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(……まさか、こんなモノが……)
 何故、とシロエは愕然とする。
 フロア001、ようやく入り込んだEー1077の奥深く。
 此処で自分が目にするものは、こんなモノでは無かった筈だ、と。
(…精密機械が沢山並んだ、クリーンルームで…)
 塵一つ存在してはならない空間、冷たく無機質な研究室。
 そういった場所を頭に思い描いていたのに、これは一体、何なのか、と。
(……どう見ても、キース……)
 ズラリと並べられたガラスケースに、何人ものキースが収まっていた。
 明らかに保存用の標本、既に死体となったモノが。
(…元々は、生きて育っていたモノ…)
 そうだとしか思えないけれど、とガラスケースを端から見てゆく。
 様々な成長過程の「ソレ」。
 胎児から乳児、それから幼児に、少年、青年。
(…それに、あっちは…)
 知らない女だ、と向かい側に並ぶケースも眺めた。
 キースと同じに、成長過程が揃った標本。
 此処では全く見かけない顔で、心当たりが無い女性。
(……何なんだ、これは?)
 キースも、知らない顔の女も、「生物」でしか有り得ない。
 今は死体になっていようと、かつては生きて成長していただろう「生き物」。
 此処にあるのは、アンドロイドを作る部屋だと思ったのに。
 皮膚の下に冷たい機械を隠した、人間の姿になぞらえたモノ。
 マザー・イライザが作り上げた人形、意のままに動く精密な機械。
(…てっきり、そうだと…)
 考えていたし、その証拠を握ろうと目論んでいた。
 「キース・アニアン」を蹴落とすために。
 完膚なきまでに叩き潰して、這い上がれないようにしてやるのだ、と。


(……でも、これは……)
 何処から見たって、機械ではない。
 細胞分裂を経て育った人間、それ以外には考えられない。
 キースも、それに「知らない女」も。
 胎児から順に揃った標本、そういうモノがある以上は。
(…もしかして、選び抜かれた血統…?)
 そうなのだろうか、キースも、記憶に無い女も。
 SD体制の世界においては、子供は母親から生まれはしない。
(提供された卵子と精子を…)
 機械が掛け合わせて、作り出される受精卵。
 それを人工子宮に移して、「誕生日」まで其処で育てられる。
 人工羊水の中から出されて、養父母の手に託される日が訪れるまで。
(…どういった風に掛け合わせたかは…)
 全て記録にある筈なのだし、「選び出す」ことは可能だろう。
 「優秀な者」に成長するのが、最初から分かっている卵子。
 それから、それに掛け合わせるのに、相応しい因子を持った精子も。
(…最高に優秀なのが確かな卵子と…)
 とても優れた精子を組み合わせて、この標本たちを作ったろうか。
 「キース」と「知らない女」の二種類、そういったモノを。
(……そうなのかもね?)
 此処でこっそり育てていたなら、誰も気付きはしないだろう。
 赤子の声も、子供の声も、何処にも漏れない環境ならば。
(そうやって育てて、データを集めて…)
 研究目的を果たした時点で、彼らは「処分」されたのだろうか。
 次の実験にかかるためには、もはや必要ないモノだから。
 たとえ彼らが泣き叫ぼうとも、容赦なく。
 あるいは彼らが眠っている間に、致死量のガスを吸い込ませるとか。
(…やりそうだよね…)
 マザー・イライザなんだから、と肩を竦める。
 機械にとっては、「ヒト」は「どうでもいい」ものだから。
 世界を構成しているモノとはいえ、いくらでも代わりがいるのだから。


 そういうことか、と納得しながら「キース」の標本を眺めてゆく。
 胎児や乳児の頃はともかく、少年や青年に育ったモノは…。
(…流石に、可哀想なのかも…)
 Eー1077しか知らずに育って、友達もいなかったとしても。
 養父母の代わりに研究者たちが、彼らを育て上げたとしても。
(見ていた世界や、信じていたもの…)
 ある日、突然、それらを奪われ、標本にされた「キース」たち。
 いくら機械が育てていたって、唐突に終わった彼らの人生。
(…キースみたいに、感情なんか無い奴だって…)
 機械でないなら、思考はヒトと変わらない筈。
 感情が無いように見えてはいても、「思考する」のは人間と同じ。
(…この続きは、明日、考えよう、って…)
 思って眠りに就いてそのまま、二度と目覚めなかったとしたら…。
(……成人検査と、それほど変わらないような……)
 それとも、もっと悲惨だろうか、奪われるものは過去だけではない。
 来る筈だった未来までをも、彼らは奪い去られたのだから。
(…目覚めの日だと、過去を消されて…)
 養父母も故郷も失くすけれども、命を失ってはいない。
 機械に奪い去られた記憶を、再びこの手に取り戻そうと…。
(足掻くことだって、出来るけれども…)
 標本にされた「キース」たちには、それは無かった。
 彼らが何を考えていたか、どう生きたのかは分からないけれど。
(…どう育つのかの実験だったか、知識を与え続けていたのか…)
 自分が知っている「キース」みたいに、疑いもせずに学んで生きるだけの日々だったろうか。
 それにしても、未来が「断ち切られた」のには違いない。
 次の日、目覚めて学ぶつもりでいただろう「何か」。
 それを学ぶ日は二度と来なくて、いきなり終わってしまった人生。
(…やっぱり、可哀想だよね…)
 そんな最期じゃ…、と瞳を瞬かせる。
 「可哀想だ」と、「キースは運が良かっただけか」と。


