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カテゴリー「地球へ…」の記事一覧

(冷徹無比な破壊兵器か…)
 よくも名付けた、とキースが翳らせた、冷たいアイスブルーの瞳。
 自分の姿はそう見えるのか、と。
 「コンピューターの申し子」の次は、「冷徹無比な破壊兵器」かと。
 どちらも心が無さそうなモノで、破壊兵器の方が「申し子」よりも更に上。
 「申し子」だったら人間だけれど、「破壊兵器」は機械だから。
 元より心を持っていないモノ、持っていなくて当然のもの。
 それが自分かと、ついに其処まで成り下がったかと。
(……グランド・マザーの御意志ならな……)
 仕方ないが、と思うけれども、何故だか酷く疲れた気がする。
 あの名が軍に、国家騎士団に広がってゆくだけで。
 陰でヒソヒソ囁き交わしているならまだしも、褒め言葉として言われるのが今。
 配属されたばかりの若い士官が最敬礼して。
 「少佐の部下に配属されるとは、光栄であります!」と。
 彼らの憧れ、キース・アニアン上級少佐。
 それが自分で、冷徹無比な破壊兵器と称賛されている有様。
 多分、そうではない筈なのに。
 今はそうかもしれないけれども、元は違っていた筈なのに。


 疲れた、と自分で淹れたコーヒー。
 自室に座って口にしながら、思い出すのは名前の理由。
 どうして今の異名があるのか、「冷徹無比な破壊兵器」と呼ばれる所以は何なのか。
(マザー直々の命令だったが…)
 陣頭指揮を執ることになった、ラスコーで起こった反乱の鎮圧。
 マザー・システムに不満を抱く兵士たち、彼らが起こしたクーデター。
 元々は小さな部隊の反乱、けれども増えた賛同者たち。
 手をこまねく間に、燎原の火のように広がり、星を丸ごと巻き込んだ。
 「独立しよう」と、「マザー・システムはもう要らない」と。
 相手は戦闘に慣れた者たち、地の利もあるから手も足も出ない。
(…だから私が駆り出されたんだ…)
 メンバーズならば、きっと鎮圧できるだろうと。
 どういう指揮を執るのも良しと、兵器も何を使っても良し、と。
(そこまでお膳立てをされたからには、働くさ)
 グランド・マザーの御意志のままに、と口に含んだコーヒーの苦味。
 それが戦場を思い出させる、「こうやった」と。
 あの作戦の指揮を執っていたのは、確かに自分だったのだと。


 綿密に立てておいた作戦。
 けれど、尻込みした兵士たち。
 相手も同じ兵士だから。
 通信回線を通して流れる、反乱軍からのメッセージ。
 「共に戦おう」と、「我々は同志を歓迎する」と。
 彼らは攻撃して来なかった。
 「君たちの心を信じて待つ」と。
 それこそが彼らの強さで、戦法。
 考える時間を与えられる内に、「彼らが正しい」と共に反旗を翻した者たち。
 彼らが集う場所がラスコー、幾つもの部隊が合流しては増える戦力。
 銃を向けては来ないのに。
 ミサイルの一つも放ちはしないで、戦わずに待っているだけなのに。
(ああいう奴らが厄介なんだ…)
 何処から見たって、彼らの方が正義だから。
 鎮圧しようと兵器を持ち出す方が悪魔で、邪悪だから。
(どいつもこいつも、役に立たなくて…)
 持ち場にいたって、照準を合わせることさえしない。
 「あそこにいるのは、仲間なのでは」と。
 何も攻撃して来ないのだし、きっと話せば分かるのだろうと。


 だから一人でやることに決めた。
 「どけ!」と兵士たちを退け、淡々と照準を合わせていって。
 反乱軍の拠点を一つ残らずロックオンして、発射ボタンを押したミサイル。
 多分、迎撃するだろうから、「攻撃が来たら撃て」と命じた。
 「奴らは敵だ」と、「我々を撃って来るのだからな」と。
 狙いは当たって、第一波で潰れなかった拠点は、部下の兵士たちが当たった掃討。
 彼らもようやく目が覚めたから。
 こちらへ向かって撃たれたミサイル、それを目にして。
 あちこちの基地から急発進した、戦闘機の群れで正気を取り戻して。
(…私は口火を切っただけのことだ)
 そう思うけれど、それが「誰にも出来なかったこと」。
 同じ仲間がいる筈の場所に、ミサイルを撃ち込んでやるということ。
 撃てば、仲間は死ぬのだから。
 自分と同じ仲間を殺してしまうのだから。


(ただ、それだけのことなのだがな…)
 しかし、誰も出来ずにいたのが現実。
 自分の他には、誰一人として。
 反乱部隊を鎮圧した後、ついた異名が「冷徹無比な破壊兵器」というものだった。
 血も涙も無いから出来たことだと、本当に破壊兵器だと。
 普通、人間には出来はしないと、恐ろしすぎるメンバーズだと。
(…私はマザーに従ったまでで…)
 それに、と心にわだかまる思い。
 マザー・システムに反旗を翻した者、ラスコーに集っていた兵士たち。
 彼らの中には、きっとシロエがいた筈だから。
 そういう名前ではなかったとしても。
 「セキ・レイ・シロエ」の名は持たなくても、シロエと同じ心の持ち主。
 マザー・システムには従えない者、機械の言いなりになって生きたくなかった者。
 大勢のシロエがいたのだろうと、自分だからこそ分かること。
 あの時、作戦に赴いた兵士、その中の誰が気付かなくても。
 誰一人として知らないままでも、自分には分かる。
 「もう一度、シロエを殺したのだ」と。
 シロエと同じに、強すぎる意志を持った者。
 それを何人殺したのかと、この手は何処まで血に染まるのかと。


