「キャプテン! ステルスモード、解除してましたっけ?」
ブリッジクルーにそう尋ねられて、ハーレイは「いや」と即答した。
ジルベスター・セブン、いわゆるナスカ。其処に降りようと決めて、入植中だけれども…。
「ステルスモードを解除するには、まだ早い。人類に発見されるわけにはいかない」
「そうですよね…。でも、今、入った通信で…」
シャングリラが目視できると言っています、とクルーが告げた報告。
曰く、ナスカとシャングリラを繋ぐ定期便のシャトル。それがナスカを発って間もなく、上空に白い鯨のような「シャングリラ」の姿が見え始めたという。
衛星軌道上に浮かんだ船は「目視できない」筈なのに。
シャングリラ自慢のステルス・デバイス、それが船体を隠しているから、「よほど接近しない」限りは、「そこにある」とは分からないのが、白く巨大なミュウたちの母船。
そのシャングリラが「見える」となったら、ただ事ではない。考えられる理由は、一つだけしか無かった。ステルス・デバイスが「ダウンした」ということ。
(……ナスカだったから良かったが……)
航行中だと危なかった、とハーレイは直ちに指示を飛ばした。
「ステルス・デバイスを再起動しろ! 今すぐにだ!」
「はいっ!」
早速、係が取り掛かった作業。けれど、たちまち、困った顔がハーレイの方に向けられた。
「…キャプテン、ダウンしていません。ステルス・デバイスは正常に作動しています」
「勘違いするな! そういうメッセージが出ているだけだ!」
今は「壊れている」のだからな、とキャプテンの答えは冷静だった。なんと言っても、故障中の機械が相手なのだし、「正常です」などは当てにならない。信じる方が馬鹿というもの。
「強制的に再起動だ」と係のクルーを睨んで、「分かりました」と返った声。
クルーは「正常に作動中」のステルス・デバイスを「終了させる」と、再起動に移った。
《…ステルス・デバイス、再起動。…予備診断、実行中》
ブリッジにそういう音声が流れ、間もなく「再起動、完了」とクルーも報告したというのに…。
「キャプテン、まだ船体が見えるそうです!」
「なんだと!?」
それはマズイ、とハーレイは拳を握り締めた。
ステルス・デバイスのオーバーホールは、「まだまだ先」だと思ったけれども、それどころではないらしい。「今すぐ」作業に取り掛からないと、シャングリラの船体は「丸見え」のまま。
本来だったら会議を開いて、オーバーホールの時期を決定するのだけれど…。
「ステルス・デバイスのオーバーホールを開始せよ! 全責任は私が負う!」
直ぐに始めろ、とハーレイはキャプテンの権限を行使した。
こういった時に「使えない」なら、「キャプテン権限」なんぞは「お飾り」だろう、と。
ステルス・デバイスをオーバーホールするとなったら、システムを完全に止めねばならない。
その間、シャングリラは「完全に」目視できる状態。
此処で人類軍の船が来たなら、ヤバイどころの騒ぎではないし、ハーレイはレーダーを担当するクルーに叫んだ。
「気を抜くな! オーバーホールが終了するまで、いつも以上にレーダーを睨め!」
「はい、キャプテン!」
ルリがいないのがキツイですが…、と零しながらも、クルーが見詰めるサイオン・レーダー。
これまたシャングリラが誇るシステム、人類たちが使う「それ」より高性能なもの。遥か先でのワープアウトサインも確認できれば、艦種識別もアッと言う間の優れものだけれど…。
「いいな、民間船であろうが、発見した時は報告しろ!」
今はシャングリラが「丸見え」なのだ、とハーレイは警戒を強めてゆく。ステルス・デバイスが正常だったら、民間船に目視されても、「宇宙鯨を見た」で済む。
(…いつの間にやら、そういう話になっているからな…)
スペースマンたちの間の伝説、それが「宇宙を彷徨う鯨」。宇宙鯨は、シャングリラのこと。
「見れば願いが叶う」などというオマケまであるし、普段だったら民間船は「敵ではない」。
けれども今は非常事態で、「宇宙鯨を見た」と通信されたら、この宙域を飛んでいる船が端から「宇宙鯨」を目撃することになる。…シャングリラは「姿を消せない」だけに。
そうこうする内に、人類軍が通信を傍受することだろう。「宇宙鯨がいるらしい」と。
(…人類軍は、鯨の正体を知っているのだ…!)
彼らが勝手に「モビー・ディック」と呼んでいるのがシャングリラ。
それが「いる」場所を特定されたら、攻撃にやって来るのは必至。船もヤバイけれど、ナスカも危うい。せっかく入植したというのに、手放して逃げてゆくしかない。
そうならないよう、民間船といえども、気を付けなければいけないのが「今」。
もしも近くを飛ぶようだったら、シャングリラの移動も考えなければ…、とハーレイが頭の中で様々なことを考える所へ、レーダー担当のクルーの声が届いた。
「キャプテン! サイオン・レーダー、感無しです!」
「それがどうした! 報告は「感あり」だけでいい!」
感無しは当たり前だろうが、とハーレイは半ば怒鳴ったけれども、クルーは「感無しです!」と繰り返した。
「レーダーが作動していません! シャトルがこちらに飛んで来るのに、反応無しです!」
「なんだって!?」
レーダーまでもが「壊れた」のか、とハーレイは呆然とするばかりだった。このタイミングで、サイオン・レーダーさえも「使えない」とは、最悪としか言えない状態だから。
船を隠すためのステルス・デバイスがダウン、その上、サイオン・レーダーまでをも失った船。
此処で人類軍が来たら「終わりだ」と、キャプテンが顔面蒼白になった日。
それは「始まり」に過ぎなかった。
もしや、と撃たせたサイオン・キャノンも「撃てない」始末で、およそサイオンが絡んだ全てのシステム、それが悉く「駄目っぽい」。
シャングリラは「ミュウの母船」として改造を重ねて来た船だけに、「サイオン頼みの船」だと言える。人類軍の船にさえ無い「シールド」なども、その一つ。
(……サイオン・シールドも使えないなどと……!)
