(…ぼくのパパとママ…)
機械が選び出したんだよね、とシロエは、両親を思い浮かべようと試みる。
Eー1077の個室は、夜が更けてゆく時間。
マザー・イライザが現れないよう、ベッドの端に腰を下ろして、懐かしい面影を追う。
(……駄目だ……)
やっぱり顔がぼやけてしまう、と悔しくなって拳をベッドに叩き付けた。
コールされる度に、両親の顔立ちを忘れてゆくのは分かっている。
(呼ばれないよう、気を付けていれば…)
忘れ去るのは防げそうでも、憎い機械に逆らわずにはいられない。
とはいえ、シロエのために両親を与えたのも、機械だった。
『マザー・イライザ』ではなかっただけで、何処に置かれているのだろうか。
(…地球にいるという、グランド・マザーは、養父母選びにまでは…)
多分、関わってはいないと思う。
成人検査を行うユニバーサル・コントロールか、その上に位置する機械辺りか。
養父母を選ぶのが先か、子供を選び出すのが先になるのか、それもシロエは知らない。
SD体制の時代は、人の進路は区分けされていて、他のコースの詳細は掴みにくい。
(一般人コースに進んだ人が、ステーションを出る時に合わせて…)
赤ん坊を選んで与えているのか、一定期間を経過してから与えるのか。
(…分からないよね…)
一般人向けのステーションだったら、常識だろうけど、とシロエは深い溜息を零す。
両親を慕い続ける割には、シロエは余りにも「家族」というものが分かってはいない。
(ぼくのパパとママ、ああいう人たちだったけけど…)
機械の采配が何処まで作用するのか、それさえも謎に包まれている。
エネルゲイアで過ごした子供時代の記憶は、おぼろげだけに、友人の両親も不明瞭だった。
そんな中でも「覚えている」ことが、一つだけある。
(どの子も、育ての親に似ていて、違和感が無かったんだ…)
今の時代には有り得ない話だけども、「実子なんです」と言われても、信じられたろう。
シロエの両親の場合も、シロエに「何処か似ている」顔立ちだったと記憶している。
機械が「養父母」を選ぶ基準の一つは、そういったことに違いない。
実子でも通りそうな「親」が選ばれるのなら、他の要素は何なのだろう。
(赤ん坊の性格は、決まってはいなくて、育つ過程で決まるんだから…)
相性で決めはしないだろうし、と考えた所で、思考が別の方向を向いた。
「シロエ」の性格を「作り上げた」のが、両親だったら、違っていたなら、どうだったか。
『ピーターパン』の本を与える代わりに、現実に根差した本を渡すような親とか。
(…ぼくのパパとママは、本が好きだったから…)
色々と与えてくれたけれども、違うタイプの親だって存在している。
休日になったら、子供をスポーツなどに連れ出すタイプは多かったと思う。
サッカーの観戦だとか、公園に出掛けてジョギングだとか。
(…ぼくは、どっちも未経験かも…)
成人検査で忘れ去っていなければね、と自信は無くても、その手の親ではなかった。
研究者の父と、お菓子作りが得意だった母は、揃って、スポーツ好きだとは言えない。
(…性格を作り出すのが、養父母だったら…)
ぼくのパパとママが、違う人だった場合は、ぼくも別人だったわけだ、と恐ろしい。
今頃は機械の言いなりになって、「マザー牧場の羊」そのものの「シロエ」だろうか。
機械に逆らって生きることなど「考えもしない」、模範生かもしれない。
(…頭脳の出来は、育ちとは違うから…)
此処にいる「シロエ」が、そうなったように、Eー1077に来ている優秀な生徒。
憎い「キース」とも、上手くやってゆける。
いずれ何処かで「メンバーズ」同士、再会出来る時が来たなら、似合いのエリート。
(…そんな人生、ぼくは御免で…)
進みたくないよ、と嘆かなくても、実際、その道を歩んではいない。
けれど万一、機械が「選び出した両親」が、別の二人で、シロエを育て上げた時は…。
(…そっちの道を真っ直ぐ進んで、振り返ったりもせずに…)
歩いて行く結果になっていたんだ、と背筋が冷たく凍えてしまいそう。
今、此処に「シロエ」が生きているのは、あくまで「偶然」。
機械が選び出した「両親」と、「シロエ」という子供が結び付いた時だけの「奇跡」。
なんてことだ、と情けないけれど、「シロエ」は機械に「作り出された」。
故郷にいる「両親」を与えられたからこそ、「シロエ」という人格が生まれ出てきた。
(…それって、酷いよ…)
憎い機械に選び出された「出会い」の結果が「自分」だなんて、悲しくて虚しい。
自分の意志で生きていたって、その「意志」は、誰が育ててくれたお蔭で生まれたのか。
(…あんまり過ぎるし、考え過ぎだと思いたいけれど…)
真実は多分、そうなんだよね、とシロエの頬を涙が伝い落ちてゆく。
「機械」抜きでは、「シロエ」は「生まれない」から。
懐かしい両親を選んで「与えれてくれた」モノも機械で、全ては機械の手のひらの上。
何処まで逃げて、無事に逃げおおせたつもりだろうが、「シロエ」は機械が作った。
その人生が終わる瞬間、頭をよぎる「想い」も、その発端は「機械」。
機械が選んだ「両親」が育てて、「シロエ」という「人格」を作り上げたのだから…。
始まりは機械・了
※シロエを育てた養父母が、別の人だったら、と考えた所から生まれたお話です。
原作にはなかった「ピーターパンの本」の影響、大きそうだと思うの、作者だけかも。
機械が選び出したんだよね、とシロエは、両親を思い浮かべようと試みる。
Eー1077の個室は、夜が更けてゆく時間。
マザー・イライザが現れないよう、ベッドの端に腰を下ろして、懐かしい面影を追う。
(……駄目だ……)
やっぱり顔がぼやけてしまう、と悔しくなって拳をベッドに叩き付けた。
コールされる度に、両親の顔立ちを忘れてゆくのは分かっている。
(呼ばれないよう、気を付けていれば…)
忘れ去るのは防げそうでも、憎い機械に逆らわずにはいられない。
とはいえ、シロエのために両親を与えたのも、機械だった。
『マザー・イライザ』ではなかっただけで、何処に置かれているのだろうか。
(…地球にいるという、グランド・マザーは、養父母選びにまでは…)
多分、関わってはいないと思う。
成人検査を行うユニバーサル・コントロールか、その上に位置する機械辺りか。
養父母を選ぶのが先か、子供を選び出すのが先になるのか、それもシロエは知らない。
SD体制の時代は、人の進路は区分けされていて、他のコースの詳細は掴みにくい。
(一般人コースに進んだ人が、ステーションを出る時に合わせて…)
赤ん坊を選んで与えているのか、一定期間を経過してから与えるのか。
(…分からないよね…)
一般人向けのステーションだったら、常識だろうけど、とシロエは深い溜息を零す。
両親を慕い続ける割には、シロエは余りにも「家族」というものが分かってはいない。
(ぼくのパパとママ、ああいう人たちだったけけど…)
機械の采配が何処まで作用するのか、それさえも謎に包まれている。
エネルゲイアで過ごした子供時代の記憶は、おぼろげだけに、友人の両親も不明瞭だった。
そんな中でも「覚えている」ことが、一つだけある。
(どの子も、育ての親に似ていて、違和感が無かったんだ…)
今の時代には有り得ない話だけども、「実子なんです」と言われても、信じられたろう。
シロエの両親の場合も、シロエに「何処か似ている」顔立ちだったと記憶している。
機械が「養父母」を選ぶ基準の一つは、そういったことに違いない。
実子でも通りそうな「親」が選ばれるのなら、他の要素は何なのだろう。
(赤ん坊の性格は、決まってはいなくて、育つ過程で決まるんだから…)
相性で決めはしないだろうし、と考えた所で、思考が別の方向を向いた。
「シロエ」の性格を「作り上げた」のが、両親だったら、違っていたなら、どうだったか。
『ピーターパン』の本を与える代わりに、現実に根差した本を渡すような親とか。
