忍者ブログ

「ただいま、シロエ」
「パパ!」
 開いた扉の向こうに、父。
 駆け寄って行けば、父は高々と抱き上げてくれた。
 まるで重さなど無いかのように、シロエの身体を高く、高く。
 クルクルと回ってくれる父。
 もう嬉しくてたまらないから、歓声を上げて回り続けた。
 父と一緒に、クルリクルリと何回も。
「さあさあ、パパもシロエも、御飯にしましょ」
 母が呼んでくれて、下り立った床。
「わあ!」
 美味しそう、と眺めたテーブルの上。
 母の得意な料理が並んで、今日は御馳走。
(ふふっ、御褒美…)
 きっと、この間のテストの点数。
 誰も満点を取れなかったのに、自分は満点だったから。
 学校の先生も褒めてくれたし、父も母も喜んでくれたから。
 いただきます、とパクリと頬張った。
 とても美味しくて、頬っぺたが落っこちてしまいそう。
(すごく幸せ…)
 こんな日はきっと、夜になったら…。
(ピーターパンが来てくれるかも!)
 いい子でベッドに入ったら。
 「おやすみなさい」と、ベッドに入って目を閉じていたら。
 そのまま寝ないで待っていたら、きっと…。


 だから寝ないで待つんだもん、と頑張ったのに。
 知らない間に眠ってしまって、素敵な夜は過ぎてしまって…。
(もう朝なの!?)
 嘘、と目覚めたベッドの上。
 目覚まし時計を止めようとしたら、伸ばした自分の手に驚いた。
(えっ…?)
 ぼくの手、と凍ってしまった瞳。
 夢の中の自分の手とは違って、もっと大きくなっているから。
 子供と言うより、大人に近い手。
 どうしてなの、と見詰めたけれども、鳴り続けている目覚ましの音。
 冷たい音で、規則正しく。
 急き立てるように、けたたましく。
(…マザー・イライザ…)
 途端に引き戻された現実、此処は自分の家ではなかった。
 E-1077、エネルゲイアから遠く離れた教育ステーション。
 其処で目覚めた、十四歳の自分。
 幼かった日は消えてしまって、今の自分は…。
(パパ、ママ…)
 何処、と見回しても、いる筈がない父と母。
 自分の家ではないのだから。
 故郷からは遠く離れてしまって、帰る道も、もう…。
(覚えていないよ…)
 帰れないよ、と零れた涙。
 目覚ましだけは止めたけれども、もう戻れない夢の中。
 せっかく父に会えたのに。
 懐かしい母が作る御馳走、それを美味しく食べられたのに。


(ぼくって馬鹿だ…)
 どうして眠ってしまったのだろう、あの夢の中で。
 もしも眠らずに起きていたなら、飛べていたかもしれないのに。
 夜の間に、ピーターパンが来てくれて。
 一緒に空へと舞い上がれていて、今頃はきっと、ネバーランドへ。
 あのまま空を飛んで行ったら、きっと此処にはいないのだろう。
 子供が子供でいられる世界へ、ネバーランドへ、高く高く空を飛んで出掛けて。
(…こんな所から…)
 逃れて、焦がれ続けた空へ。
 ネバーランドへ旅立って行って、二度と戻らずに済んだのだろうに。
(…パパとママだって…)
 離れずに済んでいたのだろう。
 ネバーランドに飛んで行っても、会いたくなったら、きっと帰れる。
 心でそれを願ったならば。
 「パパとママに会いに帰りたいよ」と、ピーターパンに言ったなら。
 子供の味方は、子供を泣かせはしないから。
 ピーターパンなら、夢を叶えてくれるから。
(…パパ、ママ…)
 ぼくはどうして寝てしまったの、と叫びたい気分。
 どうして起こしてくれなかったのと、ピーターパンを待っていたのにと。
(…寝る前に、ちゃんと頼んでおいたら…)
 父が揺すってくれただろう。
 「今夜は起きて待つんだろう?」と。
 母だって、きっと起こしてくれた。
 「眠っちゃ駄目よ」と、「起きたまま待っているんでしょう?」と。


 パパとママに頼み損なっちゃった、と呪った夢。
 きちんと頼んで眠っていたなら、今頃はきっと別の世界にいただろうから。
 E-1077は丸ごと消えてしまって、ネバーランドを飛び回って。
(…ネバーランドに行きたいよ、ママ…)
 パパ、と呟いて、気付いたこと。
 夢の世界で確かに会った。
 顔もぼやけてしまった両親、夢ではハッキリ見えていた顔。
 何処も霞んでいなかった。
 家も、テーブルも、母が作った御馳走も。
 料理を口にした時の美味しさだって、何もかも全部、みんな本物。
 夢の世界で見ていた全ては、きっと本当にあったもの。
(…ぼくが忘れてしまっただけで…)
 成人検査で奪われただけで、あれは全部、自分が見ていたもの。
 両親の顔も、父が入って来た扉だって。
(…どんな扉だっけ…?)
 パパはどうやって入って来たっけ、と考えても思い出せない扉。
 父の顔だって覚えていなくて、母の顔だって記憶に無くて。
(……ママの御馳走……)
 並んでいた料理も思い出せない、大好物だった筈なのに。
 とても美味しくて、顔が綻んだ筈なのに。
(…夢の中でしか、見られないの…?)
 目覚めた途端に消えてしまう夢、その中でしか。
 夢を見ている間だけしか、きっと見付からない真実。
 自分は何処で暮らしていたのか、両親はどんな顔だったのか。
 どういう日々を過ごしていたのか、楽しかったことは何だったのか。
(……そんなの、酷い……)
 本当のことは、夢の中にしか無いなんて。
 目覚めた途端に消える泡沫、パチンと壊れるシャボン玉だなんて。


 あんまりだよ、と思うけれども、これが現実。
 自分の記憶は機械に消されて、目覚めたら忘れる夢の中のこと。
 嫌な夢なら、起きた後にも心の中に残っているのに。
 「捨てなさい」と迫る、テラズ・ナンバー・ファイブなら。
 「忘れなさい」と記憶を消してしまった、忌まわしい機械の夢の時なら。
 そっちの方こそ忘れたいのに、忘れないままで目が覚める。
 何度も自分の悲鳴で飛び起き、その度に怖くて泣き続ける夢。
 「パパ、ママ…」と肩を震わせて。
 失くしてしまった記憶を取り戻したくて、両親のいた家に帰りたくて。
 両親だったら、きっと守ってくれるから。
 「怖いよ」と自分が怯えていたなら、「大丈夫」と抱き締めてくれる筈だから。
 それなのに、思い出せない両親。
 家があった場所も、家の扉も、テーブルだって。
 何もかも自分は忘れてしまって、夢で出会っても、また忘れた。
 目覚ましの音が鳴った途端に、本当のことを。
 自分が子供でいられた時代を、子供の視点で見ていたことを。
 それこそが、きっと真実なのに。
 今も何処かに、本当のことはある筈なのに。
(……パパもママも、家も……)
 エネルゲイアに今もそのままで、自分だけが此処に放り出された。
 ピーターパンの本だけを持って、独りぼっちになってしまって。
 本当のことを全部忘れて、夢に見たって、掴み取れずに。


