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(……マザー・イライザ……)
 あの姿は正しかったのだろうか、とキースの心を掠める疑問。
 E-1077を処分してから、もうどのくらい経ったことだろう。
 「やめて!」と叫ぶマザー・イライザを無視して、全てを闇に葬った日から。
 今はとっくにノアに戻って、一日の任務を終えた後の夜。
 側近のマツカも下がらせたから、部屋には自分一人しかいない。
 冷めかけたコーヒーを傾けていて、ふと思い出した。
 遠い昔に、E-1077で、嘲るように言われた言葉を。
(…アンドロイドじゃねえのか、と…)
 口にしていた候補生。
 今でも顔が、鮮やかに目に浮かぶよう。
 「キース・アニアンの前に現れる」マザー・イライザは、その姿だろうと嗤った彼。
 過去の記憶を持っていないことや、「機械の申し子」と呼ばれる頭脳を詰るかのように。
(あの時は、気にも留めなかったが…)
 もしかしたら、と今、気付かされた。
 「あれは真実だったろうか」と。
 自分が「見ていた」マザー・イライザ、その姿は「アンドロイド」であったろうか、と。
(……ミュウの女……)
 フロア001で、「キース」の向かいに並んでいた水槽。
 それに収められたサンプルの「女性」、どれも「ミュウの女」にそっくりだった。
 ミュウたちの母船、モビー・ディックに捕らえられた時、出会った女に。
(…マザー・イライザかと思ったくらいに…)
 あの女は、「マザー・イライザ」に似ていた。
 それはそうだろう、「キース」は長年、「サンプル」を見て育ったのだから。
 強化ガラスの水槽の中から「見ていたもの」は、あのサンプルたち。
(…見る者が、親しみを覚える姿で…)
 現れるのが「マザー・イライザ」ならば、自然とそうなる。
 「キース」が「知っていた」女性は、他には誰もいなかっただけに。


 フロア001に立っていた時、微かに「過去」の記憶が戻った。
 水槽の中に浮かんで、ガラスの向こうの研究者たちを「見ていた」記憶。
 女性の研究者も混じっていたのだけれども、彼らは常にいたわけではない。
 一日に何度か、あるいは数日に一度だったのか、「キース」を確認しに来ただけ。
 生育状況やら、他の様々なデータなどを。
(…そんな連中の顔よりは…)
 たとえ息絶えた「サンプル」だろうと、「ミュウの女」を憶えるだろう。
 これが「一番、近しい者」だと、脳が記憶することだろう。
 その結果として、マザー・イライザの姿は「ミュウの女」に似た。
 「キース」が親しみを覚える姿を取るのなら、それが相応しいから。
 ただ……。
(…私が見ていた、マザー・イライザは…)
 いつも黒い色のロングドレスを身に着け、床に届くほどに長い黒髪。
 「ミュウの女」は金髪だった所を、まるで違っていた髪の色。
(…私の目に映るマザー・イライザは、アンドロイドだろうと…)
 候補生の一人が詰っていた時、彼らの話題は何だったか。
 マザー・イライザについての話だったけれど、彼らが「見ていた」マザー・イライザは…。
(故郷の母やら、恋人やらに似ていると…)
 そうして「現れた」マザー・イライザは、どれも「黒髪」だったのだろうか。
 どのイライザも、同じに「黒いロングドレス」を着ていたろうか…?
(……母親の姿ならば、ともかく……)
 年若い「恋人」の姿を取るのに、あのドレスは「似合いの服」なのだろうか…?
 とても似合うとは思えないだけに、「違う」と否定する心。
 「故郷の母」の姿を真似る時にも、きっと服まで真似たのだろう。
 その候補生を育てた母親、「彼女」が好んでいただろう服。
 それまで「そっくり真似ない」ことには、「こうではない」と拒絶されるだけ。
 親しみを覚えて貰うどころか、逆に嫌われさえしただろう。
 そうならないよう、マザー・イライザは注意を払っていた筈。
 そして「キース」の瞳に映っていた、「マザー・イライザ」は…。


(…ミュウの女に似ていた姿で、コンピューターの映像らしく…)
 頭の部分に「機械の端末」らしき「何か」を着けていた。
 両耳を覆って、それらを繋ぐコードかアンテナのように、頭の上にあった半円形の輪。
 「誰のマザー・イライザ」にも、あの不思議な「機械」は付いていたのだろうか?
 機械の映像めいて見えた「それ」を、マザー・イライザは常に伴って現れたろうか…?
(…母親や、恋人の頭などに…)
 あんな「機械」が付いていたなら、誰も親しみを覚えはしない。
 「これは機械だ」と、「マザー・イライザの幻影なのだ」と、強く認識するだけで。
 それでは「マザー・イライザ」は、「役目」を果たせはしない。
 候補生たちの「心」の奥深くにまで入れはしないし、彼らを導くことも出来ない。
 彼らが「心」を許さない限り、操れはしない深層心理。
 記憶処理などは可能であっても、「心」を解きほぐすことは出来ない。
 深く、深く「入り込んで」行って、それを「掴む」ことが出来なければ。
 彼らの心に直接触れて、「こうあるべきだ」と道を示したり、誤りを正してやれない限りは。
(……機械なのだ、と思われたなら……)
 誰もが身構えることだろう。
 マザー・イライザにコールされただけでも、大きな失点。
 更なる失点を増やさないよう、誰でも「自分を取り繕う」もの。
 「マザー・イライザ」の前に出たなら。
 コールを受けて、心を見せるようにと促されたら。
(…特に訓練を受けた者でなくても…)
 己の心を「見せたくない」と考えるだけで生じる、一種の心理防壁。
 それを築くのは簡単なことで、「嫌だ」と思うだけでいい。
 候補生たちが「そう思った」ならば、マザー・イライザは「心に入り込めない」。
 強引にこじ開け、入ったとしても、激しい抵抗があることだろう。
 彼らが「隠しておきたい思い」を「修正」したなら、きっと歪みが残る筈。
 マザー・イライザに対する不信感としてか、あるいは「システム」を疑い始めるか。
 それでは「まずい」し、「マザー・イライザ」は、あくまで「母」でなくてはならない。
 母でないなら「恋人」などで、けして「機械ではない」存在。


