(…思った以上に、数は多いというわけか…)
ミュウ因子の保持者というモノは…、とキースが心でついた溜息。
旗艦ゼウスの指揮官室で、ただ一人きりで。
ミュウの艦隊を迎え撃つべく、ソル太陽系に展開させた人類軍の船。
かつてない規模の艦隊だけれど、果たしてミュウに勝てるのかどうか。
首都惑星のノアを放棄してまで、捨て身の戦法に出てはみたものの…。
(…人質まで使うことになるとはな…)
ジュピター上空にある、ミュウの強制収容所。
コルディッツの名で呼ばれる「それ」。
ノアへの入国審査などで「発覚した」ミュウ因子の保持者たち。
彼らを送る施設といえども、今は「それだけではない」、其処に収容された者。
(……ジャンもあそこに……)
送ったからな、と忠実だった部下を思い浮かべる。
パスカルよりも大柄なジャンは、優秀な国家騎士団員の一人でもあった。
「国家騎士団総司令」に対する数々の暗殺計画、それに関わった人物の処理を任せたほどに。
パスカルと組ませて、レベル10の心理探査の実施に当たらせたり、といった具合に。
けれど、そのジャンは「もういない」。
念のためにと、ソル太陽系に布陣する前に、下士官たちに行った検査。
ミュウ因子を保持しているのか、否か。
引っかかる者など、いない筈だと思っていたのに…。
(…ジャンと、マードック大佐の部下が数人と…)
他にも何人もの「軍人たち」が、「ミュウ因子の保持者」と判明した。
彼らの行先は、一つしかない。
ミュウ因子を持っているというなら、「処分される」か、強制収容所に「送られる」か。
ジュピター上空のコルディッツに行くか、その場で撃ち殺される以外に道はない。
彼らを閉じ込めてある「コルディッツ」さえも、駒に使うことになるミュウとの戦い。
ミュウの艦隊が地球を目指すのであれば、コルディッツをジュピターに落下させる。
そういう脅しで、ミュウ因子の保持者は格好の人質。
ソルジャー・シンが「どう出てくる」かは、ともかくとして。
ミュウの艦隊を指揮するソルジャー。
かつて出会った、ジョミー・マーキス・シン。
ジルベスター・セブンで会った頃の彼は、「まだまだ甘い」人間だった。
(…甘すぎるとまで思ったものだが…)
あれでは、とても人類軍とは戦えまい、と思ったほどに。
捕えた「キース」に尋問はしても、「それ以上」は考え付かなかったらしい。
拷問はおろか、人質に取って有効活用することさえも。
(…もっとも、たかがメンバーズの一人くらいを…)
人質にしても、結果は知れていただろう。
他に「いくらでも代わりはいる」から、メギドの炎は容赦なく彼らを滅ぼした筈。
彼らが「キース」を盾に取っても、他の誰かが指揮官になって、「キースごと」。
(…マードック大佐にでも、可能だったろうな…)
艦隊の指揮権を彼に任せて、「キースごと撃て」と命令したなら、実行された。
グランド・マザーが「それ」を望むなら、メギドが直接、送られて来て。
「代わりのメンバーズ」は着任しなくても、ソレイドの最高責任者として、指揮すればいい。
目標はジルベスター・セブン、とだけ決めて。
「キースごと」滅ぼすことになっても、モビー・ディックも、あの赤い星も撃って。
(…グランド・マザーが、どう出たのかは分からないがな…)
ジルベスターの頃には、自分でも「全く知らなかった」生まれ。
人類の指導者となるべく、「無から作られた」生命体。
それが「キース」なら、グランド・マザーが「惜しんだ」可能性もある。
代わりになれる者は「誰もいない」だけに、モビー・ディックごと撃てはしなくて。
(…ジョミーが、私を人質に取れば…)
時間稼ぎは出来たのかもしれない。
あるいは「無傷で」、ジルベスター星系を後にすることも。
そういう選択肢もあったというのに、「甘かった」ジョミー。
「対話」にこだわり、チャンスを逸した。
挙句に、おめおめと「キース」を逃がしてしまって、ジルベスター・セブンを失ったほど。
指導者としては、まだ本当に甘かったのに…。
今のジョミーは「そうではない」。
同じ人間なのかと思うくらいに、「ソルジャー・シン」は変貌を遂げた。
(…冷徹無比な破壊兵器か…)
それは私の渾名だったが、と皮肉な笑みすら浮かべたくなる。
今では「ジョミーが」そうだから。
かつての「キース」を上回るほどの、誰もが恐れるミュウの指導者。
降伏を告げた人類軍の救命艇さえ、容赦なく爆破してゆく男。
いくら「キース」でも、それは「やらない」し、「やってはいない」。
(……ミュウが相手なら、そうするのだがな……)
同じ人類が相手だった時は、降伏したなら、その命までは奪っていない。
「冷徹無比な破壊兵器」でも、「守らなければならないこと」は存在する。
軍規だの、他にも色々と。
降伏した者まで殺していたなら、今、この地位に立ってはいない。
けれど、相手がミュウであったら、話は違う。
彼らは「処分すべき存在」、あのコルディッツに集めた輩を人質に使っているように。
ミュウの艦隊が強引に進んで来るというなら、ジュピターに落として命を奪う。
その作戦でゆくのだけれども、問題は「ジョミー・マーキス・シン」。
彼が本当に「血も涙もない」指導者として立っているなら、人質などは…。
(…きっと、意味さえ無いのだろうな…)
ソル太陽系を、地球を目指すためなら、同胞の命も無視してかかる。
モビー・ディックを地球へ向かわせるために。
「コルディッツを落下させる」と脅しをかけても、聞く耳さえも持たないままで。
ただ真っすぐに「地球を目指して」、ミュウの艦隊は進んで来るだけ。
彼らの目の前で、コルディッツがジュピターに落下しようと。
収容されたミュウの命が、其処で潰えてゆこうとも。
(…さて、どう出る…?)