 ラスコーの反乱、その首謀者が何人ものシロエだったなら。
 彼らの下には、大勢のサムもいたのだろう。
 優しい心を持っていた友、気のいいサム。
 彼ならばきっと、危険な任務も「いいぜ」と進んで引き受ける。
 それが仲間の役に立つなら、喜んで。
 真っ先に爆撃される場所でも、「俺なんかで役に立つんなら」と。
 何人のサムが、あのラスコーにいたことか。
 自分がミサイルを撃ち込んだ場所に。
 部下たちに「撃て」と命じた地点に、飛び立って来た戦闘機の操縦席に。
(…サムと、シロエと…)
 どちらも私が殺したんだ、と分かっている。
 もっとも、サムなら、今も元気にしているけれど。
 ずいぶんと長く会っていなくても、本物のサムは今も宇宙を飛んでいる。
 パイロットとして、今も何処かの宙域を。
 昔のままに気のいい笑顔で、仲間たちとも仲良くして。
(…あのサムが、これを聞いたなら…)
 いったい何と思うだろうか、ラスコーで自分がしてきたことを知ったなら。
 対外的には、反乱軍の鎮圧でしかないけれど。
 サムは事実を知りようもなくて、「流石はキース!」と言いそうだけれど。
 昔と同じにエリートだよなと、「やっぱり俺とは出来が違うぜ」と。


(…サムに、シロエに…)
 私が殺した相手はそうだ、と分かっているから覚える疲れ。
 本当にこれでいいのか、と。
 「冷徹無比な破壊兵器」の道を歩んでいていいのかと。
 それは間違いではないけれど。
 正しい道だと、グランド・マザーは自分を導いてゆくのだけれど。
(…いつか後悔せねばいいがな…)
 そんな日が来る筈もないのに、時折、胸を掠める思い。
 「誤りだった」と気付かされる日、その日は遠くないのでは、と。
 サムはともかく、シロエの声が聞こえて来る日。
 「前から言っていたでしょう?」と。
 なのに気付かなかったんですかと、「機械の申し子も、大したことはありませんね」と。
(……そうなりたくはないのだが……)
 分からないのが未来なんだ、と傾けたカップのコーヒーが苦い。
 いつもは舌に心地良いのに、今日は疲れているせいなのか。
 それともシロエの声が未来から、響いて来た気がするからなのか。
(ラスコーか…)
 冷徹無比な破壊兵器か、と唇に浮かべた自虐の笑み。
 それには心はありそうもないなと、兵器は心を持たないからな、と…。

 

         ラスコーの反乱・了

※「冷徹無比な破壊兵器」の異名を取ったらしい、ラスコーの反乱。その中身は謎。
 捏造したっていいんだよな、と書いたオチ。ラスコーもアルタミラも洞窟壁画だよね?






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(あの血の味…)
 キースは知りもしないんだろうさ、と吐き捨てたシロエ。
 灯りが消えた自分の部屋で。
 あの時、自分がそうした通りに、唇を拳でグイと拭って。
 キースに殴られ、衝撃で切れた口の中。
 自分の歯が当たった頬の内側、人間だったらこれで出血するけれど。
 現に自分も唇から血が流れたけれども、その傷をくれて寄越したキース。
(…あいつは知らない…)
 知るわけがない、と思う血の味。
 多分、彼には血など流れていないから。
 機械仕掛けの操り人形、マザー・イライザの申し子のキース。
 皮膚の下には、冷たい機械の肌が埋まっているのだろう。
 一皮剥いたら、もう人間ではないキース。
(機械も怒るらしいけれどね?)
 怒って自分を殴ったけれども、マザー・イライザも同じに怒る。
 キースとは違って計算ずくで。
 「叱った方が効果的だ」と判断したなら、厳しい顔で。
 さっき自分も叱られたから。
 コールを受けて食らった呼び出し、マザー・イライザは怒ったから。


 それが何だ、と腹立たしいだけ。
 キースに喧嘩を売った理由は、自分にとっては正当なもの。
 勝負しようと言っているのに、キースはそれを退けたから。
 受けて立とうという気が無いだけ、それだけのことで。
(エリートだったら…)
 正面からぼくと勝負しろよ、と今だって思う。
 逃げていないで、逃げる道など行かないで。
 堂々と戦ってこそのエリート、それでこそだと思うから。
 コソコソと逃げる卑怯者では、メンバーズ・エリートもきっと務まりはしないから。
(逃げるようなヤツに…)
 腰抜けなんかに何が出来る、と思うけれども、マザー・イライザはキースを支持した。
 彼の選択が正しいと。
 なのにしつこく食い下がったから、手を上げざるを得なかったのだと。


