「彼にはミュウとしての資質が、無いんじゃないかい?」
ブラウが切って捨てた、「ジョミー」のこと。まるでミュウらしくない、とゼルも言ったほど。
けれども、ソルジャー・ブルーは返した。青の間のベッドに横たわったままで。
『…彼はミュウだ。もう少し、見守ってやって欲しい』
そう紡がれた思念波に、たちまち反論の声が上がった。
「しかし、ソルジャー! 船の者たちも噂しておるわい!」
「まったくだよ。今度ばかりは見込み違いだ、とソルジャーにも矛先が向いているしさ」
『…分からないのも、仕方ないかもしれないが…』
彼のアホ毛が動かぬ証拠だ、と斜めな思念が届いたものだから、長老たちは目を剥いた。無論、キャプテンのハーレイだって。
「アホ毛じゃと!?」
「何なんだい、そのアホ毛ってのは…?」
確かにアホ毛はあるんだけどさ、とブラウも認める「ジョミーの頭」。
太陽のように明るい金髪、其処には常に「アホ毛」があった。寝癖なのだか、髪質だかは、誰も追究していないけれど。
『…ぼくがアホ毛と言ったら、アホ毛だ』
今の時点では「アホ毛」が全てだ、とソルジャー・ブルーは、のたまった。
曰く、ミュウの力に目覚めてはいない、只今のジョミー。「まるっきりの人間だ」という陰口、それが船中で囁かれるほどに。
ところがどっこい、「力」は「アホ毛」に表れているらしい。
先刻、ハーレイが口にしていた、「ジョミーの思念波は強い」という事実。船の何処にいても、感じ取れるほどのレベルの「それ」。
その思念波を「発している」のが「アホ毛」だとのこと。
アンテナよろしく、ジョミーの頭に突っ立って。
船のあちこちに「電波ゆんゆん」といった感じで、無自覚の内に「まき散らす」思念。
もしも「アホ毛」を封じたならば、思念は「感じ取れないくらいに」薄れてしまって、何処から見たって「ただの人間」。
ソルジャー・ブルーは、思念で重々しく、そう告げた。
『君たちが嘘だと思うのだったら、ジョミーのアホ毛を封じるがいい』と。
よりにもよって、「アホ毛」という答え。
「ミュウとも思えぬ」ただの人間、ジョミーが「ミュウだ」という証拠。
長老たちは「ハハーッ!」と青の間を辞去したものの、狐につままれたような気分で、頭を振り振り歩いていた。…船の通路を。
「……アホ毛じゃなどと、言われてもじゃな……」
「アホ毛はアホ毛じゃないのかい?」
船に来た時からアホ毛だったし、とブラウが突っ込む、ジョミーのアホ毛。
リオの小型艇で、このシャングリラの格納庫に着き、降り立った時のジョミーの頭に、アホ毛は「あった」。今と全く変わりなく。
いつ出会っても「アホ毛がある」のがジョミーなのだし、「そんなものだ」と、誰もが思った。それがジョミーのヘアスタイルで、特徴はアホ毛、と。
けれど、此処へ来て明かされた「衝撃の事実」。
ジョミーが船中に「まき散らす」思念は、あの「アホ毛」から。
生粋のミュウなら、ちゃんと意識して思念波を紡ぐものなのだけれど、ジョミーは例外。
「…目は口程に物を言う、とは言うのだが…」
代わりにアホ毛だったのか、とハーレイだって唸っていた。
ミュウの箱舟、シャングリラのキャプテンを務めて長いけれども、「アホ毛で物を言うような」ミュウは知らない。ただの一人も、見たことがないと言うべきか。
「…流石はソルジャー、と慧眼ぶりに感動すべき所でしょうか…?」
でも、アホ毛ですよ、とエラも苦い顔。「そんなミュウを、私は知りません」と。
「私もだよ。子供たちの教育係を、長いこと務めているのだがね…」
アホ毛は所詮、アホ毛なのではないのかね、とヒルマンも懐疑的だった。
ジョミーの頭にピンと跳ねたアホ毛。それが「アンテナ」だと言われても困る。ジョミーの頭の中に詰まった、ありとあらゆる思考を「船中に」撒いているなんて。
「……ソルジャーは、アホ毛を封じろと仰ったが……」
本当にそれで変わるだろうか、とハーレイは歩きながら腕組み。「サッパリ分からん」と、癖になっている眉間の皺を深くして。
