(化け物の力も使いようだ)
マツカは役に立つだろうな、とキースの唇に浮かんだ笑み。
丁度いいモノが手に入ったと。
ミュウの調査に出掛けるためには、お誂え向きと言ってもいい。
(可哀相だ、と助けてしまったが…)
サムが、シロエが重なったから。
怯え、震えるマツカの上に。
「そうなれなかった」と叫んだ顔に、その声に。
単なる気まぐれ、一匹くらいは生かしておいてもいいだろうと。
ミュウを相手に戦うのならば、きっとマツカは役立つから。
その辺の兵士などよりも。
対サイオンの訓練を知らない者よりは、よほど。
だからマツカを連れてゆこうという心づもり。
グレイブが何を言って来ようが、あれを連れて、と。
あと一時間もすれば出発、ジルベスター行きの船にマツカも乗せる。
誰にも文句を言わせはしないし、マツカの力を役立てるために。
そういうつもりでいるのだけれども…。
(……違うな……)
本当の理由は別にあるのだ、と自分でも分かる。
マザー・システムの目から逃れて、生きていたミュウ。
劣等生だったと泣いていたマツカ。
彼の向こうに、どうしても見えるミュウの少年。
何処もマツカに似ていないのに。
むしろ逆だと言っていいほど、気性が激しかったのに。
(…シロエ…)
自分が処分した少年。
E-1077の卒業間際に、マザー・イライザの命令で。
「撃ちなさい」という冷たい声で。
シロエが乗った船を撃ち落とした、自分の手で。
追われていたのを匿ったほどに、話したいとも思ったシロエを。
あの時は何も知らなかったけれど、メンバーズになってから聞かされたこと。
シロエはMのキャリアだったと、ミュウだったのだと。
(偶然、成人検査をパスしただけ…)
マツカと同じ。
そうそういない筈の人間、シロエは例外の筈だった。
二人目、三人目のシロエに出会うことなど、けして無いだろうと思っていた。
けれど、出会ってしまったマツカ。
シロエと同じに、成人検査をパスしたミュウ。
見た目も中身も違うけれども、其処だけは同じ。
それからマザー・システムが施す教育、それに順応出来ない所も。
(…二人目のシロエ…)
まるで違うのに、似ているマツカ。
何処が似ているかと問われたならば、境遇だけしか似ていないのに。
シロエが辺りを焼く劫火ならば、マツカは消えそうな風の前の灯。
劇薬のような毒を振りまく者がシロエなら、マツカは湖に落ちた一滴の薬。
それほどに違う、二つの存在。
なのに重なる、不思議なほどに。
マツカの怯えた表情の上に、シロエの皮肉な表情が。
ただ泣いていたマツカの涙に、勝ち誇ったシロエの笑い声が。
だから助けた、と本当は分かっている真実。
マツカを殺さず、生かした理由。
それはシロエの身代わりなのだと。
遠い日に自分が殺したシロエ。
マザー・イライザに逆らえないまま、命を奪ってしまったシロエ。
あの時、自分が強かったならば、シロエの船を見逃がせた筈。
何処へなりと行けと、機首を返して。
船のエネルギーが尽きる所まで、思いのままに飛んでゆくがいいと。
(…放っておいても、シロエの船は…)
何処へも行けはしなかった。
練習艇に積まれた燃料、それだけで地球は目指せないから。
何処の星へも、辿り着くことは不可能だから。
エネルギーが尽きた時点で、断たれてしまう酸素の供給。
シロエの命は其処で潰えて、けして何処にも辿り着けない。
永遠に宇宙を漂い続ける船と一緒に、シロエもまた。
(…なのに、私は…)
その選択肢を選べなかった。
あまりにも真面目すぎたから。
マザー・イライザに、システムに疑問を抱いていたのに、漠然としたものだったから。
今ならば分かる、今ならば出来る。
シロエの船を見送ることも。
何処までも飛べと、撃墜しないで機首を返すことも。
かつて自分が出来なかったこと。
思い付きさえしなかったことが、今なら出来る。