 そう考えてゆくほどに「不自然」な、「キース」の「マザー・イライザ」。
 明らかに「機械の映像」だと分かる、彼女の頭に「いつも、あった」輪。
 耳を覆っていた機械。
(…やはり、私のマザー・イライザは…)
 遠い昔に嘲られた通り、「アンドロイド」であったのだろうか。
 他の者たちが見ていた「マザー・イライザ」の頭に、ああいった「機械」は無かったろうか。
(…今更、確認のしようもないが…)
 E-1077は、この手で処分してしまった後。
 グランド・マザーには「尋ねるだけ無駄」で、あの紫の瞳が瞬くだけだろう。
 「そのようなことを、知ってどうするのだ?」と、まるで抑揚のない声がして。
 そして「自分」は、返す言葉を持たないのだろう。
 知ったところで、益のないこと。
 「キース・アニアン」が見ていた「マザー・イライザ」が、何だったのかは。
 他の候補生たちが出会った「マザー・イライザ」、それは皆、「機械ではなかった」としても。
 サムも、シロエも、「母に似た人」を、其処に見ていただけだとしても。
(……だが、恐らくは……)
 誰も「機械の映像」などを見てはいまい、と確信に近い思いがある。
 E-1077での「マザー・イライザ」の役割、それを数えてゆくほどに。
 全ての候補生たちの「母親代わり」で、システムへの疑問を「抱かせない」もの。
 彼らの心に生まれた疑問や、疑惑を端から解きほぐしては、「答え」を与えて。
 「こうあるべきだ」と道を示して、彼らを正しく導くもの。
 誰も「機械」には「ついてゆかない」。
 マザー・システムを「理解する」ことと、システムを「受け入れてゆく」ことは別。
 だから「機械」は「親しみを覚える姿」で現れ、抵抗感を持たれないようにする。
 「マザー・イライザ」は、「アンドロイドであってはならない」。
 どの候補生が目にしようとも、「母親」や「恋人」の姿であらねばならない。
 「キース・アニアン」が見ていたような姿は論外、頭に「機械」をつけてなどいない。
 一目で「機械だ」と分かる姿では、誰も「ついてはゆかない」だけに。


(……私のマザー・イライザだけが……)
 ああいう「姿」だったのだろうな、と唇に浮かんだ自嘲の笑み。
 遠い日に詰られた言葉は、「真実」だったのかと。
 フロア001など「知る筈もなかった」候補生の一人が、投げ掛けた言葉。
 「あいつのマザー・イライザは、アンドロイドなんじゃねえの?」と、馬鹿にするように。
 けれども、それが「言い当てた」らしい、「本当のこと」。
 「キース」が見ていた「マザー・イライザ」は、明らかに「機械」だったから。
 他の候補生たちや、サムやシロエの「マザー」は、「人間」の姿だっただろうから。
(……本当に、機械の申し子ではな……)
 無から作られた生命ではな、と今頃になって気付いた「呪い」。
 フロア001を覗きに出掛けなくても、答えはとうに自分の中に「あった」のに。
 「マザー・イライザ」の姿が「機械」だったら、「キース・アニアン」の親は機械だろうに…。

 

             イライザの姿・了

※キースが見ていた、マザー・イライザ。どう見てもアンドロイドじゃん、と思ってたわけで…。
 原作だったら「フィシスそっくり」だったのにね、というのがネタ元。アニテラのは機械。









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「ようこそ、ジョミー・マーキス・シン。私はこのシャングリラの船長、ハーレイ」
 君を心から歓迎する、とジョミーの前に出て来たオッサン。やっとの思いで追撃を逃れ、逃げ込めたらしい船の格納庫で。
(…え、えっと…?)
 なんかゾロゾロ人がいるし、と思ったジョミー。船長だと名乗ったオッサンの他にも、偉そうにマントを纏ったジジイたちやら、あまり年の変わらない若者たちやら。
(此処って、何さ…?)
 シャングリラって、と考えた途端に、ハーレイが笑顔でこう言った。
「此処は君の家だ。大いに寛いでくれることを、我々は心から願っている」
「…はあ?」
 このオッサンは何が言いたいんだ、とジョミーが失った言葉。「家」なら、ちゃんとアタラクシアに「自分の家」を持っている。成人検査で出て来たとはいえ、家は家。
(…こんな連中がいる船なんて…)
 家じゃないから! と顔を顰めた途端に、頭の中で響いた声。この船まで連れて来てくれたリオ、彼が使うのと同じ思念波で。
『…今の、聞いたか? こいつ、挨拶も出来やしないぞ!』
『ソルジャーは、凄いミュウだと言ったのに…。挨拶くらい、一瞬で分かる筈だよな?』
『当たり前だろ、ミュウの特徴は思念波だぜ! ツーと言えばカーで!』
 どんな情報でも、一瞬の内に共有してモノにしてこそだよな、と露骨な罵倒。彼らの顔に浮かぶ嘲笑、そうでなければガックリな感じ。
(な、なに…?)
 ぼくが何をしたわけ、とジョミーが慌てふためいていたら、白い髭のジジイが進み出た。
「ジョミー、君は挨拶の作法がなっていないのだよ。…おっと、私の名前はヒルマンだ」
 船の子供たちの教育係を務めている、とジジイがやった自己紹介。彼が言うには、このシャングリラで、誰かの部屋などに招かれた時は…。
(……此処は、あなたの家ですから、って……)
 向こうが言うから、それに対して返す言葉に「決まり」がある。「ありがとうございます」というのはともかく、その後に続く「お約束」。
 「おお、私にとって、この世でこの場しかありません。此処は最後の希望です」とヨイショ、それがシャングリラの流儀。人間関係を「とても円滑に」するために。


 なんだか「とんでもない」、やたらと長い挨拶の言葉。それを「ジョミーも」言うべきだったらしい。しかも「処分されそうだった所を助けられた」のだから、もう文字通りに…。
(この世でこの場しか無くて、最後の希望で…)
 心をこめて「ありがとうございます」と称えまくりで、この場にいる皆を「いい気分」にさせるべきだったとか。「ジョミーを助けられて良かった」と、皆が笑顔になるように。
「そんなの、ぼくは知らないから! 第一、ぼくはミュウなんかじゃない!」
 そう叫んだら、ドヨッと起こったざわめき。思念波で「なんて野蛮な」とか、「全く文化的じゃない」とか、それは散々に。
(…何なんだよ、此処…!)
 やってられっか! とジョミーは怒りMAX、リオに案内されて個室に入った。ジョミーのためにと用意されていた部屋だけれども、リオは其処へと足を踏み入れるなり…。
『とても小さくて、お恥ずかしい限りなのですが…。我々に出来る精一杯のおもてなしです』
 どうぞ寛いで下さいね、と思念が来たから、「もしかしたら」とピンと来た。さっき聞かされたばかりの、べらぼうに長ったらしかった挨拶。アレで応えるべきなのだろうか、と。
(此処が最後の希望だっけか…?)
『そう、そうです、ジョミー! もうマスターしてくれたのですね!』
 その調子で覚えていって下さい、とリオは大感激で「例の挨拶」を思念波で繰り返してくれた。「おお、私にとって、この世でこの場しかありません。此処は最後の希望です」というヤツを。
 このシャングリラで生きてゆくには、基本の基本な挨拶だとか。何処へ招かれても欠かせないブツで、これが言えないようなミュウだと…。
(…礼儀知らずの田舎者って言うか、無粋って…!?)
 なんで、とジョミーは思ったけれども、リオの話では、シャングリラは「文化的な船」。粗野で野蛮な人類などとは「全く違って」、高い文化を誇るもの。
『言葉の代わりに、思念波で通じてしまいますからね…。そういう意味でも必要なんです』
 コミュニケーション能力を失わないよう、「言葉」は常に飾るものです、とリオは説明してくれた。とても急いでいるならともかく、それ以外の時は盛大に「飾り立てる」のが「言葉」。
 部屋に誰かを招いた時には、「此処は、あなたの家ですから」と相手をヨイショで、招かれた方も「この世でこの場しかありません」とヨイショで返す。
 一事が万事で、「慣れれば、じきに使えますよ」とリオは請け合ってくれたのだけれど…。