「それだよ、それ! アホ毛なんかを、どう封じろって言いたいのさ?」
勝手に跳ねてるだけじゃないか、とブラウが軽く両手を広げて、「アホ毛」の話は終了した。
どうせジョミーの「化けの皮」なんて、じきに剥がれておしまいだろう、と。
そうしてジョミーは「船を出てゆき」、それっきりかと思われていた「アホ毛」の件。
「やっぱりミュウじゃなかったんだ」と、長老たちさえ考えたから。
なのに、大爆発した、ジョミーのサイオン。…ユニバーサルの建物を破壊するほどに。
その勢いで衛星軌道上まで逃げて、駆け上がって、追い掛けて行ったソルジャー・ブルーまでが「半殺し」という激しい展開。
なし崩し的に、ジョミーは「ソルジャー候補」となった。
それでもやっぱり「冴えない」わけで、集中力に欠けているものだから…。
「…アレをどうにか出来んかのう……」
もっと劇的に力が伸びんと、頼りないわ、と今日だってゼルが愚痴っている。
今のジョミーでは、心許ない。とても「ソルジャー・ブルー」を継げるレベルではなくて、先の見通しさえも立ってはいない。
「打つ手があればいいのだがね…。本人のやる気が中途半端では…」
「どうにもならない、ってトコなんだよねえ…」
困ったもんだ、とブラウが零した所で、「そうだ!」とハーレイが、ポンと手を打った。
「アホ毛で、なんとか出来ないのか?」
「「「アホ毛?」」」
「前に、ソルジャーが仰っていたことがあっただろう。アホ毛なのだ、と」
ジョミーの力の源は今もアホ毛なのでは、とハーレイは至極真面目な顔つきだった。
ソルジャー候補なジョミーの頭に、アホ毛は健在。
かつては「電波ゆんゆん」と船中に「思念を撒いていた」なら、サイオンの特訓に入った今でも「アンテナ」の機能は生きている筈。
きっと、何らかの形で「電波ゆんゆん」、もしくは「増幅装置」かもしれない。
アホ毛がピンッ! と立ちさえしたなら、それは物凄いサイオンを発揮するだとか。
「……むむう……」
アホ毛が増幅装置になるのか、とゼルが引っ張った髭。「それも無いとは言えんわい」と。
「…でもねえ…。相手はアホ毛なんだよ?」
おまけにジョミーに自覚は無い、とブラウが断じたけれども、ジョミーの訓練は手詰まり状態。それを打破することが出来るなら、アホ毛にだって縋りたい。
アホ毛なんかに、どう縋るかは、ともかくとして。
ジョミーの頭にピンと立っている、アホ毛。…それを拝んで縋ればいいのか、とても丁重に櫛で梳かして、もっと真っ直ぐに立てればいいのかも、まるで全く分からないけれど。
とはいえ、縋れそうなモノは「アホ毛」一択。
「溺れる者は藁をもつかむ」で、この際、アホ毛でもいいから「掴みたい」気分。
長老たちは額を集めて相談の末に、「アホ毛に縋る」ことにした。
「…アンテナじゃったら、ピンと立てねばならんじゃろう!」
訓練の時にも、アンテナが消えてしまわんように、と技術畑なゼルがブチ上げた理論。
ジョミーの頭にピンと跳ねたアホ毛、それのキープが「何より肝心」。
「……整髪料かね?」
わしらが使っているような…、とヒルマンがゼルの「頭」に目を遣り、次いで髭へと。
ゼルには一本も無いのが頭髪、けれども髭は立派だから。…毎日、整髪料で綺麗に整え、捻って「形にしている」から。
「それが一番早いじゃろうが。…効果があったら、更なる技術の向上をじゃな…」
「なーるほどねえ…。アホ毛専用に、開発させるということだね」
整髪料で、なおかつプラスアルファな素材か、とブラウも頷いた。
サイオンを通しやすい素材などにも「詳しい」のがミュウ。「ジョミーのアホ毛」が「サイオン増幅装置」になるなら、それに相応しい整髪料を開発したっていいだろう。
「私も、それに賛成です。とりあえず、整髪料で様子を見てみましょう」
様子見だけなら、船にあるものでいい筈です、とエラも支持した「整髪料」。
幸いなことに、髭が自慢のゼル機関長や、オールバックがトレードマークのキャプテンなどと、整髪料を愛用している者は「多かった」。