(…殴られ損だよ…)
 あんな機械に、と苛立つ心。
 同じ人間に殴られたのなら、まだしも気分がマシなのだけれど。
 人間ならば、血が通っているから。
 自分と同じに生き物だから。
 けれど、殴って来たのは機械で、血の味さえも知らない「モノ」。
 こちらから殴り返していたって、キースの口の中は切れたりはしない。
 あの精巧に出来た歯が当たろうとも、皮膚の下には機械の肌があるだけだから。
 血など一滴も流れていなくて、切れたところで赤い血は出ない。
(…流れてない血は、流れ出すことも出来ないさ…)
 彼は知らない、口の中に広がる鉄の味など。
 ヒトの血は鉄の味がするということも、その味が何によるものかも。
 それとも知っているのだろうか、知識として。
 マザー・イライザにプログラムされて、「人間の血は鉄の味がする」と。
 「人間」には「血」が流れていると。
 その「血」を人間が口に含めば、「鉄分」の味を知覚するのだと。


 あいつらしいね、と思った答え。
 如何にもキースが言いそうなことで、機械の申し子に似合いの答え。
 「キース先輩」と呼び掛け、尋ねたならば。
 「先輩は血の味を知ってますか」と、「どんな味だか、知らないんですか?」と。
 訓練でも負けを知らないキース。
 だから血などは流していないし、疑いもせずに答えるのだろう。
 「知らないが、鉄の味がするらしいな」と。
 「人間の血には鉄分が含まれているから、そのせいで鉄の味になるそうだ」とも。
(ご立派だよね…)
 エリート様だ、と皮肉な笑みしか浮かんでは来ない。
 確かに正しい答えだけれども、キースにはその「血」が無いのだから、と。
 自分では持っているつもりでも。
 キース自身に自覚が無くても、彼には血など流れていない。
 どう考えても、彼は人では有り得ないから。
 マザー・イライザが造った人形、そうだとしか思えないのだから。


(…あいつは何処からも来なかった…)
 このE-1077へ。
 記録の上ではトロイナスから来ているけれども、それは見せかけ。
 何もかも全て偽りなのだと、調べれば調べてゆくほどに分かる。
 キースの記録は、まるで無いから。
 新入生を迎えてのガイダンスの場へ、突然に姿を現すまでは。
 映像は何も残っていないし、同じ宇宙船で着いた筈の者たちも覚えていない。
 船にキースが乗っていたなら、きっと記憶に残るだろうに。
(…ごく平凡な成績だったら…)
 忘れられても、けして不思議ではないけれど。
 人の記憶はそういうものだし、「キース、いたかな…?」と首を傾げもするだろうけれど。
 あれほどのトップエリートともなれば、忘れる筈がないというもの。
 入学した途端に取った成績、たちまち評判になったろう、それ。
 E-1077始まって以来の成績だから。
 それまでの記録を端から塗り替え、トップに躍り出たのだから。


 忘れる方がどうかしている、と思うキースの活躍ぶり。
 此処へ来てから間も無い頃に起こった事故でも、見事な働きをしているキース。
(あんなヤツが一緒の船にいたなら…)
 最初は忘れていたとしたって、何処かで気付く。
 「あの時のヤツだ」と、「一緒の船で此処に着いた」と。
 記憶の海に埋もれていたって、思い出すには充分すぎる「優れた」キース。
 けれども、誰も彼を知らない。
 誰に訊いても、返る答えは同じこと。
 「覚えていない」と、判で押したように。
 忘れようもない人物なのに、普通だったら「覚えている」ことを誇るのに。
 成人検査で記憶を消されて、故郷の記憶が曖昧でも。
 両親の顔さえ忘れてしまったような者でも、「同郷だ」と。
 トップエリートのキースと同じで、トロイナスから来たのだと。


(…それが一人もいないってことは…)
 此処にいたんだ、という答えしか無い。
 キースは何処からも来はしなかった。
 最初からE-1077に居た者、マザー・イライザが造った者。
 造り、知識を与えた者。
 とびきりの頭脳を持ったエリート、そういう存在になるように。
 機械が治める世界なのだし、エリートも機械の方がいい。
 同じ機械と組む方が。
(パーツさえ上手に取り替えてやれば…)
 何百年だって生きられるしね、と機械の頑丈さを思う。
 地球に在るというグランド・マザーは、六百年近くも動いているから。
 動き続けて、今も宇宙を、人間を支配しているから。
(…そうやって治めて、治め続けて…)
 とうとう機械仕掛けの人形を思い付いたんだ、と忌まわしさしか感じない。
 機械が統治しているだけでも反吐が出るのに、人のふりをした機械だなんて、と。
 そんなモノが治める世界だなんてと、絶対に御免蒙りたいと。


