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「おっ、ジョミーだ!」
 でもってヤバイ、とキムたちがサッと消去した何か。ジョミーが足を踏み入れた部屋で。
 シャングリラの中にある娯楽室と言うか、休憩室とでも呼ぶべきなのか。そういうスペースでの出来事。ソルジャー候補の赤いマントを背負った姿で入って行ったら。
(えーっと…?)
 何か消したよね、とジョミーにも分かる。部屋に備え付けになった端末、そのモニターで彼らが見ていた何か。ワイワイ取り囲んで、それは賑やかに。
「今、何か見てた…?」
 何か面白いニュースでも、と尋ねたら「いやあ…」という返事。何処か曖昧、誤魔化しているといった趣。そう、何かを。
(…ぼくに内緒で、思いっ切りスルー…)
 仮にもソルジャー候補のぼくを、と不愉快だけれど。なんだか嫌な気分だけれども、因果応報。ソルジャー候補な立場はともかく、現ソルジャーの方が問題。
 スカウトされて船に来たのに、トンズラしたとも言う自分。「家に帰せ!」と大見得を切って。
 リオに送らせて逃げ出した後は、人類に追われて、捕まって…。
(…サイオン爆発で、衛星軌道上まで逃げて…)
 そんな所まで追って来られるのは、ソルジャー・ブルーしかいなかった。現ソルジャーで、力はもちろん、ビジュアルも凄い超絶美形なカリスマ指導者。
 弱った身体に鞭打って助けに来てくれた彼を、半殺しにして寝込ませたのが自分なわけで…。
(後継者に指名して貰っても…)
 船の雰囲気は最悪だった。コソコソ、ヒソヒソ、囁き交わされている陰口。それからシカト。
 露骨なイジメこそ起こらないものの、四面楚歌とも針の筵とも言えそうな今。
(ぼくには見せてくれない何かも…)
 その一つだよね、と悲しいながらも理解した。
 船で流行りの楽しい画像か、はたまた若い仲間たちが何処かで集まる懇親会とかのお知らせか。
(…懇親会かも…)
 可能性が高いヤツはソレかも、と肩を落として返した踵。「邪魔してごめん」と。
 どうせ仲間には入れて貰えないし、何を見ていたかも教えてなんかは貰えない。何もかも自分が悪いわけだし、部屋に帰って落ち込もう、と。


 自分の部屋に帰り着いたら、一層みじめな気分になった。
 ソルジャー候補と言っても名ばかり、長老たちにも頭が上がらない。来る日も来る日も、朝から晩までサイオンの訓練、叱られて文句を浴びせられる日々。
 やっと終わった、と休憩室を覗きに行ったら、さっきのようにシカトでスルー。
(…ぼくが未来のソルジャーだってこと、船のみんなは分かってるわけ…?)
 ちっともそうは思えないけど、と零れる溜息、誰かいたなら愚痴りたいキモチ。
 そうは言っても、ナキネズミ相手に愚痴るくらいしか出来ない自分。友達なんかはナッシングな船で、ソルジャー・ブルーに愚痴っても…。
(逆に説教…)
 きっとそうなることだろう。「君の立場を考えたまえ」と、「物事には理由があるものだ」と。
 どうして今の境遇なのか、それをキッチリ考えるように言われて藪蛇。
(はいはい、充分、分かってますって…)
 ソルジャー候補なんて名前だけですよね、と悲しさMAX。
 こんな結末になると知っていたなら、船から逃げはしなかった。不本意ながらも船に馴染んで、ミュウになろうとしていただろう。多少、時間はかかったとしても。
(孤立無援で、シカトよりかは…)
 キムたちと殴り合いの日々でも、拳と拳でいつかは得られる男の友情。そっちの方がずっとマシだし、前向きな生き方でもあった。今よりも遥かに建設的で。
(失敗したよね…)
 ぼくは生き方を間違えたんだ、と悔やんだ所で後悔先に立たず。「覆水盆に返らず」なわけで、これからも四面楚歌な毎日。きっと当分。
(正式にソルジャーってことになったら…)
 いくらかは風当たりが和らぐだろうか、と未来に希望を繋ぐしかない。
 その頃になれば、今日は隠された「懇親会のお知らせ」だって…。
(ソルジャーに内緒で開催するのは問題だしね?)
 形だけでも誘いが来るか、あるいはキャプテン経由で情報が入って来るか。日時や、開催場所のお知らせ。「ソルジャーもご一緒に如何ですか?」と。
 そうなった時は、顔を出すのもいいだろう。ソルジャーをシカト出来はしないし、少しずつでも距離が縮んでくれたなら、と。


 けれど如何せん、現時点ではソルジャー候補。
 懇親会のお知らせすらもスルーで、「ヤバイ」と隠される有様。さっきみたいに。
(まだまだ先は長そうだよ…)
 自業自得でも、ホントにキツすぎ、と嘆きまくって、その日は終わった。ドン底な気分で。
 ソルジャー候補は名前ばかりで、何の役にも立ちやしない、と。
 それからも茨の日々が続いて、相変わらずのスルーと四面楚歌にシカト。もう嘆くだけ無駄、と思い始めた所へ、今度は別の事件が起こった。
 ある朝、入って行った食堂。皆が輪になって談笑中で、「どうせ無視だよ」と靴音も高く彼らの横を通ろうとしたら…。
「おい、マズイって!」
 早く隠せ、と一人がポケットに突っ込んだ何か。他の仲間はパッと散って逃げて、知らん顔して食事を始めたけれど…。
(なに、あの視線?)
 やたら感じる、笑いをたっぷり含んだ視線。こちらをチラチラ眺めながら。
(…ぼくの顔に何かついているわけ?)
 顔は洗って来たんだけどな、と両手でゴシゴシ擦っていたら、プッと吹き出した女性が一人。
(プッって…?)
 そんなに可笑しいことをしたっけ、と解せない気分。顔を擦ったら、汚れが増殖したろうか?
 鏡が無いから分からないよ、とマントでゴシゴシ、そしたら余計に感じる笑い。声とは違って、ミュウの得意の思念波で。
(クスクスが女性で、ゲラゲラが男…)
 いったい何が可笑しいわけ、と考えてみても分からない理由。
 顔が汚れていたのだったら、汚れが取れたら笑いも収まりそうなもの。いつまでも思念で笑っていないで、普段のシカトなモードに戻って。
(コミュニケーションってことはない…よね?)
 笑いで仲良くなりたいのならば、「おい、マズイって!」は無いだろう。「早く隠せ」も。
 彼らは何かを隠蔽していて、隠した「何か」がもたらす笑い。
 それが何かは謎だけれども、もう最高に可笑しすぎる何か。多分、「自分」に関わることで。
 ソルジャー候補に見せたらマズくて、隠さなくてはならないモノ。姿を現した瞬間に。


