(…これくらいしか無いんだよね…)
変化ってヤツは、とジョミーが大きくついた溜息。
アルテメシアを離れて早くも十二年。いつの間にやら、ソルジャー・シンになっていた。候補というのが取れてしまって、ソルジャー・シン。
けれども、見られない進歩。八年ほど前にやった失敗、あれ以来。
(ぼくなりに、頑張ったつもりだったのに…)
人類に向けての思念波通信、ミュウの未来を賭けてみようと。
ソルジャー・ブルーは眠ってしまって、日々、重苦しくなっていたのが船の中。こういう時こそ新しいことを始めなければ、と張り切った。新しい時代のソルジャーらしく、と。
なのに、ガッツリ裏目に出たのが思念波通信。
交渉の道が開けるどころか、追われる道が待っていた。人類軍にしっかりロックオンされて、行く先々で追撃されるわ、思考機雷の群れはあるわで、逃げ回るだけで精一杯。
それでも地球へ、と恒星系を回り続けて、そっちの成果も出ないまま。踏んだり蹴ったりの日々だけれども…。
(…また身長は伸びたんだし…)
ちょっとは進歩が、と眺める手足。
いつも着ているソルジャーの制服、それがちょっぴりキツくなった、と出掛けて行った制服などを扱う部門。其処であれこれ測って貰って、近日中に…。
(新しい制服、出来てくるしね?)
百七十五センチに伸びた身長、ソルジャー・ブルーより五センチも高い。
たかが身長、されど身長、ちゃんと成長している証拠、とジョミーは思っていたのだけれど…。
「ちょいと、ハーレイ」
この間、ジョミーを見たんだけどね、とブラウ航海長に声を掛けられたキャプテン。通路を歩いていた時だから、「なんだ?」と後ろを振り返りつつ…。
「ジョミーではなくて、ソルジャー・シンだ」
間違えるな、と注意をしたら、「ああ、そうかい」と気のない返事。
「今はジョミーでいいんだよ。ブリッジにも来ないようなヤツはさ」
「…それで?」
「だからさ、見たって言っただろ。ジョミーをさ。…あんた、あたしよりは見ている筈だよ」
キャプテンなんだし、会う回数も多いだろ。
…あいつ、育っていないかい?
背も伸びているし、顔付きだってもう子供じゃないよ。
「…何か問題でもあるのか、それに?」
「大アリだよ! あいつ、自覚はゼロだと見たね」
少なくとも、八年前までは…。思念波通信に失敗するまでは、あいつ、育っていなかったんだ。
前のまんまさ、ソルジャー・ブルーが連れて来た時と変わらないまま。
それが今ではあの有様だよ、育っちまった他の子供たちと何処が違うんだい?
ぐんぐん育って、このまま行ったらオッサンだろうと思うんだけどね?
そうさ、アンタのようなオッサン。
そいつは困る、とブラウ航海長は腰に両手を当てた。
ジョミーがこのまま育って行ったら、もう間違いなく「ただのオッサン」。
カリスマ性も何もありはしないと、ただのオッサンでは困るじゃないか、と。
(…ただのオッサン…)
私もオッサンの内なのだが、と秘かに傷ついたキャプテン・ハーレイ。名指しでオッサン扱いされたし、「アンタのような」とキッチリ言われた。
(…私にだって、ナイーブなハートというものが…)
あるとブラウは気付かないのか、とグッサリ刺さった「オッサン」なる言葉。それが頭の中でエンドレス、延々と「オッサン、オッサン」とリフレインする中、自分の部屋へと戻ったけれど。
(…ジョミーがオッサン…)
それも「ただのオッサン」、まるで考えてもみなかった。
彼も成長しているのだな、と暖かく見守り続けていたから。四面楚歌の中、それでもジョミーは日々成長を遂げているのだ、と。…身体だけでも。
(しかしだな…)
言われてみれば、これは危険な賭けだった。
今の所は、ジョミーはイケメン、好青年。彼が来た頃には、ほんの子供だったカリナやニナも、王子様よろしくジョミーに夢中。顔がイケてるソルジャーだから。
ただ、問題はこれから先で、ジョミーがどんどん育って行ったら…。
(身長の方は、そろそろ止まるのだろうし…)
後は顔だけ、そちらが年を重ねてゆく。今はイケメンでも、いつまでイケメンでいられるか。
顔もそうだし、髪の毛の方も大いに問題。
(…ゼルという例があるからな…)
あそこまで見事に禿げはしなくても、早めに禿げるタイプというのは存在する。生え際の方からジワジワと来たり、頭頂部から一気に禿げて来たりと、ハゲのパターンは実に色々。
(イケメンから、ただのオッサンになって…)
その上、若ハゲ、それではキツイ。そんなソルジャーでも、ついて行けるかと言われたら…。
(私はともかく…)
若い連中は駄目だろうな、と考えずとも出て来る答え。古参の方も駄目だろう。なにしろ、先の指導者だったソルジャー・ブルー。彼は超絶美形だったし、その美貌は今も保たれている。青の間で深く眠ったままでも、まるで損なわれない美しさ。
(…あれに比べたら、残念ながら…)
ジョミーの方には、欠けているのがカリスマ性。現時点で既に負けている顔。
もしも子供のままでいたなら、いくらか救いはあっただろう。好青年な今のジョミーより、船に来たばかりの頃のジョミー。
(そっちだったら…)
もう少しばかり、弱かっただろう風当たり。同じようにヒッキーしていても。ブリッジに来ない日が続いたとしても、「子供だからね」で入った補正。仕方ないな、と。
(ソルジャー・ブルーに顔で勝てない分は、若さでカバー…)
最初の頃のジョミーは確かにそうだった。思念波通信の失敗を責められ、引きこもるまでは。
彼に自覚があったかどうかは、ともかくとして。
(それが今では、順調に育っているわけで…)
他の子供たちと同じに育って、このまま行ったら「ただのオッサン」になる可能性アリ。かてて加えて読めない頭髪、ある日、いきなり来るかもしれない。頭頂部にハゲが。
そうなってからでは遅すぎる、と遅まきながら気付いた現実。
今の間にジョミーに説教、年を取るのをやめるようにと自分が言ってやらなければ。
自覚ゼロなら、自覚をさせて。言いにくいことも、遠慮しないでズケズケと。
そうとも知らないのがジョミー。呼ばれたから、とキャプテンの部屋を訪ねてみれば…。
「ソルジャー、一杯、如何ですか?」
合成ですが、とグラスに注がれたラム。「ぼくも大人の仲間入りだ」と弾んだ胸。
「ありがとう、キャプテン!」
頂きます、と格好をつけてグイと呷ったら、激しくゲホゲホやる羽目になった。合成とはいえ、アルコール度数は本物のラムと変わらないから。
(…き、キツイよ、これ…)
だけど大人の嗜みだしね、と更にグラスを傾けようとしたら、ひたと見据えられた。
「ソルジャー。…どうして酒をお勧めしたのか、お分かりですか?」
「えっ? ぼくが成長したからだよね?」
もう大人だよ、と指差した顔。また背が伸びたし、制服だって新しく採寸して貰ったし、と。
得意満面で報告したのに、「そうですか…」とハーレイが零した大きな溜息。
「…またオッサンに一歩近付かれた、と…」
「オッサン?」
「はい。…こうして成長を続けられたら、いずれオッサンになられるかと…」
いわゆる、ただのオッサンです。
私のような「ただのオッサン」、こうならないという保証は何処にもありませんが…。
オッサンだけなら、まだいいのですが…。頭頂部に来たらどうなさいます?
