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「大佐…! 止まって下さい!」
 その先には、とマツカが言い終える前に派手に飛び散ったお星様。
 キースが振り向きざまに一発ブチ込んだわけで、それがマツカに直撃だから…。
(……また、この人は……)
 後ろから近付いたら撃つんだっけ、と闇へ落ちてゆくマツカの意識。「またヘマをした」と。
 なにしろキースは昔からこうで、出会った時から「こう」だった。
 曰く、「私の後ろから近付くな。それが誰であろうと撃つ」。
 私はそう訓練されている、というのがキースの言い分、けれど「怪しい」と思う今日この頃。
 こうしてヘマをする度に。撃たれて視界が見事に暗転する度に。
(…キース、その先は本当に…)
 危ないと言ったら危ないんです、と意識が消え失せる間際に、ドゴォオオオン! と鳴り響いた爆発音。自動車爆弾のような代物、それが思い切り炸裂したからたまらない。
「「「アニアン大佐!」」」
 御無事ですか、と突っ走ってゆくセルジュやパスカル、もうもうと上がっている煙。
 けれど死屍累々の兵たちを他所に、キースは悠然と現れた。「私は無事だ」と。
 でもって「あれを」と指差した先に、倒れているのが撃たれたマツカ。
「また後ろから近付いたのだ。あれだけ何度も言っているのに…」
「…またですか。いい加減、覚えて欲しいものです」
 我々だって、とセルジュが顎をしゃくって、救護班の者たちがマツカを担架で運んで行った。
 「これでいったい何度目だろう」と言いながら。「学習能力の無い奴だ」とも。


 キースを狙った暗殺計画は数知れず。狙撃に爆破に、その他もろもろ。
 ところがキースは死にはしなくて、「不死身のキース」と呼ばれている今。
 そして誰もが知らないけれども、その陰にはマツカの働きがあった。そう、さっきだって。
 もしもマツカが止めなかったら、キースは真っ直ぐ歩き続けて爆弾の餌食になった筈。身体ごと微塵に砕けていたのか、手足がバラバラに吹っ飛んだか。
(…なんとか命は拾ったが…)
 暫く動けなくなりそうだ、とキースにもよく分かっていた。
 異例の速さで昇進してゆく自分を消そうと、大勢の者たちが暗躍しているこの世界。
 「コーヒーを淹れるしか能のないヘタレ野郎」と嘲られるマツカ、本当は誰よりも有能な部下。
 ミュウの能力をフル活用して働ける彼がいなくては…。
(何処で命を落とす羽目になるか、私にも全く謎なのだからな…)
 よって副官のセルジュに、こう言い放った。「今日の予定は全てキャンセルだ」と。大切な用を思い出したから、そちらを優先しなくては、と。
「グランド・マザー直々の御命令なのだ。マザーの御意志が最優先だ」
「はっ!」
 分かりました、と最敬礼するセルジュに「うむ」と頷き返して、今日の予定は全部キャンセル。視察も、トレーニングに行くのも、何もかも全部。
 今の状態で下手に動けば、もう本当に墓穴だから。
 マツカがいないと読み切れない罠、自力では防ぎ切れない狙撃に銃撃。
(……充分、分かっているのだがな……)
 ついウッカリと撃ってしまうのだ、と心の中で零した溜息。「これで何回目になるんだか」と。


 自分の後ろから近付いた者は、それが誰だろうと遠慮なく撃つ。
 そういう訓練を受けて来たのは本当だけれど、現にマツカにも初対面からかましたけれど。
(…もれなく撃っていたんだったら、まだ言い訳も出来るものを…)
 そうじゃないのがキツすぎる、とキースはスゴスゴと引き揚げて行った。自分の部屋へ。
 着いたらクローゼットの中をゴソゴソ、其処に隠してあるものは…。
(…またコレの世話にならないと…)
 しかし、あいつは女子供か、と取り出すラッピングされた箱。中身はクッキー詰め合わせ。
 今日の所はこっちの方で、と考えた。
 この前に撃ってしまった時には、チョコレートを持って行ったから。可愛く詰めてある箱を。
 そのまた前には、焼き菓子の詰め合わせセットを「すまん」と贈った。
 もちろんマツカに。
(…菓子で機嫌が直る間はいいんだが…)
 見放されたらどうしよう、と心配になるから、菓子の用意は欠かさない。
 他の部下たちには「たまには、こういう菓子も食べたくなるものだ」などと言い訳をして。
 自分が食べるための菓子だと大嘘をついて、「買ってこい」と店に走らせる部下。ただし、必ず一言添える。「進物用にして貰うのだぞ」と。「私の名誉は守らねばな」と。
 「不死身のキース」が菓子好きだなんて、誰が聞いてもお笑いだから。
 イメージ戦略大失敗だし、それでは話にならないから。
(…マツカにプレゼントしていると知れたら、もっと話にならないのだが…)
 女房の尻に敷かれた男のようだ、と悲しい気持ちになるのだけれども、それが現実。
 撃ってしまったマツカが機嫌を損ねたままなら、当分、何処へも出られはしない。機嫌を直して貰えさえすれば、マツカのダメージが癒えたら直ぐに…。
(次の予定をこなせるからな)
 爆弾だろうが、狙撃だろうが、なんでも来い、と受けて立つ気はたっぷりとある。
 もっとも自力で受けて立ったら、もれなく死亡フラグだけれど。
 有能なマツカのサポート無しだと、あの世に向かって一直線に走ってゆくことになるけれど。


