(…思った以上に、数は多いというわけか…)
ミュウ因子の保持者というモノは…、とキースが心でついた溜息。
旗艦ゼウスの指揮官室で、ただ一人きりで。
ミュウの艦隊を迎え撃つべく、ソル太陽系に展開させた人類軍の船。
かつてない規模の艦隊だけれど、果たしてミュウに勝てるのかどうか。
首都惑星のノアを放棄してまで、捨て身の戦法に出てはみたものの…。
(…人質まで使うことになるとはな…)
ジュピター上空にある、ミュウの強制収容所。
コルディッツの名で呼ばれる「それ」。
ノアへの入国審査などで「発覚した」ミュウ因子の保持者たち。
彼らを送る施設といえども、今は「それだけではない」、其処に収容された者。
(……ジャンもあそこに……)
送ったからな、と忠実だった部下を思い浮かべる。
パスカルよりも大柄なジャンは、優秀な国家騎士団員の一人でもあった。
「国家騎士団総司令」に対する数々の暗殺計画、それに関わった人物の処理を任せたほどに。
パスカルと組ませて、レベル10の心理探査の実施に当たらせたり、といった具合に。
けれど、そのジャンは「もういない」。
念のためにと、ソル太陽系に布陣する前に、下士官たちに行った検査。
ミュウ因子を保持しているのか、否か。
引っかかる者など、いない筈だと思っていたのに…。
(…ジャンと、マードック大佐の部下が数人と…)
他にも何人もの「軍人たち」が、「ミュウ因子の保持者」と判明した。
彼らの行先は、一つしかない。
ミュウ因子を持っているというなら、「処分される」か、強制収容所に「送られる」か。
ジュピター上空のコルディッツに行くか、その場で撃ち殺される以外に道はない。
彼らを閉じ込めてある「コルディッツ」さえも、駒に使うことになるミュウとの戦い。
ミュウの艦隊が地球を目指すのであれば、コルディッツをジュピターに落下させる。
そういう脅しで、ミュウ因子の保持者は格好の人質。
ソルジャー・シンが「どう出てくる」かは、ともかくとして。
ミュウの艦隊を指揮するソルジャー。
かつて出会った、ジョミー・マーキス・シン。
ジルベスター・セブンで会った頃の彼は、「まだまだ甘い」人間だった。
(…甘すぎるとまで思ったものだが…)
あれでは、とても人類軍とは戦えまい、と思ったほどに。
捕えた「キース」に尋問はしても、「それ以上」は考え付かなかったらしい。
拷問はおろか、人質に取って有効活用することさえも。
(…もっとも、たかがメンバーズの一人くらいを…)
人質にしても、結果は知れていただろう。
他に「いくらでも代わりはいる」から、メギドの炎は容赦なく彼らを滅ぼした筈。
彼らが「キース」を盾に取っても、他の誰かが指揮官になって、「キースごと」。
(…マードック大佐にでも、可能だったろうな…)
艦隊の指揮権を彼に任せて、「キースごと撃て」と命令したなら、実行された。
グランド・マザーが「それ」を望むなら、メギドが直接、送られて来て。
「代わりのメンバーズ」は着任しなくても、ソレイドの最高責任者として、指揮すればいい。
目標はジルベスター・セブン、とだけ決めて。
「キースごと」滅ぼすことになっても、モビー・ディックも、あの赤い星も撃って。
(…グランド・マザーが、どう出たのかは分からないがな…)
ジルベスターの頃には、自分でも「全く知らなかった」生まれ。
人類の指導者となるべく、「無から作られた」生命体。
それが「キース」なら、グランド・マザーが「惜しんだ」可能性もある。
代わりになれる者は「誰もいない」だけに、モビー・ディックごと撃てはしなくて。
(…ジョミーが、私を人質に取れば…)
時間稼ぎは出来たのかもしれない。
あるいは「無傷で」、ジルベスター星系を後にすることも。
そういう選択肢もあったというのに、「甘かった」ジョミー。
「対話」にこだわり、チャンスを逸した。
挙句に、おめおめと「キース」を逃がしてしまって、ジルベスター・セブンを失ったほど。
指導者としては、まだ本当に甘かったのに…。
今のジョミーは「そうではない」。
同じ人間なのかと思うくらいに、「ソルジャー・シン」は変貌を遂げた。
(…冷徹無比な破壊兵器か…)
それは私の渾名だったが、と皮肉な笑みすら浮かべたくなる。
今では「ジョミーが」そうだから。
かつての「キース」を上回るほどの、誰もが恐れるミュウの指導者。
降伏を告げた人類軍の救命艇さえ、容赦なく爆破してゆく男。
いくら「キース」でも、それは「やらない」し、「やってはいない」。
(……ミュウが相手なら、そうするのだがな……)
同じ人類が相手だった時は、降伏したなら、その命までは奪っていない。
「冷徹無比な破壊兵器」でも、「守らなければならないこと」は存在する。
軍規だの、他にも色々と。
降伏した者まで殺していたなら、今、この地位に立ってはいない。
けれど、相手がミュウであったら、話は違う。
彼らは「処分すべき存在」、あのコルディッツに集めた輩を人質に使っているように。
ミュウの艦隊が強引に進んで来るというなら、ジュピターに落として命を奪う。
その作戦でゆくのだけれども、問題は「ジョミー・マーキス・シン」。
彼が本当に「血も涙もない」指導者として立っているなら、人質などは…。
(…きっと、意味さえ無いのだろうな…)
ソル太陽系を、地球を目指すためなら、同胞の命も無視してかかる。
モビー・ディックを地球へ向かわせるために。
「コルディッツを落下させる」と脅しをかけても、聞く耳さえも持たないままで。
ただ真っすぐに「地球を目指して」、ミュウの艦隊は進んで来るだけ。
彼らの目の前で、コルディッツがジュピターに落下しようと。
収容されたミュウの命が、其処で潰えてゆこうとも。
(…さて、どう出る…?)