いったい何が起こったのだ、とハーレイは焦りまくりながらも、各部署に「修復を急がせろ」と伝令を飛ばし、自ら足を運びもした。「原因は、まだ分からないのか!?」などと。
けれどサッパリ「好転しない」事態。
シャングリラは、まるで「使い物にならない」船に成り果てたままで、二日、三日と経ってゆく中、ドクター・ノルディからの緊急通信がブリッジに入った。
「キャプテン! これが原因かと思われます!」
「サイオンが使えなくなった」と訴える患者が押し掛けて来ています、とモニター画面に映ったノルディの顔は引き攣っていた。
今朝から「そういう症状の患者」が、メディカル・ルームに次々にやって来ているのだとか。
「サイオンが使えないだって!? どんな症状だ!」
ハーレイの問いに、ノルディは「そのままの意味です」と、沈痛な声で答えを返した。
「主な症状としては、思念波が使えないことが挙げられます。他の能力も皆無です」
患者は「人類」と変わらないと思って頂ければ…、というのがノルディの診立て。
朝から続々とメディカル・ルームを訪れる「ミュウ」は、サイオンを使えない「ただの人間」。その症状を「自覚した」のが今日だからして、それよりも少し前の頃から…。
「サイオンのレベルが、ダウンし始めていたと言うのか!?」
「恐らくは…。その状態では、無意識に発するサイオンを集めて使うシステムは…」
端からダウンしていくでしょう、とのノルディの意見は「間違っていない」と、ハーレイの勘が告げている。…そういう理由なら、納得がいく。
(どう頑張って修復しようと、肝心のサイオンが無い状態では…)
どのシステムも「使えない」だろう、とハーレイは天井を仰ぐだけだった。
どうなったのかは謎だけれども、「サイオンが使えない」仲間が増えているなら、復旧の目途が立つわけもない。ステルス・デバイスにしても、シャングリラが誇る他の独自のシステムなども。
「…キャプテン。理由は掴めたようだが、この船はどうなる?」
それにナスカも、仲間たちもだ…、とソルジャー・シンの顔も青かった。会議の席で。
数日前からのシャングリラの不調、それを一人で「カバーし続けていた」のがソルジャー・シンことジョミーだけれども、今の状態はシャレにならない。
シャングリラが「使えない」だけならまだしも、船の仲間たちが「使えない」なんて。
ミュウの特徴の筈のサイオン、それが「使えない」なら、ミュウではなくて「ただの人間」。
「…分かりません、ソルジャー…。いずれ回復するのか、それも掴めてはおりません」
ただ、原因の方でしたら…、とハーレイはノルディに促した。「報告を」と。
「はい。…ソルジャー、入植して直ぐに、流行った風邪を覚えておいででしょうか?」
「風邪…。そういえば、そういうことがあったな…」
ぼくも罹った、とジョミーが頷く「風邪」というヤツ。
それはジルベスター・セブンへの入植直後に、ナスカと船で大々的に流行りまくった。感染源は今も不明のままで、人類が廃棄した星に「生き残っていた」ウイルスでは、と言われている。
ウイルスは宿主の身体を離れれば、「長くは生きられない」のが常識だけれど、何らかの条件が整ったせいで冬眠状態に入って「生きていた」のだろう、とも。
「あの風邪に罹った患者のデータは、全て残っておりますが…。最初に発症した者たちが…」
今日、メディカル・ルームを訪れた患者と完全に一致しております、とノルディは厳しい顔つきだった。「サイオンが使えなくなった原因は、あの時の風邪だと思われます」と。
「そ、そんな…。あれからずいぶん経っているのに…」
偶然だろう、とジョミーは目をパチクリとさせたけれども、ノルディは首を横へと振った。
「患者の血液などを分析しました。サイオンが使えない患者は、未知の抗体を持っております」
あの時に風邪に罹った患者も、全員が持っているでしょう…、とノルディは深い溜息をついた。患者の治療をする内に「罹ってしまった」ノルディ自身も、その抗体を持っているとか。
「じゃ、じゃあ…。ぼくも、その内にサイオンが使えない状態に…?」
確か一週間ほど経ってから風邪を貰ったっけ、とジョミーがよろけて、ハーレイや長老たちも、「まさか…」と自分の顔を指差した。
シャングリラとナスカで蔓延した風邪、それに罹っていない人間は「一人しかいない」。
「…ソルジャー・ブルー…以外は、全員、ただの人間になってしまうんじゃな!?」
わしらも罹ったんじゃから、とゼルがガクブル、他の面子も同様だった。
「サイオンを失くした」ミュウなど、もはや「ミュウ」とは言えない。
一時的な現象で済めばまだマシだけれど、「症状が回復しなかった」時は、「使えない」機能が満載の船で「ただの人間」が逃走生活を送ることになる。
人類に向かって「今は普通の人間ですから!」と主張したって、絶対に通らないだけに。
ノルディの不吉な予言通りに、間もなく「全員が失くした」サイオン。
青の間で眠り続けるソルジャー・ブルー以外は、「ただの人間」ばかりの団体になってしまったミュウたち。ソルジャー・シンまでが「ただの人間」だけに。
「明日にもポックリ逝くかもしれんのう…」
わしらは年が年じゃから…、と嘆きながらも、ゼルたちは「元はこういう船じゃったから」と、シャングリラに「普通のレーダーシステム」を搭載し直した。
ステルス・デバイスやサイオン・シールドなどは「どうにもならない」けれども、レーダーなら「人類仕様」のがある。サイオン・キャノンは「諦めるしか」なくて、武装できなくても、逃げるだけなら「逃げ切れるじゃろう!」と、せめてレーダー。
快適だった「ミュウ仕様の船」は、「ただのデカブツ」と化すことになった。
今やシャングリラで「思念波を使える」のはナキネズミだけ、という悲惨な境遇。
それでも、赤いナスカで生まれたSD体制始まって以来の、自然出産児の子供たちは…。
『グランパ、聞こえる?』
「ああ、聞こえてるよ。トォニィ」
ぼくには「それ」は出来ないけどね、とジョミーも苦笑するしかない。ナキネズミと子供だけがサイオンを持っていたって、シャングリラは「ただのデカブツ」のままだけに。
こんな船では地球にも行けない、と誰もが地味な「ただの人間ライフ」を送り続けていた、ある日のこと。「普通のレーダー」に映った船影、それは人類軍の船。
「ソルジャー、逃げましょう!」
非常事態ですから、ナスカは捨てて…、と叫んだキャプテン。直ぐに逃げないと、殲滅される。この船にいる仲間だけでも…、とハーレイは決断したのだけれど…。
「「「え?」」」
あれは、とシャングリラのブリッジにいた、全員が見た。
「いてもうたるねん!」という誰かの「思念」の叫びと、ナスカから真っ直ぐ飛んで行った光。青く輝く鋭い光は、どう見てもタイプ・ブルーのものだった。
それが「人類軍の船」を貫き、船は大爆発して宇宙の藻屑。中に乗っていた「キース」ごと。
「いてもうたるねん!」をかました英雄、その正体は「ただの人間」だった筈の連中。
普通のレーダーで機影を捉えて、「なんとかナスカを守りたい」と思った途端に、例の思念波が飛び出した。「いてもうたるねん!」と心を一つにして。
それが切っ掛け、かつて「風邪に罹った」時の順番と同じに、回復し始めた皆のサイオン。
あまつさえ、誰もが「最強のミュウ」へと進化していた。…どういうわけだか。
「……全員、タイプ・ブルーだったら、ぼくがいなくてもいいんじゃあ…?」
ソルジャーなんかは、ジャンケンで決めればいいと思う、とジョミーが真顔になったほど。
今のシャングリラとナスカにいるミュウ、彼らはもれなくタイプ・ブルーで、もはや人類などは「敵でさえない」。
キースはとっくに「死んだ後」だし、その後に来たメギドも「敵ではなかった」。あっさり皆の力で防いで、沈めておしまい。「いてもうたるねん!」と。
そんな具合だから、今日もシャングリラの公園では…。
「グランパ、地球に行くのはいつにするの?」
「さあ…? トォニィが早く見たいんだったら、明日でもいいかな」
アルテメシアに行けば、地球の座標は分かると思う、とジョミーはのんびり、まったりだった。
今では無敵艦隊とも呼べる、シャングリラと船の仲間たち。
彼らが「ついに動き出した」時、SD体制とグランド・マザーは「ブッ壊れた」。
未だ昏々と眠るソルジャー・ブルーを乗せたままの船は、向かう所、敵無しだったから。
「風邪のウイルス」に敗れる形で、人類軍は全て、タイプ・ブルーの集団に白旗を掲げ、人類の聖地、「地球」を明け渡す他に道などは持っていなかったから…。
使えない船・了
※いや、シャングリラって、ずいぶんと派手に「ミュウ仕様」に改造してあったよな、と。
サイオン抜きだと「使えない」んじゃあ…、と思っただけ。やっぱり使えねえ…。
(…初の軍人出身の元老か……)
