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(…シロエ。いったい誰に…何をされた?)
 覗き込んだベッドの上。苦痛のためか、汗の浮かんだシロエの顔。
 灯りが落とされたステーションの中庭、自分を呼び止めたのはシロエだけれど。
 「とうとう見付けましたよ、キース。…あなたの秘密をね」と。
 けれど、意識を失ったシロエ。
 続きを口にする前に。
 それにシロエが座っていた場所、外された通風孔の蓋。
 シロエは其処から出て来たのだろう、誰かに追われて。
 このステーションで追われることがあるなら、追っている者は…。
(…マザー・イライザ…)
 他には誰も思い付かない。マザー・イライザしかいない。


 だからシロエを連れて戻った。自分の部屋に。
 シロエが口にした「あなたの秘密」も、気掛かりでならないことだけれども。
 それよりも気に懸かるシロエのこと。
 いったい誰に何をされたか、どうして追われることになったか。
(…マザー・イライザに…)
 逆らいすぎただろうか、シロエは。
 優等生のくせに、システムに対して反抗的。要注意人物の指示さえ出ていたシロエ。
 彼ならば何かやるかもしれない、マザー・イライザの不興を買いそうなことを。
 こうして追われることになろうとも、自らの意志を貫き通して。
(…目を覚まさない内は、何も分からないか…)
 少しでも身体が楽になるよう、注射と、額に冷却シート。
 後は目覚めを待つよりは無い。
 シロエの意識が戻って来るまで。


 そうしてベッドの脇に座って、ふと目を留めたシロエの枕元。
 何の気なしに置いてやった本、シロエがしっかりと抱えていた本。
(…ピーターパン…?)
 そんなに大事な本なのだろうか、ずいぶんと古いこの本が。
 作られてから何年経っているのか、何度も繰り返し読まれたらしい古び方。
 いつから持っていたのだろうか、と眺めたけれど。
(…馬鹿な…!)
 有り得ない、と見詰めたシロエの持ち物。
 自分は覚えていないけれども、成人検査を受ける時には、荷物を持ってはいけない決まり。
 身に着けていた服や小物などなら、そのまま通過出来るのだけれど…。
(こんな本だと…)
 成人検査を通過出来るとも思えない。
 それともシロエは懸命に抱え、手放すまいとしたのだろうか。
 彼を此処まで連れてくる時、意識は無くとも、本を抱えたままだったように。


(…まさか…)
 本当にそうやって持って来たのか、と手に取った本。
 ステーションでこれほどの時を経て来た本だというなら、ライブラリーの蔵書だから。
 背表紙にそれを示す印が刻み込まれている筈だから。
(……無い……?)
 其処に見慣れた印は無かった。
 ライブラリーの本の現在位置をも知らせる筈の、その刻印は。
(…やはり、シロエの…)
 本だったのか、と驚いたそれ。
 興味が出て来た、古びた本。
 どうしてシロエは今も大切に持っているのか、ステーションまで持って来たのか。
 どういう中身の本なのだろうか、ピーターパンは。
(…だが、シロエのだ…)
 これは読むまい、と枕元へと戻してやった。
 シロエが大切にしている本なら、勝手に中を見てはいけない。
 幼い頃から持っていたなら、なおのこと。


 中を見ずとも、答えは得られる。
 ライブラリーのデータベースにアクセスしたなら、恐らくはきっと。
(…マザー・イライザに気付かれないよう…)
 注意せねば、と心を落ち着け、呼び出した画面。
 「ピーターパン」とタイトルを打ち込み、出て来たデータを読み進めたら…。
(…子供たちだけの世界で生きる少年…)
 永遠に年を取らない少年、それがピーターパンだった。
 なんと危険な本なのだろうか、この社会では大人になることを拒めはしない。
 そういう意思を表示したなら危険思想で、心理検査も免れないのではなかったか。
(……要注意人物……)
 それでは、シロエはこの本のために、禁を犯して追われたろうか。
 大人にならない永遠の少年、ピーターパンのように生きていたいと願ったろうか。
 シロエがその目を覚まさない内は、その胸の中は分からないけれど。
 心の中まで覗き見ることは、人間の身では出来ないけれど。


