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(ジョミー、すまない…。君を選んで…)
 心からすまなく思って…いる…。
「ブルー! ソルジャー・ブルー!!」
 アルテメシアの遥か上空、落下してゆくブルーの身体。
 もちろんジョミーは追ったけれども…。
(追い付けない…!)
 ブルーの落下速度を追い掛けたら死ぬ。
 絶対に死ねる、そういう予感。
 なにしろ力に目覚めたばかりで、ジョミーにはコントロールが出来ない。
 自由落下で追うにしたって、追い付く頃には…。
(ぼくの力じゃ止まれないんだ…!)
 もう間違いなく二人揃って地上に激突、そういうコース。
 分かっているから自然と踏んでしまったブレーキ、いや、自動車ではないけれど。
 自転車やバイクでもないのだけれども、人間にだってブレーキはある。
 サイオンは心のパワーだから。
 精神の力で操るのだから、ヤバイと思えばかかるブレーキ、それも無意識に。


「ソルジャー・ブルー!!!」
 追わなきゃいけない、それは分かっているけれど。
 自分が行かねば誰が行くのか、それも重々、承知なのだけれど。
(追い付けない…!)
 ガッツリと踏んでしまったブレーキ、速度は全然出なかった。
 追い付くどころか、ぐんぐん間が開いてしまって…。
(……嘘……)
 見失った、と愕然とした時には、既に手遅れ。
 先に落ちて行ったブルーの姿はまるで見えなくて、ジョミーの方はゆっくり降下中で。
(もしかして、場所もズレちゃってるとか…?)
 どうやら、そういう雰囲気っぽい。
 ブルーが「周りをよく見たまえ」と言った時には、見下ろした星は平和そのもの。
 雲海が広がる平穏な星で、「ちょっと地球みたい」と思ったくらい。
 ところが今では、遥か下の方で…。


(なんかドンパチやってるし…)
 自分を追って来ていた爆撃機が大量にいる感じ。
 次第に近付いてくるそれは、どう見ても…。
(ヤバすぎだって…!)
 集中攻撃を受けているのはシャングリラだった。
 ミュウの母船で、ソルジャー・ブルーに任されたばかりのミュウたちが乗っているわけで。
(あそこに帰れって!?)
 でもって事態を収拾なわけ、と泣きそうだけれど、どうにもならない。
 戻ってゆくしかなさそうだから。
 其処に戻って、まずは止めねばならないドンパチ。
 それが済んだら、「すみませんでした」とお詫び行脚しか無さそうだから。
(ぼくに、どうしろと…!)
 落ちて行ったブルーに訊きたいけれども、肝心のブルーは見失った後。
(降りる場所、ズレていないよね…?)
 ズレていたなら針の筵で、もう間違いなくミュウの連中に…。
(殺されるかも…)
 もしもブルーが戻らないまま、ノコノコ帰って行ったなら。
 行方不明のままだったなら。


 それだけは嫌だ、と叫びたい気持ちで、泣きたい気持ち。
 もう確実に殺される、とパニックになったジョミー、心のタガが吹っ飛んだ。
 「誰か助けて」と、「死にたくないし!」という絶叫と共に。
 途端に弾けた強力なサイオン、タイプ・ブルーだけに半端ないから。
「高熱源体、上空より急速接近中!」
「新手か!?」
「いえ、攻撃機より更に上からです!」
 大慌てなのがシャングリラの中で、キャプテン・ハーレイが叫ぶ羽目になった。
 「操舵士、面舵いっぱーい!」と。
 シャングリラを攻撃していた爆撃機だって、上へとミサイルを放ったけれども…。
(誰か、助けてーーーっ!!!)
 大爆発したジョミーのサイオン、一瞬の内に蒸発したのが爆撃機の群れ。
 シャングリラはポツンと取り残されて、何が起こったかと呆然としたのがミュウたちで。
「あっ、あれは!」
「ジョミー…?」
 フワフワと宙に浮いているジョミー、ブルーの姿は無かったけれど。
「すぐにジョミーを収容! その後、救助艇とのランデブーポイントに向かう!」
 そう命令したキャプテン・ハーレイ。
 ジョミーがいるなら、きっとブルーもその辺にいると思ったから。
 他のミュウたちも、信じて疑わなかったから。
 けれど、その頃…。


 ブルーが落ちて行った真下の辺り。
 高層ビルが立ち並んでいるエネルゲイアで、子供が空を見上げていた。
 ビルの一つのベランダに立って、夜空の星を観察中で。
(いい子の所には、ピーターパンが迎えに来るんだよ)
 だから、いつでもネバーランドへ行けるように準備しておくこと。
 それが子供のポリシーだった。
 名前はセキ・レイ・シロエと言う。
 夢見る年頃で無垢な十歳、ピーターパンが飛んで来ないかと見ていたら…。
(何か光った?)
 青い光が、と見詰めた雲。あの中で青く光ったよ、と。


 雲の中では、意識を失くしたブルーが落下中だった。
 誰も止めに来てくれないわけだし、速度は上がる一方だったけれど。
 そのまま落ちたら地面に当たって即死だけれども、なんと言ってもタイプ・ブルー。
 おまけに三百年以上も生きただけあって、生存本能も桁外れだった。
 「このままでは死ぬ」と判断した身体、意識はなくてもかかったブレーキ。
 その瞬間に光ったサイオン、青い光が身体を包んで…。
 落下速度は一気に低下で、後はフワフワ落ちてゆくだけ。
 地面に落ちても死なないように。
 骨の一本も折れないようにと、それはゆっくりと。
 例えて言うなら…。


「親方、空から女の子が!」
 この名台詞を知らない人がいたら、「ラピュタ」を調べて頂きたい。
 ツイッターの「バルス祭り」で有名なアニメ、まず一発で出るだろうから。
 それの冒頭、空から降って来る女の子。
 飛行石とやらの力で夜空から降りて来るのだけれども、そういう感じ。
 ブルーの落下は、まさにラピュタの名シーンだった。
 あまつさえ、彼がそうやって落ちて行った先は…。