厄介な、とキースがついた溜息。
側近のマツカを下がらせた後の夜更けに、一人きりの部屋で。
国家騎士団総司令から、元老に転身したけれど。
元老たちが集うパルテノン、其処からの要請だと聞いていたのだけれど。
(……実際の所は、グランド・マザーか……)
どうやら、そういうことらしい。
グランド・マザー直々の推薦、逆らえなかった頭の固い元老たち。
人類の聖地、地球に据えられたグランド・マザーに、逆らえる者などいはしないから。
国家騎士団の赤を基調にした制服から、元老の白い制服へ。
それに着替えて、初の「仕事」に赴いた時。
「歓迎されていない」と、直ぐに分かった。
誰一人として、挨拶さえもしない有様。見下したような顔をして。
そうなる理由は分かっている。
「キース・アニアン」はメンバーズ・エリート、いわゆる「軍人」。
けれど元老たちは「文官」、歩んで来たコースからして違う。
彼らの中には一人もいない、E-1077の出身者。
マザー・イライザが統べていた、あのステーション。
とうの昔に廃校になって、この手で「それ」を処分して来た。
マザー・イライザが止める悲鳴を聞きもしないで、惑星上へと落下させて。
(…エリートを育成する、最高学府だと聞いていたがな…)
E-1077に在籍していた頃は、誰もがそう言っていた。
あのステーションの卒業生から、「選ばれる」メンバーズ・エリートたち。
彼らが「世界」を動かすのだと、宇宙の頂点であるかのように。
キース自身も、そう聞かされて信じていた。
「自分の生まれ」は知らなかったけれど、いつかエリートとして世に出るのだと。
ところが、まるで違った「世の中」。
メンバーズ・エリートと呼ばれる者は、「ただの軍人」に過ぎなかった。
実際に宇宙を統治するのは、パルテノンに集う元老たち。
軍人ではなくて、根っからの「文官」、いわゆる「政治家」。
銃器くらいは扱えるけれど、戦闘機や戦艦の「動かし方」など知らない者たち。
(…Mが何かも、ろくに知らない連中ばかりで…)
今の時代には「役立たない」者。
Mと呼ばれるミュウとの戦い、それは日増しに激しくなってゆくばかり。
だからこそ自分が「選ばれたのだ」と、パルテノンへと赴いたけれど…。
(…軍人は、これだから困るのだと…)
蔑みの視線が向けられる日々。
どのような意見を唱えようとも、ミュウとの戦いに備えるべきだと説こうとも。
(……どうして私を、あそこで作った……?)
何故、と「マザー」に問いたくなる。
マザー・イライザではなく、グランド・マザーに。
どうして「E-1077」で作ったのかと、他の場所では駄目だったのかと。
元老たちが教育を受けた、やはり「最高学府」のステーション。
E-1077とは、場所も、カリキュラムも違うもの。
最初から其処で「キース」を育てていたなら、回り道などしていない。
今頃はとうに、それなりの地位を「パルテノンで」占めていただろう。
「若き元老」には違いなくても、相手にされないことなどは無くて。
嘲りの声も浴びることなく、意見を述べれば、誰もが耳を傾けもして。
(…同じように、私を作るのであれば…)
そちらで作れば良かったものを、と思わないでもない。
何処で作ろうとも、「キース」は「キース」。
三十億もの塩基対を合成した上、それを繋いでDNAという鎖を紡ぐ。
何処でやろうと手順は同じで、出来上がる「モノ」も同じな筈。
後は教育次第なのだし、「回り道」などさせずとも、と。
なのに、どうして「こうなった」のか。
わざわざE-1077で「作って」、「軍人」に育てた「キース・アニアン」。
今頃になって「パルテノン入り」をさせるほどなら、軍人の道を歩ませずとも…。
(元老のためのステーションの方で作っておけば…)
幾らでも手間が省けただろう。
政治家の道を歩んでいたなら、いずれ開ける「元老」への道。
そちらを歩んで「パルテノン入り」を果たしていたなら、誰も「キース」を嘲りはしない。
「軍人上がりは」などと言われはしないで、豊富にあっただろう人脈。
その方が遥かに役立つだろうに、「キース・アニアン」という「人形」も。
(…しかし、マザーが選んだからには…)
E-1077に「鍵」がある筈。
其処でしか「キース」を「作れなかった」理由というもの。
技術的には、何処であろうと可能だろうに。
現に「キース」と対になっていた「ミュウの女」は、E-1077では「作られていない」。
アルテメシアで「作られた」もので、だからこそ「M」に攫われた。
「ミュウとして」処分が決まっていたのを、ソルジャー・ブルーが奪い去って。
もちろん国家機密だけれども、「今のキース」なら「分かる」情報。
あの実験は「アルテメシアで始まった」と。
ミュウが奪ってしまったからと、場所を宇宙に移した実験。
ならば、何処でも良さそうなもの。
E-1077を選ばなくても、「もう一つの」最高学府でも。
同じに「キース」を作るのだったら、「政治家のキース」を作れば良かった。
そうしておいたら、パルテノンでの地位は安泰。
異例の出世を続けた挙句に、とうの昔に…。
(……国家主席にもなっていたのだろうに……)
グランド・マザーは、いずれ「そうする」つもりでいるのだろうけれど。
「人類の指導者」として、マザー・イライザが作った「理想の子」、「キース」。
それを人類の頂点に押し上げ、ミュウとの戦いに勝ちを収めるべく。
既に決まっている、「キース」の道。
「初の軍人出身の元老」の次は、「国家主席」の地位に収まる。
そうなることが分かっているなら、何故、「回り道」をさせたのか。
E-1077で「作って」、「軍人の道」を歩ませたのか。
(…グランド・マザーに、計算違いは有り得ない…)
この道は最初から「敷かれた」もの。
自分は其処を「歩まされる」だけで、自分の意志では選べない道。
「回り道」に見えて、「回り道」ではないのだろう。
E-1077から「始まった」のは。
「キース・アニアン」を作り上げた場所、「ゆりかご」が「あそこ」だったのは。
(…そうすることで、何の益がある…?)
政治家ではなく、軍人として育てることに。
メンバーズ・エリートの道を歩ませることに。
(…私が歩いて来た道には…)
数え切れないほどの屍、「冷徹無比な破壊兵器」として「殺した」者たち。
反乱軍もいれば、暴動を起こした者たちも。
けれど、最初に「キース・アニアン」の手を血に染めたのは…。
(…セキ・レイ・シロエ…)
E-1077に「送り込まれた」、ミュウの少年。
きっと自覚も無かっただろう、「Mのキャリア」と呼ばれるシロエ。
彼が「キースと」出会わなければ、何も起こりはしなかった筈。
ミュウのマツカが生き延びたように、成人検査を「無事に」パスして…。
(自分でも何処か変だと気付いて…)
マツカよりも上手く隠し通して、今も何処かで生きていたろう。
一般市民になっていたのか、あるいはシロエの父と同じに「研究者の道」を歩んでいたか。
それをシロエが「歩み損ねた」のは、「キース」のせい。
「指導者としての資質」を開花させるために、シロエは「贄にされた」から。
「キース・アニアン」に「シロエを殺させること」が、機械の計算だったのだから。
もしも「キース」が、E-1077に「いなかった」なら。
軍人ではなくて、政治家のためのステーションで「作り上げられた」なら…。
(…シロエは、私に殺されはせずに…)
生き延びたろうし、何もかも全て「キースのせい」。
シロエが「あそこで」殺されたのは。
「キース・アニアン」を育てるために選ばれ、E-1077に「送られた」のは。
キースを「政治家」として作っていたなら、けしてシロエは「死んではいない」。
銃器を扱うのが精一杯の、「根っからの政治家」だったのならば。
(…いったい、何のために…)
グランド・マザーは、この回り道を用意したのだ、と思うけれども「分からない」。
きっと直接、問い掛けてみても、答えは返らないのだろう。
どうして、「この道」だったのか。
この道に何の益があるのか、どんな計算が働いたのか。
(…最初から、政治家にしておいた方が…)
早かったろうと思うのだがな、と零すけれども、鍵になるのは「M」なのだろうか。
E-1077が、どういう理由で「M」に繋がるかは謎だけれども。
(きっと、一生…)
分かるまいな、と「自分がゆくべき道」の先を思う。
その先にも「M」が立ち塞がるから、いずれ「M」との決戦になるのだろうから。
E-1077の謎は解けなくても。
どうして「キース」を其処で作ったか、「回り道」の理由は、永遠に謎のままだとしても…。
回り道の謎・了
※キースの疑問は、そのまま「管理人の疑問」だったりします。だって、変だと思うから。
原作だと「政治家」もメンバーズだけど、アニテラは違ってましたよね。なんで、ああなの?