(何なのさ、アレ…)
 ぼくが何をしたと、と腹が立っても、売れない喧嘩。此処で喧嘩を売ったなら…。
(エラやヒルマンが飛んで来て、説教…)
 その上、皆に謝らされるに違いない。ソルジャー候補の自分の方が、ヒラの仲間にお詫び行脚。食堂のテーブルを端から回って、「ごめんなさい」と。「何もかも、ぼくが悪いんです」と。
 そうなることが見えているから、グッと怒りを飲み込んだ。
(もう、これ以上…)
 シカトとスルーは御免なのだし、敵は作らない方がいい。とっくの昔に四面楚歌でも、どっちを向いても敵ばかりでも。
(仕方ないよね…)
 ぼくの印象、船に来た時から最悪だから、と我慢して耐えた笑いの思念。食事をしている間中。
 それが済んだら朝の訓練、長老たちが待つ部屋に行ったのだけれど…。
「おお、ジョミーじゃ!」
 マズイわい、とゼルがマントの下へササッと突っ込んだ何か。激しくデジャヴを感じる光景。
 ついでにブラウが背中を丸めて、懸命に笑いを堪えていた。それは露骨に、隠そうともせずに。
(……………)
 もう「懇親会のお知らせ」レベルじゃないよね、と嫌でも分かる「可笑しい」何か。
 ソルジャー候補の自分に見せたら「マズイ」何かで、隠さなくてはいけないブツ。
(キムたちだったら、我慢しなくちゃ駄目だけど…)
 いつもシゴキをする長老たち、彼らに遠慮は要らない気がする。大人しく訓練に励んでいたって叱るわけだし、容赦ないのが四人の長老たちというヤツ。
 だからズズイと一歩踏み出し、「今のは、何?」と足を踏ん張った。負けてたまるかと。
「何か隠したよね、マントの下に?」
 見せて、と凄んだら、「見ない方がいいと思うんじゃが」と返したゼル。髭を引っ張って。
「世の中、知らない方がいいことも沢山あるもんじゃ。…そうじゃろ、ブラウ?」
「その通りさ。アンタも不幸になりたくないだろ、坊や?」
 黙ってスルーしておきな、と言われれば余計、誰でも気になる。「不幸になる」と聞いたって。知らない方がいいこともある、とスルーを推奨されたって。
 そう思うから…。


「不幸になっても気にしないから!」
 もう充分に不幸だしね、と開き直った。毎日が四面楚歌の日々だし、シカトされる立場。
 陰でコソコソ笑われるよりは、原因を知ってスッキリしたい、と。
 そうしたら…。
「なるほどのう…。それだけの覚悟があるんじゃったら…」
 まあ、ええじゃろう、とゼルが懐から出して来たモノ。それを見るなり、固まったジョミー。
(ちょ、ちょっと…!)
 これって何、と失った言葉。もう落ちそうなほどに見開いた瞳。
 ゼルの皺だらけの指が持っているものは写真で、写っているのは自分だけれど…。
(こんなの、誰が撮っていたわけ…!?)
 酷すぎるよ、としか思えなかった。ソルジャー・ブルーも一緒に写った一枚、けれどもカメラの方を向いているのは「自分だけ」。ソルジャー・ブルーは気絶しているから。
(…確かに、こういう展開になっていたけれど…!)
 その原因は、ぼくなんだけど、と口から泡を噴きそうな写真。
 ソルジャー候補に据えられる前に、アルテメシアの衛星軌道から落下してゆくブルーを追って、追い掛けて…。
(ちゃんと捕まえて帰って来たけど、ぼくの服は…)
 ものの見事に燃えてしまって、一部分しか残らなかった。袖口とか肩とか、パンツが隠れる部分とか。そういう状態で船に収容される直前に…。
(ぼくのズボンが…)
 辛うじて腰の周りに残っていたのが、ポロリと崩れて燃え落ちた。下に履いていたパンツだけを残して、「はい、さようなら」と綺麗サッパリ。
 ゼルが持っている写真はソレで、その瞬間を捉えているから堪らない。
(パンツ丸見え…)
 みんなが笑っていたのはコレか、と分かったけれども、知らなかった方が幸せだった。懇親会のお知らせなのか、と思った頃とか、食堂で笑われていた頃だとか。
 よりにもよってパンツ丸出し、そんな写真が船中に出回り、誰もが笑っているなんて。長老たちまで持っている上、こうして見せてくれただなんて。


 あろうことかパンツ丸出しの写真、それがソルジャー候補の肖像。シャングリラ中で閲覧可能な恐怖の一枚、いったい何枚コピーされたか、考えたくもないわけで…。
「これって、どうすれば消せるって言うの!?」
 今すぐに消して欲しいんだけど、とソルジャー候補の権威を振りかざしたら。
「そりゃ無理じゃのう…。データベースの削除権限は、ソルジャーしか持っておらんのじゃ」
 ソルジャー・ブルーしか消せんわい、とゼルがカッカッと笑ってくれた。消したかったら、早く候補を卒業すること。正式なソルジャーになることじゃ、と。
「…それまでは?」
「放置プレイに決まっておろう!」
 ソルジャー・ブルーも映像のことは御存知なのじゃ、とゼルは腕組みして威張り返った。
 「これもソルジャーのお考えじゃ」と、「恥ずかしい記録を消すために精進するがいい」と。
(……恥ずかしい記録……)
 晴れてソルジャーにならない限りは、削除不可能な写真や映像。パンツ丸見えの恥ずかしい姿。
 今のままだと拡散しまくり、放っておいたら子供たちの目にまで入りそうだから…。
「分かったよ! ソルジャーになって、削除するから!」
 そのためだったら頑張れる、とジョミーがグッと握った拳。「努力あるのみ」と。
 かくしてジョミーは、奮然として訓練に取り組むことになる。
 ソルジャー・ブルーが放置で黙認している写真を、映像を削除するために。パンツまで丸見えになった瞬間、それを「歴史」から消すために。
(ソルジャー・ブルー…!)
 あなたは何処まで腹黒いんです、と歯噛みするジョミーと、ほくそ笑んでいるブルーの方と。
(…頑張りたまえ、ジョミー)
 ぼくがアレを最初にバラ撒いたんだ、とソルジャー・ブルーは涼しい顔。
 原動力が何であろうと、ジョミーが立派なソルジャーになればミュウの未来は安泰だから。
 「これで安心して死んでゆける」と、「恥ずかしい記録も、時には大いに役立ててこそ」と…。

 

            消せない肖像・了

※燃えてしまったジョミーの服。アニテラでは「辛うじて」残っていたわけですけれど。
 収容する前に燃え落ちたかもね、と考えたのが管理人。当然、記録はガッツリと…。南無。









