(…ネバーランド…)
行きたいよね、とシロエはピーターパンの本のページを、ゆっくりとめくる。
今日は、珍しく「何も無かった」。
イライザの耳障りな声は聞いていないし、映像だって目にしていない。
候補生たちとの諍いも無くて、彼らの振舞いが気に障るようなことも起こらなかった。
(こんな日、何日ぶりなのかな…)
パパとママの家にいた頃みたいだ、と思うくらいに穏やかな夜。
(勉強するには、もったいなくて…)
普段だったら欠かさない、遥か先の講義の予習は休むことにした。
先の先まで予習しなくても、明日の授業に困りはしない。
(どうせ明日には、イライラしながら、机に向かっているだろうしね…)
今夜はのんびり過ごしたいよ、と机の前には座らなかった。
勉強に使った記憶など無い、ベッドに腰かけて大切な本のページを繰ってゆく。
故郷から無事に持って来られた、宝物のピーターパンの本。
この本にしても、今夜みたいに「ゆっくりと読める」のは久しぶりだった。
まるで故郷の家にいるようで、心地良い時間が流れてゆく。
(…二つ目の角を右に曲がって、後は朝まで、ずっと真っ直ぐ…)
ネバーランドには、そう行くんだよ、と道順を飽きずに読み直したくなる。
他のページも好きなのだけれど、此処に来てから、この道順に何度も心を救われた。
深い悲しみと喪失感に押し潰されそうな時に、心の中で繰り返して。
故郷の家で焦がれ続けた、ネバーランド。
とうとう迎えは来てくれなくて、ステーションまで来てしまった。
(…だけど、今でも…)
行けるものなら行きたいんだよ、と道順を読んで、更に行きたくなる。
此処には「人工の朝」しか無いから、「二つ目の角を右に曲がる」ことしか出来ない。
自力でネバーランドに行けはしなくて、ピーターパンが来るのを待つしか無い。
(……ピーターパン……)
ステーションまで来てくれないかな、と個室の中を眺め回しても、窓は無かった。
たとえ宇宙が見えるだけでも、この部屋に窓があったなら…。
(…ピーターパンと、ティンカーベルが…)
飛んで来るかもしれないのに、と「窓の無い部屋」が恨めしい。
ピーターパンが迎えに来てくれたなら、候補生の制服なんかは捨ててしまって一緒に行く。
(ネバーランドよりも素敵だって聞いてた、地球だって…)
惜しくなどは無いし、断然、ネバーランドがいい。
ピーターパンたちと楽しく暮らして、冒険をしたり、海賊退治をしたりもする。
(…ステーションなんかに、二度と戻るもんか!)
地球に行けなくなっても構わないよ、と思うけれども、一つだけ、心に引っ掛かる。
(ステーションとか地球はいいけど、パパとママがいる家…)
あそこには帰りたくなるに違いないよね、と気になるものは故郷の家と両親。
ネバーランドを経由したなら、家に帰ることは出来るのだろうか。
(…ピーターパンなら、家まで送って行くことも…)
容易いだろう、と分かるけれども…。
(…ネバーランドに行きっ放しで、地球にも、ステーションにも行かないままで…)
暮らし続ける日々は、きっと楽しい。
とはいえ、故郷の家には「帰らない」まま、いつまでも暮らしてゆける気はしない。
(…ネバーランドと、パパとママがいる家、どっちか一つを選ぶんなら…)
一度、どちらかに決めてしまえば、二度と選べはしないと言うなら、どちらだろう。
ネバーランドで暮らし続けるのか、故郷の家に戻るのか。
(…やっぱり、家には帰りたいよ…)
帰ったら捕まることになっても、と今の時代のシステムを考えてみても、故郷を選びたい。
ネバーランドで暮らしていたなら、誰も「シロエを捕まえには来ない」のが分かっていても。
(…ほんの少しの間だけでも…)
顔もおぼろになってしまった両親に会えて、懐かしい家で過ごせたらいい。
引き換えに命を落とすことになっても、微塵も後悔しないだろう。
(…ネバーランドから、家に戻れるんなら…)
ピーターパンが引き留めたって、「ぼくは帰るよ」と宣言する。
「だから家まで送って行って」と、「ぼくには帰り道が分からないから」と頼み込んで。
(ピーターパンなら、きっと断らないよ)
だって、子供の味方だものね、と大きく頷き、ハタと気付いた。
(…それって、ホントに子供なのかな…?)
ネバーランドよりも家を選ぶだなんて、と自分自身に問い掛ける。
(本当に無邪気な子供だったら、家に帰りたいなんて思わないんじゃあ…?)
ネバーランドにいるんだから、と答えは考えるまでもない。
ピーターパンの方から「家に帰った方がいいよ」と言わない限りは、本物の子供は帰らない。
まだまだ沢山、やりたいことが溢れているのが、ネバーランドという場所だから。
ネバーランドと、故郷の家。
どちらを優先するかで、道が二つに分かれていそう。
「ネバーランドがいいよ」と、迷いもしないで答えられるのが「子供」たち。
家に帰りたいと思うようになるのは、多分、「大人」と言うのだろう。
(…ぼくも大人で、子供ではなくて…)
子供の心を失くしたのかも、とシロエの背筋がゾクリと冷えた。
「そんな馬鹿な」と恐ろしいけれど、故郷の家で暮らしていた頃には、きっと違った。
(…パパとママが心配しているかも、って…)
言い出すことはあるとしたって、最初から「家」を求めはしない。
ネバーランドで遊び疲れて、ベッドに入りたくなるような頃に初めて、家が恋しくなるだろう。
(…ママが作る食事に、いつものベッド…)
そういったものが揃った「居心地のいい場所」、それが「家」として浮かんで来る。
ネバーランドも素敵だけれども、「ママの食事」や、馴染んだベッドは無いのだから。
(…そうだったっけ、って思い出すまで…)
故郷の家も、両親のことも、綺麗に忘れてしまっているのが「子供」のシロエ。
ステーションで暮らす「シロエ」みたいに、両親や故郷にこだわりはしない。
(……きっと、そう……)
ぼくは何処かで変わっちゃった、とピーターパンの本を眺めて愕然とする。
「いったい何処で変わったんだろう」と、頭に浮かぶのは「成人検査」。
それから、ステーションの「マザー・イライザ」、SD体制という酷いシステム。
(…寄ってたかって、ぼくを作り変えて…)
大人になるように仕向けたんだ、と怖いけれども、この道からは逃れられない。
ピーターパンの迎えは来るわけが無くて、子供ではなくなった「シロエ」は置き去り。
どんなに望んで行きたがっても、ネバーランドに繋がる扉は開いてくれない。
(…そんなの、酷い…)
酷すぎるから、と涙が頬を伝ってゆく。
「ぼくは大人になっちゃったの?」と、「もう子供には戻れないの?」と悲しみに暮れて。
(……嘘だよね……?)
お願いだから、誰か「嘘だ」と言ってよ、と縋りたくても、個室の中には「シロエ」だけ。
ステーションでは「一人暮らし」が決まりなのだし、泣きつけるような友人もいない。
(…駄目だ、心を落ち着けないと…)
また、あの機械がおせっかいを、と懸命に涙を堪えるしかない。
心が乱れたままでいたなら、「マザー・イライザ」が「どうしました?」と現れるから。
マザー・イライザの映像が部屋を訪ねて来たなら、またしても「何か」を失うから。
(…ますます大人になってしまって…)
もう戻りようが無くなっちゃうよ、とピーターパンの本を強く抱き締める。
「お願いだから、ぼくを助けて」と。
「これ以上、大人になってしまわないよう、ぼくを守って」と、大切な道順を心で唱える。
(…二つ目の角を右に曲がって、後は朝まで、ずっと真っ直ぐ…)
ネバーランドに行くんだから、と夢を膨らませて「子供」に戻ってゆけるように。
けして「大人」になりはしないで、子供の心を抱えたままで、いつか故郷に帰れるように…。
分かれている道・了
※アニテラのシロエが、焦がれ続けたネバーランド。ピーターパンの本に書かれた場所。
其処を選ぶのか、故郷の家を選ぶのかで、子供と大人が分かれていそう。
行きたいよね、とシロエはピーターパンの本のページを、ゆっくりとめくる。
今日は、珍しく「何も無かった」。
イライザの耳障りな声は聞いていないし、映像だって目にしていない。
候補生たちとの諍いも無くて、彼らの振舞いが気に障るようなことも起こらなかった。
(こんな日、何日ぶりなのかな…)
パパとママの家にいた頃みたいだ、と思うくらいに穏やかな夜。
(勉強するには、もったいなくて…)
普段だったら欠かさない、遥か先の講義の予習は休むことにした。
先の先まで予習しなくても、明日の授業に困りはしない。
(どうせ明日には、イライラしながら、机に向かっているだろうしね…)
今夜はのんびり過ごしたいよ、と机の前には座らなかった。
勉強に使った記憶など無い、ベッドに腰かけて大切な本のページを繰ってゆく。
故郷から無事に持って来られた、宝物のピーターパンの本。
この本にしても、今夜みたいに「ゆっくりと読める」のは久しぶりだった。
まるで故郷の家にいるようで、心地良い時間が流れてゆく。
(…二つ目の角を右に曲がって、後は朝まで、ずっと真っ直ぐ…)
ネバーランドには、そう行くんだよ、と道順を飽きずに読み直したくなる。
他のページも好きなのだけれど、此処に来てから、この道順に何度も心を救われた。
深い悲しみと喪失感に押し潰されそうな時に、心の中で繰り返して。
故郷の家で焦がれ続けた、ネバーランド。
とうとう迎えは来てくれなくて、ステーションまで来てしまった。
(…だけど、今でも…)
行けるものなら行きたいんだよ、と道順を読んで、更に行きたくなる。
此処には「人工の朝」しか無いから、「二つ目の角を右に曲がる」ことしか出来ない。
自力でネバーランドに行けはしなくて、ピーターパンが来るのを待つしか無い。
(……ピーターパン……)
ステーションまで来てくれないかな、と個室の中を眺め回しても、窓は無かった。
たとえ宇宙が見えるだけでも、この部屋に窓があったなら…。
(…ピーターパンと、ティンカーベルが…)
飛んで来るかもしれないのに、と「窓の無い部屋」が恨めしい。
ピーターパンが迎えに来てくれたなら、候補生の制服なんかは捨ててしまって一緒に行く。
(ネバーランドよりも素敵だって聞いてた、地球だって…)
惜しくなどは無いし、断然、ネバーランドがいい。
ピーターパンたちと楽しく暮らして、冒険をしたり、海賊退治をしたりもする。
(…ステーションなんかに、二度と戻るもんか!)
