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「…これは……」
 なんなんだ、此処は、とシロエが見回した周囲。
 E-1077のシークレットゾーン、フロア001と呼ばれる区画。
 てっきり改造室かと思った。此処へと足を踏み入れる前は。
 すまし顔をしたキース・アニアン、彼を「機械の申し子」と罵倒していた頃は。
(……胎児……)
 それにキースにそっくりなモノ、と信じられない思いで見詰める。
 尻尾が生えているような胎児、其処から少しずつ育った姿。
 赤ん坊の次は幼児といった具合に、並ぶ幾つもの「キース」たち。
 それから「キース」と対を成すように、同じように並ぶ金髪の女性。これも幾つも。
(…あいつ、機械じゃなかったんだ…)
 そうだとばかり思ったのに。
 彼の冷たい皮膚の下には、精巧な機械が隠されていると踏んだのに。
 だから此処までやって来た。
 キースの正体を暴いてやろうと、「自分が何かを知って壊れてしまうがいい」と。
 なのに、いたのは「人間」の群れ。
 かつては「人間」だったモノたち、今はもう息をしていないモノ。
 多分、機械が残したサンプル。
 これを胎児から作り上げた機械、あの憎いマザー・イライザが。
 きっと何かの参考のために、育てる途中で標本にして。…途中で命を奪い取って。
(そうなってくると…)
 キースは「生き延びた」モノなのだろう。
 マザー・イライザに気に入られたか、とびきりの出来の人間なのか。
(まあ、とびきりではあるけどね…)
 優秀には違いないだろうさ、と眺める内に気付いたこと。
 胎児から此処に揃っているなら、キースは此処で「育った」モノ。
 E-1077から出てはいないし、何処からも此処に「来なかった」のだ、と。


 何処からも「来はしなかった」キース。
 そのことは、とうに知っていた。
 彼と同郷の誰に訊いても、皆、「知らない」と答えたから。
 同じ宇宙船で着いた筈の者も、キースを覚えていなかったから。
(…此処にいたんだとは知っていたけど…)
 まさか「育って」いただなんて、と胸にこみ上げる不快感。
 機械仕掛けの人形だったら、「やっぱりね」と、ストンと納得できたのに。
 キースが機械で出来ているなら、高笑いをして済ませたろうに。
 「ほらね」と、「あいつは機械だった」と。
 感情などは無くて当然、あったとしても機械の計算。
 マザー・イライザだって怒るし、そうプログラムしてあるだけ。
 「こういう時には怒るものだ」と、機械の頭脳が弾き出したら怒るだけ。
 そうだとばかり思っていたのに、「人間」だなんて。
 人工子宮から「生まれる」代わりに、その中で「育ち続けた」なんて。
(…ぼくは途中で取り出されたのに…)
 もう充分に生きてゆける、と判断された段階で。
 遠い昔なら母の胎内、其処で育って「月が満ちた」ら、「出産」だっただろう時点で。
 自分は其処で取り出されたから、エネルゲイアに運ばれた。
 養父母の許で育つようにと、「セキ・レイ・シロエ」の名を与えられて。
 もう顔さえも思い出せない両親だけれど、幸せだった子供時代。
 あれは自分の宝物なのに、何もかも機械に奪い取られた。
 懐かしい家も、両親も、全部。
 此処に、E-1077にやって来るには、それは「不要」とされたから。
 成人検査で消されてしまった自分の過去。
 今もその過去を掴み取ろうと、取り戻したいと、日々、苦しんでいるというのに…。


 それとは逆だ、と睨み付ける胎児。それに幼児も、少年だって。
 此処に並んだ「キース」たちの群れは、人工子宮だけしか知らない。
 水槽の中から出ずに育って、途中で成長を止めたサンプル。
 何らかの事情で機械がそう決め、彼らの命を奪ったから。
(でも、こいつらは死んだことさえ…)
 知りやしない、と沸々と湧いてくる憎しみ。
 それともこれは嫉妬だろうか、「何も知らずに」育って、死んだモノたちへの。
 人工子宮から出ていないのなら、きっと自我さえ持たなかった筈。
 彼らの周りには「誰もいない」し、「誰とも触れ合わない」のだから。
 育てていたろうマザー・イライザ、其処から知識を得ていただけ。
 キースが特別優秀なように、「エリートとして生きてゆくための」知識。
 それだけを流し込まれていたなら、彼らは何も「考えはしない」。
 与えられる情報を受け止めるだけで、「そういうものか」と理解するだけ。
(…機械が学習するのと同じで…)
 ヒトの形を持っていたって、まるで伴わない「感情」。
 「此処で終わりだ」と生命を繋ぐ機械と切り離されても、苦痛さえ覚えない生命。
 彼らは「理解する」だけだから。
 自分の命は此処で終わると、「学ぶ日々はもう終わったのだ」と。
 だから彼らに「表情」は無い。
 胎児はともかく、幼児にも、それに少年にも。
 自分が知っている「キース」にそっくり、それほどに育った標本にも。
 水槽の外で生きていたなら、彼らの顔にはきっと恐怖があるのだろうに。
 そうでなければ無念の表情、あるいは苦痛に満ちた表情。
 どれも彼らは持っていなくて、「感情が無い」ということの証拠。
 「キース」は此処から外に出たから、幾らかは感情があるのだろう。
 普通の人間と比べてみたなら、まるで全く足りないけれど。
 いくら感情を持っていたって、所詮は「機械の申し子」だけれど。


