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カテゴリー「突発ネタ」の記事一覧

「まったく、もう…。ジョミーは、どうなっているのです!」
 私には信じられません、とエラが吊り上げた眉。長老たちが集った部屋で。
 先日、ソルジャー・ブルーが船に迎えさせた、ジョミー・マーキス・シン。彼の行動が、彼らを激しく困らせていた。「ミュウの自覚が、まるで無い」せいで。
「今日で何日になるんじゃ、ハーレイ?」
 ゼルの問いに、キャプテンが即答した。「五日目だ」と。
「私にも、信じられないことではあるが…。事態は解決しそうにもない」
「あたしだって、信じられないよ。五日だよ、五日!」
 明日も駄目なら、一週間目が目の前じゃないか、とブラウも愚痴った。ジョミーの「酷さ」を。
「彼には自覚が無いようだ。…いくら教えても、聞く耳を全く持たないからね」
 お手上げだよ、とヒルマンも嘆く。「あんなケースは初めてだ」などと。
「ミュウの自覚も問題ですが…。それよりも、ジョミーの衛生観念の低さが最悪です!」
 五日も風呂に入らないなど、とエラは今にもキレそうだった。
 そう、問題は「風呂」というヤツ。
 ジョミーがシャングリラに迎えられてから、そろそろ一週間になろうとしている。それなのに、彼が拒み続けているのが「入浴」。それも五日も。
「…最初の日は、入ったんじゃがのう…」
「埃まみれで船に来ておいて、入らない方がどうかしています!」
 けれど、それきりではありませんか、と潔癖症のエラ女史は怒り続けていた。何故と言ったら、ミュウは「風呂好き」な種族だったから。
 彼らが暮らす、白い鯨のような船。シャングリラには自慢の風呂があるのに、ジョミーは決して入ろうとしない。
 世話係のリオが、どんなに誘っても。あの手この手で勧めてみても。
 とうとう五日も「入らない」わけで、長老たちだって困りもする。風呂嫌いのミュウなど、話にならない。次のソルジャーになるべきジョミーが、風呂嫌いだなんて。


 長老たちが悩んでいる頃、ジョミーはジョミーで悩んでいた。居住区の中の、自分の部屋で。
(…風呂に入れって言われても…)
 あんなの、風呂と言わないから! と叫びたい気分。
 このシャングリラに連れて来られて、直後にリオに誘われた。「お風呂に行きませんか?」と、声ではなくて思念波で。
 ドリームワールドからの逃走劇で、埃まみれになった後だけに、嬉しい誘いではあった。ただ、その時に、今から思えば…。
(変だと気付くべきだったよね?)
 「お風呂に行きませんか」とは、普通、誘わない。其処は「お風呂に入りませんか?」で、案内する先は、こういった部屋。
 専用の個室を貰うにしたって、ゲストルームを使うにしたって、其処には風呂がデフォ装備。
(自分で勝手に入れば良くって…)
 それでオッケー。
 アタラクシアの家にあったバスルームと、シャングリラの風呂が、仕様が違っているにせよ…。
(使い方さえ教えてくれれば…)
 充分なのだし、一人で入れる。幼稚園児とは違うのだから。
 ところがどっこい、シャングリラの「風呂」は半端なかった。リオと一緒に出掛けてみたら。
(有り得ないよね…)
 あれって何さ、と思い出すだけで頭が痛い。
 「こちらですよ」とリオが連れて行ってくれた先には、それは立派な「浴場」があった。並んで二つの入口があって、片方に「男湯」と染め抜いた「暖簾」。もう片方には「女湯」の文字。
 もうそれだけでカルチャーショックで、「男湯って…?」と頭は「?」マークで一杯。
 そしたら、中から先客が二人、喋りながら出て来たのだけれど…。
(首からタオルで、手に洗面器で…)
 洗面器の中には、ボディーソープのボトルなんかが入っていた。彼らはリオの姿に気付くなり、「よっ!」と空いている方の手を上げて…。
(いい湯だったぞ、って…)
 その声に『ぼくたちは、これからですよ』と応じたリオ。あそこで、もっと考えていれば…。


 マシだったよね、とジョミーは悔やむ。「男湯」の暖簾と、洗面器に入ったボディーソープ。
 あの時点で既に立っていたフラグ、「この先の風呂は、異世界だ」と。
 けれど、気付きはしなかったジョミー。「男湯って?」と首を傾げた程度で、そのまま足を踏み入れた。リオと並んで暖簾をくぐって、「男湯」へ。
(暖簾をくぐって、靴を脱いだら…)
 リオがカラリと扉を開けて、其処に広がっていた「とんでもない」光景。
 壁際にズラリと設けられた棚、突っ込まれている脱衣籠。きちんと畳んだ服が入っている籠や、適当に放り込んであるっぽい籠や。
 脱衣籠の方はまだいいけれども、籠の持ち主たちが「とんでもなかった」。
 パンツも履かずにマッパで談笑、扇風機とかいうヤツから送られる風の前に、仁王立ちの輩も。
 あっちで、こっちで「脱いでる」ヤツやら、パンツを履こうとしてるヤツやら…。
(どうして、他人が見ている所で脱げるんだよ!)
 デリカシーの欠片も無いじゃないか、と喚きたいけれど、自分もそれに巻き込まれた。脱衣籠をリオが「どうぞ」と差し出し、「脱いだ服はこれに入れるんですよ」と言い出したから。
(ぼくがドン引きしてるのに…)
 リオはサクサク脱いでしまって、思念波で「ジョミー?」と訊いて来た。「分からないのなら、何でも訊いて下さいね」だとか、「お手伝いした方がいいですか?」とか。
(手伝って、脱がせて欲しくないから…!)
 そんなのは御免蒙りたいから、諦めて服を脱ぐことにした。リオは温厚な笑顔で見守り、一応、腰にはタオルを巻いて…。
(パンツ代わりにしてるみたいだから、それでいいかな、って…)
 そう考えたわけで、パンツを脱ぐ前に腰にタオルを巻き付けた。リオに渡された脱衣籠の中に、タオルも入っていたものだから。
(パンツの下さえ見えないんなら…)
 大丈夫だ、と思った「風呂」。
 マッパな連中たちの場合は、デリカシーに欠けているだけだろう。リオのように「腰タオル」も出来るというのに、それをしていないというだけのこと。
 「このジョミー様は、そうじゃないから!」と、「風呂」の世界へ赴いた。リオと一緒に。


 リオがガラリと開けたガラス戸。途端にモワッと熱い湯気が来て、一瞬、息が止まったほど。
 「凄い湯気だ…」と驚いたけれど、「風呂」の方は腰が抜けそうなブツ。
(みんなマッパで、身体をゴシゴシ洗ってて…)
 もはや腰タオルは意味のない世界、リオも腰タオルを外してしまって…。
(これを使って下さいね、って…)
 取って来てくれたのが、専用の桶。「マイ洗面器」を持っていない人が使うらしい。もちろん、ボディーソープなんかも置かれている。
(特にこだわりが無いんだったら、備え付けのヤツで…)
 身体を洗って、それから湯船にゆったりと浸かる。タオルは頭に乗せたっていいし、桶に入れて湯船の外に置くのもアリ。
(タオルをお湯に浸けてしまうのは、マナー違反で…)
 腰タオルで湯船に浸かれはしない。家のバスルームなら、それでも少しも困らないけれど…。
(みんながガン見している所で…)
 マッパで風呂など、あんまりな話。
 それなのに、リオは「ジョミー、背中を流しましょう」などと、意味が不明な台詞を吐いた。
(…何のことだか、分からなかったし…)
 とにかく「うん」と頷いたのが、運の尽き。
 リオは「任せて下さい!」と人のいい笑顔で、目の粗い布を取って来るなり、ボディーソープを泡立て始めた。その布をゴシゴシやりながら。
 それが済んだら、いきなりザッパと背中から湯を浴びせ掛けられ、泡だらけの布で…。
(ぼくの背中を、思いっ切り…)
 洗い始めたから、目が点になった。「なんだよ、これ!」と。
 けれども、リオにガシガシ洗われながらも、「風呂」という所を見ていたら…。
(…洗われてる人、何人も…)
 いたんだよね、と零れる溜息。
 その上、背中を綺麗に洗い上げたリオは、「ぼくの役目になるんでしょうね」と微笑んだ。
 「偉い人には、背中を流す係がつくんですよ」と、「ジョミーは次のソルジャーですから」と。


