(マザー・イライザ…!)
母親面したコンピューターめ、とシロエが机に叩き付けた拳。
マザー・イライザの幻影が消えた辺りを、憎悪に満ちた瞳で睨んで。
たった今まで、其処にいた機械が纏っていた姿。
それに嫌悪を覚えるけれども、同時に覚える微かな思慕。
(…こうして、目の前に現れる時は…)
Eー1077で与えられた、この個室でも、コールされて行く広い部屋でも、起こる現象。
マザー・イライザは、最も身近な女性の姿で現れるもの。
コンタクトを取ろうと思った相手が、親しみやすさを抱くようにと。
(なんて機械だ…!)
それに、なんという酷いシステムだろう、と湧き上がる怒り。
ついさっきまで来ていた「マザー・イライザ」は、故郷の母の姿だったから。
語り掛けて来る言葉と、その内容とが、別物だったというだけで。
(……ママは、あんなこと……)
ぼくには絶対、言いやしない、と思うけれども、止められない、その姿への思い。
心の何処かで「ママだ」と叫んで、「彼女」の言葉に従いたくなる。
逆らい、反抗しなかったならば、「彼女」は、きっと優しいから。
記憶に残った母と同じに、「シロエ」と温かく呼び掛けてくれて。
(…だから嫌いなんだ!)
あんな機械、と乱暴に椅子を蹴り付けて立った。
このまま机の前にいたなら、マザー・イライザに取り込まれそうで。
再び、幻影が現れて。
「どうしました?」と柔らかい声音で、こちらの機嫌を窺いながら。
もしも心が晴れないのならば、悩みを聞いて対処するから、と。
(…それに騙されて、あいつの所に行ったなら…)
深く眠らされて心を探られ、またしても記憶を奪い去られる。
機械に都合の悪い部分を、摘み取るように。
システムに反抗しないようにと、その芽をチョキン、チョキンと切って。
誰がその手に乗るもんか、と机に背を向け、歩き出そうとしたけれど。
ピーターパンの本が置いてあるベッド、其処へ真っ直ぐ向かうつもりが…。
「あっ…!」
足を取られる物など無いのに、突然、掬われた足元。
怒りの余りに足が縺れたか、あるいは注意散漫だったか。
(…痛っ!)
したたかに床に叩き付けられ、走った痛み。
日頃、訓練でやっていることは、何も役立ちはしなかった。
部屋にいたから油断したのか、あるいは、所詮は付け焼刃なのか。
(…やらないと、上に行けないから…)
体術の訓練もしているけれども、ああいったことは好きではない。
空き時間にまで自主トレーニングをしている人種が、異次元の者に思えるほど。
(……本当のぼくは……)
この程度の実力だったりしてね、と顔を歪めて起き上がる。
「なんてザマだ」と、自分自身を嘲りながら。
「誰にも見られなくて良かった」と、「外で転んだら、笑い物だよ」と。
(…でも、痛かったな…)
転んだのなんて、久しぶりだ、と服を軽くはたいて、立ち上がって。
「部屋の中だから、汚れてないけど」と、膝の辺りなどを眺めた途端。
(……ママ……)
それに、パパ、と心の中を掠めた思い。
Eー1077に連れて来られる、遥か前のこと。
故郷のエネルゲイアにいた頃、幼い自分も、こうして転んだ。
「パパ、ママ、早く!」と、両親を呼びながら、元気一杯に駆けていた時に。
一緒に遊びに行った場所やら、街に出掛けた折なんかに。
(…躓いたり、滑ったりなんかして…)
アッという間に転んだ自分。
とても痛くて、おんおん泣いたものだけれども…。
(…大丈夫、って…)
起こしてくれた父の、大きかった手。
それから、怪我を手当てしてくれた、母の優しくて暖かかった手。
(…どっちも、此処には…)
もう無いんだ、と思い知らされ、ふらふらとベッドの端に座った。
「ぼくが転んでも、誰も助けてくれやしない」と。
今は怪我をしていないけれども、転んだことと、痛かったことは幼い子供だった日と同じ。
けれど、誰一人、来なかった。
誰も「大丈夫?」と尋ねてはくれず、具合を確かめてもくれない。
此処に故郷の母がいたなら、「大丈夫?」と訊いてくれるだろうに。
もう充分に大きい少年だけれど、転んだことに変わりはない。
運が悪ければ、打ち付けた場所にアザが出来ることもあるだろう。
もっと酷かったら、転んだはずみに…。
(足を捻って、捻挫するとか…)
そういったことも起こりかねない。
Eー1077で訓練を受けていなかったならば、そういったケースも無いとは言えない。
(…だから、きっと…)
母だったならば、駆け寄って来る。
何処か痛めていないだろうかと、慌てた様子で。
(パパだって…)
苦笑しながら、ゆっくりとやって来るだろう。
「おやおや、そんなに大きいのに」と、あの温かい笑みを浮かべて。
「転ぶだなんて、考え事でもしていたのかい?」と、可笑しそうに。
そうして顔では笑っていたって、父も心配してくれた筈。
転んで怪我をしてはいないか、足を捻ったりしなかったか、と。
(…パパ、ママ…)
此処には誰もいてくれないよ、と悲しくなる。
「ぼくは一人だ」と、「転んでも、誰も来てくれないよ」と。
(…もし、来るとしたら…)
マザー・イライザしかいやしないんだ、と寒くなる背筋。