 恐らく自分と出会ったキースは、研究の集大成なのだろう。
 「この組み合わせならば間違いはない」と、機械が選んで交配したモノ。
 そして理想の教育を施し、Eー1077の候補生として送り出した。
 優れたエリートになれる人材、誰よりも優秀な存在として。
(…エリートの中のエリートね…)
 生まれからして違ったのか、と噛んだ唇。
 最初から「優れている」のだったら、並みの者では太刀打ち出来ない。
 その上、機械や研究者たちが育てて来たなら、知識なども人並み以上だから。
(…ぼくは、健闘した方なんだろうな…)
 そんな化物とトップ争いしてたんだから、と零れた溜息。
 アンドロイドと争った方が、まだマシだったような気がする。
 生まれ持って来た資質自体が、比較にならない相手よりかは。
 星の数ほどの卵子と精子の交配の中から、選び抜かれた存在よりは。
(……どう頑張っても、ぼくじゃ敵いっこないってね……)
 機械だったら、諦めもつくというものだけど、と情けない気分。
 「同じ人間に敗れるなんて」と、「持って生まれた資質の差なんて」と。
(…腹が立つったら…)
 いったい、どんな組み合わせだろう、と「キース」と「知らない女」を眺める。
 彼らを「誕生させた」卵子と、それから精子。
(…こうして、一緒にあるってことは…)
 卵子と精子の組み合わせは同じで、男性と女性を作ったのか。
 あるいは「キース」と「知らない女」は、組み合わせからして違うのか。
(優秀な男性と、優秀な女性…)
 どちらも生み出せるような血統、それがあるのか。
 それとも、卵子だけが同じで、精子の方が別になるとか。
(…その逆だって、有り得るしね…?)
 ついでに調べさせて貰うよ、と持って来たコンピューターを繋いだ。
 どうやって「彼ら」が生まれて来たのか、データを見ようと。
 せっかく此処まで入ったからには、とことん調べ上げてみるのがいい、と。
 ハッキングならば手慣れたものだし、此処に来るにも、その手を使って来たのだから。


(…この先だよね…)
 よし、と首尾よく引き出したデータ。
 それを見た時、直ぐには意味が分からなかった。
 あまりにも、予想と違い過ぎて。
 微塵も考えていなかった事実、背筋も凍るような真実。
(……この標本は、全部……)
 人間じゃない、と全身の血がショックで逆流してゆくよう。
 何処から見たって「人間」だけれど、「キース」も「知らない女」の方も…。
(…人間を、作り上げただけ…)
 卵子も精子も関係なく、と込み上げる恐怖にも似た「何か」。
 「キース」は確かに「人形」だった。
 アンドロイドなどより、遥かに精巧に出来上がったモノ。
 なにしろ、「人間」なのだから。
 機械が完全な無から作った、ヒトのように育って、ヒトのように思考する存在。
(…おまけに、キースは…)
 ヒトのようには育っていない、とデータを見詰めて顔を歪める。
 成人検査の年に至るまで、水槽の中で育った生命。
(……この標本たちも、全部、そう……)
 可哀想だなんて、とんでもない、と消し飛んでしまった憐みの気持ち。
 彼らは「何も知らないままで育って」、「何も知らずに」生涯を終えた。
 外の世界に出ていないから。
 水槽の中が世界の全てで、何を見ることも無かったから。
(…だから、キースも…)
 成人検査も知らずに、この世に出て来たんだ、と噴き上げる怒り。
 「なんて幸せな奴なんだろう」と。
 アンドロイドなら、腹など立たなかったのに。
 生まれながらに優れた存在、それでも、まだしもマシだったろうに。
(……幸福なキース……)
 あいつは、何も分かっちゃいないし、知りもしない、と、ただ腹立たしい。
 アンドロイドでも、ヒトでもなかったから。
 機械が無から作った人間、まさしく「人形」だったのだから…。

 

            予想外の真実・了

※シロエが「キースは、どうやって生まれて来たのか」を知った時点は、と考えてみたお話。
 最初から知っていたようでもなし、見て分かりそうなものでもなし、と。その結果です。









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(……まったく……)
 懲りもせずに、よくやってくれる、とキースが零した深い溜息。
 首都惑星ノアの、国家騎士団総司令のための執務室で。
 先刻、部下の一人が持って来た書類、それをバサリと放り出して。
(馬鹿どものせいで、また優秀な国家騎士団員が…)
 死んだのだがな、と顰めた眉。
 名誉の戦死ならばともかく、実に下らない原因で。
 国家騎士団総司令、キース・アニアンを狙った暗殺計画。
 マツカのお蔭で、自分は死なずに済んだけれども、部下を何人か失った。
 今の地位に就いて以来、何度も繰り返されて来たこと。
 それ自体は珍しくないのだけれども、こうして報告書が届けられると…。
(…改めて腹が立つというものだ…)
 馬鹿どもは、何も分かっていない、と拳を強く握り締める。
 犠牲になった騎士団員は、警備に当たっていた者たち。
 いわゆる下士官、世間に名前も知られてはいない。
 だから彼らが何人死のうが、暗殺計画は、また実行に移される。
 「キース・アニアン」を葬るために。
 パルテノンを牛耳る政治家たちや、総司令の座を狙う者たちによって。
(…無能な者ほど、そういった傾向は強いのだがな…)
 それにしても、と情けなくなる。
 今日の暗殺計画を立てた者より、彼らのせいで死んだ下士官の一人。
(……きっと、将来、有望だった……)
 総司令の座にも就けていたかもしれないな、と放り出した書類に目を遣った。
 死んだ者たちの名簿に記されていた、明らかにキラリと光る逸材。
 今の地位こそ下士官だけれど、彼は必ず出世したろう。
 見る者が見れば、そうだと簡単に見抜ける人物。
 なのに、その日は、永遠に来ない。
 彼の命は失われたから。
 国家騎士団総司令の命の代わりに、彼の命が消え去ったから。


