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(雨は降らないんだ…)
 それに曇りの日だって無い、と不意にシロエが思ったこと。
 ステーション、E-1077。
 其処の中庭に一人でいた時、目に入ったのが散水機。
 木や花などが植わっているから、決まった時間に撒かれる水。
 乾燥しすぎて、木や花が枯れてしまわないように。
 ごくごく見慣れた風景だけれど、今日は心に引っ掛かった「それ」。
 此処では「雨」は降らないのだ、と。
 宇宙に浮かんだステーションでは、雨などが降る筈もない。
 中庭はあっても空さえも無くて、上を見上げても空の欠片も見付かりはしない。
(…ただの天井…)
 明るさを調節するための照明、そういったものが上にあるだけ。
 雨の代わりに光を降らせて、人工の「昼」を作り出す。
 太陽が無いステーションには、朝も夜も無いものだから。
 放っておいたら漆黒の闇か、いつまでも明るいだけの世界になってしまう中庭。
 それでは心が落ち着かないから、作り出される人工の「昼」。
 銀河標準時間の朝が来たなら、明るくなってゆく照明。
 中庭の木たちを照らし出すために、花壇にも光を与えるために。
(…よく出来てるけど…)
 所詮は偽物、此処に「本物の朝」などは無い。
 太陽が昇って来ることは無いし、けして夜明けが訪れはしない。
 中庭を包むステーションの外は、いつだって「闇」があるばかり。
(朝なんか、来やしないから…)
 ネバーランドに繋がる道さえ、此処から開くことは無い。
 「二つ目の角を右に曲がって、後は朝まで、ずっと真っ直ぐ」。
 ピーターパンの本に書かれた行き方、それが通用しない場所。
 朝が無いなら、二つ目の角を右に曲がっても無駄だから。
 後は朝までずっと真っ直ぐ、そうやって目指す「朝」が無いから。


 そんな場所だと、分かってはいた。
 「ネバーランドにさえ行けない場所だ」と、「ピーターパンだって、来られやしない」と。
 朝も無ければ、ピーターパンやティンカーベルが飛ぶ「空」も無いから。
 故郷とはまるで違う場所だと、「本物の光も、風も無いんだ」と思ってはいた。
 けれど、改めて気付かされたこと。
 このステーションでは、「雨」も降らない。
 空から落ちる雫の代わりに、散水機が撒いてゆくだけの水。
 雨を降らせる雲が湧かないから、曇りの日だって「此処には無い」。
 じきにポツリと落ちる雨粒、それを思わせる湿った風が吹いてゆく日も。
(……雨の前には……)
 あった気がする、「降る」という予感。
 どうやって「それ」を感じただろうか、流れゆく雲を見たのだろうか。
 雨を降らせる雲は「あれだ」と、エネルゲイアの空を仰いで。
 見るからに雨を降らせそうな雲を、「雨雲なのだ」と分かる雲たちを。
(…雨雲は、白い雲と違って…)
 もっと灰色だったように思う。
 その灰色が濃くなるほどに、降って来る雨も強かった。
 雨雲が空に湧いた時には、吹く風も確かに違っていた。
(木がある場所なら、ザアッと風の音がして…)
 湿り気を帯びた風が吹き抜け、その後に雨が降り出したろうか。
 家まで慌てて走る途中に、容赦なく。
 傘を持ってはいないというのに、帰り着くまで待ってくれずに。
(…何度も濡れてしまったけれど…)
 此処よりはマシだ、と思う「雨」。
 急に降られて濡れてしまっても、故郷には「雨」があったから。
 木や花たちの命を育てて、乾いた地面を潤す雨。
 エネルゲイアには高層ビルが多かったけれど、土に触れられる場所だってあった。
 そういった所を濡らした雨。
 機械が水を撒くのではなくて、高い空から降り注いで。


 空も無ければ、雨も降らないステーション。
 故郷とは似ても似つかない場所、暗い宇宙に浮かぶ牢獄。
(…ぼくから、何もかも奪い去って…)
 こんな所に閉じ込めたんだ、と憎いだけの機械。
 水を撒いてゆく散水機を憎みはしないけれども、憎い機械は此処にだってある。
(マザー・イライザ…)
 E-1077を支配しているコンピューター。
 地球にあると聞く、グランド・マザーの手先の機械。
 エネルゲイアで「記憶を奪った」、テラズ・ナンバー・ファイブの仲間。
 成人検査を「やった」機械と、その後の「自分」を支配する機械。
 どちらの立場が上になるのか、まだ教わってはいないけれども…。
(…マザー・イライザより、テラズ・ナンバー・ファイブの方が…)
 きっと上位に位置するのだろう。
 小さなステーションとは違って、「惑星」を支配していただけに。
 故郷の星のアルテメシアを、あそこにあった二つの育英都市を。
(大勢の子供の記憶を奪って、教育ステーションに振り分けて…)
 いったい何人の子供を泣かせただろうか、あの忌まわしいテラズ・ナンバー・ファイブは。
 今も故郷にある筈の機械、「シロエの過去」を奪ったモノは。
(…他の候補生たちは、少しも気にしていないけど…)
 故郷や両親の記憶のことなど、何とも思っていないけれども。
 それがどうやら「普通」らしいけれど、きっと中には…。
(ぼくみたいな子も、何人かいて…)
 薄れた記憶に苦しみながら、今ももがいているかもしれない。
 E-1077とは違う何処かで、他の教育ステーションで。
(…あの機械さえ無かったら…)
 成人検査さえ無かったのなら、今だって何も忘れてはいない。
 両親の顔も、懐かしい故郷の風も光も、此処にいてさえ鮮やかに思い出せたろう。
 空さえも無くて、雨が降ることも無い所でも。
 いつでも「それ」を思い出せたら、ただ懐かしさだけがあっただろうに。


 けれども、思い出せない過去。
 何の手掛かりも得られないまま、この牢獄で苦しむだけ。
 消された過去には「鍵」も無いから、その「鍵」で過去への扉は開いてくれないから。
(…ママの顔だって、マザー・イライザに似てる筈なのに…)
 マザー・イライザを目にした時には、ただ噴き上がるだけの憎しみ。
 懐かしい母を真似る機械を、許す気などにはなれなくて。
 激しい憎しみが先に立つから、まるで手掛かりにはならない「姿」。
(…もっと違う形で、ママやパパの…)
 記憶を引き出す「鍵」があったら、と何度思ったことだろう。
 ピーターパンの本が鍵ではないかと、ページをめくり続ける日々。
 ページの何処かに「鍵」が隠れていはしないかと、文字も挿絵も、隅から隅まで眺め続けて。
(でも、鍵なんか…)
 ありやしない、と溜息をついて、中庭を後にしようとして。
 「雨さえ降らない場所」にクルリと背を向けかけて…。
(……雨……?)
 さっき考えていた、雨の兆候。
 降り出す前には雲が湧くとか、湿った風が吹いてゆくとか。
 それは間違いなく「過去」の記憶で、子供時代に「故郷で」得たもの。
 此処には「雨」は無いのだから。
 雨雲が湧き出す空さえも無くて、本物の風さえ吹き抜けはしない。
(…あれは本物の雨の記憶で…)
 エネルゲイアで「セキ・レイ・シロエ」が「見ていた」もの。
 その耳で聞いた風の音やら、肌で感じた湿り気やら。
(降り始める前に、帰らなくちゃ、って…)
 慌てた記憶も、きっと機械が与えた「偽物の記憶」などではない。
 これから先に生きてゆく場所で、「雨」の記憶は「要る」だろうから。
 E-1077に雨は降らなくても、惑星にゆけば雨は降るもの。
 地球であろうと、首都惑星のノアであろうと。