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「マツカ。…コーヒーを頼む」
 そう言ってからハッと気付いたキース。「もういないのだ」と。
 いったい何度目になるのだろうか、こうして呼んでしまうのは。
 可哀相なくらいに優しかったマツカ、彼の名前を。…もういない部下を。
(あいつは優しすぎたのだ…)
 どうして私などを庇った、と握った拳。机の下で。
 コーヒーのことは、今はもういい。
 他の部下を呼んで命じたならば、直ぐに届くと分かっていても。
 今は誰とも会いたくはないし、そういう気分。
 「マツカはいない」と気付く前なら、普段通りに執務の時間だったのに。
(……マツカ……)
 あれほど邪険に扱ったのに。
 彼が最後のミュウになったら、「殺すだろうな」とも脅したのに。
 それでもマツカは逃げもしないで、ただ忠実に仕え続けた。
 彼の仲間を、ミュウを宇宙から殲滅するべく、策を練り続ける上官に。
 血も涙も無いと評判の主に、誰もが恐れる「キース・アニアン」に。
(逃げようと思えば、幾らでも…)
 逃げ出すためのチャンスはあった。
 彼一人、仮に逃げた所で、戦況が変わるわけでもない。
 マツカに心は読ませていないし、得られる筈もない国家機密や軍の情報。
(もしも、マツカが逃げていたなら…)
 知らぬふりをしておいただろう。
 「私が命じた」と、許可なく発進した船を、誰にも追わせないように。
 マツカは極秘の任務を果たしに、単身、ミュウの拠点に向かって行ったのだ、と。
 それでマツカが戻らなくても、誰も不審に思いはしない。
 てっきり殉職したと考え、グランド・マザーも、また疑わない。
 そしてマツカは特進したろう、任務の途中で命を落としたのだから。


 実際、今ではそうなったマツカ。
 身を呈して国家主席を救った側近、そういう栄えある地位に置かれて。
 セルジュやパスカルたちに惜しまれ、「どうして逝った」と悲しまれて。
(…何故、その道を選んだのだ…)
 答えは分かっているのだけれども、「何故」と問わずにはいられない。
 自分はマツカに、「何もしてやらなかった」から。
 ただの一度も、素直な言葉を掛けてやりさえしなかったから。
 マツカの瞳の奥にいつもあったもの、頑なに「キース」を信じる心。
 どんなに冷たくあしらおうとも、厳しい言葉をぶつけようとも。
 いつだったか、口にしたマツカ。
 「本当のあなたは、そんな人じゃない」と、彼の心を占める思いを。
 珍しく、感情の昂るままに。
 それさえも切って捨てたのが自分、マツカは真実を言い当てたのに。
 誰にも読ませぬ心の内側、それを見抜いていたというのに。
(…あの時くらいは…)
 表情を動かすべきだったろうか、マツカに報いてやりたかったら。
 心の奥では「早く逃げろ」と、ミュウの母船へ行くよう促していたのなら。
 いずれ敗れるだろう人類、道を共にすることなどは無い。
 ミュウの母船に辿り着いたなら、彼らはマツカを船に迎えるだろうから。
(もっとも、私が言った所で…)
 マツカは、けして逃げたりはしない。
 きっと逆らい、声を荒げてでも国家騎士団に残っただろう。
 「これが任務だ」と命じたとしても。
 ミュウの母船に行くことが任務、「キース・アニアンからの最後の命令だ」と言い放っても。


 逃げ出すチャンスも、逃げる手段も、どれも使わずにマツカは残った。
 そればかりか、船に入り込んだミュウと…。
(戦った挙句に、殺されたのだ…)
 セルジュたちは、「部屋を破壊したのはミュウだ」と信じているけれど。
 そうとしか思えぬ有様だったけれど、自分には分かる。
 「マツカもあそこで戦ったのだ」と、「何もしないでいたわけがない」と。
 侵入者と戦い、サイオンを使い過ぎていたから、マツカは助からなかったろうか…?
 かつてミュウの母船から逃れた自分を、マツカはサイオン・シールドで…。
(やったことがない、と言いながらも…)
 包んで見事に救ったのだし、きっと能力は高かった筈。
 咄嗟にシールドを張れていたなら、マツカはその身を守れただろう。
 床に倒れて心肺停止の「キース・アニアン」をも、シールドの中に取り込んで。
 どちらも掠り傷さえ負わずに、侵入したミュウが他の兵士たちに見咎められて逃れるまで。
(そうしていたなら、きっとマツカは…)
 今もこの船で生きていたろう、コーヒーを淹れてくれたのだろう。
 「コーヒーを頼む」と言ったなら、直ぐに。
 あの穏やかな笑みを浮かべて、「熱いですから、気を付けて下さい」と。
 けれど、そのマツカはもういない。
 自分を庇って逝ってしまった、それは無残な死に様で。
 幾多の戦場を渡り歩いた自分ですらも、目を覆いたくなるような屍を晒して。
(…そうなって、なお…)
 マツカが「キース」を救ったことを知っている。
 死の淵の底へ沈んでゆくのを、マツカの手がグイと引き上げた。
 恐らく、あれは夢ではない。
 「キース、掴まえましたよ」と腕を掴まれたのは。
 「ぼくがあなたを死なせない」と、笑みを湛えていたマツカは。
 直後に自分が生き返った時、マツカは涙を流したから。
 「悲しんでくれた」と、思念(こえ)が聞こえた気がしたから。


(…どうして、あの時…)
 素直になれなかったのか。
 開いたままだったマツカの瞳、それをこの手で閉じてやったけれど。
 悲しみに顔を伏せたけれども、その後、自分が言った言葉は…。
(後始末をしておけ、と…)
 ただ、それだけ。
 「弔う」のではなくて「後始末」。
 マツカはその身を、命を捨てて、自分を救ってくれたのに。
 もっと早くに国家騎士団から逃げ出していれば、あそこで死にはしなかったのに。
(…何故、私は…)
 「冷徹な自分」を貫いたのか、あの時でさえも。
 ただの一兵卒ならともかく、ジルベスター以来の側近のマツカ。
 彼の死を悼み、「丁重に弔ってやるように」と命じた所で、誰も異議など唱えはしない。
 むしろ上がっただろう、「キース」への評価。
 「冷徹無比な破壊兵器でも、忠実な部下には厚く報いてやるらしい」と。
 今だからこそ、必要なものが求心力。
 他の部下たちからの忠誠、「この人にならばついてゆける」と思われること。
 「後始末を」などと言わなかったら、その方面での自分の評価は…。
(…間違いなく上がった筈なのだがな…)
 今の自分がそう考えるなら、平静であれば、きっと「そのように振舞った」だろう。
 マツカを失ってしまった悲しみ、それが心を覆わなければ。
 普段と同じに「冷静なキース」、そんな自分であったなら。
(私らしくもなかったのだな…)
 如何にも「キースらしく」見えたろう、あの自分は。
 長く仕えた側近の死さえ、「後始末を」と言い捨てて去った自分は。
 真に計算高かったならば、逆のことを口にした筈だから。
 マツカを丁重に弔うようにと、「後始末」などとは言いもしないで。