(……もう一度……)
 眠り直したなら、夢の世界に戻れるだろうか。
 講義に出ないで眠り続けたら、もう一度あの夢に入れるだろうか。
(もしも、戻れたら…)
 今度こそ寝ないで、夢の中で待とう。
 両親に頼んで起こして貰って、ピーターパンがやって来るまで。
 夜の空を飛んでネバーランドへ、ネバーランドよりも素敵な地球へ。
(…飛んで行かなきゃ…)
 もう一度だけ、と切った目覚まし。
 チャンスは掴み取りたいから。
 テラズ・ナンバー・ファイブの夢が来たって、かまわない。
 少しでも希望が残っているなら、それに賭けたいと思うから。
 機械の言いなりになって講義に出るより、今日は機械を無視したいから。
(今日の講義くらい、出なくても…)
 遅れは直ぐに取り戻せるから、夢の世界へ戻ってゆこう。
 夢の世界が本物だから。
 子供が子供でいられた時代は、確かにあった筈なのだから。
(パパとママに会って、御馳走を食べて…)
 夜は寝ないでネバーランドへ、と目を閉じて戻った上掛けの中。
 運が良ければ、きっと真実が見えるから。
 怖い夢が来たってかまわないから、夢の世界へ飛び立とう。
 父と母がいた時代へと。
 本当のことがあった世界へ、機械がすっかり消してしまった子供時代へ。
 その世界への扉が開いたら、真っ直ぐに飛んでゆこうと思う。
 夜は寝ないでピーターパンを待って、ネバーランドへ、ネバーランドよりも素敵な地球へ。
 夢の世界は本物だから。
 真実はきっと其処にあるから、夢に隠れている筈だから…。

 

        戻りたい夢・了

※成人検査で消された記憶は、何処かに残っている筈で…。何かのはずみに出て来る筈。
 だったら夢でも出て来るかもね、と書いてみたけど、シロエ、可哀相…。夢、見られたかな?





拍手[0回]

PR

「よく、御無事で…!」
 その上、この度の敵本拠地発見。
 やはり少佐にかかれば、ただの事故調査では終わりませんね。
 流石です、と勢い込んでキースに挨拶したセルジュ・スタージョン上級中尉。
 グランド・マザー直々の選抜でキースの補佐官を拝命したのだけれども…。
「貴様は?」
 誰だ、と言わんばかりに返したキース。せっかく張り切って駆け寄ったのに。
(…こういう教官だったんだ…)
 想定内だ、と自分に気合で、自己紹介をすることにした。
「少佐の補佐官を拝命しました、セルジュ・スタージョン上級中尉であります」
 マザー直々の選抜により、少佐のお迎えと…。
 ミュウ殲滅を命じられました、とハキハキと言って、「よし!」と自分に及第点。そしたら後ろから来たのがパスカル、なんだかんだで腐れ縁な男。
「以後、スローターハウス作戦の指揮権は少佐に。御無沙汰しております、教官」
「ヴォグ少尉か。マザーには選りすぐりを、と上申したが…」
 見た顔も多いな、と見回すキースは、パスカルの名前を覚えていた。顔とセットで。
(どうして、あいつが…!)
 こっちは忘れ去られていたんだよ、と叫びたいのに、いけしゃあしゃあと続けるパスカル。
「皆、アニアン教官の教え子です。当然の結果かと」
 残りの者も、打てば響くツワモノばかりです、と補佐官をスルーで続いてゆく喋り。
「期待しよう。メギドはどうか」
 キースはこちらを向きもしないで、パスカルの方に訊いているから…。


(あの野郎…!)
 補佐官はパスカルじゃなくてこっちなんだ、と強引に割って入ってやった。
「作戦ポイントでの合流に向け、三光年先で調整中です」
 運用の際、有効射程を考慮して…、と顔を向けたキースに説明しようとしているのに。不要、とキースが上げた右手に遮られてしまった言葉の続き。
「最短の時間で、最大の効果を上げろ。以上だ」
 こう言われたら仕方ないから、総員、敬礼。
 キースはその場を歩き去りながら、振り返りもせずにこう言った。
 「マツカ、着替えを調達して来い」と。
 補佐官の自分を見事にスルーで、宇宙海軍から転属して来たばかりの青年に。有能そうな者ならともかく、どう見ても弱そうなヘタレ野郎に。
 「は、はいっ…!」と答えて走ってゆくヘタレ、果たして用事が果たせるやら…。
(…どいつも、こいつも…)
 なんだってこうも続くんだか、と顰めた眉。パスカルの次はヘタレ野郎か、と。
 けれども、此処は任務が大切。
 いくらキースにスルーされまくりでも、補佐官は自分なのだから。
「各自、持ち場へ戻り、第一種戦闘配置!」
 解散! とやって、解散させたパスカルその他の部下の面々。
 誰もがキリッと自分に敬礼、つまりは自分がキースの次に偉い立場の筈なのに…。


 なんだってこうなるんだか、と部屋に戻った後も収まらない苛立ち。
(ヘタレ野郎が道に迷うかと思ったら…)
 初めて来た筈の船の中でも、ヘタレは道に迷わなかった。ヘタレにはヘタレのスキルというのがあるらしい。なまじヘタレに出来ているから、最初から無いのがプライドなるもの。
(誰にでも道を訊けるよな…!)
 警備兵どころか、清掃係のオッサンでもな、と叩きたい愚痴。
 誰に訊いたか確かめる気も起きないけれども、ヘタレは立派に任務を果たした。それが証拠に、さっき報告があったから。「アニアン少佐は…」とキースの現状について。
 グランド・マザーとの通信用の部屋に行ったなら、着替えは済んだ筈だから。
(…あんなヘタレを使わなくても…!)
 ちょっと一声掛けてくれれば、着替えは自分が調達したのに。「行け」と誰かを顎で使って。
 なのにアッサリ持って行かれた、補佐官な筈の自分の仕事。
 ヘタレなマツカも不快だけれども、もっと頭に来るのがパスカル。
(…ぼくの顔は忘れていたくせに…!)
 パスカルは忘れていなかったんだな、とギリギリと噛みたくなる奥歯。
 しかも「ヴォグ少尉」と階級までスラスラ出て来たからには、キースは何処かで見たのだろう。軍が発行している冊子か何かで、パスカルの顔を。
(そして、覚えて…)
 ぼくを無視してパスカルとばかり喋っていたし、と思い出すだにムカつく光景。
 まるで昔と変わっていないと、嫌な予感はしていたんだと。
 そう、この作戦に選抜されての顔合わせがあった段階で。揃ってこの船に乗った時点で。


