(ネバーランドよりも、素敵な地球ね…)
でも本当にそうなのかな、とシロエは机の前で考え込む。
一日の授業と予習復習、全てを終わらせた後の、夜の個室で。
遠い昔に、父から聞いた「地球」という言葉と父の声とが、今でも耳に残っている。
「ネバーランドよりも素敵な場所さ」と、父は笑顔で話してくれた。
選ばれた人しか行けないけれども、「シロエなら行けるかもしれないな」とも。
そう聞かされた時から地球に憧れ始めて、選ばれるために努力を重ねた。
成績は常にトップだったし、運動だって頑張った。
(…結果としては、エリートコースに来られたけれど…)
引き換えに失ったものは多くて、記憶さえも機械に奪い去られた。
父の声はハッキリ覚えていたって、その顔を思い出すことは出来ない。
「笑顔だった」ことが分かるというだけ、どんな顔立ちで笑っていたのか見えては来ない。
(誰も教えてくれなかったよ…)
成長して大人の社会に行くには、「過去を捨てねばならない」なんて。
知っていたなら、もっと時間を大切にしたことだろう。
勉強のために注ぎこむ代わりに、両親と一緒に過ごす時間を「もっと長く」と。
食事が済んだら「直ぐに勉強を始める」などは、今にして思えば、愚の骨頂でしかない。
勉強なんかをやっていないで、父や母と話をするべきだった。
母が後片付けをしているのならば、それを手伝い、片付けの後は両親の側で…。
(コーヒーは苦くて好きじゃなくても、ホットミルクとか…)
それともココアか、ジュースでもいい。
子供の舌に合う飲み物を貰って、ゆっくり、のんびりすれば良かった。
そうしていたなら、機械に記憶を奪われた後も、「残った記憶」が多かったろうに。
両親の顔はぼやけていたって、三人で囲んだテーブルは忘れていない、とか。
(…失敗したよね…)
もう取り返しはつかない過ち。
幼かった日に戻れはしないし、幼い自分に真実を告げることも叶わない。
仕方なく「地球」を目指しているのだけれども、其処は本当に「素敵」だろうか。
(…あの時、パパは知ってたのかな…?)
地球という場所に、「子供たちの姿は無い」ことを。
選ばれたエリートだけが暮らす世界で、一般市民がいるかどうかも分からない。
(地球の社会の、優秀な構成員として…)
一般市民という役割を担う、普通人のコースのエリートならば、いる可能性もゼロではない。
けれど「子供」は確実に「いない」。
大人の社会と子供の社会は、明確に分かれているのだから。
子供が暮らせる場所と言ったら、今の世界では育英惑星だけしか無い。
一般人向けのコースで選ばれ、養父母としての教育を受けた大人が派遣される星。
(それ以外の星には、子供なんかはいやしない、って…)
Eー1077に来てから学んだ。
だから当然、首都惑星のノアにも「子供は一人もいない」のだ、とも。
(…首都惑星でも、子供は一人もいないなら…)
人類の聖地という名で呼ばれる「地球」には、なおのこと「子供はいない」だろう。
地球は育英惑星ではなく、首都惑星よりも格が上になる「最高の場所」と言えるのだから。
(そういう意味では、ネバーランドよりも素敵なのかもね…)
宇宙の中で最高だったら、地球を超える場所は何処にも無い。
「地球よりもいい場所は何処ですか?」と誰に訊いても、ただ笑われるだけだろう。
「そんな場所、ありやしませんよ」と。
「最高に素敵な場所と言ったら、地球の他に何処があるんです?」などと尋ね返されて。
(…それは分かっているんだけれど…)
子供が一人もいない場所など、本当に「素敵」と言えるだろうか。
その上、地球が「素敵」かどうかは、かなり怪しいという気もする。
本当に素敵な場所だと言うなら、どうして「首都惑星にしない」のか。
(人類は地球を駄目にする生き物だから、と言うにしたって…)
選び抜かれたエリートだけで「地球の社会」を構成するなら、何の問題も起こらない。
彼らは愚かなことなど「しない」し、機械の指示に素直に従い、環境の維持に努めるだろう。
(維持するどころか、良くするための努力を重ねて…)
美しかったと聞く地球の姿を、完璧に取り戻すために働き続ける。
今はエリートしか行けない場所でも、いつかは一般市民でも…。
(住むのは無理でも、ちょっと旅行に出掛けるくらいは許されるほどに…)
地球の環境を整え直して、「人類の聖地」が皆に門戸を開く時代を築けると思う。
現に「そのための整備」が続けられ、今も続行中だと習った。
成果は順調に上がっているから、それを無にしてしまわないよう、「近付くな」とも。
(…でも、本当にそうなのかな…?)
実は騙されているんじゃあ…、と疑いたくなる日だってある。
機械は「嘘をつく」ものだから。
平気で人を騙し続けて、偽りの世界を作り上げもする。
現に自分は「騙されていた」。
大人になるには「記憶を奪われ、忘れる」ことが必須と知らずに、懸命に勉強し続けて。
本当の地球がどんな場所かは、行ってみるまで分からない。
「行ける資格」を手に入れたって、まだ「騙されている」かもしれない。
地球に行けるほどのエリートだったら、その使い道は幾らでもある。
「地球」という餌で釣り、優秀な人材を大勢育てて、地球の土を踏ませる代わりに…。
(全く違う場所に派遣して、色々な任務を任せるだとか…)
如何にもありそう、と顎に手を当て、大きく頷く。
そうやって「上手く騙す」ためなら、機械はいくらでも嘘をつくことだろう。
本当の地球は、美しい星ではなかったとしても「美しい」と。
今も人間が住めない場所でも、「選ばれた人たちが暮らしています」と、虚言を吐いて。
(…もし、そうだったら…?)
地球の「本当の姿」がそうだとしたなら、ネバーランドよりも素敵な場所とは言えない。
子供たちの姿が無いだけではなく、選ばれた優秀な人間でさえも「住めない」のなら。
(…そんな星でも、素敵だなんて…)
絶対に認められはしないし、子供の姿が無いというのも、充分にマイナスの要素ではある。
果たして「自分」は、本当に「地球に行きたい」のか。
地球に在るという巨大コンピューター、グランド・マザーは「停止させたい」けれども…。
(…ネバーランドか、地球か、どちらかを選べと言われたら…)
自分はどちらを選ぶだろうか、と胸の奥がズシリと重たくなった。
もしも天使が此処に現れ、「選びなさい」と告げて来たなら、どうするだろう。
選んだ結果が、どう転ぶのかは、天使は教えてくれなどはしない。
神の使いで来るのが天使で、「シロエの答え」を神に伝えに行くのも天使。
(…地球を選ぶべきか、ネバーランドを選ぶべきなのか…)
決めるのはあくまで自分自身で、神は結果を「与える」だけ。
「地球に行きたい」と答えたならば、「機械を止めるために行く」のを評価されて…。
(御褒美に、ネバーランドに繋がる扉を…)
神が開いてくれるかもしれない。
「少しくらいなら、息抜きをしてもいいでしょう」と。
あるいは「任務が重くて疲れた時には、此処から飛んで行きなさい」だとか。
逆に「ネバーランドがいい」と答えたのなら、そちらはそちらで…。
(子供の心を忘れていない、って評価してくれて…)
ネバーランドへの扉が開くかもしれないけれども、選べる道は一つだけ。
選んだ答えが「神の意に沿わなかった」場合は、地獄に落とされるかもしれない。
「地球」と答えたら、「子供の心を大事にしていない」と評されて。
「ネバーランド」と答えた瞬間、「自分の使命を投げ出すのか」と神が怒って。
どちらが「正しい答え」なのかは、神と天使しか知らないこと。
けれど「選べ」と言われたからには、シロエに出来るのは「選ぶ」ことだけ。
選んで答えを返すのだけれど、その時に、嘘をついたなら…。
(それはそれで、「正直に選ばなかった」と…)
地獄の底へと突き落とされて、ネバーランドへの扉は開かないだろう。
ならば、自分は、どう答えるのか。
嘘を言わずに「正直に」選んで、神が下した裁きと結果を受け入れるなら…。
(……地球なんかより……)
ネバーランドを選ぶんだから、とシロエは拳を固く握り締める。
父から「地球」と聞くよりも前から、ネバーランドに焦がれていた。
今も行きたくてたまらない場所で、選べるのなら「地球」など、どうでもいい。
「子供が子供でいられる世界」を作れなくても、機械に奪われた記憶が戻らなくても…。
(…正直に選んで、逃げていいなら…)
パパとママが好きだったことを忘れない内に、それを選ぶよ、と心から思う。
選んで答えを告げた途端に、神の怒りに触れようとも。
ネバーランドへの扉が開く代わりに、永劫の煉獄に落ちてゆこうとも。
(…だって、今のぼくは、どうしても…)
両親がいた家と、その思い出と、ネバーランドへの憧れを忘れられないから。
それを隠して「地球に行きたい」と嘘をつくことは出来ないから。
正直に選んでそうなるのならば、その選択に後悔は無い。
「嘘をつく」のは、機械の得意技だから。
機械を憎み続ける以上は、神に向かって嘘をつくなど、自分の誇りが許さないから…。
もしも選ぶなら・了
※ネバーランドと地球。シロエは本当はどちらに行きたかったのかな、と考えたわけで。
キースに撃墜される直前、朦朧としながらも夢見た先は、地球という名のネバーランド…?
