(…………)
ああ、とキースは「彼ら」を眺めた。
今日も「その時間」がやって来たのだろう。
強化ガラスの壁の向こうに、研究者たちの姿が見える。
水槽を満たした大量の水と、透明なガラスの壁を通して。
白衣を纏った一人の男が、水槽を向こう側から叩く。
まるで何かの合図のように、拳で軽く、コツン、コツンと。
(…………)
こちらは「見ている」ことしか出来ない。
周りに満ちた人工羊水、それの中では話せはしない。
口を開けても声は出せなくて、羊水が喉に、更に奥へと入り込むだけ。
もっとも肺まで入った所で、咳き込んだりはしないけれども。
「羊水の中で生きている」だけに、肺で呼吸はしていないから。
我ながら奇妙な生き物だと思う。
どういう仕組みで生きているのか、羊水の中で何故、生きられるのか。
胎児の時代ならばともかく、本来ならば、とうに「生まれた」後の肉体。
人工子宮から外に出されて、自分の肺で呼吸をして。
臍の緒から栄養を得たりはしないで、口から栄養素を摂って。
(……その臍の緒も……)
私には無いな、と改めて思う。
あるのは自分の身体一つで、水槽の中に浮いているだけ。
何処にも管など繋がっておらず、衣服さえも身に着けてはいない。
「生まれ出る時」を先延ばしにされ、もう胎児ではないというのに、胎児そのもの。
これは「そういう実験」だから。
三十億もの塩基対を機械が合成した上、それを繋いでDNAという名の鎖を紡ぐ。
「自分」は「無から作られた」もので、「その日が来るまで」水槽で育つ。
外の世界とは、何の繋がりも持たないままで。
生きてゆくための栄養も、呼吸も、知識さえも機械に与えられて。
いつか「理想の指導者」となるよう、進められているプロジェクト。
「キース」が立派に完成するまで、極秘の内に。
日々は水槽の中で過ぎてゆくだけで、何の会話も感慨も無い。
ただ、ぼんやりと浮いているだけ、こうして外を眺めているだけ。
「…今日も、そういう時間なのか」と。
「キース」の成長具合を見るべく、研究者たちが訪れる時間。
何かの記録をつけている者や、水槽を見上げて話し合っている者たちもいる。
いつも水槽を叩く男は、このプロジェクトのリーダーだろうか。
決まったように二回、「コツン、コツン」と叩いてくる。
「キース」の反応を見るように。
何も答えは返らなくても、きっと「何かが分かる」のだろう。
表情さえも変わらなくても、水槽の中で動くわけではなくても。
何故なら「彼らが作った」から。
機械が作った生命とはいえ、育ててゆくには人の手も要る。
「この生命」を維持してゆくには、膨大な作業が必要な筈。
強化ガラスの水槽にしても、マザー・イライザに「作れはしない」。
作れたとしても、「作るために必要だった機械」は、全て人間が用意したもの。
注文通りの部品を揃えて、必要な機材の準備もして。
何より、欠かせない「材料」。
水槽用の強化ガラスも、中に満ちている人工羊水も、ステーションでは調達できない。
マザー・イライザは「注文しただけ」、それ以上のことは何も出来ない。
E-1077を支配してはいても、所詮は機械なのだから。
このステーションから動けはしなくて、手足のように使っているのも「機械の一部」。
だから「キース」を作り出すには、「人の手」もまた欠かせない。
DNAを紡ぐ以前の時点で、塩基対を合成するための素材集めに使われた「人」。
そうして「キース」の形が出来たら、今度は生命の維持を助ける。
マザー・イライザには、出来ない部分をサポートして。
人工羊水の浄化システムやら、様々なものをチェックして。
「研究者たち」も、やはり「キースを作った」者。
最高の国家機密に関わり、E-1077に留まり続けて。
幾つもの失敗作から学んで、「完成品」の「キース」を作り上げるために。
なんという「生まれ」なのだろう。
まだ「生まれてはいない」けれども、いずれ此処から「生まれる」命。
「キース・アニアン」が成長し切った暁には。
一日に一度、水槽を叩きに来る研究者が、「これでいい」と判断した時に。
マザー・イライザの注文通りに、「理想の子」が出来上がったなら。
外に出すべき時が来たなら、「キース」は水槽の外に出される。
自分の肺で呼吸を始めて。
栄養は口から「食べ物」で摂って、大人に成長してゆくように。
(……私は、そのように作られたから……)
そのようにしか生きてゆけないのだな、と分かってはいる。
研究者たちが話す声さえ、この耳で聞いたことは無い。
彼らの名前を知りもしないし、水槽を叩く意味も知らない。
(……明日になったら、また来るのだろう)
今日と全く同じことをしに。
水槽をコツン、コツンと叩いて、何かのデータを記録したりして。
いつまでそうした日が続くのか、それさえも「自分」は知らないのに。
こうした「生まれ」が不自然なことも、まるで知らずに浮いているのに。
(……まるで知らない……?)
違う、と聞こえた心の声。
自分は「全てを知っている」から、こういう考え方になる。
けれども、それを何処で聞いたか、誰が自分に教えたのか。
ただ「浮いているだけ」の生命体には、それは不要な知識だろうに。
水槽から出される前の「キース」に、教えても意味は無いのだろうに。
(…何故だ?)
どうして私は知っているのだ、と冷えてゆく背筋。
表情さえも変わっただろうか、研究者たちが騒ぎ始めた。
水槽の方を指差して。
色々な計器を確認しながら、まるでパニックに陥ったように。
彼らの唇から読めた言葉は、こうだった。
「失敗作だ」と、「直ちに処分しなければ」と。
(失敗作…!?)
それに処分とは、と思った途端に、ゴボリと立ち昇った泡。
水槽の中の照明が落ちて、暗闇の中で息が出来なくなった。
そう、「人間」が溺れるように。
水の中では、呼吸など出来る筈もないから。
(……私を処分しようというのか…!?)
何故、と苦しむ時は長くは続かなかった。
サンプルにしようとしたのだろうか、苦悶の表情を浮かべないよう、注入された何かの薬物。
ただ陶然となった所で、意識は薄れて消えてしまった。
「キース」の命は終わったから。
新しい「キース」を作り出すべく、別の生命が用意されるから。
(……馬鹿な……!!!)