 動揺のあまり、選び損ねた言葉。
 傍目には「キースらしく」見えても、そうではなかった冷たい命令。
(…そのせいで、今も…)
 実感できない、「マツカがいなくなった」こと。
 忠実なセルジュやパスカルたちは、命令のままに動いたから。
 「後始末をと仰ったから」と、彼らが内輪で見送ったマツカ。
 破壊された部屋は他の者に任せて、マツカの亡骸を運んで行って。
(二階級特進の証なども…)
 添えてマツカを送ったのだろう、二度と戻らぬ死への旅路に。
 きっと何処かに墓標も作って、「ジョナ・マツカ」の名を刻んでやって。
(……私は、その場所さえ知らぬ……)
 「後始末」のことなど、報告されはしないから。
 あの部屋がまだ血まみれの内に、「マツカの死体は片付けました」と来たセルジュ。
 「これから部屋の修理であります」と、「当分は区画を閉鎖します」と。
(…何故、あの時に…)
 ただ頷いただけだったのか、愚かな自分は。
 「待て」と一声掛けさえしたなら、出られただろうマツカの葬儀。
 そして上がった「キース」の評価。
 「やはり閣下は素晴らしい人だ」と、「忠実な部下には報いて下さる」と。
 それが「勘違い」であろうとも。
 本当の所は「マツカだからこそ」、弔わねばと考えたのが「キース」でも。
(……行こうと思えば、行けたのだがな……)
 私は二度も間違えたのか、と今も悔やまれる自分の選択。
 「後始末を」と言い捨てたことと、マツカの葬儀の日時を尋ねなかったこと。
 間違えたせいで、今になっても…。


(いないことさえ、私には…)
 認識できないままなのだ、と悔やんでも悔やみ切れない思い。
 マツカがどれほど大切だったか、こうして思い知らされる度に。
 「コーヒーを頼む」と口にする度、それに答えが返らないままになる度に。
 どうして自分はこうなのだろうか、いつも間違えてしまうのだろうか。
(…シロエの時にも…)
 彼を見逃し損ねたのだ、と思いは過去へと戻ってゆく。
 「いつも、私は間違える」と。
 他に取るべき道を探らず、いつも間違え続けるのだ、と…。

 

        もういない者へ・了

※マツカがいなくなった後にも、「コーヒーを頼む」と言っていたキース。ごく自然に。
 なのに「後始末」という酷い言いよう、無理しすぎだよ、と。弱みを見せられないタイプ。








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(マザー直々の選抜だというのは分かるが…)
 見た顔が多いのも仕方ないが、と首を捻ったキース。自分の部屋で。
 ジルベスター星系からノアに戻った後、直属の部下たちを思い浮かべて。
 自ら側近に起用したマツカ、彼については問題ない。ミュウの能力を高く買った上で、マザーを誤魔化して側近に据えた。きっと役立つだろうから。
 マツカは元々、人類統合軍の人間。それでは自分の部下に出来ないから、国家騎士団の方に転属させた。有能で忠実な側近になるのは間違いないし、「これは使える」と。
 それとは別に、グランド・マザーに依頼した部下。「ミュウの掃討に役立つ者を」と、実戦経験豊富な者たちの配属を。
(…それで来たのが、スタージョン中尉たちなのだがな…)
 あの面子はアクが強すぎないか、と気になって仕方ない自分の部下たち。
 まずはスタージョン中尉が問題、軍の上層部になればなるほど、いないのが濃い肌の色を持った人材。黄色だろうが、褐色だろうが。
(SD体制の時代になっても、妙なこだわりというヤツで…)
 出世するには、「肌の色は白い方がいい」とされていた。時代錯誤も甚だしい話。
 SD体制が始まるよりも、ずっと昔に消えてしまった「肌の色での区別」や差別。科学的根拠はナッシングだから、そんな説など時代遅れだ、と。
(しかし、そいつがまかり通るのが…)
 今の時代で、旗振り役はグランド・マザーだと囁かれている。
 ミュウを「異分子」と決め付けるように、肌の色も「白いほどいい」と考えている機械。実際、それを裏付けるように、国家騎士団には肌の色が白い者ばかりで…。
(たまに肌の色が濃いのがいたなら、辺境星域が配属先で…)
 どう間違っても、ノアに配属されては来ない。相当な功績があるならともかく、まだ駆け出しの中尉程度の階級では。
 それが世間の常識で認識、なのに来たのが褐色の肌を持つスタージョン中尉。
(あまつさえ、パスカルたちもいるのに…)
 肌が白い彼らを軽く押しのけ、補佐官の地位まで拝命している。マザー直々の選抜で。
 グランド・マザーは、「肌が白くない」士官は嫌いな筈なのに。


 なんとも妙だ、と解せない部下。その筆頭がスタージョン中尉で、パスカルだって…。
(…あの無精髭を生やしたままでは…)
 将来、出世に支障が出るぞ、と教官時代に何度も叱った。「出世したいなら、髭を剃れ」と。
 けれども聞かなかったパスカル。「出世に興味はありませんから」と鼻で笑って。出世よりかは個性が大事で、「これが私のスタイルなので」と貫いた髭。
(とっくに何処かでドロップアウトで…)
 二度と目にすることもあるまい、と思っていたのに、グランド・マザーに選ばれたパスカル。
 あまつさえ、スタージョン中尉に次ぐ二番手な立ち位置で。
(グランド・マザーは、無精髭も好みではない筈なのだが…)
 髭を生やすなら、もっとジェントルマンな髭。遠い昔の紳士や軍人、彼らの髭に倣ったもの。
 そういう髭なら「まあ、いいだろう」と、許すと噂のグランド・マザー。
 肌の色で差別をかます件といい、何処までも時代錯誤な機械で、さながら女帝気取りとも言う。
(人種差別は当たり前のことで、髭も立派な髭でない限りは認めない女帝…)
 それがグランド・マザーの本性、髭はともかく、肌の色で泣きを見た者も多い。
 ところが今度の人事ときたら、ミュウ殲滅のための作戦だったのに…。
(セルジュを寄越して、補佐にパスカル…)
 この二人だけでも「強すぎる」アク。
 グランド・マザーの趣味とも思えぬ、斜め上をいく大抜擢。
(彼らのデータを調べてみたが…)
 輝かしい功績を上げてはいないし、何故こうなったか分からない。選ばれた理由がサッパリ謎。これが人間によるものだったら、「袖の下」などもアリだけれども…。
(グランド・マザーに賄賂を贈ったところで…)
 何の効果もありはしなくて、下手をしたなら食らうのが左遷。それこそ辺境星域へと。
 ましてやグランド・マザーが嫌いな、「褐色の肌」や「無精髭」の輩が賄賂を贈ったならば…。
(左遷どころか、解任だろうな)
 国家騎士団から放り出されて、人類統合軍の下っ端とか。それにもなれずに、警備員とか。
 そんな結末が見えているのに、セルジュとパスカルは揃って配属されて来た。有り得ないような人事異動で、マザー直々の選抜で。


