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「お前に会えて良かった…」
 地球の地の底、暗闇の中でキースが言うから、「ぼくもだ」と素直に返したジョミー。
 自分もキースも全力で生きたし、後悔することは何も無いから。
 会えて良かったと思うから。
 パンドラの箱を開けてしまったけれども、箱の最後には希望がある筈。
 それをキースに伝えておこう、と薄れゆく意識の中で「キース」と呼び掛けた。
「うん…?」
 声に応じてキースがこちらを向く気配。
 「ジョミー?」と声も返って来たから、ずいぶん頑丈に出来ているらしい。自分の方は、肉声はもう無理なのに。思念波が精一杯なのに。
(ぼくよりも先に刺されたくせに…)
 なんという体力と生命力、と思考がズレた所へ、聞こえて来たのがキースの声。
「そういえば、一つ訊きたかったんだが…」
『え…?』
 あんまり時間を取らせないで欲しい、と自信が無いのが生命力。キースの質問に答えた後にも、命は残っているのだろうか?
 「箱の最後には希望が残ったんだ」とキースに伝えるためには…。
(前後の文脈ってヤツも大切で…)
 まるで繋がらない言葉を言ったとしたって、キマらない。辞世の句ならぬ最期の言葉は、それにしようと決めているのに。
(質問するなら、早くしてくれ…!)
 こっちの答えも出来るだけ短く切り上げるから、と内心イラッとしていたら…。
 「グランパと呼んだな、あの若者は」
(…へ?)
 トォニィがどうかしたのだろうか、と相槌も打たずに守った沈黙。「早くしやがれ」と。
 真面目に命がリーチな具合で、じきに死にそうな感じだから。
 なのに…。


「お前もジジイだったのだな」
 斜めな台詞を吐いたのがキース、感慨深げに。「年を取ったのは、私だけではなかったか」と。
『……ジジイ?』
 それは何処から、と「最期の言葉」を言うのも忘れて訊き返した。
 「ジジイだって?」と、不愉快な気持ち満載で。キースは老けて皺もあるけれど、自分は若くて青年だから。
「お前はグランパなのだろう?」
 あれはジジイという意味だしな、と無駄に体力自慢のキースは続けてくれた。
 「ジジイの割には若作りだが、お前に会えて良かった」とも。
『ちょ、ジジイって…!』
 誤解だから、と言い終わる前に迎えたタイムリミット、まるで無かった延長戦。すなわち此処でタイムオーバー、タイムアップとも言うかもしれない。
 キースにまるっと誤解されたままで終わった命。
 あまつさえ最期の言葉さえもが、カッコよくキメて終わる代わりに「ちょ、ジジイって…!」。
(…なんでこういうことになるわけ!?)
 最悪な最期だったんだけど、と泣きの涙で死んだ途端に…。
「ようこそ、ジョミー・マーキス・シン」
 さあ、天国に参りましょう、と現れた天使。
 真っ白な翼に、光り輝く純白の衣。何処から見たって神の御使い、天国ガイドらしいけれども。
「ちょっと待って欲しい…!」
 まだ死ねないから、と踏ん張った。
 最期の言葉も酷かったけれど、キースがかました「ジジイ」なる言葉。
 トォニィが「グランパ」呼ばわりしてくれたせいで、とんでもない流れになったのだから。


 何としてでも、此処は戻ってやり直し。「ジジイ」の件は仕切り直したい。
 キースは恐らくまだ生きているし、ちょっと戻って解きたい誤解。
「この手、離してくれないかな…!」
 急ぎの用があるもんで、と振り払おうとした天使の手。
「ジョミー?」
「急いでいると言っただろう! 今のままだと、ぼくはジジイで終わりだから!」
 ぼくを身体に、地球に帰せ、と怒鳴ってやった。昔、似たような台詞があったと思いながら。
 あの時は相手がブルーだったと、「ぼくをアタラクシアに、家に帰せ!」と叫んだよね、と。
「ですが、あなたは、もう天国に…」
「天国が何だって言うんだよ!」
 これじゃ死んでも死に切れないから、と天使にぶつけた怒り。
 最期の言葉は「ちょ、ジジイって…!」で、キースには「ジジイ仲間だ」と誤解されたまま。
 それというのも、トォニィが何度も「グランパ」と呼んだせいなのだから…。
(孫末代まで祟ってやる、っていうヤツは…)
 こういう時にピッタリかもね、と思ったら慌てたのが天使。「なんということを…!」と。
「ジョミー、その思考は危険です…!」
 孫末代まで祟るだなんて、天国の扉が閉ざされますよ、と諭されたけれど、危険な思考、上等。
 元々、危険思想の持ち主がミュウで、それで人類と派手に戦争していたのだから。
「だったら、危険思想でいいから!」
 天国も説教も後でいいから、とにかく離せ、と大暴れした。「ぼくを帰せ!」と空中で。
 そうしたら…。
「あっ…!」
 どうしましょう、という天使の声を最後に、真っ逆様に空から落っこちて行って…。


(生き返った!?)
 戻ったみたい、とガッツポーズを取るよりも前に、隣でキースが吐いている台詞。
 「最後まで私は一人か…」と、格好をつけて。
(させるかぁーーーっ!!!)
 誤解を解いていないんだから、と戻って来たジョミー・マーキス・シン。
 戻ったからにはパワーMAX、キースにも生きて貰わねば。
 上からドーン! と落ちて来た岩、その下敷きにはさせなくて…。
「………???」
 なんだ、とキースは目を剥いた。「此処は何処だ?」と真っ暗な中で。
「さっきのジジイだ! 言い直せ!」
 あれは思い切りの誤解だからな、と肉体の声で売ってやった喧嘩。「まだ死なせるか」と。
 「ちょっと顔を貸せ」と、「シャングリラまで来て貰おうか」と。
「ほら、其処だ!」
「なにぃ…!?」
 馬鹿な、と落ちたキースの顎。
 どうしたわけだか、地の底深くから飛び出す羽目になったから。ジョミーともども。
「いいから、さっさと来るんだ、キース!」
 ジジイの件を説明させて貰うから、とジョミーが飛び込んで行ったシャングリラ。腕にキースをしっかり抱えて、どちらも致命傷コンビのままで。
「グランパ!?」
 よく無事で、とトォニィがやった「グランパ」呼び。途端に力が抜けたけれども…。
「そのグランパ…」
 やめてくれる、と辛うじて告げて、其処で意識がブラックアウト。
 とはいえ、天使は来なかったから…。