私が「キース・アニアン」なのだ、と上げた悲鳴で目が覚めた。
国家騎士団総司令の部屋で、夜の夜中に。
夜明けにはまだ遠い時間に、いつもと同じベッドの上で。
(……夢だったのか……)
ならば分かる、と思う「あれこれ」。
水槽の中に浮いていてさえ、自分の生まれを知っていたこと。
「キース」という自我を持っていたことも。
(…私は全てを知っているからな…)
E-1077を処分した時、フロア001で見て来た「全て」。
自分は何処から「作り出された」のか、どういう生命体なのか。
それを作った目的も。
人類の理想の指導者たるべく、様々な準備がなされたことも。
ミュウの長との接触があった、サムやスウェナといった友人。
それにミュウ因子を持った少年、セキ・レイ・シロエ。
「水槽から外に出された後」にも、まだプロジェクトは続いていた。
研究者たちは「消された」けれども、マザー・イライザが引き継いで。
「これから先は、機械でも充分、導いてゆける」と、計算ずくで。
そうして「生まれた」キース・アニアン。
今は国家騎士団総司令だけれど、いつかは国家主席になる。
マザー・イライザよりも上の機械が、そう決めたから。
宇宙を支配するグランド・マザーが、そのためのレールを敷いているから。
(…何もかも、人類のためなのだがな…)
その「私」が処分される夢か、と今の悪夢を思い出す。
珍しく寝汗さえかいているから、下手な戦場よりも酷かった夢。
「自分」が処分されるなど。
「失敗作だ」と断言されて、サンプルにされてしまうなど。
(……なんという……)
とびきりの悪夢というヤツだ、と額を押さえて、ふと気が付いた。
本当に悪夢だったけれども、それが「現実」なら、どうだったかと。
「キース」が処分されていたなら、その後は…、と考えてみて。
(…私があそこで処分されたら、次の「キース」の育成に…)
十数年はかかるのだろうし、全ては変わっていただろう。
サムもスウェナも「キース」に出会わず、幸せに生きていっただろうか。
もしも「キース」に関わらなければ、サムの人生も別だった筈。
E-1077などには来ないで、別の教育ステーションに行って。
(…養父母向けのコースに行ったら、パイロットになりはしないのだから…)
ジルベスターでの事故に遭いはしないし、今も元気でいただろう。
スウェナも平凡な道を歩んで、シロエも「マツカ」がそうなったように…。
(…誰にもミュウだとバレはしないで、私に撃墜されもしないで…)
何処かの星で、エリートとして生きていたかもしれない。
メンバーズにせよ、技術職にせよ、抜きん出た才能があったのだから。
(……さっきの夢は……)
もしかしたら私の願望なのか、と「自分の心」に苦笑する。
もしも「キース」が生まれなかったら、この後悔は、きっと無かった。
失敗作として処分されていたなら、誰も巻き込みはしなかった。
そう、「キース」さえいなかったなら。
サンプルにされてしまっていたなら、サムもシロエも、きっと平和に生きられたのに、と…。
水槽の悪夢・了
※いや、キースには水槽時代の記憶が微かにあるわけで…。こういう夢も見たかもね、と。
もしも「処分される夢」を見たなら、その願望があったんだろう、というお話。
※pixiv 撤収後、初のUPになります。今後は、まったり。
「ったく…。ジョミーは、なんとかならないのかい?」
まるで駄目じゃないか、と呆れ果てた顔をしているブラウ。長老たちが集った席で、お手上げのポーズを取りながら。
今日の議題は、ソルジャー候補の「ジョミー」について。
船に来て直ぐには何かと騒ぎを起こしたジョミーも、今はソルジャー候補ではある。毎日のように訓練に励み、サイオンを鍛えているのだけれど…。
「全く成果が上がりませんね…。本当に、どうすればいいのでしょう」
エラも悩むのが、ジョミーの現状。ヒルマンもゼルも、ハーレイだって。
「…破壊力だけは、あるんじゃがのう…。如何せん、コントロールが出来ておらん」
「集中力に欠けているのだよ。しかし、こればかりは、教えてどうなるものでもないし…」
ジョミーが自覚しないことには…、とヒルマンも考え込んでいる。「教授」と異名を取るほどの彼でも、ジョミーの指導は難しかった。「集中力」は「教えられない」だけに。
「困ったものだ…。ゲームのようにはいかないな」
キャプテンの眉間に刻まれた皺が深くなる。これがゲームのキャラクターなら、戦闘などの数をこなせば、能力がアップしてゆくもの。集中力がモノを言うなら、それだって。
ところがどっこい、「ジョミー」はゲームのキャラではない。集中力アップの戦闘は無いし、戦闘抜きでスキルアップなアイテムだって、存在しない。
ゆえに「どうにもならない」のが今、ジョミーのパワーは破壊力だけ。
ミュウの能力に覚醒した時、ユニバーサルの建物を半壊させた、あの力。それしか無い上、コントロールする能力さえ無い。トレーニングルームで「暴れる」だけのソルジャー候補。
「…こう、集中力がググンと上がるアイテムがじゃな…」
この船にあればいいんじゃが、とゼルまでが現実逃避を始めた。「滅多に出ないレアもの」だろうが、それがあるならゲットする、などと、ゲームよろしく言い出して。
「ちょいとお待ちよ、集中力のためにガチャをするのかい、アンタ」
やめておきな、とブラウが止めた。「課金は、お勧め出来ないよ」と、顔を顰めて。
実はシャングリラにも、その手のゲームは存在していた。なにしろ娯楽の少ない船だし、ゲームの類は欠かせない。射幸心を煽るガチャにしたって、キッチリある。
「…分かっておるわい。ワシはガチャには向いてはおらん」
システムを弄ってやらん限りは、ゴミしか引き当てられんでな…、とゼルは経験済みだった。船で人気が高かったゲーム、それのガチャで「すっかり」すってしまって。
「なんだって!? システムに細工をしたのか、ゼル!?」
それはキャプテンとして許し難い、とハーレイが睨んで、暫くの間、バトルになった。やたらとメカに強いのがゼル、ゲームのシステムに細工したなら、セコすぎるから。
「じゃから、一度しかやっておらんわい! ガチャに細工なぞ!」
「一回だろうが、百回だろうが、やったことには変わらんだろうが!」
もうギャーギャーと派手に喧嘩で、ブラウやエラは「我、関せず」と茶を啜っていた。ヒルマンも喧嘩を横目で見ながら、「小休止か…」と苦笑い。
議題はジョミーの話からズレて、ガチャの確率がどうのこうのと、激しく低レベルな争い。ゼルに文句をつけたハーレイ、彼も直接システムを弄りはしなかったけれど…。
「同じ穴のムジナと言うんじゃ、それは! 当たりの確率を上げさせたなどは!」
「やかましい! あれはキャプテン権限だったし、正当なのだ!」
船の仲間の士気を上げるのもキャプテンの役目、というのがハーレイの言い分。ガチャでレアものが当たる確率、それを期間限定でアップさせるのも仕事の内だ、と。
シャングリラの中では数少ない娯楽、たかがゲームでも侮れない。期間限定でガチャの「当たり」が増えるのだったら、士気が高まる。
「サッサと今日の仕事を終わらせて、ガチャをしないと」といった具合に。ゲームをプレイできる時間を確保しないと、ガチャをすることが出来ないから。
現に劇的に高まるのが士気、機関部だろうと、農場だろうと。
そのために「ガチャの当たりの確率を上げろ」と指示していたのが、キャプテン・ハーレイ。仕事には違いなさそうだけれど、ゼルにしてみれば…。
「そう言うお前も、たまにゲームをしておるじゃろうが! そこが問題じゃ!」
ガチャに有利な期間だけではあるまいな…、というツッコミ。普段は「ゲームをやっていない」のに、有利な時だけ参戦するなら、「自分のために」ガチャを弄っているも同然、と。
「…うっ…。しかし、同じゲームをするのだったら、やはり有利に進めたいもので…」