 だから壊す、と握った拳。
 「ぼくがキースを壊してやる」と。
 彼がトップに立つ前に。
 人間の世界に出てゆく前に。
 この手で彼をブチ壊してやる、キース・アニアンという人形を。
 機械の申し子、マザー・イライザの精巧な操り人形を。
(どうせ機械だ…)
 壊したって血も出やしないさ、とクックッと笑う。
 「自分が何かを、知って仰天するがいい」と。
 皮膚の下には血など無いこと、それを知って壊れてしまうがいいと。
 「彼」は人間のつもりだから。
 自分が機械で出来ていることを、キースは認めていないから。
 想定外のデータを送り込まれれば、破壊されるのがプログラム。
 そうやって自滅してゆくがいいと、お前には血など無いのだから、と…。

 

        血を持たぬ者・了

※シロエがキースに殴られた時。その場はカッと来てるだろうけど、その後は…。
 口の中は血の味がしてた筈だよ、と思ったらこういうお話に。人形に血は無いんだから。






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(結局、何も分からないままか…)
 その上、謎が増えただけか、とキースの頭を悩ませること。
 ジルベスター星系での事故調査に赴く、任務は分かっているけれど。
 其処から戻れば、謎の一つは解けるのだけれど。
(…ピーターパン…)
 スウェナが口にしていたこと。
 サムの病院で出会った時に。
 わざわざ待ち伏せしていた上に、セキ・レイ・シロエの名を語ったスウェナ。
 誰もが忘れている筈の名前、E-1077にいた者たちは。
 マザー・イライザがそう指示したから、皆の記憶を消させたから。
(皮肉なものだな…)
 結婚を機にE-1077を離れたスウェナは、今もシロエを覚えていた。
 そしてシロエのメッセージを見付けた、何処でなのかは謎だけれども。
 分からない謎の一つがそれ。
 シロエが残したメッセージは何か、どうして自分宛なのか。
(ハッタリということも、ないことはないが…)
 そうだと言うなら、それでもいい。
 この謎は解ける謎だから。
 ジルベスターから戻りさえすれば、どんな答えが出るにしたって。


 心は激しく乱されたけれど、シロエのメッセージの件はいい。
 いずれ答えを手にするのだから、任務が終わりさえすれば。
 それとは別に謎が幾つも、どれも今回の任務絡みで。
 ジルベスターにはMがいるのか、それとも事故に過ぎないのか。
(…私が派遣されるからには…)
 間違いなくいる、と思うのがM。
 そう呼ばれているミュウどものこと。
 彼らは確実にいるだろうけれど、今の時点では何も無い証拠。
 ミュウの尻尾をどう掴むのか、どうやって拠点を探し出すのか。
 手掛かりすらも見付からないから、謎の一つはミュウたちの拠点。
(ジルベスター・セブン…)
 事故が多発すると言われる宙域、その中の何処か。
 際立って事故が多い惑星、ジルベスター・セブンが匂うのだけれど。
(何も証拠が無いからな…)
 今は謎だな、と思うしかない。
 これだけで軍は動かせない、とも。


 何か訊けないかと見舞ったサム。
 E-1077で四年間、一緒だった友、十二年も会っていなかった。
 けれど元気だと思っていたから、取ろうともしていなかった連絡。
 その間にサムは壊れてしまった、Mたちのせいで。
 どう考えても事故ではなくて。
(…怪しい点が多すぎるんだ…)
 特にサムのケースは、と零れる溜息。
 乗っていた船ごと漂流していたのを救われたサム、とうに正気を失くした姿で。
 心が子供に戻ってしまって。
(それだけでも充分、怪しいんだが…)
 人の心を食う化け物と言われるM。
 ミュウどもがサムを壊したのでは、と。
 恐らくそうだと思うけれども、解せない点がもう一つ。
 サムと一緒に乗っていた者、チーフパイロットは殺されていた。
 それもナイフで、サムの側に落ちていたもので。
 ミュウがやるなら、そんな武器など要らないだろうに。
 彼らの力は、人の心臓をも止めるだろうに。


 サムは人など殺さない。
 殺せない、とも確信している。
 E-1077で一緒だった四年、その間に思い知らされたこと。
 同じ道を歩みたい友だけれども、サムはその道を歩けはしない、と。
(人間としての能力以前に…)
 サムの資質が邪魔をするんだ、と当時からもう分かっていた。
 優しすぎるサムは、メンバーズには向かないと。
 どんなに才能があったとしたって、性格のせいで篩い落とされる。
 サムには人は殺せないから。
 その優しさを持ったままでは、軍人になどはなれないから。
(…サムなら、シロエも殺しはしない…)
 きっと見逃すことだろう。
 マザー・イライザに命じられても、「撃ちなさい」と声が届いても。
 「見失った」と報告して。
 そうしたせいで、自分の道が閉ざされても。
 メンバーズの資格を失くしたとしても、サムはシロエを殺さない。
 「行け」と見送り、そのまま機首を返すのだろう。
 そのせいで自分がどうなろうとも、エリートの道から一般人に転落しようとも。