(ぼくもキースも…)
 生きられそうだし、後でゆっくり片をつけよう、と算段しているジョミー。
 まずはキースの誤解を解くこと、お次がトォニィの「グランパ」呼びを直させること。
(もう戦いは終わったんだし…)
 そっちの方へと時間を割いてもいいだろう。こうして生きて戻れたから。
 長年「グランパ」と呼ばれたけれども、直させるなら…。
(もっと若さをアピールで…)
 かつ偉そうに「兄上」なんかがいいだろうか、とジョミーは真面目に考え続ける。
 「それがピタリと嵌まりそうかな」と、「グランパよりかは兄上だよね」と。
 トォニィの台詞に当て嵌めてみても、まるで違和感が無かったから。
 「早くしなけりゃ、グランパが死んじゃう!」を、「兄上が死んじゃう!」に換えたって。
 「グランパを置いてなんか行けない!」を、「兄上を置いてなんか行けない!」とやったって。
(…いいかも、「兄上」…)
 これにしよう、とジョミーが決めたお蔭で、暫く経ったシャングリラでは…。
「ごめんなさい、兄上…。ぼくの言い方が悪かったです…」
 ちゃんとキースに説明します、とトォニィがションボリ項垂れていた。
 大好きなグランパは生きて戻ってくれたけれども、もう「グランパ」とは呼べないから。
 これから先は呼ぶなら「兄上」、キースの誤解を解く役目までが「兄上」からの命令だから。
(頼むぞ、トォニィ…!)
 ぼくが自分で説明するより確実だからな、とベッドでほくそ笑むジョミー。
 ジジイのままで死んでたまるもんかと、悲惨な最期はもう二度と御免蒙ると…。

 

         グランパは嫌だ・了

※キースにしてみりゃ、「グランパ」呼びは意味が不明だろうな、と思ったわけで…。
 そしたら「ジジイは嫌だ」なジョミーが出て来たオチ。「兄上」だそうです。






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「それでね…」
 ママ、と呼び掛けた所でパチリと覚めた、シロエの目。
 見上げた天井、それはシロエの嫌いなもので。
(…ぼくの部屋……)
 だけど、ぼくの好きだった部屋じゃない、とベッドの上から睨み付ける。
 此処はE-1077で、懐かしい故郷とは違うから。
 大好きな部屋があったエネルゲイアは、「戻れない場所」になってしまったから。
(今のママも、夢…)
 直ぐ側で何かしていた母。
 自分は何をしていたろうか、夢の中では?
 皮肉なことに夢の中では、ぼやけてはいない母の顔。それに父だって。
 とても鮮やかに見えているのに、夢が覚めたら覚えてはいない。
 どんなに記憶の海を探っても、もう見えはしない両親の顔。
 だから悔しい、こうして夢から覚めた時には。夢だったのだと知った時には。
(…もう一度…)
 眠ったら思い出せるだろうか、夢の世界に飛べるだろうか?
 母とさっきの話の続きが出来るだろうか、と考える。
 今日の講義は休んでしまって、夢の続きを追い掛けようかと。
(…何だったっけ?)
 午前中にある筈の講義は、と思い出そうとして気が付いた。「休みなんだ」と。
 今日は日曜、E-1077にも休日はある。
 休暇も無しに勉強ばかりを続けさせたら、生徒は疲れてしまうから。
 肉体的にも精神的にも疲弊したなら、いい結果など出はしない。
 そうならないよう、カレンダー通りに休みはある。
 日曜日の今日は講義の無い日で、何をするのも個人の自由。
(だったら、寝てても…)
 いいんだよね、と戻ろうとした夢の中。母がいた世界。
 けれど…。


 なまじ「休んでもいい日なんだ」と、気分が高揚したせいだろうか。
 いくらベッドに入っていたって、一向に訪れない眠気。
 入ってゆけない夢の中の世界、あれからかなり経ったのに。
(…もう無理だよね…)
 眠くならないなら眠れやしない、と諦めて起きて、顔を洗って。
 袖を通した、候補生の服とは違った服。休日ならば外に出てもいい服。
 普段は部屋でしか着られないけれど、好きに選んで「自分の物」に出来た服。
(家にいた頃は、ママが選んでくれていたのに…)
 母が選んでくれた服なら、こういう服になっただろうか?
 「良く似合うわよ」と言ってくれたのか、「シロエにはこっちの方がいいわ」と言ったのか。
 もうそれすらも分からないけれど、今の自分が選ぶなら、これ。
 少なくとも制服よりはいいから、「自分の好みだ」と思えるから。
 それを着たなら、次は朝食。
 候補生の部屋にキッチンなどは無いものだから、休日でも行かねばならない食堂。
(シナモンミルク、マヌカ多めに…)
 忘れないように今日も言わなくちゃ、と心の中で唱える呪文。
 此処へ来てから思い出したこと、きっと誰かが好きだったもの。故郷の家で。
 自分か、それとも父か、母なのか。
 小さな切っ掛けで蘇った記憶、これを注文するのが幸せ。
 「確かに誰かが好きだったんだ」と分かるから。故郷に繋がる記憶だから。
 それを忘れずに頼まなくちゃね、と部屋から踏み出した通路。
 食堂はこっち、と迷わず歩いて行ったのだけれど。
 幾つかの扉の前を通って、曲がったりもしていたのだけれど。
(あれ…?)
 気付けば近付いていた食堂。
 じきに着くわけで、シナモンミルクを注文だけれど、その食堂。
 「其処へ行こう」と考えただけで、他には何も思っていない。
 右へ行こうとも、左だとも。…真っ直ぐだとも、此処をどう曲がるとも。


 途中で目覚めた夢の世界と、故郷の記憶のシナモンミルク。
 それに囚われて歩いていたのに、何処も見回してはいなかったのに。
 もう立っているのが、食堂の入口に当たる場所。
(どうやって此処まで来たんだっけ…?)
 思い出せない、道中のこと。
 誰かとすれ違ったりしたのか、それとも誰もいなかったのか。
 こっちへ行こうと考えていたか、「こっちは違う」と考えたのか、それさえも。
(ちょっと待ってよ…?)
 ぼくは何にも考えてない、と振り返ってみた、今、来た方向。
 それをどういう風に辿れば部屋に着くのか、それならば分かる。
 いとも簡単に思い出せるし、つまりは部屋から食堂までの道順は…。
(ぼくが覚えていると言っても…)
 多分、無意識、あまりにも何度も通ったから。
 余所見していても迷わないくらいに、考え事に夢中でも辿り着くほどに。
(…此処に来てから、まだそんなには…)
 経っていないのがE-1077という場所。
 成人検査の後に船に乗せられ、ピーターパンの本だけを持って離れた故郷。
 覚えているのは、その船の中で「我に返った」ことと、「過去の記憶を消されていた」こと。
 テラズ・ナンバー・ファイブが消してしまった、子供時代の記憶をすっかり。
 両親の顔も、故郷も、家も。
 家があった場所も、幼い頃には得意になって何度も書いた住所も。
(…全部、機械に消されたけれど…)
 もしかしたら、と思ったこと。
 今、こうやって食堂まで歩いて来た自分。
 何処を通ったか、誰に会ったのかも、まるで気付きもしない間に。
 その上、夢の世界の中では鮮やかに見える両親の顔。
 だったら、家もそうかもしれない。
 家から何度も出掛けた場所へは、今の食堂までの道と同じに行けるとか。
 慎重に記憶を辿ってゆけば。…こっちの方だ、と進んでゆけば。


