「お前に会えて良かった…」
地球の地の底、暗闇の中でキースが言うから、「ぼくもだ」と素直に返したジョミー。
自分もキースも全力で生きたし、後悔することは何も無いから。
会えて良かったと思うから。
パンドラの箱を開けてしまったけれども、箱の最後には希望がある筈。
それをキースに伝えておこう、と薄れゆく意識の中で「キース」と呼び掛けた。
「うん…?」
声に応じてキースがこちらを向く気配。
「ジョミー?」と声も返って来たから、ずいぶん頑丈に出来ているらしい。自分の方は、肉声はもう無理なのに。思念波が精一杯なのに。
(ぼくよりも先に刺されたくせに…)
なんという体力と生命力、と思考がズレた所へ、聞こえて来たのがキースの声。
「そういえば、一つ訊きたかったんだが…」
『え…?』
あんまり時間を取らせないで欲しい、と自信が無いのが生命力。キースの質問に答えた後にも、命は残っているのだろうか?
「箱の最後には希望が残ったんだ」とキースに伝えるためには…。
(前後の文脈ってヤツも大切で…)
まるで繋がらない言葉を言ったとしたって、キマらない。辞世の句ならぬ最期の言葉は、それにしようと決めているのに。
(質問するなら、早くしてくれ…!)
こっちの答えも出来るだけ短く切り上げるから、と内心イラッとしていたら…。
「グランパと呼んだな、あの若者は」
(…へ?)
トォニィがどうかしたのだろうか、と相槌も打たずに守った沈黙。「早くしやがれ」と。
真面目に命がリーチな具合で、じきに死にそうな感じだから。
なのに…。
「お前もジジイだったのだな」
斜めな台詞を吐いたのがキース、感慨深げに。「年を取ったのは、私だけではなかったか」と。
『……ジジイ?』
それは何処から、と「最期の言葉」を言うのも忘れて訊き返した。
「ジジイだって?」と、不愉快な気持ち満載で。キースは老けて皺もあるけれど、自分は若くて青年だから。
「お前はグランパなのだろう?」
あれはジジイという意味だしな、と無駄に体力自慢のキースは続けてくれた。
「ジジイの割には若作りだが、お前に会えて良かった」とも。
『ちょ、ジジイって…!』
誤解だから、と言い終わる前に迎えたタイムリミット、まるで無かった延長戦。すなわち此処でタイムオーバー、タイムアップとも言うかもしれない。
キースにまるっと誤解されたままで終わった命。
あまつさえ最期の言葉さえもが、カッコよくキメて終わる代わりに「ちょ、ジジイって…!」。
(…なんでこういうことになるわけ!?)
最悪な最期だったんだけど、と泣きの涙で死んだ途端に…。
「ようこそ、ジョミー・マーキス・シン」
さあ、天国に参りましょう、と現れた天使。
真っ白な翼に、光り輝く純白の衣。何処から見たって神の御使い、天国ガイドらしいけれども。
「ちょっと待って欲しい…!」
まだ死ねないから、と踏ん張った。
最期の言葉も酷かったけれど、キースがかました「ジジイ」なる言葉。
トォニィが「グランパ」呼ばわりしてくれたせいで、とんでもない流れになったのだから。
何としてでも、此処は戻ってやり直し。「ジジイ」の件は仕切り直したい。
キースは恐らくまだ生きているし、ちょっと戻って解きたい誤解。
「この手、離してくれないかな…!」
急ぎの用があるもんで、と振り払おうとした天使の手。
「ジョミー?」
「急いでいると言っただろう! 今のままだと、ぼくはジジイで終わりだから!」
ぼくを身体に、地球に帰せ、と怒鳴ってやった。昔、似たような台詞があったと思いながら。
あの時は相手がブルーだったと、「ぼくをアタラクシアに、家に帰せ!」と叫んだよね、と。
「ですが、あなたは、もう天国に…」
「天国が何だって言うんだよ!」
これじゃ死んでも死に切れないから、と天使にぶつけた怒り。
最期の言葉は「ちょ、ジジイって…!」で、キースには「ジジイ仲間だ」と誤解されたまま。
それというのも、トォニィが何度も「グランパ」と呼んだせいなのだから…。
(孫末代まで祟ってやる、っていうヤツは…)
こういう時にピッタリかもね、と思ったら慌てたのが天使。「なんということを…!」と。
「ジョミー、その思考は危険です…!」
孫末代まで祟るだなんて、天国の扉が閉ざされますよ、と諭されたけれど、危険な思考、上等。
元々、危険思想の持ち主がミュウで、それで人類と派手に戦争していたのだから。
「だったら、危険思想でいいから!」
天国も説教も後でいいから、とにかく離せ、と大暴れした。「ぼくを帰せ!」と空中で。
そうしたら…。
「あっ…!」
どうしましょう、という天使の声を最後に、真っ逆様に空から落っこちて行って…。
(生き返った!?)