「まったく、もう…。ジョミーは、どうなっているのです!」
私には信じられません、とエラが吊り上げた眉。長老たちが集った部屋で。
先日、ソルジャー・ブルーが船に迎えさせた、ジョミー・マーキス・シン。彼の行動が、彼らを激しく困らせていた。「ミュウの自覚が、まるで無い」せいで。
「今日で何日になるんじゃ、ハーレイ?」
ゼルの問いに、キャプテンが即答した。「五日目だ」と。
「私にも、信じられないことではあるが…。事態は解決しそうにもない」
「あたしだって、信じられないよ。五日だよ、五日!」
明日も駄目なら、一週間目が目の前じゃないか、とブラウも愚痴った。ジョミーの「酷さ」を。
「彼には自覚が無いようだ。…いくら教えても、聞く耳を全く持たないからね」
お手上げだよ、とヒルマンも嘆く。「あんなケースは初めてだ」などと。
「ミュウの自覚も問題ですが…。それよりも、ジョミーの衛生観念の低さが最悪です!」
五日も風呂に入らないなど、とエラは今にもキレそうだった。
そう、問題は「風呂」というヤツ。
ジョミーがシャングリラに迎えられてから、そろそろ一週間になろうとしている。それなのに、彼が拒み続けているのが「入浴」。それも五日も。
「…最初の日は、入ったんじゃがのう…」
「埃まみれで船に来ておいて、入らない方がどうかしています!」
けれど、それきりではありませんか、と潔癖症のエラ女史は怒り続けていた。何故と言ったら、ミュウは「風呂好き」な種族だったから。
彼らが暮らす、白い鯨のような船。シャングリラには自慢の風呂があるのに、ジョミーは決して入ろうとしない。
世話係のリオが、どんなに誘っても。あの手この手で勧めてみても。
とうとう五日も「入らない」わけで、長老たちだって困りもする。風呂嫌いのミュウなど、話にならない。次のソルジャーになるべきジョミーが、風呂嫌いだなんて。
長老たちが悩んでいる頃、ジョミーはジョミーで悩んでいた。居住区の中の、自分の部屋で。
(…風呂に入れって言われても…)
あんなの、風呂と言わないから! と叫びたい気分。
このシャングリラに連れて来られて、直後にリオに誘われた。「お風呂に行きませんか?」と、声ではなくて思念波で。
ドリームワールドからの逃走劇で、埃まみれになった後だけに、嬉しい誘いではあった。ただ、その時に、今から思えば…。
(変だと気付くべきだったよね?)
「お風呂に行きませんか」とは、普通、誘わない。其処は「お風呂に入りませんか?」で、案内する先は、こういった部屋。
専用の個室を貰うにしたって、ゲストルームを使うにしたって、其処には風呂がデフォ装備。
(自分で勝手に入れば良くって…)
それでオッケー。
アタラクシアの家にあったバスルームと、シャングリラの風呂が、仕様が違っているにせよ…。
(使い方さえ教えてくれれば…)
充分なのだし、一人で入れる。幼稚園児とは違うのだから。
ところがどっこい、シャングリラの「風呂」は半端なかった。リオと一緒に出掛けてみたら。
(有り得ないよね…)
あれって何さ、と思い出すだけで頭が痛い。
「こちらですよ」とリオが連れて行ってくれた先には、それは立派な「浴場」があった。並んで二つの入口があって、片方に「男湯」と染め抜いた「暖簾」。もう片方には「女湯」の文字。
もうそれだけでカルチャーショックで、「男湯って…?」と頭は「?」マークで一杯。
そしたら、中から先客が二人、喋りながら出て来たのだけれど…。
(首からタオルで、手に洗面器で…)
洗面器の中には、ボディーソープのボトルなんかが入っていた。彼らはリオの姿に気付くなり、「よっ!」と空いている方の手を上げて…。
(いい湯だったぞ、って…)
その声に『ぼくたちは、これからですよ』と応じたリオ。あそこで、もっと考えていれば…。
マシだったよね、とジョミーは悔やむ。「男湯」の暖簾と、洗面器に入ったボディーソープ。
あの時点で既に立っていたフラグ、「この先の風呂は、異世界だ」と。
けれど、気付きはしなかったジョミー。「男湯って?」と首を傾げた程度で、そのまま足を踏み入れた。リオと並んで暖簾をくぐって、「男湯」へ。
(暖簾をくぐって、靴を脱いだら…)
リオがカラリと扉を開けて、其処に広がっていた「とんでもない」光景。
壁際にズラリと設けられた棚、突っ込まれている脱衣籠。きちんと畳んだ服が入っている籠や、適当に放り込んであるっぽい籠や。
脱衣籠の方はまだいいけれども、籠の持ち主たちが「とんでもなかった」。
パンツも履かずにマッパで談笑、扇風機とかいうヤツから送られる風の前に、仁王立ちの輩も。
あっちで、こっちで「脱いでる」ヤツやら、パンツを履こうとしてるヤツやら…。
(どうして、他人が見ている所で脱げるんだよ!)
デリカシーの欠片も無いじゃないか、と喚きたいけれど、自分もそれに巻き込まれた。脱衣籠をリオが「どうぞ」と差し出し、「脱いだ服はこれに入れるんですよ」と言い出したから。
(ぼくがドン引きしてるのに…)
リオはサクサク脱いでしまって、思念波で「ジョミー?」と訊いて来た。「分からないのなら、何でも訊いて下さいね」だとか、「お手伝いした方がいいですか?」とか。
(手伝って、脱がせて欲しくないから…!)