でも本当にそうなのかな、とシロエは机の前で考え込む。
一日の授業と予習復習、全てを終わらせた後の、夜の個室で。
遠い昔に、父から聞いた「地球」という言葉と父の声とが、今でも耳に残っている。
「ネバーランドよりも素敵な場所さ」と、父は笑顔で話してくれた。
選ばれた人しか行けないけれども、「シロエなら行けるかもしれないな」とも。
そう聞かされた時から地球に憧れ始めて、選ばれるために努力を重ねた。
成績は常にトップだったし、運動だって頑張った。
(…結果としては、エリートコースに来られたけれど…)
引き換えに失ったものは多くて、記憶さえも機械に奪い去られた。
父の声はハッキリ覚えていたって、その顔を思い出すことは出来ない。
「笑顔だった」ことが分かるというだけ、どんな顔立ちで笑っていたのか見えては来ない。
(誰も教えてくれなかったよ…)
成長して大人の社会に行くには、「過去を捨てねばならない」なんて。
知っていたなら、もっと時間を大切にしたことだろう。
勉強のために注ぎこむ代わりに、両親と一緒に過ごす時間を「もっと長く」と。
食事が済んだら「直ぐに勉強を始める」などは、今にして思えば、愚の骨頂でしかない。
勉強なんかをやっていないで、父や母と話をするべきだった。
母が後片付けをしているのならば、それを手伝い、片付けの後は両親の側で…。
(コーヒーは苦くて好きじゃなくても、ホットミルクとか…)
それともココアか、ジュースでもいい。
子供の舌に合う飲み物を貰って、ゆっくり、のんびりすれば良かった。
そうしていたなら、機械に記憶を奪われた後も、「残った記憶」が多かったろうに。
両親の顔はぼやけていたって、三人で囲んだテーブルは忘れていない、とか。
(…失敗したよね…)
もう取り返しはつかない過ち。
幼かった日に戻れはしないし、幼い自分に真実を告げることも叶わない。
仕方なく「地球」を目指しているのだけれども、其処は本当に「素敵」だろうか。
(…あの時、パパは知ってたのかな…?)
地球という場所に、「子供たちの姿は無い」ことを。
選ばれたエリートだけが暮らす世界で、一般市民がいるかどうかも分からない。
(地球の社会の、優秀な構成員として…)
一般市民という役割を担う、普通人のコースのエリートならば、いる可能性もゼロではない。
けれど「子供」は確実に「いない」。
大人の社会と子供の社会は、明確に分かれているのだから。
子供が暮らせる場所と言ったら、今の世界では育英惑星だけしか無い。
一般人向けのコースで選ばれ、養父母としての教育を受けた大人が派遣される星。
(それ以外の星には、子供なんかはいやしない、って…)
Eー1077に来てから学んだ。
だから当然、首都惑星のノアにも「子供は一人もいない」のだ、とも。
(…首都惑星でも、子供は一人もいないなら…)
人類の聖地という名で呼ばれる「地球」には、なおのこと「子供はいない」だろう。
地球は育英惑星ではなく、首都惑星よりも格が上になる「最高の場所」と言えるのだから。
(そういう意味では、ネバーランドよりも素敵なのかもね…)
宇宙の中で最高だったら、地球を超える場所は何処にも無い。
「地球よりもいい場所は何処ですか?」と誰に訊いても、ただ笑われるだけだろう。
「そんな場所、ありやしませんよ」と。
「最高に素敵な場所と言ったら、地球の他に何処があるんです?」などと尋ね返されて。
(…それは分かっているんだけれど…)
子供が一人もいない場所など、本当に「素敵」と言えるだろうか。
その上、地球が「素敵」かどうかは、かなり怪しいという気もする。
本当に素敵な場所だと言うなら、どうして「首都惑星にしない」のか。
(人類は地球を駄目にする生き物だから、と言うにしたって…)
選び抜かれたエリートだけで「地球の社会」を構成するなら、何の問題も起こらない。
彼らは愚かなことなど「しない」し、機械の指示に素直に従い、環境の維持に努めるだろう。
(維持するどころか、良くするための努力を重ねて…)
美しかったと聞く地球の姿を、完璧に取り戻すために働き続ける。
今はエリートしか行けない場所でも、いつかは一般市民でも…。
(住むのは無理でも、ちょっと旅行に出掛けるくらいは許されるほどに…)
地球の環境を整え直して、「人類の聖地」が皆に門戸を開く時代を築けると思う。
現に「そのための整備」が続けられ、今も続行中だと習った。
成果は順調に上がっているから、それを無にしてしまわないよう、「近付くな」とも。
(…でも、本当にそうなのかな…?)
実は騙されているんじゃあ…、と疑いたくなる日だってある。
機械は「嘘をつく」ものだから。
平気で人を騙し続けて、偽りの世界を作り上げもする。
現に自分は「騙されていた」。
大人になるには「記憶を奪われ、忘れる」ことが必須と知らずに、懸命に勉強し続けて。
本当の地球がどんな場所かは、行ってみるまで分からない。
「行ける資格」を手に入れたって、まだ「騙されている」かもしれない。
地球に行けるほどのエリートだったら、その使い道は幾らでもある。
「地球」という餌で釣り、優秀な人材を大勢育てて、地球の土を踏ませる代わりに…。
(全く違う場所に派遣して、色々な任務を任せるだとか…)
如何にもありそう、と顎に手を当て、大きく頷く。
そうやって「上手く騙す」ためなら、機械はいくらでも嘘をつくことだろう。
本当の地球は、美しい星ではなかったとしても「美しい」と。
今も人間が住めない場所でも、「選ばれた人たちが暮らしています」と、虚言を吐いて。
(…もし、そうだったら…?)
地球の「本当の姿」がそうだとしたなら、ネバーランドよりも素敵な場所とは言えない。
子供たちの姿が無いだけではなく、選ばれた優秀な人間でさえも「住めない」のなら。
(…そんな星でも、素敵だなんて…)
絶対に認められはしないし、子供の姿が無いというのも、充分にマイナスの要素ではある。
果たして「自分」は、本当に「地球に行きたい」のか。
地球に在るという巨大コンピューター、グランド・マザーは「停止させたい」けれども…。
(…ネバーランドか、地球か、どちらかを選べと言われたら…)
自分はどちらを選ぶだろうか、と胸の奥がズシリと重たくなった。
もしも天使が此処に現れ、「選びなさい」と告げて来たなら、どうするだろう。
選んだ結果が、どう転ぶのかは、天使は教えてくれなどはしない。
神の使いで来るのが天使で、「シロエの答え」を神に伝えに行くのも天使。
(…地球を選ぶべきか、ネバーランドを選ぶべきなのか…)
決めるのはあくまで自分自身で、神は結果を「与える」だけ。
「地球に行きたい」と答えたならば、「機械を止めるために行く」のを評価されて…。
(御褒美に、ネバーランドに繋がる扉を…)
神が開いてくれるかもしれない。
「少しくらいなら、息抜きをしてもいいでしょう」と。
あるいは「任務が重くて疲れた時には、此処から飛んで行きなさい」だとか。
逆に「ネバーランドがいい」と答えたのなら、そちらはそちらで…。
(子供の心を忘れていない、って評価してくれて…)
ネバーランドへの扉が開くかもしれないけれども、選べる道は一つだけ。
選んだ答えが「神の意に沿わなかった」場合は、地獄に落とされるかもしれない。
「地球」と答えたら、「子供の心を大事にしていない」と評されて。
「ネバーランド」と答えた瞬間、「自分の使命を投げ出すのか」と神が怒って。
どちらが「正しい答え」なのかは、神と天使しか知らないこと。
けれど「選べ」と言われたからには、シロエに出来るのは「選ぶ」ことだけ。
選んで答えを返すのだけれど、その時に、嘘をついたなら…。
(それはそれで、「正直に選ばなかった」と…)
地獄の底へと突き落とされて、ネバーランドへの扉は開かないだろう。
ならば、自分は、どう答えるのか。
嘘を言わずに「正直に」選んで、神が下した裁きと結果を受け入れるなら…。
(……地球なんかより……)
ネバーランドを選ぶんだから、とシロエは拳を固く握り締める。
父から「地球」と聞くよりも前から、ネバーランドに焦がれていた。
今も行きたくてたまらない場所で、選べるのなら「地球」など、どうでもいい。
「子供が子供でいられる世界」を作れなくても、機械に奪われた記憶が戻らなくても…。
(…正直に選んで、逃げていいなら…)
パパとママが好きだったことを忘れない内に、それを選ぶよ、と心から思う。
選んで答えを告げた途端に、神の怒りに触れようとも。
ネバーランドへの扉が開く代わりに、永劫の煉獄に落ちてゆこうとも。
(…だって、今のぼくは、どうしても…)
両親がいた家と、その思い出と、ネバーランドへの憧れを忘れられないから。
それを隠して「地球に行きたい」と嘘をつくことは出来ないから。
正直に選んでそうなるのならば、その選択に後悔は無い。
「嘘をつく」のは、機械の得意技だから。
機械を憎み続ける以上は、神に向かって嘘をつくなど、自分の誇りが許さないから…。
もしも選ぶなら・了
※ネバーランドと地球。シロエは本当はどちらに行きたかったのかな、と考えたわけで。
キースに撃墜される直前、朦朧としながらも夢見た先は、地球という名のネバーランド…?
