(パパとママは、ぼくのことを…)
どのくらい覚えているのかな、とシロエはフウと溜息を零す。
Eー1077の夜の個室で、ただ一人きりで。
此処に来てから、何度、考えたことだろう。
今も会いたくてたまらない、懐かしい故郷で暮らす両親のことを。
(ぼくたち、子供の場合だったら、みんな、成人検査を受けて…)
子供時代の記憶を消されるけれども、養父母の場合はどうなるのか、と。
自分たちが育てた子供の記憶を、消去されるか、残ったままか。
(消すにしたって、ぼくみたいに…)
顔までおぼろになってしまっては、養父母としての役目に支障が出そうではある。
幼い子供は、感情を言葉で上手く表せはしない。
赤ん坊だったら、なおのことだし、その頃に見せた様々な顔を忘れたならば…。
(次の子供を育てていく時、前の知識を生かせないから…)
きっと駄目だと思うんだよね、という気がする。
養父母を教育するステーションでも、色々、教えはするだろうけれど、経験は違う。
自分がその目で確かめたことは、「教えられたこと」よりも、遥かに強い。
(人は経験を重ねて、覚えていくものなんだし…)
養父母としての子育て経験、それは貴重な知識になるから、絶対に、持っておく方がいい。
機械に消されて「忘れ去ったら」、また最初からの「やり直し」になる。
それでは効率が悪すぎるから、機械は「残しておく」のだと思う。
彼らが「子育てで得た、子供の成長に関する記憶」は、消しはしないで。
(…パパとママも、ぼくを育ててたことも、ぼくの姿も…)
残さず覚えているといいな、と心から思う。
必要な箇所だけ残すのではなくて、そっくりそのまま、手を加えないで。
(…自然に忘れてしまう部分は、どうしようもないと思うけど…)
それも人間には、よくあるんだし、と苦笑する。
自分自身を振り返ってみても、機械の仕業とは明かに違う「忘却」はある。
大きな出来事は覚えていたって、些細なことまで漏らさず覚えてはいないから。
(昨日のランチは思い出せても、三日前とかは…)
どうだったかな、と記憶を手繰る羽目になるのは、けして珍しいことではない。
「シロエが、その日に何を食べたか」など、機械は「どうでもいい」から、消さない。
なのに「忘れてしまう」というのは、人間には、ありがちな現象の一つ。
両親にしても、そうした部分はあるだろう。
「シロエ」を育てた日々の全てを、丸ごと記憶しておくことなど、人間の脳では無理だから。
そうした小さなことを除けば、両親は、覚えていそうではある。
「シロエ」と名付けた子を育て上げるまでの、様々なことを。
次の子供を育ててゆくのか、養父母の役目を終えてしまったかは、分からないけれど。
(…パパとママの年からすれば、次の子供を育てるのは…)
難しいかな、と思いはしても、どうなったのかは全くの謎。
育てるかどうか、決断するのは両親なのだし、もしかしたら子育て中かもしれない。
(パパもママも、優しかったから…)
養父母としては、優秀な部類に入っていそう。
たとえ年齢が少し高めでも、機械の方から「育ててみないか」と打診が来るだろう。
体力的な面などはサポートするから、もう一人くらい、と。
(…いいけどね…)
少し寂しい気はするけれども、「シロエ」を忘れていないのならば、我慢は出来る。
両親が「シロエ」のことを忘れず、次の子供を育ててゆく時、経験を活かしてくれるなら。
(…昔だったら、そうなれば、ぼくは、お兄ちゃん、っていうヤツで…)
SD体制が始まる前の時代には、「お兄ちゃん」は損なものだったらしい。
「お姉ちゃん」にしても其処は同じで、弟や妹に「両親」を、すっかり盗られてしまう。
愛情も時間も、何もかも、そっくり持ってゆかれて、貧乏クジ。
弟や妹が生まれる前には、とても楽しみに待っていたのに、蓋を開ければ、そういう結末。
(家族で出掛けて、道でウッカリ転んでも…)
両親は「大丈夫?」と心配してはくれても、腕に抱いている赤ん坊を離しはしない。
その赤ん坊が泣き出したならば、当然、そちらの方が優先。
転んで大泣きしている方は、大きな怪我でもしていない限り、もう間違いなく後回し。
(膝を擦り剥いたとか、その程度なら…)
我慢しなさい、と絆創膏をペタリと貼られて、それでおしまい。
弟や妹が来る前だったら、もっと心配して貰えたのに。
「痛いよ!」とワンワン泣いていたなら、お菓子だって買って貰えそうなのに。
(…ずっと昔でも、そうだったんだし、ぼくのことがお留守になってしまっていても…)
仕方ないよね、と諦めはつくし、構わない。
両親が「シロエ」を思い出す日が、どんどん間遠になっていっても。
「そういえば、シロエはどうしてるかな?」と、たまにしか気にしてくれなくても。
(…それは自然なことなんだしね?)
機械のせいとは言い切れないし、と分別はつく。
両親が「新しく迎えた子供」を溺愛しようが、シロエを忘れ去っていようが、気にしない。
記憶を消されたわけではないなら、「お兄ちゃん」の心で耐えられる。
そういう「お兄ちゃん」を育て上げた経験を、両親が、子育てに役立ててくれるのならば。
(お兄ちゃんって、そういうものなんだから…)
我慢、我慢、と自分自身に言い聞かせていて、ハタと気付いた。
その「お兄ちゃん」を育てた経験、それが「素晴らしいものだった」とは限らない。
養父母の役目は、システムにとって「都合のいい子」を育てること。
システムに疑問を抱きはしないで、素直に従い、機械の言うままに動くことが出来る人間を。
(…もしかして、ぼくを育てたことは…)
両親にとってはプラスではなく、失点になっているのだろうか。
「セキ・レイ・シロエ」は成績優秀だけれど、システムに対して忠実ではない。
むしろ反抗的な子供で、今も逆らい続けている。
ありとあらゆる場面において、機械に文句を言い続けて。
(…エネルゲイアで暮らしてた頃も、生意気な子供だったけど…)
クラスメイトを小馬鹿にしていて、ろくに友達もいなかったことは間違いない。
けれども、それは「周りの子供が馬鹿だった」のだし、仕方ないだろう。
頭脳のレベルが違い過ぎたら、関心が向くものも違うし、友達など出来るわけもない。
(…その辺のことは、機械にだって分かるだろうし…)
子供時代の「シロエ」については、マイナスの評価は無かったと思う。
もし、マイナスな面があったら、指導が入っていただろう。
教師に呼ばれて説教だとか、両親に「友達を作るように」と諭されるとか。
(だけど、そういう経験は無いし、無かったし…)
無かった筈だ、と記憶している。
機械が記憶を消していたって、何度も呼ばれる「問題児」だったら、記憶に残る。
「今後は、心を改めるように」と、成人検査を受けた後には、心を入れ替えてゆくように。
(でも、それは無くて、ぼくが問題児になったのは…)
このステーションに来てからなんだ、と自分でも分かる。
「セキ・レイ・シロエ」が「失敗作」になってしまったのは、成人検査を受けた後。
今の「シロエ」は、明らかに「失敗作の子供」で、それを育てた両親の方も…。
(子育てに失敗しましたね、って…)
失点がついて、指導が入ってしまったろうか。
次の子供を育ててゆくなら、そうなったということも有り得る。
「失敗作のシロエ」を育て上げたのなら、教育方針が「良くなかった」と機械に判断されて。
(…そうなったのかな…?)
ぼくには分からないけれど、と肩をブルッと震わせる。
両親は「優秀な養父母だから」と、次の子育てを打診されるどころか、逆かもしれない。
自分たちの方から「次の子供を育てたい」と願い出たなら、渋られるとか。
(…ああいう子供は困るんですよ、って…)
ユニバーサルの担当の者に言われて、申請を却下されただろうか。
それとも、無事に「新しい子供」を迎えられても、厳重に注意されるとか。
次の子供は、「シロエ」のようには、ならないように。
システムに従順な「良い子」に育って、社会に役立つ立派な人材になるように。
(…再教育、ってことはないだろうけど…)
「シロエ」を育て上げる過程で、何処に問題があったものかは、詳細に調査されてしまいそう。
同じ失敗を繰り返さないよう、ユニバーサルに残る記録を、片っ端から洗い出して。
(…ピーターパンの本を読ませたのが、良くなかったとか…?)
確かに、ぼくの原点はそれ、とゾクリと背筋が冷たく冷えた。
このステーションまで持って来られた、何よりも大切な宝物の本。
それが「問題作」の本だなどとは思っていないし、普通に売られている本だけれど…。
(ぼくにとっては、問題作…?)
ある種の感性を持った子供には、有害な内容だっただろうか。
夢を見がちになってしまって、子供時代の記憶にこだわる人間になって。
(…まさか、まさかね…)
この本がマイナスだったなんて、と恐ろしいけれど、それが正解なのかもしれない。
ピーターパンの本に出会って、ネバーランドに憧れ始めて、其処で全てが狂ったろうか。
システムが望む道を外れて、今の「シロエ」が作られていって。
(…だけど、そうだったとしても…)
両親を恨む気持ちなどは無いし、この本も、ずっと離しはしない。
これこそが「シロエ」の原点だから。
この本が「シロエ」を生み出したのなら、それで少しも構いはしない。
機械の言うなりに生きるよりかは、今の生き方がいいと思うから。
システムに組み込まれて生きる道より、遥かに自由に生きられるから。
両親にとっては「失敗作」の子育てになって、失点がついていませんようにと祈るけれども…。
育てる過程で・了
※シロエを育てた両親の「子育て」は失敗だったのかも、と恐ろしくなってしまったシロエ。
ピーターパンの本さえ読ませなかったら、システムに反抗的な「シロエ」は出来なかったかも。
どのくらい覚えているのかな、とシロエはフウと溜息を零す。
Eー1077の夜の個室で、ただ一人きりで。
此処に来てから、何度、考えたことだろう。
今も会いたくてたまらない、懐かしい故郷で暮らす両親のことを。
(ぼくたち、子供の場合だったら、みんな、成人検査を受けて…)
子供時代の記憶を消されるけれども、養父母の場合はどうなるのか、と。
自分たちが育てた子供の記憶を、消去されるか、残ったままか。
(消すにしたって、ぼくみたいに…)
顔までおぼろになってしまっては、養父母としての役目に支障が出そうではある。
幼い子供は、感情を言葉で上手く表せはしない。
赤ん坊だったら、なおのことだし、その頃に見せた様々な顔を忘れたならば…。
(次の子供を育てていく時、前の知識を生かせないから…)
きっと駄目だと思うんだよね、という気がする。
養父母を教育するステーションでも、色々、教えはするだろうけれど、経験は違う。
自分がその目で確かめたことは、「教えられたこと」よりも、遥かに強い。
(人は経験を重ねて、覚えていくものなんだし…)
養父母としての子育て経験、それは貴重な知識になるから、絶対に、持っておく方がいい。
機械に消されて「忘れ去ったら」、また最初からの「やり直し」になる。
それでは効率が悪すぎるから、機械は「残しておく」のだと思う。
彼らが「子育てで得た、子供の成長に関する記憶」は、消しはしないで。
(…パパとママも、ぼくを育ててたことも、ぼくの姿も…)
残さず覚えているといいな、と心から思う。
必要な箇所だけ残すのではなくて、そっくりそのまま、手を加えないで。
(…自然に忘れてしまう部分は、どうしようもないと思うけど…)
それも人間には、よくあるんだし、と苦笑する。
自分自身を振り返ってみても、機械の仕業とは明かに違う「忘却」はある。
大きな出来事は覚えていたって、些細なことまで漏らさず覚えてはいないから。
(昨日のランチは思い出せても、三日前とかは…)
どうだったかな、と記憶を手繰る羽目になるのは、けして珍しいことではない。
「シロエが、その日に何を食べたか」など、機械は「どうでもいい」から、消さない。
なのに「忘れてしまう」というのは、人間には、ありがちな現象の一つ。
両親にしても、そうした部分はあるだろう。
「シロエ」を育てた日々の全てを、丸ごと記憶しておくことなど、人間の脳では無理だから。
そうした小さなことを除けば、両親は、覚えていそうではある。
「シロエ」と名付けた子を育て上げるまでの、様々なことを。
次の子供を育ててゆくのか、養父母の役目を終えてしまったかは、分からないけれど。
(…パパとママの年からすれば、次の子供を育てるのは…)
難しいかな、と思いはしても、どうなったのかは全くの謎。
育てるかどうか、決断するのは両親なのだし、もしかしたら子育て中かもしれない。
(パパもママも、優しかったから…)
養父母としては、優秀な部類に入っていそう。
たとえ年齢が少し高めでも、機械の方から「育ててみないか」と打診が来るだろう。
体力的な面などはサポートするから、もう一人くらい、と。
(…いいけどね…)
少し寂しい気はするけれども、「シロエ」を忘れていないのならば、我慢は出来る。
両親が「シロエ」のことを忘れず、次の子供を育ててゆく時、経験を活かしてくれるなら。
(…昔だったら、そうなれば、ぼくは、お兄ちゃん、っていうヤツで…)
SD体制が始まる前の時代には、「お兄ちゃん」は損なものだったらしい。
「お姉ちゃん」にしても其処は同じで、弟や妹に「両親」を、すっかり盗られてしまう。
愛情も時間も、何もかも、そっくり持ってゆかれて、貧乏クジ。
弟や妹が生まれる前には、とても楽しみに待っていたのに、蓋を開ければ、そういう結末。
(家族で出掛けて、道でウッカリ転んでも…)
両親は「大丈夫?」と心配してはくれても、腕に抱いている赤ん坊を離しはしない。
その赤ん坊が泣き出したならば、当然、そちらの方が優先。
転んで大泣きしている方は、大きな怪我でもしていない限り、もう間違いなく後回し。
(膝を擦り剥いたとか、その程度なら…)
我慢しなさい、と絆創膏をペタリと貼られて、それでおしまい。
弟や妹が来る前だったら、もっと心配して貰えたのに。
「痛いよ!」とワンワン泣いていたなら、お菓子だって買って貰えそうなのに。
(…ずっと昔でも、そうだったんだし、ぼくのことがお留守になってしまっていても…)
仕方ないよね、と諦めはつくし、構わない。
両親が「シロエ」を思い出す日が、どんどん間遠になっていっても。
「そういえば、シロエはどうしてるかな?」と、たまにしか気にしてくれなくても。
(…それは自然なことなんだしね?)