地球に行けなくなっても構わないよ、と思うけれども、一つだけ、心に引っ掛かる。
(ステーションとか地球はいいけど、パパとママがいる家…)
あそこには帰りたくなるに違いないよね、と気になるものは故郷の家と両親。
ネバーランドを経由したなら、家に帰ることは出来るのだろうか。
(…ピーターパンなら、家まで送って行くことも…)
容易いだろう、と分かるけれども…。
(…ネバーランドに行きっ放しで、地球にも、ステーションにも行かないままで…)
暮らし続ける日々は、きっと楽しい。
とはいえ、故郷の家には「帰らない」まま、いつまでも暮らしてゆける気はしない。
(…ネバーランドと、パパとママがいる家、どっちか一つを選ぶんなら…)
一度、どちらかに決めてしまえば、二度と選べはしないと言うなら、どちらだろう。
ネバーランドで暮らし続けるのか、故郷の家に戻るのか。
(…やっぱり、家には帰りたいよ…)
帰ったら捕まることになっても、と今の時代のシステムを考えてみても、故郷を選びたい。
ネバーランドで暮らしていたなら、誰も「シロエを捕まえには来ない」のが分かっていても。
(…ほんの少しの間だけでも…)
顔もおぼろになってしまった両親に会えて、懐かしい家で過ごせたらいい。
引き換えに命を落とすことになっても、微塵も後悔しないだろう。
(…ネバーランドから、家に戻れるんなら…)
ピーターパンが引き留めたって、「ぼくは帰るよ」と宣言する。
「だから家まで送って行って」と、「ぼくには帰り道が分からないから」と頼み込んで。
(ピーターパンなら、きっと断らないよ)
だって、子供の味方だものね、と大きく頷き、ハタと気付いた。
(…それって、ホントに子供なのかな…?)
ネバーランドよりも家を選ぶだなんて、と自分自身に問い掛ける。
(本当に無邪気な子供だったら、家に帰りたいなんて思わないんじゃあ…?)
ネバーランドにいるんだから、と答えは考えるまでもない。
ピーターパンの方から「家に帰った方がいいよ」と言わない限りは、本物の子供は帰らない。
まだまだ沢山、やりたいことが溢れているのが、ネバーランドという場所だから。
ネバーランドと、故郷の家。
どちらを優先するかで、道が二つに分かれていそう。
「ネバーランドがいいよ」と、迷いもしないで答えられるのが「子供」たち。
家に帰りたいと思うようになるのは、多分、「大人」と言うのだろう。
(…ぼくも大人で、子供ではなくて…)
子供の心を失くしたのかも、とシロエの背筋がゾクリと冷えた。
「そんな馬鹿な」と恐ろしいけれど、故郷の家で暮らしていた頃には、きっと違った。
(…パパとママが心配しているかも、って…)
言い出すことはあるとしたって、最初から「家」を求めはしない。
ネバーランドで遊び疲れて、ベッドに入りたくなるような頃に初めて、家が恋しくなるだろう。
(…ママが作る食事に、いつものベッド…)
そういったものが揃った「居心地のいい場所」、それが「家」として浮かんで来る。
ネバーランドも素敵だけれども、「ママの食事」や、馴染んだベッドは無いのだから。
(…そうだったっけ、って思い出すまで…)
故郷の家も、両親のことも、綺麗に忘れてしまっているのが「子供」のシロエ。
ステーションで暮らす「シロエ」みたいに、両親や故郷にこだわりはしない。
(……きっと、そう……)
ぼくは何処かで変わっちゃった、とピーターパンの本を眺めて愕然とする。
「いったい何処で変わったんだろう」と、頭に浮かぶのは「成人検査」。
それから、ステーションの「マザー・イライザ」、SD体制という酷いシステム。
(…寄ってたかって、ぼくを作り変えて…)
大人になるように仕向けたんだ、と怖いけれども、この道からは逃れられない。
ピーターパンの迎えは来るわけが無くて、子供ではなくなった「シロエ」は置き去り。
どんなに望んで行きたがっても、ネバーランドに繋がる扉は開いてくれない。
(…そんなの、酷い…)
酷すぎるから、と涙が頬を伝ってゆく。
「ぼくは大人になっちゃったの?」と、「もう子供には戻れないの?」と悲しみに暮れて。
(……嘘だよね……?)
お願いだから、誰か「嘘だ」と言ってよ、と縋りたくても、個室の中には「シロエ」だけ。
ステーションでは「一人暮らし」が決まりなのだし、泣きつけるような友人もいない。
(…駄目だ、心を落ち着けないと…)
また、あの機械がおせっかいを、と懸命に涙を堪えるしかない。
心が乱れたままでいたなら、「マザー・イライザ」が「どうしました?」と現れるから。
マザー・イライザの映像が部屋を訪ねて来たなら、またしても「何か」を失うから。
(…ますます大人になってしまって…)
もう戻りようが無くなっちゃうよ、とピーターパンの本を強く抱き締める。
「お願いだから、ぼくを助けて」と。
「これ以上、大人になってしまわないよう、ぼくを守って」と、大切な道順を心で唱える。
(…二つ目の角を右に曲がって、後は朝まで、ずっと真っ直ぐ…)
ネバーランドに行くんだから、と夢を膨らませて「子供」に戻ってゆけるように。
けして「大人」になりはしないで、子供の心を抱えたままで、いつか故郷に帰れるように…。
分かれている道・了
※アニテラのシロエが、焦がれ続けたネバーランド。ピーターパンの本に書かれた場所。
其処を選ぶのか、故郷の家を選ぶのかで、子供と大人が分かれていそう。
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(……両親か……)
きっと、さぞかし良いものなのだろうな、とキースは心で一人呟く。
首都惑星ノアの、国家騎士団総司令の部屋で、夜が更けた後に。
机の上には、側近のマツカが置いて行ったコーヒーがあるが、人影はもう無い。
今日の昼間に時間が取れて、サムの病院へ見舞いに出掛けた。
その時、サムが話していたのが両親のこと。
(サムは、いつでも楽しそうに…)
彼を育てた両親の様子を教えてくれる。
「パパが勉強しろって、うるさいんだ」などと、今も両親と暮らしているかのように。
サムの両親はとうの昔に、サムの子育てを終えてしまっているのが現実なのに。
(次の子供を育てているのか、養父母の役目を降りているのか…)
調べたことは無いのだけれども、どちらかだろう。
いずれにしても、両親は、もはや「サム」とは無縁で、彼らの暮らしにサムなどいない。
(そうとも知らずに、記憶の中の両親と暮らしているサムは…)
いつ会いに行っても幸せそうで、「叱られたんだ」と言っていたって嬉しそうに見える。
そうなるくらいに、「両親」というものは、「良いもの」なのに違いない。
シロエが懐かしがっていたのも、故郷と「両親」だった。
(…サムは心を壊されたせいで、子供の頃に戻ってしまって…)
今も両親と暮らし続けて、充実した日々を送っているらしい。
病院の中だけで生きているのに、「此処から出たい」と話したことは無いから。
(…そして、シロエは…)
故郷の星に帰りたいとばかり願い続けて、最後は暗い宇宙に散った。
シロエの魂だけは、あの後、故郷に向かったろうか。
両親が今も暮らしている星へ、ただ真っ直ぐに。
「きっと、そうだ」という気がする。
其処で両親に会えたシロエは、嬉しかったか、あるいはガッカリさせられたのか。
両親が「次の子供」を育てていたなら、家に「シロエ」の居場所は無い。
(……だが、そうなっていても……)
シロエは満足したのだろう、とも思えてしまう。
「シロエだけの親」ではなくなっていても、両親に会うことが出来たのだから。
たとえ言葉は交わせなくても、両親の目には映らなくても、「家に帰れた」ことが一番。
成人検査で奪われたという「子供時代の記憶」も、シロエはすっかり思い出せたのだろう。
代わりに命を失っていても、サムが幸せなのと同じで、シロエも幸せ一杯で。
サムの見舞いに出掛けてゆく度、繰り返される「サムの両親の話」。
普段は気にも留めないけれども、たまに、こうして「引っ掛かって来る」。
サムもシロエも、「両親」を追っているというのに、キースには、その「両親」がいない。
(…どうせ、育ての親なのだが…)
いるといないのでは違うのだろうな、と分かってはいる。
マザー・イライザが、こう話していた。
キースは、「両親や友人などに左右されることなく、育った無垢な者」なのだと。
(…私を無から作るだけでは、まだ足りなくて…)
「親も友人も与えないまま、水槽の中で育て続ける」ことが重要なポイントだったらしい。
成人検査の年を迎えて「水槽から出る」まで、何者にも「影響されない」ことが。
(…そういう選択をしたほどなのだし、両親の存在は大きくて…)
機械が「理想の養父母を選んで、キースに与えた」としても、駄目なのだろう。
両親も所詮は「生きた人間」だけに、「キース」は何処かで感化されるに違いない。
「父のような人間を目指したい」とか、「母の優しさを見習いたい」だとか。
(…どうしても、偏る部分が出来てしまって…)
全ての人類を導くための「指導者」には、不適格になるのだろうと思う。