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(やはり、マツカが淹れるコーヒーは美味いな)
私にはこれが一番合う、とキースはコーヒーのカップを傾けた。
一日の終わりに、自室でゆったりと味わう一杯、それが習慣になって久しい。
いつからそうして過ごしているのか、自分でも思い出せないほどに。
(マツカを側近に据える前には、これといって決まった部下もいなくて…)
コーヒーを運んで来る者はいても、誰だったのかは覚えていない。
ついでに「美味い」と思っていたか否かも、今となっては謎と言ってもいいだろう。
(私は昔からコーヒーが好きで、何か選んで飲むのなら…)
コーヒーだったというだけのことで、それ以上でも以下でも無かった。
ミュウの「マツカ」を側近にして、飲み物を彼に任せるようになるまでは。
(…そうには違いないのだが…)
マツカが淹れるコーヒーが「最初から」美味だったのかは、記憶に無い。
ソレイドで初めて出会った時に、マツカが淹れて来たコーヒーは…。
(ひと騒動あった後に、詫びながら持って来たからな…)
心がそちらに向いていたせいで、コーヒーは、ただ「飲んだ」というだけ。
喉の渇きを癒して終わりで、そういう時には何を飲もうと、誰でも満足するだろう。
一息ついて、ホッと身体と心を緩めて、ソファなどに深く腰掛けて。
「これでゴタゴタは一段落だ」と、次にすべきことを考えながら。
(あの時のコーヒーが、とびきり美味かったとしても…)
多分、そうだと気付きはしないし、たとえ美味くても、それで側近に選びはしない。
いくらコーヒー党だと言っても、人選を左右するほどではない。
(だが、実際には、実に美味くて…)
今では他の者が淹れても、「これは違う」と苛立ってしまう時もある。
「同じコーヒーで、こうも違うか」と、「どうして上手く淹れられないのだ」と、心の中で。
(流石に、口には出さないのだが…)
部下たちも気配で察しているのか、マツカには不名誉な渾名があった。
「コーヒーを淹れることしか出来ない、能無し野郎」と、あからさまに陰口を叩かれている。
(本当の所は、誰よりも役に立つのだが…)
明かすわけにはいかないからな、と放っているから、マツカは「コーヒー係」でしかない。
もっとも、マツカの階級からしても、それ以上の仕事は出来ないけれど。
マツカを側近に据えた時には、キースは既に「上級大佐」に昇進していた。
その後、国家騎士団元帥を経て、今は元老の地位にいる。
最高機関のパルテノン、即ち元老院が職場なのだし、マツカに務まる役職など無い。
もう本当に「コーヒー係」で、今日も何杯か淹れていたけれど…。
(…此処へ来てから、つくづく思うことだが…)
人間の好みというのは色々あるな、と呆れながらも感心させられる。
軍人だった頃は、何処へ行っても、コーヒーが出るのが常だった。
たまに「何を飲みますか」と訊かれはしても、選択肢はコーヒーと紅茶くらいで。
ところが、パルテノンでは違う。
実に様々な飲み物があって、元老たちは休憩時間に自室で飲んでいるようだ。
だから彼らを訪ねて行ったら、当然、それを飲むことになる。
紅茶は理解の範疇だけども、ハーブティーやら、冷えたレモネードやらは口に合わない。
それでも「飲むしかない」けれど。
相手が「どうぞ」と勧めるからには、「頂きます」と飲むのが礼儀で、断れはしない。
(同じコーヒーでも、とんでもないのが出るからな…)
これは本当にコーヒーなのか、と目を剥いてしまった経験もあった。
ホイップクリームがたっぷり入った、とんでもなく甘い「ケーキのような」コーヒー。
(おまけに、次に訪ねて行ったら…)
覚悟して飲んだ「ホイップクリーム入り」の中に、別の味わいが隠されていた。
オレンジか何かの柑橘類で、クリームの上には、色とりどりのトッピングまで。
(なんと言ったか、遥か昔の女帝の名前で…)
御自慢のコーヒーだったらしいけれども、キースにとっては「コーヒー」の味ではなかった。
甘くて怪しい菓子でしかなくて、あの時は自室に戻るなり…。
(コーヒーを、と…)
マツカに命じて口直しをして、ようやく人心地ついたほど。
何故、同じコーヒーがああも変わるか、それを好んで飲む者がいるのか理解出来ない。
とはいえ、個性も好みも「人の数だけ」あるものだから、その点は仕方ないだろう。
ただ、パルテノンに来てから、その実感を深くした。
軍人出身の元老は「キース」だけだし、そのせいもあるのかもしれない。
他のコースで育った者だと、コーヒーと紅茶の他にも多様な選択肢があって…。
(あれこれ選んで飲んでいる内に、ああいった風に…)
独自の道を突っ走るようになるのかもな、と可笑しくなった。
軍人ばかりの世界だったら、飲み物といえども質実剛健、コーヒーか紅茶かくらいなのに。
そうした環境で生きて来たせいで、今も昔も「コーヒー党」だと自認している。
中でもマツカが淹れるコーヒーが一番、部下たちがつけた不名誉な渾名は伊達ではない。
(そういう意味でも、いい部下を持ったな)
この一杯が美味いんだ、と絶妙な苦味を味わう間に、ハタと気付いた。
「どうして、コーヒー党なのだ?」と。
いつから「キース」はコーヒー党で、コーヒーを好んで飲んでいるのか。
(……ステーションでは……)
一切、指導されてはいないし、強制されたわけでもない。
食堂に行けば「選べた」わけで、そういえば、今でも忘れられない「シロエ」は…。
(シナモンミルクに、マヌカ多め…)
そのように注文している所を、何度か見掛けた。
あれが「シロエ」の好みだったわけで、彼が生きて出世していたら…。
(普段は周囲の者に合わせて、コーヒーか紅茶だったとしても…)
パルテノン入りを果たした後まで、大人しく「そのまま」でいたとは、とても思えない。
ここぞとばかりに自分の好みで、自室では常にシナモンミルクで、客人にまでも…。
(如何ですか、と出しかねないぞ)
ケーキのようなコーヒーが出て来る世界だからな、と肩を竦めた。
あれに比べれば、シナモンミルクはマシな方だと言えるだろう。
シロエは「それ」を好んだわけで、そうなると「軍人だから」といって…。
(必ずしもコーヒー党ではなくて、他にも色々…)
好みがあって、普段はプライベートな空間だけで「それ」を楽しんでいるかもしれない。
ソレイドで会ったグレイブにしても、セルジュやパスカルといった部下たちにしても。
(…では、私は…?)
どうしてコーヒー党なのだ、と「Eー1077から後」だけしかない記憶を手繰る。
誰にコーヒーを勧められて飲んで、いつからコーヒーが気に入りなのか、と。
けれど、全く「思い出せない」。
むしろ恐ろしい、「一番最初に」飲んだコーヒー。
あのステーションで出会ったサムと、初対面の日に、二人で食堂に出掛けて行って…。
(コーヒーを、と…)
迷うことなく注文をして、しかも「ホット」で「ブラック」と言った。
「水槽から出て来たばかりのキース」は、コーヒーを飲んだことが無いのに。
ホットとアイスで違う味わい、砂糖を入れるか、入れていないかの違いも、一度も…。
(自分の舌では、まるで全く…)
知らなかった、と断言出来る。
水槽の中で育ったからには、コーヒーも紅茶も、ミルクも口にはしていないから。
(…だったら、あれは…)
マザー・イライザが教えた知識か、と愕然とした。
「何か飲むのなら、コーヒーがいい」と思ったことも、ホットでブラックが好みなのも。
それ以外には「考えられない」し、他の可能性は一つも無い。
(…そうだとすると、私の思考は、飲み物の好みに至るまで…)
機械が仕組んで組み立てたもので、それを「知らずに」実行しているだけかもしれない。
自分では「自分の意思」のつもりで、日々を、人生を生きているのだけれど…。
(…サムもスウェナも、シロエも、マザー・イライザに選び出されて、私の前に…)
現れたのだし、サムを「好ましく思って」親しくしたのも、機械が仕向けた行動だろうか。
シロエとは衝突を繰り返した末に、この手で殺す結果になったけれども…。
(…あれも機械の計算の内で、私がそれに従った以上は…)
今も「シロエ」を忘れられないのも、シロエの面影が重なった「マツカ」を助けたことも…。
(何もかも、機械の手のひらの上で…)
起きていることで、「キース」は「踊らされている」のだろうか。
機械は全てを承知していて、「マツカ」が「ミュウである」ことも把握していて…。
(キースの役に立っているから、と…)
見逃している可能性もある。
それだけで済めばいいのだけれども、あるいは「マツカ」との出会い自体が…。
(機械に仕組まれたことだった……のか…?)