 思いがけなく得られたヒント。
 家の住所が分からないなら、その逆の手を使えばいい。
(ぼくの部屋は覚えているんだから…)
 今も記憶に残っているのが、エネルゲイアの家で暮らした子供部屋。
 機械も其処までは消さないらしくて、部屋のことなら覚えている。
 その部屋にあった、アルバムの中身は怪しくても。
 多分、飾っていただろう写真、其処に両親の顔は無くても。
(…でも、あの部屋はぼくの部屋…)
 あそこから逆に進んでみようか、家の外へと。
 まずは自分の部屋を後にして、リビングなどを通り抜けて。
 いつも父が「ただいま、シロエ」と入って来ていた、あの扉から外に出て。
(通路に出たら、エレベーターで…)
 住んでいたのは高層ビルだし、間違いなくあったエレベーター。
 それに乗り込んで下に降りたら、ビルの一階に着くだろう。
 其処がどういうフロアなのかは分からないけれど、外へ出たなら…。
(何処かへ歩いて行ける筈だよ)
 場所さえ覚えていない学校、その門の前に立てるとか。
 休日には何度も出掛けたりした、公園に辿り着くだとか。
(学校とか、公園だったなら…)
 多分、上手に調べさえすれば、何処に在るのか分かる筈。
 機械が偽のデータを混ぜても、注意深く探していったなら。
 「こういう道の先に在った」と、「こう曲がって…」と辿って行ったなら。
 きっと身体が覚えている筈、自分の記憶の中には無くても。
 何も考えずに「あの部屋」を出たら、子供部屋を後にして歩き出したら。
 最初はリビングなどを進んで、「ただいま、シロエ」と父が帰って来た扉。
 あの扉から通路に出たら、エレベーターに乗ったなら。
 何処に着くかは分からなくても、何処だっていい。
 エネルゲイアの何処かに着けたら、それが手掛かりになるのなら。


 やっと見付けた、と弾んだ胸。
 ワクワクしながら食堂で頼んだシナモンミルク。
 これから起こる素敵な出来事、それを思いながら、いつものように。
 「シナモンミルクも、マヌカ多めにね」と弾ける笑顔で。
 食事はきちんと食べなくちゃ、と一人きりで座る食堂のテーブル。
 友達なんかは欲しくも無いし、誰かと食べる趣味も無いから。
(栄養はきちんと摂らなくちゃ…)
 うんと頭を使うんだしね、と黙々と食べて、食事の合間にシナモンミルク。
 これを好んだのは父か、母なのか、それとも幼い自分だったか。
(パパ、ママ、もうすぐ…)
 ぼくたちの家を見付けるからね、と嬉しくてたまらない休日。
 なんて素晴らしい日なんだろうと、もうすぐ家が分かるんだから、と。
 食堂からの帰りの通路も、そのことだけで胸が一杯。
 何処を歩いたのか、どう歩いたかも気付かない内に着いていた部屋。
(ほらね、やっぱり…)
 あの部屋からだって、今のと同じように何処かへ、と転がったベッド。服を着たままで。
 そうして、そっと閉ざした瞼。
(うん、ぼくの部屋…)
 こうだったよ、と思い浮かべた懐かしい故郷の子供部屋。
 部屋の扉を開けて進んで、気付けばリビングに立っていて。
(あそこの扉から、パパが「ただいま」って…)
 よし、と扉を開けたのだけれど。
 通路に出たらエレベーターに、と勇んで外に踏み出したけれど。
(……嘘……)
 扉の向こうはただの空間、通路と思えば通路のようで、道路と思えば道路のような。
 おぼろに霞んで、あるわけがないエレベーター。
 機械はきちんと計算していた、「扉を開けて外に出てゆく」子供がいるということを。
 こうして住所を探り出そうと試みる子がいることを。


 だから行けない扉の向こう。
 …これからもきっと、夢でしか。
 夢の中でしか出られない扉、夢でしか出会えない両親。
(…テラズ・ナンバー・ファイブ…)
 許せない、と激しく噴き上げる怒り、けして機械を許せはしない。
 自分の故郷を奪ったから。
 両親も家も、何もかも全て、機械に消されて何も残っていないのだから…。

 

        部屋を出たなら・了

※意識しないで歩いていたって、いつの間にか辿り着けた食堂。それなら、と思い付いたのに。
 機械に消されて、残っていなかった家の外の通路。住所は分からないままなのです。






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『箱の最後には……希望が残ったんだ』
 それがキースの心に届いた、ジョミーが紡いだ最期の思念。
 肉声は「キース」と呼び掛けて来たのが最後で、飛び去ってしまったジョミーの魂。
 ようやっと真の友が出来たと思ったのに。最後まで共に戦った仲間、本当の友を得られて心から満足したというのに。
 だからキースがついた溜息。「最後まで……私は一人か」と、悲劇のヒロイン気取りで。
 そう、ヒーローではなくてヒロイン、そんな感じで。一人残されて岩の下敷き、考えるだに気の毒な最期なのだから。誰も看取ってくれはしなくて、悲しむ人もいないのだから。
(マツカの方が恵まれていたな…)
 チラリと頭を掠めた思い。マツカも大概な最期だったけれど、自分が看取ってやったのだし…。
(セルジュもパスカルもあの場にいたぞ)
 それに比べて私はどうだ、と可哀想すぎる自分の最期を思いながら逝ったわけなのだけれど。
 とうとう岩が落ちて来たかと、多分、押し潰されたのだけれど…。


「…どの辺がどう気の毒なんだか…」
 悲劇のヒロインぶられても、と容赦なく頭を蹴り飛ばされた。ジョミーのブーツで。
 恐らく天国、もう見るからにそれっぽい雲の絨毯の上で、ゲシッと、「ていっ!」と。
「何をする!?」
 痛いじゃないか、と起き上がったら、其処で腕組みしていたジョミー。偉そうな態度でこちらを見下ろし、「自覚が無いのが酷すぎだから」と吐き捨てた。
「誰が言ったんだったっけ…。シロエだっけか、幸福なキースっていうヤツは」
 君は本当に幸福すぎだ、と睨み付けているジョミーの後ろから、シロエがヒョイと覗かせた顔。
「そうです、それで合ってます。幸福なキースは、ぼくの台詞ですよ」
 登録商標ではないんですけど、と謙遜しつつも、自慢の言葉ではあるらしい。遠い昔にシロエが罵倒してくれた、「幸福なキース」なるヤツが。
「…この期に及んで、それが何だと?」
 成人検査を通過したかどうか、そんなのは細かいことだろう、と言ったのに。
 死んで天国までやって来たのに、重箱の隅をつつくようなことをしなくても…、と考えたのに。
「甘いね、君は。…本当に甘くて、もう「幸福なキース」としか…」
 言えやしない、とジョミーは上から目線で続けた。思い切りハッピーエンドな最期だったのに、贅沢をぬかす奴なんて、と。
「あれがハッピーエンドだと!? 私のか!?」
 違うよな、とキースは噛み付いた。SD体制は崩壊したから、人類とミュウにとっては、きっとハッピーエンドだろう。ああいう悲惨な死に方でも。
 けれど自分にとってもそうかと言われたら…。
(全力で生きた者にも後悔は無いが、ハッピーエンドなら、もっとこう…)
 希望があってもいいと思うし、「箱の最後に残った」ような希望では困る。パンドラの箱など、死んだ後には何の役にも立たないから。希望は「生きてこそ」なのだから。