 なんだかんだで「食事にしませんか?」と連れて行かれた食堂。其処でトレイに載せた料理を受け取っているミュウと、食堂の係のやり取りが…。
「今日はあんまり食べられないんで、申し訳ないけど、控えめの量でよろしく」
 せっかくの料理を無駄にして、なんとも心苦しい次第で…、とトレイを受け取る一人に、係は笑顔でこう応じた。
「いえいえ、大した料理も出せずにすみません。粗末な料理で恐縮ですが、ご遠慮なく」
 心ゆくまでお召し上がり下さい、とスマイル、ゼロ円といった具合にナチュラルに。
(…ちょ、アレって…!)
 此処でも「ああいう挨拶」が…、とビビるジョミーに、リオは「覚えが早くて助かります」と、にこやかな笑み。「あんな風に挨拶するんですよ」と。
(うわー…)
 出来なかったら「粗野で野蛮」で確定なのか、と思いはしても、そんなスキルは持たないのがジョミー。先に注文したリオは「お手数をかけてすみません。いつも美味しい料理をどうも」と係をヨイショで、係の方でも「今日も粗末ですみませんねえ…。果たしてお口に合いますかどうか」とやったのだけれど…。
「…ぼくも、同じの」
 それ下さい、としかジョミーは言えなかった。アタラクシアの学校の食堂、其処では毎度、そうだっただけに。
 係はポカンと呆れてしまって、あちこちから飛んで来た思念波。
『聞いたかよ? 注文の仕方も知らないらしいぜ』
『無駄、無駄! あいつの頭は、まるっきり野蛮で人類並みだし』
 このシャングリラの高い文化に適応できるわけがない、と食堂中でヒソヒソコソコソ、その思念にすら「混じっている」のが「文化の高さ」。
 「まるっきり野蛮で人類並みだし」と囁く思念は、「遥か昔の石器時代の人類」並みだ、と言葉を「飾っていた」し、「注文の仕方を知らない」の方も、「とても垢抜けて洗練された注文」と「飾りまくっていた」言い回し。
(……なんか、色々と……)
 あらゆる意味でハードすぎるかもよ、とジョミーは早くも「めげそう」だった。どう考えても、自分は「ミュウとは違うっぽい」と、あまりの運の無さに打ちのめされて。


(……こんな船になんか、来たくなかったのに……)
 ぼくに合うとは思えないや、と愚痴りながらも眠った夜。悪い夢だったら、明日の朝にはスッパリと消えているかも、などと微かな望みを抱いて。
 けれど翌朝、目覚めてみたら、其処はキッチリ、ミュウの船の中で…。
『おはようございます、ジョミー。昨夜は、最高の絹に包まれたように眠れましたか?』
「え? あ、ああ…、うん…」
 リオの言葉に途惑いながらも、「よく眠れたか」訊いているのだろう、と頷くと…。
『それは良かったです。私はあなたの下僕、いえ、それ以下の小さな存在ですから…』
 あなたのためなら、どんなことでも犠牲になります、とリオが言い出すから驚いた。「下僕」で「犠牲」って、何も其処までしなくても、と。
「ちょ、ちょっと…! リオは、ぼくの命の恩人で…!」
『いえいえ、私は、あなたの靴底の埃に過ぎませんから』
 …というのも覚えておいて下さいね、とリオはニッコリ微笑んだ。このシャングリラで「お世話になっている人」に挨拶するなら、こうです、と人の好さが滲み出る顔で。
 曰く、「いずれ、ソルジャーに挨拶する」なら、この手の挨拶は欠かせないもの。これからヒルマンの授業でも「教わる」ことになるだろう、と。
「それも言葉を飾るってヤツ…!?」
『そうですよ? この船で文化的に暮らしてゆくなら、必須ですね』
 きちんと覚えて下さいよ、と念を押されても、納得がいかない言い回し。
(この船じゃ、普通かもしれないけどさ…!)
 なんだって「ソルジャー・ブルー」なんぞに会うのに、仰々しく飾り立てた言葉が必須なのか。覚えるだけでも大変そうだし、そうでなくても中身がキツイ。
(…「あなたの下僕」だけでも、思いっ切り抵抗があるんだけど…!)
 下僕どころか、「それ以下の小さな存在」と来た。その上、「あなたのためなら、どんなことでも犠牲になります」なんて、言いたくもない。
(言ったら、きっと人生、終わりで…)
 ソルジャー・ブルーの言いなりにされて、いいようにコキ使われるのだろう。いくら定型文だと言っても、まるで全く信用できない。「揚げ足を取る」という言葉だってある。
 かてて加えて「あなたの靴底の埃に過ぎませんから」だなんて、どう転がったら言えるのか。こちらにだってプライドがあるし、「ミュウの文化」とは無縁なだけに。