 「ジョミーの背中を流す係」になるらしい、リオ。
 彼は「デカイ湯船」に浸かる間に、にこやかに色々教えてくれた。シャングリラの自慢の、この大浴場。それがどうして出来上がったか、どういう意味があるのかを。
(ずっと昔の、ローマ帝国では、お風呂が大事で…)
 一種の社交場でもあった浴場。
 けれど、その文化は後に廃れて、「大勢で入る」大きな風呂は無くなった。それから時は流れに流れて、日本という国に、似たような入浴習慣が出来て…。
(ローマ風のお風呂は、ちょっと贅沢すぎるから…)
 キモチ控えめに、日本風の「大浴場」がシャングリラの中に造られた。
 「ミュウは、人類より文化的だ」と、優れている面を大々的に打ち出すために。ついでに、裸の付き合いなるもの、そちらも大切。
(ミュウは思念波を使うから…)
 そっちの方が話が早い、と「使う機会が減りがち」な「言葉」。それを大いに活用できるよう、風呂に入って賑やかに…。
(喋りまくって、距離を縮めて…)
 親しくなるのが、ミュウたちの流儀。
 目上の人が入っていたなら、「お背中を流す係」がセットで入っていても…。
(お背中、お流ししましょうか、って…)
 声を掛けるのは「失礼」ではない。むしろ歓迎、「お願い」されたら大いに名誉。親しくなれるチャンス到来、雲の上の人と噂の長のソルジャー・ブルーでも…。
(お風呂に入っている時だったら、もういくらでも…)
 背中を流しながら「話し放題」、時には酒宴もあるらしい。
(湯船に、専用のトレイを浮かべて…)
 リオは「お盆」と言っただろうか、そういったものを浮かべてやる。それに乗っけた、酒を飲むための道具一式、そいつで酒宴。「湯船酒」とか言うらしい。
 マッパで湯船に浸かったままで、「まあ、一杯」と差しつ差されつ、のんびり、ゆったり。
(じきにジョミーも誘われますよ、って言われても…!)
 嫌すぎるのが「マッパの世界」で、ミュウたちの風呂。シャングリラ自慢の大浴場。


(もう絶対に、入るもんか…!)
 入らなくても死にはしないし、とジョミーが続けた「風呂ストライキ」。
 悲しいかな、ジョミーは「気付いていなかった」。
 大浴場に何度も通っていたなら、個室仕様のシャワーブースを見付けることも出来たのに。
 酷く身体が汚れた時には、「いきなり風呂場に入ってゆく」のは、マナーに反する。個室仕様のシャワーブースで汚れを落として、「風呂はそれから」。
 けれどジョミーは、大浴場に行きもしないわけだし、シャワーブースのことも知らない。
「…もう十日目になりますよ、キャプテン!」
 ジョミーを何とかして下さい、とエラがブチ切れ、ゼルたちも非難轟々の中、事件は起こった。
 「ぼくを、アタラクシアへ、家へ帰せ!」と、去って行ったジョミー。
 帰った家に両親の姿は無かったけれども、バスルームは健在。
 「サッパリした…!」とジョミーが入った十日ぶりの風呂、それが「風呂との別れ」になった。
 翌日、保安部隊に捕まり、ユニバーサルに連行されて、大爆発したジョミーのサイオン。
 彼を助けに飛び出して行ったソルジャー・ブルーと、船に戻らざるを得なかったから…。
(……ソルジャー・ブルー……。今はあなたを信じます……)
 シャワーブースから始めてみます、とジョミーが馴染む決意をした「風呂」。
 シャングリラの自慢の「大浴場」は、ミュウの文化の象徴だから。
 人類よりも進んでいるのがミュウの文化で、いずれはジョミーが継ぐべきソルジャー。
 「お背中を流す係」がつくのはガチで、係の他にも、きっと何人もがやって来る。
 「ソルジャー、お背中をお流しします」と、裸の付き合いを目的に。
 だから慣れなきゃ、とジョミーが手にする洗面器。「まずは、これから」と。
 マイ洗面器を持ってシャワーブースで、其処から始める「風呂」ライフ。いつかは、あのデカイ湯船に専用のお盆とやらを浮かべて…。
(差しつ差されつで、ゼルたちと宴会…)
 そういう日だってやって来るから、努力あるのみ。
 「男湯」にも、マッパの世界などにも、慣れてゆかねば後が無い。
 此処は、そういう船だから。人類とミュウは違う種族で、文化的に「風呂を楽しむ」大浴場が、シャングリラの自慢なのだから…。

 

          ミュウたちの風呂・了


※いや、大浴場があったら、ジョミーはショックを受けるだろうな、と思ったわけで。
 トォニィがシャワーを浴びていたんで、外せないのがシャワーブースの存在。なにか…?








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「アニアン大佐、おはようございます」
 朝のコーヒーをお持ちしました、とキースの部屋に入ったマツカ。…首都惑星、ノアで。
 とうに起きていたキースの机にカップを置くと、壁の方をチラと横目で眺めて…。
(…今日もやっぱり…)
 此処にいるんだ、と目だけで「そちらに」挨拶をした。「おはようございます」と。
 応えてニコリと微笑む少年。声は聞こえて来ないけれども、「おはようございます」と、きっと言いたいのだろう。そういう顔をしているから。
(…うーん……)
 誰なんだろう、とマツカには今も分からない。この少年が誰なのか。
 黒い髪に紫の瞳の少年。気が強そうにも見えるかと思えば、幼い子供のようにも見える。
(第一、此処に子供なんかは…)
 けして入っては来られない。国家騎士団が入る建物、一般人は立ち入り禁止だから。
 けれど「少年」は「此処に」いるわけで、コソコソ隠れてもいない。キースが何処かへ移動する時は、この少年も「ついて来る」。デスクワークだろうが、任務だろうが。
(…おまけに、誰にも見えていなくて…)
 誰一人として気が付かないし…、と尽きない疑問。この少年の正体は、と。
「…マツカ?」
 まだ何か他に用があるのか、というキースの声に、マツカは慌てて敬礼した。
「い、いえ…! 失礼しました!」
「用がある時は、こちらから呼ぶ。…下がっていい」
 今日も朝から忙しいのでな、とキースに叩き出された部屋。
 去り際に後ろを振り向いてみたら、少年は「ご愁傷様」というような表情だった。肩を竦めて、軽く両手を広げたりして。


 そんな具合に、「キースの部屋に残った」少年。
 側近のマツカが叩き出されても、キースに放り出されはしないで。
(…きっと、今頃は…)
 仕事中のキースを横から覗き込んでいるか、床に座って本でも読んでいるのだろう。今日までに何度も目にした光景。
(興味津々といった感じで…)
 キースの手元を見詰める姿や、本を広げて「自分の世界に」夢中の姿。
 あの少年は、キースにも「見えていない」のだと思う。見えていたなら、自分と同じにキースに放り出されるから。「出て行け!」と書類でも投げ付けられて。あるいは銃を向けられて。
(でも、書類とか…)
 それに銃とかが効くんだろうか、とマツカは首を傾げる。なにしろ「見えない」少年だから。
 誰に訊いても、キースの側には「マツカしかいない」。いつ訊いてみても。
(…誰かいます、と言った途端に…)
 「侵入者か!」と何度も騒ぎになった。少年の姿は見事にスルーで、他の所を捜し回って。
 キースの副官のセルジュもそうなら、パスカルも、他の部下たちも。
 そうやって捜し回ってみたって、「誰も見付からない」ことが重なり、「このヘタレ野郎!」とセルジュに怒鳴られた。
(…ぼくが、ビクビクしているから…)
 いもしない「敵」が「いるように思えて」しまうのだ、と食らった説教。「しっかりしろ!」と叱り飛ばされ、「軍人らしく、もっと度胸を持たないか!」などと。
(……そう言われても……)
 あの少年は、確かに「いる」。
 今日も向けられた、明るい笑顔。「おはようございます」と親しみをこめて。
 部屋から叩き出された時には、同情してくれていた少年。「仕方ないですよ」という風な顔で、けれど「マツカに」向けていたポーズ。「お手上げですよね」と。
(…キースのことを、よく知っていて…)
 なおかつ、平気で側にいられる少年。
 いくら「見えない」少年とはいえ、普通は「キースの」側なんかには、誰も近付いたりしない。冷徹無比な破壊兵器と異名を取るほど、皆に恐れられているのだから。