まさか、と即座に否定しかけて、「そうかもしれない」と背筋が冷えた。
マツカは「成人検査をパスした」ミュウで、それは偶然ではないかもしれない。
かつて「シロエ」がそうだったように、マツカも機械に選び出されて、検査をパスして…。
(ソレイドで私と遭遇するよう、仕組まれて…)
出会った私を殺そうとしたのも、そんなマツカを助命したのも…、と指先が震える。
「何もかも機械の計算なのか」と、「私は機械に操られているだけなのか?」と。
そうだとしたなら、この人生は「キース」のものではない。
シロエが嘲笑った通りに「操り人形」、自由になれる時があるとしたなら…。
(…ミュウどもが来て、グランド・マザーと、マザー・システムを…)
破壊した後しか有り得ない。
もっとも、その時、「キース」が生きているかどうかは、読めないけれども…。
(…早く来い、ジョミー・マーキス・シン…!)
私の意思が本当に私のものか知りたいからな、と心から思う。
たとえ破滅が待っていようと、行きつく先が惨い死に様であろうとも。
その時が来れば「分かる」から。
機械の手のひらの上で生きていたのか、自分の意思で生きて歩いた人生なのかが…。
決められた好み・了
※キースはどうしてコーヒー党なんだ、と思った所から出来たお話。水槽育ちの筈なのに。
ホットとブラックは、原作から。作中の怪しげなのは「マリア・テレジア」、実在します。
私にはこれが一番合う、とキースはコーヒーのカップを傾けた。
一日の終わりに、自室でゆったりと味わう一杯、それが習慣になって久しい。
いつからそうして過ごしているのか、自分でも思い出せないほどに。
(マツカを側近に据える前には、これといって決まった部下もいなくて…)
コーヒーを運んで来る者はいても、誰だったのかは覚えていない。
ついでに「美味い」と思っていたか否かも、今となっては謎と言ってもいいだろう。
(私は昔からコーヒーが好きで、何か選んで飲むのなら…)
コーヒーだったというだけのことで、それ以上でも以下でも無かった。
ミュウの「マツカ」を側近にして、飲み物を彼に任せるようになるまでは。
(…そうには違いないのだが…)
マツカが淹れるコーヒーが「最初から」美味だったのかは、記憶に無い。
ソレイドで初めて出会った時に、マツカが淹れて来たコーヒーは…。
(ひと騒動あった後に、詫びながら持って来たからな…)
心がそちらに向いていたせいで、コーヒーは、ただ「飲んだ」というだけ。
喉の渇きを癒して終わりで、そういう時には何を飲もうと、誰でも満足するだろう。
一息ついて、ホッと身体と心を緩めて、ソファなどに深く腰掛けて。
「これでゴタゴタは一段落だ」と、次にすべきことを考えながら。
(あの時のコーヒーが、とびきり美味かったとしても…)
多分、そうだと気付きはしないし、たとえ美味くても、それで側近に選びはしない。
いくらコーヒー党だと言っても、人選を左右するほどではない。
(だが、実際には、実に美味くて…)
今では他の者が淹れても、「これは違う」と苛立ってしまう時もある。
「同じコーヒーで、こうも違うか」と、「どうして上手く淹れられないのだ」と、心の中で。
(流石に、口には出さないのだが…)
部下たちも気配で察しているのか、マツカには不名誉な渾名があった。
「コーヒーを淹れることしか出来ない、能無し野郎」と、あからさまに陰口を叩かれている。
(本当の所は、誰よりも役に立つのだが…)
明かすわけにはいかないからな、と放っているから、マツカは「コーヒー係」でしかない。
もっとも、マツカの階級からしても、それ以上の仕事は出来ないけれど。
マツカを側近に据えた時には、キースは既に「上級大佐」に昇進していた。
その後、国家騎士団元帥を経て、今は元老の地位にいる。
最高機関のパルテノン、即ち元老院が職場なのだし、マツカに務まる役職など無い。
もう本当に「コーヒー係」で、今日も何杯か淹れていたけれど…。
(…此処へ来てから、つくづく思うことだが…)
人間の好みというのは色々あるな、と呆れながらも感心させられる。
軍人だった頃は、何処へ行っても、コーヒーが出るのが常だった。
たまに「何を飲みますか」と訊かれはしても、選択肢はコーヒーと紅茶くらいで。
ところが、パルテノンでは違う。
実に様々な飲み物があって、元老たちは休憩時間に自室で飲んでいるようだ。
だから彼らを訪ねて行ったら、当然、それを飲むことになる。
紅茶は理解の範疇だけども、ハーブティーやら、冷えたレモネードやらは口に合わない。
それでも「飲むしかない」けれど。
相手が「どうぞ」と勧めるからには、「頂きます」と飲むのが礼儀で、断れはしない。
(同じコーヒーでも、とんでもないのが出るからな…)
これは本当にコーヒーなのか、と目を剥いてしまった経験もあった。
ホイップクリームがたっぷり入った、とんでもなく甘い「ケーキのような」コーヒー。
(おまけに、次に訪ねて行ったら…)
覚悟して飲んだ「ホイップクリーム入り」の中に、別の味わいが隠されていた。
オレンジか何かの柑橘類で、クリームの上には、色とりどりのトッピングまで。
(なんと言ったか、遥か昔の女帝の名前で…)
御自慢のコーヒーだったらしいけれども、キースにとっては「コーヒー」の味ではなかった。
甘くて怪しい菓子でしかなくて、あの時は自室に戻るなり…。
(コーヒーを、と…)
マツカに命じて口直しをして、ようやく人心地ついたほど。
何故、同じコーヒーがああも変わるか、それを好んで飲む者がいるのか理解出来ない。
とはいえ、個性も好みも「人の数だけ」あるものだから、その点は仕方ないだろう。
ただ、パルテノンに来てから、その実感を深くした。
軍人出身の元老は「キース」だけだし、そのせいもあるのかもしれない。
他のコースで育った者だと、コーヒーと紅茶の他にも多様な選択肢があって…。
(あれこれ選んで飲んでいる内に、ああいった風に…)
独自の道を突っ走るようになるのかもな、と可笑しくなった。
軍人ばかりの世界だったら、飲み物といえども質実剛健、コーヒーか紅茶かくらいなのに。
そうした環境で生きて来たせいで、今も昔も「コーヒー党」だと自認している。
中でもマツカが淹れるコーヒーが一番、部下たちがつけた不名誉な渾名は伊達ではない。
(そういう意味でも、いい部下を持ったな)
この一杯が美味いんだ、と絶妙な苦味を味わう間に、ハタと気付いた。
「どうして、コーヒー党なのだ?」と。
いつから「キース」はコーヒー党で、コーヒーを好んで飲んでいるのか。
(……ステーションでは……)
一切、指導されてはいないし、強制されたわけでもない。
食堂に行けば「選べた」わけで、そういえば、今でも忘れられない「シロエ」は…。
(シナモンミルクに、マヌカ多め…)
そのように注文している所を、何度か見掛けた。
あれが「シロエ」の好みだったわけで、彼が生きて出世していたら…。
(普段は周囲の者に合わせて、コーヒーか紅茶だったとしても…)
パルテノン入りを果たした後まで、大人しく「そのまま」でいたとは、とても思えない。
ここぞとばかりに自分の好みで、自室では常にシナモンミルクで、客人にまでも…。
(如何ですか、と出しかねないぞ)
ケーキのようなコーヒーが出て来る世界だからな、と肩を竦めた。
あれに比べれば、シナモンミルクはマシな方だと言えるだろう。
シロエは「それ」を好んだわけで、そうなると「軍人だから」といって…。
(必ずしもコーヒー党ではなくて、他にも色々…)
好みがあって、普段はプライベートな空間だけで「それ」を楽しんでいるかもしれない。
ソレイドで会ったグレイブにしても、セルジュやパスカルといった部下たちにしても。
(…では、私は…?)
どうしてコーヒー党なのだ、と「Eー1077から後」だけしかない記憶を手繰る。
誰にコーヒーを勧められて飲んで、いつからコーヒーが気に入りなのか、と。
けれど、全く「思い出せない」。
むしろ恐ろしい、「一番最初に」飲んだコーヒー。
あのステーションで出会ったサムと、初対面の日に、二人で食堂に出掛けて行って…。
(コーヒーを、と…)
迷うことなく注文をして、しかも「ホット」で「ブラック」と言った。
「水槽から出て来たばかりのキース」は、コーヒーを飲んだことが無いのに。
ホットとアイスで違う味わい、砂糖を入れるか、入れていないかの違いも、一度も…。
(自分の舌では、まるで全く…)
知らなかった、と断言出来る。
水槽の中で育ったからには、コーヒーも紅茶も、ミルクも口にはしていないから。
(…だったら、あれは…)
マザー・イライザが教えた知識か、と愕然とした。
「何か飲むのなら、コーヒーがいい」と思ったことも、ホットでブラックが好みなのも。
それ以外には「考えられない」し、他の可能性は一つも無い。
(…そうだとすると、私の思考は、飲み物の好みに至るまで…)
機械が仕組んで組み立てたもので、それを「知らずに」実行しているだけかもしれない。
自分では「自分の意思」のつもりで、日々を、人生を生きているのだけれど…。
(…サムもスウェナも、シロエも、マザー・イライザに選び出されて、私の前に…)
現れたのだし、サムを「好ましく思って」親しくしたのも、機械が仕向けた行動だろうか。
シロエとは衝突を繰り返した末に、この手で殺す結果になったけれども…。
(…あれも機械の計算の内で、私がそれに従った以上は…)
今も「シロエ」を忘れられないのも、シロエの面影が重なった「マツカ」を助けたことも…。
(何もかも、機械の手のひらの上で…)
起きていることで、「キース」は「踊らされている」のだろうか。
機械は全てを承知していて、「マツカ」が「ミュウである」ことも把握していて…。
(キースの役に立っているから、と…)
見逃している可能性もある。
それだけで済めばいいのだけれども、あるいは「マツカ」との出会い自体が…。
(機械に仕組まれたことだった……のか…?)