「お前の仕事が暇な時を狙って、確率アップの期間を組むんじゃろうが!」
このクズめが、とゼルが食って掛かって、ハーレイの方も負けてはいない。「私は、全財産をすってしまうほど愚かではない」と、「ガチャで全部すった」ゼルを詰って。
「すってしまって懲りた輩に、文句を言われる筋合いはない!」
「なんじゃと、公私混同のデカブツめが!」
やる気か、とゼルがファイティングポーズを取った所へ、不意に思念が飛び込んで来た。
『ガチャがいいだろう』と、青の間から。
「「「ガチャ?」」」
それはいったい…、と止まったバトルと、茶を啜るのをやめたブラウたち。
青の間から思念を飛ばす者など、このシャングリラには一人しかいない。青の間の主で、ミュウたちの長の「ソルジャー・ブルー」の他には、誰一人として。
思念を寄越したソルジャー・ブルーは、「ガチャだ」と思念で繰り返した。
『ゼルは全財産をガチャですったし、ハーレイは当たりの確率を上げさせたのだろう?』
「そ、そうじゃが…。そうなんじゃが…」
「はい、ソルジャー。ですが、私のは仕事の範囲のことでして…」
公私混同はしておりません、と言い訳しつつも、ハーレイの顔色は悪かったりする。本当の所は「ちょっとくらいは」、入っていたのが私情だから。「この期間なら私も暇だ」と、当たる確率アップの期間を決めたりして。
『…ガチャはシャングリラの士気を上げるし、立派なアイテムだと思うんだが…?』
ジョミーの集中力をアップさせるのにも使えそうだ、とソルジャー・ブルーは、のたまった。
曰く、ジョミーに必要なものは「集中力」と同時に「やる気」。
ジョミーが「やるぞ」と思いさえすれば、集中力は後から「ついてくる」もの。よって、今後の訓練については、ガチャの要素を導入すべし、と。
「ガチャですか…?」
ジョミーはゲームをしていませんが、と答えたハーレイ。
まだ駆け出しの「ソルジャー候補」は、サイオンの特訓に、ミュウの歴史やその他の座学と、まるで暇など無い状態。
だからゲームなど出来るわけがないし、ゲーム機も貸与されてはいない。そんなジョミーが、何処でガチャを…、とハーレイも、他の長老たちも、まるで全く掴めない意味。
ゲーム機も無いのに、ガチャは出来ない。それにゲームをする時間も無い、と。
『…だからこそだ。ジョミーにゲーム機を与えたまえ』
遊びすぎで廃人にならない程度の、ゆるいゲームを開発して…、とブルーは言った。一日のプレイ時間が十五分もあったらオッケーなゲーム、それを急いで開発させろ、と。
「「「…十五分?」」」
『そうだ、十五分だ。ジョミーの暇は今、そのくらいが限度だろうから』
でもって、其処にガチャを組み込め、というのがブルーの指図。ジョミーが全財産をブチ込みそうな、レアなアイテムを、ガンガンぶっ込んで。
『ジョミーが燃えそうなゲームを頼む。ついでに、ガチャの当たりの確率は下げろ』
全財産がパアになっても、まるで当たりが引けないほどに…、とブルーの笑いを含んだ思念。その状態でも、ジョミーは「ガチャをやりたい」だろうし、其処が狙いだ、と。
「は、はあ…。ですが、それとジョミーの集中力の関係は…?」
解せませんが、とハーレイが訊くと、ブルーはクスクス笑い始めた。
『まずは、ジョミーはゲームをやりたい。…プレイ時間を確保しないと駄目だからね』
「…そうじゃろうな。ハーレイも自分の都合に合わせて、ガチャが有利な期間をじゃな…」
キャプテン権限で決めておったほどじゃし、とゼルが頷く。「プレイ時間が無かった場合は、ガチャをやる以前の問題じゃ」と。
『そうだろう? ゲームの時間を長く取りたければ、訓練を早めに終えるしかない』
好成績を上げた場合は、時間短縮になるのだから、とのブルーの指摘。サイオンの訓練で点数が低いと「やり直しだ!」と怒鳴られるけれど、高得点なら「一回で終わる」時もある。
「…ゲームのためにと、得点がアップするのですか?」
確かにあるかもしれませんが…、とエラが頷き、ブラウもヒルマンも否定しなかった。サッサと終えて「ゲームをしたい」と思う気持ちが、ジョミーの「やる気」をググンとアップで、その結果として、集中力もアップかも…、と。
『その通りだ。…座学の方にしても同じで、ノルマをこなせば終わるのだから…』
居眠ったり愚痴を零しているような暇があったら、その時間をゲームに回すだろう、とブルーの読みは深かった。プレイ時間の捻出のために、ジョミーは努力する筈だ、と。
「で、では…。ガチャの確率を下げるというのは、どういう意味が…?」
全財産がパアになったら引けませんが…、というハーレイの問いに、ブルーは「常識で考えたまえ」と返して来た。
『全財産をすったジョミーが、それでもガチャを引きたいのなら…。誰に縋れる?』
この船でジョミーに「金」を貸しそうな面子は誰だ、とのブルーの質問。全財産をすった後には、借金一筋なのだけれども。
「借金ですか…。我々くらいしかいないでしょうが…」
懐に余裕がありそうなのも、ジョミーが無心できそうなのも…、とハーレイが顎に手を当てる。長老の四人とキャプテンの他には、借金を頼めそうにもないのがジョミー。
なんと言っても、船に来てから、まだ日が浅い。若いミュウからは総スカンのまま、古参の者たちも相手にしてはくれない。「ソルジャーを半殺しの目に遭わせた」ジョミーなんかは。
『君たち五人と、ぼくくらいしかいないだろう。…ならば、どうなる…?』
そういう面子に借金するなら、悪い成績では頼めはしない、とブルーは笑った。全財産をすった後には、ガチャをやるために「成績アップ」で、集中力を上げるしかない、と。
「…仰る通りかもしれません。では、急いでゲームを開発させます」
『頼んだよ、ハーレイ。…ジョミーの育成は早いほどいい』
使えるものなら、ガチャでもいい、とブルーの思念は「ガチャ」をプッシュで、ソルジャー直々の命令とあって、凄い速さで「ジョミー好みの」ゲームが船で開発されて…。
「えっ、ゲーム機!? ホントにいいの!?」
これで遊んでかまわないわけ、と感激のジョミーに、ハーレイが重々しく告げた。
「ソルジャー・ブルーの御命令だ。君にも娯楽は必要だろう。そして、これがだ…」
近日、リリース予定のゲームで、君も気に入ると思うのだが…、とハーレイが勧めた「ジョミーを夢中にさせるための」ゲーム。只今、事前登録受け付け中で、登録すればガチャが一回分のアイテムが入手できるとあって…。
「ありがとう、キャプテン! 早速、これから始めてみるよ!」
面白そうなゲームだから、と説明に見入るジョミーは「知らない」。それがジョミーを「陥れる」ために開発されたゲームだなんて。
プレイ時間の捻出のために頑張りまくって、ガチャを引くための借金目当てに、好成績を上げてゆくよう、計算されているなんて。
かくして数日後に、ゲームは船でリリースされた。船の仲間も夢中だけれども、ターゲットになったジョミーにとっては、ストライク直球ド真ん中で「燃える」素敵なゲームなだけに…。
「おおっ、満点じゃ! 今日の訓練は上がっていいぞ」
「分かってる! 講義までの間に、ちょっとだけ…」
今はガチャが当たる確率、高い筈だよ、と引きまくるジョミーは、直ぐに借金まみれになった。ゼルにヒルマン、ブラウにエラにと借金しまくり、ついには青の間に走って行って…。
「ブルー! ソルジャー・ブルー!!」
次の訓練では、満点を三連発で出しますから…、と土下座で申し込む借金。「ガチャのお金を貸して下さい」と、カエルみたいに平伏して。
「…いいだろう。もしも、満点を五連発で出せた場合は、貸すのではなくて…」
ガチャを十回分の資金をプレゼントだ、とブルーに言われて、ジョミーは歓声を上げて走り去って行った。「頑張ります!」と、熱意溢れる表情で。
(…満点を五連発で出したら、ガチャ十回分、プレゼントだよ…!)