 そんなわけだから、クッキーの箱を抱えて見舞ったマツカ。そろそろ意識が戻る頃だ、と。
 医務室で渡したら即バレするから、マツカは部屋へと運ばせてある。
 「治療が済んだら、こいつの部屋へ戻しておけ」と、さりげない風を装って。
 撃ってしまう度に毎回そうだし、誰も疑いさえしない。「撃たれただけだし、部屋で充分」と。銃弾ではなくてショックガンだけに、時間が経ったら自然と意識も戻るから。
(…これがあるから、実弾は装備できんのだ…)
 そっちで弱みを握られている、と情けない気分。
 今日もこれから言われる予定で、きっとマツカは間違いなく言う。その件について。
(…あれについては、本当に頭が上がらないからな…)
 例外中の例外な上に、私の人生最大の借り、と後悔したって始まらない。覆水盆に返らずで。
 マツカの部屋の扉をノックし、「入るぞ」と中に入ったら…。
「…今日も予定はキャンセルですね?」
 あなたが来たということは…、とベッドの上から投げられた視線。「またですか」と。
「すまない、マツカ。この通りだ…!」
 これで許して貰えるだろうか、と差し出したクッキーの箱。マツカはそれをチラリと眺めて…。
「いいですけど…。クッキーは、ぼくも好きですから」
 でもですね、と有能な部下はフウと小さな溜息をついた。「いい加減に覚えて欲しいです」と。
 「後ろから近付いた人は誰でも、必ず撃ってはいないでしょう?」と。
 前に例外がありましたよねと、「それで命を拾ったでしょう?」と。
「面目ない…! もう、その節は本当に…!」
 お前のお蔭で助かったんだ、とキースは土下座せんばかり。
 たった一度だけあった例外、ソルジャー・ブルーとメギドで対峙し、撃ちまくった時。
 カウントダウンに入ったメギドの制御室へ、マツカが駆け込んで来てくれたから…。
(瞬間移動で脱出できたが、あれが無ければ…)
 もう完璧に死んでいた。ソルジャー・ブルーが起こしたサイオン・バースト、それの巻き添えで落とした命。綺麗サッパリ。


(あの時、マツカは後ろから来て…)
 背後から抱えて瞬間移動で逃げたわけだし、「後ろから来た」と撃っていたなら終わり。
 実弾を食らったマツカは死亡で、もちろん自分も逃げられない。助っ人を撃ってしまったら。
「…キース、分かっているんですか?」
 撃っていい時と悪い時とがあることを…、とマツカは溜息MAX、それに逆らえるわけがない。
 これからも守って欲しいのだったら、「不死身のキース」でいたければ。
「分かってはいる…! これでも努力はしているつもりだ…!」
 実弾をこめていない誠意を分かってくれ、と懸命に詫びて、クッキーで直して貰った機嫌。
 明日にはマツカのダメージも癒えて、何事もなく予定をこなしていけそうだけれど…。
(…またウッカリと撃ってしまったら…)
 借りが増える、とキースの足取りは重かった。
 本当に命がヤバイ時には「撃たない」ことを、マツカは把握しているから。
 メギドで撃たずに「生き延びた」ことが、キッチリきっぱりバレているから。
(……私にも生存本能がだな……)
 きっとあるのに違いない、と悔やんでも悔やみ切れない失態、メギドで「撃たなかった」こと。
 マツカは後ろから走って来たのに、完全に後ろを取られたのに。
 銃には実弾が入っていたのに、振り向きざまに撃てたのに。
(…きっと一生、私はマツカに…)
 頭が上がらない男なんだ、と重たい足を引き摺りながら考える。
 クッキーの次は何がマツカのお気に召すかと、菓子の情報を集めねば、と。
 マツカの機嫌を取らないことには、「不死身のキース」は無理だから。
 下手をしたなら明日にでもサックリ暗殺エンドで、何もかもが其処でおしまいだから。


 一方、マツカの方はと言えば、クッキーをベッドで頬張りながら…。
(…なんだか怪しいような気がする…)
 本当に命がヤバイ時には、キースは撃ちはしないんだから、と今日も陥る思考の迷路。
 「もしかして、遊ばれているんじゃあ?」と。
 キースは格好をつけて「撃ちたい」だけで、真剣にヤバイ時が来たなら撃たないのでは、と。
(…だけど、そういう時が来るまで…)
 あの人の尻尾は掴めそうにないし、と分かっているから、今の所はチラリと視線を投げるだけ。
 「またですか?」と。
 キースが詫びにやって来る度、ベッドの上から「本当に分かっているんですか?」と。
 「撃っていい時と悪い時とがあるんですから」と、「でないと予定がパアなんですよ?」と。
 なんと言っても、キースだけでは命を守り切れないから。
 ミュウの自分を生かしてくれたし、キースを守りたいのだけれども、どうにも困った例の癖。
 「後ろから近付いた者は、誰だろうと撃つ」。
 もしかして甘えているのかも、と思わないでもない昨今。
 「こいつだったら許してくれる」と、ついつい撃ってしまうとか。
 そっちだったら、何度撃たれてもかまわない。「遊ばれている」のとは違うなら。
 キースが甘えてくれているなら、側近冥利に尽きるというもの。
 けれど真実は分からないから、やっぱりチラリと投げる視線。「またですか?」と。
 いい加減に撃つのをやめて下さいと、「本当に命が危ない時には、撃たなかったでしょう」と。
 そのやり取りをやっている時は、いつもキースが身近に思える。「普通の人」に。
 だから当分は、このままでいい。
 真相がどうかは掴めないまま、撃たれても。撃たれて意識がブラックアウトの連続でも…。

 

           撃ってしまう人・了

※マツカの尻に敷かれたキースと、健気なマツカ。人によってはキスマツが作れそうなネタ。
 撃ってしまう「人」とはキースかマツカか、解釈の方はお好みでどうぞv









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(…記憶が無い…?)
 シロエが耳を疑った言葉。候補生たちがしていた噂話。
 成人検査前の記憶を一切、持たないというキース・アニアン。
 頭の中に何も無い分、色々なことを詰め込めるのだ、と。
 彼が成績優秀な秘密は「それ」だとも。
(…記憶って…)
 皮肉なことに、その「記憶」のことで苦しんでいた真っ最中。
 どんどん薄れてゆく自分の記憶。
 懸命に繋ぎ止めようとしても、実感が伴わなくなってゆく故郷の景色。
 いずれ自分も全て忘れて、飼い慣らされてしまうのかと。
 マザー・イライザの言いなりになって、「マザー牧場の羊」の群れの一匹に。
 だから余計に癇に障った。
 「過去の記憶を持たない」キースが。
 元から嫌っていたのだけれども、いつも以上に。