 そんなわけだから、「違う」と思ったハッピーエンド。人柱よろしく斃れた自分は、もう絶対にハッピーエンドを迎えてはいない。バッドエンドの方だろう、と自信満々だったのに…。
「まあ、そうだとも言えるだろう。君にはあれが全てなんだし、気の毒なのかもしれないが…」
 でも天国に来たら、こんなテキストが…、とジョミーが、シロエが持っている本。
 いったい何の本だろうか、と見詰めてみたら、『地球へ…』と書かれたタイトル。何処かで目にした覚えがあるな、と思うけれども、おぼろな記憶。死んだはずみに、ブッ飛んだかも。
(地球というのは、あの地球だろうが…)
 私が岩の下敷きになって死んだ場所だな、と理解はしても、結び付かない本との関係。あの本に何の意味があるのか謎だし、タイトルの記憶もナッシング。
 けれどジョミーが、シロエが繰っているページ。互いに頷き合いながら。
 「なんて幸せな男なんだ」と、「ええ、幸福なキースですよね」と。
(どういう意味だ…?)
 サッパリ分からん、とボーッとしていたら、「このタコがあ!」とジョミーに張り飛ばされた。
 「テメエの人生、ちゃんと自分で確かめやがれ」と、「この本がオリジナルだから!」と。
(…オリジナル……?)
 それは伝説のタイプ・ブルー・オリジンとは別物なのか、と思ったオリジナル。手渡された本をパラパラめくると、其処に見付けた「タイプ・ブルー・オリジン」。そう、伝説の。
(こんな所にソルジャー・ブルーが…?)
 私が知らない時代のだな、と伝記っぽい本を読んでゆく。文字オンリーではなくて、見るからに娯楽なコミックだけど。何処から見たって漫画だけれど。
 そうしたら…。
(…へ?)
 此処で終わりか、と仰天したソルジャー・ブルーの最期。
 驚いたことに、アルテメシア、いやアタラクシアという星でジョミーを後継者に据えた途端に、彼の命は終わったらしい。ご丁寧にガラスの柩に入って、花まで背負って。
(…いや、こう見えて、実は死んでいなくて…!)
 白雪姫の童話よろしく、ガラスの柩から復活だろう、と考えたのに甘かった。舞台は其処で暗転だから、もう本当に死んだっぽい。…ソルジャー・ブルーは、綺麗サッパリ。


 はて…、とページをめくってみたら、颯爽と登場した自分。サムもセットで。ついでにシロエも一緒に登場、何処か違った世界なE-1077。
(…これはどういう本なのだ?)
 私の人生が描かれている本なのか、と読み進めたら、またしても衝撃の展開。まだ少年のような自分が、フロア001にいた。シロエが「ゆりかごですよ」と言っていた場所に、その直後に。
(知るのが、やたらと早すぎないか!?)
 ジルベスターの後まで知らなかったが、と愕然とさせられた出生の秘密。
 自分の場合は、「マザー・イライザが無から作った生命」だなんて、中年に差し掛かるまで全く知らなかったから。
(…えらくまた、苦労性な私もいたものだ…)
 こんなに早く知ってどうする、と驚きながらも読んでゆく『地球へ…』。もうあちこちで何かが違うし、見て来たものとは別世界。天国に来るまでに生きた人生、それとも激しくズレまくり。
 そうやって辿り着いた終幕、なんとジョミーを撃ち殺したから驚いた。そう、自分が。
 自分の名誉のために言うなら、自分の意志ではないけれど。グランド・マザーに操られた末に、及んだ凶行。平たく言うなら心神喪失、多分、責任は問われない。そうは言っても…。
(これはあまりに…)
 強烈すぎる、とガクブルしながら読んでいったら、トドメの一撃。
 グランド・マザーの次に控えた、「コンピューター・地球(テラ)」という有難い機械。地球を滅びから救える機械を、せっせと止めている自分。「もう決めたんだ」と、せっせ、せっせと。
(いったい、此処の私は何を…!)
 それを止めたら地球は終わりで…、と思った通りに、ドえらい惨事に見舞われた地球。
 その一方で自分はといえば、「この世をば、どりゃお暇に線香の煙と共にハイ、さようなら」と言わんばかりに、この世にオサラバしてしまっていた。十返舎一九ではないけれど。
 自分が暴走して殺したジョミーに、「俺を殺せ」と格好をつけて、サックリと。
 かくして終わった自分の人生、やたらと苦労が多そうだけれど。
 最後の最後まで友はいなくて、「私は一人か」を極めた感じが、もうMAXに漂うけれど。


(これはいったい…)
 何なのだ、とガン見した『地球へ…』。運命を左右する「予言の書」というブツにも見えるし、あるいは冗談、いやいや悪魔の仕業なのかも…、とも思っていたら。
「分からないかな、オリジナルだと言ったけど?」
 ジョミーがフンと鼻を鳴らして、のたまった。「本来、君の人生はそういうヤツらしい」と。
 若い頃からドップリ苦悩で、死ぬまでひたすら苦労の連続。そう生きるのがキース・アニアン、「最後まで……私は一人か」などと寝言も言えずに、ドツボな人生。
 なのに全く違う生き方、「お気楽極楽、そういう感じで生きなかったか?」と、イヤンな指摘。
 自分の生まれを知りもしないで、ノホホンと生きた若かりし日々。それこそやりたい放題で。
 メギドは持ち出す、ソルジャー・ブルーもなぶり殺すで、人生エンジョイしたろうが、と。
 自分の生まれを知った後にも、まるで無かった反省の色。
 グランド・マザーと戦う時さえ、「私は自分のしたいようにする」と銃をぶっ放していた程度。やっぱり変わらず好き放題だし、苦労の「く」の字も無かったわけで…、と。
「い、いや、それは…。それは間違いないんだが…!」
 あれが私の精一杯の抵抗で…、と食い下がったけれど、弱すぎる立場。オリジナルの方と比べてみたなら、「何もしていない」も同然の自分。…情けないことに。
 銃をぶっ放したまでは良しとしたって、グランド・マザーに粛清されて剣でグッサリ。あえなくリタイヤ、後はジョミーに丸投げしたのが自分というヤツ。
(…ただ転がっていて、グダグダ喋っていただけだとか、なんとか言わないか…?)
 そうだったかも、と青ざめた顔。「頑張りがかなり、足りないのでは…?」と。
 苦労知らずでぬくぬく育って、最後はサックリ退場だから。
 あれこれ御託を並べていたって、剣で刺されて、まるで虫ピンで留められた虫。動きもしないで「くっちゃべっていた」と切り捨てられたら、「ハハーッ!」と土下座で詫びるしかない。
(…確かに、「幸福なキース」なのかもしれん…)
 この人生に比べたら…、とガクガクブルブル。オリジナルだという『地球へ…』を手にして。
 「私の人生は、本来こうか」と、「悲劇を気取って申し訳ない」と。