機械のせいとは言い切れないし、と分別はつく。
両親が「新しく迎えた子供」を溺愛しようが、シロエを忘れ去っていようが、気にしない。
記憶を消されたわけではないなら、「お兄ちゃん」の心で耐えられる。
そういう「お兄ちゃん」を育て上げた経験を、両親が、子育てに役立ててくれるのならば。
(お兄ちゃんって、そういうものなんだから…)
我慢、我慢、と自分自身に言い聞かせていて、ハタと気付いた。
その「お兄ちゃん」を育てた経験、それが「素晴らしいものだった」とは限らない。
養父母の役目は、システムにとって「都合のいい子」を育てること。
システムに疑問を抱きはしないで、素直に従い、機械の言うままに動くことが出来る人間を。
(…もしかして、ぼくを育てたことは…)
両親にとってはプラスではなく、失点になっているのだろうか。
「セキ・レイ・シロエ」は成績優秀だけれど、システムに対して忠実ではない。
むしろ反抗的な子供で、今も逆らい続けている。
ありとあらゆる場面において、機械に文句を言い続けて。
(…エネルゲイアで暮らしてた頃も、生意気な子供だったけど…)
クラスメイトを小馬鹿にしていて、ろくに友達もいなかったことは間違いない。
けれども、それは「周りの子供が馬鹿だった」のだし、仕方ないだろう。
頭脳のレベルが違い過ぎたら、関心が向くものも違うし、友達など出来るわけもない。
(…その辺のことは、機械にだって分かるだろうし…)
子供時代の「シロエ」については、マイナスの評価は無かったと思う。
もし、マイナスな面があったら、指導が入っていただろう。
教師に呼ばれて説教だとか、両親に「友達を作るように」と諭されるとか。
(だけど、そういう経験は無いし、無かったし…)
無かった筈だ、と記憶している。
機械が記憶を消していたって、何度も呼ばれる「問題児」だったら、記憶に残る。
「今後は、心を改めるように」と、成人検査を受けた後には、心を入れ替えてゆくように。
(でも、それは無くて、ぼくが問題児になったのは…)
このステーションに来てからなんだ、と自分でも分かる。
「セキ・レイ・シロエ」が「失敗作」になってしまったのは、成人検査を受けた後。
今の「シロエ」は、明らかに「失敗作の子供」で、それを育てた両親の方も…。
(子育てに失敗しましたね、って…)
失点がついて、指導が入ってしまったろうか。
次の子供を育ててゆくなら、そうなったということも有り得る。
「失敗作のシロエ」を育て上げたのなら、教育方針が「良くなかった」と機械に判断されて。
(…そうなったのかな…?)
ぼくには分からないけれど、と肩をブルッと震わせる。
両親は「優秀な養父母だから」と、次の子育てを打診されるどころか、逆かもしれない。
自分たちの方から「次の子供を育てたい」と願い出たなら、渋られるとか。
(…ああいう子供は困るんですよ、って…)
ユニバーサルの担当の者に言われて、申請を却下されただろうか。
それとも、無事に「新しい子供」を迎えられても、厳重に注意されるとか。
次の子供は、「シロエ」のようには、ならないように。
システムに従順な「良い子」に育って、社会に役立つ立派な人材になるように。
(…再教育、ってことはないだろうけど…)
「シロエ」を育て上げる過程で、何処に問題があったものかは、詳細に調査されてしまいそう。
同じ失敗を繰り返さないよう、ユニバーサルに残る記録を、片っ端から洗い出して。
(…ピーターパンの本を読ませたのが、良くなかったとか…?)
確かに、ぼくの原点はそれ、とゾクリと背筋が冷たく冷えた。
このステーションまで持って来られた、何よりも大切な宝物の本。
それが「問題作」の本だなどとは思っていないし、普通に売られている本だけれど…。
(ぼくにとっては、問題作…?)
ある種の感性を持った子供には、有害な内容だっただろうか。
夢を見がちになってしまって、子供時代の記憶にこだわる人間になって。
(…まさか、まさかね…)
この本がマイナスだったなんて、と恐ろしいけれど、それが正解なのかもしれない。
ピーターパンの本に出会って、ネバーランドに憧れ始めて、其処で全てが狂ったろうか。
システムが望む道を外れて、今の「シロエ」が作られていって。
(…だけど、そうだったとしても…)
両親を恨む気持ちなどは無いし、この本も、ずっと離しはしない。
これこそが「シロエ」の原点だから。
この本が「シロエ」を生み出したのなら、それで少しも構いはしない。
機械の言うなりに生きるよりかは、今の生き方がいいと思うから。
システムに組み込まれて生きる道より、遥かに自由に生きられるから。
両親にとっては「失敗作」の子育てになって、失点がついていませんようにと祈るけれども…。
育てる過程で・了
※シロエを育てた両親の「子育て」は失敗だったのかも、と恐ろしくなってしまったシロエ。
ピーターパンの本さえ読ませなかったら、システムに反抗的な「シロエ」は出来なかったかも。
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「先輩らしくないですよね」
ハハッ、と笑う声が聞こえたような気がした。
遠く遥かな時の彼方の、もう戻れない遠い過去から。
キースを「先輩」と呼んだシロエは、もういないのに。
(…私らしくない、か…)
シロエなら、そう評するだろうな、とキースは苦い笑みを浮かべる。
首都惑星ノアの、国家騎士団総司令の私室で、ただ一人きりで。
とうに夜更けで、側近のマツカも下がらせたから、此処にはキースだけしかいない。
だから「苦い笑み」を湛えるけれども、普段だったら「それさえもしない」。
かつてシロエが「お人形さんだ」と言った通りに、ずっと「そのように」生きて来た。
表情も感情も全て押し殺して、機械仕掛けの人形のように、無感動に見える人生を。
(…しかし、シロエは…)
全て見抜いて、「全て、お見通しで」今だって「側にいる」のだろう。
シロエが存在している世界が「違っている」から、キースの目には「見えない」だけで。
(…きっと、そうだな…)
そうなのだろう、とキースが実感していることさえ、シロエなら笑うに違いない。
「先輩らしくないですよね」と、それは可笑しそうに、楽しげな顔で。
(…だが、私には、その生き方しか…)
出来ないのだ、とコーヒーを喉に落とし込む。
まだ少し温かい「それ」を淹れたマツカが「側近」なことも、シロエなら笑い転げるだろう。
「何故、先輩の側近なんです?」と、「先輩らしくないですよね」と。
(…まあ、そうだろうな…)
私らしくなどないことだしな、と自分でも思う。
何故なら、マツカは人類ではなくて、抹殺すべき「ミュウ」なのだから。
国家騎士団総司令として、何度命じたことだろう。
「ミュウを殺せ」と、「一匹たりとも生かしておくな」と厳しい口調で言い放って。
(そう言っておいて、その一方で…)
側に控えたマツカに向かって、「コーヒーを頼む」と平然と告げているのが「キース」。
そのコーヒーを「淹れて来る」のは、ミュウなのに。
マツカがコーヒーを淹れる間に、何人ものミュウが消され、殺されてゆくというのに。
なんとも矛盾しているけれども、これが「キース」の生き方だから仕方ない。
心の内側と、外に見せる顔が、まるで全く異なっていても。
今も側にいるらしい「シロエ」が笑って、「先輩らしくないですよね」と評しても。
そう、そのように生きて来た。
自分でもすっかり慣れてしまって、奇妙だとさえ思わない。
周りが見ている「キース」は機械のように冷徹な上に、血も涙も無いと言われるほど。
そう「演じる」のが常になっていて、「本当は違う」ことを知る者の数は少ない。
(…サムとマツカと…)
生きてはいないが、シロエだけだな、と浮かべる苦笑も、誰一人として「見ない」だろう。
外で感情など見せはしないし、表情を変えることさえも無い。
どれほど腹を立てていようが、怒りでさえも押し殺す。
もっとも、「怒り」の表情の方は、見せる場面も幾らかはある。
人間は「叱り付けられる」ことで、ようやく自分のミスに気付きもするから、怒りは見せる。
「これくらいのことも分からないのか!」と、拳で机を叩きもする。
けれども、個人的な「怒り」は、押し殺すのが「キース」の生き方だった。
システムに反感を抱いていても、ずっと怒りを見せることなく、今日まで生きて来たほどに。
どんなに理不尽と思えることでも、そうは言わずに従い、実行し続けて来た。
「ミュウは殺せ」という指示にしても、「マツカ」以外のミュウに対しては忠実に守る。
どう考えても、それは「正しくない」のだけれども、グランド・マザーに逆らわずに。
(…そちらの私が、シロエの言う「先輩らしい」私で…)
さっき笑われた方の私が、「本物の私」だというのがな、と自分でも可笑しくなって来る。
「どうして、私はこうなのだろう」と。
自分らしく生きることも出来ずに、「違う自分」を演じ続けて生きるのだろう、と思いもする。
それさえも「表に出しはしないで」、この先も生きてゆくのだろう。
「らしくない」ことを何かする度、シロエに「らしくないですね」と笑われて。
時の彼方で笑うシロエの、楽しげな声を聞き続けて。
(…サムの見舞いに行っただけでも、この有様で…)
シロエに笑われてしまうのがな、と情けなくても、「本当の自分」を出せる日は来ない。
「キース」が本当に「自分らしく」生きてしまったならば、人類の未来は「無くなる」だろう。
自らの心に従って生きて、システムに異を唱えたならば。
(…グランド・マザーが、それを許すかどうか…)
恐らく、その前に「消される」だろう、という気がするから、今は「慎重に」振舞っている。
「本当の心」を全て押し殺して、機械の申し子「キース・アニアン」として。
(…しかし、そうやって生きる私を…)
シロエが笑って評するのだ、とコーヒーのカップを傾ける。
さっきも聞こえた「先輩らしくないですよね」という、あの笑い声を何度、耳にしたろう。
シロエは、いつも、そうやって笑う。
「キース」の正体を知っているから、シロエは今も笑い続ける。
「先輩らしくないですよね」と、「キースらしからぬ」ことをする度、さも可笑しそうに。
(…私の生まれも、生き方も、全て承知しているからこその…)
シロエの笑い声だけれども、あれをいつまで聞くことだろう。
自分の心に素直に従い、密かに何か行動した日は、シロエが笑う。
「キースらしくない」振舞いをした、と鬼の首でも取ったかのように、得意げな顔で。
(…私がサムの見舞いに行くのが、そんなに楽しくて面白いのか?)