 もう何人になるのだろうか、こうして失われていった命は。
 国家騎士団の未来を託せただろう人物、それが一瞬で木っ端微塵に消し飛ぶのは。
(…あの馬鹿どもに分かりはしないし…)
 セルジュたちにも分かるかどうか、と直属の部下たちを思い浮かべる。
 彼らは元から優秀だったし、それゆえにジルベスター・セブン以来の大切な部下。
(…しかし、彼らも…)
 もっと優れた者がいることにさえも、未だに気付いてはいない。
 それどころか、逆に見下す始末。
 「コーヒーを淹れるしか能の無いヘタレ野郎」と、あからさまな言葉をぶつけて。
 ひ弱で役に立ちはしないと、他の部下の足を引っ張るだけだ、と。
(…どうしてマツカが側近なのか、それも分からないようではな…)
 今日、失われた者たちの真価も、彼らには見抜けないかもしれない。
 マツカのように「目の前にいても」分からないなら、書類だけではなおのこと。
(……マツカは、特殊な例だとしても……)
 本来、存在してはならないミュウだし、その能力も秘されてはいる。
 グランド・マザーさえも知らない、マツカが持っている力。
 だからこそ「分かりにくい」とはいえ、本当に「コーヒーしか淹れられない」なら…。
(誰がわざわざ、あんな辺境から…)
 連れて帰ると思っているのだ、と「見る目の無い部下たち」には呆れるしかない。
 セルジュたちの目は、節穴なのだ、と。
 そんな彼らには、今日、散っていった下士官の値打ちも、分かるまいな、と。
(……セルジュたちでも分からないなら……)
 あの馬鹿どもには無理だろうが、と思いはしても、腹立たしい。
 彼らの愚かな計画のせいで、人類が失った希望の一つ。
 死んだ下士官が、生きて最前線へと赴いていたら…。
(…ミュウどもの進撃を、少しくらいは…)
 食い止められたかもしれないものを、と唇を噛む。
 どう考えても負け戦なのが、ミュウとの戦い。
 それでも「少しはマシだったろう」と、「時間稼ぎは出来ただろうな」と。
 死んだ「彼」さえ生きていたなら、彼が艦隊を指揮していたら。


 そうは思っても、その逸材の地位は下士官。
 暗殺計画で命を失い、二階級特進の栄誉を得てはいるけれど…。
(その地位でさえも、まだ、艦隊を指揮するまでには…)
 至らないのだ、と「彼」の顔写真を思い浮かべる。
 まだまだ若くて、少年とさえも見えるくらいの年だった。
 教育ステーションを卒業してから、ほんの数年。
(……あの年の頃は、私でさえも……)
 単なる「メンバーズ・エリートの一人」で、敬意を払ってくれる者さえ無かった。
 明らかに地位の劣っている者や、軍とは無縁の一般人を除いては。
(…もちろん、艦隊の指揮官などは…)
 任せて貰えた筈も無い。
 実際には「出来る」能力の持ち主でも。
 グランド・マザーに目をかけられていても、それと軍での地位とは別。
(私でさえも、そうだったのだ…)
 だから無理もないことではあるが…、と分かってはいても、情けなくなる。
 「どうして、彼を失ったのだ」と。
 今日までに何人、死んだだろうかと、惜しい命を幾つ散らせてしまったのか、と。
(彼らが、生きていたならば…)
 変わるかもしれない、ミュウとの戦いの潮目というもの。
 人類の負けだと思ってはいても、その日が来るのを数年ばかり先に延ばせたならば…。
(負けるにしても、ミュウどもに一矢報いて…)
 痛い目を見せておきさえしたなら、有利になりそうな講和の条件。
 ミュウの言いなりに、唯々諾々と従うのではなく、人類からも出せる提案。
(…ノアだけは、人類だけの居住地にしておきたい、とか…)
 もっと辺境の惑星にしても、「ミュウが来ない」場所を設けることが出来るとか。
 それが出来れば、人類も少しは救われるだろう。
 どんなに「キース」が手を尽くそうとも、頑なに考えを変えない者は、変わりはしない。
 「ミュウとの共存など、とんでもない」と。
 暗殺計画を練るような者も、間違いなく、その類だろう。
 彼らのためには「救い」が要る。
 「絶対に、ミュウが立ち入らない」場所、彼らの暮らしがミュウに脅かされない場所が。


