(……このピアス……)
やはり気になっていたようだな、とキースが思い浮かべる男。
国家騎士団総司令に会いに、今日の昼間に執務室まで訪ねて来た者。
今、パルテノンで審議されているらしい「キース・アニアン」のこと。
元老になるよう要請するか、国家騎士団に留め置くかを。
(そのための下見というわけか…)
執務室までやって来たのは、元老の一人ではなかったけれど。
元老の中の誰かの部下か、あるいはパルテノン直属の職員なのか。
(いずれにしても、品定めだ)
「キース・アニアン」が「どういう男」か、それを調べにやって来た者。
表立っては言わなかったものの、言葉の端々に滲み出ていた。
政治に対する考え方だの、国家騎士団総司令としての心構えだのを訊かれたから。
「どうお考えになりますか?」などと、インタビューでもするかのように。
彼が「持ち帰った」情報を元に、改めて審議されるのか。
それとも「答え」はとうに出ていて、イエスかノーかが決まるだけなのか。
(私は、どちらでもかまわないがな…)
国家騎士団総司令だろうが、パルテノンに入ることになろうが。
「人類を導く者」としてなら、いずれ間違いなくトップに立つ。
どんな形で就任するかは、グランド・マザー次第だけれど。
(腑抜けたパルテノンの元老どもが、私を認めないのなら…)
クーデターでも起こすことになるのかもしれない。
ある日、突然、グランド・マザー直々の指令を受けて。
「お前がトップに立たねばならぬ」と、紫の瞳がゆっくり瞬きをして。
そうなった時は、即座に行動を起こす。
直属の部下を密かに動かし、元老どもを袋の鼠にするくらいのことは実に容易い。
彼らが翌日の朝日を見られないよう、永遠の眠りに就かせることも。
(…殺すよりかは、心理探査が似合いだろうがな)
精神崩壊を起こすレベルで、容赦なく。
「レベル10だ」と、眉も動かさずに部下に命じて。
いつか就く筈の「国家主席」と呼ばれる地位。
SD体制始まって以来、就任した者は数えるほど。
今も空位で、「キース・アニアン」が着任するまで、誰も就かないことだろう。
「キース」は、そのように作られたから。
人類の指導者となるためだけに、機械が無から作った生命。
(そんなことなど、誰一人、知りはしないのだがな…)
研究者たちは、皆、殺された。
グランド・マザーの命令だったか、マザー・イライザが指示を下したか。
「キース・アニアン」が完成した後、彼らは「生きて」戻れなかった。
E-1077という所から。
強化ガラスの水槽が並ぶ、フロア001が「在った」教育ステーションから。
命じられた「仕事」をやり遂げた「彼ら」を待っていたのは、口封じの「処分」。
「これで帰れる」と思っただろうに、事故に遭遇した宇宙船。
研究者たちは、一人残らず宇宙に散った。
彼らよりも後に「秘密を知った」シロエが、そうなったように。
シロエの場合は、宇宙船の事故ではなかったけれど。
(…研究者どもと、それにシロエと…)
誰もが死んでしまった以上は、もはや知る者さえ無い秘密。
E-1077を処分したからには、フロア001も「無い」から。
(そこまでして、私を作った以上は…)
元老たちを殲滅してでも、「キース」はトップに立たねばならない。
そうでなければ、「キース」が生まれた意味さえも無いし、人類の指導者は生まれないまま。
パルテノンの者たちは、そうと気付いていないけれども。
「出る杭は打たねばならない」とばかりに、暗殺計画を立てもするけれど。
(しかし、そろそろ限界らしいな)
今日の昼間にやって来た男、彼の来訪の目的から見て。
「キース・アニアン」を調べに来たなら、「その日」は、さほど遠くはない。
元老として迎え入れられるにしても、拒絶されてクーデターを起こすにしても。
近い間に、「キース・アニアン」は、パルテノンにいることだろう。
ただ一人きりの元老としてか、新参者になるかは分からないけれど。
(…今日と同じに、皆が私を見るのだろうな…)
他の席にも、元老が座っていたならば。
クーデターを起こしての着任ではなく、正式に元老の一人に就任したならば。
きっと彼らは、「キース」を見る。
遠慮会釈がある筈もなくて、「初の軍人出身の元老」となった異色の者を。
「あれがそうか」と、「冷徹無比な破壊兵器と訊いているが」と、浴びるだろう視線。
そして「彼ら」の好奇の瞳は、「キースの耳」へと向けられる。
今日の男がそうだったように。
話の合間に、チラリチラリと「見ていた」ように。
(…ピアスをしている軍人などは…)
いないからな、と百も千も承知。
女性の軍人も多いけれども、彼女たちでさえ「つけてはいない」。
上級士官になった場合は、「女性だから」と許されることもあるものの…。
(装身具の類は、軍紀で禁止になっているのが常識で…)
特別に申請しない限りは、下りない許可。
ピアスだろうが、指輪だろうが、ブレスレットやネックレスだろうが。
認識票さえ、表立っては「つけない」もの。
けれども「キース」が「つけている」ピアス、それは何処でも人目を引く。
軍の中でも、休暇で任務を離れた時も。
(男がピアスをつけているなど…)
普通の職業では、まず有り得ない。
注目を浴びる「スター」だったら、身を飾ることもあるけれど。
ピアスやブレスレットや、ネックレスなどで派手に飾りもするのだけれど。
(一般社会で働く者なら、せいぜい結婚指輪くらいで…)
男のピアスは「珍しい」もの。
まして軍人がつけているなど、誰の目で見ても「奇妙なこと」。
(元老の一人に選ばれたとしても…)
やはり同じで、「あれを見たか?」と皆が囁き交わすのだろう。
何処へ行っても、耳のピアスに視線を向けて。
「どうしてピアスをつけているのか」と、「まるで女のようではないか」と。
国家騎士団の中にいてさえ、目立ったピアス。
身につけて直ぐに昇進したから、さほど話題にならなかっただけ。
(二階級特進で、上級大佐になったのではな…)
それまでの「少佐」とは格が違うし、誰も無遠慮に眺めはしない。
上級大佐よりも上の階級、それに属する者は少ない。
そういった「上の階級の者」も、「キース」の任務と働きぶりは知っている。
グランド・マザーが直接、指名するほどだと。
下手に「キース」に口出ししたなら、自分の首が危ういのだと。
(…露骨に見る者は無かったが…)
きっと今でも、ピアスが気になる「軍人」は多いことだろう。
教官時代に教えたセルジュや、パスカルといった直属の部下も、その内に数えられるだろう。
彼らでさえも、「知らない」から。
「人の心を読む化け物」の、マツカでさえも「気付いてはいない」。
どうしてピアスをつけているのか、「何で出来ている」ピアスなのか。
あれほど何度も、「サム」の見舞いに足を運んでいるというのに。
(…ピアスを作ってくれた医者には、口止めをしてあるからな…)
サムの赤い血で出来ているピアス。
「そういうピアスを作って欲しい」と頼んだ医師には、口止めと、充分すぎる謝礼と。
今ではサムの主治医の「彼」は、生涯、誰にも喋りはしない。