今の「シロエ」を気に掛ける者は、あの忌々しい機械だけ。
それがイライザの役目とはいえ、なんと虚しい世界だろうか。
気に掛けてくれる者は誰もいなくて、機械が面倒を見てくれるなんて。
(……ゾッとしないよね……)
機械に心配されるだけだなんて、とベッドに腰掛け、身を震わせた。
転んだ痛みも、この恐ろしさの前には薄れて消えてゆくだけ。
(…ぼくを気にしてくれるのは…)
Eー1077の中では、マザー・イライザしかいない。
此処を卒業していった後は、別の機械がイライザに取って代わるのだろう。
なんという名か知らないけれども、行く先々を支配しているコンピューターに。
(出世して、地球に行ったなら…)
グランド・マザーが「シロエ」の心配をする。
国家主席の座に昇り詰めて、「止まれ」と命令するまでは。
機械が治める歪んだ世界を、この手で壊す瞬間までは。
(…転ぶどころか、大怪我をして…)
入院したって、誰も見舞いに来てはくれない。
友達を作らない限り。
マザー牧場で飼い慣らされた、羊を友にしない限りは。
(…そんな友達…)
御免だよね、と思いはしても、機械しか心配してくれないのは、悲しくて怖い。
命が危ういほどの怪我なら、どれほど心細いだろうか。
(ぼくは本当に治るのかな、って…)
包帯だらけで沢山の管に繋がれていても、慰めに来るのは機械だけ。
マザー・イライザがやっているように、恐らくは母の姿を取って。
「大丈夫、きっと治りますよ」と、枕元に幻影が現れて。
「痛みますか?」と触れて来る手には、温もりも質感も、微塵も無くて。
(…でも、そうなるんだ…)
このまま進めば、ぼくはそうなる、と容易に想像がつく自分の未来。
心を許せる相手なんかは一人もいなくて、何処までも孤独。
重傷を負って入院しても、機械が見舞いに来るだけで。
その傷が元で命を落とすことになっても、最期を看取ってくれる者など…。
(……いやしないんだ……)
故郷の両親がいてくれたならば、駆け付けて来てくれるだろうに。
最期まで「シロエ」の手を握り締めて、「死ぬな」と泣いてくれるだろうに。
(……どうすることも……)
出来やしないよね、と分かってはいる。
歪んだ世界を正さない限り、両親に再会出来はしないし、一緒に暮らすことも出来ない。
そして、その道を捨てない限りは、孤独が待っているということも。
(…もしも、其処から逃れたかったら…)
エリートになる道を諦め、一般市民になるしかない。
そちらのコースに進んだならば、「共に歩んでくれる誰か」を見付けることが出来るだろう。
機械が選んで勧めて来るのか、あるいは自分で選び出すのか。
(…どっちにしても…)
そこそこ気の合う、価値観も似た「配偶者」。
早い話が、「シロエの妻」になる女性。
(……ぼくは、女なんか……)
要らないんだから、と頭から決め付けて来たのだけれども、どうなのだろう。
妻がいたなら、さっきのような時だって…。
(いい年をした大人が転ぶなんて、って…)
笑いながらも、妻が側に来てくれる筈。
「何処か、痛む?」と、幻影ではない手で触れて。
転んだ拍子に怪我をしていたら、傷の手当てをして、心から心配してくれて。
(……大怪我をして、入院したって……)
機械の代わりに、毎日、見舞いに来るのだろう。
しかも機械の見舞いと違って、心の底から「シロエ」を気遣い続けてくれる。
今日は少しは顔色がいいか、退院の目途は立つだろうか、と。
「具合が良くなったら、何が食べたい?」と、微笑んで尋ねてもくれて。
(…そういう人が出来るから…)
一般市民も不満を持たないのかな、という気もする。
機械に支配されていたって、自分の幸せはあるものだから。
気遣ってくれる人が側にいて、独りぼっちではない人生。
それを歩んでいけるのならば、きっと満ち足りているだろうから。
(……でも、ぼくは……)
そっちの道には行けやしないんだ、と辛くて、涙が零れ落ちる。
既に選んでしまったから。
子供が子供でいられる世界を、この手で、必ず取り戻すと。
(…パパ、ママ…)
だから、その日まで待っていてね、と抱き締めるピーターパンの本。
懐かしい故郷に帰れた時には、心配してくれる人が出来るから。
もしも転んでしまったとしても、「大丈夫?」尋ねてくれる人たち。
「シロエ」が大人になっていたって、両親はきっと、気に掛けてくれる筈なのだから…。
一人きりの道・了
※シロエと言えば気が強いわけですけれど、本当は寂しがり屋だよね、と思うわけでして。
両親が忘れられないほどなら、孤独な人生も怖い筈。其処から生まれたお話が、コレ。
(敗色が濃いとは思っていたがな…)
1パーセントの勝機さえも無かったとは、とキースが零した深い溜息。
地球を目指すミュウを迎え撃つため、ソル太陽系に布陣している人類軍。
その指揮を執る旗艦ゼウスで、国家主席として寝起きする部屋で。
地球の地の底に据えられている巨大コンピューター、グランド・マザー。
実質上の最高指揮官たる彼女の口から、キースだけが聞いた恐ろしい真実。
(…ミュウどもが、進化の必然だったとは…)
それでは勝てるわけが無かろう、と心の中には絶望しか無い。