シロエと同じに成人検査をパスして来たミュウ、それを生かしておくことが。
マザー・システムの監視を振り切り、手元に隠しておくことが。
(私の側が何処よりも安全なんだ…)
まさかミュウなど、生かすようには見えないから。
冷徹無比な破壊兵器と、皆が言うような存在だから。
(…私にも情があるなどと…)
誰も思うまいな、と苦い笑みが浮かぶ。
「らしくないな」と、「キース、お前は何をしたい?」と。
答えなら、とうに持っている。
とうに出ている、「マツカを生かし続ける」こと。
それが自分のやりたいこと。
シロエのようにはさせないことが。
上手く生かして、自分の役に立てて、マツカの評価も上げてゆくこと。
マザー・システムが、けしてマツカを疑わぬよう。
誰一人として、彼がミュウだと気付かないよう。
(……私なら出来る)
マザー・システムを、軍を欺くことも。
一生、マツカを匿い続けて、人類の世界に置いてやることも。
もう決まっている自分の道。
今日から自分はマザーを裏切る、ミュウを側に置いて。
処分させずに、素知らぬふりで。
(…ミュウの調査に行くのだがな…)
それとこれとは別の話だ、と自分の中に引いた一本の線。
自分の側に入ったミュウは殺さない。
誰にも殺させたりはしないし、命ある限り匿い続ける。
それがマザー・イライザへの自分の復讐、マザー・システムに対する反抗。
このくらいしか出来ないから。
今の自分に出来そうなことは、まだそれだけしか無いのだから。
(…しかし、この線の向こうのミュウは…)
敵だ、と断じる心もある。
人類とミュウは相容れないから、ミュウは危険な生き物だから。
追い詰めて狩り出し、処分すべきモノ。
それもまた、自分の行くべき道。
…今の所は。
天が、歴史がミュウを選ぶまでは、ミュウに与する日が来るまでは。
ミュウの前に自分が膝を折る日が、首を垂れて跪く時が訪れるまでは。
けれど、自分はもう決めた。
マザー・システムへの裏切りを。
遠い日に「撃ちなさい」と命じたマザー・イライザ、あの機械への復讐を。
弱いマツカを生かしておくこと、それが自分の一生の使命。
システムにマツカを殺されたならば、また同じことの繰り返しだから。
二人目のシロエを失くしてしまって、深い後悔に苛まれるだけ。
だから負けない、この戦いには負けられない。
(…マツカが最後のミュウになろうが…)
生かすのだから、と誓う相手は自分の心。
マザー・システムに忠誠を誓った、同じ心に違う誓いを。
(私が生きている限り…)
マツカは誰にも殺させない、と固めた決意。
二人目のシロエは、もう沢山だと。
それをこの目で見るくらいならば、ミュウをいくらでも殺してみせる。
心の中に引いた一本の線の、向こう側にいるミュウならば。
端から殺して焼き払ってみせる、それも自分の行く道だから。
たとえ、矛盾していようとも。
マツカを生かし続ける隣で、何万のミュウが死のうとも。
線の向こうと、こちらの側と。
恨み言なら、線を越えてから言うがいい。
こちら側へと渡り、踏み越えて。
それから責める言葉を浴びせて怒り狂うがいい、そう出来るミュウがいるのなら。
この線を越えるミュウがいるなら。
こちら側へと踏み越えたならば、そう、そのミュウは殺さない。
自分自身に誓ったから。
二人目のシロエは見たくないから。
(…本当に越えて来たならな…)
そのミュウもまた、生かしておく。
マザー・システムを裏切り、騙し、欺いて。
「実に役立つ、いい部下です」と涼しい顔をし、軍の者もまた欺いてやる。
そうすると、もう決めたから。
遠い昔に出来なかったこと、それが出来るだけの強さを自分は持っているから…。
生かしたいミュウ・了
※キースがマツカを見逃がした理由。どうしてマツカを生かしておくのか、ちょっと捏造。
本当はもっと単純でしょうけど、せっかくシロエがミュウなんだから、と。…ダメ?