 ずっと昔からこうだったよな、と蘇ってくるキースの教官時代。
 「見た顔も多いな」と言われた面子は、全員、同期の者ばかりだった。パスカルも込みで。
 因縁とも呼べる腐れ縁な面子、顔合わせで思わず仰け反ったほど。「こいつらかよ!」と。
 「よりにもよって、この面子かよ」と、「この連中を纏めて行けってか?」と。
 補佐官なのだと聞いた時には、最高の気分だったのに。
 アニアン少佐の下で力を発揮できると、ミュウ殲滅が上手くいったら昇進だって、と。
 ところがどっこい、エンデュミオンに乗り込む前に集まってみたら…。
(…あいつらが揃っていやがったんだ…)
 その瞬間から嫌な予感がヒシヒシ、案の定、パスカルに持って行かれた喋り。
 かてて加えて、自分の顔も名前もキースにスッパリ忘れ去られて、「貴様は?」と訊かれていたというオチ。
 パスカルの方は「ヴォグ少尉か」と即レスな上に、階級まで把握されていたのに。
(…本当に昔から、何も変わっちゃいないんだ…!)
 いつもババばかり引かされていて、と予感的中で覚える頭痛。
 この作戦でもきっと自分がババだと、貧乏クジを引きまくりだと。
 キースが教官だった頃から、そうだったから。
 今の面子が全員教え子だった頃から、あの頃から自分がババだったから。


(アニアン少佐…)
 あの人も昔からああいう人で…、と溜息しか出ない教官時代。
 自分たちがヒヨコでペーペーだった頃、キースは腕こそ立ったけれども、教官の中では孤立していたし、好んで群がる生徒も少なめ。
 さっき自分に「貴様は?」とやったほどなのだから、対人スキルが低めな男。頭はいいのに、同僚や生徒の顔はスルーで、まるで覚える気も無かったから。
(…普通は誰も入らないよな、アニアン・ゼミ…)
 メンバーズ・エリートが自ら仕切るのがゼミなるもの。
 顔を売っておいて損は無いから、人気のゼミには人が集まる。人当たりのいい教官のゼミとか、出世街道まっしぐらな教官が教えるゼミだとか。
 けれど、サッパリ人気が無いのがキースのゼミ。年によっては誰もいないとか、二人もいたなら上等だとか。
(その二人だって、途中でトンズラ…)
 他のゼミへと逃亡すると噂が高かったアニアン・ゼミ。他のゼミの方が人気だから。どうしても肌の合わない教官、そういう場合は途中で移籍出来るから。


(ぼくたちの年は、どういうわけだか…)
 今から思えば、多分、不幸な事故というヤツ。
 ゼミを選ぶための参考資料に書かれていたゼミの紹介文。それが他所のと入れ替わるというミスが起こって、集まった生徒。「此処にしよう」と。
 「ゼミの生徒との交流がメイン、親睦旅行やコンパも多数開催」と書いてあったから。
 自分もコロリと騙されたクチで、よく確かめもしないで入った。先輩たちの口コミを聞いたら、きっと入りはしなかったゼミ。もちろんパスカルや他の面子も。
 その年のアニアン・ゼミは豊作、お蔭で事は上手く運んだ。入ってみたら教官はアレで、旅行やコンパを開催したがるような人では全くなかったけれど…。
(なまじ人数が多かったから…)
 教官にその気が無いのだったら、自分たちの力で行け行けゴーゴー。
 コンパも旅行もやってなんぼだと、教官だって一緒に連れて行ったらオッケーだよな、と。
(親睦旅行も、コンパも、全部…)
 幹事をやらされていたのが自分。「細かいことによく気が付くから」と祭り上げられて、毎回、毎回、旅行の手配に会場の手配。
(でもって、美味しい所だけを…)
 持って行きやがったのがパスカルなんだ、と今でも忘れられない恨み。
 コンパや旅行の予定が立ったら、パスカルがいそいそ出掛けて行った。キースの所へ。
 「アニアン教官も如何ですか?」と、「今回も楽しくなりそうですよ」と。
 元が喋りの上手い男で、言葉巧みに誘うものだから…。


(アニアン教官だって、その気になるんだ…!)
 コンパも旅行も、まるでキャラではない筈なのに。
 どちらかと言えば苦手なタイプで、参加したって楽しめる筈もなさそうなのに…。
(パスカルの座持ちが上手すぎるから…)
 キースもそれなりに飲んでいたのがコンパで、旅行も途中で「帰る」と言いはしなかった。その旅行だのコンパだのでも、自分は幹事だったから…。
(アニアン教官と喋っている暇は殆ど無くて…)
 幹事の役目に追われる始末で、パスカルにすっかり持って行かれた美味しい所。
 それが今日まで尾を引いたとしか思えない。
 キースは会うなり「貴様は?」と言ってくれたわけだし、パスカルの方には「ヴォグ少尉か」と一拍さえも置かずに即レス、あまつさえ今の階級つきで。


(パスカルの野郎…!)
 この作戦でも美味しい所を持って行くんじゃないだろうな、と嫌な予感しかして来ない。
 作戦の肝になる筈のメギド、それの操作はパスカルの担当だったから。
(…ぼくはあくまで補佐官で…)
 ああしろ、こうしろと指示を出すだけ、実務担当はパスカルになる。メギドが首尾よくミュウを焼き払えば、褒められるのはパスカルの手腕。
(…最悪だ…)
 しかもキースはパスカルの顔を覚えていたし、と泣きたいキモチ。
 かてて加えて、他の災難まで降って来た。宇宙海軍から国家騎士団に転属して来たヘタレ青年。
 あれが新たな災いの種になりそうで…。
(…アニアン教官が直々に…)
 転属させたと聞いているから、もう間違いなくアニアン教官のお気に入り。ヘタレなスキルしか持っていないのに、きっとヨイショが上手いのだろう。…パスカルのように。
(…パスカルに、さっきのヘタレ野郎に…)
 今日は厄日か、と言いたい気分だけれども、この先、ずっと厄日な毎日。
 スローターハウス作戦はまだ始まったばかりで、厄日な面子でやって行くしか無いわけだから。
 どう転がっても、面子が変わりはしないから。