(だとしたら…)
 鍵になるのは「雨」だろうか、と急いで走って帰った個室。
 故郷で雨に打たれた記憶を辿って行ったら、思い出せるかもしれない「何か」。
(パパやママと一緒に出掛けた場所で…)
 急に降られて、雨宿りのために走っただとか。
 あるいは学校からの帰りに、ずぶ濡れになって家に辿り着いたら…。
(…ママがタオルを出してくれたとか、ホットミルクを作ってくれたとか…)
 もしかしたら、と高鳴る鼓動。
 いつも食堂で頼むことにしている、マヌカ多めのシナモンミルク。
 あれを「故郷で」飲んだ時の記憶、それが戻るかもしれないと。
 「まあ、大変!」と、タオルを手にして駆けて来る母の、心配そうな顔だって。
(…雨の記憶を引き出すんなら…)
 きっと、シャワーを浴びればいい。
 冷水のままでコックを捻って、服も着たままで。
 ただザアザアと打たれていたなら、「何か」を思い出すかもしれない。
 「こんな日だった」と、雨が降る日を。
 エネルゲイアに雨が降っていた日を、それに纏わる「消された」記憶を。
(……こうすれば……)
 きっと、とバスルームで捻ったシャワーのコック。
 制服のままで冷たい水に打たれて、故郷に思いを馳せるけれども…。
(…こんな所まで…)
 機械は徹底して消したのか、と水と一緒に流れ落ちる涙。
 雨の記憶で戻って来るのは、どれも「知識」か、「友達のこと」ばかりだったから。
 これから先も生きてゆくためには、「必要」なモノ。
 他の記憶は「どれも」ぼやけて、何も残っていなかった。
 懐かしい両親も、帰りたい家も、「雨」と繋がってはいなかった。
 きっと雨の日も、両親は其処にいたろうに。懐かしい家も、あっただろうに。
 思い出せないから、冷たい水を浴び続けながら泣くしかない。
 「ぼくは全てを失くしたんだ」と、「雨さえも、今じゃ知識でしかない」と…。

 

          雨が無い場所・了

※故郷の風も光も「忘れた」とシロエは言ってましたけど、それだと後々、困るのでは、と。
 基本になる記憶は「消去しない」筈で、それなら雨の記憶もありそう、というお話。









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「殺しちゃおっか」
 この船、乗っ取っちゃおう、とナスカの子たちが始めた相談。巨大なシャングリラの一角で。
 他のミュウたちから「化け物」呼ばわり、それが気に入らない子供たち。
 今や人類軍にも恐れられている戦闘機だって、「彼ら」しか乗りこなすことは出来ない。虚弱なミュウはGに耐えられなくて、どうにもこうにもならないだけに。
 それなのに、露骨に叩かれる陰口。もはや陰口とも言えないレベルで、「また育った」とか、「あの化け物が」だとか、視線まで向けてヒソヒソと。
 そういう日ばかり続くからして、「殺しちゃおっか」という話になった。このシャングリラに我が物顔で乗っている「使えない」ミュウたち。彼らを一掃、自分たちだけの船にしようと。
 トォニィが崇めるジョミーにしたって、その実態は「へなちょこジョミー」で、きっと敵ではないだろうから。
「ねえねえ、何処から制圧する?」
「ブリッジを狙えば一発だろうと思うけどさ…」
 今日も盛り上がる物騒な相談、ところがどっこい、聞いていた者が一人いた。
(……なんて恐ろしい相談を……!)
 後でソルジャーに御注進だ、と壁の向こうでガクガクブルブル。彼は、メンテナンス用の通路を使って移動中だった。いつもの定期点検のために。
 たまたま「ナスカの子たち」がいる部屋の側を通ったわけで、「殺しちゃおっか」という聞き捨てならない言葉で耳をそばだてた。「殺すって、誰をだ?」と。
 てっきり「人類」だと思っていたのに、「殺す」相手は船のミュウたち。それも皆殺しで、ソルジャー・シンまで殺すつもりの相談だから…。
(……立ち聞きがバレたら、俺の命も……)
 この場で消える、と腰が抜けそうになっているのを「こらえて」逃げた。ありったけのサイオンを使って気配を殺して、「三十六計逃げるに如かず」と一目散に。


 そうやって、無事に逃げおおせた彼。
 メンテナンスの仕事は他の仲間にバトンタッチで、大慌てで駆けて行った青の間。ソルジャーは長老たちと会議で、其処にいる筈だと聞かされたから。
「そ、ソルジャー! 大変です!」
 大変なことになっております、と彼は青の間に飛び込んで行った。入室許可を得るのも忘れて、それこそ転げ込むかのように。
「なんだ、どうした?」
 ジョミーは即座に振り向いたけれど、同時にエラが叱り飛ばした。
「無礼でしょう! 今は会議中で、許可の無い者は入室不可なのですよ!?」
「それどころではありません! もう、この船の一大事で!」
 放っておいたら、きっと取り返しがつきません、と「彼」は必死の形相。流石に「おかしい」と感じたものか、ハーレイが先を促した。
「何事だ? お前は機関部の者ではないが…」
 エンジントラブルでも発生したか、とキャプテンは冷静なのだけれども。
「いえ、エンジンなら、まだマシな方で…! ソルジャー、革命でございます!」
「「「革命?」」」
 なんのこっちゃ、とソルジャー・シンも、長老たちも、目が真ん丸。革命と言われてもピンと来ないし、第一、何を革命するのか。
「…革命だって? 人類の世界で起こったのか?」
 誰かが反旗を翻したか、と尋ねたジョミー。まあ、普通だったら、そうなるだろう。ただでも機械に押さえ付けられたSD体制、反乱軍だの、海賊だのもいたりするから。
「そ、それが、人類の世界ではなくて…! 革命の舞台はシャングリラです!」
「なんだって!?」
 何故、そうなる…、というジョミーの問いに、「彼」は震えながらも一部始終を話した。革命を企てているのは、ナスカの子たち。船のミュウもソルジャー・シンも殺して、乗っ取る気だ、と青ざめた顔で。
「壁の向こうで話しているのを聞いたんです! 殺しちゃおっか、と…!」
 あの連中は本気ですよ、と「彼」の震えは止まらない。ナスカの子たちは、本当に力が半端ないだけに、「シャングリラの乗っ取り」は充分、可能な展開なのだから。