 トップの二人を眺めただけでも「濃すぎる」と分かる、自分の部下。
 かてて加えて、他の面子もユニークさの点では半端なかった。軍人たるもの、こうあるべき、と思う形から外れまくりに思える面子。誰を取っても、誰のデータを見てみても。
(…いったいマザーは、何を思って…)
 此処までアクの強い奴らを選んで寄越したのだ、と掴めない意図。
 もしかしたら試されているのだろうか、彼らを見事に御せるかどうか。キース・アニアンの器を知ろうと、「お手並み拝見」とマザーが選んで来ただとか。
(そういうことなら、分からないでも…)
 教官時代に手を焼かされた奴らが揃うのも、と零した溜息。「テストだったら仕方ない」と。
 彼らを立派に使いこなせたら、晴れて自分も一人前。
(ゆくゆくはパルテノンに入って…)
 元老になって国家主席だ、と目標は高く果てしなく。
 メンバーズとして歩むからには、其処まで昇り詰めてこそ。トップの地位に就いてこその人生、そうでなければ甲斐がない。
(グランド・マザーに気に入られてだな…)
 出世街道を走り続けてやる、と戯れに触れたコンソール。机に備え付けのもの。
 個人的な部屋の備品とはいえ、今の地位なら国家機密にもアクセス可能。
(…グランド・マザーの趣味を確認しておくか…)
 部下どもは嫌われている筈だからな、と打ち込んでいったセルジュたちの名前。ついでだからとパーソナルデータも、覚えている分を入れてゆく。ジルベスターから加わった部下を。
(マツカは無関係だから…)
 セルジュにパスカル、とザッとブチ込んで、データベースを検索させた。
 グランド・マザーが嫌悪しそうな部下たち、誰が一番マザーの好みに合わないのか、と。
 そうしたら…。
(嘘だろう!?)
 何故だ、と見開いてしまった瞳。
 その条件で開示された情報、其処にはグランド・マザーが与えた承認の印。「素晴らしい」と。
 並ぶ者なき騎士団員たち、彼らこそ理想の国家騎士団員だ、と。


(何故、そうなる…!)
 マザーが嫌いそうな面子ばかりの筈なのに、と慌てて変えた検索条件。
 どう転がったら、これがマザーの理想なのかと、信じられない面持ちで。「有り得ないぞ」と。
 とにかく理由を提示するよう、メンバーズとしてのIDなども叩き込んだら…。
(……なんだ、これは?)
 画面に大きく表示された文字、「風と木の詩」という代物。
 「詩」と書いて「うた」と読むとの情報、SD体制が始まるよりも遥かに遠い昔に描かれた…。
(…びーえるの走り…?)
 BLとは何のことだろうか、と深まる疑問。それから「風と木の詩」という漫画。
 どちらもグランド・マザーの好みで、繰り返し思考しているらしい。詩的だという作風だとか、綺羅星のような登場人物について。
(…ふうむ…)
 ならば私も勉強すべきか、と思った「風と木の詩」。
 迷わずデータを全て引き出し、早速、読もうとしたのだけれど。
(……………)
 もう冒頭から唖然呆然、肌色満載のページが出て来た。男同士のベッドシーンで、それは激しく絡み合う二人。それこそ最初のページから。
(…この本は思考に値するのか!?)
 分からん、と投げたい気分だけれども、如何せん、グランド・マザーのお気に入りの本。途中で投げたとマザーに知れたら、自分が失脚しかねないから…。
(…ジルベール・コクトー…)
 「我が人生に咲き誇りし、最大の花よ」と始まる物語をヤケクソで読んだ。泣きの涙で。BLの趣味など無いというのに、忍の一字で。
(このジルベールの相手役がセルジュ…)
 褐色の肌の少年なのか、とスタージョン中尉と被った「セルジュ」。
 読み進めたら、パスカルという名の男も出て来た。無精髭のパスカルに激似の男で、セルジュとジルベールの周りを固める連中は…。
(どいつもこいつも、見たような奴らばかりではないか…!)
 私の部下だ、と遅まきながら理解した。どうしてセルジュでパスカルだったか、アクが強いか。


 グランド・マザーが好きな「風と木の詩」、何度も思考し続けるそれ。
 上手い具合に、面子が揃っていたらしい。セルジュにパスカル、彼らを取り巻く人物とそっくり同じな、名前や見た目の人材が。
(……風と木の国家騎士団員……)
 それを押し付けられたようだ、と気付いたからには、回避したいのが最悪の事態。
 幸か不幸か、まだ現れてはいない人物、その登場を避けねばならない。
「マツカ! …マツカはいるか!?」
 急いで来い、と肉声と通信と思念とのコンボ、大慌てで走って来たマツカ。とうに夜だったし、部屋でシャワーでも浴びていたのか、髪に水滴をくっつけて。
「お呼びですか?」
 大佐、と敬礼するマツカに、「この情報を皆に伝えろ」と顎をしゃくった。メモを差し出して。
「いいな、こういう名前の人物が来たら、門前払いをするように」
 決して配属させてはならん、と渡したメモに、マツカが目を落として…。
「ジルベール…。コクトーですか?」
「そうだ。ジルベールだろうが、コクトーだろうが、却下だ、却下!」
 特に金髪の奴は駄目だ、と念押しをした。「緑の瞳の奴も却下だ」と、そんなジルベールは特にいかん、と。
「…分かりました。ジルベールとコクトーは駄目なんですね?」
「ああ。マザー直々の選抜だろうが、断固、断る」
 絶対にジルベールを入れてはならん、と凄んだキース。もしも配属されて来たなら、他の部署に異動させるようにと。「キース・アニアンの部下にはさせん」と。
 かくして忠実なマツカは駆け去り、命令は周知徹底されて…。


(…キース・アニアン…。私の好意を無にするとはな…)
 もう少しで「風と木の国家騎士団」が完成していたものを、と呻くグランド・マザー。
 やっとのことで「理想のジルベール」を発見したのに、受け入れ先が無かったから。辺境星域の基地に戻すしかなくて、キースの部下には出来なかったから。
(…ジルベールさえ送り込めていたなら…)
 耽美な騎士団になったものを、とグランド・マザーが嘆いている頃、キースの方は…。
「よくやった、マツカ! 断ったのだな、ジルベールを?」
「はい。ですが、良さそうな人材でしたよ?」
 成績優秀、見た目も上品な美少年で…、と答えるマツカは何も知らない。「風と木の詩」という漫画のことも、グランド・マザーの隠れた趣味も。
「どんなに優秀な人材だろうと、ジルベールだけは御免蒙る!」
 下手をしたなら規律が乱れてしまうからな、と吐き捨てるキースにBLの趣味は無かった。
 欠片さえも持っていないのだけれど、濃すぎる部下たち。
(…グランド・マザーが選んだせいで…)
 ずっと奴らと珍道中か、と尽きない苦悩。
 ジルベールの登場は阻止したけれども、他は揃っているものだから。傍から見たなら、リーチでテンパイ、そんな具合の面子だから。
(…ジルベールだけは来てくれるなよ…)
 私はマザーのオモチャではない、と握った拳。
 「風と木の詩」に萌えてはいないし、思考する趣味も持ってはいない。軍人の世界に「耽美」は不要で、そんなブツなど持ち込めば負ける。
 「部下のせいで敗れてたまるものか」と、「ミュウに勝たねばならないからな」と…。

