「そうだわ、これ…。約束の」
スウェナに手渡された大きな封筒。「じゃあね、サム」と立ち去る前に。
(…これが…)
シロエからのメッセージなのか、と見詰めたキース。
スウェナが前に言った通りなら、自分宛だというメッセージ。
(…この重さなら…)
それに大きさ、中身は多分、予想通りのものだろう。
シロエが大切に持っていた本。子供時代からのシロエの友。
(ピーターパン…)
これが、と腰を下ろしたベンチ。
さっきまでスウェナも座っていたベンチ、今はサムとの二人きり。
(…あの本だ…)
中身はそうだ、と開いて出そうとしたけれど。
其処で止まってしまった手。
「ピーターパン」と書かれたタイトル、それが現れた所あたりで。
…何故なら、本は焦げていたから。右上の方が、黒く無残に。
それに端の方が破れてもいた、シロエが大切に持っていたのに。
シロエだったら、こんな風に本を損ねるようには、扱ったりはしないのに。
(……シロエ……!)
本当に私宛なのか、と見開いた瞳。
きっと何かの間違いだろうと、この本は自分宛ではないと。
本全体を取り出してみたら、確信に変わっていた思い。
(…シロエ……)
そんなにも大切だったのか、と。
この本を持っていたかったのかと、失いたくない本だったかと。
あちこちが焦げて、破れたりして、無残な姿になっている本。
遠い日のシロエの宝物。
(…この本だとは思っていたが…)
シロエが何かを残したのなら、キーワードが「ピーターパン」ならば。
けれども、焦げて破れている本。
かつて見た本は、ただ古びていただけだったのに。
シロエと共に在った年数、それを示していただけなのに。
(…あれより、幾らか…)
過ぎた歳月、十二年分だけを経た本が来ると信じていた。
目にするものは、それだと思った。
廃校になったE-1077、その中の何処かに眠っていたのが見付かったのだと。
今は政府の関係者すらも、簡単に入れはしない場所でも。
(…だが、これは…)
この本は其処に在ったのではない。
E-1077で見付かったのなら、何処も焦げてはいないだろうから。
十二年分の歳月だけを映した本の筈だから。
なのに、本には焼け焦げた跡。
シロエが見たなら、きっと悲しむことだろう。
「ぼくの本…」と。
どうして焦げてしまったのかと、破れているのは誰のせいかと。
きっと瞳から涙を零して、ギュッと両腕で抱き締めて。
…遠い昔に、そうしたように。
追われるシロエを匿った時に、目覚めて直ぐにしていたように。
「ぼくの本…!」と胸に抱き締めたシロエ。
自分の視線に気付くまでの間、それは幼い子供の顔で。
シロエがやった、と直ぐに分かった。
この本が何処からやって来たかも、どうして焦げてしまったのかも。
(……ピーターパン……)
逃げるシロエの船を追う時、通信回線の向こうで聞こえた声。
ポツリポツリとシロエが語り続けた、ピーターパンの本に書いてあること。
(…あれはシロエの記憶ではなくて…)
記憶していた本の文章、それを語っているのだと思った。
あの船を追っていた時は。
後には考え直したりもした、「あれは音読だっただろうか?」と。
ピーターパンの本と一緒に、シロエは宇宙(そら)へ逃げたのかと。
本を絶え間なく読み続けながら、宇宙を飛んで行っただろうかと。
(…私宛のメッセージだと聞いて…)
あの本だろう、と考えた時に、あっさりと捨ててしまった仮説。
「シロエは本と一緒だった」という仮説。
ピーターパンの本があるなら、シロエが読んでいた筈がないから。
シロエと一緒に在った本なら、残っている筈が無いのだから。
(……撃ったんだ……)
この手で、シロエが乗っていた船を。
左手で合わせたレーザー砲の照準、発射ボタンを親指で押した。
そしてシロエは宇宙から消えた、レーザーの光に焼き尽くされて。
もう本当に一瞬の内に、溶けて蒸発しただろうシロエ。
「何か光った」と思う間もなく、跡形もなく。
髪の一筋も、血の一滴も、何一つ残さないままで。
(…シロエの姿が残らないのに…)
もっと弱くて燃えやすい本、紙の本が残るわけがない。
本があるなら、シロエはそれを持って逃げたりはしなかった。
E-1077に置いて去ったと考えたのに…。
(……シロエ、お前は……)
こんなにも大切だったのか、と見詰めたピーターパンの本。
自分の身よりも本を守ったかと、命よりも大切な本だったのか、と。
レーザー砲に焼かれながらも、この程度で済んだ本の損傷。
それがシロエの意志だったから。
「ぼくの本…!」と、あの日、抱き締めたように、きっとシロエが抱き締めたから。
この本だけは、と。
大切な本で、守りたい宝物だから、と。
(…どうして自分を守らなかった…!)
お前は馬鹿だ、と涙が溢れそうになるのを堪える。
此処で自分は泣けはしないし、膝の上にはサムが頭を乗せているから。
感情の乱れを外には出せない、もうじき部下もやって来るから。
(…シロエ……)
そう、じきに現れるだろうマツカ。
ペセトラ基地で出会ったマツカも、シロエと同じにMだから分かる。
彼に命じたサイオン・シールド、それで自分は生き延びたから。
ミュウの追手から逃れたから。
(…やったことが無い、と叫んだマツカにも出来たんだ…)
Mが、ミュウが使うサイオン・シールド。
爆発から身を守れるもの。
実験で何度も目にしていたそれを、自分自身が体験した。
「凄いものだ」と、「やはり化け物」と。
シロエも、きっと同じにやった。
レーザー砲を撃った瞬間、本を守ろうと。
大切なピーターパンの本をと、シロエが展開したろうシールド。
…自分を守れば良かったのに。
ピーターパンの本を抱えて、自分ごと守れば助かったろうに。
(…マザー・イライザ…)
今だから分かる、あの日、イライザが命じたこと。
シロエの船を撃ち落とした場所、其処へと船を向けさせたこと。
(…シロエが爆発から逃れていないか……)
それを確かめさせたのだ、と。
イライザは知っていたのだから。
シロエはMだと、ミュウならば生き残ることもある、と。
上手くシールドを展開したなら、船が微塵に砕けた後も。
レーザー砲で焼かれた後にも、シロエは宇宙に浮いているかもしれないと。
(…どうして、本だけを守ったんだ…!)
