違いないのだけれども、両親は確かにいたのだけれど…。
(…何処に行ったの?)
 パパ、ママ、と瞳から零れる涙。
 何処にいるのか、まるで分からない父と母。
 貰った本は此処にあるのに、この本は持って来られたのに。
(…全部、忘れた…)
 住んでいた家も、町も、故郷も。
 両親の顔も、何もかも、全部。
 気付いた時には失われた後で、もう戻っては来なかった。
 どんなに記憶の糸を手繰っても、どれも途中でプツリと切れる。
 こうして起きている時も。
 ベッドで眠って、遠い記憶を捕まえたように思った時も。
 消えてしまった本当の記憶、子供時代に見聞きした全て。
 故郷の空気も風も光も、両親と過ごした筈の日さえも。


 自分はそれを悔いているのに、失くした過去を今も捜しているのに。
 ピーターパンの本に何か欠片が隠れていないか、何度も開いて確かめるのに。
(パパも、それにママも…)
 見付からないよ、と零れ落ちる涙。
 いくら捜してもいない両親、はっきり「そうだ」と分かる形では。
 こういう顔の人たちだったと、懐かしさがこみ上げる姿では。
(…いつも、ぼやけて…)
 見えないんだ、と止まらない涙。
 記憶の中に残った両親、その顔はいつも掴めない。
 涙でぼやけるからではなくて。
 向こうを向いているからではなくて。
(ちゃんと、こっちを向いているのに…)
 どうしても見えてくれない顔。
 薄いベールで覆われるのなら、まだ仕方ないと思えるけれど。
 遠い記憶はそんなものだと、紗に包まれると考えないでもないけれど…。
(テラズ・ナンバー・ファイブ…)
 あれが消した、と今も悔しくてたまらない。
 両親の顔は、焼け焦げて穴が開いたよう。
 写真が焦げたら、そうなるだろうといった具合に。
 顔の上に幾つも滲む穴たち、それが邪魔して見られない顔。
 どんな顔立ちの人だったのか。
 父はどういう顔をしていたか、母の面差しはどうだったのか。
 機械が焦がして、消してしまったから分からない。
 「捨てなさい」と告げて、消し去ったから。
 古い写真に火を点けるように、記憶を燃やしてしまったから。


 失くしたのだ、と自分には分かる両親の記憶。
 それに故郷も、育った家も。
 ただでも苛立ち、焦る日々なのに。
 少しでも記憶を取り戻したくて、こうして本を抱き締めるのに。
(…あいつら、何も知りもしないで…)
 みんな嫌いだ、と頭の中から追い出したくなる同級生たち。
 出来ることなら、纏めて宇宙に捨てたいほどに。
 今日の彼らの忌々しい会話、それが聞こえて来ない宇宙へ。
(…パパ、ママ…)
 ぼくだけが忘れたわけじゃないのに、と唇をきつく噛むけれど。
 みんな同じだと思いたいけれど、今日のような日は心に湧き上がる不安。
 もしかしたら、と。
 彼らが普通で、自分がおかしい。
 両親を、故郷を忘れているのは、自分だけではないだろうか、と。
(……分かっているけど……)
 それは違うということは。
 他の者たちは皆、根無し草で、両親も故郷も自分と同じに忘れた筈。
 ただ、そのことにこだわらないだけ。
 かつては父と母がいたのだと、故郷があったと思っているだけ。
 だから容易く口にする。
 「ぼくの父さんは…」とか、「母さん」だとか。
 親しみをこめて、それは明るく。
 いい人だったと、優しかったと。
 顔も覚えていないのに。
 一緒に暮らした家も記憶に無いというのに、明るい彼ら。
 子供時代は楽しかったと、自分の父は、母はこうだと。


(…父さんだなんて…)
 それに母さん、と余計に覚えてしまう苛立ち。
 自分にも覚えがあったから。
 今も残った記憶の断片、その中にある言葉だから。
(ぼくのパパはパパで、ママはママなのに…)
 あれは、いつ頃だっただろうか。
 目覚めの日が近くなって来た頃か、それよりも少し前だったろうか。
 それまでは「パパ」「ママ」と両親を呼んでいた者たち。
 顔も覚えていない者たち、多分、友達かクラスメイトか。
 彼らの言い方が変わっていった。
 父親を呼ぶ時は「父さん」と。
 母を呼ぶなら「母さん」と。
 「パパ」と「ママ」は少しずつ減ってゆく呼び方、「父さん」と「母さん」が増えてゆく。
 それが大人への一歩に思えて、自分も同じに背伸びした。
 いつまでも「パパ」と「ママ」では駄目だと。
 家では「パパ」と「ママ」のままでも、皆の前では「父さん」と「母さん」。
 初めてそれを口にしたのは、何歳の時だっただろうか。
 けれど、不思議に高鳴った胸。
 やっと言えたと、これで大人に近付いたと。
 ネバーランドより素敵な地球にも、一歩近付いたんだから、と。
(…大人が何か、知らなかったから…)
 大人になったら何が起こるか、自分は知りもしなかったから。
 目覚めの日が来るのを、胸をときめかせて待っていたのと同じ。
 記憶を消されるとも知らないままで。
 大人になるのは子供時代を捨てることだと、夢にも思わないままで。