「キースにとって、望ましい人間像」が生まれたのでは、其処から外れる者が出て来るから。
(…将来、人材を抜擢するとか、登用する時に…)
それらが影を落とすようでは、わざわざ「無から作り出してまで」世の中に出した意味が無い。
あくまで「公正、公平」な選択が出来る者でなければ、本当の意味での「政治」は出来ない。
(…そうなのだろう、とは思うのだがな…)
納得もしてはいるのだけれど、実は「気になる」点が「もう一つ」ある。
「キース・アニアン」は、無から作られて「水槽の中で育った」というだけではない。
機械は「辻褄を合わせる」ために、キースの「出生」まで「作り上げていた」。
誕生日を決めて、育った場所と「両親」までをも、まるで「本物である」かのように。
機械が設けた「誕生日」の方は、それほど気にはならない。
水槽の中から出された時でも、「生命として」出来た時でも、変わりは何も無いだろうから。
(…どうせ私は、どちらにしても…)
記憶に残っていないわけだし、「キース」に影響するようなものでもない。
誕生日くらい、いつであろうが、ただの記念日。
ステーションの中にいたなら、同級生たちが祝いの言葉をくれる程度の代物だから。
(…メンバーズでなければ、卒業した後も…)
仲間や伴侶と祝う機会もありそうだけれど、キースは、そうした道には「いない」。
(…誕生日などは、あろうが無かろうが…)
本当に「どうでもいい」のだがな、と思っているくせに、「どうでもいい」とは思えないもの。
不意に頭に浮かんで来る度、気になってしまうものは「両親」。
サムが楽しげに語っている時、心を掠めてゆくことも多い。
(…私の、記録上の両親は…)
果たして「実在する」のか、実は「何処にもいない」のか。
(…マザー・イライザも、グランド・マザーも…)
両親のことなど語らないから、偽の情報の正体は今も「謎」のままで留め置かれている。
恐らく、調べようと試みてみても、壁に突き当たることだろう。
機械が巧妙に隠し続けて、「キース」の目には、けして触れないように躱して。
(……両親か……)
記録の上では、キースが育った故郷の星に「いた」筈の両親。
データを引き出したことは無いけれど、恐らく、「キース」を育てた頃の写真もあるだろう。
(…しかし、写真を作り上げるくらい…)
「キース」を「無から作った」ことに比べれば、ごく簡単なことに過ぎない。
シロエのように器用な者なら、子供時代でも「偽の写真」を合成出来る。
まして機械が「細工する」となれば、「両親の、今現在の姿」さえをも作り上げられる。
(…私を育てた頃から、今日まで経過した年月の分を…)
計算し尽くして、相応しく年を取らせて、「今は、こういう姿ですよ」と。
(…実在するのか、していないのか…)
それを調べようとするだけ無駄だ、と知っているだけに、調べようとも思いはしない。
試みてみても「壁に当たる」か、偽のデータで「誤魔化される」か。
(……永遠の謎というものなのだが……)
もしも、と、たまに考えてしまう。
(偽の両親で、私など、一度も育てていなくて…)
会ったことさえ無いのだとしても、「偽の両親が実在している」なら、一度、姿を見てみたい。
「キース」の養父母らしい姿か、そうでもないのか、それだけでも自分で確かめてみたい。
「親というのは、こういうものか」と、少しだけでも分かりそうだから。
サムが、シロエが慕う両親、それが「どういうもの」なのかが。
そうは思っても、機会は永遠に来そうにない。
SD体制が続く限りは、グランド・マザーに阻まれ続けて、どうにもならないことだろう。
(いつか、機会が来るとしたなら…)
その時には、「キース」の命も、ありそうにはない。
人類がミュウに敗れた時しか、SD体制は終わりはしないし、SD体制が終わるのならば…。
(…人類の指導者をしている筈の私も、もろともに…)
滅びることになるだろうしな、と溜息しか落ちて来ないけれども…。
(……ジョミー・マーキス・シン……)
一度だけ会ったミュウの指導者で、サムの同級生だったという「ソルジャー・シン」。
彼が何かの気まぐれを起こして、「キース」を生かしておいてくれるなら…。
(…シロエが、故郷に帰ろうとして…)
暗い宇宙に飛び立ったように、「キース」も宇宙に飛んでみようか。
「機械が作り上げた、記録の上だけの」親が、何処かの星にいるかどうかを、探し求めて。
SD体制が壊れた後なら、本当のことも分かるだろうから。
(……そう出来たなら……)
少しは「人間」に近付けるのだろうか、と「作られた者」だからこそ、思ってしまう。
形だけの「偽の両親」だろうと、存在してさえいれば、「キース」にも「親」が出来るから。
「親というのは、どういうものか」が、ほんの少しだけ、理解出来そうだから…。
親がいるなら・了
※アニテラだと、シロエが調べて分かったのは、キースの誕生日。原作だと、故郷と両親。
両親の名前まで分かっているので、其処から生まれたお話。実在するかが謎だけに。
きっと、さぞかし良いものなのだろうな、とキースは心で一人呟く。
首都惑星ノアの、国家騎士団総司令の部屋で、夜が更けた後に。
机の上には、側近のマツカが置いて行ったコーヒーがあるが、人影はもう無い。
今日の昼間に時間が取れて、サムの病院へ見舞いに出掛けた。
その時、サムが話していたのが両親のこと。
(サムは、いつでも楽しそうに…)
彼を育てた両親の様子を教えてくれる。
「パパが勉強しろって、うるさいんだ」などと、今も両親と暮らしているかのように。
サムの両親はとうの昔に、サムの子育てを終えてしまっているのが現実なのに。
(次の子供を育てているのか、養父母の役目を降りているのか…)
調べたことは無いのだけれども、どちらかだろう。
いずれにしても、両親は、もはや「サム」とは無縁で、彼らの暮らしにサムなどいない。
(そうとも知らずに、記憶の中の両親と暮らしているサムは…)
いつ会いに行っても幸せそうで、「叱られたんだ」と言っていたって嬉しそうに見える。
そうなるくらいに、「両親」というものは、「良いもの」なのに違いない。
シロエが懐かしがっていたのも、故郷と「両親」だった。
(…サムは心を壊されたせいで、子供の頃に戻ってしまって…)
今も両親と暮らし続けて、充実した日々を送っているらしい。
病院の中だけで生きているのに、「此処から出たい」と話したことは無いから。
(…そして、シロエは…)
故郷の星に帰りたいとばかり願い続けて、最後は暗い宇宙に散った。
シロエの魂だけは、あの後、故郷に向かったろうか。
両親が今も暮らしている星へ、ただ真っ直ぐに。
「きっと、そうだ」という気がする。
其処で両親に会えたシロエは、嬉しかったか、あるいはガッカリさせられたのか。
両親が「次の子供」を育てていたなら、家に「シロエ」の居場所は無い。
(……だが、そうなっていても……)
シロエは満足したのだろう、とも思えてしまう。
「シロエだけの親」ではなくなっていても、両親に会うことが出来たのだから。
たとえ言葉は交わせなくても、両親の目には映らなくても、「家に帰れた」ことが一番。
成人検査で奪われたという「子供時代の記憶」も、シロエはすっかり思い出せたのだろう。
代わりに命を失っていても、サムが幸せなのと同じで、シロエも幸せ一杯で。
サムの見舞いに出掛けてゆく度、繰り返される「サムの両親の話」。
普段は気にも留めないけれども、たまに、こうして「引っ掛かって来る」。
サムもシロエも、「両親」を追っているというのに、キースには、その「両親」がいない。
(…どうせ、育ての親なのだが…)
いるといないのでは違うのだろうな、と分かってはいる。
マザー・イライザが、こう話していた。
キースは、「両親や友人などに左右されることなく、育った無垢な者」なのだと。
(…私を無から作るだけでは、まだ足りなくて…)
「親も友人も与えないまま、水槽の中で育て続ける」ことが重要なポイントだったらしい。
成人検査の年を迎えて「水槽から出る」まで、何者にも「影響されない」ことが。
(…そういう選択をしたほどなのだし、両親の存在は大きくて…)
機械が「理想の養父母を選んで、キースに与えた」としても、駄目なのだろう。
両親も所詮は「生きた人間」だけに、「キース」は何処かで感化されるに違いない。
「父のような人間を目指したい」とか、「母の優しさを見習いたい」だとか。
(…どうしても、偏る部分が出来てしまって…)
全ての人類を導くための「指導者」には、不適格になるのだろうと思う。
「キースにとって、望ましい人間像」が生まれたのでは、其処から外れる者が出て来るから。
(…将来、人材を抜擢するとか、登用する時に…)
それらが影を落とすようでは、わざわざ「無から作り出してまで」世の中に出した意味が無い。
あくまで「公正、公平」な選択が出来る者でなければ、本当の意味での「政治」は出来ない。
(…そうなのだろう、とは思うのだがな…)
納得もしてはいるのだけれど、実は「気になる」点が「もう一つ」ある。
「キース・アニアン」は、無から作られて「水槽の中で育った」というだけではない。