 いったい、此処はどういう船なんだ、と嘆きながらも、ジョミーが連れてゆかれた教室。ミュウについての教育を受けに、ヒルマンの所へ行ったのだけれど…。
「ようこそ、ジョミー。我々の粗末で小さな船では、出来ることはとても少ないのだが…」
 まずは必須の「言葉」について話をしよう、とヒルマンが始めた「本日の授業」。
 このシャングリラでは、言葉が非常に大切にされる。言葉は「やたらと飾ってなんぼ」で、「大袈裟に飾り立てる」のがミソ。
 思念波だけで意思の疎通が可能になる分、失ってはならない「言葉」の文化。それをしっかり生かすためにと、船で決まったのが…。
(……この、とんでもない言い回し……)
 最初は「もっとソフトだった」らしい。SD体制が始まるよりも、遥かに遠い昔の時代。地球の東洋にあった小さな島国、「日本」のやり方が導入された。「イエス」か「ノー」かをハッキリ言わずに、持って回った言い回しをする、「言葉が大事」な国だったから。
 ところが、それから進んだ研究。船のデータベースを漁る間に、「もっと凄い国」が見付かった。アラビアンナイトで知られたペルシャが、「日本以上に半端ないらしい」と分かった真実。
 滅多やたらと言葉を飾って、「それが出来ない」ような人間は、アウトだった世界。誰かの家に出掛けて「留守」なら、後でその相手に、こう詫びる。
 「私には、あなたの家に巡礼できるほどの、人徳がありませんでした」と低姿勢で。
 そう言われた方は、「そうですか…。それでは、あなたを恥から解放させられるように努めます。是非、いらして下さい」と次の訪問を待って、招いた時には…。
(此処はあなたの家ですから、で、呼ばれた方は、その家が最後の希望で…)
 ジョミーが「船に来るなり」受けた洗礼、それが自然に「行われていた」のが、かつてのペルシャ。これ以上に「言葉遣いが面倒な国」は他に無いから、即、シャングリラもそれに倣って…。
「いいかね、ジョミー。…君がソルジャーに、直々に呼ばれた場合はだね…」
 通信にせよ、思念波にせよ、こう答えなさい、とヒルマンが教えた言葉は強烈だった。
 ソルジャー直々の「お呼び出し」には、「はい」ではいけない。「ジョミーです」でも駄目で、正解は「私は、あなたの生贄になります」。
「い、生贄って…!?」
「安心したまえ、これはペルシャの普通の挨拶だから。ソルジャーも、こう仰る筈だ」
 いえ、そのようなことを、神様はお許しになりません、とね、とヒルマンは笑っているのだけれども、ジョミーは既にパニックだった。ますますもって「後が無さそう」な挨拶なのだから。


(……ソルジャー・ブルーから、呼び出しが来たら……)
 シャングリラの流儀に従うのならば、「私は、あなたの生贄になります!」と颯爽と。
 そして「呼び出されて」青の間とやらに到着したなら、「お会い出来て光栄です」の代わりに、「あなたの所に巡礼できて、幸運の絶頂です」と、ソルジャー・ブルーを褒め称えて…。
(散々お世話になって来たから、「あなたの下僕」で、「それ以下の小さな存在」で…)
 あなたのためなら、どんなことでも犠牲になります、と「自分で宣言する」死亡フラグ。「生贄になります」と答えて出掛けて、「犠牲になります」と畳み掛けるだけに。
(でもって、靴底の埃に過ぎません、って…)
 あんまりだから! とジョミーは真っ青なわけで、「シャングリラ流」を「覚えた時」には、もう完璧に「後が無い」。
 船の「普通のミュウ」にとっては「定型文」でも、ソルジャー・ブルーの「後継者」にされそうな「自分」は、その限りではなくて…。
(もう文字通りに生贄で、犠牲…)
 覚えたら負けだ、と固めた決意。ゆえに「覚えずに」スルーしまくったけれど、船からもトンズラ出来たのだけれど…。
(……ソルジャー・ブルー…。今は、あなたを信じます…)
 靴底の埃だの、生贄だのから「逃げたかったら」、船の頂点に立つことですね、とジョミーは「上を目指す」ことにした。
 アルテメシアの成層圏まで逃げた挙句に、船に戻ってしまっただけに。
 今は「ソルジャー候補」だけれども、ソルジャーになったら「あなたの下僕」だの「生贄」だのは、言わなくて済むらしいから。「靴底の埃に過ぎません」だって。
(…ソルジャーが一番、偉いんだから…)
 普通に「言葉を飾る」程度で、もう要らないのが「低姿勢」。「下僕」や「生贄」を卒業するには、「それを言われる方」になること。
 たとえ訓練が茨道でも、「靴底の埃」になるよりはいい。プライドをかけて頑張るのみだ、とジョミーは高みを目指してゆく。
 やたらと言葉が「飾られた」船で。高い文化を誇るミュウたち、彼らが貫く「ペルシャ流」の言い回しが「強烈すぎる」世界で…。

 

            文化的な言葉・了

※原作だと「重んじられている」のが、「きちんと言葉で話す」こと。思念波じゃなくて。
 それならハードルをグンと上げたらどうだろう、というお話。ペルシャの件はマジネタです。









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(……ピーターパン……)
 こんな所へは来られないよね、とシロエが広げる本。
 E-1077の個室で、夜が更けた頃に。
 ベッドの端に一人座って、ただ懐かしい本を膝の上に乗せて。
 宇宙に浮かぶステーションでは、ピーターパンが来る「本当の夜」は無いけれど。
 外はいつでも暗い宇宙で、朝日が昇りはしないのだけれど。
 此処の昼と夜は、銀河標準時間の通りに照明が作り出すだけのもの。
 夜になったら落とされる明かり、昼は煌々と照らし出す「それ」。
 ピーターパンが駆けて来るような「夜」などは無いステーション。
 「二つ目の角を右に曲がって、後は朝までずっと真っ直ぐ」、そう進む道も見えない場所。
 それの通りに歩いて行ったら、ネバーランドに行けるのに。
 真っ直ぐに行ける「朝」があるなら、ネバーランドに繋がる道があるのだろうに。
(…ピーターパンは来られなくって、ぼくが行くことも出来なくて…)
 なんて酷い所なんだろう、と何度溜息を漏らしたことか。
 ピーターパンの本だけを持って、此処へと連れて来られた日から。
 両親も故郷も全て失くして、子供時代の記憶も機械に奪い去られた時から。
(……でも、忘れない……)
 ピーターパンもネバーランドも、と本のページをめくってゆく。
 故郷の記憶が薄れた後にも、この本は「ここに在る」のだから。
 両親の顔さえおぼろになっても、失くしてはいない大切な本。
 これがあったら、きっといつかは「飛んでゆける日」も来るだろう。
 ネバーランドへ、ネバーランドよりも素敵だと父に聞かされた地球へ。
 こうして忘れないでいたなら、「ピーターパンの本」を持っていたならば。
 ピーターパンが「此処へ来る」ことは出来なくても。
 朝まで真っ直ぐ行く道が無くて、ネバーランドまで歩いてゆくことは出来なくても。