 苛立ちながら戻った部屋。E-1077での、自分の個室。
 此処は自分の部屋だけれども、もっといい部屋を持っていた。
 E-1077に連れて来られる前は。
 故郷の家で、両親と暮らしていた頃には。
(……ぼくの部屋……)
 居心地の良かった子供部屋。
 けして豪華ではなかったけれども、物心ついた時には自分の部屋を持っていた。
 大抵は「其処にいなかった」けれど。
 母が料理をしている所を眺めていたり、母の姿が見える所に座っていたり。
 父が仕事から戻った時には、両親の側を離れなかった。
 眠る時間が訪れるまで。
 「もう寝なさい」と、二人に優しく言われるまで。
(…もっと大きくなってからでも…)
 趣味にしていた機械いじりや、勉強の時間。
 それを除けば、あまり部屋にはいなかった記憶。
 居心地のいい部屋だったけれど、もっと素敵な部屋が家にはあったから。
 父や母たちがいた部屋に行く方が、ずっと心地が良かったから。
(…パパ、ママ……)
 会いたいよ、と呟いてみても、顔もおぼろになった両親。
 二人の顔を見たいのに。
 眠って夢の中にいたなら、二人ともちゃんと顔立ちが分かる姿なのに。


 機械に消されてしまった記憶。
 成人検査で、テラズ・ナンバー・ファイブのせいで。
(…ぼくがこんなに苦しんでるのに…)
 苦しみながらも、懸命に続けている勉強。
 このステーションでトップに立って、メンバーズ・エリートに選ばれること。
 それを目指して、その日だけのために歯を食いしばって。
 本当だったら、両親の夢を見られるベッドでずっと眠っていたいのに。
 勉強するような時間があったら、夢の中で見られる故郷にいたい。
 そうでなければ、大切なピーターパンの本。
 宝物の本のページだけを繰って、ネバーランドを夢見ていたい。
 勉強などをするよりも。…余計な知識を叩き込まれて、過去を忘れてゆくよりも。
(でも、そうするしか…)
 今の所は見えない希望。
 メンバーズになって、順調に昇進したならば。
 上へ上へと昇り続けて国家主席の座に就いたならば、もはや誰からも受けない指図。
 地球のトップに昇り詰めたら、憎い機械を止めてやること。
 それが目標、「ぼくの記憶を全て返せ」と命じた後に、マザー・システムを止めること。
 失くした記憶を取り戻すために。
 子供が子供でいられる世界を、もう一度宇宙に作り出すために。
(…そのために、ぼくは必死になって…)
 夢と現実の狭間でもがいて、毎日が戦いの日々なのに。
 今も苦しみ続けているのに、キースには「過去が無い」という。
 よりにもよって、それが自分のライバルだなんて。
 過去にこだわり続ける自分と、「過去を忘れた」薄情な奴との戦いだなんて。


 何も覚えていないのだったら、きっとキースは楽なのだろう。
 戻りたい場所も、会いたい人も、キースは何一つ持ってはいない。
(その分だけ、知識を詰め込めるって…)
 だから成績優秀なのだ、と噂していた候補生たち。
 成績のことは、羨ましいとも思わない。
 過去と引き換えに賢くなっても、自分は嬉しくないだろうから。
 たとえキースを抜き去れるとしても、今のぼやけた過去を手放したくはないから。
(…だけど、最初から欠片さえ…)
 残らないほどに過去を失くしていたなら、自分だってきっと楽だった。
 キースがそうであるように。
 何の疑いもなく機械を信じて、「機械の申し子」と呼ばれるように。
(ぼくだって、全部忘れていたなら…)
 今頃は此処でこうしていないで、勉強していることだろう。
 「もっと賢く」と、「もっと知識を」と。
 過去を持たないなら、今と未来があるだけだから。
 機械が指し示す未来への道を、真っ直ぐ進んでゆくだけだから。
(過去があるから…)
 こうして捕まる、自分のように。
 帰りたい過去を持っているから、生きることさえ辛く感じる時だってある。
 機械の言いなりになって生きる人生、そんなものに意味はあるのかと。
 こうして苦しみ続けるよりかは、幼い間に死んでいた方が良かったとさえ。
(記憶を消されるより前に…)
 成人検査を受けるより前に、子供の間に死んでいたなら、幸福だったと思うから。
 …両親は悲しんだとしても。
 両親との別れは辛かったとしても、忘れてしまって苦しむよりは。


 どうして「キース」だったのか。
 過去を忘れて、何も持たない人間になってしまったのは。
 元からこだわりそうに見えないキースが、何故、その幸運を手に入れたのか。
(…あいつも、ぼくと全く同じに…)
 苦しみもがいて生きているなら、まだ幾らかは気が紛れもする。
 どんなに平静を装っていても、部屋に戻れば苦しむキースがいるのなら。
 薄れた記憶の中の両親、それに故郷を求めるキースがいるのなら。
 けれど、そうではなかったキース。
 何もかも全て忘れてしまって、ただ未来へと歩いてゆくだけ。
 忘れてしまった過去の分だけ、新たな知識を空白の中に詰め込んで。
 機械の手口を疑いもせずに、マザー・イライザが導くままに。
(…どうして、あいつだったんだ…!)
 そんな幸せな人生を掴んでいる奴が、と悔しさのままに机にぶつけた拳。
 過去など持っていないだなんて。
 自分は過去にこだわり続けて、取り戻すために生きているのに。
 生きる意味など無さそうな生を、いつか来るだろう「機械を止めてやる」日のために。
 歯を食いしばって屈辱に耐えて、マザー・イライザの手の中で生きる。
 「今はこれしか道が無いんだ」と、「メンバーズになるには、そうするしかない」と。
 なのに、メンバーズへの道を約束されたも同然のキース。
 彼は持ってはいない過去。
 幸運なことに、全て忘れてしまったから。
 成人検査の係が何かミスでもしたのか、キースがあまりに無防備だったか。
(何にしたって…)
 あいつはとても幸せなんだ、と怒りの炎が噴き上げるよう。
 過去を持たないなら、キースは自分と同じに苦しんだりはしないから。
 機械の言いなりに生きる人生、それもキースは疑いさえもしないだろうから。