(…マザー・イライザなら…)
 人の心を覗けるのだった、だからシロエも見付かったろうか。
 ピーターパンのように生きてゆこうと、逆らい続けて、何かをして。
 「見付けましたよ」と言った秘密とやらを、ステーションの何処かで掘り起こして。
 そして追われて、それでも離さなかった本。
 幼い頃から大切に持って、成人検査も本を持ったままくぐり抜けて来て、そして今まで。
 何があろうとも離すものかと、懸命に本を抱え続けて。
(…そんなに大切な本だったのか…)
 開いて読まなくて良かったと思う、あの本はシロエの宝物だから。
 もしかしたら命さえも投げ出すくらいに、あの本と共にとシロエは願っているだろうから。
(……シロエが起きたら……)
 訊いてみようか、「その本はとても面白いのか?」と。
 シロエが暴いた秘密とやらも気になるけれども、それよりも、本。
 やっとシロエの心の欠片を掴んだように思えるから。
 システムに逆らい続ける理由を、垣間見たような気がするから。


 …訊いてみようか、シロエの意識が戻ったならば。
 彼に話す気があったとしたら。
 「その本はずっと持っているのか?」と、「いつから持っていたんだ?」と。
 自分の秘密も気になるけれども、シロエの心も気に懸かるから。
 機械を、システムを憎み続けるシロエの心。
 それが何故なのか、訊きたいから。
 システムへの疑問は自分も同じに持っているから、それをシロエと話してみたい。
 「その本はとても面白いのか?」と、「危険思想に見える本だが、楽しいのか?」と。
 シロエの意識が戻ったら。
 彼が自分と話してもいいと、そう考えてくれるのならば…。

 

        訊いてみたい本・了

※ピーターパンの本、キースが渡した筈なんですよね、逮捕しに来た警備員たちに。
 大切な本だと気付いたからこそだよな、と考えていたら、こんな結果に…。





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「やあ、サム。具合はどうだ? こうして君と会うのは何年ぶりかな」
 …もう十二年になるか、とキースが語りかけた友。
 今は病床にあるサム・ヒューストン。教育ステーションで出来た友人。
 あの頃は、いつも一緒だった。
 十二年ぶりに顔を合わせても、「ああ、サムだ」と直ぐに思えたほどに。
 けれども、サムは…。
「覚えているか、私のこと。…キース・アニアンだ」
 そう名乗ったのに、何も返らなかった反応。
 サムはこちらを見もしなかった。
 白いベッドに座ったままで、病院のものだろうパジャマのままで。
 機嫌よく歌を口ずさみながら、子供用のパズルを弄りながら。


(……地球……)
 サムが歌っている、「地球」と何度も繰り返す歌を。
 共にステーションにいた頃、いつかはと皆が夢を見ていた星の名前を。
 未だ、自分も目にしてはいない。
 メンバーズ・エリートに選ばれた今も、地球は未だに見られないまま。
 サムはもう、行けはしない地球。
 事故で失くしてしまった記憶。壊れてしまった、大人の心。
 幼い子供に戻ったサムは、もう二度と地球を目指せはしない。
 それは分かっていた筈なのに。
 病室に来る前に聞いた説明、残酷に過ぎる真実を医師に告げられたのに。
(…サム…)
 本当に分かっていないのだろうか、サムには何も。
 訊いてみたなら、何か答えが返りそうなサム。
 今はこちらを見ていないだけ。
 サムと視線を合わせたならば、瞳を覗いて尋ねたならば。


 ジルベスターへ旅に出ると話しても、まるで反応が無かったサム。
 其処で事故に遭い、今は病室にいるというのに。
「サム、ジルベスターで何があった?」
 …君は辺境星区の輸送船に乗っていたんだ、とサムの頬に触れ、瞳を覗き込んでみた。
 何か記憶が戻って来るかと。
 なのに微笑み、「おじちゃん、誰?」と訊き返したサム。
 彼の中には、もはや自分はいなかった。
 かつて「友達」と呼んでくれたサムは、「友達」のキースを忘れていた。
 サムの瞳に映る自分は、「知らないおじちゃん」。


 あまりにも悲しすぎた再会。
 十二年ぶりに会えた友。こういう姿になってしまうなど、誰が想像しただろう。
 ステーションを卒業する時、「また何処かで」とサムと別れた。
 メンバーズの道を進む自分と、パイロットの道をゆくサムと。
 互いの道は分かれたけれども、いつか会える日が来るのだろうと。
 きっと互いに顔を見るなり、気付いて名前を呼び合うだろうと。
(……サム……!)
 メンバーズとして、常に殺して来た感情。
 冷徹な破壊兵器と呼ばれたくらいに、誰にも見せない自分の心。
 それが波立つ、激しい怒りに。
 抑え切れない、深く悲しい憤りに。