 

          風と木の騎士団・了

※アニテラに出た「風と木の詩」な面子。セルジュとパスカルしか分からなかった管理人。
 なんとも濃かった騎士団だ、と思ったトコから、こういう話に。ジルベール不在でしたしね。








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(…しつこいんだから…)
 なんて機械だ、とシロエが叩いた机。
 E-1077の個室で、マザー・イライザが消え失せた後に。
 感情の乱れを感じ取ったら、「どうしましたか?」と現れる幻影。
 機械に監視されている証拠で、心まで盗み見ているそれ。
 怒りを口にしてはいないし、何かに記したわけでもない。
 けれど、何処からか読み取られる。心を乱してしまった時は。
(…機械なんかに…)
 何が分かる、と言いたいけれども、同期生たちは挙って褒め称える。
 このステーションのメイン・コンピューター、マザー・イライザの素晴らしさを。
 「あんなに優れた母親はいない」と、「何でも理解してくれている」と。
 成人検査で彼らが別れた、故郷の養母。十四年間、彼らを育てた母親。
 その母よりも「ずっと素晴らしい」と、「必要なものは全て与えてくれるから」と。
 慰めに励まし、時には叱って、皆を導くマザー・イライザ。
 名前の通りに「母」に相応しいと、彼女こそが「母親の鑑」だとも。
 所詮、機械だと思うのに。
 膨大なデータを持っているなら、何にでも答えを出せて当然だと思うのに。
(計算も出来ないコンピューターなんか…)
 出来損ないだよ、と嘲笑いたくもなるけれど。
 実際、笑ってやるのだけれども、そのイライザに悩まされる。
 何かあったら、母親面して現れるから。
 故郷の母に似せた面差し、それを持っている機械の幻影。
(…人が親しみを覚える姿で…)
 現れるように出来ているから、マザー・イライザは母に似ている。
 もう顔さえもおぼろにぼやけた、懐かしい母に。
 夢の中でしか、その顔立ちを見ることが出来ない、優しかった母に。


 マザー・イライザが現れた時に、心に幾らか余裕があったら、描き留める姿。
 母の姿に似ているのならば、絵を描く間に本当の母を思い出せるかもしれないから。
 ある日突然、「これがママだ」と思う姿を、描ける日が来るかもしれないから。
(でも、あれは…)
 母の姿を真似てみせるだけの、忌まわしい機械。
 幻影が現れるのはまだマシな方で、コールを受けてしまった時には…。
(…呼び出される度に、何か失う…)
 そう確信している、イライザのコール。
 マザー・イライザが姿を現す、ガランとした部屋。女性の彫像が置かれた場所。
 大理石のように見える室内、其処が一面の草原のようになったなら…。
(ベッドが出て来て、其処に寝かされて…)
 眠りなさい、と命じる言葉に逆らえない。
 どう頑張っても、歯を食いしばって抗ってみても、引き摺り込まれる眠りの淵。
 歌うように響く、マザー・イライザの声。
 「導きましょう」と。
 より良い道へ進めるようにと、「それが私の役目ですから」と。
 コールを受けて呼ばれた者たち、彼らは誰でも口を揃えてこう言うもの。
 「コールの後では心が晴れる」と、叱られた時でも晴れやかな顔で。
(…そりゃあ、軽くもなるだろうね)
 マザー・イライザは、「悩みの種」を心から消してしまうのだから。
 時には悩みがあったことさえ、分からなくなるほどだから。
(呼ばれて喜ぶ奴らはいいけど、ぼくの場合は…)
 失うものが多すぎるんだ、と噛んだ唇。
 コールの度に薄れて消えてゆく記憶、辛うじて心に残っていたもの。
 成人検査を受けるよりも前に、自分が心に刻んだもの。
 それが少しずつ消えてゆくのは、マザー・イライザが端から消してゆくからなのだ、と。


 なんとも忌々しい機械。
 心を盗み見、記憶まで奪ってゆくコンピューター。
 どうして此処の候補生たちは、あんな機械に従えるのか。
 従うどころか、「母親のように」慕えるのか。
 けれど、そう思うのは、どうやら自分一人だけ。怒り、苛立つのも自分だけ。
 そんな自分を従わせようと、あの手この手のマザー・イライザ。…そう、今日のように。
 「どうしましたか?」と親切そうに現れてみては、心に入り込もうとして。
(…ぼくは、機械に隙なんか…)
 見せるもんか、と握り締める拳。
 心の弱さを見せたら負けると、大切なものを失うだけだと。
 成人検査で、テラズ・ナンバー・ファイブに記憶を奪われたように、きっと此処でも。
 ある日、気付いたら、両親や故郷を懐かしむ心も、すっかり失くしているだとか。


 他の候補生たちがどうであろうと、ぼくは機械に懐きはしない、と誓った心。
 友達の一人もいないままでも、かまわないから、と思って生きて。
(…迷える子羊…)
 とある講義で、耳慣れない言葉を聞かされた。
 エリート候補生を育てるためには必須の科目の、宗教学概論。
 機械が治める時代とはいえ、人には「神」が必要なもの。
 その「神」について教える講義で、教官が話した聖書の一節。
(百匹の羊を飼っている人がいて、その中の一匹が迷子になって…)
 行方不明になってしまったなら、残りの九十九匹を置いて、探しに行くのが神だという。
 何処に行ったか分からない羊、それを探しに。
 あちこち探して見付け出したら、その一匹のために「とても喜ぶ」ものだとも。
 それほどに神は慈悲深いもの、というのが講義のポイント。
 人間は誰もが神の羊で、神は「心優しき牧者」だとも。
(……神様ね……)
 本当に神がいると言うなら、救って欲しいと心から思う。
 機械の言いなりになって生きる人生、こんな地獄から一刻も早く。
 自分以外の九十九匹、それが安穏と暮らしているなら、彼らのことは放っておいて。
 今も荒野を彷徨い続ける、迷ってしまった「セキ・レイ・シロエ」という羊を。



(だけど、神様は助けになんか…)
 来やしない、と部屋に帰っても波立つ心。
 神様よりかは、きっと頼りになると思えるのがピーターパン。
 夜空を飛んで来てくれる彼は、神よりもずっと頼もしい。
(ピーターパンは子供の味方で、ネバーランドに連れてってくれて…)
 羊を飼ってる神様よりも、本当に頼りになるんだから、と思った所で気が付いた。
 百匹の羊を飼っている神と、其処から迷い出た一匹の羊。
(…マザー・イライザと、ぼくみたいだ…)
 九十九匹の羊は大人しく群れているのに、行方不明の羊が一匹。
 好奇心旺盛な羊だったか、はたまた何かに驚いたのか。
 いずれにしても群れを離れて、放っておいたら狼の餌食かもしれないけれど…。
(羊には羊の都合ってヤツが…)
 存在しないとどうして言える、という気分。
 マザー・イライザが羊飼いなら、自分だったら全力で逃げる。
 逃げ出した先が荒野であろうと、狼の遠吠えが響こうとも。
(…食べる草なんかは何処にも無くって、飢えて死んでも…)
 このまま飼われて、記憶を全て失うよりかは、ずっといい。
 狼の餌食になったとしたって、懐かしい故郷を、両親の記憶を失くさないままで死ねるなら。
(飼われたままだと、いつか何もかも…)
 失くしそうだ、と恐れる自分。
 だから抗い、逆らうけれど。
 マザー・イライザを嫌うけれども、追って来るのが憎らしい機械。
 何処へ逃げようとも、「どうしましたか?」と。
 幻影を見せて追って来る日や、コールサインで呼び出される日や。