SD体制がミュウに倒され、「キース」が死んだら別だけれども。
その状況で、「彼」が生き残っていたら、だけれど。
(…そうなった時は、ジョミー・マーキス・シンが知るのか…)
ジルベスター・セブンで対峙した時、彼が「見抜けなかった」こと。
どうして「キース」が「あそこに行ったか」、耳のピアスは「何だったのか」。
(ミュウの長でも、私の心は読めないからな…)
ソルジャー・ブルーの方であったら、読まれていたかもしれないけれど。
「友人の仇を取りに来たのか」と、一瞬の内に。
(しかし、あいつも読み取らなくて…)
ピアスの正体は知られないままで、ついに此処まで来てしまった。
誰に話す気も持たないだけに、「ただのピアスだ」と思われたままで。
クーデターを起こしてトップになっても、元老として迎えられても、話しはしない。
耳のピアスは何のためなのか、何で出来ているピアスなのかは。
(…サムとの友情の証だなどと…)
言おうものなら、きっと足元を掬われる。
「キース・アニアン」にも、「人情」があると知られたら。
友の見舞いに通っているのは、パフォーマンスではないと知れたなら。
(…私の口からは、きっと一生…)
話さないから、永遠に誰も「知ることはない」ままだろう。
サムの赤い血で出来たピアスを、「キース」がつけていたことは。
ミュウに敗れて、「ジョミー」が知る日が来ない限りは。
(…それも悪くはないのだがな…)
一人くらい知ってくれていても、という気もするのは、恐らく「ヒト」だからだろう。
無から作られた生命とはいえ、友がいて、「情もある」のだから。
冷徹無比な破壊兵器でも、「キース」も「ヒト」には違いないから…。
話さない秘密・了
※キースがピアスをつけている理由は、誰一人、知ってはいないわけで…。その材料も。
とんでもない噂になった話はネタ系で書いてしまいましたけど、こっちはシリアス。
(……厄介な……)
既に混乱し切っているな、と顔を顰めたキース・アニアン。国家騎士団総司令。
一日の執務を終えた後の時間、自室で向かったパソコンの画面。これが二十一世紀辺りの地球であったら、そのモニターに映っているのは、フェイスブックとでも言っただろうか。
首都惑星のノアはもちろん、全宇宙規模で広がるネットワーク。かつてはマザー・ネットワークだけが仕切っていたのに、今はそうではなくなった。
(発言の自由まで、セットものか…)
自由アルテメシア放送とは、よくも名付けた、と昔馴染みながら忌々しい。E-1077で共に学んだスウェナ・ダールトン、彼女が立ち上げた放送局の名前。
(最初の頃には、電波ジャック程度に思っていたが…)
ヤバイ橋を渡りまくった挙句に、今やミュウの側についているのがスウェナ。
ミュウの母船が最初に向かったアルテメシアに、単身、乗り込んで行った辺りで立っていたフラグ。幼馴染だったミュウの長、ジョミー・マーキス・シンと、どんな話がついたやら…。
(…ミュウが制圧した惑星では、自由アルテメシア放送が通信システムを握っていて…)
いわゆるテレビなどの類はもちろん、その他の通信網まで掌握したから、それが問題。
誰もが気軽に眺めるフェイスブックなどまで、今ではミュウが入り込む始末。まだ人類の支配下にある惑星だったら、異分子のミュウが「フェイスブックをやる」ことなど、有り得ないというのに…。
(どいつも、こいつも…)
プロフィールがモロにミュウではないか、と苦々しいキモチ。
表示されている楽しげな写真、それは「人類の写真」であるべきなのに、ミュウが山ほど。フェイスブックからして「このザマ」だから、もうあちこちのレストランとかの口コミなどまで、気付けば「ミュウが入り込んでいた」。
最初に陥落したアルテメシアは当然のことで、他の惑星でも幅を利かせるミュウたち。
(…実に腹が立つ…!)
堂々と人権を持ちやがって、と殴り付ける机。
ミュウが「情報を発信する」など、あんまりと言えば、あんまりな世界。
ひと昔前なら、マザー・システムを批判しただけでブラックリストで、処分されても仕方なかった。シロエの場合は「ミュウ因子を持っていた」のだけれど…。
(あいつが、本物のミュウでなくても…)
充分、ロックオンだっただろう。要注意人物で、場合によっては処分もやむなし、と。
ところがどっこい、時代は変わった。
今やネットに溢れまくるのが「ミュウたちの声」で、こうして国家騎士団総司令部からアクセスしたって、フェイスブックにミュウが山ほど。
(…おまけに実名登録だからな…)
あの忌々しいモビー・ディックに「乗っている」輩までもが、「やっている」始末。
流石に「ジョミー・マーキス・シン」は混ざっていないけれども、ブリッジクルーを名乗る者やら、迎撃セクション勤務の者まで、人類に混ざってフェイスブック。
もう本当に腹が立つわけで、彼らの名など見たくもない。他の惑星にいる「元は人類だった」ミュウやら、研究所などから解放されて、人生を謳歌するミュウの名前も。
(いったい、何人いるというのだ…!)
この宇宙でフェイスブックをやっているミュウは…、と検索してみて、ゾッとした。とんでもない数のミュウのプロフィールがヒットしたから、たまらない。
(……此処までなのか……!)
一割、いや二割くらいはミュウだろうか、という勢い。
それだけのミュウが何処から湧いたか、考えるだけでも恐ろしい。フェイスブックをやっていないミュウの数も考えたら、人類はヤバイかもしれない。
(…いや待て、人類もまだまだ捨てたものでは…)
勝機はある、と対サイオンの戦法なんかを確認しながら、ふと戯れに「マツカ」というミュウを探してみた。本物のマツカはフェイスブックをしないけれども、「同名のが、いるかも」と。
(ほほう…)
やはりいたか、と見付けた「マツカ」。姓が「マツカ」だから、男性ばかりか、女性もいる。顔はマツカに似ていないけれど、ミュウだと思えば「ミュウの顔か」という気もする。
(…マツカという名の、人類の方は…?)
そちらはどうだ、と検索したら、ミュウよりは遥かに多かった数。ホッと一息、人類にもまだ救いはある。同じ「マツカ」の数で言うなら、人類の方が多いのだから。
(他の名前も、まあ似たようなものだろう)
セルジュはどうだ、とブチ込んでみると、ミュウにも、人類にも「いた」セルジュ。こっちは名前で調べただけに、ドカンと数が多かった。
セルジュ・バトゥールだとか、セルジュ・テイラーだとか。
(…なるほどな…)
スタージョンで絞ればどうなるだろう、とキースが追加した「苗字」の方。するとガッツリ引っ掛かったわけで、「まさか、セルジュが!?」と慌てたけれど。
フェイスブックは軍紀で禁止だというのに、「やっていたのか!?」とビビったけども…。
(……別人か……)
同姓同名の一般人か、と納得の結果。
宇宙全体では「何人もいた」セルジュ・スタージョンは、軒並み、全て別人だった。国家騎士団に所属している、セルジュ・スタージョン大尉とは。
(…すると、マツカも…?)