 気付けば、サムの肩を掴んで揺さぶっていた。
「しっかりしろ、サム! 思い出せ、なんでもいい!」
 覚えていることを全部話せ、と感情のままに揺さぶった肩。
 サムの手を離れて転がったパズル、サムの心はパズルへと向いた。
 自分を押しのけ、「あっ、駄目、逃げちゃ!」と。
 床にしゃがんでパズルを掴むと、「捕まえた…」とホッとした笑顔。
 そのまま二人で床に座って、サムの話を聞き続けた。
 子供に戻ったサムにとっては、此処はアタラクシアなのだろう。
 サムの故郷のアタラクシア。
 嬉しそうにサムが話し続けるのは、両親や学校、幼馴染といった故郷のことばかり。
 マザーが消した記憶が戻って、それよりも後の全てが消えた。
 サムの中から、一つ残らず。
 友達だった自分の顔すら、サムは覚えていてくれなかった。


 「バイバイ、またねー!」と手を振ったサム。
 ベッドに座って、明るい笑顔で。
 多分、自分はサムに懐かれたのだろう。
 友達だったからではなくて、サムの話を一つずつ聞いては、頷いたから。
 医師や看護師たちとは違って、同じ視点に立っていたから。
(……サム……)
 友の変わりように、ざわめく心。
 湧き上がってくる怒りの感情。
 顔に出さないように抑えて、出て来た病棟。
 其処にいたスウェナ、聞かされた思いがけない名前。
(…セキ・レイ・シロエ…)
 彼の名前も十二年ぶりになるのだろうか。
 シロエが乗った練習艇。それをこの手で撃ち落としてから。


(…私宛のメッセージがあっただと…?)
 まさか、そんなことがある筈もない。
 あの状態でシロエが自分に、何かを遺せた筈もない。
 だから、スウェナが言っていたことはハッタリだろう。
 メッセージではなくて、せいぜい、遺品。
 「ピーターパン」とスウェナは口にしたから、シロエの本でも見付かったのか。
 遠い日に「これを」と、警備員たちに渡した本。
 匿っていた部屋から、運び去られてゆくシロエ。彼に持たせてやって欲しい、と。
(…爆発の中で、あの本が…?)
 残るとも思えないのだけれども、そのくらいしか思い付かない。
 シロエの遺品で、ピーターパンなら。


 今日は思い出ばかりの日だな、と零れた溜息。
 友達だったサムはいなくなってしまい、シロエも時の彼方に消えた。
 どちらにも、多分…。
(…ジョミー・マーキス・シン…)
 彼が関わっているのだろう。
 シロエが練習艇で逃亡した日も、彼のメッセージを聞いた。
 サムはM絡みの事故で全てを失くした、これから向かうジルベスターで。
 もはや憎しみしか感じないM。
 ミュウの長、ジョミー・マーキス・シン。
(それがサムの幼馴染だとは…)
 なんという酷い冗談だろうか、こんな話があっていいのか。
 けれども、動かし難い現実。
 シロエはともかく、サムの心を壊したのはM。
 サムが懐かしそうに話した、幼馴染がサムを壊した。
 ただ一人、友と思ったサムを。
 いつか会えたらと、「また何処かで」と、十二年前に別れたサムを。


(…サムが私を忘れていても…)
 やはり今でも、友だと思う。
 そうでなければ、あんなサムの側で話を聞いてはいないから。
 任務があると、直ぐに立ち去っていただろうから。
(…サムは一緒に来てくれたんだ…)
 今も忘れない、ステーションで起こった宇宙船の事故。
 サムだけがついて来てくれた。
 あの時、サムがいなかったならば、自分は此処にいられなかった。
 パージの時にぶつけた衝撃、それで壊れてしまったバーニア。
 宇宙の藻屑になる所だった、サムが助けに来なかったなら。
(…サムだけが…)
 ついて来てくれて、それからもずっと友達だった。
 一緒の食事や、他愛ない話。
 サムがいたから、きっと人らしく、自分は生きていられたのだろう。
 ステーションで過ごした四年間を。