(なんて奴らだ…)
 キースも、それに「こいつら」だって、と湧き上がるのは激しい怒り。
 人工子宮の中にいたなら、感情さえ生まれないけれど…。
(…失うものだって何も無いんだ…)
 現に彼らは、死の瞬間さえ、「何も恐れていなかった」から。
 証拠が彼らの顔にあるから、ただ「憎い」としか思わない。
 同じ世界に生まれて来たのに、どうしてこうも違うのか。
 人工子宮から外に出されて「セキ・レイ・シロエ」になった自分と、「キース」とは。
 外の世界を知らないキース。
 ずっと水槽の中で育って、養父母さえも持たないキース。
 彼には「過去が無い」のも当然、最初から「持っていない」のだから。
 誰もキースを「育てなかった」し、機械がせっせと知識を与えただけなのだから。
(……こういう風に生まれて来たなら……)
 ぼくも苦しみはしなかったんだ、と握り締める拳。
 人工子宮の外の世界を知らなかったら、両親も故郷も無かったならば。
 感情さえも持たずに育って、「今日からは外で暮らしなさい」と外へ出されたならば。
 そういう生まれの自分だったら、きっと辛くはなかっただろう。
 苦しいとさえも思いはしなくて、ただ勉学に励んだだろう。
(何も失くしていないんだから…)
 成人検査で過去を消されることも無いから、「生まれた」後には「得るもの」だけ。
 人工子宮から外に出たなら、「外の世界を知ってゆく」だけ。
 何一つ失くさず、失いもせずに。
 「子供時代」という大きすぎた代償、それを一切、払うことなく。
 ただ、のうのうと此処に、E-1077に「生まれ落ちる」だけの生命体。
 それがキースで、「生まれなかった」モノがこの標本たち。
 何故そうなったか、マザー・イライザしか、多分、知らないだろうけど。
 命を絶たれた「彼ら」に訊いても、無表情なままで「終わったから」と言えば上等だけれど。


 これがキースの正体だなんて、と抑え切れない怒りの感情。
 彼の正体が機械だったら、何も思いはしないのに。
 「やっぱりそうだ」と勝ち誇るだけで、証拠を撮影して帰るのに。
(…どうして、あいつが…)
 人間なんだ、と考えるだけで腹が立つ。
 それも過去など持たない人間、「何も失くしはしなかった」モノ。
 マザー・イライザが「お行きなさい」と此処から出すまで、人工子宮で育った人間。
 故郷も両親も持ちはしないで、持っていないから「失くさない」。
 成人検査で奪うものなど何も無いから、きっとキースは成人検査も…。
(通過してなんかいないんだ…)
 あの憎むべき成人検査を知らないのならば、どれほど幸福な人生だろう。
 何一つ機械に奪われもせずに、この場所に「生まれ落ちた」なら。
 過去という対価を支払うことなく、E-1077に来られたのなら。
(……幸福なキース……)
 あいつはなんて幸せなんだ、と噴き上げるような憎しみと怒り。
 「何も失くしていないなんて」と、「ぼくは全てを失ったのに」と。
 水槽を端から叩き割りたい、この幸福な「人形」たちを。
 マザー・イライザが育てた人形、人工子宮から出しもしないで、このステーションで。
(…あいつが機械だったなら…)
 こんな思いはしなかったのに、と唇を噛んで、気を取り直す。
 まだ終わりではないのだから。
 キースを育てた「ゆりかご」は此処で目にしたけれども、まだ足りない。
 どういう意図で育てて来たのか、それを暴いてやらないと…。
(キースという名のお人形さんを…)
 叩き壊せはしないからね、と自分自身を叱咤する。
 「こんな所で、打ちのめされている場合か」と。
 キースの全てを暴くのだろうと、「そのために此処に来たんだから」と…。

 

        過去を持たぬモノ・了

※シロエが言っていた「幸福なキース」。どの段階でそう考えたのか、と思ったわけで。
 正体を知る前だろうな、と書いてみた話。「無から作った」と知ったら別の思考になりそう。







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(早く大きくならないと…)
 とにかく早く、と急ぐトォニィ。子供のままではジョミーの役に立てないから。
 ナスカでそれを痛感した。「まだ駄目なんだ」と、「このままじゃ駄目だ」と、子供なことを。
 ソルジャー・ブルーが防ごうとしたメギドの劫火。
 ジョミーも飛び出して行ったけれども、トォニィもまた飛び出した。他のナスカの子供たちと。
 それなのに救い損ねたナスカ。足りなかった力。
(あの時、ブルーが…)
 こう言ったのを覚えている。「こんな小さな身体で、あんな力を使ったんだ。無理もない」と。
 つまり、小さすぎた自分たち。ブルーや、大好きなグランパよりも。
(もっと大きく育っていたら…)
 力だって強くなっていた筈。ブルーやジョミーに匹敵するほど、もしかしたら、それ以上にも。せっかく急いで成長したのに、全部で七人もいたというのに…。
(子供だったから…)
 守れなかったんだ、と悔しくなる赤いナスカのこと。自分が生まれ育った星。
 ミュウの仲間も大勢死んだし、ジョミーは人が変わったかのよう。アルテメシアに向かうと皆に告げた後には、笑顔も封印してしまって。
 ジョミーが決意を固めたのなら、今度こそ自分も役に立ちたい。大きくなって、それに似合いの強いサイオンを手に入れて。
(今日も育った…)
 昨日よりも、と眺めた「合わなくなった」制服。
 「ナスカの子たちは特別だから」と、大好きなグランパが命じて作らせた。他の仲間とは、全く違う制服を。色も、もちろんデザインだって。
 日に日に大きくなってゆくから、すぐにサイズが合わなくなる。自分のも、他の子供たちのも。
(じきに大人になるんだから…)
 もう少しだよ、と思うけれども、そこでハッタと気付いたこと。身体はともかく、脳味噌の方はどうだろう。ちゃんと育っているのだろうか?