「革命じゃと…?」
 若造どもが、とゼルが自慢の髭を引っ張ったけれど、彼の顔色も優れない。「殺しちゃおっか」がマジネタだったら、ゼルも間違いなく殺される。
「…どっちかと言えば、クーデターだと思うけどねえ?」
 ブラウがツッコミを入れてはみても、状況は何も変わりはしない。革命だろうが、クーデターだろうが、「皆殺し」になる結末は同じ。たとえ始まりは「テロ」だったとしても。
 ジョミーは震えまくっている「御注進に来た仲間」に、もう一度、ナスカの子たちの「相談」の件を確認してから、「思念で頼む」と注文をつけた。思念だったら、何もかもが瞬時に伝わるわけだし、長老たちにも「彼が聞いたこと」がキッチリ伝達される。
 けれども、思念で「聞いた」結果は、「殺しちゃおっか」で、皆殺しのフラグ。
「…どうやら本気で言ってるようだな…。ありがとう、君は下がっていい」
 後は、ぼくたちが対応する、とジョミーは「彼」に退室許可を出し、見送ってから、長老たちの方を振り返った。「どう思う?」と緑の瞳で見詰めて。
「どうもこうもないわい! 革命もクーデターも、論外じゃて!」
 あんなガキどもにやられてたまるか、とゼルが怒鳴っても、まるで無いのが説得力。ゼルはもちろん、長老たちが束になっても、ナスカの子たちには敵わない。シャングリラ中のミュウたちが一丸となって立ち向かおうとも、歯が立たないのが「ナスカの子たち」。
「ソルジャー、このままでは殲滅されてしまうのでは?」
 もう明日にでも、とハーレイが眉間の皺を深くする。なにしろ相手は子供なだけに、「思い立ったが吉日」とばかりに行動に移すことだろう。
「…分かっている。だが、この船にタイプ・ブルーは、彼らの他には、ぼくしかいない」
 分が悪すぎる、とジョミーの顔も沈痛だった。
 「ジョミー命」のトォニィが味方してくれたとしても、二対六。多勢に無勢で、勝算なんぞは無いに等しい。挑んでみたって、まず勝てはしない。
「で、では…。殺されるのを待つしかないのですか!?」
 エラが悲痛な叫びを上げたけれども、それ以外に道は無さそうな感じ。ナスカの子たちが、本気で革命だのテロだの、クーデターだのを起こした時には、「皆殺し」エンド。
 船の仲間は全員殺され、シャングリラは「彼ら」のものになる。ナスカの子たちだけの船で、言わば彼らのパラダイス。何処へなりとも、気の向くままに旅をして行って。


 エライことになった、と青の間に降りる重い沈黙。
 革命が起こるのは明日になるのか、今日にでも何処かでドカンと爆発があって、クーデターだかテロが始まり、アッと言う間に船中が制圧されるのか。
「くそっ…! この船を今日まで、誰が守って来たと思っているのだ、奴らは…!」
 私の指揮が無ければ、とっくに宇宙の藻屑だったかもしれないものを…、と怒るキャプテン。その隣では、ヒルマンも深い溜息をついていた。
「私は教育を間違えたようだ…。恩知らずな子たちに育てた覚えは無いのだが…」
「ちょいと、アンタが教えてない子も混じってるだろ?」
 ツェーレンなんかは赤ん坊だったじゃないか、とブラウが混ぜっ返したけれども、だからと言って解決策など何も無い。ナスカの子たちが「やろう」と決めたら、問答無用で殺されて終わり。
「……ぼくに、もう少し力があれば……」
 それにブルーが生きていれば…、とジョミーが「補聴器の中の記憶」を探ってみても、いいアイデアは何も無かった。ソルジャー・ブルーの時代は至って安泰、革命もクーデターも「まるで起こりはしなかった」だけに。
(……ソルジャー・ブルー……。ぼくは、どうしたら…?)
 このままでは船がおしまいです、と嘆くジョミーが、ふと思い出したこと。それはブルーの記憶ではなくて、アタラクシアで学校に通っていた頃のこと。
(宿題、反対、って…)
 皆で授業をボイコットした。教室を抜け出し、あちこちに散って。
(…先生が教室に来ても、誰もいなくて…)
 前のボードに「宿題、反対!」の文字が躍っていた筈。「宿題を出さないと約束するなら、皆で授業に戻ります」などと。
(…後でメチャクチャ叱られたけど…)
 もちろん宿題は「増量されて」しまったけれども、もしかしたら、あの手が有効かもしれない。
 シャングリラを制圧しようと企てる、ナスカの子たちを黙らせるには。
 二千人ものミュウの仲間を乗せた箱舟、シャングリラの「デカさ」は桁外れだけに…。
(…あの子たちだけで維持するなんて…)
 絶対に無理だ、と確信できる。「ソルジャーの称号」を賭けてみたって、少しも困らない勢いでもって。「絶対に、無理!」と。
 ゆえに早速、提案した。キャプテンと、四人の長老たちに。「この手でどうだ?」と。


「な、なんと…。ボイコットだと仰るか…!」
 このシャングリラ中でストライキじゃと、と目を剥いたゼル。他の面子も唖然としている。
「そうだ、ボイコットでストライキだ! それ以外に無い!」
 船の仲間たちの有難味を分かって貰うためには、とジョミーはブチ上げた。
 早い話が、シャングリラ中で「あらゆる業務」を皆が放棄し、ボイコットする。ストライキという言い方でもいい。
 ナスカの子たちも利用する施設、ありとあらゆる設備を「放り出す」のが、「皆の重み」をナスカの子たちに思い知らせる絶好のチャンスになるだろう、と。
「で、では…。具体的には、どのように?」
 キャプテンの問いに、ジョミーはニヤリと笑って答えた。
「そうだな…。手始めに、あの子たちの溜まり場を放置でいいだろう」
 一切、掃除をさせるんじゃない、と命じたジョミー。埃が溜まろうが、ゴミ箱からゴミが溢れ出そうが、「誰も、何もする必要は無い」と浮かべてみせた不敵な笑み。
 ナスカの子たちは、とある部屋を溜まり場にしているけれども、その部屋を「徹底的に放置しておけ」というのがソルジャーの指示。
「掃除をさせないということですか…」
 エラがポカンとして、ブラウは「ヒュウ!」と口笛を吹いた。
「それじゃアレかい、あそこのトイレも放置なのかい?」
「当然だ! それは基本中の基本だろう!」
 トイレットペーパーの補充にしたって必要ない、とジョミーは突き放した。ナスカの子たちは瞬間移動が得意技だし、「入ってから紙が無かった」としても…。
「ふうむ…。何処かのトイレから取り寄せればいい、と言うのだね?」
 ヒルマンが思わず漏らした笑い。「確かに、何とかなるだろう」と。
「ああ、紙くらいは何とでもなる。しかし、掃除の係はいない」
 そして彼らは「まだ子供だ」と、ジョミーは唇の端を吊り上げる。「お世辞にも、トイレを綺麗に使えるスキルを、持っているとは思えないな」と、見て来たかのように。
「う、うぬぬ…。そういえば、ハーレイ、あそこのトイレの掃除の回数は…」
 どうじゃったかな、とゼルが首を捻ると、キャプテンの方は即答だった。
「モノが子供用トイレなだけに、他のトイレよりも遥かに多い。一時間に一度の見回りだ」
 汚れていたら、即、掃除だな、と腕組みをするハーレイ。「それを放置か…」と頭を振って。


