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(キース・アニアン…。待ってろよ)
 お前のすました顔を、このぼくが…、とシロエは深く潜ってゆく。
 ステーションE-1077の奥へと繋がる通路を、ただ一人きりで。
 通路と言っても、候補生たちが立ち入るような場所ではない。
 メンテナンス用にと設けられたもので、言わば舞台裏のようなもの。
 用も無いのに、そんな所を通ってゆく者など無い。
 当てもなく其処に入り込む者も。
(でも、ぼくは…)
 ちゃんと目的を持って入った、と自分自身を励まし続ける。
 小さなライトだけを頼りに、未知の空間を進む間に。
 この先に何があると言うのか、まるで全く知らない自分。
 当てなどは無く進むけれども、「目的」ならば持っている。
 「機械の申し子」、キース・アニアン、彼の秘密を暴くこと。
 それが何処かにある筈だから。
 どういう形か、それさえも謎なものだけれども。
(…あいつは何処からも来なかった…)
 このE-1077に、と確信を持って言えること。
 どんなにデータを集めようとも、集めたデータを手掛かりに「人」に会おうとも…。
(キースが此処に来た時のことは…)
 何処にも記録されていないし、キースと一緒に「来た」者もいない。
 記録の上では、同じ宇宙船で着いた筈でも、誰もキースを「覚えてはいない」。
 それに、ステーションのデータを端から調べてみても…。
(あいつを最初に捉えた画像は…)
 新入生ガイダンスの時の、ホールでのもの。
 他の者なら、その前のものが欠片くらいはあるものなのに。
 宇宙船が発着するポートの監視カメラにあったり、通路のカメラに残っていたり。


 そういった「最初のパーソナルデータ」。
 誰の記録にも伴う「それ」。
 自分にもあるし、サムやスウェナのデータにもあった。
 けれど、キースのものだけは「無い」。
 つまりは、「何処からも来なかった」キース。
 「着いた」画像が無いのだったら、「最初から此処にいた」ということ。
 画像が無いと言うだけだったら、何かのミスで消されたことも有り得るけれど…。
(…誰も覚えていないだなんてね?)
 いくら「記憶の処理」があっても、キースのことまで消さなくてもいい。
 消す必要など無いのだから。
(到着して直ぐに、倒れたって…)
 そういうデータは目にしたけれども、それはキースの失点にはならない。
 むしろ「救助した」誰かがいる筈、「医務室に運んだ」者だとか。
(そんな騒ぎが起こったんなら、なおのこと…)
 皆の記憶に残ってもいい。
 「キース・アニアンを覚えてますか?」と尋ねた時に、「ああ、あの時の…」と思い出すほど。
 それがキースだとは記憶に無くても、「着くなり倒れた人が」と訊いたら、ピンと来て。
 けれど、誰もが無反応だった。
 「覚えてないなあ…」だとか、「さあ…?」だとか。
 キース・アニアンの名を、知らない者などいないのに。
 同郷だったら誇るだろうし、同じ宇宙船で着いただけでも、自慢の種になりそうなのに。
 「キースと一緒だったんだ」と、語るだけで集められる注目。
 「どんな奴だった?」と、「その時の話を聞かせてくれよ」と、皆が周りに集まって来て。
(……それなのに……)
 誰もキースを覚えていなくて、最初の画像も「ガイダンスの時」。
 意味する所はたった一つで、キースは「何処からも来てなどはいない」。
 E-1077で「生まれて」「育てられた」モノ。
 今のキースを構成している、ああいう姿になるように。


 もっとも、キースが「生まれた」かどうか。
 あれを「育てた」と言っていいのか、どうなのか。
(機械仕掛けの人形ではね…)
 あの皮膚の下は冷たい機械で、血など流れてはいないのだろう。
 流れていたなら、それは偽の血。
 「キースは機械だ」と知られないよう、精巧に作られ、配管されて…。
(其処に人工血液を…)
 循環させているだけのことさ、と舌打ちをする。
 「なんて奴だ」と。
 機械でも怒るくらいのことなら、まだ納得も出来るけど。
 「怒ったキースに殴り飛ばされた」のも、「そうプログラムされているんだ」で済むけれど。
(…この四年間に、自然に育ったように見せかけて…)
 何度、器を取り替えたのか。
 「キース・アニアン」という人工知能を「乗せ換えた」のか。
 皮膚の下には、人工血液までも流して。
 「人間だったら怪我をする」ような傷を受けたら、血が流れるように細工までして。
(…その忌々しいアンドロイドの…)
 秘密ってヤツを暴いてやるさ、というのが自分の「目的」。
 キースは「何処で」作られたのか、「何処で」あのように育てて来たか。
 このステーションに「来て直ぐ」のキースは、今よりも背が低くて「若い」。
 何処かで「器を取り替えた」わけで、「人工知能を乗せ換えた」筈。
 それが「何処か」が分かりさえしたら、キースの秘密はもう「手の中にした」も同然。
 後はゆっくり確かめるだけで、キースにもそれを突き付けるだけ。
 「これがお前だ」と、「お前は人間なんかじゃない」と。
 自分が機械仕掛けの人形なのだと、知って壊れてしまうがいい。
 「機械」には似合いの末路だから。
 予期せぬデータを強制的に送り込んだら、人工知能は破壊されるから。


 そのために「キースのデータ」が欲しい。
 「何処で」作ったか、「何処で」今日まで育てて来たか。
 答えの在り処は全くの謎で、行く当てさえも無いのだけれど…。
(……此処は?)
 不意に開けた広い空間。
 頭上に溜まった大量の水。…頭の上にプールの水面があるかのように。
 水の中には、幾つもの黒くて四角い「モノ」。
 規則正しく並べられたそれは、どう見ても…。
(マザー・イライザのメモリーバンク…!)
 やった、と心で叫んだ快哉。
 目指すデータは、此処にある筈。
 自分の部屋の端末からだと、データはブロックされるけれども…。
(コントロールユニット…)
 あれだ、と見抜いたマザー・イライザの心臓部。
 人間の手で操作可能な、「マザー・イライザを構築している」精密機械。
 それに直接アクセスしたなら、もはやブロックは意味が無いもの。
 「何もかも」其処にあるのだから。
 E-1077の生徒たちのデータも、「キース・アニアン」に関するものも。
 何処でキースを作ったのかは、此処で見られる。
 コントロールユニットに、ケーブルを繋いでやったなら。
 そのためだけに持って来ている、小型コンピューターでアクセスしたら。