 なんて奴だ、と憎らしいけれど。
 八つ裂きにしたいほどだけれども、キースが失くした過去というもの。
 それを自分が失くしていたなら、きっと幸福に生きられる。
 今の苦しみは消えてしまって、「さあ、勉強だ」と机に向かって。
 「パパ、ママ? それって、どういう人たちのこと?」と、首を傾げる程度のことで。
 両親も故郷も忘れたのなら、そうなるけれど。
 今よりも楽に生きられるけれど、キースを憎いと思うけれども…。
(…ぼくがパパとママを忘れていたら…)
 それに故郷も忘れていたなら、「セキ・レイ・シロエ」は何処にもいない。
 両親に貰った「セキ」も「シロエ」も、ただの記号になってしまって。
 名前はどういう意味を持つのか、それも分からなくなってしまって。
(…そんなシロエになるよりは…)
 苦しくても今のままでいい。辛くても、辛い人生でいい。
 キースを羨ましいと思いはしたって、「取り替えたい」とは思わないから。
 過去を全く持たない人生、それを一瞬、羨みはしても、欲しいと思いはしないから。
(…キース・アニアン…)
 幸福な奴、と吐き捨てる。
 それに似合いの嫌な奴だと、「過去を持たない人間は違う」と。
 とても味気ない人生だよねと、「そんなの、ぼくは御免だから」と…。

 

          過去が無ければ・了


※キースが「過去を持っていない」ことを知った時のシロエは、記憶探しの最中だったわけで。
 怪しいと思って調べ始める前には、こういう時間もあったのかな、と。…シロエだけに。







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(ジョミー…。辿り着けないのを、許して下さい…)
 もうこれ以上は進めないので、とリオは心でジョミーに詫びた。
 燃え上がり、崩れゆく地球を前にして、シドが決断した救出作戦。大気圏突入可能な船は全て、地球に残っている人間たちを救うために降下させること。
(あの船は、他に一人しか…)
 乗せられないから数に入らない筈、と小型艇で後にして来たシャングリラ。二人乗りでは、医療班の者を乗せたら定員。とても怪我人など救えはしないし、これならば、と。
(ジョミーを乗せて戻るだけなら…)
 誰も咎めはしないだろう。他の何機ものシャトルに紛れて発進しても。…「発進します」という報告も無しに、無断で船を出て来ていても。
 けれども、果たせなかった目的。
 ジョミーを捜して下りた階段、其処で出会った人類の女性。崩れて来た岩の下敷きになる所を、体当たりして突き飛ばした。
(…ジョミーを助けに下りて来たのに…)
 代わりに救った人類の女性。それは後悔していないけれど、とても見殺しには出来ないけれど。
 奪われたのが自分の身体の自由で、やがて命も消えるのだろう。岩の下敷きなのだから。此処でこうして動けないまま、意識が薄れてゆくのだから。
(……ジョミー……)
 すみません、と詫びる言葉を最後に消え失せた意識。後は闇へと落ちてゆくだけ。死の淵へと。


 その頃、地下へと続く階段の上の方では、他の船で降りたミュウたちが救助を続けていた。
 次々に現れる人類たちを船に振り分け、自力で歩けない者たちを担架で運んだりして。医療班の者たちも大忙しで、懸命に手当てをしていたけれど。
「誰か、助けて…!」
 お願い、と駆け上がって来た女性が一人。息を切らせて、涙をポロポロ零しながら。
「どうした!?」
 下に誰かいるのか、と掛けられた声に、涙交じりに答えた彼女。岩の下敷きになった青年が一人いるという。「ぼくはミュウだ」と名乗った青年、口が利けないようだった、とも。
「リオさんだ!」
「そういえば、姿を見ていないぞ!」
 大騒ぎになる中、医療班の者たちが目と目を交わして頷き合った。「下に下りるぞ」と。
 彼らが担いだ医療カプセル、重傷者がいるようならば、とシャングリラから持って来たもの。
「あと、何人か応援を頼む!」
 岩を動かさなきゃいけないからな、との声に応じた力自慢のミュウたち。肉体の力ではなくて、サイオンの力。それを使えば岩くらいは、という猛者揃い。
 彼らは懸命に階段を下りて、リオの所に辿り着いた。まだ辛うじて息はあるから…。
「仮死状態にして、それから岩を取り除く!」
「分かった、そっちの方は任せる!」
 実に素早い役割分担、医療班がリオを仮死状態に。…力自慢のミュウたちの方は岩の除去。
 リオはテキパキと救い出されて、医療カプセルに入れられた。後は担いで階段を上へ上るだけ。とにかく急げ、と走るミュウたち。階段ごと岩の下敷きになれば、二次遭難になるのだから。


 医療カプセルが地上に向かって突き進む中、リオはといえば…。
(……花畑だ……)
 死んだらこういう場所に来るのか、と花畑の中に立っていた。すぐ側に大きな虹の橋もあって、橋を渡ればきっと天国なのだろう。それは綺麗で清らかな色の橋だから。
 さて、と歩こうとしたのだけれども、何故だか先に進めない。虹の橋は其処にあるというのに。
(見えない壁があるみたいだ…)
 シールドのようなものだろうか、と手で探っても何も無い。けれど渡れない虹の橋。
 これは困った、と橋のたもとに立ち尽くしていたら、後ろからやって来たのがジョミー。
『ジョミー…!』
 すみません、と申し訳ない気持ちがMAX、もう心から謝った。
 ジョミーが天国に来るなんて。自分が助けに行けていたなら、きっとジョミーはシャングリラに生きて戻れたのに。
 けれどジョミーは怒るどころか、逆に心配してくれた。「どうして君が」と。
「君はシャングリラに残った筈だ。何故、此処にいる?」
『いえ、それが…。あなたを助けに行こうとして…』
 こういうことに、と改めて詫びたら、ジョミーに謝られた。「ぼくのせいだ」と、思いっ切り。
「来るなと言っておけば良かった。でも、もう遅いみたいだし…」
 一緒に行こうか、と指差された先に虹の橋。ジョミーと渡って行けるなら、と喜んだけれど。
 やっぱり先には進めないわけで、歩き出していたジョミーが振り返った。
「どうしたんだ、リオ?」
『…普通に歩いて行けるんですか? ぼくは此処から動けないようで…』
 地縛霊になってしまったでしょうか、と項垂れた。ずっと昔に誰かに聞いた「地縛霊」。思いを残したままで死んだら、その場所に縛られる魂。何処へも行けずに、幽霊になって。
 ジョミーを助けに行けなかった、と後悔しながら死んだわけだし、あの階段に残った魂。
 それで虹の橋を渡る資格が無いのだろうかと、此処で居残り組だろうかと。
 そうしたら…。