 その友を、Mが壊してくれた。友の心を、サムの全てを。
(…Mの拠点へ、礼に行くなら…)
 もしも相棒を選んでいいなら、パイロットにサムを選びたかった。
 今となっては選べないけれど、サムはもう船を操ることなど出来ないけれど。


 そう、相棒を一人選んでいいなら、迷わずにサムを選んだだろう。
 Mの拠点へ出掛けるにしても、他の任務に就くのだとしても。
 自分が此処に生きていられるのは、サムが一緒に来てくれたから。
 危うく宇宙に消える所を、サムが救ってくれたから。
 そのサムと共に旅に出ようか、ジルベスターへ。
 これからはサムと生きてゆこうか、Mとの戦いが始まるとしても。
(…サムだけが友達だったんだ…)
 他には誰もいなかった。
 心から友と呼べる者など、ただの一人も。
 サムは壊れてしまったけれども、友達だから。
 選んでいいなら相棒にしたい、ただ一人だけの友達だから。


 そうして、耳に留めつけたピアス。
 サムの血を固めた、赤いピアスを両耳に。
(…行こうか、サム。…ジルベスターへ)
 「おう!」と声が聞こえた気がした、耳に馴染んだ懐かしい声が。
 病院で会ったサムがそのまま、立派な大人に戻った声が。
 何処までもサムと共にゆこうか、Mの拠点へ、そのまた先へ。
 いつかは共にパルテノンへも、サムが歌った遠い地球へも。
 選びたいのは、サムだけだから。
 相棒に一人選んでいいなら、迷わずにサムを選ぶのだから…。

 

         友の血と共に・了

※キースのピアスまで考察しちゃってどうするんだよ、と自分にツッコミ。
 書きたくなったら何でも書くけど、テメエ、専門はMの元長だったろうが、と!





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「キース、キース! なあ、一緒に飯食おうぜ!」
「…かまわないが」
「よーし!」
 パチンと指を鳴らしたサム。
 エスカレーターを今にも駆け下りそうなほどに、嬉しそうな顔で。
(…食事を一緒に食べるだけで…)
 どうしてそんなに喜ぶのだろう、とキースは不思議に思ったけれど。
 サムとは付き合いがあるものだから。
 新入生ガイダンスの日に握手を交わして以来の仲だし、そういうこともあるだろう。
 講義の時には、サムが隣に座っている日も多いから。
 多分、一緒に食事をするのも、そうした日々の延長の一つ。
 握手を交わして自己紹介をしたら、知り合いになって、講義の時にも隣り合わせで。
 次の段階に進んだ時には、「一緒に食事」となるのだろう。
 ステーションでは、自然に生まれるグループの一つ。
 一人の食事から二人の食事に、そうやってテーブルの人数も増えてゆくのだろう。


 こうしてグループが生まれるのだな、と漠然と考えただけなのに。
 一緒のテーブルに座ったサムは、本当に楽しそうだった。
(栄養補給に過ぎないんだが…)
 必要なエネルギーを身体の中に取り込む行為、食事はそうではなかったのか。
 身体や頭脳を養うためには、欠かせないものが栄養補給。
 すなわち食事。
 いつもそう考えて食べていたのに、しっかりと噛んで食べているのに。
 向かい側で大きく口を開けているサムにかかれば、食事はまるで娯楽のよう。
 この時間をとても楽しんでいるといった風情で、幸せそうで。
(…何がそんなに嬉しいんだろう…?)
 分からないな、と眺めていたら、サムの視線が他所へと向いた。
 口一杯になるほど頬張ったステーキ、それをモグモグ噛みながら。
 何かを探しているかのように、テーブルから逸れてしまった視線。
 そうやってサムが見ている先には…。


(また、人混み…)
 これも不思議なことだった。
 今までに何度か目にした光景。
 時々、何かを探しているかのように見えるサム。
 これは訊いても特に問題無いだろう、と判断したから、問い掛けてみた。
 「何を探しているんだ、サム?」と。
 返った答えは、「友達がいないかと思ってさ」だった。
「…友達?」
 耳に馴染みが無い言葉。
 オウム返しに問い返したら、サムが話してくれた「友達」。
 アタラクシアで一緒だったという友達。サムの故郷のアタラクシア。
 そして訊かれた、今度は逆に。
 「お前も、此処に来る前の友達のことって、気になるだろ?」と。
(……友達……?)
 確か、親しい仲間のことをそう呼ぶのだったか、「友達」と。
 けれども、思い出せない「友達」。
 ただの一人も、顔の一つも。
 成人検査の前の出来事は、何も覚えていないから。
 記憶の欠片もありはしないから。