宇宙には「ジョナ・マツカ」も何人もいるのだろうか、と戯れに打ち込んでみると、これまた複数ヒットした。オシャレなことに、ミュウの側にいる「マツカ」まで。
(……うーむ……)
あのマツカとは別人なのだが、と見入ってしまう「ミュウの」ジョナ・マツカ。まさかミュウにも同名の者がいるなんて、と皮肉に過ぎる現実に。
(…こうなるとだな…)
きっとパスカルも、グレイブなんかもいるのだろうな、と端から打ち込み、「もれなく」存在することを知って、零れる溜息。
人類にも、ミュウにも、パスカルもグレイブも「いる」ものだから。「グレイブ・マードック」という名の、ミュウまで存在しているから。
(…………)
この有様では、きっと「キース」も間違いなくいる。
今の今まで「オンリーワン」だと思い込んでいた、「キース・アニアン」という人間だって。
(…たまたま、同じ名前のメンバーズがいなかったというだけで…)
一般人なら、「キース・アニアン」の名を持つ者もいるだろう。見た目は似ても似つかなくても、中身もすっかり別人でも。
(それこそ、フェイスブックにだな…)
もう思いっ切り「おバカな」写真をアップしている「キース・アニアン」、そんな輩も。
「こいつが、私と同じ名前か!?」と泣きたくなるほど、情けないようなスカタンな「キース」。絶対にいるに違いないから、ちょっぴり指が震えてしまう。
「この先は禁断の扉なのでは」と、「調べたら、後悔するのは」などと考えたりして。
けれど、キースも「人間」ではある。
機械が無から作ったものでも、三十億もの塩基対を合成した上、DNAという鎖を紡いで「ヒト」に仕上げた存在でも。
ゆえに「好奇心」だって持っているから、止められなかった「自分の指」。
パソコンのキーをカタカタ叩いて、「キース・アニアン」という名を打ち込むのを。「私と同姓同名の者は、宇宙に何人いるというのだ?」と、検索させる指示を出すのを。
宇宙に広がるマザー・ネットワークと、全宇宙帯域でさえ力を発揮する「自由アルテメシア放送」の方と、両方が答えて来たのだけれど…。
(なんだって…!?)
いないのか、と驚かされた検索結果。「キース・アニアン」という人間はゼロ。人類はもちろん、ミュウの方にも「キース・アニアン」は「いなかった」。
本当に、ただの一人でさえも。人類にも、化け物のミュウどもの世界にだって。
(……これはまた……)
私の名前は珍名なのか、と「この年になって」初めて知った現実。
遠い昔の地球の「日本」、其処でだったら、とても困ったことだろう。出先で「ハンコを忘れた」と気付いて、慌てて店に駆け込んでも、目的のブツが手に入らなくて。
出来合いのハンコ、いわゆるシャチハタ。それが「まるで売られていない」パターン。観光名所などで土産に売られる、ご当地名物の「竹のハンコ」とかも。
(…そうだったのか…)
その「日本」に生まれなくて良かった、と撫で下ろした胸。
メンバーズならぬ、「できるサラリーマン」、そういうキースは「ハンコを忘れはしない」けれども、万一ということはある。
(社運がかかった取引の席に、ハンコを忘れて行くというのも…)
絶対に「無い」とは言い切れないから、「今で良かった」と、つくづく思うキースは知らない。そんな席では「シャチハタは使えない」ことを。なにしろ時代が違いすぎて。
(……日本に生まれなくて良かった……)
宇宙規模でも「無い」珍名なら、日本のような小さな国では、完璧にアウトだったろう。自分の他には誰一人いない「珍名」なんぞは、シャチハタも無い。
今の時代でさえ、「いない」のだから。…日本とは、桁違いの数の人間がいても。
(…レアものの名前だったのだな…)
そして私はオンリーワンか、と視点を変えれば気分がいい。
この広大な宇宙に「キース・アニアン」は一人、きっと「世界で一つだけの花」。シャチハタな日本の古いヒット曲に、そういう曲があったらしいけれども、そのものズバリ。
(今の時代でさえ、オンリーワンだ…!)
キース・アニアンは一人だけだ、と誇らしい。他には一人もいないのだから。
「セルジュ・スタージョン」やら、「ジョナ・マツカ」やらは、宇宙に何人も転がっている。他の部下たちも、「グレイブ・マードック」も、同姓同名が何人も。
それなのに、いない「キース・アニアン」。
なんと素晴らしい名前だろうか、とマザー・イライザに感謝したくなる。
(理想の子だ、と言っていただけはあって…)
名前まで「誰とも被らない」ものを寄越したのか、と悦に入っていて、ふと気が付いた。
遠い昔の日本だったら、シャチハタも無い、という知識は「機械が教え込んだ」もの。理想の指導者は膨大な知識を持つべきだ、と水槽の中で流し込まれたものだけれども…。
(…そのシャチハタが、無かった者たちは…)
珍名だけあって、「その一族」しか持っていない苗字、そんな人間たちだった。婚姻などで少し増えたりしても、広がらなかった「珍しい姓」。
けれども、「キース・アニアン」の場合は、どうだろう。
(…キースは、普通にいるのではないか?)
特に珍しいとも思えんが…、とキーボードを叩いて検索させたら、膨大な数の「キース」が出て来た。それこそ人類も、ミュウも、山ほど。
(だったら、アニアンが珍しいのか…?)
あまり聞かないが…、とブチ込んでみると、こちらも「相当な数」がヒットした。人類にも、ミュウにも「アニアン」は「いる」。
(……珍しい姓では、なかったのか……)
そうなってくると、「キース・アニアン」という「組み合わせ」の結果がレアなのだろう。
「アニアン」の姓を持っている者たち。彼らが養父母になって、息子に「キース」と名付けなかったら、「キース・アニアン」は誕生しない。
(しかしだな…)
そんなことなど、あるのだろうか、と不可解ではある。誰一人「思い付かない」なんて。
実に不思議だ、とキースは思って、「オンリーワン」の誇りも何処へやら。
「もしや、マザーが関与したのでは」と心配になって。
(……キース・アニアンという名前自体が、もう本当にオンリーワンではあるまいな…?)
これが「禁じられた組み合わせ」でないなら、他の時代にも「いる」だろう。
「キース・アニアン」という名の人間が。
激しく馬鹿でも、犯罪者でも、この際、なんでもいいから「出会いたい」。
そう考えて叩くキーボード。「今の時代にいないのだったら、過去のキースを」と。
(おおっ…!?)
けっこうな数がいるではないか、と検索結果に覚えた感動。
ところが、大勢の「キース・アニアン」のデータ、それは残らずSD体制以前のもの。名も無い一般人の「キース・アニアン」もいれば、軍人も学者もいるけれど…。
(……SD体制が始まってからの、六百年近く……)
キース・アニアンは「一人もいなかった」。
つまりは「封印された名前」で、いつか「理想の子」が完成した時に名付けるべく…。
(…お蔵入りだったというわけか…!)
そんな「オンリーワン」は要らん、とキースは頭を抱える。
これでは「名前まで呪われた」ようなものだから。
無から生まれただけでもショックで、「あんまりだろう」と思いもしたのに、名前まで「ソレ」を証明するモノ。
(もうちょっと、普通の名前でいい…!)
せめてシャチハタ…、とキースの苦悩は尽きない。
もはやリーチに思える人類、それを導くために「作り出された」自分自身が気の毒すぎて。
生まればかりか、その名前までが「オンリーワン」なんて、もはや退路も無さそうな感じ。
もっと普通の名前だったら、「他人です」とも言えたのに。
「同姓同名の別人なんです」と逃げも打てたというのに、どうやら自分は無理っぽい。
オンリーワンの生まれに名前で、もう最後までオンリーワンな人生だから…。
レアすぎる名前・了
※いや、「キース・アニアン」って名前は、誰が付けたのかと思ったわけで…。
理想の指導者に名付けるんなら、きっと普通じゃないだろう、というお話。レアものです。
(えーっと…?)