 いつか、と夢を抱いた時から忘れない場所。
 子供が子供でいられる世界で、ピーターパンが住むネバーランド。
 幼い頃から憧れ続けて、迎えが来るのを待ち続けた。
 「いい子の所には、ピーターパンが来てくれる」から。
 ピーターパンが迎えに来たなら、一緒に夜空を駆けてゆこうと。
(…ぼくが大人になっていたって…)
 子供の心を忘れなければ、行ける日がやって来るだろう。
 「ピーターパンの本」の作者が、その目で「其処を見て来た」ように。
 大人になっても「子供の心を持っていた」人が、ネバーランドを見られたように。
(…ぼくだって、いつか行けるんだから…)
 みんなのようにならなかったら、と思い浮かべる自分以外の候補生たち。
 システムに何の疑問も抱かず、子供時代を捨ててしまった「マザー牧場の羊」たちの群れ。
 彼らと同じに「忘れてしまう」ことが無ければ、いつの日か道は開ける筈。
 E-1077を離れて、夜空がある場所に行ったなら。
 朝には本物の太陽が昇る、「朝がある場所」に行けたなら。
(卒業までは、夜も朝も無いけど…)
 此処を卒業しさえしたなら、夜も朝もある場所に行ける筈。
 もしかしたら、いきなり地球にさえも行けるかもしれない。
 とても素晴らしい成績を収め続けて、メンバーズに選ばれた者のトップに立てたなら。
(……地球には、ピーターパンが生まれた場所があるから……)
 本が書かれた場所も同じに地球にあるから、ネバーランドは直ぐ側にあることだろう。
 一度滅びてしまった地球には、作者の家も、本に出てくる場所も無くても。
 「此処にあった」という場所だけしか、探し当てることは出来なくても。
 それでも、ピーターパンは「きっと、いる」筈。
 朝まで真っ直ぐ歩いて行ったら、ネバーランドも見付けられる筈。
 子供の心を忘れないまま、地球に降り立つことが出来たら。
 地球に配属されはしなくても、夜と朝さえある場所に行けば、夢は叶ってくれるだろう。
 ピーターパンが夜空を駆けて来てくれて、朝まで真っ直ぐ歩いてゆけて。


(…その時までの我慢なんだから…)
 あと三年と何ヶ月だろう、と指を折っては、卒業までの日を数えてみる。
 ピーターパンの本を広げて、「それまでの我慢」と自分自身に言い聞かせながら。
(ぼくは絶対に忘れない…)
 両親や故郷の記憶は薄れてしまったけれども、子供の心を忘れはしない。
 ネバーランドに行ける資格を手放すだなんて、とんでもない。
 メンバーズに抜擢されていようと、いつでも「それ」を捨ててしまえる。
 ネバーランドに行くためだったら、地位も名誉も、何もかもを。
(今すぐだって、捨ててしまえるもんね…?)
 教育の最高学府と名高いE-1077も、此処で収めた「いい成績」も。
 そんなものなど要りはしないし、ネバーランドの方がいい。
 ピーターパンさえ来てくれるならば、「セキ・レイ・シロエ」はいつでも「行ける」。
 幼い頃から夢に見た場所へ、ピーターパンが住むネバーランドへ。
(いい子の所には、ピーターパンが…)
 きっと迎えに来てくれるから、と思った所で、ハタと気付いた。
 「セキ・レイ・シロエ」は「いい子」だろうか、と。
 ピーターパンが迎えに来るのに、相応しいだけの人間なのか、と。
(……いい子って……)
 いい子というのは、言葉通りに「良い子供」。
 誰もが褒めてくれる子供で、悪いことなどしない子のこと。
(パパやママの言うことを、ちゃんと聞く子で…)
 約束だって破りはしなくて、叱られることなど無い子供。
 もちろん喧嘩をするわけがないし、我儘だって、けして言わない。
 それが「いい子」で、ピーターパンは「いい子」を迎えに来るのだけれど…。
(……パパとママはもう、いないけど……)
 いない両親の「言い付け」を聞くことはもう出来ないから、そのことはいい。
 けれども、他の「いい子」の条件。
 そちらの方はどうだろうか、と思った途端に震えた身体。
 「ぼくは、いい子じゃなくなってる」と。


 ピーターパンが迎えに来てくれる「いい子」。
 約束をしたら破らない子で、叱られることなどしないのが「いい子」。
 喧嘩もしないし、我儘を言いもしない子供が「いい子」なのだけれど…。
(…マザー・イライザにコールされたら…)
 その度に叱られ、色々と約束させられる。
 E-1077の秩序を乱さないよう、「此処のルールに従いなさい」と。
 何回、それを繰り返したろうか。
 約束を何度、破って「コールを受けた」だろうか。
 その上、喧嘩も当たり前のように売ってばかりで、売られた喧嘩は受けて立つもの。
 同級生たちと口を利く度、喧嘩になると言っていいほどに。
(我儘だって…)
 今この瞬間にも、心に抱いている有様。
 E-1077で「するべきこと」は山とあるのに、それを「捨てたい」と。
 ネバーランドに行けるものなら、何もかも捨ててしまっていい、と。
 「いい子」だったら、そう考えはしないのに。
 消された記憶やシステムのことは、この際、置いておくとしたって…。
(…他のみんなの目から見たなら、ぼくなんかは…)
 いい子どころか、「悪い子」なだけ。
 マザー・イライザが見ている「シロエ」も、間違いなく「悪い子」のシロエ。
 「いい子のシロエ」は、何処にもいない。
 両親と故郷で暮らした頃には、確かに「いい子」だったのに。
 たまに喧嘩もしてはいたけれど、「今よりは、ずっと」いい子だった「シロエ」。
 それが「いい子でなくなった」のなら、ピーターパンは…。
(…いくら待っても、来てくれない…?)
 悪い子になった「シロエ」なんかを、迎えに来てはくれないだろうか。
 ピーターパンが迎えに来る子は、「いい子」だけ。
 「いい子」のシロエは迎えに来たって、「悪い子」のシロエは駄目なのだろうか…?
 今のシステムがどうであろうと、其処ではシロエは「悪い子」だから。
 誰が見たって「いい子」ではなくて、「悪い子」でしかないのだから。


(……まさか、今のぼくは……)
 ピーターパンと夜空を駆ける資格を持ってはいないだろうか。
 朝まで真っ直ぐ歩いてゆけても、ネバーランドには「行けない」子供になっただろうか。
 子供の心を忘れずにいても、「シロエ」が「悪い子供」なら。
 けして「いい子」ではないと言うなら、夢が叶う日は来ないかもしれない。
 「悪い子」になってしまった子供は、もう「いい子」ではないだけに。
 ピーターパンは「悪い子」の所に、迎えに来ることはないだけに。
(…だとしたら……)
 どうすればいいと言うのだろう。
 システムに従う「いい子」になったら、「子供の心」を失くしそうなのに。
 子供の心を抱き締めたままで「いい子」になるなら、生きるのはとても辛いだろうに。
(喧嘩もしなくて、マザー・イライザの言い付けを聞いて…)
 そうやって「いい子」でいようとするなら、「子供の心」を持ったままでは辛すぎる。
 けれど、ピーターパンが「いい子」を迎えに来るのなら…。
(…どんなに辛くて、苦しくっても…)
 いい子でいないと駄目だろうか、と眺める本。
 その道は、とても辛そうなのに。
 此処で「いい子」で生きてゆくことは、「シロエ」には、きっと出来ないのに…。