お前は馬鹿で、大馬鹿者だ、と叫びたいけれど、これが結果で、残ったのは本。
シロエが上手くやっていたなら、きっと生き延びただろうに。
もしも宇宙に浮いていたなら、あの時、発見していたとしても…。
(…マザー・イライザには、何も見なかったと…)
戻って報告していたろう。
どうせシロエは死ぬのだから。
漆黒の宇宙に浮いていたって、何処からも助けは来ないのだから。
けれど、自分は知っている。
今の自分は、その後のことを聞かされたから。
「鯨」が目撃されたこと。
シロエの船を撃った場所から、そう離れてはいない所で。
「鯨」はMの、ミュウたちの母船。
それがいたなら、シロエを救いにやって来た筈。
彼らは気付くだろうから。
Mの仲間が宇宙にいると、生命の危機に瀕していると。
助かり損ねてしまったシロエ。
本を守って、自分は散って。
もう少しばかり、シロエが自分を大事にしたなら、大切に思っていたのなら。
(…本だけではなくて…)
シロエも助かっただろうに。
Mの母船に、鯨に救われ、彼らと共に去っただろうに。
(…命よりも大事だったのか…)
機械の言いなりになって生きる人生、そんな命に何の意味が、と言っていたシロエ。
彼の心の支えだった本、きっと命よりも大切に思っていたのだろう本。
(…それが残ってしまったか…)
シロエの代わりに、此処に、こうして。
レーザー砲の光を浴びても、焦げて破れたりしただけで。
(…これほどに…)
強い力を生むのか、Mの思いは。ミュウの心というものは。
ならば恐らく、人類はいつか敗れるのだろう。
今は狩られるだけのミュウでも、いずれは牙を剥くだろうから。
その兆候は既に、出ているから。
「大佐。…先ほど、ペセトラ基地の部隊が全滅したとの報告がありました」
キルギス軍管区から増援を送るそうです、と現れた部下。
靴音でもう分かっていたけれど、スタージョン中尉。その隣にマツカ。
(……シロエ……)
マツカにシロエを重ねていた。
かつて殺すしか道が無かったシロエの代わりに、Mのマツカを生かそうと。
どうしてシロエも生き残る方へと行かなかったか、本を守って逝ったのか。
「…無駄なことを」
「は?」
何が無駄だと、という風な顔の部下だけれども。
ピーターパンの本を何気ない顔で仕舞って、見上げたサムの病院の上に広がる青空。
「戻るぞ」とベンチから立ち上がりつつも、その空の向こうに見えた気がした。
Mの母船が舞い降りる日が。
シロエを乗せていたかもしれない、鯨が空から降りて来る日が。
いつか人類は、Mに敗れるだろうから。
命よりも大切だった本を守って、Mのシロエは空へと飛んで行ったのだから…。
此処に在る本・了
※ピーターパンの本が焼けずに残った理由は、コレだろうな、と前から思っているわけで…。
同じネタをシロエ側から書いているのが「宝物の本」というヤツ、短いですけどね。
(危険だ、あいつは…!)
ナスカに降ろしてたまるものか、とジョミーが引き摺り落とした船。
それに乗っていた男ごと。「知っている感じ」がする人間ごと。
真横を掠めて落ちたからして、「くたばったのか?」と確認に出掛けた操縦席。覗いたら空で、後ろで聞こえた呻き声。
しぶとく生存していた人類、身元を確かめなければならない。その目的も。
『お前は、何者だ…!』
答えろ、お前は何者だ…!
そう送った思念、男の意識が戻って来たから畳み掛けた。
「何処から来た」と「目的は何だ」と、「誰に命じられた」と。その答えは…。
(メンバーズ・エリート…)
『人類統合軍の犬というわけか。マザーの勅命でミュウを倒しに…!』
この野郎、と睨み付けた犬。「テメエ、ただではおかないからな」とばかりに闘志満々で。
ガチで勝負で、負けるつもりはまるで無かったジョミーだけれど…。
「えっと…? 此処は何処ですか?」
ぼくはいったい、と起き上がったのが野犬、いやいや人類統合軍の犬。
しきりに頭を振っている上、なんともボケている雰囲気。マザーの勅命は何処へ行ったか、その欠片すらも全く無い感じ。
(えっと…?)
なんだか変だ、とジョミーの方でも訊きたい気分。「どちら様ですか?」と。
綺麗サッパリ消えている敵意、さっきまでガンガンしていたのに。船がナスカに落ちる時まで、危険も敵意も満載だった筈なのに。
(いったい何があったんだ…?)
こいつ、とポカンと犬を眺めたジョミーだったけれど…。
犬の方でも、まるで分かっていなかった。自分が置かれた状況が。
墜落した時に頭をぶつけて、飛んでしまった記憶というヤツ。それはもう綺麗にサッパリと。
教育ステーションを卒業してからの十二年分ほどが、ものの見事に。
そんなわけだから…。
「ぼくは事故に…?」
遭ったんですか、と訊かれて唖然としたジョミー。事故も何も、と。
(…ぼくが墜落させたのに…!)
何も覚えていないのか、と観察した犬、本当に記憶が無いらしい。自分は消していないのに。
(……記憶喪失……)
きっと打ち所が悪かったんだな、と把握した人類統合軍の犬の現状。
そういうことなら、色々と役に立つかもしれない。なにしろ犬は記憶を失くして、リセット状態らしいから。…メンバーズになる寸前くらいで。
だったら、まずは信頼関係。其処が大切、これが今後を左右する筈。
もうとびきりの営業スマイル、そして右手を差し出した。
「落ちるのを見たから、救助に来たんだ。…君は?」
ぼくはジョミー・マーキス・シンだ、と名乗ったら。
「ありがとうございます。…キース・アニアンです」
E-1077に所属しています、と犬は友好的だった。記憶が飛んだ後だから。
マザーの勅命もミュウを倒すことも、何も覚えていなかったから。
其処へ折よくやって来たリオ、どうやらハーレイが寄越したらしい。「様子を見て来い」と。
丁度いいから、シャングリラに連れて行くことにしたキース、犬から昇格した男。
格納庫には長老たちが、「危険じゃ」と諫めに来たけれど…。
「はじめまして。…此処が皆さんの船ですか?」
こういう船は初めて見ます、と礼儀正しいのがキース。学生時代の終盤辺りにリセットだから、少しも大きくない態度。
「なんじゃ、こいつは?」
どうなっとるんじゃ、とゼルが指差すから、思念で説明したジョミー。「記憶喪失だ」と。
『今のキースは、メンバーズだが、メンバーズだったキースじゃない』
こちら次第でどうとでもなる、とニッと笑った。「何も覚えていないから」と。
『では、ソルジャー…。彼をどうすると?』
ハーレイが訊くから、「友達から始めてみようかと…」と思念で返答、キースを皆に紹介した。
「ナスカに墜落した客人だ。E-1077所属のキース・アニアン」
「キースです。…よろしくお願いします」
お世話になります、とキースがやったものだから、一気に和んだ場の雰囲気。本当にただの学生らしいと、少なくとも中身は学生だな、と。
「ようこそ、シャングリラへ。…私が船長のハーレイだ」
「わしは機関長のゼルじゃ」
「あたしは航海長のブラウさ。まあ、家だと思って寛いでくれれば…」
歓迎するよ、と迎えられてしまった、元は犬だったキース・アニアン。なりゆきだけで。
記憶がサッパリ消えているなら、役に立つ知識が満載なだけの学生だから。
そんなこんなで拾われたキース、学生時代はサムとも仲良くやっていた男。…不器用なりに。
彼から見ればジョミーは命の恩人なのだし、年だって近いわけだから…。
「…この船だけで生きているのか、君たちは?」