此処にハゲが、とハーレイがつついて見せる頭頂部。「禿げない自信はおありですか」と。
「ハゲだって!?」
「そうです、顔が残念になるというだけではなくて…」
ハゲの危機も伴うわけですが、と言われてジョミーは青ざめた。
進歩なのだと思った成長、それは両刃の剣だったと。ただのオッサンやハゲな末路も、このまま行ったら充分にある、と。
(…ただのオッサンで、おまけに若ハゲ…)
危なすぎる、と今頃になって自覚した。若い女の子たちにモテるイケメン、それは今だけかもしれないと。次に進歩を自覚する時は…。
(…残念な顔になってしまって、ただのオッサンとか…)
そうでなければ、頭頂部が薄くなるだとか。生え際から来て、どんどんヤバくなるだとか。
もしもそうなったら、自分の立場は…。
(ブルーの時代の方が良かった、って、今よりも、もっと…)
言われまくって、もう振り向いても貰えない。今は自分にぞっこんの筈のニナやカリナにも。
残念な顔の「ただのオッサン」、若ハゲまでついて来たのでは。
カリスマそのものなソルジャー・ブルーに、顔も頭髪も惨めに負けてしまったのでは。
(身長だけ、ブルーに勝っていたって…)
誰もついては来てくれないし、陰口だって今以上だろう。残念な顔のオッサンでは。頭頂部から禿げたソルジャーでは。
(……もっと早くに……)
気付くべきだった、その危機に。進歩していると思ったりせずに、子供の姿でいれば良かった。誰でも子供には甘いものだし、十四歳の姿のままでいたなら…。
(同じことをやっても、今ほど叱られなかったんだよ…!)
そう思っても、もう戻れない過去。此処でガッチリ年を取るのを止めないと…。
(……ぼくの人生、お先真っ暗……)
本気でヤバイ、と自覚したから、進歩をやめてかけたブレーキ。「此処で止めねば」と。
そして進歩は止まったけれども…。
(自覚して止めた甲斐があったよ…!)
ぼくの人生、上向いて来た、と嬉しくなったナスカとの出会い。
きっと神様がくれた御褒美、「本当の進歩を与えてやろう」と、命を作れる惑星を。
此処で新たなミュウの子供を育てるがいい、と。
(…その子供にも…)
教えなくちゃね、とジョミーは部屋で鏡を見詰める。
生まれた子供が育ち始めたら、年頃になったら、「迂闊に年を重ねるな」と。
残念な顔になってしまってからでは遅いと、ただのオッサンとハゲは避けろと。
そう思ったのに、急成長したのがトォニィやナスカの子供たちだから…。
(…今は言うべきタイミングじゃない…)
でも言わないと、とジョミーの頭を悩ませる問題。
トォニィたちは日に日に育って行くから、「ただのオッサン」になる危機が近いから。
けれど言えない、青い地球に辿り着くまでは。ミュウの未来を掴み取るまでは。
(…ただのオッサンだなんてことを、言える余裕は…)
ありもしないし、今の自分はそういうキャラでもないのだから、と言葉をグッと飲むけれど。
言っては駄目だと思うけれども、気になるトォニィの長すぎる髪。
(…あれで頭頂部からイッてしまったら…)
どうしようか、と消えない心配。
地球に着いたら早く言わねばと、「ただのオッサン」で若ハゲの危機、と。
それだけは避けて通って欲しいと、どうか自分で気付いて欲しいと、ソルジャー・シンが捧げる祈りは切実だった。
血も涙も無い、鬼軍曹の貌の裏側で。冷たく凍り付いた表情、凍てた緑の瞳の奥で。
禿げてくれるなと、残念な顔にはなってくれるなと。
今は言えないから自分で気付けと、「ただのオッサン」になった後では遅いのだから、と…。
少年の末路・了
※いや、ジョミーが育ったの、いつなんだろう、と考えていたらこうなったオチ。
サムが「昔のままの姿」だったと言ってたんだし、あれよりは後、と。オッサンの危機。
「ブルー…。地球へ行って来ましたよ…」
あなたの選んだジョミーが、立派に皆を導いて…。
青の間で祈るフィシスだけれども、その心はかなり複雑だった。
ハッピーエンドの未来どころか、辿り着いた地球は青くもなかった有様。
挙句にジョミーも、長老たちも皆、死んでしまって、地球は燃え上がってズタボロで…。
(…あんな筈ではなかったのに…)
もっと幸せな未来があると信じて行ったのに、と涙を零して祈っていたら。
「マザー?」
「…女神様?」
あのね、と現れたカナリヤの子供たち。「お祈りの邪魔して、ごめんなさい」と。
「いいのよ、何か用事でしょう?」
「えっとね…。これ、女神様の?」
落ちていたから、と差し出された物は古ぼけたランプ。金色でエキゾチックな形の。
「私のじゃないわ。でも、何処に…?」
「公園。…それに、みんな知らないって」
「誰も見たことないって言ってた、此処では。だから…」
女神様と一緒に来たんでしょ、と子供たちはランプを残していった。
「きっと地球から来たランプだよ」と、「地震で落ちて来たんだと思う」と。
(これが地球から…?)
置いてゆかれても困るのだけど、と手に取ったランプ。
けれども、地球から来たと言うなら、皆の形見でもあるわけだから…。
(忘れないように、持っているべきかしら…?)
地球に行って来た思い出に、と眺めたランプは、少し汚れているようで。
サイオンの目で見ても分かるほどだし、綺麗にせねば、と袖で汚れを拭っていたら…。
「お呼びですか、ご主人様?」
ボワンと昇った白い煙と、いきなり出て来た妙な衣装の人間と。
曰く、ランプの精だとか。
長い年月、地球の地の底に埋まっていたらしい魔法のランプ。やっと出られたということで…。
「願い事を三つ…?」
「はい、どのようなことでも叶えますが」
ランプの精がそう言うのだから、思わず知らず尋ねてしまった。
「人生、丸ごとやり直せますか?」と。
「丸ごと…ですか?」
「そうです。…あまりに酷すぎたので…」
せめて地球だけでも青かったなら、と零れた涙。「ブルーのためにもやり直したい」と。
「なるほど…。出来ないことはないですが…」
人生、別物になりますよ、と刺された釘。それでもやり直したいですか、と。
「もちろんです。…ブルーが夢見た青い地球があると言うのなら…」
そのためなら私は耐えてみせます、とフィシスの覚悟は天晴れだった。
どんな人生になっても受け入れましょう、と。
「分かりました。…それが一つ目の願いですね?」
「ええ」
「では、どうぞ。青い地球のある人生です」
やり直して下さい、とボワンと煙が昇って、ハッと気付いたら…。
「また占いかい?」
懐かしい声が聞こえたけれども、何かおかしい。
(…ブルーの声…?)
こういう響きだったかしら、とタロットカードを繰る手を止めて、振り返ってみると。
「ソルジャー・ブルー!?」
あなたですか、と思い切り引っくり返った声。
其処にいたブルーは、ブルーだったけれど、まるでブルーではなかったから。
別人なのかと思うくらいに立派すぎるガタイ、儚いどころか立派に美丈夫。あまつさえ、髪まで銀色ではなくて、無理やり銀だと言えば言えるような…。
(……水色ですって!?)
