ゼウス級一番艦、ゼウス。
人類統合軍が誇る最新鋭の宇宙戦艦、ミュウ殲滅作戦に赴く連合艦隊の旗艦。
軍人ならば誰もが指揮したいだろう船、その艦長に選ばれた男。
彼の名はグレイブ・マードック。
史上初めて国家騎士団からパルテノン入りした、元老キース・アニアンを乗せる艦長だけども。
「久しぶりだな、マードック大佐」
「ジルベスター以来です、閣下」
キースが呼び掛けた言葉通りに、彼の階級は大佐だった。ジルベスターでも大佐だったのに。
あれから長く経つというのに、一階級も上がっていないのがマードック大佐。キースの方は同じジルベスターで二階級特進、その後も順調に出世したのに。
大佐の上には少将、中将と続いてゆくわけで、本来だったら…。
旗艦ゼウスを指揮する者は、大佐などでは有り得なかった。軍というのはそういう世界。
けれども、キースが抜擢したのがマードック大佐。
(万年大佐でも、腰抜けよりは役に立つからな)
そう、誰が呼んだか「万年大佐」。人類統合軍の者なら「大佐」と聞けばピンと来るのが万年大佐で、マードック大佐。
もっとも、彼とて出世を目指した時期だってあった。
ジルベスターでは野望に燃えて、キースよりも先にミュウを殲滅しようとしていたくらい。
ところがどっこい、彼の野望がズッコケたのがジルベスター。嘘ではなくて、本当の話。
此処で勘違いをしてはいけない、「残党狩りをしなかったからだろう」と。
キースが命じたミュウの残党狩り、応じなかったマードック大佐。
曰く、「我々は電磁波障害で、その命令は受けられなかった」。
「私は軍人だ。戦争となれば敵と戦う。だが、これは戦争ではない。これは虐殺だ」
キース・アニアン。…奴こそ化け物だ。
そう言ったのが彼だけれども、キースや上層部が知るわけがない。まるっと信じた電磁波障害、ゆえにお咎め無しだった。
昇進の話も出たというのに…。
「なんだと!?」
それは本当なのか、と愕然としたのがマードック大佐。
噂のジルベスター星系から帰還した後、キースと同じく上級大佐に昇進させるという話。上級とつけば次の昇進では恐らく少将、トントン拍子に出世できそうだけれど。
顎が外れそうなほどに仰天したわけで、「とんでもない」と断った昇進。
何故なら、条件付きだったから。
(…そんな規則があろうとは…)
お気に入りの副官、ミシェル・パイパー少尉が問題。副官と言いつつ実は愛人、彼女を連れて行けないらしい。
大佐までなら副官は異性でオッケーだけれど、それより上だと必ず同性。つまりは、昇進の話を受けたら最後…。
(ミシェルとお別れ…)
有り得んだろう、と思わず叩いた机。潤いのない人生なんぞは御免蒙る。
かくして蹴り飛ばしたのが昇進の話、彼の野望は其処で潰えた。頑張って出世すればするほど、薔薇色の人生が遠ざかるから。麗しの副官がいなくなるから。
(むくつけき野郎を侍らせてまで…)
出世したいとは思わんね、とツイと眼鏡を押し上げておいた。
軍人たるもの、美しき女性を侍らせてなんぼ、仕事の合間にイチャついてなんぼ。
それが出来ない人生なんて、とマードック大佐が固めた決意。
昇進なんぞは糞食らえだと、出世なんぞもしなくていいと。
(人生、大切なことは二つだけだ…)
麗しい女性との恋愛、それから気に入りの酒。他のものは全て、消えてしまってかまわない。
何故なら、全部醜いからだ、とフッと格好をつけて呟く。
朴念仁には分かるまいなと、化け物のキース・アニアンにも、と。
出世街道から外れた裏道、其処を行こうとマードック大佐は驀進し続け、相も変わらず女連れ。
何処へ行くにも副官のミシェル、出世よりかは女を取った。
誰が呼んだか「万年大佐」で、女を選んだと評判の男。
けれども、軍人としての手腕は確かだったから。万年大佐でも、凄腕の軍人だったから。
(ついに私にも運が向いて来た…)
旗艦ゼウスと来たものだ、とマードック大佐が湛える笑み。
出世しなくても、転がり込んで来た人類統合軍の旗艦ゼウスの艦長の地位。
この作戦が終わった後には、出世せずとも人生、順風満帆だから。
女連れのままで人類統合軍のトップで、今をときめくマードック大佐になれるのだから…。
マードック大佐の事情・了
※いや、どう考えても旗艦ゼウスの艦長が「大佐」は変だよな、と。それも万年大佐って。
何か事情があるんだよ、と思った途端にピンと来た「女」。これっきゃないでしょ!