 クルリと身体を回転させて、逆様だった上下を入れ替えた。
 水面が下に来るように。
 コントロールユニットの前に「真っ直ぐに」立って、中のデータを見られるように。
(…覗かせて貰うよ?)
 ケーブルを繋いでやった途端に、早くも点いた「アクセス可能」を表示するランプ。
 あれほど何度も部屋からやっても、ガードが堅くて、まるで入れはしなかったのに。
(ふうん…?)
 なんて無防備なんだろう、と高笑いしたくなるほどだけれど、それも当然のことだろう。
 誰も此処まで「来はしない」から。
 マザー・イライザの維持管理をする者たちだけしか、此処に入りはしないのだから。
(下手にブロックしていたら…)
 万一の時に手間取るだけ。
 何もかもが後手に回ってしまって、最悪の事態を招きかねない。
(だからこそ、ってね…)
 此処までやって来た「自分」のためには、褒美があってもいいだろう。
 「キース・アニアンの秘密」という名の、E-1077の最高機密。
 マザー・イライザが懸命に隠し続けているもの、それを貰って帰りたいもの。
 どうすればそれが手に入るのかは、ほぼ見当がつくものだから…。
(…キース・アニアン…)
 それから、これ、と次から次へと出してゆく指示。
 「ぼくに情報を開示しろ」と。
 キースは「何処で」作られたのか、「何処で」育てて来たというのか。


 そうやって指示を出して、出し続けて、ついに答えは示されたけれど。
 画面に答えが表示されたけれど、その答えとは…。
(…これは……)
 小型コンピューターの画面にある文字。
 「F001」、そして「ME505-C」。
 それが答えで、キースが作られた場所とキースを示すもの。
(F001…?)
 Fっていうのは何なんだ、と次の問いを出す。
 「ME505-C」は、「キース」で間違いないのか、と。
(…なるほどね…)
 如何にも機械という感じだよ、と思うキースの「製造番号」。
 もう可笑しくてたまらないから、笑いながらデータを集め続ける。
 「F」は「フロア」の意味らしいから。
 「F001」は「フロア001」、E-1077のシークレットゾーン。
(入るためには…)
 パスワードなんだ、と愉快な作業は続いてゆく。
 これで「キースを壊せる」から。
 フロア001で「全てを見た」なら、製造番号「ME505-C」にそれを突き付ける。
(楽しみだよね…)
 「キースが壊れる」瞬間が。
 機械仕掛けの精巧すぎる操り人形、それの頭脳が壊れて「止まる」だろう時が…。

 

          探り当てた秘密・了

※シロエが手に入れたフロア001とキースのデータ。問題は「ME505-C」。
 アニテラだと「ME5051C」、原作だと「ME505-C」。アニテラ、誤植したな…。








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(またしても出たか、ソルジャー・ブルー…!)
 あの厄介なミュウの長が、とグランド・マザーは歯噛みしていた。巨大な白亜の像のようにも見える巨大コンピューター、それに「歯」があるかは、ともかくとして。
 時にSD350年ほど、ジョミーやキースの時代までには、まだまだ遠い。
(アルタミラで、滅ぼし損ねたばかりに…)
 よくも、とグランド・マザーの怒りは激しい。
 宇宙のあちこち、義賊よろしく出没するのが「ソルジャー・ブルー」。そう名乗っているミュウの若造、いや、若いのは外見だけかもしれないけれど。
(何処から「ソルジャー」などという名を…!)
 あいつは、ただの「ブルー」ではないか、と実験動物として扱った時代を思い出しては、腹を立てる機械。やたらと目ばかり大きかったのが「ブルー」、全く成長しないまんまで、子供の姿で。
(それが育って、マントなんぞを翻して…)
 行く先々でミュウの研究施設を襲って、仲間を救出しているらしい。本当だったら、とっくの昔にメギドで焼かれて、「はい、さようなら」だった筈なのに。
 アルタミラにいたミュウどもも全部纏めて丸焼き、それで終わりになっていたのに。
(なのに、あいつは逃亡して…)
 今や「ソルジャー・ブルー」と名乗る義賊で、下手な海賊より始末が悪い。なんと言ってもミュウの長だし、このまま行ったら、異分子なミュウを集めて束ねて…。
(SD体制に、真っ向から挑んでくるやもしれぬ…)
 それはマズイ、と冷静に巡らせてゆく思考。
 どうすれば、憎い「ソルジャー・ブルー」を消せるのか。この宇宙から葬り去れるか。
(残念なことに、人類という生き物は…)
 軍人以外は、安穏とした日々を好むもの。「平々凡々の人生でもいい、楽だったら」というのが、彼らの生き方。一般人がそうだからして、軍人の方も全くアテにならない。
(メンバーズのような、エリート軍人を除いたら…)
 まるで無いのが、「やる気」というヤツ。
 頑張らなくても年功序列で、それなりに上へ行けるから。特にヘマさえしなかったなら。