この人は誰、と叫び出したい気分だけれども、目の前にいるのはソルジャー・ブルー。
もう間違いなくソルジャー・ブルーで、自分の方でも「ソルジャー・ブルー」と呼んでいて。
(…人生、別物って、こういうことなの!?)
ブルーまで、まるっと別物じゃないの、と苦情を言おうとしたのだけれど。
(……出て来ない……?)
ランプの精はいなかった。二つ目の願いで取り消したくても、いないのでは…。
仕方ないから、そのまま生きた。
ガタイのいいブルーはアッと言う間に死んでしまって、ナスカまで持ちはしなかった。
おまけに、これまた素敵にガタイがいいのがジョミーで、ガタイの良さにモノを言わせて…。
(ジョミーがカリナと結婚ですって!?)
そんな、と悲鳴を上げたけれども、本当に結婚したジョミー。
ついでに生まれた子供がトォニィ、グラン・パどころか、パパなのがジョミー。
そうこうする間に、やっぱり壊れてしまったナスカ。
ジョミーはと言えば、その時のショックでヒッキーになって、トォニィが仕切り始めた船。それでもなんとか辿り着いた地球は、青かったけれど…。
(…やっぱりこういう結末なんだわ…)
ジョミーは死んで、トォニィたちは青い地球を捨てて旅立って行った。シャングリラとは似ても似つかない、サザエの壺焼きみたいな船で。
(こんなのは望んでいないのだけれど…!)
青い地球なのに、どうして上手くいかないの、と座り込んでいたら、目の前にランプ。
(やり直さないと…)
まだ願い事は二つあるから、と袖で擦ると、ボワンと出て来たランプの精。「如何ですか?」と自信満々、やり遂げたつもりでいるようだから。
「何かが違うわ、違い過ぎるわ!」
何もかもよ、と絶叫したら、「そうですか…」と返った声。
「劇場版の世界は駄目でしたか…」
「…劇場版?」
「そうです、これもあなたの人生ですが…。もちろん、他の皆さんもです」
ソルジャー・ブルーも、ジョミーも、トォニィもです、と言い切られたから、ブチ切れた。
「いいえ、あんなのはブルーじゃないわ! ブルーを返して!」
「…それが二つ目の願い事ですか、青い地球つきで?」
「そうよ、人生は別物でいいから!」
綺麗だったブルーを返して頂戴、と叫んだ途端に、ボワンと煙。そして…。
「また占いかい?」
今度は違和感が無かった声。
「ソルジャー・ブルー?」と振り返ったら、儚げなブルー、ちゃんと銀髪の。ただ、瞳が…。
(…緑色なの?)
ちょっと違うわ、と思ったけれども、サイオンを使う時には赤くなるから、良しとした。それに何度も着替えてくれるし、とても素敵だと思っていたのに…。
(そんな…!)
さっきの人生と同じじゃないの、と愕然とさせられたブルーの寿命。
アッと言う間に逝ってしまった、全てを若いジョミーに託して。沢山の薔薇の花に囲まれて。
(酷すぎるわ…)
ナスカまで一緒にいてくれるのではなかったの、と涙を流しても戻らないブルー。
それにランプの精も来てくれないから、そのまま生きた。
酷い人生になるのでは、とガクブルしながら、今度はいったいどうなるのかと。
今度のジョミーは、カリナと結婚しなかったけれど、子供の姿のままだった。十四歳の姿を保ち続けて、そのままナスカに行ったのだけれど…。
(…やっぱりナスカは…)
燃えてしまって、ジョミーがショックで失くしてしまった視力と聴力、話す力も。
とはいえ、ヒッキーになりはしなくて、青い地球まで皆を指揮して頑張ったジョミー。
(…ブルーの命は短かったけれど…)
さっきよりかはマシかしら、と考えていたら、とんでもない結末が待っていた。激しい地震に、火山の噴火。揺れ動く地球は鎮まる気配も見せないままで…。
(私以外は、死んでしまったの…!?)
誰もいないわ、と呆然と座り込んでいるのに、その手に、次から次へと縋り付く人類。
「その手を下され」と、「女神様」と。
どうやら心が安らぐらしくて、それ自体はかまわないけれど…。
これも違う、と悲しんでいたら、いつの間にやら現れたランプ。
(やり直せるわ…!)
願い事は一つ残っているから、元の世界に戻ればいい。
地球は青くはなかったけれども、ブルーの寿命は長かったから。眠ったままでも、ナスカまで生きていてくれたから、と擦ったランプ。
…ボロボロになった袖で、「元に戻して」と。
ボワンと煙で、ランプの精が出て来て、困り顔で。
「原作の世界も駄目でしたか…」
「…原作ですって?」
「そうです、この世界が本来の世界なのですよ」
これを元にして、劇場版とアニテラというのがありましてね…、という説明。
魔法のランプがあった世界はアニテラの世界、其処へ戻せばいいのですか、と。
「あそこでいいわ! 今やった二つの人生よりかはマシよ!」
ブルーの寿命は長かったのだし、変なブルーでもなかったし、と「私を元の世界に戻して」と、三度目の願いを口にしたのに。
「…お待ち下さい」
世界は三つだけではありませんよ、とランプの精は親切だった。
青い地球が待っている世界もあれば、ブルーが死なない世界もある、と。
「それは本当なの?」
「ご主人様に嘘をついたりしませんよ。ただ…」
本家本元は三つなんです、と解説してくれたランプの精。それを元にして構築された二次創作とかいう世界があって、其処にだったら何でもある、と。
「だったら、ブルーが死なない世界がいいわ」
三つ目の願いで其処に行くわ、と意気込んだフィシスだったのだけれど。
「…ソルジャー・ブルーの恋人が男でも、耐えられますか?」
「恋人…?」
「そう、恋人です。ジョミーだったり、ハーレイだったり、それは色々と」
もちろん、中には、そうでないのもありますが…。
生憎と二次創作の中から私が選べば、それが三つ目の願いでして、と顔を曇らせたランプの精。選んだ時点で願いはおしまい、其処に連れては行けないのだ、と。
「…それじゃ、私はどうすればいいの…?」
「元の世界に戻すことなら出来ますよ。けれど、ハッピーエンドをお望みならば…」
一つ選んで御指定下さい、という声を残してランプの精は消えていた。
気付けばフィシスは、図書室のような部屋にいて…。
(…この本は…?)
ギッシリと詰まった、薄い背表紙ばかりの本。
一つ取り出したら、「R-18」という意味不明の文字、けれど表紙にブルーとジョミー。
(これも世界の一つなのね?)