 けれど、少年は「キースを」怖がらない。
 その仕事ぶりを眺めていたり、「ぼくには関係ない」とばかりに、寛いで本を読んでいたりと。
(……キースという人を、よく知っているから……)
 ああいう風に、キースの側にいられるのだろう。他所へは行かずに、朝も早くから。
 夜にマツカが下がる時にも、少年の姿は「其処にある」。キースの代わりに「お疲れ様」という笑みを湛えて、見送ってくれて。
(…生きた人間ではない…筈なんだし…)
 あの少年が生きているなら、他の者にも見えるだろう。ならば、少年はとっくの昔に…。
(……死んでいる…わけで……)
 マツカが見ているものは「幽霊」。
 SD体制の時代になっても、幽霊という概念くらいはある。「出た」と噂になることも。
(…幽霊というのは…)
 この際だから、とマツカは調べてみることにした。今日のキースは、デスクワークの予定だけ。急に呼ばれはしないだろうから、調べ物には丁度いい。
(…えーっと…?)
 端末の前に座って、データベースから引き出した情報。「幽霊」について。
 一口に「幽霊」と言ってみたって、色々な種類があるらしい。それに「姿を現す」理由の方も。
(この世に未練が残ってしまって、死んだ場所から動けないのが…)
 地縛霊というブツ。あの少年は「自由に動ける」のだから、地縛霊ではないだろう。その反対の「浮遊霊」の方で、何処にでもフラリと現れるヤツ。
(…こっちらしいけど…)
 そう思いながら「姿を現す理由」を読んで、マツカの顔が青ざめた。
(……誰かを恨んでいた時は……)
 幽霊は、その人間に「取り憑く」もの。何処へ行こうと、何処へ逃げようと、逃がしはしない。追って追い続けて、いつか恨みを晴らすまで…。
(子々孫々まで祟り続けて、一族郎党、皆殺しだとか…)
 そんな例まであったという。
 SD体制の今は、血の繋がった親子などはいないし、其処まで祟りはしないとしても…。


(……あの少年は、まさかキースを……)
 取り殺そうとしているのだろうか、とゾクリと冷えたマツカの背筋。
 恨む相手は「キース」だけだし、無関係な「マツカ」の方には、とても愛想がいいだけで…。
(…ぼくがいない時は、キースを取り殺す機会を狙って…)
 鬼のような形相なのかもしれない。それは冷たい表情になって、紫の瞳を凍らせて。
 ただ、幽霊は「強いエネルギーを持った人間」には「弱い」という。生きた人間の方が、死んだ人間よりも「エネルギー」を多めに持っているもの。
(だから、意志の強い人間だったら…)
 幽霊などに負けはしなくて、逆に跳ね返してしまうほど。…キースも、そっちのタイプの筈。
 それなら「安心」なのだろうか、とホッと息をつき、其処で気付いた。
 あの少年がキースに「憑いて」いるのなら、何故「キース」なのか。「冷徹無比な破壊兵器」の異名を取るのがキースだけれども、それはあくまで「軍人として」。
(反乱の鎮圧とか、そういった任務で人を殺しても…)
 子供まで殺しはしないだろう。…ジルベスター・セブンにいた「ミュウ」の場合は、女子供でも殺したのかもしれないけれど。
(……ミュウなのかな……?)
 ジルベスターで殺された恨みを晴らしに来たのだろうか、と考えてみれば辻褄が合う。ミュウの少年なら、「同じミュウ」のマツカに愛想がいいのも当たり前。「お仲間」なのだし、挨拶だってしてくれる筈。「おはようございます」と笑んで。
(…でも…)
 そっちだと時期が合わないな、とマツカは首を捻った。
 ジルベスターから戻って来た時、あの少年は「いなかった」。船の中でも見てはいないし、このノアに帰還した後も「一度も出会ってはいない」。
 初めて姿を見掛けたのは…、と記憶を手繰らなくても分かる。「あの時だ」と。
 キースが「レクイエムを捧げに行く」と言って出掛けた、廃校のE-1077を処分した時。
 あそこから帰って来る船の中で、キースの後ろを歩くのを見た。子供のような人影が。
(…船に子供はいなかったから…)
 気のせいなのだと考えたけれど、それから間もなく「あの少年」が住み付いた。首都惑星ノアの「キースの」部屋に、キースが出掛けてゆく先々に。


 そういうことなら、あの少年は「E-1077から」来たのだろう。
 E-1077はキースが処分したから、地縛霊が行き場を失ったろうか…?
(地縛霊は、誰かが浄化するまで…)
 その場所を離れられないという。あの少年が「E-1077の地縛霊」なら、E-1077さえ消えてしまえば、もう「其処にいる」理由は無くなる。つまりは自由。
(…キースが、彼を自由にしたから…)
 恩を感じて、キースに「ついて来た」かもしれない。何か恩返しでもしたくなって。
 それなら、あの少年がキースを恐れないのも…。
(ぼくと同じで、キースの人柄を知っているからで…)
 幽霊だけに「命の恩人」とは言えないけれども、似たようなもの。
 キースに「自由を貰った」わけだし、「悪い人ではない」のだと分かる。それでキースの人柄に惚れて、ああやって「側にいる」のだろう。いつか「恩返し」をするために。
(E-1077…)
 何かデータは…、と探してみたら、其処の制服の資料が出て来た。候補生たちが纏う制服。
(…あの子の服だ…)
 入学したばかりの候補生の服。それが「あの少年」がいつも着ている服だった。
 やはりE-1077から来た地縛霊だ、とマツカは納得したのだけれど。


「え…?」
 今、なんて…、とマツカは目を丸くした。それから数日経った後に。
 たまたま食堂で出会った、セルジュとパスカル。「一緒に食おう」と手招きされて、二人がいるテーブルに着く羽目になった。…あまり有難くはないのだけれど。
 何故かと言ったら、大抵は「ヘタレ野郎」なマツカへの説教、それが話題になるものだから。
 それは嫌だし、と思ったはずみに思い出したのが「あの少年」。E-1077から来た地縛霊。
 キースはE-1077の出身だから、そっちに話を振ることにした。
 「よく知らないので教えて下さい」と、E-1077時代のキースの逸話を知りたい、と。
 もちろん、セルジュやパスカルたちに「否」などは無い。彼らはキースを尊敬しているだけに、話したいことなら「山のように」ある。
 「機械の申し子」と呼ばれたくらいの成績だとか、入学直後の宇宙船の事故とか、次から次へと聞かせてくれて、締めが「卒業間際の」事件。
「Mのキャリアがいたと言ったろ。…そいつを処分したんだよ」
「卒業間際だった、大佐が一人で追い掛けてな。保安部隊の奴らも倒れていたそうだから」
 逃亡したMのキャリアの船を撃墜したのだ、とセルジュとパスカルは「キース」の武勲を称えているけれど…。
「そのキャリアというのは、どんな人だったんです…?」
「国家機密だぞ。Mのキャリアとしか分からん」
 名前も年も全く知らない、と二人は口を揃えた。分かっているのは「キースの手柄」だけだと。
(…それじゃ、あの子は…)
 その「Mのキャリア」だったのでは…、とマツカが「怖い考え」に陥ったのは言うまでもない。
 やはり「キースのことを」恨んで、E-1077から「憑いて来た」のかと。
「おい、どうした?」
 また気分でも悪いのか、とセルジュとパスカルにどやしつけられ、話はおしまい。
 マツカは一人、キースの所へ「ご用はありませんか?」と戻って行ったのだけれど、その部屋にいた「あの少年」。いつものように床に座って、本を広げて。
(……キースが処分した、Mの少年……)
 気を付けねば、とマツカは気を引き締めた。ミュウの自分には愛想が良くても、キースには害になるかもしれない。この少年が、「Mのキャリア」で合っていたなら。