大変そうだな、とキースが同情したミュウの境遇。なんとも不自由そうなのだが、と。
「いや、慣れてしまえばそれほどでも…。済めば都とも言うからね」
それにナスカも多少は使える、と応じたジョミー。「ただ、問題が幾つか…」とも。
「問題…。それはテラフォーミングの関係か?」
上手くいかないのか、とキースが尋ねるから、「そっちはまだしも…」と濁した言葉。
「野菜だったら色々育つし、長い目で見ればいけると思う。だが…」
「何かあるのか?」
「出て行け、と言わんばかりの連中がいてね…」
我々の存在が邪魔らしいんだ、と切り出した核心、キースは「何故だ?」と驚いた。
「この船の他には、あの星だけしか無いんだろう? なのに出て行けと?」
「ああ。…よほど邪魔なんだろうな、ミュウというのが」
人類は、とフウとついた溜息、「そんなことは…」と顔を曇らせたキース。
「ぼくも、その…人類だというのに、君は救助をしてくれたわけで…」
きっと誤解があるのだろう、とキースの瞳にキリッと浮かんだ使命感。
人類の世界に戻った時には、自分が誤解を解いてみせると。命の恩人には礼をせねば、と。
「…それをやったら、君も大変だと思うんだが…」
いいんだろうか、と言いつつ、内心ホクホクのジョミー、「上手くいった」と。キースの方は、もう大真面目で、「任せてくれ」と拳を握った。
「まだ学生だが、いずれはメンバーズになるわけで…。その時は、必ず」
恩を返す、とガッチリ握手。「男と男の約束だ」と。
こうしてジョミーが友好を深めている間にも、色々と入る有益な情報。
キースは学生気分だけれども、本当はメンバーズ・エリートだから。おまけに心理防壁の訓練を受ける前の状態までリセットだから…。
(……読み放題……)
サムとマブダチだったことまで読み取れた。これはなんとも美味しい話。
(…サムは、ぼくと友達だったばかりに…)
悲しい結末になったけれども、サムの犠牲は無駄にはすまい。代わりにキースと友達になって、ミュウの未来をガッツリ掴もう、と決意したジョミー。
さりげない風で振った話題がサムの話で、キースは一気に食い付いた。
「そうだったのか、何処かで聞いた名前だとは思っていたんだが…」
君がサムの、と喜んだキース。「サムとは同級生なんだ」と。
「なんだ、君もサムと知り合いだったのか…!」
奇遇だよね、と叩き合った肩、ますます深くなった友情。
キースはすっかり「ミュウと友達」、たとえ記憶が戻ったとしても…。
(…これだけしっかり叩き込んでおけば…)
もう安心だ、とジョミーが弾いたソロバン、其処へ最強のミュウがやって来た。
何のはずみか、十五年もの長い眠りから覚めた先代の長で、ひょっこりと顔を覗かせて…。
「話の途中に申し訳ない。…お邪魔するよ」
ぼくも一緒にいいだろうか、と話に入って来たジジイ、いやソルジャー・ブルー。
見た目は若いし、キースは全く気にしなかった。「友達が一人増えた」という程度の認識。
ソルジャー・ブルーは何もかも、とうにお見通しの上に、巧みな話術。
キースはミュウの迫害の歴史と苦労話に滂沱の涙で、「きっと助ける」と約束した。
「今は一介の学生の身だが、君たちのためにも努力しよう」
まずはメンバーズで、必要とあらばパルテノン入りして、国家主席も目指すから、という誓い。
そしてソルジャー・ブルーはといえば…。
(…この男だったら、出来るだろうな…)
ジョミー以上に長生きしていて知識がある分、気付いたキースの生まれというヤツ。
機械が無から創った生命、フィシスと同じ身の上だ、と。人類の指導者候補なのだ、と。
(…そうとなったら、念には念を…)
記憶を取り戻した後も、ミュウとの友情も約束のことも忘れるなよ、とサックリとかけた強力な暗示。たとえ機械が干渉したって消せないレベルとクオリティで。
ダテに長生きしてはいないと、ソルジャー・ブルーを舐めるんじゃない、と。
かくして駄目押し、人類統合軍の犬だったキースは、根っからミュウ派になってしまった。
記憶喪失が治ったとしても、忘れはしないミュウとの友情、それに約束。
其処へ「アニアン少佐、聞こえますか!」と、彼の部下らしきミュウが来たものだから…。
「…キース、迎えが来たようだ」
其処まで送ろう、と申し出たジョミー。
「ありがとう。…今日まで世話になった」
約束のことは忘れないから、とキースはジョミーとしっかり握手で、ソルジャー・ブルーや長老たちとも握手で別れた。「感謝する」と。
そんなキースを、ジョミーがマツカの船まで送ったわけだから…。
「…アニアン少佐、どうしたんですか!?」
ぼくを覚えていないんですか、と頑張ったマツカ。なんとか記憶を取り戻させようと。
「あ、ああ…。マツカ、どうした?」
私は何を…、とキースの記憶は戻ったけれども、その後のことは推して知るべし。
男と男が交わした約束と熱い友情、それは有効だったから。
ソルジャー・ブルーが駄目押ししたせいで、グランド・マザーにも手出しは出来なかったから。
人類の指導者となるべき男が、ガッツリしっかり、ミュウ派な男。
これでメギドが出るわけがないし、ミュウとの全面戦争だってあるわけがなくて…。
さほどの時を置かない間に、ミュウは地球まで行ってしまった。
グランド・マザーもキッチリ止められ、人類とミュウはアッサリ和解。
だからナスカは滅びもしないで、シャングリラは幼稚園だった。
トォニィたちの急成長が無かったからして、なんとも賑やかな船の中。
ソルジャー・ブルーの青の間にまで、遠慮なく走り込む幼児。トォニィを筆頭に、ワイワイと。
ナキネズミの尻尾を掴んで振り回しながら、「グランパ、いる!?」と叫びながら…。
落とした記憶・了
※キースの打ち所が悪かったら…、と考えてしまったナスカ墜落。ヘルメット無しだから。
記憶喪失だと案外いいヤツだろうし、本当にこういうオチになりそう。打ち所って大切かも。
(…まただ…)
多分、とマツカがかざした右手。
さっき運ばれて来た、キースの昼食。「大佐のお食事をお持ちしました」と。
いつも通りに受け取ったけれど、感じた違和感。手にした途端に。
けれど顔には出さずに応えた、「ありがとう」と。
恐らく、彼は何も知らない。食事を運んで来ただけのことで。
(…あんな若い子に…)
秘密を漏らす筈がないから。それに知ったら、動けなくなってしまうだろうから。
「お食事が終わった頃に、また伺います」と敬礼して去って行った青年。
国家騎士団に配属されて間もない新人、そういった感じ。
他の者と食堂で食べたりはしない、キースのような上級士官。
彼らの部屋まで食事を届ける、それを仕事にしている青年。
緊張しながら配って回って、頃合いを見て下げにゆくのが任務の下っ端。
(…でも、彼が…)
この責任を負わされるんだ、とトレイの上から取った一皿。
見た目にはただのシチューだけれども、きっと一口、食べただけでも…。
誰が、と集中してゆくサイオン。
残留思念を追えはしないかと、いったい誰の仕業なのかと。
人類はサイオンを持たないけれども、ミュウと同じに思考する生き物。
だから思念の痕跡は残る。それをサイオンとは呼ばないだけで。
(……薬……)
これは薬だ、と言い聞かせている誰かの心。
薬なのだから、問題無いと。
アニアン大佐の健康のためを思ってしていることなのだから、と。
その裏側に隠れた冷笑。
これで大佐も、さぞお元気に…、と。
日頃の激務をすっかり忘れて、リラックスなさることだろうと。…永遠に。
(……誰?)
