「キース、キース! なあ、一緒に飯食おうぜ!」
「…かまわないが」
「よーし!」
パチンと指を鳴らしたサム。
エスカレーターを今にも駆け下りそうなほどに、嬉しそうな顔で。
(…食事を一緒に食べるだけで…)
どうしてそんなに喜ぶのだろう、とキースは不思議に思ったけれど。
サムとは付き合いがあるものだから。
新入生ガイダンスの日に握手を交わして以来の仲だし、そういうこともあるだろう。
講義の時には、サムが隣に座っている日も多いから。
多分、一緒に食事をするのも、そうした日々の延長の一つ。
握手を交わして自己紹介をしたら、知り合いになって、講義の時にも隣り合わせで。
次の段階に進んだ時には、「一緒に食事」となるのだろう。
ステーションでは、自然に生まれるグループの一つ。
一人の食事から二人の食事に、そうやってテーブルの人数も増えてゆくのだろう。
こうしてグループが生まれるのだな、と漠然と考えただけなのに。
一緒のテーブルに座ったサムは、本当に楽しそうだった。
(栄養補給に過ぎないんだが…)
必要なエネルギーを身体の中に取り込む行為、食事はそうではなかったのか。
身体や頭脳を養うためには、欠かせないものが栄養補給。
すなわち食事。
いつもそう考えて食べていたのに、しっかりと噛んで食べているのに。
向かい側で大きく口を開けているサムにかかれば、食事はまるで娯楽のよう。
この時間をとても楽しんでいるといった風情で、幸せそうで。
(…何がそんなに嬉しいんだろう…?)
分からないな、と眺めていたら、サムの視線が他所へと向いた。
口一杯になるほど頬張ったステーキ、それをモグモグ噛みながら。
何かを探しているかのように、テーブルから逸れてしまった視線。
そうやってサムが見ている先には…。
(また、人混み…)
これも不思議なことだった。
今までに何度か目にした光景。
時々、何かを探しているかのように見えるサム。
これは訊いても特に問題無いだろう、と判断したから、問い掛けてみた。
「何を探しているんだ、サム?」と。
返った答えは、「友達がいないかと思ってさ」だった。
「…友達?」
耳に馴染みが無い言葉。
オウム返しに問い返したら、サムが話してくれた「友達」。
アタラクシアで一緒だったという友達。サムの故郷のアタラクシア。
そして訊かれた、今度は逆に。
「お前も、此処に来る前の友達のことって、気になるだろ?」と。
(……友達……?)
確か、親しい仲間のことをそう呼ぶのだったか、「友達」と。
けれども、思い出せない「友達」。
ただの一人も、顔の一つも。
成人検査の前の出来事は、何も覚えていないから。
記憶の欠片もありはしないから。
だからサムにもそう告げた。
「覚えていない」と、何の感慨も無く。
実際、今日まで不自由したりはしなかったから。
淡々と告げただけだというのに、「そうなのか…」と口ごもったサム。
その表情が曇っているから、自分は何か間違ったのかと、「友達」について尋ねてみた。
自分にとっては些細なことでも、「友達」はとても、大事なものかもしれないから。
「友達とは、そんなに重要なものなのか?」と。
「い、いや…。どう…かなあ…?」
そう言いながらも、人のいいサムは「友達」の話を続けてくれた。
「俺の考えなんだけどさ」と、「お前みたいに頭が良くはねえんだけどな」と断りながら。
「なんて言うかさ…。重要って言うより、大切って感じになってくるかな、友達ってのは」
「…大切…? それは重要という意味ではないのか?」
言い回しを変えただけなのでは、と考えたけれど、サムは「うーん…」と首を捻った。
「ちょっとニュアンス、違うんだよなあ…。上手く言えねえけど…」
「大切」の方が温かみがあると思うんだよな、と自分のカップをつついたサム。
「重要」だと機密事項か何かのようだと、何処か響きが冷たいんだ、と。
「…そういうものか…。よく分からないが」
大切なものが「友達」なのか、と頷いていたら、サムは「理屈じゃねえぜ」と笑い出した。
「キース、お前って、面白すぎ…! 友達っていうのは、難しいモンじゃねえんだぜ?」
勉強して分かるモンじゃねえから、と可笑しそうなサム。
どちらかと言えば勉強の逆で、サボッて遊んだ方が「友達」は増えるものだから、と。
「…サボるのか…? それは非効率的な気がするが…」
「お前、最高! …お前がサボるって、それは無理だろ?」
それに友達、出来てるじゃねえか、とサムが指差した自分の顔。
此処に友達、と。
「……サムが友達……?」
「俺はそのつもりだったんだけどなあ…。迷惑だったか?」
「…いや、かまわないが」
さっきも言ったような気がするな、と思った言葉。
サムは破顔して、「それじゃ、俺たち、友達だぜ」と手を差し出して来た。
「今日からよろしく」と、「元から友達だったけどな」と。
「あ、ああ…。…よろしく頼む。そうか、サムが友達だったのか…」
握手した手は、温かかった。
初めての「友達」と交わした握手は。
サムが口にした「大切」という言葉はこれだったのか、と思った「友達」。
確かに冷たいものではないな、と。
(…サムが友達…)
少し分かったような気がする、「友達」は大切なものなのだと。
故郷の友達は一人も覚えていないけれども、サムという友達が自分にも出来た。
「重要」とは違って、「大切」なもの。
きっと「友達」は、人に欠かせないものなのだろう。
握手した手は、とても温かかったから。
サムと一緒に食べた食事が、美味しかったと思えて来たから。
楽しそうに食事していたサム。
あの表情の元はこれだったのかと、友達と一緒の食事だったから、そうなったのかと。
(…これが友達……)
明日は自分から誘ってみようか、「一緒に食事しないか?」と。
自分にも「友達」が出来たから。
サムの姿を先に見付けたら、友達のサムを見掛けたならば…。
初めての友人・了
※キースとサムの出会いは、マザー・イライザの計算だったという話らしいですけど。
実際、監視していましたけど、この二人の友情は本物だよな、と書いてみた話。