そんなのは御免蒙りたいから、諦めて服を脱ぐことにした。リオは温厚な笑顔で見守り、一応、腰にはタオルを巻いて…。
(パンツ代わりにしてるみたいだから、それでいいかな、って…)
そう考えたわけで、パンツを脱ぐ前に腰にタオルを巻き付けた。リオに渡された脱衣籠の中に、タオルも入っていたものだから。
(パンツの下さえ見えないんなら…)
大丈夫だ、と思った「風呂」。
マッパな連中たちの場合は、デリカシーに欠けているだけだろう。リオのように「腰タオル」も出来るというのに、それをしていないというだけのこと。
「このジョミー様は、そうじゃないから!」と、「風呂」の世界へ赴いた。リオと一緒に。
リオがガラリと開けたガラス戸。途端にモワッと熱い湯気が来て、一瞬、息が止まったほど。
「凄い湯気だ…」と驚いたけれど、「風呂」の方は腰が抜けそうなブツ。
(みんなマッパで、身体をゴシゴシ洗ってて…)
もはや腰タオルは意味のない世界、リオも腰タオルを外してしまって…。
(これを使って下さいね、って…)
取って来てくれたのが、専用の桶。「マイ洗面器」を持っていない人が使うらしい。もちろん、ボディーソープなんかも置かれている。
(特にこだわりが無いんだったら、備え付けのヤツで…)
身体を洗って、それから湯船にゆったりと浸かる。タオルは頭に乗せたっていいし、桶に入れて湯船の外に置くのもアリ。
(タオルをお湯に浸けてしまうのは、マナー違反で…)
腰タオルで湯船に浸かれはしない。家のバスルームなら、それでも少しも困らないけれど…。
(みんながガン見している所で…)
マッパで風呂など、あんまりな話。
それなのに、リオは「ジョミー、背中を流しましょう」などと、意味が不明な台詞を吐いた。
(…何のことだか、分からなかったし…)
とにかく「うん」と頷いたのが、運の尽き。
リオは「任せて下さい!」と人のいい笑顔で、目の粗い布を取って来るなり、ボディーソープを泡立て始めた。その布をゴシゴシやりながら。
それが済んだら、いきなりザッパと背中から湯を浴びせ掛けられ、泡だらけの布で…。
(ぼくの背中を、思いっ切り…)
洗い始めたから、目が点になった。「なんだよ、これ!」と。
けれども、リオにガシガシ洗われながらも、「風呂」という所を見ていたら…。
(…洗われてる人、何人も…)
いたんだよね、と零れる溜息。
その上、背中を綺麗に洗い上げたリオは、「ぼくの役目になるんでしょうね」と微笑んだ。
「偉い人には、背中を流す係がつくんですよ」と、「ジョミーは次のソルジャーですから」と。
「ジョミーの背中を流す係」になるらしい、リオ。
彼は「デカイ湯船」に浸かる間に、にこやかに色々教えてくれた。シャングリラの自慢の、この大浴場。それがどうして出来上がったか、どういう意味があるのかを。
(ずっと昔の、ローマ帝国では、お風呂が大事で…)
一種の社交場でもあった浴場。
けれど、その文化は後に廃れて、「大勢で入る」大きな風呂は無くなった。それから時は流れに流れて、日本という国に、似たような入浴習慣が出来て…。
(ローマ風のお風呂は、ちょっと贅沢すぎるから…)
キモチ控えめに、日本風の「大浴場」がシャングリラの中に造られた。
「ミュウは、人類より文化的だ」と、優れている面を大々的に打ち出すために。ついでに、裸の付き合いなるもの、そちらも大切。
(ミュウは思念波を使うから…)
そっちの方が話が早い、と「使う機会が減りがち」な「言葉」。それを大いに活用できるよう、風呂に入って賑やかに…。
(喋りまくって、距離を縮めて…)
親しくなるのが、ミュウたちの流儀。
目上の人が入っていたなら、「お背中を流す係」がセットで入っていても…。
(お背中、お流ししましょうか、って…)
声を掛けるのは「失礼」ではない。むしろ歓迎、「お願い」されたら大いに名誉。親しくなれるチャンス到来、雲の上の人と噂の長のソルジャー・ブルーでも…。
(お風呂に入っている時だったら、もういくらでも…)
背中を流しながら「話し放題」、時には酒宴もあるらしい。
(湯船に、専用のトレイを浮かべて…)
リオは「お盆」と言っただろうか、そういったものを浮かべてやる。それに乗っけた、酒を飲むための道具一式、そいつで酒宴。「湯船酒」とか言うらしい。
マッパで湯船に浸かったままで、「まあ、一杯」と差しつ差されつ、のんびり、ゆったり。
(じきにジョミーも誘われますよ、って言われても…!)
嫌すぎるのが「マッパの世界」で、ミュウたちの風呂。シャングリラ自慢の大浴場。
(もう絶対に、入るもんか…!)
入らなくても死にはしないし、とジョミーが続けた「風呂ストライキ」。
悲しいかな、ジョミーは「気付いていなかった」。
大浴場に何度も通っていたなら、個室仕様のシャワーブースを見付けることも出来たのに。
酷く身体が汚れた時には、「いきなり風呂場に入ってゆく」のは、マナーに反する。個室仕様のシャワーブースで汚れを落として、「風呂はそれから」。
けれどジョミーは、大浴場に行きもしないわけだし、シャワーブースのことも知らない。
「…もう十日目になりますよ、キャプテン!」
ジョミーを何とかして下さい、とエラがブチ切れ、ゼルたちも非難轟々の中、事件は起こった。
「ぼくを、アタラクシアへ、家へ帰せ!」と、去って行ったジョミー。
帰った家に両親の姿は無かったけれども、バスルームは健在。
「サッパリした…!」とジョミーが入った十日ぶりの風呂、それが「風呂との別れ」になった。
翌日、保安部隊に捕まり、ユニバーサルに連行されて、大爆発したジョミーのサイオン。
彼を助けに飛び出して行ったソルジャー・ブルーと、船に戻らざるを得なかったから…。
(……ソルジャー・ブルー……。今はあなたを信じます……)
シャワーブースから始めてみます、とジョミーが馴染む決意をした「風呂」。
シャングリラの自慢の「大浴場」は、ミュウの文化の象徴だから。
人類よりも進んでいるのがミュウの文化で、いずれはジョミーが継ぐべきソルジャー。
「お背中を流す係」がつくのはガチで、係の他にも、きっと何人もがやって来る。
「ソルジャー、お背中をお流しします」と、裸の付き合いを目的に。
だから慣れなきゃ、とジョミーが手にする洗面器。「まずは、これから」と。
マイ洗面器を持ってシャワーブースで、其処から始める「風呂」ライフ。いつかは、あのデカイ湯船に専用のお盆とやらを浮かべて…。
(差しつ差されつで、ゼルたちと宴会…)
そういう日だってやって来るから、努力あるのみ。
「男湯」にも、マッパの世界などにも、慣れてゆかねば後が無い。
此処は、そういう船だから。人類とミュウは違う種族で、文化的に「風呂を楽しむ」大浴場が、シャングリラの自慢なのだから…。
ミュウたちの風呂・了
※いや、大浴場があったら、ジョミーはショックを受けるだろうな、と思ったわけで。
トォニィがシャワーを浴びていたんで、外せないのがシャワーブースの存在。なにか…?
(……この花って……)
なんて名前だっけ、とシロエが眺めた花。
E-1077の中庭、其処の花壇に咲いているもの。
白い花やら、青い花やら、今が盛りと咲いているけれど…。
(えっと…?)