今の戦況を覆すために、国家主席になったのに。
自ら望んで、クーデターとさえ見える手段で、最高の地位を手に入れたのに。
(奴らが進化の必然ならば…)
もはや人類には勝機など無く、逆転のチャンスも残されていない。
歴史という荒波に流されるままに、敗れて消えてゆくしかない。
新しい人類が現れたのなら、旧人類は、新しい人類に吸収される。
どう足掻こうとも、彼らの中へと取り込まれて。
人類はミュウに同化していって、いつしか、その血も混じって消える。
(…そう、血さえもが混じるのだ…)
ミュウが忌避するSD体制、それも崩壊するだろうから。
彼らが勝利を収めるのならば、マザー・システムもグランド・マザーも要らないから。
(ミュウどもは、SD体制が禁じた自然出産を…)
いつの間にやら、ジルベスター・セブンで始めていた。
SD体制が倒れた時には、それが「普通」になるのだろう。
子供は人工子宮から生まれることなく、母の胎内で育まれて。
両親も仮の養父母ではなく、本当に血の繋がった親で。
人類とミュウの区別を叫ぶ機械が消えれば、両者の血までが混じり合って。
(…それどころか、機械に育てられた人類どもは…)
自らミュウを選ぶだろうか、自分の子孫を残してゆくための配偶者に。
ミュウは進化の必然なのだし、彼らは優れた因子を保持する種族だから。
そういったことも有り得るだろうな、と考えるほどに深まる絶望。
いったい自分は、何のために努力して来たのか。
(…負け戦だと分かっていたなら…)
国家主席に就任する前に、別の手を打っていたかもしれない。
裏切り者だと言われようとも、人類が歴史の荒波の前に、ただ流されて消えないように。
ほんの僅かな数字だろうと、ミュウに対して少しは抵抗出来るようにと。
(それでも、負けは負けなのだがな…)
流されるままに消えるよりかは、最後の砦があってもいい。
遠い昔に、SD体制を創った人類、彼らが「その道」を歩んだように。
(…何処か遠い星か、あるいは宇宙基地か…)
隔絶された場所へ移住し、其処だけで暮らしてゆくという道。
いずれ自然と滅びるけれども、それでも、その時が訪れるまでは…。
(ミュウの脅威を感じることなく、人類だけで…)
生きてゆくことが出来る楽園、それを作ってやれただろうか。
「その日」に備えて、準備し続けて。
其処へと脱出するための船も、密かに建造させておいて。
(…最初から分かっていたならば…)
そうしたかもな、という気がする。
権力などには目もくれないで、その時々に持っていた地位で、出来そうなことを。
国家騎士団総司令でも、元老の一人だった時でも。
(…だが、こうなった今となっては…)
もはや打つ手は残っていなくて、「キース・アニアン」に残された道は、ただ一つ。
何処で戦いに終止符を打つか、たったそれだけ。
負け戦が決まってしまった以上は、最高指揮官には、それしか出来ない。
不毛な戦を終わらせるために、この戦争に幕を引くこと。
でないと、被害が拡大するだけ。
軍人は端から命を落として、一般市民も命を落とす。
何故なら、機械はミュウの存在を認めないから。
ミュウ因子を持って生まれた人間、彼らは消されてゆくのだから。
(……厄介な……)
とんだ役回りになったものだ、と悩みは尽きない。
他に道など一つも無くても、その道を簡単に選べはしない。
人類は皆、「キース」に期待しているから。
「キース・アニアンなら、やってくれる」と、ミュウに勝利を収めることを。
何も知らない一般市民はもちろん、人類軍に所属している者も。
(…私なら、きっと勝てる手段を見付け出せる、と…)
誰もが信じてついて来るのが、なんとも愚かしくて悲しい。
どうやって彼らを納得させるか、負けを宣言して戦いに幕を下ろすのか。
(…いっそ私が、このゼウスごと…)
ミュウどもに撃沈されてしまえば、全てに片が付くことだろう。
国家主席と、ゼウスに集う有能な軍人がいなくなったなら…。
(パルテノンのお偉方には、どうすることも…)
出来はしないし、白旗を掲げてミュウに降伏する他に道など存在しない。
グランド・マザーが、どれほど激怒しようとも。
「認めません!」と喚いていようと、彼らも自分の命が大切なのだから。
(そうなったならば、私が心を煩わせずとも…)
何もかも綺麗に終わるけれども、そうそう上手くはいかないと思う。
ミュウの方でも、恐らく、「それ」は心得ている。
最高指揮官が乗っている船、ゼウスを「沈めてはならない」ことを。
不幸な事故でも起きない限りは、彼らは旗艦を沈めはしない。
人類の指導者と交渉するのが、一番穏便な幕の引き方。
全面降伏を持ち掛けた上で、互いの今後を話し合うのが、禍根を残さないやり方だから。
ミュウの方でも、人類の方も、「仕方がない」と譲歩出来る所を見出して。
「これで終わりにしようじゃないか」と、もうそれ以上は引き摺ることが無いように。
遥か昔から、戦争の終わりは、そういったもの。
敗れた側が条件を飲んで、賠償金を支払ったりして、其処でおしまい。
以後は互いに文句を言わずに、歩み寄り、手を取り合ってゆく。