「其処から動けないだって?」
 まじっと見詰めるジョミーの瞳。こちらはと言えば地縛霊だし、本当に情けない気持ち。
『はい…。ですから、一人で行って下さい』
 ぼくにはかまわず、あの橋を…、と眺める先に虹の橋。妙にデジャヴがあると思ったら、まるで全く同じ展開。女性を庇って岩の下敷き、「行くんだ」と階段を上らせた時と。
 二度あることは三度ある、と聞いているから、次はいったい何が来るやら。
 天国に来てまでこうなるなんて、とリオの気分はドン底だけれど。
「なるほどね…。ちょっと相談なんだけど」
 君の身体に入っていいかな、と斜め上なことを言ったジョミー。いったいどういう意味だろう?
『…なんですか、それは?』
「君は死んではいないらしい。…かなり危ないけど、助かると見た」
 その身体を貸してくれないか、というのがジョミーの頼み。
 曰く、「トォニィに後を託したけれども、まだまだ危なっかしいから」。
 身体を貸して貰えるのならば、それで戻れるシャングリラ。要は間借りで、一つの身体に二つの魂、普段はリオで時々ジョミー。
『ああ、そういう…。ぼくの身体が役に立つなら…』
 喜んで、と受けたジョミーの申し出。ジョミーの役に立てるのだったら、「時々ジョミー」でもかまわない。時々どころか毎日だって、とジョミーと並んで歩き始めた。
 天国に向かう虹の橋とは反対に。ジョミーが「こっちだ」と言う方向へ。
 其処を暫く歩いて行ったら、バッタリ出会った長老の四人。それにキャプテン。
(…みんな、ジョミーを助けようとして…)
 死んだと言うから、今度は自分から持ち掛けた。「ぼくと一緒に帰りませんか」と。
『ぼくの方なら、時々リオでいいですから。…普段はジョミーやキャプテンたちで』
「それは有難い。シドもいいキャプテンにはなりそうだが…」
 直接指導をしてやれるなら、と乗り気になったキャプテン・ハーレイ、長老たちも頷いた。若い者たちだけの船では、何かと付き纏うのが不安。
 それを一気に払拭するなら、「時々キャプテン」だの、「時々ゼル」がいいだろう、と。


 そんなこんなでワイワイガヤガヤ、賑やかに戻って行った道中。
 「グランド・マザーは往生際が悪かった」だの、「いやいや、油断し過ぎじゃろ」だのと、地の底で起きた出来事なんかをネタにしながら。
 どうしたわけだか、キースには出会わなかったのだけれど。
 人類だから別のルートで行ったか、あるいはサムやマツカの迎えで直行便で…。
「あたしたちみたいに歩いてないって言うのかい?」
 天使様のお迎えで空を飛んでったかねえ…、とブラウが笑って、皆で振り返る虹の橋。キースは空を飛んで行ったかと、「人類のくせに、セコイ手を」と。
 もっとも、こっちはテクテク真面目に歩いたお蔭で、魂だけは戻れそうだけど。
 一人の身体に魂が七つ、間借り人が全部で六人だから…。
『時々ジョミーもいいんですけど…。いっそ一日ジョミーなんかはどうでしょう?』
 ぼくも含めて七人ですから、とリオが考え付いたこと。
 七人がそれぞれ一日ずつなら、上手い具合に一週間。「時々ジョミー」だの「時々キャプテン」だので仲間が無駄に混乱するより、一日交替でどうだろうか、と。
「そりゃいいわい。ワシなら一日ゼルなんじゃな?」
「私は一日エラなのですね。確かに効率が良さそうです」
 そのやり方に賛成です、とエラも言ったし、ヒルマンたちも異存は無かったものだから…。


「シャトル、全機、回収しました」
 仮死状態のリオが入った医療カプセル、それも乗っけて地球を離れたシャングリラ。
 「百八十度回頭」というトォニィの声で、燃え盛っている星を後にして。
 リオの治療はノルディが頑張り、身体の方もリハビリをすれば元通りに動くことだろう。当分は意識が戻らなくても、もう安心だと医療班たちもホッと一息。
 そうやってリオの身体が昏々とベッドで眠る間に…。
『ジョミーは何曜日を希望ですか?』
 一日ジョミーは何曜日が一番いいでしょうか、と意識の底でリオが予定を調整中。目が覚めたら七人で一人なのだし、今の間にキッチリ決めておかないと、と。
「うーん…。何曜日にしようかなあ…。ハーレイ、君は何曜日がいい?」
「そうですね…。ブリッジの普段の様子からして…」
 この辺で、と真面目にやっているのがソルジャーとキャプテン、その一方で…。
「ワシは当分はサボリじゃ、サボリ! この年でリハビリはキツイわい!」
「私もだよ。…ゼルと私は曜日だけ決めて、リハビリ中はリオに任せてだね…」
 当分の間、「一日ヒルマン」は出番無しでいい、という怠惰な面子が現れるのも、平和になった証拠だろう。これが地球に行く前の段階だったら、そんな我儘など言えないから。
『分かりました。リハビリ、頑張ります!』
 一日も早く車椅子とか松葉杖から卒業します、とキリッと敬礼、真面目なリオ。