分からないが…、と「まるで読めない」ジョミーの動き。
「甘かった」頃のジョミーだったら、これで「効果がある」のだろうに。
人質を前にして慌てふためき、ミュウの進軍は止まるだろうに。
そうならないかもしれない「今」。
ソルジャー・シンは進軍を続け、コルディッツは「無駄になる」ことも起こり得る。
ただジュピターに落下するだけで、収容者たちが「死んでゆく」だけで。
あそこに送られたジャンや、マードック大佐の部下たちの命が奪われるだけで。
(…そうなれば、ジャンは無駄死にか…)
ミュウ因子さえ持っていなければ、今も活躍していたろうに。
これから先のミュウとの戦い、其処でも大いに役立ったろうに。
それを思うと「惜しい」し、「無駄死に」だとさえ考えてしまう。
ジャンが「ミュウ因子の保持者」だったからには、「ミュウと同じ」なのに。
戦い、倒すべき「敵」だというのに、彼を「無駄死に」だと思うなどとは…。
(……私も甘くなったものだな……)
かつてのジョミーを笑えはしない、と冷めたコーヒーのカップを傾ける。
「ミュウ因子の保持者だった部下」の命を惜しむとは…、と。
コクリと飲んだコーヒーの味で、ハッタと思い出したこと。
このコーヒーを淹れた「マツカ」はどうだったのか。
ジルベスター以来の側近のマツカ、彼こそ生粋のミュウだと言える。
ミュウ因子の保持者などとは違って、とうに覚醒しているミュウ。
それを承知で側近に据えて、ミュウ因子の有無を調べる検査を実施した時も…。
(…マツカに受けさせれば、確実にミュウだと分かるのだから…)
検査の前に「必要ない」と外しておいた。
「キース」自身が受けていないように、「検査を受けなかった者たち」はいる。
主に上級士官だけれども、下士官たちでも、検査実施時に特段の事情があった者たち。
任務に忙殺されていた者や、他にも様々な理由などで。
マツカの場合も、それに含まれる。
(…国家主席の身の回りの世話で忙しい、と…)
理由をつけて、リストの中から外させた。
そうして「マツカ」は、今も「此処にいる」。
コルディッツには行かずに、旗艦ゼウスに国家主席の側近として。
誰よりも「キース」の側近く仕え、誰にも「ミュウなのでは」などと疑われはせずに。
(……そのマツカをだ……)
いつか「戦いが終わった時」には、どうするのか。
ミュウとの戦いに有利だからと、「生かしている」筈の「ミュウのマツカ」を。
人類がミュウに勝利したなら、ミュウは悉く滅ぼされるけれど…。
(…マツカを処分するというのは…)
出来はしまいな、という気がする。
「ミュウだ」と誰にも気付かれなければ、処分の必要は「ない」のだから。
今と同じに側近のままで、マツカを「生かしておく」ことが出来る。
その選択をするのだろうと、自分でもとうに分かっている。
(……ジャンは無駄死にになる、と思ってみたり……)
マツカを「処分しないで」生かしておこうと考えていたり、「自分」は何処まで甘いのか。
きっと今なら、「ジョミー」の方が「冷たい」のだろう。
コルディッツをさえ見捨てかねない、冷徹なミュウの指導者の方が。
(…あいつよりも、私が甘いとはな…)
いつの間に逆転したのやら…、と思いはしても、この生き方で後悔は無い。
「マツカまで殺す」ようになったら、きっと「キース」は終わりだから。
指導者としては「それで良くても」、「人として」は、きっと「おしまい」だから…。
甘くなった自分・了
※アニテラのキースは、ミュウとの戦いに勝利した後は、マツカも処分だと言いましたけど。
どう見てみたって「口だけ」なわけで、こういう話になったオチ。人間味があるキース。
「やってられるかーっ!!!」
こんな訓練、とブチ切れたジョミー。
ソルジャー候補に据えられてからの「日課」で、言わば「お約束」。長老たちのシゴキにキレたら、即、ブチ切れ。講義の内容がウザかった時も。
でもって、キレた瞬間に…。
『またジョミーかよ…』
『ったく、自覚もクソもねえよな…』
本当にソルジャー候補なのかよ、とシャングリラ中で囁き交わされる思念。「今のを見たか?」だとか、「お前、聞いたか?」などと。
『ヒデエよなあ…。あいつの頭の中身は』
『何がサボリだよ、サボッてられる御身分か、ってえの!』
未だに上手く遮蔽が出来ない、「ミュウとも思えぬ」ソルジャー候補。キレたはずみに、船中にバラ撒く自分の思考。「サボリたい」なら、まだマシな方で…。
『ママの料理の方が美味かった、だあ!? この船を馬鹿にしやがって!』
『シャングリラの食堂をコケにするのも、アレだけどよ…』
マザコンじゃねえの、と誰かが漏らした思念。「何かってえと、ママ、ママ、なんだよ」と。
『あー、マザコン! そういや、船を飛び出して行った時にも…』
『家に帰せってぬかしたんだろ、ママの所に帰りたくってよ…』
そうか、あいつはマザコン野郎なのか、と一気に纏まった雑多な思念。「ジョミーはマザコンに違いない」という方向で。
そう決まったなら、なにしろミュウの船だけに…。
『アレも、コレも、こういうのもマザコン…』
『そう言えば、ああいう話もあって…。マザコンなら納得いくよな、うん!』
船のあちこちで「マザコン談義」で、ブワッと膨れ上がるのが「ジョミーのマザコン疑惑について」語り合う思念。
これが二十一世紀初頭の日本だったら、「炎上」と言われたことだろう。思念は派手に飛び火しまくり、大勢のミュウを巻き込みまくりで広がってゆく。
今日は「ジョミーのマザコン」について。昨日だったら、「サボリ根性について」。
そのシャングリラの心臓とも言える、コアブリッジ。
公園の上に浮かんでいるようにも見えるブリッジ、それの中枢になる円形の部分。
其処にドッシリ座ったキャプテン、彼に向かって報告が飛んだ。
「キャプテン! 今日も思念が異常に膨れ上がっています!」
「どうした、原因は何なのだ! またジョミーか!?」
「はい! ジョミーのマザコン疑惑について、凄いスピードとエネルギーで…」
皆の思念が駆け巡っています、とブリッジクルーが言うものだから、ハーレイは「またか…」と頭を抱えた。「これでは、思念の無駄遣いだ」と。
(……まったく……)
計器で計測できるくらいの「思念の膨張」。そのエネルギーは、半端ではない。モノが「つまらない」中身でなければ、どれほどのパワーを発揮することか。
(…防御セクションに回してやったら、ステルスモードの維持は楽勝で…)
サイオン・シールドにしても、素晴らしい出力を保持することだろう。ジョミーの爆発騒ぎの時と同じに、バンカー爆弾でガンガン攻撃されたって…。
(このシャングリラは、ビクともしないぞ!)
サイオン・キャノンも、斉射何連ブチかませることか。今の船だと、せいぜい三連。
けれども、異常なまでに膨れ上がって「広がりまくる」思念を転用出来たなら…。
(斉射六連は軽くいけそうで…)
なおかつ、ステルスモードも、サイオン・シールドも、フルパワーで運用可能と見た。それほどの皆の「思念の統一」、キャプテンの目で見れば、なんとも惜しい。
(…これが下らん思考でなければ…)
使えるものを、と思ってみたって、「くだらない」思考だからこそ、纏まるパワー。
命令したのでは、こうはいかない。ジョミーが爆発した時の騒ぎ、あれで充分に学習済み。
(防御セクションは集中を切らすな、と怒鳴ってもだな…!)