 マツカは警戒しまくったけれど、時は流れて、キースが国家騎士団総司令の任に就いた後。
(…あっちに、何が…?)
 例の「誰にも見えない」少年、その子が何度も指差す方向。キースが外に出掛けた時に。
 もしや、とマツカが澄ました「サイオンの耳」と、凝らした「瞳」。
『いけません、キース…!』
 そっちに行っては、とキースを思念で引き止め、「暗殺です」とそのまま続けた。思念の声で。
 キースは頷き、セルジュに命じた。「あの方向を調べて来い!」と。
 たちまち捕まった狙撃手と、解除された時限爆弾と。
 暗殺計画は未遂に終わって、文字通り「命を拾った」キース。手柄はセルジュたちのものでも、陰の功労者はマツカ。…その陰には、例の「見えない少年」。
(…あの子は、キースを恨んでいるんじゃなくて…)
 逆に命を助けたのか、とマツカは驚いたわけで、そうなると、やはり…。
(E-1077にいた、地縛霊なだけで…)
 キースに恩返ししたいんだろうな、と結論付けたマツカ。
 それ以降は「少年」と無敵のタッグで、何度もキースの命を救った。少年が知らせて、マツカがキースやセルジュたちに「変です」と知らせたりして。
 最強のタッグはキースを守り続けたけれども、旗艦ゼウスを襲ったミュウには敵わなかった。
 オレンジ色の髪と瞳のトォニィ、彼はあまりに強すぎたから。
 そうしてマツカは、少年と同じ世界の住人になって…。


「…セキ・レイ・シロエ…?」
 そういう名前だったんですか、と知らされた例の少年の名前。
 ついでに少年は、思った通りに「キースが処分した」Mのキャリアでもあったのだけれど。
「ちょっとした、恩返しなんですよ。…本を返して貰いましたから」
「…本?」
「この本です。ぼくの大切な宝物の本で、失くしてしまって、ずっと悲しくて…」
 それをキース先輩が、ちゃんと返しに来てくれたので…、と少年が手にするピーターパンの本。
 そういえば、いつも読んでいたな、とマツカはようやく合点がいった。
 この少年が読んでいた本は、いつでも同じだったから。いつ見掛けても、ピーターパンで。
「…その本を、キースが…?」
「ええ。E-1077の、ぼくの部屋まで届けに来てくれたんです」
 だから御礼に頑張りました、とシロエは微笑む。「死んでいたって、出来ることを」と。
「そうだったんですか…。ぼくもキースの役に立てるといいんですけど…」
「役に立ったじゃないですか。キース先輩を生き返らせたでしょう?」
 あれだけでも本当に凄いですよ、とシロエが褒める。「ぼくには出来ませんでした」と。
 こうして二人は「死後の世界」で再びタッグを組んだけれども、残念なことに「見える人間」が誰もいなかったせいで、活躍の機会は二度と無かった。
 キースの部下たちは、悉く「霊感ゼロ」だったから。
 後に地球までやって来たミュウも、もれなく「霊感ゼロ」の集団だったから…。

 

           少年は守護霊・了

※いったい何処から降って来たのか、自分でもサッパリ分からないネタ。いや、本当に。
 「マツカで書こう」とも、「シロエで書こう」とも思っていなかった筈なのに…。何故だ。








拍手[2回]

(真面目に色々、限界だってば…)
 もう疲れたよ、とジョミーはベッドに倒れ込んだ。
 ソルジャー候補として、日々、追い回される猛特訓。サイオンも座学も、容赦しないで。
 半殺しと言ってもいいほどの毎日、部屋に戻れるのも夜遅い時間。シャワーを浴びたら、もはや気力は残っていない。体力だって。
(明日の朝には、死んでいるかも…)
 本気で死にそう、と手放した意識。パジャマを着込んで、ベッドに潜った所あたりで。
 後はグーグー、夢も見ないで深く眠って、目を覚ましたら次の日の朝で…。
(……まだ生きてる……)
 おまけに回復しちゃってるし、と泣きたいキモチ。
 此処で高熱を発していたなら、流石に今日は休みだろうに。いくら相手が鬼の長老でも、病人となれば話は全く違うだろうから。
(無駄に元気な身体が憎いよ…)
 コレのお蔭でスカウトされたようなものだし、と募る悲しさ。現ソルジャーのブルーみたいに、虚弱で今にも死にそうだったら、ソルジャー候補ではなかった筈。
(…ホントに限界…)
 起きたくない、とベッドに転がっていたら、「キューッ!」と小さな声がした。
(キューって…?)
 誰、とキョロキョロ見回す間も、「キューッ! キューッ!」で、切羽詰まった気配が漂う。
(えーっと…?)
 これはどうやら普通じゃない、と起き上がって声のする方を探してみたら…。
「あっ、お前…!」
 何してるんだよ、とポカンと開いた口。
 なんと部屋の壁に、「ナキネズミが生えていた」ものだから。青い毛皮を纏ったお尻と後ろ足、フサフサの尻尾。そいつが壁に「刺さっていた」。もうズッポリと。


 何事なのか、と頭の中は一瞬、真っ白。
 状況と事態が把握出来たら、けたたましく笑い出すしかなかった。「馬鹿だな、お前」と。
「お前さあ…。ちゃんと考えて入ったわけ?」
 ぼくがいないとおしまいだよ、とベッドから下りて、壁際に椅子を運んで行った。それを踏み台代わりに使って、壁に刺さったナキネズミを両手でガシッと掴んで…。
(エイッ! ってね…!)
 抜けた、と通気口から引っこ抜いた。悲鳴を上げていたナキネズミの、哀れな身体を。
「キューッ!」
 一声叫んで、走り去って行ったナキネズミ。御礼も言わずに、まっしぐらに部屋の外の通路へ。
 きっと一晩中詰まっていたのか、あるいは昨夜、部屋に戻った時にはもう…。
(刺さってたかもね?)
 疲れ果てていたから気付きもしないで、シャワーを浴びて寝たかもしれない。
 ナキネズミの方では、「ヘルプミー!」と絶叫していても。「誰か助けて」と、「もう死ぬ」と壁に刺さって喚いていても。
(それなら逃げても仕方ないかあ…)
 お腹も減っているのだろうし、逃げて行くのも無理はない。「ありがとう」とも言わないで。
 恩知らずだとは思うけれども、ナキネズミにとっては「悲惨な一夜」だったのだから。
(でも、あいつ…)
 馬鹿じゃなかろうか、と椅子から下りて見上げた通気口。
 自分の身体が通るのかどうか、それも考えずに入った結果が、さっきのアレ。
(何処へ行く気だったのかは、知らないけどさ…)
 不精しないで通路から行けば良かったのに、とナキネズミの馬鹿さ加減に呆れる。誰にも秘密で移動するなら、通気口でもいいけれど…。
(普通は通路を使うよね?)
 ホントに馬鹿だ、と思った所で閃いた。「そうだ、ソレだ!」と。


 ナキネズミが刺さった通気口には、本来、蓋がついていた。それを器用に外して入って、自分で刺さったナキネズミ。後ろ足とお尻と、尻尾を残して。
(あの蓋は元に戻したけれど…)
 他にも蓋ってヤツはあるよね、とジョミーは部屋を眺め回した。
 一見、普通の部屋に見えるし、窓の外には庭だってある。けれども、此処はシャングリラという巨大な宇宙船の中。
(通気口があるってだけじゃなくって…)
 もっと他にも、色々な「穴」が部屋にある筈。ごく平凡な家よりも、ずっと沢山の穴が。
(エネルギー系統のメンテナンス用とか、ケーブル用のヤツだとか…)
 ダテに習っていないんだから、と日頃の「座学」を思い返すジョミー。
 機関長のゼルが、ガンガンと叩き込んでくれた船の構造。右から左へ聞き流したけれど、幾らか残っていた知識。「船の中には、通路が一杯」と。
(メンテナンス用だと、人が通るから…)
 自分も通れるに違いない。通路を見付けて入り込んだら、その先は…。
(シャングリラ中を、縦横無尽に…)
 駆け巡っている通路なわけで、其処に逃げれば、そう簡単には「見付からない」。この部屋なら何処に隠れても無駄で、他の倉庫や公園などでも即バレだけれど。
(メンテナンス用の通路なんかは…)
 係の者しか通らないから、係さえ上手くやり過ごしたなら、一日中だって…。
(安全地帯で、訓練も座学も無しの天国…!)
 そうと決まれば善は急げ、と部屋中の壁を叩いて回った。「この辺かな?」と。床も同じに足で踏んでは、怪しそうな箇所を手でコンコンと。
 頑張って端から端まで探して、やっと見付けた目的の通路。床板を一ヵ所外した先に。