誰の思いだ、と読み取ろうと捉えかけたのに。
被さって来たのが別の心で、そちらは明らかに好意。
「お出しする前に、冷めないように」と気遣う心。
もう一度、温めておくのがいいと。
鍋に戻せはしないけれども、このままで少し温めようと。
消えてしまった不穏な思念。
キースを「永遠に」眠らせる薬、それを入れたのは誰なのか。
厨房の者か、あるいは「水をくれないか?」と入って行った誰かか。
階級がかなり上の者でも、その口実なら入れるから。
まるで気まぐれ、たった今、思い付いたかのように。
何処かへ移動してゆく途中で、突然に喉が渇いたから、と。
(…厨房だったら、水をくれって言って入っても…)
言葉そのままに、水を渡しはしないから。
「本当に水でよろしいのですか?」と確認の言葉、「コーヒーでもお淹れしましょうか?」と。
それを承知で入ってゆくのが、自分の都合で動く者たち。
「ああ、頼む」と鷹揚に構えて、コーヒーが入るまでの間は…。
(…誰に遠慮もしないから…)
興味があるなら、鍋だって開ける。「これは何だ?」と。
並んだトレイを眺めだってする、「今日の食事はこれなのか」と。
トレイには名札が添えてあるから、簡単に分かることだろう。
どれがキースの食事なのかも、毒を入れるのに適した品も。
(…そういうことも…)
きっとあるんだ、と見詰めるシチュー。
自分がミュウでなかったならば、ただの人類だったなら…。
(…何も知らずに、キースに渡して…)
キースの方も、「ご苦労」とさえも言わずに受け取る。
彼はそういう人だから。
心では「ご苦労」と思っていたって、けして言葉にしない人。
もちろん顔にも出しはしないし、部下を労うことなどはしない。
けれど、充分、伝わる思い。
キースの心は読めないけれども、「ご苦労」と彼が思ったことは。
(そうやって、ぼくから受け取った後は…)
仕事でもしながら、黙々と食べてゆくのだろう。
毒が入っているかどうかも、きっと考えさえせずに。…調べさえせずに。
(…何度も、何度も…)
暗殺計画が立案されては、キースを襲って来たというのに。
この瞬間にも誰かが何処かで、次の計画を練っているかもしれないのに。
(不死身のキース…)
いつの間にやら、キースについていた渾名。
戦場でついた渾名だけれども、今では更に高まったその名。
襲撃も爆破も、命を奪えはしなかったから。
彼を狙って発砲したって、一発も当たりはしなかったから。
(…それでも、懲りずに…)
こうして毒を入れる者たち。
それが一番手っ取り早くて、リスクも低いものだから。
毒入りシチューでキースが死んだら、真っ先に疑われる者は…。
(さっきの青年…)
最後にトレイに触れた者だし、彼が届けに来たのだから。「お食事をお持ちしました」と。
キースの部屋まで、「アニアン大佐に」と、毒入りシチューを載せたトレイを。
(…本当は、最後に触れたのは…)
受け取ってキースに手渡した者は、自分だけれど。
ジョナ・マツカという名の側近だけれど、側近を疑う者などはいない。
長い年月、キースに黙々と仕え続けて此処にいるから。
ジルベスター星系以来の部下だし、キースが自分で選んだ側近なのだから。
その側近が一番危険なのだと、いったい誰が気付くだろう?