こういう時には…、とジョミーが探ってゆく記憶。
アルテメシアは陥落させたし、この先はどういう道を進んで戦うべきか、と。
今は亡きブルーが「遺した」記憶装置は、実に頼りになるアイテム。三世紀以上にも及ぶ、長として生きた「ソルジャー・ブルー」の「全て」が詰まっているだけに。
(…地球の座標を手に入れたからには、一刻も早くアルテメシアを…)
後にするのがベストだろうか、と「ブルー」の考え方を確認。「それでいいよね」と頷いた。
もしもブルーが「生きていた」なら、そういう道を選ぶ筈だし、「ジョミー」は間違ってはいない。自信を持って仲間たちにも宣言できる、と自室で「明日の予定」を立ててゆくけれど…。
(…あれ?)
ちょっと待って、と頭に引っ掛かったこと。
今、迷わずに決めた方針。「ブルーがやっても、こうなるんだから」と自信に溢れて。
ナスカがメギドに滅ぼされた後、「アルテメシアへ戻ろう」と、天体の間で大演説をぶった時にも、こうだった。「ぼくが正しい」と、「ブルーだって、同じことをする」と確固たる信念もあったのだけども…。
(その根拠って…)
コレじゃないか、と思わず指差した、頭に装着している補聴器。
元々はブルーの「補聴器」だったモノで、フィシスが託されていた「ジョミーへの形見」。
(ただの形見だと思ってたのに…)
青の間でフィシスから受け取った時は、そう考えた。「ただの補聴器」と。
けれどブルーが「遺して行った」のなら、一応、頭に着けてみるべき。聴力には何の問題もなくて、補聴器なんかは不要な身でも。
(そうするのが、ブルーへの礼儀だと思って…)
装着したら、膨大な量の記憶が流れ込んで来た。ソルジャー・ブルーの「生き様」が全て。
まるでブルーが「直接、語り掛けてくる」かのように。
補聴器をフィシスに託す直前、ブルーが遺した「最後の思い」。
『俯くな、仲間たち。…ぼくの死を乗り越え、生きて地球を目指せ』。
そのメッセージを受け取ったから、「地球に行こう」と決心した。まずはアルテメシアを落として、其処を足掛かりに地球を目指す、と。
(……俯くな、仲間たち……)
アルテメシア行きを宣言した時の、演説の出だしは「ソレ」だった。
今から思えば「ブルーの遺言」そのまま、まるっとパクッたような「アレ」。
(…ブルーがそう言っていたんだから、って…)
背中を押して貰ったキモチで、太鼓判を押して貰った気分でもあった。
それ以来、「ミュウの未来」を考える時は、「記憶装置の中身」を探るのが習慣。「ブルーだったら、どうするんだろう?」と、「ぼくの考え方で、合っているのか?」と、今みたいに。
(それはいいんだけど…)
とっても頼りになるんだけれど…、と思う一方、気になる「空白」。
(…すっぽりと抜けているんだよね…)
十五年分、と溜息をつく。
アルテメシアを追われるように脱出した後、ブルーは間もなく、深い眠りに就いてしまった。それきり一度も目覚めることなく、ナスカの惨劇の直前に「再び目覚めた」ブルー。
その間の記憶は何一つなくて、ただの「空白」。
ブルーが「深く眠っていた」なら、そうなるのも仕方ないとはいえ…。
(……誰も気付かなかったわけ!?)
眠り続けるブルーの頭に「あった」補聴器、その正体は「記憶装置を兼ねた」ブツ。
持ち主が「深く眠ったまま」なら、その記憶装置が「記録すべきこと」は全く無い。ブルーは眠っているだけなのだし、何も「考えてはいない」だけに。
(…だったら、ぼくに貸してくれれば…)
良かったんじゃないか、と今頃になって気が付いた。
あの時、「コレ」が「ジョミーの頭に」くっついていたら、どれほど頼りになったろう。ナスカを見付けて、降りるまでの長い年月に。
(…みんなの心が疲れ果てて、日に日に荒んでいっても、あの頃のぼくには…)
どうすればいいのか、まるで分かりはしなかった。「どう導けばいい」のかも。
それでは、ブリッジに顔を出すのも辛い。他の仲間たちの視線も痛い。
(…だから、ヒッキー……)
ほぼ引きこもりの日々だったわけで、「ジョミー」の評価はダダ下がりだった。
けれど、あの時、「記憶装置」があったなら…。
(絶対、引きこもっていなかったし!)
とても頼もしい相談役がついているのだから、自信に溢れた「ソルジャー」になって、評価も上がっていたのだと思う。「流石は、ソルジャー!」と、皆に絶賛されて。
そういうことじゃん、とジョミーが受けた衝撃。
十五年もに及んだ「引きこもり」生活、それは「導き手がいなかった」せい。
ブルーは眠り続けていたって、記憶装置さえ借りられたならば、何もかもが違っていただろう。ナスカに降りるまでの放浪、その期間だって短くなって。
(…ぼく一人だと、思い付きさえしないけど…)
ブルーだったら、きっと気付いた。「今は、休息が必要だ」と、フィシスの占いに頼るまでもなく、「取るべき道」に。
早くにナスカに着いていたなら、あの星はもっと、豊かになったに違いない。
(…初めての自然出産だって…)
皆の気持ちに余裕があったら、当然、何処かから「そういう声」が上がっただろう。ミュウの子供が船に来ないのなら、「作ればいい」と前向きに。
(最初の間は、人工子宮を作れないか、とか、旧態依然とした考え方しか…)
無かったとしても、いずれ誰かが思い付く。ミュウのパラダイスのようなナスカで、ゆったりと日々を送っていれば。
(満ち足りた生活、っていうヤツは…)
いろんな発想を生み出すよね、と思うものだから、「あんまりなんじゃあ…?」と声も無い。
ブルーの記憶装置さえ貸して貰えていたなら、ドツボにはまりはしなかった。ヒッキーなんかは「してもいなくて」、ナスカでも「良き指導者」として立っていただろう。
(キースが、ナスカに来た時だって…)
後手後手に回ってしまった「あれこれ」。
そちらも「ブルーの記憶」があったら、もう完璧に乗り越えられた。ブルー自身が「そうした」ように、「地球の男」の退路を断って、「逃がしはせずに」。
(それでも逃げて行ったとしたって…)
ジョミーに「指導者としての」力があったら、「ナスカ脱出」は鶴の一声。
「直ちに、ナスカを離れて逃げる!」と撤収命令を出しさえすれば、皆、粛々と従っただろう。
「ソルジャーが逃げろと言うんだったら、本当に危ないに違いない」と納得して。
(…逃げていたなら、メギドが来たって…)
ナスカは空っぽ、被害はゼロ。
そしてブルーが「目覚めなくても」、「ジョミー」は「思い付いた」と思う。ナスカまで滅ぼそうとする人類を相手に、「何をすべきか」を。
(うーん…)
誰も教えてくれなかったし、と愕然とさせられる「補聴器」のこと。
まさかブルーが「自作した」とも思えないから、その存在を「知っていた」者が、きっと、船にいる筈。メカには強いゼル機関長とか、シャングリラを纏めるキャプテンだとか。
(ぼくに、説教を垂れるより前に…!)