 やがてシャングリラは、その温厚なリオに支配されてゆくことになる。
 「本日、ジョミー」だとか、「本日、キャプテン」と書かれた名札を付けた青年に。
 思念波でしか喋らないけれど、誰が聞いてもソルジャー・シンだの、キャプテン・ハーレイその人としか思えない喋りをするリオに。
 リオの中には、七人もいるものだから。
 ソルジャーを継いだトォニィでさえも絶対服従、そんな「グランパ」までいるのだから。
「グランパ、明日の会議のことなんだけど…」
『すまんのう、今日はワシの日なんじゃ』
 ほれ、と胸の名札を指差すリオ。其処には「本日、ゼル」の名札が。
「で、でも…。ぼくはグランパに…」
『そういうことなら、分かっておるじゃろ?』
 世の中、上手く渡りたかったら袖の下じゃ、と「一日ゼル」が欲しがる酒。合成物はいかんと、他人にものを頼むのだったら、上等のを、と。
「分かったよ…!」
 これでいいかな、とトォニィが渡したブランデーのボトル、それを受け取るなり…。
『トォニィ、今日は何なんだ?』
 ぼくにもオフの日があって…、と登場したのがソルジャー・シン。
 これまた「オフに呼び出されたから」と賄賂を要求、至極当然という顔をして。
 それでも誰もが頼りまくりの、「リオの中の人」。
 訊きさえしたなら、何でも答えが返るから。
 ソルジャー・シンにキャプテン・ハーレイ、長老の四人と、生き字引のような人間だから。
 本家本元のリオの日にだって、バンバンと入る「他の誰かを出してくれ」というリクエスト。
 もちろんリオは断らないから、もうシャングリラの影の支配者。
 温厚なリオに、そういう自覚は無いけれど。…いつもひたすら腰が低くて、譲りまくりの自分の身体。「ぼくでお役に立つんなら」と。
 「どうぞ遠慮なく使って下さい」と、「お役に立てて嬉しいです」と…。

 

          人のいいリオ・了

※イロモノ時代からの最古参の読者、I様の素朴な疑問。「リオ、忘れられていませんか?」。
 「シャトルを全機回収したなら、いないとおかしい」という最終話。
 そういう風にも見えるわな、と思ったトコから出来たお話。これも一種の生存ED…。







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「セキ・レイ・シロエが逃亡しました」
 その声で我に返ったキース。
 いつの間にやら消え失せていた、マザー・イライザが紡ぐ幻影。それに姿も。
 「追いなさい」と命じる冷たい声。
 いったいシロエは何処へ逃げたのか、此処から何処へ行けるというのか。
 E-1077の周りは宇宙で、行ける場所など無いのだから。
 それにシロエはまだ…、と考えたけれど。
「反逆者を逃がすわけにはいきません。…命令です」
 マザー・イライザの声で気が付いた。
 シロエが逃げ出した先は「宇宙」なのだと。
(……シロエ……)
 そんな、とグッと握り締めた拳。
 マザー・イライザが言う「反逆者」。
 もうそれだけで決まったも同じな、シロエの運命。
 反逆者という言葉が指すのは、「SD体制に逆らう者」。
 そうなったならば、ただ「処分」されるだけ。
 まして逃亡したとなったら、言い逃れる術は無いだろう。
 …どんなに庇い立てしても。
 メンバーズに決まった自分の将来、それを振りかざして庇おうとも。
(…マザー・イライザ…)
 仰いでも、其処にあるのは彫像。さっきまでの幻影とは違う。
 消えてしまったマザー・イライザ、「話を聞く気は無い」ということ。
 ただ命令に従えとだけ、その彫像が無言で告げる。
 それが使命だと、「行きなさい」と。
 ならば、行くしかないのだろう。
 心は「否」と拒否していても。…この身がそれを拒絶していても。


 誰かが代わってくれればいい。誰でもいいから、と乱れる心。
 マザー・イライザのいる部屋を出た後、格納庫へと向かう途中で。
(…反逆者を追うだけならば…)
 なにも自分でなくともいい筈、もっと相応しい者たちが存在している筈。
 シロエを逮捕し、連れ去って行った保安部隊の隊員たち。
 彼らだったら迷うことなく、シロエを追ってゆけるだろう。
 飛び去った船を見付け出したら、容赦なく処分出来るのだろう。一瞬の内に。
(…マザー・イライザは……)
 あの場では何も言わなかったけれど、シロエを「処分」するつもり。
 シロエが戻らなかったなら。
 E-1077に戻ることを拒み、そのまま宇宙を飛び続けたら。
(……戻ってくれれば……)
 あるいは道があるのだろうか、望みが残っているのだろうか。
 皆の記憶から消されたシロエが、反逆者になったシロエが生き残れる道。
 生涯、幽閉されようとも。
 厳重に監視された部屋から、一歩も出ることは叶わなくても。
(…メンバーズなら…)
 何か手立てがあるのだろうか、候補生の身では無理なことでも。
 此処を卒業してメンバーズの道に足を踏み入れたら、打つ手が見付かるのだろうか…?
(…今のぼくには…)
 まだ分からない、メンバーズのこと。
 どれほどの権限が与えられるのか、マザー・イライザにも命令できるのか。
 そうだと言うなら、全ての希望が潰えてはいない。
 もしもシロエを連れ戻せたら。
 …自分がメンバーズの道を歩み始めるまで、シロエが生きていてくれたら。


 夢物語だ、と自分でも分かる。
 マザー・イライザは、其処まで甘くはないだろうと。
 たとえシロエが戻ってくれても、即座に奪われるだろう命。
 保安部隊に引き渡したなら、その日の内に。
 候補生たちの目には入らない何処か、其処で撃ち殺されてしまって。
(…今のぼくには、まだ止められない…)
 いくら将来が決まっていたって、今の身分は候補生。
 保安部隊の者たちの方が、遥かに力を持っているから。…このE-1077では。
(どうして、彼らが行ってくれない…!)
 自分よりも力を持つというなら、彼らがシロエを追えばいい。
 そして仕事をすればいいのに、どうして自分が選ばれるのか。
 他に適任者が大勢いるのに、一介の候補生などが。
(…マザー・イライザ…!)
 何故、と苛立ち、歩く間に、通路に倒れた者を見付けた。
 明らかに保安部隊の所属だと分かる、その制服。
(さっきの精神攻撃で……)
 そういえば皆、倒れたのだった。…自分以外は一人残らず。
 過去の幻影に囚われたように、誰もが子供に返ってしまって。
 目には見えないオモチャで遊んで、無邪気な笑顔で床へと座り込んだりして。
 精神攻撃が遮断されたら、糸が切れたように倒れた彼ら。
 今のE-1077には、自分の他には誰一人いない。
 シロエを追ってゆける者は。
 逃亡者を乗せて宇宙をゆく船、それを追い掛けて飛び立てる者は。