 

           いい子の所に・了

※幼い日のシロエは、「いい子の所に迎えに来てくれる」ピーターパンを待っていたわけで…。
 それをE-1077でも覚えているなら、こういう考えに陥る時もあるかもね、と。








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(……理想の子……)
 今度こそは、とマザー・イライザが続ける思考。
 E-1077のシークレット・ゾーン、フロア001での「実験」。
 三十億もの塩基対を合成し、それを繋いでDNAという名の鎖を紡ぐ。全くの無から生命を生み出すために、何度となく実験を続けて来た。
 その「基礎」は既に出来上がっている。強化ガラスの水槽の中に並んだ「サンプル」たち。
 彼らと同じにDNAを紡いでゆけば、「外見」だけは立派に完成するのだけれど…。
(…足りないのは、押し…)
 今のままでは、どう作っても「ただのヒト」しか出来ない。とても優秀な「人類」が一人、出来上がるというだけのこと。そう、「人類」。
(いずれは、時代遅れになる筈の種族で…)
 より「優れた者」を作り出すなら、人類ではなくて「ミュウ」でなければならない。SD体制の異分子とされる、「M」と呼ばれる生き物たち。
 彼らは排除するべき存在だけれど、進化の必然でもあった。宇宙を統べるグランド・マザーが、ひた隠しにしている「ミュウの真実」。
 もちろんマザー・イライザにも「内緒」で、知られたとは気付いていないだろう。こんな末端の「たかが教育ステーション」のコンピューター風情が、最高機密を「掴んだ」とは。
 ところがどっこい、それが「現実」。
 このプロジェクトを任された時から、マザー・イライザは常に「上」を目指して来た。要求された内容以上の成果を上げてゆかなければ、と。
 そうするためなら、手段を選びはしない。グランド・マザーの意向を知ろうと、ハッキングさえもやらかす勢い。「従っている」ふりをしたなら、容易に侵入可能なだけに。
(…どう考えても、ミュウ因子を加えた方がお得で…)
 優秀な人材が「生まれる」だろうに、それは御法度。
 なんとも惜しい限りの話で、どうにかして「そこ」をクリアしたいもの。「理想の子」を見事に作り上げるなら、欠かせないブツがミュウ因子。


 何か方法はないものだろうか、とマザー・イライザは思考し続ける。
 「人類」であるべき「理想の指導者」、それと「ミュウ因子」とは並び立たないのか、あるいは抜け道があるものなのか。
(…普段は人類、場合によってはミュウというのは…)
 どうだろうか、と考えたものの、その切り替えが難しい。何かのはずみにスイッチオンで、人類からミュウにパッと変身するなら、ともかく。
(…変身……?)
 これは使えるかもしれない、とメモリーバンクを探ってゆく。遥か昔から、人間たちは「それ」を夢見て来た。変身して戦うヒーローやヒロイン、そういったモノを。
(……データは、山ほど……)
 ならば私の「好み」で決めて…、とマザー・イライザは「観始めた」。SD体制が始まるよりも遠い昔に、人間が「作った」変身モノの様々な映像などを。
(…美少女戦士セーラームーン…)
 少女の話は必要ない、と思ったものの、参考のために観てもいいだろう、と全話を確認した後、マザー・イライザは「コレだ!」と考えた。
 人類の聖地、母なる地球。ソル太陽系の第三惑星、そこが肝心。
 戦う美少女セーラームーンは、地球にある「月」の名前を持っていて…。
(セーラー・マーキュリー、セーラー・マーズ…)
 他の美少女戦士たちには、ソル太陽系の惑星の名がついていた。後の時代に「準惑星」へと転落していった冥王星までが、バッチリ入って、セーラー・プルート。
(…これだけ揃っても、無いのが地球…)
 地球の名を持つ「美少女戦士」は、いなかった。
 だったら、名前だけを拝借、セーラー・アースか、セーラー・ガイアとでも。
(据わりがいいのは、セーラー・ガイア…)
 それにしよう、とマザー・イライザが決めた「理想の子」にして、「理想の戦士」。この際、美少女の件はサラッと無視して、「要は、セーラー戦士でいい!」と。


 もうちょっとばかり思考していたら、「タキシード仮面」が「地球担当」だと気付いただろうに、どこか抜けていたマザー・イライザ。
 勝手に決めたのが「セーラー・ガイア」で、ミュウ因子が発動した時は「ソレ」。
(…変身して、華麗に戦うのなら…)
 人類以上の能力があってもオールオッケー、きっと問題ナッシング。
 これで「理想の子」を作れる、とマザー・イライザは頑張った。「理想の子」が変身を遂げた時には、服までが変わるようにして。
(本当に変えられるわけがないから…)
 其処の所は、ミュウの得意技でいいだろう。サイオニック・ドリームで「服」を作れば。
 美少女戦士たちのパクリで、セーラーカラーにミニスカートの「戦士」でかまわない。なんと言っても「セーラー・ガイア」を名乗るからには、あくまで「本家」に忠実に。
(ガイア・ミラクルパワー…)
 メイクアップ! という「掛け声」も組み込むことにした。
 かてて加えて、忘れちゃいけない決め台詞。「地球に代わって、おしおきだ!」と。
 「理想の子」は男性なのだからして、「おしおきよ!」では、流石にアウトっぽいから。
(…同じミュウなら…)
 最強のタイプ・ブルーと洒落込みたいけれど、如何せん、データが足りなさすぎた。最初に発見された一人を除いて、タイプ・ブルーのミュウなどは「いない」。
 仕方ないから、攻撃力だけはタイプ・ブルーに匹敵すると噂の、タイプ・イエロー。それで代用しておこう、とマザー・イライザが固めた方針。
(強ければ、それでいいのだし…)
 無い物ねだりをしているよりは、現実的な選択をすべき。
 人類の指導者となるべき「理想の子」。その正体は、タイプ・イエローのミュウでもあって、それゆえに「人類以上の能力」を持つ。
 もっとも、「彼」が変身する機会があるかどうかは、別の話で。


 こうして無から作り出された、「セーラー・ガイア」。
 人類としての名前は「キース・アニアン」、彼はフロア001で成人検査の年まで育った。養父母や教師に情緒を曲げられることなく、強化ガラスの水槽の中で、無垢な者として。
 E-1077の候補生となった後には、「機械の申し子」の異名を取るほど、優れたエリート。人類以上の能力は「頭脳にも」影響を与えてゆくだけに。
(ようやく、生まれた…)
 理想の子が、とマザー・イライザは御満悦。
 E-1077では、さしたる事件も無かったお蔭で、「セーラー・ガイア」の出番は無かった。やがてメンバーズに抜擢された「キース」は、自分の「真の能力」を知らないままで卒業してゆき、「冷徹無比な破壊兵器」とも呼ばれ続けて…。
「…ジルベスターへ飛んでくれるかね?」
 上官からの、そういう命令。
 ジルベスター星域での事故調査と言いつつ、ミュウの拠点を見付けるのが任務。キースは早速にジルベスターへ飛び、其処の第七惑星で…。