(…だが、現状では…)
 そんな条件など出せはしない、と嫌と言うほど分かっている。
 人類は惨めに負けるしかなくて、ミュウの時代が来るのだろう、と。
(彼らさえ、生き延びてくれていたなら…)
 今までに死んでいった優れた下士官、彼らが戦力になっていたなら、と口惜しいばかり。
 その日を迎えることが出来ずに、無駄に失われた命の数。
(…これが、ミュウどもだったなら…)
 事情は違っていたのだろうな、と脳裏に浮かんだ「ソルジャー・ブルー」。
 ただ一人きりで、メギドを破壊しに来た戦士。
(あいつは、下士官などではなかった…)
 人類の社会に置き換えたならば、国家主席とも言える人物。
 しかも、三百年もの長きに亘って、ミュウを率いて来たソルジャー。
(…そんな大物が、最前線に…)
 単身、乗り込んで来たというのが、未だに信じられない気持ち。
 メギドの破壊に成功しても、彼は生きては帰れないのに。
 彼が帰ってゆく筈の船は、躊躇いもせずにワープして消えた。
 つまりは、知っていたということ。
 「ソルジャー・ブルーは、戻らない」と。
 彼の命はメギドで消えると、生き残る可能性は「万に一つもありはしない」と。
(…どうして、そんな決断が出来る?)
 自ら最前線に飛び込んで来た、ソルジャー・ブルー。
 彼を見送った、モビー・ディックに乗り組むミュウたち。
(……指導者を失ってしまったならば……)
 組織はたちまち崩壊するし、士気を保ってゆくのも不可能。
 そうだとしか、思えないものを。
 ジョミー・マーキス・シンがいると言っても、偉大な指導者が欠けるのは事実。
 これが人類なら、どうすることも出来ないだろう。
 国家主席を失った穴を、急いで埋めることなど出来ない。
 指導者不在の人類軍など、恐らく、烏合の衆も同然。
 もはや白旗を掲げるしか無く、ミュウどもの前に屈するのだろう。
 逆転のために単身戦いの場へと赴く、無謀とも言える戦士は、誰もいないから。


 考えるほどに、理解出来ないミュウたちの思考。
 人類ならば、上官のために命を失う者が出るのを、誰も不思議に思いはしない。
 今の自分が「そう思う」ように、失った命を惜しみはしても。
 「彼さえ、生きていてくれたなら」と、真価に気付いて悔やみはしても…。
(…人類の未来は、彼らに託すべきだ、と…)
 彼らの代わりに「キース」が死ぬなど、有り得ないことで、あってはならない。
 それでは、組織が壊れるから。
 国家騎士団総司令の座を、そんな理由で空けてはならない。
(…私を殺して、代わりに誰かが収まるのなら…)
 最初から「代わり」を用意しているし、単にトップが交代するだけ。
 暗殺計画を立てるからには、ちゃんと「代わり」を思い定めているだろう。
 けれど、あの時のミュウたちは違う。
 降って湧いたとも言える災厄、誰も予想などしなかった筈。
(…そんな時に、指導者を失うなどは…)
 命取りでしかない筈なのに、と思うけれども、ミュウたちは躊躇いもしなかった。
 ソルジャー・ブルーも、彼を見送った者たちも。
(……恐ろしいとしか……)
 言いようがないし、理解も出来ん、と背筋がゾクリと凍えるよう。
 「やはり、人類はミュウに敗北するのだろう」と。
 優秀な人材を捨て駒にして、先のことなど考えないのが人類だから。
 未来を築いてくれそうな者を、救おうともしない種族だから。
(…私自身が、最前線に…)
 立つことも出来ないような軍では…、と、虚しい気持ちに襲われる。
 これからも、それが続くから。
 幾つもの命が無駄に潰えて、そうする間に、敗北の時が迫って来るのが見えているから…。

 

            失われてゆく命・了

※地球での会談前夜に、キースがフィシスにぶつけた疑問。指導者が最前線に出て戦う理由。
 それをベースに捏造しました、「きっとキースは、前から気になっていた筈だよね」と。








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『ジョミー…! みんなを頼む』


 …届いただろうか、ぼくの最期の思念は。
 それとも船はワープした後で、届くことなく、宇宙に消えていっただろうか。


 どちらでもいい、全て終わったから。
 今度こそ、ぼくの命は燃え尽き、皆の盾となって砕け散ったから。


 けれども、届けられなかった想い。
 伝えないまま、優しい嘘をついてしまった。
 「直ぐ戻るよ」と。
 二度と船には戻らないことを、ぼくは誰よりも知っていたのに。


 …フィシス。
 ミュウの、ぼくたちの大切な女神。
(…本当は、ぼくの…)
 ぼくの女神で、ぼくが欲しくて手に入れた女神。
 君だけが抱く美しい地球を、いつまでも、この目で見ていたくて。
 そのためだけに、あの水槽の前に通い続けて、どうしても諦めることが出来なくて。


 そうして、ミュウの皆を騙した。
 ぼくは最後まで、君の生まれを隠したまま。
(…この先、君は…)
 どうなってゆくのか、ぼくには分かっているけれど。
 サイオンを失い、ぼくを失い、立ち竦む君が見えるけれども、これより他に道は無かった。
 仲間たちも、君も、共に救うには、時間が足りなかったから。
 君の「命」を守ることしか、ぼくには出来なかったから。


(……フィシス、すまない……)
 どうか、恨むなら、このぼくだけを。
 他の誰をも恨みはしないで、ただ、ぼくだけを憎んで欲しい。
 ぼくを忘れてしまっていいから、心の中から放り出して、捨ててしまっていいから。