 だからサムにもそう告げた。
 「覚えていない」と、何の感慨も無く。
 実際、今日まで不自由したりはしなかったから。
 淡々と告げただけだというのに、「そうなのか…」と口ごもったサム。
 その表情が曇っているから、自分は何か間違ったのかと、「友達」について尋ねてみた。
 自分にとっては些細なことでも、「友達」はとても、大事なものかもしれないから。
 「友達とは、そんなに重要なものなのか?」と。
「い、いや…。どう…かなあ…?」
 そう言いながらも、人のいいサムは「友達」の話を続けてくれた。
 「俺の考えなんだけどさ」と、「お前みたいに頭が良くはねえんだけどな」と断りながら。
 「なんて言うかさ…。重要って言うより、大切って感じになってくるかな、友達ってのは」
「…大切…? それは重要という意味ではないのか?」
 言い回しを変えただけなのでは、と考えたけれど、サムは「うーん…」と首を捻った。
「ちょっとニュアンス、違うんだよなあ…。上手く言えねえけど…」
 「大切」の方が温かみがあると思うんだよな、と自分のカップをつついたサム。
 「重要」だと機密事項か何かのようだと、何処か響きが冷たいんだ、と。


「…そういうものか…。よく分からないが」
 大切なものが「友達」なのか、と頷いていたら、サムは「理屈じゃねえぜ」と笑い出した。
「キース、お前って、面白すぎ…! 友達っていうのは、難しいモンじゃねえんだぜ?」
 勉強して分かるモンじゃねえから、と可笑しそうなサム。
 どちらかと言えば勉強の逆で、サボッて遊んだ方が「友達」は増えるものだから、と。
「…サボるのか…? それは非効率的な気がするが…」
「お前、最高! …お前がサボるって、それは無理だろ?」
 それに友達、出来てるじゃねえか、とサムが指差した自分の顔。
 此処に友達、と。
「……サムが友達……?」
「俺はそのつもりだったんだけどなあ…。迷惑だったか?」
「…いや、かまわないが」
 さっきも言ったような気がするな、と思った言葉。
 サムは破顔して、「それじゃ、俺たち、友達だぜ」と手を差し出して来た。
 「今日からよろしく」と、「元から友達だったけどな」と。
「あ、ああ…。…よろしく頼む。そうか、サムが友達だったのか…」
 握手した手は、温かかった。
 初めての「友達」と交わした握手は。


 サムが口にした「大切」という言葉はこれだったのか、と思った「友達」。
 確かに冷たいものではないな、と。
(…サムが友達…)
 少し分かったような気がする、「友達」は大切なものなのだと。
 故郷の友達は一人も覚えていないけれども、サムという友達が自分にも出来た。
 「重要」とは違って、「大切」なもの。
 きっと「友達」は、人に欠かせないものなのだろう。
 握手した手は、とても温かかったから。
 サムと一緒に食べた食事が、美味しかったと思えて来たから。
 楽しそうに食事していたサム。
 あの表情の元はこれだったのかと、友達と一緒の食事だったから、そうなったのかと。
(…これが友達……)
 明日は自分から誘ってみようか、「一緒に食事しないか?」と。
 自分にも「友達」が出来たから。
 サムの姿を先に見付けたら、友達のサムを見掛けたならば…。

 

         初めての友人・了

※キースとサムの出会いは、マザー・イライザの計算だったという話らしいですけど。
 実際、監視していましたけど、この二人の友情は本物だよな、と書いてみた話。






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「キース先輩、遅刻でしょうか?」
 来てませんよね、とシロエが見回す教室の中。もうすぐ朝のホームルームが始まる時間で、席にいなければ地味にヤバイという頃合いで。
「…俺はなんにも聞いてねえけど?」
 連絡もねえし、とサムはのんびり、ジョミーだって。
「ほら、アレ…。いつもの月参りってヤツじゃないかな」
「月参りで遅刻は多いですしね」
 それですよ、きっと、とマツカも至ってのんびりコース。
 シャングリラ学園1年A組。そこに揃ったブラックリストな面々、それが特別生というもの。
 一般人には秘密のサイオンを持った超能力者、と言えば非常にカッコいいものの、大した能力は持っていないらしい残念な面子。
 思念波で連絡を取るのがせいぜい、後は外見が年を取らない程度というオチ。