 そうする筈だ、と今でも思っているのがサム。
 十二年間の歳月を経ても、サムは変わりはしないだろう。
 彼の優しさは本物だから。
 誰よりも自分が知っているから。
(船の中で何があったとしても…)
 サムにパイロットは殺せない。
 敵でさえも殺せないようなサムに、同僚を殺せる筈などがない。
 だからおかしい、サムの事故は。
 どうしてサムが人を殺したのか、そういうことになったのか。
(…サムからは何も訊けなかったが…)
 それもまた、Mの仕業だろうか。
 自分たちの手を汚す代わりに、サムに命じたチーフパイロットを殺すこと。
 彼は何かを知りすぎたのか、それとも他に何かあったか。
(…サムに殺せはしないんだ…)
 事故調査の結果は、サムの仕業になっていたけれど。
 サムがやったと、彼の心が壊れたこととの因果関係は不明だ、とも。
(あのサムが…)
 人を殺すなど有り得ない、と思うけれども、添えられたデータ。
 血染めのナイフと、返り血を浴びたサムの写真と。
 サムは殺人者になってしまった、Mたちのせいで。
 ミュウの拠点に近付いたせいで、まるでサムらしくない存在に。


 サムは罪には問われない。
 心が壊れてしまっているから、責任を負えはしないから。
 けれど、記録はそうはいかない。
 チーフパイロットの名前と一緒に、永遠に記録され続ける。
 返り血を浴びた写真のままで。
 血染めのナイフを添えられたままで、殺人者のサム・ヒューストンとして。
(…サムは人など殺さないのに…!)
 どうしたらこれを覆せる、と歯噛みしたって、Mどもを連れて来たって無駄。
 人間扱いされていないM、ミュウの証言などに意味は無いから。
 彼らを法廷に出すよりも前に、処分するのが鉄則だから。
(サムは一生…)
 人殺しだ、と握った拳。
 サム・ヒューストンのデータを見る者、それを知り得る誰にとっても。
 自分を除いた誰が見たって、サムは殺人を犯した者。
 返り血を浴びた写真が動かぬ証拠で、血染めのナイフも同じに証拠。
 罪に問われはしなくても。
 病院で一生、穏やかに生きてゆけるとしても。


 どうしてサムが殺人者に、と濡れ衣を晴らしたいけれど。
 Mが相手では無理でしかなくて、サムの写真は血染めのまま。
 返り血を浴びた顔のまま。
(…一番、サムらしくない姿なのにな…)
 これがステーション時代だったら、「何の仮装だ?」と訊いただろうに。
 人気のドラマか何かだろうかと、まだ知らないから観てみたいとも。
(本当に悪い冗談だ…)
 血染めのサムか、と吐き捨てた瞬間、閃いたこと。
 「そうか、血なのか」と。
 サムの写真はこうだけれども、サムの体内にも血は流れている。
 広い宇宙にただ一人だけの、サムだけが持ち得る血というものが。
 一滴の血を分析したなら、それだけで「サムだ」と分かる赤い血が。
(…サムと一緒に行けそうだな)
 ジルベスターに、と浮かんだ笑み。
 あの病院から、サムの血を貰い受けたなら。
 ほんの一滴、赤い雫を貰ってこの身に付けたなら。
 そうすればサムは常に一緒で、何処までも共に行くことが出来る。
 ジルベスターへも、サムが病院で歌っていた歌にあった地球へも。


 よし、と心に決めたこと。
 サムの身の証は立てられなくても、これからはサムと共に在ろうと。
 彼のものだと分かる血の雫、それでピアスを作らせようと。
 サムが血染めのサムだと言うなら、自分は「血のピアスのキース」でいい。
 その意味を誰も知らなくても。
 誰一人、血だと気付かなくても、自分だけが知っていればいい。
 サムは自分と共にいるから。
 優しすぎて人も殺せないサム、そのサムと共に、サムが行けなかった道をゆくのだから…。

 

        友の血のピアス・了

※アニテラでも原作でも、当たり前にキースが付けているピアス。どうして血なんだ、と。
 理由は全く語られないまま、サッパリ謎だと思い続けて何年だか。…こうなりました。





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(…何処…)
 此処は、とシロエは思うけれども。
 次の瞬間、思考は砕けて、砂粒のように崩れ落ちてゆく。
 心を、頭を、機械が探り続けているから。
 端からバラバラに切り刻んでは、中身を調べてゆくのだから。
(…ぼくは…)
 誰なのか、もうそれすらも掴めないほど。
 囚われ人になった身だから、手足も拘束されているから。
 ミュウの思考を分析するための機械、それがE-1077に持ち込まれて。
 本当の所は、かなり早くからあったのだけれど。
 シロエがステーションに着いた時から、密かに手配されていた機械。
 その目的は伏せられたままで。
 「万一に備えて」という、マザー・イライザからの指示だけで。
 ミュウの因子を持った少年、それを迎えたとは誰も知らないままで。


(…パパ、ママ…)
 頭の中に浮かんだ言葉。
 何を意味するのか、シロエには分からないけれど。
 けれど、好きだったと思う「パパ」と「ママ」。
 とても大切なものだった、と考えた途端に砕かれる思考。
 手の中から虚しく落ちてゆく言葉。
(ママ…)
 パパ、と繰り返す内に、思考は徐々に繋がり始める。
 機械がいくら砕き続けても、人の心はそれに勝つから。
 人の想いを打ち砕く力、其処までは機械も持っていないから。
(…ママ、パパ……)
 そうだった、と苦痛の中でも生まれる想い。
 紡ぎ出す望み。
 「帰りたい」と。
 もう終わりだろう自分の人生、きっとこのまま断たれる命。
 ならば最後に帰ってみたい。
 帰れるものなら、あの故郷へと。