「メンバーズ・エリート…。グランド・マザーの犬というわけか」
 そう言い放った、キースの船を落とした青年。ミュウの長、ジョミー・マーキス・シン。それは恐ろしいオーラを背負った「彼」の登場で、キースは危機を悟ったわけで…。
(…こいつを相手に、ナイフ一本で勝つことが出来るのか…!?)
 無理なのでは、と思った瞬間、口をついた叫び。まるで意識はしなかったのに。
「ガイア・ミラクルパワー…。メイクアーップ!!」
 それが引き金、キースは華麗に「変身」を遂げた。地球の名を持つ「セーラー・ガイア」に。
 サイオニック・ドリームとはいえ、凄いミニスカのセーラー戦士。
 ジョミーは「え!?」とビビりまくりで、キースはビシィ! とポーズを決めた。
「貴様、ミュウの長か…! 地球に代わって、おしおきだ!」
「ちょ、ちょっと…! 君はミュウだ!」
 もう絶対にミュウなんだけど、とジョミーはオタオタ、キースもハッと我に返った。さっきから自分が何を叫んだか、自分の「見た目」はどうなのか、などと。
「…わ、私は…? な、なんだ、これは…!?」
「いや、だから…。君はミュウだと思うわけでさ…」
 セーラー・ガイアが君の正体だろう、と突っ込んだジョミー。「人類」としての名前は何であっても、ミュウとしての名前は「セーラー・ガイア」だ、と。
「……セーラー・ガイア……」
 私がか…、とキースも「目が点」だったのだけれど、実際、やってしまった変身。それに決め台詞やら決めポーズまでがセットものだし、そういうことなら…。
(……実は私は、キース・アニアンではなくて……)
 セーラー・ガイアだったのか、とキースも認めざるを得ない現実。「そうだったのか」と。


 かくして、キースは「事故調査」から戻りはしなかった。
 マザー・イライザが作った「理想の子」キース、それは優れた頭脳を活かして、ミュウの側につくことになる。
 何と言っても「セーラー・ガイア」で、変身したなら戦士なのだし…。
「ソルジャー・シン。…アルテメシアは陥落させたが…」
 いよいよ地球を目指すのか、とキースはサックリ「ミュウの世界」に馴染んで、メギドは出番も無いままだった。
 ソルジャー・ブルーは今も存命、青の間で昏々と眠り続けている。
 ナスカの子たちも急成長を遂げないままで、シャングリラは地球へと進んでゆく。地球の名を持つセーラー戦士、「セーラー・ガイア」と共に戦いながら。
 「彼」を作ったマザー・イライザが、グランド・マザーに「消された」ことさえ知らないで。
 そのラスボスのグランド・マザーですら、呆気なく倒されてしまったという。
 「地球に代わって、おしおきだ!」と叫ぶ「セーラー・ガイア」と、ソルジャー・シンに。
 無から作った「優れた人材」、その正体が実は「ミュウだった」せいで…。

 

            地球の戦士・了

※「誰か変身しないモンかねえ?」と、ふと思ったのがネタ元ですけど…。セーラー戦士…。
 いや、「ガイア、いないな…」なんて気付いちゃったら、やるっきゃない…ような…?








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(…なんと傲慢な生命だろうな…)
 この私は…、とキースが心で零す溜息。
 それほどの価値があるのだろうか、と夜が更けた部屋で、ただ一人きりで。
 「キース・アニアン」という存在。
 国家騎士団上級大佐、叩き上げのメンバーズ・エリートでもある。
 冷徹無比な破壊兵器と呼ばれようとも、「それが私だ」と歯牙にもかけはしなかった。
 むしろ誇りを持ってさえいた。
 グランド・マザーが直々に指名するほど、優れたエリート。優れた軍人。
 「私は選ばれた存在なのだ」と自信に溢れて、疑いさえもしなかった。
 どんな任務を任されようとも、そうして受けた任務の結果がどうなろうとも。
 反乱軍を一人残らず地獄へ送ってしまおうと。
 SD体制から生まれる異分子、ミュウを星ごとメギドで殲滅しようとも。
(…軍人ならば、それが当然だろうと…)
 思ってもいたし、確固たる信念でもあった。
 SD体制に異を唱える者、逆らう者は全て滅ぼすべきだと。
 その考えが少し揺らいだのが、伝説のタイプ・ブルー・オリジンとの出会い。
 長でありながら、命まで捨てて同胞のためにメギドを沈めた男。
(あいつのように、躊躇いもせずに…)
 命さえも捨ててしまえる生き方、それを羨ましいと思った。
 自分が置かれた地位も立場も、何もかもを顧みることさえもせずに死んでゆけたら、と。
 けれど、その時は「そう思った」だけ。
 直ぐに「馬鹿な」と冷静になって、「あいつはミュウだ」と、異分子なのだと切り捨てた。
 SD体制の枠の中から弾き出された異分子がミュウ。
 ならば、そのようにも生きるだろう。
 秩序を重んじる「人類」とは違う種族なのだし、組織などには縛られないで。
 「長」を失った者たちの混乱、其処まで考えたりはしないで。


 そうして思った、「私は違う」という自覚。
 ソルジャー・ブルーがどうであろうが、自分は自分。
 異分子などには惑わされずに、真っ直ぐに前を見るべきだろう、と。
 ジルベスター・セブンで上げた功績、それに相応しく二階級特進したのだから。
(…しかし、私は……)
 異分子でさえもなかったのだ、と握り締める拳。
 今、握り締めた拳さえもが、「人間」のそれとは違ったもの。
 そう、文字通りに「違っていた」。
 「キース・アニアン」という存在は。
 遠い昔に「機械の申し子」と異名を取った、「グランド・マザーのお気に入り」は。
(まさか、ああして作られたなど…)
 誰が思うものか、と腹立たしいだけ。
 かつてシロエが「お人形さんだ」と言ったけれども、ただの比喩だと思っていた。
 シロエが見て来たE-1077のフロア001、其処が「どういう場所」であろうと。
 機械が並んだ改造室でも、「キース」の「元」はあると思った。
 何らかの方法で「キースを改造していた」にせよ。
 脳に直接、大量の情報を送り込んだりして、「優れた人材」を作っていても。
 あるいは体術に秀でるようにと、肉体に手を加えていても。
 その程度だろう、と高をくくっていた。
 廃校になったE-1077、それの「処分」を命じられるまでは。
 フロア001を「見て来る」ように、グランド・マザーに言われるまでは。
(…プロジェクト自体が極秘なだけに…)
 大勢の部下を連れては行けない。
 マツカだけを伴い、E-1077に近付き、其処から先は単独だった。
 人工重力さえも失っていたステーション。
 それを蘇らせ、一人きりで目指したフロア001という場所。
 其処に並んだ幾つもの水槽、強化ガラスの中に浮かんでいた「サンプル」たち。
 何人もの「キース・アニアン」がいた。
 胎児から、「今のキース」と「さほど変わらない」キースまでが。