 ジョミーに、シロエに、詰られたって仕方ないのだな、とブルッていたら、ポンと叩かれた肩。
 「久しぶりだね」と、後ろから。
(誰だ!?)
 今度は誰がやって来たんだ、と振り返った所に、立っていたのがソルジャー・ブルー。
 ジョミーたちと同じに、『地球へ…』の本をキッチリ手にして、「その節はどうも」と。
「もう読んだんなら、分かってくれたと思うんだけどね? ぼくは本当なら…」
 間違っても君と出会う筈はなくて、狩りの獲物になるわけもなくて…、とソルジャー・ブルーが浮かべているのが、怖すぎる笑み。愛想が良すぎて、こみ上げる恐怖。
 そんな心を知ってか知らずか、伝説のミュウは極上の笑顔で続けてくれた。
 「君の人生に花を添えるためにだけ、ぼくは生かされていたようだけどね?」と。
 「お蔭で散々酷い目に遭って、ガラスの柩を貰うどころか、葬式も無しの人生だった」と。
 脇役だから仕方ないけれど、と言いつつ、実は据わっているのが彼の赤い瞳。そしてやっぱり、シロエの自慢の例の台詞をパクッてくれた。「君は幸福なキースだよ」と。
 「ぼくの人生を踏み台にして、華麗にステップアップだからね」と、「二階級特進で上級大佐になった気分は、さぞかし素敵だっただろう」とも。
「そ、そう言われても…。私に、そういう自覚は全く…!」
 無かったんだが、と言い終えない内に、ジョミーに、シロエに取り囲まれた。両脇から。
「往生際の悪い奴だな、君という奴は。要は、君が生きて来た人生は…」
 君にとってはハッピーなヤツで、最後もハッピーエンドなわけで、とジョミーが迫れば、横からズズイと出て来たシロエ。思いっ切りの訳知り顔で。
「その通りですよ。オリジナルの方なら、ぼくが死んでも意味はあったんですけどね…」
 こっちのコースだと無駄死にですよ、とキッツイ一言。実際そうだし、ヤバすぎる立場。自分の生まれを全く知らずに何年生きたか、お気楽すぎる時代が何年あったのか。
「…で、では、私が生きたあの人生は…」
「君がハッピーエンドを迎えるために、他のみんなが踊らされていたようだけれどね?」
 ぼくも含めて…、とソルジャー・ブルーは笑顔だけれども、生憎、その目がマジだった。囲みにかかったジョミーもシロエも、ジト目で見ている「幸福なキース」。
 ちょっと幸福すぎやしないかと、「その幸福は、皆にお裾分けするべきだ」と。


「畜生、どうしてこうなるんだ!?」
 死んだ後まで、何故こうなる、と悲鳴を上げても、後が無かった「幸福なキース」。
 「言いがかりだ」と必死に言い返そうにも、「オリジナルはこうだ」と、皆が掲げる錦の御旗。
 誰もが手にする『地球へ…』のコミック、この天国では聖書よろしくデフォ装備。
 それを読んだら、ナチュラルに理解できること。キースが生きた人生と世界、それらは残らず、全部キースのハッピーエンドのために書かれた物語。
 もう思いっ切りハッピーに生きて、やりたい放題、し放題。グランド・マザーに逆らう時さえ、貫いたのが自分流。挙句の果てにジョミーに丸投げ、気分は悲劇のヒロインな最期。
 そうとしか読めない恐怖のテキスト、皆が知っているオリジナル。『地球へ…』のコミック。
(うわー…)
 アレのせいで皆にたかられるんだ、と泣きそうなキモチの「幸福なキース」。
 何かと言ったら「今日はキースのおごりだから」と、ジョミーが、シロエが毟ってゆく。天国の酒場やレストランやら、そういった所で遊ぼうと。今日は居酒屋『緑の丘』を貸し切りだ、と。
 もちろんソルジャー・ブルーも毟るし、毟らないのはマツカくらいかと思ったら…。
(…いつの間にやら、ミュウの連中とマブダチになって…)
 楽しく飲み食いしていやがった、と「幸福なキース」の苦悩は尽きない。
 オリジナルと違って、「リアル人生」で全く苦労をしなかった分だけ、天国で苦悩。
 今日も今日とて、「キース!」とジョミーが駆けて来る。『緑の丘』で飲んで騒ごうと。
 その後ろにはソルジャー・ブルーの姿も見えるし、シロエやサムも。それにマツカも、グレイブまで混じっているものだから…。
(今度こそ破産しそうなんだが…!)
 もういい加減、後が無いんだ、と既にリーチなキースの財布。
 来る日も来る日も毟られまくって、神様に何度も頼みまくっている前借り。そろそろ「断る」と言われそうだし、そしたら破産するしかない。この天国では稼ぐ道など無いのだから。
 それでも彼らは逃がしてくれずに、遠慮なく飲み食いするのだろう。
 「お金が無いなら、お皿を洗えばいいじゃない」と、ジョミーあたりが厨房の奥に蹴り込んで。
 「ぼくたちは勝手に飲み食いするから、君は代金を身体で払ってくれたまえ」と、恐ろしすぎる伝説のタイプ・ブルーが、逃げ道を塞いでくれたりして。


(…きっと本当に、そういうコースだ…)
 もう泣きたい、と呻くしかない「幸福なキース」。いっそこの名を、商標登録しようかと。
 誰かがそれを口にする度、小金が入って来るようになれば、今よりはマシな暮らしが…、と。
 ウッカリ幸福に生きたばかりに、この始末。今日もたかられる、天国の居酒屋『緑の丘』。
 自分的には、悲劇のヒロインな最期だったのに。
 「最後まで……私は一人か」と呟いて死んだ時には、きっとキマッていた筈なのに。
 人生、本当に分からないから恐ろしい。
 あれでも究極のハッピーエンドで、それまでの人生もハッピー満載。
 周りの全てを巻き込みながらの「幸福なキース」、そう生きたのが自分らしいから。
 どんなに「違う」と叫んでみたって、誰もが『地球へ…』のコミックをドンと突き付けるから。
 今日も賑わう天国の居酒屋、その名も『地球の緑の丘』。
 もう最高のネーミングセンス、ワイワイと皆が入り浸る店。「いつかは本物に行こう」と。
 せっかくだから夢は大きく、天国よいトコ、青い地球だっていい所。
 いつか「幸福なキース」よりもずっと素敵なハッピーエンドを、本物の地球の緑の丘で、と…。

 

          天国の緑の丘・了

※アニテラ放映終了から9周年の記念に何か、と思ったのは確かですけれど…。
 気付けば気の毒すぎたのがキース、でも、そう読める原作の怖さ。誤解と曲解てんこ盛りで。
 すまない、キース、記念作品のネタに君を選んで。心からすまなく思って…い…る…?