 今はもう、住所も分からない家。
 けれど其処へと向かうことは出来る。
(…船に乗ったら…)
 そう、船があれば。
 どんなに小さな宇宙船でも、それに乗ることが出来たなら。
(……エネルゲイア……)
 それにアルテメシア、と途切れ途切れに紡いでゆく思考。
 何度、機械に断ち切られても。
 ブツリと斧が振り下ろされても。
(…クリサリス星系…)
 そういう名前だった筈。
 アルテメシアが在った星系、エネルゲイアがある場所は。
 座標はきっと…。
(……オートパイロット……)
 どの宇宙船にも備わった機能、それを使えば自動的に設定されるだろう。
 アルテメシアへ、エネルゲイアへ飛ぶのなら。
 漆黒の宇宙を飛んでゆくなら。


 そうしたいのだ、と生まれる気持ち。
 この苦痛から抜け出せるのなら、故郷へと。
(…殺されたって……)
 かまうもんか、と紡ぎ出される明確な思考。
 どうせ自分には無い未来。
 此処で黙って殺されるよりは、少しでも夢のある方へ。
 同じ死ぬなら、少しでも…。
(…パパ、ママ…)
 パパとママに近い所まで、と湧き上がる望み。
 なんとしても其処へ行きたいと。
 此処で終わってたまるものかと、きっと宇宙へ逃れてみせると。
 小さな船でもかまわないから、逃げた途端に撃ち落とされても本望だから。
(…此処よりは……)
 ずっとマシだ、と思う死に場所。
 少しでも故郷に近付けたなら。
 両親が今もいるだろう家、其処に向かって飛べたなら。


 行ってみせる、と組み立てる思考。
 機械がそれを砕いても。
 組み上げる端から壊していっても、何度も紡げば形になる。
 人の想いは強いから。
 機械のそれより、遥かに強く思考するのが人だから。
(…帰りたいよ……)
 パパ、ママ、と生まれては直ぐに消される想い。
 機械に頭を掻き回されて、心の中身をバラバラにされて。
 それでもシロエは考え続ける、今の自分が望むことを。
 本当の想いは何処にあるかを、自分は何をしたいのかを。
(……パパとママに……)
 会えないままで命尽きようとも、此処から飛んでゆきたい宇宙(そら)。
 遠く故郷まで続く宇宙へ、其処へ自由に船出すること。
 それが望みで、欲しいのは自由。
 とても小さな船でいいから、練習艇でもかまわないから。
 此処から外へ出てゆけるなら。
 少しでも故郷に近い所へ、自分の意志で飛んでゆけるなら。


 故郷へ飛ぶこと、此処から宇宙(そら)へ飛び立つこと。
 望むことは一つ、夢見ることもただ一つだけ。
(…帰るんだから……)
 辿り着けずに終わったとしても、辿りたい家路。
 この先に自分の家が在ったと、これから帰ってゆくのだと。
(……命なんか……)
 どうせ無いから、捨ててしまってかまわない。
 今でも焦がれ続ける故郷へ、父と母の許へ飛べるなら。
 其処へと帰ってゆくための船に乗れるなら。
(……ピーターパン……)
 そうだ、と思い出した本。
 両親に貰った宝物。
 あの本も一緒に持って行きたい、故郷に帰ってゆく時は。
 此処から宇宙へ飛び立つ時は。
 あれのお蔭で、シロエは「シロエ」でいられたから。
 今もこうして、思考を紡ぎ続けているから。
 何度、機械に砕かれても。
 心ごと無残に踏み躙られても。


(負けるもんか…)
 このまま死んでたまるもんか、と組み立てる思考。
 手足が自由になりさえしたなら、この牢獄から抜け出せたなら…。
(…あの本を持って…)
 飛び立ってみせる、マザー・イライザが支配しているステーションから。
 E-1077から宇宙へ逃げ出してみせる、行き先には死が待っているとしても。
 此処で死ぬより、ずっとマシな死。
 懐かしい故郷に近い所で、両親に少しでも近い所で死ねたなら。
 宝物のように持って来た本、あの本を抱いてゆけるなら。
(…ぼくは負けない……)
 今日までそうして生きて来たから、と悔いることなど無い人生。
 セキ・レイ・シロエは立派に生きた。
 どう生きたのかは思い出せないままだけれども、機械に支配されないで。
 機械の言いなりに生きる人生、その道を選び取らないで。
(…そうして生きた結果がこれでも……)
 ぼくは後悔なんかしない、と刻まれる思考の中でもシロエは笑い続ける。
 この想いを機械は消せないだろう、と。
 ぼくの心を支配するなど、機械に出来るわけがないのだから、と。