まさか、と即座に否定しかけて、「そうかもしれない」と背筋が冷えた。
マツカは「成人検査をパスした」ミュウで、それは偶然ではないかもしれない。
かつて「シロエ」がそうだったように、マツカも機械に選び出されて、検査をパスして…。
(ソレイドで私と遭遇するよう、仕組まれて…)
出会った私を殺そうとしたのも、そんなマツカを助命したのも…、と指先が震える。
「何もかも機械の計算なのか」と、「私は機械に操られているだけなのか?」と。
そうだとしたなら、この人生は「キース」のものではない。
シロエが嘲笑った通りに「操り人形」、自由になれる時があるとしたなら…。
(…ミュウどもが来て、グランド・マザーと、マザー・システムを…)
破壊した後しか有り得ない。
もっとも、その時、「キース」が生きているかどうかは、読めないけれども…。
(…早く来い、ジョミー・マーキス・シン…!)
私の意思が本当に私のものか知りたいからな、と心から思う。
たとえ破滅が待っていようと、行きつく先が惨い死に様であろうとも。
その時が来れば「分かる」から。
機械の手のひらの上で生きていたのか、自分の意思で生きて歩いた人生なのかが…。
決められた好み・了
※キースはどうしてコーヒー党なんだ、と思った所から出来たお話。水槽育ちの筈なのに。
ホットとブラックは、原作から。作中の怪しげなのは「マリア・テレジア」、実在します。
(メンバーズ・エリートね…)
とりあえず、今の目標はそれ、とシロエは机をトンと叩いた。
Eー1077の講義の数はとても多くて、内容も高度で難解なものばかり。
日々の授業の復習は必須、予習の方も欠かせない。
(本日分のお仕事終了、っと…)
使っていた端末の画面を消して、椅子に腰掛けたままで伸びをする。
キーボードを叩き続けていたから、少々、身体が固くなっているのは否めない。
(後は寝る前に、軽くストレッチ…)
身体のメンテも大切だしね、と大きく頷き、寝るまでの時間に何をするかを考え始めた。
つい先日から作り始めた、新しいバイクの組み立てを少し進めてもいい。
同じく手をつけたばかりで得意分野の、新作の小型コンピューターも…。
(まだまだ先は長いしね…)
どっちの作業をやるべきだろうか、と時間配分をザッと頭の中で図にしてみた。
今日、寝るまでに出来そうな方はどちらなのか、と。
(うーん…)
どっちも出来そうではあるんだけれど、と顎に手を当て、暗くなった端末の画面を眺める。
この向こうには、明日の授業や、そのまた次の授業に繋がる世界があって…。
(…明日も明後日も、そのまた次も…)
機械に追われて仕事だよね、と溜息が零れそうになる。
講義をするのは人間だけれど、受講するべき科目を決めて来るのは機械。
成績をつけて評価するのも、人間の仕事に見えるけれども…。
(最終的には、マザー・イライザ…)
あのコンピューターが決めて来るんだ、と嫌というほど分かっている。
SD体制の世界においては、人間は全て、駒でしかない。
機械が何もかも決めて動かし、人生さえもが機械に左右されてゆく。
なんと言っても、生まれた時から…。
(機械が管理する、人工子宮の中で育って…)
外に出られるほど大きくなったら、機械が選んだ養父母の許へ送り出される。
子供の方にも、養父母の方にも、選択権などは全く無い。
全ては機械の意向のままで、機械にとって最良の場所を決定しているだけなのだから。
そういう世界で生きている以上、機械の支配からは逃れられない。
此処での受講科目にしたって、ヘマをしたなら、たちまち変更されておしまい。
(メンバーズ・エリートを目指す、精鋭のために設けられたコースは…)
ごく少数の優秀な者しか、最終的には受講出来なくなると聞く。
一度、コースを外れてしまえば、元のコースに戻りたくても、機会は殆ど無いのだ、とも。
(エリート用の授業を聴講させて貰って、試験を受けて…)
編入する以外に「戻る」方法は無くて、そのための試験は滅多に合格出来ないらしい。
死に物狂いで勉強したって、その間にも、エリートコースの授業は進んでゆくのだから。
(試験の時点で、彼らに負けない成績を叩き出せないと…)
編入試験には合格出来ずに、負け犬のままで終わってしまう。
それが嫌なら、どんなに機械を嫌っていようと、指示される通りに授業を受けて…。
(言われるままに予習復習、自主学習も怠りなく、ってね)
ああ、嫌だ、と口に出してみて、「嫌だ、嫌だ」と重ねてぼやく。
いつまでこういう日々を続けたら、ステーションから出てゆけるのか。
(全部で四年もあるんだものね…)
まだ候補生の制服も着られない自分は、卒業までの年数も長い。
制服を着られる年になっても、そこから二年は勉強しないと、卒業の時期は来てくれない。
(それまでの間、必死に勉強し続けて…)
機械に素直に従い続けて、「授業を受けさせて貰わなければ」、その先の道も開けない。
まずは「メンバーズ・エリート」に選ばれ、支配している機械の傘下に入らなければ。
(その先もずっと、機械の指示に従い続けて…)
相当な年数と経験を積まない限りは、最終の目標には辿り着けない。
「子供が子供でいられる世界」を、この手で取り戻すという「やらねばならない」大仕事。
多分、「シロエにしか出来ない」ことで、ピーターパンにも期待されていることだろう。
だから必ずメンバーズになって、国家主席の座に昇り詰めて…。
(機械に、「止まれ」と命令するんだ)
SD体制の世界を牛耳る、地球にある巨大コンピューターを停止させれば、それでいい。
グランド・マザーが「停止する」ことは、SD体制の終わりを意味する。
機械による「人間の統治」も終わって、何もかもが皆、「人間」の手に戻って来る。
成人検査で記憶を消されることもなくなり、人生を機械に決められることもなくなって。
(…頑張らないといけないってことは、分かるんだけど…)
本当に先が長すぎるよ、と愚痴を言っても、道を縮めることは出来ない。
どんなに優秀な者であろうと、教育ステーションでの期間中には…。
(飛び越して先に進むというのは、駄目らしいしね…)
それが出来るのは卒業した後、と授業で習った。
メンバーズに選ばれ、軍人としての道を歩み始めたら、成果を上げれば出世してゆける。
本来だったら「その年齢では無理」と言われる階級にだって、いくらでもなれる。
(二階級特進を繰り返していけば、アッと言う間に…)
大佐になれて、トントン拍子に国家騎士団元帥の座にも就けるだろう。
(そこまで行ったら、国家主席になれるように、と…)
未だ一人もいないと噂の、「軍人出身の元老」に選ばれるように努力する。
政治的手腕などを認められたら、道は必ず開けるから。
(頑張らないと…)
メンバーズになって、此処を卒業して…、と算段していて、ふと思い出した。
その「メンバーズ」が選ばれるのは卒業の前で、選ばれてからも暫くはステーションにいる。
Eー1077の生徒のままだけれども、選ばれた以上、その権限は…。
(教授たちを超えて、マザー・イライザじゃなくて、グランド・マザーの直轄で…)
生徒でありながら「メンバーズとして」、決定権などを持つらしい。
教授が「右だ」と指示していても、彼らが「左だ」と言ったら「左」。
全ての者がそれに従い、右ではなくて左へと動く。
(…そういう権限を持つわけだから…)
彼らは当然、ステーションに在籍していても…。
(地球を統治する機械に従う、外の世界のメンバーズたちと…)
連絡が取れて、直接、話も出来るのだという。
もちろん実際に会うのではなくて、通信画面を通しての会話になるけれど。
(とはいえ、いわゆるホットラインで…)
メンバーズの誰かを名指しで呼び出し、あれこれ相談出来たりもする。
今の局面をどうするべきか、自分の判断を話した上で、アドバイスを仰いだりもして。
(…つまりEー1077は、監獄みたいに孤立しているように見えても…)
外の世界と繋がっていて、条件が揃えば、生徒と外とを繋ぐ回路が開けるのだろう。
メンバーズに選出された者なら、外の世界で活躍しているメンバーズたちと話が出来る。
(ということは、メンバーズとして選び出される前だって…)
ある程度までの教育課程を終えたら、「外」と繋がれるのかもしれない。
メンバーズと連絡を取るのは無理でも、現役の軍人たちなどと。
(机の上の講義と、教授がついてくる実習だけでは…)
学べないものも多いことだろう。
そうした場合に、「外の世界」の者の知識や、体験談などは大いに役立つ。
彼らの話を聞ける機会が、まるで無いとは言い切れない。
(…多分、そういう人の話を聞くための…)
時間が何処かで設けられていて、必要とあらば、ホットラインが開設される可能性もある。
「相談するなら、この人に」と機械が決めて、割り振るのかもしれないけれど。
(それでも、外と繋がるのなら…)
外の知識を「仕入れる」ことが出来るのならば、此処がEー1077ではなくて…。
(技術者を育てるステーションだったら、もしかして、パパと…)
繋がる機会があったろうか、と消えたままの端末の暗い画面の向こうを見詰めた。
この端末は、Eー1077の中だけで「完結している」システムだけれど、機能は高い。
(ぼくがメンバーズに選ばれた時は、これを通して…)
外の世界にいるメンバーズと、「会話する」日も来るだろう。
選ばれる前にも、外の世界の軍人たちと連絡を取るなら、この端末を通すことになる。
(ぼくが技術者向けのステーションにいて、パパと同じ道に進んでいたら…)
教育課程を順調に進めて、外の世界の研究者の見解を聞きたくなることもあるかもしれない。
その研究の第一人者が「セキ博士」になるというのだったら、優秀な生徒だったなら…。
(セキ博士に質問したいんですが、って申告したら…)
ステーションを支配している機械は、許可するしかない。
「シロエが聞きたい質問の答え」を持っているのは、「セキ博士しかいない」から。
他の研究者では答えられなくて、「シロエの疑問」を解くことは出来ない。
それでは「シロエの研究」は先へ進まないから、「セキ博士」がシロエの何であろうと…。
(繋ぐしか道は無い、ってね…?)