 ナスカの子たちの溜まり場の掃除をボイコット。それが手始め、部屋に備え付けの飲料や食べ物の補充も「やめる」。
 飢えた彼らが食堂に来ても、係の行動は「スルー」一択。他の仲間たちには「へい、お待ち!」とばかりに飲み物や食事を提供したって、革命分子だかテロリストだかには、何も出さない。
「なるほどねえ…。そいつは効くかもしれないねえ」
 こう、ジワジワと精神的に来そうじゃないか、とブラウが賛成、他の面々も異を唱えなかった。このシャングリラを纏めるキャプテンでさえも。
「ソルジャー、そのご意見に賛成させて頂きます。ところで、彼らの専用機は…」
 整備を如何致しましょうか、とハーレイが訊いて、ジョミーは「放置だ!」と言い放った。
「ヤエにキッチリ言っておけ。今日からストライキに入るようにと」
 彼ら無しでも、このぼくだけで戦える、とジョミーが握り締めた拳。シャングリラの仲間を皆殺しにされるくらいだったら、「彼らの分まで一人でやる!」と固い決意で。
「手厳しいのう…。存在意義まで否定してかかるというんじゃな?」
 じゃが、そのくらいで丁度いいかもしれん、とゼルも「専用機にはノータッチ」と決めた。ヤエが駄目なら「頼られそうな」面子がゼルだけれども、「一切、何もしてやらんわい!」と。
 他にも着々と進む相談、ナスカの子たちの個室の掃除も「放置」となった。彼らが毎日着ている制服、それも下着も「誰も洗濯してやらない」。
 洗濯するのは機械だとはいえ、係以外は持たないスキル。どういった衣類を何処に入れれば、きちんと洗い上がるのか。乾燥させる時間にしたって、「普通の制服」なら自動だけれど…。
「君たちも知っているだろう? トォニィたちの制服は、普通じゃない」
 特別製のアレを洗うには、専門の係がいないと駄目だ、とジョミーは容赦なかった。
 ナスカの子たちへの「ありとあらゆるサービス」、それの提供を「本日付でストップする」と、その場で決定、直ちに通達。「いいか、ストライキでボイコットだ!」と。


 かくして「放置プレイ」が決まった、ナスカの子たち。
 それの効果は、その日の内に早くも現れた。溜まり場でトイレに出掛けたコブの、「紙が入っていない!」という思念で。…タージオンが「紙だって!?」と、他のトイレから瞬間移動で取り寄せたりして、皆が「おかしいなあ…?」と首を傾げて。
 トイレ掃除の係が来ないから、どんどん悪くなってゆくトイレの雰囲気。それじゃ、と気分直しにジュースを飲もうとしたら、スカッと底を尽いたサーバー。
「「「うーん…」」」
 食堂でいいか、と出掛けた「彼ら」を待っていたのは、「無視」だった。まるで存在しないかのように、彼らをスルーで進む注文。他の連中の分ばかりが。
 そうこうする内に響いた警戒警報、専用機で発進しようとしたのに…。
「「「これじゃ、出られない…!」」」
 頼みの機体は全て燃料切れ、補給方法さえ「分からない」始末。普段は、係に任せていたから。その係はヤエと立ち話中で、知らんぷりして楽しげで…。
 ナスカの子たちがパニクる間に、「敵機、全機、撃墜しました!」と艦内放送。飛び出して行ったソルジャー・シンと、サイオン・キャノンで片が付いたらしく…。
「…ぶっちゃけ、あの子たちがいなくても、何とかなるってことよね」
 ヤエの眼鏡がキランと光って、格納庫の係が相槌を打った。
「そういうことだな。あいつらの場合は、俺たちがいないと困るようだけどよ…」
 あの制服を洗う係も持ち場を離れたらしいぜ、と声高な噂。今日から、ナスカの子たちの世話係は一人もいなくなったらしい、と。
「…と、トォニィ…。これって、私たちだけで何とかしろってことなの!?」
 そんなの無理よ、とアルテラが絶叫、他の子たちも真っ青だった。このシャングリラの仲間を全て殺してしまって、船を乗っ取ったとしても…。
(((世話係が一人も残っていなくて、全部、自分たちでやるしかなくて…)))
 この馬鹿デカイ船の奴隷ですかい! と思い知らされ、彼らは心を入れ替えた。船を乗っ取って「働く羽目になる」より、今の方が「かなり良さげ」だから。
 何もかも「自分たちでやる」より、「お世話係が満載の船」の方が何かとお得だから…。

 

            革命を防げ・了

※いや、「殺しちゃおっか」と簡単に言ってくれたのが、ナスカ・チルドレンですけど。
 あんな馬鹿デカイ船を、たった七人でどうするつもりだったんだよ、というツッコミです。









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(…思った以上に、数は多いというわけか…)
 ミュウ因子の保持者というモノは…、とキースが心でついた溜息。
 旗艦ゼウスの指揮官室で、ただ一人きりで。
 ミュウの艦隊を迎え撃つべく、ソル太陽系に展開させた人類軍の船。
 かつてない規模の艦隊だけれど、果たしてミュウに勝てるのかどうか。
 首都惑星のノアを放棄してまで、捨て身の戦法に出てはみたものの…。
(…人質まで使うことになるとはな…)
 ジュピター上空にある、ミュウの強制収容所。
 コルディッツの名で呼ばれる「それ」。
 ノアへの入国審査などで「発覚した」ミュウ因子の保持者たち。
 彼らを送る施設といえども、今は「それだけではない」、其処に収容された者。
(……ジャンもあそこに……)
 送ったからな、と忠実だった部下を思い浮かべる。
 パスカルよりも大柄なジャンは、優秀な国家騎士団員の一人でもあった。
 「国家騎士団総司令」に対する数々の暗殺計画、それに関わった人物の処理を任せたほどに。
 パスカルと組ませて、レベル10の心理探査の実施に当たらせたり、といった具合に。
 けれど、そのジャンは「もういない」。
 念のためにと、ソル太陽系に布陣する前に、下士官たちに行った検査。
 ミュウ因子を保持しているのか、否か。
 引っかかる者など、いない筈だと思っていたのに…。
(…ジャンと、マードック大佐の部下が数人と…)
 他にも何人もの「軍人たち」が、「ミュウ因子の保持者」と判明した。
 彼らの行先は、一つしかない。
 ミュウ因子を持っているというなら、「処分される」か、強制収容所に「送られる」か。
 ジュピター上空のコルディッツに行くか、その場で撃ち殺される以外に道はない。
 彼らを閉じ込めてある「コルディッツ」さえも、駒に使うことになるミュウとの戦い。
 ミュウの艦隊が地球を目指すのであれば、コルディッツをジュピターに落下させる。
 そういう脅しで、ミュウ因子の保持者は格好の人質。
 ソルジャー・シンが「どう出てくる」かは、ともかくとして。


 ミュウの艦隊を指揮するソルジャー。
 かつて出会った、ジョミー・マーキス・シン。
 ジルベスター・セブンで会った頃の彼は、「まだまだ甘い」人間だった。
(…甘すぎるとまで思ったものだが…)
 あれでは、とても人類軍とは戦えまい、と思ったほどに。
 捕えた「キース」に尋問はしても、「それ以上」は考え付かなかったらしい。
 拷問はおろか、人質に取って有効活用することさえも。
(…もっとも、たかがメンバーズの一人くらいを…)
 人質にしても、結果は知れていただろう。
 他に「いくらでも代わりはいる」から、メギドの炎は容赦なく彼らを滅ぼした筈。
 彼らが「キース」を盾に取っても、他の誰かが指揮官になって、「キースごと」。
(…マードック大佐にでも、可能だったろうな…)
 艦隊の指揮権を彼に任せて、「キースごと撃て」と命令したなら、実行された。
 グランド・マザーが「それ」を望むなら、メギドが直接、送られて来て。
 「代わりのメンバーズ」は着任しなくても、ソレイドの最高責任者として、指揮すればいい。
 目標はジルベスター・セブン、とだけ決めて。
 「キースごと」滅ぼすことになっても、モビー・ディックも、あの赤い星も撃って。
(…グランド・マザーが、どう出たのかは分からないがな…)
 ジルベスターの頃には、自分でも「全く知らなかった」生まれ。
 人類の指導者となるべく、「無から作られた」生命体。
 それが「キース」なら、グランド・マザーが「惜しんだ」可能性もある。
 代わりになれる者は「誰もいない」だけに、モビー・ディックごと撃てはしなくて。
(…ジョミーが、私を人質に取れば…)
 時間稼ぎは出来たのかもしれない。
 あるいは「無傷で」、ジルベスター星系を後にすることも。
 そういう選択肢もあったというのに、「甘かった」ジョミー。
 「対話」にこだわり、チャンスを逸した。
 挙句に、おめおめと「キース」を逃がしてしまって、ジルベスター・セブンを失ったほど。
 指導者としては、まだ本当に甘かったのに…。