返って来た答えは、「皆、動揺しています! とても思考が纏まりません!」という、実に情けないモノだった。
(爆撃されて、パニックだったら…)
助かりたいと思う思考を纏めんかい! と怒るだけ無駄。ミュウは繊細な生き物だけに、タフには出来ていないもの。たとえ命の危機であっても、パニクったら終わり。
(……ったく、あの時はサッパリだったくせに……)
どうして、こんな所で無駄にパワーを使うのだ、とキャプテン・ハーレイの苦悩は尽きない。たかがジョミーの「くだらない思考」、それをネタにして盛り上がれるのなら…。
(…ミュウの未来というヤツをだな…!)
もっと、しっかり考えんかい! と今日も眉間に皺を寄せつつ、「少し外す」と立ち上がった。そろそろ青の間に行かねばならない。寝込んだままのソルジャー・ブルーに、報告をしに。
(…ソルジャー・ブルーが、今のようになってしまわれたのも…)
ジョミーのせいというヤツで…、とハーレイは心で愚痴りながら船内を歩いてゆく。ジョミーは無駄なエネルギーばかり「使わせる」馬鹿で、どうにもならない、と。
(せめて、ソルジャー候補らしく、だ…)
ブチ切れるのをやめて、大人しく訓練に励んでくれれば…、と青の間に足を踏み入れ、スロープを上がって、「ソルジャー」と声を掛けた。ベッドの上にいる人に。
「本日の報告に参りました。…特に変わりはございません」
「分かっている。だが、今日もジョミーは噂の的だな」
ゆっくりと開いた、ソルジャー・ブルーの赤い瞳が瞬きをした。「また炎上か」と。
「…は? 何処も燃えてはおりませんが…?」
事故の報告は入っておりません、と律儀に答えたキャプテン・ハーレイ。機関部はもちろん、厨房でさえも炎上騒ぎは起こってはいない。ほんの小さなボヤさえも。
「そういう火事の話ではない。ずっと昔の俗語のようなものだろうか」
「…俗語ですか?」
「ああ。元ネタはくだらない話だったり、失言だったり、原因の方は色々なのだが…」
燎原の火のように、アッと言う間に広がりまくって、騒ぎになるのを「炎上」と呼んでいたのだそうだ、とソルジャー・ブルーは博識だった。
今のジョミーを巡って、船内を騒がせまくる思考の渦。それはまさしく炎上だろう、と。
「炎上という言葉があったのですか…。確かに厄介ではあります」
無駄にパワーを使うばかりで…、とハーレイは顔を顰めたのだけれど。
「その件なんだが…。ものは考えようとも言う。馬鹿と鋏は使いよう、だとも」
「はあ…?」
「後で、ゼルたちを集めてくれ。ぼくが直接、話をしよう」
この件について…、とブルーは静かに瞳を閉じた。「続きは、其処で話すことにする」と。
かくして、青の間に呼び集められた長老たち。その日のジョミーの訓練が終わって、夕食なんかも済ませた後に。
キャプテンを先頭にして集まった五人、ブルーはベッドに上半身だけを起こして…。
「ジョミーの件で話がある。炎上騒ぎには、気付いているな?」
「そりゃまあ、ねえ…? あたしも、初めて聞く言葉だったけどさ」
炎上とは上手く言ったもんだ、とブラウは感心しきりだった。他の面子も、ハーレイから既に聞いてはいる。「炎上」とは何を指しているのか。
「知っているなら、話は早い。…ゼル、君はあの件をどう思う?」
船中を巻き込む炎上騒ぎについて…、とブルーの瞳が見据えた先。機関長のゼルは、メカにはめっぽう強い。このシャングリラを改造した時も、陣頭指揮を執っていた。
「…エネルギーの無駄遣いじゃな! あれだけの思考が出来るんじゃったら、もう少し…」
マシな使い方が出来んものか、とゼルも「無駄遣い派」に属する一人。ハーレイが、そうであるように。
「やはり、君の意見もハーレイと同じか…。実は、ぼくもだ」
あの「炎上」を上手く使えはしないだろうか、とブルーの口から飛び出した言葉。この先も炎上は続くだろうから、今の間に思考を転用する方法の検討を、と。
「ソルジャー!? あの、くだらない思考を使うと仰るか!」
今日のテーマはマザコンですぞ、とゼルはワタワタしているけれども、ブルーの方はマジだった。無駄にエネルギーを使うよりかは、活用する方が前向きだ、などと大真面目な顔で。
「たとえ中身が何であろうと、強力な思考には違いない。…そうではないのか?」
「それはそうですが…。しかし、ソルジャー…!」
マザコン疑惑のような炎上騒ぎを、どうお使いになると仰るので…、とハーレイも慌てるしかない状況。「マザコンで船が守れるのか?」と眉間の皺を深くして。
「使い道は色々あるだろう? 現に、君だって考えた筈だ。…今日も、ブリッジで」
サイオン・シールドにサイオン・キャノン斉射六連ではなかったのか、とソルジャー・ブルーは全てをお見通しだった。炎上騒ぎのエネルギーで「何が可能か」を。
「…ふうむ…。確かに凄いエネルギーなんじゃが…」
しかしじゃな…、とゼルは後ろ向き。「くだらない思考」で船を守るというのはどうか、と潔癖症なエラさながらに。
「そういう場合じゃないだろう? 我々の悲願は、何だったのだ?」
地球に行くことではなかったのか、とブルーは何処までも鋭い瞳。ミュウの未来を手に入れるためには、手段は選んでいられない、とも。
「……そうかもしれん……。ならば、あの炎上のエネルギーをじゃな……」
他の方向に向けられるように、ちと研究をしてみるわい、とゼルが引っ張った髭。ヒルマンと共に研究を重ね、シャングリラのために使ってみよう、と。
「それでいい。…よろしく頼む」
たかが炎上でも無駄にするな、とソルジャー・ブルーが重々しく頷いたものだから…。
ゼルやヒルマンたちは、頑張った。ジョミーの訓練を続ける傍ら、くだらない思考を「別の方へと」転用させる研究を。
そうして、ついに完成したシステム。どんな「くだらない思考」だろうが、皆の思考が纏まりさえすれば、防御セクションだの、攻撃セクションだのに、そのエネルギーを向けるというもの。
「ソルジャー、なんとか出来上がりましたぞ!」
ゼルが報告に飛び込んで来た時、またもジョミーがブチ切れた。「やってられるか!」と、それはゴージャスに。…他の長老たちは、訓練に行っていたものだから。
『またジョミーだぜ? 飯が不味いってよ』
『ママの料理が食べたいです、って? マザコン野郎が…!』
あんなマザコンがソルジャー候補とは、世も末だよな、とブワッと膨れ上がってゆく思考。いつもの炎上騒ぎだけれども、即、ブリッジから青の間に入って来た通信。
「ソルジャー! サイオン・シールド、只今、出力最大です!」
サイオン・キャノンも斉射六連いける勢いです、と興奮した声のキャプテン・ハーレイ。ここまでのパワーは未だかつて無いと、「今のシャングリラは無敵です!」とも。
「どうじゃ、ソルジャー? いい感じに出来たと思うんじゃが…」
「そのようだ。このシステムは、今後、大いに役に立ってくれることだろう」
