(うーん…)
困った、とトォニィは頭を抱えていた。
シャングリラの中のソルジャーの部屋で、ベッドの端に腰掛けて。
ソルジャーを継いで、もうどのくらい経ったろう。大好きだったグランパ、ジョミーの頼みで。
(グランパ、ぼくはどうすれば…)
分からないよ、と頭の補聴器に訊いてみたって、返って来るのは沈黙ばかり。記憶装置を兼ねた補聴器、その中には今や二人分の知識が詰まっているのに。
ミュウの初代のソルジャーだった、三世紀以上も生きたソルジャー・ブルー。
その後を継いで地球を目指して、グランド・マザーを倒したジョミー・マーキス・シン。
(…グランパ、ブルー…)
どっちでもいいから、ぼくに答えを、と何度尋ねても、答えは「だんまり」。
そうなるのも仕方ないけれど。…いくら豊富な知識があっても、知らないことは答えられない。持っていない知識は使いようがないし、答えられないことだってある。
(…グランパも、ブルーも、思いっ切り…)
ストイックに生きた人だったから、と零れる溜息。
「伝説のタイプ・ブルー・オリジン」と異名を取ったらしいブルー、そちらは三世紀以上もの歳月を生きた偉大なソルジャー。けれど、生涯、独身だった。
(浮いた噂の一つも無くて…)
フィシスが恋人だったというのも、ただの「噂」に過ぎないらしい。
幼いフィシスをシャングリラに連れて来て直ぐの頃には、「ロリコンだった」と船に流れた噂。誰もが納得しかかったのに、グラマラスな美女に育ったのがフィシス。
(それでロリコン説は崩れて…)
グラマラスな美女が好みなのだ、と新たな噂が広まったけれど、それでおしまい。
周りの者たちがせっせとお膳立てしても、ブルーは結婚しなかったから。「ぼくの女神」などと呼んではいたって、フィシスを生涯の伴侶に選びはしなかった。
(過保護な保護者で、フィシスの養父母みたいなもので…)
父親役と母親役を兼ねていたようだ、というのが定説。記憶装置の記憶を探っても、そう。
ソルジャー・シンの方はと言えば、これまた生涯、独り身な人。
ブルーよりかは遥かに短い人生だけれど、アタックした女性はちゃんといた。今もこの船で幅を利かせているニナ、彼女がかました凄いモーション。
(ジョミーの子供が欲しいなぁ、って…)
あまりに直接的な表現、お蔭でそれは「伝説」になった。今なお語り継がれるほどに。
そこまでハッキリ言われたならば、多分、普通は…。
(据え膳食わぬは男の恥、って言うヤツで…)
ニナとは結婚しないにしたって、「彼女」にするのはアリだと思う。
「ソルジャーは独身であるべきだ」という不文律があっても、正妻でなければオールオッケー。
(お妾さんとか、側室だとか…)
こう色々と言い方が…、と無駄に語彙だけあるトォニィ。
それもそうだろう、彼の頭を悩ませ続けている問題。記憶装置に訊くだけ無駄な話の中身は、実はそっちの関係だった。
ミュウと人類が和解してから、すっかり平和になった宇宙。
SD体制の影も形も無くなった今は、人類の世界にも自然出産が広まりつつあって…。
(…いずれはミュウの時代になるから、って…)
人類側を代表しているスタージョン大尉、今は上級大佐だったか。
彼から直々に打診があった。
「ソルジャー・トォニィに、相応しい女性がいるのだが」と。
そろそろお年頃でもあるから、と持ち掛けられたのが「縁談」なるもの。
お相手の名前は、レティシアという。…人類の世界で育ったミュウで、育ての親が、あろうことかグランパと同じ養父母なオチ。
(…レティシア・シン…)
「彼女ならば似合いだと思う」と、スタージョン上級大佐はマジだった。
今の所は「ソルジャー・トォニィ」、そう呼ばれている状態だけれど。特に不自由はないのだけれども、「レティシア・シン」を娶ったら…。
(ソルジャー・シン二世…)
そう名乗れるから素晴らしい、という強烈なプッシュ。
初代のブルーと、SD体制を倒したジョミー。その二人に比べれば、影が薄いのが三代目。
けれども、次の時代を担うのは自分なのだし、「ソルジャー・シン」の名前にあやかるべき。
スタージョン上級大佐イチオシの女性のレティシア、彼女を妻に据えたなら…。
(…ソルジャー・シン二世で…)
申し分ないソルジャーということになるらしい。何処に出しても、それは立派な。
(正妻として迎えなくても…)
レティシアが子供を産んでくれたら、その子が次のソルジャーになる。
その子は「ソルジャー・シン」と縁のある子で、ソルジャー・トォニィの血も引く生まれの子。
(…ミュウの世界のサラブレッドで、もう最高のソルジャーで…)
きっとサイオンも半端ない子になるだろうから、「レティシアを妻に」と、推しまくるのがスタージョン上級大佐。
かてて加えて、かつてのジョミーの養父母も乗り気。