(よーし…!)
 行くぞ、と小さなライトを手にして、中に入った。床板はそうっと元に戻して、中から閉じて。
(…真っ暗だけどさ…)
 この先はぼくの天国なんだ、とジョミーはライトを頼りに進む。早く部屋からトンズラしないとヤバイから。「床板を上げて逃亡した」とバレたら、追手がかかりそうだから。
(そうなる前に、うんと遠くへ…)
 とにかく逃げろ、と狭い通路をひたすら先へ。幸い、誰にも出会っていない。
(かなり来たけど、此処、何処だろう?)
 確かめたいのは山々だけれど、サイオンを使って調べようとすれば…。
(そのサイオンでバレちゃいそう…)
 誰が使ったサイオンなのかを、エラ女史あたりに感知されて。「ジョミーは其処です!」と。
 それは困るし、ただ闇雲に進むだけ。来た方向も、とうに謎だけれども…。
(訓練は無しで、丸一日もゆっくり出来たら…)
 体力も気力もゲージは満杯、そうなれば「外に」出ればいい。適当な場所で蓋を外して、通路の外へ。公園だろうが、厨房だろうが、もう見付かっても平気だから。
(まさか夜中に、「これから訓練の時間です」とは言わないもんね?)
 叱られるのだって明日なんだよ、とガッツポーズで、更に前進。
 時にはコロンと寝転んだりして、気力と体力をしっかり身体に蓄えながら。「訓練が無い日」を心ゆくまで満喫しながら、前へ、前へと。
 そうして進んで、出くわしたのが分岐点。どっちに進んでも行けそうだけれど…。
(こっちの通路は、ちょっと狭くて…)
 冒険心をくすぐられる。
 楽々と身体が通る場所より、スリリングな道を行きたいもの。同じ通路を進むなら。
(やっぱり人間、楽しまなくちゃ…)
 こっち、と決めて狭い通路に入り込んだ。ナキネズミのことは綺麗に忘れて、どうしてこういう場所にいるかも忘れ果てて。


 座学を「右から左へ」聞き流すのが常のジョミーは、思い切りスルーしたのだけれど。
 このシャングリラで暮らすミュウの殆ども、まるで知らないことだったけれど。
 ソルジャー・ブルーの私室とも言える、広い青の間。
 其処は「神秘の世界」で「空間」、仕掛けの方も半端なかった。やたらとデッカイ貯水槽やら、妙に薄暗い照明やら。
 その実態は半ば「演出」、総仕上げとばかりに、舞台裏までが…。
(……ジョミーが来たか……)
 しかも墓穴を掘る方向で、とソルジャー・ブルーがベッドの上でほくそ笑む。
 「来るがいい」と天蓋の遥か上の方を思念で眺めて、「ナキネズミのように刺さるがいい」と。
 青の間の周りを走る通路には、何本も混ぜてあるのがダミー。
 熟練の仲間は「ダミーか」と瞬時に見抜くけれども、そうでなければ気付かない。少しだけ狭い通路なのだと思う程度で、それを進んで行ったなら…。


「うわあっ!?」
 ジョミーの足元の床が、いきなり外れた。
 下に向かって放り出されたと思ったけれども、止まった落下。身体が半分落ちた所で。
「なんだよ、これ!?」
 慌てて上がろうと足をバタバタ、なのに少しも這い上がれない。床はツルツル、掴むことさえも出来ないから。サイオンを使って上がりたくても、それすらも上手くいかないから。
「だ、誰か…!!!」
 助けて、と声を上げた所で、下から聞こえたブルーの声。「其処にいたまえ」と。
「えっ、ブルー!?」
 じゃあ、此処は…、と青ざめたけれど、生憎と何も見えない有様。穴は自分の身体が刺さって、もうそれだけで一杯だから。隙間から下を覗けはしなくて、サイオンの目も使えないから。
「…君が逃げたのは知っていた。ゼルたちが探しているけどね…」
 此処に来るとは、とブルーはクスクス笑っている。「ゼルの講義を聞かなかっただろう?」と。
「ぜ、ゼルって…。この穴、何なんですか!?」
 叫んだジョミーに、「忍び返しと聞いたけれどね?」と呑気な声が返った。
「詳しい仕組みは、ぼくも知らない。ただ、忍び込もうとした人間は…」
 今の君のように刺さるらしい、とソルジャー・ブルーは可笑しそう。
 「初めて見たよ」と、「後でゼルたちにも教えてやろう」と。
「ちょ、ブルー…!」
 ぼくって、どう見えているんですか、と怒鳴りながらも、ジョミーにはもう分かっていた。朝に目にした「アレ」と同じで、「とても情けない格好」だと。
 今の自分は壁の代わりに天井に刺さって、後ろ足とか尻尾の代わりに…。
(…マントも上着もめくれてしまって、腰から下だけ…)
 そういう間抜けな格好なんだ、と後悔したって、もう遅い。忍び返しにかかった後では。


 かくして「青の間の天井に刺さった」ジョミーは、ゼルたちどころか…。
「へええ…。あれが未来のソルジャーねえ…」
「情けねえよな、あんなので地球に行けるのかよ?」
 見物に来た仲間がワイワイガヤガヤ、子供たちだって上を見上げて…。
「ねえねえ、クマのプーさんみたい!」
「ソルジャー、後でジョミーのお尻を飾って遊んでもいい?」
 天井だから花瓶は難しいけど、とキャイキャイはしゃがれ、それは恥ずかしい状況で…。
(…なんで、こういうことになるのさ…!)
 誰か助けて、と泣けど叫べど、自業自得の集大成。
 ナキネズミまでが下でキューキュー言うから、穴に刺さったジョミーは呻くしかない。
 「お前、助けてくれないのか?」と。
 「朝に助けてやったのに」だとか、「なんで、お前も見てるんだよ!」と。
 座学をスルーしなかったならば、穴には落ちなかったのに。
 真面目に訓練に出掛けていたなら、こんな所で晒されてなんかいないのに。
 けれど人生、結果が全てで、ジョミーには「プーさん」という渾名がついた。もちろん、由来は「クマのプーさん」。
 「ソルジャー・プー!」とまで呼ばれる毎日、「プーさん」で済めば、まだマシな方。
 ソルジャー候補と呼ばれる代わりに、「ソルジャー・プー!」になるのだから。
 「これで立派にソルジャーだよな」と、「名前だけなら、もうソルジャーだぜ」と…。

 

            刺さった少年・了

※ナキネズミが壁に刺さったネタ元は、「欄間に刺さった猫」なツイート。でも、その先は…。
 やっぱり自分が考えたわけで、ジョミーには「マジでスマン」としか。ソルジャー・プー。








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(ブルー…。私は、どうなってしまうのでしょう…)
 教えて下さい、とフィシスは日々、悲しみに暮れていた。
 ナスカが崩壊して、ソルジャー・ブルーが二度と戻って来なかった、あの日。
 ブルーの形見になってしまった、補聴器をジョミーに渡した時。その時は、まだ知らなかった。自分を待ち受けている運命のことも、自分の忌まわしい生まれのことも。
 けれど、衰え始めたサイオン。まるで読めなくなってゆく未来。
 何度タロットカードを繰っても、意味を成してはいないものばかり。呪いでもかかっているかのように。…あの時、ブルーは「呪いを解く時が来たようだ」と告げていたのに。
(長年、私にかけられていた呪い…)
 それが何だったか、今では分かっている。
 水槽の中に浮かんでいたのを、思い出したから。「ブルーと初めて出会った」日を。
(…私は、キース・アニアンと…)
 同じ生まれで、「ミュウではない」者。サイオンなどは「無くて当然」。
 この先、まだまだ衰えてゆくことだろう。思念波さえも使えなくなる日が、いずれ訪れるのかもしれない。そうなった時に、どうやって生きて行けばいいのか。
(…それに、私は……)
 ブルーと大勢の仲間たちを殺してしまった、とフィシスは自分を責める。
 「地球の男」に近付かなければ、キースが逃げ出すことは無かった。メギドの炎が赤いナスカを滅ぼすことも、ブルーが「いなくなってしまう」ことも。
(…ブルー、私はどうすれば…)
 もう行く道が見えないのです、と嘆き悲しむフィシスだったけれど。
「…フィシス?」
 失礼します、と天体の間に入って来たのは、シャングリラのキャプテン、ハーレイだった。
(……キャプテン……?)
 キャプテンが私に何の御用で…、とフィシスは訝しむ。
 「未来を読まない」ソーシャラーなど、長老たちにも、とうに見放されているというのに。