(えっと…)
 サイオンはぐんぐん強くなるから、育っているのは間違いない。そう、脳味噌は。
 ただ、問題はその中身。実年齢はまだ三歳なわけで、ツェーレンなんかは一歳にもなっていない現実。見た目は立派に少年少女で、大人になる日も近そうだけれど…。
(…養育部門の言葉で言ったら、幼稚園児の団体で…)
 まだそれだよね、と愕然とした。
 シャングリラの中に幼稚園は無いのだけれども、赤いナスカにも無かったけれど。色々な知識を教えるためにと、ヒルマンがナスカに降りて来ていて…。
(君たちは幼稚園児だね、って…)
 穏やかな笑顔で何度も言った。まだまだ子供で、「学校」に行くなら六歳だ、とも。
 人類の世界にはある「学校」。
 シャングリラでも、昔は真似ていたという。自然出産で生まれた子供ではなくて、救出して来たミュウの子供たち。彼らを養育する時に。
(六歳になるまでは幼稚園児で、勉強も無くて…)
 集団生活を学んでいただけらしい。ナスカで育った自分も同じで、興味のあることだけを教えて貰った。「この字は、なんて読むの?」だとか。「この絵の動物の名前は何?」とか。
(…あれっきり、勉強していないんじゃあ?)
 もしかしなくても、そうなんじゃあ…、と遅まきながら悟った現状。
 他のミュウたちは弱すぎるから、と頭から馬鹿にしていたお蔭で、ヒルマンの所にも一度も顔を出してはいない。「あんな爺さん、何の役にも立たないんだから」と。
 けれど、ヒルマンの頭の中身。「教授」と渾名がつくほどなのだし、博識なのは間違いない。
(…ヤバイ…)
 あの爺さんと比べたら自分の知識は無いも同然、他のミュウとでも雲泥の差。なにしろ、誰もが教育を受けて来たのだから。このシャングリラで、出来る限りの教育を。


 とってもマズイ、と思った頭。自分の知識。
(力ばっかり強くったって…)
 ぼくは子供だ、と眺めた自分の部屋の中。其処はまるっきり子供な雰囲気、ベッドの上には他の子供たちもお気に入りの携帯ゲーム機だって。
(うーん…)
 ゲームくらいは大人の仲間もやっているけれど、自分は大人と言えるだろうか。なんと言っても中身は三歳、人類の世界の成人検査の年には十一歳も足りない。
(それに学校、行っていないし…)
 だけど今更行けないし、というのがツライ。
 船の仲間たちも、「教授」なヒルマンも、「あんな奴ら」と散々小馬鹿にしまくった後。デカイばかりで何の役にも立ちやしない、と。
 それをやった後で、どの面さげて「教えて下さい」と言えるだろう?
 上から目線で「爺さんかよ」と、嘲り笑ったヒルマンに。養育部門のスタッフたちに、あるいは密かに頭がいいと噂のヤエに。
(…絶対、無理だ…)
 頼んでも却下されそうな上に、こちらにだってプライドがある。「アンタたちより、遥かに船の役に立つんだ」と自負する強いサイオン。とても頭は下げられない。
 そうは言っても放置のままだと、このまま身体だけ大人になって…。
(ドキュンだっけ?)
 前に誰かが叩いた陰口。こちらの方をチラリと眺めて、思念波でコソコソ囁き合って。
 確か「DQN」とかいうブツ。そう書いて「ドキュン」と読むらしい。
(思いっ切り馬鹿で、救いようのないド阿呆で…)
 その「DQN」だと言われた理由がやっと分かった。今のままだと間違いなくドキュン一直線。身体ばかりが大きく育って、自分もアルテラも、タージオンたちも、みんな纏めて…。
(ドキュンの集団…)
 それになるんだ、と覚えた恐怖。その日は遠くないんじゃあ、とも。


 なりたくはないドキュンなるもの。「DQN」と皆に指される後ろ指。
(でも、学校には行けないし…)
 どうすれば、と頭を抱えた所で閃いた。「そうだ、頭だ!」と。
 大好きなグランパが着けているもの、ソルジャー・ブルーが遺した補聴器。
 何故、聴力は普通の筈のジョミーがあんな補聴器を、と不思議に思っていたのだけれども、謎はある時、綺麗に解けた。補聴器だけれど、記憶装置を兼ねているのがアレらしい。
(アレを借りたら、ソルジャー・ブルーの記憶が全部…)
 ぼくのものに、と見えた光明。
 三世紀以上も生きていたのがソルジャー・ブルーで、知識の量は半端ない筈。そいつをまるっとコピーしたなら、ドキュンどころかもう最高の…。
(凄い頭が手に入るんだ…!)
 自分がそれをゲット出来たら、後は簡単。
 ミュウは思念波で一瞬の内に知識を伝達できる生き物、アルテラたちにも伝えればいい。自分が優位に立ちたかったら、伝達量、ちょっと控えめにして。
(ぼくがリーダーなんだから…)
 やっぱり一番賢くないと、と子供ながらに考えた。「全部教えたらマズイよね?」と。
 ソルジャー・ブルーの膨大な知識をパクるのだったら、その使い方も分かるだろう。仲間を導く立場に立つなら、どれが重要な知識なのかも。
(とにかく、ブルーの記憶をコピーで…)
 後は出たトコ勝負でいいや、と立てた作戦。今夜ジョミーが眠りに就いたら実行だ、と。
 眠る時には補聴器を外すだろうし、その間にチョイと借りればいい。でもって中身を自分の頭に叩き込んだらオールオッケー、と。


 そして訪れた決行の時。虎視眈々と自分の部屋から狙う間に、眠ったジョミー。思った通りに、あの補聴器を外してくれた。ベッドサイドのテーブルに置いて。
(よし、今だ…!)
 貰ったあ! と瞬間移動で補聴器ゲットで、すぐに装着した頭。「善は急げ」と。
 たちまち流れ込むジョミーの記憶と、それよりも前のブルーの分と。なんとも美味しい、直ぐに賢くなれるモノ。一人前の大人の考え、それから知識。
 けれど…。
(…これ、ぼくだ…!)
 ブルーがぼくを助けた時だ、と出くわした記憶。時系列に沿って遡るから。
 話には聞いていたのだけれども、ブルーは思念も紡げないくらいに弱った身体で、ナキネズミの力を借りて助けを求めていた。「子供が一人、仮死状態だ」と。
 ブルーだって、とても苦しいのに。死にそうなほどに弱っているのに、仮死状態の子供優先。
 そうだったのか、と思う間もなく、その前の記憶が降って来た。
 キース・アニアンがブン投げた子供、仮死状態になっていた自分。それが床へと叩き付けられる前にキャッチしようと、身体を張ったソルジャー・ブルー。もう本当に、文字通りに。
(体力なんか無かったくせに…)
 それなのにぼくを助けたんだ、と見開いた瞳。「なんて人だ」と、「優しすぎる」と。
 身体ごと飛び出して行かなくたって、サイオンで止めれば良かったのに。そうすればブルーも、ダメージ低めだったのに。
 けれど「子供が危ない」と思った途端に、動いていたのがブルーの身体。後先考えたりせずに。
 「これがソルジャーの務め」とばかりに、何も考えないままで。
(…ソルジャー・ブルー…)
 ちゃんと御礼を言えば良かった、と瞳から溢れた滂沱の涙。
 記憶装置の中身を抜こうとしたのもすっかり忘れて、ただ優しかった人を思って。
 そうしたら…。