分からないが…、と「まるで読めない」ジョミーの動き。
「甘かった」頃のジョミーだったら、これで「効果がある」のだろうに。
人質を前にして慌てふためき、ミュウの進軍は止まるだろうに。
そうならないかもしれない「今」。
ソルジャー・シンは進軍を続け、コルディッツは「無駄になる」ことも起こり得る。
ただジュピターに落下するだけで、収容者たちが「死んでゆく」だけで。
あそこに送られたジャンや、マードック大佐の部下たちの命が奪われるだけで。
(…そうなれば、ジャンは無駄死にか…)
ミュウ因子さえ持っていなければ、今も活躍していたろうに。
これから先のミュウとの戦い、其処でも大いに役立ったろうに。
それを思うと「惜しい」し、「無駄死に」だとさえ考えてしまう。
ジャンが「ミュウ因子の保持者」だったからには、「ミュウと同じ」なのに。
戦い、倒すべき「敵」だというのに、彼を「無駄死に」だと思うなどとは…。
(……私も甘くなったものだな……)
かつてのジョミーを笑えはしない、と冷めたコーヒーのカップを傾ける。
「ミュウ因子の保持者だった部下」の命を惜しむとは…、と。
コクリと飲んだコーヒーの味で、ハッタと思い出したこと。
このコーヒーを淹れた「マツカ」はどうだったのか。
ジルベスター以来の側近のマツカ、彼こそ生粋のミュウだと言える。
ミュウ因子の保持者などとは違って、とうに覚醒しているミュウ。
それを承知で側近に据えて、ミュウ因子の有無を調べる検査を実施した時も…。
(…マツカに受けさせれば、確実にミュウだと分かるのだから…)
検査の前に「必要ない」と外しておいた。
「キース」自身が受けていないように、「検査を受けなかった者たち」はいる。
主に上級士官だけれども、下士官たちでも、検査実施時に特段の事情があった者たち。
任務に忙殺されていた者や、他にも様々な理由などで。
マツカの場合も、それに含まれる。
(…国家主席の身の回りの世話で忙しい、と…)
理由をつけて、リストの中から外させた。
そうして「マツカ」は、今も「此処にいる」。
コルディッツには行かずに、旗艦ゼウスに国家主席の側近として。
誰よりも「キース」の側近く仕え、誰にも「ミュウなのでは」などと疑われはせずに。
(……そのマツカをだ……)
いつか「戦いが終わった時」には、どうするのか。
ミュウとの戦いに有利だからと、「生かしている」筈の「ミュウのマツカ」を。
人類がミュウに勝利したなら、ミュウは悉く滅ぼされるけれど…。
(…マツカを処分するというのは…)
出来はしまいな、という気がする。
「ミュウだ」と誰にも気付かれなければ、処分の必要は「ない」のだから。
今と同じに側近のままで、マツカを「生かしておく」ことが出来る。
その選択をするのだろうと、自分でもとうに分かっている。
(……ジャンは無駄死にになる、と思ってみたり……)
マツカを「処分しないで」生かしておこうと考えていたり、「自分」は何処まで甘いのか。
きっと今なら、「ジョミー」の方が「冷たい」のだろう。
コルディッツをさえ見捨てかねない、冷徹なミュウの指導者の方が。
(…あいつよりも、私が甘いとはな…)
いつの間に逆転したのやら…、と思いはしても、この生き方で後悔は無い。
「マツカまで殺す」ようになったら、きっと「キース」は終わりだから。
指導者としては「それで良くても」、「人として」は、きっと「おしまい」だから…。
甘くなった自分・了
※アニテラのキースは、ミュウとの戦いに勝利した後は、マツカも処分だと言いましたけど。
どう見てみたって「口だけ」なわけで、こういう話になったオチ。人間味があるキース。