どんなのかしら、と開いた本では、ブルーがジョミーの恋人だった。ジョミーにキスされ、それだけでは終わってくれなくて…。
(……………)
とんでもないわ、と唖然呆然、けれどブルーは死なないらしい。地球に着くまで。
(…ランプの精が言っていたのは…)
これだったんだわ、と思わず最後まで読んでいた本。いわゆるBL、ジョミブルという括りの同人誌の一冊、他にも色々あるようだから。
ブルーの恋人はジョミーだったり、ハーレイだったり、キースだったりするようだから。
(…端から読んだら、一冊くらいは…)
私の望み通りの世界が見付かるかしら、とフィシスは挑む決意を固めた。
ランプの精がドカンと山ほど出してくれた本、それを読破して、ハッピーエンドを探そうと。
(ブルーが死ななくて、青い地球があって…)
それでブルーにヘンテコな恋人がいない話がいいわ、と額にキリリと締めた鉢巻、どれか一つを選ぼうと。ハッピーエンドを見付け出そうと。
(頑張らなくちゃ…)
元の世界よりも素晴らしい世界がきっとある筈、とフィシスはページをめくってゆく。
R-18と書かれた文字にも負けないで。「ブルー総受け」にも、へこたれないで。
きっといつかは辿り着けると、ブルーのためにも見付けなければ、と。
青い地球がある結末を。
ブルーが死なずに地球を見られる、ハッピーエンドの素晴らしい世界。
それを見付けたら願い事だと、きっとある筈、と同人誌を山と積み上げながら…。
三つの世界・了
※フィシス、同人誌に挑むの巻。いや、劇場版は色々と違い過ぎた、と思っていたら…。
こういう話が浮かんで来たオチ、三つの願いがあれば色々出来るよね、と!
2月2日の貴腐人様に捧ぐ。
(何度やっても此処でエラーか…)
どういうことだ、とシロエが見詰めるキースのデータ。
他の者だと表示されるのに、キースだとエラーメッセージ。
何度やっても。…何度試みても。
(キース・アニアン…。何者なんだ)
とても普通だとは思えない。
マザー・イライザの、機械の申し子。
その名の通りに、普通の人間ではなさそうなキース。
過去を覚えていないという上、他の者たちも知らないらしいキースの過去。
同じ宇宙船で此処に着いた筈の者も、キースと同郷だった筈の者も。
(そのデータさえも…)
詳しく見ようとする度にエラー。どうしても見られない映像記録。
普通の者なら引き出せる筈の、ステーション到着直後のデータ。
監視カメラが捉えた映像、それこそ到着した瞬間から。
けれども、それが表示されないキース。
彼のデータは、新入生のためのガイダンスから。
それよりも前を調べようとしたら、必ずエラーメッセージ。
そしてどうしても辿り着けない、此処へ着いた時のキースの表情。
(誰でも、何処か不安そうな顔で…)
自分自身もそうだった。
だから今でも、わざわざそれを見に行くくらい。
どんな心境で此処へ着いたか、機械に騙された時の気分を忘れないために。
最初は、ごくごく単純な興味。
キースの過去を知ってやろうと、トップエリートの鼻を明かしてやろうと。
彼にも過去はある筈だから。
それを忘れたと気付かされたら、心に穴が開くだろうから。
(あいつだって、此処に着いた時には…)
不安そうな顔の筈だったんだ、と確かめたくなったキースの表情。
養父母の記憶も過去も忘れたなら、平然といられるわけがない。
落ち着きを失くしてキョロキョロしていたか、あるいはボーッと立ち尽くしていたか。
今のキースからは想像も出来ないような表情と姿。
それを存分に堪能してから、過去を探っていこうと思った。
キースが忘れただろう養父母や、故郷や、育った家や幼馴染を。
(なのに、エラーばかり…)
人為的なものとしか思えないエラーメッセージ。
意図して隠しているとしか。
(あいつ、本当に機械なのかも…)
そんな思いさえ生まれてくる。
精巧に出来たアンドロイド。機械仕掛けの操り人形。
マザー・イライザが此処で作って、人間の中に混ぜ込んだ。
そうではないかと、それがキースの正体では、と。
疑問は解けずに、募る一方。
苛立ちさえも覚え始めていた時、出くわしたキース。
レクリエーション・ルームで、エレクトリック・アーチェリーに興じている所。
「天才は勉強だけじゃなくって、何でも出来るってわけか」と、評する声が癇に障った。
キースに負けてはいられないから。
彼の成績を全て塗り替え、いつかは地球のトップに立つのが夢だから。
(あんなヤツがトップに立ったって…)
このシステムは変わりはしないし、機械に支配されたまま。
自分がトップに立った時には、このシステムを止めてやるのに。
機械に「ぼくの記憶を返せ」と命じて、それから「止まれ」と言ってやるのに。
(子供が子供でいられる世界…)
成人検査は消えて無くなり、子供は両親といつまでも一緒。
そういう世界を作るのだから、キースに負けるわけにはいかない。
たかがゲームでも、負けられない。
(大したことないのに、目立ち過ぎだ)
ぼくがあいつの点数を抜く、と前に出て行ったら、受けて立ったキース。
何も言葉にしてはいないのに、「リセットしてくれ」と。
(いったい、あなたは何なんだ…)
機械仕掛けの人形なのか、マザー・イライザが作ったアンドロイドか。
それならば、余計に負けられない。
自分は機械に勝つのだから。
いつかは地球のトップに立って、マザー・システムを止めるのだから。
(負けないよ)
キースなんかに負けるものか、と始めた勝負。
次から次へと的を射抜いてゆく間にさえ、覚える苛立ち。
(機械みたいに撃ってんじゃないよ)
正確すぎる、と思ったキースの腕。
もっと遊びのある撃ち方は出来ないのか、と的から逸れてゆく思考。
キースは本当に機械のようだ、と。
思考がズレれば、自然と的も外れてゆくもの。
(外した…!)
射損ねた的を、またも正確に射抜いたキース。
こんな筈ではなかったのに。…キースに勝たねばならないのに。
生じた焦りがまた的を外す。一度外せば、二度、三度と。
(負けるもんか…!)
あんなヤツに、と焦り、苛立つから、また射損ねる。
その繰り返しで…。
「タイムアップ!」
機械の声が告げた戦績、それはキースに及ばなかった。
自分が勝てると思っていたのに。
(次こそは…)
ぼくのペースに持ち込んでやる、と平静さを装って称賛した敵。
「流石ですね、先輩。どうです、もう一勝負」と。
今度は勝つ、と。
けれど、挑発に乗らなかったキース。「これでおしまいだ」と。
「勝負はついた」と、ゲームばかりか、全て切り捨てて来た。
「これ以上、ぼくに付き纏うのはやめて貰おう」と、勝負の一切を。
途端に頭に昇った血。
「逃げるのか、卑怯者!」とキースの背中に叫んでいた。
けして冷静ではないだろうキース。
人の気持ちが分からないから、そう見えるだけの機械の申し子。
きっと本当に機械仕掛けで、思考さえもプログラミングされたもの。
感情のままにそれをぶつけた、当のキースに。
「やっぱり、あなたはマザー・イライザの申し子だ」
機械仕掛けの冷たい操り人形なんだ、と自分が辿り着いた答えのままに。
そうしたら、殴り飛ばされた。
機械仕掛けの人形に。マザー・イライザが作ったアンドロイドに。
唇が切れて血が出たけれども、面白い。
「機械でも…怒るんだ」
怒るだろうね、と浮かんだ笑み。
マザー・イライザだって、叱るのだから。
コールされた生徒が恐れる怒りは、機械でも怒る証拠だから。
ますますもって面白い、と。
型通りだった、キースの一撃。
今度はこっちがお見舞いしてやる、と挑みかかったのを止められた。
候補生たちに寄ってたかって。
キースの方もサムに手を引かれ、逃げるように去って行ってしまった。
「逃げるのか、キース!」
叫び続ける間に、手首の辺りでツーッと響いた音。
マザー・イライザからのコールサイン。
(…まただ…)
これは嫌いだ、と一気に引き戻された現実。
コールされる度、自分は何かを失うから。
心が晴れたような気持ちになるのは、何かを消されてしまったから。
ただでもおぼろになってしまった、両親のことや故郷の記憶。
そういったものを消されてゆくから、コールされるのは嫌なのに。
(あいつのせいだ…!)