そうなるよね、と気付いて愕然とした。
自分は「間違えた」のだろうか、と。
技術者の道を歩んでいたなら、父とも「繋がれた」だろうか。
メンバーズになっても、いつか出張などの機会があったら、会えそうだけれど…。
(技術者だったら、もっと早くにパパと繋がる道が開けて…)
面識があれば何かと便利だ、と機械は「父の記憶」を多めに残していたかもしれない。
「セキ博士」と繋がり、意見交換をする立場になったら、その方が話が円滑に運ぶ。
(はじめまして、じゃないんだし…)
父の記憶が消されていないのだったら、「久しぶりだな、シロエ」と笑んでくれるだろう。
そして「研究の方はどうだ?」と尋ねて、「パパの研究所に来るか?」と誘ってくれもして。
(機械の方でも、そのつもりで準備しているだろうし…)
セキ・レイ・シロエは研究者として、故郷に戻っていたろうか。
ステーションを卒業したなら、父の研究所に配属されて。
「住まいも近い方がいいだろうから」と、懐かしい家の近くに新しく家を貰って。
(…もしかして、そういう道だって、あった…?)
ぼくは間違えちゃったのかな、と思うけれども、今の自分が歩んでいる道は…。
(やっぱり機械が決めた道だし、技術者になるっていう道は…)
機械が「駄目だ」と判断したのに違いない。
けれども、機械が「選ぶ」基準は…。
(…あくまで子供の資質と、成績…)
ならばやっぱり、自分は「間違えてしまった」ろうか。
父の研究所に入れそうな道を、自分自身の手で「潰して」。
技術者に選ばれる可能性の芽を、知らずにプツリと摘んでしまって。
(そうだった…?)
「パパ、もしかして、そうだったの?」と尋ねたくても、父と繋がることは出来ない。
違う道へ来てしまったから。
此処から「繋がれる」外の世界は、メンバーズと軍人の世界だから…。
端末の向こうに・了
※学生のシロエが「セキ博士」に質問してもいい、技術者を育てる教育ステーション。
そういうのもあったかもしれません。原作キースは、学生でも地球の代理人になれたので…。
とりあえず、今の目標はそれ、とシロエは机をトンと叩いた。
Eー1077の講義の数はとても多くて、内容も高度で難解なものばかり。
日々の授業の復習は必須、予習の方も欠かせない。
(本日分のお仕事終了、っと…)
使っていた端末の画面を消して、椅子に腰掛けたままで伸びをする。
キーボードを叩き続けていたから、少々、身体が固くなっているのは否めない。
(後は寝る前に、軽くストレッチ…)
身体のメンテも大切だしね、と大きく頷き、寝るまでの時間に何をするかを考え始めた。
つい先日から作り始めた、新しいバイクの組み立てを少し進めてもいい。
同じく手をつけたばかりで得意分野の、新作の小型コンピューターも…。
(まだまだ先は長いしね…)
どっちの作業をやるべきだろうか、と時間配分をザッと頭の中で図にしてみた。
今日、寝るまでに出来そうな方はどちらなのか、と。
(うーん…)
どっちも出来そうではあるんだけれど、と顎に手を当て、暗くなった端末の画面を眺める。
この向こうには、明日の授業や、そのまた次の授業に繋がる世界があって…。
(…明日も明後日も、そのまた次も…)
機械に追われて仕事だよね、と溜息が零れそうになる。
講義をするのは人間だけれど、受講するべき科目を決めて来るのは機械。
成績をつけて評価するのも、人間の仕事に見えるけれども…。
(最終的には、マザー・イライザ…)
あのコンピューターが決めて来るんだ、と嫌というほど分かっている。
SD体制の世界においては、人間は全て、駒でしかない。
機械が何もかも決めて動かし、人生さえもが機械に左右されてゆく。
なんと言っても、生まれた時から…。
(機械が管理する、人工子宮の中で育って…)
外に出られるほど大きくなったら、機械が選んだ養父母の許へ送り出される。
子供の方にも、養父母の方にも、選択権などは全く無い。
全ては機械の意向のままで、機械にとって最良の場所を決定しているだけなのだから。
そういう世界で生きている以上、機械の支配からは逃れられない。
此処での受講科目にしたって、ヘマをしたなら、たちまち変更されておしまい。
(メンバーズ・エリートを目指す、精鋭のために設けられたコースは…)
ごく少数の優秀な者しか、最終的には受講出来なくなると聞く。
一度、コースを外れてしまえば、元のコースに戻りたくても、機会は殆ど無いのだ、とも。
(エリート用の授業を聴講させて貰って、試験を受けて…)
編入する以外に「戻る」方法は無くて、そのための試験は滅多に合格出来ないらしい。
死に物狂いで勉強したって、その間にも、エリートコースの授業は進んでゆくのだから。
(試験の時点で、彼らに負けない成績を叩き出せないと…)
編入試験には合格出来ずに、負け犬のままで終わってしまう。
それが嫌なら、どんなに機械を嫌っていようと、指示される通りに授業を受けて…。
(言われるままに予習復習、自主学習も怠りなく、ってね)
ああ、嫌だ、と口に出してみて、「嫌だ、嫌だ」と重ねてぼやく。
いつまでこういう日々を続けたら、ステーションから出てゆけるのか。
(全部で四年もあるんだものね…)
まだ候補生の制服も着られない自分は、卒業までの年数も長い。
制服を着られる年になっても、そこから二年は勉強しないと、卒業の時期は来てくれない。
(それまでの間、必死に勉強し続けて…)
機械に素直に従い続けて、「授業を受けさせて貰わなければ」、その先の道も開けない。
まずは「メンバーズ・エリート」に選ばれ、支配している機械の傘下に入らなければ。
(その先もずっと、機械の指示に従い続けて…)
相当な年数と経験を積まない限りは、最終の目標には辿り着けない。
「子供が子供でいられる世界」を、この手で取り戻すという「やらねばならない」大仕事。
多分、「シロエにしか出来ない」ことで、ピーターパンにも期待されていることだろう。
だから必ずメンバーズになって、国家主席の座に昇り詰めて…。
(機械に、「止まれ」と命令するんだ)
SD体制の世界を牛耳る、地球にある巨大コンピューターを停止させれば、それでいい。
グランド・マザーが「停止する」ことは、SD体制の終わりを意味する。
機械による「人間の統治」も終わって、何もかもが皆、「人間」の手に戻って来る。
成人検査で記憶を消されることもなくなり、人生を機械に決められることもなくなって。
(…頑張らないといけないってことは、分かるんだけど…)
本当に先が長すぎるよ、と愚痴を言っても、道を縮めることは出来ない。
どんなに優秀な者であろうと、教育ステーションでの期間中には…。
(飛び越して先に進むというのは、駄目らしいしね…)
それが出来るのは卒業した後、と授業で習った。
メンバーズに選ばれ、軍人としての道を歩み始めたら、成果を上げれば出世してゆける。
本来だったら「その年齢では無理」と言われる階級にだって、いくらでもなれる。
(二階級特進を繰り返していけば、アッと言う間に…)
大佐になれて、トントン拍子に国家騎士団元帥の座にも就けるだろう。
(そこまで行ったら、国家主席になれるように、と…)
未だ一人もいないと噂の、「軍人出身の元老」に選ばれるように努力する。
政治的手腕などを認められたら、道は必ず開けるから。
(頑張らないと…)
メンバーズになって、此処を卒業して…、と算段していて、ふと思い出した。
その「メンバーズ」が選ばれるのは卒業の前で、選ばれてからも暫くはステーションにいる。
Eー1077の生徒のままだけれども、選ばれた以上、その権限は…。
(教授たちを超えて、マザー・イライザじゃなくて、グランド・マザーの直轄で…)
生徒でありながら「メンバーズとして」、決定権などを持つらしい。
教授が「右だ」と指示していても、彼らが「左だ」と言ったら「左」。
全ての者がそれに従い、右ではなくて左へと動く。
(…そういう権限を持つわけだから…)
彼らは当然、ステーションに在籍していても…。
(地球を統治する機械に従う、外の世界のメンバーズたちと…)
連絡が取れて、直接、話も出来るのだという。
もちろん実際に会うのではなくて、通信画面を通しての会話になるけれど。
(とはいえ、いわゆるホットラインで…)
メンバーズの誰かを名指しで呼び出し、あれこれ相談出来たりもする。
今の局面をどうするべきか、自分の判断を話した上で、アドバイスを仰いだりもして。
(…つまりEー1077は、監獄みたいに孤立しているように見えても…)
外の世界と繋がっていて、条件が揃えば、生徒と外とを繋ぐ回路が開けるのだろう。
メンバーズに選出された者なら、外の世界で活躍しているメンバーズたちと話が出来る。
(ということは、メンバーズとして選び出される前だって…)
ある程度までの教育課程を終えたら、「外」と繋がれるのかもしれない。
メンバーズと連絡を取るのは無理でも、現役の軍人たちなどと。
(机の上の講義と、教授がついてくる実習だけでは…)
学べないものも多いことだろう。
そうした場合に、「外の世界」の者の知識や、体験談などは大いに役立つ。
彼らの話を聞ける機会が、まるで無いとは言い切れない。
(…多分、そういう人の話を聞くための…)
時間が何処かで設けられていて、必要とあらば、ホットラインが開設される可能性もある。
「相談するなら、この人に」と機械が決めて、割り振るのかもしれないけれど。
(それでも、外と繋がるのなら…)
外の知識を「仕入れる」ことが出来るのならば、此処がEー1077ではなくて…。
(技術者を育てるステーションだったら、もしかして、パパと…)
繋がる機会があったろうか、と消えたままの端末の暗い画面の向こうを見詰めた。
この端末は、Eー1077の中だけで「完結している」システムだけれど、機能は高い。
(ぼくがメンバーズに選ばれた時は、これを通して…)
外の世界にいるメンバーズと、「会話する」日も来るだろう。
選ばれる前にも、外の世界の軍人たちと連絡を取るなら、この端末を通すことになる。
(ぼくが技術者向けのステーションにいて、パパと同じ道に進んでいたら…)
教育課程を順調に進めて、外の世界の研究者の見解を聞きたくなることもあるかもしれない。
その研究の第一人者が「セキ博士」になるというのだったら、優秀な生徒だったなら…。
(セキ博士に質問したいんですが、って申告したら…)
ステーションを支配している機械は、許可するしかない。
「シロエが聞きたい質問の答え」を持っているのは、「セキ博士しかいない」から。
他の研究者では答えられなくて、「シロエの疑問」を解くことは出来ない。
それでは「シロエの研究」は先へ進まないから、「セキ博士」がシロエの何であろうと…。
(繋ぐしか道は無い、ってね…?)