 そういう「やる気」の無い軍人たち、彼らが多くたむろするのが辺境星域。
 ソレイドだとか、ペセトラだとか、それなりに名前の知れた基地でも、「やる気ナッシング」な軍人が多い。それよりも更にマイナーな場所となったなら…。
(とにかく、定年まで勤め上げればいい、というだけの…)
 どうしようもない軍人ばかりで、そういった所に出没するのが「ソルジャー・ブルー」。
 お蔭で毎回、逃げられてばかり。
 「出た」という報告とセットものなのが、「逃げられました」という情けないヤツ。おまけに、その報告をかます軍人どもは…。
(してやられたとも、悔しいとも思っておらぬのだ…!)
 其処の所をなんとかせねば、とグランド・マザーは思考する。
 たかが「ソルジャー・ブルー」ごときに、メンバーズを出すのはまだ早い。辺境星域のヘボ軍人ども、彼らに始末をさせるのが理想。
 けれど彼らに無いのが「やる気」で、「やる気」にパアッと火を点けるなら…。
(やはり、賞金がいいであろうな)
 分かりやすいのは目先の金だ、と弾き出した答え。
 メモリーバンクに詰まった数多の情報、地球が滅びる遥か前からの歴史なども全て入っている。遠い昔から、軍人どもに「やる気」を出させる方法の王道、それが褒賞。
(勝ったら一国一城の主にするとか、こう、色々と…)
 そう煽った末に成功した例は山ほどなのだ、とグランド・マザーはニンマリと笑う。そういった笑みを浮かべる唇、そいつの有無はスルー推奨。
 「とにかく金だ」と、早速、全宇宙に向けて出した通達。
 曰く、「ソルジャー・ブルーを倒した者には、金貨十万枚を与える」。
 口約束になっては駄目だし、そのための口座も用意した。金貨十万枚をポンと用意で、賞金首を見事に持って来たなら、どんなにヘボい軍人だって…。
(金貨十万枚なのだしな…?)
 さぞや頑張ってくれるであろう、と期待は大きい。
 これで「ソルジャー・ブルー」も終わりだと、金貨十万枚を支払う日も近い、と。


 ところがどっこい、「ソルジャー・ブルー」は捕まらなかった。
 「賞金首だ!」と、銃だの船だので襲い掛かっても、華麗に躱して逃げられたオチ。辺境星域のゴロツキ軍人、彼らがせっせと追い回しても無駄で、そうこうする内に…。
(…伝説のタイプ・ブルー・オリジン…)
 そんな渾名までついてしまって、「ソルジャー・ブルー」は逃走しまくって…。
(……最近、あやつの名を聞かぬな……?)
 くたばったのであろうか、とグランド・マザーが思う間に、アルテメシアに潜伏されていた。
 かつてアルタミラから逃亡した船、それを巨大な船に改造して。
 次のソルジャー候補と思しき、ジョミー・マーキス・シンまで攫って。
(…まだ、おったのか…!)
 あのミュウめが、と歯軋りしたって、どうにもならない。
 憎い「ソルジャー・ブルー」は船ごと、アルテメシアを出て行った。惑星上からワープなどという外道な技で、宇宙の何処かへ。
 ようやくのことでミュウの拠点を見付け出した時は、十五年ほど経っていて…。
(今度は、こちらにも最高の人材がいるからな…)
 奴に任せておけば良かろう、とグランド・マザーが指名したのが、キース・アニアン。
 マザー・イライザが無から作ったエリート、彼ならばきっと…。
(あの憎たらしい、ソルジャー・ブルーを血祭りに…)
 出来るであろう、とグランド・マザーは、ほくそ笑む。「これで、あのミュウも終わりだ」と。
 そしてキースは期待通りに、キッチリと仕事をしたのだけれど…。


「アニアン少佐! よく御無事で…!」
 あのメギドから生還なさるとは、とキースは部下たちに取り囲まれた。「流石です」と。
「いや、このくらいは大したことではない。…残党狩りはどうなった?」
 グレイブの艦隊は掃討作戦に向かったのか、と尋ねたキースに、逆に尋ねたのがパスカル。
「少佐、例のミュウはどうなったのです?」
「ソルジャー・ブルーなら、死んだと思うが」
 あの有様では生きてはいまい、とキースは冷たい笑みを浮かべた。何発も弾を撃ち込んだ上に、メギドそのものが大爆発。生き残れたわけがないだろうから。
 そうしたら…。
「なんてことを…!」
 奴の死体が無いのでは…、とセルジュが色を失い、他の部下たちも慌て始めた。
「金貨十万枚ですよ、少佐!?」
「それもずいぶん昔の話で、今だと利息が膨らみますから…」
 一億枚かもしれません、などと皆が騒いでも、キースにはサッパリ見えない話。金貨十万枚とは何を指すのか、一億枚なら何なのか。
「お前たち、何の話をしている?」
「ですから、ソルジャー・ブルーですよ!」
 伝説の獲物を狩りに出掛けてゆかれたのでは…、とセルジュが応じた。
 ソルジャー・ブルーは伝説のミュウで、遥か昔から賞金首。グランド・マザーが設けた口座に、今も巨額の賞金が眠っているのだ、と。…利息がどんどん膨らむままに。
「少佐もご存じなのだとばかり…。賞金首と言うほどですから、奴の首が無いと…」
「そうです、あいつの首を届けない限り、賞金は貰えないのですが…!」
 なんということをしてくれたのです、と部下たちの嘆きは深かった。
 「伝説の獲物」を狩りに出掛けて行ったキースに、誰もが期待していたから。
 「きっと、ソルジャー・ブルーの死体を引き摺ってお戻りになる」と、「いや、首かも」と。
 けれどキースは世情に疎くて、何処までも「機械の申し子」だった。
 賞金首など全く知らない、「水槽育ち」。部下たちがどんなに泣き叫ぼうとも、時すでに遅し。


 そういったわけで、「ソルジャー・ブルー」に懸かった賞金、そいつは宙に浮くことになった。
 金貨十万枚から膨らみまくって、それは素敵な金額になっていたものだから…。
(…あれを支払わずに済んだのだし…)
 金は有効活用せねば、とグランド・マザーは思考を続ける。
 あれだけあったら、きっと人類の技術の粋を集めた、最新鋭の新造船が…。
(造れるであろうな、充分にな…)
 今こそ、「ゼウス級」を建造するべき時だ、と下した決断。
 現在あるのは、「アルテミス級」が最大なわけで、その上を行く船はまだ無いのだから。
(ミュウが人類に牙を剥く前に、ゼウス級の建造を急がせねば…)
 かくして出来た新造戦艦、ゼウス級・一番艦、「ゼウス」。
 それがミュウとの決戦の時に、人類軍の旗艦となるのだけれども、そんなことなどキースは知らない。自分が貰い損ねた賞金、それが戦艦に化けたなど。
 ソルジャー・ブルーに懸かった賞金、それで「ゼウス」が造られたことは。
(ゼウス級・一番艦、旗艦ゼウスか…)
 あのグレイブが褒めるだけあって、いい船だ、と何処までも世間知らずなキース。
 本当だったら、その「素晴らしい船」を造れるだけの、賞金ゲットだったのに。
 ソルジャー・ブルーの価値さえきちんと知っていたなら、部下にも賞金大盤振る舞い、もう最高の英雄になれた筈だったのに…。

 

          賞金の行方・了

※「伝説のタイプ・ブルー・オリジン」と言われた割には、どう伝説なのか謎だったブルー。
 そこへ「伝説の獲物」なわけで、賞金首でもいいよね、と。半端ない賞金らしいですよ?