「トォニィ。…学問に王道なんかは無い」
 此処までだな、と聞こえたジョミーの声。頭から奪い去られた補聴器、グランパの手で。
「グランパ…!」
「お前の考えくらいは分かる。だが、ブルーがお前を救った時の記憶は…」
 いつかお前の役に立つから、と補聴器を自分で着けるジョミーは、何もかも全てお見通し。何が目当てて盗み出したか、何を計画していたのかも。
「グランパ、ぼくは…!」
 ちゃんと賢くなりたくて…、と食い下がったら、「王道は無いと言っただろう」と返った返事。
「知識が欲しいなら、まず学ぶことだ。お前だけでもいい、勉強しろ」
 ぼくが暇を見て教えてやろう、と大好きなグランパからの言葉で、それに異存は無かったから。
「じゃあ、お願い…。ぼくは本当に、まだ子供だから…」
 教えて、と頼んだ「勉強」のことで、トォニィは後悔することになる。
 人類軍に容赦しないジョミーは、身内にも容赦しなかったから。もう鬼のように出される宿題、課題にレポートてんこ盛り。「他の子たちにも教えてやれ」と。
 来る日も来る日も激しくしごかれ、鬼軍曹で鬼コーチ。「さっさと覚えろ!」と飛ぶ罵声。
 それでもグランパのことは好きだし、歯を食いしばって頑張りまくるトォニィだけれど。
(…ブルーは優しい人だったよね…)
 もしもブルーが先生だったら、もっと優しく教えるよね、と見てしまう夢。もういない人に。
 ソルジャー・ブルーが教えてくれたら、きっと優しい先生だよ、と。
 そんな具合だから、後にキースを殺しに殴り込んだ時、ナチュラルに口にしていた言葉。
 「ブルーは優しい人だった」と。
 グランパのことも大好きだけれど、ブルーは優しかったから。
 もしも生き延びてくれていたなら、鬼のグランパより、ずっと優しい先生になった筈だから。
 宿題を忘れても殴りもしないで、ただ微笑んで。
 「次からは気を付けようね」と。
 今日は此処から勉強だよ、と宿題のことは責めもしないで、笑顔で教科書を広げてくれて…。

 

         パクりたい頭脳・了

※原作トォニィだと、フィシスの知識をパクって成長するんですけど、アニテラだと謎。
 いったい誰の教育なんだ、と思ったトコから降って来たネタ。鬼教師、ジョミー。







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(幸福なキース…)
 あの時、シロエがそう言ったんだ、とキースの胸を掠めた言葉。
 首都惑星ノアで与えられた部屋。其処で一人で迎えた夜更け。
 遠い昔に、E-1077でシロエが口にしていた。
 「あの憎むべき成人検査を知らない、幸福なキース」と。
 聞かされた時は、何のことだか分からなかった。
 「成人検査を受けていない」と畳み掛けられても、「お人形さんだ」と嘲られても。
 けれど今なら、その意味が分かる。
 廃校になったE-1077、其処で全てを知ったから。
 マザー・イライザの忌むべき実験、無から作られた生命が自分。
 成人検査などは必要なかった、「目覚めた」時が生まれた時だったから。
 E-1077に入る年まで、水槽の中だけで育って来たのだから。
(…あれでは何も知るわけがない…)
 マザー・イライザが教える知識以外は、何一つとして。
 故郷も両親もあるわけがなくて、過去さえ持っていないも同然。
 成人検査よりも前の記憶は、けして「失くした」わけではなかった。
 最初から無くて、持つことさえも出来なかったもの。
 けれども自分は幸福だろうか、あの時、シロエが言っていたように…?
 本当に「幸福なキース」だろうか、過去さえ持たない生命でも…?


 フロア001にあった標本、一つ間違えたら自分も標本だった筈。
 それとも標本にさえもならずに、廃棄されて終わりだっただろうか?
 マザー・イライザは、「サンプル以外は処分しました」と事もなげに言っていたのだから。
 標本にするだけの価値すらも無いと、打ち捨てられて終わりの命。
 そうなっていたかもしれない自分が、今、此処に生きていることの皮肉。
 フロア001を覗いたシロエは殺されたのに。
 何もかもマザー・イライザの罠で、自分がシロエを殺したことさえ…。
(…指導者としての、私の資質を…)
 開花させるための計算だったという。
 ならば確かに、「幸福なキース」なのだろう。
 標本にもならず、捨てられもせずに、「理想の子」として育った自分。
 傍から見たなら、誰もが羨む「幸福なキース」。
 きっと未来も、約束されているだろうから。
 自ら反旗を翻さぬ限り、人類の指導者への道を歩んでゆくだろうから。
 …グランド・マザーの導きのままに。
 言われるままに任務をこなして、敷かれたレールの上を歩いて。
(いつかは国家主席様か…)
 軍人からは出ない指導者、そう、今まではそうだった。
 国家主席になれる元老、其処に至るには違う道から行かねばならない。
(行ってやろうとは思っていたが…)
 恐らく自分が努力せずとも、されるのだろうお膳立て。
 グランド・マザーが陰で動いて、パルテノン入りするよう、巧みにシナリオを書いて。