ミュウは弱いが、炎上したなら無敵になれる、とニンマリと笑んだソルジャー・ブルー。
そしてシステムは、それから間もなく出番を迎えた。雲海に潜むシャングリラの位置を特定され、衛星兵器で超航空から攻撃を食らった時のこと。
「この非常時に、ジョミーは何をしておるんじゃ…!」
サボリか、とゼルが詰った、ジョミーの不在。それはたちまち船中に知れて、「いないだなんて、クズ野郎が!」と一気に炎上。
なまじ攻撃でパニックなだけに、怒りのエネルギーは凄まじかった。「あのボケが!」だとか、「死んで詫びやがれ!」だとか、シャングリラ中を巻き込んで。
よってシステムはエネルギーMAX、完璧に張れてしまったシールド。サイオン・キャノンも斉射六連、衛星兵器は木っ端微塵に破壊されてしまい…。
「え、えっと…? ぼくがいない間に、何かあったわけ…?」
オタオタと船に戻ったジョミーは、もはや誰からも期待されてはいなかった。ジョミーがいなくても船は守れたし、この勢いなら地球に行くのも夢ではないだけに。
『ジョミー。君は今まで通りでいい』
炎上要員として頑張りたまえ、とのブルーの通達。思念で、船の全員に向けて。
『我々は弱い。だが、今、最強のエネルギー源を手に入れた!』
ワープしよう、というブルーの命令。「今こそ、地球に旅立つ時だ」と力強く。
シャングリラは「惑星上からの直接ワープ」でアルテメシアを離れ、宇宙へと出てもジョミーは炎上要員。皆の「くだらない思考」で叩かれる度に、シャングリラは「より強く」なってゆく。叩かれるジョミーも、フルボッコに遭う度、少しずつ強くなるものだから…。
より増してゆく「炎上」エネルギー。ひたすらジョミーを叩くためにだけ、ジョミーが「強く」なればなるほど。炎上が激しくなってゆくほど、シャングリラは強さを増す一方で…。
「ソルジャー・ブルー! 間もなく地球です!」
まさか炎上だけで、こんな所まで来られるとは…、と感無量なキャプテンや長老たち。
其処へ現れた「地球」は青くなくて、誰もが失望、そして炎上。「なんてこった!」と、青くなかった地球を相手に、過去最大のエネルギーで。
「サイオン・キャノン、斉射千連! てーっ!!!」
攻撃目標、ユグドラシル! というハーレイの号令、ユグドラシルは轟音と共に崩れていった。地下のグランド・マザーもろとも、呆気なく。
ブルーはと言えば、青の間から「その光景」を生中継で眺めた後に…。
『百八十度回頭。…もう、この星に出来るようなことは、何も無い』
無駄足だったような気がする…、と深い溜息をついて、ソルジャー・ブルーは地球への憧れを捨て去り、皆と宇宙へ旅立って行った。
今や無敵のシャングリラで。「炎上」だけで地球まで辿り着いた船、SD体制までもブチ壊したという、それはとんでもない勢いの船で…。
船と炎上・了
※ミュウが「精神の生き物」だったら、「炎上」した時のパワーも半端ないんだろう、と。
それだけで船を守れそうだ、と考えたら無敵のシャングリラに。ブルー生存ED、幾つ目…?
(……此処から、逃げて行けたらいい……)
そして帰って行けたなら、とシロエの胸を占めてゆく思い。
E-1077の個室で、一人きりの夜を迎える度に。
成人検査で消された記憶。
奪い去られた子供時代と、子供時代を過ごした故郷。
其処へと帰ってゆきたいと思う。
もう、おぼろげになってしまった過去へ。
懐かしい過去があった故郷へ、今も両親が住んでいる場所へ。
(…でも、帰るには…)
乗らなくてはならない、アルテメシア行きの宇宙船。
故郷のエネルゲイアがあった雲海の星へ、飛んでゆくのだろう船が必要。
E-1077にも、宇宙船が発着するポートはある。
人類統合軍の宇宙船さえも出入りするなら、アルテメシア行きの船だって…。
(直行便ではないとしたって…)
一隻くらいは、きっと入港して、また飛び去って行くのだと思う。
此処で誰かを降ろしてゆくのか、誰かを乗せて旅立つものか。
そのチケットを買えさえしたなら、アルテメシアに行けるのだけれど。
アルテメシアの宙港に降りたら、エネルゲイアへの便だって飛んでいそうだけれど。
(……ぼくは、買えない……)
故郷に帰るための、船のチケットは。
候補生の身では買えはしないし、ハッキングなどで不正に入手したって…。
(…マザー・イライザに知られて、取り上げられて…)
その後にコールされて叱られるか、保安部隊に取っ捕まるか。
「ステーション、E-1077を脱走しようとした」罪で。
謹慎を食らうか、成績を減点されるのか。
ろくな結果になりはしないから、船のチケットは手に入れられない。
それがあったら、故郷へと飛んでゆけるのに。
「子供時代」があっただろう町、其処に「もう一度」立てるのに。
けれど、叶いはしない夢。
どう転がっても、手に入る筈もないチケット。
ポートに出掛けて、行き先などを入力してみても。
表示された金額に見合うだけの金を、「これだけ」と支払う意志を見せても。
(…ぼくの名前や、個人情報を入れないと…)
けして発券されないチケット。
漆黒の宇宙を飛んでゆく船は、ゲームセンターにあるような遊具の類とは違う。
「人の命」を預かることになるから、「誰を乗せたか」は重要なこと。
万一、事故が起こった時には、どのレベルまで対応するか。
近隣にある惑星からの救助船さえ向かえばいいのか、宇宙海軍が出動するか。
(…任務の途中のメンバーズとか…)
休暇中でも、パルテノンの元老のような「お偉方」が乗っていたなら、大変なこと。
長距離ワープを繰り返してでも、最新鋭の船が最短距離で救助活動に向かう。
宇宙海軍でも最大とされる、アルテミス級の戦艦だって。
(そういう判断に必要だから…)
宇宙船のチケットを買うとなったら、名前とIDは必要不可欠。
所属や、住所といった代物も。
「セキ・レイ・シロエ」の「それ」を入れたら、発券は拒絶されるだろう。
教育課程の候補生には、ステーションを離れる自由など無い。
訓練飛行や、無重力訓練で「出る」のが限界。
そんな人間のデータを入れた途端に、エラーになるのは目に見えている。
保安部隊員が走って来るのか、ポートの係に取り押さえられるか。
(それを避けるのなら、ハッキングして…)
偽の情報を入力してやれば、チケット自体は手に入る。
「セキ・レイ・シロエ」とは違う名前や、IDなどを「偽造して」やれば。
(だけど、それを持ってポートに行けば…)
その場でバレて、船には乗れない。
マザー・イライザの監視が行き届いているか、厳重なチェックシステムがあるか。
「脱走する者」が出ないようにと、ポート全体に目を光らせて。
だから「乗れない」と分かっている船。
此処から逃げてゆくことは無理で、逃げ出す手段さえも無い。
(…ぼくが、この手で作れたら…)
宇宙船を、と思いはしても、其処までの技術を持ってはいない。