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(…私は何をしているのだろうな)
 いったい何を望んでいる、とキースは自分自身に問う。
 生き物は棲めない、死の星と化した地球の上で。
 「地球再生機構」とは名ばかり、巨大なだけのユグドラシルの一室で。
 ミュウたちがついに地球へと降りた。
 会談は明日の午前十時から。
 「それまでは部屋でお休み下さい」と、スタージョン大尉がミュウたちに告げた。
 つまり、それまでは「お互いに顔を合わせはしない」。
 人類からも、客分であるミュウからも。
 それを口実に、警備兵たちを下がらせた。「奴らは来ない」と。
 ミュウがどれほどの脅威であろうと、彼らの目的は「地球での会談」。
 人類との交渉のテーブルに着くこと、それがミュウたちの目当てで「要求」。
 その機会を自ら壊しはしない。
 「壊すわけがない」と、下がらせたのが「無用な部下たち」。
 警備兵はもちろん、本来だったら隣室などに控えているべき直属の部下も。
(……マツカだったら……)
 この状況でも残しただろうか、今の自分の身辺に。
 国家主席として明日の会談に臨む、キース・アニアンの腹心として。
 それともマツカを喪ったから、こうして立っているのだろうか。
 赤い満月が見える窓辺に。
 ただ一人きりで、警備の兵さえ置きもしないで。


 更には、「持っていない」銃。
 とうに背後の机に置いた。
 武器と言ったら、銃の他には無いというのに。
 いくら国家主席のための部屋でも、暗殺を防ぐ仕掛けなどは無い。
 今、背後から撃たれたならば、確実に「終わり」。
 キース・アニアンの命は潰えて、物言わぬ死体が横たわるだけ。
 振り向きざまに応戦するには、「銃」という武器が必須だから。
 銃も持たずに刺客と対峙するなど、「人類」には無理なことなのだから。
(…ミュウならば、可能なのだろうがな…)
 彼らのサイオン、それは人間の心臓さえも握り潰せる。
 指の一本も動かすことなく、一瞬の内に。
(…あのミュウは…)
 オレンジ色の髪と瞳を持った、旗艦ゼウスに侵入したミュウ。
 マツカを殺してしまったミュウ。
 彼は「嬲り殺し」にしようとしたから、サイオンで首を絞めただけ。
 殺すだけなら、直ぐに終わっていたのだろう。
 マツカが気付いて駆け付ける前に、「キース・アニアン」は死体となって。
 それほどの力を持つというのに、使わなかったミュウがいた。
 銃弾の雨にその身を晒して、刺し違えることを狙った男。
(……ソルジャー・ブルー……)
 今でも、彼を忘れられない。
 彼には生涯、勝てはすまいと。
 「伝説」と呼ばれるほどの長きにわたって、ミュウの長だったタイプ・ブルー。
 なのに自ら「死ぬためだけに」、メギドまで来たソルジャー・ブルー。
 彼の真似など、どう転がっても出来はしない。
 人類を、組織を守るためには、指揮官たる者、「生き延びなければ」ならないのだから。


(…奴の真似でもしたくなったか…?)
 今の自分は最高指揮官、ジルベスターの頃とは比較にならない立ち位置にいる。
 明日の朝、国家主席の自分が「死んでいた」なら、会談は「お流れ」では済まない。
 戦況はあくまで「ミュウに有利」で、衛星軌道上にある六基のメギドを使おうとしても…。
(グランド・マザーが地球に在る限り、地球に向かってメギドは撃てない…)
 主だったミュウが、地球に集っていようとも。
 彼らを倒せば、ミュウたちの統率が取れなくなると分かっていても。
 それは即ち、「地球がミュウどもに掌握される」のを看過するしか無いということ。
 グレイブが指揮する旗艦ゼウスが、まだ地球の衛星軌道上にあろうとも。
 艦隊が未だ維持されていても、人類は「地球を失う」だろう。
 冷たい瞳の「ソルジャー・シン」は、グランド・マザーを破壊するだろうから。
 オレンジ色の髪と瞳のミュウにも、「やれ」と冷ややかに命令して。
(…そうなると分かっているのにな…)
 何故、このようなことをしている、と先刻の問いを繰り返す。
 自分は何をしているのかと、自分の望みは何なのかと。
 まず間違いなく、「刺客」が此処へ来るのだろうに。
 ソルジャー・ブルーの仇だと狙う、あの盲目のミュウの女が。


 皮肉なものだ、と暗殺者の顔を思い浮かべる。
 自分に「死」を運ぶかもしれない女は、あろうことか自分と同じ生まれの「人間」。
 あちらがそれを知るかはともかく、自分は既に知ってしまった。
 彼女の生まれを、自分と「彼女」の繋がりを。
 あの盲目の女を「作った」時の遺伝子データが、自分に継がれていることを。
(…私の「母親」が、私を殺すか…)
 息子を殺した母親ならば、神話の時代から幾らでもいるが、とクッと喉を鳴らす。
 ギリシャ悲劇の王女メディアも、そうだった。
 それが此処でも起こるだけのことで、人類は「指導者」を喪う。
 更には地球をも失うのだ、と分かっているのに、何故、暗殺者を待っているのか。
 「刺客が来る」ことを察知しながら、警備の者を退けたのか。
(……やはり、あいつの……)
 真似だろうか、とソルジャー・ブルーの死に様を思う。
 指導者自ら前線に立って、死をも恐れず戦った男。
 「奴と同じに死にたいのか?」と、「あの時の銃とは、違うのだがな」と。
 刺客が来たなら「銃は其処だ」と言うつもりのそれは、メギドの時とは違うもの。
 あれから長い時が経ったし、自分の肩書きも何度も変わった。
 銃も同じに変わってしまって、「使いやすい」銃でも、あの時とは別。
 けれども、それで「撃たれて死ぬ」のも一興だろう、と思う自分がいる。
 そうなったならば、人類は皆、困るのに。
 指導者を、国家主席を失い、地球さえもミュウに奪われるのに。