 行く先が死でも、選びたい自由。
 このステーションから自由になること、宇宙へと船出してゆくこと。
 小さな練習艇でいいから、行き先を故郷に設定して。
 飛び立った途端に撃ち落とされても、少しでも故郷に近い場所へと飛んでゆきたい。
 両親が今もいる筈の星へ、クリサリス星系のアルテメシアへ。
 その星の上のエネルゲイアへ。
(…パパ、ママ……)
 ぼくは必ず帰るからね、と組み上げる思考は砕かれるけれど。
 端から機械が壊すけれども、それでもけして諦めはしない。
 諦めたら、其処で終わりだから。
 このステーションから出られもしないで、殺されてゆくだけだから。
(…ぼくは必ず……)
 帰ってみせる、と繰り返し考えて夢見ること。
 ピーターパンの本を抱えて、宇宙へ船出してゆく自分。
 これで自由だと、何処までも飛んでゆける船。
 たとえ一瞬で撃ち落とされても、それは自由への旅立ちで船出。
 行く先は死でも、故郷には辿り着けなくても。


 そうやって何度も組み立てた思考。
 機械に微塵に壊される度に、組み立て直した故郷への夢。
 自由になろうと、宇宙(そら)を飛ぼうと。
 必ず自由になってみせると、故郷へと船出するのだと。
 何度も組み立て、壊されたから。
 壊されても夢は、想いは、機械にも壊せなかったから。
(……ピーターパン……)
 幼い日に会ったと思った少年、ピーターパン。
 そう呼んだジョミーの思念波通信と共鳴した時、少しばかり違った思考が出来た。
 故郷へ帰る夢の代わりに、ネバーランドへ、地球へ行こうと。
 両親も一緒に地球へ行きたいと、そうすることが出来ればいい、と。
 だからシロエは飛び立って行った、彼の心が望んだままに。
 それで故郷へ飛ぼうと願った、小さな練習艇で宇宙へ。
 彼が夢見た自由への船出、飛んでゆく先に待つものが死でも。
 これがセキ・レイ・シロエの意志だと、何処までも自由に飛び続けようと…。

 

         自由への船出・了

※アニテラのシロエ、最期が「シロエらしくなかった」感があるのが管理人。原作のせいで。
 強い意志は何処へ行ったんだろう、と考えていたらこうなったオチ。これならシロエっぽい。





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「サム・ヒューストンを覚えているか?」
 キースがジョミーに投げ掛けた問い。
 ミュウの長はどう答えるのか、と。
 彼は知っている筈だから。
 サムがどうなったか、そうなったのは誰のせいなのか。
(…どう答える?)
 拘束されたままで見詰めたけれど。
 ミュウでない自分にジョミーの心は読めないけれども、それでも、と。
 何か動きを見せるだろうと、サムとは幼馴染だから、と。
 けれど、返って来た答え。
 「ああ。…何故、彼のことを?」と。
 ジョミーは訊きもしなかった。
 サムのその後を、友達だったサムがどうなったのかを。
 ならば答える必要も無い。
 義務すらもな、と噤んだ口。
 その沈黙に、「だんまりか」と苦笑を浮かべたジョミー。
 苦笑したいのは、こちらなのに。
 「サムはどうでもいいのか」と。
 どうして自分がサムを知っているか、知りたいことは「何故」の一言だけなのか、と。


 だから皮肉をぶつけてやった。
 「待て」とジョミーを呼び止めて。
 「一つ訊きたい」と、「星の自転を止めることが出来るか」と。
 「さあ…。やってみなければ分からないが」と返した化け物。
 星の自転さえも、止められるかもしれないミュウ。
 「その力がある限り、人類とミュウは相容れない」と、「残念だったな」と突き放したけれど。
 ジョミーの方でも、「残念だ」と部屋から出て行ったけれど。
(…サムのことを尋ねていたならな…)
 あんな言い方はしなかったろうな、とギリッと強く噛んだ唇。
 お前に私の何が分かる、と。
(子供まで使って、心に飛び込んで来たくせに…)
 姑息な手段を使う割には、尋問すらも出来ないらしいミュウの長。
 サムの名前を耳にしたなら、彼は食い付くべきなのに。
 本当に幼馴染なら。
 ジルベスター星系で事故に遭ったサム、きっとミュウどもが絡んでいる筈。
 何も知らないわけなどが無くて、元凶はジョミーと仲間だろうに。
 サムの心を破壊したのは、壊れたサムを捨てたのは彼ら。
 もしも捨ててはいないと言うなら、ジョミーは自分に訊くべきだった。
 「サムはどうした?」と。
 サムの名前を知っているなら、その後のことを教えて欲しいと。


 けれど、噛み合わなかった会話。
 自分が投げたサムの名前に、微塵も反応しなかったジョミー。
 「懐かしい名だ」とも、「サムとは幼馴染だ」とも。
 彼にとってはその程度のこと、サムが壊れてしまったことは。
 最初から心に留めていなければ、まるでどうでもいいのだろう。
 サムの心が壊れても。
 二度と元には戻せなくても、ほんの些細なことでしかない。
(…所詮、あいつは…)
 ミュウの長だ、と握った拳。
 手足を拘束されていたって、握ることだけは出来るから。
 握った拳を叩き付けることは出来なくても。
 胸の底から湧き上がる怒り、それをぶつける先は無くても。
(サムを壊して、放り出して…)
 自分たちさえそれで良ければ、気にもしないのがミュウなのだろう。
 ジルベスター・セブンをナスカと名付けて、自分たちの世界に閉じこもって。
 歩み寄りたいなどと綺麗事を言って、その同じ口で訊こうともしない。
 かつて友だったサムのその後を、サムはどうしているのかを。
 もはや友ではないらしいから。
 ただの人類、ミュウにとっては排除すべき敵を壊しただけ。
 どうしているのか、知りたいとさえ思わないのだろう。
 自分たちさえ守れれば。
 あの赤い星と、この船とだけを守れれば。