最初にキースの命を狙った、多分、そういう人間が自分。
ミュウを人間と呼ぶかはともかく、人類と一緒に扱っていいかは別にしたなら。
(…あの頃のキースは、メンバーズだったというだけで…)
今ほどに敵は作っていないし、きっと暗殺計画も無い。
冷徹無比な破壊兵器の異名を取っていたって、キース個人を恨むような者は…。
(戦場で根こそぎ消されてしまって、キースの側へは…)
きっと来られなかった筈。命を失くせば、キースを殺せはしないから。
そんな頃にキースと出会った自分。
身を守ろうとして、キースの命を奪おうとして…。
(…失敗して、殺される筈だったのに…)
キースに命を救われたから、今日まで彼について来た。
こうしてミュウの力を使って、何度もキースを守りながら。
ミュウの母船から逃げ出したキース、彼をサイオン・シールドで包んで救ったのが最初。
(…ミュウたちから見れば、裏切り者で…)
それ以外の者ではないだろうけれど、それが罪でも、守りたいキース。
彼の命を救ったせいで、ミュウの血がまた流されても。
此処でキースが死んでいたなら、何人ものミュウが助かるとしても。
(…あの人は、死に場所を探してるんだ…)
どういうわけだか、そんな気がする。
誰よりも強い心を持つ筈のキース、彼は死に場所を求めていると。
その時がいつ訪れようとも、きっと悔やみはしないのだろう。
だから、キースは気にも留めない。
渡された食事のトレイに誰かが毒を盛ろうが、毒入りシチューを届けられようが。
何も心に留めはしないで、毒入りシチューを食べるだけ。
スプーンで掬って、口に運んで、それで命を失おうとも…。
(…キースは、きっと困りもしない…)
その時が今やって来たか、と血を吐いて倒れ伏すだけで。
助けを呼ぼうとしさえしないで、一人きりで死んでゆくのだろう。
「これで終わりだ」と、遠い日にメギドでミュウの長に告げていた言葉。
赤い瞳を打ち砕いた弾、それを撃った時のキースの言葉。
それをそのまま、自分自身に向けるのだろう。
「これで終わりだ」と、「全て終わった」と。
きっと言葉に出しはしないで、毒で薄れゆく意識の底で、彼の心の中だけで。
「ご苦労」と口にしないのと同じに、自分だけで一人、納得して。
(…そんな、あなただから…)
ぼくはあなたを殺せないんだ、と見詰めるシチュー。
これをキースに運んで行ったら、何人ものミュウを救えるだろうに。
キースを殺した犯人だって、トレイを運んで来た青年。
きっとそういうことになるから、自分の身には及ばない危険。
「今度のことでは大変だったな」と、セルジュたちだって言うのだろう。
これから先はどうするつもりかと、新しい部署を用意しようかと。
(…そうなった時は、何処か、適当に希望を出して…)
其処に配属されるまでの間に、何日か貰えるだろう休暇。
それを使ってノアを離れれば、ミュウの母船へ行くことが出来る。
国家騎士団の中に隠れていたから、山のような機密を手土産に持って。
キースの側近だったからこそ得られた情報、国家騎士団や人類軍に纏わるデータ。
土産を山と持って行ったら、きっと不問に付されるのだろう。
ジルベスターからキースを救って逃げ出したことも、ミュウの長を見殺しにしたことさえも。
(…そのまま、モビー・ディックに隠れて…)
彼らと地球を目指せるのだろう、請われるままにアドバイスをして。
人類軍と国家騎士団、その艦隊とどう戦うべきかを。
けれど、選べはしない道。…選びたいとも思わない道。
キースを守って此処にいようと、とうに心に決めているから。
「役に立つ化け物」と呼ばれていようが、自分はそれでかまわないから。
(…裏切り者でも、化け物でも…)
ぼくがあなたを死なせない、と手にした毒入りシチューの皿。
これはキースに渡せないから、後で自分が処理するだけ。
この執務室に付属のキッチン、いつものように其処へ流して。
何事も無かったように皿を洗って、トレイに戻しておくだけのこと。
(不死身のキース…)
また伝説が一つ増えるけれども、それもキースの実力の内。
ミュウの自分を飼っていることも、裏切られないで心を掴んでいることも。
食事が一品、欠けてしまった食事のトレイ。
それをキースの執務室へと運んでゆく。
扉を軽くノックして。
「遅くなりました」と、「よろけて、シチューを駄目にしました。すみません」と。
「かまわん」と背を向けたままでいるキース。
本当にきっと、彼はどうでもいいのだろう。
シチューが消えた理由など。
毒入りだろうが、間抜けな部下がヘマをして駄目にしてしまおうが。
(あなたが、そういう人だから…)
此処にいなければ駄目だと思う。
裏切り者でも、化け物でも。
「ご苦労」とさえ言って貰えなくても、これが自分の生き方だから…。
守りたい人・了
※「ぼくが毒を盛っているかもしれませんよ?」というのがマツカの台詞なわけで。
誰かが毒を盛ったからこそ、こういう台詞になるんだよな、と。きっと日常茶飯事な世界。
(えーっと…?)
まさか此処まで仰々しいとは、とブルーが眺めてしまった衣装。ソルジャー用の。
シャングリラの改造が無事に済んだら、今度は制服の案が出て来た。言い出しっぺは誰か忘れたけれども、乗り気になったのが船の仲間たち。ついでに長老のヒルマンやエラも。
(…みんな同じデザインだと思ったから…)
いいだろう、と答えたことは覚えている。仕事の時には誰もが制服、寛ぐ時には私服だろう、と考えたから。日々の暮らしにメリハリがつくし、悪くはないと。
ところがどっこい、甘かったのがブルーの考え。
(誰も、公私の切り替えなんて…)
まるで頭に無かったらしい。船の中が世界の全てなのだし、公私のけじめは無いも同然。食事をするのも皆で食堂、休憩するなら休憩室。個人の部屋には寝に帰るだけ。
つまりは寝る時だけが個人の時間で、そういう意識もイマイチ無かった。ミュウは思念で会話が出来るし、個人の部屋に戻った後にも壁越しに話が出来る生き物。
(壁に耳あり障子に目あり…)
そんな感じで、まるっと筒抜け。「覗こう」という気になりさえすれば。覗かれる方でも、殆ど気にしていない状態。「流石にトイレは覗かないだろう」という程度の意識。
(…そのトイレだって…)
思い立ったら、個室からでも思念波で喋りまくるのがミュウ。
女性は控えているようだけれど、男性の方は遠慮が無かった。「誰か、紙をくれ!」と思念波が飛んで来るのは日常茶飯事、酷い場合は「じきに出るから、席、取っといてくれ!」。
取っておいてくれ、と個室から叫ぶ席取り、食堂だから始末が悪い。デリカシーも何も、それが個室から言うことかと。時によっては「もうちょっとかかる」だったりするのだから。
シャングリラはそういう船だったから、制服を作ると決まった途端に「楽でいい」という方向へ転がったのが仲間たち。コーディネートを気にしなくていいし、制服と寝間着でオッケーな日々。
(…寝間着でコンビニ、家ではジャージ…)
遠い昔に、地球の島国、日本とやらで、大手を振ってまかり通っていた生活。
そう聞かされても「コンビニにジャージ?」と首を傾げるしかなかったけれども、その日本では楽な生き方でライフスタイル。寝間着でコンビニ、家ではジャージが。
それと同じに楽なのがいい、とシャングリラの仲間が飛び付いたものが制服だった。昼は制服、夜は寝間着があればオッケー、と。要は制服がジャージ感覚。
なんだかサッパリ分からないままに、「そういうものか…」と頷いた自分。
仲間たちにはシャングリラが世界の全てだからして、公私のけじめがどうこう言うより、気楽な船がいいのだろうと。
「寝間着でコンビニ、家ではジャージ」は謎だけれども、恐らくはアットホームな雰囲気。来る日も来る日も同じ面子で暮らす船だし、制服でピシッとキメるよりかは…。
(…アットホームに、家ではジャージ…)
このシャングリラを家だと思って、制服を着てジャージな世界。きっとそっちが素敵だろうし、船の仲間たちも喜ぶだろう、と。
かくして決まった制服なるもの、早い話がシャングリラのジャージ。それさえ着たなら、立派に通路を歩ける代物、コンビニにだって出掛けてゆける。