この白い花が…、と頭に一つ浮かべば、他の花たちの名前も出て来た。
「ぼくは知ってる」と、「エネルゲイアでも、よく見た花だ」と。
そう気付いたら、懐かしい。
側のベンチに腰を下ろして、花たちの姿に暫し見惚れる。
まるで故郷に帰ったよう。
花の姿は、何処で見たって変わらない。
宇宙に浮かんだステーションだろうが、故郷のエネルゲイアだろうが。
(……懐かしいな……)
此処でこうして座っていたなら、心だけが故郷へ飛んでゆくよう。
幼かった頃に見ていた花壇へ、遠く離れた雲海の星、アルテメシアへと。
故郷でもきっと、この花が咲いているだろう。
もしかしたら、母が「この瞬間に」眺めているかもしれない。
家から外へ出掛けたついでに、何処かの花壇の側で足を止めて。
あるいは父も見ているだろうか、父が勤める研究所にも、中庭などがあるのなら。
(…パパやママだって…)
見ているのかも、と思うと余計に懐かしくなる。
「ぼくの故郷にも咲いてた花だ」と、「今だって、きっと咲いてるんだよ」と。
この中庭には、他の候補生たちも来るけれど…。
(花なんて、誰も見ていなくて…)
ベンチに座っての会話に夢中か、賑やかに笑いさざめいているか。
此処から「故郷」に思いを馳せる生徒は、いないのだろう。
誰もが「過去を捨てて来た」から。
成人検査で捨ててしまって、それを後悔することさえも無いのだから。
けれど、自分は「忘れはしない」。
機械がいくら消し去ろうとも、こうして「消えない」記憶だってある。
故郷で目にした花の名前を、自分は忘れていなかった。
「なんて名前だっけ?」と眺めていたら、次々と頭に浮かんだ名前。
白い花の名も、青い花の名も、他の花のも。
「エネルゲイアでも見ていた花だ」と、「忘れ去ってはいなかった」記憶。
両親の顔さえおぼろになっても、花の名前は忘れなかった。
つまりは機械が「消さなかった」もの。
故郷で同じ学校に通った者たち、彼らの顔や名前を「忘れていない」ことと同じに。
(…花の名前なんかを、覚えていたって…)
さほど役には立たないだろうに、記憶は消されていなかった。
E-1077に入ったからには、いずれはメンバーズになるのだろうに。
軍人などには「花の名前」は要らないだろうに。
(学校で一緒だった奴らは…)
いずれ何処かで出会った時に、「友」として再会できるようにと、「残された」記憶。
彼らの顔も、名前も少しも忘れてはいない。
そんなものより、「両親」を覚えていたかったのに。
自分を育ててくれた養父母、彼らを「忘れたくなかった」のに。
(…でも、パパとママは……)
機械からすれば「不要な」記憶で、「大人になるなら」要らないもの。
覚えていたって戻れない故郷、「覚えているだけ無駄」ということ。
だったら、「花」はどうなのだろう?
E-1077で暮らす候補生たちが、ろくに見てさえいない花たち。
彼らにはただの「中庭の彩り」、無ければ「殺風景」だというだけ。
どんな花でも気にはしないし、木だって、きっと同じこと。
「中庭にあればいい」だけのことで、故郷のことなど考えはしない。
それが「正しい生き方」だったら、花の名だって、多分、「要らない」。
何であろうと花は花だし、「花だ」と分かれば充分だろうに。
なのに「忘れていなかった」花。
どの花の名も思い出したから、懐かしく見ていたのだけれど。
故郷に帰ったような気さえもしたのだけれども、何故、「花」なのか。
花の名前を覚えているより、両親を覚えていたかったのに。
「パパの顔だ」と、「ママの顔だ」と、鮮やかに思い出したいのに。
(…どうして、こんな花なんか…)
ぼくは覚えているんだろう、と逆の方へと向く思考。
「これが機械のやり口なんだ」と、負の方向へ。
故郷を懐かしむ気持ちの代わりに、「こんな花たちの名前なんか」と。
だから、乱暴に立ち上がったベンチ。
足早に後にした中庭。
「あんな花なんか、見ていたくない」と、自分の世界に逃れるために。
ただ一人きりでいられる世界へ、誰も入っては来ない個室へ。
逃げ込むように其処に入って、閉ざした扉。
ベッドに腰掛け、広げたピーターパンの本。
これだけが唯一の「故郷との絆」、両親がくれた宝物。
成人検査の日にも家から「持って出掛けて」、このステーションまで共に来られた。
この本に纏わる全ての記憶は、憎い機械にだって「消せない」。
(絶対に、忘れてやるもんか…)
ぼくの本だ、と本のページを覗き込む。
その向こうには、幼い頃から憧れていたネバーランドが広がるから。
ピーターパンと飛んでゆこうと思った、夢の世界が。
(…パパとママを忘れさせられても……)
ぼくは忘れていないんだから、と見詰めるページ。
これを「見ていた」自分の姿も忘れてはいない。
故郷の家で椅子に座って、ある時は床に寝そべって。
ピーターパンの本を何度も読んでは、「いつか行くんだ」と夢見た世界。
夜空を駆けてネバーランドへ、ネバーランドよりも素敵な地球へ。
(…何もかも、忘れていないんだから…)
ぼくは覚えているんだから、と宝物の本を抱き締めてみる。
「此処にあるよね」と、「いつまでも、ぼくと一緒なんだ」と。
くだらない花の名前などより、この本の方がずっと大切。
両親がくれた「大好きな本」で、ステーションにまで持って来たほど。
この本のことを、自分は忘れはしない。
忌まわしいテラズ・ナンバー・ファイブも、この記憶を消せはしなかった。
「ぼくの勝ちだ」と、嬉しくなる。
消し去る記憶と、残す記憶と、それを機械が振り分けた時も…。
(…ぼくが、この本を持っていたから…)
記憶を消さずに、残すしか無かったのだろう。
厄介なことにならないように。
「この本は、何?」と、「セキ・レイ・シロエ」が「悩まない」ように。
お蔭で「消されずに」残った記憶。
花たちの名前も、きっと「その手の」記憶。
軍人は花に縁が無くても、いつか悩むかもしれないから。
「この花の名前は何だった?」と、花壇の側に立ち尽くして。
(…忘れてしまった、と其処で気付かれたなら…)
機械には都合が悪いだろう。
「いいように記憶を書き換える」のだと、皆に知られてしまったら。
それで「残った」のが「花の名前」で、「シロエの場合」は「本の記憶」も残った。
とても大切な本だったのだと、今も忘れはしないままで。
こうして本を抱き締める日やら、ページをめくってみる日やら。
(…ぼくは、機械に…)
勝てたのだろう、と誇らしい。
ピーターパンの本に纏わる記憶を、機械は「消せなかった」から。
それを「持っていた」セキ・レイ・シロエに、「勝ちを譲る」しか無かったから。
機械が勝手に奪い去る記憶、その中に「本」を入れられないで。
花の名前を「忘れていない」のと全く同じに、「忘れないままで」いられた本。
幼かった日に両親がくれた、大切な宝物の本。
これからも、けして忘れはしない。
何処までもピーターパンの本と一緒で、「両親の記憶」とも一緒。
この本を「ぼくに」くれた記憶は、絶対に消えはしないんだから、と思ったけれど。
「忘れないんだ」と考えたけれど、ピーターパンの本を貰った、その日。
(…いつだったっけ?)