そうなるよね、と気付いて愕然とした。
自分は「間違えた」のだろうか、と。
技術者の道を歩んでいたなら、父とも「繋がれた」だろうか。
メンバーズになっても、いつか出張などの機会があったら、会えそうだけれど…。
(技術者だったら、もっと早くにパパと繋がる道が開けて…)
面識があれば何かと便利だ、と機械は「父の記憶」を多めに残していたかもしれない。
「セキ博士」と繋がり、意見交換をする立場になったら、その方が話が円滑に運ぶ。
(はじめまして、じゃないんだし…)
父の記憶が消されていないのだったら、「久しぶりだな、シロエ」と笑んでくれるだろう。
そして「研究の方はどうだ?」と尋ねて、「パパの研究所に来るか?」と誘ってくれもして。
(機械の方でも、そのつもりで準備しているだろうし…)
セキ・レイ・シロエは研究者として、故郷に戻っていたろうか。
ステーションを卒業したなら、父の研究所に配属されて。
「住まいも近い方がいいだろうから」と、懐かしい家の近くに新しく家を貰って。
(…もしかして、そういう道だって、あった…?)
ぼくは間違えちゃったのかな、と思うけれども、今の自分が歩んでいる道は…。
(やっぱり機械が決めた道だし、技術者になるっていう道は…)
機械が「駄目だ」と判断したのに違いない。
けれども、機械が「選ぶ」基準は…。
(…あくまで子供の資質と、成績…)
ならばやっぱり、自分は「間違えてしまった」ろうか。
父の研究所に入れそうな道を、自分自身の手で「潰して」。
技術者に選ばれる可能性の芽を、知らずにプツリと摘んでしまって。
(そうだった…?)
「パパ、もしかして、そうだったの?」と尋ねたくても、父と繋がることは出来ない。
違う道へ来てしまったから。
此処から「繋がれる」外の世界は、メンバーズと軍人の世界だから…。
端末の向こうに・了
※学生のシロエが「セキ博士」に質問してもいい、技術者を育てる教育ステーション。
そういうのもあったかもしれません。原作キースは、学生でも地球の代理人になれたので…。
長きにわたる私の友よ。
そして、愛する者よ。
聞け、地球を故郷とする全ての命よ。
こんな風に話し始めると、緊張されてしまいそうだね。
ぼくは、かつてソルジャーと呼ばれた男。
とはいえ、今は「ただのブルー」だ。
仲間たちが、君に「元気が出るメッセージ」を伝えたいそうだから、聞いてくれたまえ。
どういう順で紹介しようか、少し困ってしまったけれど…。
先にミュウから、次に人類のみんな、といった順番で進めてゆこう。
それぞれのグループ毎での順序は、もう本当に難しすぎて…。
相談して決めて貰ったけれども、それで納得して貰えるかは、正直な所、分からない。
本人たちが「いい」と思った順番なのだし、そうしておくしかないのだろうね。
では、始めようか。
「俯くな、仲間たち!」
こう言ったなら、ぼくが誰だか分かるかな。
ジョミーだよ、ジョミー・マーキス・シンで、ソルジャー・シン。
なんだか色々あったらしいね、大丈夫?
あのさ、俯いて膝を抱えていたんじゃ、前には進めないって知っていた?
そうして座ってみれば分かるよ、その状態でも「前に進める」んなら、君は凄いよ。
いつも鍛えている、アスリートかもしれないね。
でも、「普通に前に進んでゆく」のは無理だろう?
まずはね、俯くのをやめるといいよ。
抱え込んでた膝も放して、大きく伸びをしたら、深呼吸。
その後は、君の好みでどうぞ。
よかったら、オレンジスカッシュでも、どう?
『すみません。思念波で許して下さいね』
これで分かって貰えたでしょうか、リオですよ。
ご気分の方は、如何ですか?
落ち込んでいても、何も始まりませんから、顔を上げることをお勧めします。
ほら、顔を上げたら、視線も一緒に上がったでしょう?
今、そこに何が見えていますか、ちょっと見回してみて下さいね。
それだけで、首の運動になったわけなんですけど、気付いてました?
気分転換にもなっていますよ、意識していなかった「何か」が見えたでしょう?
少しばかり視野も広がりましたし、一休みすればいいんです。
休憩するのは、悪いことではありませんしね。
お好きな方法で休んで下さい、ひと眠りなさるのなら、ぼくが目覚ましの係をしますよ。
「あんた、ぼくより大人だろ。ぼくは、これでも子供なんだよ」
大人に見えるのは身体だけさ、と言ったら、ぼくが分かるだろう。
トォニィだっていうのがね。
あんた、立派な大人じゃないか、どっちかと言えば励ます方だろ、ぼくの方をさ。
まあ、それが出来ないのが分かってるから、こうして出て来たわけなんだけど…。
子供のぼくが何か言っても、生意気な奴って思われるかな?
面と向かって言いはしなくても、心の中で、ちょっと舌打ちするとかね。
えっ、そんなことはしない、って?
いいじゃないか、今、君は、ぼくに「そう言った」だろ?
落ち込んだままじゃ、今の台詞は出て来ないんだよ、そうだろう?
オッケー、ちょっぴり浮上したなら、その勢いで浮かび上がろうか。
はい、ぼくが三歳の頃に描いた、ジョミーとブルーの肖像画。
才能あるだろ、画家になるべきだったかな…?
「生まれて初めて、やりたいようにやっただけだ」
やりたいようにやるというのも、大切なのだが…。
私がどういう風に生きたか、全く知らない者が聞いたら、悪事を働いたと誤解するかもな。
キース・アニアンだ。
今のお前は、やりたいことさえ、思い付かなくなっていないか?
私は「やりたいこと」を思い付いても、それが「やれない」人生だった。
幾つかは出来たこともあったが、恐らく、片手で数えられるほどしかないだろう。
何が出来たか、と尋ねるのか?
最大のものは「マツカを側近にしていた」ことだな、規律違反どころの騒ぎではない。
事実が知れたら、軍法会議くらいで済んではいないし、記憶処理もされていたことだろうな。
グランド・マザー直々に、だ。
他には、どんなことをやったのか、だと?