 本当に恩着せがましい機械。
 迷い出た羊は放っておいてくれればいいのに、しつこく探しに来る機械。
(…そんな機械に懐いてる奴は…)
 羊なんだ、と掠めた思い。
 「此処にいるのは、みんな羊だ」と、「マザー牧場の羊なんだ」と。
 神に飼われた羊だったら、まだしもマシな気がするけれど。
 人間は誰でも神の羊ならば、それに異論は無いけれど。
(…神様ならいいけど、機械に飼われている羊なんか…)
 ただの屑だ、と思えてくる。
 機械の言いなりに生きている羊、自分自身の考えさえも無さそうな「群れた羊」たち。
 マザー・イライザが導くままに、右へ左へと歩いてゆく。
 九十九匹で群れを作って、行方不明の一匹のことは考えもせずに。
(…羊だよね…)
 此処にいる候補生たちは、と唇に浮かべた皮肉な笑み。
 マザー・イライザが連れ歩く羊、「マザー牧場の羊」たちが暮らすステーション。
 連れて来られて間もない間は、群れから離れてゆきそうな羊もいるけれど…。
(じきにイライザに飼い慣らされて…)
 マザー牧場の羊になるんだ、とクックッと笑う。
 「そんな道は、ぼくは御免だね」と。
 神が羊を飼っているなら、その羊でもいいけれど。
 機械仕掛けの羊飼いには、けして自分は懐きはしない。
 一匹だけ群れをはぐれた挙句に、荒野で飢え死にしようとも。
 狼の牙に喉を裂かれて、血染めの最期を遂げようとも…。

 

        イライザの羊・了

※シロエと言えば「マザー牧場の羊」発言ですけど、羊なんか何処で見たんだろう、と。
 エネルゲイアに羊の群れはいそうにないし、と思った所から出来たお話。羊ならば聖書。







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「発射ぁ!」
 キースの叫びと共に放たれた、メギドの炎。地獄の劫火と称される、それ。
 ジルベスター・エイトを貫いた火は、遥か彼方のモビー・ディックへと向かったけれど。ミュウたちを滅ぼす筈だったけれど、それはジルベスター・セブンでのこと。いわゆるナスカ。
 巻き添えとばかりに大穴が開いた第八惑星、ジルベスター・エイト、其処が問題。
(………)
 崩れゆく星でムクリと動いた生き物。人類が承知していないブツ。
 SD体制が始まるよりも遠い昔に、ジルベスター・エイトはパラダイスだった。其処で生まれた幾つもの命、けれど不幸にも止まった進化。どういうわけだか。
 爬虫類まで進んだ所で終わってしまって、最後にいたのはイグアナたち。
 そのイグアナも、生きてゆけなくなった星。「もう駄目ぽ」と滅びてゆく中、神の気まぐれか、悪戯なのか、眠りに就いたヤツが一匹。
(…………)
 長い長いこと眠ったイグアナ、そいつが叩き起こされた。メギドの炎で。
 星に大穴が開くほどの衝撃、目覚めない方がどうかしている。その上メギドは、惑星改造用にと作られたヤツを、国家騎士団が兵器に転用したものだから…。
(……………)
 普通のイグアナと多分、変わらなかった筈のイグアナ。
 メギドの炎を浴びたお蔭で、「彼」は巨大化してしまった。それは素敵なビッグサイズに。
 目を覚ましたら星はメチャメチャ、もはや住む場所も無さそうな感じ。
 イグアナの頭でも理解できたこと、「アレが悪い」と。
 宇宙空間に群がっている人類軍の船と、それからメギド。「アレが壊した」と、長らく暮らした我が家がパアになったのだ、と。
 いくらイグアナでも、これで怒らないわけがない。「いてもうたるねん」と思うのが普通。
 とっくに「ただのイグアナ」ではなくて、もはや大怪獣だから…。


『何か来ます!』
 マツカがキースに送った思念波。
 他の部下も、「前方より、高エネルギー体、高速接近中!」と言ったものだから、「来たか」と期待したのがキース。「伝説の獲物がやって来たな」と。
 当然、キースが待っていたのはソルジャー・ブルー。伝説のタイプ・ブルー・オリジン。
 ところがどっこい、宇宙空間に現れた「高エネルギーを纏ったもの」は…。
「パギャーーーッ!!!」
 雄叫びを上げて、ジルベスター・エイトから飛び出して来た大怪獣。怒れるイグアナ。
 「元イグアナ」で、今の姿はさながら「ゴジラ」といった所か。
 彼は遠慮なく口から火を吐き、人類軍の船を焼き払った。レーザー砲で攻撃されても、大怪獣の皮は傷つきもしない。
 「ウゼエ奴らだ」と言わんばかりに船を掴んで、千切っては投げ、千切っては投げ…。
「しょ、少佐! あれはいったい…!?」
 大慌てなのがキースの部下たち、キースも実はビビッていた。ソルジャー・ブルーなら、来ても少しも驚かない。返り討ちだと思っていたのに、想定外のブツが来たわけだから。
 けれど腐っても機械の申し子、「落ち着け!」と怒鳴って撃ち落とすつもり。メギドの次弾で、宇宙に出て来た大怪獣も。
 きっと一撃で倒せる筈だ、と考えているキースは知らない。
 大怪獣の正体は「ただのイグアナ」、それがメギドの炎で巨大化したなんて。第二波攻撃をブチかましたなら、火に油を注ぐような結果が待っているなんて。


