「ソルジャー、何と仰いました!?」
ハーレイは思い切り、目を剥いた。ソルジャー・ブルーを前にして。
此処は青の間、余命僅かなソルジャー・ブルーはベッドの住人。その枕元に立つキャプテンと、四人の長老たちと。
ブルーの赤い瞳が瞬き、ハーレイたちをゆっくりと見渡す。「言った通りだ」と。
「三年間、ぼくの死を隠せ。…そう言ったんだが」
「そ、それはどういう…」
意味でしょうか、とハーレイが皆の代表で尋ねた。なんと言ってもキャプテンだから。
ブルーは再び瞬きをすると、「そのままの意味だ」と大真面目な顔。
「ぼくはもうすぐ燃え尽きる。…しかし、あまりに時間が足りない」
ジョミーはまだまだ不安定すぎる、とブルーがついた深い溜息。
ソルジャー候補に据えられたジョミーは、只今、サイオンその他の猛特訓中。けれども、何かと足りない自覚。それに集中力。
いつ正式に「ソルジャー」を継げるか、その目途さえも立ってはいない。ブルーの寿命が残っている間に、ちゃんとお披露目できるのだったらいいけれど…。
それも危ういから、「三年間、ぼくの死を隠せ」となった。
ジョミーがソルジャーを引き継げないまま、ブルーの命が潰えた時には、そうしろと。
船の仲間の不安を煽らないよう、「ソルジャー・ブルーはご健在だ」と嘘をつくのが、ハーレイその他の長老の役目。
「で、ですが…。そのようなことをしても、直ぐバレるのでは…」
そもそも、元ネタの方でもバレております、と返したキャプテン・ハーレイ。
今どきレトロな羽根ペンなんぞを愛用するほどだから、ハーレイは密かに「歴史ヲタ」だった。ゆえに知っていた、「三年間」の元ネタ。
遥かな昔の地球にいた武将、武田信玄なる人物。彼の遺言がそれだったけれど、死んだら死んだ事実は即バレ、遺言の意味は全くなかった。
よって「ソルジャー・ブルーの死を隠しても」無駄、というのがハーレイの意見だけれど。
「其処を頑張って貰いたい。…君たちは有能だと思うんだが?」
それとも、ぼくの勘違いだったろうか、という駄目押し。ハーレイたちは「ハハーッ!」と礼を取るしかなかった。「お言葉、しかと承りました」と。
ソルジャー・ブルーに万一があれば、「三年間」彼の死を隠す。
それがソルジャーの御意志だから、とハーレイたちの努力の日々が始まった。
「…キャプテン。青の間に誰も入れないようにするというのは、いいんじゃが…」
技術的には可能なんじゃが、と会議の席で考え込むゼル。
「果たして、それでいいんじゃろうか」と、「もっと他にも手の打ちようが…」などと。
「では、どうすると言うのです?」
ソルジャーはおいでにならないのに、とエラが疑問を呈したけれども、ゼルは「其処じゃな」と髭を引っ張った。
「おいでになるよう、見せかけることは出来るじゃろう!」
立体映像を使っても良し、そっくりなアンドロイドを作って寝かせておくのも良し、と。
「その必要があるのかね?」
立ち入り禁止の方が早いのでは、とヒルマンは立ち入り制限派。下手な小細工を施してみても、バレる時にはバレるだろう、と。
「それが甘いんじゃ! こういうことはな、堂々とするのが上策じゃて!」
ソルジャーはあそこにおいでなのじゃ、と分かればいい、というのがゼルの言い分。
幸か不幸か、青の間は「べらぼうに」広い部屋だし、入口から入っても、ソルジャーが寝ているベッドがスロープの上に見えるだけ。
だから「ソルジャーは今はお休み中だ」と言いさえすれば、訪問者は黙って帰ってゆく。用件を後で伝えて欲しい、と伝言だけを青の間に残して。
「なるほどねえ…。あたしもゼルに賛成だ」
堂々と隠せばいいじゃないか、とブラウが賛成、ハーレイも「否」とは思わなかった。
エラとヒルマンも、半時間ほど考えた末に…。
「それがいいかもしれません。下手に隠すと、勘ぐる者も出るでしょうから…」
「そうだね…。では、その方向でやってゆくことにしよう」
技術などはゼルに任せておいて…、と決まった方針。
万一の時も、青の間をけして閉鎖したりはしないこと。訪れた者には用件を訊いて、返事は皆で検討する。「ソルジャー・ブルーなら、どう答えるか」と、それっぽいのを。
やるべきことは他にも色々。
急がなければいけないことが、「ソルジャー・ブルーの真似」だった。