「ママ、パパ、空からピーターパンが!」
 落ちて来ちゃった、とベランダで大騒ぎしているシロエ。
 空を見ていたら、ピーターパンが落ちて来たから。
 紫のマントのピーターパンが、フワフワと。
 「ピーターパンだ!」と、ベランダからちょっと手を伸ばしてみたら…。
 上手い具合に、受け止められたピーターパン。
 サイオンでフワフワ落下中だから、小さな子供の力でも。
 そんなわけで、シロエはブルーを拾って…。


「なんだと、ソルジャー・ブルーを見失ったぁ!?」
 死んで詫びろや、という状態のシャングリラ。
 ジョミーのサイオンに救われたことなど、誰もがまるっと忘れていた。
 「テメエのせいだ」と、長老からヒラまでがジョミーを囲んでフルボッコ。
 ソルジャーは何処に行かれたのかと、この始末をどうつけるのかと。
「す、すみません…!」
 泣きの涙で土下座したって、「すみませんで済んだら、警察は要らんわ」状態な周り。
 もうこのままでは殺される、とジョミーが命の危機を感じていたら…。


『すまない、みんな迷惑をかけた』
 ぼくなら無事だ、と聞こえた思念波。
 それは間違いなくソルジャー・ブルーで、彼の思念波が言う所では…。
「車でこっちに向かっておるじゃと!?」
「シロエというのは誰なのです?」
「さ、さあ…?」
 私にも分からん、と言いつつ、キャプテン・ハーレイが指示した航路。
 ソルジャー・ブルーはシロエという子と一緒らしいから。
 シロエの父親が運転する車、それで郊外へ向かっているという話だから。


「ピーターパン、ぼくたち何処へ行くの?」
「ネバーランドだよ」
「パパとママも一緒に行けるんだね?」
「うん。お父さんたちが、ぼくを助けてくれたからね」
 ネバーランド行きの船に乗れるよ、とシロエに説明しているソルジャー・ブルー。
 車を運転しているシロエの父は…。
「こうなるとは思いませんでしたよ。サイオニック研究所には辞表を出して来ましたが…」
「いいじゃないの、あなた。シロエのためよ」
 ミュウの船でも、何処でも行きましょ、とシロエの母は肝っ玉母ちゃんだった。


 かくして、エネルゲイアから思い切り離れた郊外、ソルジャー・ブルーは船に戻った。
 ミュウの子供と、その養父母とを引き連れて。
 ソルジャー・ブルーを拾ったミュウの子供は、船の中では小さな英雄扱いで…。
「聞いたよ、ソルジャー・ブルーを助けたんだって?」
「小さいのに凄いミュウなんだねえ!」
 あのジョミーとは全然違うよ、とシロエの人気は急上昇。
 だから人類なシロエの両親も、船のミュウたちは大歓迎で好待遇。
 一方、ブルーを見失って船に戻ったジョミーは…。


「何をぐずぐずしとるんじゃ! それでも次のソルジャー候補か!」
 ちっとはシロエを見習わんかい、とシゴキな毎日、仲間たちからは陰口の日々。
 「ヘタレなジョミーが歩いてるぞ」と、「あいつ、ソルジャーも守れないでさ…」と。
 ジョミーとしては、ソルジャー候補の名前をシロエに譲りたいけれど…。
(なんでシロエは、タイプ・ブルーじゃないんだよーーーっ!!!)
 ぼくの人生、この先メチャクチャになりそうだけど、と泣けど叫べど、どうにもならない。
 シロエにバトンを渡したくても、サイオン・タイプが違うから。
 いくら人生、針の筵でも、ソルジャー候補をやって行くしか道は無いから。


(誰か、助けてーーー!!!)
 お願い、と今日も泣き叫ぶジョミー。
 どうしてこうなっちゃったんだろうと、ぼくの所にもピーターパンが来ればいいのに、と。
 けれど人生、そう簡単には、「親方、空から女の子が!」とはいかないもの。
 だからジョミーは頑張るしかない、船の英雄はシロエでも。
 ソルジャー・ブルーを救った小さな英雄、彼が絶大な人気を誇っていようとも…。

 

        空からの帰還・了

※2016年1月24日の記録的な寒波。鹿児島で13センチを記録した大雪、その最中。
 「鹿児島で雨と灰以外が降って来るなんて、空から女の子が降って来るより確率が低い」。
 そうツイートしたのが鹿児島市民で、「面白すぎる」と吹き出したのが管理人。
 気付けばこういう話になっていたオチ、まさか寒波がネタになるとは…。





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(思った以上の結末だ…)
 醜悪だな、とキースが歪めた唇。
 こんな代物が存在するとは、これが自分の「ゆりかご」だとは。
 とうの昔に廃校になった、ステーションE-1077。
 処分して来るよう、グランド・マザーに命じられた場所。
 過去が眠る墓場。
 その命令が下るよりも前、偶然、手にしたメッセージ。
 長い歳月を越えて再び、現れたピーターパンの本。
 あちこち擦り切れ、破れてはいても、一目で「あれだ」と分かる一冊。
 かつてシロエが持っていた本、とても大切にしていた本。
 それは宇宙で見付かったという、自分がシロエの船を撃墜した後に。
 何故か上層部の監視を免れ、回収されて、今頃になって現れた。
(……シロエ……)
 表紙の内側、シロエが書いた本の持ち主の名前。「セキ・レイ・シロエ」と。
 触れようとしたら、下にチップが隠されていた。
 シロエが残したメッセージ。
 きっと自分の手に渡ると信じて、勝ち誇ったように。
 「見てますか、キース・アニアン」と。
 「此処が何処だか分かります?」と。