頑張るぞ、と駆けてゆくジョミーは、まだ知らない。
立派な「ソルジャー候補」になるよう、ゲームとガチャに「釣られて」踊らされていることを。ガチャの確率から何から何まで、計算ずくだということを。
けれども船では結果が全てで、ジョミーも「楽しんでいる」のだからいい。
ゲームで遊んで、ガチャに燃えたら、集中力がアップだから。立派なソルジャー候補への道、それを真っ直ぐ走ってゆくのがジョミーだから…。
楽しみなガチャ・了
※ナスカの子たちがゲーム機で遊んでいたっけな、と。アニテラ放映時には無かったガチャ。
今ではすっかり「常識」なわけで、ジョミーに課金させてみました。ブルー、策士だ…。
(……パパ、ママ……)
帰りたいよ、とシロエの瞳から零れる涙。
E-1077の夜の個室で、ただ一人きりで机に向かって。
其処に広げた、宝物のピーターパンの本。
子供時代と今とを繋ぐ、唯一の絆。
何故なら、「忘れてしまった」から。
それを贈ってくれた両親も、本を読んでいた故郷のことも。
何もかも機械に奪い去られて、すっかりぼやけてしまった過去。
微かに残った記憶でさえも、「本当のもの」かどうかは怪しい。
あの忌まわしい成人検査をやった機械は、「捨てなさい」と命じたから。
大人の社会へ旅立つのならば、子供時代の記憶は要らない。
それを捨て去り、代わりに「社会の仕組み」を学ぶ。
成人検査は、「シロエ」の全てを曖昧にした。
E-1077で、これから先に生きてゆく道で、役に立つだろうことを除いて。
勉強のことは覚えていたって、家でのことは思い出せない。
朝、学校へ向かう前には、どんなやり取りがあったのか。
「ただいま」と家に帰った時には、母たちと何を話したのか。
(…少しくらいは覚えてるけど…)
肝心の顔が、母たちの表情が抜け落ちた記憶。
まるで焼け焦げた写真みたいに、あちこちが欠けてしまっていて。
そうなった今も、忘れることが出来ない両親。
大好きだった、故郷の家。
あそこに帰ることが出来たら、と何度夢見たことだろう。
なんとかして此処から出られないかと、様々な道を模索してもみた。
船を奪って逃亡するとか、故郷に向かう船に密航するとか。
けれども、どれも叶いはしない。
このステーションを支配している、マザー・イライザ。
至る所に目を光らせる憎い機械が、「シロエ」を監視しているのだから。
帰りたくても、帰れない故郷。
机に広げたピーターパンの本は、間違いなく其処からやって来たのに。
「シロエ」と一緒に宇宙を旅して、今だって手に取れるのに。
(……ピーターパンの絵は、ずっと同じで……)
幼い頃の記憶そのまま、何処も変わっていはしない。
夜空を駆けるピーターパンも、背に翅を持ったティンカーベルも。
彼らの姿は、ずっと昔から少しも変わっていないのだろう。
SD体制が始まるよりも昔に、『ピーターパン』の本が生まれた時代から。
ほんの少しずつ、時代に合わせて、服のデザインなどは変わっても。
誰が挿絵や表紙を描くかで、雰囲気が変わることはあっても。
(ピーターパンは、誰が見たって、ピーターパンで…)
直ぐに「彼だ」と分かるもの。
それに比べて、今の自分はどうだろう。
何処かで「父」に出会った時に、「パパだ!」と見分けられるだろうか。
いつの日か「母」とすれ違った時、「ママだよね?」と呼び止められるだろうか。
これほど記憶がぼやけてしまうと、その自信さえも無くなってくる。
両親と同じような体格、それに髪型の人を見たなら、思わず声を掛けそうで。
人違いだとは気付きもしないで、「ぼくだよ!」と駆けてゆきそうで。
(…人違いですよ、って言われたら…)
どんなに悲しいことだろう。
一度や二度なら「間違えちゃった」で済むだろうけれど、それを何度も繰り返したら。
エネルゲイアに出掛けた時さえも、見分けが付かなかったら。
(……今のままだと、そうなるのかも……)
記憶は日に日に薄れてゆくから、本当に忘れ去ってしまって。
辛うじて覚えていた特徴さえ、いつか記憶から消えてしまって。
「大好きだった」ことは忘れなくても、もはや欠片も浮かびはしない両親の姿。
立ち姿さえも、シルエットで。
そのシルエットも、誰のものとも掴めない形になってしまって。
もし、そうなったら、何処に帰ればいいのだろう。
いつか必ず帰りたいのに、両親を忘れてしまったら。
「パパ、ママ!」と家へと駆けて行っても、「知らない誰か」が出て来たなら。
(……そんなこと……)
とても耐えられやしない、と分かっているから、懸命に記憶を繋ぎ止める。
コールされる度に、薄れて消えてゆくものを。
機械が消そうと試みる「それ」を、ただ手探りでかき集めて。
(……大丈夫……)
まだ幾らかは覚えているから、と両親の顔を思い浮かべる。
「パパは、こういう人だったよ」と、「ママも、こういう感じだっけ」と。
こうして努力を続けていたなら、きっと再会出来るのだろう。
記憶は戻って来てくれなくても、「パパだ!」と宇宙の何処かで気付いて。
エネルゲイアに立ち寄るような機会があったら、「ママ!」と母を呼び止めて。
(それが出来たら…)
どんなに幸せなことだろう。
ぼやけてしまった両親の顔は、ちゃんと戻って来てくれるから。
それまでに流れた月日の分だけ、年齢を重ねてしまっていても。
幼かった「シロエ」を抱き上げてくれた父の腕では、もう抱き上げては貰えなくても。
(ぼくも大きくなっちゃったから…)
まだこれからも成長するから、父の腕では抱き上げられない。
「ずいぶん大きくなったんだな」と、目を細めて笑ってくれるだろうか。
「パパには、とても抱き上げることは出来ないぞ」と、困ったように。
母も隣で笑うだろうか、「腰を傷めてしまうわよ」などと。
(…うん、頑張って忘れずにいたら…)
夢は叶うに違いない。
諦めないで、遠い故郷を思っていたら。
両親に会える時を夢見て、薄れる記憶を手放さないで生き続けたら。
(…きっといつかは、帰るんだから…)
機械に奪われた過去を取り戻せたら、帰りたい故郷。
けれど、それには時間がかかるし、その前にも出来れば帰ってみたい。
国家主席の座に昇り詰めて、機械に「止まれ」と命じる前に。
「ぼくの記憶を全部返せ」と、機械に命令するまでに。
(…ぼくの姿が、そんなに変わらない内に…)
少年から青年に育った程度で、今の面影がある内に。
「パパ!」と呼んだら、「シロエ?」と驚きの声と笑顔が返るよう。
母にしたって、「まあ、シロエなの?」と、喜んで抱き締めてくれるよう。
(…パパやママに会えたら、家にも連れてって貰えるよね?)