(…ぼくのパパとママは、本が好きだったから…)
色々と与えてくれたけれども、違うタイプの親だって存在している。
休日になったら、子供をスポーツなどに連れ出すタイプは多かったと思う。
サッカーの観戦だとか、公園に出掛けてジョギングだとか。
(…ぼくは、どっちも未経験かも…)
成人検査で忘れ去っていなければね、と自信は無くても、その手の親ではなかった。
研究者の父と、お菓子作りが得意だった母は、揃って、スポーツ好きだとは言えない。
(…性格を作り出すのが、養父母だったら…)
ぼくのパパとママが、違う人だった場合は、ぼくも別人だったわけだ、と恐ろしい。
今頃は機械の言いなりになって、「マザー牧場の羊」そのものの「シロエ」だろうか。
機械に逆らって生きることなど「考えもしない」、模範生かもしれない。
(…頭脳の出来は、育ちとは違うから…)
此処にいる「シロエ」が、そうなったように、Eー1077に来ている優秀な生徒。
憎い「キース」とも、上手くやってゆける。
いずれ何処かで「メンバーズ」同士、再会出来る時が来たなら、似合いのエリート。
(…そんな人生、ぼくは御免で…)
進みたくないよ、と嘆かなくても、実際、その道を歩んではいない。
けれど万一、機械が「選び出した両親」が、別の二人で、シロエを育て上げた時は…。
(…そっちの道を真っ直ぐ進んで、振り返ったりもせずに…)
歩いて行く結果になっていたんだ、と背筋が冷たく凍えてしまいそう。
今、此処に「シロエ」が生きているのは、あくまで「偶然」。
機械が選び出した「両親」と、「シロエ」という子供が結び付いた時だけの「奇跡」。
なんてことだ、と情けないけれど、「シロエ」は機械に「作り出された」。
故郷にいる「両親」を与えられたからこそ、「シロエ」という人格が生まれ出てきた。
(…それって、酷いよ…)
憎い機械に選び出された「出会い」の結果が「自分」だなんて、悲しくて虚しい。
自分の意志で生きていたって、その「意志」は、誰が育ててくれたお蔭で生まれたのか。
(…あんまり過ぎるし、考え過ぎだと思いたいけれど…)
真実は多分、そうなんだよね、とシロエの頬を涙が伝い落ちてゆく。
「機械」抜きでは、「シロエ」は「生まれない」から。
懐かしい両親を選んで「与えれてくれた」モノも機械で、全ては機械の手のひらの上。
何処まで逃げて、無事に逃げおおせたつもりだろうが、「シロエ」は機械が作った。
その人生が終わる瞬間、頭をよぎる「想い」も、その発端は「機械」。
機械が選んだ「両親」が育てて、「シロエ」という「人格」を作り上げたのだから…。
始まりは機械・了
※シロエを育てた養父母が、別の人だったら、と考えた所から生まれたお話です。
原作にはなかった「ピーターパンの本」の影響、大きそうだと思うの、作者だけかも。
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(もしも、私がいなかったなら…)
サムは幸せだっただろうか、とキースは夜更けに、ふと考えた。
昼間にサムの見舞いに行ったけれども、サムは普段の通りだった。
キースに「赤のおじちゃん!」と呼び掛け、両親の話をしてくれた。
子供時代にサムを育てた養父母は、今もサムと一緒にいるらしい。
(…サムは、私と出会ったばかりに…)
人生どころか、心まで狂う羽目に陥り、治る見込みは全く無い。
「キース」に会わずに生きていたなら、今頃はどうしていただろう。
(そもそも、ジョミー・マーキス・シンが元凶なのだが…)
あいつの友人だったせいで、と思いはしても、大元は「キース」自身だと言える。
マザー・イライザが「キース」を作らなかったら、サムは「選ばれていない」。
(…私を育てるための人材などは、必要無いのだし…)
ジョミー・マーキス・シンが存在しようが、サムの人生に影響は出ない。
(Eー1077にも、来ていたかどうか…)
来ないかもな、とキースは深い溜息を零す。
サムがエリート候補生に向いていたとは思えない。
(宇宙船の事故が起こった時に、私を助けてくれたことは事実でも…)
他の面では劣等生で、卒業後の進路も一般人と変わりはしなかった。
Eー1077の卒業生なら、同じパイロットにしても、違う航路に配属されていたろう。
エリートならではの腕を買われて、磁気嵐が酷いなどの難所が多い所へ。
(…しかし…)
サムは普通の航路に行かされたんだ、とキースにも分かる。
相応しい腕を持っていないなら、一般人のコースに放り込まれて終わる。
キースが知る限り、Eー1077の卒業生で「一般人」になった者は二人だけ。
その二人とはサムとスウェナで、どちらも「キース」の友人だった。
(…マザー・イライザが選び出したか、指示を出したか…)
どちらなのかは謎だけれども、「キース」のために選び出された。
(ミュウの長になった者と、幼馴染だったというだけで…)
二人とも「選ばれる」ことになったとはいえ、それは「キース」が存在していたせい。
(…私が最初から作られていないとか、未完成だったとか…)
そういった時は、サムもスウェナも「本来、行くべきだったコース」に行ったのだろう。
(恐らく、Eー1077ではなくて…)
サムなら、普通のパイロットなどを育てるステーションだったかもしれない。
(パイロットよりも、もっと平凡な…)
職種のステーションに送られ、卒業した後は「養父」だったろうか。
(あいつなら、向いていただろうな…)
昼の間は仕事に出掛けて、それ以外の時間は「子供との暮らし」に充てる生活。
サムが病院で語ってくれる世界を、サムが「自分の子供」と築いてゆく。
成人検査で別れる日までを、慈しんで育てて。
(スウェナも、Eー1077に来ないのならば…)
一般人向けのステーションで教育を受けて、似合いの「誰か」と出会っただろう。
離婚したと聞く男にしたって、一般コースで出会っていたなら、今も一緒に暮らしていそう。
(…離婚した後、子供は他所にやったらしいが…)
その子を手放して養母を辞めるなど、考え付きもしないに違いない。
(サムもスウェナも、私のせいで…)
人生を台無しにされてしまったわけだ、とキースは唇をギュっと噛みそうになる。
シロエも「キースのために選ばれた」ばかりに、宇宙に散った。
「キース」が存在していなかったなら、彼も普通に生きられたと思う。
(ミュウの因子を持っていようが、マツカのように…)
機械の監視を潜り抜けた例があるわけなのだし、「シロエ」ならば可能だったろう。
(頭がいい分、自分は普通ではないらしい、と気付くだろうし…)
マツカ以上に上手くやれそう。
優秀だから、と選び出されて、Eー1077に来ていたとしても、その後が変わる。
(他人とは違う部分を隠して、爪も牙も見事に隠し通して…)
表面上は「大人しい候補生」として、保身に努める。
「キース」を刺激するための素材でないなら、挑戦的に生きる必要は無い。
(こだわっていた、子供時代の記憶にしても…)
機械がシロエに要求していた「消去」のレベルは、低かった可能性が高い。
本当に「忘れてしまった」ような者では、後々、人生に支障が出て来るだろうから。
サムとスウェナと、それからシロエ。
この三人を考えるほどに、「キース・アニアン」の罪は大きい。
(私さえ、存在していなければ…)
彼らは普通に生きられたのだ、と思えて来るから、自分自身を呪いたくなる。
他の誰かを犠牲にしてまで育った命に、どれほどの価値があると言うのか。
しかも「機械が無から作った生命体」など、果たして「命」と呼んでいいのか、それも怪しい。
(…機械が神の領域を侵して、私を作り出したのだしな…)
無価値な上に、罪深い存在が「私」なのか、と悔しくなっても、どうすることも出来ない。
いつか、罪を償える日が来るとしたなら、その時は多分…。
(…世界はミュウのものになっているのだろうな…)