(フロア001…)
 あなたの「ゆりかご」ですよ、とシロエは嗤った。
 遠く遥かな時の彼方で、今も少年のままの姿で。
 なんという皮肉な時の悪戯か、少年のままで現れたシロエ。
 遠い日にサムが口にしたように。
 ジョミーと名乗ったミュウの長の少年、彼の姿は昔のままだと。
 あの時は知らなかったけれども、シロエもミュウの少年だった。
 もしも彼がまだ生きていたなら、あのままの姿だったのだろうか。
 シロエの船を撃たなかったら。
 …ステーションの近くにいたという鯨、ミュウの船がシロエを救っていたら。
 そんなことさえ考えてしまう、この現実を突き付けられたら。
 シロエはとうに目にしていたのに、自分は今日まで知らなかったモノ。
(…ミュウの女と…)
 そして私か、と溜息しか出ない標本たち。
 順に並んだ水槽の中に、ほんの幼子から大人まで。
 自分そっくりのモノが浮いている、命は抜けてしまったものが。
 標本になるまでは生きていたであろう、その時の姿を留めたモノが。


 不意に戻って来た記憶。
 水の壁の向こう、自分を見ていた研究者たち。
 ならば自分も此処に居たのか、並ぶ水槽の中の一つに。
 標本にならずに済んだだけなのか、運良く選ばれた一体として。
「ゆりかごか…。そうか、此処か」
 フッと零れてしまった笑い。
 予想以上に醜い「ゆりかご」、標本だったかもしれない自分。
 そっくりの顔が中にあるから。
 今の自分よりかは若いけれども、それは自分の顔だったから。
 たまたま選ばれただけの一体、水槽から出されて育ったモノ。
 それが自分で、これが「ゆりかご」。
 幾つも並んだ水槽の一つ、其処で自分は育ったのだろう。
 シロエが自分を嘲笑ったのも無理はない。
 どうやら自分は、人間でさえもなさそうだから。
 もしも普通の人間だったら、こんな風には育てないから。
 シロエが言った通りに人形、マザー・イライザが作った人形。


 どうやってこれを創り上げたか、想像はつく、と考えた時。
 姿を現したマザー・イライザ、彼女は誇らしげに告げた。
 三十億もの塩基対を合成し、DNAという鎖を紡ぐ。
 全くの無から創り出された、完全なる生命体なのだと。
 サンプル以外は処分したとも、事も無げに。
(…サムも、スウェナも…)
 ジョミー・マーキス・シンとの接触があった者たちだったから、選ばれた。
 自分の友になるように。
 サムと二人で救出に向かった事故でさえもが、マザー・イライザの差し金だという。
 ミュウ因子を持っていたシロエとの出会い、それにシロエを処分させたことも…。
(全ては私を…)
 育てるためのプログラムだった。
 サムもスウェナも、シロエも機械の都合で集められ、そしてシロエは…。
(…無駄死にだった…)
 そうだったのだ、と震える拳。
 マザー・イライザは自分を「理想の子」と呼ぶけれども、標本たちと何処も変わらない。
 どう違うのかと叫びたいくらい、どれも見分けがつかないのだから。
(こんなモノが…)
 水槽の中に浮かぶ標本、醜悪としか言えない光景。
 自分もその中の一つに過ぎない、たまたま選び出されただけ。
 プログラム通りに育てられただけ、それが成功したというだけ。
(……シロエ……)
 握り締めた拳が震えるのが分かる。
 彼は本当に無駄死にだった、と。


 シロエが秘密を探り当てた時、あのメッセージを残した時。
 追われていたシロエを匿ったから、彼の口から直接聞いた。
 「忘れるな」と、「フロア001」と。
 其処へ行けと叫んでいたシロエ。
 踏み込んで来た警備兵たちに意識を奪われ、連れ去られるまで。
 それから何度試みたことか、フロア001へ行こうと。
 マザー・イライザにも問いを投げ掛けた、其処には何があるのかと。
 けれども、謎は解けずに終わった。
 見えない何かに阻まれるように、開かれないままで終わった道。
 フロア001には近付けないまま、卒業となって送り出された。ステーションから。
 マザー・イライザからも何も聞けずに、閉ざされてしまったシロエに教えられた場所。
(…あのメッセージは受け取ったが…)
 あまりにも時が経ち過ぎていた。
 シロエが其処で何を見たのか、撮影していた動画の中身。
 肝心の画像は劣化していて、何があるのか分からないまま。
 「ゆりかご」とは何のことだろうか、と考えていた所へ命じられた任務。
 E-1077を処分して来いと、「あの実験はもう不要だから」と。


 実験と聞いて想像して来た、様々な答え。
 遺伝子レベルで何かしたかと、DNAを弄りでもしたかと考えたけれど。
(…無から創った…)
 シロエはそれも知っていたろう、此処へ侵入したのだから。
 必要なデータは見ただろうから、その上で嘲笑していたのだろう。
 お人形だと、マザー・イライザが作ったのだと。
 それを自分がもっと早くに知っていたなら…。
(…………)
 様々なことが変わったのだろう、シロエが意図していたよりも、ずっと。
 違う生き方をしたことだろう、大人しくシステムに従う代わりに。
(…しかし、もう…)
 後戻り出来ない所まで来た、前へ進むしかない所まで。
 今さら後へ戻れはしなくて、ただがむしゃらに進むしかない。
 歩いてゆく先が何処であっても、システムと共に滅ぶ道でも。
 ミュウと戦い、滅びるとしても、もう後戻りは許されていない。
 そのように歩いて来てしまったから。
 マザー・イライザのプログラム通りに、自分は作り上げられたから。