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(自らの命を犠牲にして、メギドを止めたのか…)
 ソルジャー・ブルー、とキースの心を占めるもの。そう、今も。
 メギドを失い、グレイブの艦隊に残存ミュウの掃討をするよう命じたけれど。
 その時からの思いで、今も消えない。
 自室に引き上げ、こうしてシャワーを浴びている今も。
 グレイブが指揮する艦隊とは別に、こちらの船はジルベスター・エイトから離脱中。
 ミュウどもが「ナスカ」と呼んでいた星、ジルベスター・セブンも遠ざかりつつあるけれど。
 ジルベスター・セブンは砕けて、跡形も無いのだけれど。
(…ソルジャー・ブルー…)
 もういない、伝説のタイプ・ブルー。…タイプ・ブルー・オリジンと呼ばれた男。
 自分が彼を撃ち殺したと言っていいのか、それとも成し遂げられなかったか。
(これで終わりだ、と…)
 撃ち込んだ弾は、彼のシールドを突き抜けて右の瞳を砕いた。
 あれで終わりだと思っていたのに、倒れなかったソルジャー・ブルー。
 代わりに起こしたサイオン・バースト、噴き上げるように広がり始めた青い光の壁。
 危うく、それに…。
(巻き込まれていたら、今頃、私は…)
 生きて此処にはいなかったろう。
 サイオンの光に一瞬にして焼き尽くされたか、あるいは意識を失ったのか。
 もしも、あそこに倒れていたなら、自分の命は無かった筈。
 メギドの制御室は、そういう所だから。
 発射される時に其処にいたなら、命が危ういエネルギー区画。
 それが常識、だからマツカは「行っては駄目です」と止めにかかったし、後を密かに…。
(つけて来ていたから、私を救い出せたんだ…)
 サイオンの光に巻き込まれる直前、走り込んで来た忠実なマツカ。
 彼が自分を抱えて「飛んだ」。
 瞬間移動で、制御室からエンデュミオンの艦内まで。


 そうして辛くも救われた命。
 自分の命がどれほど危ういものであったか、嫌と言うほど思い知らされた。
 残党狩りを命じた後に、「部屋に戻る」と戻って来たら。
 酷く疲れを覚えていたから、気分転換に浴びようと思った熱いシャワー。
 バスルームの扉を開けた途端に、其処の鏡に映った自分。
(セルジュたちにも見られたな…)
 煤まみれになった、あの顔を。
 けれど彼らは、「ソルジャー・ブルーと死闘を繰り広げた結果」なのだと思っているだろう。
 戦いの最中に起こった爆発、その時に浴びた煤なのだと。
(…それならば良かったのだがな…)
 生き残ったことを誇れもするし、死の淵からの生還の証と言えるのだから。
 メギドを失ったほどの爆発、それを食らっても「生き延びる術」を持っていたのだと。
(…だが、実際は…)
 マツカが助けに来なかったならば、失われていた自分の命。
 本当に命の瀬戸際だったと、顔についた煤が示していた。
 間一髪で救われただけで、そうでなければ失くした命。
 サイオンの光に焼かれて死んだか、あるいはメギドの発射で命を落としたか。
 どちらにしたって、生き残れていたわけがない。
 いったい自分は何をしたのか、どれほど愚かだったのか。
 それを突き付けられたのが鏡、其処に映った煤まみれの顔。
 「これがお前だ」と、「お前がやったことの結果がこれだ」と。
 マツカがいなければ死んでいたのだと、「なんと無様な姿なのだ」と。
 煤まみれの顔が映っているのは、生きて此処にいる証拠だけれど。
 その命は何処から拾って来たのか、ちゃんと自分で守ったのか。
 答えは「否」で、一人だったら失くした命。
 瞬間移動など出来はしないし、きっとメギドの制御室で。
 ソルジャー・ブルーと共に倒れて、それきりになっていたのだろう。
 「アニアン少佐は戻らなかった」と報告されて。


 元より、命が惜しくはない。
 軍人なのだし、惜しいと思ったことさえも無い。
 ただ、その「命」の失くし方。…何処で失くすか、どう失くすのかで違う価値。
 命を捨てた甲斐があるなら、軍人冥利に尽きるのだけれど。
 何の成果も上げることなく死んでいったら、それは無駄死に、犬死にでしかない。
 いくら「名誉の戦死」でも。
 作戦中の死で、二階級特進になったとしても。
(…まさに無駄死にというヤツだ…)
 あそこで死んでいたのなら。
 ソルジャー・ブルーに巻き添えにされて、命を失くしていたのなら。
 自分が死んでも、何の役にも立たないから。
 この艦隊の指揮官の自分、それを失くしてきっと混乱したろう「その後」。
 セルジュが代理を務めるとはいえ、彼も詳しくは知らない作戦。
 「目的はミュウの殲滅」だという程度しか。
 如何にセルジュが副官だとしても、伝えられない軍事機密も多いのだから。
(それなのに何故、私は、あの時…)
 ソルジャー・ブルーが来たと知った時、制御室へと行ったのか。
 彼を狩ろうと考えたのか。
 「仕留めてやるのが、狩る者の狩られる者に対する礼儀だ」などと格好をつけて。
 伝説の獲物が飛び込んで来たから、それを仕留めに行ってくる、と。
(保安部隊では、太刀打ち出来ない相手だが…)
 ただの兵士では歯が立たないのがソルジャー・ブルー。
 自分は身をもって知っているから、ミュウどもの船で負け戦を味わわされたから…。
(今度は勝ちたかったのか?)
 ミュウの船ではなく、自分の船が戦場だから。
 より正確に表現するなら、自分の船とドッキングしているメギドを舞台に戦うのだから。
 「今度こそ勝つ」と思っただろうか、それが出掛けた理由だろうか?
 ソルジャー・ブルーの覚悟のほども知りたかったし、見届けたくもあったから。
 「お前は、どれほどの犠牲を払える?」と。