何処にあったかも忘れてしまった、懐かしい家に。
高層ビルだったことしか記憶には無い、「シロエの部屋」があった所に。
感動の再会を果たした後には、歓迎のパーティーもあるのだろうか。
「大人になったシロエ」は酒も飲めるし、両親と乾杯なんかもして。
(家にいた頃は、ジュースで乾杯だったけど…)
父がとっておきの酒を開けるとか、母がシャンパンを買いに出掛けるだとか。
テーブルには御馳走がズラリと並んで、「シロエ」を迎えてくれるのだろう。
今では思い出せない好物、それを幾つも母が作って。
「シロエは、これが好きだったでしょ?」と、腕によりをかけて。
(…ママが料理を作ってくれたら…)
失くした記憶も戻るだろうか、「これが大好きだったんだよ」と。
記憶の欠片を一つ拾ったら、次々に思い出すのだろうか。
「こっちの料理も好きだったっけ」と、「うん、ママの味!」と頬張って。
父が「久しぶりだから、うんと沢山食べなさい」と微笑んでくれて。
そういう日が、いつか来てくれたらいい。
任務の途中で寄っただけなら、一晩だけで「お別れ」でも。
楽しいパーティーが終わった後には、宿に帰るしか道が無くても。
「ぼくは今日しか、休みじゃないから」と、後ろ髪を引かれる思いでも。
両親に「さよなら」と手を振った後は、ホテルに戻ってゆくしかなくても。
それでも、そういう日が来たらいい。
両親の家で、揃ってテーブルを囲めたらいい。
何年分かの年を重ねた両親は、いくらか老いてしまっていても。
「シロエ」もすっかり青年になって、子供時代の服は、もう着られなくても。
(…こんなに小さい服だったっけ、って思うのかな?)
それに机や椅子だって…、と子供部屋のことを頭に描く。
懐かしい家に帰った時には、其処の中身は「小さくなっている」のだろうと。
「シロエ」が大きくなった分だけ、服も、机も、椅子だって。
(…だけど、思い出の部屋だから…)
見られるだけでも嬉しいよね、と思った所でハタと気付いた。
その子供部屋は、今もあるのだろうかと。
両親の家には、今も「シロエの部屋」が残っているのかと。
(……パパとママは、若い方じゃなくって……)
養父母たちの中では、けして「若い」とは言えない年齢。
だから「次の子」を迎えているとは思えないけれど、万一ということもある。
そうなっていたら、「シロエの部屋」は…。
(…新しい息子か、娘が住んでて…)
「シロエ」が其処にいた形跡は、何も残っていないのだろう。
自分が「両親の、前の子供」を知らないように。
そういった子供が「いたのかどうか」も、まるで考えなかったように。
(……パパ、ママ……)
ぼくを忘れていないよね、と俄かに心が凍り付く。
大人の世界にも「記憶の処理」があるなら、両親は「シロエ」を忘れたろうか、と。
次の子供に、惜しみなく愛を注げるように。
「この子を大事に育てないと」と、新しい息子か娘を迎えて。
(……そんなの、嫌だ……)
忘れないで、と零れ落ちる涙。
いつか故郷に帰った時には、両親に会いにゆくのだから。
両親が「シロエ」を忘れていたなら、今の努力は、何もかも無駄になるのだから…。
忘れないで・了
※シロエが忘れられない、両親のこと。けれど両親が「覚えている」とは限らないのです。
次の子供を迎えるのならば、記憶の処理も有り得る世界。実際には無かったんですけどね。
(……機械の申し子か……)
本当に、その通りだったな、とキースが思い返すこと。
国家騎士団総司令の私室で、夜が更けた頃に。
「機械の申し子」と呼ばれた時代は、もう遠い。
そう呼ばれていたE-1077も、とうに宇宙から消え失せた後。
グランド・マザーの命令を受けて、この手で処分して来たから。
惑星の大気圏に落として、木っ端微塵に。
けれど、そうする前に見たモノ。
候補生時代にシロエに言われた、シークレットゾーン、フロア001。
其処に並んでいた、幾つもの「キース・アニアン」の骸。
強化ガラスの水槽の中で、息絶えたサンプルと化した者たち。
(…どれも、機械が無から作って…)
途中で廃棄し、「サンプル」として扱った。
マザー・イライザは「サンプル以外は処分しました」とも語ったから…。
(もっと何体もあったのだろうな)
どのくらいの数の「キース」が作られたのか。
三十億もの塩基対を合成しては、それを繋いで、DNAという鎖を紡いで。
完成体の「自分」が出来上がるまでに、何体の「キース」が作り出されたか。
(……名前がついてはいなかったろうが……)
どれも「キース」には違いない。
DNAの基本は同じなのだから。
フロア001で目にしたサンプル、彼らは全て「キース」の顔。
「キース」よりも若く、幼いとさえ言える者までもいた。
もしも自分に子供時代の記憶があったら、「これは、私だ」と思っただろう。
そういう記憶を持っていないから、「私か」と無感動に見ていただけ。
「目覚めの日」までを水槽で育てられた自分は、鏡を覗きはしなかったから。
水槽の中から見えていたのは、向かいに並べられたサンプル。
「ミュウの女」と同じ顔をしていた、「無から作られた」女性だけ。
だから自分は「過去」を持たない。
シロエが憎んだ成人検査が、奪ってゆくのだと言われるモノを。
「記憶が無い」ことに気付いた時には、さほど深刻には考えなかった。
成人検査のショックで忘れる者もいるから、そうなのだろうと思っただけ。
シロエに「お人形さんだ」と詰られて初めて、疑問を抱いた。
「マザー・イライザの人形」とは、どういう意味なのか。
自分はアンドロイドなのかと、恐れを覚えたことさえもあった。
シロエを殴った時の拳は、「自分のもの」とは思えない力を秘めていたから。
中途半端な一撃だったのに、ナイフのような切れ味で。
(……私がアンドロイドなら……)
その力にも納得がゆく。
機械に作られ、プログラムされて、力加減や技も組み込まれているのなら。
「そうかもしれない」と背筋が冷えても、掴めないままでいた真実。
E-1077を卒業するまで、フロア001には入れないまま。
何度、行こうと試みてみても、邪魔が入って。
誰かに呼び止められてしまうとか、途中の通路が工事で封鎖されているとか。