シャングリラにコンビニは無いけれど。…スーパーだって無いのだけれども、寝間着でも行ける場所だと言うなら、ジャージだったら無問題。
(…何処へ行くにも、きちんと正装…)
そういう扱いになるのが制服、本当の所はジャージでも。着ている仲間の感覚としては、自宅で寛ぐための服でも。
(…ジャージというのは知らなかったが…)
皆が着たいなら、反対する理由は何も無い。船での暮らしが楽になるなら、アットホームな船になるのなら。
せっかく素晴らしい船が出来たし、同じ船なら「我が家」がいいに決まっている。遠い昔から、「住めば都」とか、「狭いながらも楽しい我が家」と言うそうだから。
(…ジャージと言われても、ぼくにはサッパリ分からないから…)
任せる、と言った制服のデザイン。
素人の自分が口を出すより、プロに任せた方がいい。なまじ肩書きがソルジャーなだけに、口を出したらマズイから。ジャージが何かも分からないのに、何も言うべきではないだろうから。
(…どういう服かも謎なんだし…)
こうした方が、と言ったばかりに、「ソルジャーの御意志だ」と着心地の悪い制服が出来たら、本末転倒。楽に着られるジャージが台無し、皆もガッカリだろうから。
そう思ったから、放置プレイを決め込んだ。制服の件で何を訊かれても、「任せる」とだけ。
出来てくるのはジャージなのだし、着心地はいいに決まっているから。それさえ着たなら、船の何処でも堂々と歩いてゆけるのだから。
その内に決まったらしいデザイン、その段階でも放置した。素人なソルジャーの鶴の一声、何かウッカリ言おうものなら振り出しに戻りそうだから。「やり直しだ」と。
(…放っておいたのは、ぼくなんだが…)
自業自得と言うんだが、と溜息しか出ない届いた制服。
「ソルジャーの制服はこちらになります」と、係の者が自身たっぷりに運んで来た。ソルジャー専用の部屋になっている青の間へ。「きっとお似合いになりますよ」と。
(…あの時点で気付くべきだった…)
皆と揃いのジャージだったら、似合うも何もないということに。誰でも同じデザインだから。
「ちょっと捻ってあるのだろうか」とチラと思って、「ありがとう」と受け取っておいた制服。同じジャージでも、他の仲間とは色合いを変えてあるだとか。線が一本多いだとか。
その程度だろうと決めてかかった制服、係の者が去って行った後でケースを開けたら…。
(…マントに、ブーツに…)
おまけに手袋、どう考えてもジャージではない。「寝間着でコンビニ、家ではジャージ」、その精神とはかけ離れたもの。
いくらなんでも、自宅でマントは無いだろうから。手袋だって有り得ないから。
失敗した、と悟った敗北。
ジャージな制服の仲間はともかく、自分は明らかにババを引かされたクチで、貧乏クジ。
きっとソルジャーだからだろう。口出ししたなら、ジャージのデザインも変わってしまいそうな立ち位置、それがソルジャー。なんだかんだで「船で一番偉い人」。
それに相応しくデザインされたのがマントや手袋、ブーツに仰々しい上着。
(…ぼくだけが仲間外れなのか!?)
仲間たちはジャージな制服なのに。思念で軽く船を探ったら、既に制服を着ている仲間が大勢。
「これは楽でいい」などと言いながら。「何処へ行くのも、これでオッケーなんだよな?」と。
男性はもちろん、女性も着ている揃いの制服。男性用と女性用、その二種類だけ。
(…ぼくだけがババだ…)
やられたんだ、と気付いたけれども、時既に遅し。「任せる」と言った自分が悪い。
さりとて大仰すぎる制服、何処から見たって「ジャージ」からは遠い代物なのだから…。
『ハーレイ!!』
なんでもいいからサッサと来い、という勢いで飛ばした思念。
船の責任者はキャプテンなのだし、幸か不幸か自分の右腕。当たり散らすなら妥当な人材、この際、アレに八つ当たりだと。…他の仲間を怒鳴れない分、アレに向かってブチ切れてやる、と。
そうしたら…。
「お呼びでしょうか?」
何か御用でも、と駆け付けたキャプテン、彼の制服は振るっていた。他の仲間とはデザインからして別物な感じ、色も違えば形も違う。それにマントで肩章まで。
(…同士発見…!)
こいつもババだ、と直感したから、零れた笑み。「…なんだ、君もか」と。
「君もそういう制服なのか…。ぼくだけなのかと思ったよ」
強烈なのは、と衣装ケースの中を指差したら、「お召しにならないのですか?」という返事。
「見た目はともかく、着やすいですよ。…これが意外に」
「寝間着でコンビニ、家ではジャージ」とは、よく言ったもので…、と笑顔のキャプテン。肩章までがついた制服、それが案外、着やすいらしい。今までの適当な服に比べて。
「…そうなのかい?」
そんな風には見えないけれど、と上着を引っ張り出して眺めていたら。
「お手伝いしますから、お召し下さい。デザイン係の自信作だそうで…」
寝間着でコンビニも兼ねたそうです、と着せ付けられたソルジャーの制服。他の仲間たちが着ている制服、それにプラスして上着でマントで、手袋なブツ。
ついでにブーツもセットなわけで、なんとも御大層な衣装だけれど…。
(…おや?)
本当に軽い、と思った制服。これを着せられる前に着ていた服が、やたら面倒に思えるほどに。あっちの方が厄介なのでは、と感じたほどに。
「…如何ですか?」
それは着たまま寝られますよ、とハーレイは自信満々だった。「寝間着でコンビニ、その精神でデザインされた服ですから」と。
曰く、「寝間着でコンビニ、家ではジャージ」が皆の制服のコンセプト。
同じ制服を作るのだったら、欲張りに。寝間着もジャージも兼ねるヤツをと、それ一着で両方に使える制服がいい、と。
「…この服のままで寝られると?」
マントにブーツに手袋付きで、と確認したら。いくらなんでも、ブーツに手袋、マントくらいは外すのだろうと思ったら…。
「ご安心下さい。全部そのままでお休みになれる仕様です」
仲間たちの制服と同じですよ、という太鼓判。ソルジャーだけに立派なデザインだけれど、服のコンセプトは同じだと。「寝間着でコンビニ、家ではジャージ」の精神だと。
つまりはマントもブーツも手袋だって、着けたままで楽々と眠れるデザイン。眠って起きたら、そのまま寝起きでコンビニにだって行ける逸品。それがソルジャーの制服らしいから…。
「…なるほどねえ…」
これがそうか、とベッドにゴロンと転がってみたら、納得の出来。マントもブーツも、まるっと寝間着のような感覚。下手な寝間着より、よっぽど快適な出来だったから…。
「素晴らしい制服をありがとう」と御礼を言う羽目に陥った。八つ当たりの代わりに、真面目に御礼。「ジャージが何かは知らないけれども、いいものだね」と。
ソルジャーの制服は立派過ぎても、正体はジャージそのものだった。寝間着でコンビニ、そんなズボラな精神までをも兼ね備えたブツ。
シャングリラの制服はどれも同じで、船の中なら何処でも「我が家」なミュウの仲間たち。
そんなわけだから、誰もが愛用した制服。「もう寝間着だって要らないや」と。寝るためだけに着替えているより、制服の方がよっぽど楽だ、と。
船中がその精神なのだし、誰だって染まる。楽な方へと流れたがるのが人間だから。
「寝間着でコンビニ、家ではジャージ」な制服があれば、制服一択。みんな揃って制服ライフ。
やがて船から寝間着は無くなり、頂点に立つソルジャーまでもが…。
(寝る時もこれに限るんだよ)
明日も起きたらこのままでいいし、と制服のままで寝ることになった。それが一番楽だから。
ブーツまで履いたままでいたって、下手な寝間着より楽だったから。
そんなわけだから、後にブルーが十五年もの長い眠りに就いても、寝間着が出ては来なかった。
ソルジャー・ブルーが好きな寝間着は、例の制服だったから。
マントにブーツに手袋つきでも、「寝間着でコンビニ、家ではジャージ」。
どんな寝間着より楽に寝られて、リラックスできるブツだから。
いつ目覚めたって「寝間着でコンビニ」、そのまま通路を歩いてオッケーなのだから…。
ソルジャーの制服・了
※なんでブルーはソルジャーの服で寝てるんだ、と放映当時から思ってました。見る度に。
深い理由があるんだろう、と考えてたのに、こうなったオチ。…これもアリかも?