今は危険な異分子なのだが、と夜の窓の外を見るキースは、まだ本当のことを知らない。
ミュウが「進化の必然」であるという事実も、システムが「ミュウを排除出来ない」ことも。
だからこそ「罪」を噛み締めるけれど、キースの考えは間違っていない。
機械が作った生命体でも、キースには心が宿っている。
「自らの罪」を意識して生きていける以上は、罪は機械が背負うべきもの。
真実が明らかになった時には、キースが背負わされた「重すぎる罪」は、消え去るだろう。
今はまだ、その日は見えもしないけれども、人類とミュウの先の未来で…。
罪深い命・了
※キースのせいで人生が狂った人間、アニテラだと三人もいるんですよね。
原作の場合、スウェナはキースと直接の関わりはありません。犠牲者が一名プラス。
サムは幸せだっただろうか、とキースは夜更けに、ふと考えた。
昼間にサムの見舞いに行ったけれども、サムは普段の通りだった。
キースに「赤のおじちゃん!」と呼び掛け、両親の話をしてくれた。
子供時代にサムを育てた養父母は、今もサムと一緒にいるらしい。
(…サムは、私と出会ったばかりに…)
人生どころか、心まで狂う羽目に陥り、治る見込みは全く無い。
「キース」に会わずに生きていたなら、今頃はどうしていただろう。
(そもそも、ジョミー・マーキス・シンが元凶なのだが…)
あいつの友人だったせいで、と思いはしても、大元は「キース」自身だと言える。
マザー・イライザが「キース」を作らなかったら、サムは「選ばれていない」。
(…私を育てるための人材などは、必要無いのだし…)
ジョミー・マーキス・シンが存在しようが、サムの人生に影響は出ない。
(Eー1077にも、来ていたかどうか…)
来ないかもな、とキースは深い溜息を零す。
サムがエリート候補生に向いていたとは思えない。
(宇宙船の事故が起こった時に、私を助けてくれたことは事実でも…)
他の面では劣等生で、卒業後の進路も一般人と変わりはしなかった。
Eー1077の卒業生なら、同じパイロットにしても、違う航路に配属されていたろう。
エリートならではの腕を買われて、磁気嵐が酷いなどの難所が多い所へ。
(…しかし…)
サムは普通の航路に行かされたんだ、とキースにも分かる。
相応しい腕を持っていないなら、一般人のコースに放り込まれて終わる。
キースが知る限り、Eー1077の卒業生で「一般人」になった者は二人だけ。
その二人とはサムとスウェナで、どちらも「キース」の友人だった。
(…マザー・イライザが選び出したか、指示を出したか…)
どちらなのかは謎だけれども、「キース」のために選び出された。
(ミュウの長になった者と、幼馴染だったというだけで…)
二人とも「選ばれる」ことになったとはいえ、それは「キース」が存在していたせい。
(…私が最初から作られていないとか、未完成だったとか…)
そういった時は、サムもスウェナも「本来、行くべきだったコース」に行ったのだろう。
(恐らく、Eー1077ではなくて…)
サムなら、普通のパイロットなどを育てるステーションだったかもしれない。
(パイロットよりも、もっと平凡な…)
職種のステーションに送られ、卒業した後は「養父」だったろうか。
(あいつなら、向いていただろうな…)
昼の間は仕事に出掛けて、それ以外の時間は「子供との暮らし」に充てる生活。
サムが病院で語ってくれる世界を、サムが「自分の子供」と築いてゆく。
成人検査で別れる日までを、慈しんで育てて。
(スウェナも、Eー1077に来ないのならば…)
一般人向けのステーションで教育を受けて、似合いの「誰か」と出会っただろう。
離婚したと聞く男にしたって、一般コースで出会っていたなら、今も一緒に暮らしていそう。
(…離婚した後、子供は他所にやったらしいが…)
その子を手放して養母を辞めるなど、考え付きもしないに違いない。
(サムもスウェナも、私のせいで…)
人生を台無しにされてしまったわけだ、とキースは唇をギュっと噛みそうになる。
シロエも「キースのために選ばれた」ばかりに、宇宙に散った。
「キース」が存在していなかったなら、彼も普通に生きられたと思う。
(ミュウの因子を持っていようが、マツカのように…)
機械の監視を潜り抜けた例があるわけなのだし、「シロエ」ならば可能だったろう。
(頭がいい分、自分は普通ではないらしい、と気付くだろうし…)
マツカ以上に上手くやれそう。
優秀だから、と選び出されて、Eー1077に来ていたとしても、その後が変わる。
(他人とは違う部分を隠して、爪も牙も見事に隠し通して…)
表面上は「大人しい候補生」として、保身に努める。
「キース」を刺激するための素材でないなら、挑戦的に生きる必要は無い。
(こだわっていた、子供時代の記憶にしても…)
機械がシロエに要求していた「消去」のレベルは、低かった可能性が高い。
本当に「忘れてしまった」ような者では、後々、人生に支障が出て来るだろうから。
サムとスウェナと、それからシロエ。
この三人を考えるほどに、「キース・アニアン」の罪は大きい。
(私さえ、存在していなければ…)
彼らは普通に生きられたのだ、と思えて来るから、自分自身を呪いたくなる。
他の誰かを犠牲にしてまで育った命に、どれほどの価値があると言うのか。
しかも「機械が無から作った生命体」など、果たして「命」と呼んでいいのか、それも怪しい。
(…機械が神の領域を侵して、私を作り出したのだしな…)
無価値な上に、罪深い存在が「私」なのか、と悔しくなっても、どうすることも出来ない。
いつか、罪を償える日が来るとしたなら、その時は多分…。
(…世界はミュウのものになっているのだろうな…)
今は危険な異分子なのだが、と夜の窓の外を見るキースは、まだ本当のことを知らない。
ミュウが「進化の必然」であるという事実も、システムが「ミュウを排除出来ない」ことも。
だからこそ「罪」を噛み締めるけれど、キースの考えは間違っていない。
機械が作った生命体でも、キースには心が宿っている。
「自らの罪」を意識して生きていける以上は、罪は機械が背負うべきもの。
真実が明らかになった時には、キースが背負わされた「重すぎる罪」は、消え去るだろう。
今はまだ、その日は見えもしないけれども、人類とミュウの先の未来で…。
罪深い命・了
※キースのせいで人生が狂った人間、アニテラだと三人もいるんですよね。
原作の場合、スウェナはキースと直接の関わりはありません。犠牲者が一名プラス。
(…命の恩人…?)
サムが、とシロエは、瞳を大きく見開いた。
Eー1077の夜の個室で、キースのデータを調べていたら、出て来た記録。
…新入生を乗せた宇宙船の、衝突事故で…)
被害の拡大を防ぐ目的で、ステーションの一部が切り離されたらしい。
キースとサムは、二人きりで其処に居合わせた。
(新入生の船の人たちを助けに、キースとサムだけが出動して…)
無事に全員を救い出した直後に、事故を起こした区画が分離されて、爆破処分された。
サムは一足先に逃げていたけれど、キースは出遅れ、宇宙空間に飛ばされたという。
(そのままだったら、キースの命は…)
無かったかもしれない。
自力でステーションまで戻る手段を、キースは持っていなかった。
(下手に行ったら、サムも巻き添えになっていたのに…)
サムは迷わず、キースを救いに飛び出して行った。
首尾よく助けて戻ったらしいけれども、そんな記録は「見たことが無い」。
第一、宇宙船が事故に遭った事実も、シロエは今日まで知らなかった。
何度もデータを読み直す間に、事故の相手が「悪かった」ことに気付いた。
宇宙海軍の船で、民間船よりも上位に立っている船。
(…何故、宇宙海軍の船が、ステーションなんかに…?)
来るような用事は何も無い筈、と思えて来るから、事故の発端自体が「怪しい」。
(…事故を起こして、キースの手腕を確かめたとか…?)