(…そういうことか…)
 誰もいないのか、と噛んだ唇。
 一人でも残っていたのだったら、捕まえて押し付けるのに。
 「反逆者を追う」という自分の役目。
 お前がすべき仕事だろうと、「直ぐに飛び立て」と、張り飛ばしてでも。
(…後で、コールで叱られても…)
 その方が遥かにマシに思える、自らシロエの船を追うよりは。
 シロエを連れて戻ってみたって、彼の命を救えはしない。
 微かな望みに賭けるしかなくて、自分が正式にメンバーズになるまで彼が生きていたなら…。
(救い出せる道があるかもしれない、というだけで…)
 その道も本当にあるかどうかは、メンバーズになってみないと何も分からない。
 マザー・イライザのそれを越える権限、逆に命令できる力を得られるか否か。
(…連れて戻って、それでどうする…?)
 処分されると承知の上で、保安部隊にシロエを引き渡すのか。
 それとも彼らとやり合った末に、自分の部屋へと匿うのか。
(…二人くらいなら…)
 多分、一人で倒せるだろう。
 けれど束になって来られたならば、武器を持たない自分は勝てない。
 候補生の身では持てない武器。
 使い方は何度も教わったけれど、腕は彼らより上なのだけれど。
(……くそっ……!)
 駄目だ、と通路の壁へと叩き付けた拳。
 どう考えても、シロエを生かす術など持っていないから。
 連れて戻れても、シロエ自身の運に賭けるしかなさそうだから。


 それでも幾らかは残った望み。
 シロエが此処に戻ってくれたら、微かな希望があるかもしれない。
 即座に殺されなかったら。…幽閉される道であろうと、生きてくれたら。
(…だが、シロエが…)
 素直に戻ってくれるとは、とても思えない。
 「機械の言いなりになって生きる人生」、そんなものに意味は無いとシロエは言ったから。
 命など惜しくないとばかりに、言い捨てたのがシロエだから。
(……戻らないなら……)
 どうなると言うのか、自分がシロエを追って行ったら。
 保安部隊の者たちの代わりに、武装した船で飛び立ったなら。
(……ぼくが、シロエを……)
 殺すしかないと言うのだろうか、シロエの船を撃ち落として…?
 訓練では何度も使ったレーザー砲でロックオンして、発射ボタンを押し込んで。
(…それだけは…)
 嫌だ、と叫び出したくなる。
 そのくらいなら連れて戻ると、なんとしてでもシロエの船を、と。
 シロエは船には慣れていない筈で、拙いだろう操船技術。
 まだ訓練飛行が出来る年ではないから、どうやって宇宙へ飛び立てたのかも不思議なほど。
 ただ、「やりかねない」と思うだけ。
 E-1077を、マザー・イライザを嫌い続けた彼ならば、と。
 自分の年では乗れない船でも、夢見て一人で重ねた訓練。
 公式なシミュレーターさえも使わず、恐らくは個人練習用の…。
(シミュレーションゲーム…)
 それで習得したのだろう。
 航路設定も、発進準備も、何もかもを。
 今日が初めての宇宙なのだろう、自分の力で飛んでゆくのは。


(…停船してくれ…!)
 そう呼び掛けたら、シロエは応じてくれるだろうか。
 闇雲に先へと飛んでゆかずに、船は停まってくれるだろうか…?
(…撃ち落とすよりは…)
 船を連行して戻れたら、と願いながら着けてゆく宇宙服。
 シロエもこれを着けただろうか、操縦するなら必須とされている宇宙服を。
 それとも着けずに飛び出したろうか、此処から逃げることに夢中で。
(…とにかく、シロエを連れ戻せたら…)
 答えは出る、と無理やり思考を前へと向ける。
 でないと、とても追えないから。
 最悪のケースばかりが浮かんで、発進準備も出来ないから。
(…頼む、停まってくれ…!)
 シロエ、と船に乗り込んでゆく。
 武装している物騒な船に。
 その気になったらシロエの船を、一瞬で落とすことが可能な保安部隊の船に。
 微かな望みに賭けるしかない、今の自分。
 シロエの船を連れて戻れて、シロエが直ぐに処分されずに生き延びること。
 それにメンバーズが得られる権限、自分の力がマザー・イライザを超えること。
 全ては夢物語だけれども、そうでもしないとシロエを追えない。
(…いくら未来のメンバーズでも…)
 こんなケースは習っていない、と整えてゆく発進準備。
 シロエが停まってくれたらいい。…最悪のケースを免れたなら、と。
 戻る時には、船が二隻に増えていたならいい。
 微かな望みをそれに繋ぐから、シロエの船を連れて此処へと戻りたいから…。

 

         追いたくない船・了

※シロエの船を追う前のキース。「追いなさい」の時点で既に拳が震えていたわけで…。
 追ったらどうなるか分かっていた筈、と思ったら書きたくなったお話。若き日のキース。






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(…なんか、気味悪いことになってる…)
 この船、こんなだったっけ、とジョミーが見回したシャングリラの中。
 ソルジャー候補になって長いけれども、今日は船の中の様子が違う。
 あっちもこっちもカボチャだらけで、カボチャだけなら、まだいいけれど。
(どのカボチャにも、顔…)
 ゲラゲラ笑っている顔だとか、悪魔みたいに裂けた口とか。
 そういうカボチャが船にドッサリ、通路にも、広い公園にだって。
 かてて加えて、オバケだとしか思えない飾りが沢山。骸骨にゾンビ、どう見てもオバケ。
 昨日は普通の船だったのに、と首を捻りながら通路を歩いていたら…。
「うわあぁぁっ!?」
 いきなり頭から赤いケチャップをぶっかけられた。…それもバケツで。
 顔さえ見えない仮面を被った、魔法使いみたいな衣装の誰かに。
 何するんだよ、と怒鳴り付けたら…。
「なんじゃ、ハロウィンを知らんのか?」
 仮面の人物がゼルの声で喋った。ケチャップのことなど、謝りもせずに。
「……ハロウィンって?」
「ヒルマンに聞いておらんようじゃな、日頃、サボッてばかりじゃからのう…」
 講義をサボるからそうなるんじゃ、とゼルは説教をかましてくれた。トマトケチャップが入ったバケツを抱えたままで。
 曰く、ハロウィンというのは10月31日のイベント。
 人間が地球しか知らなかった時代に生まれた行事で、大晦日のようなものだと言う。
「…大晦日?」
 それは12月31日のことを言うんじゃあ…、と不思議だけれど。
「人類の世界ではそうなっておるな、奴らは野蛮人じゃから」
 文化とは無縁な奴らなのじゃ、と胸を張ったゼル。
 その点、ミュウは文化的だと、遠い昔の文化をきちんと守っていると。
 ハロウィンと言ったらカボチャにオバケで、新年を迎えるための清めの行事なのだと。