機械は「辻褄を合わせる」ために、キースの「出生」まで「作り上げていた」。
誕生日を決めて、育った場所と「両親」までをも、まるで「本物である」かのように。
機械が設けた「誕生日」の方は、それほど気にはならない。
水槽の中から出された時でも、「生命として」出来た時でも、変わりは何も無いだろうから。
(…どうせ私は、どちらにしても…)
記憶に残っていないわけだし、「キース」に影響するようなものでもない。
誕生日くらい、いつであろうが、ただの記念日。
ステーションの中にいたなら、同級生たちが祝いの言葉をくれる程度の代物だから。
(…メンバーズでなければ、卒業した後も…)
仲間や伴侶と祝う機会もありそうだけれど、キースは、そうした道には「いない」。
(…誕生日などは、あろうが無かろうが…)
本当に「どうでもいい」のだがな、と思っているくせに、「どうでもいい」とは思えないもの。
不意に頭に浮かんで来る度、気になってしまうものは「両親」。
サムが楽しげに語っている時、心を掠めてゆくことも多い。
(…私の、記録上の両親は…)
果たして「実在する」のか、実は「何処にもいない」のか。
(…マザー・イライザも、グランド・マザーも…)
両親のことなど語らないから、偽の情報の正体は今も「謎」のままで留め置かれている。
恐らく、調べようと試みてみても、壁に突き当たることだろう。
機械が巧妙に隠し続けて、「キース」の目には、けして触れないように躱して。
(……両親か……)
記録の上では、キースが育った故郷の星に「いた」筈の両親。
データを引き出したことは無いけれど、恐らく、「キース」を育てた頃の写真もあるだろう。
(…しかし、写真を作り上げるくらい…)
「キース」を「無から作った」ことに比べれば、ごく簡単なことに過ぎない。
シロエのように器用な者なら、子供時代でも「偽の写真」を合成出来る。
まして機械が「細工する」となれば、「両親の、今現在の姿」さえをも作り上げられる。
(…私を育てた頃から、今日まで経過した年月の分を…)
計算し尽くして、相応しく年を取らせて、「今は、こういう姿ですよ」と。
(…実在するのか、していないのか…)
それを調べようとするだけ無駄だ、と知っているだけに、調べようとも思いはしない。
試みてみても「壁に当たる」か、偽のデータで「誤魔化される」か。
(……永遠の謎というものなのだが……)
もしも、と、たまに考えてしまう。
(偽の両親で、私など、一度も育てていなくて…)
会ったことさえ無いのだとしても、「偽の両親が実在している」なら、一度、姿を見てみたい。
「キース」の養父母らしい姿か、そうでもないのか、それだけでも自分で確かめてみたい。
「親というのは、こういうものか」と、少しだけでも分かりそうだから。
サムが、シロエが慕う両親、それが「どういうもの」なのかが。
そうは思っても、機会は永遠に来そうにない。
SD体制が続く限りは、グランド・マザーに阻まれ続けて、どうにもならないことだろう。
(いつか、機会が来るとしたなら…)
その時には、「キース」の命も、ありそうにはない。
人類がミュウに敗れた時しか、SD体制は終わりはしないし、SD体制が終わるのならば…。
(…人類の指導者をしている筈の私も、もろともに…)
滅びることになるだろうしな、と溜息しか落ちて来ないけれども…。
(……ジョミー・マーキス・シン……)
一度だけ会ったミュウの指導者で、サムの同級生だったという「ソルジャー・シン」。
彼が何かの気まぐれを起こして、「キース」を生かしておいてくれるなら…。
(…シロエが、故郷に帰ろうとして…)
暗い宇宙に飛び立ったように、「キース」も宇宙に飛んでみようか。
「機械が作り上げた、記録の上だけの」親が、何処かの星にいるかどうかを、探し求めて。
SD体制が壊れた後なら、本当のことも分かるだろうから。
(……そう出来たなら……)
少しは「人間」に近付けるのだろうか、と「作られた者」だからこそ、思ってしまう。
形だけの「偽の両親」だろうと、存在してさえいれば、「キース」にも「親」が出来るから。
「親というのは、どういうものか」が、ほんの少しだけ、理解出来そうだから…。
親がいるなら・了
※アニテラだと、シロエが調べて分かったのは、キースの誕生日。原作だと、故郷と両親。
両親の名前まで分かっているので、其処から生まれたお話。実在するかが謎だけに。
今日も静かな夜になったね、青の間には、ぼく一人しかいない。
昼の間は、多い時だと、次々に人が来るのだけれど…。
閉める時間の少し前には、誰もいなくなって、静けさだけだ。
それから後は、何時頃かな、巡回の人が来るのが何回か。
ベッドの周りを一回りしたら、直ぐに帰ってしまうけれどね。
ぼくが、この部屋で生きた時代は、時の彼方だ。
もうトォニィの代も終わって、次のソルジャーは不在だったよ。
ミュウと人類は和解した上、ごくごく自然に融合を遂げて、区別自体が消え去った。
そんな時代に、もうソルジャーは必要ではない。
トォニィが引退を宣言した後、ソルジャーは選ばれることが無かった。
誰も「選ぼう」とさえも言わなかったし、それで時代が一つ終わりを迎えたわけだ。
そうなるよりも、ずっと前から、シャングリラという箱舟は役目を終えて、此処にあったよ。
地球の復興には長い時間がかかるだろうから、首都惑星のノアに据えられた。
誰でも見られる船になるよう、見学用の通路なんかを整備した上でね。
その船の中の住人と言えば、ぼく一人だけ。
仲間たちは皆、平和になった宇宙に散らばって行って、船に残る者はいなかった。
船を維持するためのスタッフになった、一部のクルーがいただけだよ。
もっとも、彼らも家は別の所に持っていたから、昼の間しか来なかったね。
広いシャングリラに、今は、ぼくしかいなくなった。
この青の間から外へ出てみても、昼間以外は、夜勤のスタッフくらいだ。
見学者で賑わう昼の間も、どうやら此処は「特別」らしい。
「ソルジャー・ブルー」が生きた時代を再現しようと、案内板さえ置かれてはいない。
ついでに言うなら、入場制限もしているようだね。
人が多いと、雰囲気が壊れてしまうそうだよ。
ぼくは賑やかでも構わないのに、誰が決まりを作ったんだろう。
「変えて欲しい」と言いに行こうにも、今のぼくには出来ないだけに、仕方ないんだが…。
でもね、たまに不思議な「お客様」が来るんだ。
見学の人の中には、幼い子供を連れている人も少なくはない。
そうして此処に入った子供が、ぼくに向かって笑い掛けるんだよ。
手を振ってくれる子も、何人も見たね。
ぼくが思うに、「あの子たち」の目には、「ぼく」が映っているんだろう。
いつも思念を送るけれども、答えが返って来ないものだから、これは推測なんだが…。
どうやら「子供たち」と「ぼく」の間には、見えない壁があるらしい。
とうに死んでいる「ぼく」の世界に引き込まないよう、神様が作った壁なのかな。
ぼくは、ずっと前から、この青の間で暮らしている。
メギドで命を終えて以来で、ジョミーも、トォニィも、此処に来ていた。
けれど「ぼく」には気付かないまま、二人とも、去って行ってしまって、それっきりだ。
自分の役目を果たした後には、きっと未練が無かったんだろう。
ぼくも、そろそろ、この船を離れた方がいいんだろうね。
地球は順調に青くなりつつあるから、それを「地球の上で」見届けるために。
近い未来に、子供でなくても「ぼくの姿が見える」見学者たちが増えて来るだろう。
彼らはまさに「進化したミュウ」で、青い姿に戻った地球の未来を担ってゆける。
その日が来るのは、そう遠くない。
「青の間には、今も幽霊が出る」と、妙な噂が立ち始める前に、ぼくは此処から旅立とう。
「ソルジャー・ブルーの幽霊つきのシャングリラ」が誕生しない間に、地球を目指して。
青の間を離れて、広い宇宙を真っ直ぐに翔けて。
そうして、地球が青い姿に戻るのを見届けた後は、どうしようかな…。
まだ考えてはいないけれども、幸せだろうね。
肉眼では、ついに見られなかった、青い水の星を見られるのだから。
その青い地球を担ってゆける者たち、「進化したミュウ」も、近い内に、きっと生まれて来る。
彼らが未来を築いてゆく日も、希望に満ちた地球の未来も、じきに来るから…。
青の間の夜・了
※アニテラ放映当時から、18年になります。もう追悼でもないでしょうけど、つい…。
青の間にいるブルー、地縛霊などではありません。座敷童のような守り神です。
(…ネバーランド…)
やっぱり、今でも行きたいよ、とシロエは深い溜息を零す。
Eー1077の夜の個室で、ピーターパンの本を広げて、思い描く世界。
もしも、あそこへ飛んで行けたら、どんなに素敵なことだろう。
この恐ろしい牢獄から出て、自由に空を飛び回れる。
ピーターパンやティンカーベルと一緒に、青い海の上も、高い雲の上も。
(…訓練のことも、勉強のことも、全部、忘れて…)
一日、好きに遊び回って、その後は…。
(…何処へ帰ることになるんだろう?)