コレを教えて欲しかった、と痛切に思う「補聴器の真実」。ソレに詰まった「ブルーの記憶」。
今現在、こうして「使っていても」オッケーならば、あの頃だって同じこと。今よりもずっと「頼りなかった」、初心者マークの「ジョミー」が頼って、何故、悪いのか。
(教えてくれなかった、ハーレイたちも酷いけど…)
ひょっとしたら、ブルーの許可が無いと、補聴器は「貸し出せなかった」ろうか?
それなら「黙っていた」のも仕方ないことで、無理もない。そうなってくると、悪いのは…。
(…万一の時には、ジョミーに渡せ、って…)
言っておかなかった「ブルー」が、諸悪の根源なのかもしれない。
「ぼくはもうすぐ燃え尽きる」などと言っていたから、「ポックリ逝く」可能性は充分あった。
(死んだ時には、渡せって言っていたかもだけど…)
それ以外の事態も、想定しておいて欲しかった…、と記憶装置を探っていったら、見付けた記憶。恐らくブルーが、繰り返し抱いていた「イメージ」。
(……はい、はい、はい……)
ソレしか「考えていなかった」んですね、とジョミーは地味にブチ切れた。
記憶装置にあったイメージ、其処でブルーは「青の間のベッドで」大往生を遂げていた。大勢の仲間や長老たちに見守られながら、赤い瞳を静かに閉ざして。
その直前に「ジョミーに補聴器を渡して」、これで全ては終わったとばかりに。
(……こんな夢ばかり、何度も見ていなくっていいから……!)
もっと現実を見て欲しかった、と心の中で絶叫したって、後の祭りというヤツでしかない。
ブルーにとっては、「大往生」以外の「最期」なるものは、「想定外」だっただけに。
(…昏睡状態になったまま、十五年間というシナリオは…)
この人の中には無かったわけね、とジョミーがギリギリと噛み締める奥歯。
「やってられっか!」と、「この人のドリームのせいで、ぼくは十五年間もヒッキーで…!」と怒り心頭、何もかも全部、「ブルーが悪い」。
ヒッキー人生を送らされたのも、ナスカの惨劇も、無駄に遠回りさせられた地球への道も。
なんてこったい、とジョミーは怒って、「そういうことなら…」と、考え直した「今後」。
ブルーのような「酷すぎる」独りよがりな発想、ソレが「通る」のなら、ぼくだって、と。
なにも「理想の指導者」、「良きソルジャー」などでなくたっていい。地球まで、最短で行けるのだったら、「独裁者だって、いいじゃない!」と握り締めた拳。
(繊細なミュウを、導きながら地球に行くなら、まだまだ先は長いけど…)
人類並みにタフな神経の「ジョミー様」が「好きにしていい」のだったら、劇的に短縮できるだろう時間。「繊細なミュウ」の心情などは、サラッと無視して、ただガンガンと進んでゆけば。
(……よーし……)
やってやる! と固く心に誓ったジョミー。
その翌日から、彼は「変わった」。血も涙もない「ソルジャー」に。
仲間たちの泣き言には、一切耳を貸さないばかりか、降伏して来た人類軍の救命艇さえ、「やれ」と爆破を命じるような、冷血漢。「鬼軍曹」と皆が恐れる、ソルジャー・シンに。
(…ブルーの記憶がどうなっていても、結局は「地球に行け」ってことだし…)
結果が出せればそれでいいんだ、と「すっかり人が変わった」ジョミーは、地球への道をひた走ってゆく。「地球まで行ければ、誰にも文句は言わせない!」と、ただ一直線に。
(ぼくが変わった原因ってヤツには、誰も気付いてないみたいだけど…)
知ったら文句も言えなくなるさ、と「鬼のジョミー」は進み続ける。
「十五年も無駄にさせられたんだ」と、「補聴器のことさえ知っていたら…!」と、個人的な恨み全開、ブルーへの怒りMAXで。
そうやって、辿り着いた地球。
グランド・マザーとの戦いの末に、負ってしまった致命傷。
(……畜生……!)
このジョミー様の「苦悩の生涯」は、誰にも分かって貰えないままで、この地の底で終わるのだろうか…、とジョミーが、半ば覚悟をしていた所へ、トォニィが来たものだから…。
「トォニィ。…お前が次のソルジャーだ」
ミュウを、人類を導け…! とジョミーは「補聴器」をトォニィに託し、ただ満足の笑みを浮かべた。トォニィが、いつか「ジョミーの記憶」を見てくれたなら…。
(……全てが分かるし、お前は、ぼくの轍を踏むんじゃない……!)
ついでに、ぼくの名誉も回復して貰えたら…、と夢もちょっぴり見たりする。
どうして「ジョミー」が「鬼になったか」、それをシャングリラの仲間たちにも、遅まきながら、分かって貰えたならね、と…。
補聴器の盲点・了
※いや、ブルーが昏睡状態だった間は、あの補聴器の記憶を「使えた」んじゃあ、と…。
わざとなのか、ナチュラルに忘れられていたか。補聴器の記憶さえ「使えていたなら」ね…。
(……新入生……)
また増えるんだ、とシロエが見下ろす手摺りの向こう。
遥か下にある、E-1077のポートに着いた人々が出てくるフロア。
新入生を乗せた船が着くと耳にしたから、こうして眺めにやって来た。
此処に来た時の「自分の気持ち」を思い出すために。
(…今はキョロキョロしてるけど…)
勝手が分からず、おどおどしている新入生たち。
けれども、じきに彼らは「慣れる」。
E-1077という場所にも、子供時代の記憶を失くしてしまったことにも。
(覚えていたって、戻れない過去は要らないってね)
育ててくれた養父母のことも、馴染んだ故郷の風も光も、彼らは捨てる。
マザー・イライザの導きのままに、ホームシックになることもなく。
「家に帰りたい」とは考えもせずに、新しい生活に夢中になって。
(……ぼくは、そうなれなかったんだ……)
別に悔しいとは思わないけど、と返した踵。
機械に与えられた屈辱、それさえ忘れなければいい。
自分が何を失くしたのかを、機械に何を奪われたかを。
(…テラズ・ナンバー・ファイブ…)
アルテメシアで成人検査を行った機械。
左右非対称の顔をしていた、忌まわしく呪わしい存在。
あの機械の顔は忘れないのに、父と母の顔は薄れてしまって思い出せない。
どんなに記憶を手繰り寄せようとして頑張ってみても、欠けた記憶を補おうとしても。
「母に似た姿」でマザー・イライザが現れた時に、懸命に紙に描き付けても。
(…失くした記憶は、取り戻せなくて…)
きっと努力を怠ったならば、見る間に消えてゆくのだろう。
遠ざかる過去を繋ぎ止めようと、必死にしがみつかなかったら。
「記憶を消されてしまった」事実を、忘れまいとして足掻かなかったら。
今日も此処まで「見に来た」ように。
此処へ来た日の自分の心境、それを決して手放すまいと。
忘れるもんか、と戻った部屋。
今日の講義は全て終わって、夕食もカフェテリアで済ませて来た。
もうこの部屋から出ることは無いし、後の時間は「自分のもの」。
さっき「見て来た」新入生たち、彼らと自分を重ねてみる。
「此処に来た日」の自分はどうかと、彼らより少しはマシだったかと。
(…ピーターパンの本を持っていたから…)
失くしてはいなかった「拠り所」。
両親も故郷も忘れさせられても、ピーターパンの本は残ってくれた。
幼い頃から宝物にして、成人検査の日にさえも「持って出掛けた」本。
成人検査を受ける時には、荷物は持って行かないというのが決まりだったのに。