 ところが、此処に天才が一人。彼の名前はキース・アニアン。
 サイオンを持った生徒が特別生になるには、一度卒業するというのがお約束。再入学して、学校生活再びの所を、天才は華麗に勘違いした。
 他の面子は何も考えていなかった卒業後の進路、それをガッツリ見据えて行動。
 「進路を決めるのは普通だろう」などと言ってはいけない、シャングリラ学園は普通ではない。
 サイオンを持っていると分かれば、一年限りで卒業な運び。三年ある筈の高校生活、なのに一年限りでサヨナラと来た。
 そのためだけに卒業旅行もしてくれるという強烈な学校、しかも一年生は全員、対象。おまけに特別生などという美味しい制度の説明も無くて、「アンタは卒業」と告げられるだけ。
 これで進路を決められる方がどうかしている、履歴書になんと書けばいいのか分からない世界。
 「中卒」はガチでいけるけれども、「高卒」と言っていいのかどうか。
 さりとて「高校中退」でもないし、なのに高校の授業は一年分しか受けていないから、学歴では中退になったようなもの。
 まあ、普通はオタオタするしかないから、他の面子は投げた人生。
 「きっとなんとかなるであろう」と、「卒業式の後に進路相談会があるようだから」と。
 卒業してから、進路相談もクソも無いのだけれど。
 各種企業の採用期間はとっくに終了、バイト人生まっしぐらっぽい感じだけれど。


 それでも人生をブン投げた面々、けれど天才はそうではなかった。
 幸いなことに頭も良ければ、家業も立派にあったから。
 生まれ育った家がお寺で、「坊主になる」と言いさえしたなら、そのまま家業を継げる人生。
 よって、その道を選んだ天才、キース・アニアン。
 彼は真面目に、宗門校と言われる大学の面接を受けた。宗門、すなわち寺が属する宗派の本山が経営している大学、寺の跡継ぎは大歓迎。
 自分の名前を書けさえしたなら、入試もチョロイと噂が立つほど優遇される寺の跡継ぎ。
 そんなわけだから、シャングリラ学園で一年しか学んでいないキースも特別枠で面接となった。
 「試験なんかは受けなくていいです」、そんなアバウトな入学制度。
 面接に出掛けて師僧の名前と継ぐべき寺を言えば合格、後は大学に入るだけ。
 キースは堂々と「師僧は父のアドスです」と告げ、「家は元老寺と言います」とやって、見事に合格、翌年からは二足の草鞋な学生生活。
 シャングリラ学園と大学を掛け持ち、そうして立派な坊主になった。
 特別生には出席義務など無かったお蔭で、大学優先。ちゃんと四年をキッチリ務めて。
 姑息な手段で、髪の毛はバッチリ死守したけれど。自慢のヘアスタイルをキープだけれど。


 そんな天才、キースは只今、副住職。
 アドス和尚に便利に使われる日々で、押し付けられるのが月参り。
 檀家さんの家を回って読経で、それが済んだら着替えて登校。
 シャングリラ学園がいくら型破りでも、制服は決まっているものだから。
 登校するなら制服は必須、坊主の世界の制服な衣と袈裟ではコスプレにしかならないから。
「…キース先輩、今日は何軒回るんでしょうねえ…?」
 午前中だけで済むんでしょうか、とシロエも首を捻る有様、ハードな世界が月参り。
「運が良ければ三軒ほどだろ。でもよ…。お婆ちゃんとかに捕まっちまうと…」
 一軒で時間を食っちまうしな、とサムが言うのも、また正しい。
 月参りに来る若い副住職、それを労おうと、お茶やお菓子を用意しがちな御老人。
 実年齢の方はともかく、見た目は高校一年生なキース、ご老人からすれば孫のようなもの。
 「今日は小僧さんが来てくれるから」といった感覚、ケーキなんかも出るらしい。
「どうなるのかしら? お茶とお菓子で、ゆっくりお喋りコースかしらねえ…」
 私たちは今日も授業だけれど、とスウェナが言った所でチャイム。