興味が湧いて来たのだったら、いいことだ。
「やりたいこと」が一つ、たった今、お前の中に生まれた。
では、「私が何をやらかしたのか」を、自分で想像してみるがいい。
その好奇心が他のことにも向き始めるまで、付き合ってやろう。
お前が本当に「やりたかったこと」を思い付くまで、思い出すまで、幾らでもな…。
「どうしたんです? あなたは、あなたのままでしょう?」
ぼくと違って、機械に記憶を消されてなんかは、いないんですから。
こう言えば、もう分かりますよね、シロエですよ。
落ち込んでしまったみたいですけど、そう心配は要りませんってば、記憶さえあれば。
今は周りが闇に見えても、闇さえ晴れれば、ちゃんと色々、鮮やかに見えてくるんです。
景色はもちろん、あなたの心の中だって、全部。
そうやって闇が晴れて来たなら、何もかも思い出せますよ。
落ち込む前に「好きだったもの」も、「好きだったこと」も、一つも欠けてしまわずに。
心の中にしか残っていない思い出だって、持っていられるだけで幸せですってば。
ぼくには、それが「無かった」んです。
どんなに必死に探ってみたって、パパもママも、家も、ぼやけて思い出せないままでしたっけ。
あの頃の辛さを思い出すとね、「覚えている」ってことの「強さ」を実感出来ますよ。
そう、あなたは何一つ「忘れちゃいない」。
それがどれほど「強い」ことなのか、あなたにも気付いて欲しいんですけど…。
何でもいいです、楽しかったことを一つだけ、試しに「思い出して」みませんか?
欲張らずに、まずは一つからです。
知ってましたか、キースが「元気でチューか?」って、あの顔で言ったことがあるのを…?
「何かあったんですか、落ち込んでらっしゃるようですけれど…」
すみません、ぼくが勝手にそう思っただけです、心なんかは読んでいません。
キースに厳しく言われてますから、そんな無作法な真似はしませんよ。
でも、そういうのは分かるんですよね、ぼくの性分なんでしょうか。
ジョナ・マツカです、みんなには「マツカ」と呼ばれてますけど。
こういった時は、キースにはコーヒーを淹れていました。
もっとも、キースが落ち込んでいても、気付いていたのは、多分、ぼくだけでしょう。
キースにさえも、自分の本当の心は、分かっていなかったかもしれません。
あの人は、自分を厳しく律し続けることで「自分を強く保ち続けた」人でした。
誰にも弱みを見せないことがキースの「強さ」で、自分自身を守る方法だったんでしょうね。
けれど、強く生き抜くことは出来ても、あの生き方は辛いです。
誰よりも優しい心を持っていたのに、それを押し殺して生きるだなんて、辛すぎるんです。
それをキースに面と向かって言ったら、叱られてしまいましたけど…。
でもね、あなたは「違う」でしょう?
落ち込んだ時は、素直に落ち込んでしまえるんです、それは「いいこと」だと思いますよ。
あなたの心が自由だからこそ、落ち込んだままでいられるんです。
「浮上しろ」なんて、誰も言いませんから、気を張らないようにして下さいね。
コーヒー、お飲みになりますか?
それとも紅茶が良かったでしょうか、あなたのお好きな飲み物をどうぞ。
どうだったろう、これで全員分だが、君の心に届いたろうか?
ぼくからのメッセージは、もう、必要ないと思うけれども、やはり結びは欠かせないし…。
あえて言うなら、こんな具合にしておこうかな。
「自分を信じることから道は開ける。事の良し悪しは、全てが終わってみないと分からないさ」
ぼくがジョミーに贈った言葉だ、これをそっくり、君に贈ろう。
落ち込んでいる自分を嫌いにならずに、全て受け入れてやりたまえ。
周りに誰もいなくなっても、自分だけは自分の味方なんだよ。
そんな気持ちがして来ないかい?
君自身が君の「一番、強い味方」で、「信頼できる仲間」というわけだ。
その「君」が落ち込んでしまっているなら、「君が」寄り添ってやるといい。
甘やかすのも、叱り付けるのも、励ますにしても、どれが「一番いい道」なのか、分かるだろう?
それでも「味方が足りない」時には、このぼくを呼んでくれればいい。
「ただのブルー」が役に立つなら、存分に使ってくれたまえ。
ただのブルーをどう使おうとも、誰も文句を言いに来たりはしないのだから、安心だ。
家事は流石に自信が無いから、ぼくに任せる羽目になる前に、再起をお願いしたいけれどね…。
グッドラック。
君の幸運を、皆で心から祈る。
俯くな、仲間たち・了
※元日の地震、被害が拡大し続けているという厳しすぎる現実。東日本大震災が重なります。
落ち込んでしまいそうな自分が「欲しい言葉」を並べてみました、それだけです。
青の間へようこそ。
落ち着くまで、此処にいてくれていい。
ぼくで良ければ、ただ、側にいよう。
君の心が求めるのならば、聞き役にも、話し相手にもなろう。
けれども、君が話したいのが、ぼくでなければ、ほら、あそこにはジョミーがいる。
そう、そこの灯りの向こう側だよ。
ジョミーに青の間は似合わない、と不思議に思っているのかい?
ならば、あそこへ行ってみたまえ。
すぐそこのように見えているけれど、あそこは「ジョミーの場所」なんだよ。
君が思う「ジョミー」が、あそこに居場所を持っているから、そこを訪ねてゆくといい。
もしかすると、アタラクシアにあったジョミーの部屋かもしれないね。
シャングリラにあった部屋かもしれない。
それとも、ナスカの頃のものかな?
行ってみれば分かるよ、君が一番会いたい「ジョミー」が、君が来るのを待っているから。
おや、君が会いたいのは、ぼくでも、ジョミーでもないと?
なるほと、ミュウの誰かではなくて、キースに会いたかったのか…。
かまわないとも、そこの灯りの向こうに扉が見えるだろう?
扉の向こうに、きっとキースがいる筈だから、好きに通ってゆけばいい。
君が会いたいキースに会えるよ、ステーション時代のキースでも、国家主席でも。
キースに会ったら、よろしく伝えてくれたまえ。
彼の方でも知っているしね、此処から「キースの所に繋がる」扉があることを。
そして、君は、と…。
ああ、マツカなら、そこの扉だね。
キースの所と同じ扉からも行けるのだけれど、キース抜きなら、そっちの扉を勧めるよ。
ほら、君だって知っているだろう?
キースに「マツカ、お前にお客人だ」などと言われたら最後、マツカは上手く話せなくなる。
だからキースに気付かれないよう、会いに行くのが一番だしね。
大丈夫、ぼくは誰にも話しはしないから。
君が「そちらの扉」を通って、マツカに会いに出掛けたなんて。
ああ、君はシロエに会いに来たのか。
だったら、そっちの扉を通って、あとは朝までずっと真っ直ぐ…。
これはね、シロエが言っていたんだ。
「ぼくに会いたい人が来たなら、そう案内して貰えませんか」と楽しそうにね。
ネバーランドに行く道を真似てあるんだそうだ。
「本当は、二つ目の角を右に曲がるのも、やりたかったんですけどね」とも言っていたっけ。
機械弄りが趣味だからかな、そんなに通路を複雑にしたら、お客さんが困ってしまうのに。
それから君は、と…。
トォニィに会いにゆくなら、その向こう側の灯りだね。
もちろんフィシスにだって会えるよ、グレイブに会える扉もある。
サムも、スウェナも、アルテラだって、誰にだって会いに行けるんだ。
何故、青の間から、何処へでも道が繋がるのか、って?
此処が一番、分かりやすくて、誰でも辿り着けるからだよ。
考えてみたまえ、シャングリラを知らない人は一人もいないだろう?
青の間だって、みんな知っている。
けれど、ジョミーがアタラクシアで住んでいた家を、一瞬で思い出せるかい?
キースの執務室でも同じで、シロエがステーションでいた部屋も同じだ。
「ああ、あそこ!」と、パッと頭に浮かぶ場所なら、この青の間が手っ取り早い。
そういうわけで、ぼくが案内人を兼ねているという所かな。
さあ、好きな灯りを、扉を選んで、会いたい人に会いにゆくといい。
会えたら、君が満足するまで、ゆっくり過ごして、また、何度でも会いに来ればいい。
ぼくはいつでも、案内人を務めてあげるし、ぼくで良ければ話も聞こう。
そのために此処で待っているのが、ぼくの役目というものだから。
ぼくはもう、ソルジャーじゃなくて、ただのブルーで、君の行先を示すだけだよ。
どの灯りでも、どの扉でも、本当に「選ぶ」のは、君だ。
誰に会って何を話したいのか、どういう風に過ごしたいのか、決めるのもね。
会いたい人に会って、君の心が落ち着くのならば、それでいい。
君が会いたい人が誰でも、話したいことが何であっても、全ては君の心次第だ。
どんな時でも、どんな場所でも、此処への扉は開いているから、青の間へ来てくれたまえ。
そこから先へは、君が自由に進むといい。
君が会いたい人に会えたら、きっと間違いなく、心がほどけてゆくだろう。
悩みにしても、悲しみにしても、一人で抱え込んでいるより、誰かに話してみるのがいい。
「聞くだけだぞ」と言い放ちそうなキースにしたって、会えれば君も満足だろう?
一方的に話すだけでも、心は軽くなるものなのだし、好きに話して帰ればいい。
どの扉からでも、どの灯りからでも、君が会いたい人の所へ、真っ直ぐ出掛けて行って…。
心の守り人・了
※羽田で日航機が炎上した後、地震の被害も拡大してゆく1月2日という悪夢のような日。
日付が変わって1月3日になってしまった後、祈るような気持ちで書きました。
書き上げて最終チェックを終えたら、午前2時39分。
夜中にpixiv に投下した後、慌てて寝たからでしょうか、幸か不幸か、初夢は無し。