(そんな決まりを守る方が、どうかしてるってね)
さっきの新入生たちにしたって、何も持ってはいなかった。
自分と同じ宇宙船に乗って来た候補生たちも、「思い出の品」は持たないまま。
その分だけでも「シロエ」には運があったのだろう。
思い出のよすがを持って来られて、両親を、家を、故郷を懐かしめるのだから。
(…だけど、そんなの…)
懐かしむ奴らもいやしないから、と分かってはいる。
此処で暮らす生徒たちが考える「故郷」というのは、自分とは違うモノらしい、と。
彼らは「幼馴染」や「故郷という場所」を懐かしく思い出しているだけ。
どういう友達と共に育ったか、同郷の者が誰かいはしないかと。
「今の自分」に繋がる現実、それしか彼らは求めてはいない。
E-1077で生きてゆくのに、「とても役立つ」記憶だけしか。
友を作るなら誰と気が合うとか、故郷での思い出話とか。
(…そういうのはスラスラ話すくせにね…)
養父母のことや、故郷の風や光なんかは、彼らにとっては「どうでもいいこと」。
機械が全てを消し去っていても、まるで疑問に思いはしない。
(……ぼくだって……)
その「からくり」には、もう気付いている。
「シロエ」の中にも、消えずに残った記憶が幾つもあるものだから。
友の顔だの、エネルゲイアの学校だのは、今も忘れていないのだから。
記憶を「選んで」消していった機械。
憎らしいテラズ・ナンバー・ファイブ。
消された記憶を「取り戻す」には、気の遠くなるような時がかかるのだろう。
いつの日か、地球のトップに立てる時まで。
国家主席の座に昇り詰めて、機械にそれを命じる日まで。
「奪った、ぼくの記憶を返せ」と、国家主席の命令として。
その日まで、記憶は戻りはしない。
何度、ポートに通い詰めても、新入生たちの姿を目で追ってみても。
「ぼくも最初は、あんな風だった」と、「此処での記憶」が蘇るだけで。
(…それよりも前に消された記憶は…)
戻りやしない、と唇を噛む。
機械が無理やり奪った記憶を戻す術など、何処にもありはしないのだから。
「それを戻せ」と命じない限り、機械は「返してくれない」から。
(……自分の力で取り戻すなんて……)
出来やしない、と悲しくて辛い。
それが出来るだけの力を得るまで、いったい何年かかるだろうかと。
(…今すぐにでも返して欲しいのに…)
取り戻せるなら、何としてでも取り戻したいと思うのに。
そのためだったら、惜しいものなど何一つありはしないのに…。
(…機械が奪ってしまった記憶は…)
けして返って来てはくれない。
どんなに捜し求めようとも、何処かに消えてしまったままで。
脳の奥深く沈められたか、跡形もなく処理されて無いというのか。
(……どっちなんだろう?)
失くした記憶は「何処にも無い」のか、あるいは「押し込められた」のか。
思い出せないだけで「持っている」ものか、「持ってはいない」ものなのか。
(…成人検査の時のショックで…)
記憶が消えてしまう例が、たまにあるのだと聞いた。
機械は其処まで求めていないのに、一部が欠落してしまうことが。
(……意図してないのに、消えるんだとしたら……)
機械は「脳」を弄ってはいない。
外部から与えたショックか暗示か、そういった形で消したのだろう。
成人検査の時に受けた思念波、あれを使って。
脳に大きな負荷をかけたか、何らかの方法で「押し込めた」記憶。
(押し込める時に失敗したなら…)
予期しないことまで「消える」というなら、その逆もまた可能だろうか。
「消えた筈」の記憶を「元に戻す」こと、それが出来ると言うのだろうか。
(…記憶喪失っていうのがあるよね?)
大きなショックを受けた時などに、記憶がストンと抜け落ちること。
抜け落ちた記憶は、何かのはずみに「自然に」戻ることがある、とも。
消えた記憶の鍵になるもの、それを目にした時に戻って来るだとか。
(頭を打ったら、よく起こるって…)
その手の記憶障害などは。
抜け落ちた記憶が戻る時にも、再び頭を打ったりする。
正真正銘、外部からの衝撃が左右する記憶。
(…そういうことが、あるんだったら…)
自分の記憶も同じだろうか。
E-1077で「暮らす」だけでは戻らなくても、突然の事故に遭ったりすれば。
(無重力訓練の時なんかだと…)
命の危険が伴うのだから、高いかもしれない可能性。
重力がある場所に戻った途端に、姿勢を、バランスを崩したならば。
(床や壁に頭をぶつけてしまって…)
その時のショックで、失くした記憶が戻るだろうか。
故郷で暮らしていた頃の「シロエ」、子供時代の「自分」に戻れるだろうか。
(戻れるんなら…)
それもいい。
「子供に戻ってしまったシロエ」は、候補生としては失格でも。
地球のトップを目指す道など、閉ざされて病院暮らしでも。
それもいいかも、と思わないでもない「戻る道」。
自分が自分に戻れるのならば、メンバーズなどになれなくてもいい。
両親を、故郷を、全て「思い出して」、幸せに生きてゆけるなら。
たとえ病院の中であろうと、「全てを」もう一度、手に出来るなら。
(…それで記憶が戻るんならね…)
エリートの「シロエ」は、いなくなってもかまわない。
子供時代に戻れるのならば、自分から進んで事故に遭ってもいいとさえ思う。
新入生の姿を見に行ったポート、あそこの手摺りを乗り越えても。
夢中になって覗き込むふりをしながら、手摺りを放して身を投げても。
(あそこから真っ直ぐ落ちて行ったら…)
習った受け身も取らなかったら、自分は子供に戻れるだろうか。
本物の両親は「其処に」いなくても、いてくれるようなつもりになって。
ピーターパンの本を手にして、「パパ、ママ!」と開いて見せたりもして。
(いい子の所には、ピーターパンが迎えに来るんだよ、って…)
いつも笑顔で、無邪気な「シロエ」。
そういうシロエに戻れるのなら、その確証があるのなら…。
(…あの手摺りを越えて、飛ぶんだけどね…)
飛びたいとさえ思うけれども、百パーセントではない「結果」。
単に命を落とすだけとか、身体の自由を失くしてしまっておしまいだとか。
その可能性も充分あるから、「宙に飛び出す」ことは出来ない。
それが一番の早道でも。
地球のトップに昇り詰めるより、早く記憶が戻りそうでも。
(…やっぱり、まだまだ何十年も…)
記憶は戻ってくれないんだ、と零れる涙。
本当に記憶が戻るのだったら、手摺りを越えて宙に舞うのに。
百パーセントの結果が出るなら、病院暮らしの「子供のシロエ」でかまわないのに…。
記憶が戻るなら・了
※サムが「子供に戻っていた」なら、機械が消した記憶は「戻せる可能性がある」わけで…。
シロエだったら憧れるかも、という話。百パーセントの結果でなければ駄目ですけどね。
「やはり、今月も無理だったか…」
ブルーはフウと溜息をついた。青の間に集った長老たちを前にして。
「はい。…こればかりは、どうにもなりませんようで…」
皆、努力しておりますが…、とキャプテンが代表で詫びを言うのも、とうの昔にお約束。
なにしろ問題は「船のこと」だし、ミュウたちの母船、シャングリラはキャプテンが纏め上げるもの。それこそ船の隅から隅まで、ありとあらゆる事象も、喧嘩の仲裁なども。
(……この船では、やはり駄目なのか……?)