確かに見ものではあるだろうがな、という自覚ならある。
サムの病院へ見舞いに行くのは、決して義務でも任務でも無い。
激務が続く日々の合間に、ほんの少しでも「余暇」が出来たら、出掛けてゆく。
ノアにいる時の「空いた時間」は、殆どをサムの見舞いに費やしていると言ってもいい。
余暇など滅多に出来はしないし、今日のように夜が更けるまで「自分の時間」などは無い。
(…なのに、貴重な余暇を使って…)
サムの見舞いに出掛ける「キース」は、どう見ても「らしくない」だろう。
現に部下たちは「仕事の一つ」だと勘違いしている部分がある。
サムは「ジルベスター・セブン」周辺で起きた、ミュウによる事故の被害者の一人。
そのサムが「ステーション時代の友人だった」という偶然を、役に立てたいのだろう、と。
(…サムの友人だった私なら、他の者には聞き出せないような情報を…)
サムから引き出せるかもしれないからな、とキースは肩を竦めて小さな笑いを零す。
そう、この「笑い」も、聞いた者など「いはしない」。
キースが自分の心のままに、感情を表した笑い声など、知る者はいない。
(…そしてシロエが、また笑うのだ…)
こうやって笑う私のことを、と情けなくても、そのようにしか「生きてゆけない」。
「キース」は「機械に作られた者」で、「人類を導いてゆくべき者」。
システムに忠実に生きて生き続けて、人類の未来に奉仕してゆくより他はない。
「人類に、果たして未来はあるのか」と、疑問が心に山積みでも。
この先、歴史が味方するのは「ミュウの方では」という気がして来ていても。
そんな思いを押し殺しながら生きる「キース」を、シロエは今日も評して笑う。
「先輩らしくないですよね」と、キースが自らの心に従い、正直に動き、振舞う度に。
(…お前こそが、知っているくせに…)
どちらが「私らしいのか」をな、と言い返したい気分だけれども、まだ「しない」。
言い返せる日が来るかどうかも、まだ「分からない」。
(これが本当の私なのだ、とシロエに向かって叫べる時が来るとしたなら…)
その時は「キース」の命が消える時かもしれない。
グランド・マザーに逆らった末に、命を奪われ、死んでゆく時、初めて言えるのかもしれない。
「らしくなくても、これが私だ」と、誇らしげに。
「お前に散々、笑われてきたが、これで文句は無いだろうが」と。
(…きっと、そうだな…)
今のように「自分を殺し続けて」生きる間は、シロエは笑い続けるのだろう。
「先輩らしくないですよね」と、楽しげに、とても可笑しそうに。
「どちらが本当のキースなのか」を、誰よりも「知っている」くせに。
「シロエを殺した」その瞬間から、ずっと後悔の淵に沈んで、浮かび上がれずにいることも。
(…何もかも、全て知っているから…)
シロエは笑い続けるのだ、と苦いコーヒーを一息に喉に流し込む。
まだまだ、シロエは笑うだろうし、言い返すことも出来ないだろう。
心のままに振舞える時は、来る気配さえも見えないから。
もしかしたなら、そう出来る時は訪れないまま、終わりを迎えるのだろうか。
機械に、システムに縛り付けられ、人形のように生き続けて。
「先輩らしくないですよね」とシロエに評され続けて、ついに一度も言い返せないままで。
恐ろしい予感を覚えるけれども、こうして「恐れを抱く」キースも、きっとシロエなら笑う。
「先輩らしくないですよね」と、いつもの声で。
「怖がるだなんて、そんな気持ちは、先輩は持っていないでしょう?」と。
機械の申し子の方の「キース」に、それは確かにありはしないし、あるわけもない。
本当の「キース」は違うのに。
機械に縛られて生きるしかなくて、そういう未来に恐ろしささえも覚えるのに…。
彼方からの声・了
※マツカや、今のサムに対する時のキースを、シロエなら、どう評するかな、と思ったわけで。
そこから生まれて来たお話です。シロエの評価は、きっとこんな風。真実を知っているだけに。
ハハッ、と笑う声が聞こえたような気がした。
遠く遥かな時の彼方の、もう戻れない遠い過去から。
キースを「先輩」と呼んだシロエは、もういないのに。
(…私らしくない、か…)
シロエなら、そう評するだろうな、とキースは苦い笑みを浮かべる。
首都惑星ノアの、国家騎士団総司令の私室で、ただ一人きりで。
とうに夜更けで、側近のマツカも下がらせたから、此処にはキースだけしかいない。
だから「苦い笑み」を湛えるけれども、普段だったら「それさえもしない」。
かつてシロエが「お人形さんだ」と言った通りに、ずっと「そのように」生きて来た。
表情も感情も全て押し殺して、機械仕掛けの人形のように、無感動に見える人生を。
(…しかし、シロエは…)
全て見抜いて、「全て、お見通しで」今だって「側にいる」のだろう。
シロエが存在している世界が「違っている」から、キースの目には「見えない」だけで。
(…きっと、そうだな…)
そうなのだろう、とキースが実感していることさえ、シロエなら笑うに違いない。
「先輩らしくないですよね」と、それは可笑しそうに、楽しげな顔で。
(…だが、私には、その生き方しか…)
出来ないのだ、とコーヒーを喉に落とし込む。
まだ少し温かい「それ」を淹れたマツカが「側近」なことも、シロエなら笑い転げるだろう。
「何故、先輩の側近なんです?」と、「先輩らしくないですよね」と。
(…まあ、そうだろうな…)
私らしくなどないことだしな、と自分でも思う。
何故なら、マツカは人類ではなくて、抹殺すべき「ミュウ」なのだから。
国家騎士団総司令として、何度命じたことだろう。
「ミュウを殺せ」と、「一匹たりとも生かしておくな」と厳しい口調で言い放って。
(そう言っておいて、その一方で…)
側に控えたマツカに向かって、「コーヒーを頼む」と平然と告げているのが「キース」。
そのコーヒーを「淹れて来る」のは、ミュウなのに。
マツカがコーヒーを淹れる間に、何人ものミュウが消され、殺されてゆくというのに。
なんとも矛盾しているけれども、これが「キース」の生き方だから仕方ない。
心の内側と、外に見せる顔が、まるで全く異なっていても。
今も側にいるらしい「シロエ」が笑って、「先輩らしくないですよね」と評しても。
そう、そのように生きて来た。
自分でもすっかり慣れてしまって、奇妙だとさえ思わない。
周りが見ている「キース」は機械のように冷徹な上に、血も涙も無いと言われるほど。
そう「演じる」のが常になっていて、「本当は違う」ことを知る者の数は少ない。
(…サムとマツカと…)
生きてはいないが、シロエだけだな、と浮かべる苦笑も、誰一人として「見ない」だろう。
外で感情など見せはしないし、表情を変えることさえも無い。
どれほど腹を立てていようが、怒りでさえも押し殺す。
もっとも、「怒り」の表情の方は、見せる場面も幾らかはある。
人間は「叱り付けられる」ことで、ようやく自分のミスに気付きもするから、怒りは見せる。
「これくらいのことも分からないのか!」と、拳で机を叩きもする。
けれども、個人的な「怒り」は、押し殺すのが「キース」の生き方だった。
システムに反感を抱いていても、ずっと怒りを見せることなく、今日まで生きて来たほどに。
どんなに理不尽と思えることでも、そうは言わずに従い、実行し続けて来た。
「ミュウは殺せ」という指示にしても、「マツカ」以外のミュウに対しては忠実に守る。
どう考えても、それは「正しくない」のだけれども、グランド・マザーに逆らわずに。
(…そちらの私が、シロエの言う「先輩らしい」私で…)
さっき笑われた方の私が、「本物の私」だというのがな、と自分でも可笑しくなって来る。
「どうして、私はこうなのだろう」と。
自分らしく生きることも出来ずに、「違う自分」を演じ続けて生きるのだろう、と思いもする。
それさえも「表に出しはしないで」、この先も生きてゆくのだろう。
「らしくない」ことを何かする度、シロエに「らしくないですね」と笑われて。
時の彼方で笑うシロエの、楽しげな声を聞き続けて。
(…サムの見舞いに行っただけでも、この有様で…)
シロエに笑われてしまうのがな、と情けなくても、「本当の自分」を出せる日は来ない。
「キース」が本当に「自分らしく」生きてしまったならば、人類の未来は「無くなる」だろう。
自らの心に従って生きて、システムに異を唱えたならば。
(…グランド・マザーが、それを許すかどうか…)
恐らく、その前に「消される」だろう、という気がするから、今は「慎重に」振舞っている。
「本当の心」を全て押し殺して、機械の申し子「キース・アニアン」として。
(…しかし、そうやって生きる私を…)
シロエが笑って評するのだ、とコーヒーのカップを傾ける。
さっきも聞こえた「先輩らしくないですよね」という、あの笑い声を何度、耳にしたろう。
シロエは、いつも、そうやって笑う。
「キース」の正体を知っているから、シロエは今も笑い続ける。
「先輩らしくないですよね」と、「キースらしからぬ」ことをする度、さも可笑しそうに。
(…私の生まれも、生き方も、全て承知しているからこその…)
シロエの笑い声だけれども、あれをいつまで聞くことだろう。
自分の心に素直に従い、密かに何か行動した日は、シロエが笑う。
「キースらしくない」振舞いをした、と鬼の首でも取ったかのように、得意げな顔で。
(…私がサムの見舞いに行くのが、そんなに楽しくて面白いのか?)