 …だから、フィシス…。
(…君は、生きて…)
 ぼくなど許さなくてもいいから、忘れていいから、先へ進んで。
 たとえ暗闇で一人、立ち竦もうとも、憎しみは全て、ぼくにぶつけて。
 後ろばかりを振り返らないで、ただ真っ直ぐに、前を見詰めて。


 それだけが、ぼくの最後の望み。
 言えずに、終わってしまったこと。
 この想いが君には届かなくても、ぼくは永遠に祈り続ける。


(…フィシス、ぼくの女神…)
 君の未来に、幸多かれ、と。
 ヒトとして皆と生きていって欲しいと、君も間違いなく「ヒト」なのだから、と…。

 

            ぼくの女神へ・了


※「ブルー追悼は、もう書かない」と言っていたくせに、また今年もかい、と。
 アニテラ放映当時から14年、目覚めの日な歳月が経ってしまって、今や本業も転生ネタ。
 けれど「コロナ禍だしな」と書いたのが去年で、今年は去年よりも更に酷い夏に。
 無観客でも東京オリンピックを強行、コロナは第5波に入った模様で、ワクチンも不足。
 管理人だって打てていません、というわけで、2021年7月28日記念作品。
 今年もコロナ禍へのメッセージをこめていますが、来年は書かずに済むことを希望。








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(この本の中には、別の世界が……)
 あるんだよね、とシロエが零した小さな溜息。
 Eー1077の夜の個室で、一人きりでベッドに腰を下ろして。
 もっとも、宇宙空間に浮かぶステーションには、本物の夜など無いのだけれど。
(…この表紙みたいな、本物の空も…)
 此処には無いよ、と眺めるピーターパンの本。
 ただ一つだけ、故郷の星から持って来ることが出来た宝物。
 ピーターパンの本の表紙には、夜空を翔けるピーターパンたちが描かれている。
 この絵みたいに、自分も行ってみたかった。
 子供が子供でいられる世界へ、ネバーランドへ。
(だけど、ピーターパンは迎えに来てくれなくて…)
 とうとう、こんな牢獄まで連れて来られてしまった。
 大好きだった両親の記憶も、故郷の記憶も、機械に奪い去られてしまって。
(…ピーターパンの本の中なら、そんなシステムなんか無いのに…)
 SD体制なんか何処にも無いのに、と本のページを繰ってみる。
 文字と挿絵の世界だけれども、その向こうには…。
(ピーターパンたちが住んでる世界が、ちゃんとあるんだよ)
 人に話したら、「そんなものは全部、作り話だ」と、一蹴されるのだろうけれど。
 作者が作った幻想の国で、何処にも存在するわけがない、と。
(……でも、ぼくは……)
 ネバーランドは「在る」のだと思う。
 ピーターパンの本の作者は、ネバーランドを「見られた」のだ。と。
 きっとピーターパンにも出会って、その経験を書き残した。
 作者のように子供の心を失くさなければ、誰でも行けるだろう世界。
 こういう世界が「存在する」と、ピーターパンの本の形で。
(きっと、そうだよ)
 そうでなければ、こんな世界は書けないだろう。
 気が遠くなるような時を経てなお、色褪せることなく残る物語などは。


 本の活字と、挿絵の向こう。
 其処に在る筈の、ネバーランド。
 今も行きたくてたまらない国、幼い頃から憧れた世界。
(…この本の中に、入れたら…)
 入ってしまうことが出来たら、どんなに幸せなことだろう。
 他の人たちは信じなくても、ネバーランドは、「在る」筈だから。
 ピーターパンの本に入ってしまえば、その世界の中の、夜の彼方に。
(…二つ目の角を右に曲がって、後は朝まで、ずっと真っ直ぐ…)
 本に書かれた、ネバーランドへ行くための方法。
 ピーターパンが来てくれないなら、そうやって歩いてゆけばいい。
 ひたすらに、ネバーランドを目指して。
 二つ目の角を右に曲がって、後は朝まで、ずっと真っ直ぐ。
(……行きたいな……)
 ネバーランド、と思うけれども、本の世界はどうだろう。
 きっと何処かに「在る」だろう世界、別の次元とも言える空間。
(…訓練中の事故か何かで…)
 亜空間ジャンプに失敗したなら、あるいは行けるかもしれない。
 宇宙船から放り出されて、ピーターパンの本の世界へ。
 時間も空間も全て飛び越え、ただ一人きりで。
(……えーっと……?)
 ずっと昔のイギリスだっけね、とピーターパンの本の活字を追った。
 人間が地球しか知らなかった頃の、大英帝国と呼ばれた国。
 其処のロンドン、それが物語の始まりの場所。
(…うんと昔の、地球の、ロンドン…)
 たった一人で落っこちたならば、どんな具合になるのだろうか。
(……言葉は、きっと問題ないよね)
 ピーターパンの本が生み出されてから、訳された言語は星の数ほど。
 幼かった頃の自分も読めたし、言葉は必ず通じるだろう。
 イギリスの言葉を話せなくても。
 其処の人たちが話す言葉が、今の世界とは違っていても。