 シロエは全てを見たというのに、命を懸けて伝えたのに。
(フロア001…)
 此処へ行くよう言ってくれたのに、彼は本当に無駄死にだった。
 このフロアへと続く扉は、時が来るまで開かれないから。
 どんなに行こうと試みてみても、無駄だった理由を今、知ったから。
 全ては機械が仕組んだこと。
 今日まで自分に知らせないよう、「理想の子」とやらが出来上がるよう。
 シロエは秘密を盗み出したのに、それを生かせはしなかった。
 命を懸けて盗んだ秘密を、自分に伝えようと叫んでいたフロア001のことを。
 機械の方が上だったから。
 時が来るまで明かすべきではないと決めたら、とことん隠し通すのだから。
(シロエを私に接触させて…)
 心の中に入り込ませて、その上で消させるプログラム。
 一番最初に殺さなければならない人間、それが無名の兵士などではないように。
 後々まで記憶に残る人間、そういう者をこの手で殺させるように。
 きっとシロエはうってつけだった、ミュウ因子を持っていたせいで。
 システムに反抗的な所も、負けん気の強さも、何もかもが。


(……シロエ……)
 彼にレクイエムを捧げてやろうと、そのつもりで此処へ来たけれど。
 なんと罪深いものだったことか、自分という醜い存在は。
 人間ですらもなかったモノは。
 シロエとの出会いは、彼が乗った船を撃ち落としたことは、成長のためのプログラム。
 この醜悪な標本の群れと、自分は何も変わらないのに。
 たまたま選ばれた一体だったというだけなのに。
(…私は…)
 なんと詫びればいいと言うのか、無駄死にになってしまったシロエに。
 彼の船を撃つよう命じられた時、見逃しもせずに撃ち落とした自分。
(こんなモノのせいで…)
 これがシロエを殺したも同じ、と操作してゆく「ゆりかご」を維持するコントロールユニット。
 幸いなことに、これは任務だから。
 堂々と全て消せるのだから。
 せめてシロエに捧げてやりたい、標本どもが消えてゆく様を。
 マザー・イライザが上げる悲鳴を、いずれ断末魔へと変わるだろうそれを。
 これがシロエへのレクイエム。
 彼の命を弄んだ者を、自分はけして許しはしない。
 シロエは、多分、友だったから。
 一つ違ったなら、シロエとも多分、友人になれていただろうから…。

 

        ゆりかごのレクイエム・了

※この時点まで、キースはフロア001に行けないんだな、と受け取れるのがアニテラ。
 だったらシロエは無駄死にじゃないか、とキースでなくても思いますよねえ…?





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「ソルジャー。…ジョミーのパワーは強大ですが…」
 集中力が持続しません、とヒルマンが今日も嘆く青の間。他の長老たちも同じで、ブルーの所で愚痴る毎日。愚痴った所で、アレしかいないと彼らも分かっているけれど。
「パワーだけでは駄目なんじゃ! 集中力じゃ!」
 じゃが、あやつにはソレが無いわい、とゼルが怒るのも何度目だろうか。
 毎日こうなるわけだからして、ブルーの方でも考えはする。早くジョミーが使える人材になって欲しいのは、彼とても同じことだから。
(…集中力…)
 どうしたものか、と悩むけれども、こればかりは本人の気持ちが大切。やるぞ、とジョミーが思わない限り、いい結果などは出ないだろう。
 無いと困るのが集中力とはいえ、当のジョミーはパワーはあるから、行け行けゴーゴー。
 押して駄目なら引いてみるどころか、当たって砕けて押し通れるのが困った所。
(もっと繊細なコントロールというヤツが…)
 必要な場面に出くわさない限り、学習してはくれないだろう。
 けれど、人類にシャングリラの存在がバレている今、悠長に構えてはいられない。ジョミーが学習するよりも先に、シャングリラが沈められたら元も子もない。
(こう、切実に…)
 集中力が必要だ、とジョミーが自覚しそうなこと。それがあれば、と考えていて…。


 アレだ、と不意に閃いた案。
 如何なジョミーでも、これなら真面目にやるだろう。長老たちに「どう思う?」と提案したら、皆、盛大に吹き出した。散々笑って笑い転げて…。
「いいんじゃないかね、それに賛成だよ」
 あの坊やも性根を入れ替えるさ、とブラウがケタケタと笑い、エラだって。
「少し可哀相な気もしますが…。嘘も方便と言いますから」
「そうじゃ、そうじゃ。薬はちょいと効きすぎるくらいが丁度いいんじゃ」
 お灸をすえてやるが良かろう、とゼルもニンマリ。
「実にいい案だと言えますな。まさにソルジャーならではです」
 現場におられた方は違いますな、とヒルマンが絶賛したアイデア。それは本当にブルーしか思い付かない代物、ついでにジョミーが必死に訓練しそうな名案。
「では、この方向で進めてみよう。君たちの方もよろしく頼むよ」
 訓練の件で質問されたら、口裏を合わせてくれたまえ、とブルーが念を押すまでもない。長老たちは「承知しております」と揃って青の間を出て行った。
 いつになく軽い足取りで。通路に出た途端にスキップしそうな、晴れ晴れとした顔で。


 そんなこととも知らないジョミーは、今日も今日とて愚痴りに来た。長老たちとは鉢合わせないよう、キッチリ時間をずらして夜に。
「聞いて下さい、ブルー!」
 ヒルマンたちときたら、と始まった愚痴を、「待ちたまえ」と制したブルー。
「君の訓練の成果については、ぼくも報告を聞いている。結果は出せているようだね」
「そうなんです! なのに、集中力が足りないだとか、持続しないとか!」
 いざとなったら出来るんです、がジョミーの持論で、実際、そうかもしれないけれど。
 もしもの時に「駄目でした」では済まされないのが実戦なるもの、その前にきちんと身につけておいて欲しいものだから…。
「君の成績は認めよう。今のレベルなら、君は充分、戦える。ただ…」
 それ以外の時が問題で…、とブルーは顔を曇らせた。この先、上手くやって行けるか、と。
「何ですか、それ? 戦闘の他に何があるんです?」
 戦って倒せばいいんでしょうが、とジョミーが言うから、「戦いならね」と返してやった。
「人類が相手なら、それでいい。でも、君のようなミュウの仲間はどうするんだい?」
「仲間?」
「そう、仲間。ぼくが君の成人検査を妨害したように、新しい仲間を助けに行くとか…」
 でなければ思念体で抜け出す時だとか、と例を挙げたブルー。
 集中力が無いとマズイことになると、今の君だと非常にマズイ、と。