確か誕生日のプレゼント、と思い出そうとして、其処で途切れていた記憶。
本当に「誕生日」だったのか。
誕生日だったら何歳だったか、それが自然に浮かんでは来ない。
バースデーケーキも、その上にきっと灯っていただろう蝋燭の数も。
(……それは、要らない記憶だから……)
消されたんだ、と溢れた涙。
「機械は、それも消してしまった」と、「ぼくは覚えていやしない」と。
大切な本を「いつ貰った」のか、「いつから持っていた」ものなのか。
花の名前は思い出せたけれど、ピーターパンの本に纏わる記憶は「思い出せない」。
それを貰った、とても大切な日の欠片でさえも。
(…ぼくは、やっぱり……)
機械に負けてしまったんだ、と唇を噛んで復讐を誓う。
花の名前を思い出すより、他のことを思い出したいのに。
「思い出したいこと」が沢山あるのに、機械が「消してしまった」から。
(……いつか、機械を止めてやる……)
マザー・システムなんか壊してやる、と抱き締めるピーターパンの本。
この本を持って、ただ一人きりで機械と戦い、いつの日か、勝ちを収めるのみ。
でないと、記憶は戻らないから。
機械の時代が終わらない限り、「大切な記憶」を取り戻すことは出来ないのだから…。
失われた記憶・了
※シロエが持ってる、ピーターパンの本。あれって、いつから持ってるんだ、と思っただけ。
両親の顔も覚えていないんだったら、貰った日のことも忘れていそうなんですけど…。
「アニアン大佐、おはようございます」
朝のコーヒーをお持ちしました、とキースの部屋に入ったマツカ。…首都惑星、ノアで。
とうに起きていたキースの机にカップを置くと、壁の方をチラと横目で眺めて…。
(…今日もやっぱり…)
此処にいるんだ、と目だけで「そちらに」挨拶をした。「おはようございます」と。
応えてニコリと微笑む少年。声は聞こえて来ないけれども、「おはようございます」と、きっと言いたいのだろう。そういう顔をしているから。
(…うーん……)
誰なんだろう、とマツカには今も分からない。この少年が誰なのか。
黒い髪に紫の瞳の少年。気が強そうにも見えるかと思えば、幼い子供のようにも見える。
(第一、此処に子供なんかは…)
けして入っては来られない。国家騎士団が入る建物、一般人は立ち入り禁止だから。
けれど「少年」は「此処に」いるわけで、コソコソ隠れてもいない。キースが何処かへ移動する時は、この少年も「ついて来る」。デスクワークだろうが、任務だろうが。
(…おまけに、誰にも見えていなくて…)
誰一人として気が付かないし…、と尽きない疑問。この少年の正体は、と。
「…マツカ?」
まだ何か他に用があるのか、というキースの声に、マツカは慌てて敬礼した。
「い、いえ…! 失礼しました!」
「用がある時は、こちらから呼ぶ。…下がっていい」
今日も朝から忙しいのでな、とキースに叩き出された部屋。
去り際に後ろを振り向いてみたら、少年は「ご愁傷様」というような表情だった。肩を竦めて、軽く両手を広げたりして。
そんな具合に、「キースの部屋に残った」少年。
側近のマツカが叩き出されても、キースに放り出されはしないで。
(…きっと、今頃は…)
仕事中のキースを横から覗き込んでいるか、床に座って本でも読んでいるのだろう。今日までに何度も目にした光景。
(興味津々といった感じで…)
キースの手元を見詰める姿や、本を広げて「自分の世界に」夢中の姿。
あの少年は、キースにも「見えていない」のだと思う。見えていたなら、自分と同じにキースに放り出されるから。「出て行け!」と書類でも投げ付けられて。あるいは銃を向けられて。
(でも、書類とか…)
それに銃とかが効くんだろうか、とマツカは首を傾げる。なにしろ「見えない」少年だから。
誰に訊いても、キースの側には「マツカしかいない」。いつ訊いてみても。
(…誰かいます、と言った途端に…)
「侵入者か!」と何度も騒ぎになった。少年の姿は見事にスルーで、他の所を捜し回って。
キースの副官のセルジュもそうなら、パスカルも、他の部下たちも。
そうやって捜し回ってみたって、「誰も見付からない」ことが重なり、「このヘタレ野郎!」とセルジュに怒鳴られた。
(…ぼくが、ビクビクしているから…)
いもしない「敵」が「いるように思えて」しまうのだ、と食らった説教。「しっかりしろ!」と叱り飛ばされ、「軍人らしく、もっと度胸を持たないか!」などと。
(……そう言われても……)
あの少年は、確かに「いる」。
今日も向けられた、明るい笑顔。「おはようございます」と親しみをこめて。
部屋から叩き出された時には、同情してくれていた少年。「仕方ないですよ」という風な顔で、けれど「マツカに」向けていたポーズ。「お手上げですよね」と。
(…キースのことを、よく知っていて…)
なおかつ、平気で側にいられる少年。
いくら「見えない」少年とはいえ、普通は「キースの」側なんかには、誰も近付いたりしない。冷徹無比な破壊兵器と異名を取るほど、皆に恐れられているのだから。
けれど、少年は「キースを」怖がらない。
その仕事ぶりを眺めていたり、「ぼくには関係ない」とばかりに、寛いで本を読んでいたりと。
(……キースという人を、よく知っているから……)
ああいう風に、キースの側にいられるのだろう。他所へは行かずに、朝も早くから。
夜にマツカが下がる時にも、少年の姿は「其処にある」。キースの代わりに「お疲れ様」という笑みを湛えて、見送ってくれて。
(…生きた人間ではない…筈なんだし…)
あの少年が生きているなら、他の者にも見えるだろう。ならば、少年はとっくの昔に…。
(……死んでいる…わけで……)
マツカが見ているものは「幽霊」。
SD体制の時代になっても、幽霊という概念くらいはある。「出た」と噂になることも。
(…幽霊というのは…)
この際だから、とマツカは調べてみることにした。今日のキースは、デスクワークの予定だけ。急に呼ばれはしないだろうから、調べ物には丁度いい。
(…えーっと…?)
端末の前に座って、データベースから引き出した情報。「幽霊」について。
一口に「幽霊」と言ってみたって、色々な種類があるらしい。それに「姿を現す」理由の方も。
(この世に未練が残ってしまって、死んだ場所から動けないのが…)
地縛霊というブツ。あの少年は「自由に動ける」のだから、地縛霊ではないだろう。その反対の「浮遊霊」の方で、何処にでもフラリと現れるヤツ。
(…こっちらしいけど…)
そう思いながら「姿を現す理由」を読んで、マツカの顔が青ざめた。
(……誰かを恨んでいた時は……)
幽霊は、その人間に「取り憑く」もの。何処へ行こうと、何処へ逃げようと、逃がしはしない。追って追い続けて、いつか恨みを晴らすまで…。
(子々孫々まで祟り続けて、一族郎党、皆殺しだとか…)
そんな例まであったという。
SD体制の今は、血の繋がった親子などはいないし、其処まで祟りはしないとしても…。
(……あの少年は、まさかキースを……)
取り殺そうとしているのだろうか、とゾクリと冷えたマツカの背筋。
恨む相手は「キース」だけだし、無関係な「マツカ」の方には、とても愛想がいいだけで…。
(…ぼくがいない時は、キースを取り殺す機会を狙って…)
鬼のような形相なのかもしれない。それは冷たい表情になって、紫の瞳を凍らせて。
ただ、幽霊は「強いエネルギーを持った人間」には「弱い」という。生きた人間の方が、死んだ人間よりも「エネルギー」を多めに持っているもの。
(だから、意志の強い人間だったら…)
幽霊などに負けはしなくて、逆に跳ね返してしまうほど。…キースも、そっちのタイプの筈。
それなら「安心」なのだろうか、とホッと息をつき、其処で気付いた。
あの少年がキースに「憑いて」いるのなら、何故「キース」なのか。「冷徹無比な破壊兵器」の異名を取るのがキースだけれども、それはあくまで「軍人として」。
(反乱の鎮圧とか、そういった任務で人を殺しても…)
子供まで殺しはしないだろう。…ジルベスター・セブンにいた「ミュウ」の場合は、女子供でも殺したのかもしれないけれど。
(……ミュウなのかな……?)