確かに見ものではあるだろうがな、という自覚ならある。
サムの病院へ見舞いに行くのは、決して義務でも任務でも無い。
激務が続く日々の合間に、ほんの少しでも「余暇」が出来たら、出掛けてゆく。
ノアにいる時の「空いた時間」は、殆どをサムの見舞いに費やしていると言ってもいい。
余暇など滅多に出来はしないし、今日のように夜が更けるまで「自分の時間」などは無い。
(…なのに、貴重な余暇を使って…)
サムの見舞いに出掛ける「キース」は、どう見ても「らしくない」だろう。
現に部下たちは「仕事の一つ」だと勘違いしている部分がある。
サムは「ジルベスター・セブン」周辺で起きた、ミュウによる事故の被害者の一人。
そのサムが「ステーション時代の友人だった」という偶然を、役に立てたいのだろう、と。
(…サムの友人だった私なら、他の者には聞き出せないような情報を…)
サムから引き出せるかもしれないからな、とキースは肩を竦めて小さな笑いを零す。
そう、この「笑い」も、聞いた者など「いはしない」。
キースが自分の心のままに、感情を表した笑い声など、知る者はいない。
(…そしてシロエが、また笑うのだ…)
こうやって笑う私のことを、と情けなくても、そのようにしか「生きてゆけない」。
「キース」は「機械に作られた者」で、「人類を導いてゆくべき者」。
システムに忠実に生きて生き続けて、人類の未来に奉仕してゆくより他はない。
「人類に、果たして未来はあるのか」と、疑問が心に山積みでも。
この先、歴史が味方するのは「ミュウの方では」という気がして来ていても。
そんな思いを押し殺しながら生きる「キース」を、シロエは今日も評して笑う。
「先輩らしくないですよね」と、キースが自らの心に従い、正直に動き、振舞う度に。
(…お前こそが、知っているくせに…)
どちらが「私らしいのか」をな、と言い返したい気分だけれども、まだ「しない」。
言い返せる日が来るかどうかも、まだ「分からない」。
(これが本当の私なのだ、とシロエに向かって叫べる時が来るとしたなら…)
その時は「キース」の命が消える時かもしれない。
グランド・マザーに逆らった末に、命を奪われ、死んでゆく時、初めて言えるのかもしれない。
「らしくなくても、これが私だ」と、誇らしげに。
「お前に散々、笑われてきたが、これで文句は無いだろうが」と。
(…きっと、そうだな…)
今のように「自分を殺し続けて」生きる間は、シロエは笑い続けるのだろう。
「先輩らしくないですよね」と、楽しげに、とても可笑しそうに。
「どちらが本当のキースなのか」を、誰よりも「知っている」くせに。
「シロエを殺した」その瞬間から、ずっと後悔の淵に沈んで、浮かび上がれずにいることも。
(…何もかも、全て知っているから…)
シロエは笑い続けるのだ、と苦いコーヒーを一息に喉に流し込む。
まだまだ、シロエは笑うだろうし、言い返すことも出来ないだろう。
心のままに振舞える時は、来る気配さえも見えないから。
もしかしたなら、そう出来る時は訪れないまま、終わりを迎えるのだろうか。
機械に、システムに縛り付けられ、人形のように生き続けて。
「先輩らしくないですよね」とシロエに評され続けて、ついに一度も言い返せないままで。
恐ろしい予感を覚えるけれども、こうして「恐れを抱く」キースも、きっとシロエなら笑う。
「先輩らしくないですよね」と、いつもの声で。
「怖がるだなんて、そんな気持ちは、先輩は持っていないでしょう?」と。
機械の申し子の方の「キース」に、それは確かにありはしないし、あるわけもない。
本当の「キース」は違うのに。
機械に縛られて生きるしかなくて、そういう未来に恐ろしささえも覚えるのに…。
彼方からの声・了
※マツカや、今のサムに対する時のキースを、シロエなら、どう評するかな、と思ったわけで。
そこから生まれて来たお話です。シロエの評価は、きっとこんな風。真実を知っているだけに。
(…ピーターパン…)
こんな所までは来てくれないよね、とシロエの瞳から涙が落ちた。
たった一粒だけだけれども、その一粒の意味は重すぎる。
今日の昼間に、マザー・イライザからコールを受けた。
「お眠りなさい」と深く眠らされ、起きた時には、少しだけ心が軽かった。
此処での暮らしに鬱々としたり、苛立ったりといった気分がふわりと和らいでいて。
これが普通の生徒だったら、それだけで喜ぶことだろう。
「流石はマザー!」と、「マザー・イライザは分かってくれているよね」と大感激で。
(…そりゃそうさ…)
どうして心が軽くなったか、まるで分かっていないのならね、とシロエは唇を噛み締める。
「コールで気持ちが楽になる」のは、「苦しい」と思う原因、それを取り除かれたから。
その「原因」に纏わる記憶を消したり、書き換えられたりして。
(どうせ、喜ぶようなヤツらは…)
消されたくない記憶なんかは、持ち合わせてはいないんだから、と忌々しくて堪らない。
彼らの中身は上っ面だけ、その下は皆が判で押したように「同じもの」。
SD体制と機械に「都合のいいように」出来た、いわゆる優等生ばかり。
エリートを育てる最高学府、Eー1077に相応しい者が揃っている。
だから彼らは「困りはしない」。
マザー・イライザのコールで呼ばれて、何らかの「記憶」を失くしても。
すっかり書き換えられていたって、気付くことさえ無いだろう。
何故なら、「消された後」が「あるべき姿」だから。
メンバーズ・エリートを目指してゆく者、エリート候補生は「こうあるべき」という理想。
(…失くしかけてた自信が戻って、勉学にだって励めるってね…)
馬鹿々々しい、と舌打ちするしかないのだけれども、シロエも「それ」に逆らえはしない。
コールされる度、「このステーションに相応しい」モノに「修正されてゆく」。
大切な故郷や両親の記憶、それを少しずつ消されていって。
後から「あれっ」と気付く時まで、それを「失くした」ことにさえ…。
(自分じゃ、絶対、気付かないんだ…)
今日は何を消されたんだろう、と考えるだけで怖くなる。
思い出そうとする時が来るまで、「消された」何かに、けして気付きはしないのだから。
一粒だけ落ちた涙の中には、その苦しみが詰まっていた。
それに悲しみ、どうにも出来ない牢獄にいるという焦燥感や辛さまでもが。
もう住所さえも思い出せない、懐かしい故郷の家にいた頃、いつだって空に憧れていた。
いつか空から、「ピーターパン」が迎えにやって来る筈だから、と。
来てくれたならば、ピーターパンやティンカーベルと一緒に空へ舞い上がる。
子供のためにある夢の国へと、ネバーランドを目指して旅立つ。
(…いつ来てくれてもいいように…)
幼かったシロエは、準備万端、整えて迎えを待っていた。
今日か明日かと、明後日には、きっとピーターパンが、と「ピーターパン」の本と一緒に。
けれど、迎えはついに来なくて、シロエは「ステーション」にいる。
漆黒の宇宙に浮かぶ「此処」まで、ピーターパンは来られないだろう。
いくらピーターパンが空を飛べても、真空の宇宙を飛べるかどうかは全くの謎。
エネルゲイアの家にいた時、迎えにやって来てくれていたら、きっと其処までの道中は…。
(宇宙船にコッソリ乗って来るとか、そんな方法だったかも…)
子供の頃には、想像さえもしなかったけど、と可笑しくなる。
それとも、ピーターパンの場合は、「まるで関係無い」のだろうか。
迎えにゆく子が何処にいようが、何光年、何億光年と離れた彼方だろうが。
(…どっちかと言えば、そっちかな…?)
そうなのかも、と心がほどけてゆくのが分かる。
ついさっきまでは、涙が一粒落ちたくらいに辛かったけれど、今では軽い。
マザー・イライザのコールと違って、何をされたというわけでもないのに、ふうわりと。
(…ピーターパンのお蔭だよね…)
此処では無理でも、いつか迎えに来てくれるよね、とシロエは今でも「待ち続けている」。
きっといつかは、ピーターパンが夜空を駆けて来てくれるのだと、固く信じて。
それを疑わずに信じていたなら、「きっと、いつか」と子供の心を忘れないよう保ち続けて。
(ネバーランドに行きたいな、って思う気持ちを忘れなければ…)
本当にいつか、きっと行けるよ、とシロエは、けして「疑いはしない」。
もしも一瞬でも「疑った」ならば、ネバーランドに行ける資格を失うだろう。
それを「疑う」気持ちが何処からか生まれて来たなら、「大人になった証」になる。
大人になったら、ピーターパンはもう、来てはくれない。
ピーターパンが迎えに来るのは、ネバーランドまで飛んでゆける「子供」だけなのだから。
(…いつまで待てばいいのかな、って考えるのも、きっと良くなくて…)
ただ「待つ」のが、きっと一番なんだ、と信じ続けて今日まで来た。
こんな牢獄に放り込まれて、夜の個室で一人きりで泣くしか出来ない今も。
ピーターパンは、いつ来てくれるだろう。
やはり「地球」まで行かないと駄目で、国家主席の座に就くまでは、来ないだろうか。
この体制のトップの座にまで昇って、機械に「止まれ」と命じるまで。
「子供が子供でいられる世界」を、この手で取り戻す日まで。
(そしたら、ぼくの記憶も戻って、パパやママにも会いに帰れて…)
故郷の家で夜に寛いでいたら、窓が「ひとりでに」開くかもしれない。
高層ビルの上層階にいるというのに、ベランダに人が降り立って。
夢見た通りの「ピーターパン」が、ティンカーベルと一緒に「シロエ」を迎えに来て。
(…迎えに来たよ、って言ってくれたら、もう直ぐにだって…)
迷わず空へと飛び立つだろう。
両親が自分たちの部屋で眠っている間に、冒険の旅に出掛けるために。
朝には戻って来られるだろうし、それまではネバーランドで過ごす。
「そうか、こういう場所だったんだ!」と大感激して、「大人」のくせにはしゃぎ回って。
海賊船の上を飛んだり、海岸で波と戯れる内に、きっと子供になっている。
姿まですっかり、幼かった日に戻っていて。
着て来た「国家主席の衣装」が、もうぶかぶかになってしまって。
(そうなっちゃったら、そんな服は脱いで捨てちゃって…)
木の葉を何枚も縫い合わせていって、素敵な服を作ろうか。
それともピーターパンに頼んで、服を探して来て貰うだとか。
(海賊船から貰って来たよ、って…)
ずだ袋に穴を開けてあるだけの衣装、そんな服でも気にしない。
むしろ愉快で楽しいくらいで、朝が来るまで、その格好で遊び続けることだろう。
ピーターパンに「もう帰らないと」と言われるまで。
「送って行くよ」と「国家主席の服」を返され、まだぶかぶかの上着に袖を通すまで。
きっといつかは、そういう未来がやって来る。
こうして「信じて」待っていたなら、ピーターパンは来るに違いない。
エネルゲイアの家でなくても、地球でも、首都惑星のノアでも、もしかしたなら…。
(このステーションだって、ピーターパンなら…)
来てくれるかもしれないものね、と「信じる心」を忘れはしない。
マザー・イライザにコールされても、それで記憶を何か失くしても、この心だけは手放さない。
今日まで守って来られたのだし、マザー・イライザでも、地球にあるグランド・マザーでも…。
(忘れさせることなんか、出来やしないんだから!)
そのために、この本を持ってるんだ、とシロエは「ピーターパン」の本を抱き締める。
たった一つだけ持って来られた、子供時代の宝物。
これを大事に持っている限り、「シロエ」は「忘れない」だろう。
「ピーターパンが来ると信じる心」も、「子供の心を、けして失わない」ことも。
(そうやって待って、待ち続けてたら…)
きっと迎えに来るんだよね、と心の中で繰り返す内に、不意に浮かんで来た考え。
「本当に、待っていればいいの?」と、自分自身に尋ねられた。
「そうやって、じっと待つだけなの?」と、「自分から、出て行きはしないの?」と。
(……えっ?……)
そんなの、考えたことも無かった、とシロエの瞳が丸くなる。
この考えは、どう考えても「大人になった」せいで出て来たものではないだろう。
何故なら、子供の声だったから。
今のシロエより、もっと幼い「シロエ」が、「シロエ」に問い掛けた声。
「本当に、待っていればいいの?」と、「待つだけなの?」と。
(…待っていないなら、どうすれば……?)