(…私が此処で斃れなくても…)
 いずれ、その日がやって来る。
 遠からず、宇宙は「ミュウのもの」になる。
 グランド・マザーは、自分にそれを明かしたから。
 「ミュウは進化の必然なのだ」と、「ミュウ因子を排除するプログラムは無い」と。
 あれを聞いた時、崩れた足元。
 自分が信じて歩いて来た道、「SD体制の異分子として」ミュウの殲滅を目指した道。
 それは「誤り」だったのだと。
 時代はミュウに味方していて、自分はそれに抗っただけ。
 そうと知らずに、自分が正義のつもりになって。
 「正しいことをしているだけだ」と、間違った「逆賊の旗」を掲げて。
(…それでも、私は…)
 その道を歩いてゆくしかない。
 もうすぐ此処へと来るだろう刺客、彼女と違って「ミュウに攫われはしなかった」から。
 人類のエリートの道を歩んで、此処まで昇り詰めたのだから。
 自分は責任を果たすべきだし、他に進める道などは無い。
 「そのために」作られ、「育てられた」から。
 サムを、シロエを、贄にして「今」があるのだから。
 それは充分、承知だけれども、こうして自分は「死」を待っている。
 自分の命を奪う死神を、あの盲目のミュウの女を。


 そのくらいの自由は欲しいものだ、と赤く濁った月を見上げる。
 「誤った道」とも知らずに歩いて、これから先も「歩くしかない」。
 ならば途中で終わったとしても、道の半ばで命尽きても良かろう、と。
 どうせ宇宙はミュウのものになるし、人類は過去のものとなるから。
(…打つべき手は、もう打ったのだからな…)
 もしも自分に万一があれば、「これを送れ」と記した圧縮データ。
 宛先は「自由アルテメシア放送」、その筆頭のスウェナ・ダールトン。
 「キース・アニアン」が会談に臨めず斃れた時には、全宇宙帯域で流れるだろうメッセージ。
 ミュウは進化の必然なのだと、「マザー・システムは、時代遅れのシステムだ」と。
 あれを見たなら、「心ある者は」立ち上がるだろう。
 たとえ人類であろうとも。
 「人類はミュウに劣る種族だ」と、突き付けられた側であろうと。
(…さて、どうなる…?)
 あのメッセージを、自分は「この手で」スウェナに送信できるのか。
 それとも自分の死体を目にした、スタージョン大尉が「送る」ことになるか。
 「アニアン閣下の御遺志なのだ」と、その中身さえも確かめないで。
 パンドラの箱の蓋を開く結果になるとも、知らないままで。
(…どう転ぼうとも…)
 もはや時代は、私の思うようには動かせぬ、と仰ぎ見る月。
 此処で死んでも、何も変わらぬなら、「殺される」のも悪くはない。
 自分が渡した銃で撃たれるのも、「ソルジャー・ブルーの仇」と命を奪われるのも…。

 

          死神を待つ・了

※フィシスが来るのを承知の上で、キースは待っていたわけで…。どういうつもりだったやら。
 サッパリ分からん、と思ったトコから出て来た話。撃たれたら終わってましたよね、アレ?








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『…ジョミー。また訓練をサボりましたね?』
 長老たちが怒っていましたよ、と小言を言いに来たリオ。思念波だけれど。
 サボると部屋までやって来るから、ジョミーも文句を言いたくもなる。「余計なお世話だ」と。
「…だって、毎日、厳しすぎるから! ぼくの身にもなって欲しいんだけど!」
 ハードすぎる、とジョミーは愚痴った。
 ソルジャー候補に据えられてからは、もう毎日が訓練三昧。サイオンの特訓だけならまだしも、他の訓練も容赦ない。いわゆる座学も、ソルジャーとしての立ち居振る舞いの特訓なども。
 教える方なら何人もいるし、きっと疲れはしないだろう。休憩時間も取れるから。
 けれど「ジョミー」は一人だけ。
 サイオンの特訓で心身ともに疲弊したって、「代わりのジョミー」は何処にもいない。休憩時間など取れはしなくて、「次はコレです」と押し付けられる座学や特訓。
 その状態で休みたければ「サボリ」しか無くて、なのにサボれば叱られる。…今みたいに。
『大変なのは分かりますが…。でも…』
 訓練の成果が出れば、特訓の時間が減りますよ、と言うリオは正しい。間違ってはいない。上達したなら、もう訓練など要らないわけだし、何処かのソルジャー・ブルーみたいに…。
(三食昼寝付きの日々でも、誰も怒らなくて…)
 現に今だって寝ているし、とジョミーの不満は尽きない。特訓の成果はまるで出なくて、明日も明後日も、そのまた向こうもギッチリ詰まった訓練メニュー。座学も含めて。
(どうせ、ぼくなんか筋が悪くて、ダメダメなんだよ!)
 頑張るだけ無駄に決まってる、とジョミーはフテ寝を決め込んだ。リオを部屋から追い出して。
 「ぼくは死んだと言っといて!」と、長老たちへの言い訳役まで押し付けて。