 廊下の方からコツコツと聞こえた高い靴音、それもお馴染みの1年A組名物の音で。
 ガラリと開いた教師の扉、軍人さながらに入って来たのは眼鏡の男。
「諸君、静粛に!」
 いつもうるさくて嘆かわしい、と眼鏡をツイと押し上げた、担任のグレイブ・マードック。
 出席を取る、と順に読み上げる名前、それが止まって…。
「キース・アニアン。…欠席だな」
「「「えっ!?」」」
 思わず叫んだ特別生の面々、月参りだと思っていたから。
 月参りコースで遅刻な場合は、そこは「月参りか。…午後からだな」といった具合になるから。
 あの天才が欠席だとは、と教室もザワザワ、いったい何が起こったのかと。
 日頃、柔道部で鍛えているキース、そう簡単には風邪も引かない筈なのだが、と。
「やかましい! キースは法事だ!」
「「「法事!?」」」
 そっちはアドス和尚の管轄では、と驚く特別生の御一同様、若すぎるキースが法事に出たなら、貫禄不足。檀家さんにもご迷惑だと、出るならせいぜい手伝いくらい。
 そういう時には「明日は親父の手伝いで法事だ」と、予告があるのが常というヤツで…。


 本当に何が起こったのかと、その日は派手に飛び交った推測。
 元老寺もついに世代交代の時が来たかと、アドス和尚は引退なのかと。
「…楽隠居して、ゴルフ三昧とかもありそうですしね…」
 ゴルフの会もありましたよね、とシロエまでが知る、アドス和尚の私生活。ゴルフの会で旅行に行ったら、キースが代理でババを引かされ、学校で文句を垂れているから。
「ゴルフでなくても、なんか色々やってるよなあ…。キースの親父さん」
 キースも、とうとう住職かよ、とサムも頭を振る始末。
「そうなると、自由が無くなるわよねえ…」
「住職だと仕方ないですけどね」
 スウェナとマツカも気の毒に思うキースの身の上、ジョミーもそれは心配そうに。
「…住職をするってことになったら、学校、来られないのかなあ…?」
「ウチの学校、出席しなくても、誰からも文句は出ませんけどね…」
 でも、ストレスは溜まるでしょうね、とシロエが同情、他の面子も。
 来る日も来る日も読経三昧、それがキースのデフォになるのかと。法衣に輪袈裟がデフォ装備になり、それが普段着の毎日なのかと。
 そうやって皆が心配しまくり、同情しきりだったというのに…。


「「「ギックリ腰!?」」」
 次の日、キースは朝からきちんと登校して来た。これが今生の別れになるかと眺めた面々、朝の挨拶を交わそうとしたら…。
「そうだ、親父が朝のお勤めの前にやらかしたんだ!」
 迷惑すぎる、とキースが語った、アドス和尚のギックリ腰。
 歯を磨こうとしていた朝の洗面所、何が悪かったか痛めた腰。その日に限って法事がビッチリ、午前も法事で午後からも法事。
 和尚不在では出来ないのが法事、キースが出るしか無かったという法事が二つも。
「…なんだ、そういうことでしたか…。ぼくはてっきり、世代交代かと」
 思い込んでしまって心配しちゃいましたよ、とシロエが切った口火、他の面子も口々に。
「いやあ、良かったぜ! 俺もホントに心配でよ…」
「ぼくも心配しちゃったってば、今日はお別れの挨拶かも、って…」
「縁起でもないことを言ってくれるな!」
 俺はまだまだ住職なんぞは絶対やらん、と怒鳴る天才、キース・アニアン。
 副住職くらいは務めてやるが、親父に逃げられてたまるものかと。
 そんなこんなで無事に戻った副住職のキース、シャングリラ学園、今日も平和に事も無し。
 もうすぐカツカツと足音が廊下に響きそうだけれど、ホームルームの時間だけれど。
 「諸君、静粛に!」と出席が取られ、賑やかな一日が始まるけれど…。

 

        副住職の事情・了

※2008年の春から書いているらしい、イロモノなシャングリラ学園シリーズ。
 オリキャラ排除で、一人称な日記風も排除、ちょこっと落書きしてみましたですv




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「セキ・レイ・シロエ。…どうしましたか?」
 また脳波が乱れているようですね、と浮かんだマザー・イライザの影。
 シロエが座っている机の向こう、見慣れてしまったその姿。
 明かりを落として、考え事をしていた最中。
 ピーターパンの本を開いて、失くした記憶が戻って来ないか、そういう戦い。
 これは違うと、これも違うと、偽の記憶を選り分けながら。
 成人検査で機械が無理やり押し込んだそれを、一つ、二つと。
 なのに、無常に響いた音。
 マザー・イライザからのコンタクト。
 嫌でもログインするしかなかった、此処ではそういう決まりだから。
 一言も言葉を交わしはしないで、放っておくことは不可能だから。