二度と戦火が燃え上がらぬよう、自制し、互いに許し合って。
歴史が語る戦いの終わり、それはいつでも「話し合い」。
勝者と敗者で幕を下ろして、終止符を打つものだけれども…。
(…今度ばかりは、どう進めれば…)
いいのだろうか、と「キース・アニアン」にも分からない。
グランド・マザーから聞いた真実、それを人類に伝えるにしても、「いつ」なのか。
そして激昂するグランド・マザーを、どうするべきか。
(…グランド・マザーは、私ごときで、どうこう出来る相手では…)
ないのだがな、と分かっているのが悔しくて、もどかしい限り。
グランド・マザーを倒せる者には、心当たりがあるけれど。
(……ジョミー・マーキス・シン……)
それからオレンジ色の瞳の、自然出産で生まれたトォニィ。
彼らだったら、あの機械にも勝てる筈。
ミュウが機械を倒すのが先か、「キース」が潔く負けを認めるのが先か。
(どれが一番、人類にとって得なのか…)
よく考えてゆくしかないな、と背負わされた重い荷物を思う。
「人類のために」作られたからには、責任を果たすしかないけれど。
マザー・イライザが無から作った、人類の指導者なのだから。
(…私は、そのために作られたもので…)
負け戦ではなく、勝ち戦を期待されていようと、存在しない道を選べはしない。
残された、たった一つの道が負け戦だと決まっているなら、人類が歩んでゆく上で…。
(少しでもマシな条件を…)
引き出せるように、考え抜くしかないだろう。
知恵を絞って、あらゆる可能性を考慮して。
ミュウに降伏する条件やら、負けを認めるタイミングやらを。
(…それが私の最後の仕事か…)
国家主席に就任したのは、戦いに幕を引くためか、と情けなくなる。
「キース・アニアン」の名は、後世まで残ることだろう。
ミュウが歴史的な勝利を収めた戦い、その時の敵の指導者として。
SD体制があった時代の、最後の国家主席だったと。
(…なんとも不名誉極まりないが…)
もう、そうなると決まっている、と唇に自嘲の笑みを浮かべて、ハタと気付いた。
「その先」の運命は、どうなるだろう、と。
ミュウに全面降伏したなら、今の人類とミュウの立場は入れ替わる。
指導者として立つのはミュウで、人類は彼らに従う側。
(…負けたとはいえ、人類がミュウにして来たように…)
ミュウが人類を殲滅するとか、迫害することは無いだろう。
現時点でも、彼らは、降伏した星の人類に対して、お人好しなほどに友好的だから。
ミュウを殺すのが仕事だった筈の、ユニバーサルの職員にまで。
(……とはいえ、ああいう職員たちは……)
それに多くの軍人にしても、機械が教育を施した結果、そうなったもの。
だからこそ許して貰えるけれども、「キース・アニアン」は、「そうではない」。
最初から「そのために」作られた者で、無から生まれて来た生命体。
ミュウどもが「それ」に気が付いたならば、どういう道が待っているのか。
(…ジョミー・マーキス・シンならば…)
全てを飲み込み、許してくれそうに思えるけれども、トォニィはどうか。
それから「ジョミー」が率いるミュウたち、彼らはどのように考えるのか。
(……もしかしたなら……)
「どうせ、人間ではないのだから」と処刑されるか、実験体として扱われるか。
ミュウの多くがそれを望むなら、ジョミーにも止めることは出来ない。
(…しかし、そうなったとしても…)
自ら逃れることだけはすまい、と噛んだ唇。
どんなに惨い運命だろうと、きっと正面から受け止めてみせる。
「自殺して、それを免れる」ことだけは、絶対にしてはならないから。
そんな逃げを打つのが許されるような、生き方をしては来なかったから。
(……楽な道など、選べはしないさ……)
そうだろう、と思い浮かべるシロエの面影。
あれが最初の罪だったから。
この手でシロエを撃墜した時、血塗れの道が始まったから…。
敗北の時・了
※キースの最期は、ジョミーとの共闘だったのですけど、もし、そうなっていなかったなら。
人類が全面降伏していたならば、キースは処刑か、実験体ということもあったのかも…。
(……まさか、こんなモノが……)
何故、とシロエは愕然とする。
フロア001、ようやく入り込んだEー1077の奥深く。
此処で自分が目にするものは、こんなモノでは無かった筈だ、と。
(…精密機械が沢山並んだ、クリーンルームで…)
塵一つ存在してはならない空間、冷たく無機質な研究室。
そういった場所を頭に思い描いていたのに、これは一体、何なのか、と。
(……どう見ても、キース……)
ズラリと並べられたガラスケースに、何人ものキースが収まっていた。
明らかに保存用の標本、既に死体となったモノが。
(…元々は、生きて育っていたモノ…)
そうだとしか思えないけれど、とガラスケースを端から見てゆく。
様々な成長過程の「ソレ」。
胎児から乳児、それから幼児に、少年、青年。
(…それに、あっちは…)
知らない女だ、と向かい側に並ぶケースも眺めた。
キースと同じに、成長過程が揃った標本。
此処では全く見かけない顔で、心当たりが無い女性。
(……何なんだ、これは?)