どうしろって、と訊き返すまでもなく、答えは「幼いシロエ」が、とうに声にしていた。
「自分から、出て行きはしないの?」と、まだ幼くてあどけない声で。
(……自分から……)
そうしていたら、と故郷の家にあった景色を思い出す。
高い高いビルの上の方にいて、窓の向こうは「空だった」。
地面より、空が近かったほどで、いつも厳しく言われていた。
「ベランダに出るなら、気を付けるのよ」と、「落ちないように」と、しつこいほどに。
(…そう言われたから、ぼくはいつでも…)
ベランダの手すりに近付かないよう、いつだって距離を取っていた。
星や景色をよく眺めようと思った時には、手すりをしっかり掴んでいたか、座っていた。
けれど、そういう距離を取らずに、心の赴くままに、気ままに、其処で過ごしていたならば…。
(うっかり空へと放り出されて、落ちてゆくのも、やっぱり空で…)
その空の中へ飛び出していたら、迎えがやって来たのだろうか。
たとえ昼間の青い空でも、「よく来たね!」とピーターパンが飛んで来て。
(…まさかね…)
いくら何でもそんなことは…、とシロエはクスッと笑うけれども、彼は知らない。
まだ幼い日に、その青空から「ピーターパンが飛んで来た」ことを。
「一緒に行こう」と差し出された手を拒んで、家に残ったことを。
あの時、その手を取っていたなら、シロエは今頃、きっと幸せだったろう。
故郷の家には帰れなくても、記憶は全て「持っている」から。
白い宇宙船の中だけが「シロエの世界」だったとしたって、両親の顔を思い出せるから…。
待っていないで・了
※シロエが最期に見た「ピーターパン」は、ジョミーだったのか、違ったのか。
アニテラでは描かれていなかったので謎ですけれど、シロエの所に迎えが来たのは事実。
こんな所までは来てくれないよね、とシロエの瞳から涙が落ちた。
たった一粒だけだけれども、その一粒の意味は重すぎる。
今日の昼間に、マザー・イライザからコールを受けた。
「お眠りなさい」と深く眠らされ、起きた時には、少しだけ心が軽かった。
此処での暮らしに鬱々としたり、苛立ったりといった気分がふわりと和らいでいて。
これが普通の生徒だったら、それだけで喜ぶことだろう。
「流石はマザー!」と、「マザー・イライザは分かってくれているよね」と大感激で。
(…そりゃそうさ…)
どうして心が軽くなったか、まるで分かっていないのならね、とシロエは唇を噛み締める。
「コールで気持ちが楽になる」のは、「苦しい」と思う原因、それを取り除かれたから。
その「原因」に纏わる記憶を消したり、書き換えられたりして。
(どうせ、喜ぶようなヤツらは…)
消されたくない記憶なんかは、持ち合わせてはいないんだから、と忌々しくて堪らない。
彼らの中身は上っ面だけ、その下は皆が判で押したように「同じもの」。
SD体制と機械に「都合のいいように」出来た、いわゆる優等生ばかり。
エリートを育てる最高学府、Eー1077に相応しい者が揃っている。
だから彼らは「困りはしない」。
マザー・イライザのコールで呼ばれて、何らかの「記憶」を失くしても。
すっかり書き換えられていたって、気付くことさえ無いだろう。
何故なら、「消された後」が「あるべき姿」だから。
メンバーズ・エリートを目指してゆく者、エリート候補生は「こうあるべき」という理想。
(…失くしかけてた自信が戻って、勉学にだって励めるってね…)
馬鹿々々しい、と舌打ちするしかないのだけれども、シロエも「それ」に逆らえはしない。
コールされる度、「このステーションに相応しい」モノに「修正されてゆく」。
大切な故郷や両親の記憶、それを少しずつ消されていって。
後から「あれっ」と気付く時まで、それを「失くした」ことにさえ…。
(自分じゃ、絶対、気付かないんだ…)
今日は何を消されたんだろう、と考えるだけで怖くなる。
思い出そうとする時が来るまで、「消された」何かに、けして気付きはしないのだから。
一粒だけ落ちた涙の中には、その苦しみが詰まっていた。
それに悲しみ、どうにも出来ない牢獄にいるという焦燥感や辛さまでもが。
もう住所さえも思い出せない、懐かしい故郷の家にいた頃、いつだって空に憧れていた。
いつか空から、「ピーターパン」が迎えにやって来る筈だから、と。
来てくれたならば、ピーターパンやティンカーベルと一緒に空へ舞い上がる。
子供のためにある夢の国へと、ネバーランドを目指して旅立つ。
(…いつ来てくれてもいいように…)
幼かったシロエは、準備万端、整えて迎えを待っていた。
今日か明日かと、明後日には、きっとピーターパンが、と「ピーターパン」の本と一緒に。
けれど、迎えはついに来なくて、シロエは「ステーション」にいる。
漆黒の宇宙に浮かぶ「此処」まで、ピーターパンは来られないだろう。
いくらピーターパンが空を飛べても、真空の宇宙を飛べるかどうかは全くの謎。
エネルゲイアの家にいた時、迎えにやって来てくれていたら、きっと其処までの道中は…。
(宇宙船にコッソリ乗って来るとか、そんな方法だったかも…)
子供の頃には、想像さえもしなかったけど、と可笑しくなる。
それとも、ピーターパンの場合は、「まるで関係無い」のだろうか。
迎えにゆく子が何処にいようが、何光年、何億光年と離れた彼方だろうが。
(…どっちかと言えば、そっちかな…?)
そうなのかも、と心がほどけてゆくのが分かる。
ついさっきまでは、涙が一粒落ちたくらいに辛かったけれど、今では軽い。
マザー・イライザのコールと違って、何をされたというわけでもないのに、ふうわりと。
(…ピーターパンのお蔭だよね…)
此処では無理でも、いつか迎えに来てくれるよね、とシロエは今でも「待ち続けている」。
きっといつかは、ピーターパンが夜空を駆けて来てくれるのだと、固く信じて。
それを疑わずに信じていたなら、「きっと、いつか」と子供の心を忘れないよう保ち続けて。
(ネバーランドに行きたいな、って思う気持ちを忘れなければ…)
本当にいつか、きっと行けるよ、とシロエは、けして「疑いはしない」。
もしも一瞬でも「疑った」ならば、ネバーランドに行ける資格を失うだろう。
それを「疑う」気持ちが何処からか生まれて来たなら、「大人になった証」になる。
大人になったら、ピーターパンはもう、来てはくれない。
ピーターパンが迎えに来るのは、ネバーランドまで飛んでゆける「子供」だけなのだから。
(…いつまで待てばいいのかな、って考えるのも、きっと良くなくて…)
ただ「待つ」のが、きっと一番なんだ、と信じ続けて今日まで来た。
こんな牢獄に放り込まれて、夜の個室で一人きりで泣くしか出来ない今も。
ピーターパンは、いつ来てくれるだろう。
やはり「地球」まで行かないと駄目で、国家主席の座に就くまでは、来ないだろうか。
この体制のトップの座にまで昇って、機械に「止まれ」と命じるまで。
「子供が子供でいられる世界」を、この手で取り戻す日まで。
(そしたら、ぼくの記憶も戻って、パパやママにも会いに帰れて…)
故郷の家で夜に寛いでいたら、窓が「ひとりでに」開くかもしれない。
高層ビルの上層階にいるというのに、ベランダに人が降り立って。
夢見た通りの「ピーターパン」が、ティンカーベルと一緒に「シロエ」を迎えに来て。
(…迎えに来たよ、って言ってくれたら、もう直ぐにだって…)
迷わず空へと飛び立つだろう。
両親が自分たちの部屋で眠っている間に、冒険の旅に出掛けるために。
朝には戻って来られるだろうし、それまではネバーランドで過ごす。
「そうか、こういう場所だったんだ!」と大感激して、「大人」のくせにはしゃぎ回って。
海賊船の上を飛んだり、海岸で波と戯れる内に、きっと子供になっている。
姿まですっかり、幼かった日に戻っていて。
着て来た「国家主席の衣装」が、もうぶかぶかになってしまって。
(そうなっちゃったら、そんな服は脱いで捨てちゃって…)
木の葉を何枚も縫い合わせていって、素敵な服を作ろうか。
それともピーターパンに頼んで、服を探して来て貰うだとか。
(海賊船から貰って来たよ、って…)
ずだ袋に穴を開けてあるだけの衣装、そんな服でも気にしない。
むしろ愉快で楽しいくらいで、朝が来るまで、その格好で遊び続けることだろう。
ピーターパンに「もう帰らないと」と言われるまで。
「送って行くよ」と「国家主席の服」を返され、まだぶかぶかの上着に袖を通すまで。
きっといつかは、そういう未来がやって来る。
こうして「信じて」待っていたなら、ピーターパンは来るに違いない。
エネルゲイアの家でなくても、地球でも、首都惑星のノアでも、もしかしたなら…。
(このステーションだって、ピーターパンなら…)
来てくれるかもしれないものね、と「信じる心」を忘れはしない。
マザー・イライザにコールされても、それで記憶を何か失くしても、この心だけは手放さない。
今日まで守って来られたのだし、マザー・イライザでも、地球にあるグランド・マザーでも…。
(忘れさせることなんか、出来やしないんだから!)
そのために、この本を持ってるんだ、とシロエは「ピーターパン」の本を抱き締める。
たった一つだけ持って来られた、子供時代の宝物。
これを大事に持っている限り、「シロエ」は「忘れない」だろう。
「ピーターパンが来ると信じる心」も、「子供の心を、けして失わない」ことも。
(そうやって待って、待ち続けてたら…)
きっと迎えに来るんだよね、と心の中で繰り返す内に、不意に浮かんで来た考え。
「本当に、待っていればいいの?」と、自分自身に尋ねられた。
「そうやって、じっと待つだけなの?」と、「自分から、出て行きはしないの?」と。
(……えっ?……)
そんなの、考えたことも無かった、とシロエの瞳が丸くなる。
この考えは、どう考えても「大人になった」せいで出て来たものではないだろう。
何故なら、子供の声だったから。
今のシロエより、もっと幼い「シロエ」が、「シロエ」に問い掛けた声。
「本当に、待っていればいいの?」と、「待つだけなの?」と。
(…待っていないなら、どうすれば……?)
どうしろって、と訊き返すまでもなく、答えは「幼いシロエ」が、とうに声にしていた。
「自分から、出て行きはしないの?」と、まだ幼くてあどけない声で。
(……自分から……)
そうしていたら、と故郷の家にあった景色を思い出す。
高い高いビルの上の方にいて、窓の向こうは「空だった」。
地面より、空が近かったほどで、いつも厳しく言われていた。
「ベランダに出るなら、気を付けるのよ」と、「落ちないように」と、しつこいほどに。
(…そう言われたから、ぼくはいつでも…)
ベランダの手すりに近付かないよう、いつだって距離を取っていた。
星や景色をよく眺めようと思った時には、手すりをしっかり掴んでいたか、座っていた。
けれど、そういう距離を取らずに、心の赴くままに、気ままに、其処で過ごしていたならば…。
(うっかり空へと放り出されて、落ちてゆくのも、やっぱり空で…)
その空の中へ飛び出していたら、迎えがやって来たのだろうか。
たとえ昼間の青い空でも、「よく来たね!」とピーターパンが飛んで来て。
(…まさかね…)
いくら何でもそんなことは…、とシロエはクスッと笑うけれども、彼は知らない。
まだ幼い日に、その青空から「ピーターパンが飛んで来た」ことを。
「一緒に行こう」と差し出された手を拒んで、家に残ったことを。
あの時、その手を取っていたなら、シロエは今頃、きっと幸せだったろう。
故郷の家には帰れなくても、記憶は全て「持っている」から。
白い宇宙船の中だけが「シロエの世界」だったとしたって、両親の顔を思い出せるから…。
待っていないで・了
※シロエが最期に見た「ピーターパン」は、ジョミーだったのか、違ったのか。
アニテラでは描かれていなかったので謎ですけれど、シロエの所に迎えが来たのは事実。
(後悔、か……)
キースの頭に、ふと浮かんで来た、その言葉。
さっきマツカが置いて行ったコーヒー、それを一口飲んだ所で。
何処からか、不意に涌いた言葉は、あまりにも「キース」に似合ってはいない。
(私は、後悔などはしないと…)
誰もが思っているだろうな、とコーヒーを喉へ落とし込む。
つい数日前、初の軍人出身の元老として、パルテノン入りというのを果たした。
国家主席が不在の今は、元老たちが実質上のトップとなる。
年功序列の不文律めいたものはあっても、「キース」は恐らく、それを超えるだろう。
(なんと言っても、グランド・マザーが目を掛けていて…)
パルテノン入りの件についても、異論を挟ませはしなかった。
そのため、不満を抱いた者も多くて、暗殺計画が何度も立案されては、実行された。