「マズイって…。どうマズイんですか?」
 その訓練ならやっています、とジョミーは心外そうだけれども、此処からが勝負。ブルーは息をスウッと吸い込み、「思い出してみたまえ」と切り出した。
「成人検査の時だよ、ジョミー。…あの時、君は服をきちんと着ていたかい?」
「服…?」
 そういえば、とジョミーが見回した身体。テラズ・ナンバー・ファイブの前では、スッポンポンになっていたのがジョミー。
「思い出したようだね、あの姿が君の実力だ。注意していないと、君は裸だ」
 思念体になって抜け出した時は、と指摘されたジョミーはムッとした顔で。
「そんなことないです! ぼくはいつだって、服を着てます!」
 訓練中に裸だったことはありません、とムキになるから、「そうだろうね」と頷いた。
「分かるよ、君が言いたいことは。君は確かに服を着ているとは思う」
 でもそれは、君の願望が入っているからで…。着ていると思い込んでいるだけだ。
 傍から見たなら、君の身体に服などは無い。「裸の王様」みたいなものだね、誰も君には注意しないだけだ。言っても無駄だし、放っておこうと。


 ヒルマンたちは匙を投げているから…、と溜息をついたら、ジョミーはサーッと青ざめた。
「本当ですか、ブルー!?」
 訓練中のぼくを見たんですか、と慌てているから、「少しだけね」と浮かべてみせた苦笑い。本当はまるっと嘘だけれども、嘘も方便。
「裸の王様の話の方だと、正直者は子供だけれど…。一番の年寄りが正直者でもいいだろう」
 思念体になっている時の君は、見事なまでに素っ裸だ。服を着たつもりでいるだけなんだ。
 今のままだと、思念体はずっと裸のままだね。それに…。
 思念体だけならいいけれど、と零してみせた溜息、「まだあるんですか?」とジョミーの悲鳴。
「他にも何か問題があるって言うんですか、ブルー!?」
「思念体と同じで、集中していないと服を置き去りにしかねないのが瞬間移動で…」
 君は短距離しかやっていないから、今の所は服もマントもついて来てくれる。
 それが長距離を飛ぶとなったら、いったいどれを落として行くやら…。
 最悪、君が飛び立った後には、全部残っているかもしれない。服もマントも、ブーツだってね。
 そして目的地に着いた君は…、と最後まで言う必要は無かった。
 ジョミーはブルブルと震え始めて、顔面蒼白というヤツで。
「つまり、瞬間移動をしたって、素っ裸で行ってしまうんですか!?」
「そうなるね…。集中力の有無は大きいんだよ」
 よく聞きたまえ、とジョミーの顔をまじっと見詰めた。ぼくと君との能力の差を、と。


「いいかい、ジョミー。…君のサイオンが爆発した時、君は衛星軌道まで飛んで昇って…」
 連れ戻しに行ったぼくは意識を失くして、君が助けてくれたことは認める。
 ただ、そうやって戻って来た時、君の服は殆ど燃えてしまっていたそうじゃないか。
 ぼくの服は少しも焦げていないのに、君の服だけが。
 あれもね、君が完全に目覚めていたなら、服は残った筈なんだ。ぼくの服と同じに。
 ぼくは意識を失っていても、無意識の内に「服を着た自分」を守れるだけの能力がある。だから服をそのまま着て戻れた。
 君の場合は、服がすっかり燃えてしまって、素っ裸でもおかしくなかったけれど…。
 火事場の馬鹿力と言うだろう?
 あの時だけは、集中力が高くなっていた。それで辛うじて燃え残ったんだよ、君の服は。
 大事な部分だけが焼け残ってはいなかったかい、と突っ込んでやったら、ジョミーは今にも倒れそうな顔で。
「…じゃ、じゃあ…。今のぼくだと、下手に瞬間移動をしたら…」
 パンツだけでも履いていられたら上等ですか、と震えている声。してやったり、と思いながらも、顔には出さずに「そうだ」と答えた。
「正直な所、パンツも危うい。訓練の距離が倍になったら、パンツは無いと思いたまえ」
 その時になって後悔しても、もう遅い、と溜息を一つ。長老たちがパンツを届けに来てくれるまでは素っ裸だろうと、移動先が公園などでなければいが、と。


 ガタガタと震えまくっているジョミー。思念体の時は裸の王様、瞬間移動も距離が伸びたら、服もパンツも置き去りなどと言われて平気なわけがない。
「そ、そんな…。だったら、ぼくはどうしたら…!」
 このままではシャングリラ中の笑い物です、と焦っているから、「集中力だと言っただろう」と瞳をゆっくり瞬かせた。「それだけだよ」と。
「ヒルマンたちがうるさく言うのも、このままでは君が赤っ恥だからだ」
 君ばかりじゃない、教育係の彼らも笑われることになる。次のソルジャーは裸のソルジャーだ、と船中に噂が流れてね。
 君に注意をしたいけれども、言っても君は聞きはしないし…。匙を投げたくもなるだろう?
 ただ、それでは君が可哀相だし、後継者が裸のソルジャーなのでは、ぼくも悲しい。
 だからハッキリ言わせて貰った。今のままでは駄目なんだ、とね。
 それでも集中力は要らないのかい、と見詰めてやったら、ジョミーは半分泣きそうな顔で。
「いいえ、要ります! 裸のソルジャーなんて嫌です!」
 頑張りますから、これからも本当のことを教えて下さい、とガバッと頭を下げたジョミー。
 長老たちが黙っていたって、裸だった時は隠さずに言って下さい、と。
「頑張ろうという気になったかい?」
 それなら、ぼくも遠慮なく言おう。此処から訓練を見せて貰って、本当のことを。
 約束するよ、とブルーはジョミーを送り出して…。