(……ツイていないぞ……)
 最悪なことにならなきゃいいが、と思うけれども、逃げられないのが補佐官な立場。
 たとえ今度もババを引きまくりで、美味しい所をパスカルに持って行かれても。
 マツカとかいうヘタレ野郎に、まるっと美味しい思いをされても。
(……昔から、こういう役回りで……)
 コンパも旅行もこうだったんだ、とスタージョン中尉の嘆きは尽きない。
 どうして人生こうなるんだと、今の面子が揃った時点で死亡フラグが立っていたよな、と。
 アニアン教官のゼミ時代からの腐れ縁。
 それが自分の運の尽きだと、其処へマツカまで来やがるなんて、と…。

 

         補佐官の厄日・了

※いや、ツッコミどころが満載だよな、と思うのがコレの冒頭のシーンのアニテラ。
 なんでセルジュの名前は覚えていなくてパスカルなんだ、と。ネタで書くならこうなるオチ。





拍手[0回]

「この色がいいと思うけれどね?」
 ジョミーには、とブルーが示したデザイン画。
 今はソルジャー候補のジョミーが着る服、それのマントの色が今日の話題で。
「確かに目立つ色ではあるのう…」
 何処におっても目を引きそうじゃ、とゼルも頷く真っ赤なマント。これでいいじゃろ、と。
「あたしも赤に賛成だよ。やっぱり目立つのが一番じゃないか」
 地味な色だとイマイチだし…、とブラウが眺めるハーレイの背中。其処には地味な緑のマント。こういう色より、派手に真っ赤に、と。
「私も赤だと思います。赤は王者の色ですから」
 紫と並ぶ高貴な色です、とエラも乗り気の真紅のマント。目立って、おまけに王者の色だと。
「王者の色ねえ…」
 赤もそういう色だったとは、とブルーが漏らした大きな溜息。何故なら、ブルーの紫のマント。それも同じに押し付けられた色だったから。
 ずっと昔に、高貴な色だと。ソルジャーに相応しい色は紫、皇帝の色、と。
「…その件はもう、水に流して欲しいのだがね…」
 時効が成立している筈だ、と逃げの姿勢が見えるヒルマン。彼は、いわゆる戦犯だった。皇帝の紫を推した戦犯、ブルーに着せた張本人。
 かなり長いこと、ヒルマンはブルーに恨まれていた。
 「皇帝の色の紫だなんて、仰々しいマントにしなくても」と。
 キャプテンのマントみたいに地味なのでいいと、よくも紫をプッシュしたな、と。


 紫のマントで悪目立ちをした嫌な思い出。それがブルーの心の傷で、いわゆるトラウマ。
 なにしろ、着せたヒルマンと来たら、当時に宣伝しまくったから。
 じっと黙っていたならともかく、「紫は皇帝の色だ」と喋りまくって、偉い色だと持ち上げた。紫はソルジャーに相応しいのだと、ブルーこそシャングリラの帝王なのだ、と。
(あれのお蔭で…)
 雲の上の人にされてしまった、と今でも悲しい紫のマント。同じマントでも地味な色なら、他の色なら人生違っていたのかも、と。
(もっと、みんなとフレンドリーに…)
 ワイワイやりたかったのがブルーの本音で、只今、会議中の青の間。この部屋だって楽しく使いたかった。これだけの広さがあるのだから。仲間を集めてドンチャン騒ぎも出来そうだから。
(なのに、宝の持ち腐れで…)
 お偉方な長老の四人とキャプテン、その程度しか自由に出入りしない部屋。
 雲の上の人にされたお蔭で、紫のマントを背負ったせいで。
(ジョミーには、ぼくのような思いを…)
 して欲しくない、と考えてしまう。
 ソルジャーの肩書きを継いだ時点で、充分、雲の上だけど。
 雲の上の人にされた自分の後継者ならば、そういうコースで当然だけれど。
(…そうなるのだから、せめてマントは…)
 普通の色にしてやりたい。自分の二の舞にならないように、王者の色は避けるのが吉。
 赤がいいな、と思った考え、それは彼方へブン投げて。
 ジョミーが祭り上げられないよう、もっと普通の色を選んで。


 そう思ったから、しげしげ眺めたデザイン画。赤いマントは却下だ、と。
(…赤が駄目だと…)
 ハーレイのマントと被るけれども、緑とか。こっちの青もけっこういいな、と見ていたら…。
「ソルジャー。…赤に決まったじゃろうが」
 わしらは赤と言っておるぞ、とゼルが揚げ足を取りにかかった。ハーレイも赤に賛成だし、と。
「はい。特に異存はございませんが…。赤のマントでよろしいのでは?」
 それにソルジャーが赤だと仰いましたが、とハーレイに突かれた痛い所。言い出しっぺは確かに自分で、他の誰でもなかったから。「この色がいい」と最初に言った記憶は鮮明だから。
「……赤ということになるのかい?」
 そしてジョミーも、雲の上の人にされてしまうというわけかい、と見詰めた遠い昔の戦犯。
 紫のマントを背負わせてくれて、皇帝の色だの、シャングリラの帝王だのと言ったヒルマン。
「…しかし、ソルジャー…。その件は、もう…」
 とうに時効で、とヒルマンは逃走する気だけれども、ジョミーの今後が目に見えるよう。
 赤いマントを纏った時には、またもヒルマンが旗振り役をするのだろう。今回はエラが加担する可能性も大、「王者の色です」とヒルマンよりも先に言ったのだから。
 きっとジョミーも、自分と同じコースを辿るに違いない。
 赤いマントは王者の色で、シャングリラで一番偉いのだ、と妙な設定がついて来て。
 皇帝の紫にも負けていないと、赤のマントはシャングリラの王者の証だと。
(…それではジョミーが…)
 可哀相すぎる、と経験者だからこそ分かる、マントの色の大切さ。
 それが人生を左右するのだと、ジョミーの今後の運命だってマントで決まる、と。
 だから…。