 自分では努力してきたつもり。
 上級大佐の今はともかく、ジルベスター星系での事故調査に出発するまでは。
 Mの拠点へサムの仇を討ちに行かねば、と決意を固めた所までは。
(…ソレイドでミュウのマツカを生かして…)
 グランド・マザーの鼻を明かしてやった、と嗤ったけれど。
 「シロエの二の舞は演じなかった」と、「マツカを必ず生かしてみせる」と考えたけれど。
 その一方で自分は何をしたのか、本当に正しかったのか。
 ジルベスター・セブンを砕いたこと。
 伝説と言われたタイプ・ブルー・オリジン、ソルジャー・ブルーを殺したこと。
(…私はとどめを刺していないが…)
 むしろ、ソルジャー・ブルーに逆に殺されかけたけれども、撃ったことは事実。
 彼を狩ろうと、モビー・ディックでの負け戦の借りを返そうと。
 けれど、自分は正しいことをしたのだろうか…?
 実はシロエもミュウだったのだ、と知っていながらミュウの拠点を滅ぼそうとした。
 メギドまで持ち出し、跡形も無く。
 それが正しい道だったのか、あるいは「幸福なキース」に生まれたせいで…。
(…自分では、まるで自覚が無くても…)
 ミュウを敵視し、殲滅するよう、与えられた使命があるかもしれない。
 シロエが「ゆりかご」と呼んだ所で、水槽の中で育つ間に。
 こうあるべきだ、と教え込まれて、そのように動くプログラムが。
 もしもそうなら、何処までが自分の意志なのか。
 何処からが機械の命令なのか、それを自分は見分けることが出来るのか。


(…幸福なキース……)
 シロエは「幸福」と言ったけれども、きっと真実なのだろう。
 あれから時が流れたお蔭で、自分にも出来た「過去」というもの。
 シロエが失くした「目覚めの日」までの十四年間に匹敵するほど、今の自分も生きて来た。
 E-1077で「目覚めて」から。
 あの水槽を後にしてから、外の世界に出て来てから。
(…E-1077にいた間だけでも…)
 二度も見せられた記憶処理。
 サムは「幼馴染のジョミー」を忘れて、シロエは「皆から忘れられた」。
 どちらもマザー・イライザの仕業、あれを大々的にやるのが成人検査というものだろう。
 シロエは酷く憎んでいたから。
 故郷も両親も、何もかも機械が、成人検査が「忘れさせた」と。
 それが成人検査の正体ならば、自分は間違いなく「幸福なキース」。
 何も失くさず、忘れることなく、此処にこうして生きているから。
 「幸福なキース」を育て上げた全てを、あまさず覚えているのだから。
 マザー・イライザが計算ずくで、殺すように仕向けたシロエのことも。
 ミュウの長のジョミーと幼馴染だから、と出会わせたサムやスウェナのことも。
(…何処までが機械の計算なのか、命令なのかは掴めないが…)
 それでも「何一つ忘れていない」のは、「幸福」なことと言えるだろう。
 サムの、シロエの、記憶が薄れて曖昧になれば、どれほど悔しく辛く思うか。
 今だから分かる、シロエが口にした「幸福なキース」の「幸福さ」が。
 シロエは過去を奪われたから。
 …忘れたくなかった過去を奪われ、両親も故郷も失ったから。


 そうならなかった自分は「幸福」だと思う。
 「幸福なキース」は確かに今も幸福だけれど、本当に自分は「幸福」だろうか?
 機械が無から作った生命、最初から過去など持たなかったもの。
 故郷も両親も持ちはしないで、幼馴染もいないまま。
 その上、機械に育てられたから、何処までが自分の本当の意志か、それさえも掴めない自分。
(…ジルベスター・セブンを滅ぼしたのも…)
 自分の意志だと思うけれども、ミュウから見たならただの虐殺。
 メギドを持ち出し、焼き払うほどの必要が果たしてあったのかどうか。
 …止めに現れたソルジャー・ブルーを、狩りの獲物のように扱い、何発も撃ったことさえも…。
(勝ちたかった、というだけではなくて…)
 ミュウを殺せ、という機械のプログラムが働いていたかもしれない。
 自分の意志だと考えた「あれ」に、機械が仕組んだ何かが絡んでいなかったとは…。
(…言い切れないし、そうでないとも、また言えない…)
 機械が自分を作ったことは本当だから。
 シロエを、サムを「部品のように」使って、自分を育てたのだから。
 そんなことまでやった機械が、何を自分に教えたか。
 何をするよう育て上げたか、それさえも今は分からない。
 それでも自分は「幸福」だろうか、「幸福なキース」と言えるだろうか?
 自分の意志さえ、本物かどうか怪しいのに。
 いつか反旗を翻さない限り、「私の意志だ」と自信を持っては言えないのに。
 機械に敷かれた道を歩んでゆく間は。
 グランド・マザーの意志と自分の意志とが、重なり合っている間は。


(いくらマツカを生かしていても…)
 その程度では、とても持てない自信。
 「これが私の意志だ」とは。…「何もかも自分で決めたのだ」とは。
 どう足掻いても、今の自分は「幸福なキース」。
 何も知らない者が見たなら、あの時のシロエが此処にいたなら。
 約束された指導者の未来、それに「知らない」成人検査。
 傍から自分を眺めるだけなら、きっと幸福だろうから。
 自分の意志さえ危ういままでも、皆に羨まれる「幸福なキース」が確かに自分なのだから…。

 

         幸福な生命・了

※シロエが言っていた「幸福なキース」。あの意味をキースが知るのが、遅すぎるアニテラ。
 本当に幸福な奴だったよな、と思っていたら、こういう話に。幸福すぎても不幸だよね、と。