 だから、ハーレイが側に来るのを待たずに言った。
 「占いでしたら、今日は気分が優れないので…」と、いつも通りの言い訳を。
 サイオンを失ったことが知れたら、きっと大変なことになる。「生まれの秘密」は、トォニィが知っているのだから。
 けれど、ハーレイは「いえ」と真っ直ぐ近付き、直ぐ側に立った。
「…フィシス。正直に答えて貰いたい。…あなたは、未来を読まないのではなくて…」
 読めないのでは、と投げ掛けられた問い。フィシスは声を失った。それは真実なのだから。
(……知られているの!?)
 トォニィが船のみんなに話して回ったの、と怯え、椅子に腰掛けたままで凍り付いたけれど。
「やはり、思った通りだったか…。ブルーから聞いていた通りに」
「…えっ?」
 何を、とハーレイを見上げたフィシス。「キャプテンは何を知っているの?」と。
「フィシス、あなたのことなのだが…。ブルーは全て、私に話した」
 そして私は、誰にも話してはいない、とハーレイはフィシスを安堵させるように言葉を選んで、続きを口にしてゆく。
 「何もかも」知っていたことを。フィシスの生まれも、ブルーがフィシスにサイオンを与えて、ミュウにしたことも。
 ハーレイはソルジャー・ブルーの右腕だったから、最初から全て承知だった、と。
「…では、私は…。これから、どうすればいいのですか?」
 この船の中で…、とフィシスの閉じた瞳から涙が零れてゆく。ミュウではないなら、この船にはとてもいられない。皆が知らなくても、自分自身が「それを許さない」から。
 ナスカの滅びを、ソルジャー・ブルーの死をもたらした「災いの女」。
 ミュウでさえもなくて、「地球の男」と同じ生まれで、これからも災いを呼ぶだろうから。
 そうして自分を責めて責め続けて、行く道は今も見えないまま。…誰も教えてくれないまま。
「…フィシス。あなたは、何を望んでいる…?」
 望みは何だ、と訊き返された。「望みがあるなら、それを聞こう」と。
 キャプテンとして、叶えることが出来そうだったら、そのように努力してゆこう、とも。


(……私の望み……?)
 考えたことも無かったわ、とフィシスは心の中を探った。
 ブルーが戻らなかった時から、まるで失くしてしまった希望。その上、道さえ見えはしなくて、望みなど持てはしなかった日々。
 けれども、それを問われたからには、答えなくてはならないだろう。
 問い掛けたのは、「全てを知る」ハーレイ。キャプテン自ら、此処まで足を運んでの問い。
(……私に、何か出来るとしたら……)
 何をしたいか、どうしたいのか。
 答えは直ぐに見付かった。「これだわ」と直ぐに分かったけれども、あまりに非現実的なそれ。いくらハーレイが努力したとて、叶いはしない。
 そう思ったから、「望みなどは……何もありません」と答えたのに。
「…本当に? ブルーからは、あなたのことを何度も頼まれていたので…」
 力になれるものだったら、とハーレイの方も譲らない。天体の間を去ってゆこうともしない。
(…こんな望みが、叶うわけがないのに…!)
 どうして分かってくれないの、とフィシスは声を荒げてしまった。
「あなたに何が分かるのです! 私には決して出来ないことです、敵討ちなど…!」
 ブルーの仇を取りたいのに…、と叫ぶようにして明かした「望み」。
 それは「絶対に」叶いはしない。
 ブルーを殺したキース・アニアン、彼は叩き上げのメンバーズ。「ただの女」が太刀打ち出来る相手はなくて、返り討ちに遭うに決まっている。どう考えても、どう転んでも。
 だから「あなたに、何が出来ると言うのです…!」と、ハーレイに怒りをぶつけたのに。
「…そんな所だと思っていた。ならば、あなたの努力次第だ」
「……努力?」
 どういう意味です、とフィシスは見えない瞳でハーレイを見詰めた。努力とは何のことだろう?
「そのままの意味だが?」
 ブルーの仇を討ちたいのだろう、とハーレイが唇に浮かべた笑み。
 「そうしたいのなら、私も努力を惜しまない」と、「早速、今日から始めるとしよう」と。


(…今日からって…。何を始めると言うの?)
 途惑うフィシスに、ハーレイが「これなのだが…」と取り出して「見せた」もの。
「……ナイフ……ですか?」
 木彫り用の、とフィシスは尋ねた。キャプテン・ハーレイの趣味は木彫りで、よくブリッジでも彫っていた。「ナイフ一本で出来る趣味だから」と、それは楽しそうに。
 ただし、木彫りの腕前の方は、お世辞にも上手くなかったけれど。
「確かに、私が趣味に使っているナイフだが…」
 これには別の顔があって…、とハーレイはシュッと空気を「斬った」。ナイフがキラリと光った瞬間、床に落ちていた「斬られた」リンゴ。
 さっきまでテーブルの上の器に盛られていたのに、真っ二つ。いつハーレイがそれを取ったか、まるで分かりもしなかったのに。
「…キャプテン、今のは…?」
「こちらがナイフの「本当の顔」だと言うべきか…。ナイフを使った戦闘術だ」
 極めれば、このようなことも出来る、とハーレイは笑った。
 曰く、シャングリラがまだ「白い鯨」になるよりも前は、満足に無かった「武器」というもの。人類軍に船を襲われ、白兵戦になったらマズイ。
 ゆえに誰もが「自分に適した」ものを選んで、「戦える自分」を作り上げた。
 ゼルの場合は、レンチを持ったら「向かう所は敵なし」らしい。ヒルマンはペンで、相手の目にそれを突き立てる。エラは縫い針で首の後ろの急所を狙って、一撃必殺。
 そんな具合に皆が「必殺技を持つ」のだけれども、ハーレイはナイフの達人だった。キッチンにあったナイフを手にして、鍛えまくった自慢の腕。
 もっとも、今ではシャングリラも立派な船になったし、武器も豊富に揃っている。身近なもので戦わなくても、何の問題も無いものだから…。
「…戦闘用から、木彫り用のナイフになったのですか?」
「そうなのだが…。腕は全く鈍っていない」
 ブルーの仇を討ちたいのならば、教えよう、とハーレイはフィシスに向かって笑んだ。
 「私で良ければ、いくらでも稽古に付き合うが」と、「あなたでも、やれば達人になれる」と。


 ナイフ一本で「戦える」術。フィシスに「否」がある筈がない。
 「教えて下さい!」とハーレイに頼んだわけで、その日から稽古が始まった。ハーレイが持って来ていた「練習用の」ナイフを使って、天体の間で。
「行くぞ、上! 中! 次、下!」
 ハーレイが繰り出すナイフを相手に、フィシスは懸命に稽古を続けた。
 自分のナイフが弾き飛ばされても、急いで拾って「お願いします!」と。「まだまだ!」などと諦めないで、来る日も、来る日も。
 そうやって稽古を続けまくって、ついに目出度く免許皆伝。
「この腕なら、メンバーズ相手でもいける。…よく頑張った、フィシス」
「ありがとうございます、キャプテン!」
 キースに会ったら、きっとブルーの仇を討ちます、と誓うフィシスは、愛用のナイフをドレスの下に隠していた。スリットから直ぐに取り出せるように、太腿にナイフホルダーをつけて。
 今やフィシスは最強のアサシン、盲目の女暗殺者。
 殺気を殺して敵に近付き、ナイフで頸動脈を掻っ切る。心臓を一撃で貫くのもアリ。
 そんなフィシスが、ジョミーたちと地球に降りたものだから…。