 許すものか、と睨んだ扉。
 ジョミーたちが去って閉まった扉。
 閉じて動かない扉と同じに、ジョミーの心もまた動かない。
 サムの名前を聞いたって。
 その名を知るとも思えない自分、捕虜の口から「サム・ヒューストン」と耳にしたって。
(…当然と言えば、当然だろうな)
 ジョミーがサムを壊したのなら、その時点でもう終わったこと。
 遠い日にサムと過ごした日々も。
 サムの故郷のアタラクシアで、一緒に成長して来たことも。
 ジョミーの中では消えてしまって、友達だったサムはもういない。
(私は過去を持っていないが…)
 ジョミーよりかはずっとマシだ、と思える自分。
 故郷の記憶を持っていなくても、自分は友を忘れないから。
 今でもサムを覚えているから、友だった頃のままの姿で。
 サムが壊れてしまっても。
 もう覚えてはいてくれなくても。
 それにシロエも忘れてはいない、彼は友ではなかったけれど。
 友と呼んだらシロエはきっと怒るだろうけれど、友になり得た人間だから。


(私のようなメンバーズでも…)
 多くの敵を殺した者でも、友のことをけして忘れはしない。
 成人検査よりも前の記憶が無くても、両親も故郷も忘れていても。
 何もかもすっかり消えていたって、その後に出来た友たちは今も忘れないから。
(なのに、あいつは…)
 サムを忘れた、と手のひらに爪が深く食い込む。
 皮膚が裂けて血が流れようとも、自分の手などはどうでもいい。
 サムの苦痛に比べたら。
 二度と元には戻らないサム、彼の心が砕けてしまった時の痛みに比べたら。
(…ジョミー・マーキス・シン…)
 あいつがやった、という確信。
 サムのことは今も覚えているのに、容赦なく。
 人類はミュウの敵だというだけ、ただそれだけの理由でもって壊したサム。
 「彼は友達だ」と庇わずに。
 見逃してやれと言いもしないで、冷たい瞳でサムを壊した。
 人類が名付けたジルベスター・セブンを、「ナスカ」と変えてしまったように。
 ミュウに都合よく、ミュウの世界を守るためだけに。
 今ではミュウの長だから。
 前は確かにサムの友でも、今では別の種族だから。


 そんな輩を許しはしない、と睨み付けたジョミーを隠した扉。
 彼が出て行った、今は閉ざされた扉。
 あれの向こうに続く通路を、どう行くのかは知っている。
 ミュウの女が持っていた知識、それを自分は垣間見たから。
 どう進んだら逃れられるか、道筋はとうに頭に叩き込んだから。
(…此処を出られたら…)
 サムの仇を討ってやろう、と誓った心。
 此処にはサムの友はいなくて、化け物が一人いただけのこと。
 星の自転も止められるような化け物が。
 遠い日に共に過ごした友さえ、躊躇わず壊す化け物が。
 サムの心を壊してしまった、ミュウの長、ジョミー・マーキス・シン。
(あいつを必ず殺してやる…)
 最初からそのために来たのだからな、と自分自身に誓うけれども、見えない道。
 今も扉は閉ざされたままで、自分は拘束されているから。
 この牢獄から出られない内は、宇宙へも逃げてゆけないから。


 けれど、必ず逃げ出してみせる。
 サムを壊してしまった化け物、あのミュウの長を消すために。
 この宇宙からミュウを一人残らず、跡形もなく焼き払い、滅ぼすために。
(…奴らは心を読むくせに…)
 肝心の心を誰も持ってはいないのだからな、と憎しみだけが募ってゆく。
 サムの名前は覚えていたのに、そのサムを壊してしまったジョミー。
 あれは化け物だと、存在してはならないのだと。
 何故なら、自分は忘れないから。
 サムを忘れていないからこそ、ジルベスターまで来たのだから。
(……この耳のピアス……)
 これが何かも知ろうともしない化け物めが、と心の中だけで吐き捨てた言葉。
 サムの血を固めたピアスと知っても、あいつの顔は変わるまいな、と。
 自分を捕えて、閉じ込めたジョミー・マーキス・シン。
 遠い日にサムの友だった彼は、今ではただの化け物だから。
 サムを平気で壊した化け物、壊した相手を気にも留めてはいないのだから。
(生かしてはおけん…)
 あいつも、ミュウも一人残らず、と睨み付ける扉。
 必ず此処から逃げてみせると、心を持たない化け物どもは、一人残らず焼き払わねば、と…。

 

          壊された友・了

※「サム・ヒューストンを覚えているか?」と、キースは訊いたわけですけれど。
 どういう答えが聞きたかったのか、どうして黙っていたのかが謎。それを捏造してみたお話。





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