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「お前に会えて良かった…」
 地球の地の底、暗闇の中でキースが言うから、「ぼくもだ」と素直に返したジョミー。
 自分もキースも全力で生きたし、後悔することは何も無いから。
 会えて良かったと思うから。
 パンドラの箱を開けてしまったけれども、箱の最後には希望がある筈。
 それをキースに伝えておこう、と薄れゆく意識の中で「キース」と呼び掛けた。
「うん…?」
 声に応じてキースがこちらを向く気配。
 「ジョミー?」と声も返って来たから、ずいぶん頑丈に出来ているらしい。自分の方は、肉声はもう無理なのに。思念波が精一杯なのに。
(ぼくよりも先に刺されたくせに…)
 なんという体力と生命力、と思考がズレた所へ、聞こえて来たのがキースの声。
「そういえば、一つ訊きたかったんだが…」
『え…?』
 あんまり時間を取らせないで欲しい、と自信が無いのが生命力。キースの質問に答えた後にも、命は残っているのだろうか?
 「箱の最後には希望が残ったんだ」とキースに伝えるためには…。
(前後の文脈ってヤツも大切で…)
 まるで繋がらない言葉を言ったとしたって、キマらない。辞世の句ならぬ最期の言葉は、それにしようと決めているのに。
(質問するなら、早くしてくれ…!)
 こっちの答えも出来るだけ短く切り上げるから、と内心イラッとしていたら…。
 「グランパと呼んだな、あの若者は」
(…へ?)
 トォニィがどうかしたのだろうか、と相槌も打たずに守った沈黙。「早くしやがれ」と。
 真面目に命がリーチな具合で、じきに死にそうな感じだから。
 なのに…。


「お前もジジイだったのだな」
 斜めな台詞を吐いたのがキース、感慨深げに。「年を取ったのは、私だけではなかったか」と。
『……ジジイ?』
 それは何処から、と「最期の言葉」を言うのも忘れて訊き返した。
 「ジジイだって?」と、不愉快な気持ち満載で。キースは老けて皺もあるけれど、自分は若くて青年だから。
「お前はグランパなのだろう?」
 あれはジジイという意味だしな、と無駄に体力自慢のキースは続けてくれた。
 「ジジイの割には若作りだが、お前に会えて良かった」とも。
『ちょ、ジジイって…!』
 誤解だから、と言い終わる前に迎えたタイムリミット、まるで無かった延長戦。すなわち此処でタイムオーバー、タイムアップとも言うかもしれない。
 キースにまるっと誤解されたままで終わった命。
 あまつさえ最期の言葉さえもが、カッコよくキメて終わる代わりに「ちょ、ジジイって…!」。
(…なんでこういうことになるわけ!?)
 最悪な最期だったんだけど、と泣きの涙で死んだ途端に…。
「ようこそ、ジョミー・マーキス・シン」
 さあ、天国に参りましょう、と現れた天使。
 真っ白な翼に、光り輝く純白の衣。何処から見たって神の御使い、天国ガイドらしいけれども。
「ちょっと待って欲しい…!」
 まだ死ねないから、と踏ん張った。
 最期の言葉も酷かったけれど、キースがかました「ジジイ」なる言葉。
 トォニィが「グランパ」呼ばわりしてくれたせいで、とんでもない流れになったのだから。


 何としてでも、此処は戻ってやり直し。「ジジイ」の件は仕切り直したい。
 キースは恐らくまだ生きているし、ちょっと戻って解きたい誤解。
「この手、離してくれないかな…!」
 急ぎの用があるもんで、と振り払おうとした天使の手。
「ジョミー?」
「急いでいると言っただろう! 今のままだと、ぼくはジジイで終わりだから!」
 ぼくを身体に、地球に帰せ、と怒鳴ってやった。昔、似たような台詞があったと思いながら。
 あの時は相手がブルーだったと、「ぼくをアタラクシアに、家に帰せ!」と叫んだよね、と。
「ですが、あなたは、もう天国に…」
「天国が何だって言うんだよ!」
 これじゃ死んでも死に切れないから、と天使にぶつけた怒り。
 最期の言葉は「ちょ、ジジイって…!」で、キースには「ジジイ仲間だ」と誤解されたまま。
 それというのも、トォニィが何度も「グランパ」と呼んだせいなのだから…。
(孫末代まで祟ってやる、っていうヤツは…)
 こういう時にピッタリかもね、と思ったら慌てたのが天使。「なんということを…!」と。
「ジョミー、その思考は危険です…!」
 孫末代まで祟るだなんて、天国の扉が閉ざされますよ、と諭されたけれど、危険な思考、上等。
 元々、危険思想の持ち主がミュウで、それで人類と派手に戦争していたのだから。
「だったら、危険思想でいいから!」
 天国も説教も後でいいから、とにかく離せ、と大暴れした。「ぼくを帰せ!」と空中で。
 そうしたら…。
「あっ…!」
 どうしましょう、という天使の声を最後に、真っ逆様に空から落っこちて行って…。


(生き返った!?)
 戻ったみたい、とガッツポーズを取るよりも前に、隣でキースが吐いている台詞。
 「最後まで私は一人か…」と、格好をつけて。
(させるかぁーーーっ!!!)
 誤解を解いていないんだから、と戻って来たジョミー・マーキス・シン。
 戻ったからにはパワーMAX、キースにも生きて貰わねば。
 上からドーン! と落ちて来た岩、その下敷きにはさせなくて…。
「………???」
 なんだ、とキースは目を剥いた。「此処は何処だ?」と真っ暗な中で。
「さっきのジジイだ! 言い直せ!」
 あれは思い切りの誤解だからな、と肉体の声で売ってやった喧嘩。「まだ死なせるか」と。
 「ちょっと顔を貸せ」と、「シャングリラまで来て貰おうか」と。
「ほら、其処だ!」
「なにぃ…!?」
 馬鹿な、と落ちたキースの顎。
 どうしたわけだか、地の底深くから飛び出す羽目になったから。ジョミーともども。
「いいから、さっさと来るんだ、キース!」
 ジジイの件を説明させて貰うから、とジョミーが飛び込んで行ったシャングリラ。腕にキースをしっかり抱えて、どちらも致命傷コンビのままで。
「グランパ!?」
 よく無事で、とトォニィがやった「グランパ」呼び。途端に力が抜けたけれども…。
「そのグランパ…」
 やめてくれる、と辛うじて告げて、其処で意識がブラックアウト。
 とはいえ、天使は来なかったから…。