マザー・イライザだったら、やりかねない。
キースが「失敗していた」場合は、新入生たちの命が奪われるけれど、問題ではない。
たかが「新入生」の「候補生」くらい、代わりは幾らでも送られて来る。
(…キースは上手く対処したけど、その後が…)
少しばかり読みが外れて、宇宙の藻屑と消える所を、サムが救ったということだろう。
ところが「サム」は、将来有望な人材ではない。
マザー・イライザも期待してはいなくて、キースの「おまけ」で「友人」に過ぎない。
だから評価をされることなく、宇宙船の事故ごと「忘れ去られた」英雄。
(…サムは覚えているだろうけど、他の生徒は…)
何も知らずに過ごしている上、宇宙船の事故も公の記録に残ってはいない。
ステーションの一部を分離したほど、重大な事故を「表向きでは、知る者がいない」。
(宇宙船に乗った新入生の中には、スウェナも入っているんだけど…)
彼女も、事故をどれほど覚えているのか。
「キースの友人」に含まれる以上、忘れ果ててはいないにしても、曖昧かもしれない。
(…命の恩人だと思っていたなら、もっと態度が違ったような…)
ステーションを出たのは、キースに失恋したせいにしてもね、とシロエは顎に手を当てた。
「命の恩人」に惚れ込んだけれど、袖にされたなら、出て行くことも確かに有り得る。
とはいえ、普段のスウェナの「キース」に対する姿勢は、どうだったか。
(…惚れていたせいで、ああだったのか、記憶が曖昧だったせいか…)
分からないよね、と思うくらいに、「宇宙船の事故」は「伏せられている」。
サムが「キースの命の恩人」なことも、少なくとも生徒は、誰一人として「知らない」。
なんてことだろう、とシロエは「事故の記録」を呆然と眺める。
これほどの事故を伏せるためには、マザー・イライザの「力」だけでは足りない。
(宇宙海軍の方にも、マザー・イライザのような機械がいるにしたって…)
Eー1077で暮らしていた者の記憶を、どう処理するか。
片っ端からコールしたって、上手くいかないことだろう。
一人を呼び出して処理する間に、他の者たちの間に広がり、「記憶」の楔が打ち込まれる。
(コールされて忘れ去った筈の生徒が、また耳にして…)
イタチごっこのような具合に、いつまで経っても「忘れ去られない」ことになりそう。
(生徒の他にも、大勢の人が暮らしているんだし…)
一斉に記憶を操作しないと、綺麗サッパリ「記録ごと消す」ことは出来そうにない。
(…そういう係が、いない限りは…)
事故の記録は消せやしない、と気付いたシロエの背筋が冷えて行く。
(…サムとキースと、スウェナ以外は…)
何も覚えていない状態だったら、事故の記録は消せるけれども、そう出来るのなら…。
(…ぼくが此処に来た後にも、そんな類の何かが起こっていたのに…)
覚えていないこともあるよね、とシロエは恐ろしくなった。
機械を欺き、出し抜いたつもりになっていたって、マザー・イライザの手のひらの上。
夜にベッドで眠る間に、「記憶操作を担う係」が、候補生やら職員やらの記憶を…。
(全部書き換えてしまっていたなら、ぼくは絶対、気が付かないし…)
騙されたままになってしまうよ、と怖くなるから、今夜は「覚え書き」用のノートは…。
(…読み返したりしたら、眠れなくなって…)
ついでに「消された記憶」を見つけ出すかも、と思うものだから、読まないでおこう。
もっと冷静に振り返れる日に、改めて、一番古いノートから…。
(ぼくの知らない「何かの出来事」が書かれていないか、確かめなくちゃ…)
怖いけれどね、と決意したけれども、どうだろう。
そう「決心した」ことが「機械にバレていた」なら、きっと明日には…。
(覚えていなくて、今の考えを書き留めようとしていたら…)
急に眠くなってしまって、出来ないのかも、と恐ろしくなって、「試す」のをやめる。
機械に負けたことになっても、其処の所は「かまわない」。
「今、この瞬間に、ぼくは機械に負けたんだ」と、自覚しながら眠り込むより、撤退を選ぶ。
それは「自分の意志」で選んだ道になるから、勇気ある撤退なだけで、敗北ではない。
(…負けるよりかは…)
撤退するさ、とシロエはベッドに入った。
明日になったら「忘れていたって」、負け戦よりはマシに違いないから…。
勇気ある撤退・了
※サムがキースを救った事故の記録は、本当に伏せられていそう。忘れ去られた真実。
記憶を操作している場面は、別の所であったんですよね。其処から思い付いたお話です。
サムが、とシロエは、瞳を大きく見開いた。
Eー1077の夜の個室で、キースのデータを調べていたら、出て来た記録。
…新入生を乗せた宇宙船の、衝突事故で…)
被害の拡大を防ぐ目的で、ステーションの一部が切り離されたらしい。
キースとサムは、二人きりで其処に居合わせた。
(新入生の船の人たちを助けに、キースとサムだけが出動して…)
無事に全員を救い出した直後に、事故を起こした区画が分離されて、爆破処分された。
サムは一足先に逃げていたけれど、キースは出遅れ、宇宙空間に飛ばされたという。
(そのままだったら、キースの命は…)
無かったかもしれない。
自力でステーションまで戻る手段を、キースは持っていなかった。
(下手に行ったら、サムも巻き添えになっていたのに…)
サムは迷わず、キースを救いに飛び出して行った。
首尾よく助けて戻ったらしいけれども、そんな記録は「見たことが無い」。
第一、宇宙船が事故に遭った事実も、シロエは今日まで知らなかった。
何度もデータを読み直す間に、事故の相手が「悪かった」ことに気付いた。
宇宙海軍の船で、民間船よりも上位に立っている船。
(…何故、宇宙海軍の船が、ステーションなんかに…?)
来るような用事は何も無い筈、と思えて来るから、事故の発端自体が「怪しい」。
(…事故を起こして、キースの手腕を確かめたとか…?)
マザー・イライザだったら、やりかねない。
キースが「失敗していた」場合は、新入生たちの命が奪われるけれど、問題ではない。
たかが「新入生」の「候補生」くらい、代わりは幾らでも送られて来る。
(…キースは上手く対処したけど、その後が…)
少しばかり読みが外れて、宇宙の藻屑と消える所を、サムが救ったということだろう。
ところが「サム」は、将来有望な人材ではない。
マザー・イライザも期待してはいなくて、キースの「おまけ」で「友人」に過ぎない。
だから評価をされることなく、宇宙船の事故ごと「忘れ去られた」英雄。
(…サムは覚えているだろうけど、他の生徒は…)
何も知らずに過ごしている上、宇宙船の事故も公の記録に残ってはいない。
ステーションの一部を分離したほど、重大な事故を「表向きでは、知る者がいない」。
(宇宙船に乗った新入生の中には、スウェナも入っているんだけど…)
彼女も、事故をどれほど覚えているのか。
「キースの友人」に含まれる以上、忘れ果ててはいないにしても、曖昧かもしれない。
(…命の恩人だと思っていたなら、もっと態度が違ったような…)
ステーションを出たのは、キースに失恋したせいにしてもね、とシロエは顎に手を当てた。
「命の恩人」に惚れ込んだけれど、袖にされたなら、出て行くことも確かに有り得る。
とはいえ、普段のスウェナの「キース」に対する姿勢は、どうだったか。
(…惚れていたせいで、ああだったのか、記憶が曖昧だったせいか…)
分からないよね、と思うくらいに、「宇宙船の事故」は「伏せられている」。
サムが「キースの命の恩人」なことも、少なくとも生徒は、誰一人として「知らない」。
なんてことだろう、とシロエは「事故の記録」を呆然と眺める。
これほどの事故を伏せるためには、マザー・イライザの「力」だけでは足りない。
(宇宙海軍の方にも、マザー・イライザのような機械がいるにしたって…)
Eー1077で暮らしていた者の記憶を、どう処理するか。
片っ端からコールしたって、上手くいかないことだろう。
一人を呼び出して処理する間に、他の者たちの間に広がり、「記憶」の楔が打ち込まれる。
(コールされて忘れ去った筈の生徒が、また耳にして…)
イタチごっこのような具合に、いつまで経っても「忘れ去られない」ことになりそう。
(生徒の他にも、大勢の人が暮らしているんだし…)
一斉に記憶を操作しないと、綺麗サッパリ「記録ごと消す」ことは出来そうにない。
(…そういう係が、いない限りは…)
事故の記録は消せやしない、と気付いたシロエの背筋が冷えて行く。
(…サムとキースと、スウェナ以外は…)
何も覚えていない状態だったら、事故の記録は消せるけれども、そう出来るのなら…。
(…ぼくが此処に来た後にも、そんな類の何かが起こっていたのに…)