 ミュウと人類との会談の前夜、ユグドラシルで窓の向こうの月を見上げていたキース。
 其処へフィシスが現れたわけで、キースは余裕たっぷりに言った。背を向けたままで。
「…銃なら其処に置いてある」
「いえ、結構です」
 私には、これで充分です、とキースの喉元でギラリ光ったナイフ。月明かりに照らされ、それは冷たく、禍々しく。
 動けば喉を掻き切られるから、キースは全く身動き出来ない。フィシスに後ろを取られたまま。
「き、貴様……!」
 それがキースの精一杯で、フィシスはナイフをキースの喉に当てながら…。
「…ブルーの最期を教えて下さい。あなたが殺めたのですか?」
「ち、違っ…! あ、あいつはメギドの爆発で…!」
 死んだ筈だ、とキースは逃げを打ったけれども、フィシスのナイフは揺るぎもしない。
「本当に? …あなたは本当に何もしていないのですか、あの人に…?」
「う、うう…。う、撃った…。撃ったが、殺す所までは…!」
「そうですか…。何処を撃ったと言うのです…?」
 全部話して頂きます、とフィシスは凄んで、キースは吐かざるを得なかった。ブルーに向かって何発撃ったか、命中したのは何処だったか。
「さ、最後に撃ったのが右目だった…!」
「…分かりました。では、あなたにも死んで頂きましょう」
 安心なさい、とフィシスはキースの耳元に囁いた。「右目は、あなたの死体から抉ることにして差し上げますから」と。
「し、死体からだと…!?」
「ええ。…生きている間に抉り出すほど、私は鬼ではありませんから」
 覚悟の方はよろしいですか、とフィシスはキースを「殺す気満々」だったのだけれど、何故だか憎めない「ブルーの仇」。どうしたことか、どういうわけだか。
(…この人の頸動脈を切ったら…)
 ブルーの仇が討てるのに、と思いはしても、出来ない「それ」。
 やはり生まれが同じだからか、同じ「青い地球」の映像を持っているからか…。


 仕方ない、とフィシスはナイフを下ろして、寂しそうな顔で微笑んだ。
「…殺すつもりで来たというのに…。何故か、あなたへの憎しみが湧かない」
 あなたを見逃すことにします、とナイフを足のホルダーに仕舞った。
(…ごめんなさい、ブルー…。あなたの仇を討てなくて…)
 でも、此処までは来ましたから、とキースを見詰めて、こう告げた。
「…忘れないで。あの人の最期を」
 忘れたら、その時は殺してあげます、とフィシスはキースに背を向け、その部屋を去った。来た時と同じに、足音もさせずに。
 こうして最強のアサシンは去ったけれども、キースはと言えば…。
(……た、助かった……)
 この身体のお蔭で命を拾った、とガクガクブルブル。
 キースの身体は、フィシスの遺伝子データを元に作られたものだった。言わば親子で、キースの母がフィシスに当たるわけだから…。
(あれが母親でなかったら…)
 殺されていた、とキースの恐怖は尽きない。「なんて女だ」と、「流石は私の母親だな」と。
 ソルジャー・ブルーも凄かったけれど、フィシスも半端なかったから。
 フィシスが見逃してくれなかったら、もう確実に死んでいた。
(でもって、右目を抉り出されて…)
 それを、あの女が踏み潰すのか、握り潰すのか…、とキースは震え続ける。
 最強のアサシン、それが自分の命を消しに現れたから。
 「ソルジャー・ブルーの最期」をウッカリ忘れた時には、きっと命が無いだろうから…。

 

          最強のアサシン・了

※自分はオチを知っているんで、サクサク書いてたわけですけれど。途中でハタと思ったこと。
 前半だけを見たら、「立派なシリアス、ブルフィシ風味」。どうしてこうなった…。








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「ソルジャー、何と仰いました!?」
 ハーレイは思い切り、目を剥いた。ソルジャー・ブルーを前にして。
 此処は青の間、余命僅かなソルジャー・ブルーはベッドの住人。その枕元に立つキャプテンと、四人の長老たちと。
 ブルーの赤い瞳が瞬き、ハーレイたちをゆっくりと見渡す。「言った通りだ」と。
「三年間、ぼくの死を隠せ。…そう言ったんだが」
「そ、それはどういう…」
 意味でしょうか、とハーレイが皆の代表で尋ねた。なんと言ってもキャプテンだから。
 ブルーは再び瞬きをすると、「そのままの意味だ」と大真面目な顔。
「ぼくはもうすぐ燃え尽きる。…しかし、あまりに時間が足りない」
 ジョミーはまだまだ不安定すぎる、とブルーがついた深い溜息。
 ソルジャー候補に据えられたジョミーは、只今、サイオンその他の猛特訓中。けれども、何かと足りない自覚。それに集中力。
 いつ正式に「ソルジャー」を継げるか、その目途さえも立ってはいない。ブルーの寿命が残っている間に、ちゃんとお披露目できるのだったらいいけれど…。
 それも危ういから、「三年間、ぼくの死を隠せ」となった。
 ジョミーがソルジャーを引き継げないまま、ブルーの命が潰えた時には、そうしろと。
 船の仲間の不安を煽らないよう、「ソルジャー・ブルーはご健在だ」と嘘をつくのが、ハーレイその他の長老の役目。
「で、ですが…。そのようなことをしても、直ぐバレるのでは…」
 そもそも、元ネタの方でもバレております、と返したキャプテン・ハーレイ。
 今どきレトロな羽根ペンなんぞを愛用するほどだから、ハーレイは密かに「歴史ヲタ」だった。ゆえに知っていた、「三年間」の元ネタ。
 遥かな昔の地球にいた武将、武田信玄なる人物。彼の遺言がそれだったけれど、死んだら死んだ事実は即バレ、遺言の意味は全くなかった。
 よって「ソルジャー・ブルーの死を隠しても」無駄、というのがハーレイの意見だけれど。
「其処を頑張って貰いたい。…君たちは有能だと思うんだが?」
 それとも、ぼくの勘違いだったろうか、という駄目押し。ハーレイたちは「ハハーッ!」と礼を取るしかなかった。「お言葉、しかと承りました」と。


 ソルジャー・ブルーに万一があれば、「三年間」彼の死を隠す。
 それがソルジャーの御意志だから、とハーレイたちの努力の日々が始まった。
「…キャプテン。青の間に誰も入れないようにするというのは、いいんじゃが…」
 技術的には可能なんじゃが、と会議の席で考え込むゼル。
 「果たして、それでいいんじゃろうか」と、「もっと他にも手の打ちようが…」などと。
「では、どうすると言うのです?」
 ソルジャーはおいでにならないのに、とエラが疑問を呈したけれども、ゼルは「其処じゃな」と髭を引っ張った。
「おいでになるよう、見せかけることは出来るじゃろう!」
 立体映像を使っても良し、そっくりなアンドロイドを作って寝かせておくのも良し、と。
「その必要があるのかね?」
 立ち入り禁止の方が早いのでは、とヒルマンは立ち入り制限派。下手な小細工を施してみても、バレる時にはバレるだろう、と。
「それが甘いんじゃ! こういうことはな、堂々とするのが上策じゃて!」
 ソルジャーはあそこにおいでなのじゃ、と分かればいい、というのがゼルの言い分。
 幸か不幸か、青の間は「べらぼうに」広い部屋だし、入口から入っても、ソルジャーが寝ているベッドがスロープの上に見えるだけ。
 だから「ソルジャーは今はお休み中だ」と言いさえすれば、訪問者は黙って帰ってゆく。用件を後で伝えて欲しい、と伝言だけを青の間に残して。
「なるほどねえ…。あたしもゼルに賛成だ」
 堂々と隠せばいいじゃないか、とブラウが賛成、ハーレイも「否」とは思わなかった。
 エラとヒルマンも、半時間ほど考えた末に…。
「それがいいかもしれません。下手に隠すと、勘ぐる者も出るでしょうから…」
「そうだね…。では、その方向でやってゆくことにしよう」
 技術などはゼルに任せておいて…、と決まった方針。
 万一の時も、青の間をけして閉鎖したりはしないこと。訪れた者には用件を訊いて、返事は皆で検討する。「ソルジャー・ブルーなら、どう答えるか」と、それっぽいのを。