キースも、知らない顔の女も、「生物」でしか有り得ない。
今は死体になっていようと、かつては生きて成長していただろう「生き物」。
此処にあるのは、アンドロイドを作る部屋だと思ったのに。
皮膚の下に冷たい機械を隠した、人間の姿になぞらえたモノ。
マザー・イライザが作り上げた人形、意のままに動く精密な機械。
(…てっきり、そうだと…)
考えていたし、その証拠を握ろうと目論んでいた。
「キース・アニアン」を蹴落とすために。
完膚なきまでに叩き潰して、這い上がれないようにしてやるのだ、と。
(……でも、これは……)
何処から見たって、機械ではない。
細胞分裂を経て育った人間、それ以外には考えられない。
キースも、それに「知らない女」も。
胎児から順に揃った標本、そういうモノがある以上は。
(…もしかして、選び抜かれた血統…?)
そうなのだろうか、キースも、記憶に無い女も。
SD体制の世界においては、子供は母親から生まれはしない。
(提供された卵子と精子を…)
機械が掛け合わせて、作り出される受精卵。
それを人工子宮に移して、「誕生日」まで其処で育てられる。
人工羊水の中から出されて、養父母の手に託される日が訪れるまで。
(…どういった風に掛け合わせたかは…)
全て記録にある筈なのだし、「選び出す」ことは可能だろう。
「優秀な者」に成長するのが、最初から分かっている卵子。
それから、それに掛け合わせるのに、相応しい因子を持った精子も。
(…最高に優秀なのが確かな卵子と…)
とても優れた精子を組み合わせて、この標本たちを作ったろうか。
「キース」と「知らない女」の二種類、そういったモノを。
(……そうなのかもね?)
此処でこっそり育てていたなら、誰も気付きはしないだろう。
赤子の声も、子供の声も、何処にも漏れない環境ならば。
(そうやって育てて、データを集めて…)
研究目的を果たした時点で、彼らは「処分」されたのだろうか。
次の実験にかかるためには、もはや必要ないモノだから。
たとえ彼らが泣き叫ぼうとも、容赦なく。
あるいは彼らが眠っている間に、致死量のガスを吸い込ませるとか。
(…やりそうだよね…)
マザー・イライザなんだから、と肩を竦める。
機械にとっては、「ヒト」は「どうでもいい」ものだから。
世界を構成しているモノとはいえ、いくらでも代わりがいるのだから。
そういうことか、と納得しながら「キース」の標本を眺めてゆく。
胎児や乳児の頃はともかく、少年や青年に育ったモノは…。
(…流石に、可哀想なのかも…)
Eー1077しか知らずに育って、友達もいなかったとしても。
養父母の代わりに研究者たちが、彼らを育て上げたとしても。
(見ていた世界や、信じていたもの…)
ある日、突然、それらを奪われ、標本にされた「キース」たち。
いくら機械が育てていたって、唐突に終わった彼らの人生。
(…キースみたいに、感情なんか無い奴だって…)
機械でないなら、思考はヒトと変わらない筈。
感情が無いように見えてはいても、「思考する」のは人間と同じ。
(…この続きは、明日、考えよう、って…)
思って眠りに就いてそのまま、二度と目覚めなかったとしたら…。
(……成人検査と、それほど変わらないような……)
それとも、もっと悲惨だろうか、奪われるものは過去だけではない。
来る筈だった未来までをも、彼らは奪い去られたのだから。
(…目覚めの日だと、過去を消されて…)
養父母も故郷も失くすけれども、命を失ってはいない。
機械に奪い去られた記憶を、再びこの手に取り戻そうと…。
(足掻くことだって、出来るけれども…)
標本にされた「キース」たちには、それは無かった。
彼らが何を考えていたか、どう生きたのかは分からないけれど。
(…どう育つのかの実験だったか、知識を与え続けていたのか…)
自分が知っている「キース」みたいに、疑いもせずに学んで生きるだけの日々だったろうか。
それにしても、未来が「断ち切られた」のには違いない。
次の日、目覚めて学ぶつもりでいただろう「何か」。
それを学ぶ日は二度と来なくて、いきなり終わってしまった人生。
(…やっぱり、可哀想だよね…)
そんな最期じゃ…、と瞳を瞬かせる。
「可哀想だ」と、「キースは運が良かっただけか」と。
恐らく自分と出会ったキースは、研究の集大成なのだろう。
「この組み合わせならば間違いはない」と、機械が選んで交配したモノ。
そして理想の教育を施し、Eー1077の候補生として送り出した。
優れたエリートになれる人材、誰よりも優秀な存在として。
(…エリートの中のエリートね…)
生まれからして違ったのか、と噛んだ唇。
最初から「優れている」のだったら、並みの者では太刀打ち出来ない。
その上、機械や研究者たちが育てて来たなら、知識なども人並み以上だから。
(…ぼくは、健闘した方なんだろうな…)
そんな化物とトップ争いしてたんだから、と零れた溜息。
アンドロイドと争った方が、まだマシだったような気がする。
生まれ持って来た資質自体が、比較にならない相手よりかは。
星の数ほどの卵子と精子の交配の中から、選び抜かれた存在よりは。
(……どう頑張っても、ぼくじゃ敵いっこないってね……)
機械だったら、諦めもつくというものだけど、と情けない気分。
「同じ人間に敗れるなんて」と、「持って生まれた資質の差なんて」と。
(…腹が立つったら…)
いったい、どんな組み合わせだろう、と「キース」と「知らない女」を眺める。
彼らを「誕生させた」卵子と、それから精子。
(…こうして、一緒にあるってことは…)
卵子と精子の組み合わせは同じで、男性と女性を作ったのか。
あるいは「キース」と「知らない女」は、組み合わせからして違うのか。
(優秀な男性と、優秀な女性…)
どちらも生み出せるような血統、それがあるのか。
それとも、卵子だけが同じで、精子の方が別になるとか。
(…その逆だって、有り得るしね…?)