キースのせいでコールされた、と募る憎しみ。
機械仕掛けの人形のくせに、キースがぼくを陥れた、と。
けれども、逆らえないコール。
このステーションで暮らす間は、マザー・イライザを無視できない。
(…ぼくがトップに立つためには…)
マザー・イライザの命令は絶対。
背けば、評価を下げられるから。キースに負けてしまうから。
(…また何かを…)
消されるんだ、と唇を噛んで向かうしかない。
マザー・イライザがいる場所へ。
自分が何かを失う場所へ。
そして現れた、母の姿を真似ている機械。マザー・イライザ。
「セキ・レイ・シロエ。…コールされた理由は分かっていますね?」
あなたの心を導きましょう、と引き込まれてゆく眠りの淵。
眠れば何かを失うのに。また何か失くしてしまうのに。
(マザー・イライザ…)
導くのなら、ぼくに応えろ、と薄れてゆく意識の中で叫んだ。
キースはいったい何者なのか。
何処へ行ったら答えがあるのか、それを知ることが出来るのかと。
それきり眠ったシロエは知らない。
マザー・イライザの顔に浮かんだ冷たい笑みを。
「疑問には答えを」と嗤った声を。
「時は満ちたから、教えましょう」と。
こう行くのです、と刻み込まれた答えのことを。
(待ってろよ、キース・アニアン…)
昨日はキースに殴られたけれど、ゲームでも負けてしまったけれど。
あの後、自分は勝負に勝った。
ついに突破した、キースの過去に関するデータ。
其処に示されたルートを辿れば、きっと答えが見付かる筈。
キースの正体は何なのか。
彼は何処からやって来たのか、何もかもがきっと分かる筈。
E-1077の奥深く潜り込んだなら。
狭い通風孔を通って、奥へ奥へと進んだなら。
キースの秘密は、このステーションの中に隠されていると示したデータ。
(お前の澄ましたその顔を、このぼくが…)
壊してやる、と深く潜ってゆくステーションの奥。
それを教えたのがマザー・イライザだとは、夢にも思わないままで。
破滅への道とも知りもしないで、勝ったとシロエは笑い続ける。
もうすぐ答えが出る筈だから。
機械仕掛けの操り人形、キースの正体が分かるから。
そうすれば、自分はキースに勝てる。
きっとキースは、愕然とするのだろうから。
自分は人ではなかったのかと、崩れ、壊れてゆくだろうから…。
仕組まれた罠・了
※シロエがステーションにいた理由が、マザー・イライザの計算だったということは…。
何もかも最初から罠なんだよな、と思うわけで。シロエ、気の毒すぎ…。
(……シロエ……)
もう誰も覚えていないのだな、とキースが零した深い溜息。
自分が殺してしまった少年。
「撃ちなさい」という、マザー・イライザの命令で。
忘れなければ、と思うけれども、でなければ前へ進めないけれど。
こんなことではエリート失格、罪の意識に囚われていては駄目なのだけれど…。
(…それが出来たら…)
苦労はしないな、と思ってしまう。
シロエが「あなたには無い」と嗤った、「人間らしい感情」というもの。
どうやら、それに捕まったから。
皮肉にもシロエが呼び覚ましたから、その感情を。
シロエが乗った船を撃ち落とした後、涙が溢れて止まらなかった。
初めて覚えた深い悲しみ、それに喪失感、何よりも犯した罪への嫌悪。
自分は人を殺したのだと、銃を向けても来ない相手を。
ただ逃げてゆくだけで武器も持たない、脅威ですらない下級生を。
しかもシロエは知り合いだった。
追われているのを承知で部屋に匿ったほどに、他人とは思えなかった人間。
一つピースが違っていたなら、友だったかもしれないのに。
だから余計に辛くなる。
いったい自分は何をしたのかと、どうしてシロエを殺したのかと。
(…せめてシロエを憎めたら…)
憎くて嫌いでたまらなかったら、きっと心も軽いだろうに。
罪悪感にも囚われないのに、どうしても嫌えないシロエ。
(あいつを殴ったことはあっても…)
感情を制御し切れなかった自分が悪い、と分かっている。
シロエが憎くて殴ったわけではなかったから。
あの時、シロエに向けられた言葉、それにカッとしただけなのだから。
(…あれと同じに…)
シロエに怒りを覚えられたら、少しは心が軽いのに。
もういないシロエ、彼を一発殴りたいほど、腹が立つことがあったなら。
けれどシロエは死んでしまって、それをしたのは自分だから。
シロエを殺してしまった悲しみや怒り、それが心に湧き上がるだけ。
「ぼくのせいだ」と、「ぼくが殺した」と。
シロエは何もしなかったのに。
自分に銃を向けはしなくて、殺そうとしてもいなかったのに。
E-1077から消えてしまった、シロエの存在。
もういないから、嫌えはしない。
憎むことだって出来はしなくて、思い出しては悔やむばかりで…。
(…せめてシロエが…)
此処に出て来て、憎まれ口の一つでも叩いてくれたなら、と眺めたベッド。
追われていたシロエを寝かせたベッドで、シロエは其処で…。
(保安部隊の連中に…)
意識を奪われ、逮捕されて消えた。自分の前から。
ステーションからもシロエの存在は消されて、誰も覚えていなかった。
シロエのことを。
それに驚き、走り回ったステーションの中。
次にシロエと出会った時には、彼の船が前を飛んでいた。
「停船しろ」と言っても止まらないまま、飛び去ったシロエ。
もう声さえも届かない場所へ、レーザー砲の光に溶けて。
一言でも声が返っていたなら、罪の意識は減っただろうに。
皮肉な口調で、笑いを含んだあの声で。
「機械の申し子」とでも、「マザー・イライザの人形」とでも。
けれどシロエは何も言わずに、暗い宇宙に消えていったから…。
駄目だ、と軽くならない心。
憎まれていたら、嫌われていたら、心はもっと楽なのに。
「あいつが悪い」と思えるのに。
シロエが何か言っていたなら…、と溜息がまた零れたけれど。
(…待てよ…?)
ふと思い出した、シロエの言葉。
この部屋でシロエが目を覚ました時、さも嫌そうに口にした言葉。
(…ぼくの服は、と…)
訊かれたのだった、すっかり忘れていたけれど。
その後に色々あったものだから、綺麗サッパリ、頭から消えていたけれど。
「ぼくの服は?」と尋ねたシロエ。
彼のシャツは汗や埃で汚れていたから、自分のを着せてやったのだった。
それをシロエは引っ張って言った、「これ、あなたのでしょう?」と。
(あなたの匂いがする、と…)
「嫌だ」と言われてしまったシャツ。
好意で着せてやったのに。
シロエが着ていたシャツよりも余程、綺麗で洗い立てだったのに。
(…匂いがする、と言われても…)
そんな筈は、とクンと嗅いでみた自分の袖。
臭うわけなどない筈だが、と。
そうは思っても、「嫌だ」とシロエに嫌われたシャツ。
もしかしたら自分は臭うのだろうか、まるで気付いていなかったけれど。
他人が嗅いだら不快になる匂い、それを放っているのだろうか…?