困ったことだ、とブルーが眺める報告書。長老たちが持って来たソレ。
其処には「全く発見出来ず」と書かれていた。シャングリラ全体の見取り図を添えて、フロアや区域ごとに分かれた詳細な「目撃情報」について。
「ハーレイ。…今月は、どのくらいの数を放した?」
「三千ほどです。成体を五百は放ちましたし、他にも様々な成長段階のものを」
卵も二百は置いたのですが…、とハーレイの顔色はまるで冴えない。船全体で取り組み始めて、もう何年になることか。なのに成果は全く出なくて、「全く発見出来ず」なだけに。
「三千か…。それに卵を二百も置いても、全て死滅するというのが現状なんだな?」
「そのようです。しかも一ヶ月も持たないくらいに、致命的に環境が合わないらしく…」
ハーレイが眉間に寄せている皺。そうなるのも無理は無いだろう、とブルーも思う。
シャングリラ中に三千も放った、「それ」は非常に生命力が強い。水さえ摂取していない状態のものでも、三十日から四十日は「生存する」というデータもある。
けれど、「シャングリラ」という船は「例外」らしい。
三千もの数を放ってみても、目撃情報は何処からも出ない。ブリッジだろうが、厨房だろうが、大勢が暮らす居住区だろうが。
ブリッジはともかく、厨房や居住区は「ソレ」に好まれそうなのに。
データベースから引き出した情報によれば、お誂え向きと言ってもいいほどの場所。栄養源には事欠かないし、室温などもピッタリだろう。「ソレ」が繁殖できる所も幾つもあって。
なのに、一向に「増えない」ソレ。
増えるどころか端から死亡で、見付かるものは死骸だけ。「生きた状態」での目撃情報などは、今日までの日々に一度も無かった。
「生きている姿」を最後に見た者、それがイコール「放した者」だという勢いで。
(このシャングリラの、何処がいけないというのだろう…?)
アレさえも生きていられないとは…、とソルジャーであるブルーの悩みは尽きない。
これが人類の船だったならば、「アレ」はいくらでも生きられる筈。輸送船などの民間船でも、人類軍の戦艦や駆逐艦でも。
(人間が全て死滅した後も、アレは生き残ると、遠い昔から言われたほどで…)
実際、地球が「滅びた」時に、それは証明されたと伝わる。
青く輝く水の星、地球。全ての生命の母なる星。
愚かしい人類たちのせいで汚染され、何も棲めなくなってしまった。有毒の大気に、魚影さえも見えなくなった海。地下には分解不可能な毒素。
人類は地球を離れるしかなく、SD体制が敷かれた宇宙。
最後の「人類たち」が乗り込んだ船が地球を去る時、誰もいなくなる寂れた宙港、其処を走ってゆく「ソレ」の姿を見た者たちが何人もいた、と。
これが最後の別れになる、と見回した人影の消えたロビーや、ラウンジなどで。
もはや滅びてゆくしかない地球、それでも「ソレ」は「生き残っていた」。いったい何を食べていたのか、何で命を繋いでいたか。宇宙へと去ってゆく人類は「彼ら」で最後だったのに。
(…最後に地球を撤収して行った者は、研究者たちで…)
民間人とは違っていたから、地球を「去ってゆく」時が来るまで、宙港などに用は無い。
つまり「宙港を維持する」ライフラインさえ生きていたなら、中の設備は「どうでもいい」。
広いターミナルなどを掃除しなくても、かつて賑わったレストランなどが廃墟と化してしまっていても。…研究者たちは「地球を離れる日」まで、其処には「行かない」のだから。
(彼らの仕事は、地球再生機構の整備と、グランド・マザーの最終調整などで…)
それは多忙な日々だった筈で、「彼らだけでの、地球での生活」は一年以上だったとも言われている。彼らを除いた人類が全て、母なる星を離れた後に。
一年以上も、誰一人として足を踏み入れないまま、放置されていた地球の宙港。
ライフラインが生きていただけに、夜は自動で明かりが灯って、空調なども効いていた可能性はある。けれど「人間がいない」のだから、水や食料は「無かった」だろう。
(その状態でも、アレは食べられる何かを見付けて…)
宙港で生きて繁殖を続け、「地球を去ってゆく」者たちの前を走って行った。
滅びゆく地球などには「我、関せず」と言わんばかりに、カサカサカサと。一目で「アレだ」と誰もが気付く姿を、黒く艶やかに光らせながら。
地球に残った「最後の生命」、その正体はゴキブリだった。
恐竜よりも古い時代から地球で暮らして、滅びゆく地球の宙港でさえも「目撃された」しぶとい生き物。生命力が強すぎるあまり、遥か昔から人間たちに「激しく忌み嫌われていた」ほどに。
(今もやっぱり、嫌われているとは聞くんだが…)
何処にでも棲んでいるのがゴキブリ、人類たちも手を焼いている。
シャングリラが潜む雲海の星、アルテメシアでも、嫌われまくっているのが実情。目覚めの日を迎えていない子供を育てる養父母たちも嫌うし、ユニバーサルの職員たちもゴキブリを嫌う。
(駆除用のアイテムも、山ほど開発されているのに…)
まるで歯が立たない相手がゴキブリ、どんな場所でも馴染んで増える。
けれど、シャングリラは「駄目だった」。
三千ものゴキブリを船に放って、卵を二百個も持ち込んでみても、「全く発見出来ず」な船。
見付かるものは死骸ばかりで、生きたゴキブリは「目撃されない」。
この現象が意味する所は、悲しいことに、たった一つだけ。
「ゴキブリさえも生きてゆけない」船がミュウの母船で、ゴキブリが生きる価値もない。此処で命を繋いでゆくだけ無駄だ、と「神が思っている」ということ。
いずれ船ごと殲滅されて滅びてゆくのか、ミュウそのものが先細りで消えてゆく種族なのか。
どちらにしたって、「この船にいても」未来は無い。
だからゴキブリを放しまくっても、彼らは端から死滅してゆく。繁殖する前に、ひっそりと。
(こんな船では、もう本当に…)
ミュウには未来が無いのでは、とブルーの憂いは増すばかり。
遠い昔は、「沈む船からはネズミが消える」と船乗りたちが言っていたらしい。船が出港しない内から、ネズミたちは船を見捨てて逃げた。野生の勘で「滅び」を知って。
(…ネズミの姿が消え失せた船は、必ず沈むという言い伝えで…)
縁起でもない、と船乗りたちは恐れて、乗船拒否をしたとも言う。
そのネズミよりも「逞しい」のがゴキブリなのに、シャングリラには「ゴキブリさえいない」。
これでは「いつか、必ず沈む」と神が予言をしたようなもの。
そうならないよう、なんとしてでも「ゴキブリが欲しい」。
誰もが思って、懸命に取り組むプロジェクト。「このシャングリラに、ゴキブリを!」と。
たかがゴキブリ、されどゴキブリ。
ソルジャー・ブルーが指示を下しては、毎月、船に放たれまくるゴキブリたち。それでも彼らは一向に増えず、ただ「死んでゆく」だけだった。
そうする間に、終わりが見えて来た「ブルーの寿命」。まだゴキブリは「船にいない」のに。
(…この船は、やはり沈むのだろうか…)