何処なのかな、と首を捻った。
ピーターパンは、何処へ送ってくれるのだろう。
Eー1077の部屋になるのか、それとも…。
(…ぼくが住んでた、エネルゲイアの…)
両親の家に帰ってゆくのか、其処が気になる。
(…ネバーランドに行けたってことは、子供なんだし…)
もしかしたら、此処へは戻らずに済んで、故郷に帰れるのかもしれない。
故郷の家が何処に在ったか、「シロエ」の記憶は、曖昧だけれど…。
(ピーターパンなら、知っているから…)
「ほら、着いたよ!」と、家に送り届けて、夜空を帰ってゆくのだろうか。
「また来るからね、いい子で待ってて!」と、頼もしい言葉を置いて行ってくれて。
(…ピーターパンが、また来るんなら…)
Eー1077には、二度と戻らないでいいのだと思う。
どういう仕組みか謎だけれども、「シロエ」は故郷の家に戻って、暮らしてゆける。
マザー・イライザの手から逃れて、成人検査の末に送り込まれた牢獄からも自由になって。
(……素敵だよね……)
本当にそうなってくれる日が来たら、最高だろう。
故郷の家も、両親だって、前と同じに「シロエ」のもの。
記憶があちこち欠けているのも、その内に、きっと癒えてゆくのに違いない。
手がかりは家にドッサリとあるし、両親だって、教えてくれる筈。
「あら、忘れちゃったの?」だとか、「おやおや、覚えていないのかい?」などと。
(…ママたちは、全部、覚えてるから…)
消された記憶も、元に戻せることだろう。
時間はかかりそうだけれども、何もかも、全部。
最高だよね、とシロエは笑みを浮かべて夢の翼を羽ばたかせる。
Eー1077からネバーランドへ、ネバーランドから、故郷の家へ。
(ピーターパンと飛んで行ったら、アッと言う間に…)
楽しくて長い旅は終わって、また、じきに夜がやって来る。
ピーターパンが迎えに来る夜、ティンカーベルが飛んで来る夜が。
(…Eー1077まで、ピーターパンが来てくれたなら…)
あくる日に、何が待っていようが、断りはしない。
メンバーズ・エリートに選ばれるための、最終の試験だったとしたって、捨ててゆくだろう。
ステーションには二度と戻らないから、それでいい。
(…パパやママと、ずっと暮らしてゆけるんだから…)
メンバーズとしての未来なんかは、何も要らない。
国家主席を目指す野望も、機械を止める目標だって、捨ててしまって後悔はしない。
(…だって、そうしようと思っているのは…)
いつか記憶を取り戻すためで、それ以外の意味は、ただの「後付け。
他の子たちの未来などより、自分自身の未来が大切。
(…ピーターパンが来てくれるんなら、そうだよね…?)
この牢獄から「シロエ」を自由にしてくれるのだし、後は自分の好きに出来るし…。
(…夜になったらネバーランドで、昼間は、パパやママと暮らして…)
年だって、きっと、取らないんだよ、と夢は大きく広がったけれど、ハタと気付いた。
「そういう世界」を夢に見るのは、シロエが「過去を失くした」から。
故郷の家も、両親のことも、もう、おぼろにしか覚えてはいない。
だからこそ、故郷に帰ることが夢なのだけれど、これが「子供時代のシロエ」だったら…。
(…ネバーランドに行った後には、どうしてたかな…?)
ピーターパンが「家に送るよ」と言い出した時は、どうするだろう。
いそいそと後についてゆくのか、「帰りたくないよ!」と、駄々をこねるか。
(……家には、いつでも帰れるんだし……)
駄々をこねる方を「やってしまいそう」な気がする。
「もっと遊ぶよ」と、「帰るのは、明日でもかまわないでしょ?」と我儘を言って。
(…本当に自由な子供だったら…)
「家に帰ろう」と言われた時には、逆の方へと転がるだろう。
いつでも帰れて、「其処にある家」、急いで戻る必要は無いし、帰るよりかは夢の国がいい。
ネバーランドで遊び続けて、家のことなど忘れてしまいそうなのが「本物の子供」。
(…そうなっちゃうのが、子供らしい子で…)
けれど、それでは「よろしくない」から、ピーターパンが「家に送るよ」と申し出るだけ。
「朝までに、家に帰らないと」と、「夜になったら、迎えに行くから」と教え諭して。
(…その筈なのに、今のぼくだと…)
ピーターパンの申し出を聞いて、嫌がりもせずに、むしろ進んで「帰ってゆく」。
「本当に家に帰れるの?」と目を輝かせて、大喜びして、ピーターパンと空に舞い上がって。
(……これじゃ駄目だよ……)
そんなの、子供なんかじゃない、と「シロエ」にも分かる。
Eー1077に来て以来、ずっと、機械に抵抗し続けて来た。
マザー・イライザも、SD体制も受け入れはせずに、否定しているつもりなのに…。
(…ぼくは、すっかり変わっちゃってる…)
これじゃ大人と変わらないよ、と恐ろしいけれど、「成人検査」のせいなのかどうか。
(…成人検査、って言うくらいだし…)
あのくらいの年が節目で、子供から大人になるのだろうか。
自分では意識していなくても、何かが変わってしまう年頃なのか。
(…そうだとしたら…)
ピーターパンが迎えに来た時、「家に帰れる!」と思う「シロエ」は「子供ではない」。
機械のせいでも、成人検査のせいでもなくて、シロエ自身が「そうなった」。
ピーターパンの本の中にも、そういう話は描かれている。
「子供から、大人になってゆく子」が、くっきりと描写されていて。
(…もしかしたら、ぼくはとっくに…)
子供の心を失くしてしまって、ネバーランドに行ける資格も無いのだろうか。
こんなに焦がれて、いつか行きたくて、子供の頃から夢を見たのに。
(…そんなの、酷いよ…)
絶対に違う、と機械のせいにしたいけれども、何処かで「違う」と声が聞こえる。
「家に帰りたい、と思う子供は、いやしないよ」と、幼かった日の「シロエ」の声が。
「ネバーランドに連れてって貰えて、その後、直ぐに帰りたかった?」と問い掛けて来る。
「違うでしょ?」と、「もっと遊びたいでしょ」と、「それがホントの子供なんだよ」と。
(……ぼくのせいなの……?)