(なんだかさあ…)
凄いんだよね、とジョミーが毎回、思うこと。
ミュウの母船なシャングリラとやらに連れて来られて、今や無理やりソルジャー候補。
でもって、顔を出さねばならないブリッジ、其処に入って見回す度に。
とある人物が座っている席、それが目の端を掠める度に。
(……短すぎない?)
あのスカート丈、と眺めてしまうヤエの制服。
丸い眼鏡がトレードマークのヤエだけれども、そんなモノより気になるスカート。
ミュウの船では誰もが制服、男性も女性も制服しかお目にかからない。私服は多分、フィシスとアルフレートくらいだろう。似た服装を他に見掛けないから。
キャプテンもソルジャーも長老たちも、きっとそれなりに制服な筈。
それは納得したものの…。
(なんでヤエだけ…)
生足なんだろ、と思ってしまう、短すぎるスカートから覗く足。
他の女性は全員、タイツを着用だった。女性の服には詳しくないから、スパッツだとかレギンスなのかもしれないけれど。
とはいえ、タイツだろうがスパッツだろうが、レギンスだろうが、足は隠れる。まるっと隠れて見えないのが肌、透視でもしない限りは無理。
(…透視も出来ない仕様かもね?)
試したことは無かったけれども、なにしろミュウの船だから。
その気になったら透視が出来る人材多数で、服だって透視しかねない。スケベな男が船に紛れていたら、だけれど。
だから素材にも気を配りそうなミュウたちの制服、特に女性は。
間違っても下着を見られないよう、細心の注意を払っていそうな船なのに…。
配慮たっぷりな女性の制服、それに真っ向から挑むのがヤエ。
いつ見ても短すぎるスカート、きっと屈んだらパンツが見えるに違いない。屈まなくても何かのはずみで見えそうなパンツ、どう考えてもスレスレだから。
(…立ってるトコ、滅多に見ないけど…)
自信満々で立っているヤエ、そのスカートは非常に短い。何処から見たってスレスレなライン、あとほんの少し短かったらパンツが覗くスカート丈。
あまりにも微妙なラインだからして、当然、ブリッジで座っていたら…。
(…目のやり場ってヤツに困るんだよね…)
ウッカリ正面に回り込んだら、その時にヤエが踏ん張っていたら。…そう、両方の足を。
彼女は非常に男前な性格、何かと言ったら踏ん張る両足。おしとやかに足を揃えて斜めに座ればいいと思うのに、足をドカンと開いたままで。
彼女の前にはモニター画面もあるのだけれども、それは彼女の足を隠しはしないから…。
(……パンツ、丸見え……)
初めて現場に出くわした時は、目を剥いた。「あれは、パンツと言うんじゃあ?」と。
それは潔く見えていたパンツ、ヤエの両足の間にバンッ! と。
「このパンツ様に文句があるか」と、そうでなければ「このパンツ様が目に入らぬか」。
そういう感じで堂々とパンツ、ヤエは隠しもしなかった。
少年とはいえ、男の自分が前を通ってゆくというのに。足を広げて座っていたなら、スカートの下の「おパンツ様」が丸見えなのに。
なんて人だ、と度肝を抜かれたパンツな一撃、パンチではなくてパンツな一発。
マトモに食らって受けた衝撃、「どうしてパンツ」と、「なんで生足?」と。
ヤエがタイツを履いていたなら、パンツは見えはしないから。
スパッツだろうがレギンスだろうが、女性用の制服に足を隠すモノはあるのだから。
けれど、凄すぎた「おパンツ様」。
うっかりチラリなら、まだ分かるけれど、御開帳とも言っていいほどの「足を開いて」丸見えなパンツ。普通だったら有り得ない。
だから、一瞬、目を剥いたけれど、「勘違い」だと考えた。
育英都市とは縁が薄いものの、フィギュアスケーターという職業の女性。そういうプロの女性が華麗にリンクを滑る映像、そっちの方なら何度も見ていた。「あんな世界もあるんだな」と。
彼女たちの衣装は実に大胆、肌の露出が凄いけれども…。
(あれって、見た目だけっていうヤツなんだよね…)
厳しい規則があると言うのか、それともスケートリンクの気温が低いからだろうか。
露出が凄いと見せかけておいて、実の所は肌色の衣装だったりする。手足をまるっと覆う肌色、場合によってはスケート靴まで。
ヤエの足だって、それだと思った。
おパンツ様から覗く両足、生足に見えてホントはタイツ、と。
なのに…。
タイツだよね、と眺めた足は、思いっ切りの生足だった。
アタラクシアの家で母が履いていたような、ストッキングさえ無い有様。肌色の部分はキッパリ生肌、そういう言葉があるのなら。
足が綺麗に生足だったら、パンツも当然、本音でパンツ。…きっと。
フィギュアスケーターの女性の服なら、パンツも衣装の一部なのに。タイツとセットで。
(…あれって、パンツ…)
真面目にパンツ、と思わず見てしまったわけで、お蔭でしっかり理解した。見せパンツですらも無いことを。凝ったフリルがついているとか、レースとかではなかったから。
男前の極みな飾り無しのパンツ、実用本位としか言えないパンツ。
(……テニスの人なら、見えても可愛いパンツだから……)
ファッション用語には疎いけれども、テニス選手の女性が履くのは「見えてもオッケー」という仕様。やたらゴージャスにフリルだったり、オシャレだったり。
けれどもヤエのパンツはと言えば、そんな気配さえ無いわけだから…。
本物のパンツ、と唖然呆然、其処へ「なにか?」と射るような視線。
おパンツ様の持ち主のヤエが、眼鏡の向こうからガン見していた。目を丸くしたままで、ヤエのパンツを見ていた自分を。
「アンタ、文句があるわけ?」と。
「私のパンツに文句があるなら、アンタが消えたらいいじゃないの」と。
それは恐ろしかったのが視線、「すみませんでした!」とばかりにダッシュで逃げた。
「パンツを拝んでごめんなさい」と、「本当に、ぼくが悪かったです」と。