 やるべきことは他にも色々。
 急がなければいけないことが、「ソルジャー・ブルーの真似」だった。
 三年間も死を隠すとなったら、影武者までは要らないとしても…。
「…これはハーレイの仕事だねえ…」
 あんたが一番器用じゃないか、とブラウが名指ししたキャプテン。「あんたしかいない」と。
「そうじゃな、木彫りの腕は最悪なんじゃが…」
 ペンの扱いには慣れておるじゃろうが、とゼルも大きく頷いた。「お前の仕事じゃ」と、それは重々しく。
「私なのか!?」
「そうなるでしょう。…ソルジャーのサインを真似るとなったら」
「日々、研鑽を積んでいるのが君だろう?」
 航宙日誌を羽根ペンで書いて、ペン習字に余念がないじゃないかね、とエラとヒルマンも同意。
 シャングリラで重要なことを決定するには、ソルジャー・ブルーの署名が必須。
 「三年間、ソルジャーの死を隠す」のだったら、当然、「代わりのサイン」が要る。そっくりに書かれた、「本物」が。誰が見たってバレないヤツが。
「…分かった。真似られるよう、努力しよう」
 まずはサインの写しをなぞる所から、とハーレイは腹を括ったのだけれど。
「努力じゃと? サッサと結果を出さんかい!」
「まったくだよ。トロトロしていて、間に合わなかったらどうするんだい!」
 無駄口を叩く暇があったら練習しな、とゼルもブラウも容赦なかった。そうする間も、サインの複製を何枚も印刷しているのがエラ。船のデータベースから引き出して。
 その隣では、ヒルマンが「筆跡の癖」を分析しながら…。
「エラ、もう少しこのパターンのヤツを出してくれないかね。何事も完璧を期さなければ」
「そうですね…。ソルジャーも人間でらっしゃいますから…」
 体調によってサインも変わってこられますし、と山と積まれる「サインのお手本」。ハーレイが真似て練習するよう、なぞって「そっくりに」サインが出来るプロになるよう。
 ソルジャーのサインが存在するなら、思念波の方は「どうとでもなる」。
 「思念波も紡げないくらいに、弱っていらっしゃる」と言えばオールオッケー。


 そんな具合で、ソルジャー候補のジョミーにさえも「極秘で」進んだプロジェクト。
 「敵を欺くには、まず味方から」は鉄則だから。
 ソルジャー・ブルーも「そうしたまえ」と背中を押して、ハーレイたちを大いに励ました。
 「ぼくが死んでも、よろしく頼む」と、「ジョミーだけでは心許ない」と。
 ゼルはせっせと立体映像を作り、ハーレイは「そっくりなサインをする」ために練習の日々。
 元ネタの武田信玄みたいに即バレしたなら、ソルジャー・ブルーに顔向け出来ない。
 「君たちは有能だと思うんだが」という言葉を寄越した、偉大なミュウの長に。
 彼らは根性で頑張りまくって、ついにプロジェクトは完成した。
「ソルジャー、これをご覧下さい! 私がサインしたのですが…」
 似ておりますでしょうか、とハーレイが差し出した紙に、ブルーは満足の笑みを浮かべた。
「素晴らしいよ。…ぼくが書いたとしか思えないね、これは」
「立体映像の方も完璧じゃ! ソルジャー、いつでもいけますぞ!」
 いや、これは失礼を…、と慌てたゼル。「逝ってよし」と言ったつもりでは…、とワタワタと。
「そのらいのことは分かっているよ。ぼくも頑張って生きるつもりではいるけれど…」
 安心したら眠くなった、とソルジャー・ブルーは上掛けを被って目を閉じた。「少し眠る」と、「とてもいい夢が見られそうだ」と。
 其処までは良かったのだけど…。


「なんだって!?」
 ソルジャーがお目覚めにならないだと、とキャプテンが愕然としたのが翌日。
 その朝、ノルディが診察に行ったら、ソルジャー・ブルーは既に昏睡状態だった。診察の結果、当分は目覚めそうにないと言う。軽く一ヶ月は眠りっ放しになるのでは、と。
(…ま、まずい…)
 こんな時に、とハーレイが青ざめるのも無理はない。
 シャングリラはアルテメシアを追われて、放浪の旅を始めたばかり。船の仲間たちは、今の時点ではまだ落ち着いているけれど…。
(此処でソルジャー不在となったら…)
 たちまち船はパニックだぞ、と考えた所で気が付いた。例のブルーの「遺言」に。
(三年間、ぼくの死を隠せと…)
 ブルー自身が言ったわけだし、今は非常時。
 ソルジャー・ブルーは存命とはいえ、昏睡状態で何をすることも出来ないのなら…。
(全部の書類に私がサインで、青の間に来た者にはだな…!)
 ゼルの立体映像ならぬ、「本物の」ブルーが寝ている姿を遠目に見せておけばいい。
 「ソルジャーは今はお休みだから」と、「用があるのなら、代わりに聞いておこう」と。
(よし…!)
 それで行くぞ、と決断したのがキャプテン・ハーレイ。
 キャプテンが決断を下したからには、ゼルたちだって異存はない。「今こそ、その時!」と皆が頷いたわけで、ソルジャー・ブルーが昏睡状態なことはバレないままで…。


「人類に向かって思念波通信じゃと!?」
 とんでもないわい、とゼルが蹴り飛ばしたジョミーの提案。
 「後でソルジャーにも伺っておく」と、ソルジャー・ブルーは「あくまで健在」。
 ジョミーが青の間を訪れた時は、プロジェクトに巻き込まれたフィシスが応対していた。寝台で眠るブルーを見守り、「ソルジャーは、とてもお疲れなのです」とバックレて。
 これではジョミーも気付かないから、「人類に向けての思念波通信」は行われなかった。
 よってE-1077やキースやシロエを巻き込まないまま、シャングリラは当該宙域を通過。
 余計なことをしなかったお蔭で、ミュウたちの船は全く違う歴史を辿って…。
「グラン・パ! ブルーは、まだ起きないの?」
 今日も寝てるの、と赤いナスカで生まれた幼いトォニィがブルーの寝顔を覗き込む。
 ようやく地球まで来たというのに、今日も寝ているものだから。
「うーん…。これって狸寝入りじゃないのかな…」
 今日のはソレだという気がする、と答えるジョミー。
 何故なら、地球は「赤かった」から。
 ずっと昔にブルーに「行け」と命じられた地球、その星は「青い」筈だったから。
「ふうん…? 狸寝入りじゃ、まだまだ起きない?」
「うん、多分…。ぼくたちの前では、ずうっと狸寝入りじゃないかな…」
 まあいいけどね、とトォニィを連れて青の間を出てゆくジョミーは、今も「ソルジャー候補」のまま。重要な案件は全てブルーが決めるし、サインもブルーがするのだから。


(………ヤバイ………)
 生きて地球までは来られたんだが、とソルジャー・ブルーは内心ガクガクブルブルだった。
 迂闊な「遺言」をかましたばかりに、ある日、目覚めたら、ソル太陽系。
 シャングリラは人類軍を全て蹴散らし、地球の衛星軌道上に停泊中で、グランド・マザーまでが倒された後。
 「何もかも片が付いていた」わけで、その間、ずっと「健在だった」のがソルジャー・ブルー。
 今更「全部、代理がやっていたんだ」と言えはしないし、どのタイミングで起きればいいのか。
 どうやって復帰すればいいのか、それさえも謎。
(……ハーレイは、即バレすると言ったが……)
 バレなかった代わりに、もっと困ったことになった、とソルジャー・ブルーの悩みは尽きない。
 「三年間、ぼくの死を隠せ」と命じた結果がコレだから。
 どんな顔をして「起きれば」いいのか、もう本当にピンチだから…。

 

           健在な人・了

※ふと「狸寝入り」と思った途端に、何故か出て来た武田信玄。「三年、ワシの死を隠せ」と。
 そしてこういうネタになったわけで、まさかのブルー生存ED。これで幾つ目だ?









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