自分で勝手に「大人になって」しまってるの、と愕然としても、そうでしかない。
機械に記憶を消されたせいで「家に帰りたい」のは、本当だけれど…。
(…ぼくが今でも、子供だったら…)
ろくに覚えていない「家」に帰ってゆくより、ネバーランドがいいだろう。
「もっと遊ぶよ」と、「どうせ家なんか、覚えてないし」と、アッサリと捨てて。
(…二度と家には帰れなくって…)
Eー1077にも戻れなくても、「本物の子供」は「気にも留めない」。
ネバーランドの住人になって、家も故郷も、失くしたとしても。
(ピーターパンやティンカーベルと、ずっと暮らして…)
自由気ままに遊び回って、生き生きとしていることだろう。
ピーターパンの本に書かれた世界と違って、「大人と子供は、違う世界」なのが今だから。
(…記憶が無いなら、帰らなくても…)
ピーターパンだって、「帰らないと」とは言い出さないのに違いない。
「ずっと、ネバーランドにいていいよ」と、許してくれるだけで。
(…家まで送るよ、って言われた時に…)
ぼくは間違った答えをするの、と怖いけれども、それでも家に帰りたい。
ネバーランドには「二度と行けなくなっても」、故郷の家に戻れるのならば。
両親の家で暮らしてゆけるというなら、その道でいい。
(……子供の夢ではなさそうだけど……)
帰れるのなら、それでいいよ、と「どうやら、子供ではない」シロエの心で答えを出す。
「ネバーランドか、家を選ぶか、二つに一つだったら、家の方だ」と。
夢の国だけで生きてゆくには、今の「シロエ」は、きっと、向いていない。
今も「故郷」も「両親のこと」も、どうしても「忘れられない」から。
本物の子供が選ぶようには、気ままに「家を捨てられない」から…。
子供だったら・了
※ネバーランドに行くか、故郷の家に帰るか、選べるのなら、どっちかな、というお話。
子供時代のシロエだったら、ネバーランドになりそうですけど、今のシロエは違いそう。
やっぱり、今でも行きたいよ、とシロエは深い溜息を零す。
Eー1077の夜の個室で、ピーターパンの本を広げて、思い描く世界。
もしも、あそこへ飛んで行けたら、どんなに素敵なことだろう。
この恐ろしい牢獄から出て、自由に空を飛び回れる。
ピーターパンやティンカーベルと一緒に、青い海の上も、高い雲の上も。
(…訓練のことも、勉強のことも、全部、忘れて…)
一日、好きに遊び回って、その後は…。
(…何処へ帰ることになるんだろう?)
何処なのかな、と首を捻った。
ピーターパンは、何処へ送ってくれるのだろう。
Eー1077の部屋になるのか、それとも…。
(…ぼくが住んでた、エネルゲイアの…)
両親の家に帰ってゆくのか、其処が気になる。
(…ネバーランドに行けたってことは、子供なんだし…)
もしかしたら、此処へは戻らずに済んで、故郷に帰れるのかもしれない。
故郷の家が何処に在ったか、「シロエ」の記憶は、曖昧だけれど…。
(ピーターパンなら、知っているから…)
「ほら、着いたよ!」と、家に送り届けて、夜空を帰ってゆくのだろうか。
「また来るからね、いい子で待ってて!」と、頼もしい言葉を置いて行ってくれて。
(…ピーターパンが、また来るんなら…)
Eー1077には、二度と戻らないでいいのだと思う。
どういう仕組みか謎だけれども、「シロエ」は故郷の家に戻って、暮らしてゆける。
マザー・イライザの手から逃れて、成人検査の末に送り込まれた牢獄からも自由になって。
(……素敵だよね……)
本当にそうなってくれる日が来たら、最高だろう。
故郷の家も、両親だって、前と同じに「シロエ」のもの。
記憶があちこち欠けているのも、その内に、きっと癒えてゆくのに違いない。
手がかりは家にドッサリとあるし、両親だって、教えてくれる筈。
「あら、忘れちゃったの?」だとか、「おやおや、覚えていないのかい?」などと。
(…ママたちは、全部、覚えてるから…)
消された記憶も、元に戻せることだろう。
時間はかかりそうだけれども、何もかも、全部。
最高だよね、とシロエは笑みを浮かべて夢の翼を羽ばたかせる。
Eー1077からネバーランドへ、ネバーランドから、故郷の家へ。
(ピーターパンと飛んで行ったら、アッと言う間に…)
楽しくて長い旅は終わって、また、じきに夜がやって来る。
ピーターパンが迎えに来る夜、ティンカーベルが飛んで来る夜が。
(…Eー1077まで、ピーターパンが来てくれたなら…)
あくる日に、何が待っていようが、断りはしない。
メンバーズ・エリートに選ばれるための、最終の試験だったとしたって、捨ててゆくだろう。
ステーションには二度と戻らないから、それでいい。
(…パパやママと、ずっと暮らしてゆけるんだから…)
メンバーズとしての未来なんかは、何も要らない。
国家主席を目指す野望も、機械を止める目標だって、捨ててしまって後悔はしない。
(…だって、そうしようと思っているのは…)
いつか記憶を取り戻すためで、それ以外の意味は、ただの「後付け。
他の子たちの未来などより、自分自身の未来が大切。
(…ピーターパンが来てくれるんなら、そうだよね…?)
この牢獄から「シロエ」を自由にしてくれるのだし、後は自分の好きに出来るし…。
(…夜になったらネバーランドで、昼間は、パパやママと暮らして…)
年だって、きっと、取らないんだよ、と夢は大きく広がったけれど、ハタと気付いた。
「そういう世界」を夢に見るのは、シロエが「過去を失くした」から。
故郷の家も、両親のことも、もう、おぼろにしか覚えてはいない。
だからこそ、故郷に帰ることが夢なのだけれど、これが「子供時代のシロエ」だったら…。
(…ネバーランドに行った後には、どうしてたかな…?)
ピーターパンが「家に送るよ」と言い出した時は、どうするだろう。
いそいそと後についてゆくのか、「帰りたくないよ!」と、駄々をこねるか。
(……家には、いつでも帰れるんだし……)
駄々をこねる方を「やってしまいそう」な気がする。
「もっと遊ぶよ」と、「帰るのは、明日でもかまわないでしょ?」と我儘を言って。
(…本当に自由な子供だったら…)
「家に帰ろう」と言われた時には、逆の方へと転がるだろう。
いつでも帰れて、「其処にある家」、急いで戻る必要は無いし、帰るよりかは夢の国がいい。
ネバーランドで遊び続けて、家のことなど忘れてしまいそうなのが「本物の子供」。
(…そうなっちゃうのが、子供らしい子で…)
けれど、それでは「よろしくない」から、ピーターパンが「家に送るよ」と申し出るだけ。
「朝までに、家に帰らないと」と、「夜になったら、迎えに行くから」と教え諭して。
(…その筈なのに、今のぼくだと…)
ピーターパンの申し出を聞いて、嫌がりもせずに、むしろ進んで「帰ってゆく」。
「本当に家に帰れるの?」と目を輝かせて、大喜びして、ピーターパンと空に舞い上がって。
(……これじゃ駄目だよ……)
そんなの、子供なんかじゃない、と「シロエ」にも分かる。
Eー1077に来て以来、ずっと、機械に抵抗し続けて来た。
マザー・イライザも、SD体制も受け入れはせずに、否定しているつもりなのに…。
(…ぼくは、すっかり変わっちゃってる…)
これじゃ大人と変わらないよ、と恐ろしいけれど、「成人検査」のせいなのかどうか。
(…成人検査、って言うくらいだし…)
あのくらいの年が節目で、子供から大人になるのだろうか。
自分では意識していなくても、何かが変わってしまう年頃なのか。
(…そうだとしたら…)
ピーターパンが迎えに来た時、「家に帰れる!」と思う「シロエ」は「子供ではない」。
機械のせいでも、成人検査のせいでもなくて、シロエ自身が「そうなった」。
ピーターパンの本の中にも、そういう話は描かれている。
「子供から、大人になってゆく子」が、くっきりと描写されていて。
(…もしかしたら、ぼくはとっくに…)
子供の心を失くしてしまって、ネバーランドに行ける資格も無いのだろうか。
こんなに焦がれて、いつか行きたくて、子供の頃から夢を見たのに。
(…そんなの、酷いよ…)
絶対に違う、と機械のせいにしたいけれども、何処かで「違う」と声が聞こえる。
「家に帰りたい、と思う子供は、いやしないよ」と、幼かった日の「シロエ」の声が。
「ネバーランドに連れてって貰えて、その後、直ぐに帰りたかった?」と問い掛けて来る。
「違うでしょ?」と、「もっと遊びたいでしょ」と、「それがホントの子供なんだよ」と。
(……ぼくのせいなの……?)