 背伸びして言えた「父さん」と「母さん」、あの時には誇らしかったこと。
 こうして自分も育ってゆくのだと、きっと地球にも行けるだろうと。
 なのに、間違っていた自分。
 大人への道は、子供の自分を捨てること。
 大好きだった父も、母も、家も、自分自身の記憶でさえも。
(…こうなるんだって分かっていたら…)
 夢を描きはしなかった。
 ネバーランドよりも素敵な地球へ、と。
 そんな所へ行くくらいならば、あのまま夜空へ飛び立ちたかった。
 二つ目の角を右に曲がって、後は朝までずうっと真っ直ぐ。
 そうやって行けるネバーランドへ、子供が子供でいられる国へ。
 今の自分がそうなったように、両親を忘れるくらいなら。
 思い出せなくなるくらいならば、故郷の空からネバーランドへ。
 「父さん」「母さん」と、背伸びなどせずに。
 周りの者たちがそう呼んでいても、一人だけになっても「パパ」と「ママ」のままで。
 そうしていたなら、きっと子供でいられたから。
 機械が支配するこんな時代でも、本当の子供でいられたから。
(…ピーターパンだって…)
 きっと迎えに来てくれたんだ、と悔しくて辛くてたまらない。
 どうして周りに染まったのかと。
 誇らしさに満ちて「パパ」と「ママ」とを捨てたのかと。
 誰も「パパ」とは呼ばなくなっても、自分だけは「パパ」と呼べばよかった。
 「ママ」と呼ぶ者たちがいなくなっても、一人でも「ママ」と言えばよかった。
 子供の世界にしがみついて。
 大人の世界へ踏み出す代わりに、しっかりと足を踏ん張って。


(…本当に、誰も…)
 何も分かっていないくせに、と腹立たしくなる同級生たち。
 「父さん」「母さん」と賑やかに話す、親を忘れている者たち。
 機械が消してしまった記憶は、自分と変わらない筈なのに。
 おぼろに霞んで穴だらけなのに、彼らは笑顔で話し続ける。
 「ぼくの父さんは…」と、「母さんは」と。
 自分が今も悔やみ続ける言葉で、「パパ」や「ママ」とは違う言葉で。
 どうして彼らは笑えるのだろう、明るく語り合えるのだろう。
 彼らの故郷や両親のことを。
 自分と同じに機械に消されて、捨てさせられた筈なのに。
(…そのことに気付いていないから…)
 だからあいつらは笑えるんだ、と理屈では分かっているけれど。
 それでも、こんな日は辛い。
 子供だった自分が背伸びした言葉、何も知らずに切り替えた言い方。
 「パパ」と「ママ」をやめて、「父さん」と「母さん」。
 一歩大人に近付いたのだと、胸を張りたくなっていた言葉。
 それを彼らが口にしたから、それを使って両親のことを語り合ったから。
(…何も覚えてないくせに…)
 ぼくと変わりはしないくせに、と零れる涙。
 あの日、背伸びをしなかったなら、と。
 「パパ」と「ママ」という言葉を抱き締めて一人、子供の世界に残ったなら、と。


 そうしたらきっと、今も子供でいられたろうに。
 ネバーランドに行けただろうに、と抱き締めるピーターパンの本。
(…パパ、ママ…)
 あの時、ぼくは間違えたんだ、と思っても、もう戻れない過去。
 涙は溢れて止まらないまま、幾つも零れ落ちるまま。
 背伸びした自分は間違えたから。
 子供が子供でいられる世界に、自分から背を向けたから。
 「父さん」、それに「母さん」と言って。
 これで大人に一歩近付いたと、「パパ」と「ママ」に背を向けたのだから…。

 

        背伸びした言葉・了

※ステーション時代のシロエは「父さん」「母さん」と言っていたんですけど…。
 いつからそっちになったんだろう、と考えていたら、こんな話に。シロエ、可哀相。





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