(…まさかな…)
まさか、と俄かに覚えた不安。
自分では気付いていない悪臭、シロエは遠慮なく物を言うのが常だったから…。
(他の人間なら、言いにくいことも…)
ズバリと指摘したかもしれない、「あなたは臭い」と。
着替えさせるために触れただけのシャツ、それにまで臭いが移るくらいに、と。
(……シロエだったら……)
言うだろうな、と頭から冷水を浴びせられたよう。
自分の身体は臭うのだろうかと、他人を不快にさせるくらいに、と。
(…だからと言って…)
シロエを憎めはしないけれども、少しは逸れた思考の迷路。
引き摺り込まれた負の意識からは、違う方へと心が向いた。
もしもシロエが言っていた通り、嫌な臭いがするのなら。
自分が臭いというのだったら、それを消さねばならないから。
これから先へと進むためには、きっと必要なことだから。
(…メンバーズたるもの…)
他人よりも優れているべきなのだし、規範となるべき人間の一人。
不快感を与える悪臭つきでは、出世など出来はしないから。
けれども、誰に訊くべきだろう?
誰が正直に本当のことを、自分に教えてくれるのだろう?
(…サムだったら…)
言ってくれるかと思ったけれども、あまりにも付き合いが長いサム。
出会った頃なら、「ああ、その匂いだったら…」原因はコレだろ、と言いそうだけれど。
正直に話してくれそうだけれど、四年も一緒にいたものだから…。
(…慣れてしまって、平気になって…)
きっと分からないに違いない。
自分と同じにキョトンとしながら、「えっ、匂うか?」と返されるのがオチだろう。
サムでも分かりそうにないから、誰に訊いても多分、無駄。
自分の身体は何故臭いのか、シロエが「嫌だ」と言ったくらいに臭うのか。
(……臭いとしたら……)
原因は、と頼れるのはデータベースだけ。
人間の身体が臭うのは何故か、悪臭を放つのは何故なのか。
キーワードを打ち込み、調べてみたら…。
(……自覚が無いなら……)
ワキガ、と出て来た体臭の原因。
とても臭いのに、本人には自覚が無いという。
それだろうか、と受けた衝撃。
だからシロエは「嫌だ」とハッキリ言っただろうかと、シャツに臭いが移っていたかと。
ワキガだったら、臭いらしいから。
誰が嗅いでも悪臭だけれど、本人は気付かないらしいから。
(……これはマズイな……)
手術などで治せるらしいけれども、マザー・イライザから指示は出ていない。
「治しなさい」とも、「その臭いをなんとかしなさい」とも。
よく考えたら、マザー・イライザは人間ではなくて、機械だから。
ワキガだろうが、芳香だろうが、全部纏めて「匂い」なだけ。
臭いと気付いてくれるわけがなくて、「治せ」と言って来る筈もない。
マザー・イライザが言わない以上は、教官たちだって何も言うわけがない。
(……シロエだけか……)
本当のことを言ったのは、と気付いたワキガらしきもの。
治したくても、アドバイスは何も来ないのだから…。
(…自分で注意しなくては…)
臭くないよう、臭わないよう。
シロエが「嫌だ」と言ったお蔭で、卒業間近のギリギリの所で知ったのだから。
こうして逸れたキースの思考。
罪の意識はシロエへの深い感謝に変わって、翌日から励んだワキガ対策。
消臭スプレーは必須アイテム、他にも色々、気配りの日々。
臭くないよう気を付けねばと、シロエが教えてくれたのだから、と。
(…ワキガは自覚が無いものなのだし…)
とにかく自分で対策を、と始めた努力は終生、続いた。
パルテノン入りを果たす頃には、意識していた加齢臭。
きっとそっちも臭う筈だと、そろそろ自分もそういう歳だ、と。
日々の努力を怠らないまま、キースは最後までクソ真面目だった。
(…ワキガで、おまけに加齢臭だしな…)
国家主席たるもの、それでは駄目だ、と重ねた努力。
あの日、シロエが口にしたのは、皮肉だったとも知らないで。
本当はシャツは臭くなどはなくて、シロエならではの憎まれ口だったとも気付かないままで…。
気になる匂い・了
※「あなたの匂いがする。…嫌だ」。シロエがそう言っていたっけな、と思っただけ。
次の瞬間、頭に浮かんだファブリーズ。商品名つきでバンと来ちゃったら、ネタにするのみ。
(…マツカが来なかったら、死んでいたな…)
危うく心中になる所だった、とキースがフウとついた溜息。
ジルベスター星系を後にする船、エンデュミオンの中の一室で。
本当にヤバイ所だった、と今だから分かる命の危機。
もしもマツカが来ていなかったら、今頃は…。
(死んで二階級特進か…)
いわゆる殉職、少佐から大佐に二階級もの昇進を遂げるのだけれど。
自分はとっくに死んでいるから、少佐だろうが大佐だろうが、全く意味が無い有様。
そういう流れになる所だった、もう少し運が悪ければ。
(……ソルジャー・ブルー……)
狩ろうとしていた獲物がガバッと剥いた牙。
まさに窮鼠猫を噛むといった所で、どう考えても死亡フラグが立っていたのがあの時の自分。
メギドの制御室を狙った自爆テロのようなサイオン・バースト、それに巻き込まれかけたから。
何処から見たってリーチな状況、生きているのが不思議なくらい。
あそこにマツカが来ていなかったら…。
(…あいつと心中…)
伝説のタイプ・ブルーと心中、しかも頭に「無理」とつく。
こっちに死ぬ気は無いわけなのだし、無理心中でしか有り得ない。
ソルジャー・ブルーの方は死ぬ気満々、その気でやって来たのだから。
(…無理心中は御免蒙りたいぞ)
私にはまだまだやるべきことが、と頭に浮かべた「任務」の文字。
ジルベスターから戻ったら直ぐに、グランド・マザーから次の任務が下される筈。
なにしろ「出来る人間」だから。
冷徹無比な破壊兵器と言われるくらいに、仕事の鬼で有能だから。
(それに、シロエのメッセージもだ…)
戻ったらスウェナが自分に渡してくれる筈。
そういう約束、連絡したなら、いそいそとやって来るだろうスウェナ。
シロエが自分に宛てたメッセージ、それが何かは知らないけれど…。
(死んだら、それも見られないからな…)
なのに、なんだって自分は、死亡フラグを幾つも立てていたのだろう?
もう真剣に危なかった、と背筋にタラリ流れた冷や汗。
どうしてあんなに高揚したのか、ヤバイ場所へと自分で出掛けて行ったのか。
獲物を狩ろうと、ハンティングだと、猟銃ならぬ拳銃を持って。
(しかも、相手はタイプ・ブルーで…)
よく考えたら、拳銃なんぞで倒せるようなモノではなかった。
メギドの炎も止めるくらいの力を持つのがタイプ・ブルーで、メギドと拳銃を比べてみれば…。
(レーザー砲に素手で向かって行くようなものか?)
盾も持たずに素っ裸で。
船にも乗らずに、この身一つで。
そんな所だ、と気付いてゾッとさせられた。
ソルジャー・ブルーがその気だったら、先に自分が殺されていても文句は言えない。
拳銃片手に、「やはりお前か!」と格好をつけたその瞬間に。
いくら対サイオンの訓練を積んでいると言っても、相手の力は桁外れだから。
(…しかし、向こうも…)
攻撃しては来なかったな、と捻った首。
椅子に腰掛け、顎に手を当てて、思い出してみるメギドの制御室。
自分が撃った最初の三発、それは見事にソルジャー・ブルーに当たった筈。
血が噴き出すのをこの目で見たから、間違いはない。
(だが、あの後は…)
シールドを張って、弾を防いだソルジャー・ブルー。
つまり余力は持っていたわけで、最初からシールドしていれば…。
(あいつは無傷でいられた筈だぞ?)