自分で勝手に「大人になって」しまってるの、と愕然としても、そうでしかない。
機械に記憶を消されたせいで「家に帰りたい」のは、本当だけれど…。
(…ぼくが今でも、子供だったら…)
ろくに覚えていない「家」に帰ってゆくより、ネバーランドがいいだろう。
「もっと遊ぶよ」と、「どうせ家なんか、覚えてないし」と、アッサリと捨てて。
(…二度と家には帰れなくって…)
Eー1077にも戻れなくても、「本物の子供」は「気にも留めない」。
ネバーランドの住人になって、家も故郷も、失くしたとしても。
(ピーターパンやティンカーベルと、ずっと暮らして…)
自由気ままに遊び回って、生き生きとしていることだろう。
ピーターパンの本に書かれた世界と違って、「大人と子供は、違う世界」なのが今だから。
(…記憶が無いなら、帰らなくても…)
ピーターパンだって、「帰らないと」とは言い出さないのに違いない。
「ずっと、ネバーランドにいていいよ」と、許してくれるだけで。
(…家まで送るよ、って言われた時に…)
ぼくは間違った答えをするの、と怖いけれども、それでも家に帰りたい。
ネバーランドには「二度と行けなくなっても」、故郷の家に戻れるのならば。
両親の家で暮らしてゆけるというなら、その道でいい。
(……子供の夢ではなさそうだけど……)
帰れるのなら、それでいいよ、と「どうやら、子供ではない」シロエの心で答えを出す。
「ネバーランドか、家を選ぶか、二つに一つだったら、家の方だ」と。
夢の国だけで生きてゆくには、今の「シロエ」は、きっと、向いていない。
今も「故郷」も「両親のこと」も、どうしても「忘れられない」から。
本物の子供が選ぶようには、気ままに「家を捨てられない」から…。
子供だったら・了
※ネバーランドに行くか、故郷の家に帰るか、選べるのなら、どっちかな、というお話。
子供時代のシロエだったら、ネバーランドになりそうですけど、今のシロエは違いそう。
(…地球か…)
まさか、ああいう星だとはな、とキースは深い溜息を零す。
国家騎士団総司令として、初めて、「地球」を視察して来た。
マザー・イライザから教わった知識、その中にある地球は、美しく、「青い」。
(…地球の上では、選ばれた者たちだけが暮らしていて…)
人類の聖地、地球が再び損なわれないよう、気を配っていると思っていた。
地球は一度は滅びた星で、蘇るまでに長い年月を要したのだから。
(…しかし、この目で眺めた地球は、赤くて…)
今も残った海は、毒素のために「何も棲めない」。
地表は酷く砂漠化したまま、朽ち果てたビル群が今も在るだけ。
(……地球の座標が、極秘にされているわけだ……)
あれは「見せられない」からな、と暗澹とした気持ちになる。
視察の旅から戻ったノアで、夜更けに、一人きりの個室で。
(…私でさえも、これほどまでに…)
衝撃を受けているような有様、普通の者には耐えられはしない。
だからこそ、地球の座標は極秘で、機密事項になっているのだろう。
何も知らない民間人などが、興味本位で「地球を見よう」と思わないように。
(聖地、地球への、一般人の降下は、そもそも、禁止なのだが…)
降下出来ない星であっても、近くまで来れば、見てみたくなる。
民間船で飛んでゆく航路、其処から「地球が近い」となったら、要望も出そう。
「少しだけ、地球を見せてくれないか」と、航路に詳しい乗客から。
(目的地に着くのが、遅くなっても…)
聖地の「地球」を見られるとなれば、誰からも文句は出ないだろう。
「私も見たい」と言い出す者はあっても、「地球はいいから、急いでくれ」とは…。
(…誰一人、言いはしないだろうな…)
場合によっては、船長自ら、客に提案しかねない。
「運良く、地球に近い所を通るようです。如何ですか?」と、航路を少し外れることを。
(……有り得るどころか、起きるとしか……)
思えないから、地球の座標は伏せられている。
「地球の本当の姿」は、けして「知られてはいけない」。
SD体制を敷いた成果が、「まるで無かった」ことを皆が目にすることになるから。
そのこと自体は、直ちに「危機」には繋がらないだろう。
機械が統治する世界で生まれ育った者は、基本的には、システムに従う。
(…青い地球には戻っていない、と知っても、それだけでは…)
システムに逆らい、体制打倒を目指して動き出すほどの気概は無くて、其処はいい。
問題は「心」の方にある。
(…生まれた時から、地球のために、と教育を受けて…)
地球に憧れ、夢を見るから、人類にとっての「地球」は生き甲斐と言える。
優れた者になれた場合は、地球で暮らせて、文字通り「褒美」を貰える世界。
(その地球が、実は「無い」などと…)
知れば、誰もが生き甲斐を失くす。
やる気を失い、人類軍から離脱するような者さえ、出かねない。
(…もっとも、軍にも、地球の真実を知る者はいるが…)
でなければ、視察に行くことも出来ん、と思いはしても、自信は無い。
「国家騎士団総司令」のキース、「彼」の船を地球へ運んだ者たちの「今」は、どうなのか。
(…記憶処理されて、違う行先へ飛んだ旅だと思っているか…)
あるいは「青い地球を見た」と、記憶を換えられているか。
どちらかだろう、という気がする。
キース直属のセルジュたちやら、側近のマツカは、「赤かった地球」を、今も覚えていても。
(…とはいえ、彼らの記憶も、それほどには…)
正しくないかもしれないな、と不安しか無い。
「キース」と「地球の話」が出来る程度に、必要な要素だけを残して、他は「無い」とか。
(…機械なら、出来る…)
彼らが動揺しないようにと、記憶を「少し」書き換えるだけのことなのだから。
機械が「どれほど」の能力を持って、どれほど「傲慢」か、それは充分、承知している。
(…私自身が、その産物で…)
無から生まれた生命だからな、と自嘲の笑みが込み上げてくる。
「キース」は、まさに「作られた」命。
人類と地球を導くためにと、機械が幾度も実験を重ね、生み出された「モノ」。
「キース」を作り上げたような「機械」は、どんなことでもするだろう。
地球で出会った、地球再生機構の者にしたって、現場を離れる時には、どうなるのか。
(どう考えてみても、記憶処理しか…)
有り得ないな、と断言出来る。
SD体制が始まって以来、一度も「真実」が漏れたことなどは「無い」。
「地球は赤い」と、噂が流れたことが無いなら、結論は一つ。
(……記憶処理……)
リボーンの者さえ、地球で「地球再生機構」の一員を務めてはいても、機械の信用はゼロ。
地球を離れる時が来る度、別の記憶を植え付けられる。
「地球の真実」を、ウッカリ話さないように。
誰かに何かを尋ねられても、「失言」をしたりしないように、と。
(…其処までして、隠し続けて来て…)
長い歳月を経たというのに、地球は未だに赤い星。
「キース」の命がある間などに、青い星に戻る筈も無い。
なのに、「キース」は、「導くしかない」。
「地球は青い」と思う者たち、彼らを遥か「未来」に向けて。
ミュウという脅威が出現した今、それが「出来る者」など、他には「誰一人、いない」。
機械が作った「キース」だけしか、その任を務められはしない。
「青い地球」など、幻想でも。
何処までも「真実」を隠し続けて、嘘をつき、騙すことになっても。
(…なんとも、皮肉で…)
酷い話だ、と零れ落ちるのは、溜息ばかり。
「なんと似合いの指導者だろう」と、「キース」の行き着く先を思って。
(今は軍人、国家騎士団総司令だが…)
グランド・マザーの思惑は、其処で終わりではない。
いずれ「キース」を、初の「軍人出身の元老」に選び、政治家の道を歩ませる。
パルテノン入りをさせた後には、ひたすら昇進させ続けるだけ。
(……二百年以上も、空席のままの……)
国家主席に就任すること、それがグランド・マザーの目的で、手段を選びはしない。
(私自身にも、暗殺の危機は多いわけだが…)
逆に「誰か」を暗殺してでも、「国家主席になる」しかないのが、「キース」の行く先。
でないと、人類を導くための「立場」に立てはしないから。
(…そうやって、国家主席になるまでは、いいが…)
傍目には「異例の昇進」で「出世」、セルジュたちは大喜びだろう。
マツカも、「おめでとうございます」と、穏やかな笑みを浮かべる筈だけれども…。
(人類の頂点に立った「キース」は、機械が作った命でしかなくて…)
天にも地にも、触れることなく「育て上げられた」わけなのだが…、と情けなくなる。
Eー1077に「空」は無かった。
水槽の中に「地面」は無くて、「大気」さえも満ちていなかった。
「機械が作った者でなければ」、誰でも、当たり前のように「知っている」のに。
(…どんな育英惑星だろうが、見上げれば、空で…)
足の下には「地面」、いわゆる「大地」が広がっている。
テラフォーミングされた星でも、空と大地と空気が無ければ、育英惑星に選ばれはしない。
(…人類の都合で作った星といえども、それなりに…)
神の創造物の「空」と「大地」と、「大気」が揃って「子供たち」を育ててゆく。
「いつか、地球まで行けるといいな」と、夢を抱いて育つ子たちを。
(それらの内の、何一つとして…)
知りもしないまま、「キース」は育った。
ご丁寧にも、Eー1077で「水槽から出た後」の教育期間までも、空は無かった。
(もちろん、大地もあるわけがなくて…)
空気さえも「人工的に作られ、循環していた」だけの世界が、Eー1077。
宇宙に浮かぶステーションでは、空も大地も、大気も「ありはしない」のだから。
(…神の創造物にさえ、触れずに育って…)