「…赤だけは駄目だ。どうしても赤を推したいのなら…」
 然るべき理由を考えたまえ、とジロリと睨み回した、四人の長老たちの顔。キャプテンの顔も。
 王者の色よりマシな理由を考えて来いと、皆に親しまれる理由がいいと。
 それが無いなら、赤い色は却下。
 さっきの言葉は撤回すると、青か緑のマントを選ぶと。
「…ソルジャー、それは御命令ですか?」
 そういうことなら従わざるを得ませんが、とハーレイが訊くから、「そうだ」と答えた。
 赤にしたいなら他に理由をと、王者の色なら赤は駄目だ、と。
 今でも微妙な立ち位置のジョミー、勝手に船から出て行った上に、えらい騒ぎを起こしたから。船の仲間たちは忘れていなくて、まだ陰口も消えないから。
(…皆に親しまれるソルジャーになって欲しいのに…)
 王者の色のマントを着せたら、更に開いてしまう距離。仲間たちとの間がグンと。
 赤いマントは意地でも避けるか、他に理由を見付けるか。
 「雲の上の人だ」と崇められる代わりに、誰もが気軽に名前を呼んでくれるソルジャー。
 マントの色には、邪魔されないで。
 むしろ歓迎される赤色、それを纏ったソルジャーになってくれれば、と。


 こうして青の間から叩き出された長老たち。キャプテンも含めて、一人残らず。
 ゼルやブラウは「駄目だと言うなら仕方ないねえ…」と投げてしまって、ハーレイも同じ。赤が駄目なら別に青でもいいじゃないか、という程度。青でも緑でも、何でもオッケー。
 けれど、違ったのがエラとヒルマン。
「…赤で決まりだと思いましたのに…」
「まったくだよ。…まだ根に持っていたとはねえ…」
 何年経ったと思うんだね、とヒルマンがぼやく紫のマント。
 そうは言っても、それを纏って雲の上の人になったのがブルー、彼の意向には逆らえない。赤いマントを選びたいなら、理由を捻り出すしかない。
 ちなみに皇帝の色の紫、それは染料が高かったから。遠い昔は小さな貝から採れる染料、それを大量に使って染めていたから、べらぼうな値段で、皇帝くらいしか買えなかったオチ。
 王者の赤もそれと同じで、貝を使った紫の染め方が失われた後、カイガラムシなる小さな虫から採った染料で染めていた。やっぱり同じにべらぼうな値段、ゆえに王者の色は赤色。
「由緒正しい赤ですのに…」
「私だって、あれを諦めたくはないのだが…」
 何かいい手は無いだろうか、とエラとヒルマンは踏ん張った。何かある筈、と。
 そして…。


「ソルジャー、先日のジョミーのマントの件ですが…」
 如何でしょうか、とエラが披露した赤についての話。青の間に長老とキャプテンを集めて。
 曰く、今年は申年とやらで、その年の赤は非常に縁起がいいらしい。それも赤い服が。
「なるほど、今年は赤色がいい、と…」
 それは全く知らなかった、とブルーは先を促した。申年というのは初耳だけれど、遠い昔には、こだわる人たちも多かったらしい。申年を含む十二の干支に。
「申年に赤い服を誂えると、無病息災なのだそうです。それに…」
 その赤い服を誂えた人が、赤い下着を着ていた場合。周りの人にも幸運が及んで、それは幸せな最高の年になるのだとか。しかも、申年から赤い下着を着け始めると…。
 無病息災も、周りの人への幸運のお裾分けパワーも一生モノに、と言い切ったエラ。
 実際、デッチ上げではなかった。
 遠い昔の申年の話、赤い下着が売れた時代の言い伝え。それが何処かで曲がってしまって、この時代にはこうなっていた。シャングリラが誇る、データベースの情報では。
「赤い服を誂えて、赤い下着か…。すると最高の年になる上に、今、始めると…」
 幸運が持続するのだね、と確認したブルーは、とうに赤へと傾いていた。
 王者の色なら却下だけれども、幸運の色なら大歓迎。
 それにジョミーも、皆に好かれることだろう。申年に誂えた赤いマントとセットで、赤い下着を着け始めたなら。
(ジョミーが赤いパンツを履いたら…)
 これから先も履き続けたなら、一生の間、周りに幸運のお裾分け。
 申年に初めて身に着け始めた、赤いマントと赤いパンツのパワーとやらで。


「いいだろう。そういう赤なら、ジョミーの立場もきっと良くなるだろうから」
 マントの色は赤にしよう、とブルーが出したゴーサイン。
 赤いマントが出来上がったら、ちゃんと宣伝するように、と付け加えることも忘れなかった。
 申年に誂えた赤いマントは縁起がいいと、赤いパンツで周りの運気も一気にアップ、と。
 それを皆にも伝えて欲しいと、王者の赤より、申年の赤いマントと赤いパンツ、と。
(これでジョミーも、皆に親しまれるソルジャーに…)
 なる筈だから、というブルーの読みは見事に当たった。
 ソルジャー候補ながらも赤いマントで赤いパンツになったジョミーは、縁起の良さで人気上昇。
 誰もが幸運のお裾分けをと狙っているから、仲良くしておいて損は無いから。
(…ぼくの二の舞にならなくて良かった…)
 本当に、とホッと息をつくブルーは、まるで知らない。
 赤いパンツを履く羽目になったジョミーの、「なんで、ぼくが」という嘆きの声を。
 「一生、赤いパンツなんて」と、涙目になっていることを。
 これから一生、ジョミーのパンツは赤で決まりで、泣けど叫べど赤一択。
 幸運の赤いパンツだから。
 申年に誂えた赤いマントとセットものだから、赤いパンツは運気上昇の縁起物だから…。

 

       幸運の赤いマント・了

※今年は申年だったっけな、と考えていたら降って来たネタ。赤いマントだよね、と。
 一生、赤いパンツを履くらしいジョミー。気の毒すぎる運命かも…。ブルー、酷すぎ。





拍手[0回]

「取材なら、軍の広報を通してくれ」
 無関心にそう言い捨てたキース。
 久しぶりに見たスウェナだけれども、特に関心は無かったから。
 「この花、覚えてる?」と訊かれた花にも。
 「E-1077の中庭にも咲いていたわ」と言われた所で、もう昔のこと。
 サムでさえも何処かに行ってしまった。
 姿は昔と同じにサムでも、「キース」を覚えていたサムは。友達だったサムは。
 だからスウェナと話すことは無い。
 まして彼女が知りたい内容、ジルベスター星系の事故調査となれば任務だから。
 Mと関係があるかもしれない、国家機密を明かせはしない。
 無駄な話をするつもりも無い、つまらない思い出話など。
 けれど…。