 次の日からは、今までの日々が嘘だったように、ジョミーの集中力が上がり始めた。長老たちも思わず褒めたくなるほど、急カーブを描いて急上昇で。
「ブルー! どうでしたか、今日の訓練は?」
 裸のソルジャーは卒業でしょうか、と息を弾ませるジョミーに、「まだまだ」とブルーは笑ってみせた。「途中からマントが脱げていったよ」と、「最後はやっぱり…」と。
「分かりました…。もっと頑張ります!」
 瞬間移動で裸になったら悲惨ですから、と努力を誓うソルジャー候補。
 かくして訓練はガンガン続いて、集中力もアップしていったけれど、及第点には遠いから。
(また叱られた…)
 へこんでても何も変わらないよな、とジョミーは今日も自主トレに励む。
(今日は思念の導く所まで行ってみよう)
 思念体になって身体を離れて、服があるかどうかを指差し確認。マント良し、服良し、ブーツも良し、と。


 そうやって飛んで出掛けた先で、ジョミーはシロエに出会うのだけれど。
(うん、大丈夫だ…!)
 幼いシロエは、窓の外を指差して「あそこに誰かいる」と不思議がっただけで、ピーターパンだと勘違いをしてくれたから。「裸だった」とは言わなかったから。
(裸の王様の話でも、子供は正直…)
 訓練を頑張った甲斐があった、と快哉を叫ぶジョミーはまだ知らない。
 裸のソルジャーがどうのこうのは、ブルーが嘘をついただけだと。いい感じに危機感を煽るだろうと、嘘八百を並べたことを。
 本当の所は全部偶然、ブルーの服だけ燃えなかったのも、素材のせいだということを。
 とはいえ、訓練は結果が全て。
 裸のソルジャーは今日も頑張る、「合格だよ」という言葉を目指して。アルテメシアから宇宙へ逃げ出した後も、「裸のソルジャー」と呼ばれないよう、日々、根性で…。

 

         裸のソルジャー・了

※ギャグ担当がキースばかりだよな、と思っていたら空から落ちて来たネタ。雪と一緒に。
 ブルーが大嘘ついてますけど、実際、裸のジョミーが存在したから仕方ないっす!





拍手[1回]

(くだらんな…)
 皆の真似をして出て来てはみたが、とキースがついた溜息。
 メンバーズ・エリートとして歩み出してから、まだ日は浅くて。
 たまの休暇をどう過ごすべきか、それさえ思い付かない有様。
 他の者たちは、ここぞとばかりに羽を伸ばしに出掛けてゆくのに。
(…一人の食事は慣れてるんだが…)
 周りの雑音が鬱陶しい。
 なまじ普通の街の中だけに、どのテーブルにも一般人ばかり。
 どうでもいいような話題ばかりで、聞いていたって役に立たない。
 軍人ばかりが集まる場所なら、得ることだって多いのに。
 耳に挟んだほんの一言、其処からヒントを得られる時もあるというのに。
(飯が美味いだの、これから何処に行くかだの…)
 ロクな話をしない奴らばかりだ、と黙々とランチを頬張っていたら。


「好きな子ってさあ、妙に苛めたくならなかったか?」
 ずっと昔な、と聞こえて来た声。
 自分よりも幾らか年上だろうか、そういう男性たちのグループ。
 仕事仲間か、昔馴染みか、趣味で知り合った者同士なのかは知らないけれど。
(女の話か…)
 ありがちだな、と聞くともなしに耳を傾けたものの。
(なんだって…?)
 自分は持たない、成人検査を受ける前の記憶。
 故郷も両親も友人の顔も、まるで覚えていないのだけれど。
 どうやら覚えているのが普通で、彼らの話は思い出話。
 故郷にいた頃、好きな女の子をついつい苛めていたのだという。
 「好きだ」と言えずに、髪を引っ張ったり、足を引っ掛けて転ばせたり。
 それをやる度に教師に呼ばれて、何度も叱られたものだった、と。


 妙なことをする、と最初は思った。
 好きなのだったら、素直に口にすればいいのに。
 そうすれば相手も応えてくれる筈だから。
 運が良ければ、いわゆる「彼女」。
 以前、シロエに言われた時には首を傾げたものだったけれど、今なら分かる。
 あの後、ちゃんと調べたから。「彼女」とは何か、どういうものか。
(スウェナは違ったんだがな…)
 彼女なんかは今もいないな、と頬張るランチ。
 これから先もいないだろうと、女などには興味も無いし、と。
 だから余計に不思議な行動。
 好きな女性がいたのだったら、苛めたのでは意味が無いから。
 嫌われるだけで、側に寄れさえしないのだから。
(…謎だな…)
 なんとも謎だ、と腑に落ちないから、聴き続けた。彼らの話を。
 どういう理由で苛めていたのか、サッパリ謎だ、と。
 そうしたら…。


(あれなのか!?)
 あれがそうか、とドキリと跳ねた心臓。
 似たようなことが自分にもあったと、確かに苛めてしまったと。
(…足を引っ掛けて転ばせるどころか…)
 殴り飛ばしたんだ、と唖然とした。
 「機械仕掛けの操り人形」と罵倒されたから、思わず殴ってしまったシロエ。
 今から思えば、欠けてしまっていた冷静さ。
 自分らしくもなく覚えた苛立ち、それが高まった挙句に一発殴ってしまったけれど。
(…子供ではなくて、あの年だったから…)
 シロエを殴り飛ばしたらしい。
 髪を引っ張ったり、足を引っ掛けて転ばせてみたりする代わりに。
(何故あんなことをしたのか、今でも分からないんだが…)
 別のテーブルで話をしている男性グループ、彼らの話を聞いたら分かった。
(あいつのことを思い出すと、気持ちが乱れて…)
 イライラしたんだ、と今もハッキリ覚えている。
 シロエの船を撃墜するために追っていた時も、心の中で考え続けていたから。