覚えていないこともあるよね、とシロエは恐ろしくなった。
機械を欺き、出し抜いたつもりになっていたって、マザー・イライザの手のひらの上。
夜にベッドで眠る間に、「記憶操作を担う係」が、候補生やら職員やらの記憶を…。
(全部書き換えてしまっていたなら、ぼくは絶対、気が付かないし…)
騙されたままになってしまうよ、と怖くなるから、今夜は「覚え書き」用のノートは…。
(…読み返したりしたら、眠れなくなって…)
ついでに「消された記憶」を見つけ出すかも、と思うものだから、読まないでおこう。
もっと冷静に振り返れる日に、改めて、一番古いノートから…。
(ぼくの知らない「何かの出来事」が書かれていないか、確かめなくちゃ…)
怖いけれどね、と決意したけれども、どうだろう。
そう「決心した」ことが「機械にバレていた」なら、きっと明日には…。
(覚えていなくて、今の考えを書き留めようとしていたら…)
急に眠くなってしまって、出来ないのかも、と恐ろしくなって、「試す」のをやめる。
機械に負けたことになっても、其処の所は「かまわない」。
「今、この瞬間に、ぼくは機械に負けたんだ」と、自覚しながら眠り込むより、撤退を選ぶ。
それは「自分の意志」で選んだ道になるから、勇気ある撤退なだけで、敗北ではない。
(…負けるよりかは…)
撤退するさ、とシロエはベッドに入った。
明日になったら「忘れていたって」、負け戦よりはマシに違いないから…。
勇気ある撤退・了
※サムがキースを救った事故の記録は、本当に伏せられていそう。忘れ去られた真実。
記憶を操作している場面は、別の所であったんですよね。其処から思い付いたお話です。
「お前、週末、新入りに混じって、射撃訓練してたんだってな?」
せっかくの休みに、何をやってるんだよ、とキースの耳に、聞こえて来た声。
国家騎士団の者たちの会話で、食堂の中で話していた。
(…あいつか…)
よく見る顔だ、とキースは「射撃訓練をしていた」らしい者を眺める。
今のキースは上級大佐で、昇進する日も近いけれども、たまに食堂に入りもする。
コーヒーを一杯、飲む間だけ、「観察」するのが目的だった。
階級が上になって来るほど、下の者たちの様子が分かりにくくなるからだ。
(週末返上で射撃訓練とは、将来、有望だな)
覚えておこう、と心のメモに書き留めた所で、当の本人が、こう答えた。
「そりゃまあ、キッチリ訓練していりゃ、上の覚えもめでたいし…」
腕も上がって一石二鳥だ、と「将来有望な人材」は、親指を立てた。
「休みを潰してやる甲斐はあると思わないか?」
「うーん…。俺は、それほど出世したいわけじゃないしなあ…」
休みを楽しむ方が合ってる、と言った者の方は、週末はドライブしていたようだ。
勝手気ままにハンドルを切って、首都惑星ノアの景色を満喫して来た、と得意げに話す。
「車の少ないトコに行ったら、飛ばし放題、気持ちいいぜ!」
「国家騎士団で鍛えた腕を、無駄に活かしているんじゃあ…?」
「生き甲斐っていうのは、人それぞれだろ?」
あいつなんかは、食いまくって過ごしているみたいだし、と別の誰かの名前が挙がった。
「どうせ訓練で痩せちまうからな」を口癖にしていて、休みの度に食べ歩くらしい。
彼が自分の足と舌で集めた「グルメ情報」は、他の者の役に立っている様子だ。
(…確かに生き甲斐は、それぞれらしい…)
たった三人の分を聞いただけでも、三通りか、とキースは苦笑し、席を立った。
今日の「観察」も、来た甲斐があった、と「いずれ引き抜くかもしれない者」を見ながら。
自分専用の部屋に戻ると、キースは早速、側近のマツカに指示を下した。
「週末も射撃訓練をしていた者」に関して、出来る限りの情報を集めて来るように、と。
「分かりました。セルジュたちにも伝えますか?」
「そうだな。彼らも何処かで目にする機会がありそうだ」
見掛けた時は注視するよう伝えておけ、とキースは「マツカ」の働きぶりに満足する。
マツカの場合は、「キースの側近として働く」ことが、生き甲斐だろう。
(やっていて楽しい役目なのかは、分からんがな…)
私の機嫌を取ったところで、出世が出来るわけでもないし、と思いはしても、良い点はある。
マツカの正体は「ミュウ」なのだから、キースの側近でなければ、殺されてしまうだけ。
(生きていてこそ、生き甲斐もあるというものだ…)
生き抜くことが、生き甲斐な者が「マツカ」かもしれない。
プラスして「キースの役に立つこと」で、だから懸命に仕え続ける。
(なかなかに面白い生き甲斐だな…)
出世欲だの、食欲だのとは違うようだ、と興味深く思う間に、ハタと気付いた。
「キース」が「生き甲斐」としているものは、一体、何なのか。
(……私の生き甲斐……?)
何かあったか、と振り返ってみて、背筋が冷たくなってゆく。
「これだ」と即答出来る答えが、「キース」の中には無いらしい。
(…順調に昇進を遂げて来ているが、さっき食堂で見た者のように…)
上官の覚えがめでたくなるよう、行動していた記憶など無い。
第一、思い付きさえしなくて、ただ、黙々と努力を重ねて、今があるだけ。
(…そういえば…)
Eー1077を卒業した時には、同期の仲間が何人かいた。
研修期間が過ぎると、別の所へ散っていったけれど、そうなる前は一緒だった。
射撃訓練にしても、練習艇の操縦にしても、教官や上官に指導を受ける時は、彼らがいた。
(誰もが、高く評価して貰うために…)
競い合った中で、「キース」は、彼らを全く意識しないで、自分の考えで動き続けた。
「競い合う」のは成績だけで、他の所で競い合おうとしたことは一度も無い。
けれど、同期の者は違って、教官や上官に「取り入るチャンス」を狙っていた。
(…資料を集める必要があれば、名乗り出てみたり…)
練習艇の整備係を申し出たりして、「点数稼ぎ」を繰り返す日々。
(下らないことを、と切り捨てていたが…)
彼らは「将来の出世」のために、道筋をつけていたのだろう。
少しでも有利な配属先へ赴けるよう、せっせと「自分」を売り込んで。
(あれも一種の生き甲斐なわけで、野心があるからやっていたことで…)
結果を出せたかどうかはともかく、彼らは「生き甲斐」を持っていた。
「キース」が淡々と生きる間も、明確な目標を目の前に据えて。
どうやら「キース」にとっての出世や昇進は、「生き甲斐」とは無縁で、結果しかない。
これから昇進し続けてみても、「私は、この地位に就きたかった」と考えはしないことだろう。
国家騎士団総司令だろうが、空席のままの国家主席に選ばれようが、「どうでもいい」。
(…その地位に就くのが目標ではあっても、私自身が「なりたい」気持ちは…)
何処にあるのだ、と自分の中を何度探っても、何も見付かりはしなかった。
今日までの人生の「目標」は全て、「マザー・イライザ」や「グランド・マザー」が…。
(…そうするように示唆して来るのを、こなし続けて来ただけで…)
私の意志は含まれていない、とキースは、ゾクリとする。
(…ミュウのマツカを、側近に据えているように…)
マザー・システムの意向に反することなら「している」とはいえ、「生き甲斐」とまでは…。
(言えはしないな…)
生き甲斐ならば、もっとミュウに肩入れするさ、と思うからこそ、恐ろしい。
「生き甲斐」を持たずに生きて来たなら、かつてシロエが言った通りに…。
(…お人形さんだ…)
マザー・イライザと、グランド・マザーの「人形」でしかない、と目の前が暗くなるよう。
そうなるように「作られた」からか、それとも、気付かない内に「そうなっていた」か。
(…私にも、私の考えがあって…)
現に「マツカ」を生かしているから、「自分の意思が無い」わけではない。
「生き甲斐」と呼べる「何か」を持っていないだけで、これから先に、出来るかもしれない。
(……そうなってくれれば良いのだが……)
駄目だった時は「お人形さん」で終わるらしい、とキースは奈落の底に落ちてゆきそう。
(…もしも、サムが壊れてしまうことなく、無事でいたなら…)
生き甲斐の一つもあっただろうか、と考えてしまう。
多忙な日々の合間を見付けて、「ただのパイロット」になっているサムに会いに行くとか。
(…そうだったとしたら、それは立派な生き甲斐で…)
どんなに忙しい任務だろうが、「サムに会う日」を目標に据えて張り切ったろう。
「これが終われば、休暇なんだ」と、「サムに連絡を取って、会いに行けるぞ」と。
(…一般人のサムには言えない、機密事項を抱えていようが、黙っていれば済むことで…)
サムに会ったら、任務で知ったことは話さず、思い出話に花を咲かせればいい。
互いの近況なども話して、「またな」と別れて、「次の機会」を楽しみに生きる。