「ピーターパン」
 スウェナがいきなり口にした言葉、それがキースの足を縫い止めた。
 遠い昔にシロエが語った、その本の中身そのままに。
 シロエが乗った練習艇を追っていた時、通信回線を通して聞こえて来た声。
 ピーターパンの本に書かれていること、それをシロエは語り続けていた。
 「影がくっつかないよ」と泣いたピーター、「私が影を縫ってあげる」という言葉。
 まるで時の彼方から戻ったかのように、影の代わりに足を縫われた。
 「ピーターパン」と聞いた途端に。
 縫い止められて立ったままの背中、振り返れないでいたらスウェナは続けた。
「あなた宛のメッセージが発見されたわ」
 …そう、セキ・レイ・シロエのものよ。サムの事故には、私の追っている…。
 白い宇宙鯨が関わっている、とスウェナが前へと回り込んだけれど、どうでも良かった。
 そんな話は。
 問題はシロエ、彼の名前とメッセージ。
 スウェナは「今度会えたら、そのメッセージを渡せるんだけど」と見詰めて来たから。
「戻ったら連絡しよう」
 迷うことなく、そう応えた。
 シロエが残したメッセージならば、どうしても見ておきたいから。
 そう思ったから、「その時は二人だけの同窓会でもしましょ」と言ったスウェナを見送った。


(…変わったのは君の方だ。…スウェナ)
 渡された花を手に持ったままで、心の中で呟いたけれど。
 強くなったと思ったけれども、それもどうでもかまわないこと。
 手の中の花も、今では何の意味も持たない。
 同じ花でも、この白い花は病院の花。
 違う所で咲いた花。
 花を頼りにE-1077に戻れはしないし、サムの心も昔に戻りはしないだろうから。
 見上げれば、病室から手を振るサム。
 「キース」だとは分かってくれないのに。
 サムは笑顔を向けるけれども、それは「関心を持ってくれた人間」だから。
(…何もかもが…)
 変わってしまったんだ、と地面に投げ捨てた花。
 持っていたって、何の役にも立たないから。
 車の運転の邪魔になるだけ、それだけの存在に過ぎないから。


 そうして走り出して間もなく、気付いたこと。
(…シロエ…!)
 その瞬間に踏んだブレーキ、後ろの車が憤るように鳴らしたクラクション。
 メンバーズ・エリートらしくもないミス、慌てて路肩に車を寄せた。
 こんな所で事故を起こすなど、軍に迷惑をかけるだけ。
 けれども今は運転出来ない、そう思ったから停めようと決めた。
 激しく脈を打つ心臓。
 E-1077に、それからシロエ。
(…誰も覚えていない筈なんだ…)
 あのステーションに、セキ・レイ・シロエがいたことを。
 ステーションの運営に関わる者ならともかく、生徒だった者は。
 シロエと同じ時期に其処に居た者、彼らの記憶は消されたから。
(…マザー・イライザ…)
 記憶を消させたマザー・イライザ、皆がシロエを忘れてしまった。
 サムも、シロエの同級生たちも。


 誰もが忘れてしまったシロエ。
 彼の船を撃った自分以外は、一人残らず。
 マザー・イライザの計算の下に奪われた記憶、それは戻りはしないだろう。
 サムのようにでもならない限り。
 今は子供に戻ったサム。
 あんな具合に、シロエのいた時代に心だけが戻れば、有り得るけれど。
(だが、それは…)
 精神状態が普通ではないということ。
 年相応の話はまるで出来ない、ただの子供になるということ。
 候補生時代を「子供」と呼ぶかどうかは、ともかくとして。
(……スウェナ……)
 けれど、スウェナは覚えていた。
 E-1077の中庭に咲いていた花を。
 ステーションにいたセキ・レイ・シロエを、あの頃のままに。
 そしてそのまま成長を遂げて、自分の前に戻って来た。
 「ピーターパン」と。
 シロエが残したメッセージを持って、普通に会話が出来る者として。


(……システムの誤算……)
 それに違いない、マザー・イライザの手から離れたスウェナ。
 ステーションから出て行った時は、結婚という道を選んでいたから、記憶はそのまま。
 何も処理されずに旅立って行った、セキ・レイ・シロエを覚えたままで。
(本当だったら…)
 スウェナは子供の母親になって、それきり消えていただろう。
 シロエの記憶を持っていたって、単なる知り合い程度のこと。
 「昔、そういう人間がいた」と思い出しても、その時限りで消えてゆくもの。
 その後のシロエを追いはしなくて、無関心に記憶の淵に沈むもの。
(しかし、スウェナは…)
 ジャーナリストの道を選んで、離婚してまで今の世界を追っている。
 宇宙鯨を、モビー・ディックを。
 Mの母船がそれの正体だと、スウェナが知っているわけがない。
 ミュウの存在も、Mとは何を指すのかも。
 なのに、核心に迫りつつある、ジャーナリストの勘だけで。
 其処に何かが隠されていると、モビー・ディックが鍵なのだと。


 スウェナが此処まで辿り着いたなら、そしてシロエを覚えているなら。
 メッセージまで持っていると言うなら…。
(…神がシロエに…)
 味方したのか、忘れ去られてしまわぬように。
 どんな形かは分からないけれど、彼のメッセージが届くようにと。
 本当だったら、それは残りはしないのに。
 ステーションの中で処理されているか、何処かに廃棄されて終わりか。
(それが残ったのも…)
 残ってスウェナの手に渡ったのも、神の采配なのだろう。
 スウェナがモビー・ディックを追っていたから、全ての糸が繋がった。
 たった一人だけ、シロエを覚えていた人間。
 それがスウェナで、彼女は何故だか、モビー・ディックを追い始めたから。
 離婚してまで、ジャーナリストになったから。


(……こんなことが……)
 この世にあるのか、と心臓は今も激しく脈打ったまま。
 マザー・システムにもミスはあるのかと、その手を逃れる者もいるのかと。
 シロエは逃れ損なったのに。
 逃げ切れないまま、宇宙に散って行ったのに。
(……シロエ……)
 彼は自分に何を残したと言うのだろう。
 「ピーターパン」とスウェナが口にした言葉、それで思い出すのは古びた本だけ。
 シロエが大切に抱いていた本、子供時代からの持ち物だった本。
(あの時、保安部隊がシロエを…)
 ベッドに乗せて運び去った時、ピーターパンの本を持たせてやった。
 シロエの大事な本なのだからと、側に置いてやって。
(まさか、あの本が…)
 戻って来るとは思えないけれど、他には心当たりが無いから。
(……そうなのか?)
 あれが手元に来るのだろうか、次にスウェナに会ったなら。
 ジルベスターから戻ったなら。