エネルゲイアで学んだ範囲に、「宇宙船の設計」は含まれていなかった。
建造技術も、学んではいない。
(独学で、それを身に付けたって…)
きっと材料が手に入らなくて、諦めざるを得ないのだろう。
船体に使う特殊鋼材、それが欲しくても「与えて貰える」ことなどは無くて。
エネルギー伝導用のコイルも、何処からも入手出来なくて。
(…学ぶだけ無駄で、役に立たなくて…)
でも…、と心は故郷へと飛ぶ。
もう顔さえもぼやけて思い出せない両親、実感を伴わない風や光や。
それらが「今も」あるだろう場所、どうすれば其処へ行けるだろうか、と。
(宇宙船に乗ったら、じきにワープで…)
何十光年、何百光年といった距離を飛び越えて「其処」に向かう筈。
此処からは遠いアルテメシアへ、エネルゲイアがある星へ。
そうやって「ワープ」で飛んでゆくなら、欠かせないものは何なのか。
(……ワープドライブ……)
それだ、と直ぐに出て来る答え。
どんな小さな宇宙船でも、ワープドライブさえ積んであったら、故郷へと飛べる。
逆に言うなら、ワープドライブさえあれば…。
(宇宙船なんかに…)
頼らなくても飛べるのかもね、と思いもする。
この手で「それ」を作れたならば。
亜空間ジャンプが出来るシステム、小型のワープドライブを。
(…ぼく一人だけが、ワープ出来たら…)
それでいいのに、と抱く考え。
「シロエ」だけを運ぶワープドライブ、そういったものを作れたなら、と。
(…無理なんだけどね……)
人間だけが「生身で」ワープするなんて、と理屈の上では分かっている。
亜空間理論を学んだ今では、「絶対に無理」だと教えられもした。
けれども、夢を描くのは自由。
今の理論では「無理」であろうが、「遠い未来」には「違うかも」と。
遥かな昔は、ワープさえもが「夢」だった。
小説などに出て来るだけの、架空の航法。
それが今では「常識」なのだし、いつか「人間が」ワープしたって不思議ではない。
(…そういう機械を作れたら…)
いいんだけどな、と考える内に、出てくる欲。
ワープは「時空間を越える」航法、それなら「時」を越えたっていい。
どうせ未来のシステムだったら、其処までのことが出来ればいい。
遠い昔から、人が夢見た「タイムマシン」。
未だに実現しないけれども、同じ「作る」のなら、そっちがいいに決まっている。
故郷に向かって「シロエだけ」が飛んでゆくのなら。
とても小さなワープドライブ、それで「目指そう」と思うなら。
(……タイムマシンなら、ぼくが子供の頃にだって……)
飛んでゆけるし、それが出来たら「変えられる」未来。
成人検査を受けないように、過去の時間に干渉して。
そのせいで「歴史」がどう変わろうとも、かまいはしない。
「此処」から「シロエ」が消えたって。
宇宙そのものが変わってしまって、「シロエ」がいなくなったって。
(…こんな風に、記憶を消されてしまって…)
苦痛に満ちた人生を送らされるよりかは、最初から「無かった」方がいい。
「成人検査を受けなかったシロエ」が、どうなろうとも。
そういう「シロエ」を作ったせいで、「今のシロエ」も消え去ろうとも。
それで充分だと思う。
タイムマシンを「作った結果」が、自分自身の「消滅」でも。
そんな結末を招くのだとしても、「全てを忘れて」しまわないなら。
あればいいのに、と思うタイムマシン。
とても小さなワープドライブ、「シロエだけを」故郷へ運べるもの。
作れはしないと分かっていても。
今の時代の技術や理論で、「それ」は不可能だと知ってはいても。
(……夢を見るのは、ぼくの自由で……)
だったら、それを「形」にしたっていいだろう。
いつかは「載せたい」ワープドライブ、「可能にしたい」タイムマシン。
その夢を乗せて「走る」何かを作っても。
E-1077でも「手に入る」もので、「夢の乗り物」を形にしても。
(……今は、それしか出来ないけれど……)
やってみようか、と心に描く設計図。
見た目は「ただのバイク」だけれども、夢の世界では「タイムマシン」になるバイク。
ワープドライブだって搭載していて、故郷までも駆けてゆける「それ」。
そういうバイクを「作って」乗ったら、束の間の夢が見られるだろうか。
走ってゆける場所はE-1077の「中」だけでも。
宇宙にさえも出られなくても。
(…ぼくの中では、タイムマシンで…)
故郷へも走ってゆけるモノ。
誰にも分かって貰えなくても、ただの「バイク」に過ぎなくても。
夢を見るのは自由なのだから、「それ」を作ってみるのもいい。
ほんの一瞬、心だけが「過去」へ飛べるなら。
懐かしい故郷へ飛んでゆけるのなら、きっと「飛べた」気がするだろうから…。
飛び越えたい時・了
※いや、シロエ、楽しそうにバイクに乗っていたよね、と思ったわけで…。何故、バイクかと。
其処から浮かんで来たお話。シロエなだけに、こういう理由でも通りそうな気が…。
(……計算通り、理想的に生育中……)
次の段階へ進めなければ、とマザー・イライザは頷いた。コールした部屋で眠り続ける、キース・アニアンを前にして。
現時点では順調に進んでいる育成。「理想の指導者」を、無から作り上げるプロジェクト。
ミュウの長、ジョミー・マーキス・シンと幼馴染の、サム・ヒューストンだの、スウェナ・ダールトン。その辺とも上手く「近付けた」のだし、そろそろ仕上げをすべきだろう、と。
(ミュウ因子を持った候補生を一人…)
E-1077に迎え入れること。それがプロジェクトの肝になる。
よって、あちこちの育英都市へと、グランド・マザー直々の「お達し」があった。
曰く、「ミュウ因子を持った優秀な子供を一人、成人検査にパスさせ、E-1077へ送るように」と、あらゆるテラズ・ナンバーに向けて。
それで白羽の矢が立った子供が、セキ・レイ・シロエ。
幼い頃にジョミー・マーキス・シンと接触したのだけれども、其処の所は、把握されてはいなかった。ついでに「どうでもいい」話。シロエに「記憶がない」だけに。
シロエは成人検査をパスして、E-1077に送られたけれど…。
「なんだよ、お前! こんな子供の本なんか持って!」
馬鹿じゃねえの、とシロエを嘲り笑う同期生。E-1077の、とある通路で。
「子供の本じゃないんだから! ぼくの大切な宝物で…。あっ!」
返して、とシロエは涙声になった。ピーターパンの本を取り上げられてしまったから。
「宝物ねえ…。これだからチビって笑われるんだよ」
「違いねえよな、おまけに直ぐに泣いちまうのも子供の証拠で…」
成績だけが良くってもな、と四人ばかりがシロエを取り囲む。「泣き虫のチビ」だの、「パパとママが大好きなんだよな?」だのと、言いたい放題で。
シロエは本を返して貰えず、ただウッウッと泣きじゃくるだけの所へ…。
「おい、お前たち! 何をしている!」