 恋だったのか、と今頃、気付いた。
 自分はシロエに恋をしていて、そのせいで乱れていた感情。
 シロエを殴り飛ばしたのだって、「好きな女の子を苛めたくなる」のと似たようなもの。
 迂闊に年を重ねていたから、子供よりも派手にやっただけ。
 髪を引っ張る代わりに殴った。
 足を引っ掛けて転ばせる代わりに、思い切りシロエを殴り飛ばした。
(…それなら分かる…)
 やたらシロエが気にかかったのも、部屋に匿ったことだって。
 恋していたなら、マザー・イライザの怒りを買ったとしたって匿ったろう。
(好きな子が出来たら、近付きたくなるもので…)
 けれど素直になれない子供は、髪を引っ張ったり苛めたりする。
 自分もそれと同じレベルで、シロエが指摘していた通りに、人の心に疎いものだから…。


(…恋をしたんだと気付かないままで…)
 シロエを殴って、部屋に匿った時も口説く代わりに…。
(マザー・システムの話なんかを…)
 滔々とやって、そうしている間に逮捕されたシロエ。
 フロア001がどうとか、マザー・イライザの人形だとか、激しく侮辱はされたけれども…。
(あそこで素直になっていたなら…)
 好きだと一言打ち明けていたら、後の流れは変わっただろうか。
 シロエが同じに逃亡したって、連れ戻すことが出来ただろうか。
(…お前が好きだ、と叫んでいたら…)
 「停船せよ」と告げる代わりに、好きだと絶叫していたら。
 そしたらシロエは止まっただろうか、船ごと連行出来たのだろうか。
(……止まったのかもしれないな……)
 シロエに「好きだ」と打ち明けていたら。
 練習艇を追ってゆく時、「お前が好きだ」と絶叫したら。


 なんてことだ、と愕然とした。
 恋した相手を苛めるどころか、船ごと撃って殺してしまった。
 なまじっか年を重ねていたから、やり過ぎて。
 「好きな女の子を苛めたくなる」らしい感情とやらが、暴走しすぎて。
(…やはりシロエが言っていた通り…)
 自分には欠けていたのだろう。
 大切な感情というものが。
 人間だったら持っているらしい、とても大切な心の一部が。
(…その報いがこれか…)
 初恋の相手を苛めるどころか、殺してしまった愚かしい自分。
 きっとシロエが好きだったのに。
 シロエに恋をしていたのに。
(…すまない、シロエ…)
 許してくれ、と詫びてもシロエは戻って来ない。
 初恋の人は死んでしまって、それをやったのは自分だから。
 気になるシロエを苛めすぎてしまって、殴った挙句に船ごと撃って殺したから。


(…あれが初恋だったんだ…)
 シロエのことは忘れまい、と心に誓った。
 苛めすぎたばかりに、失くしてしまった初恋の人。
 自分は決して忘れはしないと、これに懲りたら恋はすまいと。
 人の心に疎い自分は、きっと学習しないから。
 恋をしたって失敗するから、けして女性には近付くまいと。
 固く誓ったキースだけれども、彼は此処でも間違えていた。
 シロエは決して「女の子」などではなかったから。
 普通に男で、ライバル意識の塊だっただけなのだから。


(……シロエ……)
 好きだったんだ、と派手に勘違いしているキース。
 けしてゲイではない筈なのに。
 そんな趣味など持っていないのに、今も「女性に近付くまい」と誓うくらいにノーマルなのに。
 けれどもキースは間違えたままで、呆然と座り続けるテーブル。
 あれが自分の初恋だったと、シロエのことが好きだったんだ、と。
 なのに殺してしまったと。
 子供よりも大きくなっていたせいで、苛めすぎてシロエを殺したんだ、と…。

 

       エリートの初恋・了

※シロエの船を追って行く時のキースの独白、聞けば聞くほど入れたくなってしまうツッコミ。
 「それって恋だよ」と、「いや、マジで」と。だって、こういうネタになるから…。





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(二つ目の角を右へ曲がって…)
 後は朝まで、ずうっと真っ直ぐ。
 そうすれば行ける筈なのに、とシロエが広げるピーターパンの本。
 ネバーランドに行くための方法はこう、と。
 いつか行けると信じていた。
 きっと行けると、自分もネバーランドへ行くのだと。
 ピーターパンが来てくれたら。
 空を飛んでゆこうと、子供たちが暮らす楽園へと。
 けれど、来てくれなかった迎え。
 代わりに此処へと送り込まれた、監獄のような教育ステーションへ。
 その上、機械に奪われた記憶。
 ネバーランドへ行く方法ならば、本に書かれているけれど。
 二つ目の角を右へ曲がって、後は朝までずうっと真っ直ぐ。
 そうすれば辿り着けるのだけれど、忘れてしまった家への道。
 両親と一緒に暮らしていた家、其処へ帰るにはどうすればいいか。
 どの角を曲がって行けばいいのか、幾つ目の角を曲がるのか。
 右に曲がるのか、左に曲がるか、それさえも思い出せない自分。
 後は真っ直ぐ行けばいいのか、もう一度、角を曲がるのかさえも。
(…それに、ネバーランド…)
 このステーションからは旅立てない。
 本に書かれた方法では。
 此処には朝が来ないから。
 本物の朝日は、此処では昇って来はしない。
 それに、ずうっと真っ直ぐ歩きたくても、ステーションは弧を描いているから。