 「ピーターパン」の本、シロエが大切に持っていた本。
 練習艇で宇宙へ逃げ出した時も、中身を語り続けていた本。
 「影がくっつかないよ」と、「縫うって何さ?」と。
 それがあるなら、もう間違いなくマザー・イライザの、マザー・システムのミス。
 シロエはシステムに消されたけれども、あの本は消えずに何処かに残った。
 きっとそうだという気がするから、まだ暫くは…。
(……動けないな……)
 メンバーズ・エリートが、自動車事故など起こせないから。
 運転ミスは出来ないから。
 揺り起こされてしまった感情、それが落ち着いて凪いでくれるまでは、このまま路肩に。
 早くなった鼓動が鎮まるまでは、車を走らせることは出来ない。
 E-1077に、シロエがいた日に、引き戻されてしまったから。
 シロエの船を撃ち落とした日に、あの瞬間へと、心だけが飛んでしまったから。
(…今、走ったなら…)
 前をゆく船が見えるのだろう。
 あの日、シロエが乗っていた船が。暗い宇宙を飛んでゆく船が。
 それを見たなら、また踏むのだろう急ブレーキ。
 今も後悔しているから。
 シロエを乗せた船を見たなら、今の自分は追えはしないで、止まる方をきっと選ぶのだから…。

 

         彼方からの記憶・了

※スウェナが「シロエを覚えている唯一の生徒」なんですよねえ、皮肉なことに。
 いくらマザー・システムでも、そこまでは計算していなかったと思うんですけど…?





拍手[0回]

「トォニィ。お前が次のソルジャーだ」
 ミュウを、人類を…導け、とジョミーがトォニィに渡した補聴器。
「グランパ…」
 ぼくはまだ子供だ、と繰り返したいのに、ジョミーがいない世界なんて嫌なのに。
 ジョミーは真っ直ぐ見詰めて来るから、どうしようもない今の状況。
(…グランパ…)
 補聴器を着けろ、と促すジョミーの瞳。いくら泣いてみても、もう無駄らしい。ジョミーは命を捨てているから、助かるつもりも無いらしいから。
(…メギドなんて…。こんな星なんて…)
 どうでもいい、と叫びたくても、それがジョミーの最期の望み。地球を破壊しようとしている、六基のメギドを止めること。ジョミーを救うことではなくて。
 それにソルジャーを継げとも言われた。「ぼくの自慢の強い子だ」とも。
(……グランパの自慢の……)
 強くなんかないのに、と思うけれども、ジョミーの期待は裏切れない。望みを叶えないわけにもいかない、選べる道はただ一つだけ。
 こうすることだ、とトォニィが仕方なく着けた補聴器。それは嬉しそうに微笑むジョミー。
(…これでいいんだ…)
 ぼくにはこれしか、と溢れた涙に重なったもの。
 ジョミーの顔が滲むようにぼやけて、その彼方から…。


「ウゼエんだよ、ジジイ!」
 とんでもない罵声が聞こえて来たから驚いた。いったい何処にジジイが、と。
 あえてジジイと呼べそうな者は、さっきジョミーが「共に戦った仲間だ」と言っていたキース。通信機の向こうの自分の部下に、メギドを止めろと伝えていたようだけれど…。
(……ジジイ?)
 ウザいジジイとはアレのことか、と思う間もなく、今度は聞こえた「クソババア!」の声。
 ジジイはともかく、ババアはいそうにない空間。いや、さっきまではいたのかも…。
(…グランド・マザー…?)
 とうに瓦礫と化していたけれど、キースがジジイなら、クソババアはアレ。なるほど、と合点はいったけれども、誰が叫んでいたかが問題。
(此処には、ぼくたち三人だけ…)
 だったら誰が叫ぶんだ、と見回そうとしてハタと気付いた。今の罵声の正体に。
(…この補聴器……)
 それに入っていたジョミーの記憶。
 ナスカで生まれた初めての自然出産児だった、自分たち。急成長していった七人の子供、従来の育児書の類は役に立たない。「目覚めの日」だの、成人検査だのというシステムの方の情報も。
(…グランパ……)
 ジョミーは懸命に勉強していた。戦いのことしか考えていないように見えたのに。
 その裏側で、遠い昔の、子供が自然に生まれて育った時代のことを、あれこれ調べて。
(…反抗期があって、それに中二病…)
 遥かな昔の子育ての脅威、それが反抗期に中二病。世の親たちが手を焼いたらしい、その現象。
 実の父親に「ウゼエんだよ、ジジイ!」と怒鳴って、母親に向かって「クソババア!」。
 ついでに色々ややこしい上に、こじれまくるのが中二病。


 そうだったんだ、と改めて気付いたジョミーの愛情。
 育児についても気を配ってくれた、優しいジョミー。置いてゆくなんて、とても出来ない。
 こんな記憶を見せられたら。知ってしまったら、もう無理なのに…。
(…でも、行くしか…)
 ないんだから、とグイと涙を拭った瞬間、不意に閃いた解決策。これならいける、と湧き上がる自信、ジョミーを置いて行かなくてもいい。ジョミーの戦友だというキースの方も。
(軌道上のメギドは、全部で六基…)
 キースの部下たちも攻撃に向かう筈なのだから、全部を一人で止めなくてもいい。それに応援も呼べる筈だし、メギドの方は何とかなる。
 「行け」と促すジョミーの方だって、ガチでやったら勝てないけども…。
(…今は死にかけてて、ぼくの方が…)
 絶対強いに決まっているから、やるぞ、とスックと立ち上がった。ジョミーはといえば、もう本当に孫を見る目で「ありがとう」と別れの言葉を口にしたけれど…。
「グランパ、ぼくは今、反抗期だから!」
「…え?」
 なんだ、と見開かれたジョミーの瞳。キースも唖然としているけれども、此処で言わねば。
「もう反抗期で中二病だから、思いっ切り、ぼくの好きにするから!」
「トォニィ…?」
 待て、と声を絞り出そうとしたジョミーに向かって言い放った。「ウゼエんだよ!」と。
「いいから、ジジイは死んでいやがれ!」
 ブッ殺す、と言い捨てて放ったサイオン、もろに食らったジョミーは気絶。
「な、何をする…!」
 狂ったのか、と慌てるキースにも「ウゼエ!」と怒鳴って、同じに一発食らわせたから、止める者はもはやいなかった。ジョミーとキースが見事に気絶しているだけ。