戻ったみたい、とガッツポーズを取るよりも前に、隣でキースが吐いている台詞。
「最後まで私は一人か…」と、格好をつけて。
(させるかぁーーーっ!!!)
誤解を解いていないんだから、と戻って来たジョミー・マーキス・シン。
戻ったからにはパワーMAX、キースにも生きて貰わねば。
上からドーン! と落ちて来た岩、その下敷きにはさせなくて…。
「………???」
なんだ、とキースは目を剥いた。「此処は何処だ?」と真っ暗な中で。
「さっきのジジイだ! 言い直せ!」
あれは思い切りの誤解だからな、と肉体の声で売ってやった喧嘩。「まだ死なせるか」と。
「ちょっと顔を貸せ」と、「シャングリラまで来て貰おうか」と。
「ほら、其処だ!」
「なにぃ…!?」
馬鹿な、と落ちたキースの顎。
どうしたわけだか、地の底深くから飛び出す羽目になったから。ジョミーともども。
「いいから、さっさと来るんだ、キース!」
ジジイの件を説明させて貰うから、とジョミーが飛び込んで行ったシャングリラ。腕にキースをしっかり抱えて、どちらも致命傷コンビのままで。
「グランパ!?」
よく無事で、とトォニィがやった「グランパ」呼び。途端に力が抜けたけれども…。
「そのグランパ…」
やめてくれる、と辛うじて告げて、其処で意識がブラックアウト。
とはいえ、天使は来なかったから…。
(ぼくもキースも…)
生きられそうだし、後でゆっくり片をつけよう、と算段しているジョミー。
まずはキースの誤解を解くこと、お次がトォニィの「グランパ」呼びを直させること。
(もう戦いは終わったんだし…)
そっちの方へと時間を割いてもいいだろう。こうして生きて戻れたから。
長年「グランパ」と呼ばれたけれども、直させるなら…。
(もっと若さをアピールで…)
かつ偉そうに「兄上」なんかがいいだろうか、とジョミーは真面目に考え続ける。
「それがピタリと嵌まりそうかな」と、「グランパよりかは兄上だよね」と。
トォニィの台詞に当て嵌めてみても、まるで違和感が無かったから。
「早くしなけりゃ、グランパが死んじゃう!」を、「兄上が死んじゃう!」に換えたって。
「グランパを置いてなんか行けない!」を、「兄上を置いてなんか行けない!」とやったって。
(…いいかも、「兄上」…)
これにしよう、とジョミーが決めたお蔭で、暫く経ったシャングリラでは…。
「ごめんなさい、兄上…。ぼくの言い方が悪かったです…」
ちゃんとキースに説明します、とトォニィがションボリ項垂れていた。
大好きなグランパは生きて戻ってくれたけれども、もう「グランパ」とは呼べないから。
これから先は呼ぶなら「兄上」、キースの誤解を解く役目までが「兄上」からの命令だから。
(頼むぞ、トォニィ…!)
ぼくが自分で説明するより確実だからな、とベッドでほくそ笑むジョミー。
ジジイのままで死んでたまるもんかと、悲惨な最期はもう二度と御免蒙ると…。
グランパは嫌だ・了
※キースにしてみりゃ、「グランパ」呼びは意味が不明だろうな、と思ったわけで…。
そしたら「ジジイは嫌だ」なジョミーが出て来たオチ。「兄上」だそうです。