(……よーし……)
 それなら言葉は大丈夫、と「本の中の世界」を考えてゆく。
 この世界から、突然、其処に落っこちたなら…。
(…着ている服が変だよね?)
 宇宙服などは、まだ無い世界。
 それを着たまま歩いていたなら、警察官が来るかもしれない。
 「怪しい人間」を、捕まえて牢屋に放り込むために。
(……それはマズイよ……)
 何処から来たのか素直に言っても、警察官に通じはしない。
 どちらかと言えば、更に怪しまれるだけだろう。
 「別の世界から来た」なんて。
 それも遥かに遠い未来で、地球が一度は滅びてしまった後の世界など。
(…宇宙服なんか、サッサと捨てて…)
 訓練用の服だけになれば、少しは誤魔化せそうだと思う。
 ただし、イギリスの季節によっては…。
(寒いかもね?)
 なにしろ、シャツとズボンだけ。
 シャツも防寒用ではないから、冬だったら凍えてしまいそう。
(……ロンドンの冬って……)
 雪も降るよね、と大変なことに気が付いた。
 ピーターパンの本の世界に落っこちる時には、季節なんかは選べはしない。
 たとえ真冬に落っこちようとも、「春にしてよ」と頼むだけ無駄。
 そのまま其処で生きるしかなくて、寒くても自分で解決するしか道は無さそう。
 火を焚くにしても、暖かい場所を探して彷徨うにしても。
(…うーん…)
 いきなりサバイバルの実習だよ、と思ったけれども、いいかもしれない。
 Eー1077で受ける訓練などより、ずっと楽しいことだろう。
 寒さで凍えて震えていたって、其処は本物の地球だから。
 宇宙ステーションとも、育英惑星とも違う正真正銘の地球。
 其処で一人でサバイバルなら、かまわない。
 どんなに雪が降りしきろうとも、吹き付ける風で身体の芯まで凍えようとも。


 冬の最中に落っこちようとも、ピーターパンの本の世界なら文句は言わない。
 ピーターパンが迎えに来るまで、其処で逞しく生き抜いてやる。
 「二つ目の角を右に曲がって、後は朝まで、ずっと真っ直ぐ」、そういう道を見付けるまで。
 Eー1077に入れたくらいのエリート、そんな人生なんかは要らない。
 幼い頃から夢に見ていた、本の世界で生きられるなら。
 寒さに凍えて、飢えていようとも、其処はロンドンなのだから。
(…ウェンディたちに会えればいいけれど…)
 あちらは「シロエ」を知らないのだから、会えても不審がられるだろうか。
 「あなたは、だあれ?」と。
 おまけに、それに対する答えを、自分は持たない。
 「別の世界から来たんです」としか、言えないから。
 しかも自分の「元の世界」は、ウェンディたちから見たなら、地獄。
 子供が子供でいられないどころか、人工子宮から子供が生まれて来る世界。
(どう考えても、悪魔の国だよ)
 言えやしない、と思うものだから、ピーターパンに出会えるまでは…。
(……頼れる人なんか、誰もいないよ)
 つまり、一人でサバイバル。
 着る物も、食べ物も、寝る場所までも、全て自分で確保するだけ。
(…どうすれば生きていけるんだろう?)
 ロンドンでサバイバルなんて、と想像してみて、絶望的な気持ちになった。
 なにしろ、ロンドンは当時の大都会。
 農村だったら、集落の外に森や林もありそうだけれど…。
(…そういうのは無くて、公園だよね?)
 公園では、食べ物は見付かりそうにない。
 そういった場所で狩りは出来ないし、木の実も採っては駄目なのだろう。
(川で釣りとか…?)
 魚だけは、なんとか手に入るかな、と思うけれども、パンなどは無理。
(…いっそ、その辺の露店から…)
 盗んで逃げるか、それが嫌なら物乞いするか。
 なんとも厳しい世界だけれども、今の世界より、遥かにいい。
 「生きているんだ」という感じがするから、本の世界でも「本物」だから。


(……行ってみたいな……)
 物乞いでしか生きていけなくても、と夢を見ないではいられない。
 ピーターパンの本の世界に入れるのならば、それでいい、と。
 生きてゆくのが大変だろうと、自分が自分でいられる世界。
(…マザー・イライザなんかはいなくて…)
 記憶を操作されはしないし、捕まえに来るのは警察官だけ。
 「怪しい奴だ」と追って来るのか、「コソ泥めが!」と追い掛けて来るか。
(追い掛けられても…)
 捕まらないように逃げて回って、ネバーランドへ行く道を探す。
 「二つ目の角を右へ曲がって、後は朝まで、ずっと真っ直ぐ」、そういう道を。
 そうやって懸命に生きていたなら、その内に…。
(きっと、ピーターパンが見付けてくれるよ)
 盗みをするような「悪い子」だろうと、それは「盗まないと死んでしまうから」。
 ネバーランドに行きたいあまりに、別の世界から来た「子供」。
(…悪い子じゃない、って、ピーターパンには分かる筈…)
 そしたら、ネバーランドに行ける、と膨らむ夢。
 ただ一人きりのサバイバルでも、冬のロンドンでも、かまわない。
 ピーターパンの本の世界に入って、その中で生きてゆけるなら。
 宝物の本の挿絵の一つに、「シロエ」が描かれてしまおうとも。
(…端っこの方で、ボロを着ていて…)
 裸足で歩いている姿だろうと、其処に入ってしまえるならいい。
 Eー1077よりも遥かにいいから、「生きている」と心から思えるから。
(…本当に、この本の中に入れるんなら…)
 真冬に物乞いでもかまわないよ、とピーターパンの本を抱き締める。
 「行けたらいいな」と。
 訓練中の事故で落っこちようとも、後悔なんかは微塵も無い。
 今、生きている「この世界」よりも、本の中の方が「いい」世界だから。
 子供が子供でいられる所で、機械に支配されてもいない。
 だから行きたい、と焦がれる気持ちは、止まらない。
 どんなに暮らしが大変だろうと、本の中には、「本物の世界」があるのだから…。