 大怪獣が暴れている頃、キースが期待をかけた人物、そちらも現れたのだけど。
 ソルジャー・ブルーが懸命に宇宙を駆けて来たけれど、三世紀以上も生きた彼でも、目を疑った大怪獣。「いったい、何が?」と。
(…どう見ても巨大生物なんだが…)
 それが人類軍を攻撃している、と把握した現状。多分、ミュウとは違った事情で、人類軍を敵と見做した生物。半端ない大きさで口から炎まで吐いて、蹴散らしている人類軍の艦隊。
(…ぼくはどうすれば?)
 このまま行ったら自分の出番も無いのでは、と思う怪獣の暴れっぷり。再点火中らしきメギドに向かって進撃中だし、あの勢いならメギドも沈む。何発かガンガン殴ったならば。
(任せておくか…?)
 アレに、とチラと考えたけれど、伝わってくる人類軍のパニックぶり。
 お蔭で分かった、メギドとドッキングしている赤い船のこと。旗艦エンデュミオン、あの中にはキースが乗っている。大怪獣の怒りに任せて、メギドごと沈めてもいいのだけれど…。
(此処でキースが死んでしまったら…)
 破壊力抜群の怪獣のことが、他の人類にも伝わるかどうか。なんとも使えそうな怪獣。
 上手く自分が手なずけたならば、この先、きっと役に立つ。物凄い生物兵器として。
(…とりあえず、ぼくと目的は同じなんだから…)
 ちょっと一緒に戦ってみるか、とメギドに向かって飛ぶことにした。予定通りに。
 「聞け、地球を故郷とする全ての命よ」と、もはや誰も聞いてはいない思念を送りながら。青いサイオンの光の尾を曳き、まっしぐらに。
 人類軍の方では「ミュウまで出て来た」と更なる騒ぎで、同士討ちまでしている始末。
 それを「愚かな」と悲しみ、なおも飛んで行ったら…。


 不意に反応した大怪獣。炎を吐くのを一旦やめて、「なんだ?」とブルーに向けられた目線。
 だからダメ元で飛ばした思念。「敵じゃない」と。
 「ぼくは志を同じくする者だ」と、「あそこのメギドを沈めたいだけだ」と。
 そしたら返った「パギャーーーッ!」という声、何故だか通じてしまったらしい。怒りに燃える大怪獣に。人類軍もメギドも壊すつもりの破壊大王に。
『分かるのか? それなら、あそこの赤い船は避けて…』
 メギドを壊せ、と思念を送れば、暴れ始めた大怪獣。墓標みたいな巨大なメギドを、ガンガンと足や尻尾で殴って。口から炎も吐きまくって。
 そうこうする内に発射されたメギド、けれど照射率は激しく低下で、大怪獣にはエネルギー源と言ってもいいのが炎だから…。
(…そうか、こいつはメギドの炎で生まれた怪物なのか…!)
 何処から来たのか分からないが、と理解したのがソルジャー・ブルー。怪獣とはいえ、思念波でこちらの意志が伝わるなら、やはり大いに役に立つ。
 キースの船は爆発するメギドを離れて逃げて行ったし、怪獣の威力は人類軍に広まるだろう。
 そうとなったら、此処は怪獣と仲良くなって…。
『ぼくと一緒に戦うか?』
 お前の敵は逃げたようだが、と尋ねてやったら、大人しくなった大怪獣。暴れもしないし、火も吐きはしない。代わりにスリスリ寄って来た。まるで巨大な猫みたいに。
『そういうことなら…。シャングリラを追って旅をしようか』
 シャングリラというのは、ぼくたちの船だ、と思念を送ると、頷くような気配が返った。一緒に行かせて貰います、という風に。…言葉は話さないけれど。


 そんなこんなで、ソルジャー・ブルーが手なずけてしまった大怪獣。元はイグアナ。
 アルテメシアを陥落させたジョミーたちとも無事に合流、ミュウはとんでもない生物兵器を手に入れた。メギドの炎も平気で食らう怪物を。どんな兵器も、まるで役立たない怪獣を。
「ブルー、次の星でもお願い出来ますか?」
 今回、ちょっと手強そうなので、とジョミーが頼みに出掛けた青の間。
 トォニィたちだけで攻めてゆくより、例のモスラを出したいんです、と。
「ああ、モスラ…。かまわないけれど、アレはモスラと言うよりは…」
 ゴジラなんだと思うけどね、とブルーが入れた訂正。「ゴジラとモスラは、全く違う」と。
 SD体制が始まるよりも遥かな昔に、人間たちが地球で作った怪獣映画。それがゴジラやモスラなるもの、大怪獣の姿はゴジラに酷似。
 ゆえにブルーの目から見たなら「ゴジラ」だけれども、船では「モスラ」で通っている。
 モスラは巨大な蛾の姿だから、全く似てはいないのに。誰が見たってゴジラだろうに。
「それは分かってるんですが…。モスラに思念を伝えられるのは、あなただけですし…」
 モスラには「小美人」がセットですから、というのがジョミーの言い分。シャングリラの仲間もそれで納得、「小美人」はモスラと意思の疎通が出来た双子の妖精。
 よってブルーは「モスラ」を使える「小美人」なわけで、何度も担ぎ出される有様。
 「今度もよろしく」と、「次もモスラを使いたいので」と。


 こうして人類軍を撃破しまくり、シャングリラはついに地球まで行った。問答無用で。
 国家主席のキースの方でも、「交渉のテーブルを」などと言える立場ではなくて、悠々と降りたミュウたちの守護神、今は「モスラ」と崇められている大怪獣。
『ユグドラシルを壊して来い。…それと、その地下のグランド・マザーだ』
 もう人類は全員、地球から逃げ出したから、とブルーが命じて、ゴジラは派手に暴れまくった。
 「この星のせいで、俺の故郷がパアになった」と恨みをこめて。
 「此処を第二の故郷にするねん」と、「住みやすい星にしてやるねん!」と。
 ズシンズシンと破壊しまくり、口から炎を吐きまくり。
 メギドの炎が生んだ怪獣、元はイグアナだった「モスラ」は夜を日に継いで暴れ続けて…。
「…ブルー、モスラが消えたんですが…!」
 ついでに地球が青いんですよ、とジョミーが駆け込んで行った青の間。「外を見て下さい」と。
「…本当だ…。それじゃ、ゴジラは…」
 神様の使いだったのだろうか、と首を捻ったブルーは、暫く後に「モスラ」に出会った。視察をしようと降りた地球の上で、それはのんびりと日向ぼっこをしているイグアナに。
 とても懐かしい気配が漂う、普通サイズになった「モスラ」に。
『…もしかして、君は…』
 あのゴジラかい、と訊いたブルーの足元、スリスリと寄って来たイグアナ。
 大穴が開いたジルベスター・エイトの代わりに、地球を第二の故郷に選んだゴジラなイグアナ。
 誰もがビックリ仰天だけれど、イグアナは宇宙を、地球を救った。
 メギドの炎で怪獣になって、暴れた末に。ミュウと一緒に戦った末に。
 青く蘇った地球の上には、元はゴジラでモスラなイグアナ。毎日のんびり日向ぼっこで、友達のブルーの手からおやつを貰ったりして。
 二度と火なんか吐いたりしないで、自分が作った青い水の星、気持ちいい地球に大満足で…。

 

         ミュウたちのゴジラ・了

※タイトルに使うのは「ゴジラ」か「モスラ」か、少し悩んだ管理人。どっちがいいんだ、と。
 「シンゴジラがあったし、ゴジラの方で」と出した結論。それに姿もゴジラですしねv
 pixiv にUPする時には「ゴジラ」避けました、シンゴジラと間違われそうだから…。








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