(……そうだな、サムさえ無事でいてくれたなら……)
きっと「キース」にも「生き甲斐」があった、と思うけれども、サムは壊れてしまった後。
人生が終わってしまわない内に、「生き甲斐」を見付けられなかったなら…。
(…お人形さんのままで、「キース」は消えてゆくのか…)
あまりにも惨い、と辛くなるから、見付かって欲しい。
立派な「生き甲斐」でなくていいから、「これだ」と思えるものを見付けて、追い続ける。
「キース」の人生が終わる時まで、懸命に追って、生き続けて…。
生きてゆく形・了
※キースは「何がしたくて生きている」のかな、と思った所から出来たお話。
ステーション時代から、システムに懐疑的でも、それを形にはしなかったよね、と…。
せっかくの休みに、何をやってるんだよ、とキースの耳に、聞こえて来た声。
国家騎士団の者たちの会話で、食堂の中で話していた。
(…あいつか…)
よく見る顔だ、とキースは「射撃訓練をしていた」らしい者を眺める。
今のキースは上級大佐で、昇進する日も近いけれども、たまに食堂に入りもする。
コーヒーを一杯、飲む間だけ、「観察」するのが目的だった。
階級が上になって来るほど、下の者たちの様子が分かりにくくなるからだ。
(週末返上で射撃訓練とは、将来、有望だな)
覚えておこう、と心のメモに書き留めた所で、当の本人が、こう答えた。
「そりゃまあ、キッチリ訓練していりゃ、上の覚えもめでたいし…」
腕も上がって一石二鳥だ、と「将来有望な人材」は、親指を立てた。
「休みを潰してやる甲斐はあると思わないか?」
「うーん…。俺は、それほど出世したいわけじゃないしなあ…」
休みを楽しむ方が合ってる、と言った者の方は、週末はドライブしていたようだ。
勝手気ままにハンドルを切って、首都惑星ノアの景色を満喫して来た、と得意げに話す。
「車の少ないトコに行ったら、飛ばし放題、気持ちいいぜ!」
「国家騎士団で鍛えた腕を、無駄に活かしているんじゃあ…?」
「生き甲斐っていうのは、人それぞれだろ?」
あいつなんかは、食いまくって過ごしているみたいだし、と別の誰かの名前が挙がった。
「どうせ訓練で痩せちまうからな」を口癖にしていて、休みの度に食べ歩くらしい。
彼が自分の足と舌で集めた「グルメ情報」は、他の者の役に立っている様子だ。
(…確かに生き甲斐は、それぞれらしい…)
たった三人の分を聞いただけでも、三通りか、とキースは苦笑し、席を立った。
今日の「観察」も、来た甲斐があった、と「いずれ引き抜くかもしれない者」を見ながら。
自分専用の部屋に戻ると、キースは早速、側近のマツカに指示を下した。
「週末も射撃訓練をしていた者」に関して、出来る限りの情報を集めて来るように、と。
「分かりました。セルジュたちにも伝えますか?」
「そうだな。彼らも何処かで目にする機会がありそうだ」
見掛けた時は注視するよう伝えておけ、とキースは「マツカ」の働きぶりに満足する。
マツカの場合は、「キースの側近として働く」ことが、生き甲斐だろう。
(やっていて楽しい役目なのかは、分からんがな…)
私の機嫌を取ったところで、出世が出来るわけでもないし、と思いはしても、良い点はある。
マツカの正体は「ミュウ」なのだから、キースの側近でなければ、殺されてしまうだけ。
(生きていてこそ、生き甲斐もあるというものだ…)
生き抜くことが、生き甲斐な者が「マツカ」かもしれない。
プラスして「キースの役に立つこと」で、だから懸命に仕え続ける。
(なかなかに面白い生き甲斐だな…)
出世欲だの、食欲だのとは違うようだ、と興味深く思う間に、ハタと気付いた。
「キース」が「生き甲斐」としているものは、一体、何なのか。
(……私の生き甲斐……?)
何かあったか、と振り返ってみて、背筋が冷たくなってゆく。
「これだ」と即答出来る答えが、「キース」の中には無いらしい。
(…順調に昇進を遂げて来ているが、さっき食堂で見た者のように…)
上官の覚えがめでたくなるよう、行動していた記憶など無い。
第一、思い付きさえしなくて、ただ、黙々と努力を重ねて、今があるだけ。
(…そういえば…)
Eー1077を卒業した時には、同期の仲間が何人かいた。
研修期間が過ぎると、別の所へ散っていったけれど、そうなる前は一緒だった。
射撃訓練にしても、練習艇の操縦にしても、教官や上官に指導を受ける時は、彼らがいた。
(誰もが、高く評価して貰うために…)
競い合った中で、「キース」は、彼らを全く意識しないで、自分の考えで動き続けた。
「競い合う」のは成績だけで、他の所で競い合おうとしたことは一度も無い。
けれど、同期の者は違って、教官や上官に「取り入るチャンス」を狙っていた。
(…資料を集める必要があれば、名乗り出てみたり…)
練習艇の整備係を申し出たりして、「点数稼ぎ」を繰り返す日々。
(下らないことを、と切り捨てていたが…)
彼らは「将来の出世」のために、道筋をつけていたのだろう。
少しでも有利な配属先へ赴けるよう、せっせと「自分」を売り込んで。
(あれも一種の生き甲斐なわけで、野心があるからやっていたことで…)
結果を出せたかどうかはともかく、彼らは「生き甲斐」を持っていた。
「キース」が淡々と生きる間も、明確な目標を目の前に据えて。
どうやら「キース」にとっての出世や昇進は、「生き甲斐」とは無縁で、結果しかない。
これから昇進し続けてみても、「私は、この地位に就きたかった」と考えはしないことだろう。
国家騎士団総司令だろうが、空席のままの国家主席に選ばれようが、「どうでもいい」。
(…その地位に就くのが目標ではあっても、私自身が「なりたい」気持ちは…)
何処にあるのだ、と自分の中を何度探っても、何も見付かりはしなかった。
今日までの人生の「目標」は全て、「マザー・イライザ」や「グランド・マザー」が…。
(…そうするように示唆して来るのを、こなし続けて来ただけで…)
私の意志は含まれていない、とキースは、ゾクリとする。
(…ミュウのマツカを、側近に据えているように…)
マザー・システムの意向に反することなら「している」とはいえ、「生き甲斐」とまでは…。
(言えはしないな…)
生き甲斐ならば、もっとミュウに肩入れするさ、と思うからこそ、恐ろしい。
「生き甲斐」を持たずに生きて来たなら、かつてシロエが言った通りに…。
(…お人形さんだ…)
マザー・イライザと、グランド・マザーの「人形」でしかない、と目の前が暗くなるよう。
そうなるように「作られた」からか、それとも、気付かない内に「そうなっていた」か。
(…私にも、私の考えがあって…)
現に「マツカ」を生かしているから、「自分の意思が無い」わけではない。
「生き甲斐」と呼べる「何か」を持っていないだけで、これから先に、出来るかもしれない。
(……そうなってくれれば良いのだが……)
駄目だった時は「お人形さん」で終わるらしい、とキースは奈落の底に落ちてゆきそう。
(…もしも、サムが壊れてしまうことなく、無事でいたなら…)
生き甲斐の一つもあっただろうか、と考えてしまう。
多忙な日々の合間を見付けて、「ただのパイロット」になっているサムに会いに行くとか。
(…そうだったとしたら、それは立派な生き甲斐で…)
どんなに忙しい任務だろうが、「サムに会う日」を目標に据えて張り切ったろう。
「これが終われば、休暇なんだ」と、「サムに連絡を取って、会いに行けるぞ」と。
(…一般人のサムには言えない、機密事項を抱えていようが、黙っていれば済むことで…)
サムに会ったら、任務で知ったことは話さず、思い出話に花を咲かせればいい。
互いの近況なども話して、「またな」と別れて、「次の機会」を楽しみに生きる。
(……そうだな、サムさえ無事でいてくれたなら……)
きっと「キース」にも「生き甲斐」があった、と思うけれども、サムは壊れてしまった後。
人生が終わってしまわない内に、「生き甲斐」を見付けられなかったなら…。
(…お人形さんのままで、「キース」は消えてゆくのか…)
あまりにも惨い、と辛くなるから、見付かって欲しい。
立派な「生き甲斐」でなくていいから、「これだ」と思えるものを見付けて、追い続ける。
「キース」の人生が終わる時まで、懸命に追って、生き続けて…。
生きてゆく形・了
※キースは「何がしたくて生きている」のかな、と思った所から出来たお話。
ステーション時代から、システムに懐疑的でも、それを形にはしなかったよね、と…。
(…ピーターパンの本…)
ぼくの大切な宝物、とシロエは両親に貰った本の表紙を撫でる。
Eー1077の夜の個室で、そっとページをめくる間に、頭の中をよぎったもの。
(…どうして、この本だったんだろう?)