 

             本の中の世界・了

※元ネタは『ふしぎ遊戯』と、アメリカドラマ『ワンスアポンアタイム』のベルファイア。
 アニテラの方のシロエだったら、このくらいの夢は見られる筈。冬のロンドンでサバイバル。










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(さて…。あの女は来るか、それとも来ないか)
 どちらだろうな、とキースは心の中で一人、呟く。
 遥か昔に死に絶えたまま、未だ蘇らない地球に照る月を見上げながら。
 ユグドラシルと名付けられ、地球の再生を担う筈だった巨大な構築物の一室で。
 SD体制が始まってから六百年も経つというのに、廃墟さえも放置されたままの星。
 ミュウどもは、さぞや絶望したことだろう、と汚染された大気の向こうを眺める。
 血の色を思わせる赤い満月。
 なんとも不吉な色だけれども、じきに本物の赤い血が…。
(この部屋を染めることになるやも知れんな)
 そうなったとしても、私は知らんが、と唇に浮かべた自嘲の笑み。
 もしも「キース」の血が流されたなら、後のことなど、自分は知らない。
 死んでしまった国家主席には、どうすることも出来ないから。
 部下たちに指示することはもちろん、地球の行く末を考えることも。
(…それを承知で…)
 実に愚かなことをしている、と自分でも思う。
 警備の兵を全て退け、直属の部下も、皆、下がらせた。
 此処に「あの女」がやって来たなら、誰にも止めることは出来ない。
 そして、自分にも「止める」気は無い。
 止めるどころか、殺してくれと言わんばかりに、見事に丸腰。
 自分の銃は、机の上に放り出して。
 あの女が「それ」を使うのだったら、それもまた良し、と。
(……マザー・イライザ……)
 Eー1077で、「キース」を無から作り上げた機械。
 此処に来るかもしれない女は、マザー・イライザに良く似ていた。
 それもその筈、「キース」にとっては、誰よりも身近な者だったから。
 水槽の中で育つ間に、いつも見ていた彼女のサンプル。
 更には、彼女の遺伝子情報、それが「キース」のベースとなった。
 機械が作ったDNAの。
 三十億もの塩基対を合成してから、鎖に紡いでゆく時に。


 「あの女」が此処に来るとしたなら、間違いなく持っている殺意。
 ジルベスター・セブンを滅ぼした時に、メギドで対峙した「ソルジャー・ブルー」の…。
(…仇を討ちに来るのだろうしな)
 私が殺したも同然だから、と承知している。
 実際、仕留めるつもりだったし、言い訳はしない。
 「キース」を殺して気が済むのならば、別にそれでもかまわない。
 こんな命に未練など無いし、此処で自分が死んだとしても…。
(…世の中、大して変わりはしないさ)
 どうせ歴史はミュウのものだし、そうなる証拠も、自分は掴んだ。
 SD体制が始まる前に、仕組まれていたとも言える実験。
(……ミュウ因子を排除してはならない……)
 それが地球を統べるグランド・マザーに与えられた、唯一の永久指令。
 ヒトの未来を築いてゆく者、それが「どちらになるのか」、誰にも分からなかったから。
 人類なのか、それともミュウか。
 SD体制を築いた者たち、彼らは結果を「未来」に向けて先延ばしした。
 自分たちでは答えを出さずに、ミュウの因子を残したままで。
 「生まれて来たミュウ」は処分するけれど、それでもミュウの因子は消さない。
 そのストレスに耐えて生き残ったなら、ミュウの時代が来るだろう、と。
(…未来の人間に押し付けるとは…)
 厄介なことをしてくれた、と腹を立てても、押し付けた「彼ら」は、もういない。
 そのことを知ってしまった「キース」が、此処にいるだけ。
(……今夜、私が生き延びたなら……)
 ミュウの女に殺されなければ、明日、人類は、「それ」を知ることになるだろう。
 そのために使うメッセージならば、とうに収録してあるから。
 圧縮データを、旧知の友に送りさえすれば、真実が全宇宙に放映される。
 Eー1077で共に過ごした、スウェナ・ダールトン。
 彼女が率いる「自由アルテメシア放送」を通して、あらゆる場所に。
 そう、この夜を生き延びたなら。
 自分の銃で撃ち殺されずに、圧縮データを送信したら。