 ヒルマンの代わりに、延々とゼルが垂れた講釈。
 ハロウィンはシャングリラの一大イベント、暦は此処で切り替わるもの。
(…明日になったら、この船の中では新年で…)
 年内の穢れを持ち越さないよう、互いに穢れを祓うのだという。
 出会い頭に色のついた水や、赤いケチャップなどを浴びせて。…だから頭からぶっかけられた。
(…ソルジャーでも、ヒラでも、関係なくて…)
 とにかく派手にぶっかけるべし、と皆が用意をしているらしい。色つきの水や、ケチャップを。
 気合の入った輩になったら、緑色に染めたビールなんかも。
(…船中に飾った、カボチャのランタンとか骸骨とかは…)
 新年になって日付をまたぐ前に、公園で焚火に投げ込むものだと教えられた。
 船中の穢れを吸い取ったカボチャ、それに骸骨なんかの気味悪い飾り。
(気味が悪いほど、うんと沢山…)
 穢れを吸い取ってくれるらしいし、カボチャのランタンは「大きいほど」穢れがよく取れる。
 ゆえに「より大きな」カボチャを求めて、皆がカボチャを育てる船。
 一年に一度のハロウィンのために、素晴らしい新年を迎えるための日に備えて。
(……うーん……)
 シャングリラにはこんな行事があったのか、とケチャップまみれの服を着替えに戻ろうと通路を歩いていたら…。
「「「トリック・オア・トリート!」」」
 子供たちの可愛い声が響いて、ドパアッ! と食らった色つきの水。
 赤に黄色に、緑に青に。…もうとりどりに激しい色のを、子供たちが持ったバケツの数だけ。


「え、えっと…?」
 今のはなに、と目を丸くしたら、子供たちは一斉に手を差し出した。「お菓子、頂戴」と。
(…お菓子?)
 なんでお菓子、と瞳をパチクリ、さっぱり意味が分からない。
 頭から浴びた色水の意味なら、さっきゼルから聞いたけれども、お菓子は知らない。
 そうしたら…。
「知らないの、ジョミー? 子供は天使みたいなもので…」
 大人よりもずっと穢れを祓うパワーが強いの、と得意そうなニナ。
 だから子供に色つきの水をかけて貰ったら、お礼にお菓子を渡すもの。「ありがとう」と。
「…そ、そうなんだ…。でも、ぼくは今…」
 お菓子なんかは持ってなくて、と慌てるしかない今の状況。
(ヒルマンの講義、真面目に聞いておけば良かった…)
 このシャングリラの年中行事について、馬鹿にしないで、全部きちんと。
 大晦日が10月31日だとか、ハロウィンとやらに関するあれこれ。
「ジョミー、お菓子を持っていないの?」
 せっかく水をかけてあげたのに、と不満そうな顔の子供たち。「かけて損した」と。
「ご、ごめん…。ツケにしといて!」
 次に会った時に渡すから、と謝った途端、子供たちはパアアッと笑顔になった。
「やったね、ツケだとトイチなんだよ!」
「十日で一割の利子がつくのがトイチなの!」
「ハロウィンのお菓子をツケにした時は、一時間で一割の利子になるから!」
 じゃあねー! と走り去った子供たち。
 一時間ごとに一割の利子で、あの数の子供たちだから…。
(……ぼくの立場、メチャメチャ、ヤバイんじゃあ……?)
 それだけの菓子を食堂で調達したなら、今月の小遣いは消し飛ぶだろう。今から着替えて、また食堂まで出直す間に時間が経ってゆくのだから。


 なんて船だ、と思うけれども、講義を聞かなかった自分が悪い。
 シャングリラはミュウの箱舟なのだし、人類の世界とは違って当然。
(ハロウィンなんかは、聞いたこともないから…!)
 本当に意味が不明だってば、と重たい足を引き摺る間に、次から次へと浴びせられる水。それにケチャップ、緑色に染めたビールもあったし、ワケワカランといった感じの水かけイベント。
(おまけに全員、仮装していて…)
 誰が誰だか分からないのが、また悲しい。
 真っ青に染めた合成ラムをかけて行ったのは、体格からしてハーレイだけれど。
(…あの格好も謎だってば…)
 首にぶっといボルトが刺さって、顔に縫い目があるなんて…、とジョミーには謎な、ハーレイの仮装。いわゆるフランケンシュタインなるもの、遠い昔で言ったなら。
(ケチャップを思い切りぶっかけてくれて、白いシーツを被ってたのは…)
 ソルジャー・ブルーじゃなかろうか、と思うけれども、確証は無い。
 とにかく船中がお祭りムードで、ハロウィンを知らない自分一人だけが…。
(仮装用の服も持っていないし、水かけ用のバケツも、それにケチャップも…)
 無いんだってばー! と叫んでみたって、既に手遅れ。
 船はすっかりカボチャまみれで、あちこちに飾られた骸骨などの不気味な飾り。
 新年を迎える焚火に火を点け、ああいったものを投げ込んで穢れを祓い終えるまでは…。
(…ぼくだけ、普通の格好で…)
 色水やケチャップなどにまみれて、子供たちには菓子という名の借りが山ほど。
 人類の世界には無かったハロウィン、もっと勉強するべきだった、と泣きの涙で。
 10月31日が終わる時まで、受難が続いてゆくフラグ。
 何処か間違って伝わったらしい、ミュウたちが盛大に行うハロウィン。
 新年を迎えるためのイベント、船中がカボチャや骸骨にまみれる一日が幕を閉じるまで…。

 

         ハロウィンの船・了

※シャングリラで行われているハロウィン。人類の世界には無かった文化に途惑うジョミー。
 何か色々と間違えまくりのイベントですけど、資料を収集している間に事故ったのかも。






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