「ジョミーをグランパと呼んでくれたのだったら、私たちとも、是非、縁続きに」と。
もちろんレティシアに「否」などは無くて、もうシャングリラに来る気満々。
(なまじっか、ぼくがイケメンだから…)
罪な顔だ、と自分の顔を撫で回す。「パパも、けっこうイケメンだったし」と。
自分で言うのもアレだけれども、今の自分の人気は高い。行く先々で若い女性がキャーキャー騒ぐし、年配の人類の女性たちだって、ファンクラブを結成しているくらい。
(…レティシアは最初から、シャングリラって船に興味津々な子で…)
ミュウと発覚するより前から、ミュウの世界に肩入れしていた早熟な子供。
それが育って妙齢になれば、ますます強くなる憧れ。「私もシャングリラに乗りたい!」と。
其処へイケメンなソルジャー・トォニィ、「お近づきに」と考えるのも自然なこと。
(…その辺の所を、セルジュの野郎が…)
焚き付けたのに違いない、と歯噛みしたって、どうにもならないのが現状。
もはや人類も、ミュウの方でも、「お輿入れ」を待っている所。
偉大なソルジャー・シンに縁のレティシア、彼女がソルジャー・トォニィと結ばれる日を。
正妻だろうが側室だろうが、二号さんだろうが、お妾だろうが。
なんとも困った、この状態。
どうすれば角を立てることなく、この縁談を断れるのか。
「側室でもいい」などと言われたからには、スタージョン上級大佐や、ジョミーの養父母だった二人は、何が何でも押し切るつもり。…輿入れしてくるレティシアだって。
(そんなこと、ぼくに言われても…)
ぼくにはアルテラという人が、と眺める窓辺。
其処に今でも置いてあるボトル、「あなたの笑顔が好き」と書かれた、アルテラの文字。
(…あの頃は、ぼくも子供だったし…)
まるで分かっていなかった。
アルテラの気持ちも、自分がアルテラに抱く気持ちが何なのかも。
けれどアルテラを亡くして分かった。「あれが自分の初恋だった」と、「アルテラよりも素敵な女性は何処にもいない」と。
だから貫きたい独身。
ソルジャー・ブルーがそうだったように、グランパもまた、そうだったように。
(でも、ソルジャーは独身でないといけない、っていう決まりなんかは…)
何処にも無いから、平和な今ではミュウが、人類が期待している。
「是非、素晴らしいお世継ぎを」と、「最初の自然出産の子供の血筋を残して欲しい」と。
其処へレティシアの名前が出たから、もうワイワイと騒がしい世間。
「ソルジャー・トォニィもお年頃だし、とにかくお迎えになられては」と。
正妻でなくても、側室という形からでも、お妾さんでも、二号さんでも、くっつけようと。
「お世継ぎ」が生まれてくれれば万々歳だし、それから正妻に据えたって、と。
(…なんだか厄介な相談事まで…)
していることを知っている。
「ソルジャーの奥方は何と呼ぶべきか」と、ミュウが、それから人類が。
(ソルジャー・レディとか、レディ・ソルジャーとか…)
候補の名前がガンガン挙がって、大盛り上がりなミュウと人類。それも平和の証拠だけれども、頭が痛いこの現実。
結婚したいと思いはしないし、アルテラ一筋、独り身でいたいと思うのに…。
(グランパ、それにソルジャー・ブルー…)
ぼくはいったいどうすれば、と涙がポロポロ、なんと言っても、まだ子供。
大きいようでも十代なのだし、周りがどんなに先走ろうとも、縁談が進められようとも…。
(…ぼくはアルテラ一筋で…)
一生、独身でいたいんだけど、と思った所へ聞こえた声。…あるいは思念。
「自分の名誉を捨てられるか?」と、グランパの声で。
「白い目で見られても生きて行けるか?」と、ブルーの声で。
(…グランパ? ブルー?)
何かいい手があるっていうわけ、と顔を上げたら、二人の記憶が答えをくれた。
「どうなってもいいなら、これで行け」と。
その手を使えば縁談は消えて、晴れて生涯、独身だろうと。
(ありがとう、グランパ! ソルジャー・ブルー…!)
トォニィはガッツポーズで部屋を飛び出して行って、そして縁談は立ち消えになった。
「ソルジャー・トォニィは、実は恥ずかしい病らしい」と噂が立って。
「大きな声ではとても言えないが、あちらの方面は役立たずだという話だぞ」などと。
男としては、非常に恥ずかしい話だけれども、トォニィは気にしなかった。
「これでアルテラ一筋だ」と。
「ぼくは一生、後悔しない」と、「役立たずな男で何が悪い」と。
ある意味、男らしいのだけれど、誤解されたままで、歴史は残った。
ソルジャー・トォニィは、お子がお出来にならなかったと、「実はEDだったそうだ」と…。
その後の事情・了
※いったい何処から降って来たのか、自分でも真面目に分からないネタ。しかもレティシア。
独身を貫くトォニィは健気なんですけどねえ、実際はどうだったんでしょう。はて…?