(…先に送っても、いいのだがな…)
 ほんの数時間の違いだ、と思いはしても、何故だか、それをする気がしない。
 ミュウが勝者になるのだったら、いずれ真実を知るだろう。
 此処で「キース」が死んでしまって、データがお蔵入りしても。
 人類にしても、ミュウが真実を掴んだ時には、嫌でも知らされることになる。
(明日知るか、もっと先に知るかの違いだけだ)
 其処まで面倒を見てやる気は無い、と、人類もミュウも、突き放す。
 明日の朝まで生きていたなら、ちゃんと面倒を見るけれど。
 国家主席の責任を果たし、真実を皆に知らせるために。
(…だが、どうなるかは…)
 私自身にも分からないのだ、と見上げる月。
 自分は今夜、撃たれて死ぬのか、明日の朝まで生き延びるのか。
(……あの女が、私の死神になるのなら……)
 マザー・イライザに殺されるようなものか、と、ふと思った。
 「ミュウの女」は、マザー・イライザではないけれど。
 本物のマザー・イライザの方も、とうの昔に、この手で処分したのだけれど。
(…しかし、私がずっと見ていたマザー・イライザは…)
 確かに彼女に似ていたのだから、皮肉なものだ、という気がする。
 今宵、「あの女」に殺されるなら。
 かつて目にした多くのサンプル、「キース」になる筈だったモノたち。
 彼らは、全て殺された。
 フロア001で目にしたサンプル、それらを残して。
 マザー・イライザが「作った」モノたち、失敗作は処分したのだとイライザは告げた。
 「サンプル以外は、処分しました」と、事も無げに。
 「キース」が無事に完成したから、それでいいのだ、と。
 つまり、こうして国家主席になった「キース」も、もしも失敗作だったなら…。
(…処分されていたというわけだ)
 失敗作になった段階で…、と分かっているから、死神が「あの女」になるのもいいだろう。
 マザー・イライザに、似ているから。
 機械に魂は無いだろうけれど、黄泉の国から「キース」を処分しに出て来たようで。


(…殺したければ、殺すがいいさ)
 この先の歴史は、どうせ変わらん、と「命」なら、とうに捨てている。
 明日のミュウとの会談にしても、どう転がるかは分からない。
 その上、密かに自分が固めた決意は、恐らく、死へと繋がるだろう。
 グランド・マザーに逆らうから。
 システムに反旗を翻す以上、多分、生きては戻れない筈。
(…だからこそ、私がそうなる前に…)
 スウェナにデータを送るのだけれど、その前に死ぬ可能性。
 今夜の間に、撃ち殺されて。
 マザー・イライザに似た「ミュウの女」に、撃たれて、その場で絶命して。
(…グランド・マザーに処分されるか、あの女がマザー・イライザのように…)
 今頃、「キース」を処分するのか、と思った所で、ハタと気付いた。
 「もしも、逆らっていたならば」と。
 これから自分がそうするように、遠い昔に。
 マザー・イライザが統治していた、Eー1077で。
(…私が、失敗作ならば…)
 当然、処分された筈だし、失敗作だと判断される時期が、あの水槽の中とは限らない。
 他のサンプルたちの場合は、全て、そうだったとしても。
(……本当に全てだったのか?)
 かなり大きなサンプルも見た、とフロア001の記憶を手繰る。
 胎児から幼児、少年と並んでいたサンプル。
 それらの中には、成人検査の年齢よりも育ったモノも存在したように思う。
 マザー・イライザが「それ」を処分したのは、いつだったのか。
 Eー1077の候補生として、水槽から出した後だった可能性もある。
(…マザー・イライザの意に反したなら…)
 直ちに処分で、あれは「そういうモノ」だったろうか。
 そうだとしたなら、今、此処にいる「自分」にしても…。
(…一つ間違えたら、死んでいたのか)
 いとも呆気なく、処分されて。
 マザー・イライザに逆らったならば、それは「失敗作」なのだから。


 考えてみれば、失敗作になり得た機会なら、あった。
 セキ・レイ・シロエが逃亡した時、彼を見逃していたならば…。
(…深層心理検査を食らって、奥の奥まで探られた末に…)
 後に「失敗作」へと成長してゆく、微かな兆しを読まれただろうか。
 あの頃の自分自身はと言えば、そうまで思っていなかったけれど。
 だからこそ、シロエを殺した後には、順風満帆だった人生。
 ジルベスター・セブンをメギドで焼き払う時も、微塵も迷いはしなかった。
 「あの女」に恨まれる原因となった、「ソルジャー・ブルーを撃った」時にも。
(…しかし、自分では、そのつもりでも…)
 既にシステムに逆らい始めて、今の自分に繋がる種なら、もう蒔いていた。
 ペセトラ基地で、マツカを拾った時に。
 マツカがミュウだと知りつつ殺さず、側近に仕立て上げた時点で。
(…利用価値があるから、生かしておくのだ、と…)
 頭から思い込んでいたのだけれども、それは自分の考え違い。
 まるでシロエの身代わりのように、大切に生かし続けた「マツカ」。
 そのマツカも死んでしまった今では、はっきりと分かる。
 「私も、失敗作なのだ」と。
 マザー・イライザが監視していたら、自分も「処分」される筈だ、と。
 けれど、マザー・イライザは破壊したから、代わりにグランド・マザーが出て来る。
 「キース」を処分するために。
 明日、会談の後に行ったら、そうなるだろう自分の運命。
 とはいえ、夜はまだ明けないから、あるいは、「キース」を処分するのは…。
(……あの女なのかも知れないな……)
 それも良かろう、と、時が来るのを、ただ一人、待つ。
 誰が自分を消すだろうか、と。
 失敗作と化してしまったからには、そうなる他に道は無いから。
 生きて天寿を全うするなど、「失敗作」に似合いはしないし、その気も無い。
 あまりにも、罪を重ねたから。
 失敗作だと気付いた時には、シロエもマツカも、失くしてしまった後だったから…。

 

           死神を待つ夜・了

※グランド・マザーに逆らったキースは、マザー・イライザの失敗作になったわけですが。
 もっと昔に逆らっていたら、その時点で処分だった筈。そんな考えから生まれたお話。









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