ジルベスターで殺された恨みを晴らしに来たのだろうか、と考えてみれば辻褄が合う。ミュウの少年なら、「同じミュウ」のマツカに愛想がいいのも当たり前。「お仲間」なのだし、挨拶だってしてくれる筈。「おはようございます」と笑んで。
(…でも…)
そっちだと時期が合わないな、とマツカは首を捻った。
ジルベスターから戻って来た時、あの少年は「いなかった」。船の中でも見てはいないし、このノアに帰還した後も「一度も出会ってはいない」。
初めて姿を見掛けたのは…、と記憶を手繰らなくても分かる。「あの時だ」と。
キースが「レクイエムを捧げに行く」と言って出掛けた、廃校のE-1077を処分した時。
あそこから帰って来る船の中で、キースの後ろを歩くのを見た。子供のような人影が。
(…船に子供はいなかったから…)
気のせいなのだと考えたけれど、それから間もなく「あの少年」が住み付いた。首都惑星ノアの「キースの」部屋に、キースが出掛けてゆく先々に。
そういうことなら、あの少年は「E-1077から」来たのだろう。
E-1077はキースが処分したから、地縛霊が行き場を失ったろうか…?
(地縛霊は、誰かが浄化するまで…)
その場所を離れられないという。あの少年が「E-1077の地縛霊」なら、E-1077さえ消えてしまえば、もう「其処にいる」理由は無くなる。つまりは自由。
(…キースが、彼を自由にしたから…)
恩を感じて、キースに「ついて来た」かもしれない。何か恩返しでもしたくなって。
それなら、あの少年がキースを恐れないのも…。
(ぼくと同じで、キースの人柄を知っているからで…)
幽霊だけに「命の恩人」とは言えないけれども、似たようなもの。
キースに「自由を貰った」わけだし、「悪い人ではない」のだと分かる。それでキースの人柄に惚れて、ああやって「側にいる」のだろう。いつか「恩返し」をするために。
(E-1077…)
何かデータは…、と探してみたら、其処の制服の資料が出て来た。候補生たちが纏う制服。
(…あの子の服だ…)
入学したばかりの候補生の服。それが「あの少年」がいつも着ている服だった。
やはりE-1077から来た地縛霊だ、とマツカは納得したのだけれど。
「え…?」
今、なんて…、とマツカは目を丸くした。それから数日経った後に。
たまたま食堂で出会った、セルジュとパスカル。「一緒に食おう」と手招きされて、二人がいるテーブルに着く羽目になった。…あまり有難くはないのだけれど。
何故かと言ったら、大抵は「ヘタレ野郎」なマツカへの説教、それが話題になるものだから。
それは嫌だし、と思ったはずみに思い出したのが「あの少年」。E-1077から来た地縛霊。
キースはE-1077の出身だから、そっちに話を振ることにした。
「よく知らないので教えて下さい」と、E-1077時代のキースの逸話を知りたい、と。
もちろん、セルジュやパスカルたちに「否」などは無い。彼らはキースを尊敬しているだけに、話したいことなら「山のように」ある。
「機械の申し子」と呼ばれたくらいの成績だとか、入学直後の宇宙船の事故とか、次から次へと聞かせてくれて、締めが「卒業間際の」事件。
「Mのキャリアがいたと言ったろ。…そいつを処分したんだよ」
「卒業間際だった、大佐が一人で追い掛けてな。保安部隊の奴らも倒れていたそうだから」
逃亡したMのキャリアの船を撃墜したのだ、とセルジュとパスカルは「キース」の武勲を称えているけれど…。
「そのキャリアというのは、どんな人だったんです…?」
「国家機密だぞ。Mのキャリアとしか分からん」
名前も年も全く知らない、と二人は口を揃えた。分かっているのは「キースの手柄」だけだと。
(…それじゃ、あの子は…)
その「Mのキャリア」だったのでは…、とマツカが「怖い考え」に陥ったのは言うまでもない。
やはり「キースのことを」恨んで、E-1077から「憑いて来た」のかと。
「おい、どうした?」
また気分でも悪いのか、とセルジュとパスカルにどやしつけられ、話はおしまい。
マツカは一人、キースの所へ「ご用はありませんか?」と戻って行ったのだけれど、その部屋にいた「あの少年」。いつものように床に座って、本を広げて。
(……キースが処分した、Mの少年……)
気を付けねば、とマツカは気を引き締めた。ミュウの自分には愛想が良くても、キースには害になるかもしれない。この少年が、「Mのキャリア」で合っていたなら。
マツカは警戒しまくったけれど、時は流れて、キースが国家騎士団総司令の任に就いた後。
(…あっちに、何が…?)
例の「誰にも見えない」少年、その子が何度も指差す方向。キースが外に出掛けた時に。
もしや、とマツカが澄ました「サイオンの耳」と、凝らした「瞳」。
『いけません、キース…!』
そっちに行っては、とキースを思念で引き止め、「暗殺です」とそのまま続けた。思念の声で。
キースは頷き、セルジュに命じた。「あの方向を調べて来い!」と。
たちまち捕まった狙撃手と、解除された時限爆弾と。
暗殺計画は未遂に終わって、文字通り「命を拾った」キース。手柄はセルジュたちのものでも、陰の功労者はマツカ。…その陰には、例の「見えない少年」。
(…あの子は、キースを恨んでいるんじゃなくて…)
逆に命を助けたのか、とマツカは驚いたわけで、そうなると、やはり…。
(E-1077にいた、地縛霊なだけで…)
キースに恩返ししたいんだろうな、と結論付けたマツカ。
それ以降は「少年」と無敵のタッグで、何度もキースの命を救った。少年が知らせて、マツカがキースやセルジュたちに「変です」と知らせたりして。
最強のタッグはキースを守り続けたけれども、旗艦ゼウスを襲ったミュウには敵わなかった。
オレンジ色の髪と瞳のトォニィ、彼はあまりに強すぎたから。
そうしてマツカは、少年と同じ世界の住人になって…。
「…セキ・レイ・シロエ…?」
そういう名前だったんですか、と知らされた例の少年の名前。
ついでに少年は、思った通りに「キースが処分した」Mのキャリアでもあったのだけれど。
「ちょっとした、恩返しなんですよ。…本を返して貰いましたから」
「…本?」
「この本です。ぼくの大切な宝物の本で、失くしてしまって、ずっと悲しくて…」
それをキース先輩が、ちゃんと返しに来てくれたので…、と少年が手にするピーターパンの本。
そういえば、いつも読んでいたな、とマツカはようやく合点がいった。
この少年が読んでいた本は、いつでも同じだったから。いつ見掛けても、ピーターパンで。
「…その本を、キースが…?」
「ええ。E-1077の、ぼくの部屋まで届けに来てくれたんです」
だから御礼に頑張りました、とシロエは微笑む。「死んでいたって、出来ることを」と。
「そうだったんですか…。ぼくもキースの役に立てるといいんですけど…」
「役に立ったじゃないですか。キース先輩を生き返らせたでしょう?」
あれだけでも本当に凄いですよ、とシロエが褒める。「ぼくには出来ませんでした」と。
こうして二人は「死後の世界」で再びタッグを組んだけれども、残念なことに「見える人間」が誰もいなかったせいで、活躍の機会は二度と無かった。
キースの部下たちは、悉く「霊感ゼロ」だったから。
後に地球までやって来たミュウも、もれなく「霊感ゼロ」の集団だったから…。
少年は守護霊・了
※いったい何処から降って来たのか、自分でもサッパリ分からないネタ。いや、本当に。
「マツカで書こう」とも、「シロエで書こう」とも思っていなかった筈なのに…。何故だ。