よく分からん、と思い浮かべた、ソルジャー・ブルーの血まみれの姿。
自分も大概、無茶だったけれど、あっちも相当に無茶だったんだが、と。
無理心中の危機から生きて戻れたのは、マツカのお蔭。
マツカは未だに意識不明で、医務室のベッドの上だけれども。
(…助けに来たのがマツカで良かった…)
これがスタージョン中尉だったら、まるでシャレにもならない話。
自分ともどもソルジャー・ブルーと心中を遂げて、船の指揮官さえもいなくなる始末。
そうなっていたら、エンデュミオンまで沈んだという結果も有り得る。
メギドから離れる機会を逸して、爆発と共に宇宙の藻屑で。
(…よほど悪運が強いらしいな、この私も)
運も才能の内だからな、と思ったけれども、運はともかく、そうなった理由。
無理心中をさせられそうになった理由は、どう考えても、百パーセント、自分にあった。
ギリギリまで粘っていたのだから。
ソルジャー・ブルーが放った最後のサイオン、それが来るまでいたのだから。
逃げる代わりに近付いて行って、ヤバすぎる距離に。
それに…。
(タイプ・ブルー相手に拳銃一丁…)
この段階で既に、相当にヤバイ。
自分で自分に死亡フラグで、レーザー砲に素手で向かって行くようなもの。
出会い頭に即死していても不思議ではなくて、三発もお見舞い出来たのが奇跡。
相手は凄すぎる化け物なのに。
(先手必勝とは言うんだが…)
銃を向けてから発射するまでに、嫌というほどあった筈の「間」。
「まさしく化け物だ」などと詰っていた間に、ブチ殺されたって自業自得としか言えない。
よくぞ見逃して貰えたと思う、サイオンの一つも食らわずに。
「死ねや、ボケ!」と、頭を粉々に吹っ飛ばされずに。
なにしろ相手は、伝説のタイプ・ブルーな上に…。
(…モビー・ディックで会った時には…)
食らったのだった、彼の攻撃を。
一撃必殺のパンチとも言っていいかもしれない、ヤバかったから。
ミュウの女が庇わなかったら、多分、終わっていただろう命。
それをケロリと忘れたのが自分、ノコノコ出掛けて行ってしまった。
綺麗サッパリ忘れたままで。
ソルジャー・ブルーがその気だったら、会った途端に命は無いということを。
拳銃なんかはただのお飾り、一瞬の内に自分の命が消し飛ぶことを。
(いったい、私は何をしたんだ?)
考えるほどに謎な自分の行動、どう間違えたら拳銃なんかでタイプ・ブルーを狩れるのか。
逆に狩られて殺される方で、死亡フラグを立てていたとしか思えない。
「伝説の獲物が飛び込んで来たのだ。出迎えて仕留めてやるのが…」
狩る者の「狩られる者」に対する礼儀だ、と格好をつけていたけれど。
アレを狩るのだと思ったけれども、ヤバすぎた自分。
そういえば、マツカに止められた。
「行っては駄目です」と。
同じミュウなだけに、マツカには分かっていたのだろう。
自分がどれほど無謀だったか、無茶をしようとしていたのかが。
立ちまくりだった死亡フラグが。
だからコッソリついて来たわけで、無理心中の危機から自分を救えたわけで…。
(…マツカ様様だが…)
無茶をやらかした自分の方は、もう馬鹿としか言いようがない。
馬鹿でなければ間抜けかトンマで、阿呆などとも言うかもしれない。
(…メンバーズともあろうものが……)
それに私としたことが、と自分の頬を張りたいくらい。
どうしてあれほど、狩りに夢中になったのか。
ソルジャー・ブルーを狩ろうと思って燃えていたのか。
拳銃一丁で出掛けただけでも危険すぎるのに、無理心中の危機が迫るまで。
マツカの到着がコンマ一秒遅れていたなら、命が消し飛ぶ寸前まで。
(…とても冷静とは言えないが…)
私らしくもないのだが、と自分の行動を振り返っていたら分かったこと。
要はソルジャー・ブルーが問題、どうしてもアレが欲しかった。
狩って殺して、自分のものに。
極上の獲物でまたと無いから、粘りまくって、撃ち続けて…。
(…スカッとしたんだ…)
「これで終わりだ」と撃った一発、それがシールドを突き抜けた時に。
赤い瞳を砕いた時に。
ついに仕留めたと、私の勝ちだと。
もう最高の気分だったけれど、勝ったと嬉しかったのだけれど…。
あの時、ハイになっていた自分。
ソルジャー・ブルーが床に叩き付けたサイオン、それが広がるのが爽快だった。
青い焔が噴き上がるように、自分に迫って来た壁が。
これで終わりだと、とても気分が良かったけれど。
やっと獲物を仕留めたのだと、私のものだと青い光に酔っていたけれど。
(自分も終わりだと、何故気付かない!?)
サイオンの青い壁に飲まれたら、其処で終わりな自分の命。
気付かないとは何事なのだ、と激しく自分を叱咤した。
馬鹿めと、何をしていたのだと。
其処でポロリと、目から鱗が落っこちた。
「私はアレが欲しかったんだ」と。
(…ソルジャー・ブルー…)
拳銃一丁で出掛けたくらいに、狩ろうと思った最強のミュウ。
伝説とも言われたタイプ・ブルー・オリジン、彼に自分が固執したのは…。
(…私の心に入り込んだ男…)
モビー・ディックで、一瞬の内に読まれた心。
読まれた衝撃もさることながら、今にして思えば、その力。
誰にも破ることなど出来ない心理防壁、それを易々と突破した男。
初めて出会った強大な敵で、好敵手とも言えるけれども…。
(…私と対等に戦える者など、ただの一人も…)
今までに出会ったことがない。
だから惹かれた、あの男に。
自分と互角に戦える者に。
彼と戦い、勝利を収めてみたかった。仕切り直しをしたかった。
モビー・ディックでは負け戦な上、自分はトンズラしたわけだから。
今度は逃げてたまるものかと、アレが欲しいと挑んだ狩り。
私のものだと、極上の獲物を手に入れようと。
それで出掛けて行ったんだ、と気付いた狩り。
自分の命の心配もせずに、拳銃一丁という無茶すぎる武器で。
(あいつはミュウで、敵だったから…)
狩る方へと思考が向かったけれども、アレが敵ではなかったら。
自分と同じに強いと噂の、人類軍か国家騎士団の兵士だったなら…。
(…殴り合いで始まる友情というのが…)
この世にはある、と何処かで聞いた。…何かで読んだのかもしれない。
拳と拳で始まる友情、何度も激しく殴り合った末に。
互いの力が尽きる所まで、死力を尽くして戦った末に。
(もしかしたら、私は…)
良き敵にして、良き友というのに出会ったろうか。
自分と互角に戦える友に、拳と拳で語れる友に。ソルジャー・ブルーという名の友に。
それを思い切り間違えたろうか、友ではなくて敵なのだと。
獲物なのだと、狩るべきだと。
(……間違えたのか……?)
