「ソルジャー。あの捕虜ですが…。新たな危険が判明しました」
実に恐るべき存在です、とキャプテン・ハーレイが深くした眉間の皺。それは切迫した危険を訴え掛けるには充分なもので。
「何が分かった?」
そう問い返したジョミーだけれども、「こちらへ」と案内された部屋。いつも長老たちが会議をする部屋、其処に着くまでは何も話して貰えなくて。
(…どうなってるんだ?)
仲間たちに聞かれたらマズイのだろうか、とハーレイに促されるままに部屋に入ったら…。
「あの男、とんでもないヤツじゃわい!」
ゼルが大袈裟に肩を震わせ、ヒルマンも重々しく頷いた。「あの男」というのは、先日捕えたメンバーズ・エリート、キース・アニアン。
「…信じられないことだがね…。あの男がつけているピアスを見たかね?」
「あ、ああ…。あれが何か?」
爆発物でも仕込んであるのか、とゾッとしたけれど、「いいえ」と即座に返った返事。そういう危険は無いらしい。けれど、危険なのはピアスだという。
「両方の耳にしてるだろ、アイツ。あたしやエラなら分かるんだけどさ」
女だったら普通のことだ、とブラウが指差す自分のピアス。だけど、アイツは男だろ、と。
「…あいつの趣味だというだけだろう?」
「その趣味が危険なのです、ソルジャー。…私やブラウとは違います」
それに、あの男は軍人です、とエラが厳しい表情で言った。一般人ならまだ分かるけれども、前線に出てくる軍人に装身具は許されていない筈、と。
長老たちが口々に語ったこと。もし装身具を許可されたとしたら、それだけでも特例中の特例。グランド・マザーに目をかけられた者で、ただのメンバーズとはわけが違うと。
その上、捕虜がつけているピアス。装身具がピアスなことが問題。
「ピアスの何処が問題なんだ?」
分からないから訊き返したら、長老たちは顔を見合わせてから。
「…そのぅ…。言いにくいのだがね、男が右耳にピアスをつけたら…」
ゲイのアピールなのだそうだ、とヒルマンが代表で口を開いた。
「ゲイ…? ゲイというのは何のことだ?」
「…口にするのも恐ろしいのだが…」
こういう趣味の持ち主のことで、と思念波で耳打ちされたこと。ジョミーは腰を抜かさんばかりに驚き、とんでもないと震え上がった。あの男はそういう人種だったか、と。
(…キース・アニアン…!)
ウッカリあいつの太腿なんかを触ってしまった、とゴシゴシと手を擦り合わせていたら。
それに成り行きで組み伏せられたし、と身の危険さえ感じていたら。
「右耳だけなら、まだいいのだがね…。左耳にもつけているのが…」
ヒルマンが顔を曇らせているから、「言ってくれ!」と先を促した。右耳がゲイなら左耳の方は何になるのか、あまり聞きたくもないのだけれど。知ったら不幸になりそうだけれど、此処で逃げてはいられない。ソルジャーたるもの、敵を知らねば。
「言ってくれ、ヒルマン! 左耳のピアスは何なんだ!」
「…いや、それが…。左耳はノーマル、いわゆる普通だというアピールで…」
右にも左にもピアスとなったら、バイしかなかろう、とヒルマンの答え。バイというのは両刀使いで、男も女もオッケーな人種。あの男はどうやらバイのようだ、と。
「…バイだって…!?」
それはコワイ、とジョミーの背中に走った悪寒。長老たちも恐れ戦く、グランド・マザーの覚えがめでたい、バイなメンバーズ。男も女も端から食らって、食らい尽くすのではなかろうか。
「ソルジャー、危険じゃ。ヤツは拘束しておくべきじゃ」
でないと近付いた者が何をされるか…、とゼルに言われるまでもない。自分だって迂闊に近付きたくないし、もちろん他の者だって。出来れば船中に周知徹底させたいけれども…。
(…却って不安を煽りかねないか?)
伏せておくか、と緘口令を敷いた捕虜の正体。筋金入りのバイらしいこと。
けれども、それから数日が経って、酷く後悔する羽目になった。ナスカの方へ降りている間に、逃げ出してしまったキース・アニアン。
すったもんだの末に、キースは宇宙へ逃れたけれども…。
(……とても訊けない……)
無事でしたか、と見舞ったブルーとフィシス。
ブルーは長い眠りから覚めて、まだ満足に動けない身体でキースと対峙したらしい。キースが人質に取っていた二人、フィシスとトォニィを救おうとして。
(トォニィの方は、いくらバイでも…)
殺そうとしていたくらいなのだし、多分、興味は無かったと思う。
けれど、ブルーは超絶美形で、なんとも危険そうではある。格納庫でいったい何が起きたか、訊かない方がいいのだろう。性犯罪の被害者は心に深い傷を負うのだと、例の会議で聞いたから。
(フィシスも、連れ去られてしまったわけだし…)
ギブリの中で何をされたか、これまた訊かない方がいい。心に傷を負っていたなら、その傷口に塩を擦り込むようなものだから。
(……あの男……!)