きっとヤエには、あのスタイルがデフォだから。
ブリッジで足を踏ん張った時は、燦然と輝く「おパンツ様」。
その光景に文句があるなら此処に来るなと、「私の前に立つんじゃねえ!」と。
もう本当に怖かったから、それ以来、ヤエの前を通る時にはガクガクブルブル。
間違ってもパンツを見ませんようにと、ヤエが両足を踏ん張っていたら、そっちを向くなと。
(…あれから長く経つんだけれど…)
ブリッジクルーは、誰も気にしていないらしい。ヤエの股間の「おパンツ様」の方はもちろん、激しく短いスカート丈も。
ヤエがキリッと立っていようが、足を踏ん張って座っていようが、挙動不審な人間はゼロ。
早い話が「普通の光景」、おパンツ様でも気に留めないのがブリッジクルー。
いつ目にしたって、ヤエの両足は生足なのに。
足をガバッと開いて踏ん張っていたら、おパンツ様が丸見えなのに。
(キムも、ハロルドも…)
やたらと口うるさそうなゼルも、厳格そうなキャプテンだって、スルーしているヤエの生足。
ついでに「おパンツ様」もスルーで、「足を閉じろ」と注意もしない。
(…あそこまで行ったら、凄すぎて…)
チラリズムも何も無いんだけどね、と思うけれども、気になるヤエの「おパンツ様」。
その原因のスカート丈だって、どうにも気になるものだから…。
「えーっと…。ブルー…?」
ちょっと訊いてもいいでしょうか、と思い切って訊いてみることにした。
青の間のベッドに横たわる人に、シャングリラのトップなソルジャー・ブルーに。
「…なんだい?」
サイオン訓練のことだろうか、と赤い瞳が瞬きするから、「すみません…」と謝った。
生憎、そんな高尚な質問ではなくて、モノが「おパンツ様」だから。ヤエのスカート丈だから。
「えっとですね…。前から気になっていたんですけど…」
どうしてヤエのスカートだけが、と単刀直入、「短いのには理由があるんですか?」と。
あるのだったら教えて欲しい、と赤い瞳を見詰めたら…。
「…ヤエのスカートねえ…」
ずいぶんと古い話になるが、とブルーは昔語りを始めた。
「これはヤエが若かった頃の話で」と、「今も姿は若いけどね」と。
まだヤエの年齢が外見と一致していた若き日、シャングリラは今より弛んでいた。
制服はきちんとあったけれども、改造が流行っていた時代。若人の間で、それは色々と。
「…長いスカートが流行る時やら、短い時やら、もうコロコロと変わってねえ…」
男の方だとそれほど目立たなかったけれどね、とブルーが瞬きしているからには、男性だって、多分、改造したのだろう。…何らかの形で、制服を。
けれども、分かりやすいのが女性。スカート丈がグンと伸びたり、縮んだりと。
その状態にキレたのが「風紀の鬼」と呼ばれたエラ女史、ついでにゼル。
二人が船中に出した通達、「制服の改造はまかりならぬ」という代物。
そしてギリギリの丈に縮めたスカート丈。今の女性の制服がソレで、強制されたタイツの着用。
丁度、短くするのが流行っていた時期だったから。
「こんなに短くしてやったのだし、文句を言うな」という姿勢。
パンツが見えては困るのだったら、タイツを履いてカバーすべし、と。
「…それでタイツが出来たんですか…」
スカートも短くなったんですね、と頷いたけれど、それならヤエの生足は…?
いったい何故、と思うまでもなく、ブルーは疑問の答えをくれた。
「ヤエは当時から男前でねえ…。今もだけれど…。だから…」
短いスカート丈も上等、履いてやろう、と颯爽と生足でデビューした次第。
他の女性たちが「タイツを履いても、見えそうよね…」と、恥じらったりもしたスカート丈を、まるで全く気にも留めずに。
「こういうスカート丈の服だし、パンツは見えて当然だから」と。
そしてブリッジでもドカンと座った、いつもの自分のポジションに。
お上品に足を揃えるどころか、大股開きで、男前に。
「…じゃ、じゃあ…。あのヤエの服は…」
本当に生足で、本物のパンツだったんですか、と震える声で確認したら、「そうだ」と重々しい返事。「ヤエはそういうスタンスだから」と、「ヤエのカラーだと思いたまえ」と。
かくして謎は解けたけれども、余計に意識するパンツ。それに生足。
(……男前なのは分かるけど……)
アレはやっぱりどうかと思う、と溜息を漏らすジョミーの考え、それは間違ってはいなかった。
惜しげもなく晒されたヤエの生足、燦然と輝く「おパンツ様」。
うっかりチラリならマシだけれども、いつでも全開、色気も何も無いものだから…。
後に人類との本格的な戦闘の最中、ヤエは格納庫で泣くことになる。
トォニィが乗る機体の調整、それをしていた時のこと。
「あいつら、青春してんじゃん…」とヤエが眺める先に、トォニィ。それにアルテラ。
トォニィにちょっかいをかけに来たアルテラ、追い払おうとするトォニィ。
何処から見たって似合いの二人で、ヤエにだって分かる「いい雰囲気」。
だからガックリ項垂れて泣いた、もう目の幅の涙を流して。
「…私だって、若さを保って八十二年…。何がいけないの、何が…」
何が、と泣きの涙のヤエには、未だに分かっていなかった。
短すぎるスカートから覗く生足、それに「おパンツ様」のせいだと。
男前は大いに結構だけれど、肝心の男はそれでドン引き、けして近付いては来ないことなど。
何かのはずみにチラリとは、まるで違うから。
「おパンツ様」では、色気も見事に飛んでしまって、目のやり場に困るだけなのだから…。
ヤエのスカート・了
※シャングリラの女性たちが着ている制服。どういうわけだか、タイツ無しのヤエ。
当時から不思議に思ってましたが、ネタになる日が来るとは予想もしませんでした…。
東北応援な大河ドラマが「八重の桜」だから、熊本応援に「ヤエのスカート」。
馬鹿ネタですけど。