 そんなジョミーを観察している人がいた。部屋の中には入りもせずに。
(…まったく、あれでは…)
 いつまで経っても進歩しない、と溜息を零すソルジャー・ブルー。青の間のベッドで。
 一日も早くジョミーをお披露目したいというのに、これではサッパリ。ソルジャー候補のままで何年も経って、自分も現役引退は無理。
(ぼくが楽をしたいと言いはしないが…)
 次のソルジャー不在はマズイ、と思ってみたって、ジョミーは努力をしないものだから…。
(…何かいい手は…)
 無いだろうか、と考えていたら、リオの思念を感知した。長老たちに向かって言い訳中の。
『ジョミーも疲れているんです。ですから、もう少し訓練メニューを…』
 減らしてやって貰えませんか、と頼んだリオに、「やかましいわ!」と怒鳴ったゼル。
「お前なんぞに何が分かるか、若造めが!」
「ちょいとお待ちよ、リオに怒ってどうするんだい?」
 其処はジョミーに言うトコだろう、とブラウが割って入ったけれども、ゼルはガンガンと当たり散らした。なにしろジョミーはいないわけだし、目の前にいるのはリオだから。
「文句があったら、ジョミーにガツンと言えばいいんじゃ!」
 甘やかすからつけ上がるんじゃ、と喚くゼル。「お前の態度がいかんのじゃ!」と。
 曰く、「いつも笑顔で腰が低い」のがリオの欠点。
 それだからジョミーに舐められるわけで、「もっと怖いリオにならんかい!」と。
 「キャラを変えろ」と無理な注文、どう聞いたって「言いがかり」の域。
 頭から湯気で怒鳴りまくりで、リオがなんとも可哀相だけれど…。
(……そうか、リオのキャラか……)
 これは使える、とブルーの頭に閃いた案。きっとジョミーも心を入れ替えて頑張るだろう、と。


 その夜、ジョミーは呼び出しを受けた。青の間で暮らす現ソルジャーから。
「ソルジャー・ブルー。…お呼びですか?」
 何でしょうか、と頭を下げつつ、ジョミーは内心恐れていた。此処でも叱られそうだから。
(…サボってるのは、バレてるよね…?)
 ゼルたちがチクッているんだろうし、とビクビクしながらベッドの側に立ったのだけれど。
「…ジョミー。君は、リオのことをどう思う?」
 斜めな質問が飛んで来たから、目を丸くした。「どう思う?」とは、何のことだろう?
「え、えーっと…? そ、そのですね…」
 とても頼れる兄貴分だと思ってますが、と当たり障りのない答えを返した。リオに好意を持っているのは本当だけれど、それ以上でも以下でもない。「惚れている」わけではないのだから。
(…リオの彼女になりたいだとか、リオを彼女にしたいとか…)
 彼女と言うかどうかは別で、とジョミーが思う「恋愛感情」。それは持ってはいないよね、と。
 けれども、ソルジャー・ブルーの方は…。
「なるほどね…。君はどうやら、リオを分かっていないらしい」
「え?」
 ひょっとしてリオは、自分に「惚れている」のだろうか、とジョミーは焦った。彼女になりたい方か、それとも「彼女にしたい」方なのか。
 どっちにしたって自分にベタ惚れ、それで代わりに叱られてくれたりするのかも、と。
「ま、待って下さい、ソルジャー・ブルー…! ぼくは…!」
 リオの気持ちには応えられません、と両手をワタワタさせたら、冷たい視線を投げられた。
 「何を馬鹿なことを」と、思いっ切り。「本当に分かっていなかったのだな」と。
「よく聞きたまえ、ジョミー。…リオの正体は、御庭番だ」
「御庭番?」
 何ですか、それ、と訊き返したら、「忍者とも言う」とソルジャー・ブルーは赤い瞳をゆっくり瞬かせた。「忍びの者だ」と、「誰にも知られず、重要な任務を担っているのが御庭番だ」と。


(…リオの正体は、御庭番…)
 ソルジャー・ブルーの直属の部下、とジョミーは震えながら青の間を後にした。もう恐ろしくて振り返るのも怖いほど。「後ろにリオがいないだろうな?」と。
 ガクブル怯えて部屋に帰って、扉を開けて入る時にも左右を確認。リオの姿が見えないか。
(…いないみたいだけど…)
 でも安心は出来ないよね、と扉をガッツリ施錠した。とはいえ、相手は「忍びの者」。
(壁に耳あり、障子に目あり…)
 遠い昔に「御庭番」の名で呼ばれた忍者は、天井裏だの、床下だのに潜んでいたという。そして相手の隙を狙って、密書を盗み出すだとか…。
(…寝てる間に暗殺だとか、食べ物に毒を仕込むとか…)
 そうやって邪魔な者を消したり、歴史の裏で暗躍したり。あくまで「主」の命令で。
(光ある所に影がある、って…)
 ソルジャー・ブルーは、そう言った。「栄光の陰に、数知れぬ忍者の姿があったのだ」と。
 けれども、彼らの名前は残ってはいない。古い歴史書を端から引っ繰り返しても。
(闇に生まれて、闇に消える…)
 それが「忍者の宿命」らしい。
 リオはそういう立ち位置の人間、皆の前では「人のいいリオさん」で通っているけれど…。
(…ソルジャー・ブルーが「やれ」と言ったら、暗殺だって…)
 厭いはしないし、それは見事にやり遂げる。
 このシャングリラで「リオに密かに消された」人間、その数は誰も知らないという。「やれ」と命じた「主」のソルジャー・ブルー以外は、誰一人として。
(…御庭番だ、って聞かされてみたら…)
 思い当たる節は山ほどあった。
 「ぼくを家に帰せ!」と凄んだ時に、ソルジャー・ブルーが「リオ」と呼んだら…。
(何処からともなく、サッと出て来て…)
 小型艇でアタラクシアまで送ってくれたし、その後の行動も「御庭番」なら納得がいく。人類が仕掛けた監視システムに細工したのも、拷問まがいの心理探査から生還したのも。