君たちの担当教官は誰だ、と怖い顔で現れた上級生。知らない者などいない秀才、キース・アニアン。彼は「本を奪った生徒」の腕を掴むと、ピーターパンの本を取り返した。
「ほら、君の本だ。…取られないよう、部屋に仕舞っておくんだな」
「ありがとうございます! えっと…。キース先輩…?」
「キースでいい。その本、大事にするんだぞ」
次も助けてやれるとは限らないからな、とキースは立ち去り、シロエはピーターパンの本を抱えて、尊敬と憧れが入り混じった目で立ち尽くしていた。
「キース先輩、かっこいい…」と。
なにしろ「助けて貰った」のだし、大恩人と言ってもい。ピーターパンの本は「故郷から持って来ることが出来た」たった一つの宝物。それを取り返して、ちゃんと渡して貰えただけに。
これがキースとシロエの「出会い」で、マザー・イライザは目が点だった。機械だからして、あくまで「イメージです」な「目」」だけど。
(……セキ・レイ・シロエ……)
何か間違っているような…、と呟くマザー・イライザ。
「キース・アニアン」に必要なモノは、不倶戴天の敵と言ってもいいほどのライバル、優秀すぎる下級生。出会った途端に喧嘩になって、カッカと熱くなるような。
(…そういう子供で、ミュウ因子の保持者で…)
いずれ色々と役立つ筈で…、と思うのだけれど、立ったフラグは「友情」っぽい。
シロエはキースを尊敬しまくり、「かっこいい」などと憧れる始末。それというのも…。
(消された子供時代にこだわる子供、と注文をつけておいたのに…)
その点だけしかクリアしていないのが「シロエ」だった。
ピーターパンの本を後生大事に抱えて、日々、苛められては泣いている子供。負けん気が強いわけなどはなくて、「パパ、ママ…」と涙ぐむのがデフォ。
(…これでは、キースを次の段階に進めるどころか…)
足を引っ張られてしまうのでは、と嫌な予感がしないでもない。
キースがシロエと「友達」になってしまったりすれば、この先、プロジェクトが狂ってしまうということもある。
けれど「シロエ」は「来てしまった」上に、「キース」に出会ったものだから…。
「キース先輩! この間は、ありがとうございました!」
シロエがペコリとキースにお辞儀したのが、カフェテリアでのこと。キースがサムと食事中の所へ、それはニコニコと近付いて来て。
「いや、別に…。当たり前のことをしたまでだ」
「でも…。ぼくは、とっても助かりました」
あの本は大事な宝物なんです、とシロエが深々と頭を下げまくるから、キースの方でも、気になって来るのが「例の本」。シロエに「返してやった」ソレ。
「宝物…。よく見なかったが、何の本なんだ?」
「ピーターパンの本なんですけど…。ぼくのパパとママがくれたんです!」
小さい時からの宝物で…、とシロエは説明を始め、サムも「ふうん…?」と面白そうに聞き入っている。「俺は、そういうのは持って来なかったっけな…」などと。
「なるほど、君の宝物か…。パパとママというのが、よく分からないが…」
それに故郷も覚えていない、とキースは考え込んでしまって、シロエは「えっ…」と顔を曇らせ、「ぼく、悪いことをしちゃいましたか?」と気遣った。
「キース先輩は、お父さんたちも、故郷も覚えていないんですか…。そんなことって…」
気の毒すぎます、と俯くシロエ。「成人検査のショックで忘れることは、あるそうですけど…」と辛そうな顔で、「すみません」とキースに謝りもして。
「故郷と親か…。それは覚えていないと困るものなのか?」
今日まで気付きもしなかったが、とキースは言ったけれども、シロエは「困りますとも!」と拳をグッと握った。
「キース先輩を育てた人と、先輩が育った場所なんですよ? 気になりませんか!?」
覚えていないなんて、まるで根無し草じゃないですか…、とシロエは力説しまくり、サムも同じに頷いた。「故郷とか、親とか、幼馴染ってのは、いいモンだぜ?」と。
「でもよ…。覚えていねえんだったら、仕方ねえよな…」
これから思い出を作っていこうぜ、とサムがキースの肩を叩いて、シロエも「よろしく」と手を差し出した。「キース先輩の思い出作りに、ぼくも協力したいです!」と。
不倶戴天の敵でライバルどころか、キースと「友達」になってしまったシロエ。
マザー・イライザの目論見とプロジェクトは、それは華々しくズッコケた。
養父母と故郷が「何より大事」なシロエが「キースの友達」なだけに、「過去の記憶を一切持たない」キースは、思い出作りと「自分探し」に生きる日々。
スウェナも一緒に四人でカフェテリアにいるかと思えば、ゲームセンターに出掛けて行って、エレクトリック・アーチェリーに興じていたり。
「キース先輩、もう一勝負しませんか?」
「ああ。しかし、お前に勝ちを譲ったりする気はないぞ」
いざ! と並んでゲームスタート、勝った、負けたと競う二人に、声援を送る候補生たち。実にいい勝負を繰り広げるだけに、馬券よろしく賭けの対象になったりもして。
マザー・イライザは「此処で喧嘩になる筈が…」と呻くけれども、喧嘩は起こりもしなかった。勝負を終えたら仲良く引き揚げ、カフェテリアでコーヒーブレイクなだけに。
「シナモンミルク、マヌカ多めで!」
毎回シロエが頼むものだから、キースもたまに注文する。「同じのを一つ」と。
「…これもなかなか美味いものだな…」
「そうでしょう? ぼくは家でも、良く飲んでました。あっ…!」
ごめんなさい、と詫びるシロエに、キースは「気にしなくても…」と困り顔。
「覚えていないのは仕方ないから…。正直、残念ではあるが」
「それを思い出すための自分探しでしょう? ぼくも頑張っているんですけど…」
見付かりませんよね…、とシロエが溜息をつく。
キースの故郷のトロイナスについて、もうどれくらい調べたことか。子供が好きそうな遊園地などはもちろん、メジャーな観光スポットなども端からデータを引き出すのに、無駄。
どれを見たって「ピンと来ない」のがキースという人。
「…いつか見付かるのだろうか…。育った家というヤツが…」
「どうなんでしょうね、ぼくも記憶が曖昧ですから…」
成人検査でかなり忘れてしまったんです…、とシロエは嘆くけれども、「キース先輩よりかは、遥かにマシだ」と、自分の境遇に感謝していた。「全部、忘れたわけじゃないから」と。
両親の顔がぼやけていようが、「何も覚えていない」ことに比べれば些細なこと。
だから成人検査への恨みつらみは、すっかりと消えているのがシロエ。お蔭でシステムへの反抗心などは育ちもしないし、ただただ「パパ、ママ、大好き」なだけ。
(……明らかに間違えているような……)
それにキースも、違う方向へ進んでいるような…、とマザー・イライザは不安MAX。
シロエが「キースの友達」だなんて、プロジェクトには「全く無かった」こと。
そんなシロエが「乱入して来た」ばかりに、スウェナの結婚騒ぎにしたって、キースはただの「女心が分からない人」になってしまった。スウェナに平手打ちをかまされたほどに。