(…本当に、アンドロイドかもしれないと…)
思わせられたくらいに、不自然だった「フロア001に行けない」こと。
そういったことが重なったせいで、薄々、覚悟してはいた。
「自分は、ヒトではないのだろう」と。
マザー・イライザが作ったアンドロイドか、あるいは改造を施されたか。
元は人間の姿であっても、臓器や筋肉などのパーツを「精密な機械」と置き換えたモノ。
遠い昔には「サイボーグ」と呼ばれた、改造人間。
アンドロイドか、サイボーグなのか、どちらかだろうと。
見た目そのままの「ヒト」ではなくて、「不自然なモノ」に違いないと。
けれど、メンバーズとして幾つもの任務をこなす間に、いつしか忘れた。
「ヒトではないかもしれない」過去など、考えるだけ無駄というもの。
ただ着実に歩み続けて、上を目指してゆく方がいい。
「冷徹無比な破壊兵器」と異名を取ろうが、誰からも恐れられようが。
(…そうやって、ミュウどもを殲滅しようと…)
惑星破壊兵器のメギドを持ち出し、ジルベスター・セブンを砕いてやった。
ソルジャー・ブルーに邪魔されたせいで、モビー・ディックには逃げられたけれど。
あの時、「逃げられた」ツケが祟って、ミュウの進軍が始まったけれど…。
(…私が、奴らを食い止めてみせる…)
SD体制の秩序を守って、マザー・システムを維持するために。
異分子のミュウを端から殺して、宇宙から脅威を取り除くために。
そうする力が自分にはある。
国家騎士団総司令にまで昇り詰めたほどの、優秀さ。
他の追随を許さないのは、E-1077での候補生時代から変わらない。
誰よりも優れたエリートなのだし、当然と言えば当然のこと。
「そのために」自分は「作られた」から。
人類の理想の指導者たるべく、何もかも用意されたのだから。
サムやスウェナといった友人、それにライバルでミュウだったシロエ。
水槽の外に出された後まで、マザー・イライザは面倒を見た。
指導者としての資質が、花開くように。
宇宙船の衝突事故まで起こして、「キース」の「力」を引き出していって。
(…あそこまでされて、無能に育つようではな…)
話にも何もなりはしない、とフンと笑って、ふと気が付いた。
自分は「無から作られた」けれど、「それだけではない」ということに。
作られた後も、機械が育てて、様々なものを与え続けた。
サムにスウェナに、それからシロエ。
彼らの生き様や、死に様でさえも、「キース」を育てるための栄養。
それらが無ければ、「ただのメンバーズ」で終わったろうか。
特に抜きん出た所など無くて、他のメンバーズたちと肩を並べて。
(……そうかもしれんな……)
私の実力ではないかもしれん、と思った今の自分の能力。
機械が導き続けていたから、「今のキース」が出来上がっただけ。
(E-1077を卒業してからも、そうだったのか…?)
与えられて来た数々の任務や、教官として過ごした数年の間。
それらも全て、「機械のプログラム」だろうか。
マザー・イライザの手を離れた後には、グランド・マザーが引き継いで。
「理想の子」を立派に育て上げるために、環境や任務を用意し続けて。
(……その可能性は、大いに有り得る……)
ジルベスター星域に向かう切っ掛けになった、事故調査。
あれも「グランド・マザー直々の」指名ではあった。
つまりマザーは、「仕組んで」いた。
「キース」が「ミュウ」と出会うよう。
ミュウの拠点を見付けて滅ぼし、更に昇進するようにと。
(…国家騎士団総司令なのも、パルテノン入りの話が出ているのも…)
全て機械の思惑だろうか、「キース」を指導者にするための。
最短の距離で「国家主席」の地位に就くよう、今もプログラムし続けて。
とうに「水槽」から出されたのに。
あの「水槽」で過ごした時より、水槽の外で過ごした時間の方が、遥かに長いのに。
(…今も機械の掌の上というわけか…)
いいように踊らされ、導かれ続けているのだろうか。
自分は自覚していなくても。
「自分の意思で」任務をこなして、昇進しているつもりでも。
(……もしも、そうなら……)
機械の導きが無かった場合は、「キース」は無能なのかもしれない。
遠い日にシロエを殴った力も、機械が与えたものだから。
「こうした時には、こう殴るのだ」と、「水槽の中で」教え込まれたこと。
脳に直接流し込まれて、それを吸収していただけ。
いつか実践する日に備えて、「教えられたこと」の意味さえ知らないままで。
これが普通の子供だったら、友達同士の喧嘩などで覚えてゆくのだろうに。
そういった「過去」を自分は持たない。
機械が教育し続けたから、何一つとして持ってはいない。
(…それでも、これが私なのだと…)
思い続けた自分の実力、それは本当に「実力」なのか。
どれほど優秀に「作られて」いても、他の者たちと同じ条件なら、どうなったのか。
「強化ガラスの水槽」ではなく、「外の世界」で育ったら。
他の子たちと全く同じに、養父母に育てられたなら。
(……マザー・システムへの、忠誠心などはともかくとして……)
優秀な頭脳や、銃器を扱う腕などの方はどうだったのか。
「マザー・イライザ」という、「導き手」が「教育しなかった」なら。
多岐にわたる知識を流し込まれて、体術などさえ、「知識」として吸収しなかったなら。
(…いくら優秀な人材でも…)
どう育つのかは、環境による。
だからこそ、機械は「自分」を「水槽の中で」育て続けた。
水槽の外へは一歩も出さずに、フロア001だけで。
フロア001から出された後にも、サムやスウェナやシロエを使って、レールを敷いて。
(……機械が関与しなかったなら……)
此処まで来てはいないだろうな、と唇に浮かんだ自虐の笑み。
同じように「無から作られていても」、「ミュウの女」は無能の極み。
自分に脱出ルートを漏らして、人質にされたほどなのだから。
(…つまり、私の実力は…)
自分のものではないわけだ、と「自分の生まれ」が疎ましい。
きっと機械が育てなかったら、今の力は無いだろうから。
自分がどれほどの器なのかさえ、「自分」には掴めないのだから…。
掴めない実力・了
※いや、キースが「無から作られた者」でも、養父母に託されていたら優秀だったかどうか。