 マザー・イライザが無から作った生命体。
 三十億もの塩基対を合成した上、それを繋いでDNAという鎖を紡いで。
 「キース」は「無から作られた」もの。
 ミュウでさえも「無からは」生まれて来なくて、人工子宮で育ってゆくのに。
 彼らの「元になった」モノなら、ちゃんと存在するというのに。
 けれど、「そうではなかった」キース。
 シロエが言った通りに「人形」。
 人形だったら、それらしくしていれば良かったものを…。
(…水槽から出されて、育て上げられて…)
 いつの間にやら上級大佐で、この先も昇進してゆくのだろう。
 グランド・マザーの導きのままに、彼らの「人形」に相応しい道を歩み続けて。
 そのこと自体は、どうでもいい。
 「そうするために」作られたのなら、「そのようにしか」生きられない。
 ただ、問題は「キース」そのもの。
 今の「キース」を作り上げるために、マザー・イライザが用いた手段。
(……サムと知り合うように、仕向けていって……)
 スウェナの場合は、知り合うどころか、その命さえも弄ばれた。
 E-1077までスウェナを乗せて来た船、それを見舞った衝突事故。
 それも「仕組まれたもの」だったから。
 「キース」が上手く処理するかどうか、その能力を試すためだけに。
(…私が失敗していたら…)
 あの船はE-1077の区画ごとパージされていた。
 反物質が漏れ出すことで発生する、対消滅からE-1077を守り抜くために。
 そうはならずに済んだけれども、スウェナや、あの船に乗っていた者の命。
 それを「握っていた」のが「キース」で、失敗したなら、彼らは「死んだ」。
 「キース・アニアン」とは、「そういう生命」。
 マザー・イライザの「理想の子」とやらを育てるために、人の命さえ弄んだ末に出来たモノ。
 スウェナもそうなら、「シロエ」も同じ。
 シロエの場合は、人類ではなくてミュウだったけれど。


(…そのシロエもだ…)
 もしも「キース」と出会わなかったら、「マツカ」のように生き延びたろう。
 少し毛色の変わったエリート、そのように生きたに違いない。
 マザー・イライザに選び出されて、「キースに殺されなかったら」。
 「キース」を育てる「糧」として贄にされなかったら。
(…反乱軍の奴らを殲滅しようが…)
 ジルベスター・セブンを焼き滅ぼそうが、それは「任務」の一環ではある。
 「キース・アニアン」が「そうしなくても」、他の誰かが「やるだろう」こと。
 成功するか、失敗するかは、また別のことで。
 だから、そういう「命」を幾つ踏みにじろうとも、「軍人として」罪の意識は無い。
 そんなものなど感じていたなら、とても軍人にはなれない。
 けれど、「軍人になる」よりも前。
 E-1077を卒業してから、メンバーズ・エリートになるよりも前。
 その頃から「キース」は「人の命」を弄んでいた。
 「無から生まれた生命体」であって、「人間でさえもない」というのに。
 ミュウにさえも及ばない生命のくせに、預けられた「スウェナの船の乗員」の命。
 まだ水槽から出されて間もない、候補生としては「ヒヨコ」の頃に。
 そう、グレイブもそう言った。
 あの日、救助に向かおうとしたら、「ヒヨコは鶏についてくるものだ」と。
 ただの「ヒヨコ」であったというのに、幾つの命を預かったのか。
 救助に失敗していたならば、何人の命が失われたのか。
(…そうなっていたら、何十人か、あるいは百人ほどもいたのか…)
 それが「キース」を育てるための生贄になっていただろう。
 マザー・イライザは「懲りることなく」、次の事故を起こしたに違いない。
 その時点での「キース」に相応しい事故を、「上手く処理して」戻るようにと。
 全ての仕上げに、「シロエ」の船を撃墜させた時と同じに。
 「撃ちなさい」と冷たい声で命じて、シロエが乗った練習艇を落とさせたように。


 つまり、「キース」は「そういう生命」。
 任務とはまるで無関係な場所で、人の命を弄びながら「育った」者。
 シロエの命も「キース」が奪った。
 キースと出会っていなかったならば、シロエは「死ななかった」のだから。
(…何処の世界に、こんな人間がいるというのだ…)
 育つためには「人の命」を欲するような…、と心で零して、漏らした失笑。
 「私は、人ではなかったのだな」と。
 人間の姿と変わらなくても、「作られた者」が「キース・アニアン」。
 ならば、「人」ではないのだろう。
 「人の命」を弄びながら、踏みにじりながら「育った」化け物。
 化け物ではないと言うのだったら、傲慢なだけ。
 自分以外の者の命を糧にして「出来上がった」のならば。
 スウェナを乗せていた船の者や、シロエの命。
 そういった「全て」を「糧にして育って」、今の「キース」がいるのなら。
(……遠い昔は、そういった者も……)
 まるでいなかったわけではない。
 王と呼ばれた者の中には、人を虫けらのように扱い、栄華を誇った者たちもいる。
 彼らが犯した罪に比べれば、「キースの罪」は遥かに軽そうなのだけれども…。
(…人間でさえもないのが、私だ……)
 人の物差しでは測れまいな、と分かっているから、自分自身が呪わしい。
 「なんと傲慢な生命なのか」と、「人でもないのに、人の命を糧にしたか」と。
 この世に神がいるというなら、神の目にはどう映るのだろう。
 それとも「映りもしない」のだろうか、「人間ではない」生命などは。
 いくら傲慢に育てられようとも、「神が作っていない」のならば。
(…どちらでもいいことなのだがな…)
 今更どうにもなりはしない、と拳を握り締めるだけ。
 行き着く所まで行かない限りは、きっと「終わり」の日さえも来ない。
 そういう風に「作られた」者は、「そのようにしか」生きてゆけないから…。

 

           傲慢な生命・了

※キースを育てるための計画、アニテラだと半端ないんですよね…。原作以上に。
 だったら「自分の正体」に気付いたキースが、こう思うこともあるだろうか、というお話。







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