 そうして出掛けて行ったメギドで、またも無様な負け戦。
 傍目には「勝ち戦」だけれど。
 セルジュたちも、きっとグランド・マザーも、そうだと思うだろうけれど。
(しかし、自分を誤魔化すことは…)
 けして出来ない、勝ち戦だなどと思えはしない。
 マツカが自分を救いに来たこと、それを誰にも漏らさなくても、自分自身は誤魔化せない。
 あそこでマツカが来なかったならば、失くした命。
 それも犬死に、何の役にも立ちはしない死。
 艦隊が無駄に混乱するだけ、指揮官が死んでしまっただけ。
 「名誉の戦死」で、「ソルジャー・ブルーと死闘を繰り広げた末の最期」でも。
 ソルジャー・ブルーと共に散っても、皆が自分を褒め称えても…。
(…私の死などは、それだけのことで…)
 実際の所は、狩るべき獲物に返り討ちにされただけのこと。
 ソルジャー・ブルーに巻き添えにされて、命を失くしてしまっただけ。
 彼を狩ろうと考えたから。
 「今度こそ、私が勝ってみせる」と、自分の誇りにこだわったから。
 いくら伝説のタイプ・ブルーでも、「今度はそうそうやられはしない」と。
 二度も負け戦でたまるものかと、「来たことを後悔させてやる」と。
 相手はミュウで、宇宙から排除されるべきもの。
 撃ち殺してやれば自分の勝ちだし、反撃されても「今度は勝つ」。
 メギドが発射されてしまえば、彼が来た意味は無くなるから。
 ソルジャー・ブルーは「狩られるために」飛び込んで来ただけのことになるから。
 飛んで火にいる夏の虫だし、彼を殺せば自分の勝ち。
(…まさか、サイオンをバーストさせるなど…)
 まるで思いはしなかった。
 サイオン・バーストを起こしたミュウを待つものは、「死」のみ。
 命を捨てる覚悟が無ければ、サイオンを全て放出するのは不可能だから。
 そんなミュウなど、見たことがない。
 聞いたことすら一度も無かった、死への引き金を自ら引いたミュウの話は。


 きっと最初から、ソルジャー・ブルーは命を捨てる気だったのだろう。
 生きて戻ろうとは微塵も思わず、ただ一人きりでやって来た。
(たまたま、私に遭遇したから…)
 何発も弾を撃ち込まれた末の死だったけれども、そうでなくても死んだのだろう。
 メギドもろとも、命を捨てて。
 持てるサイオンを全て出し尽くして、メギドそのものを道連れにして。
(…そしてあいつの思い通りになったというわけだ…)
 メギドは沈んで、ミュウどもの船はワープして逃げた。
 ソルジャー・ブルーは仲間を救った、自らの命を犠牲にして。
 あの船に乗っていた仲間を守って、宇宙に散ったソルジャー・ブルー。
 彼が守ったのはミュウの仲間と、その未来。
 逃げ延びたならば、巻き返しのチャンスもあるだろうから。
 場合によっては、ミュウの勝利もまるで無いとは言い切れないから。
(…あいつは無駄死にしなかった…)
 無駄死にどころか、万が一、ミュウが勝利した時は、どれほどの価値があることか。
 ソルジャー・ブルーが捨てた命に、仲間のために払った犠牲に。
 それに引き換え、自分はといえば…。
(…マツカが助けに来なかったなら…)
 犬死にだった、と情けない気分。
 またしても自分は負けたのだろう、ソルジャー・ブルーという男に。
 もう永遠に前に立ってはくれない男に、逝ってしまって「二度と戦えはしない」相手に。
 それを思うと、もう見たくもない自分の顔。煤まみれになっていた時の顔。
(…煤と一緒に、何もかも洗い流せたら…)
 ソルジャー・ブルーに負けたことまで、洗い流してしまえたら、と浴び続ける水。
 熱いシャワーを浴びるつもりで来たというのに、水しか浴びる気になれない。
 犬死にしかけた愚かな自分を、ソルジャー・ブルーに負けた自分を、流し去りたい気分だから。
 水ごと全てを洗い流せたら、きっと元通りの自分が戻って来るだろうから…。

 

          永遠の敗北・了

※なんだってキースは「ギリギリまで粘って」撃ち続けたのか、未だに疑問な管理人。
 とりあえず今はこんなトコです、考え方としては。結果だけを見ればブルーの勝ちだ、と。







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「ぼくは自由だ。自由なんだ…!」
 いつまでも、何処までも、この空を自由に飛び続けるんだ…!
 それがシロエの最期の言葉。
 彼を乗せていた練習艇は、キースに撃ち落とされたから。
 木っ端微塵に砕け散った船、広がっていった衝撃波。それに爆発に伴う光も。

「…なんだ、今のは?」
 爆発したぞ、と広がる光を遠くで目撃した者が一人。…いや、もっと。
「何なんでしょうね、この宙域だと…」
 E-1077が近いんじゃあ、と答えた男。他にも数人、頷いている男たち。
「へえ…。エリート様の育成場所かよ、そりゃ面白い」
 何かあったに違いねえや、と男は「行け」と顎をしゃくった。さっきの光が見えた方へと。
「お、お頭…?」
「いいから行けと言っているんだ、船長の俺に逆らったら…」
 海賊の掟は分かってるよなあ、と凄む男は海賊だった。SD体制の社会からはみ出した男。他の者たちもそれは同じで、船の名前はジョリー・ロジャー。言葉通りに「海賊旗」。
「わ、分かりました…!」
 慌てて航路設定する者、データの収集を始める者。
 彼らを尻目に、「行け」と命じた船長は不敵に笑っていた。「いい日だよなあ?」と。
「さっきは宇宙鯨も見たしよ、今日はいい日になりそうだ」
 今の光も俺にはプンプン匂うんだよ、と肝が据わった船長だったのだけれど…。


 目指した宙域、其処に散らばっていた船の残骸。
 撃ち落とした方はとうに去って行ったのを確認したから、海賊船が来たとはバレない。
「気を付けて探せよ、絶対に何かありそうだからな」
 俺たちの役に立ちそうなモノが、というのが船長の勘。滅多に外れはしないものだから、自信に溢れてやって来た。いったい何が見付かるだろう、と。
 けれど…。
「お頭、あそこに…!」
 何か光が見えますぜ、と報告した部下の声は、直ぐに震え始めた。「ひ、人だ…!」と、まるで恐ろしいものでも見たかのように。
 それはそうだろう、光が見えるのは真空の宇宙。人がいる筈がないのだから。
「落ち着け、馬鹿。…ふうむ、人だな」
 だったらアレがお宝だろう、と船長の肝は据わりすぎていた。
 漆黒の宇宙に散らばる残骸、その中でぼんやり黄色く発光しているモノ。多分、少年。
 「回収しろ」と命令された部下たちは震え上がったけれども、逆らったら自分が放り出される。船から宇宙空間へと。宇宙服など着せては貰えず、身体一つで。
 そうなれば死ぬしかないのだから、と部下たちは淡い光を纏った少年を宇宙から拾って来た。
 「拾いました」と青ざめた顔で、「どうやら生きているようです」と。