ぼくを虜にした一冊は、と遠い記憶を振り返ってみる。
ステーションまで持って来たほど、とても大事な本だけれども、何故、この本なのか。
(ぼくが一番、惹かれたからで…)
両親が選んで与えてくれた本たちの中で、『ピーターパン』は抜きん出ていた。
貰って一気に読み終えた後も、本の世界に夢中になった。
繰り返し読んで、筋をすっかり覚えてしまっても、飽きることなど一度も無かった。
(最初に憧れたのは、ネバーランドよりも…)
ピーターパンと一緒に飛んでゆく旅で、単純に「夜空を飛んでみたかった」。
空を飛ぶのは、幼い子供が抱く夢の一つで、シロエも同じに憧れただけ。
(それに夜空を飛ぶというのが…)
楽しそうだ、と心が躍ったことを覚えている。
育英都市で育つ子供は、養父母が「きちんと」育てていたから、夜更かしはしない。
年齢に合わせて「床に就く」時間が定められていた。
(もちろん、家の事情とかもあるから…)
規則通りとゆきはしないし、多少の幅はあったけれども、深夜まで起きていてはいけない。
(ピーターパンが飛んで来るような時間は、とうにベッドで…)
寝ているだけに、幼いシロエは「夜空」を飽きずに眺めてはいない。
(あの星を、もっと見ていたいから、ってパパに言っても…)
返った答えは「寝る時間だよ」で、父にベッドへ連れて行かれた。
夜空に輝く星の一つを、眠くなるまで仰いでいることは許されなかった。
(…夜の空を見ながら、飛んで行けたら…)
素敵だろうな、と幼かったシロエは夢を描いた。
「ピーターパンが来てくれたなら、ぼくも行けるよ」と、夜空の旅に出掛けたくなる。
その日が来たら、きっと行こう、と考えたことが、始まりの一歩。
『ピーターパン』の本との出会いは、そういったもので、恐らく、ありがちな憧れだろう。
空を飛ぶことが出来ない「人間」だけに、子供でなくとも、惹き付けられそう。
(…うん、其処までは、みんな同じで…)
少し育ったら、ネバーランドでの冒険などに胸を躍らせ、自分も入ってゆきたくなる。
ピーターパンと一緒に走り回って、海賊退治をしたりするのが楽しそうだ、と。
(ぼくもそうだし、ピーターパンと活躍したくて…)
ネバーランドへの夢を膨らませていった。
「いつか行くんだ」と、迎えが来たなら、直ぐに旅立てるように心構えもした。
(…小さい間は、それで良かったんだけれどね…)
何処も間違ってはいない思考で、「冒険したい」のは健全に育っている証拠でもある。
将来に向けた夢が冒険で、「冒険」の中身が、成長につれて置き換わってゆく。
(ネバーランドに行きたいな、というのが、地球に変わって…)
どうすれば「憧れの地球」に行けるか、考えながら「自分の進路」を思い描いて歩み始める。
(…行きたい道へは、学校の成績と、成人検査の結果次第で…)
行けるか否かが決まるわけだし、誰しも努力を惜しみはしない。
本当に「夢」を持っているなら、叶えられるように勉強をしたり、身体を鍛えたりもする。
(ぼくだって、そうで…)
父から聞いた「ネバーランドよりも、素敵な地球」を目指した。
きっと其処には楽園があって、素晴らしいのに違いない、と疑いさえもしなかった。
(…でも、本当は…)
違うみたいだ、と今のシロエは気付いている。
憧れていた「ネバーランド」も、今の世界では「悪い世界」になるのだろう。
(…大人社会に入ってゆくには、子供のままの心では駄目で…)
そうならないよう、成人検査を受けさせ、子供時代を「捨てさせる」。
養父母たちと暮らした記憶を、今の社会に都合がいいよう、機械が強引に書き換えて。
ステーションにいる「候補生たち」は、皆、機械の理想の「大人」の候補。
幼かった頃の記憶にしがみついたり、薄れる記憶を繋ぎ止めようと足掻いたりはしない。
(…此処でなくても、何処のステーションでも…)
似たようなものなんだろう、と分かるからこそ、シロエは「どうして?」と疑問に思う。
『ピーターパン』の本に捕まらなければ、シロエも「流れ」に乗ってゆけたろう。
(行きたい場所が、ネバーランドから地球に変わっていったら…)
現実的な世界に惹かれ始めて、夜空を駆ける夢にしたって、変わってゆきそう。
「ピーターパンの迎えを待つ」のではなくて、「宇宙船などを操って飛び立つ」方へと。
(冒険の旅も、海賊退治をするのなら…)
宇宙海軍に入隊したなら、「本物の海賊退治」に出掛けてゆける。
今の時代の「海賊」は「宇宙海賊」だから、宇宙海軍が常に警備に回っているらしい。
(…その程度の知識は、育英都市でも…)
その気になったら「分かった」ことだし、普通の子供は、「そう」だったろう。
(大きくなったら、パイロットになろうとか、宇宙海軍に入りたいとか…)
将来の「目標」が出来るけれども、シロエの場合は「違っていた」。
目標だったのは「地球」で、其処へ着いたら「これをしたい」という夢は無かった。
ただ、がむしゃらに努力しただけで、「地球」しか見えていなかった。
(…ぼくが大人になった姿なんか…)
明確な像を結んでいなくて、漠然とした「夢」があっただけ。
「大人になったら、地球へ行くんだ」と、「どういう大人」なのかも考えないで。
(…そうなっちゃったの、この本に惹かれ過ぎちゃったせいで…)
ネバーランドに焦がれ続けて、その先に「地球」があったからだ、と自覚なら「ある」。
惹かれた本が『ピーターパン』とは違う本なら、今の「シロエ」は出来上がっていない。
(…他の本には、まるで興味が無かったから…)
一読したら「それでおしまい」、繰り返し読んでいた本は『ピーターパン』だけ。
けれども、記憶に残る本の中には、冒険の旅も幾つもあった。
(小さな子供が旅を始めて、いろんな危機を乗り越えて行って…)
立派な騎士になる物語もあれば、王様にまでなった話もあったと覚えてはいる。
そうした本に惹かれていたなら、今の「シロエ」は、立派な「エリート候補生」だろう。
(メンバーズになれば、今の時代の「騎士様」」で…)
国家騎士団という組織もあるから、名実ともに「騎士」になれるし、順風満帆。
子供時代の記憶に縛られはしないで、真っ直ぐに前を見詰めて歩む人生。
(…もしかして、この本が、悪かったのかな…?)
ぼくの大切な宝物だけれと、と『ピーターパン』の本を眺める。
どう考えてみても「シロエの人生」を狂わせたものは、この本と言える。
(……今の時代に、そぐわないよ……)
永遠の子供のピーターパンを描いた本は、と溜息が零れ落ちそう。
「子供のままではいられない」のが今の社会で、機械は「子供の心を持った大人」を否定する。
それなのに、何故、この本が今も残り続けて、シロエの許まで辿り着いたのか。
(…禁書にしたって、いいと思うのに…)
むしろ、その方が相応しい、と思うけれども、本は残って、シロエは「出会った」。
(……運命なのかな……)
ピーターパンの本が似合う世界を、取り戻すために、ぼくは生まれたのかな、という気がする。
ならば、努力を続けるしかない。
昔のように「子供が子供でいられる世界」を、もう一度、作り出すために。
長い旅路になるだろうけれど、「運命の出会い」だったというなら、頑張ってゆこう。
(…ピーターパン…)
やり遂げた時には、迎えに来てね、とシロエは「ネバーランド」を夢見て微笑む。
其処は「地球よりも、素晴らしい」から。
機械の支配に屈しないまま、今も何処かに「ある筈」だから…。
違う本なら・了
※シロエが持っていた『ピーターパン』ですけど、SD体制の時代には不似合いな本。
禁書になっていなかったのが今も不思議で、其処から生まれたお話です。
ぼくの大切な宝物、とシロエは両親に貰った本の表紙を撫でる。
Eー1077の夜の個室で、そっとページをめくる間に、頭の中をよぎったもの。
(…どうして、この本だったんだろう?)