三年間も死を隠すとなったら、影武者までは要らないとしても…。
「…これはハーレイの仕事だねえ…」
あんたが一番器用じゃないか、とブラウが名指ししたキャプテン。「あんたしかいない」と。
「そうじゃな、木彫りの腕は最悪なんじゃが…」
ペンの扱いには慣れておるじゃろうが、とゼルも大きく頷いた。「お前の仕事じゃ」と、それは重々しく。
「私なのか!?」
「そうなるでしょう。…ソルジャーのサインを真似るとなったら」
「日々、研鑽を積んでいるのが君だろう?」
航宙日誌を羽根ペンで書いて、ペン習字に余念がないじゃないかね、とエラとヒルマンも同意。
シャングリラで重要なことを決定するには、ソルジャー・ブルーの署名が必須。
「三年間、ソルジャーの死を隠す」のだったら、当然、「代わりのサイン」が要る。そっくりに書かれた、「本物」が。誰が見たってバレないヤツが。
「…分かった。真似られるよう、努力しよう」
まずはサインの写しをなぞる所から、とハーレイは腹を括ったのだけれど。
「努力じゃと? サッサと結果を出さんかい!」
「まったくだよ。トロトロしていて、間に合わなかったらどうするんだい!」
無駄口を叩く暇があったら練習しな、とゼルもブラウも容赦なかった。そうする間も、サインの複製を何枚も印刷しているのがエラ。船のデータベースから引き出して。
その隣では、ヒルマンが「筆跡の癖」を分析しながら…。
「エラ、もう少しこのパターンのヤツを出してくれないかね。何事も完璧を期さなければ」
「そうですね…。ソルジャーも人間でらっしゃいますから…」
体調によってサインも変わってこられますし、と山と積まれる「サインのお手本」。ハーレイが真似て練習するよう、なぞって「そっくりに」サインが出来るプロになるよう。
ソルジャーのサインが存在するなら、思念波の方は「どうとでもなる」。
「思念波も紡げないくらいに、弱っていらっしゃる」と言えばオールオッケー。
そんな具合で、ソルジャー候補のジョミーにさえも「極秘で」進んだプロジェクト。
「敵を欺くには、まず味方から」は鉄則だから。
ソルジャー・ブルーも「そうしたまえ」と背中を押して、ハーレイたちを大いに励ました。
「ぼくが死んでも、よろしく頼む」と、「ジョミーだけでは心許ない」と。
ゼルはせっせと立体映像を作り、ハーレイは「そっくりなサインをする」ために練習の日々。
元ネタの武田信玄みたいに即バレしたなら、ソルジャー・ブルーに顔向け出来ない。
「君たちは有能だと思うんだが」という言葉を寄越した、偉大なミュウの長に。
彼らは根性で頑張りまくって、ついにプロジェクトは完成した。
「ソルジャー、これをご覧下さい! 私がサインしたのですが…」
似ておりますでしょうか、とハーレイが差し出した紙に、ブルーは満足の笑みを浮かべた。
「素晴らしいよ。…ぼくが書いたとしか思えないね、これは」
「立体映像の方も完璧じゃ! ソルジャー、いつでもいけますぞ!」
いや、これは失礼を…、と慌てたゼル。「逝ってよし」と言ったつもりでは…、とワタワタと。
「そのらいのことは分かっているよ。ぼくも頑張って生きるつもりではいるけれど…」
安心したら眠くなった、とソルジャー・ブルーは上掛けを被って目を閉じた。「少し眠る」と、「とてもいい夢が見られそうだ」と。
其処までは良かったのだけど…。
「なんだって!?」
ソルジャーがお目覚めにならないだと、とキャプテンが愕然としたのが翌日。
その朝、ノルディが診察に行ったら、ソルジャー・ブルーは既に昏睡状態だった。診察の結果、当分は目覚めそうにないと言う。軽く一ヶ月は眠りっ放しになるのでは、と。
(…ま、まずい…)
こんな時に、とハーレイが青ざめるのも無理はない。
シャングリラはアルテメシアを追われて、放浪の旅を始めたばかり。船の仲間たちは、今の時点ではまだ落ち着いているけれど…。
(此処でソルジャー不在となったら…)
たちまち船はパニックだぞ、と考えた所で気が付いた。例のブルーの「遺言」に。
(三年間、ぼくの死を隠せと…)
ブルー自身が言ったわけだし、今は非常時。
ソルジャー・ブルーは存命とはいえ、昏睡状態で何をすることも出来ないのなら…。
(全部の書類に私がサインで、青の間に来た者にはだな…!)