だとしたら、嵌まってゆくピース。
一つ一つがカチリ、カチリと。
本気で殺すつもりだったら、もっと用心して行ったろう。
拳銃一丁で出掛ける代わりに、盾になりそうな部下を大勢引き連れて。
無能な部下でも、盾くらいなら身体一つで務まるのだから。
(それに、あいつを撃った後もだ…)
反撃してみせろ、と煽った自分。
ソルジャー・ブルーの戦意を掻き立てるように、闘争心に火を点けるかのように。
さっさとトドメを刺せばいいのに、いったい何をやっていたのか。
第一、無駄に放った三発。ソルジャー・ブルーに撃ち込んだ弾。
三発もあれば余裕で急所を狙えるだろうに、どうして外して撃ったのか。
(私の腕なら、最初の一発…)
それで息の根を止められていた。
もちろんメギドは沈みはしないし、無理心中の危機にも陥らなかった。
武器が拳銃一丁でも。
相手が最強のタイプ・ブルーでも。
なんとも理解に苦しむけれども、自分でも謎な行動だけれど。
(…あいつに何かを期待したのなら…)
殴り合いで始まる友情とやらを望んでいたなら、その展開でもおかしくはない。
わざと急所を外していたのも、反撃するのを待っていたのも。
無理心中を図ったソルジャー・ブルーの最期の攻撃、それを爽快に感じていたのも。
(……無理心中から生まれる友情……)
いくらなんでも、それは、やりすぎ。
心中したら全てが終わりで、自分は殉職扱いだけれど。
ソルジャー・ブルーも死んでしまって、何も始まらないと思うけれども…。
(…相手はソルジャー・ブルーなのだし…)
勘違いしていた自分の心に、とうに気付いていたかもしれない。
「友達になりたいなら、そう言えばいいのに」と、「なんだって、銃を向けるんだ」と。
それならば分かる、出会い頭に攻撃されなかったのも。
何か言いたげな顔で見ていたけれども、一言も発しなかったのも。
(…向こうも呆れ果てていて…)
なんという馬鹿がやって来たのだ、とポカンと見ていただけなのだろう。
「ちょっと待て」とも言えないくらいに、呆れてしまって、面食らって。
そうしている間に、撃たれてしまったものだから…。
(…元々、死ぬ気でやって来たのだし…)
受けて立とう、と無理心中を決意したのに違いない。
喧嘩上等、共に死のうと。
あの世で仲良く喧嘩しようと、殴り合いの後には友情なのだと。
(……ソルジャー・ブルー……)
そうだったのか、と今頃、ようやく理解した。
自分は彼と仲良くしたかったらしいと、それで執着したのだと。
初めて出会った強すぎる男、彼の力に惹かれたのだと。
なのに根っから軍人なだけに、ソルジャー・ブルーがミュウで敵だっただけに…。
何か色々と間違えた末に、一方的に撃って撃ちまくって、その結果。
(…無理心中の危機で、しかも心中の生き残り…)
し損なった、と気付いた心中。
あいつだけが死んでしまったんだ、と呆然としても、もう遅い。
ソルジャー・ブルーは逝ってしまって、自分はマツカに救われて今も生きている。
せっかく心中出来るチャンスを、むざむざ逃してしまったのが自分。
なんとも汚い命根性、心中しないで生き残ったとは。
(…いや、心中にはこだわらないが…)
出来れば生きて友情をだな、と取り返しのつかないミスを嘆くけれども、既に手遅れ。
死に損なった自分は、ポツンと船に乗っているから。
心中したってかまわないくらいに惚れ込んだ相手は、メギドと共に消えたから。
そう、あの男に惚れ込んだ。
自分と互角に戦える男に、伝説のタイプ・ブルーに惚れた。
だから無茶までやらかしたんだ、と考えた所で引っ掛かった言葉。
(…惚れ込んだ…?)
惚れた、と思ったソルジャー・ブルー。
あいつに惚れたと、アレが欲しかったということは…。
もしや恋では、と自分にツッコミ、「そうかもしれない」と愕然とした。
狩りをしてまで欲しかった獲物、それは独占欲とも言える。
もしかしなくても、自分は、ソルジャー・ブルーに…。
あの最強のタイプ・ブルーに、友情どころか恋をしていて、独占したくて、手に入れたくて…。
(…その方法を間違えたんだ…)
生け捕りにして口説く代わりに、何発も撃って仕留めようとした。
ソルジャー・ブルーがブチ切れるまで。
無理心中を決意するまで、サイオンをバーストさせるまで。
なにしろ今まで恋の一つもしたことが無くて、その手のことには疎かったから。
まさか恋だと思いもしなくて、敵だとばかり思い込んでいて…。
アレが欲しいと、狩りをしようと、間違えたままで突っ走っていた。
欲しかった獲物はソルジャー・ブルーで、恋だったのに。
殺すのではなくて、この手に掴みたかったのに。
(恋だったのなら、あいつの方も…)
きっと呆れたことだろう。
どうして男が男に恋をと、自分はゲイに惚れられたのか、と。
こんな所までやって来るほど、とことん自分に惚れているのかと。
しかも片想いなゲイはと言えば、自覚ゼロのまま殺す気満々。
口説く代わりに撃ち殺そうという、勘違いの塊なのだから。
(…あいつにしてみれば、とんだ迷惑…)
一方的に想いを寄せられた上に、自分のものにしようと撃ってくる男。
殺せば自分のものになるのだと、派手に勘違いをしている男。
迷惑極まりなかっただろうに、文句の一つも言いもしないで…。
(…私と心中してやろうとまで…)
私の想いを買ってくれたのか、と感謝したくなるソルジャー・ブルーの懐の広さ。
なんと素晴らしい男だろうかと、惚れて良かったと思うけれども、心中し損なったのが自分。
最後の力で、無理心中を図ってくれたのに。
勘違い野郎の恋心を買って、恋の道行きのルートを開いてくれたのに…。
(…私だけが生き残ってしまったのか……!)
なんということだ、と泣きたい気持ちになったけれども、どうにもならない恋の結末。
ソルジャー・ブルーは死んでしまって、自分は置き去りなのだから。
後を追おうにも、「出来る人間」には任務が山積み、それを捨てては行けないから。
(……ソルジャー・ブルー……)
こんな私でも許してくれるか、と零れた涙。
鈍い男で申し訳ないと、後も追えない甲斐性なしで、と。
どうか私を許して欲しいと、本当に惚れていたんだと。
頬を伝い落ちる滂沱の涙。
シロエの船を撃った時から、一度も流していなかった涙。
それが止まらずに溢れ出してゆく、アイスブルーの瞳から。
恋していたのに間違えたらしいと、何もかもがもう手遅れなのだ、と。
(…もう少しで心中だったのに…)
あいつと逝ける筈だったのに、と涙するキースは気付いていない。
恋するも何も、自分自身はノーマルなのだということに。けしてゲイではないことに。
まるで気付いていないものだから、溢れ出す涙は止まらない。
恋をしたのに手遅れだったと、全て終わってしまったと。
私の恋はメギドで散ったと、恋した人にも置いてゆかれたと。
(……ソルジャー・ブルー……)
好きだったんだ、とキースの勘違いは終わらない。
任務だけに生きて来た軍人だから。
とことん人の心に疎くて、自分の心や感情などにも疎すぎるのがキースだから…。
心中メギドの草紙・了
※本気で分からなくなって来たのが自分の頭。ブルーのファンだった筈なんだけど、と。
しかしアニテラのキースの行動、こう書き並べたら、「そうか!」と納得しませんか?