 今のジョミーは「そうではない」。
 同じ人間なのかと思うくらいに、「ソルジャー・シン」は変貌を遂げた。
(…冷徹無比な破壊兵器か…)
 それは私の渾名だったが、と皮肉な笑みすら浮かべたくなる。
 今では「ジョミーが」そうだから。
 かつての「キース」を上回るほどの、誰もが恐れるミュウの指導者。
 降伏を告げた人類軍の救命艇さえ、容赦なく爆破してゆく男。
 いくら「キース」でも、それは「やらない」し、「やってはいない」。
(……ミュウが相手なら、そうするのだがな……)
 同じ人類が相手だった時は、降伏したなら、その命までは奪っていない。
 「冷徹無比な破壊兵器」でも、「守らなければならないこと」は存在する。
 軍規だの、他にも色々と。
 降伏した者まで殺していたなら、今、この地位に立ってはいない。
 けれど、相手がミュウであったら、話は違う。
 彼らは「処分すべき存在」、あのコルディッツに集めた輩を人質に使っているように。
 ミュウの艦隊が強引に進んで来るというなら、ジュピターに落として命を奪う。
 その作戦でゆくのだけれども、問題は「ジョミー・マーキス・シン」。
 彼が本当に「血も涙もない」指導者として立っているなら、人質などは…。
(…きっと、意味さえ無いのだろうな…)
 ソル太陽系を、地球を目指すためなら、同胞の命も無視してかかる。
 モビー・ディックを地球へ向かわせるために。
 「コルディッツを落下させる」と脅しをかけても、聞く耳さえも持たないままで。
 ただ真っすぐに「地球を目指して」、ミュウの艦隊は進んで来るだけ。
 彼らの目の前で、コルディッツがジュピターに落下しようと。
 収容されたミュウの命が、其処で潰えてゆこうとも。
(…さて、どう出る…?)
 分からないが…、と「まるで読めない」ジョミーの動き。
 「甘かった」頃のジョミーだったら、これで「効果がある」のだろうに。
 人質を前にして慌てふためき、ミュウの進軍は止まるだろうに。


 そうならないかもしれない「今」。
 ソルジャー・シンは進軍を続け、コルディッツは「無駄になる」ことも起こり得る。
 ただジュピターに落下するだけで、収容者たちが「死んでゆく」だけで。
 あそこに送られたジャンや、マードック大佐の部下たちの命が奪われるだけで。
(…そうなれば、ジャンは無駄死にか…)
 ミュウ因子さえ持っていなければ、今も活躍していたろうに。
 これから先のミュウとの戦い、其処でも大いに役立ったろうに。
 それを思うと「惜しい」し、「無駄死に」だとさえ考えてしまう。
 ジャンが「ミュウ因子の保持者」だったからには、「ミュウと同じ」なのに。
 戦い、倒すべき「敵」だというのに、彼を「無駄死に」だと思うなどとは…。
(……私も甘くなったものだな……)
 かつてのジョミーを笑えはしない、と冷めたコーヒーのカップを傾ける。
 「ミュウ因子の保持者だった部下」の命を惜しむとは…、と。
 コクリと飲んだコーヒーの味で、ハッタと思い出したこと。
 このコーヒーを淹れた「マツカ」はどうだったのか。
 ジルベスター以来の側近のマツカ、彼こそ生粋のミュウだと言える。
 ミュウ因子の保持者などとは違って、とうに覚醒しているミュウ。
 それを承知で側近に据えて、ミュウ因子の有無を調べる検査を実施した時も…。
(…マツカに受けさせれば、確実にミュウだと分かるのだから…)
 検査の前に「必要ない」と外しておいた。
 「キース」自身が受けていないように、「検査を受けなかった者たち」はいる。
 主に上級士官だけれども、下士官たちでも、検査実施時に特段の事情があった者たち。
 任務に忙殺されていた者や、他にも様々な理由などで。
 マツカの場合も、それに含まれる。
(…国家主席の身の回りの世話で忙しい、と…)
 理由をつけて、リストの中から外させた。
 そうして「マツカ」は、今も「此処にいる」。
 コルディッツには行かずに、旗艦ゼウスに国家主席の側近として。
 誰よりも「キース」の側近く仕え、誰にも「ミュウなのでは」などと疑われはせずに。


(……そのマツカをだ……)
 いつか「戦いが終わった時」には、どうするのか。
 ミュウとの戦いに有利だからと、「生かしている」筈の「ミュウのマツカ」を。
 人類がミュウに勝利したなら、ミュウは悉く滅ぼされるけれど…。
(…マツカを処分するというのは…)
 出来はしまいな、という気がする。
 「ミュウだ」と誰にも気付かれなければ、処分の必要は「ない」のだから。
 今と同じに側近のままで、マツカを「生かしておく」ことが出来る。
 その選択をするのだろうと、自分でもとうに分かっている。
(……ジャンは無駄死にになる、と思ってみたり……)
 マツカを「処分しないで」生かしておこうと考えていたり、「自分」は何処まで甘いのか。
 きっと今なら、「ジョミー」の方が「冷たい」のだろう。
 コルディッツをさえ見捨てかねない、冷徹なミュウの指導者の方が。
(…あいつよりも、私が甘いとはな…)
 いつの間に逆転したのやら…、と思いはしても、この生き方で後悔は無い。
 「マツカまで殺す」ようになったら、きっと「キース」は終わりだから。
 指導者としては「それで良くても」、「人として」は、きっと「おしまい」だから…。

 

            甘くなった自分・了

※アニテラのキースは、ミュウとの戦いに勝利した後は、マツカも処分だと言いましたけど。
 どう見てみたって「口だけ」なわけで、こういう話になったオチ。人間味があるキース。









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「やってられるかーっ!!!」
 こんな訓練、とブチ切れたジョミー。
 ソルジャー候補に据えられてからの「日課」で、言わば「お約束」。長老たちのシゴキにキレたら、即、ブチ切れ。講義の内容がウザかった時も。
 でもって、キレた瞬間に…。
『またジョミーかよ…』
『ったく、自覚もクソもねえよな…』
 本当にソルジャー候補なのかよ、とシャングリラ中で囁き交わされる思念。「今のを見たか?」だとか、「お前、聞いたか?」などと。
『ヒデエよなあ…。あいつの頭の中身は』
『何がサボリだよ、サボッてられる御身分か、ってえの!』
 未だに上手く遮蔽が出来ない、「ミュウとも思えぬ」ソルジャー候補。キレたはずみに、船中にバラ撒く自分の思考。「サボリたい」なら、まだマシな方で…。
『ママの料理の方が美味かった、だあ!? この船を馬鹿にしやがって!』
『シャングリラの食堂をコケにするのも、アレだけどよ…』
 マザコンじゃねえの、と誰かが漏らした思念。「何かってえと、ママ、ママ、なんだよ」と。
『あー、マザコン! そういや、船を飛び出して行った時にも…』
『家に帰せってぬかしたんだろ、ママの所に帰りたくってよ…』
 そうか、あいつはマザコン野郎なのか、と一気に纏まった雑多な思念。「ジョミーはマザコンに違いない」という方向で。
 そう決まったなら、なにしろミュウの船だけに…。
『アレも、コレも、こういうのもマザコン…』
『そう言えば、ああいう話もあって…。マザコンなら納得いくよな、うん!』
 船のあちこちで「マザコン談義」で、ブワッと膨れ上がるのが「ジョミーのマザコン疑惑について」語り合う思念。
 これが二十一世紀初頭の日本だったら、「炎上」と言われたことだろう。思念は派手に飛び火しまくり、大勢のミュウを巻き込みまくりで広がってゆく。
 今日は「ジョミーのマザコン」について。昨日だったら、「サボリ根性について」。