ついでに調べさせて貰うよ、と持って来たコンピューターを繋いだ。
どうやって「彼ら」が生まれて来たのか、データを見ようと。
せっかく此処まで入ったからには、とことん調べ上げてみるのがいい、と。
ハッキングならば手慣れたものだし、此処に来るにも、その手を使って来たのだから。
(…この先だよね…)
よし、と首尾よく引き出したデータ。
それを見た時、直ぐには意味が分からなかった。
あまりにも、予想と違い過ぎて。
微塵も考えていなかった事実、背筋も凍るような真実。
(……この標本は、全部……)
人間じゃない、と全身の血がショックで逆流してゆくよう。
何処から見たって「人間」だけれど、「キース」も「知らない女」の方も…。
(…人間を、作り上げただけ…)
卵子も精子も関係なく、と込み上げる恐怖にも似た「何か」。
「キース」は確かに「人形」だった。
アンドロイドなどより、遥かに精巧に出来上がったモノ。
なにしろ、「人間」なのだから。
機械が完全な無から作った、ヒトのように育って、ヒトのように思考する存在。
(…おまけに、キースは…)
ヒトのようには育っていない、とデータを見詰めて顔を歪める。
成人検査の年に至るまで、水槽の中で育った生命。
(……この標本たちも、全部、そう……)
可哀想だなんて、とんでもない、と消し飛んでしまった憐みの気持ち。
彼らは「何も知らないままで育って」、「何も知らずに」生涯を終えた。
外の世界に出ていないから。
水槽の中が世界の全てで、何を見ることも無かったから。
(…だから、キースも…)
成人検査も知らずに、この世に出て来たんだ、と噴き上げる怒り。
「なんて幸せな奴なんだろう」と。
アンドロイドなら、腹など立たなかったのに。
生まれながらに優れた存在、それでも、まだしもマシだったろうに。
(……幸福なキース……)
あいつは、何も分かっちゃいないし、知りもしない、と、ただ腹立たしい。
アンドロイドでも、ヒトでもなかったから。
機械が無から作った人間、まさしく「人形」だったのだから…。
予想外の真実・了
※シロエが「キースは、どうやって生まれて来たのか」を知った時点は、と考えてみたお話。
最初から知っていたようでもなし、見て分かりそうなものでもなし、と。その結果です。
(……まったく……)
懲りもせずに、よくやってくれる、とキースが零した深い溜息。
首都惑星ノアの、国家騎士団総司令のための執務室で。
先刻、部下の一人が持って来た書類、それをバサリと放り出して。
(馬鹿どものせいで、また優秀な国家騎士団員が…)
死んだのだがな、と顰めた眉。
名誉の戦死ならばともかく、実に下らない原因で。
国家騎士団総司令、キース・アニアンを狙った暗殺計画。
マツカのお蔭で、自分は死なずに済んだけれども、部下を何人か失った。
今の地位に就いて以来、何度も繰り返されて来たこと。
それ自体は珍しくないのだけれども、こうして報告書が届けられると…。
(…改めて腹が立つというものだ…)
馬鹿どもは、何も分かっていない、と拳を強く握り締める。
犠牲になった騎士団員は、警備に当たっていた者たち。
いわゆる下士官、世間に名前も知られてはいない。
だから彼らが何人死のうが、暗殺計画は、また実行に移される。
「キース・アニアン」を葬るために。
パルテノンを牛耳る政治家たちや、総司令の座を狙う者たちによって。
(…無能な者ほど、そういった傾向は強いのだがな…)
それにしても、と情けなくなる。
今日の暗殺計画を立てた者より、彼らのせいで死んだ下士官の一人。
(……きっと、将来、有望だった……)
総司令の座にも就けていたかもしれないな、と放り出した書類に目を遣った。
死んだ者たちの名簿に記されていた、明らかにキラリと光る逸材。
今の地位こそ下士官だけれど、彼は必ず出世したろう。
見る者が見れば、そうだと簡単に見抜ける人物。
なのに、その日は、永遠に来ない。
彼の命は失われたから。
国家騎士団総司令の命の代わりに、彼の命が消え去ったから。
もう何人になるのだろうか、こうして失われていった命は。
国家騎士団の未来を託せただろう人物、それが一瞬で木っ端微塵に消し飛ぶのは。
(…あの馬鹿どもに分かりはしないし…)
セルジュたちにも分かるかどうか、と直属の部下たちを思い浮かべる。
彼らは元から優秀だったし、それゆえにジルベスター・セブン以来の大切な部下。
(…しかし、彼らも…)
もっと優れた者がいることにさえも、未だに気付いてはいない。
それどころか、逆に見下す始末。
「コーヒーを淹れるしか能の無いヘタレ野郎」と、あからさまな言葉をぶつけて。