「シロエでも分かってくれているのに、どうして、あなたは分からないの!」と、パアン! と皆の面前で。…カフェテリア中の候補生が「あちゃー…」と見ている中で。
スウェナは泣きながら走り去って行って、シロエはキースに「謝った方がいいですよ?」とアドバイスをかまし、自作のバイクを「貸してあげますから」と申し出た。
「スウェナ先輩に、最後の思い出をあげて下さい。…失恋でも、思い出は無いよりマシです」
「…そういうものか…。分かった、ところでバイクでどうすればいいんだ?」
「ステーション一周でいいんじゃないですか? 中庭でちょっと休憩したりもして」
そんなコースがいいですよね、とシロエが勧めて、サムも賛成。
かくしてキースはシロエのバイクで、スウェナとE-1077の中を走った。これで「さよなら」のデートだけれども、他の候補生たちに「青春だぜ…」と見守られて。
スウェナがステーションを去って行く時、キースの右手をガッツリ握って、「次に、いい女に出会った時には、失敗なんかするんじゃないわよ?」と激励したのは言うまでもない。
サムもシロエも「うん、うん」と、キースの「次なる恋」を全力で応援すると誓った。「女心の分からない奴」で終わらないよう、「いい女」が来たらキッチリお膳立てだ、と。
そんな調子でキースは「成長してゆく」。
シロエに「出生の秘密を暴かれる」どころか、「親も故郷も忘れた自分」を深く嘆いて、人情味あふれる「キース・アニアン」に。
「何も覚えていないんだ…」と寂しそうなキースに、「私が慰めてあげるわよ!」とばかりに、数多の女性が群がるほどに。
(……理想的に生育していない上に、思いっ切り斜め……)
このまま卒業してしまうのでは、とマザー・イライザが危惧した通りに、「何事も起こりはしなかった」。シロエとキースの派手な喧嘩も、シロエの「フロア001侵入騒ぎ」も。
シロエはキースの「ゆりかご」だったフロア001に出掛けもしないで、卒業間近なキースやサムと名残を惜しんで、皆と寄せ書きまでしている有様。
「キース先輩、卒業しても連絡下さいね!」
「もちろんだ。E-1077の近くに来た時は、寄って行こうとも思っている」
お前も早く卒業して、俺と一緒にメンバーズになれ! とキースはシロエと握手で、サムは「いいよな、頭のいい奴らはよ…」と号泣しつつも、「友達だよな!」と毎度の台詞を吐いた。
「みんな、友達!」と、お得意のヤツを。
そうしてキースは、E-1077を卒業してゆき、シロエはキースが乗った船へと、窓から手を振り続けた。「キース先輩、また会いましょう!」と、船の光が見えなくなるまで。
(……教育、失敗……)
理想の子を作り損ねてしまった、とマザー・イライザの嘆きは尽きない。
「最後の仕上げ」に連れて来た筈の、「シロエ」が全てをパアにしたから。
このまま行ったら「セキ・レイ・シロエ」も、もう間違いなくメンバーズ入り。いずれキースと旧交を温め、ますます「キースを駄目にしてゆく」ことは確定。
いつか「いい女」がキースの前へと現れたならば、全力でプッシュするのがシロエ。ついでに宇宙の何処かにいるサムも。
そうしてキースは「めでたく結婚」、メンバーズの道を外れてしまって、何処かの育英惑星に行って養父母コースの仲間入り。
せっかく「無から作り上げた」のに、指導者になりはしないから。
国家主席に就任どころか、子供相手に「パパでちゅよー!」と、笑顔全開エンドだから…。
斜めな友情・了
※いや、キースの成長の鍵がシロエだと言うなら、「シロエのキャラが違っていたら?」と。
場合によっては、こうなるようです。シロエと友情を築いたが最後、「パパでちゅよー!」。
(……マザー・イライザ……)
あの姿は正しかったのだろうか、とキースの心を掠める疑問。
E-1077を処分してから、もうどのくらい経ったことだろう。
「やめて!」と叫ぶマザー・イライザを無視して、全てを闇に葬った日から。
今はとっくにノアに戻って、一日の任務を終えた後の夜。
側近のマツカも下がらせたから、部屋には自分一人しかいない。
冷めかけたコーヒーを傾けていて、ふと思い出した。
遠い昔に、E-1077で、嘲るように言われた言葉を。
(…アンドロイドじゃねえのか、と…)
口にしていた候補生。
今でも顔が、鮮やかに目に浮かぶよう。
「キース・アニアンの前に現れる」マザー・イライザは、その姿だろうと嗤った彼。
過去の記憶を持っていないことや、「機械の申し子」と呼ばれる頭脳を詰るかのように。
(あの時は、気にも留めなかったが…)
もしかしたら、と今、気付かされた。
「あれは真実だったろうか」と。
自分が「見ていた」マザー・イライザ、その姿は「アンドロイド」であったろうか、と。
(……ミュウの女……)
フロア001で、「キース」の向かいに並んでいた水槽。
それに収められたサンプルの「女性」、どれも「ミュウの女」にそっくりだった。
ミュウたちの母船、モビー・ディックに捕らえられた時、出会った女に。
(…マザー・イライザかと思ったくらいに…)
あの女は、「マザー・イライザ」に似ていた。
それはそうだろう、「キース」は長年、「サンプル」を見て育ったのだから。
強化ガラスの水槽の中から「見ていたもの」は、あのサンプルたち。
(…見る者が、親しみを覚える姿で…)
現れるのが「マザー・イライザ」ならば、自然とそうなる。
「キース」が「知っていた」女性は、他には誰もいなかっただけに。
フロア001に立っていた時、微かに「過去」の記憶が戻った。
水槽の中に浮かんで、ガラスの向こうの研究者たちを「見ていた」記憶。
女性の研究者も混じっていたのだけれども、彼らは常にいたわけではない。
一日に何度か、あるいは数日に一度だったのか、「キース」を確認しに来ただけ。
生育状況やら、他の様々なデータなどを。
(…そんな連中の顔よりは…)
たとえ息絶えた「サンプル」だろうと、「ミュウの女」を憶えるだろう。
これが「一番、近しい者」だと、脳が記憶することだろう。
その結果として、マザー・イライザの姿は「ミュウの女」に似た。
「キース」が親しみを覚える姿を取るのなら、それが相応しいから。
ただ……。
(…私が見ていた、マザー・イライザは…)
いつも黒い色のロングドレスを身に着け、床に届くほどに長い黒髪。
「ミュウの女」は金髪だった所を、まるで違っていた髪の色。
(…私の目に映るマザー・イライザは、アンドロイドだろうと…)
候補生の一人が詰っていた時、彼らの話題は何だったか。
マザー・イライザについての話だったけれど、彼らが「見ていた」マザー・イライザは…。
(故郷の母やら、恋人やらに似ていると…)
そうして「現れた」マザー・イライザは、どれも「黒髪」だったのだろうか。
どのイライザも、同じに「黒いロングドレス」を着ていたろうか…?