ぼくの命が燃え尽きたら…、とブルーは諦めかけていた。其処へ現れた、新しい命。皆が求めるゴキブリではなくて、タイプ・ブルーのサイオンを持った健康な子供。
(…ジョミー・マーキス・シン…)
この船の未来を彼に託そう、とブルーは決めた。ゴキブリもいない船だけれども。
ジョミーの成長を見守り続けて、ゴキブリを増やすプロジェクトの方も、せっせと続けて、何年もの時が流れて行って…。
ようやく船に迎えたジョミー。やはりゴキブリは「いないまま」の船。
ジョミーは船に馴染もうとせずに、「家に帰せ!」と叫んだ挙句に、それはとんでもない騒ぎになった。ユニバーサルの保安部隊に捕まり、心理探査を受けた末にサイオンを爆発させて。
衛星軌道上まで「逃げた」ジョミーを、ブルーは残った力をかき集めて追い、尽きるかとさえも思った寿命。なんとか生きて戻れたものの、もうシャングリラの指揮は出来そうもない。
『…ジョミー・マーキス・シン…。彼に私の心を託す』
船の仲間たちにそう告げた後は、もはやゴキブリどころではなく、ただ横たわるだけだった。
ソルジャー候補にされたジョミーは、ブルーを継ぐ羽目になったのだけれど…。
「……ゴキブリ?」
なんで、とジョミーが見開いた瞳。長老たちを前にして。
「この船には一匹もいないからだ。ゴキブリも棲めないような船には、未来など無い」
ソルジャー・ブルーも以前からそう仰っている、と説いたキャプテン。このままでは、ミュウは滅びてゆくだけ。それを防ぐには、ゴキブリが棲める船にしないと駄目だ、と。
「えっと…。ゴキブリって、黒いヤツだよね?」
それなら昨日、叩き潰した、とジョミーは困り顔で答えた。
曰く、風呂上がりに部屋で寛いでいたら、出たものだから、スリッパを脱いで「叩き潰した」。ティッシュで包んで捨てたけれども、「アレは殺しちゃ駄目だったわけ?」などと。
「なんじゃと!?」
それは本当にゴキブリなのか、とゼルが慌てて、直ぐに調査が始まった。ジョミーがゴキブリを「捨てた」ゴミ箱、そいつが会議室へと運ばれ、中身が引っくり返されて。
果たしてジョミーが言った通りに、「潰されて死んでいた」のがゴキブリ。ティッシュの中で。
ジョミーは「ほらね」とゴキブリを指差し、こう続けた。
「ゴキブリだったら、何度も見てる」と、「連れて来られて直ぐの頃から、いたけれど?」と。
この「事件」から後、ゴキブリは「目撃され始めた」。最初は厨房、次は居住区、という具合。
長い年月、あれほど苦労を重ねて来たのに、死んでゆくだけだったのがゴキブリなるもの。
けれど今では、「出会った」者がチラホラといる。
ヒルマンは一つの仮説を立てた。「ジョミーのせいではないのかね?」と。
船の何処にいても「感じ取れる」ほどのジョミーの思念と、その生命力。健康そのものの身体のジョミーは、ゴキブリにも「生きるパワー」を与えているのだろう、というのがヒルマンの説。
ミュウは虚弱で「何処かが欠けている」ほどだから、ゴキブリも敏感に感じ取る。「こんな人間しかいない船では、生きるだけ無駄」と死んだりもした。
其処へジョミーがやって来たわけで、船に溢れた生命力。「この船だったら生きてゆける」と、ゴキブリたちは「生きる」ことを決め、シャングリラに定着し始めたのだ、と。
「…ぼくは、ゴキブリにとっても希望なわけ?」
それって、あんまりだと思う、とジョミーはショックを受けたけれども、ゴキブリは船の希望の虫だし、嘆きは華麗にスルーされた。ブルーもスルーを決め込んだ。
やがてシャングリラはアルテメシアを追われて、宇宙を彷徨い始めたけれど…。
「ジョミー。信じることから道は開ける」
このシャングリラは沈みはしない、とブルーはジョミーに伝えた。
「ゴキブリたちを信じてやりたまえ」と、ゴキブリが棲むようになった船を「信じろ」と。
ジョミーは半信半疑ながらも、その言葉に縋るしか無かった。ブルーは深い眠りに就いて、もう頼ることは出来なかったから。
そうして辿り着いた赤い星、ナスカ。…ゴキブリが「時々」現れる船で。
其処で生まれた、SD体制始まって以来の、初めての自然出産児。オレンジ色の瞳のトォニィ。
幼いトォニィが「お披露目」でシャングリラを訪れて間もなく、増えたゴキブリ。それまでとは全く違うペースで急増してゆく目撃情報。
(…トォニィが生まれたせいなのか…?)
あの子は強いし…、とジョミーも、ついに認めた。船の未来とゴキブリたちとの関係を。
今やゴキブリは「当たり前のように」船にいるもので、所構わずカサカサ走ってゆくだけに。
そうこうする内、物騒なメンバーズがナスカにやって来た。地球の男、キース。
上を下への大騒ぎの中、長い眠りから覚めたブルーが見付けたゴキブリ。
「ナスカに残った仲間たちの説得に行く」と大嘘をついて、船を出ようとしていた時に。
記憶装置を兼ねた補聴器、それをフィシスに渡した後。
ジョミーに続いてギブリのタラップを上がる途中で、視界の端をカサカサと掠めて行ったモノ。
(……こんな所にまで、ゴキブリが……)
普通に出る船になったのか、とブルーは胸を熱くし、「もう大丈夫だ」と未来を信じた。
だからメギドの炎を一緒に防いだジョミーに、こう語ってから飛び去って行った。
「この素晴らしい子供たちや、ゴキブリがいる船を見られて良かった。ありがとう」と。
ブルーは命と引き換えにメギドを沈めて、それから始まった人類軍との全面戦争。その最中も、船のゴキブリは消えることなく、カサカサカサと走り続けて…。
「…トォニィ。お前が次のソルジャーだ」
ミュウを、人類を導け…、とジョミーがトォニィに託した未来。崩れゆく地球の地の底深くで。
涙ながらにソルジャーを継いだトォニィの時代に、もうゴキブリは「当たり前すぎた」。
船の何処でもカサカサ走って、出ようものなら悲鳴を上げる若い女性も多い船。
(……なんだって、ゴキブリなんかが船に出るんだよ……!)
アレを撲滅できないものか、と「ゴキブリ対策」に頭を悩ますトォニィは、知りもしなかった。そのゴキブリが「いない時代」があった事実も、ブルーたちが重ねていた苦労も。
なんと言っても「ゴキブリ」なだけに、記憶装置に「情報は入っていなかった」から。
ブルーの指揮でゴキブリを「増やそうとしていた世代」も、今はすっかり隠居組。
こうしてトォニィは、今日も「スタージョン大尉」に連絡を取る。
「ゴキブリ駆除用の新しいアイテムが、出ているなら是非、教えて欲しい」と。
船のあちこちでカサカサ走ってゆく「黒い虫」は、今では、「ただのゴキブリ」そのもの。
有難がる者は一人もいなくて、「ゴキブリが出た!」と嫌われるだけの虫に成り果てたから…。
継がれゆく虫・了
※疑ってしまった「自分の正気」。このネタが降って来た途端に。…「ゴキブリかよ!」と。
ゴキブリとはいえ、何処かシリアスにも見える内容。よってタイトルもシリアスっぽく。駄目?