 海賊船が回収したのは、もちろんシロエ。
 船が撃墜された瞬間、無意識に張っていたシールド。命よりも大切に思っていた本は、シールドごと他所に飛ばされた。爆発の時の衝撃で。
 シロエ自身も、意識して張ったシールドではなかったものだから…。
 爆発の後をキースが確認しに来た時には、微弱だった光。キースは気付かずに行ってしまって、それから強くなった発光現象。「此処にいる」と仲間に知らせるかのように。
 何故なら、仲間が来ていたから。…ミュウの母船が近付いてくれば、サイオンは共鳴し始める。
 それで強くなったサイオンの光、いわばSOSなのだけれど。
 残念なことに、シャングリラはまだ遠かった。先に来たのが海賊船。
 よってシロエは拾われてしまい、ジョリー・ロジャー号の獲物というわけで…。


 肝がやたらと据わった船長、彼はシロエの手当てが済んだら自分の部屋へ運ばせた。
 気絶しているだけらしい少年。衰弱が酷いようだけれども、じきに回復するだろう。少年だけに数日もすれば…、とベッドの上の獲物を眺める内に…。
「…此処は?」
 何処、と少年の瞼が開いた。光はとうに消えているから、ただの子供にしか見えない。瞳の色は菫色。夢見るようにぼやけた焦点。
「さてなあ? その前に答えて貰おうか。…坊主、名前は?」
「え…?」
 途端に冴えたシロエの意識。ダテにエリート候補生ではなかったから。
 正気が戻れば、自分が置かれた状況も分かる。E-1077ではないらしいことも、そういえば追われていたらしいことも。
(…キースの船が…)
 ぼくが乗った船を撃ち落とした、と気付いたら後は身構えるだけ。「新手なのか!?」と。
 どういうわけだか助かったものの、今度は別の所に収監されたのか、と。
「落ち着けよ、おい。…俺はお前の敵じゃねえ」
 お仲間といった所だろうさ、と笑った船長。「俺たちは、はみ出し者だからなあ」と。
 マザー・システムなんぞは糞くらえだと、メンバーズどもも御免蒙るね、と。


 そんなわけだから、シロエも直ぐに理解した。「本当に敵じゃないんだ」と。
 海賊船でも、自分を助けてくれたのだったら、文句を言えるわけがない。大切なピーターパンの本は失くしたけれども、命は拾ったのだから。
 その上、撃墜された時の衝撃、それで戻って来た記憶。子供時代をどう過ごしたか。
(…パパ、ママ…)
 ぼくは海賊になったみたい、と夜な夜な部屋で苦笑する。「お前は此処だ」と貰った部屋。
 昼の間は海賊見習い、エネルゲイアとE-1077で教わった技術はついて来たから…。
「シロエ、こいつはどうなっている?」
 他の奴らじゃ手に負えねえ、と船長に名指しで頼まれる仕事。ハッキングなどといった作業。
「はいっ!」
 直ぐにやります、と交代したら、それは素晴らしいスピードだけに…。
「見ろよ、お宝だっただろう? 俺の勘には間違いねえんだ」
「で、でも…。あいつ、光ってたんですよ?」
 それに宇宙で生きてました、と腰が引けていた部下たちだって、時間が経てば慣れてくる。妙な出会いをしたというだけ、シロエは全く無害なのだし、強いて言うなら…。
「いい加減に覚えて下さいってば! この手のシステムというヤツはですね…!」
 こうやって、こう、と海賊相手にも怒鳴り散らすという気の強さ。
 ついでに喧嘩も負けていないし、小さいくせに腕が立つ。元がエリート候補生だから。
 そうとなったら、海賊たちにも可愛がられる。マスコットよろしく、「シロエ、シロエ」と。


 海賊船に乗ってしまったセキ・レイ・シロエ。
 なまじミュウだから、拾われた時から全く成長しないまま。他の仲間が年を重ねてもチビ。
「お前、どうやらアレだよなあ…。やっぱ、ミュウだな」
 仲間の所に帰るんだったら送ってやるが、と船長は言ってくれたのだけれど。
 「もう充分に役に立ってくれたし、ミュウどもの勢力も広がったからな」と下船の許可も貰ったけれども、一宿一飯どころではない恩の数々。
(それに、ミュウって言葉も知らなかったくせに…)
 助けてくれたのが船長。あの頃は「M」と口にしていた。「お前の正体、Mじゃないか?」と。
 お尋ね者では済まないのがM、人類からすれば端から抹殺すべきもの。
 それでも船長は「お宝だから」と自分を拾って、立派な海賊に育ててくれて…。
(…まだまだ恩は返せてないよね?)
 もっと頑張って恩返しを、とシロエが励んだ海賊稼業。
 あちこちの星がミュウの手に落ちても、首都惑星ノアが陥落しても。
(キース先輩…)
 いつかゆっくり、あなたと話したいんですけれど、と思い出すのは国家主席になった人。
 彼の正体を知ったお蔭で、狂いまくりになった人生。
 けれども自分は死んでいないし、両親や故郷の記憶も戻って、海賊船を降りた時には…。
(パパとママに会いに行くんだから…)
 あの懐かしいエネルゲイアへ、子供時代を過ごした家へ。
 「ネバーランドに行って来たよ」と、珍しいお土産を山のように持って。


(本当にネバーランドに来ちゃった…)
 自分は今も子供のままだし、乗っているのは海賊船。
 船長の名前はごくごく普通で、「フック船長」ではないけれど…。
(パパとママには、ネバーランドで通じるよね?)
 ぼくのことは覚えている筈だから、と楽しみな、いつか故郷へ帰る日。
 そうする前には、国家主席になったキースに会いに行こうか、さっき演説を聞いたから。
 たまたま仲間が点けたモニター、其処で流れていたものだから。
(ミュウが進化の必然ね…)
 それも是非とも先輩と話したいですね、と思ったシロエの夢は叶わなかった。
 キースは地球で死んでしまって、それきりになってしまったから。
 ついでにミュウの長のソルジャー、そちらも地球で斃れてしまって代替わりで…。
(…今更、ミュウの船に行っても…)
 なんだか色々と遅すぎる気が、としか思えないから、まだ暫くは海賊船の乗組員でいい。
 船長は「海賊も、もう時代遅れになっちまったな」と言っているから、じきに引退するだろう。船の仲間も引退だろうし、その時は…。
(ぼくも引退して、家に帰って…)
 パパやママと一緒に暮らすんだ、とワクワクするのが土産物リスト。
 両親の好物を色々揃えて、養育している女の子には何を持ってゆこうか?
 「初めまして」と「君のお兄ちゃんだよ」と、差し出すリボンがかかった箱。
 ぬいぐるみがいいか、人形だろうか、それとも美味しいお菓子だろうか。
 女の子の好みは分からないや、と今日も頭を悩ませる。
 もうじき会えるだろう妹、その子に何をあげようかと。海賊だったことは内緒か、土産話に披露してみるか。「海賊船に乗っていたんだよ」と。全く年を取らないままで。
 それもいいよねと、「ネバーランドに行って来たんだから、話せば喜ばれるかもね」と…。

 

         拾われた少年・了

※正統派(?)シロエ生存ED。多分、一番無理がないのが、こういうルート。
 ピーターパンの本が爆発の中でも残るんだったら、シロエ本人も生存可能な筈なのよ、と。






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