(…マザー・イライザ…)
 呼んだつもりは無かったのに。
 出て来て欲しくなど無かったのに。
(ぼくは、お前を呼んでなんか…!)
 けして呼んではいないというのに、なんという機械なのだろう。
 何処までしつこく付き纏うのか、このステーションのコンピューターは。
「…シロエ?」
 どうしたのですか、と優しい声音のマザー・イライザ。
 猫撫で声にしか聞こえないけれど。
 聞くだけで苛立つ声だけれども。
 その上、見たくない姿。
 どうしてこういうシステムなのか、マザー・イライザというものは。
 この忌々しい、呪わしい機械は。


 やっとのことで切った通信、「レポートの続きがありますから」と。
 まるで嘘ではなかったレポート、ただし勉強とは無関係。
 一心不乱に取り組む相手は、マザー・イライザに乱された心。
 乱されたけども、好機とも言えた今の通信。
 レポートの下書きをするための用紙、それを机の上に広げた。
 罫線は無視して、鉛筆で線を描いてゆく。
 文字を綴ってゆくのではなくて、設計図というわけでもなくて。
(…こんな感じで…)
 美術の授業などは無いのだけれども、シロエが始めたことはデッサン。
 機械いじりを得意とするから、この手の作業も苦手ではない。
 大まかな線をグイグイと描いて、「こんなものかな」と大きく頷く。
(…忘れない内に…)
 今日は確かにこう見えたから、と次は細部を埋めてゆく作業。
 それがレポート、既に脳波は乱れてもいないことだろう。
 なにしろ、集中しているのだから。
 チャンスは自分で掴むというのが、エリート候補生の鉄則なのだから。


 懸命に描いて、描き続けて。
(出来た…!)
 描き上がったものを誰に見せても、「これ、誰だよ?」と訊かれるだろう。
 そうでなければ、「シロエのママなの?」と。
(…マザー・イライザ…)
 あの憎らしいコンピューターの、たった一つの利点はこれ。
 身近な女性の姿を映して現れること、それだけは評価してもいい。
(物凄く腹は立つんだけれどね…)
 エネルゲイアに今もいるだろう、優しかった母。
 その母の姿を真似ないで欲しい、機械のくせに。
 一滴の血さえも流れてはいない、ただの巨大なコンピューターのくせに。
 けれど、マザー・イライザはそういう機械。
 そういうシステム、誰もがそれを喜ぶらしい。
 親しみを覚える姿だから。
 母や、想いを寄せる女性の姿で前に現れてくれるから。


 大切な母を真似る機械は、壊してやりたいくらいだけれど。
 それを逆手に取ることも覚えた、こういう風に。
 マザー・イライザの姿を見た日は、母を真似ていた機械を描く。
 机にレポート用紙を広げて、今日の姿はこうだった、と。
(…ママの姿は、もう少し…)
 どうだったろうか、直したいのに思い出せない母の顔。
 マザー・イライザを描き留めた絵から、母の肖像画を描きたいのに。
 これが母だと、ぼくのママだと、心が叫び出すような絵を。
 会心の作の母の絵を描き、大切に飾っておきたいのに。
(…何処が似ていないのか、分からないよ…)
 ママ、とポタリと零れた涙。
 皆の前では「母さん」と呼ぶのが、いつしか普通になっていた母。
 けれども、心で呼ぶ時は「ママ」。
 本当に会いたい母は今でも、ママと呼ぶのが相応しいから。


 どんな時でも、温かくて優しかった母。
 柔らかい手をしていた母。
 いつか必ず描き上げてみせる、母の姿を写した絵を。
 これが母だと、ぼくのママだと、誰もに見せたくなるような絵を。
 きっといつかはそれを描きたい、懐かしい母がどんなだったか、いつまでも覚えていたいから。
 きっと描くんだ、と心に誓う。
 忌まわしいマザー・イライザを元に、今も会いたくてたまらない母を…。

 

        母の似姿・了

※マザー・イライザは、シロエにはこう見えるんだよな、と考えたまではいいんですけど。
 思い切りマザコンになっていたオチ、どちら様にもゴメンナサイです…。





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