(ぼくもキースも…)
 生きられそうだし、後でゆっくり片をつけよう、と算段しているジョミー。
 まずはキースの誤解を解くこと、お次がトォニィの「グランパ」呼びを直させること。
(もう戦いは終わったんだし…)
 そっちの方へと時間を割いてもいいだろう。こうして生きて戻れたから。
 長年「グランパ」と呼ばれたけれども、直させるなら…。
(もっと若さをアピールで…)
 かつ偉そうに「兄上」なんかがいいだろうか、とジョミーは真面目に考え続ける。
 「それがピタリと嵌まりそうかな」と、「グランパよりかは兄上だよね」と。
 トォニィの台詞に当て嵌めてみても、まるで違和感が無かったから。
 「早くしなけりゃ、グランパが死んじゃう!」を、「兄上が死んじゃう!」に換えたって。
 「グランパを置いてなんか行けない!」を、「兄上を置いてなんか行けない!」とやったって。
(…いいかも、「兄上」…)
 これにしよう、とジョミーが決めたお蔭で、暫く経ったシャングリラでは…。
「ごめんなさい、兄上…。ぼくの言い方が悪かったです…」
 ちゃんとキースに説明します、とトォニィがションボリ項垂れていた。
 大好きなグランパは生きて戻ってくれたけれども、もう「グランパ」とは呼べないから。
 これから先は呼ぶなら「兄上」、キースの誤解を解く役目までが「兄上」からの命令だから。
(頼むぞ、トォニィ…!)
 ぼくが自分で説明するより確実だからな、とベッドでほくそ笑むジョミー。
 ジジイのままで死んでたまるもんかと、悲惨な最期はもう二度と御免蒙ると…。

 

         グランパは嫌だ・了

※キースにしてみりゃ、「グランパ」呼びは意味が不明だろうな、と思ったわけで…。
 そしたら「ジジイは嫌だ」なジョミーが出て来たオチ。「兄上」だそうです。






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「それでね…」
 ママ、と呼び掛けた所でパチリと覚めた、シロエの目。
 見上げた天井、それはシロエの嫌いなもので。
(…ぼくの部屋……)
 だけど、ぼくの好きだった部屋じゃない、とベッドの上から睨み付ける。
 此処はE-1077で、懐かしい故郷とは違うから。
 大好きな部屋があったエネルゲイアは、「戻れない場所」になってしまったから。
(今のママも、夢…)
 直ぐ側で何かしていた母。
 自分は何をしていたろうか、夢の中では?
 皮肉なことに夢の中では、ぼやけてはいない母の顔。それに父だって。
 とても鮮やかに見えているのに、夢が覚めたら覚えてはいない。
 どんなに記憶の海を探っても、もう見えはしない両親の顔。
 だから悔しい、こうして夢から覚めた時には。夢だったのだと知った時には。
(…もう一度…)
 眠ったら思い出せるだろうか、夢の世界に飛べるだろうか?
 母とさっきの話の続きが出来るだろうか、と考える。
 今日の講義は休んでしまって、夢の続きを追い掛けようかと。
(…何だったっけ?)
 午前中にある筈の講義は、と思い出そうとして気が付いた。「休みなんだ」と。
 今日は日曜、E-1077にも休日はある。
 休暇も無しに勉強ばかりを続けさせたら、生徒は疲れてしまうから。
 肉体的にも精神的にも疲弊したなら、いい結果など出はしない。
 そうならないよう、カレンダー通りに休みはある。
 日曜日の今日は講義の無い日で、何をするのも個人の自由。
(だったら、寝てても…)
 いいんだよね、と戻ろうとした夢の中。母がいた世界。
 けれど…。


 なまじ「休んでもいい日なんだ」と、気分が高揚したせいだろうか。
 いくらベッドに入っていたって、一向に訪れない眠気。
 入ってゆけない夢の中の世界、あれからかなり経ったのに。
(…もう無理だよね…)
 眠くならないなら眠れやしない、と諦めて起きて、顔を洗って。
 袖を通した、候補生の服とは違った服。休日ならば外に出てもいい服。
 普段は部屋でしか着られないけれど、好きに選んで「自分の物」に出来た服。
(家にいた頃は、ママが選んでくれていたのに…)
 母が選んでくれた服なら、こういう服になっただろうか?
 「良く似合うわよ」と言ってくれたのか、「シロエにはこっちの方がいいわ」と言ったのか。
 もうそれすらも分からないけれど、今の自分が選ぶなら、これ。
 少なくとも制服よりはいいから、「自分の好みだ」と思えるから。
 それを着たなら、次は朝食。
 候補生の部屋にキッチンなどは無いものだから、休日でも行かねばならない食堂。
(シナモンミルク、マヌカ多めに…)
 忘れないように今日も言わなくちゃ、と心の中で唱える呪文。
 此処へ来てから思い出したこと、きっと誰かが好きだったもの。故郷の家で。
 自分か、それとも父か、母なのか。
 小さな切っ掛けで蘇った記憶、これを注文するのが幸せ。
 「確かに誰かが好きだったんだ」と分かるから。故郷に繋がる記憶だから。
 それを忘れずに頼まなくちゃね、と部屋から踏み出した通路。
 食堂はこっち、と迷わず歩いて行ったのだけれど。
 幾つかの扉の前を通って、曲がったりもしていたのだけれど。
(あれ…?)
 気付けば近付いていた食堂。
 じきに着くわけで、シナモンミルクを注文だけれど、その食堂。
 「其処へ行こう」と考えただけで、他には何も思っていない。
 右へ行こうとも、左だとも。…真っ直ぐだとも、此処をどう曲がるとも。