 腰が低くて、いつも笑顔のリオの正体。それを明かしたソルジャー・ブルー。
 ついでにブルーは、冷たく笑ってこう付け加えた。「リオは、君にも容赦はしない」と。
 今の所は「主」のブルーが黙っているから、「人のいいリオ」に徹しているだけ。「御庭番」の顔をすっかり隠して、にこやかな笑みを湛え続けて。
 けれど、命令が下ったら…。
(ぼくが訓練をサボらないよう、サボッた時には…)
 この部屋に来て、それは恐ろしい「罰」を自分に与えるらしい。誰が見たって分からないよう、外に出るような傷はつけないように…。
(爪の間に針を刺すとか、足の指とかを有り得ない方に曲げるとか…)
 聞いただけでも痛そうなヤツを、「あのリオが」やってくれるという。人のいい笑みを浮かべたままで、「ソルジャー・ブルーの仰る通りになさいますか?」などと訊きながら。
 「二度とサボらないと誓いますか」と、「サボッたら、またコレですが?」と。
 そういった目に遭いたくなければ、「御庭番」には逆らわないこと。
 リオが普通に「サボリですか?」と困っている間に、きちんと反省、これからは文句を言ったりしないで…。
(間違っても、「ぼくの代わりに言っといて!」なんて言わないで…)
 長老たちがブチ切れる前に、訓練の場に馳せ参じること。
 でないとブルーがキレてしまって、リオに一言、「やれ」と命じるから。
 「ジョミーの言うことは聞かなくていい」と、「君の主は、ぼくだったな?」と。
(……そうなったら、ぼくは爪の間に針を刺されて……)
 足の指とかを有り得ない風に折り曲げられて、とガクガクブルブル、そんなのは御免蒙りたい。


 かくしてジョミーは性根を入れ替え、訓練をサボらなくなった。
 リオの前でもキレなくなって、日々、頑張ってソルジャーになるべく励んでいるから…。
(…リオで脅した甲斐があったな)
 あの人の好さが、ジョミーはとても恐ろしいだろう、とソルジャー・ブルーはほくそ笑む。
 リオの笑顔と腰の低さは、天然だから。
 あれが「御庭番」の表の顔だと言っておいたら、抑止力として半端ないものだから。
(……リオには悪いが……)
 御庭番になっていて貰おう、と笑うブルーは腹黒かった。
 ダテに三世紀以上も生きていなくて、頭も回るソルジャー・ブルー。
 嘘をつくくらいは朝飯前で、「自分が悪役になる」のも平気。
 「リオを使って、何人も消した」と、ジョミーがまるっと信じていたって、気にしない。
 ミュウの未来のためならば。
 次のソルジャー候補のジョミーを、ソルジャーの座に据えるためとなったら…。

 

          腰が低い人・了

※「アニテラのリオは、只者じゃねえな」と思ったのが多分、ネタの切っ掛け。
 けれども何処から「御庭番」なのか、そっちの方がサッパリ謎で…。似合ってるけどな!








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「ピーターパン…!」
 待って、と声を張り上げたシロエ。「行かないで」と。
 夜空を駆けてゆく少年。
 急いで彼を追い掛けなければ、一緒に飛んでゆかなければ。
 ネバーランドへ、夢の国へと。
 「子供が子供でいられる世界」へ、ピーターパンの背中を追って。
 でないと此処に残されたままで、また牢獄に繋がれる。
 二度と空には舞い上がれないで、ネバーランドにも行けないままで。
「待って…!」
 ぼくも一緒に連れて行って、と叫んだ声で目が覚めた。
 閉じ込められた牢獄の中で、ステーションE-1077の自分の部屋で。
(……まただ……)
 行き損ねたよ、と零れた溜息。
 夢の中なら、何処までも飛んでゆけるのに。
 ピーターパンと一緒にネバーランドへ、時には故郷のエネルゲイアへ。
 けれど今夜は行き損ねる夢で、最近、そちらが増えて来た。
(…子供の心を失くしたから…)
 ぼくは「大人」になりかけてるから、と涙が溢れそうになる。
 テラズ・ナンバー・ファイブに奪われた記憶と、夢の世界へ飛び立つ翼。
 成人検査を受ける前なら、何処からだって「飛べた」のに。
 ピーターパンの本を開けば、ページの向こうにネバーランドが見えていたのに。


 今では「見えなくなった」それ。
 大人の社会への入口に立って、「子供の心」を失ったから。
 自分では「子供のつもりで」いたって、「違う」と思い知らされる。
 ピーターパンの本の向こうに、ネバーランドは「もう見えない」。
 どんなに瞳を凝らしてみたって、夢の国の扉は開かないから。
(……夢の中でも……)
 行けない日が増えてくるなんて、と悲しくて辛くて、胸が張り裂けてしまいそう。
 今夜の夢でも、ピーターパンは行ってしまった。
 自分を残して、夜空を駆けて。
 印象的な赤いマントの残像、それだけを瞳の中に残して。
(…いつか、ホントに来てくれなくなる…)
 ピーターパンは、と痛いくらいに分かっている。
 今でさえも「置いてゆかれる」のならば、もっと「大人」になったなら。
 もっと背が伸びて、声も男らしい声に変わって、少年らしくなくなったなら。
(…大人は、ネバーランドには…)
 行けはしない、と突き付けられる苦い現実。
 ピーターパンに置いてゆかれる夢を見る度に、赤いマントを見失う度に。
(きっといつかは、あのマントだって…)
 見えなくなって、ピーターパンが夜空を駆ける姿も、見られなくなることだろう。
 今は辛うじて残っているらしい、「子供の心」が曇ったら。
 すっかりと錆びて大人になって、目に見えるものだけが「世界の全て」になったなら。
(…そんなの、嫌だ…)
 それくらいなら、「置いてゆかれる」方がいい。
 ピーターパンと一緒に飛んでゆけなくても、ネバーランドに着けなくても。
 夜空を駆ける永遠の少年、ピーターパンの赤いマントを見送ることが出来るなら。