しかし「キース」は殺されはせずに、とうとう此処まで昇り詰めて来た。
この先は、もう暗殺を企てる者も無くなるだろう。
国家騎士団元帥までなら、ドサクサ紛れに殺せはしても、元老となればそうはゆかない。
警護の者も増やされるのだし、簡単に「消す」ことは出来ない。
(…そして私は、これから先も…)
順調に足場を固めて行って、国家主席になるのだろう。
これまでの例とは比較にならない、破格の若さで抜擢されて。
(…誰から見ても、後悔などとは、まるで無縁で…)
順風満帆の人生だけども、「そうではない」ことは、キースが誰よりも承知している。
普段は「忘れる」ように心掛けていて、そのための訓練も受けているから、後悔はしない。
任務の最中に迂闊に後悔しようものなら、失敗に終わるのは目に見えている。
(メンバーズならば、誰もが同じで…)
まして「機械の申し子」となれば、それ以上だと思われていることだろう。
訓練以前に、後悔自体が「全く存在しない」生き方と思考。
全ては冷徹な計算された行動ばかりで、想定外のことが起きても、直ちに計算をやり直す。
行動自体を組み替えたならば、自ずと過程も結果も変わる。
始める前なら「作戦失敗」と見做していた筈の事態だろうと、成功に変えて作戦は終わる。
(まさに、そうやって生きては来たが…)
それと後悔とは別物なのだ、と改めて思う。
マツカが淹れて去ったコーヒー、まだ熱いそれを傾けながら。
もう夜更けだから、マツカは来ない。
「今日は、もういい」と下がらせておいた。
他の部下たちも来はしないから、自分一人の思考の淵に沈んでいようと、問題は無い。
「キース」が何を考えようが、似つかわしくない「後悔」の数を振り返っては溜息だろうが。
(…実際、後悔ばかりなのだ、と…)
言って言えないこともないな、と深い溜息が零れてしまう。
そもそも人生の「最初」からして、そうだった。
もっとも「キース」に責任は無くて、責任が誰かにあるとしたなら、機械なのだけれど。
(どうして私を作ったのだ…)
マザー・イライザ、とEー1077を統治していた、コンピューターを思い浮かべる。
あのステーションも、マザー・イライザも、キース自身が破壊したけれど、過去は消えない。
見た目の上では消えていたって、「キース」自身が忘れはしない。
「あのような」生まれだったことなど、忘れられよう筈も無かった。
どんなに「キース」が忘れたくても、この記憶は「消されない」だろう。
SD体制を統べる巨大コンピューター、グランド・マザーが、そう仕向けるに違いない。
「キース」が「無から作られた」ことは、機械にとっては最高の成果なのだから。
(私を作って、人類を導く存在として…)
人間の世界に送り込むのが、グランド・マザーの目的だった。
「優秀な者が出て来ないから」などと言ってはいても、本当かどうか分かりはしない。
機械の意を酌み、命令せずとも自主的に動く、「理想の人間」を作ろうとしたかもしれない。
養父母の代わりに機械が育てて、人間らしさを排除してゆけば、可能ではある。
実際、「キース」は、そう「作られた」。
思考する時、過去の経験に影響されずに、動くことが出来る「人間」として。
(マザー・イライザの、お人形さんだ、と…)
シロエが嘲り笑った言葉は、間違っていない。
「キース」は「そのように作られた」筈で、人間的な思考などは「一切しない」人形。
感情があるように見えてはいても、それは「学習した」結果に過ぎない。
サムやスウェナやシロエといった存在、それを配しておいたら、充分、「学べる」内容。
(…そうなる筈だったのだがな…)
上手くはゆかなかったようだ、と自分自身でも、少し可笑しい。
Eー1077を出るよりも前に、既に「キース」は後悔し始めていたのだから。
マザー・イライザが良かれと思って、「選んだ」シロエが失敗だったのかもしれない。
機械が想定した以上の「学び」を、「キース」は「シロエ」から得てしまった。
「システムに疑問を抱く」ことやら、機械が統治する世界が「歪んでいる」現実などを。
(シロエが現れなかったとしても…)
それらは「キース自身が気付いて」、自分で答えを出したとは思う。
事実、シロエに出会う前から、不審に思っていた部分なら多い。
けれど「シロエ」は、それらを全て「形にして見せて」、そうして散った。
「本当に疑問に思うのだったら、こうすべきだ」と、機械に逆らい、練習艇で逃亡して。
(…あれが鮮烈すぎたのだ…)
シロエの心が何処にあろうと、と今でも思う。
あの時、シロエが正気だったか、そうでないかは、もう分からない。
尋ねたくても、シロエは何処にも存在しない。
そうなったのは「キース」が「手を下した」からで、機械が命じた通りに「やった」。
マザー・イライザが「撃ちなさい」と告げた一言、それに従うよりは無かった。
シロエが乗った練習艇を追った時点で、そうなるだろうと覚悟していた。
(…しかし、あそこで命令通りに…)
撃墜したのは「キースの意志」で、指摘されたら否定出来ない。
マザー・イライザは自ら「宇宙に出ては来られない」のだし、道は二通り在ったと言える。
シロエの船を撃墜するか、撃墜するのに「失敗する」か。
(いくら「キース」が優秀とはいえ、どんな人間でも…)
機械が作った人間だろうと、その肉体は「人間」以外の何物でもない。
人間であれば、当然、ミスをすることもある。
どれほど周到に準備し、訓練を積んでいようとも、不測の事態は何処にでもある。
(正確に狙って撃ったつもりが、微妙に狂っていたならば…)
シロエの船は微塵に砕ける代わりに、弾き飛ばされたということも有り得る。
片翼を掠めていったレーザー、その衝撃で予定のコースを外れて、遥か彼方へと。
(そうなっていたら、もう追えなくて…)
見失うしかないだろう。
下手に追い掛け、深追いしたら「キース」の機体の燃料が切れる。
シロエの船を見失った上に、自分も帰還出来ないなどは言語道断、取るべき道は一つしか無い。
「失敗しました」と連絡を入れて、Eー1077に帰還する。
シロエの船は、損傷を負っているわけなのだし、いずれ酸素も切れるだろう、と判断して。
そうする道を「選ばなかった」のは、「キース」自身のせいでしかない。
もしも「シロエ」を逃がしていたなら、この後悔は無かっただろう。
シロエの「その後」は分からなくても、「自分が殺した」わけではない。
見逃した後に死ぬか生きるか、それは「シロエ」の運で責任、シロエ自身が自分で決める。
(…運が良ければ、モビー・ディックに拾われていて…)
今頃はミュウの陣営にいて、好敵手になっていただろう。
ジルベスター・セブンの件にしたって、「シロエ」がミュウの陣営にいれば、全て変わった。
彼は「キース」が何者なのかを知っている上、キースと肩を並べたほどの者でもある。
(私を殺して、メギドを持ち出せないようにしていたか、あるいは私の中の後悔を…)
引き摺り出して、上手くつついて、ミュウの側へと引き入れたろうか。
ミュウの肩を持つスパイに仕立てて、人類の世界に戻しておいたら、どうなったろう。
あの時点での「キース」は、自分の「生まれ」を知らないのだから、「シロエ」に分がある。
「キース」に真実を突き付けたならば、後悔は一気に膨れ上がって、疑問も深まることだろう。
機械が何を目論んでいるか、それをシロエに「教えられる」ことになるのだから。
(私は機械に無から作られて、機械に忠実に動くようにと計算されて…)
この世に送り出されたという事実を知ったら、受ける衝撃は計り知れない。
事実、シロエが遺した映像を目にしないままで、Eー1077の処分に出掛けていたならば…。
(マザー・イライザが何をやったか、予備知識無しで知ることになって…)
流石の「キース」も、その場で床に崩れ落ちていたかもしれない。
ほんの一瞬のことであっても、真実を受け止めきれなくて。
(直ぐに立ち上がって、ステーションごと処分したとしても…)
見て来た「現実」は心から消えず、どれほど苦しむことになったか、容易に分かる。
「私は何をやって来たのだ」と、「本物のヒトでもなかったくせに」と、後悔ばかりで。
(…一事が万事で、この先も、ずっと…)
後悔の数は増えて、増え続けて、減る日など、きっと訪れはしない。
ミュウとの戦いの行く末にしても、あるのは不安だけでしかない。
「私は、本当に正しいのか」と自問してみては、ミュウに分がある実情を恐れ続けている。
歴史がミュウに味方するなら、「キース」は破滅することだろう。
「人類のために」機械が作った生命、そのような「モノ」に未来など無い。
(…私は後悔し続けた末に、この息が絶える瞬間までも…)
後悔ばかりになるのだろうな、と虚しい気持ちしかしないけれども、仕方ない。
きっと「キース」は、最期の瞬間、自分の人生に「後悔は無い」とは言えないだろう。
心の底から満足し切って死ねるようには、生きられる筈も無さそうだから…。
後悔の果てに・了
※アニテラの最終話で「全力で生きた者にも、後悔は無い」と言ったキースですけど。
最初から全力で生きていたかな、と考えている内に出来たお話。後悔だらけの人生では…?
キースの頭に、ふと浮かんで来た、その言葉。
さっきマツカが置いて行ったコーヒー、それを一口飲んだ所で。
何処からか、不意に涌いた言葉は、あまりにも「キース」に似合ってはいない。
(私は、後悔などはしないと…)
誰もが思っているだろうな、とコーヒーを喉へ落とし込む。
つい数日前、初の軍人出身の元老として、パルテノン入りというのを果たした。
国家主席が不在の今は、元老たちが実質上のトップとなる。
年功序列の不文律めいたものはあっても、「キース」は恐らく、それを超えるだろう。
(なんと言っても、グランド・マザーが目を掛けていて…)
パルテノン入りの件についても、異論を挟ませはしなかった。
そのため、不満を抱いた者も多くて、暗殺計画が何度も立案されては、実行された。
しかし「キース」は殺されはせずに、とうとう此処まで昇り詰めて来た。
この先は、もう暗殺を企てる者も無くなるだろう。
国家騎士団元帥までなら、ドサクサ紛れに殺せはしても、元老となればそうはゆかない。
警護の者も増やされるのだし、簡単に「消す」ことは出来ない。
(…そして私は、これから先も…)
順調に足場を固めて行って、国家主席になるのだろう。
これまでの例とは比較にならない、破格の若さで抜擢されて。
(…誰から見ても、後悔などとは、まるで無縁で…)
順風満帆の人生だけども、「そうではない」ことは、キースが誰よりも承知している。
普段は「忘れる」ように心掛けていて、そのための訓練も受けているから、後悔はしない。
任務の最中に迂闊に後悔しようものなら、失敗に終わるのは目に見えている。
(メンバーズならば、誰もが同じで…)
まして「機械の申し子」となれば、それ以上だと思われていることだろう。
訓練以前に、後悔自体が「全く存在しない」生き方と思考。
全ては冷徹な計算された行動ばかりで、想定外のことが起きても、直ちに計算をやり直す。
行動自体を組み替えたならば、自ずと過程も結果も変わる。
始める前なら「作戦失敗」と見做していた筈の事態だろうと、成功に変えて作戦は終わる。
(まさに、そうやって生きては来たが…)
それと後悔とは別物なのだ、と改めて思う。
マツカが淹れて去ったコーヒー、まだ熱いそれを傾けながら。
もう夜更けだから、マツカは来ない。
「今日は、もういい」と下がらせておいた。
他の部下たちも来はしないから、自分一人の思考の淵に沈んでいようと、問題は無い。
「キース」が何を考えようが、似つかわしくない「後悔」の数を振り返っては溜息だろうが。
(…実際、後悔ばかりなのだ、と…)
言って言えないこともないな、と深い溜息が零れてしまう。
そもそも人生の「最初」からして、そうだった。
もっとも「キース」に責任は無くて、責任が誰かにあるとしたなら、機械なのだけれど。
(どうして私を作ったのだ…)
マザー・イライザ、とEー1077を統治していた、コンピューターを思い浮かべる。
あのステーションも、マザー・イライザも、キース自身が破壊したけれど、過去は消えない。
見た目の上では消えていたって、「キース」自身が忘れはしない。
「あのような」生まれだったことなど、忘れられよう筈も無かった。
どんなに「キース」が忘れたくても、この記憶は「消されない」だろう。
SD体制を統べる巨大コンピューター、グランド・マザーが、そう仕向けるに違いない。
「キース」が「無から作られた」ことは、機械にとっては最高の成果なのだから。
(私を作って、人類を導く存在として…)
人間の世界に送り込むのが、グランド・マザーの目的だった。