 そのシャングリラの心臓とも言える、コアブリッジ。
 公園の上に浮かんでいるようにも見えるブリッジ、それの中枢になる円形の部分。
 其処にドッシリ座ったキャプテン、彼に向かって報告が飛んだ。
「キャプテン! 今日も思念が異常に膨れ上がっています!」
「どうした、原因は何なのだ! またジョミーか!?」
「はい! ジョミーのマザコン疑惑について、凄いスピードとエネルギーで…」
 皆の思念が駆け巡っています、とブリッジクルーが言うものだから、ハーレイは「またか…」と頭を抱えた。「これでは、思念の無駄遣いだ」と。
(……まったく……)
 計器で計測できるくらいの「思念の膨張」。そのエネルギーは、半端ではない。モノが「つまらない」中身でなければ、どれほどのパワーを発揮することか。
(…防御セクションに回してやったら、ステルスモードの維持は楽勝で…)
 サイオン・シールドにしても、素晴らしい出力を保持することだろう。ジョミーの爆発騒ぎの時と同じに、バンカー爆弾でガンガン攻撃されたって…。
(このシャングリラは、ビクともしないぞ!)
 サイオン・キャノンも、斉射何連ブチかませることか。今の船だと、せいぜい三連。
 けれども、異常なまでに膨れ上がって「広がりまくる」思念を転用出来たなら…。
(斉射六連は軽くいけそうで…)
 なおかつ、ステルスモードも、サイオン・シールドも、フルパワーで運用可能と見た。それほどの皆の「思念の統一」、キャプテンの目で見れば、なんとも惜しい。
(…これが下らん思考でなければ…)
 使えるものを、と思ってみたって、「くだらない」思考だからこそ、纏まるパワー。
 命令したのでは、こうはいかない。ジョミーが爆発した時の騒ぎ、あれで充分に学習済み。
(防御セクションは集中を切らすな、と怒鳴ってもだな…!)
 返って来た答えは、「皆、動揺しています! とても思考が纏まりません!」という、実に情けないモノだった。
(爆撃されて、パニックだったら…)
 助かりたいと思う思考を纏めんかい! と怒るだけ無駄。ミュウは繊細な生き物だけに、タフには出来ていないもの。たとえ命の危機であっても、パニクったら終わり。


(……ったく、あの時はサッパリだったくせに……)
 どうして、こんな所で無駄にパワーを使うのだ、とキャプテン・ハーレイの苦悩は尽きない。たかがジョミーの「くだらない思考」、それをネタにして盛り上がれるのなら…。
(…ミュウの未来というヤツをだな…!)
 もっと、しっかり考えんかい! と今日も眉間に皺を寄せつつ、「少し外す」と立ち上がった。そろそろ青の間に行かねばならない。寝込んだままのソルジャー・ブルーに、報告をしに。
(…ソルジャー・ブルーが、今のようになってしまわれたのも…)
 ジョミーのせいというヤツで…、とハーレイは心で愚痴りながら船内を歩いてゆく。ジョミーは無駄なエネルギーばかり「使わせる」馬鹿で、どうにもならない、と。
(せめて、ソルジャー候補らしく、だ…)
 ブチ切れるのをやめて、大人しく訓練に励んでくれれば…、と青の間に足を踏み入れ、スロープを上がって、「ソルジャー」と声を掛けた。ベッドの上にいる人に。
「本日の報告に参りました。…特に変わりはございません」
「分かっている。だが、今日もジョミーは噂の的だな」
 ゆっくりと開いた、ソルジャー・ブルーの赤い瞳が瞬きをした。「また炎上か」と。
「…は? 何処も燃えてはおりませんが…?」
 事故の報告は入っておりません、と律儀に答えたキャプテン・ハーレイ。機関部はもちろん、厨房でさえも炎上騒ぎは起こってはいない。ほんの小さなボヤさえも。
「そういう火事の話ではない。ずっと昔の俗語のようなものだろうか」
「…俗語ですか?」
「ああ。元ネタはくだらない話だったり、失言だったり、原因の方は色々なのだが…」
 燎原の火のように、アッと言う間に広がりまくって、騒ぎになるのを「炎上」と呼んでいたのだそうだ、とソルジャー・ブルーは博識だった。
 今のジョミーを巡って、船内を騒がせまくる思考の渦。それはまさしく炎上だろう、と。
「炎上という言葉があったのですか…。確かに厄介ではあります」
 無駄にパワーを使うばかりで…、とハーレイは顔を顰めたのだけれど。
「その件なんだが…。ものは考えようとも言う。馬鹿と鋏は使いよう、だとも」
「はあ…?」
「後で、ゼルたちを集めてくれ。ぼくが直接、話をしよう」
 この件について…、とブルーは静かに瞳を閉じた。「続きは、其処で話すことにする」と。


 かくして、青の間に呼び集められた長老たち。その日のジョミーの訓練が終わって、夕食なんかも済ませた後に。
 キャプテンを先頭にして集まった五人、ブルーはベッドに上半身だけを起こして…。
「ジョミーの件で話がある。炎上騒ぎには、気付いているな?」
「そりゃまあ、ねえ…? あたしも、初めて聞く言葉だったけどさ」
 炎上とは上手く言ったもんだ、とブラウは感心しきりだった。他の面子も、ハーレイから既に聞いてはいる。「炎上」とは何を指しているのか。
「知っているなら、話は早い。…ゼル、君はあの件をどう思う?」
 船中を巻き込む炎上騒ぎについて…、とブルーの瞳が見据えた先。機関長のゼルは、メカにはめっぽう強い。このシャングリラを改造した時も、陣頭指揮を執っていた。
「…エネルギーの無駄遣いじゃな! あれだけの思考が出来るんじゃったら、もう少し…」
 マシな使い方が出来んものか、とゼルも「無駄遣い派」に属する一人。ハーレイが、そうであるように。
「やはり、君の意見もハーレイと同じか…。実は、ぼくもだ」
 あの「炎上」を上手く使えはしないだろうか、とブルーの口から飛び出した言葉。この先も炎上は続くだろうから、今の間に思考を転用する方法の検討を、と。
「ソルジャー!? あの、くだらない思考を使うと仰るか!」
 今日のテーマはマザコンですぞ、とゼルはワタワタしているけれども、ブルーの方はマジだった。無駄にエネルギーを使うよりかは、活用する方が前向きだ、などと大真面目な顔で。
「たとえ中身が何であろうと、強力な思考には違いない。…そうではないのか?」
「それはそうですが…。しかし、ソルジャー…!」
 マザコン疑惑のような炎上騒ぎを、どうお使いになると仰るので…、とハーレイも慌てるしかない状況。「マザコンで船が守れるのか?」と眉間の皺を深くして。
「使い道は色々あるだろう? 現に、君だって考えた筈だ。…今日も、ブリッジで」
 サイオン・シールドにサイオン・キャノン斉射六連ではなかったのか、とソルジャー・ブルーは全てをお見通しだった。炎上騒ぎのエネルギーで「何が可能か」を。
「…ふうむ…。確かに凄いエネルギーなんじゃが…」
 しかしじゃな…、とゼルは後ろ向き。「くだらない思考」で船を守るというのはどうか、と潔癖症なエラさながらに。
「そういう場合じゃないだろう? 我々の悲願は、何だったのだ?」
 地球に行くことではなかったのか、とブルーは何処までも鋭い瞳。ミュウの未来を手に入れるためには、手段は選んでいられない、とも。
「……そうかもしれん……。ならば、あの炎上のエネルギーをじゃな……」
 他の方向に向けられるように、ちと研究をしてみるわい、とゼルが引っ張った髭。ヒルマンと共に研究を重ね、シャングリラのために使ってみよう、と。
「それでいい。…よろしく頼む」
 たかが炎上でも無駄にするな、とソルジャー・ブルーが重々しく頷いたものだから…。