 途中で目覚めた夢の世界と、故郷の記憶のシナモンミルク。
 それに囚われて歩いていたのに、何処も見回してはいなかったのに。
 もう立っているのが、食堂の入口に当たる場所。
(どうやって此処まで来たんだっけ…?)
 思い出せない、道中のこと。
 誰かとすれ違ったりしたのか、それとも誰もいなかったのか。
 こっちへ行こうと考えていたか、「こっちは違う」と考えたのか、それさえも。
(ちょっと待ってよ…?)
 ぼくは何にも考えてない、と振り返ってみた、今、来た方向。
 それをどういう風に辿れば部屋に着くのか、それならば分かる。
 いとも簡単に思い出せるし、つまりは部屋から食堂までの道順は…。
(ぼくが覚えていると言っても…)
 多分、無意識、あまりにも何度も通ったから。
 余所見していても迷わないくらいに、考え事に夢中でも辿り着くほどに。
(…此処に来てから、まだそんなには…)
 経っていないのがE-1077という場所。
 成人検査の後に船に乗せられ、ピーターパンの本だけを持って離れた故郷。
 覚えているのは、その船の中で「我に返った」ことと、「過去の記憶を消されていた」こと。
 テラズ・ナンバー・ファイブが消してしまった、子供時代の記憶をすっかり。
 両親の顔も、故郷も、家も。
 家があった場所も、幼い頃には得意になって何度も書いた住所も。
(…全部、機械に消されたけれど…)
 もしかしたら、と思ったこと。
 今、こうやって食堂まで歩いて来た自分。
 何処を通ったか、誰に会ったのかも、まるで気付きもしない間に。
 その上、夢の世界の中では鮮やかに見える両親の顔。
 だったら、家もそうかもしれない。
 家から何度も出掛けた場所へは、今の食堂までの道と同じに行けるとか。
 慎重に記憶を辿ってゆけば。…こっちの方だ、と進んでゆけば。


 思いがけなく得られたヒント。
 家の住所が分からないなら、その逆の手を使えばいい。
(ぼくの部屋は覚えているんだから…)
 今も記憶に残っているのが、エネルゲイアの家で暮らした子供部屋。
 機械も其処までは消さないらしくて、部屋のことなら覚えている。
 その部屋にあった、アルバムの中身は怪しくても。
 多分、飾っていただろう写真、其処に両親の顔は無くても。
(…でも、あの部屋はぼくの部屋…)
 あそこから逆に進んでみようか、家の外へと。
 まずは自分の部屋を後にして、リビングなどを通り抜けて。
 いつも父が「ただいま、シロエ」と入って来ていた、あの扉から外に出て。
(通路に出たら、エレベーターで…)
 住んでいたのは高層ビルだし、間違いなくあったエレベーター。
 それに乗り込んで下に降りたら、ビルの一階に着くだろう。
 其処がどういうフロアなのかは分からないけれど、外へ出たなら…。
(何処かへ歩いて行ける筈だよ)
 場所さえ覚えていない学校、その門の前に立てるとか。
 休日には何度も出掛けたりした、公園に辿り着くだとか。
(学校とか、公園だったなら…)
 多分、上手に調べさえすれば、何処に在るのか分かる筈。
 機械が偽のデータを混ぜても、注意深く探していったなら。
 「こういう道の先に在った」と、「こう曲がって…」と辿って行ったなら。
 きっと身体が覚えている筈、自分の記憶の中には無くても。
 何も考えずに「あの部屋」を出たら、子供部屋を後にして歩き出したら。
 最初はリビングなどを進んで、「ただいま、シロエ」と父が帰って来た扉。
 あの扉から通路に出たら、エレベーターに乗ったなら。
 何処に着くかは分からなくても、何処だっていい。
 エネルゲイアの何処かに着けたら、それが手掛かりになるのなら。


 やっと見付けた、と弾んだ胸。
 ワクワクしながら食堂で頼んだシナモンミルク。
 これから起こる素敵な出来事、それを思いながら、いつものように。
 「シナモンミルクも、マヌカ多めにね」と弾ける笑顔で。
 食事はきちんと食べなくちゃ、と一人きりで座る食堂のテーブル。
 友達なんかは欲しくも無いし、誰かと食べる趣味も無いから。
(栄養はきちんと摂らなくちゃ…)
 うんと頭を使うんだしね、と黙々と食べて、食事の合間にシナモンミルク。
 これを好んだのは父か、母なのか、それとも幼い自分だったか。
(パパ、ママ、もうすぐ…)
 ぼくたちの家を見付けるからね、と嬉しくてたまらない休日。
 なんて素晴らしい日なんだろうと、もうすぐ家が分かるんだから、と。
 食堂からの帰りの通路も、そのことだけで胸が一杯。
 何処を歩いたのか、どう歩いたかも気付かない内に着いていた部屋。
(ほらね、やっぱり…)
 あの部屋からだって、今のと同じように何処かへ、と転がったベッド。服を着たままで。
 そうして、そっと閉ざした瞼。
(うん、ぼくの部屋…)
 こうだったよ、と思い浮かべた懐かしい故郷の子供部屋。
 部屋の扉を開けて進んで、気付けばリビングに立っていて。
(あそこの扉から、パパが「ただいま」って…)
 よし、と扉を開けたのだけれど。
 通路に出たらエレベーターに、と勇んで外に踏み出したけれど。
(……嘘……)
 扉の向こうはただの空間、通路と思えば通路のようで、道路と思えば道路のような。
 おぼろに霞んで、あるわけがないエレベーター。
 機械はきちんと計算していた、「扉を開けて外に出てゆく」子供がいるということを。
 こうして住所を探り出そうと試みる子がいることを。


 だから行けない扉の向こう。
 …これからもきっと、夢でしか。
 夢の中でしか出られない扉、夢でしか出会えない両親。
(…テラズ・ナンバー・ファイブ…)
 許せない、と激しく噴き上げる怒り、けして機械を許せはしない。
 自分の故郷を奪ったから。
 両親も家も、何もかも全て、機械に消されて何も残っていないのだから…。

 

        部屋を出たなら・了

※意識しないで歩いていたって、いつの間にか辿り着けた食堂。それなら、と思い付いたのに。
 機械に消されて、残っていなかった家の外の通路。住所は分からないままなのです。






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