「優秀な者が出て来ないから」などと言ってはいても、本当かどうか分かりはしない。
機械の意を酌み、命令せずとも自主的に動く、「理想の人間」を作ろうとしたかもしれない。
養父母の代わりに機械が育てて、人間らしさを排除してゆけば、可能ではある。
実際、「キース」は、そう「作られた」。
思考する時、過去の経験に影響されずに、動くことが出来る「人間」として。
(マザー・イライザの、お人形さんだ、と…)
シロエが嘲り笑った言葉は、間違っていない。
「キース」は「そのように作られた」筈で、人間的な思考などは「一切しない」人形。
感情があるように見えてはいても、それは「学習した」結果に過ぎない。
サムやスウェナやシロエといった存在、それを配しておいたら、充分、「学べる」内容。
(…そうなる筈だったのだがな…)
上手くはゆかなかったようだ、と自分自身でも、少し可笑しい。
Eー1077を出るよりも前に、既に「キース」は後悔し始めていたのだから。
マザー・イライザが良かれと思って、「選んだ」シロエが失敗だったのかもしれない。
機械が想定した以上の「学び」を、「キース」は「シロエ」から得てしまった。
「システムに疑問を抱く」ことやら、機械が統治する世界が「歪んでいる」現実などを。
(シロエが現れなかったとしても…)
それらは「キース自身が気付いて」、自分で答えを出したとは思う。
事実、シロエに出会う前から、不審に思っていた部分なら多い。
けれど「シロエ」は、それらを全て「形にして見せて」、そうして散った。
「本当に疑問に思うのだったら、こうすべきだ」と、機械に逆らい、練習艇で逃亡して。
(…あれが鮮烈すぎたのだ…)
シロエの心が何処にあろうと、と今でも思う。
あの時、シロエが正気だったか、そうでないかは、もう分からない。
尋ねたくても、シロエは何処にも存在しない。
そうなったのは「キース」が「手を下した」からで、機械が命じた通りに「やった」。
マザー・イライザが「撃ちなさい」と告げた一言、それに従うよりは無かった。
シロエが乗った練習艇を追った時点で、そうなるだろうと覚悟していた。
(…しかし、あそこで命令通りに…)
撃墜したのは「キースの意志」で、指摘されたら否定出来ない。
マザー・イライザは自ら「宇宙に出ては来られない」のだし、道は二通り在ったと言える。
シロエの船を撃墜するか、撃墜するのに「失敗する」か。
(いくら「キース」が優秀とはいえ、どんな人間でも…)
機械が作った人間だろうと、その肉体は「人間」以外の何物でもない。
人間であれば、当然、ミスをすることもある。
どれほど周到に準備し、訓練を積んでいようとも、不測の事態は何処にでもある。
(正確に狙って撃ったつもりが、微妙に狂っていたならば…)
シロエの船は微塵に砕ける代わりに、弾き飛ばされたということも有り得る。
片翼を掠めていったレーザー、その衝撃で予定のコースを外れて、遥か彼方へと。
(そうなっていたら、もう追えなくて…)
見失うしかないだろう。
下手に追い掛け、深追いしたら「キース」の機体の燃料が切れる。
シロエの船を見失った上に、自分も帰還出来ないなどは言語道断、取るべき道は一つしか無い。
「失敗しました」と連絡を入れて、Eー1077に帰還する。
シロエの船は、損傷を負っているわけなのだし、いずれ酸素も切れるだろう、と判断して。
そうする道を「選ばなかった」のは、「キース」自身のせいでしかない。
もしも「シロエ」を逃がしていたなら、この後悔は無かっただろう。
シロエの「その後」は分からなくても、「自分が殺した」わけではない。
見逃した後に死ぬか生きるか、それは「シロエ」の運で責任、シロエ自身が自分で決める。
(…運が良ければ、モビー・ディックに拾われていて…)
今頃はミュウの陣営にいて、好敵手になっていただろう。
ジルベスター・セブンの件にしたって、「シロエ」がミュウの陣営にいれば、全て変わった。
彼は「キース」が何者なのかを知っている上、キースと肩を並べたほどの者でもある。
(私を殺して、メギドを持ち出せないようにしていたか、あるいは私の中の後悔を…)
引き摺り出して、上手くつついて、ミュウの側へと引き入れたろうか。
ミュウの肩を持つスパイに仕立てて、人類の世界に戻しておいたら、どうなったろう。
あの時点での「キース」は、自分の「生まれ」を知らないのだから、「シロエ」に分がある。
「キース」に真実を突き付けたならば、後悔は一気に膨れ上がって、疑問も深まることだろう。
機械が何を目論んでいるか、それをシロエに「教えられる」ことになるのだから。
(私は機械に無から作られて、機械に忠実に動くようにと計算されて…)
この世に送り出されたという事実を知ったら、受ける衝撃は計り知れない。
事実、シロエが遺した映像を目にしないままで、Eー1077の処分に出掛けていたならば…。
(マザー・イライザが何をやったか、予備知識無しで知ることになって…)
流石の「キース」も、その場で床に崩れ落ちていたかもしれない。
ほんの一瞬のことであっても、真実を受け止めきれなくて。
(直ぐに立ち上がって、ステーションごと処分したとしても…)
見て来た「現実」は心から消えず、どれほど苦しむことになったか、容易に分かる。
「私は何をやって来たのだ」と、「本物のヒトでもなかったくせに」と、後悔ばかりで。
(…一事が万事で、この先も、ずっと…)
後悔の数は増えて、増え続けて、減る日など、きっと訪れはしない。
ミュウとの戦いの行く末にしても、あるのは不安だけでしかない。
「私は、本当に正しいのか」と自問してみては、ミュウに分がある実情を恐れ続けている。
歴史がミュウに味方するなら、「キース」は破滅することだろう。
「人類のために」機械が作った生命、そのような「モノ」に未来など無い。
(…私は後悔し続けた末に、この息が絶える瞬間までも…)
後悔ばかりになるのだろうな、と虚しい気持ちしかしないけれども、仕方ない。
きっと「キース」は、最期の瞬間、自分の人生に「後悔は無い」とは言えないだろう。
心の底から満足し切って死ねるようには、生きられる筈も無さそうだから…。
後悔の果てに・了
※アニテラの最終話で「全力で生きた者にも、後悔は無い」と言ったキースですけど。
最初から全力で生きていたかな、と考えている内に出来たお話。後悔だらけの人生では…?
(…またか…!)
なんて機械だ、とシロエは心で舌打ちをした。
講義があるから出て来たけれども、今日は出なくていいだろう。
こんな気分で出席するより、部屋で勉強した方がいい。
体調不良や、マザー・イライザのコールなどなど、出席出来ない生徒も少なくはない。
そういう場合は届けを出したら、後で講義が配信される。
部屋で受講し、指示された課題を提出したなら、出席したのと同じになる。
(そっちで充分、間に合うってね)
質問するほどの講義じゃないし、と教室の方に背を向け、部屋に戻った。
通路を急ぎ足で歩いて、誰の顔も一つも見ないで済むよう、自分の足だけを見るようにして。
そうして戻った自分の部屋には、自分の他には誰も居はしない。
Eー1077での暮らしは、完全に独立している個室と、共同の区画に分かれている。
(でも、此処だって…)
今、この瞬間さえも、機械が眺めていることだろう。
あの忌々しいマザー・イライザ、猫なで声で母親面をしている巨大コンピューターが。
(そうやって、いつも覗いているから、ああいうことを簡単に…)
やらかせるんだ、と、さっきの出来事を思い返して顔を顰める。
講義に出る気が失せてしまったのは、同級生たちを目にしたからだった。
元々、馬が合わないけれども、そのせいではない。
彼らの上に起きた出来事、それがシロエを苛立たせた。
もっとも、同級生たちの方では、何がシロエの気に障ったかも知らないだろう。
知らない上に、気付きもしないし、説明したって通じはしない。
彼らは「忘れている」のだから。
昨日、訓練中の態度を巡って、訓練の後で喧嘩があった。
最初に争い始めた者は、二人か三人だったと思う。
「いつものことか」と、さほど関心を持たなかったし、人数までは覚えていない。
それがどういう切っ掛けでなのか、周囲を巻き込む騒ぎになった。
(取っ組み合いの喧嘩になって、止めに入った奴も巻き添えで…)
蹴られたらしくて、もう収集がつかない始末で、最後は教授が止めに入った。
たまたま通りかかった教授で、訓練を担当していた者ではなかったけれど。
(あれだけ派手に喧嘩をしていたくせに、今日はすっかり…)
普段の笑顔で、彼らは和やかに談笑していた。
講義が始まる前の時間に、通路で集まり、講義の後に食堂に行く相談中。
「今日のメニューは、コレらしいぞ」と一人が言ったら、「美味しそうだ」と楽しそうに。
(殴り合いの喧嘩をしていた相手と、食堂だって?)
冗談じゃない、と反吐が出そうだけれども、此処では「当たり前」だった。
よくあることで、周りの者も、誰も不思議に思いはしない。
何故なら、喧嘩は「無かった」から。
あったとしたって、せいぜい、ただの言い争いで、とうの昔に解決済みで、仲直り。
(エリート候補生たるもの、感情を乱して争うようでは…)
話にならない、と教授たちが事あるごとに口にするほどで、鉄則ではある。
とはいえ、まだまだ候補生の身で、メンバーズ・エリートに選出されたわけではない。
そうそう上手く、感情のコントロールなど、彼らに出来よう筈がなかった。
(このぼくでさえも、持て余すのに…)
あんな奴らに出来るものか、と分かっているから、恐ろしくなる。
彼らは「仲直りした」のではなくて、「喧嘩なんかは、しなかった」。
殴り合いをした張本人も、止めに入って巻き添えの者も、見ていた者も「何も知らない」。
喧嘩が起きた原因からして、誰も覚えていないだろう。
昨日の訓練は平穏無事に終わって、態度が悪い者も一人も居はしなかった。
終わった後には、担当教授が解散を告げて、各自、思い思いに散って行っただけ。
食堂へ出掛けて行った者やら、個室に戻って休憩などで。
つまり、彼らは「忘れてしまった」。
正確に言えば「忘れさせられて」、もう何一つ覚えていないし、喧嘩は「無かった」。
だから通路で談笑が出来て、講義の後には食事に行こう、という話になる。
未来のエリートを目指す者には、他の者との和が欠かせない。
人の心を掴むためには、喧嘩するより、友情を深める方が遥かに有意義だから。
(だからと言って、記憶を処理してしまうだなんて…)
もっと違う方に導けないのか、と怒りが沸々と湧いて来るけれど、消すのが一番早いのだろう。
全部の生徒をフォローしていたら、如何に巨大なコンピューターでも、手を取られる。
喧嘩したのが、将来有望な生徒だったら、コールや部屋でのカウンセリングで…。
(そうじゃないなら、消しておしまい…)
多分、そういう所だよね、と見当はとうについている。
何度も喧嘩を目にしているから、その辺りの加減は分かって来た。
喧嘩をした中に「キース」がいたなら、事情は違っていただろう。
たとえ「キース」は見ていただけで、直接、喧嘩を止めることはしていなくても。
いつも通りのクールな表情、アイスブルーの瞳で冷たく眺めて、何一つしていないとしても。
(…キースが喧嘩を見ていたのなら…)
彼なりに、思う所もあっただろうし、口に出さずとも、考えることは多いと思う。
「ぼくが教授なら、こういう時にはどうするべきか」と、頭の中で検討もする。
キースにとっては「思考を深める」好機で、役に立つのに違いない。
だから機械は「喧嘩が起こった」事実を消しはしなくて、残しておく。
当事者だった者に対しては、多少の処理を施すとしても。
Eー1077に来て、それに気付いた時には「怖かった」。
成人検査で記憶を消されただけでも、恐ろしくて悲しかったというのに、此処でも消される。
しかも自分でも気付かない内に、見聞きした筈のことを「忘れさせられる」。
子供時代の記憶だったら、もうこれ以上は消されまいとして、抵抗だってするけれど…。
(ステーションの中で、目にしたというだけのことだから…)
余程、印象に残っていない限りは、消されても「気付かない」だろう。
さっき出会った同級生たちが、まるで全く気付きもしないで、談笑していたのと全く同じで。
(あの喧嘩だって、ぼくは最初は、関心が無くて…)
そちらを気にしていなかったせいで、喧嘩を始めた者の人数を覚えていない。
二人だったか、三人だったか、「覚えてないや」と思うけれども、それも怪しいかもしれない。
実はシロエは「最初から見ていて」、二人だったか、三人だったか、知っていて…。
(なのに機械に忘れさせられて、覚えていないつもりだとか…?)