 ゼルやヒルマンたちは、頑張った。ジョミーの訓練を続ける傍ら、くだらない思考を「別の方へと」転用させる研究を。
 そうして、ついに完成したシステム。どんな「くだらない思考」だろうが、皆の思考が纏まりさえすれば、防御セクションだの、攻撃セクションだのに、そのエネルギーを向けるというもの。
「ソルジャー、なんとか出来上がりましたぞ!」
 ゼルが報告に飛び込んで来た時、またもジョミーがブチ切れた。「やってられるか!」と、それはゴージャスに。…他の長老たちは、訓練に行っていたものだから。
『またジョミーだぜ? 飯が不味いってよ』
『ママの料理が食べたいです、って? マザコン野郎が…!』
 あんなマザコンがソルジャー候補とは、世も末だよな、とブワッと膨れ上がってゆく思考。いつもの炎上騒ぎだけれども、即、ブリッジから青の間に入って来た通信。
「ソルジャー! サイオン・シールド、只今、出力最大です!」
 サイオン・キャノンも斉射六連いける勢いです、と興奮した声のキャプテン・ハーレイ。ここまでのパワーは未だかつて無いと、「今のシャングリラは無敵です!」とも。
「どうじゃ、ソルジャー? いい感じに出来たと思うんじゃが…」
「そのようだ。このシステムは、今後、大いに役に立ってくれることだろう」
 ミュウは弱いが、炎上したなら無敵になれる、とニンマリと笑んだソルジャー・ブルー。
 そしてシステムは、それから間もなく出番を迎えた。雲海に潜むシャングリラの位置を特定され、衛星兵器で超航空から攻撃を食らった時のこと。
「この非常時に、ジョミーは何をしておるんじゃ…!」
 サボリか、とゼルが詰った、ジョミーの不在。それはたちまち船中に知れて、「いないだなんて、クズ野郎が!」と一気に炎上。
 なまじ攻撃でパニックなだけに、怒りのエネルギーは凄まじかった。「あのボケが!」だとか、「死んで詫びやがれ!」だとか、シャングリラ中を巻き込んで。
 よってシステムはエネルギーMAX、完璧に張れてしまったシールド。サイオン・キャノンも斉射六連、衛星兵器は木っ端微塵に破壊されてしまい…。


「え、えっと…? ぼくがいない間に、何かあったわけ…?」
 オタオタと船に戻ったジョミーは、もはや誰からも期待されてはいなかった。ジョミーがいなくても船は守れたし、この勢いなら地球に行くのも夢ではないだけに。
『ジョミー。君は今まで通りでいい』
 炎上要員として頑張りたまえ、とのブルーの通達。思念で、船の全員に向けて。
『我々は弱い。だが、今、最強のエネルギー源を手に入れた!』
 ワープしよう、というブルーの命令。「今こそ、地球に旅立つ時だ」と力強く。
 シャングリラは「惑星上からの直接ワープ」でアルテメシアを離れ、宇宙へと出てもジョミーは炎上要員。皆の「くだらない思考」で叩かれる度に、シャングリラは「より強く」なってゆく。叩かれるジョミーも、フルボッコに遭う度、少しずつ強くなるものだから…。
 より増してゆく「炎上」エネルギー。ひたすらジョミーを叩くためにだけ、ジョミーが「強く」なればなるほど。炎上が激しくなってゆくほど、シャングリラは強さを増す一方で…。
「ソルジャー・ブルー! 間もなく地球です!」
 まさか炎上だけで、こんな所まで来られるとは…、と感無量なキャプテンや長老たち。
 其処へ現れた「地球」は青くなくて、誰もが失望、そして炎上。「なんてこった!」と、青くなかった地球を相手に、過去最大のエネルギーで。
「サイオン・キャノン、斉射千連! てーっ!!!」
 攻撃目標、ユグドラシル! というハーレイの号令、ユグドラシルは轟音と共に崩れていった。地下のグランド・マザーもろとも、呆気なく。
 ブルーはと言えば、青の間から「その光景」を生中継で眺めた後に…。
『百八十度回頭。…もう、この星に出来るようなことは、何も無い』
 無駄足だったような気がする…、と深い溜息をついて、ソルジャー・ブルーは地球への憧れを捨て去り、皆と宇宙へ旅立って行った。
 今や無敵のシャングリラで。「炎上」だけで地球まで辿り着いた船、SD体制までもブチ壊したという、それはとんでもない勢いの船で…。

 

           船と炎上・了

※ミュウが「精神の生き物」だったら、「炎上」した時のパワーも半端ないんだろう、と。
 それだけで船を守れそうだ、と考えたら無敵のシャングリラに。ブルー生存ED、幾つ目…?









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(……此処から、逃げて行けたらいい……)
 そして帰って行けたなら、とシロエの胸を占めてゆく思い。
 E-1077の個室で、一人きりの夜を迎える度に。
 成人検査で消された記憶。
 奪い去られた子供時代と、子供時代を過ごした故郷。
 其処へと帰ってゆきたいと思う。
 もう、おぼろげになってしまった過去へ。
 懐かしい過去があった故郷へ、今も両親が住んでいる場所へ。
(…でも、帰るには…)
 乗らなくてはならない、アルテメシア行きの宇宙船。
 故郷のエネルゲイアがあった雲海の星へ、飛んでゆくのだろう船が必要。
 E-1077にも、宇宙船が発着するポートはある。
 人類統合軍の宇宙船さえも出入りするなら、アルテメシア行きの船だって…。
(直行便ではないとしたって…)
 一隻くらいは、きっと入港して、また飛び去って行くのだと思う。
 此処で誰かを降ろしてゆくのか、誰かを乗せて旅立つものか。
 そのチケットを買えさえしたなら、アルテメシアに行けるのだけれど。
 アルテメシアの宙港に降りたら、エネルゲイアへの便だって飛んでいそうだけれど。
(……ぼくは、買えない……)
 故郷に帰るための、船のチケットは。
 候補生の身では買えはしないし、ハッキングなどで不正に入手したって…。
(…マザー・イライザに知られて、取り上げられて…)
 その後にコールされて叱られるか、保安部隊に取っ捕まるか。
 「ステーション、E-1077を脱走しようとした」罪で。
 謹慎を食らうか、成績を減点されるのか。
 ろくな結果になりはしないから、船のチケットは手に入れられない。
 それがあったら、故郷へと飛んでゆけるのに。
 「子供時代」があっただろう町、其処に「もう一度」立てるのに。