その辺を考えていたら、出来たお話。キースの実力は、機械が与えたものなのかも…。
「ブルー。…もうすぐ十周年だそうです」
ジョミーに言われて、ブルーは「はて?」と首を傾げた。
いきなり「十周年」だなどと言われても困る。何が十年経つというのか、サッパリ謎なものだから。
(…シャングリラは十年どころではないし、結婚した仲間も特にいないし…)
第一、死んでいるんだから、というのがブルーの脳内。
見た目は全く変わらなくても、ブルーもジョミーも「死んでいた」。とっくの昔に、髪の一筋さえも残さず、サックリと。
まるで見当がつかないからして、目の前のジョミーに訊くことにした。
「何が十周年なんだい? 記念日を思い付かないんだが…」
「あなたはそうかもしれませんねえ、一足お先に死んでいるだけに…」
ナスカ崩壊の記念日だったら、七月に終わりましたから、と答えたジョミー。それでブルーにも合点がいった。ジョミーが言うのは、自分たちの記念日のようであっても…。
(…下界でアニメになった、ぼくたち…)
その生き様が放映された日付のことか、と理解した次第。
ブルーもジョミーも、元々は『地球へ…』という漫画の世界の住人だった。其処で色々悩んで暮らして、散っていったのが遥か昔のこと。
(連載開始からだと、とっくに四十年で…)
漫画が評判を呼んだお蔭で、アニメ映画になってからでも三十七年経つ勘定。
ところがどっこい、映画の評判は散々だった。やたらガタイのいい登場人物、ブルー自身も「米俵を担げそうなほど」と評されたくらい。
(ジョミーなんかは、カリナと結婚したオチで…)
実の息子がトォニィとあって、大勢のファンがキレたという。
なまじポスターが麗しかっただけに、騙された人も多かった。漫画の原作者が描いたブルーの姿に惹かれて、「こんな綺麗な人が出るなら…」と映画館に入ってガッカリなクチ。
(……黒歴史とまで言われたくらいで……)
その反省をしっかり踏まえて、テレビアニメ版が製作された。かつて原作に惚れ込んだ人々、彼らが立派に成長して。
(そうか、あれから十年経つのか…)
忘れていたな、と一人頷くブルーに、ジョミーは続けた。
「あのですね…。十周年の節目ですから、同窓会なんかはどうだろうかと…」
「同窓会?」
「そういう話が出てるんです。ミュウも人類も、関係なしの無礼講で」
賑やかに飲んで騒ぎませんか、という提案。
とうに死んでいる面々だけれど、極めて呑気に暮らしている。天国と呼ぶには、かなり俗っぽい居酒屋なんかもある世界で。
「ああ、なるほど…。そういうのもいいかもしれないね」
「そうでしょう? 出席者の姿は指定しない、ということで…」
「姿?」
「外見の年齢のことですよ。キースなんかは老けましたから…。無残なほどに」
ぼくは青年でしたけどね、と「ドヤァ!」と胸を張るジョミー。
キースとジョミーは同い年だけれど、ミュウと人類の間の溝は深かった。テレビアニメが最終回を迎える頃には、顎にくっきり皺があったキース。
(……あの姿では来たくないかも……)
ぼくがキースなら嫌だろうな、とブルーにも分かる。生きていた間、若さを保って三世紀以上だったのが自分。年相応に老いた姿は想像できない。
(ゼルやヒルマンのようなのは、別で…)
あの辺りは単なる趣味だから、と「老けた理由」は知っていた。中年だったハーレイも同じで、「男の良さは皺に滲み出る」とかが生前の口癖。
けれど、人類の場合は違う。ミュウと違って止められない年、嫌でも老けてゆくわけだから…。
(キースも出来れば、若い姿でいたかっただろうし…)
現に今だって若い姿でウロついている、と承知している。天国に来れば外見は好きに出来るし、ナスカで出会った頃の若さがお気に入りらしい。
(同窓会だから、最終回の姿で来いと言ったら…)
なんだかんだと理由をつけて、キースは欠席になりそうだった。その辺もあって、姿の指定をしない形にするのだろう。
ブルーは「それでいいと思う」と答えて、同窓会の開催が無事に決まった。下界での十周年に合わせて、九月二十二日に集まろう、と。
そして訪れた同窓会の日。
ミュウも人類も、もうワイワイと賑やかに居酒屋に集まった。予想通りに若作りのキースや、キースに合わせて青年なサムや、その他もろもろ。
乾杯の音頭はブルーが取ることになって、グラスを手にして…。
「アニテラ放映終了から、今日で十周年になる。皆で集まれたことを祝して、乾杯!」
「「「かんぱーい!!!」」」
カチン、カチンとグラスが触れ合い、じきに酒宴が始まった。飲み食べ放題で無礼講だけに、それは盛り上がっているのだけれど…。
「……考えてみれば、盛り上がっているのは我々だけだな」
キースがボソリと呟いた。ナスカ時代な若作りの顔で、服装だけは国家主席の格好で。
「どういう意味だい?」
隣で飲んでいたブルーの言葉に、キースは床を指差した。
「下界だ、下界。…今日で十周年だというのに、誰一人として祝っていない」
「あー…。でもまあ、記念創作は幾つかあるだろう?」
オンリーイベントも近いと聞くし…、とブルーは返したけれども、それが精一杯だった。
放映当時の熱狂ぶりが嘘だったように、今や静まり返っている下界。十周年の記念日だって、何人が覚えているか怪しい。
「祝うどころか、違うアニメに走っていますよ。…多分」
今だと『ユーリ』じゃないですか、とジョミーが挙げた人気のアニメ。多くのアニメファンが流れた作品、かつて大人気だった『進撃の巨人』も『ユーリ』に敗れたほどだという。
「うーん…。忘れ去られるのも無理はないけどね…」
十年は流石に長すぎた…、とブルーも認めざるを得ない現実。
天国では十年一日だけれど、下界は時間の流れが違う。十年もあれば、幼稚園児が小学校を卒業できる。中学生なら、大学まで出て社会人。
忘れられても仕方ないから、此処にいる面子で盛り上がるしかないだろう。昔のことは水に流して、何度も「乾杯!」とやらかしながら。
そうやってドンチャン騒ぐ間に、色々なネタが飛び出した。
下界では忘れ去られた『地球へ…』を巡って、皆が仕入れた情報などが。
「なんと言っても、アレですよ…。作者の引越しが痛いですよね」