 辛いけれども、これが現実。
 どんなに行こうと努力してみても、開かないネバーランドへの道。
 おまけに家にも帰れない自分、ピーターパンの本を開けば零れる涙。
 空を飛べたらいいのに、と。
 ネバーランドにも行きたいけれども、その前に家へ。
 ちょっと寄ってから、飛んで行きたい。
 幼い頃から憧れた国へ、ピーターパンと一緒に空に舞い上がって。
(パパとママに会って、話をして…)
 ネバーランドに行きたいよ、と見詰めるピーターパンの本。
 この本は此処へ持って来られたのに、故郷に落として来てしまった記憶。
 育った家も、両親だって。
 全部、落として失くしてしまった。
 頭の中身を、機械にすっかり掻き回されて。
 いいように記憶を消されてしまって、思い出せないことが山ほど。
(だけど…)
 忘れなかった、と読み直すネバーランドへの行き方。
 この本のお蔭で忘れなかったと、ネバーランドを夢見たことも、と。


 此処で暮らす内に気付いたこと。
 誰もが忘れているらしいこと、子供時代に描いた夢。
 何処へ行こうと夢を見たのか、何になりたいと思っていたか。
(…みんな、忘れてしまってる…)
 そして夢見るのは、地球へ行くこと。
 いい成績を収めてメンバーズになること、誰もが同じ夢を見ている。
 その道に向かって走り続ける、此処へ来た皆は。
 エリート候補生のためのステーション、E-1077に来た者たちは。
(地球へ行くことと、メンバーズと…)
 どうやら他には無いらしい夢。
 ネバーランドに行こうと夢見る者も無ければ、家に帰りたい者だっていない。
 機械に飼い慣らされてしまって。
 そうなる前でも、夢も、記憶も機械に消されて失くしてしまって。
(でも、ぼくは…)
 忘れないままで、今でも夢を見続けている。
 いつか行きたいと、ネバーランドに続く道を。
 ピーターパンと一緒に空を飛ぶことを、家に帰ってゆくことを。
 両親に会って、色々話して、それから飛んでゆく大空。
 二つ目の角を右へ曲がって、後は朝までずうっと真っ直ぐ。
 そうすれば行けるネバーランドへ、幼い頃から夢に見た国へ。


 忘れなかったこと、それこそが奇跡。
 それに唯一の希望だと思う、自分はきっと選ばれた子供。
 ネバーランドに行ける子供で、ピーターパンが迎えに来る子。
 そうでなければ、このシステムを変えるためにと生み出された子供。
 機械が統治する歪んだ世界。
 子供から家を、親を取り上げてしまう世界。
 それを正せと、元に戻せと、神は自分を創ったのだろう。
 人工子宮から生まれた子供でも、きっと神の手が働いて。
 世界は本来こうあるべきだと、何度も繰り返し教え続けて。
(…みんなが夢を忘れない世界…)
 子供が子供でいられる世界。
 自分はそれを作らなければ、メンバーズになって、もっと偉くなって。
 ただがむしゃらに出世し続けて、今は空席の国家主席に。
 いつか自分がトップに立ったら、このシステムを変えられるから。
 機械に「止まれ」と命令することも、「記憶を返せ」と命じることも。
 その日を目指して努力することは、少しも苦ではないけれど。
 頑張らなければ、と思うけれども、帰りたい家。
 それに、行きたいネバーランド。
 ピーターパンと一緒に空を飛んで行って、家へ、それからネバーランドへ。


(忘れなかったら…)
 行けるのかな、とピーターパンの本の表紙を眺める。
 ピーターパンと一緒に空を飛ぶ子たち、この子たちのように飛べるだろうか、と。
 子供の心を忘れなかったら、夢を手放さなかったら。
 しっかりと抱いて生きていたなら、いつか迎えが来るのだろうか。
 国家主席への道を歩む代わりに、今も夢見るネバーランドへ。
 子供が子供でいられる世界へ、今からでも飛んでゆけるだろうか。
(…ずっと昔は…)
 ピーターパンの本が書かれた頃には、何処にも無かった成人検査。
 人は誰でも、子供の心を失くさずに育ってゆけたのだろう。
 だからピーターパンの本が書かれて、ネバーランドへの行き方も残っているのだろう。
 この本を書いた人は、きっと大人になっても、ネバーランドへ飛べたのだろう。
 ピーターパンと一緒に空に舞い上がって。
 ネバーランドへはこう行くのだった、と確認しながら旅を続けて。
 二つ目の角を右へ曲がって、後は朝までずうっと真っ直ぐ。
 そう道標を書いて残して、次の時代の子供たちへ、と。
(ぼくは、メッセージを貰えたんだ…)
 遠く遥かな時の彼方で、ピーターパンの本を書いた人から。
 それに、神から。
 子供たちを其処へ連れて行くよう、子供が子供でいられる世界を作るようにと。


(ぼくも行きたいな…)
 ネバーランド、と思うから。
 自分だって飛んでゆきたいから。
 国家主席への道を歩むにしたって、一度は其処へ飛んで行きたい。
 子供の心を忘れずに持ったままでいるから、ピーターパンのことも忘れないから。
 そうして生きていったなら、きっと…。
(…ピーターパンが来てくれるよね…?)
 このステーションにいる間だろうが、メンバーズになった後だろうが。
 子供の心を失くさなければ、家へ帰りたい気持ちや、幼い頃からの夢を決して忘れなければ。
(……ピーターパン……)
 待っているから、と抱き締めたピーターパンの本。
 ぼくはいつまでも待っているからと、ネバーランドへ連れて行って、と。
 その時は少し寄り道をしてと、ママとパパに会って、話をしてから行きたいから、と…。

 

         忘れなかった夢・了

※きっとシロエは、ネバーランドにも行きたかった筈。家に帰りたいのと同じくらいに。
 あの時代だと消されていそうな子供時代の夢。覚えているだけで、充分、特別。





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