その可能性だって有り得るんだ、と考えるだけで背筋がゾクリと冷える。
自分としては「キースと肩を並べるくらい」のつもりでいても、機械の方は分からない。
マザー・イライザが見ている「シロエ」が、「キース」ほど重要視されているとは限らない。
そうだとしたなら、記憶に関する処理のレベルも、自ずと変わる。
昨日の喧嘩を目撃したのが、「シロエ」ではなくて、「キース」だったなら…。
(喧嘩を始めたのは何人だったか、どんな具合に始まったのかも覚えてて…)
シロエと同じに舌打ちはしても、講義をサボって帰りはしなくて、出たのだろうか。
「全て覚えている」キースにとっては、喧嘩を始めた者が「忘れている」のも、自明の理で。
「またか」と呆れて舌打ちするだけ、舌打ちの相手は機械ではなくて、同級生の方。
(…喧嘩する方が悪いんだ、と呆れながらも割り切って…)
自分のすべき役目を果たしに、真面目に講義に出席する。
質問したいことが無くても、その場にいたなら、他に学びがあるかもしれない。
教授の話に出て来た「何か」が、講義とはまるで関係無くても、他の何かに結び付くとか。
(そういう話を、配信された講義で聞いたって…)
教授は其処には「いない」のだから、その場で質問などは出来ない。
次に教授に出会う時まで保留になるか、あるいは問い合わせる以外に無い。
どちらにしたって、答えを得るのは遅くなるから、学びも遅れることになる。
講義に出ていて聞いていたなら、直ぐに尋ねて、二歩も三歩も、先へ進めていたのだろうに。
(…まさかね…)
ぼくの記憶まで処理されたとか、と疑ってみても、答えは出ない。
喧嘩したのは二人だったか、三人だったか、それもどうにも「思い出せない」。
これが機械が仕向けたことだったならば、「シロエ」は、さほど「重要ではない」。
機械の申し子、「キース」だったら忘れないことを、「シロエ」は覚えていないのだから。
(…いったい、どっちか、どうやったなら…)
分かるんだろう、と思いはしても、分かるのは「そういう係がいるらしい」という所まで。
Eー1077の仕組みを調べる間に、偶然、知った。
マザー・イライザの指示で動く「記憶処理の専門機関」が、ステーションの中に存在する。
候補生たちが眠っている間に、記憶を処理して、喧嘩さえをも無かったことにしてしまう。
(それをやってる係は、怖くはならないのかな?)
自分たちが記憶を処理するみたいに、自分の記憶も処理する係がいるのでは、という具合に。
それとも、そうして怖くなる前に、その記憶を消されてしまうのだろうか。
喧嘩を忘れてしまうのと同じに、「怖い思いなどしてはいない」と記憶を書き換えられて。
(…そういう係と知り合いになれば、ぼくの記憶がどうなってるかも…)
分かるだろうし、消された部分を取り戻すことも出来そうではある。
けれど、その日は「来ない」のだろう。
彼らと知り合い、調べて欲しいと頼み込む前に、この思いは、きっと消されてしまう。
「シロエ」が機密に近付かないよう、機械は何処かで監視している。
もしも「シロエ」が「キース」に劣らず優秀だったら、消されないかもしれないけれど。
いつか係と知り合えたならば、「ぼくは、どうかな?」と訊けそうだけれど…。
気付かない内に・了
※アニテラに出て来た、Eー1077で生徒の記憶を夜の間に消していた係。
「自分たちも、こんな風に消されているかも」と話していたのを、シロエで書いたお話。
なんて機械だ、とシロエは心で舌打ちをした。
講義があるから出て来たけれども、今日は出なくていいだろう。
こんな気分で出席するより、部屋で勉強した方がいい。
体調不良や、マザー・イライザのコールなどなど、出席出来ない生徒も少なくはない。
そういう場合は届けを出したら、後で講義が配信される。
部屋で受講し、指示された課題を提出したなら、出席したのと同じになる。
(そっちで充分、間に合うってね)
質問するほどの講義じゃないし、と教室の方に背を向け、部屋に戻った。
通路を急ぎ足で歩いて、誰の顔も一つも見ないで済むよう、自分の足だけを見るようにして。
そうして戻った自分の部屋には、自分の他には誰も居はしない。
Eー1077での暮らしは、完全に独立している個室と、共同の区画に分かれている。
(でも、此処だって…)
今、この瞬間さえも、機械が眺めていることだろう。
あの忌々しいマザー・イライザ、猫なで声で母親面をしている巨大コンピューターが。
(そうやって、いつも覗いているから、ああいうことを簡単に…)
やらかせるんだ、と、さっきの出来事を思い返して顔を顰める。
講義に出る気が失せてしまったのは、同級生たちを目にしたからだった。
元々、馬が合わないけれども、そのせいではない。
彼らの上に起きた出来事、それがシロエを苛立たせた。
もっとも、同級生たちの方では、何がシロエの気に障ったかも知らないだろう。
知らない上に、気付きもしないし、説明したって通じはしない。
彼らは「忘れている」のだから。
昨日、訓練中の態度を巡って、訓練の後で喧嘩があった。
最初に争い始めた者は、二人か三人だったと思う。
「いつものことか」と、さほど関心を持たなかったし、人数までは覚えていない。
それがどういう切っ掛けでなのか、周囲を巻き込む騒ぎになった。
(取っ組み合いの喧嘩になって、止めに入った奴も巻き添えで…)
蹴られたらしくて、もう収集がつかない始末で、最後は教授が止めに入った。
たまたま通りかかった教授で、訓練を担当していた者ではなかったけれど。
(あれだけ派手に喧嘩をしていたくせに、今日はすっかり…)
普段の笑顔で、彼らは和やかに談笑していた。
講義が始まる前の時間に、通路で集まり、講義の後に食堂に行く相談中。
「今日のメニューは、コレらしいぞ」と一人が言ったら、「美味しそうだ」と楽しそうに。
(殴り合いの喧嘩をしていた相手と、食堂だって?)
冗談じゃない、と反吐が出そうだけれども、此処では「当たり前」だった。
よくあることで、周りの者も、誰も不思議に思いはしない。
何故なら、喧嘩は「無かった」から。
あったとしたって、せいぜい、ただの言い争いで、とうの昔に解決済みで、仲直り。
(エリート候補生たるもの、感情を乱して争うようでは…)
話にならない、と教授たちが事あるごとに口にするほどで、鉄則ではある。
とはいえ、まだまだ候補生の身で、メンバーズ・エリートに選出されたわけではない。
そうそう上手く、感情のコントロールなど、彼らに出来よう筈がなかった。
(このぼくでさえも、持て余すのに…)
あんな奴らに出来るものか、と分かっているから、恐ろしくなる。
彼らは「仲直りした」のではなくて、「喧嘩なんかは、しなかった」。
殴り合いをした張本人も、止めに入って巻き添えの者も、見ていた者も「何も知らない」。
喧嘩が起きた原因からして、誰も覚えていないだろう。
昨日の訓練は平穏無事に終わって、態度が悪い者も一人も居はしなかった。
終わった後には、担当教授が解散を告げて、各自、思い思いに散って行っただけ。
食堂へ出掛けて行った者やら、個室に戻って休憩などで。
つまり、彼らは「忘れてしまった」。
正確に言えば「忘れさせられて」、もう何一つ覚えていないし、喧嘩は「無かった」。
だから通路で談笑が出来て、講義の後には食事に行こう、という話になる。
未来のエリートを目指す者には、他の者との和が欠かせない。
人の心を掴むためには、喧嘩するより、友情を深める方が遥かに有意義だから。
(だからと言って、記憶を処理してしまうだなんて…)
もっと違う方に導けないのか、と怒りが沸々と湧いて来るけれど、消すのが一番早いのだろう。
全部の生徒をフォローしていたら、如何に巨大なコンピューターでも、手を取られる。
喧嘩したのが、将来有望な生徒だったら、コールや部屋でのカウンセリングで…。
(そうじゃないなら、消しておしまい…)
多分、そういう所だよね、と見当はとうについている。
何度も喧嘩を目にしているから、その辺りの加減は分かって来た。
喧嘩をした中に「キース」がいたなら、事情は違っていただろう。
たとえ「キース」は見ていただけで、直接、喧嘩を止めることはしていなくても。
いつも通りのクールな表情、アイスブルーの瞳で冷たく眺めて、何一つしていないとしても。
(…キースが喧嘩を見ていたのなら…)
彼なりに、思う所もあっただろうし、口に出さずとも、考えることは多いと思う。
「ぼくが教授なら、こういう時にはどうするべきか」と、頭の中で検討もする。
キースにとっては「思考を深める」好機で、役に立つのに違いない。
だから機械は「喧嘩が起こった」事実を消しはしなくて、残しておく。
当事者だった者に対しては、多少の処理を施すとしても。
Eー1077に来て、それに気付いた時には「怖かった」。
成人検査で記憶を消されただけでも、恐ろしくて悲しかったというのに、此処でも消される。
しかも自分でも気付かない内に、見聞きした筈のことを「忘れさせられる」。
子供時代の記憶だったら、もうこれ以上は消されまいとして、抵抗だってするけれど…。
(ステーションの中で、目にしたというだけのことだから…)
余程、印象に残っていない限りは、消されても「気付かない」だろう。
さっき出会った同級生たちが、まるで全く気付きもしないで、談笑していたのと全く同じで。
(あの喧嘩だって、ぼくは最初は、関心が無くて…)
そちらを気にしていなかったせいで、喧嘩を始めた者の人数を覚えていない。
二人だったか、三人だったか、「覚えてないや」と思うけれども、それも怪しいかもしれない。
実はシロエは「最初から見ていて」、二人だったか、三人だったか、知っていて…。
(なのに機械に忘れさせられて、覚えていないつもりだとか…?)
その可能性だって有り得るんだ、と考えるだけで背筋がゾクリと冷える。
自分としては「キースと肩を並べるくらい」のつもりでいても、機械の方は分からない。
マザー・イライザが見ている「シロエ」が、「キース」ほど重要視されているとは限らない。
そうだとしたなら、記憶に関する処理のレベルも、自ずと変わる。
昨日の喧嘩を目撃したのが、「シロエ」ではなくて、「キース」だったなら…。
(喧嘩を始めたのは何人だったか、どんな具合に始まったのかも覚えてて…)
シロエと同じに舌打ちはしても、講義をサボって帰りはしなくて、出たのだろうか。
「全て覚えている」キースにとっては、喧嘩を始めた者が「忘れている」のも、自明の理で。
「またか」と呆れて舌打ちするだけ、舌打ちの相手は機械ではなくて、同級生の方。
(…喧嘩する方が悪いんだ、と呆れながらも割り切って…)
自分のすべき役目を果たしに、真面目に講義に出席する。
質問したいことが無くても、その場にいたなら、他に学びがあるかもしれない。
教授の話に出て来た「何か」が、講義とはまるで関係無くても、他の何かに結び付くとか。
(そういう話を、配信された講義で聞いたって…)
教授は其処には「いない」のだから、その場で質問などは出来ない。
次に教授に出会う時まで保留になるか、あるいは問い合わせる以外に無い。
どちらにしたって、答えを得るのは遅くなるから、学びも遅れることになる。
講義に出ていて聞いていたなら、直ぐに尋ねて、二歩も三歩も、先へ進めていたのだろうに。
(…まさかね…)
ぼくの記憶まで処理されたとか、と疑ってみても、答えは出ない。
喧嘩したのは二人だったか、三人だったか、それもどうにも「思い出せない」。
これが機械が仕向けたことだったならば、「シロエ」は、さほど「重要ではない」。
機械の申し子、「キース」だったら忘れないことを、「シロエ」は覚えていないのだから。
(…いったい、どっちか、どうやったなら…)
分かるんだろう、と思いはしても、分かるのは「そういう係がいるらしい」という所まで。
Eー1077の仕組みを調べる間に、偶然、知った。
マザー・イライザの指示で動く「記憶処理の専門機関」が、ステーションの中に存在する。
候補生たちが眠っている間に、記憶を処理して、喧嘩さえをも無かったことにしてしまう。
(それをやってる係は、怖くはならないのかな?)
自分たちが記憶を処理するみたいに、自分の記憶も処理する係がいるのでは、という具合に。
それとも、そうして怖くなる前に、その記憶を消されてしまうのだろうか。
喧嘩を忘れてしまうのと同じに、「怖い思いなどしてはいない」と記憶を書き換えられて。
(…そういう係と知り合いになれば、ぼくの記憶がどうなってるかも…)
分かるだろうし、消された部分を取り戻すことも出来そうではある。
けれど、その日は「来ない」のだろう。
彼らと知り合い、調べて欲しいと頼み込む前に、この思いは、きっと消されてしまう。
「シロエ」が機密に近付かないよう、機械は何処かで監視している。
もしも「シロエ」が「キース」に劣らず優秀だったら、消されないかもしれないけれど。
いつか係と知り合えたならば、「ぼくは、どうかな?」と訊けそうだけれど…。
気付かない内に・了
※アニテラに出て来た、Eー1077で生徒の記憶を夜の間に消していた係。
「自分たちも、こんな風に消されているかも」と話していたのを、シロエで書いたお話。