学長になった件もさることながら…、とシロエが訳知り顔で切り出した。原作の漫画を描いた女性は、今や学長になっていた。任期は今年で終わるけれども、学長は多忙。それまで開催されていた個展は、そのせいで途絶えてしまって久しい。
かてて加えて、その間に作者は引越しをした。長く暮らした鎌倉を離れて、西の果てとも言えるくらいの九州へと。
「そうだっけなぁ…。アレで鶴岡八幡宮の、ぼんぼり祭りに出さなくなって…」
最新作の描き下ろしを拝めるチャンスが消えたんだよな、とサムが相槌を打つ。鎌倉暮らしが続いていたなら、八月の頭の『ぼんぼり祭り』に原作者の絵が登場した筈。最後の年には、ブルーの横顔が綺麗に描かれて、ぼんぼりに仕立てられていた。
「個展も無ければ、ぼんぼり祭りも無いのでは…。皆、忘れるな…」
キースがフウと溜息をついて、「画業も五十周年なのに…」と頭を振る。
原作者は今年で画業が五十周年、記念展が年内に開催だった。もしも引っ越しの件が無ければ、会場は都内か、馴染みの京都だっただろう。
それが作者の家に近いから、北九州市で開催される。他所にも巡回予定だとはいえ、北九州では盛り上がらない。
「…都内や京都でやるんだったら、ついでに旅行もアリだろうけどね…」
北九州市ではキツイものが…、とブルーも掴んでいた記念展。わざわざ出掛けて行ったところで、北九州の市内だけではグルメも観光も限られている。他の都市まで足を延ばさないと、旅を満喫したとは言えない。都内や京都でやるのだったら、そんな手間など要らないのに。
「……今後は個展も、九州がベースになるかもしれんな……」
ますます忘れ去られるぞ、とキースがグイと呷った酒。東京と京都で個展だったら、両方に行くファンも多いけれども、東京と九州となったなら…。
「…ディープな人しか行かないでしょうね、九州の方は…」
「それと地元の人だよね…」
マツカとジョミーが互いに頷き合っている。『地球へ…』だけが好きなファンの場合は、前のようにはいかないだろう、と。そしてますます忘れ去られて、それっきりだとも。
「……昨年に出た本も、サッパリ盛り上がらなかったからね……」
最初の一冊の帯が大嘘だったから、とブルーも傾けるグラス。原作者が出した『少年の名はジルベール』なる本は、大評判を呼んだのだけれど、帯の煽りは大嘘だった。
「『地球へ…』創作秘話」と書かれていたのに、そんな中身は何処にも無かった。それこそ本当に一行でさえも、「創作秘話」は書かれていなかった。
「あの本自体は盛り上がっていたが、我々の創作秘話はスルーで、そのせいでだ…」
次に出た本をスルーした奴らも多そうだぞ、とキースが手酌で注いでいる酒。『カレイドスコープ』というタイトルの本は、中身が『地球へ…』満載だった。
おまけに個展でしか拝めなかった絵、『継がれゆく星』が大きく載せられている。個展会場で売られた絵葉書などより、ずっと大きく「お得な」サイズで。
「…ぼくたちのファンが買っていたなら、もっとツイッターなんかで話題に…」
なっただろうね、とブルーも半ば泣きたいキモチ。
アタラクシア上空から落下するブルーと、それを追うジョミーを描いた一枚、『継がれゆく星』は個展でも人気の絵だったから。
「……みんな忘れてしまっているのか、情報自体が入らないのか……」
アンテナを立てていない限りは、情報も入りませんからね、とジョミーが嘆く。きっと『カレイドスコープ』の方は、知らない人も多いのだろうと。
「…こうして忘れ去られてしまうんでしょうか、ぼくたちは…?」
十周年の節目にこの有様では…、とシロエが肩を落としている。このまますっかり忘れ去られて、新しい世代は『地球へ…』さえも知らなくなるのだろうか、と。
「どうなんだろうね、そればかりはフィシスの占いでも…」
読めそうにない、とブルーにも見えない『地球へ…』の未来。
十周年にはこうだったけれど、いつか未来に盛り返すのか、静かにフェードアウトなのか。
「ブルーレイ版でも出てくれれば、また違うでしょうけど…」
そういう情報も無いですよね、とジョミーの顔色も冴えないもの。こうして同窓会は出来ても、下界の方では時が流れて、どんどん過去になってゆくから。
「…愚痴っていても仕方ない。我々だけでも、こうして同窓会をだな…」
これからも開いていこうじゃないか、と国家主席がブチ上げた。若作りの顔で、服だけ国家主席の姿で、グラスを掲げて。
「それが一番いいんだろうね…。情報交換の場にもなるから」
来年も皆で集まろう、とブルーも応じた。
作者が引っ越してしまっていようと、個展の会場が何処になろうと、天国の住人には無関係。節目だからと記念日の度に、同窓会でオールオッケー。
「じゃあ、来年も同窓会ですね?」
「ジョミー、年齢の縛りは無しで頼むぞ。今年と同じで」
来年はお前は子供の姿で出たらどうだ、とキースが笑って、「それじゃ飲めない」とジョミーが膨れる。シロエはちゃっかり飲んでいるのに、自分の場合はハブられそうだ、と。
「当然でしょう? ぼくは目覚めの日を通過してます!」
飲める資格はあるんですよ、とシロエがフフンと鼻を鳴らして、ジョミーが「ずるい!」と突っかかってゆく。「ピーターパンに向かって、それは無いよ」と。
「ピーターパンですか…。はいはい、来年、若い姿で出るんだったら、味方しますよ」
ぼくと一緒に飲みましょうね、と酒宴はカオスになりつつあった。ミュウも人類も派手に入り乱れて、国家騎士団の面々とミュウの長老たちとが飲み比べとかで。
「…キース。来年もこうして祝いたいね…」
「そうだな、新しいネタが入っているといいがな」
また飲もう、と敵同士だったブルーとキースが、しんみりと杯を重ねてゆく。十周年よりも来年の方が、その先の方が盛り上がってくれれば、もっといい、と。
下界の月日は流れて行っても、天国では皆、変わらないから。
アニテラが終わった「あの時」のままで、誰もが仲良く暮らしているのが天国だから…。
十周年の日に・了
※アニテラ放映終了から、十年。ネタ系で行くか、シリアスで行くか、悩んだ結果、ネタ系で。
十周年だからこそ、ちょっと賑やかに、でも、しんみりと。そういう感じになったかな?