ゼルの立体映像ならぬ、「本物の」ブルーが寝ている姿を遠目に見せておけばいい。
「ソルジャーは今はお休みだから」と、「用があるのなら、代わりに聞いておこう」と。
(よし…!)
それで行くぞ、と決断したのがキャプテン・ハーレイ。
キャプテンが決断を下したからには、ゼルたちだって異存はない。「今こそ、その時!」と皆が頷いたわけで、ソルジャー・ブルーが昏睡状態なことはバレないままで…。
「人類に向かって思念波通信じゃと!?」
とんでもないわい、とゼルが蹴り飛ばしたジョミーの提案。
「後でソルジャーにも伺っておく」と、ソルジャー・ブルーは「あくまで健在」。
ジョミーが青の間を訪れた時は、プロジェクトに巻き込まれたフィシスが応対していた。寝台で眠るブルーを見守り、「ソルジャーは、とてもお疲れなのです」とバックレて。
これではジョミーも気付かないから、「人類に向けての思念波通信」は行われなかった。
よってE-1077やキースやシロエを巻き込まないまま、シャングリラは当該宙域を通過。
余計なことをしなかったお蔭で、ミュウたちの船は全く違う歴史を辿って…。
「グラン・パ! ブルーは、まだ起きないの?」
今日も寝てるの、と赤いナスカで生まれた幼いトォニィがブルーの寝顔を覗き込む。
ようやく地球まで来たというのに、今日も寝ているものだから。
「うーん…。これって狸寝入りじゃないのかな…」
今日のはソレだという気がする、と答えるジョミー。
何故なら、地球は「赤かった」から。
ずっと昔にブルーに「行け」と命じられた地球、その星は「青い」筈だったから。
「ふうん…? 狸寝入りじゃ、まだまだ起きない?」
「うん、多分…。ぼくたちの前では、ずうっと狸寝入りじゃないかな…」
まあいいけどね、とトォニィを連れて青の間を出てゆくジョミーは、今も「ソルジャー候補」のまま。重要な案件は全てブルーが決めるし、サインもブルーがするのだから。
(………ヤバイ………)
生きて地球までは来られたんだが、とソルジャー・ブルーは内心ガクガクブルブルだった。
迂闊な「遺言」をかましたばかりに、ある日、目覚めたら、ソル太陽系。
シャングリラは人類軍を全て蹴散らし、地球の衛星軌道上に停泊中で、グランド・マザーまでが倒された後。
「何もかも片が付いていた」わけで、その間、ずっと「健在だった」のがソルジャー・ブルー。
今更「全部、代理がやっていたんだ」と言えはしないし、どのタイミングで起きればいいのか。
どうやって復帰すればいいのか、それさえも謎。
(……ハーレイは、即バレすると言ったが……)
バレなかった代わりに、もっと困ったことになった、とソルジャー・ブルーの悩みは尽きない。
「三年間、ぼくの死を隠せ」と命じた結果がコレだから。
どんな顔をして「起きれば」いいのか、もう本当にピンチだから…。
健在な人・了
※ふと「狸寝入り」と思った途端に、何故か出て来た武田信玄。「三年、ワシの死を隠せ」と。
そしてこういうネタになったわけで、まさかのブルー生存ED。これで幾つ目だ?