(やった…!)
 反抗期で中二病の子供は無敵なんだ、と感謝してしまったジョミーの記憶。これが無かったら、ジョミーの言いなりになっていた。「ぼくの自慢の強い子」のままで。
(反抗期だったら何でもアリで、中二病だとこじれてて…)
 ぼくにもそういう時期があったって、と開き直った無敵のトォニィ。
 とにかくジョミーとキースの救助を最優先で、と凍らせて仮死状態にした。かつてキースに胸をグッサリ刺された時に使った手だから、今回だって有効な筈。
(シャングリラに二人を連れて帰って、それから手術…)
 でもって、その前にメギドだったな、と確認してから、二人を抱えて飛び出した。地球の地の底から地上へ一気に、其処から更にジャンプで宇宙へ。
 もちろん、ジョミーとキースにはキッチリ、シールドをかけて。
(先にメギドで…)
 この辺でいいか、と二人を軌道上に仮置き、思念で呼び掛けたシャングリラ。
「タキオン、ツェーレン、ペスタチオ、手を貸せ!」
 メギドを撃つ、と飛んでゆく間に、キースの部下たちもやって来たから、いける筈。ジョミーの望み通りにメギドを破壊出来る、と頑張ったのに…。
「残弾ゼロだ…! 残るメギドはあと一つなのに…!」
 そういう人類の声が届いて、発射体制に入っているメギド。
「駄目か…!」
「間に合わない…!」
 もう駄目だ、と覚悟した時、「どけーい、ヒヨッコどもーっ!!」と突っ込んで来たのが人類の船で、旗艦ゼウスとかいうヤツで。


(…マードック大佐…!)
 ヤバイ、と悟った自分の危機。メギドの炎は地球の地表を掠めただけで済んだけれども、それをやったのは人類が「マードック大佐!」と呼び掛けた男。
 そのマードック大佐が乗っている船は、メギドと一緒に燃え盛りながら落下中で。
(…これがジョミーとキースにバレたら…)
 怒鳴られまくりの叱られまくりで、もう確実に後が無い。「だから置いて行けと言ったのに」と二人がかりでネチネチ言われて、どうにもこうにもならないから…。
「ツェーレン、ちょっと行ってくる!」
 メギドを止めるのは無理だったけれど、一人助けるくらいなら、と大慌てで追った地球へと落下してゆくメギド。追い掛けて中へ飛び込んで…。
(間に合った…!)
 やった、と躍り上がったけれども、同時に「え?」と仰天もした。爆風を食らって倒れた人類、一人だけだと思っていたのに、なんと二人もいたものだから。
(…女もいたんだ…)
 でもまあ、誤差の範囲内、と抱えて飛び出した人類が二人。マードック大佐と、パイパー少尉。
 当然、きちんとシールドをかけて、さっき仮置きしたジョミーとキースも回収して…。


 これでオッケー、と戻って行ったシャングリラ。
「ソルジャー・シン!?」
 船はたちまち上を下への大騒ぎになり、何故にキースが、と半ばパニック状態だけれど。
「どうでもいいから、さっさと手術だ!」
 ノルディを呼ぶんだ、と凄んでやった。手術の順番はジョミーが最初で、次がキースで、と仕切りまくって。残る二人もしっかりキッチリ治療しろ、と。
(…反抗期と中二病の話は…)
 此処ではしないのが吉だ、と判断したから、ジョミーが意識を取り戻すまではソルジャー代理。
 幸か不幸か補聴器もあるし、皆は素直に納得した。ソルジャー代理、大いに結構、と。
 キースとマードック大佐とパイパー少尉は、人類の船に移せるような状態ではなくて、当分の間はシャングリラで治療に専念するという方向になって…。


「…ジョミー。一つ訊いていいか?」
 包帯グルグルで点滴つきのキースが眺めた隣のベッド。個室もあるのに、意識が戻ったら相部屋希望と言い出した二人。ジョミーとキース。
「…なんだ?」
 ジョミーも同じに包帯グルグル、腕には点滴。
「いや、トォニィが言っていた、あの…」
 反抗期とか中二病とかいうのは何だ、と訊かれたジョミーが「ああ…」と浮かべた苦笑い。
「多分、ああいうのを言うんだろう。…まさか今頃、反抗期なんて…」
「お前に向かって、ウゼエと怒鳴っていたようだが…」
 おまけにジジイと、とキースには解せないトォニィの豹変、けれども、それが反抗期だから。
 中二病の方も、そういったものだと学んで記憶したのがジョミーだったから…。
「トォニィは反抗期に入ったらしい。…初めてぼくに反抗したよ」
「そうなのか…。お前もこれから苦労しそうだな」
「君の方こそ、大変なんじゃないのかい…?」
 復帰したらきっと仕事が山積み、とジョミーは言ってやったのだけれど、「お前の方こそ苦労しそうだぞ」と返された。「ウザいジジイと言われたろうが」と。
「…あいつがソルジャー代理だそうだが、ソルジャー復帰はウザがられないか?」
「その時は、隠居するまでだよ。トォニィが本当に反抗期で中二病ならね」


 口で言ってるだけじゃないかと思う、と答えるジョミーは、ダテに勉強していなかった。本物の反抗期で中二病なら、ああいうことにはならないと。
(…やっぱりトォニィは、ぼくの自慢の…)
 後継者なんだ、と誇らしい気持ちもするのだけれども、ソルジャーに復帰した暁には、おしおきから始めるべきだろう。
(…ぼくの最期の頼みを無視して…)
 勝手に暴走したんだから、とガッツリお灸をすえるつもりでいるジョミー。
 そしてトォニィの方は、ちょっぴり後悔し始めていた。
(……やり過ぎたかな……)
 反抗期なんだと叫ぶだけにしておけば良かったかな、と。
 いくら助けるためだとはいえ、大好きなグランパに向かって「ウゼエんだよ!」と叫んだから。
 「いいから、ジジイは死んでいやがれ!」と、思い切り怒鳴ってしまったから…。

 

        恐るべき後継者・了

※アニテラのラスト、トォニィだったらジョミーもキースも助けられたのでは、という可能性。
 同じツッコミをなさった貴腐人のコメントで降って来たネタ、謹んで献上させて頂きます~v





拍手[1回]

Copyright ©  -- 気まぐれシャングリラ --  All Rights Reserved

Design by CriCri / Material by 妙の宴 / powered by NINJA TOOLS / 忍者ブログ / [PR]