ひ弱で役に立ちはしないと、他の部下の足を引っ張るだけだ、と。
(…どうしてマツカが側近なのか、それも分からないようではな…)
今日、失われた者たちの真価も、彼らには見抜けないかもしれない。
マツカのように「目の前にいても」分からないなら、書類だけではなおのこと。
(……マツカは、特殊な例だとしても……)
本来、存在してはならないミュウだし、その能力も秘されてはいる。
グランド・マザーさえも知らない、マツカが持っている力。
だからこそ「分かりにくい」とはいえ、本当に「コーヒーしか淹れられない」なら…。
(誰がわざわざ、あんな辺境から…)
連れて帰ると思っているのだ、と「見る目の無い部下たち」には呆れるしかない。
セルジュたちの目は、節穴なのだ、と。
そんな彼らには、今日、散っていった下士官の値打ちも、分かるまいな、と。
(……セルジュたちでも分からないなら……)
あの馬鹿どもには無理だろうが、と思いはしても、腹立たしい。
彼らの愚かな計画のせいで、人類が失った希望の一つ。
死んだ下士官が、生きて最前線へと赴いていたら…。
(…ミュウどもの進撃を、少しくらいは…)
食い止められたかもしれないものを、と唇を噛む。
どう考えても負け戦なのが、ミュウとの戦い。
それでも「少しはマシだったろう」と、「時間稼ぎは出来ただろうな」と。
死んだ「彼」さえ生きていたなら、彼が艦隊を指揮していたら。
そうは思っても、その逸材の地位は下士官。
暗殺計画で命を失い、二階級特進の栄誉を得てはいるけれど…。
(その地位でさえも、まだ、艦隊を指揮するまでには…)
至らないのだ、と「彼」の顔写真を思い浮かべる。
まだまだ若くて、少年とさえも見えるくらいの年だった。
教育ステーションを卒業してから、ほんの数年。
(……あの年の頃は、私でさえも……)
単なる「メンバーズ・エリートの一人」で、敬意を払ってくれる者さえ無かった。
明らかに地位の劣っている者や、軍とは無縁の一般人を除いては。
(…もちろん、艦隊の指揮官などは…)
任せて貰えた筈も無い。
実際には「出来る」能力の持ち主でも。
グランド・マザーに目をかけられていても、それと軍での地位とは別。
(私でさえも、そうだったのだ…)
だから無理もないことではあるが…、と分かってはいても、情けなくなる。
「どうして、彼を失ったのだ」と。
今日までに何人、死んだだろうかと、惜しい命を幾つ散らせてしまったのか、と。
(彼らが、生きていたならば…)
変わるかもしれない、ミュウとの戦いの潮目というもの。
人類の負けだと思ってはいても、その日が来るのを数年ばかり先に延ばせたならば…。
(負けるにしても、ミュウどもに一矢報いて…)
痛い目を見せておきさえしたなら、有利になりそうな講和の条件。
ミュウの言いなりに、唯々諾々と従うのではなく、人類からも出せる提案。
(…ノアだけは、人類だけの居住地にしておきたい、とか…)
もっと辺境の惑星にしても、「ミュウが来ない」場所を設けることが出来るとか。
それが出来れば、人類も少しは救われるだろう。
どんなに「キース」が手を尽くそうとも、頑なに考えを変えない者は、変わりはしない。
「ミュウとの共存など、とんでもない」と。
暗殺計画を練るような者も、間違いなく、その類だろう。
彼らのためには「救い」が要る。
「絶対に、ミュウが立ち入らない」場所、彼らの暮らしがミュウに脅かされない場所が。
(…だが、現状では…)
そんな条件など出せはしない、と嫌と言うほど分かっている。
人類は惨めに負けるしかなくて、ミュウの時代が来るのだろう、と。
(彼らさえ、生き延びてくれていたなら…)
今までに死んでいった優れた下士官、彼らが戦力になっていたなら、と口惜しいばかり。
その日を迎えることが出来ずに、無駄に失われた命の数。
(…これが、ミュウどもだったなら…)
事情は違っていたのだろうな、と脳裏に浮かんだ「ソルジャー・ブルー」。
ただ一人きりで、メギドを破壊しに来た戦士。
(あいつは、下士官などではなかった…)
人類の社会に置き換えたならば、国家主席とも言える人物。
しかも、三百年もの長きに亘って、ミュウを率いて来たソルジャー。
(…そんな大物が、最前線に…)
単身、乗り込んで来たというのが、未だに信じられない気持ち。
メギドの破壊に成功しても、彼は生きては帰れないのに。
彼が帰ってゆく筈の船は、躊躇いもせずにワープして消えた。
つまりは、知っていたということ。
「ソルジャー・ブルーは、戻らない」と。
彼の命はメギドで消えると、生き残る可能性は「万に一つもありはしない」と。
(…どうして、そんな決断が出来る?)