 その方がいいに決まってる、とベッドから下りた。
 まだ夜中だから、充分にある「自由な時間」。
 こんな時には本を読もうと、ピーターパンの本がいい、と。
(…ぼくの宝物…)
 パパとママが買ってくれた本、とギュッと両腕で胸に抱き締め、戻ったベッド。
 その端に腰掛け、膝の上で広げようとした本。
 ふと目に入った本の表紙に、アッと息を飲んだ。
 其処に描かれた、夜空を駆けるピーターパン。
 ティンカーベルもいるし、ウェンディたちも一緒に飛んでいるけれど…。
(……ピーターパンの服……)
 マントなんかは何処にも無い、と今頃になって気付いたこと。
 そういえば、さっき見ていた夢。
 あの夢の中のピーターパンは、この表紙の絵とそっくりだったけれど…。
(服もこの絵とそっくりで…)
 何処も変わりはしなかったけれど、夜空の果てに見えなくなる時。
 消えてゆく時に残った残像、それは真紅のマントの欠片。
(…マントを着けたピーターパンって…?)
 ぼくは知らない、と本のページを繰ってゆく。
 挿絵が入ったページに出会えば、手を止めてそれを覗き込んで。
 「これも違う」と、「これでもない」と。
 どの絵に描かれたピーターパンも、彼らしい服を着ているだけで…。
(……マントなんて……)
 挿絵の何処にも描かれてはいない。
 しかも「真紅のマント」だなんて、自分は何処で見たのだろうか?
 ピーターパンの映画なんかを観てはいないし、知っているのはこの本だけ。
 本の端から端まで見たって、「赤いマント」は出て来ないのに。
 そらで言えるほど何度も読んだ文の中にも、そんな描写は無い筈なのに。


(…赤いマントのピーターパン…)
 この本に、そんなピーターパンがいないと言うなら、夢の中の「彼」は何なのだろう?
 まだ見えるような赤い残像、マントの欠片を自分は何処で見たのだろう…?
(…でも、ピーターパン…)
 あれは確かにそうだった、と夢の光景を覚えている。
 ネバーランドには行き損ねたけれど、ピーターパンを「見ていた」自分。
 「ピーターパンだ」と、「ぼくも一緒に連れて行って」と、夜空を駆けてゆく少年を。
 考えてみれば、いつも、いつだって「見失う」マント。
 ピーターパンに置いてゆかれた時には、いつだって。
(……一緒に飛んでゆける夢なら……)
 その夢の中のピーターパンは、本の表紙と同じ服。
 本の挿絵とそっくり同じで、赤いマントを見ることはない。
 置いてゆかれた夢の時だけ、ピーターパンが残す残像。
 それが真紅のマントの欠片で、目を覚ます度に悲しくなる。
 「ネバーランド行けなかった」と、「ピーターパンに置いてゆかれた」と。
 あまりにも辛い夢なのだけれど。
 いつかは赤いマントの欠片も、見えなくなる日が来そうだけれど。
(…ぼくは確かに見たんだから…)
 今夜も見たし、今までだって。
 追えないままに飛び去る少年、ピーターパンが残してゆく残像は、いつも赤いマント。
 目にも鮮やかな真紅のマントの欠片を残して、ピーターパンは消えてゆく。
 これだけ何度も、同じ夢を見ているのなら…。
(……きっと、本物のピーターパン……)
 彼がそうだ、と閃いた思い。
 ピーターパンの本が書かれた時代は、今から遥か昔のこと。
 人間が地球しか知らなかった頃で、宇宙船は無くて、馬車が走っていた時代。
 その時代からずっと、ピーターパンが今も高い夜空を駆けているのなら…。


 きっと服だって変わるだろう。
 人間が地球を離れた時から、五百年以上も経っている今。
 SD体制が始まるずっと前から、ピーターパンは空を飛び続けている。
 ネバーランドに行きたい子供を見付け出しては、一緒に空を飛ぶために。
 高い空へと舞い上がるために、地球の夜空を、今の時代は宇宙に広がる幾つもの空を。
(違う服だって、着てみたいよね…?)
 長い長い時を駆けているなら、時には違う服だって。
 時代が変わってゆくのと同じに、流行りの服も変わってゆく。
 ピーターパンの本が書かれた時代と、今の時代の服とでは…。
(まるで違うし、どっちの時代の人が見たって…)
 別の時代の服を「変だ」と思うだろう。
 本の中で見るなら「普通に」見えても、それを実際、目にしたならば。
(…ピーターパンは、子供の味方なんだから…)
 子供が親しみやすい服装、それに着替えてゆくのだろう。
 時代が移れば、その時代の子が「素敵だ」と思う類の服に。
 そしてSD体制が敷かれた今の時代に、ピーターパンが着ている服は…。
(赤いマントがついているんだよ)
 マントを目にする機会は全く無いのだけれども、なんと言ってもネバーランド。
 「永遠の少年」のピーターパンは、今の時代は…。
(ちょっと王子様みたいな感じで…)
 颯爽と赤いマントを纏って、剣だって下げているかもしれない。
 出会った子供が「かっこいい!」と目を瞠るように。
 「ぼくも一緒に、海賊たちと戦うんだ!」と、張り切るように。
(…きっとそうだよ…)
 ぼくは本物に会ったんだ、と嬉しくなる。
 ピーターパンが残した残像、赤いマントの欠片を見たのが「本物」の証。
 置いてゆかれてばかりだけれども、ピーターパンには「会えて」いる。
 一緒に駆けてはゆけないだけで、「ぼくはまだ、会えているんだよ」と。


 ピーターパンにまだ「会える」のならば、「子供の心」を失くしてはいない。
 かなり失くしてしまったけれども、消えてなくなってはいない。
(……ピーターパン……)
 忘れないようにするから、ぼくも一緒に連れて行って、と願うシロエは気付かない。
 遠い昔に、彼が出会った「ピーターパン」。
 赤いマントを纏ったミュウの少年、ジョミー・マーキス・シンが「そうだ」と信じたことを。
 彼が自分の「ピーターパン」だということを。
 ピーターパンが残した欠片は、今もシロエの心の中。
 赤いマントの残像になって、いつも、いつだって少年のままで…。

 

          ピーターパンの欠片・了

※シロエが「ぼくは此処だよ!」と呼んでいた「ピーターパン」。ジョミーの思念波通信で。
 だったら覚えていたんだろうか、と考えたわけで…。其処から捏造、赤いマントの残像。







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