よくも、と歯軋りするしかない現実。ブルーとフィシスがレイプされたかもと、でなければレイプ未遂だ、と。
そんなこんなで、ジョミーも、それに長老たちも、見事に勘違いしたキースの正体。メンバーズにしてバイな男だと、ブルーとフィシスを毒牙にかけた悪魔だと。
おまけにブルーはメギドに単身殴り込みをかけ、そのまま戻って来なかったから。
(…やっぱり、心の傷が深くて…)
きっとブルーはキースを許せなかったんだ、とジョミーが流した後悔の涙。
「あなたの心の傷に気付かなくてすみません」と、「ぼくが相談に乗るべきでした」と。
キースを殺して自分も死のう、と思い詰めてブルーは死んだから。もっと自分がしっかりしていたら、悲劇は起こらなかったから。
(…ブルーがキースを殺せていたら…)
マシだったのに、と止まらない涙。憎いキースは逃げ延びたらしく、二階級も特進したという情報までが入って来たから、更に腹が立つ。
(……ブルー……)
レイプされた挙句に、その犯人を殺すことさえ出来ないままで…、と嘆くしかない。それに…。
(…もしかしたら、ブルーは殴り込んだ先でも…)
悪魔のようなバイのキースに、弄ばれてしまったかもしれない。あまり考えたくないけれど。
メギドは沈んだと聞いているから、それは無かったと思いたいけれど。
(……ぼくは愚かで、未熟でした……)
あなたとフィシスを、死ぬより酷い目に遭わせてしまいました、と何度詫びても既に手遅れ。
何もかもあの男のせいだと言いたいけれども、捕虜にしたのは自分だから。とても危険なバイの捕虜だと、皆に知らせもしなかったから。
一方、逃れたキースの方。そちらも周囲に派手に勘違いをされていた。
エラが指摘した通り、軍人の身では認められない装身具。なのに両耳に真っ赤なピアスで、常につけているものだから…。
「おい、セルジュ。…アニアン大佐のピアスなんだが…」
教官時代には無かったよな、とパスカルに訊かれて、頷いたセルジュ。
「間違いない。見てはいないし、それに…」
ジルベスターの事故調査に向かった時からだと聞いている、と視線を走らせた先にマツカの姿。いつの間にやら、キースの側近中の側近、国家騎士団に転属になって来た青年。
「マツカか…。やっぱり、そういうことか?」
「多分…。あのピアスで周りにアピールしておけば、誰もマツカに手を出せないしな」
お目当てはマツカだったんだろう、とセルジュは苦々しい顔で。
きっと何処かで嗅ぎ付けたんだと、大佐好みのマツカの存在を…、とブツブツ愚痴を零すから。
「ぼやくなよ。…それともアレか、お前も大佐のお側仕えを希望なのか?」
「大佐の御指名なら、喜んで。その趣味は無くても光栄だ。…しかし…」
生憎とまだ呼ばれていない、とセルジュもパスカルも間違えていた。マツカはキースのベッドに呼ばれて、夜のお相手をするのが仕事、と。
もちろん、例のピアスのせいで。絶妙な時期にキースが装着したせいで。
人類側でもこんな具合で、あまつさえ…。
(…一生かけても、知りたい所なんだがねえ…)
サム・ヒューストンからは何も聞けそうにないし、と白衣の医師がついた溜息。
(…血液でピアスを作れますか、と言って来た上に、そのピアスをだね…)
両耳につけてアピールだしね、と溜息の医師。彼がサムの血でピアスを作って、キースの両耳にピアス穴を開けた。…言われるままに。
(右耳のピアスはゲイのアピール、左耳のピアスはノーマルでだね…)
だからバイだと言いたいんだろうが、という所までは分かる。キースとサムとの深い関係、それも容易に分かるけれども、どうにも解けない謎が一つだけ。
(いったい、キースはどっちでだね…)
サム・ヒューストンはどっちだったのだろう、と未だに分からない彼らの関係。キースがサムを組み敷いていたのか、それともサムに組み敷かれて悦がる方だったのか。
(それが分かるなら、相応の対価を払う用意はあるのだが…)
誰も教えてくれないだろうね、と嘆いている医師、彼が最初の勘違い野郎というヤツだった。
キースはバイな男なのだと、サムがキースのパートナーだったと信じて疑わない男。
サムの血のピアスを作った医師でもこの有様だし、他の者たちが間違えるのも無理はない。
キースはバイだと、ブルーとフィシスは被害者なのだと、泣きの涙のジョミーとか。
上級大佐の大のお気に入りはマツカなのだと、信じ込んでいる部下たちだとか。
そしてキースは何も知らない、皆が間違えていることを。
サムとの友情の証なのだと、毅然とピアスをつけているから。
グランド・マザーに忠誠を誓ったエリートとして。
(…私はサムを忘れまい…)
一生サムの血と共に在ろうと、生涯これを、と決めているキース。
本人だけが知らない誤解は、きっと永遠に解けないまま。気付かないのでは、誤解を解こうと思いさえしないままだから。
右耳のピアスはゲイのアピール、左耳ならノーマルの証。
赤い血のピアスは、キースの両耳に今日も輝く。誤解を山と背負ったままで。人類にもミュウにも誤解されたままで、右耳に、それに左の耳に…。
罪作りなピアス・了
※本気で自分の頭の中身が謎になって来た今日この頃。ピアスだよな、と思っただけなのに。
どう間違えたらバイなキースの脅威になるのか、なんか色々とスミマセン…。