ぼくを虜にした一冊は、と遠い記憶を振り返ってみる。
ステーションまで持って来たほど、とても大事な本だけれども、何故、この本なのか。
(ぼくが一番、惹かれたからで…)
両親が選んで与えてくれた本たちの中で、『ピーターパン』は抜きん出ていた。
貰って一気に読み終えた後も、本の世界に夢中になった。
繰り返し読んで、筋をすっかり覚えてしまっても、飽きることなど一度も無かった。
(最初に憧れたのは、ネバーランドよりも…)
ピーターパンと一緒に飛んでゆく旅で、単純に「夜空を飛んでみたかった」。
空を飛ぶのは、幼い子供が抱く夢の一つで、シロエも同じに憧れただけ。
(それに夜空を飛ぶというのが…)
楽しそうだ、と心が躍ったことを覚えている。
育英都市で育つ子供は、養父母が「きちんと」育てていたから、夜更かしはしない。
年齢に合わせて「床に就く」時間が定められていた。
(もちろん、家の事情とかもあるから…)
規則通りとゆきはしないし、多少の幅はあったけれども、深夜まで起きていてはいけない。
(ピーターパンが飛んで来るような時間は、とうにベッドで…)
寝ているだけに、幼いシロエは「夜空」を飽きずに眺めてはいない。
(あの星を、もっと見ていたいから、ってパパに言っても…)
返った答えは「寝る時間だよ」で、父にベッドへ連れて行かれた。
夜空に輝く星の一つを、眠くなるまで仰いでいることは許されなかった。
(…夜の空を見ながら、飛んで行けたら…)
素敵だろうな、と幼かったシロエは夢を描いた。
「ピーターパンが来てくれたなら、ぼくも行けるよ」と、夜空の旅に出掛けたくなる。
その日が来たら、きっと行こう、と考えたことが、始まりの一歩。
『ピーターパン』の本との出会いは、そういったもので、恐らく、ありがちな憧れだろう。
空を飛ぶことが出来ない「人間」だけに、子供でなくとも、惹き付けられそう。
(…うん、其処までは、みんな同じで…)
少し育ったら、ネバーランドでの冒険などに胸を躍らせ、自分も入ってゆきたくなる。
ピーターパンと一緒に走り回って、海賊退治をしたりするのが楽しそうだ、と。
(ぼくもそうだし、ピーターパンと活躍したくて…)
ネバーランドへの夢を膨らませていった。
「いつか行くんだ」と、迎えが来たなら、直ぐに旅立てるように心構えもした。
(…小さい間は、それで良かったんだけれどね…)
何処も間違ってはいない思考で、「冒険したい」のは健全に育っている証拠でもある。
将来に向けた夢が冒険で、「冒険」の中身が、成長につれて置き換わってゆく。
(ネバーランドに行きたいな、というのが、地球に変わって…)
どうすれば「憧れの地球」に行けるか、考えながら「自分の進路」を思い描いて歩み始める。
(…行きたい道へは、学校の成績と、成人検査の結果次第で…)
行けるか否かが決まるわけだし、誰しも努力を惜しみはしない。
本当に「夢」を持っているなら、叶えられるように勉強をしたり、身体を鍛えたりもする。
(ぼくだって、そうで…)
父から聞いた「ネバーランドよりも、素敵な地球」を目指した。
きっと其処には楽園があって、素晴らしいのに違いない、と疑いさえもしなかった。
(…でも、本当は…)
違うみたいだ、と今のシロエは気付いている。
憧れていた「ネバーランド」も、今の世界では「悪い世界」になるのだろう。
(…大人社会に入ってゆくには、子供のままの心では駄目で…)
そうならないよう、成人検査を受けさせ、子供時代を「捨てさせる」。
養父母たちと暮らした記憶を、今の社会に都合がいいよう、機械が強引に書き換えて。
ステーションにいる「候補生たち」は、皆、機械の理想の「大人」の候補。
幼かった頃の記憶にしがみついたり、薄れる記憶を繋ぎ止めようと足掻いたりはしない。
(…此処でなくても、何処のステーションでも…)
似たようなものなんだろう、と分かるからこそ、シロエは「どうして?」と疑問に思う。
『ピーターパン』の本に捕まらなければ、シロエも「流れ」に乗ってゆけたろう。
(行きたい場所が、ネバーランドから地球に変わっていったら…)
現実的な世界に惹かれ始めて、夜空を駆ける夢にしたって、変わってゆきそう。
「ピーターパンの迎えを待つ」のではなくて、「宇宙船などを操って飛び立つ」方へと。
(冒険の旅も、海賊退治をするのなら…)
宇宙海軍に入隊したなら、「本物の海賊退治」に出掛けてゆける。
今の時代の「海賊」は「宇宙海賊」だから、宇宙海軍が常に警備に回っているらしい。
(…その程度の知識は、育英都市でも…)
その気になったら「分かった」ことだし、普通の子供は、「そう」だったろう。
(大きくなったら、パイロットになろうとか、宇宙海軍に入りたいとか…)
将来の「目標」が出来るけれども、シロエの場合は「違っていた」。
目標だったのは「地球」で、其処へ着いたら「これをしたい」という夢は無かった。
ただ、がむしゃらに努力しただけで、「地球」しか見えていなかった。
(…ぼくが大人になった姿なんか…)
明確な像を結んでいなくて、漠然とした「夢」があっただけ。
「大人になったら、地球へ行くんだ」と、「どういう大人」なのかも考えないで。
(…そうなっちゃったの、この本に惹かれ過ぎちゃったせいで…)
ネバーランドに焦がれ続けて、その先に「地球」があったからだ、と自覚なら「ある」。
惹かれた本が『ピーターパン』とは違う本なら、今の「シロエ」は出来上がっていない。
(…他の本には、まるで興味が無かったから…)
一読したら「それでおしまい」、繰り返し読んでいた本は『ピーターパン』だけ。
けれども、記憶に残る本の中には、冒険の旅も幾つもあった。
(小さな子供が旅を始めて、いろんな危機を乗り越えて行って…)
立派な騎士になる物語もあれば、王様にまでなった話もあったと覚えてはいる。
そうした本に惹かれていたなら、今の「シロエ」は、立派な「エリート候補生」だろう。
(メンバーズになれば、今の時代の「騎士様」」で…)
国家騎士団という組織もあるから、名実ともに「騎士」になれるし、順風満帆。
子供時代の記憶に縛られはしないで、真っ直ぐに前を見詰めて歩む人生。
(…もしかして、この本が、悪かったのかな…?)
ぼくの大切な宝物だけれと、と『ピーターパン』の本を眺める。
どう考えてみても「シロエの人生」を狂わせたものは、この本と言える。
(……今の時代に、そぐわないよ……)
永遠の子供のピーターパンを描いた本は、と溜息が零れ落ちそう。
「子供のままではいられない」のが今の社会で、機械は「子供の心を持った大人」を否定する。
それなのに、何故、この本が今も残り続けて、シロエの許まで辿り着いたのか。
(…禁書にしたって、いいと思うのに…)
むしろ、その方が相応しい、と思うけれども、本は残って、シロエは「出会った」。
(……運命なのかな……)
ピーターパンの本が似合う世界を、取り戻すために、ぼくは生まれたのかな、という気がする。
ならば、努力を続けるしかない。
昔のように「子供が子供でいられる世界」を、もう一度、作り出すために。
長い旅路になるだろうけれど、「運命の出会い」だったというなら、頑張ってゆこう。
(…ピーターパン…)
やり遂げた時には、迎えに来てね、とシロエは「ネバーランド」を夢見て微笑む。
其処は「地球よりも、素晴らしい」から。
機械の支配に屈しないまま、今も何処かに「ある筈」だから…。
違う本なら・了
※シロエが持っていた『ピーターパン』ですけど、SD体制の時代には不似合いな本。
禁書になっていなかったのが今も不思議で、其処から生まれたお話です。