生まれも「無から生まれた者」な「キース」なのだし、ある意味、とても似合いだと言える。
「青くない地球」で、皆を欺き、導くなら。
機械が描くシナリオ通りに、この先も「生きてゆく」のなら。
(……赤い地球か……)
私には似合いで相応しいな、と思うけれども、何故か虚しい。
「このために、私を作ったのか」と。
嘘偽りで固められた世界、それを導く者になるには、「私しかいない」という現実。
それが本当に正しいかどうか、誰が答えを出すのだろう。
神なのか、あるいは「ミュウ」が出すのか、いつか答えが出る日まで…。
(…やってやるさ…)
他に道など無いのだしな、と「キース」は決意するしかない。
「こんな指導者でいいのだったら、やるより他に無いだろうが」と、溜息をついて…。
似合いの星・了
※キースの育ちだと、「外の世界」は知らないよね、と思った所から生まれたお話。
フィシスは子供の間に出されてますけど、キースは水槽から出ても「人工のステーション」。
まさか、ああいう星だとはな、とキースは深い溜息を零す。
国家騎士団総司令として、初めて、「地球」を視察して来た。
マザー・イライザから教わった知識、その中にある地球は、美しく、「青い」。
(…地球の上では、選ばれた者たちだけが暮らしていて…)
人類の聖地、地球が再び損なわれないよう、気を配っていると思っていた。
地球は一度は滅びた星で、蘇るまでに長い年月を要したのだから。
(…しかし、この目で眺めた地球は、赤くて…)
今も残った海は、毒素のために「何も棲めない」。
地表は酷く砂漠化したまま、朽ち果てたビル群が今も在るだけ。
(……地球の座標が、極秘にされているわけだ……)
あれは「見せられない」からな、と暗澹とした気持ちになる。
視察の旅から戻ったノアで、夜更けに、一人きりの個室で。
(…私でさえも、これほどまでに…)
衝撃を受けているような有様、普通の者には耐えられはしない。
だからこそ、地球の座標は極秘で、機密事項になっているのだろう。
何も知らない民間人などが、興味本位で「地球を見よう」と思わないように。
(聖地、地球への、一般人の降下は、そもそも、禁止なのだが…)
降下出来ない星であっても、近くまで来れば、見てみたくなる。
民間船で飛んでゆく航路、其処から「地球が近い」となったら、要望も出そう。
「少しだけ、地球を見せてくれないか」と、航路に詳しい乗客から。
(目的地に着くのが、遅くなっても…)
聖地の「地球」を見られるとなれば、誰からも文句は出ないだろう。
「私も見たい」と言い出す者はあっても、「地球はいいから、急いでくれ」とは…。
(…誰一人、言いはしないだろうな…)
場合によっては、船長自ら、客に提案しかねない。
「運良く、地球に近い所を通るようです。如何ですか?」と、航路を少し外れることを。
(……有り得るどころか、起きるとしか……)
思えないから、地球の座標は伏せられている。
「地球の本当の姿」は、けして「知られてはいけない」。
SD体制を敷いた成果が、「まるで無かった」ことを皆が目にすることになるから。
そのこと自体は、直ちに「危機」には繋がらないだろう。
機械が統治する世界で生まれ育った者は、基本的には、システムに従う。
(…青い地球には戻っていない、と知っても、それだけでは…)
システムに逆らい、体制打倒を目指して動き出すほどの気概は無くて、其処はいい。
問題は「心」の方にある。
(…生まれた時から、地球のために、と教育を受けて…)
地球に憧れ、夢を見るから、人類にとっての「地球」は生き甲斐と言える。
優れた者になれた場合は、地球で暮らせて、文字通り「褒美」を貰える世界。
(その地球が、実は「無い」などと…)
知れば、誰もが生き甲斐を失くす。
やる気を失い、人類軍から離脱するような者さえ、出かねない。
(…もっとも、軍にも、地球の真実を知る者はいるが…)
でなければ、視察に行くことも出来ん、と思いはしても、自信は無い。
「国家騎士団総司令」のキース、「彼」の船を地球へ運んだ者たちの「今」は、どうなのか。
(…記憶処理されて、違う行先へ飛んだ旅だと思っているか…)
あるいは「青い地球を見た」と、記憶を換えられているか。
どちらかだろう、という気がする。
キース直属のセルジュたちやら、側近のマツカは、「赤かった地球」を、今も覚えていても。
(…とはいえ、彼らの記憶も、それほどには…)
正しくないかもしれないな、と不安しか無い。
「キース」と「地球の話」が出来る程度に、必要な要素だけを残して、他は「無い」とか。
(…機械なら、出来る…)
彼らが動揺しないようにと、記憶を「少し」書き換えるだけのことなのだから。
機械が「どれほど」の能力を持って、どれほど「傲慢」か、それは充分、承知している。
(…私自身が、その産物で…)
無から生まれた生命だからな、と自嘲の笑みが込み上げてくる。
「キース」は、まさに「作られた」命。
人類と地球を導くためにと、機械が幾度も実験を重ね、生み出された「モノ」。
「キース」を作り上げたような「機械」は、どんなことでもするだろう。
地球で出会った、地球再生機構の者にしたって、現場を離れる時には、どうなるのか。
(どう考えてみても、記憶処理しか…)
有り得ないな、と断言出来る。
SD体制が始まって以来、一度も「真実」が漏れたことなどは「無い」。
「地球は赤い」と、噂が流れたことが無いなら、結論は一つ。
(……記憶処理……)
リボーンの者さえ、地球で「地球再生機構」の一員を務めてはいても、機械の信用はゼロ。
地球を離れる時が来る度、別の記憶を植え付けられる。
「地球の真実」を、ウッカリ話さないように。
誰かに何かを尋ねられても、「失言」をしたりしないように、と。
(…其処までして、隠し続けて来て…)
長い歳月を経たというのに、地球は未だに赤い星。
「キース」の命がある間などに、青い星に戻る筈も無い。
なのに、「キース」は、「導くしかない」。
「地球は青い」と思う者たち、彼らを遥か「未来」に向けて。
ミュウという脅威が出現した今、それが「出来る者」など、他には「誰一人、いない」。
機械が作った「キース」だけしか、その任を務められはしない。
「青い地球」など、幻想でも。
何処までも「真実」を隠し続けて、嘘をつき、騙すことになっても。
(…なんとも、皮肉で…)
酷い話だ、と零れ落ちるのは、溜息ばかり。
「なんと似合いの指導者だろう」と、「キース」の行き着く先を思って。
(今は軍人、国家騎士団総司令だが…)
グランド・マザーの思惑は、其処で終わりではない。
いずれ「キース」を、初の「軍人出身の元老」に選び、政治家の道を歩ませる。
パルテノン入りをさせた後には、ひたすら昇進させ続けるだけ。
(……二百年以上も、空席のままの……)
国家主席に就任すること、それがグランド・マザーの目的で、手段を選びはしない。
(私自身にも、暗殺の危機は多いわけだが…)
逆に「誰か」を暗殺してでも、「国家主席になる」しかないのが、「キース」の行く先。
でないと、人類を導くための「立場」に立てはしないから。
(…そうやって、国家主席になるまでは、いいが…)
傍目には「異例の昇進」で「出世」、セルジュたちは大喜びだろう。
マツカも、「おめでとうございます」と、穏やかな笑みを浮かべる筈だけれども…。
(人類の頂点に立った「キース」は、機械が作った命でしかなくて…)
天にも地にも、触れることなく「育て上げられた」わけなのだが…、と情けなくなる。
Eー1077に「空」は無かった。
水槽の中に「地面」は無くて、「大気」さえも満ちていなかった。
「機械が作った者でなければ」、誰でも、当たり前のように「知っている」のに。
(…どんな育英惑星だろうが、見上げれば、空で…)
足の下には「地面」、いわゆる「大地」が広がっている。
テラフォーミングされた星でも、空と大地と空気が無ければ、育英惑星に選ばれはしない。
(…人類の都合で作った星といえども、それなりに…)
神の創造物の「空」と「大地」と、「大気」が揃って「子供たち」を育ててゆく。
「いつか、地球まで行けるといいな」と、夢を抱いて育つ子たちを。
(それらの内の、何一つとして…)
知りもしないまま、「キース」は育った。
ご丁寧にも、Eー1077で「水槽から出た後」の教育期間までも、空は無かった。
(もちろん、大地もあるわけがなくて…)
空気さえも「人工的に作られ、循環していた」だけの世界が、Eー1077。
宇宙に浮かぶステーションでは、空も大地も、大気も「ありはしない」のだから。
(…神の創造物にさえ、触れずに育って…)
生まれも「無から生まれた者」な「キース」なのだし、ある意味、とても似合いだと言える。
「青くない地球」で、皆を欺き、導くなら。
機械が描くシナリオ通りに、この先も「生きてゆく」のなら。
(……赤い地球か……)
私には似合いで相応しいな、と思うけれども、何故か虚しい。
「このために、私を作ったのか」と。
嘘偽りで固められた世界、それを導く者になるには、「私しかいない」という現実。
それが本当に正しいかどうか、誰が答えを出すのだろう。
神なのか、あるいは「ミュウ」が出すのか、いつか答えが出る日まで…。
(…やってやるさ…)
他に道など無いのだしな、と「キース」は決意するしかない。
「こんな指導者でいいのだったら、やるより他に無いだろうが」と、溜息をついて…。
似合いの星・了
※キースの育ちだと、「外の世界」は知らないよね、と思った所から生まれたお話。
フィシスは子供の間に出されてますけど、キースは水槽から出ても「人工のステーション」。