(……母親の姿ならば、ともかく……)
年若い「恋人」の姿を取るのに、あのドレスは「似合いの服」なのだろうか…?
とても似合うとは思えないだけに、「違う」と否定する心。
「故郷の母」の姿を真似る時にも、きっと服まで真似たのだろう。
その候補生を育てた母親、「彼女」が好んでいただろう服。
それまで「そっくり真似ない」ことには、「こうではない」と拒絶されるだけ。
親しみを覚えて貰うどころか、逆に嫌われさえしただろう。
そうならないよう、マザー・イライザは注意を払っていた筈。
そして「キース」の瞳に映っていた、「マザー・イライザ」は…。
(…ミュウの女に似ていた姿で、コンピューターの映像らしく…)
頭の部分に「機械の端末」らしき「何か」を着けていた。
両耳を覆って、それらを繋ぐコードかアンテナのように、頭の上にあった半円形の輪。
「誰のマザー・イライザ」にも、あの不思議な「機械」は付いていたのだろうか?
機械の映像めいて見えた「それ」を、マザー・イライザは常に伴って現れたろうか…?
(…母親や、恋人の頭などに…)
あんな「機械」が付いていたなら、誰も親しみを覚えはしない。
「これは機械だ」と、「マザー・イライザの幻影なのだ」と、強く認識するだけで。
それでは「マザー・イライザ」は、「役目」を果たせはしない。
候補生たちの「心」の奥深くにまで入れはしないし、彼らを導くことも出来ない。
彼らが「心」を許さない限り、操れはしない深層心理。
記憶処理などは可能であっても、「心」を解きほぐすことは出来ない。
深く、深く「入り込んで」行って、それを「掴む」ことが出来なければ。
彼らの心に直接触れて、「こうあるべきだ」と道を示したり、誤りを正してやれない限りは。
(……機械なのだ、と思われたなら……)
誰もが身構えることだろう。
マザー・イライザにコールされただけでも、大きな失点。
更なる失点を増やさないよう、誰でも「自分を取り繕う」もの。
「マザー・イライザ」の前に出たなら。
コールを受けて、心を見せるようにと促されたら。
(…特に訓練を受けた者でなくても…)
己の心を「見せたくない」と考えるだけで生じる、一種の心理防壁。
それを築くのは簡単なことで、「嫌だ」と思うだけでいい。
候補生たちが「そう思った」ならば、マザー・イライザは「心に入り込めない」。
強引にこじ開け、入ったとしても、激しい抵抗があることだろう。
彼らが「隠しておきたい思い」を「修正」したなら、きっと歪みが残る筈。
マザー・イライザに対する不信感としてか、あるいは「システム」を疑い始めるか。
それでは「まずい」し、「マザー・イライザ」は、あくまで「母」でなくてはならない。
母でないなら「恋人」などで、けして「機械ではない」存在。
そう考えてゆくほどに「不自然」な、「キース」の「マザー・イライザ」。
明らかに「機械の映像」だと分かる、彼女の頭に「いつも、あった」輪。
耳を覆っていた機械。
(…やはり、私のマザー・イライザは…)
遠い昔に嘲られた通り、「アンドロイド」であったのだろうか。
他の者たちが見ていた「マザー・イライザ」の頭に、ああいった「機械」は無かったろうか。
(…今更、確認のしようもないが…)
E-1077は、この手で処分してしまった後。
グランド・マザーには「尋ねるだけ無駄」で、あの紫の瞳が瞬くだけだろう。
「そのようなことを、知ってどうするのだ?」と、まるで抑揚のない声がして。
そして「自分」は、返す言葉を持たないのだろう。
知ったところで、益のないこと。
「キース・アニアン」が見ていた「マザー・イライザ」が、何だったのかは。
他の候補生たちが出会った「マザー・イライザ」、それは皆、「機械ではなかった」としても。
サムも、シロエも、「母に似た人」を、其処に見ていただけだとしても。
(……だが、恐らくは……)
誰も「機械の映像」などを見てはいまい、と確信に近い思いがある。
E-1077での「マザー・イライザ」の役割、それを数えてゆくほどに。
全ての候補生たちの「母親代わり」で、システムへの疑問を「抱かせない」もの。
彼らの心に生まれた疑問や、疑惑を端から解きほぐしては、「答え」を与えて。
「こうあるべきだ」と道を示して、彼らを正しく導くもの。
誰も「機械」には「ついてゆかない」。
マザー・システムを「理解する」ことと、システムを「受け入れてゆく」ことは別。
だから「機械」は「親しみを覚える姿」で現れ、抵抗感を持たれないようにする。
「マザー・イライザ」は、「アンドロイドであってはならない」。
どの候補生が目にしようとも、「母親」や「恋人」の姿であらねばならない。
「キース・アニアン」が見ていたような姿は論外、頭に「機械」をつけてなどいない。
一目で「機械だ」と分かる姿では、誰も「ついてはゆかない」だけに。
(……私のマザー・イライザだけが……)
ああいう「姿」だったのだろうな、と唇に浮かんだ自嘲の笑み。
遠い日に詰られた言葉は、「真実」だったのかと。
フロア001など「知る筈もなかった」候補生の一人が、投げ掛けた言葉。
「あいつのマザー・イライザは、アンドロイドなんじゃねえの?」と、馬鹿にするように。
けれども、それが「言い当てた」らしい、「本当のこと」。
「キース」が見ていた「マザー・イライザ」は、明らかに「機械」だったから。
他の候補生たちや、サムやシロエの「マザー」は、「人間」の姿だっただろうから。
(……本当に、機械の申し子ではな……)
無から作られた生命ではな、と今頃になって気付いた「呪い」。
フロア001を覗きに出掛けなくても、答えはとうに自分の中に「あった」のに。
「マザー・イライザ」の姿が「機械」だったら、「キース・アニアン」の親は機械だろうに…。
イライザの姿・了
※キースが見ていた、マザー・イライザ。どう見てもアンドロイドじゃん、と思ってたわけで…。
原作だったら「フィシスそっくり」だったのにね、というのがネタ元。アニテラのは機械。