自ら最前線に飛び込んで来た、ソルジャー・ブルー。
彼を見送った、モビー・ディックに乗り組むミュウたち。
(……指導者を失ってしまったならば……)
組織はたちまち崩壊するし、士気を保ってゆくのも不可能。
そうだとしか、思えないものを。
ジョミー・マーキス・シンがいると言っても、偉大な指導者が欠けるのは事実。
これが人類なら、どうすることも出来ないだろう。
国家主席を失った穴を、急いで埋めることなど出来ない。
指導者不在の人類軍など、恐らく、烏合の衆も同然。
もはや白旗を掲げるしか無く、ミュウどもの前に屈するのだろう。
逆転のために単身戦いの場へと赴く、無謀とも言える戦士は、誰もいないから。
考えるほどに、理解出来ないミュウたちの思考。
人類ならば、上官のために命を失う者が出るのを、誰も不思議に思いはしない。
今の自分が「そう思う」ように、失った命を惜しみはしても。
「彼さえ、生きていてくれたなら」と、真価に気付いて悔やみはしても…。
(…人類の未来は、彼らに託すべきだ、と…)
彼らの代わりに「キース」が死ぬなど、有り得ないことで、あってはならない。
それでは、組織が壊れるから。
国家騎士団総司令の座を、そんな理由で空けてはならない。
(…私を殺して、代わりに誰かが収まるのなら…)
最初から「代わり」を用意しているし、単にトップが交代するだけ。
暗殺計画を立てるからには、ちゃんと「代わり」を思い定めているだろう。
けれど、あの時のミュウたちは違う。
降って湧いたとも言える災厄、誰も予想などしなかった筈。
(…そんな時に、指導者を失うなどは…)
命取りでしかない筈なのに、と思うけれども、ミュウたちは躊躇いもしなかった。
ソルジャー・ブルーも、彼を見送った者たちも。
(……恐ろしいとしか……)
言いようがないし、理解も出来ん、と背筋がゾクリと凍えるよう。
「やはり、人類はミュウに敗北するのだろう」と。
優秀な人材を捨て駒にして、先のことなど考えないのが人類だから。
未来を築いてくれそうな者を、救おうともしない種族だから。
(…私自身が、最前線に…)
立つことも出来ないような軍では…、と、虚しい気持ちに襲われる。
これからも、それが続くから。
幾つもの命が無駄に潰えて、そうする間に、敗北の時が迫って来るのが見えているから…。
失われてゆく命・了
※地球での会談前夜に、キースがフィシスにぶつけた疑問。指導者が最前線に出て戦う理由。
それをベースに捏造しました、「きっとキースは、前から気になっていた筈だよね」と。
『ジョミー…! みんなを頼む』
…届いただろうか、ぼくの最期の思念は。
それとも船はワープした後で、届くことなく、宇宙に消えていっただろうか。
どちらでもいい、全て終わったから。
今度こそ、ぼくの命は燃え尽き、皆の盾となって砕け散ったから。
けれども、届けられなかった想い。
伝えないまま、優しい嘘をついてしまった。
「直ぐ戻るよ」と。
二度と船には戻らないことを、ぼくは誰よりも知っていたのに。
…フィシス。
ミュウの、ぼくたちの大切な女神。
(…本当は、ぼくの…)
ぼくの女神で、ぼくが欲しくて手に入れた女神。
君だけが抱く美しい地球を、いつまでも、この目で見ていたくて。
そのためだけに、あの水槽の前に通い続けて、どうしても諦めることが出来なくて。
そうして、ミュウの皆を騙した。
ぼくは最後まで、君の生まれを隠したまま。
(…この先、君は…)
どうなってゆくのか、ぼくには分かっているけれど。
サイオンを失い、ぼくを失い、立ち竦む君が見えるけれども、これより他に道は無かった。
仲間たちも、君も、共に救うには、時間が足りなかったから。
君の「命」を守ることしか、ぼくには出来なかったから。
(……フィシス、すまない……)
どうか、恨むなら、このぼくだけを。
他の誰をも恨みはしないで、ただ、ぼくだけを憎んで欲しい。
ぼくを忘れてしまっていいから、心の中から放り出して、捨ててしまっていいから。
…だから、フィシス…。
(…君は、生きて…)
ぼくなど許さなくてもいいから、忘れていいから、先へ進んで。
たとえ暗闇で一人、立ち竦もうとも、憎しみは全て、ぼくにぶつけて。
後ろばかりを振り返らないで、ただ真っ直ぐに、前を見詰めて。
それだけが、ぼくの最後の望み。
言えずに、終わってしまったこと。
この想いが君には届かなくても、ぼくは永遠に祈り続ける。
(…フィシス、ぼくの女神…)
君の未来に、幸多かれ、と。
ヒトとして皆と生きていって欲しいと、君も間違いなく「ヒト」なのだから、と…。
ぼくの女神へ・了
※「ブルー追悼は、もう書かない」と言っていたくせに、また今年もかい、と。
アニテラ放映当時から14年、目覚めの日な歳月が経ってしまって、今や本業も転生ネタ。
けれど「コロナ禍だしな」と書いたのが去年で、今年は去年よりも更に酷い夏に。
無観客でも東京オリンピックを強行、コロナは第5波に入った模様で、ワクチンも不足。
管理人だって打てていません、というわけで、2021年7月28日記念作品。
今年もコロナ禍へのメッセージをこめていますが、来年は書かずに済むことを希望。