彼らが再び始めた相談、今度は「整髪料」のチョイスについて。
ゼルの髭を「ピンと整える」ためのヤツを選ぶか、ハーレイの髪を固めているヤツがいいか。
結論としては、同じ「髪の毛」で「同じ金髪」に「整髪料を使用している」、キャプテン愛用の品に白羽の矢が立った。「それで良かろう」と。
決まったからには、実行あるのみ。
次の日、彼らは、もう早速に「訓練に来た」ジョミーを捕まえて…。
「ちょいと話があるんだけどね? 訓練の前に」
アンタのアホ毛、とブラウがズバリと言った。まるで全く、隠しさえもせずに。
「……アホ毛?」
コレのことかな、とジョミーが指差した頭。今日もやっぱり、アホ毛は立っていたものだから。
「そう、それなのだよ。…我々はアホ毛に縋りたくてね」
君のアホ毛は、強大な可能性を秘めているかもしれない、とヒルマンがズズイと進み出た。
「ソルジャー・ブルーも仰っていた」と、「君のアホ毛はアンテナらしい」と。
「……アンテナって?」
何それ、とジョミーの瞳が丸くなるから、「アンテナなのだ」と厳めしい顔をしたキャプテン。
「君が初めて船に来た時から、君の思念は強かった。船の何処にいても分かるくらいに」
その中継をしていたモノがアホ毛らしい、とキャプテンの目がマジだからして、ジョミーは口をポカンと開けた。「このアホ毛が…?」と。
「…ハッキリ言うけど、ぼくのアホ毛は、ずっと前からで…!」
「だからこそです。無自覚の内に、ミュウとしての能力を発揮していたに違いありません」
試してみるだけの価値はあります、とエラが掴んだジョミーの「アホ毛」。
其処へ「これじゃ」とゼルが差し出した、ハーレイ御用達の整髪料。エラは「では…」と、指でワックス状のを掬って、「丁寧に」アホ毛に塗り付けた。…ピンと立つように。
「…エラ、仕上げにはスプレーだぞ」
でないと男の髪はキマらん、とハーレイが指示して、「固められた」アホ毛。
サイオンの訓練で駆け回ろうとも、ビクともしない勢いで。ジョミーの頭にピンと跳ねた毛が、常に「アホ毛」でいられるように。
「…え、えっと……?」
なんか此処だけ固いんだけど、というジョミーの声は無視された。
そして始められた「その日の訓練」、なんとジョミーは…。
「おお! 初の満点ではないか!」
「やっぱり、アホ毛だったのかい…。アレが増幅装置ってわけか」
こりゃ、開発班の仕事ってヤツになりそうだねえ…、とブラウが言うまでもなく、方針はとうに決まっていた。
「ジョミーのアホ毛専用」の整髪料を、直ちに開発させること。
並みの整髪料ではないのだからして、サイオンを通しやすい素材で、なおかつ「ビシッと」アホ毛を固定できるもの。
どんな激しい戦闘だろうが、アホ毛が「消えてしまわない」ように。
いつでも「ジョミーの頭には」アホ毛、次期ソルジャーの力の源を保てるように。
こうして「アホ毛」は不動になった。
ジョミー専用の整髪料が開発されて、アホ毛を「きちんと」固め続けて、キープして。
寝ている間も「敵襲に備えて」、アホ毛は必ず「立てておくもの」。
そんな具合で誕生したのが、後のソルジャー・シンだった。
もちろんナスカに着いてもアホ毛で、人類軍との本格的な戦闘に入っても、やはり頭にアホ毛。
ついに地球まで辿り着いても、「ユグドラシルに入る」ジョミーの荷物に、整髪料はデフォ装備だった。係の者が「何を忘れても、これだけは」と、一番最初に突っ込んだほどに。
よってジョミーの「アホ毛」は、地球の地の底でも「乱れることなく」、グランド・マザーとの戦いの最中も「ピンと頭に立っていた」。
アホ毛あっての「ソルジャー・シン」で、それさえあったら、ジョミーの力は無限大だから。
グランド・マザーをも壊したサイオン、その源は、彼の頭に燦然と輝くアホ毛だから…。
アホ毛の底力・了
※何処から「アホ毛」と思ったのかも謎なら、アンテナでサイオン増幅装置な件も謎。
けれど気付けば書く気満々、チェックしていたDVD。…最後までアホ毛で間違いないっす。