 けれど、叶いはしない夢。
 どう転がっても、手に入る筈もないチケット。
 ポートに出掛けて、行き先などを入力してみても。
 表示された金額に見合うだけの金を、「これだけ」と支払う意志を見せても。
(…ぼくの名前や、個人情報を入れないと…)
 けして発券されないチケット。
 漆黒の宇宙を飛んでゆく船は、ゲームセンターにあるような遊具の類とは違う。
 「人の命」を預かることになるから、「誰を乗せたか」は重要なこと。
 万一、事故が起こった時には、どのレベルまで対応するか。
 近隣にある惑星からの救助船さえ向かえばいいのか、宇宙海軍が出動するか。
(…任務の途中のメンバーズとか…)
 休暇中でも、パルテノンの元老のような「お偉方」が乗っていたなら、大変なこと。
 長距離ワープを繰り返してでも、最新鋭の船が最短距離で救助活動に向かう。
 宇宙海軍でも最大とされる、アルテミス級の戦艦だって。
(そういう判断に必要だから…)
 宇宙船のチケットを買うとなったら、名前とIDは必要不可欠。
 所属や、住所といった代物も。
 「セキ・レイ・シロエ」の「それ」を入れたら、発券は拒絶されるだろう。
 教育課程の候補生には、ステーションを離れる自由など無い。
 訓練飛行や、無重力訓練で「出る」のが限界。
 そんな人間のデータを入れた途端に、エラーになるのは目に見えている。
 保安部隊員が走って来るのか、ポートの係に取り押さえられるか。
(それを避けるのなら、ハッキングして…)
 偽の情報を入力してやれば、チケット自体は手に入る。
 「セキ・レイ・シロエ」とは違う名前や、IDなどを「偽造して」やれば。
(だけど、それを持ってポートに行けば…)
 その場でバレて、船には乗れない。
 マザー・イライザの監視が行き届いているか、厳重なチェックシステムがあるか。
 「脱走する者」が出ないようにと、ポート全体に目を光らせて。


 だから「乗れない」と分かっている船。
 此処から逃げてゆくことは無理で、逃げ出す手段さえも無い。
(…ぼくが、この手で作れたら…)
 宇宙船を、と思いはしても、其処までの技術を持ってはいない。
 エネルゲイアで学んだ範囲に、「宇宙船の設計」は含まれていなかった。
 建造技術も、学んではいない。
(独学で、それを身に付けたって…)
 きっと材料が手に入らなくて、諦めざるを得ないのだろう。
 船体に使う特殊鋼材、それが欲しくても「与えて貰える」ことなどは無くて。
 エネルギー伝導用のコイルも、何処からも入手出来なくて。
(…学ぶだけ無駄で、役に立たなくて…)
 でも…、と心は故郷へと飛ぶ。
 もう顔さえもぼやけて思い出せない両親、実感を伴わない風や光や。
 それらが「今も」あるだろう場所、どうすれば其処へ行けるだろうか、と。
(宇宙船に乗ったら、じきにワープで…)
 何十光年、何百光年といった距離を飛び越えて「其処」に向かう筈。
 此処からは遠いアルテメシアへ、エネルゲイアがある星へ。
 そうやって「ワープ」で飛んでゆくなら、欠かせないものは何なのか。
(……ワープドライブ……)
 それだ、と直ぐに出て来る答え。
 どんな小さな宇宙船でも、ワープドライブさえ積んであったら、故郷へと飛べる。
 逆に言うなら、ワープドライブさえあれば…。
(宇宙船なんかに…)
 頼らなくても飛べるのかもね、と思いもする。
 この手で「それ」を作れたならば。
 亜空間ジャンプが出来るシステム、小型のワープドライブを。
(…ぼく一人だけが、ワープ出来たら…)
 それでいいのに、と抱く考え。
 「シロエ」だけを運ぶワープドライブ、そういったものを作れたなら、と。


(…無理なんだけどね……)
 人間だけが「生身で」ワープするなんて、と理屈の上では分かっている。
 亜空間理論を学んだ今では、「絶対に無理」だと教えられもした。
 けれども、夢を描くのは自由。
 今の理論では「無理」であろうが、「遠い未来」には「違うかも」と。
 遥かな昔は、ワープさえもが「夢」だった。
 小説などに出て来るだけの、架空の航法。
 それが今では「常識」なのだし、いつか「人間が」ワープしたって不思議ではない。
(…そういう機械を作れたら…)
 いいんだけどな、と考える内に、出てくる欲。
 ワープは「時空間を越える」航法、それなら「時」を越えたっていい。
 どうせ未来のシステムだったら、其処までのことが出来ればいい。
 遠い昔から、人が夢見た「タイムマシン」。
 未だに実現しないけれども、同じ「作る」のなら、そっちがいいに決まっている。
 故郷に向かって「シロエだけ」が飛んでゆくのなら。
 とても小さなワープドライブ、それで「目指そう」と思うなら。
(……タイムマシンなら、ぼくが子供の頃にだって……)
 飛んでゆけるし、それが出来たら「変えられる」未来。
 成人検査を受けないように、過去の時間に干渉して。
 そのせいで「歴史」がどう変わろうとも、かまいはしない。
 「此処」から「シロエ」が消えたって。
 宇宙そのものが変わってしまって、「シロエ」がいなくなったって。
(…こんな風に、記憶を消されてしまって…)
 苦痛に満ちた人生を送らされるよりかは、最初から「無かった」方がいい。
 「成人検査を受けなかったシロエ」が、どうなろうとも。
 そういう「シロエ」を作ったせいで、「今のシロエ」も消え去ろうとも。
 それで充分だと思う。
 タイムマシンを「作った結果」が、自分自身の「消滅」でも。
 そんな結末を招くのだとしても、「全てを忘れて」しまわないなら。


 あればいいのに、と思うタイムマシン。
 とても小さなワープドライブ、「シロエだけを」故郷へ運べるもの。
 作れはしないと分かっていても。
 今の時代の技術や理論で、「それ」は不可能だと知ってはいても。
(……夢を見るのは、ぼくの自由で……)
 だったら、それを「形」にしたっていいだろう。
 いつかは「載せたい」ワープドライブ、「可能にしたい」タイムマシン。
 その夢を乗せて「走る」何かを作っても。
 E-1077でも「手に入る」もので、「夢の乗り物」を形にしても。
(……今は、それしか出来ないけれど……)
 やってみようか、と心に描く設計図。
 見た目は「ただのバイク」だけれども、夢の世界では「タイムマシン」になるバイク。
 ワープドライブだって搭載していて、故郷までも駆けてゆける「それ」。
 そういうバイクを「作って」乗ったら、束の間の夢が見られるだろうか。
 走ってゆける場所はE-1077の「中」だけでも。
 宇宙にさえも出られなくても。
(…ぼくの中では、タイムマシンで…)
 故郷へも走ってゆけるモノ。
 誰にも分かって貰えなくても、ただの「バイク」に過ぎなくても。
 夢を見るのは自由なのだから、「それ」を作ってみるのもいい。
 ほんの一瞬、心だけが「過去」へ飛べるなら。
 懐かしい故郷へ飛んでゆけるのなら、きっと「飛べた」気がするだろうから…。

 

         飛び越えたい時・了


※いや、シロエ、楽しそうにバイクに乗っていたよね、と思ったわけで…。何故、バイクかと。
 其処から浮かんで来たお話。シロエなだけに、こういう理由でも通りそうな気が…。









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